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ゲーテの現代に通ずる道

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(1)

奈良教育大学学術リポジトリNEAR

ゲーテの現代に通ずる道

著者 小野村 胤久

雑誌名 奈良学芸大学紀要

巻 3

号 1

ページ 51‑61

発行年 1953‑12‑25

URL http://hdl.handle.net/10105/5122

(2)

・/‑‑テの現代に辿ずる道

/ト 野 村 胤 久

(1)序   説

1932年にエドゥアルト・シ‑プランガ‑は「ゲーテは全く我々にとって無縁のもであるO彼は我

(1)

々に何も言うことはない」とのべ、‑ンス・カロ.,サも1938年の講演中で「10年間ゲーテとの届離と

(2) l‑'r‑‑7‑輔   さ: :・.j・.‑U'tx一二・、ナ‑‑''・ォ、lI、二v‑r.:'蝣^'蝣' '.:∴iN!;・i¥'.i,;+A蝣三か'蝣''"・i .ll・ii・1

と言っているが、グラーテヴオールの言葉の様に「ヴェルテル」や「親和力」における「生の名残 (Abglamz des Lebens)が我々の健界から離れ、 「ヴァルブールギスの夜」の場面が我々に通じ 難いところはあるにしても、一方「ヴェルテル」の5月10日の手紙や8月18日のそれにはゲーテ の自然則伸(Natur‑Gott)の自然観が横溢し、之が現代にも適するもので、 「親和力」には4人 の人間の背景をなす運命が過去にも未来にもあてはまる人智(Lebensweisheit)で描かれ、 「ヴア ルプールギスの夜」は北方のゲルマン精神とギ7)シャ的古典精神との結婚という今日の人間にも 益々教養の理想を示している、カロブサも前述の講演の終りでは「我々はゲーテとの疎隔を恐れな い。之は我々e)健界でも他の他界でも同じで、彼の天才の効果は今やつと始るという徴候が増し ている」と述べた。

ゲーテに敵意を持つ者の嫌悪の原因を追及したり、其罪状を数えたてたりすることはしかし、

無意味であり、ゲーテの兵の本質を追及し、之を極める方が我々にとって正しい認識を深めるこ とになると思う。

カロツサはエルンスト・ベルトラム(Emst Bartra‑n)がゲーテの全体験を「遠くに見ゆる精 霊の山」(ein fernblaues Goistergebirge)と云った事を賞めて、ゲーテと現代との開陳を之以上

(3)

美しく表現することは出来ない」と述べ、叉「日本人が富士Llはり離れた処に住み、その浴谷や牧

!J:、汀I.I二・;二極?*'J:軌.i: こ‑.*" J 、 ・こ    ∴い',・'てこ '.t;‑'"ト㌧'蝣..'.I'こ.'''・''! i'!'∴、 V.'

山として自己に与えられた山と感する様に、我々独逸人は,ゲーテの書を稀にしか開かなくても、

ゲーテの力が現存することを感する」と説いているのは面白いO実ににゲーテの真髄は単に彼に威 ての知識の集積でなく、力として響きとして我々の中に宿るものでなければならないので其把握

;ゥ:

が困難となるのである。以下若干の綱目に分けて述べる。

(義) (1) Edu呈ird SPranger: Goethes WeltanschauungによるO

(2) C呈ircwsa: Wirkung Goethes in der Gegenwart (Gesa】limelle Werke Bd.汀 S. 665)

(3) Ditto. S. 670‑671.

(4)手塚富雄民の論文、現代に触るるヂ‑チ(理想社阪ヂ‑テ研究昭和24年)参照

(2)自   然

ゲーテの複雑な存在、特に其世界観や芸術観や生活形式の解明のキイ・ポイントとなるのは

「自然」であった。彼がブルノーや.スピノザやルソー等の影響の下に文化や芸術に挺身したこ とはすべて自然に対立せす、自然と根を一にして生成する事で、ゲーテ自身の言葉の様に、彼の 成就したことは純人間性の勝利に外ならぬが、此人間性さ‑彼は大自然の一環と見ていた。自然

(1)

は彼の一切の思惟と行為の出発点・地磐であって、ディルタイの言う横に彼は自然であり、自然 そのものの懐に働きかけた。彼の存在と活動の永遠性はこの為であるU彼は自然の中に叉神的な

51

(3)

ものを認めたが、(Gotトyatur)此処にゲーテの自然観の宗教性が語られる。つまりゲーテの自 (21 然は仲若くは自然(Daussiranatura)で、スピノザの神領よも動的である。

叉現代の我々がゲーテに最も追いつけないのは彼の自然感情であり、彼は根本現豪の前に立っ て敬慶(Ehrfurcht)の念を以て倖み、自然の中に神性を認めると共に神性のlPに一切,I)事象の 宿ることを信じた。かくて宇宙の自然仲や人間‑の愛がゲーテ自らを成長せしめた推進力とな り、彼の「我」(Ich)を「汝」(Da)の方‑流れさせ、他方「汝」を「我」の中‑取入れる様な (3) 人間たらしめたo即ちマオメットの歌ではライン川,D比境を用いてマホメットの生長、働きを述 べ、叉マホメット教の普及や此偉人の生活‑プ投を現わした。

かくて野にある河 峯落つる′抑t 歓呼して呼ぶ兄弟よ

兄・蝣ftよ!いざ上もどtJ、;=行年1(蝣蝣:蝣:f;‑一Tin 時早き一先達の足どりもて

兄弟の泉共を共々に引き行く0‑5行‑lT行) かくて彼は甚兄弟を

その愛人等を、基了・等を ノu呼Lつ」、待ち恰ぶる i''二・蝣VJt

・・rv,r

l1‑‑¥.Jii・蝣・':'∴.∴:・.I'‑.:..:'.'"・'二‥・‑:∴,Ij、言。

此大河のメロディーは喜びに満ち、叉悩みに満ちて、ざわざわと去って行くので、之を我々はゲ ーテの生存と活動と呼んでいる。

自然に対し、ゲーテとシラーは対脱的で、ゲーテが自分を自然の子と見たのに対し、シラーに は槌るべき糖もなく、独力で自分を良をもの、正しを者にしようと苦闘する。全くゲーテの自然 の豊かさの前に貧しい痩身を患い知らなければならぬのはシラーでなく、現代の我々自身であ り、トーマス・マンは「ゲーテとトルストイ」中の「病患」の草でシラーとドストェフスキーの共通 点を挙げ、二人が満身であった事も其の‑つであると述べ、病患哲学として、病息には二重の両 のあることを指摘し、「病息は精神である、否′酎中が満息であると言えば、言い過ぎかも知れな いが、之等の概念には互に洗い関係があるo精神は即ち誇りであり、自然からの遊離、離脱であ り、背馳である。」と述べている。之は近代人‑ツベルが某エピグラムに於て次の様に言ったこと とも符合する。

苦痛はどうして起るのか。

友よ、それは人生そのものだ。

廿r一一甘さ;痛むここらItf出土了I‑ ‑)蝣1fい、再鋸! A: ''Af。

そして体液は分離されて其指の中を廻り出すのだ。

H)

だが人間もそうすると、神様の苦痛の種かも知れないよ。

現代の我々は素直にゲーテ的になれない所に苦痛があり、現代人の向上の一つの目標がゲーテ の自然だともいえる。

(読) (1) Dilthey: Erlebnis und DiぐIitung. S. 226.

(2)吹田順助氏 ゲーテと現代(思想118号、百年築記念ゲ‑テ研究)参照 (3) Fritz Gerathewolil: Goethe in heutiger Sicht. S.ll.

(4) Hebbelの詩Urgeheimmsによるo

M

(4)

(3)市民性(Biirgertum)

ゲーテの自然観の基本的方向は又近代市民性の根本と一致している。彼の中には父の市民層か ら貴族へ、糖の貴族層から市民へという二つの方向が伝はって居り、市民性と貴族性が肝存して GFl) いるが・彼の市民性は艮き素性と暴けた誇l)とする音怖農族(Patrizior)のそれであろOト‑マ

‥・・・白;∴・.‑‥''‑‑I'・・、I."...".・!"1'..".,LJ

紀問が市民時代と名けられノ、ゲーテが其代表者となっている。ゲーテの「ヘルマンとドロテア」

はシラーqL)「鏡の歌」と共に詩的純正さとヒユマニテイ‑の堅実と言う点で、人間の中庸性を最 も純化したもDで、人々は之を放逸的市民性(D、・utsch蝣BiirgerlichkeiOと呼んでいる。ゲーテ 自身「カールスパー・トで或人が自分のことを手堅い人間(GosrtzterMauu)と言ったが、之は市民 的に理性的な人の意味だった。」と云っているが、之はトーマス・マンの考‑では艮い意味でも悪 い意味でも国内に流布せる「市民的」の意味にとられる。叉ゲーテには市民的な秩序愛があり、

之は父の着実な教育の賜である。更にゲーテに於て「念入りなこと」(Sorglichkeit)や事前の配

・}:i‑し、∴・.∴'"'','

<、.‑:‑∴∴∴、・‑

めている時でも、種々活動に利用した事を明らかに菅白して居り、之は市民的倫理性という名誉 を負うに足るものである。ノヴァ‑リスも亦ゲーテe)言唱が中庸を得ている,Dは市民的であると 評している。

扱シラーは自分とゲーテを対比して、ゲーテを素朴詩人、自分を情感詩人の中に教へたが、市民 といふ埋念に鹿ても理想主義の立場から政治的・民主的な意味に之を考え、ゲーテは之に反し、

精神的文化的な意味にとっていた。フランス革命がゲーテにとり、恐ろしく敵意あるものとなっ たのは彼の精神的文化的な市民性に依るのである。ゲ‑テは晩年に世界国家の理想に燃え、世界 市民性(lVeltbiirgerium)を鼓吹したが・之こそ現代人の軌LR.方向を示すものではなかろうか。

ゲーテは叉其詩「シラーの鐘の歌‑の結尾」(EpilogzuSchillersGlock̀うに於て

「いとも貴き生命を死は奪い得るのか」(DenLetK'us1、,iirrligensoil1げTo(ierlKnitLu?)と述べ たが、此Iebenswurcligはゲーテの造語で、人生の実証主義と超悲観主義的な生cT)肯定より生れ たもので、トーマス・マンは之を市民性の貴高普通の形式として生活市民性(Leb^usburg叫ich‑

koit)と名づけ、自然より腰寵を受けている着の貴族主義だといっている。生活市民性はかくし て遺徳的な徳の厳正という点で、遺徳的なものの無条件肯定を要求づる。之は理性と道徳性が人 生の支柱をなすからである。故にゲーテが「賛狛青を、即ち人々が「誇張とか病的なもの」と言って いるのを弁護しているのは極めて非市民的であり、叉彼がバイロン卿ゥー??‑作に関し「バイロンの 大胆さ、実大さは教養的で、すべて偉大なものはそれを認めろや苔や出来上ろものである」と 言ひ、更に「フランス人が街学者で、形式からのがれない」と述べたことは超市民的であるとト ーマス・マンは指摘した。

次にゲーテが「概念及び感情の自由貿易」といったcT)は、自由な経済的な原則を精神生活に性 格的に移植したことになるが、此g)自由と伸張は時間的にも空間的にも広い時代範囲に相当す

・*'。I',''・‑‑''・‑.卜't∴J‑1‑∴∴、̲一・、、.::・・;・・・

まり、かれの本質が我々及び我々を超えた方向を示していることは必然的と言えるo

老ゲーテの新しい後置の市郎勺世鼎‑の夢悪はパナて運河の開墾というよ.うな技術文明的なも のに及んでいる。市民より出て、精仲的なもの、更に超市民的なものへ‑と発展するのがゲーテの 市民性の理想である。

(読)主としてThonasMann:GoethealsRepr云sent之intdesburgerlit‑一ionZcitallers及前掲 Gerathewoluの署によるo

m

(5)

(4)人格・文化

V‑ ヒ *I 'ft.IJ・二[V蝣*.1、    T i'.し、 r'.‑v・?・:‑し・‑.:I :ナI,;二ft*!'l I・i・に  三‑‑!>‑.・,

で、そCL)時代から超越する事が出来たO例‑ば1830年8月2日ゥreツケルマンとの対話にある如 く、彼が東洋'})詩人'D世塵へ逃れたcfJは、政治<]J混乱とヨーロッパの好戦的な征服慾が頂点に達 し、ヨーロッパの地域に耐えられなかったからである。即ち自分の紳枠な人間性と詩人性をヨ‑

ロツノ1の中毒より治療しようとしたからで、之を救うものは人格丈であった。

人格はドイツで往々誤解されるが.ゲーテの周囲がすべて言葉と武盟で載っていた時,彼は自分

・1)

を最高の人間形式即ち人格により高めたOシュトリツヒに依ると人格とは自分の中の人間力を調 和的に倉‑一一し、結合する人間で、個々の断片でなく、全体性であり,叉宇宙となる人間、自然を 精神に変化する人間であり、 ‑つの独特'D内部的なものにより中心的な生活をする人間、自分自 身をのが,rLすに、自己を形成し、浄化する人間である.ゲーテは即ちか」る人間で、彼の詩人的 な活動と自然科学的な活動との間に何等の区別がない位に一つの一致した中心より働きかける人

:;i!?‑?蝣‑I::し.普..jl∴・′、.S 蝣'.'蝣.‑一打. I,C│‑:│ ,l<、い    ・?i i蝣サ1∴ ∴・:二二h I*

が免れなければならなかった事のみを詩作したO今日の我々はこの横な人格を求めている。我々 は個々のものの中に働く過ての力を調和的な全休に仕上げることを以前にも増して日榎としてい る。ゲーテは即ち名声や特異なことは素にとめず、世界を特殊の眼で見ずに、爵物の純な曇らぬ 鏡、明白に見る服、黄埋を妄想なしに眺める鑑識を得ることを望んでいた。

ゲーテが人格完成を「ゲイル‑ルム・マイスターの修業時代」では個人的立場より行はうとし ているに反し、 「同遍歴時代」では社会構成の一員として達成すべきことを説レ液.かくて人間 の教養に関しても、 「修業時代」の方では主人公が全般的教養を得んと努めたに対.し、 「遍歴時 代」では社会のTl構成分了・として、一個の技術を身につけることを強調している。元来ゲーテの 教養は今日人々が一般教養と云っているものとは区別があり、単に受容される、死せる教養材が 彼においては特有な血に変り、彼のすべてを合一する魂により結びつけられて、すべてが彼を活 動させる意味を持つに至ったのである。

文化ということに就ても、かかる教養よりして、ゲーテにとり「文化か野蛮か」が重大事で、

彼を向上せしめる文化こそ彼の関心事であった。しかし元来文化なる言葉はドイツでは主として 人間の内的生活の開拓に用い、精神的能力の啓発並に其創造的成果に使っていることは既に故木

(=)

村韓士が詳述された通りで、個人の文化を語ることが共ま」国民的団体,D文化の歴史を意味する こととなり、ゲーテの文化を見ることは当然ゲーテ時代CD」化を観察することと云える。彼が

「ファウスト」と「ヴィル‑ルム・マイスター遍歴時代」の二つ,D最後の作で個と全とを一致さ せ・'二日!二Iii.、ik;「'<;・[.'蝣..>'‑'.二と、二/h'ト̀∴∴‑.二・ :・:・∴ 十‑T、二・‥ ・'、 vIII I.'.'、 ・黒 後の段階に適したのである。

J‑IIl:/'・、ル‑・・ ・・、ツ ここH'.'i.日 ∴、二  !,'J‑':: .I"‑'',∴蝣I一   ・・=一二 ・I*一 ・

ンが「ゲーテ的」であると常務したといわれているが、そ,I)はシラーの条乙誌「オーレン」 'J)発刊

蝣w‑m醇

「・'.・':蝣',Iこ.・^蝣:・"蝣 ‑:(:i中  言・"・''蝣I/、!    、    ∴言蝣i.J"‑ '\c一・": ・こ、

人々の心を再び自由な囚はれないも'Dにして、政治的に分裂し、争っている世界を真理と美との 族のもとに再び結合することこそ緊要である」とあろのに照しても、シラーとゲーテの健児公民

(3)

的態碇、ゲーテ'Jj封ヒ精油をヘッセが自ら実践したものと考えてよいと思う。

(慕) (1) Strich: Per Dichterimd die Zeit. S. 161.

CO 故木村謹冶著 ゲ‑テの文学129真‑142頁0

54

(6)

(註)(3)片山敏彦.ダ‑テと文化措辞(季刊ゲ‑テ、第‑桑昭和23年刊) (5)ヒューマニティー(Humamitat)

ゲーテのヒユーマ.=ティー即ち人間への信仰及び人間'D中にある善‑の信仰は人生及世界‑の 信仰を其中に含んでいる。即ち「人生は、それがどうであろうとも善良なものだ」とゲーテは云 い、「ヴィル‑ルム・マイスターの遍歴時代」の中でも世界敬慶(weltfrommigkeit)のことを述 べた。之はゲーテによって刻印された現世との関係であて、人間にも自然にも切実に連絡して、

個々のものとして、之等に眼を閉ぢるのでなく、人間にも自然にも役立ちうる様に」なること、

こ1) 之がゲーテのヒユーマ‑ティーで、此事に今日我々が注目しなければならない。

トーマス・マンは此「遍歴時代」の中に、市民的なものの自制(Selbstiibarwindung)という ことを認めた。即ち個人主義なヒユーマ=ティーの自制及人間的並に教育の原則からして、か1 る個人主義的な人道より離反することが今日の問題で、やつと一般の人の自覚を得たと云ってい るのは尤もである。我々が市民的人道(Biirgorhcht!I寸umamtat)という意味にとっているすべ

̀、2) てのものから離れている理念が寒中に閃めいている。

(詣)1Gerathewohl:a.a.O.S.16.

2ThomasMann:AdeldesGeisles.S.140‑141.

(6)等魂の問題・全体性(Ganzheiも)

最近フイ7)ツプ・レルシ‑やアウダスト・ピーアが心霊学の方面からもゲーテを見ている。レ ルシ‑は「ゲーテの魂が超魅能力(MoglichkyitdurTranszendenz)を持ち、霊的生活は島の様 な主観的状況や事象糾苦ることに尽きるものでなくて、真実に、世界により呼びかけられて、、

(註1) 世界と会合すること表はしている」と述べている。叉ピーアは「我考ふ、故に我存す」というモッ トーを持していたデカルトにとって「霊魂は素材でも力でもなく、考えるもの(rescogitans) 即ちその木質が純粋に意識の中にある如き巽質(Subs抽uz)であって、意欲・感覚・感情・想像 (2) は単に「考えらるべき方式」(Modicogitant】i)である」と云ってレ、る。

19世皐己の終りに、精神的・心霊的の範囲に限り、ヴイ‑ルム・デイルタイが「全体性'J)概念」

(Gauzheutbagriff)を心霊学‑導入した。叉ギ‑ンクー(Hans.H.G.Guuther)は耳「心理

学」中で,「霊魂の生活には遊離元素の加法的な関係はなく.之は部分から構成されないa霊魂の生 活は一つの合成物で、協力する感覚原子と感情原子のrJk果ではない。」と述べている。処がレルシ

‑は、霊魂もそれ自体において、決して隔離された全体性を表はすのでなく、全く開かれた、直 接的のものと見倣されることを証明した。即ち所謂『内界』の支持者としての霊魂と所謂『外界』

とは区別されて、患互に一つの統一体の極として並列され、互に制約し合い、叉互に融合してい る。」と云った。

すべての生きとし生けるものを、霊化された全体性(BeseelteGanzheif)と見ることは医者た ちからも今日切実にあげられている要求であるO例‑ばフT)ツツ・キユンケル(FritzKiinkel) は身体丈か、霊魂丈かを独立した、まとまった有機体と且なすか、両方ともをかく見ることを 1'.*.'"・i.;;"*.‑トミト.・し蝣¥''.*∴′‑:t一・ここ:・1・".I‑Iうー∴'・、l;・‑!蝣.‑:&

・I*・‑1

'蝣JI‑.・*r*・・てい¥*‑'.*、:.二:⊥<.i心!・蝣蝣蝣:'‑'・'一・'・・蝣・‑.t'蝣"'・蝣蝣‑.‑.・.'J:'・' 蝣・'.・.'蝣蝣

: (3)

(MoralischerWillっ)と云った。彼はェツケルマンに語る。

oOOoO

「決定的な意志力で病気は阻止されるoこんな場合に道徳的意志が出来上ることは信ぜられぬ位

であるQ此意志が云わぼ身体に禰渡してすべて有害な影響を退ける積極的な状態に身体を置く

5.5

(7)

のであるoJ

次にゲーテは全体性に関し1TLqi年の哲学的形態学的研究の中でこう書いているo

「どの生物にも我々が部分と名けるものがあり、之が我々においてのみ部分として理解される 位に全体よE)不分離のも'sjである。」

ゲーテは生物には上体と結びつかぬものはないことを知り、1820年CL)「分析と綜合」(Analyse unuSynthosa)にも戸車封ま綜合を恐れてはならぬと警告した。情感的頂患主義者シラーは「君 たちはいつも/¥‑体を尊敬するがい」。自分は個々(Dものに注意することが出来、個々'J)中にこそ 自分は全体を見得ろ,Dだ。」と言ったが、ゲーテはそ,I)脱を箱に全体的なものに向けていた。之は

‑ラクリトス'J)「一にして全なる認識」(Hen‑kai‑Pとも‑iErkeuutnis)より嚢し、プラトンや新 プラトン派・プロチンにも伝えられ、‑T̲ツク‑ルト師やヤコブ・ベ‑メにもあるが、ゲーテは形 態学研究において特に之に近接したと言える。ゲーテにとり、之は其世界観の鍵であった。

ゲーテは叉芸術作品に韓して桂全体観(GauuhL・ifcschau)を弁護している1831年F;月20日のエ ツケルマンとの対話では

.̀二二̲二'i蝣・・;':‑.'.'"・、Ir ^>∴J∴:'=:‑.'*Iト

る機械の一つ一つの部分を組立てろ事は出来,之に合成という言葉は言えても、共通 の魂によって..融合封Lている有機的な全体'J)部分を考える時には云えない。

エツケルマン芸術や詩'D純粋な作品に合成という言葉使いは不適当で品位を下げる様に思い ISS

芝二三それは全く恥づべき言華で、之はフランス人のお蔭だが、我々は出来る丈早く之を逃 れようと努むべきだ。モーツァールトがドン・フアンを作曲したとどうして言えよ う。丸で卯や砂糖・粉から掩拝して出来た菓子やビスケットの様に。個々のものも女 体ォ*、一、.J・、I;、..''t一二こ!.‥・一・、.・.'ォ・!

m旧」an となっている。

叉ゲーテは時間的rLも、終末と:現在上を区別せす、「‑‑4‑

'Lr‑一歩が終末であり.‑歩一歩がそれ

自体価値あるものだ」とェソケルマンに語っているF尉こ、波の人間把握は分裂的でなく、企画的 である。ゲーテにとり、入間qL)内部'JJ悩みや培さも生命の不可分な要素で、之に深レ、患敬が払め れ、メフィストはファウストqL)外にあろ,Dでなく、被'L)成長欲が生み出Lた必然の存在であるo 仲に等しい自然にあづかろ人間が結んで、之れが¥'

4体もろ恩恵として彼の詩作に結晶したので文 Li) 化人として彼は之をものにしたと言える。

ヂ‑‑"'蝣‑i土「I'Mを」上い・j待一再十>t;t;‑cMfVi7高二J叛E..してい蝣">a 常にq」たるべく'#めよO

粛ag&aa国限ess

全に仕ふる個たるに徹せよO (5)

(註)(1)PkilippLerSJi:Soeleui‑aWelt.

(2)August]iier:Die弓>fle.

(3)1829年4月7日のユッケルマンとの:i]話(B(I.汁.S.79‑80.)

(4)手械富雄丘、祝代に触る乙ヂ‑テ、(珪憩祉版デ‑テ研究GT一・一GLq真) (5)Goethe:YiPrJahreszeiten.Herl>st43.

(7)力動詮(IV伽‑1LSl‑ユup),実行(rll呈It)

ffl.

(8)

ゲーテはその生物学的世界軌こ於ては新プラトン派、プロチンよT)強く影響されたが、彼の 世界領の標柱である運動Be、\'i‑'aruiig <jj概念は直後へラクリトスから得られたのであるO即ちゲ ーテ,D 「再見の中の持統」 (Daucr nn W<*ぐ如ノ.I)といふ詩,D中で

‑ '‑!!蝣「・.「里   こ        .

汝のやさし尊谷ぞ変れる あはれ、同じ河中に 再び泳ぐ由もなし

とあるのは‑ラクリトスの言葉と云われ「総ては凍る」との言葉通り、ゲーフこが水の婆改革象徴 的意味に強い印象を受けていTc事が慮起される。詩「月に向って」 ・ 「漁夫」にもあろが、 「水上 の情霊の歌」 (fre?ang <l Gelst>r iibL・r (loh Wasst汁11)で、

人間の魂は水の様なものだQ それは天より下り、天へ上る。

しかし叉地上‑も永波に 代りて下らぬぼならぬO

と霊魂のことを歌ったのは面白い。ゲーテにとって、世界は「誕生と墓場」であり、永遠の海で あり、甘J);人生∴'"'. i¥‑どこト'・蝣)たQ

此永遠の生成と云う認識と結びついているのが力動的世界観(Dyuannsclu'1恥Itschau)であ る。此世界軌ま北方、特にドイツ民族q)本質を現わLたもので、ドイツ人は永遠,D旅人と云はれ ている。疾風怒遠派の父と云はれた‑ルデルの世界像は全体的であると共に力動的で彼の「言語

・tL].原論日こ.fcい‑" ;+ ∴..')汁:こ.述べ'蝣‑。

「各生物は小波叉は太狼の横の様なもので、各生物が個々の霊魂の状態、かかる状態の変更を するO ‑‑桑折の霊魂における最初の思慮は貴淡CD人間の婁魂の最後の思慮と関連している。」

‑ルデルは人間,D言語の霊魂の表現とし、悟性活動gJ流露と見なし, 「話す」といふ事易を思考

L ',;.t: 'j> ' !!  : ∴  i        ∴・一   、‑ ‑ ‥

語を見、言語は彼にとり、常に進歩し、歩むものであるO

ゲーテは樫原的使命の意味で言語を生及び学術活動を表示する生きk手段と見、且つ按が言語 史上に占める地位よりして、 18世紀・19世紀を通じて今日まで大きな影響を残していたことは福

If

本氏'r)論文に惜しく書かれている。

叉フィヒテも「人間の自然の衝動は天国を悪に現世の中に見出し、現世eJ日常の営みの中に永 遠の持続を旅し込み、一時的生命の中に/k遠の生命を植えつけて育成せんとする」ことを国民tz:

しI1ヽ

呼びかけたが,此力動的精仲はえゲーテのブロメトイス的精神となった。ゲーテは「色彩論の序 文」に於ても「色彩は光の活動である」と言い、力動的梶本態度はどこでも現はれた。 「若きヴ ェルテル」の詩人も、ファウスト'D致済に終ろ老詩人も同機である。戒律彼は孤独や静けさを愛 し、 1780年・5月L'iHの日記には「一一番良いことはI業い静寂だ。此静けさの中に私は裡問に向って 生き、成長し‑/1利得をする,I)だ」と書いてはいるが、波ly)乃動主義は繰返し実行(Tat) ‑向って いる。ゲーテの生涯は実行であり、実行は戦(Ka‑npf;であるoギリシャ人が「戒は欝物の父 であり、苗物の王である」と言ったに対し、ゲーテは「私は人間であった。それは戦士であるこ とだ」と歌っている。曽てゲーテはカンツラー・ミュラーに語つで言うqL)には(1824年3月31日)

「自分白身を認識するには観察に依るのでなく、行動(HiMirlehi)に依るgL'であるO」とあり、

叉「遍歴時代」 ,Jj中でも精棺明に関し、 「我′,Tが不幸や特出の欠陥のた桝こ陥入る精神病を直す こと融吾性では全く出来ないし、弾性でも大したことはなく、時間は大分之が出来るが、実行

w

(9)

(T且tigkeit)がどんなことでも出来る」とのべたO社交的なゲーテは老人になるも殆んど休養 を断念し、実行欲と共に向上して行った。盲目のファウストは遂に自己の中に自分の目的を達成 したと考えられる。

グラーテヴオールはテオドール・リツトCThecwlorLilt)アルノールト・グーレン(Arnold Gehleu)ベルバート・チ‑ザルツ(HorbertCysnrz)の説をあげて、此ゲーテの力動主義を支 (3) 持しているも例‑ばリツトは人間の自我の中に対東(G?gen軸md)を見すして、掴み得られぬ大 枚や浪立ちを見、チ‑ザルツは其歴史哲学のある一章で、「生起としての世界」(DieWeltals Geschohen)に就て述べ、此樫界には新Lい事丈があるO我々がする事なす事は不安定な未完成 な世界を億づ第一一に豊富に又は不毛につゞけてゆくことである」といっている。か1る現今の恩

・†'.・蝣*ごナ:V>

*<I‑=1・Y.'j・v‑‑,一蝣,、・r.

(註)(1)相木喜之助著ゲ‑テの言語観(関西大学文学論憲第2巻第2号) (2)フィヒテ著ドイツ国民に告ぐ、171頁

(3)G‑erathewohl,a.a.O.S.40‑41.

(8)二元性の問題

之は軌こ充分論究されたことであるが、ゲーテのカ動主義の根底をよく考えると、其底に相反̀

する二つの性質、即ち二元性のあることは何人も認める処である。此点に於てゲーテが如何に我 々に親近性を示しているかは、遠くはパルメニーデスと‑ラクリトスの二人の名を挙げれば充分 であろう。

トビは与i‑.:H*Si‑li・>,・]・‑:..∴:一・十・"^‑:見、:'‑i,'::'・、

交代するものは単に「見かけ」(Schein)に過ぎぬものと考え、之が時代の経過中にデカルトに 伝はり、更にダーウィンに至って物質主義的世界闇の道を示すに至った。一方へラク7)トスは前 述の如く「総ては流れる」という、世界観よりしてゲーテに伝わった。要するにパルメニーデス の硬直一物質一分析(Starre‑Stoff‑Zerghe〔leruug)と‑ラク1)トスの運動一霊魂‑全体性(Bewe‑

gung‑Seele‑Ganzheit)と云う二つの方向がゲーテに至って融合し、身体と霊魂との問の隙間は充 填された。即ち「内部にには何もなく,外部には何もなし。」(Nichtsistdrumen,mchtsistdrau‑

ssen)と云う認識によりゲーテは生活していたのであり、自然の外部はすべての内面的存在を確 証するものであったO身体という「外部」が精神力なる「内部」と解け難い結びつきにあることを ゲーテは観じ、詩人の例としてシェイクスピーアを挙げた。

即ちシェイクスピーアに就て「我々は彼から精神的並びに身体的に全く常に健康で力強い人間 といふ印象を受ける」とゲーテは云う。

現代人は今や古代の肉体教育(Lelbeserziehuug)の深刻な意味を把握しようとして居り†叉 心霊学と医学とが分離し、身体教育と品性教育が別れている現状では、ゲーテの此考えがいかに 我々に近しいかを泌々と感するものである。

倫「内部」及「外部」に関して内向性及外向性(Intro‑uiulextraver七iertoNaiuren)といふ極

性が性格学の重要な基礎となった。体育はそrL)練習の基礎を緊張・弛緩・安静・運動の交代に置

き.波の高低の如く、心筋の伸縮・喜びと苦痛・別離と歓迎等が我々の生活の7)ズムをなし、ゲ

ーテの自然的と精神的・衝動的と道徳的・客観的と主胡的がゲーテの特異性と永久性を成す様

に、之が現代に入って、ゲーテの内部衝動たる放我(Diastole)と集我(Systole)の傾向が我々

の中に及んでいる。現代は実存哲学思潮の淵叢と云はれ、現代精神の両親といはれるのが霊と

肉・原罪と恩寵・彼岸と此岸(終末観)・天使と悪魔という二元的対立にあることも相照応して

58

(10)

興味がある。

(9)政治其他

ゲーテがブイマールに入ってから宰相として各方面に政治的手腕を揮ったことは周知のこと で   : ll'l 蝣l'i!l: Y'  、: :二,.:'iI言‑:‑トと∴・ ..'"I''蝣*言持し.た

うとする宮廷人の反対に押され、又ゲーテ自身の中にある貴族性も手伝って、彼は其朗鉾を収

(1)

め、次第に孤独感を味い、遂に伊太利へ逃適せざるを得なくなった。

もし    二.し '‑'‑蝣''I'・"蝣∴こ: ‑̲∴∴'.一蝣蝣*、 .;蝣." :s*‑.∴'・>.;│、二・言.し  。トこ:':

の時代やすべての人々を束縛する政治権力から逃れようとした。之は純粋な人間の教養・純粋な 趣味に余地を与える為であった。

しかしゲーテは耳時代の動きに全く無関心であったのでなく、彼はフランス革命を早くから予 感していた。彼は革命を史学の題材に繰返し用いた。 「庶子の娘」 ・ 「狐のライネツケ」は革命的 変転の鏡であり、 「イフイゲ‑ニヱ」は時間と空間を超起した文学としてこの軸の起りをうごくO けれども彼は青年時代に疾風怒涛を蒐服した枝に、フランス革命を克服したナポレオンに心服し

た:'ir'蝣‑!∴ t・ '∴'・¥*.J‑う J.:・ ‥・‑′I' ' I** ・∴,'i 、二I・‑'r∫"!∴1'iォー‑「、 ¥'K‑/j:

戦争や政治に関係している問に、人間的な仕事に従事した。彼は健界征服を果さなかったナポレ オンにも増して文化的には大きな仕事をした。彼の永遠の作品を以て、ドイツ国民に形式と結合

しI1)

・風習と法則を与えたのである。

ゲーテは既に青年時代にドイツの統一を熱望していたのであり、彼よりも若くて政治的には積 極的だった多くの放逸人が、とっくに統一の夢を自己の申k埋めで!っていた1828年10月23日に は、エツケルマンに、 「ドイツが統一LvCレ1ないことは私に心配にならない。我々のよい並木道や 将来の鉄道がきつと耳義務を果して呉れるだろう」と語った。之は今日ドイツ統一問題と合せて 考えると、伺らかの示唆を与えるものではなかろうか。

次にゲーテの祖国‑の地位を考える時、特筆すべきは彼の時代の独逸がまだ幻像であったこと

(証3)

で「すぐれた国民詩人は之を国民からのみ欲求出来るのだ」と彼は苦々しく言った。

彼は叉国民によぴかけて「ドイツ人は余所の国民から教はらない限り、靴の締金一つ締迫るこ

(4)

とが出来ない」と同国人の欠点を指示し、叉「国民にとっては国民自身の核心と、他人の槙倣で なしにその全体の一般的な必要から出たもの丈がよいのである」とのべている。又1813年にイェ

ナ大学の教授ルーヂン(Heinnch Luden)に「自由・国民・祖国というような大きな理念に対 して私が無関心だとは思ってTさるなov,や,之等の輝念は我々の中にある。それは我々の本質の

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一部で,何人もそれを自分から投げ捨てる事は出来ない」と述べている。特に、自由に戯ては1827 年1月18日のエツケルマンとの対話に詳しく出ている。彼はこiではシラ‑の自由を引合に出し、

シラーの全作品に自由の理念のあること、シラーの自由が自然的自由(PhysischeFreiheit)から 観念的自由へと変転したことを示し、更に「自由とは不恩議なものだ。誰でも滞足して見つける 事が出来れば手に入る。 我々が用いることの出来ない過剰の自由が向の役に立とう。健康に 'Kl 、生:∵      「  ごI J・̀=・‑     ∴ 、,∴ ・:主1'j;・. i‑も:.,r/∴∴*v*.*,と

息はれる。

叉彼の政治的発言よりも知られていないのはユダヤ人に関する事で、之は現代のドイツ人にも 近しい問題と思われる。ゲーテはユダヤ文化の熱心な研究家で、例えば旧約聖書につき、‑プライ

tillJ‑こ と.披"・.蝣or..'上∴!.L二'!!i '..llh‑f:二二'";'・・'・蝣i.‑∴1ご一丁∴V>l 、・二八':'i!I.て)・!.;目的の

59

(11)

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観乍†* *'・‑'・1̲.!':トト二i..‑*二It懐一・」.′一・・・   :::L,'‑‑I.I披.T TJ、LI ‑一蝣・‑‑i‑ :・‑VI、こご・

端的にも攻撃の臭を放ち、 23才の時、「我々が野憩を求める途上において、ユダヤ人に会いたくな いO」と言い、 「プルンダースゲイラーの年の市」 (Jahrmarktfest zu PlundersliVeiler)にも、「ユ ダヤ人は金を愛し、危険を恐れる。波は大した骨折もなく、多くを語らないで、取引と利子とで 金を国外‑運び出す事を心得ている」と罵り、老‑t‑になっても1823年5月19日のツエルク‑‑の 手紙にも此憎悪が現ほれて居ろO又1823年9月23IHのカンツラー・ミエラーの日記にも、信仰の 近い両者の結婚を許可する新しいユダヤ人の法律について痛撃し、 「総監督教師は性根があれば

"・蝣17一二.'f∴,'*.".""・'∴'、 ∵∴ "*蝣・;‑‑* :こ'.' .' :. '‑、 ∴ '蝣'.1I二:::  !I,' : i ‑ ‑j.}'蝣、

(7)

的感情に基くもので、斯様なけしからぬ法律ではそれが破壊される事になる」と言っている。

現代にはユダヤ人にも擾秀な科学者・詩人も多数に存在するが、人種的に見て、今日において も、亦将来にあいても問題の残るところと思われるo

(謀) <H)大畑末吉著 ゲ‑テの市民性とその時代的背景(ドイツ文学特蔓昭和24年刊の内) (2) Strich: Goethennd ‑ansere Zeit. (hi: Dei Dichter und die Zeit)

(3) Gerathewohl: n.si.O. S.17 ff

(4) Goethe: Wilhelm Meistei・s Lehrjdlreの第1奄第16章のアウレ‑ 1)井の言蔓によるO

(.5) Goethe Gespr或oh. Hr8g. von Biedermalln S.304

(6)藤森秀夫氏著 ダ‑テと賂大人(日本デ←テ怜全発行、デ←テ年鑑第3懇4Lq真以下)

(7) Goethe Gespr丘che. S.470‑471.

(10)結   論

ゲーテが‑堵「西東詩集」に患いて見られる標に、東洋の世界に着目していた一事を以てして

ち.・;!:.v. ・ 、l‥       二:I;.・/r 二";.・:'蝣..?!.蝣二ト、削L∵"'・; ''・ ∴‑い

れている「ヴィル‑ルム・マイスターの遍歴時代」に徴しても政治的文化的に、今世紀より更に 進んだ卓見を有していたことは明らかである。更に今日入閣の最も希求する世界平和も夙にゲ一

二ご三一一 '‑j:ここ *‑'・‑   ‑ ∴ L心蝣 一・!!・::;∴亘.∴ ; ' /.I‑∴│.V‑‑i・‑:Pj∴‑.し

する傾向がある。

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よって運ばれて行く。かかる根本的歴史軌ま現今にも通用するもので、詩作は過去の遺産でな く,それは過去の作品と同じく人間を規定すると共に人間により規定される。ゲーテの作品もか くて現代の人に新しく生れることが必要で、叉之が必要な位に現在は創造的天才が少いのであ る。シラーが云った様に、神性が健界という腫物'jj蔭に立っている様にゲーテはその作品の蔭に

*'".'∴1't.I̲ 、・'蝣‑ ./蝣"蝣.‑''i!¥. r・・i ‑i.  \  、   ∴;∵ :一二二L打.:〜. ご

‑テを現代に薗適して考察すべき点が多々あることを信するものである0 附託o比拙文を書くに当り、次の講書を参考とした。

Fritz G‑erathewohl: Goethe in heutiger Sit lit. 1942 Hans Carossa: Wirkungen (蔓oethes in dev恥genwart.

Thomas Mann: G‑oethe als Repr崖Se】、t:mt des bargerlcihen zeitulte】、S.

Fritz Strich: Der Dichte】r mid die Zeit.

Albert Sぐhweizer : Goethe, vier Eeden.

Goethe Gesprache HrHg. von Biedermann.

Eckermanns Gesprache mit Goethe. 3Btle.

Dilthev: Erlebms und Diohtung.

60

(12)

Obenauer: Die Problematik des五stlietis?hen Mens lien in der deutschen Literatur. 1933.

一七::!ii * ,f;氏著

消家忠迂民著 吹田順助氏著 片山敏彦氏著 隔本喜之助氏著 藤森秀夫氏著 故木村謙治氏著

ゲ‑テの市民性とその時代的背景(ドイツ文学特撰) ゲ‑テと時代(同前)

ヂ‑テ的なるもの(ヂ‑テと現代).(忠恕118号) ヂ‑テと文化梧押(季刊ヂ‑テ第1貨)

・i‑1,‑テLl「二 親し:vJ:HMこ半丁vm*琶"ff^ 1

ゲ‑チと街太人(デ‑テ年鑑第3巻) ヂ‑テの文学

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参照

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