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シリコーンの精密合成に向けて 産業技術総合研究所触媒化学融合研究センター 松本和弘 1. はじめに有機合成を専門とする者にとって ケイ素化合物と聞いて真っ先に思い浮かぶのは 向山アルドール反応や檜山カップリング あるいはアルコールの保護基ではないであろうか その一方で 有機合成化学者はそれらとは異な

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Academic year: 2021

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シリコーンの精密合成に向けて

産業技術総合研究所 触媒化学融合研究センター 松本 和弘 1.はじめに 有機合成を専門とする者にとって、ケイ素化合物と聞いて真っ先に思い浮かぶの は、向山アルドール反応や檜山カップリング、あるいはアルコールの保護基ではな いであろうか。その一方で、有機合成化学者はそれらとは異なるタイプのケイ素化 合物にほぼ毎日お世話になっている。オイルバスのオイルやピペットキャップ、チ ューブなどに用いられているシリコーン(ポリシロキサン)である。シリコーンの主 骨格は連続するシロキサン結合(Si–O–Si 結合)であり、有機系ポリマーの主骨格を 成しているC–C 結合や C–O 結合に比べて結合エネルギーが大きく、結合回転障壁は 小さい。このことがシリコーンの特徴である高い耐熱性や耐候性、化学的安定性な どに寄与している。また、ケイ素原子上の置換基の種類や分岐構造の違いによって もその特性が変化することから、様々なシリコーン材料が開発されている。 シリコーン材料開発の最も基本となるのがシロキサン結合形成である。工業的に は安価な原料であるクロロシランやアルコキシシランのゾルゲル的な加水分解/脱水 縮合などによって製造されている。また、非対称なシロキサン結合を選択的に形成 するのには、シラノール(あるいはシラノレート)とハロシランとの縮合反応がもっ ぱら用いられている。近年では、触媒制御によるシロキサン結合形成法も開発され るようになってきたが、有機合成の基本であるC–C 結合形成法に比べると依然とし てその選択肢は少ない。また、近年開発されている触媒的なシロキサン結合形成法 の多くは単一のシロキサン結合の形成に適用されているだけであり、ポリマーであ るシリコーンの合成に適用された例は少ない。 冒頭で述べたようにシリコーンは耐熱性などの優れた物性を有しているが、現在 でも配列構造や分岐構造などを精密に制御して合成することは困難である。例えば、 筆者がこの研究に着手した時点で、ペプチド固相合成法のようにモノマー配列構造 を精密に制御することは困難であったし、ポリプロピレンのような立体規則性の制 御は未だに実現されていない。構造が制御されていなくても優れた物性を示すので あれば、これを精密制御することができればさらに優れた物性を発現するのではな いかと期待するのは当然と言える。本講演では、有機合成が専門でケイ素化学も高 分子化学も門外漢であった筆者が、2015 年に九州大学から産業技術総合研究所に異 動したのを契機にして、いかにしてシロキサン・シリコーン化学の研究を始め、進め てきたかについて紹介したい1) 2.副生成物を与えないシロキサン結合形成法 前項で述べたとおり、シリコーン材料開発の鍵は主骨格を構成しているシロキサ ン結合の形成法にあるが、既存のシロキサン結合形成法はいずれも縮合タイプの反 応様式であった。そのため、シロキサン結合の形成に伴って何かしらの副生成物を 生じることになる。通常であれば副生成物は除去すればよいが、液体状のシリコー ン同士をシロキサン結合形成で架橋してゲルやレジンに硬化させる場合、最終生成

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物中に副生成物が残留してしまう恐れがある。そこで著者らは原理的に副生成物を 生じないシロキサン結合形成法を開発することにした。原理的に副生成物を与えな い反応様式として付加反応がある。しかしながら、ケイ素を含む不飽和結合(シラノ ン Si=O やシレン Si=C)は通常極めて不安定であり、その合成自体が研究対象にな るほどである。そのため、これらを原料として用いることは実用的な観点から困難 であった。そこで筆者らは、付加反応で間接的に2成分を連結しておき、引き続く転 位反応によってシロキサン結合を形成するという2段階手法を着想した。産総研へ の着任当初、筆者はケイ素が関連する合成反応を調べていたが、その中から以下に 示した2つの反応がこの作業仮説へとつながった。一つは、Brookhart らが報告して いたイリジウム触媒によるエステルのヒドロシリル化である(図1a)2)。この反応の 特徴は、ジヒドロシランを用いることであり、Si–H 基を有するシリルアセタールが 得られる。もう一つは、トリス(ペンタフルオロフェニル)ボラン (以下、BCF と 略す)によるカルボニル化合物のヒドロシリル化である(図1b)3)。この反応の特徴 は、BCF が Si–H 基を求電子的に活性化することである。これら2つの反応を組み合 わせることで、原理的に副生成物を与えないシロキサン結合形成法を着想した(図 1c)4)。すなわち、単なるエステルではなくシリルエステルを基質に用い、これをジ ヒドロシランでヒドロシリル化することでジシリルアセタールへと変換し、残った Si–H 基を BCF によって活性化することで転位反応を起こしてシロキサン結合を形 成する、というものである。この一連の反応において、シリルエステルとジヒドロシ ランの全ての原子は目的とするシロキサンに取り込まれるため、原理的に副生成物 を与えない。 図1.a) イリジウム触媒によるエステルのヒドロシリル化、b) BCF 触媒によるカル ボニル化合物のヒドロシリル化、c) 原理的に副生成物を与えないシロキサン結合形 成法 R O O + R”2SiH2 R O H O SiH R”2 R H O + R”3SiH R O SiR”3 cat. [Ir(coe)2Cl]2 cat. B(C6F5)3 a) b) R O O + R”2SiH2 cat. B(C6F5)3 c) R’ R’ cat. [Ir(coe)2Cl]2 R O H O SiH R”2 SiR’3 SiR’3 O SiO R”2 R’3Si R H H O SiH R”2 O R H R’3Si B(C6F5)3 O OSiR”2 R’3Si H R O SiO R”2 R’3Si R H Si H B(C6F5)3 R” R” R” O R H H–B(C6F5)3

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実際に、触媒量の[Ir(coe)2Cl]2 存在下、シリルエステルとジヒドロシランを反応さ せたところ、エステルカルボニル基のヒドロシリル化が選択的に進行し、目的とす るジシリルアセタールが得られた。このとき、アセタールの分解によるアルデヒド の生成やアルデヒドがさらにヒドロシランと反応するような副生成物はほとんど生 じなかった。そこで次に、触媒量のBCF を加えたところ、転位反応が速やかに起こ り目的とするシロキサンを得ることができた。また、比較的不安定と思われるジシ リルアセタールを単離する必要はなく、ヒドロシリル化が終了した後にBCF を加え るだけで収率よく転位反応が進行した。 次に着目したのが、この2段階反応のシロキサン生成物がアルコキシ基を有して いることである。転位反応に用いたBCF はアルコキシランとヒドロシランの脱炭化 水素縮合、いわゆる Piers-Rubinsztajn 反応の触媒として広く知られている(図2a) 5)。そこで、転位反応が終了したところにさらにジヒドロシランを添加したところ、 転位反応で加えたBCF によって脱炭化水素縮合が進行し、新たにもう1つのシロキ サン結合が形成できることがわかった(図2b)。これによりワンポット3段階反応 によって連続する2つのシロキサン結合を一気に形成することが可能となった。 図2.a) BCF 触媒によるアルコキシシランとヒドロシランの脱炭化水素縮合(Piers-Rubinsztajn 反応)、b) ワンポット3段階反応による2連続シロキサン結合形成 3.ワンポット配列制御合成法 先のワンポット3段階反応を開発することで、連続する2つのシロキサン結合を 選択的に形成することが可能となったが、ここで次の課題が見えてきた。どのよう にすれば、さらにシロキサン結合を伸ばすことができるであろうか?ペプチド固相 合成法のように、モノマーを逐次的に反応させていき、配列をきちんと制御しなが ら鎖長を伸ばすことができるであろうか?というものである。 実は、図1と図2の中にその回答につながる反応が示されている。図2b の最後の 反応はアルコキシシランとジヒドロシランを反応させてシロキサン結合を形成する 反応であるが、生成物にはSi–H 基が一つ残されている。一方で、図1b のカルボニ ル化合物のヒドロシリル化は、炭素側から見るとヒドロシリル化(還元)であるが、 ケイ素側から見るとヒドリド(Si–H)をアルコキシ基(Si–OR)へと変換する反応で ある。しかも、この2つの反応はともにBCF によって触媒される。すなわち、BCF 触媒によってアルコキシシランとジヒドロシランの脱炭化水素縮合でシロキサン結 合を形成し、残った Si–H 基を使ってカルボニル化合物のヒドロシリル化を行えば、 末端が再びアルコキシシランになるので、ここに別のジヒドロシランを加えると脱 炭化水素縮合によって新たなシロキサン結合が形成される。あとはこの2つの反応 を繰り返していけば、加えるジヒドロシランの順番通りの配列を有するシロキサン + R”3SiH R3Si O SiR”3 cat. B(C6F5)3 a) R O O + R”2SiH2 b) 1) cat. [Ir(coe)2Cl]2 2) cat. B(C6F5)3 SiR’3 O SiO R”2 R’3Si R H H R3Si O R’ R’’’2SiH2 O SiO R”2 R’3Si Si H R’’’2

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化合物を得ることができるはずである。

これをペンタシロキサンの合成(4連続シロキサン結合形成)に適用した例を図 3に示す6)。まず、5 mol%の BCF 触媒存在下 Me3SiOiPr と Ph2SiH2を反応させたと

ころ、目的通りにシロキサン結合が形成されジシロキサンが得られた。ここにカル ボニル化合物としてアセトンを加えると先に加えたBCF 触媒が働くことでヒドロシ リル化が進行し、残ったSi–H 基が Si–OiPr 基へと変換された。そこで次に別のジヒ ドロシラン(Et2SiH2)を加えると、新たなシロキサン結合が形成され、トリシロキサ ンが得られた。あとはこれを繰り返すだけである。アセトンとPh2SiH2を逐次的に加 えるとテトラシロキサン、さらにアセトン、Et2SiH2を加えるとペンタシロキサンが 得られた。途中で触媒を追加する必要はなく、単にジヒドロシランとアセトンを交 互に繰り返し加えていくだけで7段階反応がワンポットで進行し、加えたジヒドロ シランの順番通りのモノマー配列構造を有するペンタシロキサンを単離収率 70%、 総反応時間3時間で得ることができた。 図3.オリゴシロキサンのワンポット配列制御合成 加えるジヒドロシランの順番を変えることで配列異性体を作り分けることができ るし、逐次的な反応であるため任意の鎖長で止めることもできる。さらに、基質を工 夫することで多様なシロキサン化合物の合成に応用することも可能である。例えば、 図4a に示したように、Si–H 基を2つ有するトリシロキサンを基質に用いて、ここ に2当量のカルボニル化合物とジヒドロシランを加えていくと、2方向にシロキサ ン結合を伸長させることができる。また、ジヒドロシランの代わりに半当量のトリ ヒドロシランを用いると、トリヒドロシラン上で脱炭化水素縮合が選択的に 2 回進 行し、2つのオリゴシロキサンを収束させることができる(図4b)。収束させたのち のシロキサン生成物にもSi–H 基が一つ残っているので、これを利用してさらにシロ キサン結合を形成することも可能である。これらの合成を全てワンポットで行うこ とができる。 + Me3Si O Ph2 Si B(C6F5)3 (5 mol%) Me3Si O H H Ph2 Si H Me3Si O Ph2 Si O O Me3Si O Ph2 Si O Et2 Si O Ph2 Si O Et2 Si H Me3Si O Ph2 Si O Et2 Si O Ph2 Si O Me3Si O Ph2 Si O Et2 Si O Ph2 Si H Me3Si O Ph2 Si O Et2 Si O Me3Si O Ph2 Si O Et2 Si H H Ph2 Si H H Et2 Si H H Et2 Si H O O toluene RT, 15 min 15 min 30 min 30 min 30 min 30 min 30 min 70% yield

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図4.ワンポット配列制御合成での a) 2方向へのシロキサン鎖伸長、b) 収束型シ ロキサン伸長による分岐状オリゴシロキサン合成 4.ポリシロキサン合成への展開 上記のワンポット配列制御合成法によって多様なオリゴシロキサンを選択的に得 ることが可能となったが、現在のところ各段階の収率は 95%程度である。この収率 は決して低いものではないが、当然シロキサン結合を伸ばす毎に総収率は低下して いき、8つ程度シロキサン結合を伸長させると総収率が 50%を下回り、ワンポット での合成であるため精製も困難になってくる。一方で、一般的に用いらているシリ コーン材料は長鎖のポリマーであることがほとんどであるため、これらをワンポッ トで精密合成することは難しい。そこで、上記のワンポット配列制御法で得たオリ ゴシロキサンを予め構造制御されたモノマーとして用い、これを重合することでモ ノマー配列の制御されたシリコーンを得ることにした。図4b に示した通り、トリヒ ドロシランを用いると2つのオリゴシロキサンを収束させることができ、図4a に示 したように両末端にアルコキシ基を有する構造制御されたオリゴシロキサンを合成 することができる。この2つを組み合わせて重合へと応用した。 まず、図5a に示したようにワンポット配列制御合成法にて、スピロシロキサンを 合成した。このスピロシロキサンは両末端にアルコキシ基を有しており、これを予 め構造制御されたモノマーとして用いた。これをBCF 触媒存在下でトリヒドロシラ ンと反応させたところ、モノマーのスピロ構造が保持されたまま重縮合が進行し、 新規な大環状シリコーンが得られることがわかった(図5b)7)。得られた大環状シ リコーンは規則的にSi–H 基を有していることから、さらなる修飾を行うことができ る。例えば、エポキシドを有するオレフィンのヒドロシリル化によって側鎖にエポ + B(C6F5)3 (5 mol%) Me3Si O H Et2 Si H Me3Si O Et2 Si O O toluene RT H Si H H Ph Me3Si O Et2 Si O Si H O Ph SiEt2 O SiMe3 Me3Si O Et2 Si O Si O Et2 Si H O Ph SiEt2 O SiMe3 O Ph H 60 °C H Et2 Si H 44% yield b) a) H Me2 Si O Me2 Si O Me2 Si H B(C6F5)3 (5 mol%) toluene RT + O Et Et H Ph2 Si H O Me2 Si O Me2 Si O Me2 Si O Ph2 Si O Ph2 Si O Et2 Si O Et2 Si O Et2 Si O Et2 Si O Et2 Si O Et2 Si O 44% yield H Et2 Si H O H Et2 Si H O H Et2 Si H O O RT

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キシドを導入することができることから、エポキシ樹脂などとの複合化が可能と考 えている。 図5.a) ワンポットでのスピロシロキサンモノマーの合成、b) スピロ環構造を有す る大環状シリコーンの合成 5.まとめ 本研究は、ケイ素化学も高分子化学も門外漢であった筆者が有機合成化学の視点 でシロキサン・シリコーンの研究を進めた結果得たものである。この研究はまだま だ始まったばかりであり、やるべきことは多い。例えば、シリコーンのモノマー配列 が物性に及ぼす効果は調査すべき課題であるし、最後に示したスピロ含有大環状シ リコーンの材料への展開も興味深い。また、有機基を持っているとはいえシリコー ンの主骨格はケイ素酸化物の一種である。本手法を直接応用することは難しいかも しれないが、ケイ素以外の金属酸化物などについても有機合成化学的な視点から精 密合成(有機合成化学的無機合成)が可能ではないかと期待している。 参考文献

1. Matsumoto, K.; Shimada, S.; Sato, K. Chem. Eur. J. 2019, 25, 920. 2. Cheng, C.; Brookhart, M. Angew. Chem. Int. Ed. 2012, 51, 9422. 3. Parks, D. J.; Piers, W. E. J. Am. Chem. Soc. 1996, 118, 9440.

4. Matsumoto, K.; Sajna, K. V.; Satoh, Y.; Sato, K.; Shimada, S. Angew. Chem. Int. Ed.

2017, 56, 3168.

5. Brook, M. A. Chem. Eur. J. 2018, 24, 8458.

6. Matsumoto, K.; Oba, Y.; Nakajima, Y.; Shimada, S.; Sato, K. Angew. Chem. Int. Ed.

2018, 57, 4637.

7. Kawatsu, T.; Fuchise, K.; Choi, J.-C.; Sato, K.; Matsumoto, K. manuscript in preparation. a) B(C6F5)3 (5 mol%) toluene RT + O H Si H O Si O O O O Me2 Si H Me2 Si H Si Me2 H Si Me2 H H Ph Si O Me2 Si O Si O Si Me2 O O Si Me2 O Si O Me2 Si O O Ph Ph O Si O Me2 Si O Si O Si MeO O Si2 Me2 O Si O Me2 Si O O Ph Ph O B(C6F5)3 (1 mol%) toluene RT b) H SiH H Ph + Si O Me2 Si O Si O Si Me2 O O Si Me2 O Si O Me2 Si O Ph O O Ph Si O Ph H Si O SiMe2 O Si O Me2Si O O Si O Si O SiMe2 O Ph O Ph Si O Ph H Si O Me2Si O Si O Si O O SiMe2 O Si O Me2Si O Ph O Ph Si Ph H Me2 Me2 n 57% yield

参照

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