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『組織神学を学ぶ人びとのために−組織神学の主要著作』(IV)

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一 [

﹃組織神学を学ぶ人びとのために

     

││

組織神学の主要著作﹄

IV

クリスティアン・ポルケ、マルテ・

D・クリューガー

︵佐々木

勝彦訳︶

第八章

徹底的釈義としての解釈学

  神学はその始めから明らかに理解の問題に関わってきたにもか かわらず、解釈学は、二十世紀になって初めて解釈学的神学運動 によって﹁神学の基礎学﹂とされた。これは、理解の問題がこの 世紀において初めて哲学的問題として認識され、解釈学が哲学理 論の地位を獲得したことと関連している 。 M・ハイデガーと H. -G・ガダマー以来 、解釈学はもはや単なる理解の方法論では なくなり、特殊な理解の問題 ︵︿何ものか﹀についての理解︶ の具 体的処理と結びつけられることもなく、より基礎的な意味を獲得 した。すなわち解釈学は、人間の自己理解の基礎理論となった。   神学において、理解はこの世における人間の基本的状態である との哲学的洞察が受容され、それは信仰の自己省察の厳密な規定 と関連づけられた。そのさい信仰は神の理解として把握されただ けでなく、 この信ずる理解という理解は神学の根本問題とされた。 こうして解釈学は基礎神学の地位を獲得した。すなわち解釈学に おいて 、神学の個々の専門分野の方法論的な解釈の問題 ︵﹁神学 的解釈学﹂ ︶ だけでなく 、あらゆる神学の解釈学的性格 ︵﹁解釈学 的神学﹂ ︶ も取り扱われるようになった。こうして ﹁解釈学﹂ と ﹁ 神 学﹂という語は、 G・エーべリンクに見られるように、類語反復 となった ││ すなわち 、神学の中心対象である信仰が 、それ自 体理解の一つの方法として把握されるかぎりにおいて。   R・ブルトマンの場合 、教義学と釈義は 、解釈学 ︽としての︾ 神学というこの新しい概念により新しい関係へと導かれた。信仰

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二 とその対象の関係を越えて、聖書が真に語っていることが解明さ れるかぎりにおいて 、解釈学は ︿徹底的 ︵首尾一貫した︶ 釈義﹀ となった。 聖書神学にとってこれは次のことを意味した。 つまり、 聖書神学はまさに、自らを現代人の実存と自己理解に合わせる中 で、その歴史的│釈義的課題を果たすことができることを意味し た。 E・ユンゲルの場合、神の前にある人間の実存が、救済の出 来事を通して呼びかけられている存在として把握されることによ り、解釈学的神学の関心事が受け継がれた。これにより神の言葉 の、言葉の出来事、つまり異質な解釈に対する神の自己解釈の優 位性が、 ︵正しい︶ 神学的理解の基本範型とされた。

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三 ﹃組織神学を学ぶ人びとのために ︱︱ 組織神学の主要著作﹄ ︵ IV︶

ルドルフ・ブルトマン

﹃信仰と理解

I│

IV

クリスティアン・ポルケ

一 

略  

  ルドルフ・カール・ブルトマンは、一八八四年八月二十日、オ ルデンブルクのヴィーフェルシュテーデに生まれ、福音主義の牧 師の息子として育った。彼は、一年年上の K・ヤスパースと共に オルデンブルクの文科系ギムナジウムに通った。一九〇三年、こ こで彼は大学入学資格試験に合格した 。 彼は 、テュービンゲン 、 ベルリン、マールブルクの各大学で学んだ。彼は、特に、著名な 教理史家 A・ v・ハルナックと、旧約学者で影響力のあった詩篇 研究者 H・グンケルの影響を受けた。マールブルクでは組織神学 者 W・ヘルマンが彼の師となった。彼自身の専門分野である新約 聖書部門では、 A・ユーリッヒャーと J・ヴァイスから強い影響 を受けた。一九一〇年、ブルトマンは︽パウロの説教の文体およ び犬儒 派 -ストア派のディアトリベー ︾よって学位を取得した 。 次いで一九一二年 、︽モプスエスティアのテオドーロスの釈義︾ により大学教員資格を授与された。その後ブルトマンはまずマー ルブルクの私講師となり、一九一六年からブレスラウの員外教授 となり、一九二〇年にギーセンから最初の招聘を受けた。結局彼 は、一九二一年から、一九五一年に定年退職するまでマールブル クで新約聖書を教えた。一九七六年七月三十日、ブルトマンは彼 のかつての活動の地で亡くなった。   彼の経歴は一見センセーショナルなものに見えないが、時はセ ンセーショナルな時代であり、彼はその中で神学と教会の出来事 に積極的に関わり、影響を及ぼした。しかしその際、五十年代の 非神話化の綱領をめぐる一部激しく展開された論争だけを思い起 こしてはならない。一九三三年、ブルトマンは H・ v・ゾーデン と共に、教会の牧師職規定にユダヤ人排斥条項を導入することに 反対するマールブルクの学者たちによる提言の起草者となった 。 国家社会主義の時代に彼は、特にますます広がりをみせた説教運 動を通じて告白教会を支持した、彼は按手礼を受けていなかった

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四 にもかかわらず 、そのように行動した 。︽ 自然的啓示の問題のた めに︾ ︵ vgl.GuV II, 79 -104 ︶ というエッセーは 、国家社会主義と の間接的対決の書として読むことができる ││ このエッセーは、 一九四一年、有名な非神話化論争の論文集である︽新約聖書と神 話論︾ ︵ Bultmann 1985 ︶ の初版に添付されたものである。   弁証法神学者のサークルの中の戦友であるバルト及びゴーガル テンと異なり 、ブルトマンは自由主義神学の遺産つまりその歴 史 -批評的文献学と宗教史的方法論の遺産を決して放棄しなかった 。 彼は、たしかに釈義家としての彼の自己理解のゆえにそうするこ とができなかった。彼は、バルトの︽教会教義学︾における三位 一体論的アプローチはあまりに思弁的であると感じた。ブルトマ ンは常に、彼と同時代の人びとの思考及び生活感情との接点を持 ち続けようと努力した 。 M・ハイデガーの実存哲学への接近と 、 一生涯、公然と表明されたキルケゴールとシェークスピアに対す る讃美は、これに由来する。彼は、これらの著者たちのうちに人 間の実存の深みを探ろうとする欲求を感じた。 また彼らにおいて、 自らの生のうちに意味をもたらそうとする努力が、なぜ始めから 挫折せざるをえないのかが同時に明らかになった。すなわち、人 間は自分の将来を自分で保証しえないことが明らかになった。そ れゆえ、次のことは驚くに当たらない。つまり事もあろうに、非 神話化をめぐる論争からもう一度明確になったように、ブルトマ ンの著作に最も深い影響を及ぼしたのは M・ルターであった。す なわちブルトマンにとって聖書本文の真理を歴史学的方法によっ て論証する試みは、理論的認識の領域において︿善き業﹀によっ て信仰を守ろうとする誤った試みに他ならなかった。宗教改革の ︽信仰のみ︾を満たしうるのは 、このような努力を徹底的に退け るときだけである ︵ vgl.GuV IV , 188 ︶ 。   ブルトマンの学問的著作は新約聖書神学のあらゆる領域を越え て広がっている。彼は、今日まで様式史的方法の古典とみなされ ている ︽共観福音書伝承史︾ ︵一九二一︶ の研究によって有名に なった。これと並んで挙げておかなければならないのは、イエス 論 ︵ 1926 ︶、 ヨハネ福音書註解 ︵ 1941 ︶、 宗教史の論文 ︽古代の諸 宗教の枠組みにおける原始キリスト教︾ ︵ 1949 ︶ である 。 定年退 職の直後 、彼は言わば彼の努力の総決算として ︽新約聖書神学︾ ︵ Bultmann 1948b ︶ を出版した 。この書物で問題になっているの は 、 釈 義 の 方 法 論 と 神 学 的 解 釈 学 を 結 び つ け る こ と で あ る 。 一九五六年、彼はギフォード・レクチャーを行い、それは︽終末 論と歴史︾ ︵ 1957 ︶ という表題で刊行された 。ブルトマンは六十 年代まで文筆活動を積極的に続け、ずっと以前から新たな道を歩 き始めていた神学的議論に参加した ︵伝記については、 Hammann 2009 を参照︶ 。

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五 ﹃組織神学を学ぶ人びとのために ︱︱ 組織神学の主要著作﹄ ︵ IV︶

二 

作  

二 ・ 一  ルドルフ ・ブルトマンの神学プログラムとしての ︽信仰 と理解︾   ブルトマンはまず第一に釈義家であり、彼も自分をそのように 理解していた 。もちろんこれにより彼は 、多くの出版物の中で 、 特に組 織 -神学関係の論文の中で神学することを妨げられること はなかった 。︽遺作︾となった ︽学問としての神学︾ ︵ Bultmann 1984a ︶ という表題の論文の中で 、彼は新約聖書神学と組織神学 の関係についてこう記している。つまり両者は、 ︽信仰に対して、 信仰の中で証言される ⋮⋮ キリスト教的自己理解の概念的説 明︾ ︵ aaO , 464 ︶ を行わなければならない。新約聖書神学では、こ れが原始キリスト教の諸文書の、現在と関連づけられる解釈を通 して行われるのに対し、組織神学は徹底的釈義となる ︵ vgl.Jüngel 1990, 22 ︶。この徹底的釈義はキリスト教信仰の現在から出発し 、 この信仰を新約聖書における諸々の証言と一致するものとして記 述する。   四巻から成る ︽信仰と理解︾ ︵以下 、 GuV I -IV と略記︶ は、 諸 学科の境界線上を歩いた人物の文献学的作品である。たしかにそ の表題はブルトマンの全著作の特徴を言い表しているが、彼は神 学的研究に関する彼の理解を次のように明確に述べている。つま り神への信仰と共に 、自己理解の新たな方法が与えられている 、 と。神学はそれにふさわしく、信仰の自己解釈としてだけでなく 同時にこの新たな実存理解の解釈学として把握される。   一九二〇年代に弁証法神学の思考範型に遡って書かれた初期の 論文︽神について語るとは、何を意味するのか︾の中で、ブルト マンはすでにこう記している。   ︽したがってわれわれの実存から二重のことだけが明らか になる 。 すなわち 、一 われわれはこの実存に対する配慮と 責任をもっている 。なぜならそれは 、﹁これは君に関わる問 題だ﹂ということを意味するからである。二   それは絶対に 不確かであり 、われわれはそれを保証することができない 。 なぜならそのためには、われわれはその外側に立ち、自ら神 にならなければならないからである。われわれはわれわれの 実存について語ることができない。なぜならわれわれは神に ついて語ることができないからである。そしてわれわれは神 について語ることができない。なぜならわれわれはわれわれ の実存について語ることができないからである。われわれは 他者とひとつになることができるだけである。もしもわれわ れが神に基づいて神について語ることができるとすれば、わ れわれはわれわれの実存についても語ることができる。また

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六 その逆も正しい。いずれにせよ神についての発言が可能であ るとすれば、それは同時にわれわれについての発言であるに ちがいない。したがって依然として正しいのは次のような事 態である。神についての発言がどのようにして可能であるの かと問われるならば、 次のように答えられなければならない。 つまりそれはただわれわれについての発言としてのみ答えら れるべきである︾ ︵ aaO , 33 ︶ 。     この神学の特に近代的あるいは現代的要求は、神学は、あたか も神がわれわれの認識の対象として対向しているかのように、あ るいはわれわれから完全に独立した事態であるかのように、神に ついて語らないことのうちに明らかになる。もちろん宗教改革者 は 、 神の認識と自己の認識は互いに分離できないことをすでに 知っていた。ブルトマンにおいては、ルター派の宗教改革的伝統 と自由主義神学の伝統が結びついている ││ ただし彼は ︽ 神︾ 学の本来的対象としての神のゆえに︿宗教﹀に別れを告げること はなかった。神学において重要なのは啓示における神であり、こ の啓示は信仰においてのみ受容され、認識され、そして理解され る。それゆえ、 ︽神、 信仰、 理 解︾という極が神学的思考の︽根拠、 対象、様式︾を形成する。以下のところで論評されるテキストの 選択はこれらに準拠している。ブルトマンの書いた盛りだくさん の論文は凝縮された仕方で釈義の素材を消化吸収し、キリスト教 信仰はその核心において単純であるとの理解によって導かれてい る。しかし︽単純な事柄の把握が手こずらせる︾のであり、それ はときどき、われわれが︽単純に見ることを忘れ、余りに頻繁に 諸前提を負わされる︾ことによって起こる ︵ Bultmann 1983, 14f ︶ 。 二 ・ 二  非神話化と解釈学の問題   第一次世界大戦後、そのローマ書註解により従来の神学を新し いアジェンダの前に立たせた K・ バルトと同様に、ブルトマンは、 すでに一九四一年、アルピルスバッハで牧師たちの前で行った講 演 ︽新約聖書と神話論︾ ︵ vgl. Bultmann 1985 ︶ によって 、第二次 世界大戦後、全世代の神学者たちに深い影響を及ぼした。この論 文は GuV に収められなかったにもかかわらず 、この中の多くの 論文 ︵例えば GuV IV , 127 -128, 141 -189 ︶ が同じように彼の関心事 を取り上げている。何が問題になっているのだろうか?   ブルトマンにとって根本的な問題は、聖書本文が現代人にもは や理解できないことであった。それはまず第一に、聖書の著者た ちの世界像と関連している。その世界像は近代人にとってまった く異質なものである。 彼 は印象的な仕方で次のように述べている。 ︽ひとは電気の光とラジオを利用し 、病気の際には近代の医学及 び医療という手段を要求しつつ、同時に新約聖書の霊の世界と奇

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七 ﹃組織神学を学ぶ人びとのために ︱︱ 組織神学の主要著作﹄ ︵ IV︶ 跡の世界を信ずることはできない︾ ︵ Bultmann 1985, 16 ︶。新約諸 文書の神話論的表象世界の中に、現代の読者にとって理解の妨げ となる最大の障害がある 。︽神話は超越的現実に内在的世俗的対 象 性 を 与 え る 。 神 話 は 彼 岸 を 此 岸 へ と 対 象 化 す る ︾︵ GuV IV , 146 ︶ 。   そこでひとは次のようにして問題を解決しようとしてきた。つ まり、神話論的世界像から古臭くなった要素を削除するか、ある いは現代人の感覚を改めて聖書の神話の世界に反応しやすくさせ ようとした。ブルトマンによると両者とも挫折する。なぜならそ こでは、科学と技術に基づく近代の世界像は簡単に入れ替えられ ないことが見落とされているからである。人間がこの文化の一部 であるかぎり、彼は自分が受け継いできたこの世界像に参与して いる。唯一の可能性として残されているのは、次のように問うこ とである。つまり、 聖書の記者たちによって考えられた本文の ︿中 心内容﹀が、その神話論的表象世界の中で完全に明らかになるの かどうか。あるいは、むしろ神話それ自体が、それにより、今日 も重要である、神話を越えた何ものかが表現される媒体にすぎな いのかどうか。要するに、神話は、背後にある事柄のための同時 代の衣装にすぎないのかどうか。 この問いを肯定するときにのみ、 非神話化への道が開かれる。ブルトマンによるとこれは神話を排 除することではなく、神話の︽実存論的解釈︾である。この表現 によりブルトマンはハイデガーの哲学を引き合いに出す。ハイデ ガ ー は 、 そ の 著 ︽ 存 在 と 時 間 ︾ に お い て 人 間 の 実 存 を 現 存 在

それはその ︿ 世界内存在﹀の中で絶えず重要なものを目 指し 、そして解釈する理解の中で自分自身に気がつく ││ とし て把握している。 ハイデガーによると理解は実存的なものである、 つまり人間実存それ自体の基本的カテゴリーである。人間のいつ もすでに前もってなされる理解は、自分自身に対するその現存在 の 開 示 性 の 様 式 で あ る ︵ vgl. Heidegger 1960, 142ff [ §31], 148ff [ §32] ︶。 それゆえこの基本的前提がなければ 、 なにゆえ人間は そもそもその実存を意識し、そしてその現存在の意味を問うこと ができるのかを理解することはできない。   したがって実存論的解釈は ︽解釈学の問題︾ ︵ vgl. GuV II, 211 -235 ︶ へと通じている 。ブルトマンは 、哲学者 W・ディルタイと 共に解釈学を ︽文書に書きとどめられた生の表現を理解する技法︾ ︵ aaO , 211 ︶ と定義している。解釈学が取り扱う問題は、完全に原 則として︽歴史一般の理解︾ ︵ aaO , 212 ︶ 及びその可能条件と関連 している。しかし歴史は、われわれの場合、われわれに伝えられ る諸々の証言においてのみ与えられる。それゆえテキストの解釈 という技法は主に解釈者の業に属する。すでにシュライアマハー がその ︽解釈学︾ ︵ Schleier macher 1999, 77ff ︶ の中で提言した諸々 の考察との関連で、ブルトマンは理解の過程における二つの不可

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八 避的な作業段階を区別する 。それは 、文献学 的 -文法的解釈と心 理学 的 -預言的解釈である 。したがって第一段階は 、あるテキス トの言語世界と文法構造に踏み入り、テキストをその歴史的文脈 から理解する努力をしなければならない。したがって第二段階で 重要なのは、 そのつどの作品を ︽ある特定の人間の生の契機︾ ︵ GuV II, 214 ︶ として捉え 、それを通じて読者のそのつどの生の現在に おける解釈の再構成を可能にすることである。このようにして最 終的に記述される経過は 、次のことを前提としている 。つまり 、 人間と共同体のあらゆる個別的かつ文化的特徴はすべて歴史を通 じて、もはやいかなる了解の基盤も存在しないほどに互いに決定 的に違ってはいないこと、また本来︽何が︾語られているのかが 分からないほどに互いに決定的に違ってはいないことである。 ︽ 理 解の可能性の条件として︾求められているのは︽著者と解釈者の 間の︾本質的な︽親和性︾ ︵ aaO , 217 ︶ である。これに加えて、理 解の技巧としての解釈学は人間世界のまったく異なる知的領域と 関係づけられる。自然科学的観点と精神科学的観点もしくは美学 的ないし道徳的観点が存在するだけでなく、テキストのそれに対 応する異なるジャンルも存在する。解釈学は両者を考慮しなけれ ばならない。ひとつの、そして同一の資料を異なる関心に基づい て問うことができる。例えばパウロの手紙は、歴史家の視点で見 るときと、説教の準備のために読むときでは異なってくる。ブル トマンにとって重要なのは 、いかなる解釈も 、︽テキストの内に 直接に、あるいは間接に表現されている﹁中心的内容との生きた 関係﹂を前提としている︾ ︵ aaO , 218f ︶ ことである 。したがって われわれは、理解するためにいつもこの専門分野でのある先行す る理解を必要とする。ブルトマンはこれを︿前理解﹀と呼ぶ。こ の前理解がなけ れ ば 、 理解はうまくいかない。しかしこれにより、 まさに歴 史 -批評的釈義家であるブルトマンにとって重要な先入 観のない状態が断念されてしまうわけではない。前理解をもつこ とは、たしかにテキストに対し特別な関心と問いをもって近づく ことを意味するが、しかしそれは同時に、テキストのこの理解の 中で修正される覚悟を含んでいる。   宗教的テキストの特徴あるいは神学者による ︽問い︾ ︵ aaO , 227 ︶ の特殊な方向性について問うならば、 次のような答えが返っ てくる 。︽人間の現存在において 、生ける神についての実存的知 識は、 ︿幸福﹀についての問い、 ︿救い﹀についての問い、世界と 歴史についての問い、自分自身の存在の本来性についての問いと なる︾ ︵ aaO , 232 ︶。同様にこのことは文芸作品と哲学書にも当て はまる 。︿本来性﹀という概念は実存主義の言語から借用された ものである。 この哲学的流れの祖父ともいうべきキルケゴールは、 その著 ︽ 死に至る病︾ ︵ 1849 ︶ の中で人間の実存を 、︽ 絶 望 -人間 -自己 -存在 -意欲︾ と ︽絶望 -非 -人間 -自己 -存在 -意欲︾ ︵ vgl.

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Kierk-九 ﹃組織神学を学ぶ人びとのために ︱︱ 組織神学の主要著作﹄ ︵ IV︶ egaar d 2008, 48ff, 68ff ︶ の間で絶え間なく揺れ動くものとして記述 した 。人間の非本来的存在のこの運動の中で明らかになるのは 、 罪の意識と神に対する人間の依存性である。したがって信仰のみ が人間実存の本来性へと解放するのである。   このような背景から、神学者である釈義家は、聖書の諸文書と 神の前にある人間実存についてのそれらの理解の解釈へと向か う。彼にとって重要なのは啓示の知識ではなく、しかしまた宗教 的体験の豊かな表出でもなく、今日この場における︽人間の実存 の真理を問う問い︾ ︵ GuV II, 233 ︶ の生活連関の発掘である 。も しも聖書に語らせようとするならば、聖書はその聴き手と読者に 力強く生き生きと語りかけてくる 。もちろんそのためには文法 的 -文献学的解釈の原則が必要になる 。つまり歴史 的 -批評的方法が なければ、うまくゆかない。この意味で神学者は理解する際に依 然として釈義に依拠している。   聖書のテキストにおいて重要なのは特別な実存理解の解釈であ り、それゆえブルトマンにとってキリスト教信仰と実存哲学の近 さは必然的なものであることが判明する。すなわち ︽実存哲学は、 実存するとは何を意味するのかを示そうとする 。⋮ ⋮ そして実 存哲学は、私自身の実存を問う問いに答えられないが、それは私 自身の実存を私の人格的応答のうちに据え、 そうすることにより、 聖書の言葉に対し私の心を開かせる︾ ︵ GuV IV , 170 ︶。これを今日 の術語で言い換えると、次のようになる。つまり人間実存の根本 構造の分析は、まだ、個人としての人間のそれぞれの具体的な生 の意味の問いに対する答えを意味していない。しかしこのような 構造の発掘なしに、意味の問いそれ自体が現実に理解されること はありえなく、したがって可能な答えが見いだされることもあり えない。もしも神についての発言が意味をもとうとするのであれ ば、それはこのような枠組みの中に据えられなければならない。 二 ・ 三  神について語るとは、何を意味するのか   新約聖書にとって、また一世紀にわたってそれと取り組んだ神 学にとって重要なのは神の前にある人間の理解であるとすれば 、 ︿神﹀という概念によって本来何が考えられるべきなのかが明ら かにされなければならない。弁証法神学がその自由主義的な父た ちを批判したのは、まさに次の点であった。つまり彼らは神学者 としてもはや神について語らず、甲高い声でもっぱら人間につい て語ったことである 。ところが神とは 、︽人間の徹底的な否定と 止揚︾ ︵ GuV I, 2 ︶ を意味する。この結果、人間が自らをなお信仰 において神の前にある人間として理解しうるのか、またそうすべ きなのか、それは疑わしくなる。一九二〇年代にすべての世代を 襲った形而上学的神思想の危機と人間実存の危機に直面して、こ のような神学は、神について語ることが何を意味するのかを自ら

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一〇 に問わなければならなくなった。   ブルトマンの同名の論文 ︵これについては Ebeling 1969 を参照︶ はこの問題を集中的に論じている。伝統の場合と異なり彼にとっ て重要なのは、信仰と知識の原理的規定ではなく、あるいは信仰 の認識論でもない。彼にとって重要なのは、そうしなければなら ないというかぎりにおいて、われわれはどのようにして神につい て語ることができるのかという解釈学的根本問題の解明である 。 ブルトマンは不可知論的観点からこのテーマに近づいているので はない。むしろ彼は信仰者として、しかも神学者として語ってい る。 彼はそうすることにより彼の対象つまり神に出会う。 それは、 愛する者が彼の愛する相手への愛に襲われるのと似ている。この ときその発言は単に抽象的客観的仕方で起こるのではない。ブル トマンにとって、人間という主体に抽象的に対向する対象として の神に︿関する﹀このような発言は極めて問題であり、彼はそれ を罪として特徴づけることができる 。彼によると抽象 的 -形而上 学的な語り口は神話と同じく思考の誤解を共有している ││ こ の誤解は、彼岸を此岸のカテゴリーで描写し、神に対し独立した 観点を取ることができると考えている。したがってすでにいつも 神から理解する発言のみが、あらゆる現実の本来的主体としての 神について語ることができる。ブルトマンはそのために特別な概 念定式を用いている 。つまり彼は神を ︽すべてを規定する現実︾ ︵ GuV I, 26 ︶ と呼んでいる 。この神観念の定義は一見ほとんど聖 書的でなく、はなはだしく形而上学的伝統に捉われているよう思 われる。 しかしながらこの印象が当たっているように見えるのは、 ブルトマンの詳論の方法とその内容の焦点を無視するときだけで ある、つまり︽どのようにして︾神について意味のある仕方で語 りうるのかという問いを見逃すときだけである。   一方において、われわれの実存がいつもすでに神によって包み 込まれていることが顧慮されるときにのみ、神について正しく語 ることができ、また他方において、ひとは自分自身とその個人的 体験についてではなく 、まさに神について語るべきだとすれば 、 ひとはジレンマに陥ってしまう。なぜならわれわれは本来われわ れ自身の実存についても、それを客観化せずに、また部分的にわ れわれ自身と距離をとらずに 、語ることができないからである 。 神の場合にも事情は同じである。人は神に︽ついて︾語るべきで あるが、本来それは不可能であり、それゆえこの当為と罪の中に 同時に留まってしまう。ブルトマンによる、神概念 ││ ︽まった き他者︾ ︵ aaO , 30 ︶ という神概念 ││ の第二の特徴づけは 、︽ 人 間の実際の状況を罪人の状況︾ ︵ ebd. ︶ として捉えるこの根本的洞 察を目指している。どれほどブルトマンがこの立場に立って神学 的理解の弁証法を強調しているかは 、︽神学の課題としての神の 言葉︾ ︵ 1922 ︶ という論文における K・バルトのまったく同様の

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一一 ﹃組織神学を学ぶ人びとのために ︱︱ 組織神学の主要著作﹄ ︵ IV︶ 詳論と比較してみると、明らかである。 K・バルトはこう述べて いる。 ︽﹁われわれは神学者として神について語らなければならな い。しかしわれわれは人間であり、そのようなものとして神につ いて語ることはできない。われわれは両者﹂つまりわれわれの当 為とわれわれの不可能性﹁を知り、まさにそれゆえに神に栄光を 帰さなければならない﹂ ︾︵ Bar th 1990, 151 ; Her v. i.O ︶ 。   今や、神に関する信仰に従った発言を、神を客体化する理論的 世界観へと変形することはできず、またわれわれは神的現実に関 する神秘主義的沈黙に献身することもできない。なぜなら︽われ われが神について語ることができるのかどうか、そしていつそう することができるのかという問いに対する唯一の答え︾は︽われ われはそう﹁しなければならない﹂ ︾︵ GuV I, 34 ︶ということだか らである。われわれは信仰においてこの︽当為︾へと強く促され る。神について語ることとの関連における人間のこの解決困難な 状況の打開は、ブルトマンによると信仰において、神の言葉に対 する服従という自由な行為として起こる。しかしながら、これは 何をイメージしているのだろうか。   ブルトマンが今や原理的に、そしてもはや単なる対比としてで はなく 、次のことに固執するとき 、彼はここで彼の師である H・ ヘルマンの神学に遡って語っている。つまり彼が固執しているの は 、︽神についてわれわれは 、神がわれわれになすことを語るこ とができるだけである︾ ︵ Her rmann 1967, 314 ︶ との言葉である 。 もちろん、そしてこれは今や決定的なことであるが、ブルトマン は神の行為に関するこの言明を、人間に対する語りかけとしての 神の言葉に集中することを通して解釈する。神の言葉は、人間の 実存に対する神の本来的行為となる 。この言葉の意味は 、︽ われ われを罪人から義人へと造り変える︾ ︵ GuV I, 36 ︶ 義認のうちに ある。ここでこの出来事は、神に︽基づいて︾語りかつ行為する 力をわれわれに与える自由の贈物を意味する。神について語るこ とは、ただ信仰の観点に基づいてのみ意味をもつ。義認への信頼 がなければ、 神に︽ついての︾いかなる発言もただ︽罪︾となり、 信仰がなければ、神についての発言は結局無意味になる。   ブルトマンにとって自然神学の問題は、もちろん引き続き、一 時共に闘った K・バルトの場合と対照的なものになっている。し かもそれには三つの理由がある ︵ vgl. aaO , 295 ︶。 すなわち第一に、 キリスト教の外でも公然と神について語られている ︵︽宗教︾の 現象︶ 。第二に 、哲学も 、 特にハイデガーの哲学も 、人間の現存 在を理解し、 それを解読できると主張している ︵︽哲学︾の現象︶ 。 第三に 、キリスト教の宣教 ︵ケリュグマ︶ は人間が理解できるも のであり 、しかもその内容は不信仰者にも理解できる ︵︽理解︾ の事実︶ 。ここで 、すべての人間の理解のための前理解という問 題が再び現れてくる。神への信仰は、人間における神についての

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一二 問いにおいて ︵信仰と関わりなく︶ 話題とされるある前理解を必 要とするがゆえに、少なくとも、神ということで理解されうるも のの前概念がぜひとも必要になる。   ル タ ー に よ る と 神 と 信 仰 が 共 属 し 合 っ て い る よ う に ︵ vgl. B SLK, 560 ︶、 ブルトマンにとって神についての理解と人間実存 についての理解は分離できない。このことはすでに神に関する次 のような人間の自然的知識に当てはまる 。それは 、︽まず自分自 身に関する、 すなわち自分の被制約性に関する人間の知識︾ ︵ GuV II, 86 ︶ であり、この被制約性を突破する力を神において認識して いる知識である。それは次のようにして具体的になる。つまり人 間が、その無力の中で全能なる神について問い、良心を通じて求 められているその存在の中で裁き主なる神について問い、またそ の有限性の中で永遠なる神について問い、あるいは自らこの神を 探し求めることを通して、それは具体的になる。キリスト教信仰 の視点から判断するならば、それはもちろん失敗に終る。この人 間と、哲学や他の諸々の文化力とまったく同様にキリスト教以外 の諸宗教は、幻想に行き着くだけである。ひとは自然あるいは歴 史の中で神の全能に近づくことはなく、人は愛することができな いということについて良心の厳しい声をだますこともできない。   もちろんこれは、キリスト教信仰が、神を問う問いの中に表現 されている知識を単純に否定することを意味するものではない 。 むしろその新しさの本質は人間の救いの ︽ 事実︾の主張にある 。 信仰は、その中で︽神がその恵みを与え、そしてわれわれと世界 を変革する︾ ︵ GuV II, 94 ︶ イエス ・キリスト御自身に他ならない 歴史における終末 ︵永遠︶ について語る 。 史的イエスに対するブ ルトマンの疑念はまさにこの点から生ずる 。彼が危惧するのは 、 実際、 本当はどうであったのかという暗示性の強い研究によって、 すでに到来しているお方の救済論的︽事実︾が水で薄められてし まうことである。したがってキリスト教信仰の意味と排他性は次 のような告白のうちにある。つまり︽イエス・キリストにおいて 神は世界と御自身を和解させた、彼は神の言葉であり、この言葉 の説教は決断を促すときである︾ ︵ GuV I, 267 ︶。すなわち人間か ら要求される決断の内容は、人間実存の非本来性から本来性へと 導かれることであり、したがって自分自身についての不安と配慮 から隣人愛へと解放される信仰者の終末論的実存へと導かれるこ とである。この意味で信仰は、神と自分自身についての最初の知 識をいつも共にすでに導いている新しい理解である。ここにみら れるのは自然神学の重要性と限界である。ルターの言葉で表現す ると、 これは福音に対する本来の用法における律法の役割である。 二 ・ 四  啓示と信仰 : 神学の根拠と対象   ︽神学は 、それが信仰の学問であるがゆえに神についての学問

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一三 ﹃組織神学を学ぶ人びとのために ︱︱ 組織神学の主要著作﹄ ︵ IV︶ なのであり 、その逆ではない︾ ︵ Bultmann 1984c, 31 ︶。神学に関 するブルトマンの理解は、この命題において簡潔にまとめられて いる。これにより簡にして要を得た定式化の完全な意味、つまり 他のどのような選択が排除されるのかを明確にすることができ る。ブルトマンの敵対者は神学的自由主義と正統主義である。彼 は二つの流れを非神学的であると批判する。なぜならそれらは信 仰を信仰の行為に還元するか ︵ fides qua cr editur ︶、あるいは信仰 を信仰の内容に還元し ︵ fides quae cr editur ︶、二つの要因の必要 不可欠な統一を考えることができないからである。もう一度彼の 自身の言葉で表現すると 、︽信仰とは何かということが理解され なければ、神とは何かということは理解されない。そしてその逆 も正しい︾ ︵ ebd ︶ 。   神ないしキリスト教信仰は、それが啓示の出来事において起こ るということを通してのみ神学の対象となることができる。啓示 の行為における現存在の解明は、神学が解釈しうる人間の信仰的 理解の基礎となっている。それゆえ啓示は信仰と神学の根拠であ る。イエス・キリストにおける神の啓示において、人間を無条件 で受け入れる︽神の愛の行為︾ ︵ GuV III, 31 ︶ が起こっている。そ れゆえこの啓示と共に、今や義とされた罪人という人間の新たな 理解が同時に成就される。したがって啓示は︽いかなる世界観的 知識︾も仲介せず、 ︽それに語りかける︾ 。人間が啓示において自 分自身を理解するようになるということは 、︽人間はいつも彼の 今つまり瞬間を、告知によって備えられた瞬間として理解するよ うになること︾ ︵ aaO , 30 ︶ を意味する 。信仰とは 、人間全体の歴 史的行為として、この語りかけ︵ ︽ケリュグマ︾ ︶を聴き、それに 信頼をもって答え従うことである 。ブルトマンにおいて ︿行為﹀ ︵ Ta t ︶ の概念は ︿業﹀ ︵ W erk ︶ の概念と容易に区別される 。なぜ なら前者は後者と異なり、人間によって区別され、また人間を通 して実行される行動 ︵ Handlung ︶ ではなく 、神の行為 ︵ Handeln ︶ に基礎づけられているからである。そのかぎりにおいて啓示の場 合とまったく同様に、信仰には出来事の性格が認められる。信仰 は理論的認識というよりも将来への開放性へと向かう実践的な心 構えである。今やブルトマンの場合、 神の行為 ︵ Handeln ︶ につい ての発言も、人間の個人的実存についての発言も、なぜ非神話化 されないのか 、その理由は十分に明らかであろう ︵ vgl. GuV IV , 173ff ︶ 。   啓示が今やどれほど信仰の根拠であり、また神学が信仰の学問 であるとしても、個々の神学的命題とそれに関する思想は一義的 に区別されなければならない 。学問的企てとしての神学は 、︽ そ の中で神、世界、そして人間に関する信仰的理解が展開される思 想︾を解説する ︵ Bultmann 1984b 586 ︶。神学は信仰の自己理解 に関する信仰の自己解釈を記述する。したがって神学にとって重

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一四 要なのは 、︽啓示に基礎づけられた 、自分自身についての信仰の 知識の概念的解説である︾ ︵ GuV III, 33 ︶。この知識は 、概念的に 発展可能な知識として歴史的に発展する 。 新約聖書の諸文書は 、 例えば神観念それ自体とまったく同様にこのことに関与している ︵ vgl. GuV IV , 113 -127 ︶。 その際、 神学はその研究方法に関し、 ︽神 学が ﹁現象それ自体を有効に働かせ﹂ 、そこから観察方法が指示 される︾ ︵ Bultmann 1984c, 199 ︶ という具合に振舞う 。このよう な定式は、実証科学に関するハイデガーの理解との近さを示して いる。この理解の特徴は、 ︽ある範囲において何となく顕わになっ ている存在は、理論的対象化と問いかけの対象になる可能性があ るものとして 、そもそもすでに見いだされている︾ ︵ Heidegger 1996, 50 ︶ ことにある 。ハイデガーの場合と同様にブルトマンに とって、神学においてこの眼前に存在するものは︽人間の現存在 の実存様式としての信仰である︾ ︵ aaO , 52 ︶ 。   したがって信仰と理解は神学の両極であり、互いに多様な仕方 で関連づけられる 。すなわち 、︽一方で︾信仰はそれ自体すでに 理解つまり新しい理解である 。︽ わたしは 、自分自身を新たに理 解することにより、神を理解する︾ ︵ Bultmann 1984c, 185 ︶ 。 信 仰 において認識された事柄を通しての、人間の自己規定への委託は 彼の実存の質を変革する。信仰の確信を通して人間全体が彼の本 来的実存の真理へと導かれる。宗教改革の神学は、救いの出来事 の︽われわれの外で︾と︽われわれの内で︾の同時性に固執した が、ここでそれが実行に移される。当然のことながら、もちろん ︽われわれの外で︾という語の意味内容の曖昧さは種々の側面か ら非難される。つまりブルトマンは内容の貧しい行為主義の危険 に陥っている 、と 。︽ 他方で︾神学的理解の過程は 、それが信仰 に向き合うときにのみうまくいく。すなわち神学は、それによっ て信仰的実存の理解が表現される概念の適切性に注意しなければ ならない。こうして明らかに、ブルトマンが他の個所で罪と呼ん でいる︽客観化の経過︾が始まる。信仰それ自体は常に義認の信 仰であるという理由だけで、神学は︽罪ある企て︾ ︵ aaO , 167 ︶ と して提示され、また遂行されうるのである。

三 

影  

  ルドルフ・ブルトマン自身はいかなる学派も作らなかった。た しかに文献の中でしばしばブルトマン学派という表現に出くわす が、それは比喩的な意味で当たっているにすぎない。二十世紀の 五十年代および六十年代になると、この目印がバルトの支配的な 学派に対抗する立場を指す名称として頻繁に用いられることはも はやなくなった。   彼の神学の影響に関しては、二つの系統を区別することができ る。それらは、釈義的神学と組織神学の間のブルトマンの著作に

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一五 ﹃組織神学を学ぶ人びとのために ︱︱ 組織神学の主要著作﹄ ︵ IV︶ 関する立場を反映している。すなわち一方には、 E・ ケ ー ゼ マ ン 、 E・フックス 、 H・ブラウンのような釈義家がおり 、他方には 、 G・エーベリンク、 E・ユンゲルのような組織家がいる。これら の神学者すべにとって重要であったのは、そして今なお重要であ るのは、主題のある重なり ︵これについては、 Jüngel 1990, 68ff を 参照︶ を回避しようとする ︽解釈学的神学︾の基本路線のさらな る展開である。   こうしてケーゼマンの名前と、史的イエスについての問いの神 学的妥当性の復権が結びつけられる。どのようにして告知する者 から告知される者が生まれたのか、その際どのようにして天に上 げられた者と地上の主の同一性を考えることができたのか、これ らの問いは依然として神学的に避けられない問いである ︵これに ついては 、 Käsemann 1960, 212ff を参照︶ 。ブラウンにおいては 、 非神話化のプログラムの急進化が貫徹されている。彼は神を共同 人間性の含意、つまり︽そのつどのわたしの義務的存在とわたし の行動の起源︾ ︵ Braun 1962, 298 ︶ と理解している。   エーベリンクの場合、神学的言語論は福音主義の基礎神学のた めに拡充されている。そこで重要なのは、言語の危機に到達した キリスト教信仰を世界経験と調停することである。言語は、その 中でこの調停が起こりうる包括的地平である。すなわち︽信仰の 言語は 、それゆえ信仰とこの世の対話である︾ ︵ Ebeling 1971, 232 ︶。 フックスの詳論も同じ方向に進んでいる。彼はその ︽マー ルブルク解釈学︾の中でこう書いている 。︽ハイデガーとブルト マンがそこから出発した実存の﹁不確実性﹂は、 ⋮ ⋮ 実存の﹁言 語性﹂の現象へと変革される︾ ︵ Fuchs 1968, 53 ︶ と。 最 後 に ユ ン ゲルの功績を挙げておかなければならない。それはバルトとブル トマンの間の溝を創造的に克服したことである 。︽ 生成における 神の存在︾に関する研究において、彼は次のことを確証すること に成功した。 つまり二人の神学者がその神学において望んだのは、 ︽神の啓示における神の対象 的 -存在︾ ︵ Jüngel 1986, 72 ︶ を熟考す ることに他ならなかった。もちろんバルトは啓示の可能性も神の 内三位一体的存在のうちに基礎づけられていると考えているが 、 ブルトマンの場合、この問いは禁じられている。結局、最近、増 えてきているのは、ルドルフ・ブルトマンの著作、特に二十年代 の彼の初期の文書における自由主義的見解に再び、そしてより一 層注目する傾向である。これは、特に弁証法神学を宗教の解釈学 として構想する D・コルシュの試みの中で起こっていることであ る ︵ vgl. K orsch 2005, 174 -191 ︶ 。   全体としてブルトマンの影響史は、彼自身の立場が一定の内容 的関心事ほど受け入れられていないことを示している。このこと は独特な仕方で著者の人格の根本的特徴に対応している。つまり 彼はすっかりその著作の背後に退こうとしているのである。

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一六

四 

資  

引用資料 R. Bultmann,Glauben und V erstehen I -IV , Tübingen 1933/1952/1960/1965 ︵ abgek. GuV I -IV ︶. 入門資料 ︽ W

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五 

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-:

A

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(17)

一七 ﹃組織神学を学ぶ人びとのために ︱︱ 組織神学の主要著作﹄ ︵ IV︶

エーバハルト・ユンゲル

﹃世界の秘密としての神﹄

マルテ・

D・クリューガー

一 

略  

  エーバハルト・ユンゲルは、一九三四年一二月五日マグデブル クに生まれた 。社会主義のドイツ民主共和国 [旧東ドイツ]にお いて彼は、教会は自由に真理を聞き、そして語ることができる場 であることを経験した。体制に批判的な彼の関心のゆえに、彼は 高等学校の卒業資格試験の直前に学校から追放された。エーバハ ルト・ユンゲルは、後に教会のギムナジウムにおいてこの卒業資 格試験を受け、まず最初にナウムブルクの教会立単科大学で学ん だ。次に彼はベルリンに向かった。そこで彼の師となったのは特 に E・フックスと H・フォーゲルであった。ユンゲルはチューリ ヒで G・エーベリンクの下で、バーゼルで K・バルトの下でその 研究を続けた。フライブルクでは M・ ハイデガーの講義を聞いた。 一九六一年、エーバハルト ・ ユ ンゲルはベルリンにおいて E・ フ ッ クスより学位を授与された。一年後、彼はそこで大学教員資格を 取得し 、講師 ││ 最初は新約聖書を 、次に組織神学を担当し た ││ となった 。エーバハルト ・ ユンゲルは東ベルリンの神学 校で講師として政治的にも印象深い時代を過ごした。 一九六六年、 彼はチューリヒの招聘を受諾し、一九六九年にはテュービンゲン に移った。そこでエーバハルト・ユンゲルは、二〇〇三年に定年 退職するまで組織神学と宗教哲学の教授として教え、また解釈学 研究所所長として働いた。一九八七年から二〇〇五年まで、彼は テュービンゲンの極めて伝統的な福音主義の神学校で神学校校長 として指導し、二〇〇三年から二〇〇六年までハイデルベルクの 福音主義研究所 ︵ FEST ︶ 所長を勤めた。ハレ -ヴィッテンベルク、 ベルリン、そしてハイデルベルクの名誉客員教授と寄付講座の教 授として招かれたことは、エーバハルト・ユンゲルの学術的名声 を証ししている。さらに彼は、学問と芸術の︽勲功賞︾を受賞し ており、ベルリン大聖堂の名誉説教者である。彼は、国内外のい くつかの学術院の会員であり、名誉博士と有名な勲章の受章者で

(18)

一八 ある。   このような諸活動の背景にあるのは多様な著作である。それに は、一般的な説教集と並んで、哲学のための、とりわけ神学のた めの関連する諸々の研究が含まれている。後者は、 釈義、 教義学、 そして倫理学に分類される 。 M・ルター 、 K・バルト 、それに R・ブルトマンの神学に関する研究は、ひとつの特別な著作分野 となっている 。しかしながら ︽世界の秘密としての神 ││ 有神 論と無神論の論争における、十字架にかけられたお方の神学の基 礎づけのために︾ ︵以下、 GG W と略記︶ が主要著作であることに、 議論の余地はない。その初版は、一九七七年に出版され、その後 何 度 も 再 版 さ れ 、 そ し て 多 く の 言 語 に 翻 訳 さ れ て い る ︵ vgl. Dvorak 1999, 15 -32 ; G roßhans 2004 ︶ 。

二 

作  

二 ・ 一  著作の文脈   エーバハルト ・ユンゲルはその主著 ︽世界の秘密としての神︾ により神思想を神学的に新たに基礎づけようとしている。なぜな らこの本が最初一九七七年に現れたとき、神学は根本的危機的状 態にあったからである。たしかに E・フックスと G・エーベリン クによる解釈学的言葉の神学は、バルト的キリスト中心主義とル ター派的区別 ︵律法と福音の区別︶ の対立という古くからの問題 をできるかぎり広範に克服した。しかし差し当たり神学の内部で は、その神学的アプローチそれ自体が疑わしく思われた。そこに は、神学は神学的に基礎づけられるべきではないとの要請が働い ている 。一方で 、神学的自由主義 ││ それは 、一九六〇年代以 来のシュライアマハー・ルネサンスとへーゲル受容から刺激を受 けた ││ は 、神思想の哲学的基礎づけを要求した 。他方で 、バ ルトたちがルター派的二王国説を拒絶したことから、宗教的社会 主義が出現した。それは六八年代の運動を通して強化され、既存 の諸関係の政治的改革の中にキリスト教的なものの判断基準を見 ている。一九七〇年代になると、これに対する反動として宗教的 で漠然とした神秘主義が現れた。ただしこれは明らかに私的幸福 を目指していた。このような展開全体の背後にあるのは、広範に 流布していた伝統的且つキリスト教的有神論が原則的に崩壊して いるという事態である。二十世紀の神学にとって問題になったの は、神を全能で不変的なお方とみなすことである。この確信の背 後には二十世紀の全体主義の諸経験も隠れている。さらに同時代 の哲学である現象学は絶対の思想を度外視していた。有神論的神 思想の崩壊によって、ヘーゲルと共に始まった展開はその目標に 到達した。二十世紀においてこの展開は、 特にアメリカにおいて、 しかしドイツにおいても、例えば D・ ゼ レにおいて顕著なように、 神の死の神学に至ることができた。その結果、神思想全体が、人

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一九 ﹃組織神学を学ぶ人びとのために ︱︱ 組織神学の主要著作﹄ ︵ IV︶ 間に、つまりその政治的実践に、また理論的自己洞察に有利にな るように組み換えられた。 伝統的有神論的形而上学の終焉と共に、 神思想は近代の無神論の神学においても徹底的に解体されている ように思われる ︵二十世紀の神学のこの解釈については 、 Kleff -mann 2009 を参照︶ 。   神学のこの危機をエーバハルト・ユンゲルは、神を徹底的にキ リスト教的に、また純粋に神学的に基礎づけるチャンスとして捉 えている 。すなわち 、神に対するキリスト教信仰は 、人間の政 治 -実践的ないし知 的 -理論的業による義の助けを得て保証されては ならない。つまりキリスト教信仰は、いかなる人間的理論ないし 実践でもなく、出来事に、つまり神が十字架にかけられたナザレ のイエスと自らを同一化した出来事に基づいている。そのかぎり において、 この出来事を熟考する教義学は徹底的釈義である。 エ ー バハルト・ユンゲルのこの根本命題は、主著以外の彼の最も重要 な諸研究と緊密に関連している。わたしの考えでは、それはすで に ︵ a︶ 解釈学的内容、 ︵ b︶ 啓示神学的内容、 ︵ c︶ 十字架の神学 的内容を表している 。この内容は主著において深められており 、 これによりエーバハルト・ユンゲルは R・ブルトマン、 K・バル ト、そして M・ルターの後継者であることが実証される。 ︵ a︶ 学位論文 ︽パウロとイエス 。キリスト論の起源に関する 問いの厳密化の研究 ︵ Jüngel 2004 ︶︾ は 、 基本的にルドルフ ・ ブ ルトマンの影響下にある解釈学的方向性を示している。これによ るとパウロの義認の教理とイエスの告知は一致している。ユンゲ ルは厳密に歴史 的 -批評的な仕方で次のことを納得させる 。つま りパウロにおいてのみならず、すでにイエスにおいて神の自己啓 示は決定的な仕方で問題になっている。史的イエスはその譬えに おいて次のような神を弁護してはいない。それは、人間との極め て大きな類似性の中で、しかも相変わらず人間に似ていないよう な神である。むしろ新約聖書によると、この譬えにおいて神は自 らについて謎のような仕方で語る。すなわちイエスの譬えは、近 づきがたい神のための外側から見える像ではなく、その中で神御 自身が人間になる言葉の出来事である。この場合、内容と形式は 分離されていない。大きな影響を及ぼした研究︽隠喩的真理。隠 喩の神学的妥当性に関する考察 ││ 物語の神学の解釈学のため に ︵ vgl. Jüngel 1980c ︶︾ は 、この点を掘り下げている 。つまり 、 隠喩的言説は非本来的発言ではなく 、言語の中で特別な機能を もっている。隠喩は既存の現実を模写するわけではなく、古い現 実の中で新しい可能性へと目を開かせることができる 。隠喩は 、 現実に対し存在の点でより多くのものを与えることができる。そ のかぎりにおいてキリスト教信仰も隠喩的である。すなわち信仰 において神は、自ら人間に語りかけ、そして人間に新たな可能性 をそっと伝える生ける言葉としてこの世にやってくる。

(20)

二〇 ︵ b︶ これと結びついた啓示神学が明らかになるのは 、大いに 注目された研究︽神は生成のうちにおられる。カール・バルトに おける神の存在に関する責任ある発言 。ひとつの釈義 。︵ Jüngel 1986 ︶︾ においてである。 この背後にあるのは、 H・ ゴ ルヴィツァー と H・ブラウンの論争である。前者は、人間から独立している神 の存在それ自体を擁護し、後者は、神を共同人間性の一形式とみ なす。これに対しユンゲルは、 K・バルトの三位一体論との関連 で次のことを強調する。つまり、神の自由が神の愛に逆らう仕方 で表現し尽くされることはありえず 、神の即自存在と対他 ︵われ われのための︶ 存在は共属し合っている 。なぜなら神はその即自 存在において自らを、イエス・キリストにおけるわれわれのため の存在へと規定するからである。したがって神の人間性は、信仰 が 認 識 す る 神 の 神 性 に 対 応 し て い る 。︽ バ ル ト 研 究 ︾︵ Jüngel 1982 ︶ は 、 特にバルトのこのような洞察の誕生に焦点を合わせて いる。しかしまたルターにおいても、ユンゲルは啓示神学の先鋭 化を際立たせることができた。それは、研究︽われわれを超越す るものがわれわれのもとに来ることは、決してない。ルターとの 関連で解釈された、 隠された神の教理に関する簡潔な定式。 ︵ quae

supra nos, nihil ad nos. Eine K

urzfor mel der L ehr e vom verbor genen Gott ̶̶ im Anschluß an L uther interpr etier t ︵ Jüngel 1980d ︶ ︶ ︾ の 中で展開されたとおりである。それによると重大なのは、 イエス ・ キリストにおける神の厳密な自己秘匿である。すなわち神が人間 として顕わになることである。イエス・キリストにおける神のこ の自己規定と共に、神の更なる秘匿性が措定される。これは、そ こから神がイエス・キリストにおける神の自己規定と共に出現し てくる秘匿性である。この第二の秘匿性は、神の自己規定の地平 を神の不定性として表現しており、そのかぎりにおいてのみ視野 に入ってくる。すなわち、神をイエス・キリストにおける神の自 己啓示の彼方に探し求める者は、空虚に陥る。したがってユンゲ ルは W・パネンベルクに反対して、自然神学を拒絶する。この点 は次の論文において明らかになる 。それは 、︽自然神学のディレ ンマとその問題の真実。ヴォルフハルト・パネンベルクとの対話 のための考察︾ ︵ Jüngel 1980a ︶ と、 ︽ 神 ││ 御自身のゆえに関心 を抱くお方。自然神学のための最終弁論︾ ︵ Jüngel 1980b ︶ である。 すなわち、人間の神関係を神の啓示に左右されずに論証しようと する者は、神を人間にとって自明なものとして説明する。しかし これはユンゲルによると矛盾している。つまり、 神は自明であり、 したがって論証は余分である。あるいは神は自明ではなく、した がって神の自明性の論証は不合理となるであろう 。すなわち ︵論 証の︶ 思考過程は ︵自明性という︶ 関心事の裏をかいてその効力 をなくすであろう。それゆえ神の自己啓示から出発しなければな らない。すなわちこれが ︽より自然的な︾ 神 学である ││ それが、

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二一 ﹃組織神学を学ぶ人びとのために ︱︱ 組織神学の主要著作﹄ ︵ IV︶ 神の自明性を論証しようとせずに、これと真剣に取り組むかぎり において。 ︵ c︶ これと緊密に関連しているのが十字架の神学である 。そ れは論文 ︽生ける神の死について 。一つの提案 ︵ Jüngel 2000 ︶ ︾ において明らかになる。すなわち神の死についての発言がキリス ト論的に正当化されるのは、神が十字架にかけられたお方と自ら を同一化するときである。これにより次のような神観念は破壊さ れてしまう 。それは 、伝統的有神論的形而上学の軌道に沿って 、 神は苦しむことができないこと、そして神は不変であることを強 調する神観念である。神の現象としての死が人間学的に何を意味 するのかを明らかにしているのは 、その著 ︽ 死 ︵ Jüngel 1973 ︶ ︾ である。それは、不死の魂という形而上学的観念と聖書の復活信 仰を対比している。義認論をめぐって当時話題となった超教派的 論争とプロテスタント内部の論争に直面して出版されたのが、 ︽キ リスト教の信仰の中心としての神なき者の義認の福音。エキュメ ニズムの意図する神学的研究︾ ︵ Jüngel 2006 ︶ である 。すなわち 神は 、十字架にかけられたお方と自らを同一化することにより 、 神なき者を義とし、そしてあらゆる業による義を排除するのであ る。 二 ・ 二  作品の構成   エーバハルト・ユンゲルの主著︽世界の秘密としての神︾は明 白な構成をもっている。 個々の部は前半部ほど認識にしたがって、 また後半部ほど中心的内容にしたがって配列されている。すなわ ち最初に認識論的に重要な事柄が論じられ、内容的に重要な事柄 は終りに置かれている。したがって後になってから初めて内容的 に展開されるものを、説明上ときおり先取りすることが必要にな る。このようなやり方を非難することもできる。つまりユンゲル は、 彼の主著の素材を明確に編成することに失敗している、 とリュ プケは考えている ︵ vgl. Lüpk e 1980, 404ff ︶。しかしこの異論は 、 ユンゲルがアリストテレスのすぐれた専門家としてその洞察を適 用していることを見落としている。すなわち、最初に、そしてあ らかじめ認識されることを基本的内容としてはならない。むしろ 後に認識されることが、内容的に上位に位置する。それゆえ次の ような仮定は誤りである 。それは 、︽世界の秘密としての神︾の 啓示神学的配列は、認識論的に予め導入された諸々の洞察のゆえ に問題になるとする仮定である ︵ vgl. so : Dvorak 1999, 35ff ︶ 。 む しろこの配列により、 啓示実証主義であるとの非難は退けられる。 われわれはこの著作を 、 一見合理的な優越感情をもって単純に 、 省察を忘れた、そのかぎりで素朴な著作として片づけることはで きない。

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二二 したがって第一部 ︵ A︶ ︽序︾は 、特に 、神は 、基礎づけに関 する近代的な思想の意味において必然的ではないことを説明して いる。この意味での神は余計であり、 死んでいるように思われる。 こうして第二部 ︵ B︶ ︽近代の神思想のアポリアの表現としての 神の死についての発言︾へと進む 。すなわち 、近代の無神論は 、 すでに終ったとみなされている有神論である。なぜなら有神論的 形而上学とその無神論的相続人の最後の思想は神の死だからであ る。この苦しむことのできない、そして変わることのできない神 の死は、神学的に正しいと言うことができる。すなわちキリスト 教は、十字架にかけられ、苦しみ、そして人間となった神を告白 している 。第三部 ︵ C︶ ︽神の思考可能性について︾は 、近代の 形而上学における神の死は、この形而上学が神思想を機能化して いることの中に根拠づけられているとみている。この形而上学は 神を一面的に人間の意識から捉えている。人間の意識はたしかに 神を無制約的根拠として規定するが、この規定それ自体を通して 矛盾したことが語られている。なぜならその場合、神は人間の意 識を通して制約されているからである 。これに対しユンゲルは 、 人間の意識と対照的に言語ないし言葉を、それに基づいて神につ いて考えることができるようになるものとして納得いく仕方で説 明している。キリスト教神学にとってこの言葉はイエス・キリス トの福音である 。それゆえ第四部のテーマは ︵ D︶ ︽神が語るこ とができることについて︾となる 。そしてそれゆえに 、第五部 ︵ E︶ 神の人間性について︾において、キリスト教信仰の三位一 体論的解釈を論ずることが必要になる。すなわち神は、世界の彼 方に不変的な仕方で、また苦しむことができない仕方で存在する のではない。神は愛であり、その愛は、十字架にかけられたナザ レのイエスにおいて自由に、また無条件に、移ろい行く人間に関 わろうとする。 二 ・ 三  作品の内容   第一部 ︵ A︶ ︽序︾は 、諸学問においてだけ神についての発言 が気まずい思いで取り上げられているわけではないことから出発 している。 神についての発言は同時代の神学をも当惑させている。 すなわち同時代の神学にとって、神は一般に想像できないものと みなされている。したがって神についての神学的発言の自己罷免 は神学の首尾一貫した営みのように思われる。しかしながら、そ のさい神学がその意味の喪失を嘆くことは、ユンゲルによると不 可解である。すなわち、最終的にその︿対象﹀の罷免を働きかけ る神学は、人がそれに関心をもって向かうことを期待してはなら ない。これに対しユンゲルにとって重要なのは、神について新た に考えるようになることである。一般に神について語るとき、ひ とは一つの言葉を相手にしている。しかし一つの言葉は一つの言

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