戸
滋賀大学国際セ ンター報告書
学
援
才―ス トラダア ・スタディス/― 鶴W
滋賀大学国際セ ンター主催 のオース トラリア ・ス タ デ ィス ア ー2007が 滋 賀 大 学 の 提 携 校 で あ る デ ィーキ ン大学 を中心 に2008年2月 29日か ら3月 27 日の 日程 で行 われた。参加者 は31名で (教育学部19 名、経済学部12名)、2月 29日に関西国際空港 を出発 し、翌 日、 3月 1日 にオース トラリア、メルボル ン に入 り研修 をス ター トさせ た。その活動概要 を以下 に示す。 平 日の午 前 中 は デ イー キ ン大 学 付 属 英 語 学 校 (DUELI)に おいて英語の集 中講義 を受 けた (合計45 時 間)。内容 は コ ミュニケーシ ョン能力 を高 め るこ とに重 きを置いた ものであ り、最終的に参加学生全 員が英語で10分間のプ レゼ ンテーシ ョンを行 った。 各 自、オース トラリアでの経験 で不思議 に思 ったこ と等 を取 り上 げ独 自の視点か らプ レゼ ンテーシ ョン を行 った (例えば、 ト ラムの 日豪比較、ネイテ イブ の人達 について、 フ アース トフー ド日豪比較等)。 プ レゼ ンテーシ ョン会 は非常 に盛 り上が る と同時 に 学生一人一人が オース トラリア滞在 をまとめる上で 非常 に役 に立 った ようであった。 平 日の午後 はオース トラリア文化 ・生活の学習体 験 にあて られた。内容 は多岐 に渡 るが DUELI講 師 が街 に学生 を運 れ出 し、マーケ ッ ト、博物館 、美術 館 、歴史的遺跡等 を訪れる とい うものである。必要 に応 じて専 門家、学芸員 らの専 門的な話 も聞 くこと で き、学生 はノー トを取 りなが ら必死で英語 と格闘 しなが らなん とか分かろ うとす る姿が印象的であっ た。 また、今年度 の大 きな修正点 として地元の学校 訪間の時間 を増や したことにある。前年 までは全員 で 1日 の小学校滞在 とい う形で行 っていたが、今年 度 は 2班 体制 に し、少人数で小学校 ・中学校 をそれ ぞれ 3度 訪問す るように した。ス タッフ ・ミイーテ ングか ら実際の授業観察 ・参加 と学生にとってはい い経験 になったように思 う。 オース トラリアの生活をより実体験で きるように 全行程 においてホームステイを行い、週末は各家庭 で過ごす ようにプログラムが組 まれた。全体での旅 行 としては、 3月 8日 にフイリップ島へのバスでの 半 日旅行 とプログラム最終 日前 日 (3月 25日)に 農 場体験 を含めたグレー トオーシャンロー ドヘの 1日 旅行が行われた。26日夕方、 5時 にメルボルンを発 ち、翌朝午前 9時 に関西空港 に帰国 し、現地で解散 した。大 きな トラブル もな く、無事に研修が終了 し たことがなによりであるが、それ以上に日々の生活 の中で、遅い、早いはあるものの、 どの学生 も様々 な課題に取 り組みなが ら日々、 どんどんた くましく なっていったことが引率者 として最高に嬉 しいこと であった。 引率者は今年度で 3年 続けて引率 を行 った。今年 度で最後になるが最後 に少 し本研修の素晴 らしい点 と今後の課題 をまとめることにしたい。まずDeakin 大学狽Jのスタッフの対応の良さがあげられる。通常、 海外の大学の研修プログラムは事前にパ ッケージ化 されてお りそれに日本の大学の語学研修が参加する というものである。 しか し、本研修では、プログラ ム ・コーディネイターの Julie Hayhoeさんをは じめ としてで きるだけ滋賀大学オリジナルの ものを作ろ うと積極的な話 し合いとプログラムの改善が行われ ている。例 えば、毎年地元の学校訪間のバ リエー ションが多 くなっていったが、これは参加者の多 く が教育学部の学生に対応 しようとしたものである。 また経済学部の学生用に地元の経済学部の学生 との 交流会をもうけて くれたこともある。また授業内容 もlヶ 月でなるべ くテーマを統一 したものにしよう 61と教員間に滋賀大生の求めている英語の授業 とレベ ルを徹底周知 し、毎年改善を重ねて行 って くれた。 プログラム全体 に対 して学生か ら毎年良いフイー ド バ ックが得 られ、毎年30名程度の安定 した参加があ るが、これはDeakin大学側のこれらの細やかな対応 の成果によるものだと思われる。この点が民間の語 学研修、あるいは他大学のそれ とは異なる本研修の 独 自性、意義の一つであると考 えられる。 この研修の唯一 といえる改善すべ き点はホームス テイ (の一部)に ある。例 えば30名の参加者だと毎 年 5、 6件 のホームステイの変更がある。理 由は 「家族 と合わない」 とか 「家族が優 しくない」 とか そのようなものでな く、アパー トや部屋 をホームス テイ用に借 りて,学 生には鍵だけ渡 してその後全 く コンタク トがない というものである。 もちろん約束 されている夕食等 も提供 されない ということになる。 このような、いわゆる業者的なホス トに学生が害Jり 当て られて しまった場合、実態 を把握 し、ホス ト ファミリーを変更するのに 1週 間程かかって しまう。 3週 間の研修で 1週 間のロスは大 きい し、何 よりこ のパ ターンにぶつかって しまった学生に対 してどの ようにフォローすればいいのか本当に困つて しまう。 Deakin大学側 も応募 してきたホス トファミリーに事 前に確認作業 を何度 も行 って くれているが細部 まで 確認 しきれないのが現状 の ようである (ちなみ に他 大学 の海外研修 の担 当者 に聞いたのだが Deakinに 限 らず、 この問題 はオース トラ リアで ホームス テ イ ・ツアーを行 うどの大学で も起 きている問題 との こ とである)。ホームステイの問題 は現地での迅速 な対応が迫 られる分、引率者 1人 2人 では今後 の参 加人数 によっては対応 しきれな くなる可能性がある。 オース トラリア ・ス タデ イーツアーは滋賀大海外研 修で も最 も人気のある ものだが、今後更 なるプログ ラムの充実 ・発展 をさせてい くためにはこのホーム ステイの対応 をなによ りも強固な ものにす る必要が ある と考 えられる。 (田村 幸 誠)
2006年2月 に始 った 「中国東北財経大学 中国語研 修」 は、三回 目の研修 を2008年3月 1日 か ら22日に かけて、中国遺寧省大運市 の東北財経大学国際漠語 文化学院において22日間の 日程 で行 った (写真①)。 参加者は10名で、内訳は、男子 4名 と女子 6名 、 一回生 5名 、二回生 5名 で、全員が経済学部生で あった。参加者のうち 1名 は昨年度の第二回研修に も参加 したリピーター参加者で、今回は上位 クラス に挑戦 したほか、 リーダーシップを発揮 して研修 を 引っ張った。 本研修の中心は中国語学習で、外国人に中国語 を 教える専門機関である東北財経大学国際漢語文化学 院において、平 日の午前中 3時 間、中国語の授業を 受講 した。授業時間数は合計正味42時間で、これは 2セ メスター分の授業時間数に相当する。また、前 回と同様、国際漢語文化学院の正規中国語 コースの 開講 と時期 を合わせたため、正規 コースに編入する 形で中国語 を受講することがで きた(写真②③)。同 級生は、 日本人だけでな く、韓国人、タイ人、ロシ ア人、ザ ンビア人等様 々で、こうしたインターナ シ ヨナルな環境で中国語 を学び、中国語 を共通語に 交流 を深めるという、得難い経験 を積むことがで き た (写真④)。 午後 には、東北財経大学の中国人学生が担当する チューターとの交流 を通 して中国語 を学んだ り、中 国民間伝承の切 り絵や太極拳の奥儀 を習った。週末 には大運市内見学、旅順の203高地・水師営会見所等 の史跡の訪間、大連経済技術開発区 ・ソフ トウェア パークといった中国経済の最前線の訪問を行ったほ か、京濠J鑑賞 も行 った (写真⑤)。校外活動 を通 して、 中国の歴史、経済、文化 について身をもって学んで い くことがで きた。 以下のほか、重要なのが 自由時間である。 自由時 間では、大連の街へ出て、現在学 んでいる中国語 を 実践す る格好の機会 となった。参加者の半数が、中 国語 を学 び始めて一年 に満 たない一回生であったが、 多少拙 くて も頑張 って話せ ば通 じるほ ど、中国語 は 甘 くない。そ して、頑張 って話 していれば通 じてい な くて も通 じるような顔 を して くれるほ ど、中国人 は甘 くない。い くら頑張 って も、基本 を身に付 けて いなければ通 じない、 こうした挫折 を味わ うことが、 次への学習のステ ップ となる。 中国語 は、基礎 的な 技術 をマス ター していなければ、全 く通 じない言語 である。い くら頑張 って も、基礎技術 をきちん とマ ス ター しなければ無意味である厳 しさを、学生参加 者 は身をもって体験す ることがで きた。 こうした体 験 の重要性 は、中国語学習だけに とどまらないだろ う。 今 回の参加者 は、大学附近の 「黒石礁」 旧市場前 に運 なる屋台街 を朝昼晩の食生活の足場 にす るな ど、 積極 的に街 に出かけ、地元の人々 との交流 を通 して 中国語の実践 に努 めたことが″と、強かった (写真⑥ )。 このほか、今 回研修 に参加 した10名の うち、 1名 が2008年9月 か ら東北財経大学で交換留学 を行 い、 もう 1名 が来年度交換留学す ることを希望 している。 あ と 1名 は2008年末 に自力で上海の中国研修 に参加 した。海外短期研修 は、数週 間の研修 のみで終 わ ら せ るだけではその意義 を十分活か した とは言 えない。 次年度のプログラムや交換留学へ、あるいは滋賀大 学での さらなる学習へ と、 さらに発展 した形で他 と 運結す ることによって、初めて大 きな意味 を持つ。 今年度の研修参加者 に も、三週 間の研修 を第一歩 と して、今後交換留学生 として東北財経大学で一年学 ぶ など中国での活躍の場 を広 げていった り、あるい O θ 食 U
は滋賀大学において他の学生 を率先 してリー ドして い くなど、研修の成果 を活か していってもらうこと 写真① 東 北財経大学正門前にて 写真③ 同 級生と 写真⑤ か つて彦根高商生も泊った旧ヤマ トホテル (現大連費館)に て を期待 している。 (鍋倉 聰 ) 写真② 同 級生と 写真④ 同 級生との交流 写真⑥ 屋 台街にて
2008年8月 1日 、龍谷大学非常勤講師の富同美知 子氏 を招いて、「派遣前研修 ・異文化理解講習会」 を 行った。夏以降、海外研修参加 または海外留学 を予 定 している学生 5名 と教職員 6名 が参加 した。参加 者は、シミュレーシ ョン ・ゲームとビデオ視聴 を通 じて、異文化の中で他者 とコミュニケーションする ことを、体験的に理解 して くれたようである。 まず、最初に、「言葉 を使わず、生 まれた月日順 に 並ぶ」 というゲームをした。指で生 まれ月を示 した り、表情で相手の気持ちを読み取 った りしなが ら、 整列 したあ と、各 自が 自分の誕生 日を言 うと、見事 に正 しい順番で並ぶことがで きていた。 次 に、富岡氏か ら、図形の書いてある紙 を手渡 さ れ、それに色 を塗るという作業 をした。塗ったもの をグループの人 と見せあうと、同 じ塗 り方をしてい る人は誰 もいない。つまり、一人ひとりが自分の文 化 を持 っているということだ。 それか ら、カナダのテレビ局が作成 した、異文化 理解のためのビデオを見た。このビデオも、言葉 を 使 わず、映像 と音楽だけで、 3つ の文化 を持つ グ ループの対立から和解へ と発展するス トーリーを、 わか りやす く描いていた。子 どもにも理解 しやす く なっていると同時に、大人にも面白 く考えさせる内 容であった。 ビデオを見た後、参加者が感想 を述べ、 また、富岡氏が若干の解説 を加えられた。 最後 に、この 日のメインとなるシ ミュ レーシ ョ ン ・ゲームを行 った。 日本語 を使 って行 ったのだが、 ある「仕掛け」があるため、思い通 りにコミュニケー ションが取れず、最初は悩んだ り、いらだった りし た。根気 よく考えて、いろいろ試 してみるうちに、 その 「仕掛け」に気づいた人から、思い通 りにコミュ ニケーションが取れるようになった。体 を使 ったわ けで もないのに、軽いジ ョギングを終えたような疲 れ と、爽快感があった。 (寅野 滋 ) 65
夕 用
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1日 研 修 の概 要 本学では例年、 タイエ コス タデ ィーを実施 し、本 学学生が タイを訪問 して学習す る機会 を設 けて きた が、本年 は諸事情 によ り、 これ を実施で きなかった。 しか し、 タイで研修す ることを希望す る本学学生が いたため、本年 は、 タイ国地域総合大学 RU短 期留 学研修 に参加 させ ることとなった。 この研修 プログ ラムは、近畿の教育大学 ・教育学部 6大 学 とタイの ラジヤパ ッ ト大学運合の前進であるラジヤパ ッ ト ・ イ ンステ ィチュー トとが1995年 8月 に結 んだ協定 に 基づ くものである。 研修 目的は、「タイ国 RUに お ける多文化理解活 動 ・語学研修 ・国際教育体験 な どの実地研究 ・実習 を通 して、国際教育 ・協力 を実施す るために、教 師 に求め られる資質 と能力 を身につける」 とい うもの である。 この 目的 に沿 って、研修 プログラム として、 事前授業、 タイ語研修、国際教育体験実習、地方文 化研修 、多文化交流体験実習が用意 されている。 2日 参加 者 と 日程 本学経済学部学生 3名 とともに、大阪教育大学 6 名、京都教育大学 4名 、奈良教育大学 1名 、兵庫教 育大学 1名 の合計15名 の学生が参加 した。京都教育 大学の佐 々木真理 (まさなお)准 教授 が、事前研修 (7月 12日 と 7月 19日)及 び本研修 の全 日程 (8月 7日 か ら8月 24日 まで)を 担 当 ・引率 して くだ さっ た。 佐 々木准教授及 び学生 たちは、 8月 7日 午前 8時 の便 で関西国際空港 を発 ち、夕刻バ ンコクに到着 し た。翌 8月 8日 は、スア ン ・スナ ンタ ・ラジャバ ッ ト大学 (SSRU)で の開会式、オ リエ ンテーシ ョ ンに参加 し、 8月 9日 は SSRUの 日本語学科の学 生 とともにバ ンコク市内 を見学 した後、夜行列車 に 乗 って、10日チェンマイ入 りした。10日はチ ェンマ イ ・ラジャパ ッ ト大学 (CMRU)主 催 の歓迎夕食 会が行 われ、 CMRUか らは ピチ ャイ教授 らが出席 された。 8月 11日は、午前 中に開会式の後、 さっそ くタイ 語基礎学習の第 1回 目が行 われた。午後 は、 CMR U附 属小学校 を訪問 した。翌 8月 12日はタイの母の 日 (国王の妻の誕生 日)で タイ国民の休 日に当た り、 自由行動であったが、 8月 13日か ら15日まで、午前 中にタイ語基礎 の学習が行 われ、午後 は附属小学校 において教育体験実習 プログラムが行 われた。 8月 16日と17日は、土 ・日を利用 して、 CMRU 教職員ス タッフ及 び観光学科の学生 たちの協力 を得 て、地方文化研修旅行が行 われた。山岳民族の課程 にホームステイ し、環境保全活動 を行 い、象の学校 とラン園な どを訪問 した。 8月 18日か ら21日 までは、終 日CMRU附 属ガヽ学 校で、国際教育体験実習が行 われた。それ を終 えて、 21日夜 に寝台列車でバ ンコクに もどり、 もう一度、 SSRUの 学生 と交流体験実習 を行 い、22日のバ ン コク市内 自由見学 を経 て、深夜バ ンコクを発 ち、23 日に関西空港 に帰 った。 以上が、研修 の全体 であるが、私 はこの うち、 8 月10日夕刻の CMRU主 催の歓迎夕食会で、佐 々木 准教授 や研修 に参加 した学生たち と合流 し、 8月 16 日朝、地方文化研修旅行 に出発す る学生 たちを見送 るまでの間、学生の異文化適応 を促進 し、研修が実 りある ものになるよう、い くつかの相談 にの った。3ロ チ ェンマ イ ・ラ ジ ャパ ッ ト大 学 にお け る タ イ語研 修 につ い て 8月 11日の午前10時か ら午後 0時 まで と13日、14 日、15日の午前 8時 30分か ら午後 0時 まで、 タイ語 の授業が行 われたので、それ を視察 した。11日はタ イ語の特徴 を英語で説明 されたが、学生たちにはむ ずか しい内容であった ようだ。13日は挨拶 と文字 に ついて学 び、残 りの 2日 は基本的な文型 について学 んだ。14日と15日の文型学習 は絵 カー ドな どを用い た直接法 による学習であ り、かつ タイにおける生活 場面で使用で きる もの も含 まれていたので、学生 た ちが タイ語 に慣 れて きたこともあ り、学生 たちの満 足度 は高かった ようだ。 また、チェンマイ ・ラジヤ パ ッ ト大学 において、 日本語 を学 んでいるタイ人学 生の協力があったのは、 とて もよい支援 だった。 4口 研 修 に参加 した滋 賀大 生 の学 習 ・生 活支 援 研修参加学生15名の うち、12名は他大学の教育学 部の学生であったが、滋賀大学か らは、経済学部の 橋本恭平君、栗津今 日子 さん、廣亮太君の 3名 が こ の研修 に参加 した。本学の 3名 は、出発前か ら他大 学教育系 の学生 との参加 目的の不一致などを感 じて い た。バ ンコクか らチ ェ ンマ イ に移動 した 日に、 チ ェンマ イ ・ラジヤパ ッ ト大学の学生 ホテルの環境 が優良 とは思 えなかった ことで、 2重 の異文化不適 応が表面 に出た ようである。 そ こで、 1日 の研修 を終 えた後、教育大の学生 も 誘 って、 くつ ろいだ雰囲気 の中で、各 自の思 ってい ることを話 させ る機会 を持 つた。そ こで話 されたこ とのい くつかは、研修責任者 に伝 え、その結果、学 生 ホテルか ら観光 ホテルヘ移 ることになった。 また、 タイ語研修 においてはわか らない ことを積極的 に質 問 して よい、 日本語 を学 んでいるタイ人学生 と友達 にな り手伝 って もらえば よいな どのア ドバ イスな ど も行 った。 これには、滋賀大学か らチェンマイ大学 に交換留 学 中であつた、本学経済学部 4回 生細江潤也君の助 け も大 きかった。2008年6月 か らチェ ンマイ大学で タイ語 を学 んでいた細江君 は、宿泊先のホテルを訪 ねて くれて、研修 に参加 した学生たちに、 自分の経 験 を話 して くれた。細江君 と話す ことを通 じて、研 修参加学生 たちの、 タイ人の気質や タイの教育、大 きくはタイの文化への理解が深 まった ようであった。 その結果、研修 に参加 した学生 たちの研修 に参加 す る姿勢 は、 日増 しに強 くなっていった ように思 わ れた。 5口 帰 国後 研修 の全 日程 を終 えて帰 国 した本学経済学部の学 生 2名 が、私 を訪ねて くれて、「8月 18日以降の国際 教育体験実習 も、楽 しく実 りある ものだった」 と話 し、その様子 を写真 で見せて くれた。今後 は、 日タ イ経済協力 について学べ るような海外研修 も、開発 して行 ければいい と思 う。 (賃野 滋 ) タイ人学生 と話す研修参加者 ( 手前右 2 名 とと奥右 1 名 が、本学の学生) 67
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( T O E F L 対 策講座) T O E F L 対 策講座 の実施 につ い て は、本 セ ン ターの中期 目標 ・計画 に上が っている事項の一つで ある。本学学生への留学支援 の一助 として、対策講 座 を実施 し、英語圏の大学へ留学す るのに必要 とな るT O E F L 試 験 の成績 ア ップ対策 として実施 して きている。近年の受講状況 は以下の とお りである。 この表から見て取れるように、近年受講者数が極 端に少なくなっている。原因としては、①平成18年 度から経済学部が新入生に対 してT O E F L 試 験を (」CMU講 座の受講) 」CMU講 座 は、 ミシガ ン州立大学連合 日本 セ ン ターが実施 している英語 プログラムである。本学 と アメ リカ ・ミシガン州立大学 との学生交流協定 に基 づ き、交換留学生の相互受入、 」EB、 JPCの 授 業等 の授業料相互不徴収の取 り決めによ り、国際セ ンターの選考 に基づ き本学の学生が受講料不徴収で 受講で きる ものである。2007年度秋期 プログラムか ら実施 してお り、近年の受講状況 は下記の とお りで ある。 講座 開催時期 によ り多少増減 はあるが、希望者 は 義務付けていたが、平成19年度か らTOEIC試 験 に変更になったこと、② TOEFL対 策講座の実施 時期が、前期試験終了直後の夏季休暇 1週 間集中開 催であること、③ TOEFL試 験 自体が イ ンター ネット試験対応 となったこともあ り、各 自で も手軽 に勉強できるようになったこと、等が考えられる。 国際センターとしては、一人で も多 くの学生が留 学で きるように継続実施 してい く予定であるが、T OEFL対 策講座の実施については、ここに来て曲 が り角にきているのか もしれない。 少 な くない状況 にある。近年では、 2回 目、 3回 目 の受講希望者がお り根強い人気が うかが えるが、国 際セ ンター としては留学支援 の一環 として実施 して いる関係 で、 3回 目以降の受講並 びに本人のスキル ア ップロ的の受講 (就職 目的のため等)は 遠慮 いた だいている。 先 に述べ たTOEFL対 策講座 の受講者が減少 し、 こち らの講座 を受講料不徴収で受講す るようになっ て きている もの と思 われる。今後 も受講希望者が増 えることが予想 されるので、更 に力 を入れてい きた い。 年 度 16年 度 17年 度 18年 度 19年 度 20年 度 受講者数 78 14 2007秋 2008冬 2008春 2008夏 2008秋 2009冬 計 教育学部 3 4 1 17 経済学部 0 3 28 計 5 4 18 7 45 (橋本 仁 司)今年の 「韓国語 。文化研修」 は経済学部学生 3名 が参加 し、2008年8月 6日 ∼20日、韓国大抵市 の啓 明大学国際教育セ ンタとにて行 われた。 昨年 は本学の試験期 間 と研修期 間 (研修 自体 は 8 月 4日 始 ま り)が 重 なって しまったため参加学生の 何名かは遅れて渡航す ることになったが、今年 は全 員 8月 6日 か らの途 中参加 となった。 この研修参加 によ り全学体験科 目 「海外研修 (韓国語 。文化研修)」 の単位が取得可能である。 また昨年 は本学教員が学 生 を引率す る形 をとったが、今年 は学生のみでの研 修へ の参加 となった。 また、本学 と韓国 ・啓 明大学 との学生交流協定 に 基づ き、今 回の研修参加者 3名 とも、国際セ ンター での選考の結果、本学か らの交換留学生 として研修 参加費不徴収 として参加 した。 月曜 日か ら金曜 日 (見学 日を除 く)の 午前 中 3時 間は韓 国語授業が行 われ、本学学生 は 9日 間27時間 の授業 を受 けた。昼休 み をはさみ、午後か らの 3時 間は、韓国文化 の体験学習が 6日 間18時間行 われた。 サムルノ リやテ コン ド、韓国伝統 の料理や工芸、民 謡、天然染色 な どを体験 した。一 日見学では、新羅 時代 の古都 である慶州 (キヨンジュ)と 釜 山にある 韓国最大の海水浴場海雲台 (ヘウンデ)を 訪れ、地 域 ・歴史の特徴 を肌で感 じ、 日本 との文化の違い を 学ぶ ことがで きたのではないだろ うか。 【参加学生の感想】 『金山空港に到着 したとき、現地の学生 と先生方 が迎えに来てくれた。 研修先である啓明大学 についてか らまず二週 間暮 らす寮 に案内 された。その寮 はまるでホテルの よう に きれいで、滋賀大 の寮 とは比べ る まで もな く広 かった。大学の先生方 に挨拶 してか ら昼食 を食べ に 食堂へ。そ して予測 していた とお り大量のキムチが あった。結局二週 間、朝か ら晩 までキムチが出続 け たおかげで、私 はキムチが大好 きになった。 大学での一 日は、午前 中は、面 白 くて優 しく、美 人の韓国人の先生か ら教 わる韓国語の勉強。午後 は、 テコン ドー、染物、サムルノリとよばれる伝統楽器 等 の文化体験、そのあ とは 自由時 間 とい う もので あった。 自由時間には、現地の学生たち と街へ買い 物 に行 った。衣服や書物 の値段 は 日本 とさほ ど変 わ らなかったが、食事が とて も安 い と感 じた。た とえ ば、5000ウォン (日本 円で約500円)の ビビンバ を頼 んだ時は、 まず、キムチやスープ、漬物 な ど6品 ぐ らいでて きてか らビビンバが くるのである。そ して その ビビンバ も量が多い … 。 また、飲 み会 に もいっ て、現地の学生 とよ リー層仲 良 くなれた。そ して、 最 も印象的であったのが ノ レパ ン (ノレが歌、パ ン が場所 という意味でカラオケ)へ 行 ったときである。 日本語の歌が数多 くあ り、 しか も日本語の字幕が出 るのだ。 さすがカラオケは日本発祥であると言 うだ けはあるな と感 じた。他 に も書 ききれないほ どの 様々な体験 をして、現地の学生や先生方にはとても 感謝 している。留学に行 って私の世界が広がったの は間違いない。本当に貴重 な体験 をさせ て もらっ た。』 (経済学部 2回 生 男 性) 69
彼が韓 国語 に興味 を持 った きっかけは 日本で彼 の 見 たテ レビ番組の コメ ンテー ターの 「ハ ングルは一 番合理的な文字である。」とい う言葉か らだった と聞 く。大学 に入学 した当初か ら留学 を希望 していたこ ともあ り、今 回の参加 となった。彼 に とっては初め ての海外留学 だったため言語、文化、慣習、生活の 細 々 した事 の違いに惑 うこともあった ようだが、現 地で知 り合 った先生方や学生達 に支 え られ、様 々な 体験がで きたのではないか と推察す る。 また他 1名 の学生 について も、有意義 な時間を過 ごす ことが出 来 た と聞いている。 彼 らの話や撮影 した写真か ら、語学 に限 らず、そ の土地の文化 を知 って もらうとい う本研修 の主 旨が しっか りと学生 に伝 わっている もの と思 われる。 今後 も学生交流協定 に基づ き、研修参加費不徴収 である交換留学生 として参加で きることをアピール し、参加希望者 をよ リー層増や し、そ こか ら韓 国 ・ 啓明大学へ の留学 を希望す る学生が出て くることに 期待 したい。 (山路 麻 衣)
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2008年8月 23日か ら9月 22日まで、 ミシガ ン州立 大学 (以 下 MSU)夏 期語学研修が行 われ、4名 の参 加者が充実 した時 を過 ごすのに引率 として同行 した。 個人的なことだが、私 は以前 この研修 の滋賀大側 の program coordinatorを行 っていたために、何度 も交 渉 の為 に MSUを 訪 れたが、引率 を努 めたのは今 回 が 初 め て で、 こ の 研 修 の す ば ら し さ、M S U の E n g l i s h L a n g u a g e C e n t e r ( 以下 E L C ) スタ ッフが優 れたプログラムを提供 し、個 々の学生の必要 に応 じ て親身になって対応 して くれていることをあ らため て実感 した。 関西 空 港 か らデ トロ イ ト経 由 の長 い旅 を経 て M S U に到 着、そ の 日 は 休 息 か と 思 い き や、 Butterfield寮に荷物 を納 めた直後、数時間前 に沖縄 か ら到着 した琉球大学の17名の研修参加者 とともに、 簡単 なオ リエ ンテーシ ョン、キ ャンパス ツアーに、 学生会館 での、ボー リングとピザパ ーテ イ。あれ よ あれ よとい う間 に、MSUペ ースで アメ リカの学生 生活 に引 き込 まれて行 く4人 であった。翌 日は早速 英語 プログラムに関す る本格的なオ リエ ンテーシ ョ ンに続 き、公共バス を使 って近 くへのモールでの体 験。 この過密 とも見 えるスケジュールのなか、矛盾 して聞 こえるか もしれないが、彼女 たち 4名 が もっ とも学 んだ ものはゆった りした時間の流れか もしれ ない。広大 なキ ャンパス を30分以上かけて歩 きバス 停 に着 く。 日曜だったためにバス を待つ事 1時 間、 さらにモールの帰 りも乾燥 して涼 しい空気 なが らも、 カー ッと照 りつける夕 日のなかバス待 ち 1時 間。い か に自分の時間 を作 り、使 い、 自分 の足で歩 くのか を知 つたのではないだろ うか。翌 日は朝 か らPlacement Testや、MSU学 生 として の手続 き、その翌 日は MSUの 正規新入生 とともに 戸外 でのオ リエ ンテーシ ョン。 この時点で滋賀大生 は MSU新 入生 の一員 とな り、翌 日か らの授 業へ の 準備万端 になった。寮や カフェテ リアの食事 も早速 気 に入 つた ようであった。 4名 それぞれに Placement Testの結果 に従 ったク ラスに分かれ、巨大 なキャンパスの方々に散 らば り reading、1lstening,writing、speakingのクラス をこな した。一 日目は 1名 が ち ょうどいい レベルだ と言 っ たが、かな り厳 しかった ようだ。 しか し、世界 中か ら集 まる学生たちに囲 まれて、そのなかで も極端 に お とな しいのが 日本人であるが、様 々な文化 の学生 に助 け られ、 この後、約一 ケ月で、英語の力 もつけ、 アメリカの文化や生活 にも慣 れ、 また、滋賀大 に も アジアか らの留学生がいるにも拘 らず知 る事がで き なかった近 くの国の学生 について多 くを学べ た よう である。実際、 1月 の研修 を終 えた時、今や っと始 まったばか りで 同 じクラスで学 んだ同級生 と半年 (1セ メス ター)勉 強 を続 けたい と、 4人 とも述べ ていた。 毎 日の授業以外 に、アクテ イビテ イも豊富で、週 末のシカゴ、ナイアガラ、ホームステイ以外 にも、 MSUで 日本語 を学 んでい る50名ほ どの学生 と滋賀 大 と琉球大の17名が、 5名 ずつほ どのグループに別 れて、Language/Culture Partnersにな り、お互 いの 英語 と日本語で交歓す るな ど、楽 しくかつ実質的な 活動 をみな楽 しんでいた。 今 回初めての試み として、引率である私が途 中で 12日間帰国 したが、ELCの ス タッフのおかげで、全 く問題が なかった。MSUに いる問 も、常 に併mailと 携帯電話で、密 に ELCと 連絡 を取 り合 ったが、担 当 の Carol Wilson―Duffyを中心 にELCの 皆が全ての面 で、全力 をつ くして、学生のためになるプログラム
を作 って くれた。 また、琉球大学の事務職員の金城 さんをは じめ、寮 をともに した、17人の琉大の明る く暖かい学生が、friendlyに私 たち とともに生活 を して下 さつた ことに、 ここに感謝 したい。 最後の修了式 の際 に来て下 さつたホームステイの ご家族 と4名 を見 ている と、本当の家族 になってい るようで、ほほえま しか った。 帰国時 に霧が出たために飛行機 の欠航で、デ トロ イ トで 1泊 を余儀 な くされる とい う トラブルがあっ たが、それ も経験 のひ とつ、 この研修の 1週 間は意 義深 く、で きるだけた くさんの学生 に今後 も参加 し て もらいたい と思 う。 (最大 の難点 の研修費が緩和 されるすべがみつかれば何 ら問題 ないのだが。) (真鍋 晶 子)