非言語コミュニケーションの教育研究領域について
著者 水沼 和夫
著者別名 MIZUNUMA Kazuo
雑誌名 八戸工業大学異分野融合科学研究所紀要
巻 1
ページ 33‑37
URL http://id.nii.ac.jp/1078/00002419/
Creative Commons : 表示 ‑ 非営利 ‑ 改変禁止
http://creativecommons.org/licenses/by‑nc‑nd/3.0/deed.ja
水 沼 和 夫
*Referat uber die Funktion und KlassiFikation der nichtsprachhchen Ko■lrnunikation und deren An、 vendung
Kazuo Ⅳ IIzuNUMA Abstract
Die nichtsprachhsche Kommunikation M/ar in der uralten Zeit,郡 /o die Leute keine richtige Sprache sprachen,die
die einzigeッヘustauschungs■ littel der lnformationen Des nichtsprachliche Mittel,ふ
/1ilnik und Kёrpersprache sind im Grund ursprunglicher und manchmal erforgreicher als sprachlichen KOHlmunikation̲ Das folgende Referat teilt als der zveite ErfOrg des unsern Projekts von H I T 2001 von der Funktion und Klassilikation der nichtsprachlchen lnforHlierungsmittein und deren An郡 /endungen in iapanischen HOchschulen und、 、
issenschaftlichen lnstituten Hュit
Key wordsI Nichtsprachliche lnformation Ursprunglichkeit Eiblfeld
1.序 にかえて一対象領域 と分類一
「非言語 コ ミュニケー シ ョン」 とは Nonverbal Com―
municationの 和訳 で,日 本 で もその まま <ノ ンヴ ァーバ ル・ コ ミュニ ケー シ ョン >と 呼 ばれ る こ ともあ る。 その 名 の通 り ,言 語 に よ らない コ ミュニ ケー シ ョン行 為 を指 すが ,対 象領 域 は必 ず し も自明 の もの として確定 してい るわ けで はない。最 も簡素 な分類例 として は橋元 良明 に よる
,1)プ ロ クセ ミクス (近 接 空 間学 )
2)パ ラ ラ ンゲー ジ (パ ラ言語 )
3)キ ネ シクス (身 体 動作 学 )(橋 元 ,P93f)
の 3分 類 が あ る。 1)は エ ドワー ド・ホール による命名 で 対 話者 間で調整 され る互 いの距離や室 内の空 間配分 な ど
を扱 い ,2)は 発話 の際 の声質 や イ ン トネー シ ョン ,速 度 な どを ,3)は ジ ェスチ ャーや 目の動 き ,顔 の表情 な ど身 体 の動 き全体 を対 象 とす る。
レイ・ バ ー ドウ ィステル の始 めた「キネ シクス」 は動 作 の最小 単位 を音 声学 の音 素 にあた る「動作 素 」 と規定 し ,そ の連結体 で ある「動作形態素」が複合 してひ とつ の意味 のあ る動作 を構成 す る ,と す る もので ,60種 類 に お よぶ音素が実験 に よって収集 された。 しか し ,現 在盛 ん に行 われてい る この分野 の研究 において は一般 的方法 とは言 えない。 中心 になってい るの は士ヒ較文化論 的 ,あ
るい は心理学 的視 点か らの研究 で あ る。 そのひ とつ ,D.
モ リスの著作 『マ ンウォ ッチ ング』 (1977)は 最 も網羅 的 な もののひ とつで ,特 に「動作」 につ いて は ,以 下 の
5分 類
,生 得動作
平成 14年 12月 26日 受理
Ⅲ総合教育センター教授
発見動作 (成 長過程で獲得 され る )
同化動作 (仲 間の中で無意識 に獲得 され る )
訓練 された動作 (ウ ィンクな ど )
混合動作 (歴 史的な変形 ) また「ジェスチャー」 について も
,偶発 ジェスチャー (意 識 しない気分 )
表出ジェスチャー (微 笑 ,し かめ面 ,う なづ き )
模倣 ジェスチ ャー
形式 ジェスチ ャー (簡 略化 された模倣 ) 象徴 ジェスチャー (文 化間で異なるサイン ) 専門 ジェスチャー (専 門家 グループのサイン )
コー ドジェスチャー (手 話 )
の 7分 類で論 じ ,さ らに
,ジェスチ ャー変異 (歴 史的 ,地 理的変遷 )
多義 ジェスチャー (同 一文化内で も複数の意味 を持つ もの )
名残 ジェスチ ャー (歴 史 ,幼 児期の名残 り )
の 3つ を月」 項 目として扱 っている。この うち 「手話」
(コー ド信号 )に ついては「言語体系 を持 っている」 という理 由で「非言語」伝達行為 に含 めない研究者 もあ り ,議 論 の分かれ るところである。
モ リスの分類法 はその成立派生過程 に着 目した り ,機
能 に着 目した りとい うものではあるが ,人 間の行 う非言 語 コ ミュニケー ション行為の多様 さを見 るには適 してい る。この著作では他 に以下の 40近 い項 目が上 げられてい る。
方言信号
バ トン信号
(リズム ,架 空つ まみ ,指 立てな ど )
肯定・否定の信号
凝視行動 (時 間 ,視 線 そ らし )
挨拶ディスプレイ
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八戸工業大学異分野融合科学研究所紀要 第 1巻
姿勢反響 (親 しい関係 で見 られ る姿勢 の同調
)結合 サ イ ン
身体 接触 結合 サ イ ン
自己接触活動
(セルフ・アダプター /マ ニ ピュレーシ ョン とも言 う
)非言語的漏洩 (内 的葛藤の表出
)矛盾信号 (相 反す る 2種 類 の信号
)不足信号
(つくり笑いな ど
)過乗」 信号 (誇 張
)地位 ディスプレイ なわば り行動
障壁信号 (不 安か ら生 じる身体交差
)防御行動 (衝 撃か ら身 を守 る姿勢 な ど
)服従行動
(ひざまず きな ど
)宗教的ディスプレイ (宗 教的忠誠心の表現
)利他的行動 (生 得的な ものか ,議 論が分かれ る
)闘争行動
勝利 のディスプレイ
瞳孔信号 (無 意識 に起 る瞳孔の拡大縮小
)意図運動 (来 客の前での椅子のひ じ握 りな ど
)転位活動
(これ もセル フ・アダプター /マ ニ ピュレション のひ とつ
)異指 向活 動 (感 情 の は け ぐち
)軽 蔑信号
威 嚇信号
わ いせ つ信号 (性 的蔑視
)タ ブー・ ゾー ン (文 化 や世代 間で異 な る
)過剰露 出信号 (通 勤電車 で の化粧 な ど
)着衣信号 (服 装 の変化 が伝 える情 報
)身体装飾
性別 信号 (男 女 の 自然 な外 的特徴
)身体 的 自己擬態 (身 体部 位 が発 す る別情報
)性信 号 (性 的パ ー トナー の選択情報
)親信 号 (主 に母親 に よる育児 の過程
)幼児信 号 (親 を引 き付 ける幼児 の泣 き笑 い
)メタ信号 (動 作 の意 味 を転 じる別信号
)超 正常刺激 (誇 張や脚色 の効 果
)スポー ツ行動 (原 形 としての狩猟
)(以 上 はデズモン ド・ モ リス 『マ ンウォッチ ング』 ,藤 田 純訳 ,小 学館 による。括弧内は筆者
)以上の項 目はすべて先 に示 した橋元の 3分 類 の内のひ とつ「キネシクス」 に関するものである。個人間・ 集団 間で ,公 的・ 私的空間で行われ る様々な動作か ら ,流 行 な どの社会現象 として表れ る身体的非言語情報 に至 るま で幅広 く取 り扱 っている。 これに対 し ,対 人関係 におけ る「非言語的関与」 に限定 した場合の非言語行動の研究 対象 を ,M.L.パ ター ソンは以下のように整理 している。
1.対 人距離
2 凝視
3.身 体接触
4 身体 の向 き
5 身体 の傾 き
6.顔 の表出性
7.話 の持続時間
8 話の中断
9 姿勢の開放′
l生10,関 係性 を表すジェスチャー
(ここには ,相 手 に対 して ,実 際に ,あ るいは気持 ちの上で望 ましい関与 を意味す る手 や腕 の動 きが含 まれ る。 この ような ジェスチャーの一例 として ,「 私たち二人 は」と話 し 手 は言いなが ら聞 き手のほうへ突 き出 した り引っ込
めた りする手 の動 きが挙 げられ よう。
)11.頭 によるうなず き
12̲声 の抑揚 ,話 す割合 ,声 量な どのパ ラ言語の手掛 か り
(以 上 は ,M.L.パ ターソン F非 言語 コ ミュニケーショ ンの基礎理論』工藤力監訳 ,誠 心書房 による
)握手 な どの「身体接触」は ,別 の分類例では「接触学」
とい う分類項 を成 し ,ま たモ リスが 1項 目とした「身体 装飾」 は「対物学」の領域 とされ ることが多い。他 に異 文化間での認識 にずれがある時間を「時間学」 として一 分類項 に ,さ らには文明化 の過程で人間か ら失われつつ ある嗅覚 に焦点 を当てた「臭い」 を独立の分野 としてい る例 もある。 この意味では ,味 覚 に関係す る項 目も当然 設 けられ るべ きだろう。いずれにして も「パ ラ言語」の 扱い以外 は研究者間で共通 しない例が多 く ,確 立 した術 語 とは言 えないようである。 これ は「 キネシクス」 にし て も同様 である。
2.非 言語 コミュニケーシ ョンの位置付 け 人間のコ ミュニケーションにおける非言語情報の重要 性が注 目され る契機 となった研究 は ,エ ドワー ド・ ホー ルの F沈 黙の言葉』 (1959)『 か くれた次元』 (1966)だ と 言われている。ホールは人間の個人的 。社会的空間利用 の法則性 を指摘 し ,対 人距離 により 4種 類 に規定 し ,そ
の各々 をさらに近接相 と遠方相 に区分 した。
1.密 接距離 (0〜 約 0.45m)
約 0.15mま では近接相で愛撫 ,格 闘の距離
2 固体距離 (約 0.45m〜 約 12m)
友人 との会話 な どの距離。約 0.76m迄 が近接相
3.社 会距離 (約 1.2m〜 約 3.6m)
約 1.23m迄 が近接相 ,社 交の場 ,公 式の場の距離
4.公 衆距離 (約 3.6m〜
)約 7.6m迄 の近接相 は室内講演な どの距離。攻撃 を 受 けて も逃 げられる。 (太 田 ,p48)
これ らの距離 は物理的距離であると同時 に相互関係 に 規定 された ものであ り ,例 えば ,親 密空間の「数インチ
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(約 015m)」 は ① 簡単に触れ合える ,② 本 目手の体熱 を ある程度感 じ取れる ,③ 体臭 ,香 水やシェービングロー ションなどに気がつ く ,④ 本 目手の視覚的な姿が歪められ る ,と いう ,親 密な 2者 に最 も相応 しい距離なのである。
この研究 は彼の多彩 な異文化体験 に結びついている が ,上 記 4種 類の距離空間が民族 ,地 域 ,文 化 によって 微妙に異なることも実証 された。 ここか ら「プラクシミ クス (近 接学 )」 が生 まれ ,社 会学者 ,精 神医学者 ,心 理
学者 ,言 語学者 らの幅広い関心を呼ぶ こととな り ,同 時 に「異文化コミュニケーション」 という研究分野 をも切 り開 くことともなった。
人間の身体表現様式 と文化領域の結びつきを指摘 した という点では ,そ れに先立つ業績 として ,デ イヴィッド ・ エフロンの『仕種 ,人 種 ,そ して文化』 (1941)が 通常あ げられる。いずれにしても ,非 言語情報への学問的関心 は ,も ともと異文化間交流の問題 と密接 に結びついてい た と言 える。対人 コ ミュニケーションにおける欧米人の 多彩な身体動作 と我々 日本人の抑制 された仕種 を比較す るだけで も ,異 なる文化間における相互理解 のための障 害 は非言語情報 の分野 において も少なか らず存在す るこ
とは明 らかだ。従 って ,外 国語教育 のなかで「非言語 コ ミュニケーシ ョン」の教育がなされ る最近 の傾向は当然 と言 うべ きであろう。
しか し ,異 なる母語でのコ ミュニケーションに伴 う障 害の大 きさに比較す るな ら ,過 大評価すべ きではないの も事実である。相手の母語 を用いて こち らの意思 を伝 え ることは ,そ れに伴 う仕種が相手 にとって未知 の もので あった として も ,相 手 に とって理解可能 なはずの仕種 を 用いなが ら相手 に とって理解不能 な言語 を使用す るより は遥かに確実なコ ミュニケーション方法であるはずだか らだ。
に もかかわ らず ,米 国 にお いてホール の後継者達 が 続々 と登場 した背景 には ,米 国のような多民族多文化社 会 においては非言語情報の重要度が非常 に高い こと ,ま た ,ア メ リカの世界進出に とって も異文化下の非言語情 報への理解が有用であった こと ,な どが指摘 され る。
しか し ,今 日の「非言語 コ ミュニケーション」への広 範 な関心の高 まりは ,異 文化 コミュニケー ションとい う 枠組 み自体 をはるかに超 えた もの となってお り ,到 底戦 略的側面か ら説明のつ くものな どではない。 この潮流 を 生み出す上で ,最 も大 きな影響力 を持 ったのはレイ・バー ドウィステルの『キネシクス とコンテクス ト』 (1970)と アルバー ト ・ メーラビア ンの『サイレン ト・メッセージ』
(1971)だ ったであろう。人間の身体動作 には言語 に似た 分節構造があるとして「キネシクス 身体運動学」を唱 え たバー ドウィステル は ,対 面 コミュニケーシ ョンにおい て言語 メ ッセージの占める割 り合 い は
l望か 35%の みで あ り ,残 りの 65%は 話 し方 (パ ラ言語 )や 身体動作 ,ジ ェ スチャー等 によって占め られ る とした。 これ に続 いて
,メーラビアンが ,や は り実験結果 に基づいて ,話 し手 に ついての印象 を受 け手側が評価する際 ,そ の要因の 93%
までが非言語 メッセージ (表 情 :55%,音 声 :38%)で
あ り ,「 語 られた言葉 その もの」の占める割 り合いは 7%
に過 ぎない ことを報告 した。 その結果 として「言語学者 は ,あ たか もことばがメ ッセージを伝達 した り受 けとっ た りす る唯―の手段であるかの ように考 える傾向があっ た」
(ノンバーバル ,195)と いう反省 とともに後続の研 究が「非言語」の領域 に集中的な関心 を寄せ るところと なったのである。
3.言 語以前の言語
人類が言語 をどのように獲得 したのかはいまだ明 らか ではないが ,そ の前段階 として ,直 立歩行が咽頭位置の 降下 をもた らし ,よ り複雑 な音声 コン トロールを可能 と
した , とする説 には説得力がある。人類 は直立歩行 を身 に付 ける過程で ,そ れ自体 は言語 とは言 えない「声」の 大小や抑揚 ,微 妙 な調子のコン トロールな どによって「敵 意」 「好意」 「不服」 「賛 同」 「不満」 「満足」 「勢力誇示」剛 R 従」その他様々な意思や感情 を伝 え合い ,ま た ,急 の「危 険」や「驚 き」 また「大 きな喜び」な どのシグナルを交 換 し合 ったであろう。これ らの音声メ ッセージ とともに
,顔 の表情 ,手 指 ,腕 を中心 とす る四肢 の動 き ,ま た ,身
体全体 を用 いた様々な動作 も重要 な伝達 。表現機能 を 担 っていたはずである。特 に狩猟 の時な どには物音の伴 わない情報交換が必要だった と思われ る。育児や協同生 活 を進 める上で これ らによるコ ミュニケーションは不可 欠だった。 (橋 元 ,3r.)
音声メ ッセージの多 くはやがて言語へ と形式化 された と想像 され る。言語の獲得 ,そ して文字の獲得が人類 の 歴史 において計 り知れない重要性 を持つ ことは明 らかで ある。 また ,そ れに伴 って ,非 言語 メ ッセージの上ヒ重が 相対 的 に見て徐々 に低下た ことも確かだ ろう。 しか し
,バー ドウィステルやメーラビア ンの研究 は ,言 語獲得以 前のコ ミュニケーシ ョン手段が現在の人類 に とって も不 可欠で主要なコ ミュニケーションの手段であ り続 けてい ることを証明す ることとなった。彼 らの研究 は ,人 間の コ ミュニケーションにおける「言語」の果たす役割 の大 きさについての疑問符 とい うよりは ,非 言語伝達 の多彩 さと根源性 についての指摘だ と言 うべ きだろう。
4.先 天 的 にプ ログ ラム され た行動
この関連 か ら注 目され るの は ,イ レネ ウス・アイブル =
アイベ ス フェル トの <プ ログラム された人 間 >と い う視 点 で あ る。彼 は人 間の行 う動作 に ,学 習理論 で は説 明 の 付 か ない種類 の もの を発 見 し ,そ れ を生 得的 な もの と考 えた。例 えば ,生 まれ なが らの視覚障害児童が ,顔 の表
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八戸工業大学異分野融合科学研究所紀要 第 1巻
情 の基本的なレパー トリーを会得 した り ,目 の前 に映 し 出された黒い点が徐々 に大 き くなるのを見せ られて ,生
後間 もない乳児が顔 を背 けるな どして衝突か ら逃れ よう とす る行動 を示 した りするのは ,経 験的な学習 によるも の とは考 えられない。 このような人間の生得的 と思われ る行動 は ,動 物生態学の成果である先天的にプログラム された「固定的行動パター ン」および一定の刺激 にのみ 反応す る探知装置である「生得的開発機構」 に結びつ く もので ,「 部分的にではあるが」 人間の行動 もまた動物 と 同様 に先天的 にプログラムされている , とい う。 これ ら の先天的行動パ ターンは社会的な相互作用のなかに見 ら れるもので ,自 然状態 において必然的に生 じる競争的関 係 における安全弁的機能 を果た していると考 えられてい る①攻撃緩和のためのニタニタ笑いはその一例だ。物 を 与 えた り返 した りするゴリラの行動 は人間の対話 におけ る交替 のルールに類似するもので ,共 に「内在的プログ ラムの一部」であるとされる。
また ,二 人の人間が出会 う場合の内的葛藤のパ ターン について ,ア イベスフェル トは次のように述べ ,南 米ヤ ノマ ミ・ インディアンの例 をあげて ,こ れ もまた系統発 生的適応行動のひ とつであると考 える。
「二人の者が出会 う時 ,両 者 は自分 を誇示 しようとす る 行為 と ,相 手 を慰撫 し ,相 手 とのつなが りを作 ろうとす る行為の両方 を行お うとす る。 これは機能面か ら解釈す ることができる。出合いの場面 は ,攻 撃的手段が喚起 さ れ るうちは危険 をはらんでいる。 このため自分の弱味 を みせ ることは ,他 者 に支配 され る機会 を与 えてしまうこ とになる。 自分 を誇示することは ,そ れに対する予防措
置の役 目をする。 しか し ,親 しい関係 を成立 させ るため には ,両 者 とも友好的な意向があることを表 さなければ な らない。 (中 略 )祝 宴 に招かれ よその村 にやって きたヤ ノマ ミ人の兵士 は ,招 待者の前で弓矢 をもって意味 あ り げにはね まわって踊 る。とろが この攻撃的なふるまいは
,友好的な意向を示すふるまい とうま く調和 され る。子供 もこの兵士 といっしょに ,緑 のヤシの葉 をもって踊 るか らである」
(ノンバーバル ,126打
.)国賓 を歓迎する礼砲 と子供達 による花束贈呈 の組み合 わせ も ,誇 示 と慰撫の儀式化であ り ,接 近反応 と拒否反 応の両方が同時に行われ る 「パ ター ン」に ,ア イベスフェ
ル トは生得性 を見 るのである。
こうした研究 において彼が危機感 をもって訴 えている のは ,人 間が生得的な もの として本来持 っていたはずの 危機的状況 を未然 に防 ぐための調整機能が ,文 明化の過 程で徐々 に失われつつあるのではないか , とい う点であ る。同様 の観点か ら ,彼 は「急激 な文化間の融合が ,特
に残 り少な くなった文字 をもたない文化 をのみ こみつつ ある」ことを危惧する。「われわれが社会環境 を管理する 方法 について もっている知識 には限界がある」が ,ま す ます少な くな りつつある文字 をもたない文化 には「社会
的相互作用のあ りのままの姿 を示す資料」が残 されてい ると言 うのだ。 それは同時に現代社会 における人類 のコ ミュニケーション能力 にみ られる欠陥の指摘で もある。
5。