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「国語方言の発想法」(二)

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(1)

﹁国語方言の発想法﹂(二)

八郎康隆

  B造語発想法の諸相

 造語発想法とは︑語詞製作のうえに食い出される発想法である︒

ここでは︑地方人のそれを見ようとするものである︒

 造詣発想法と造語発想法との関係は︑藤原先生もおっしゃるよう

に︑  ﹁発想﹂に思いいたれば︑造語法も造文法も一つのもので

あることがわかる︒︵﹁方言の発想法﹂国文学敬第二十八号団.ω℃ω︶

⁝相互に密接な関係が見られる︒造語発想法は︑造文発想法の縮

形のようなもの︑ひな型のようなものと言えよう︒

 わたくしたちは︑造語のしかたのうえにもまた︑じゅうぶんによ

く︑地方入の発想法を見ることができる︒

 今回は︑とくに﹁名詞﹂に限定して︑その発想法を見ていくこと

にする︒  ﹁名詞﹂の造語発想法を見ていくのに︑これを︑次の三法に大別

することができる︒   ω 創出法   ② 転成法   ㈲ 複合法

 これら三法のうち︑その主流をなすものは︑複合法である︒これ

は︑既存の素材語をさまざまに組み合わせて︑新発想の語詞を作成

する︑多彩で有力な造語法である︒

 これに対して︑創出法というのは︑語詞そのものを︑まるまる創

製する造語法である︒これは︑先の複合法とは造語法上対照的であ

﹁国語方言の発想法﹂⇔︵愛宕︶ って︑それほどに栄えてはいない︒  転成法は︑名詞外のことばを︑名詞に生まれかえさせる造語法で あって︑動詞連用形からの転成になるものが中核をなしている︒人 や事物の動きを表わしつつも︑ものとしては名のことば一動名詞 ともいうべきlIたりえているところに︑言語生活上︑おのずと重 宝がられるのでもあろう︒よく栄えており︑これがまた︑先の複合 法の複合要素としても︑大巾な活躍を示すのである︒  今︑この三法を中軸に︑主な造語法を構造上体系化すれば︑次の ようになる︒  ω 創出法   ①擬声発想   ②擬態発想  ② 転成法   ①  ﹁動詞連用形﹂から   ② ﹁数詞﹂から  ㈹ 複合法

b a

C

﹁名詞+名詞﹂

 ﹁和語名詞+和語名詞﹂

 ﹁和語名詞+漢語名詞﹂

 ﹁漢語名詞+和語名詞﹂

﹁名詞+動詞連用形﹂

﹁代名詞+名詞﹂

(2)

長崎大学教育学部人文科学研究報告 第二二号

 ④

 ⑤  ⑥

 ⑦

 ⑧

 ⑨

 ⑩

 ⑪

以下︑

ω

﹁動詞連用形+名詞﹂

﹁形容詞︵語幹︶+名詞﹂

﹁動詞連用形+動詞連用形﹂

﹁副詞+動詞連用形﹂

﹁名詞+の+名詞﹂

﹁名詞+動詞連用形+名詞﹂

﹁名詞+動詞未然形+助動詞︵︵ズ︶︶﹂

その他 右の体系にしたがって︑記述していく︒    創出法

 これには︑①擬声発想と②擬態発想との二法がある︒

 ①擬声発想というのは︑生物︑物体の発する声や音を︑そのもの

の象徴としてこれをとらえ︑その音連続を︑そのままものの呼称と

する発想であり︑②擬態発想というのは︑生物や物体が示す︑特徴

的な様態を︑象徴音化して︑ものの呼称とする発想である︒   ①擬声発想

/・ワーワー 唖︵広島県能美島︶

2・ニョーニョー 読経︵長崎市︶

3・ニャンニャン 猫︵広島市︶

4︒シェーシェ 蝉︵五島奈良尾︶

5・コツコツ 木魚︵長崎市︶

6・チャンチャン 鐘︵長崎市︶

7・ドンドロ 雷︵広島県︶

8・ポンポラ 蒸気船の煙突︵広島県廿日市︶

9・カッポン いたどり︵能美島︶

/0・ボチャ 一風呂︵広島市︶

//・ガリ 塩釜にこびりついた塩の塊くこれを落す時の﹁ガリガリ﹂        一〇      という音をことばに仕立てている﹀︵石川県珠洲市︶  8の﹁ポンポラ﹂は︑蒸気船の煙突から煙が︑強いリズムで放出 される音からの発想であろう︒○/の﹁カッポン﹂は︑あの中空の柔 らかめのいたどりを折る時の音から発想したものであろう︒10﹁ボ チャ﹂は︑湯面を叩く音からのものであろうか︒その他は︑説明す るまでもなかろう︒  以上は︑全一語が擬声発想のものであるが︑一方には︑擬声要素 を部分とする作りの語詞も見受けられる︒  ・︒フースヤサン いかけ屋さん︵長崎市︶ は︑その一例であるが︑ ﹁ブース﹂は︑いかけ屋を象徴するふいご の音に出るものであろう︒   ②擬態発想 1・ギリギリ 旋毛︵石川県珠洲市︶ 2・アシャシャ とかげ︵珠洲市︶ 3・ベッタリ そば粉を練ったもの︵珠洲市︶ 4︒チョン猫︵珠洲市︶ 5・ゴッチン 飯粒に芯の残った状態︵長崎市︶ 6・チャワ そそっかしい人︵珠洲市︶ 7・ゾp 雑炊︵石川県石川郡白峯村︶ 8︒ドベ どべどべした泥︵珠洲市︶ 9︒チカ とげ︵広島県佐伯郡津田町︶  2﹁アシャシャ﹂は︑とかげの気ぜわしげな動きに着目してのも のであろう︒土地人は︑  ・アシャシャモ イチダイ ナメクジモ イチダイ︒人問︑とか   げのようにあくせく働いても一生︑なめくじのように働いても   一生︒ とも言っている︒

(3)

 4﹁チョン﹂は︑なにか都会の猫とは違った︑山間地の猫の身軽

な跳躍を音化したものであろう︒5﹁ゴッチン﹂は︑生炊きの御飯

の歯あたり︑感触を表わしたもの︑7﹁ゾロ﹂は︑寒村特有の粗食 一菜っ葉︑小粒な馬鈴薯︑稗飯の残りなどを材料にした一貧し

い雑炊の表情音のようなものである︒○/﹁チカ﹂は︑とげの感触を

擬態音化したものであろう︒

 一方に︑擬態要素を部分とする作りの語詞

 ︒カベチョロ やもりく壁をチョロチョロ遥うところからV︵長

  崎市︶

も見られる︒

 以上の擬声︑擬態発想の語詞は︑単直平明な作りを特色とし︑子

どもの創製︵あるいは︑子どもむけに創製する︶になると思われる

ものが︑かなり見られる︒  造語法上の転成法︑複合法などが︑既存の素材語に依拠するとこ

ろが大きいのに対して︑この創出法は︑まったく新たに︑まるま

る︑ことばを創製するところに一大特徴を見ることができる︒ここ

には︑地方人の︑ことば造りのもっとも奔放自在な姿に接すること

ができる︒

 ちなみに︑これが擬声︑擬態発想の副詞になると︑その栄えはま

た格別である︒ ︵﹁方言の擬声語・擬態語﹂室山敏昭.鳥取大学教

育学部研究報告﹃人文科学﹄第22巻/号参照︶

 ② 転成法   ①﹁動詞連用形﹂から

一・アルキ 用足し・遠足︵石川県珠洲市︶ 2︒ヒラキ開墾地︵富山県東礪波郡︶ 3︒ビッツキ 嫁がないで親もとで暮らす女︵石川県石川郡臼峯村︶

4︒ブシ ︿伏し﹀ 石の上に伏す習性の川魚・石伏し︵白峯村︶

    ﹁国語方言の発想法﹂口︵愛宕︶ 5・タラシ女たらし︵広島市︶ 6︒オドラカシ かかし︵珠洲市︶︑ 7・コpガシ 田植用の木わく︵珠洲市︶ 8・アヤマチ 怪我︵白峯村︶ 9︒シメリ 小雨︵広島県︶ /0・ニギリ けちんぼう︵広島市︶ /1・アタワリ 運命︵東礪波郡︶ /2・ステ 油かす・大豆のしぼりかす︵福岡県朝倉郡︶ /3・カタネー 地元の魚の行商人︵珠洲市︶ /4・オソレ 小心者︵広島市︶ /5︒ヨゴレ 身だしなみの悪い不潔な人︵広島市︶  動詞連用形からの転成名詞は︑もとより︑共通語世界にもよく見 受けられる︒が︑地方語世界には︑一それが︑短小な一動詞の連 用形を駆使してのことば造りではあるが一共通語には見られな い︑発想の角度を指摘することができる︒  このような転成名詞は︑方言生活での必要に応じて具象物から抽 象事に及ぶ︑きわめて広範な世界を満たして多彩である︒   ② ﹁数詞﹂から  前者①のものの活況にくらべれば︑これは︑かなり限られたもの と言えよう︒が︑ここには︑方言人がみずからの機智とか滑稽とか を楽しむ風情のことば造り︵B発想法︶が見られる︒  今︑奥能登珠洲方言から事象例をあげてみよう︒ 1・ハチリ ︿八里V 馬鈴薯 2・ハチリハン ︿八里半﹀ 馬鈴薯 3︒ヒッチャクハッカ ︿七百二十日﹀ よく働く人 4︒ハチモン ︿八文﹀ 能なし・少し足らない人間 5・クモン ︿九文V 少しましな人間       二

(4)

長崎大学教育学部人文科学研究報告 第二二号

6︒ジューイチモン ︿十一文﹀ 賢いすばらしい人

 /﹁ハチリ﹂は︑栗を九里に見立て︑それに一里︵少し︶及ばな

い味のものという発想であり︑2﹁ハチリハン﹂も同巧のものであ

る︒3﹁ヒッチャクハッカ﹂は︑一年で二年分︵三百六十五日の約

倍数←七百二十日︶の仕事をするという発想に基づくものであり︑

4﹁ハチモン﹂は︑十文に少し及ばないというところから︑5﹁ク

モン﹂は︑ ﹁ハチモン﹂よりは少しましなという発想のもの︑6﹁

ジューイチモン﹂は︑十文を上まわるというので︑並以上のすぐれ

た人間を表わすという趣向である︒

 4のような発想は︑珠洲方言にとどまらず相当に広く見られる︒

同義のことばで﹁テンポーセン﹂などとも言っているところがらす

れば︑明治期天保銭が八文に通用したところがら生まれたものであ

ろう︒  広島市をはじめ瀬戸内海域に︑

7︒センミツ ︿千三ツ﹀ 嘘つき

ということばがある︒千に三つしか本当のことを言わないというユ

ーモラスな発想のものである︒

 ㈲ 複合法

 造語発想法という観点で言えば︑これは︑ことばを組み合わせて

する発想法ということである︒

  ①﹁名詞+名詞﹂

   a ﹁和語名詞+和語名詞﹂

1・キイシ ︿木石V 珪化木︵石川県珠洲市︶ 2・キバリ ︿木針﹀ とげ︵竹・木などのとがった細片の人の肌

   につきたったもの︶ ︵珠洲市︶ 3・ノイネ︿野稲﹀陸稲︵長崎市︶

4︒ミモノ 穀物︵長崎市大崎︶ =一

5︒オキビツ 漁夫が沖へ持っていく弁当箱︵珠洲市︶

6︒カイズナ 貝砂︵珠洲市︶

7︒カドミセ 角店︵長崎県愛野町︶

8・スジモミ 種籾︵長崎県時津町︶

﹁種籾﹂という発想に対して︑血筋などの筋を取り用いている発想

がおもしろい︒

9・トリモミ 鳥籾︵熊本県天草上島教良木︶

苗代田に播く種籾が︑よく鳥についばまれるので︑始めに︑種籾を

播き︑その上に薄く土をふり播き︑その上に︑鳥にくれてやる籾を

播く︒その籾を﹁トリモミ﹂と言う︒

10・ヤマフグ こんにゃく︵広島県湯来町︶ 湯来町は︑こんにゃくの名産地︒こんにゃくを︑ふぐちりのように

料理するが︑その味がふぐにも匹敵するというので︑山でとれるふ

ぐ︵1ーヤマフグ︶としたものであろう︒

/1・ナシイモ 馬鈴薯︵珠洲市︶ 馬鈴薯の表皮が︑梨のそれと似ているところがらの発想︒

/2・クマネコ 黒猫︵珠洲市︶

13︒ヤマイナカ 山村︵長崎市大崎︶

/4︒ババサンザエ ひねたさざえ︵珠洲市︶      む 15︒ボブラカオ 青ぶくれした顔︵珠洲市︶

﹁ボブラ﹂はなんきんのこと︒

16・チンバザカ ちんばをひかなければ︑登り下りのできないよう    な坂︑石段︵長崎市︶

坂の多い長崎の生活から生まれた発想語︒

/7・コンカオジ 弟の卑称︵珠洲市︶ ﹁コンカ﹂は小糠で︑ほとんど役立たぬもの︑﹁オジ﹂は弟であ

る︒奥能登珠洲社会では︑次男以下は︑郷土で分家するゆとりは乏

(5)

しく︑他郷に出て生活することが多い︒しぜんに︑弟︵オジ︶を︑

ありがたくないものとする発想に基づく︑次のようなさまざまの語

詞が生まれた︒

7︒モチオジ 餅のように手につく︑やっかいなオジ

7︒ダッコオジ  ﹁ダッコ﹂は肛門 31

つ 7︒ネカオジ ぬかオジ 41

   る所︑その薪をいろりにくべるような雑用をつとめるオジの 一 矧︒キバラオジ ﹁キバラ﹂は︑いろりの近くにある薪を納めてあ 75 Rッパオジ ﹁コッパ﹂は︑木片

   意か 77︒エンキョオジ 隠居オジ つまり︑この世に役立たないオジの /    意

これら一連の語詞は︑当該社会の生活背景をよく表わしていよう︒

/8・ツキヨマ 月夜間 旧暦十四日から十八日までの五日間の休漁    日を言う︵長崎県奈良尾︶

奈良尾町は︑有名な遠海漁業の基地で︑遠く東支那海などへ︑まき

網船団を送り出している︒漁獲の乏しい旧暦/4日〜18日までの五日

間は︑基地に帰っての休漁日となり︑町はにわかに活気づく︒

 当地には︑

 ︒ツキヨマピジン 月夜間美人

ということばもある︒漁船の乗組員の妻たちが︑﹁ツキヨマ﹂の夫

たちの帰りを︑化粧し着飾って美人になり待ち受けるというわけで

ある︒  以上︑a﹁和語名詞+和語名詞﹂で︑注目されるのは︑一つに︑

事物に即して︑力まず︑単直に︑かつ︑自在にことばを連ねてする

造語発想であり︑ ︵成形要素としての両語の関係に︑ ﹁の﹂格を思

わせるものの多いことは︑単直さと無関係でなかろう︒︶︺つに︑

   ﹁国語方言の発想法﹂⇔︵愛宕︶ 自在な連想裏に成形を見せる︑いわば比喩発想の造語である︒10︑ 1/︑12︑/4︑/5︑/6︑/7などは︑いずれもそれである︒比喩発想の 造語法は︑このa﹁和語名詞+和語名詞﹂の構造のものに限らず︑ 国語の造語法全般に︑広く見られる︑まことに注目すべきものであ る︒文学世界の比喩語とはかならずしも軌を一にしない方言語詞の それは︑生活臭の強いものと言うことができよう︒    b  ﹁和語名詞+漢語名詞﹂ 1︒クチロン ロ論︵富山県福野町︶ 2︒ノドーグ 野道具︵石川県珠洲市︶       おか 3︒ウカニョーボ ︿陸女房﹀ 田畑を作る女︵珠洲市︶ 4︒ナマリハンチャク ︿三半着﹀ 半農半漁のように一業に徹し    ない姿︵珠洲市︶ これは︑ハンダ付けに擬した造語法である︒ 5︒ヒシテコータイ 一日交代︵珠洲市︶  このような﹁和語+漢語﹂の成形のものにくらべて︑ 語﹂のものが︑よく惑い出される︒    c ﹁漢語名詞+和語名詞﹂ /・ギョバ 漁場︵長崎県奈良尾町︶ 2・ガイムシ 害虫︵長崎市時津町︶ 3・マンシオ 満潮︵珠洲市︶ 4︒カンシオ 干潮︵珠洲市︶ 5︒ギューチチ 牛乳︵珠洲市︶ 6︒ハンヌマ 半湿田︵珠洲市︶ 7・ドードシ 同年︵広島県廿日市町︶ 8・イジンゴメ 外米︵長崎県南高来郡︶ 9・イジンカマギ 唐米袋︵長崎県南串山︶ /0・トージンブネ 唐船︵長崎市︶

一三 ﹁漢語+和

(6)

長崎大学教育学部人文科学研究報告 第二二号

個・トージンワラジ 皮靴︵広島県賀茂郡︶

/2・キンチャタナス 丸茄子︵長崎市︶

/3・ショージンナベ 野菜専用の鍋︵珠洲市︶       /4・シンカイダ 隠し田︵珠洲市︶ /5・センザイモン ︿前栽物﹀家の近くにある畑で作る野菜︵珠洲    市︶

16・ニョーボウシ 牝牛︵珠洲市︶

/7︒サンケービト 参詣人︵珠洲市︶

/8・テンキァメ ︿天気雨﹀晴れているのに降る雨\︵広島市︶

19︒センジャブーメ 便所蝿︵石川県白峯村︶ ﹁センジャ﹂は﹁雪隠﹂出自のもので便所︑ ﹁ブi﹂は蝿の羽音を

表わす擬声音︑ ﹁メ﹂は接尾辞︒

 b  ﹁和語名詞+漢語名詞﹂構造のものは︑文章語流で言えば︑

いわゆる﹁湯桶読み﹂のものにあたり︑C﹁漢語名詞+和語名詞﹂

︵1〜7︶は︑いわゆる﹁重箱読み﹂にあたる査のである︒が︑方

言人は︑そんなことに頓着せず︵というよりは︑始めから知ること

もなく︶まことに自在なことば造りを見せているのである︒

  ②﹁名詞+動詞連用形﹂

 名詞の︑複合による造語心中︑もっとも優勢であり︑多くの複合

名詞が︑これに属している︒

   a 先行語が﹁を﹂格に立つもの

一︒メヌキ ︿目抜き﹀ 鰯などの串ざし︵長崎県三重村樫山︶ 2・キノバシ 気なぐさめ︵石川県珠洲市︶ 3・シオクリ︿日送りV生活︵珠洲市︶

4・タコスカシ ︿思すかし﹀ 蛸取りの一法︵珠洲市︶

﹁スカシ﹂はだますこと︒

5︒ウミテラシ なたおれの木 モクセイ科の常緑樹︵長崎県上対 一四

   馬町︶

月夜︑月あかりに︑この木々の白い花が︑波静かな鰐浦湾の海面に 照り映えるところがら土地人は︑このように発想している︒ 6︒ツラァライ 洗面︵奈良尾︶

7︒エモクジリ 柄のついた︑山芋掘りの鉄具︵珠洲市︶

山芋︵自然薯︶は︑掘るのではなくて︑まさしく︑少しずつ︑土石

をクジッて︵えぐるように取り除いて︶いくのである︒

8︒サラネブリ ︿皿ねぶりV 奉公人︵珠洲市︶

当農業社会では︑もっとも下積みの生活に生きて︑苦難の多かった        のが︑地主のもとで働いた奉公人であった︒ ﹁奉公人のナカクソ﹂

という言い草があるように︑用便が唯一の休息の時間であったし︑

烈しい労働に空腹もひとしおであった︒ ﹁サラネブリ﹂には︑彼等

の暮しの表情が造語化されている感じがする︒

9︒ゴボホゼリ しつこい人︵珠洲市︶

/0︒イシバハキ 大病人︑娘︵珠洲市︶ ﹁イシバ﹂は︑家屋の土台石である︒それを掃き除くことは︑家屋

が傾くこと︑つまり破産である︒寒村では︑結核などの大病人や娘

を三人もかかえれば破産するというわけである︒      む /1・カマドカエシ 大病人︑娘︵珠洲市︶ ﹁カマド﹂の機能を停止することは生活のゆきづまりである︒先の

/0

uイシバハキ﹂と同巧の作りである︒いずれも生活に根ざした︑

一種の比喩発想の造語法と言えよう︒

/2︒チョーノカタギ かまきり︵広島県︶ かまきりの姿態を手斧をかたいだ姿に見立てたことば造りである︒

 1〜/2の後部要素は︑いずれも五段動詞からのもので︑先行語は

和語のものである︒が︑一方に︑先行語の漢語のものも見られる︒

13・エンビキ 縁引き︑血筋をひくこと︵珠洲市︶

(7)

14︒バンチモ 磐持ち︵昔︑行なわれた︑石を持ち上げる力競べの    遊び︶ ︵珠洲市︶

15・トーワタシ 当渡し︵祭の当番をゆずり渡すこと︶ ︵珠洲市︶

16・ゴーザラシ 業さらし︵珠洲市︶       な /7・イジナシ ︿意地返なし﹀ しかえし︵珠洲市︶

18・ヒャクショジマイ 田畑の仕事がすっかり終ること︵珠洲市︶

/9・バクチコキ かわはぎ︵魚名︶ ︵珠洲市︶ ﹁かわはぎ﹂が身ぐるみはがれて料理されるところがら︑これを賭

博者が賭け事に凝って︑身ぐるみ脱ぐことに喩えた比愉発想の造語

である︒ 20・ゲタノハギリ ︿下駄の歯切り﹀ 下駄の歯のように大型に切    り身を作るさしみ︵奈良尾︶

    b先行語が﹁が﹂格に立つもの

一・ショーゴミ満潮︵珠洲市︶      む 2・ショーカレ 干潮︵珠洲市︶        3・ヤクアカリ 自分の時代が終ること︵珠洲市︶        4︒アキアカリ 秋の収獲がすんだ後の休み︵珠洲市︶        む 5︒ホーコーアカリ奉公つとめが終ること︵珠洲市︶

6・ヤマヒビキ 地鳴り︵珠洲市︶

   c その他

1︒ヤスズキ 六突き漁法︵珠洲市︶ 2︒ヤマダメ 海上で漁船などが︑山をよりどころに︑進行の方向

   を矯めること︵珠洲市︶

3︒ナタバツリなたで打ち削ること︵珠洲市︶

これらは︑先行語が︑いわば﹁で﹂格に立つものである︒

4・ヨメヅトメ 嫁としてのっとめ︵珠洲市︶

5︒タケダチ 身長︵珠洲市︶

   ﹁国語方言の発想法﹂◎︵愛宕︶ などは︑先行語が﹁の﹂の格に立つものである︒  また︑ 6︒ヨダキ 夜︑漁をすること︵長崎県川棚町︶ 7・ヨナデ ︿夜撫で﹀ 夜︑磯にいる貝類をとらえること︵珠洲市︶ 8・ノッツイ︿後添﹀後妻︵珠洲市︶ ○・・ハルアンキ ︿春歩きV  ︵春︑僧侶が壇家を勤めて廻るこ    と︶ ︵珠洲市︶ /0︒ナカクダリ ︿中下り﹀ 他郷に出ていて途中で一度帰郷する    こと︵珠洲市︶ などは︑先行名詞が︑副詞の地位に立つものである︒  ほかに     む /1︒ノコキリアキナイ 往き帰りともする商い︵珠洲市︶ のような比喩発想︵鋸をひく往復動作になぞらえている︶の成形も 見られる︒  以上︑②﹁名詞+動詞連用形﹂のものは︑a・b・Cいずれも︑ 文叙述の形式によく通じていることもあって︵つまり﹁文﹂の生活 に生きる方言人が︑語詞を創製すれば︑おのずとこうもなりやすい と思われる︶︑造語法分野中︑わけてもよく栄えている︒   ③  ﹁代名詞+名詞﹂ 1・オラヒト夫︵石川県珠洲市︶

﹁夫﹂︑ ﹁主人﹂の共通語のものに対して︑ ﹁わたしの人﹂ともい

うべ発想法は異色である︒

2︒オラモンわが家族︵珠洲市︶

3︒オラトコ わが家︵珠洲市︶

4︒オラカタ わが部落︵珠洲市︶

これを用いる場所によって︑意味が違ってくる︒他部落でとか︑自

部落内でも︑外来者に用いる時は︑ ﹁自分の部落﹂を意味し︑例え

       一五

(8)

   長崎大学教育学部人文科学研究報告 第二二号

ば︑飯田町に出て用いた場合は︑自分が居住する部落の所属する町

を︑金沢あたりで用いる場合は︑珠洲市を︑さらに東京・大阪あた

りで用いる場合は︑能登をさす︒

   ④﹁動詞連用+名詞﹂

1︒ヤトイバ 入れ歯︵奈良県︶

﹁入れ歯﹂は︑なるほど雇いの歯である︒

2・タタキアミ 叩き網︵珠洲市︶

船に三人の漁夫が乗り︑うち一人が網を海中に配置する︒他の二人

は竿を持って海面を叩く漁法︒

3・ヒラキバタケ 新開拓の畑︵珠洲市︶

4︒ネリコンロ 練りこんろ︵珠洲市︶

珪藻土の粉を練り固めて作ったこんろ︒対して原石を切りぬいて作

ったこんろを︑

42・キリコンロ 切りこんろ

と言っている︒    む 5︒スクリナ 摘み菜︵石川県白峯村︶

6・マツリブネ 発動機付きの船︑機械船︵珠洲市︶

機械船がエンジンの音をにぎやかにたてるところがら︑祭のにぎや

かさになぞらえての発想である︒

7・ワタリザカナ 他所から入ってくる魚︵珠洲市︶

8︒アズリションベン猫などが窮地に追いこまれた時に︑苦しま

   ぎれにする小便︵広島市︶

9︒オクリニョーボ 送り女房︵広島県︶

ブラジル・ハワイなどへの移氏の男性に︑内地から送る配偶者︒

10︒ヒバ 大根の葉を干したもの︵長崎市︶

11︒デメズ 出水︵珠洲市︶

12︒コネバチ 粉状のものを練る鉢︵珠洲市︶ 一六

/3︒オレボシ 流れ星︵長崎市︶          お ﹁オレボシ﹂は︑ ﹁降り星﹂であろう︒なるほど︑流れ星は︑降り

消える星である︒

14・ヌクメプロ 前の晩の風呂水をそのまま温めたもの︵佐賀県伊    万里市︶

山本和良君によれば︑新たにたいた風呂を﹁サラブロ﹂というとの

こと︒ 15︒討論ネミズ かついで運ぶ水︵珠洲市︶

/6︒トトソェモン 必要晶を揃える用足し︵珠洲市︶

17・ウマレザイショ 生まれた田舎︵長崎市大崎︶  これらは︑先の②の成形とは逆の形態であるが︑先行語が後語を

装汗する形で発想されるこの形式は︑造語法上︑②とともによく栄

えている︒

  ⑤﹁形容詞︵語幹︶+名詞﹂

1・マイモン 駄菓子︵石川県珠洲市︶

2︒カタイモン よい子︵石川県白峯村︶

3︒アカバ晴着︵珠洲市︶

4︒アカゲラ 唐寺︵長崎市︶

5・アカミシ 赤飯︵珠洲市︶

6・アカッパラ いもり︵長崎市︶

7︒カルコーベ おっちょこちょい︵珠洲市︶

8・アラソーダン 大ざっぱな打ち合わせ︵珠洲市︶

9︒ミシカベー 短かい着物︵白峯村︶     む 10︒ナマクサナベ 魚・肉を煮る鍋︵白峯村︶   ⑥﹁動詞連用形+動詞連用形﹂

1︒ネリクリ おちらし︵珠洲市Y

麦を煎って粉にしたものやそば粉に熱湯を注いでこねて食べる食品

(9)

2︒ヒキズキ︿曳き突き﹀

   ︵珠洲市︶

3︒エーモドシ

   返すこと︒

4︒タチクラミ

5・アルキヤミ

∠oQナジミゾイ

当節は︑ とも言っている︒

7︒ナリマカセ

8︒アイオサメ

9・モライズテ

ー0︒カクレアソビ

ー−︒トメジマイ

ー2︒タテガレ

  ⑦ −︒クイノミ 2︒クタツキ

3︒チャワツキ

4・ボイステ

   村︶

6︒トーツケ

ー︑     ﹁恋愛結婚﹂のことば一本であるが︑和語での︑ な発想は︑言い得て妙である︒

をしないこと︒

      老衰死

人間の老衰死を︑樹木の立ち枯れになぞらえた発想のもの︒

    ﹁副詞+動詞連用形﹂

       一飲みにすること︵珠洲市︶

       人の噂をよくする人︵珠洲市︶

        きょろきょろと落ち着きのない人︵珠洲市︶

       脱いだ衣服などを無造作に部屋に捨てること︵白々

5︒チョイチョイギ時々着る着物︵珠洲市︶

       マッチ︵珠洲市︶

  2︑3︑4の頭部要素﹁グイ﹂︑﹁クタ﹂︑﹁チャワ﹂︑﹁ボ

   ﹁国語方言の発想法﹂ ︵⇔愛宕︶       船を移動させながらする錆突漁法 く結い戻しV 交換労働でかりた形になった分を

﹁エーナシ﹂とも言う︒

立ち上った時に起る目まい︵珠洲市︶

人とだえ︵白峯村︶

恋愛結婚︵珠洲市︶

      このよう

             ほカに︑当地では﹁ネンコロゾイ﹂

無計画な人︵珠洲市︶

会ってそれが最後となること︵珠洲市︶

近所からおすそ分けやお土産などを貰っても返し

  ︵淡路島松帆︶

 かくれんぼ︵珠洲市︶

最後のしめくくり︵珠洲市︶

  ︵長崎県大瀬戸町︶ イ﹂などは︑いずれも擬態副詞の地位に立つが︑この種の造語発想 のものは︑わりと多い︒  これは︑﹁副詞+名詞﹂構造のものであるが︑新潟県加茂市に は︑

︒ モシカアニヤン 次男︵もしかしたら長男になれる︶

がある︒まことに自在な発想である︒

  ⑧﹁名詞+の+名詞﹂

/・ベンノモン ︿紅の物V 魚・肉類︵珠洲市︶

2・ママンダマ ︿飯の玉﹀ 大型のおにぎり︵白峯村︶

3・ヘビノオバサマ とかげ︵珠洲市︶

4・カラスノキンタマ 松かさ︵広島県︶

5・キツネノローソク つくし︵広島県佐伯郡︶

6︒ギョージャノミズ ︿行者の水﹀ 山ぶどう︵長崎県川棚町︶

3〜6には︑ユーモラスな︑頓知に富んだ比愉発想の造語が見られ

よう︒   ⑨  ﹁名詞+動詞連用形+名詞﹂

1・シオトリカゼ 製塩用の潮を採るのにょい風︵珠洲市︶

2︒ウメボシミズ ︿梅干水V 梅干をころがしてそれが水面に出    ない程度の︑苗代田にはる適度な水量︵広島県庄原市︶

3・マホーツケギ マッチ︵広島県賀茂郡︶

4︒ナキリサイバン野菜専用のまな板︵珠洲市︶

5・トットリモチ 小鳥を捕えるための餅︵珠洲市︶

6・カミツミドコロ 理髪店︵長崎市︶

  ⑩﹁名詞+動詞未然形+助動詞︵︵ズ︶こ

一︒ゴクタタズ 穀.つぶし︵珠洲市︶

2・トナリシラズ ぼた餅︵珠洲市︶

いわゆる餅つきは︑杵の音で隣に知れてしまうが︑同じ餅でも︑ぼ

       一七

(10)

長崎大学教育学部人文科学研究報告 第一ご一号

た餅は︑音も立てず︑隣家に知られずにこっそり作ることができる

という発想のものである︒

3︒トノサマシラズ鮎の初物︵熊本県球磨川域︶

球磨川の鮎は︑その昔︑初物を殿様に奉るならわしであったが︑当

の土地人は初物をこっそりと楽しみ︑二番ものを初物として︑もっ

ともらしく奉ったという発想のもの︒

4︒モノイワズだまり屋︵珠洲市︶

5・シャバシラズ 世問知らず︵珠洲市︶

6・ダッチャカズ 甲斐性のない人︵珠洲市︶

7・ユーコトキカズ 親の言いつけを守らない子︵白峯村︶

 これらのものは︑先行語が﹁が﹂格に立つにせよ︑ ﹁を﹂に立つ

にせよ︑いずれも︑よく文叙述の縮形を思わせるものである︒

  ⑪ その他  ①〜⑩以外に︑なお注目すべき造語法二つを取りあげてみたい︒

  a 意義転成の造語法

 方言人の造語法には︑既存の語形態に︑新しい意義を与えてす

る︑意義転成とも言うべき比喩発想の造語法がある︒

/︒オタフク おたまじゃくし︵山口県玖珂郡︶ 2︒イギ︿魚の骨﹀やせた入︵山口・広島県︶

3・スズメ おしゃべり屋︵広島県︶

4︒チョンギース やせた人︵広島市︶

5︒サンショイノキ むら気のある人︵珠洲市︶

6︒クソモジナ <くそ紹V だます人︵珠洲市︶

3〜6は︑人を生物になぞらえる発想のものであるが︑逆に︑生物

を人になぞらえる発想の

7︒メシマジョロ ︿三島女郎V 灰色の斑のあるおこぜ︵長崎県

   奈良尾︶ 一八

なども見られる︒

   b 漢語名詞の造語法

 すでに和語の複合名詞において︑出語の組み合わせの自在さを見

たが︑その自在さは︑漢語名詞の複合法による造語にも認められる︒  ここでは︑四字漢語のものを見る︒

/︒ショージンボチャ 精進・包丁︵珠洲市︶

2︒アクネンボ!ズ ︿悪年・坊主.V 松茸︵広島県賀茂郡︶

﹁松茸﹂の多生する年は︑米は不作になるとのいわれがある︒

3・ガチンモーロク ︿合点・竈緑V 知りながらとぼけること

   ︵富山県福野町︶

 右に︑名詞の造語発想法の種々相を見てきた︒名詞の︑主要な造

語法を造語構造から見る隈りは︑①〜⑩のように整理することがで

き︑かならずしも共通語上の名詞造語法の構造と大きく異なるもの

ではない︒が︑諸構造を肉付けることばの実質は︑大きく趣を異に

するものである︒言うなれば︑ことばの生み手の発想の角度が︑ま

ことに自在︑無碍なのである︒わたくしどもは︑このような方言語

詞に接する時︑日本人として︑あらためて︑このようにも見得る見

かたがあったのか︑このようにも考え得たのか︑このようにも感じ

得たのかと︑一種の驚きをもって︑日本人としての見かた︑考えか

た︑感じかたを教わられるような経験をするのである︒

 右に掲げたものは︑限られた地域のわずかな語詞例にすぎない

が︑すべて︑まがいもなく国語の語詞である︒げれども︑それらの

ほとんどは︑教科書などには姿を見せない運命のものである︒皮肉

なことに︑その方言語詞の世界に身を置く時︑共通語の語詞世界は︑

何かフレームだけの︑生気に乏しい︑画一性を内印とした存在に見

えてくるのである︒

(11)

 いったい︑方言人の造語発想法の特性︵これはまた︑春期発想法

のそれにもあてはまるが︶は︑どのように説明できるであろうか︒

 一 ロ 造語発想法の特性

 非力なわたくしのよくするところではないが︑今日のところ︑次

のような特性を考えてみている︒どのようなものであろうか︒

ω

㈲ ω

 ω 生  ﹁生活性﹂というのは︑方言人の造語発想法︵造意発想法にもあ

てはまる︶が︑まったく生活そのものの中から︑高い密着度をもっ

て生み出されていくという特性をさしてのことである︒当然と言え ば︑まことに当然自明のことではあるが︑特に︑これを強調するの

は︑共通語のそれが︑ここで言う﹁生活﹂を背負う︑背負いかたの

稀薄化に比して︑大きく特徴づけられるからである︒

 大橋勝男氏も︑この点に言及して︑

 ﹁新概念︵新しくひらけてきた世界︶をあらわす﹃語﹂の創製

 は︑生活の要求として︑常に要請されている︒その創作は︑けっ

 きょくのところ︑各地方における日々の生活者によって︑みずか

 らの生活のためになされていく︒ ︵﹁地方国語人の造語力﹂団・

 ミco国語国文学︑国語教育論叢 昭和46・6・20︶と述べておら

 れる︒  ②即物性

 方言人の造語事実を見ていく時︑彼等の視線のこまやかさ︑鋭さ 生活性 即物性 直裁性 想像性 譜賦性 活性

﹁国語方言の発想法﹂⇔︵愛宕︶ に気付かせられる︒生活の申での必要性にそって︑どんなに小さな もの︑些少なことをも見逃さず︑体験を通して︑  あたかも︑事 物が︑彼等を介して名告るかのように  ことば化していくのであ る︒そこには︑徹底して事物に即した命名活動がある︒彼等の造語 発想上の即物性はそこにある︒        かしやま  わたくしは︑かって︑長崎県西彼半島三重村の樫山部落で︑一老 漁夫に︑鰯の種類について尋ねたことがある︒その時数漁夫は︑さ りげなく︑たちどころに︑  ・マイワシ︑ウルメ︑ヒラゴ︑ドンボー︑ヨタル︑クチクル︑キ   ビナ︑トーゴロ と八種の名を口にしたのである︒海の漁に生きてきた彼にとって は︑まったく生活の中での原体験によって︑このような魚名を︑し ぜんに得ている ︵つまり︑じかに鰯を区別し得ている︶ のであろ う︒せいぜい︑二︑三種類一しかも図鑑的知識の  しか知らな いわたくしごとき者からすれば︑老漁夫のそれは︑真の知識という にふさわしく︑そこに即物性を見ることができる︒  唐木順三氏は︑その著﹁良寛﹂ ︵団・ミω・胃﹂刈ム︑日本詩人選20 筑摩書房 昭和46・1・25︶で︑次のように言われる︒   ﹃ここでさきに引いた﹁良寛禅師﹂の伝へる一捜話を再び思ひ  出してみよう︒       ロ     コ      コ       ま   ﹁枕言︵方言︶︑稲の豊熟するをぼなると言ふ︒ぼなるは吼な  ると言ふ事なるべし︒師︵禅師︶︑是を聞きて︑稲の吼ゆるを聞  かんとて︑終夜︑田間に彷律せられしと︒﹄   良寛は世間一般に通用してみる﹃ぼなる﹂といふ言葉を︑その  発生の始源︑原初経験にまで帰さうとする︒そしてその原初経験  を自分自身の耳で再経験し︑それをたしかめようとする︒それを  たしかめることができれば通用語の﹃ぼなる﹂がまさに﹃ぼなる

一九

(12)

長崎大学教育学部人文科学研究報告 第二二号

 ﹂であることが納得されるわけである︒ひろめていへば︑言葉を

 その具体相において︑或ひは存在とのつながりにおいて保たうと

 してみるわけである︒そして凡そ詩人といふものの営為はさうい

 ふところにあらう︒言葉を具体相において︑言葉を自己の感覚や

 経験とのつながりにおいて掴みなほさうとする営みである︒﹄

 今︑わたくしには︑﹁ぼなる﹂の語源の正否はわからない︒が︑

良寛が求めた︑このことばについての原初経験こそは︑方言人の造

語発想の初発段階にあった︑わたくしのいう即物性の原体験そのも

のであろう︒

 この原体験については︑後の﹁方言人の発想源﹂のところで︑今

一度取りあげてみたい︒  ㈹ 直戴性

 この直戴性もまた︑方言人の造語発想法上の注目すべき一特性と

思われる︒

 方言人の炉座発想を見ていく時︑そこに構えの姿勢がほとんど見

えないように思える︒何か︑対象のさまざまが︑個性のままに︑虚

心な彼等に向かって名告り出ていくような感じさえする︒彼等がわ

から言えば︑見えたとおり︑感じたとおりを︑すばやく︑すなおに

︵したがって︑できたことばは平明になる︶ことばにするというぐ

あいである︒

 このような特性を︑直酒性と呼んでみたい︒  ω 想像性

 想像性は︑一見︑直戴性に背反するかに思われるが︑そのどちら

もが矛盾なく両立するのである︒

 想像性は︑連想性でもある︒事物に処してただちに連想される事

物を︑すらりとあざやかにことばにする︒これが比喩発想の造語と

なる︒彼等の想像性の豊かさは︑本稿に取りあげた︑限られた語詞 二〇

例を通しても︑じゅうぶんに首肯されよう︒

 このような比喩発想の造語に動員される素材︵11素材語︶が︑ど

んな広がろうとも︑先のω生活性で見たように︑決して︑生活の領

域を越えることができない︒方言世界の比喩発想の造語が︑時に︑

端的に当該社会の生活状況を表わしたり︑生活臭を強く打ち出すの

は︑まことに当然なことと思われる︒  ㈲ 画筆性

 方言人の造語事実に接していく時︑わたくしは︑発想上の洒落と

でも言うべきものを感じる︒例えば②1﹁ハチリ﹂ ︵馬鈴薯︶︑3

﹁ヒッチャクハッカ﹂ ︵よく働く人︶などを思う時︑彼等︵造り手

も賛同者︿使い手﹀も︶は︑この種のことば造りを楽しんでいるよ

うにも思われる︒方言共同体の連帯とか和につながる笑いが思われ

るのである︒⑩の2﹁トナリシラズ﹂︑3﹁トノサマシラズ﹂にも

なると︑それが︑もっと鮮明である︒

 畏友渡部和雄氏は︑その﹁トナリシラズ﹂を方言社会における

﹁告発﹂と﹁救済﹂の同時性という観点から︑次のように解説され

た︒   ﹁モチつきは音がするので隣りに知られては︑必ずしも平気で

 ある訳には行かない︒対してボタモチはモチ米を使うという異常

 を隠すことが出来る︒︿隣りは知らない﹀訳であるが︑此処には

 ある一つの人生の感懐が含まれていよう︒にがい味である︒そし

 てその﹁隣知らず﹂が普通名詞として使用される時︑あの秘密が

 表に出てしまうことになる︒ ﹁隣知らずには個人の事情であると

 共に公的な通用名詞なのである︒ ﹁隣り知らず﹂が世間に出され

 て途惑っている︒七かしまたそれが世間に定着したことで個人の

 秘密が安定を得たことになる︒公用されなければ永久に秘密であ

 り︑差別とにがみは継続され︑永久に救済はなかった︒ ︵中略︶

(13)

 ﹁隣知らず﹂が社会化した時救済もまた予定された︒﹂ ︵﹁東歌

 における告発性﹂団.ω障・団・ωω 古代文学/0︶

氏の言われる﹁救済﹂も﹁連帯とか和につながる笑い﹂ということ

ではなかろうか︒

 以上︑方言人の造語発.想上の特性を見てきたが︑ここに述べたω

〜㈲の特性は︑結局﹁自在な創造性﹂ということに統べられよう︒

 藤原先生は︑﹁日本人の造語法﹂ ︵兇●詰O 明治書院 昭和36・ 8・1﹂で︑﹁ことばづくりの心﹂と題して次のように述べてお

られる︒   ﹁ことばづくりの心は︑大衆の場合︑要するに︑頓智・機智と

 いうことになろうか︒これをくだいて言うならば︑第一に︑着眼

 ・着想がするどい︒第二には︑想像力が強い︒それがすばやくは

 たらく︒そこにたとえのうまさがある︒類推力は非常にさかんで

 あると言ってよい︒﹂

ここには︑方言人の造語能力の特徴面についての︑すぐれた要約が

見られる︒

 一2一方言人の発想源

 発想の画一汚染の烈しい咋今︑この画一性を易々として越えるよ

うに見える︒方言人の発想の異質性︵自在な創造性︶は︑どこから

来るのであろうか︒彼等の発想源の秘密は何なのであろうか︒

 今のわたくしには︑よくはわからない︒が一つ︑次のようなこと

を考える︒

 彼等の発想エネルギーの根源に︑ ﹁自然﹂とのかかわりかたがあ

るのではないかと︒

 典型的な場合として辺境地の方言人︵第一次産業従事者︶を考え

てみる︒彼等の生活空間︑生活環境は︑多く﹁自然﹂ ︵あるいは︑

﹁国語方言の発想法﹂口︵愛宕︶ 準自然︶である︒生活の場で︑日夜︑ ﹁自然﹂と向き合って来てい るところに深い秘密があるように思える︒  方言人の即物性が︑おのずと﹁自然﹂に向き合って発揮される 時︑もっとも意義深い発想がもたらされるのではあるまいか︒ ﹁自 然﹂との接点での純粋な体験を﹁原体験﹂と呼びたい︒それは︑対 象の吸引力のままに︑体で感じ︑体で見つめる世界である︒  このようにふるまえる方言人に︑前提されねばならぬのは︑彼等 の魂の虚心さであり︑素直さであり︑清明さであろう︒鶏が先か卵 が先か︑に等しい議論にもなりかねないが︑おそらく︑彼等は︑ ﹁自 然﹂に向き合った魂を人々の中に移し︑人々との交わりの魂をもっ て﹁自然﹂に向きあうという相乗効果によって形成されもしたので あろう︒  彼等の発想源の秘密のある部分は︑たしかに︑ ﹁自然﹂に向き合

った原体験にかかわっていると思われる︒彼等の造語の背後には︑

重たい原体験︵あるいは︑それに準じる体験︶が感じられる︒

 共通語の利点はおくとして︑それがもたらす画一性︑没個性性

は︑本来︑ことばが背負うべき原体験や体験を捨象して行くところ

がら生じてくるように思われる︒

 わたくしは︑彼等︵辺境の第一次産業従事者︶と等質の原体験を

かならずしも持ち合せてはいない︒が︑おそらくかくもあろうと思 いしのぶよすがとして︑一つの体験−山芋掘りfを例話として

みたい︒        む か ご  ひっそりさびしい雑木林の藪に︑胸まで埋めながあ︑あの零余子

をつけた芋づるを見つける︒より太いつるを選んで︑その根っこへ

と辿っていく︒途中︑いろいろの植物のつると絡み合っていて︑な

かなか地表まで行きつけない︒やっとねらいをつけたつるのまわり

の草木を除いて掘りにかかる︒のける朽ち葉のにおいがする︒はじ

(14)

長崎大学教育学部人文科学研究報告 第二二号

めは柔かい黒土の表土だが︑すぐに錯綜した木の根と岩石とを含む

堅い赤土の層になる︒ひどく堅くて︑なかなか掘れない︒鉄漿を握

る掌にまめができる︒二十センチ掘っても︑芋はまだ︑太めのつる

状のものが見えるにすぎない︒名も知らぬ︑いろいろの虫が掘り土

の上を右往左往する︒やっとあの山芋の皮膚のごく一部が見えてく

る︒額に汗して︑大事に大事に掘り進む︒と︑どうかした拍子に山

芋はあっけなく折れてしまった︒根茎の折れ残った断面が︑土の中

で︑白く︑うらめしい︒よく見ると︑ねばねばした折れ口は︑岩の

割れ目からのぞいているではないか︒

 少年のわたくしは︑その時︑深い不思議を覚えた︒ 〃あんなにも

ろく柔かい根茎が︑どうして︑あのように堅い︑木の根の絡む下土

に根をおろしていくのだろうか︒と︒それはやがて感動となって

わたくしの胸を満たした︒ふと我にかえると秋の陽が向かいの山に

入りかかっている︒急にあたりの空気がひんやりとしてきて︑山の

草木が︑独得の香気を漂わす︒それを嗅ぐと︑何だかひどく切なく

なって腸が締めつけられるような気持になった︒あわてて片付けを して︑すでに暗くなりかけた山路をひたひたと下っていくと︑路端

の杉林の中で︑突如︑ばたばたと大きな羽音がする︒どきっとして

視線をやると維だ︒大きな雑だった︒その羽ばたきかけた雅の姿容

は︑フイルムの一こまに固定したように︑今もはっきり︑わたくし

の脳裏にやきついている︒

 山芋の不思議は︑人が代って教えることはできない︒︒それは︑ ﹁自然﹂との接点での原体験によってしか得られないものに違いな い︒山芋の不思議ばかりではない︒山の日暮れの草木の香気につつ

まれての︑あの名状しがたい切なさも︒難の羽音の驚きも︑またし

かりであろう︒  今日︑児童︑生徒︑あるいは学生の多くは︑商品としての00グラ        一 二二

ムいくらの︑カロリーいくらの︑栽培用の山芋しか知らない︒山芋

の知識は︑辞書的︑図鑑的である︒ほんとうに山芋を知るというこ

と︵山芋ということばがわかるということ︶は︑それが元の元のと

ころでどんな姿であっているかを︑人間として体験すること︑つま

り原体験をするということであろう︒

 方言人の造語発想源には︑右に推測したような︑原体験︵あるい

はそれに準じる体験︶が大きくあずかっているように思われる︒

おわりに

 ﹁国語方言の発想法﹂を︑限られた資料で造文発想法︑造語発想

法の両分野にわたって見てきた︒その特性のζとは︑今︑再びここ

には言わない︒

 それにしても方言人の発想法は︑わたくしどもの言語生活や言語

教育に︑いかに多くの示唆を与えてくれることだろうか︒そこから

得ていくべきことは多いように思われる︒

 方言の勉強につとめてきて︑わたくしは︑わたくしなりに︑地方

人に即し︑地方人になって考えることのむずかしさを思うことであ

る︒わたくしは︑いったい︑地方人︵方言人︶の方言生活の真実を

どこまで表現し得たであろうか︒こう思う時︑彼等に対して︑まこ

とにはずかしく︑すまない思いを禁じ得ない︒

 わたくしは︑方言の学問の審判者は︑方言人その人たちだと思

う︒  宮沢岩雄氏は内かって︑方言研究について︑ ﹁︵自然︶科学的蒸

発を地上につなげ︒﹂と励ましてくださった︒大切な︑わたくしの

課題である︒  そのためにも︑いよいよ方言生活の真実を深く体験していきたい

と思う︒

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