≪資 料≫
『用語法の諸問題と 基本的な諸概念』
ロベール・ドゥラテ
西嶋法友訳
訳者はしがき−本稿はRobert DERATH丘,jeanJdcques Rousseau et klSCience PolitiquedesoTite〝砂(P.U.F.1950,J.Vrin,1970)の「補遺」の邦訳であり,本 紀要とほぼ同時に刊行される上掲書の拙訳『ルソーとその時代の政治学』(九州大学 出版会)の一部として訳出されていたが,紙幅の都合により収録されなかったもので ある。原書及び著者にかんする情報については邦訳吉の「訳者あとがき」を,「補遺」
の意義については同じく「緒言」を参照されたい。
なお,ラテン語を片カナで訳出し,訳者による補足を〔〕で表示した点を含め,
本稿における訳山上の方針はすべて邦訳書の「凡例」に記したところと同一である。
但し「補遺」では用語法の厳密な検討が中心課題をなすことを考慮し,本稿では可能 な限り原語やその発雷に即した片カナでの表示を用いている。
目 次
I 国家,主権,統治・政府 II 法の分類
ノヽ
III 法人格(Personalitemoral)の概念と無体的存在(Etres mor−
aux)の理論
Ⅳ ルソーとその先覚者たちにおける社会有機体説
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現在の読者にとっていかなる深刻!な困難をも呈し 政治社会を国家 (Etat)と呼び,国家の最高 ルソーの法的用語法は,
ない。『社会契約論」の著者は,
権威または立法権を主権(Souverainete) ,この権威を保持する者を,つまり 彼の原理によれば人民を主権者(Souverain) ,執行権を授けられた人々また
これらの用語のすべては今日でも は 団 体 を 政 府 (Gouvernement) と呼ぶ。
ルソーがそれらに与える意味を保持している。
用いられており,
それはルソーの用語法が現代の法的用語のなかで通用してい だとすれば,
同士会契約論」が及ぼした深い影響を証 じつに明確で厳密なこの用語法には,
というのも,
18世紀のすべての著述家たちが従つことから程遠かったからである。事実,
こグ〉ことは,
明するに十分で、あろう。
るということであり,
ウ、、オルフといった自然法学派の大法学者た プーフエンドルフ,
夕、、ロチウス,
ラテン語で書いたということを忘れてはならない。彼らの時代には,
ちは,
とくにバルベイラッ ラテン語の表現が抜群にもっとも確実だったのであり,
ラテン語の代りにその同義語をわれわれの言語〔フランス語〕のなか クは,
しばしば当惑しているように感じられるのである。それ に見いだすことに,
それをバルベイラ ゆえここで法学者たちによって用いられた用語を想起し,
ホップズとロックが英語に訳すのにいかに努めたかを ックがフランス語l,こ
考えることは,無益で、はない。
われわれは,法の区分,法人格の概念,並びにルソーとその先覚者たちに これらの用語j去の問題 おける社会有機体説にかんする若干の補足的判1描を,
につけ加えよう。
統治・政府
これは17世紀の法学者たちが,共和国(respublica) より好んで用いるラテン語のキヴィタス (civitas)と,実際には同義語であ
ソキエタス・キヴィリス (societascivilis‑‑参照,
主権,
国家,
国家 (Etat) I
エフ
フ
「人間ノ中ニハ る。もっとも,
『自然法と万民法』第 7編第 1章 第4節見出し ンドルフ
用語法の諸問題と基本的な諸概念 139
〈ソキエタス・キウ、イリス〉ヲ混乱サセル様々ナ欠点力、アノレInhomine multa sunt vitia, civilem societatem perturbantia J )や同じくスタトゥス(status)
という語も見いだされはするが。「国家生活ニ関スルキリスト教ノ慣習ニツ イテ 1巻onDe habitu religionis christilαnae ad vitam civilem, liber sin‑ gularis (ブルーメン, 1687年)という表題の小著のなかで,プーフエンドル
フはスタトゥスという語をキヴィタスの同義語としてたえず用いている。彼 はたとえば書いている(第32節), I (スタトゥス〉又ノ、〈キヴィタス〉ノ最初 ノ起源ニ関シテハ,次ノコトカ、、知ラレテイル。ツマリ個々別々ノ生活ノ不便 ト危険ニ気付イテ,安全ヲ確保スル為,人々ハ相互ニ契約ヲ結ビ, 自ラヲ超 エテ一社会へト結合スルコトニ同意シタトイウコトデアル。 Circa primam statuum sive civitatum originem constat, homines, animadversis vitae segregis incommodis atque periculis, quaerendae securitatis causa inter
(1)
se convenisse super sua in unam societatem conjunctione:Jしかしプー フエンドルフのこの小著における以外には,ソシエテ・シヴィル (societe civile)または国家といっ意味に解されたスタトゥスにはほとんど出会わな い。『自然法と万民法』においてプーフエンドルフは,慣例に従い, 概 し て キヴイタスという語を用いている。
4ところで18世紀において,キヴィタスの標準的な訳語はソシエテ・シヴ、イ ルであり,これは国家といっ語よりはるかに常用的な表現である。もっとも,
パルベイラックは双方を無差別に用いてはいる。彼はたとえば,ブーフエン ドルフ『自然法と万民法」第7編第l章見出し I(キヴ、ィタス〉ノ組織化へ ト向カワセル原因ニツイテ Decausa impulsiva constituendae civitatisJを,
「ソシエテ・シヴイルの形成へと人々を向かわせた動機について」と訳し ているし,同じく第 2章見出し I(キ ヴ ィ タ ス 〉 ノ 内 的 構 造 ニ ツ イ テ De interna civitatum structura Jを 国 家 の 本 質 的 構 造 に つ い て 」 と 訳 し て い る。バルベイラックは,また政治体(corps ρolitique)という表現を用いて いる。以下はとくに意義深い二例である。「最モ完全ナ社会デアルト考エラ レル〈キヴィタス〉ニツイテ,今ヤ論ジラレルベキデアル agendum jam de civitate, quae perfectissima habetur societasJというラテン日吾のテキ
スト(向上, 第 1章 第 1節)には,以下のようなフランス語訳が対応する。
コール・ポリテイゾク エ タ
「順序に従って,政治体または国家について論じよう。それは諸社会のうち もっとも完全なものとみなされている」。同じく以下の文章, 「コノ意思ト力 ノ結合方、為サレタ時, マサニソノ時ニ,諸社会ト諸法人ノウチ最モ強力ナモ ノデアルトコロノ〈キウ、ィタス〉ガ, ソコカラ現ワレルIsthaecvoluntatum atque virium unio ubi facta fuerit, tunc demum civitas, validissima so‑ cietatum et personarum moralium, inde emergitJ (向上, 第2章 第5節) は, 次 の よ う に 訳 さ れ て い る 。 「 政 治 体 が 生 ず る の は , 意 思 と 力 の こ の 結 合 からであって, それは国家と呼ばれ,また一切の社会と一切の法人のうち,
もっとも権勢あるものである」。
だから18世紀においては, ソシエテ・シヴィル, 政治体, 国家(エタ)は,
ラ テ ン 語 の 言 葉 キ ヴ ィ タ ス に 対 応 す る と こ ろ の 同 義 的 表 現 で あ る 。 右 の3表 現はすべてルソーのもとに再び見いだされる。『社会契約論』において,彼は 政 治 体 に つ い て 語 っ た り し て い る (第2編第1,4章参照)が, この古典的 表現のなかに,有機体説の形跡、を見る必要はない(r政治体論jJDe Coゆore politicoという表題のホップズの書物を参照)。ルソーはまた, 国 家 体 (corps de l'Etα乙「社会契約論」第 2編第 11章 ) と か 人 民 体 (coゆ'sdu 戸 ゆle,向上,
第1編 第7章) とか言っている。彼の場合, 共 和 国 (republique)という語は 特別の意味をもっている。彼は言う I私 は 法 律 に よ っ て 支 配 さ れ る 一 切 の 国 家 を 共 和 国 と 呼 ぶJ(同上,第 2編 第 6章),と。だが,ルソーはまた共和国と い う 語 を , 政 治 体 と 同 義 の も の と し て , ま た キ ヴ ィ タ ス と 同 等 の も の と し て 用 い て い る 。 「 こ の よ う に 他 の 一 切 の 人 格 の 結 合 に よ っ て 形 成 さ れ る こ の 公 的 人 格 は , か つ て は 都 市 国 家 (cite) といっ名をもっていたが,今では共和国 または政治体という名をもっており, それが消極的であるときには構成員か ら国家 (Etat)と呼ばれ,積極的であるときには主権者と呼ばれ, 類似のも の と 比 較 さ れ る と き に は 国 (puissance ) と呼ばれるJ (向上,第l編第6章)。
と 『政治経済論」のなかにソシエテ・シウ。イ さらにわれわれは 11不 平 等 論J
ルという表現を見いだすが, これはルソーが『社会契約論」で使用を避ける ものである。彼はたとえば「不平等論』で書いている。「ソシエテ・シヴイ
用語法の諸問題と基本的な諸概念 141
ルが父権に由来すると言つ代りに,反対に父権がそれから主要な力を引き出 す, と言わねばならなかったのであるj (ゥーォーン,第l巻, 185頁)0 w'政治 経済論」のなかに,われわれは以下の文を見いだす。「大社会のなかに相互 の欲求によって結ぼれた人々を,ソシエテ・シヴイルによってより緊密に結 合するに至らしめた動機を探すならば,全員の保護によって各成員の財産,
生命,自由を確かなものとするということ以外の動機は見いだされまいj(ヴ ォーン,第1巻, 244‑5頁)0 w'不平等論J1, W'政治経済論J1, W'ジュネーヴ草稿』
は1754‑6年のあいだに執筆された。「ジュネーゥー草稿』は少なくとも部分的 にそうである。この時期には,ルソーの政治学の用語法はまだ不確定である。
『ジュネーウ。草稿』に表題をつけょっとした時のわが著者の跨跨ほど,この こ と を よ く 示 す も の は な い 。 ド レ フ ュ ス ー プ リ ザ ッ ク 氏 は 社 会 契 約 論 』 の彼の版において,この草稿の表題のページの複写を挿絵として用いている (245頁)。ルソーは表題としてW'社会契約論』とするか「ソシエテ・シヴィル 論』とするかで跨時したことが,そこで見られるのである。まず「社会契約 論」と書いたあと,この表題に線を引きW'ソシエテ・シヴイノレ」という表題に とり代えているが,それもまた線で消され,新たに「社会契約論』と置きか えられている。副題にかんしては,ルソーは順次「国家構造論j,r政治体形 成論j, r国家形成論」と書き,結局「共和国形態論」という文言を採用した。
周知のようにW'社会契約論』の決定版において彼はこの副題を残さず r政 法の諸原理」の方を選んだのである。
イギリスにおいて,国家を表示するために17世紀末に通常用いられるのは,
政治社会 (ρoliticalsociety)またはシヴイル・ソサイアティ (civil society) という表現である。というのも,国家 (state)という用語はまだ通用語とな ってはいないのである。ロックの「国家統治論」第7章の見出しは「政治社 会またはシヴイル・ソサイアティについて 01Political, or Civil Socieか」で あり,第8章は「諸政治社会の起源について 01 the beginning 01 Political Societies j,第9章は「政治社会と統治との諸目的について 01 the ends 01 Political Society and Governmentjである。たしかにホップズは「リヴァイ アサン」の英語版において,キヴィタスをコモンウェルス (commonwealth)
ステイト
と訳していた。「なぜなら, 技術によってコモンウェルスまたは国家(ラテ
し
かしそれは人工的人間だからであるJ(cr‑リウボアイアサン」序文)。だがこのコ モンウェルスといっ用語は, 17世紀には常用されてはいなかった。なぜなら,
と呼ばれる偉大なリウーァイアサンが創造されるが,
ン語ではキヴィタス)
ロックもそれをキヴィタスと同義の語として提示するとき, 彼はその意味を コモン 明確化するよう用心しているからである。「この論文全体にわたって,
ウェルスの意味を,民主政または他の一切の統治形態としてではなく,
ン人がキヴィタスという用語で表示していた独立的な共同体として,
フア 理解し てもらわねばならない。われわれの言語でこれの訳としてもっともよく当て はまるのはコモンウェルスである。適切に言えば,このような人聞社会を示 すのはこの長吾であり, 英 語 の 共 同 社 会 (community)または都市(city)では まったく適さない。事実, 同ーの統治のなかに複数の従属的な共同体が存在 われわれのあいだでいっ都市は,コモンウェルスとはまったく別 しうるし,
の意味をもっているのである。それゆえ, いっさいの日愛日未さを避けるために,
コモンウェルスという語を, しかも国王ジェームズ一世が解した意味で用い ることを許していただきたい。私はそれがその固有の意味であると考えてい る。もしこれと意見を異にする人があれば, もっとよい語を示してもらいた いものであるJ(cr‑国家統治論』第10章第133節)。ここで問題となっている従 属的な諸共同体とは, プーフエンドルフが『自然、法と国際法.n (第7編第2 章第21節)で語っている国家ニ従属スル諸国体(corporacivitati subordinata), つまり組合, 教会共同体, 等のことである。 いずれにせよ, ロックのこの 指摘は,ルソーの用語法と同じくホップズのそれが, 彼の時代に先んじてい たことを示しているのである。
2. 主 権 (Souverainete ) この用言吾はボ夕、ンとジューリウによってた えず用いられたけれども,それを翻訳のなかで普及させたのは,
ルベイラックであるように思われる。
とりわけパ
この語ーには, ラテン語の三つの表現,つまり最高権力 (summaρotestas 最高命令権 (summumimperium 支配権 (dominium)が対応する。 もっ
とも,最後の用語は主権という意味ではめったに用いられず, 通常は所有権
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を指し示すのであるが。 「市民論」の意義深い以下のテキスト(第5章第11節) が示すように, ホップズはこれら三つの表現にいかなる区別も設けない。「凡 ユル国家ニ於テ,ソノ意思ニ個々人方、自ラノ意思ヲ上述ノ如ク服従セシメル トコロノカノ人又ノ、ヵノ合議体が,最高権力或イハ最高命令権,或イハ支配権 ヲ持ツト言ワレル。Inomni civitate, homo ille, vel concilium illud, cUJus voluntati singuli voluntatem suam, ita ut dictum, subjecerunt, SUMMAM POTESTATEM, slve SUMMUM IMPERIUM, slve DOMINIUM habere dicitur.j
この点ではグロチウスの用語法は, ホップズのそれにあらゆる点で一致する。
r戦争ト平和ノ法』第1編第3章で彼は書いている。「ソレヲ持ツ者カ、、誰デ アレ, ソノ者ニカノ最高権力方、アルト解サネバナラナイダロウ necessarium erit, quae sit summa illa potestas, quique eam habeant intelligerej (第5 節)。あるいはなお次のように書いている。 「ソレ故, 国家権力トイウ名デ呼 バレルノガ習慣デアルトコロノ, 国家ヲ統治スル無形ノ力ハ, 三ツノコトヲ モッテ, ツキディデスニヨリ叙述サレテイルカ、、' ソノ際彼ハ真ニ国家デアル 国家ヲ自己立法, 自己司法, 自己行政ヲナスモノαbdνoμoν,ωτolJtxoν,ωτ0・ r
εA7} ト称シテイルFacultasergo moralis civitatem gubernandi, quae ρotestatおcivilis vocabulo nuncupari solet, a Thucydide tribus rebus describitur, cum civitatem, quae vere civitas sit, vocatαbrboμ0吟 αuro‑
8lXOV,αuror,εA ,}7suis utentem legibus, judiciis, magistratibusj だが彼は第8節で言う i最高命令権ハ何カーツノモノデアリ,
(第6節)。 カツソレ自 体不可分デハアル方、 Quanquam summum imperium unum quiddam sit ac per se indivisumj。グロチウスにあっても, 国 家 ノ 命 令 権 (impen'um 例外的に,前述のように私的所有を指示する私的支配権 (do・
civile) とか,
mznzumρrivatum) と対立的な, 国家ノ支配権 (dominiumcivile)とかいっ た語が見られる。「更ニ既述ノ如ク, 確カニ正当ナ戦争ニヨッテ私的支配権 ヵー獲得サレ得ルガ, ソノヨウニ, 又国家ノ支配権或イハ誰カ他ノ者ニ依存セ ズニ支配スル権利モ獲得サレ得ル Jam vero bello justo, ut ante diximus, sicut acquiri potest dominium privatum, ita et dominium civile, sive jus regendi non aliunde pendensj (同上, 第8節)。プーフエンドルフは potestas
より imperiumを選好する。彼は無差別に命令権(imperium),国家ノ命令 権 (imperiumcivile),最高命令権 (summumimperium),あるいは国家ノ 最高命令権 (summumimperium civile)と す ら 言 う 。 彼 は ま た 威 厳 ( 仰 jes郎)という語を imperiU1η と同義とみなすこともある。 彼は「自然法と 万民法」第7編第3章に「国家ノ最高命令権或イハ威厳ノ発生ニツイテ De generatione summi imperii civilis, seu majestatisJと い う 見 出 し を 与 え て いる。しかもプーフエンドルフは ,majestasという語の用法について, 以下 のような指摘を行っている。「じつはこの数世紀, 習 慣 に よ っ て 諸 国 王 に Majesteという尊称があてられてきたのである。しかもそのために, どんな 種類の統治においてであれ, 主権者の地位と権威を示すために, それがかな
らず用いられているのであるJ(同上,第3節)。
バ ル ベ ィ ラ ッ ク の 訳 に お い て は , 最 高 権 力 (summapotestω)や最高命 令 権 (summumimperium)に は 概 し て 主 権 (souverainete)があてられてい る。主権的権威 (auforitesouveraine)あ る い は な お 主 権 的 威 厳 (majesfe souveraine) ‑後者はたしかに majestasの類義語としてーも見いだされはす
るが。いずれにせよパルベイラックは, 命 令 権 (imperium)を empireと訳 すことを一貫して避けている。 ところがソルビエールとフォルメイは, 、ー,事
の語をたえず用いていた。 前 者 は 『 市 民 論JJ (1649年)の翻訳において,後 者は『ウ、、オルフの自然法JJ(1758年)の翻案においてである。『社会契約論』
以前には ,imperiumというラテン語の直訳である emPireという語は, や は り 主 権 (souverainete)という語一これはわが国の言語〔フランス語〕では imperiumの類義語であるーより通用している慣用語法であるように思われ る。 ボッシュエがそれを『政治学」において用いており,例えば次のように 書いている。「一切の Empireの 上 に 神 の Empireがある。 それはじつは 絶対的に至高の唯一の Empireであって,他の一切の Empireは そ れ に 属 するのである。そしてそれから一切の権力が起こってくるのであるJ(IT"聖書 から導かれた政治学」第 6編第 2章第 2節)。ディドロが「百科全書』におい て項目「社会」を書くとき, 彼は empireという語を同じ意味にとっている。
「人々はソシエテ・シヴイルを樹立したとき, その自然的自由を放棄し,国
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家の主権者の Empireに服従したのであるj(全集,アセザ版,第17巻, 145 頁)。パルベイラックも ρotestasをρuissance‑この語は彼の時代に大部分の 著作家によって常用されているのだがーとは訳さない。
要するに, 18世紀の法学用語においては, puissance public, empire, au‑ torite souveraine, : souveraineteは同義語なのである。「社会契約論』に おいてルソーは souveraineteという語に固執するが, しかし時折 autorite souveraineと言っている(第1編第6章参照)0Ii百科全書』の項目「政治 的権威」において,ディドロはたえず形容詞なしに autoriteという語を用い ている。
ロックは主権を示すために概して {supremeρower}という表現を利用す るが,それは summaρotestasの直訳である。彼はまた supremeauthority ゃ ρoliticalρowerとも言っている。だが彼は sovereignかという語を用いる
ことを意図的に避けている。ホップズは反対に ,imperiumというラテン語 の類義語としてそれをたえず用いていたのである。
至高の権力を保持する合議体または人を示すところの,一般的な意味に解 された主権者(souverain)という語は,プーフエンドルフにあっては zm‑ μransまたは summusimperansに対応する。グロチウスは[""国家ヲ統治
スル者 quicivitatem regitj (Ii戦争ト平和ノ法」第l編第3章第6節)とか
「最高権力ヲ行使スル者 quisumma potestate utitur j (向上,第7節)と かの椀曲法を用いている。ホップズも同様で、ある。たとえば『市民論」で「国 家ノ中デ最高権力ヲ持ツトコロノカノ合議体又ハカノ人ノ権利ニツイテ De jure ejus, sive concilii, sive hominis qui in civitate cum summa potestate estj (第6章 見 出 し ) と か 最 高 命 令 権 ヲ 持 ツ 前 者 illequi habet imper‑ ium summumjとか,さらに「最高命令権ヲ持ツトコロノhabenssummum imperiumj 同上,第16節)とか書いており, また「リヴァイアサン』のラ
テン語版でも[""最高権力ヲ持ツトコロノ者quihabet Summam Potestatemj とか「最高権力ヲ持ツトコロノ SummamPotestatem habensjとか書いて いる。だがプーフエンドルフと同じく,ホップズの場合にも最高権力ヲ持ツ 者 (summusimperans)が見いだされ,それは「リヴァイアサン』の英語版
において主権者 (sovereign)となる。ホップズは「至高の権力をもっ者 he that has the sovereign PowerJという椀曲法をも用いはするが。ロックは 主権者 (sovereign )という語やそれと同義のいかなる表現をもまったく用い ない。
ルソーは主権者という語に,彼の先人たち以上に厳密で、限定された意味を 与えている。主権についての彼の見方は,法律の制定者たる主権者とその執 行を保証する行政官 (magistrat)または統治者 (ρrince)との区別を行うこ とへと彼を導くのである(U"社会契約論」第3編第 l章)0 u"法論」におい て,カントもまたこれらの基本的な概念を自らの課題とし,それらの類義語 をドイツ語のなかに見いだそっと努めている。彼にあっては(U"法論.!JRe‑ chtslehre第2編第1章「国家法」第48,9節),主権者は国家元首Staatsober‑ haupt (summus imperans)または立法者 Gesetzgeber(legislator)となる。そ
してこれに,ルソーにおけるように最高行政官 Oberbefehlshaber ( summus rector)または国家の統治者 Regentdes Staats (rex, princeps)が相対する のである。カント以前のルタ一派諸国においては,政治的権威とそれを保持 する人々とを,権威 (Obrigkeit) といっ一般的用語で示すのが伝統的であっ たということを,参考のため想起しておこっ。事実ルターは,聖書の彼の訳 において, ρotestαsを訳すためにこの語を選んでいたのである。「各人は彼に たいして権力をもっ権威に服従すべきである。なぜなら,神に由来しない権 威はまったく存在しないから。さらに権威があるところでは,それは神によ って規定されているのである Jedermannsey unterthan der Obrigkeit, die Gewalt uber ihn hat. Denn es ist keine Obrigkeit ohne von Gott; wo aber Obrigkeit ist, die ist von Gott verordnetJ (ロマ書,第13章第l節)。 3. 統 治 ・ 政 府 (Gouvernement) gouvernementという語は,わが 国の言語〔フランス語〕では混同してはならない複数の意味をもっている。
A.それはまずもって国家の構造(constitution)を示す。種々の統治形態 が語られたり,たとえばフランスの統治は民主主義的であると言われたり,
あるいはいずれが最良の統治であるかと問われたりするとき,この語が解さ れるのはこのような意味においてなのである。このょっな意味に解されると