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中国人民解放軍の再編一1978年〜84年一林

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中 国 人 民 解 放 軍 の 再 編 一1978年 〜84年 一

1.は じめ に

2.「 大 衆 工 作 」 か らの 撤 退

(1)登 β 小 平 の 「現 代 化 」 路 線 と人 民 解 放 軍 (2)「 三 支 両 軍 」 と 「 大 衆 工 作 」

(3)解 体 さ れ る 「大 衆 工 作 」 機 能 3.軍 主 導 の 「現 代 化 」 支 援 運 動

(1>「 現 代 化 」 支 援 運 動 (2)社 会 主 義 精 神 文 明 建 設

(3)「 対 社 会 管 理 能 力 」 温 存 を ね ら う軍 4.お わ りに か え て

1985年 の 改 革

1.は じ め に

革 命 戦 争 の過 程 で生 まれ た人 民解 放 軍 とい う巨大 な組 織 は,文 化 大 革 命 の 混 乱 を収 拾 す る中 で,さ らに 巨大 化 し中 国社 会 の隅 々 ま で そ の影 響 力 を及 ぼ す よ うに な る。 郵 小 平 の 軍近 代 化 計 画 は,そ の解 放 軍 に も大 きな変化 を強 い

る もの で あ っ た。 中 国 の未 来 をか け た壮 大 な 国家 近 代 化 計 画 の推 進 に は,国 内 の あ らゆ る資源 と力 を結 集 す る必要 が あ っ た。 革 命 戦 争 の過 程 で 軍 が 獲 得

した信 頼 と権 威 を も って文 化 大 革 命 の 混 乱 収 拾 を可 能 と した,人 民大 衆 に 直 接 政 治的 影 響 力 を行 使 し,社 会 を管理 す る 「対社 会 管理 機 能 」 の解 体 で さ え,

「四つ の現 代 化 」 実 現 の ため に は許 容 で き る政 策 で あ った

近 代 化 政 策 を進 め る中 国 が,解 放 軍 を計 画 推 進 の ため の 資源 と して解 体 ・

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利 用 しつ つ,同 時 に 近 代 化 をす す め る 国 際 的 環 境 整 備 の た め に 解 放 軍 を 改 編 ・整 備 して い く過 程 を明 らか に しなけ れ ば な らな い と考 え る。 文 化 大 革 命 中の政 治 闘争 に 軍 を投 入 した 負 の 遺産 を解 消 し よ う とす る中 で,軍 の 「対 社 会 管理 機 能 」 が失 わ れ て い く過 程 と,こ れ に抵 抗 して軍 の 政 治 的影 響 力 と組 織 それ 自体 を温 存 しよ う とす る動 き,ま た解 放 軍 とい う資 産 を,郵 小 平 が 如 何 に して 中国 の近 代 化 計 画 達 成 の ため に 活 用 して い こ う と して い るか に つ い て整 理 す る必 要 が あ る。 さ らに 国 防 軍 と して 改 革 され た解 放 軍 が,国 家 戦 略 に 直接 貢 献 して い く様 態 を示せ ば,近 代 化 推 進 の ため に 中 国が 軍 を どの よ う に利 用 し よ う と して い るの か 明 白に な るに違 い な い。

本 論 で は まず 解 放 軍 が,中 国社 会 か ら切 り離 され,解 体 され て,「 対 社 会 管理 機 能 」 をほ ぼ 完 全 に喪 失 す る過 程 を示 す 。 こ の結 果,軍 は 国家 との 直 接 的 関 係 以 外 に 中国社 会 へ の影 響 力 を行 使 し得 な くな っ た こ とを明 らか に した

い 。

直 接 人 民大 衆 に働 きか け る こ とに よ っ て社 会 混 乱 を収 拾 す る手段 を失 っ た こ とに よ って,現 代 化 路 線 を進 む 中国 に は,も はや社 会 全 般 を巻 き込 む 形 で の政 治 闘争 は 許 され な くな っ た。 しか し同時 に解 放 軍 が 擁 して きた機 材 ・人 材 ・技術 そ して資 金 を,近 代 化 計 画 の た め に 自由 に使 用 す る こ とが 可 能 とな っ た の で あ る。 登β小 平 に とっ て,解 放 軍 は 中華 人 民 共 和 国発 展 の ため に奉 仕 す る道 具 と して機 能 す る もの で あ って,軍 の 強化 の ため に 国家 経 済 の 成 長 が 抑 制 され る こ と な ど問題 外 で あ っ た ろ う。 「軍 の 近 代 化 」 は,国 家 の近 代 化 の ため の手 段 で あ っ たの で あ る。

2.「 大 衆 工 作 」 か ら の 撤 退

(1)郵 小 平 の 「現代 化 」 路 線 と人 民解 放 軍 現代 化 と正 規 化

78年 再 度 復 活 した郵 小 平 は,新 しい歴 史 的 条 件 に相 応 す る軍事 路 線 と して, 軍 の 「現 代 化 」 と 「正 規 化 」 の 推 進 を主 張 し た と さ れ て い る。 本 来 「現 代 化 」 と 「正 規 化 」 は,軍 の 戦 闘能 力 の拡 大 をね らっ て実 施 され る もの で あ る。

1950年 の 朝鮮 戦 争参 戦 あ る い は69年 の 中 ソ武 力衝 突 と,解 放 軍 は常 に軍 事 的 な劣 勢 の 中 で戦 闘 を余 儀 な くされ て きた。 彰 徳 懐 国 防部 長,羅 瑞 卿 総 参 謀 長

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とい った職 業 軍 人達 は,一 貫 して装 備 と軍 組 織 の近 代 化 ・正 規 化 を主 張 した が,中 ソ関 係 の悪 化,大 躍進 政 策 の展 開,そ して文 化 大 革 命 と続 く混 乱 の 中 で,そ の都 度 軍 近 代 化 計 画 は 頓挫 して きた。 兵器 と組 織 の 近代 化 に よ る国 防 力 の強化 は,建 軍 以 来 の 人 民解 放 軍 の 悲願 で あ っ た とさ え言 う こ とが で き る だ ろ う。

しか しこの 時 点 で登阿 ・平 が提 起 した解 放 軍 改 革 の 目的 は,直 接 的 に国 防 力 の強化 をね ら った もの とは い えな か っ た。75年 中 国共 産 党 軍 事 委 貝会 副 主 席 兼 総 参 謀 長 と して復 活 したy小 平 は,「 軍 隊 は整 頓 しなけ れ ば な ら な い」 と

して,解 放 軍 が 肥 大 化 して,膨 大 な 国 家 予 算 を消 費 して い るに もか か わ らず 実 際 の戦 闘力 が 低 下 して い る こ とを指 摘,規 律 をた だ す と同 時 に 兵 員 数 を削 減 しなけ れ ば な らな い と主 張 した。(1)さらに,こ れ に 続 く中 央 軍事 委 員 会 拡 大 会 議 の 席 上,解 放 軍 内 部 の最 大 の 問題 点 と して,「 肥 大 ・散 漫 ・傲 慢 ・贅 沢 ・怠慢 」 の5点 を指 摘,部 隊 編 成 を厳 格 に守 り編 成 以 外 の 兵 員 を整 理 して 軍組 織 を改 革,戦 争 に備 え なけ れ ば な らな い と した 。(2)ここ で 主 張 され る最 大 の 問題 は解 放 軍 の 肥大 化 で あ り,最 大 の 課 題 は兵 員 の削 減 に あ る。78年 の 全 軍 工 作 会 議 に お いて も,「 実 事 求 是 」 の 姿 勢 を もっ て 「実 際 か ら出 発 し, 理 論 と実 践 を結 びつ け る方 法 で,過 去 の経 験 を総 括 し,新 た な歴 史 的条 件 を

を分 析 し,新 た な 問 題 新 た な任 務 新 た な方 針 を提 起 す べ き」 で あ り,

「新 た な歴 史 的 条 件 」 す な わ ち長期 の 戦 争 の 環 境 か ら平 和 の 環 境 へ の 転 換 を 大 前 提 と して,軍 の 戦 闘 力 を高 め る努 力 を しな け れ ば な らず,「 林 彪,四 組 を摘 発 」 し,軍 隊 を整 頓 し,さ らに指 導 的 幹 部 が率 先 し七規 範 を示 さ なけ れ ば な らな い と述 べ て い る。(3)

この時 期 に 登阿 ・平 が 主 張 す る国 防 力 の強化 の 内容 は,戦 争 に備 え な け れ ば な らな い と して は い る もの の,実 際 に は あ らた な 「平 和 の 環 境 」 の下 で 軍 隊 内部 の組 織 改 革 や 規 律 の 強化 に 重 点 が 置 か れ て お り,よ り戦 闘 力 の 高 い近 代 的 軍隊 の 部 隊 編 成 を 目指 す とか,装 備 の近 代 化 と言 っ た直 接 の 国 防 力 強化 に つ い て は取 り上 げ られ て い な い。

登阿 ・平 軍 改 革 の実 体

登阿 ・平 が 主 張 した 改革 の 内容 は,ま ず 「三 支 両 軍 」 か らの撤 退 に よ る解 放 軍縮 小 計 画 と して提 起 され る こ とに な っ た。 削 減 計 画 の主 要 な 対 象 は文 化 大

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革 命 時 に肥 大 化 した 軍 の大 衆 工 作 部 門で あ り,左 派 支援 あ るい は社 会 的 混乱 の収 拾 を根 拠 に,政 治 ・経 済 な ど中国社 会 の あ らゆ る分 野 に進 出 した 「三 支 両 軍」 を任 務 とす る軍 の組 織 の 整理 で あ っ た。

革命 的 左 派 支 援 ・農 業支 援 ・工 業支 援,軍 事 管 制 ・軍事 訓 練 を任 務 とす る

「三 支 両 軍」 活 動 は,ま ず 文 革 時 の 軍 の政 治 闘 争 へ の参 加 と して,次 に全 国 的奪権 闘 争 に よ って 混 乱 した国 家 と地 方 の政 治 ・経 済 ・社 会 上 の 管 理 シ ス テ ム を,正 常化 し機 能 させ る ため に実行 され た。 この 間 「三 支 両 軍 」 活動 に参 加 した兵 貝 は のべ280万 人 に の ぼ り,「 わ ずか1年 足 らず の 内 に 兵 員 が25万 人 も増 加 した」 上,文 革 左 派 の 支 援 や 政 治工 作 の結 果,「 人 民 解 放 軍 の優 れ た 大 衆 工 作 の 伝 統 に 汚 点 を残 した」 とされ る。 「三 支 両 軍 」 は登阿 ・平 の解 放 軍 改 革 の最 大 の 焦 点 とな っ た軍 隊 の肥 大 化 ・規 律 の低 下 を直接 招 い た元 凶 とさ れ る任 務 で あ っ た。(4)

(2)「 三 支 両 軍 」 と 「大 衆 工 作 」

とこ ろ で,解 放 軍 は 人 民 に直 接働 きか け る活動 を,軍 隊 の 三 大 任 務 の一 つ で あ る政 治 工 作 の 重 要 な部分 を 占め る 「大 衆 工 作 」 と呼 ん で,革 命 戦 争 以 来 の 「紅 軍 」 の伝 統 と して重視 して きた。

革命 戦 争 時,建 国期,文 化 大 革 命 の時 期 と,そ れ ぞれ の 政 治 状 況 の 下 で変 化 して い るの で一 概 に は い え な いが,建 国後 の 「大 衆 工 作 」 の任 務 が,概

① 党 ・政 府 の 政 策 ・思 想 の 宣 伝 活 動 ② 民 兵 教 育 な ど戦 時 へ の備 え ③ 工 業 ・農 業 な どの 経 済 活 動 の支 援 ④ 道路 ・鉄 道 ・ダ ム な どの公 益 事 業 の 支 援

⑤ 災害 救 難 ・復 興 支 援 に あ った とす る こ とは で き るだ ろ う。 これ を解 放 軍 の

「対 社 会 管理 機 能 」 と して 整 理 す れ ば,① 経 済 建 設 へ の参 加 ② 大 衆 へ の 宣 伝 活動 ③ 災 害 救 助 ・復 旧,治 安 維 持 の機 能 に整 理 す る こ とが で き る。

「三支 両 軍 」 へ の評 価

文 革 中の 「三 支 両 軍 」 の 活動 に つ いて,解 放 軍 自身 は どの よ うに評 価 して い るの だ ろ うか 。 国防 大 学 党 史建 政 教 研 室 編 の 『中 国 人 民解 放 軍 政 治 工 作 史 (社 会 主 義 時 期)』 は,「 三 支 両 軍 」 へ の支 援 活動 は 以 下 の よ うに展 開 され た と述 べ て い る。

①1965年5月,文 化 大 革 命 が 開始 され た 時 点 で,軍 は党 中央 の指 示 に基づ い

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て 前後 して1万 人余 りの 幹部 を地 方 の文 化 大 革 命 運 動 支 援 の ため に 派遣 した。

②66年8月 か ら11月 ま で,天 安 門広 場 で 毛 沢 東 が8回 に わ た っ て,お よ そ 1200万 人 の紅 衛 兵 と接 見 した と き,軍 は北 京 で秩 序 維 持 と警 備 に あ た り,紅 衛兵 の接 待 と組 織 工 作 に従 事 して い た。 しか しこの 時 点 で は各 単位 の 「文 革.

運 動 」 に 軍 は 直接 関 与 して は い なか っ た。

③66年12月,党 中 央 と国務 院 の 「中学校 の 革 命 的教 師 と生 徒 に 短期 の 軍事 ・ 政 治 訓練 を実 施 す る通 知 」 に従 って,軍 は い くつ か の 地 方 の 学校 の教 師 と生 徒 に,毛 沢 東 の著 作 や 文 化 大 革 命 に関 す る文 献 の 学 習,規 律 強 化 や 隊列 訓 練 等 の 軍事 ・政 治 訓練 を行 っ た。

④67年1月,上 海 の 造 反 派 に党 中 央,国 務 院 な ど と もに 中 央 軍 事 委 貝 会 が

「祝 賀 」 電 報 を送 っ た事 実 が,こ の 時 点 か ら軍 が 地 方 の文 化 闘 争 に 介 入 した こ とを示 して い る。

⑤ 同 年1月23日 「人 民解 放 軍 が革 命 左 派 の大 衆 を支 持 す る決 定 」 は,文 革 が 奪 権 闘争 に発 展 した こ と を宣 言 して お り,軍 は こ の 決 定 に よ っ て 「三 支 両 軍 」 を開 始 し,左 派 支 援 を始 め た。

⑥ 同 月26日,国 務 院 と中央 軍事 委 貝 会 が 「民 間 航 空 路 線 を軍 隊 が 接 収 管 理 す る命 令 に関 して」 を発 表 した こ とが 軍事 管制 の始 ま りで あ る。2月21日 に は, 北 京 市 公安 局 に軍 事 管 制 委 員 会 が作 られ,文 革 に お け る 「軍事 管 制 」 が 開始

され た。 さ らに 国務 院 ・省 ・市 ・自治 区 な どの 国家 機 関 ・新 聞社 ・電 話 局 ・ 国 防工 業 ・鉄 道 ・銀 行 な どが 軍事 管 制 下 に 入 っ た。

⑦ さ らに軍 は農 業 へ の支 援,工 業 へ の支 援 を開 始,大 学 や 高 校,小 中学 校 で の軍 事 訓 練,政 治 訓練 を開始 した。

⑧ 三 支 両 軍 の任務 に従 事 す る兵 士 は,部 隊 か ら 「長 期 の 政 治 的任 務 」 に従 事 して い る と され,身 分 も保 障 され て い た。(5)

と して,解 放 軍 が党 中 央 と国務 院 の 指示 に基 づ い て,人 民へ の 政 治 ・思 想 教 育 と宣 伝,治 安 維 持 を支 援 し,さ らに左 派 支 援 が 本 格 化 して か らは 国 家 と 地 方 政 府 の機 関 な どへ の 軍事 管制 に,さ らに工 業 ・農 業 へ の広 範 な支 援 に乗

り出 した と して い る。 しか し本 書 は,「 三 支 両 軍 の核 心 は"左 派へ の 支 持"

に あ る」(6)として,軍 の 「三支 両 軍 」 の最 大 の誤 りは左 派 支 援 に あ っ た こ と を強調 す る。 そ して文 革 の 生 み 出 した混 乱 が 内 戦 の体 を表 し始 め るや,「 情 勢 を安 定 させ,武 力衝 突 を制 止 し,正 常 な生 産 や,活 動,学 習 や 社 会 秩 序 を

(6)

回復 させ,社 会 主 義事 業 の 人 民財 産 の損 失 を減 少 させ るため に,軍 は 国家 の 重 要 な政 府 機 関 や 一 部 の幹 部 を保 護 し,工 業 や 農 業 の生 産 や 運 輸 を積 極 的 に 支 援 し,郵 便 事 業 や 金 融,財 政 ま で も正 常 な 活 動 が で き る よ うに支 援 し た

。 」(7)として,混 乱 した社 会 情 勢 を安 定 させ,国 家 の機 能 を維 持 す る ため に 解 放 軍 の介 入 が 必 要 で あ った こ とを強 調 す るの で あ る。

「大 衆 工 作 」 と 「三 支 両 軍 」

次 に,解 放 軍 自身 の 「三 支 両 軍 」 評価 の 内容 と,建 国 以来37年 間 の大 衆 工 作 活動 を総 括 した とされ る88年 出版 の 『当代 中国 軍 隊群 衆 工 作 』 で示 され る 大 衆 工 作 の 内容 を比 較 検 討 して み た い。

① 人 民 の 軍 隊 の 建 軍 の主 旨教 育 を進 め,幹 部 戦 士 に 強 固 な大 衆 的観 点 を樹 立 し,人 民大 衆 に対 す る基 本 的 態 度 をた だ し,自 覚 的 に 人 民 に服 務 す る。

② 中 国共 産 党 を と りま くそれ ぞれ の歴 史 的 時 期 の すべ て の 目標 と任 務 につ い て,人 民大 衆 に対 し積 極 的 に宣伝 活 動 をす す め る。

③ 政 府 を擁 護 し人 民 を愛護 す る活 動 を経 常 的 に展 開 す る。

④ 中 国共 産 党 と人 民政 府 の政 策 を執行 し,国 家 の法 律 と法令 を遵 守 し,三 大 規 律 八 項 注 意 を中心 的 内容 とす る革 命 の規 律 を厳 格 に執 行 す る。

⑤ 国家 経 済建 設 に参 加 し支 援 す る。

⑥ 地 方 で進 め られ る思 想 ・文 化 建 設 に協 力 し これ を援 助 して,人 民 大 衆 と と もに社 会 主義 文 明 を建 設 す る。

⑦ 平 時 か ら民 兵 の思 想 政 治工 作 を実行 し,陸 海 の辺 境 防衛 の軍 民 連 携 を進 め, 戦 時 に は大 衆 の参 軍 ・参 戦 を発 動 して,大 衆 を率 い て前 線 を支 援 して参 戦 す

る任務 を完 遂 す る。

⑧ 大 衆 の ため に 困窮 者 を助 け,災 害 救 助 と応 急対 策 を行 い,公 益 事 業 を振 興 す る。

⑨ 党 と政 府 の 民族 政 策 を厳格 に執 行 し,少 数 民族 の 風 俗 習慣 を尊 重 し,民 族 の大 団 結 を促 進 す る。

⑩ 人 民 大 衆 か ら学 習 し,地 方 と共 同 して駐 屯地 を軍 民 共 同 の軍 隊 と地 方 の 両 方 で用 い る こ との で きる人 材 を育 成 す る基 地 とす る。(8)

A小 平 の 現 代 化 路 線 が 完全 に定 着 した段 階 で公 に され た解 放 軍 の大 衆 工 作 任 務 は,以 上 の 人 民へ の服 務 党 の 宣伝 活 動 ・思 想 教 育,政 府 支 持,経 済建

(7)

設支 援,災 害対 策 な どで あ る。 こ こで も結 局 非 難 さ れ るべ き対 象 は 「左 派支 援 」 で あ り,経 済 建 設 へ の参 加 ・政 治宣 伝 活動 ・治安 維 持 な どその 他 の 軍 の

「大 衆 工 作 」 自体 の 活 動 内容 は 「左 派 支 援 」 も 「大 衆 工 作 」 もほ とん ど相 違 が ない こ とが分 か る で あ ろ う。 国家 の現 代 化 路 線 の 下 に あ って も,文 革 混 乱 の収 拾 の ため にや む を得 な く実 行 され,軍 の 肥大 化 を招 き戦 闘 力 を低 下 させ た上,さ らに 軍 民 関係 を緊 張 させ た 「軍事 管 制 」 で さえ,状 況 次 第 で は 「大 衆 工 作 」 の 範 囲 に含 まれ て い る と解 放 軍 が 認 識 して い て も全 く不 思 議 で は な

い 。

「三 支 両 軍 」 の果 た した役 割 は,機 能 面 か ら見 れ ば 解 放 軍 の 「大 衆 工 作 」 その もの で あ る。 た だ そ の 目的 が 文 革 路 線 か ら現代 化 路 線 に 転 換 され た だ け で あ る。 これ は解 放 軍側 か ら見 れ ば 軍 の 本 来 の任 務 の一 つ で あ り,国 家 がb 小 平 の指 導 の下 に近 代 化 を 目指 せ ば,軍 も党 と国 家 の 忠実 な道 具 と して従 来

どお り 「大 衆 工 作 」 の任 務,す な わ ち 「社 会 管 理 機 能 」 を果 たせ ば よ い と考 え られ て い た の で あ ろ う。 しか し郵小 平 の考 え る軍 改革 は,中 国全 体 の近 代 化 を視 野 に入 れ た よ り徹 底 した変 化 を軍 に要 求 して い た よ うに思 え る。

(3)解 体 され る 「大 衆 工 作 」 機 能

「三 支 両 軍 」 か らの撤 退

登β小 平 の 考 え る解 放 軍 改革 は,軍 関係 者 の 思 惑 を大 き く越 えて さ らに進 め られ る。78年6月 全 軍 政 治工 作 会 議 に お い て登阿 ・平 は,文 化 大 革 命 以 来 続 い て い る軍 と政 府,軍 と民衆 の 関係 を整 頓 しな け れ ば な らなLと した。 文 革 支 援,ま た は そ の後 の社 会 的 混乱 を収 拾 す るため に 軍 が 「社 会 管 理 機 能 」 を行 使 した こ とに よ る負 の遺 産 の清 算 は,こ の登β小 平 の指 示 を実 行 す る形 で78年 冬 か ら翌 年 にか け て 溜 陽 軍 区 か ら始 め られ た。

のべ23800人 以上 の 人 貝 が,6720以 上 の訪 問 グル ー プ を組 織 して,17300以 上 の単位 を訪 れ て,部 隊 が規 律 を遵 守 して い るか を問 い,さ らに文 革 中 の消 極 的 影響 を解 消 す るため に調 査 ・賠 償 活 動 を行 っ た とされ る。 この 「軍 民 関 係 ・軍 政 府 関係 を整 頓 す る」 運 動 は,80年 春 節 か ら81年 春・節 まで の1年 間 に, 全 軍 で のべ10万 人 の工 作 グルー プ を29万 の 単位 に派 遣 した と され,全 土 で 軍 組 織 内の 左 派 支 持 批 判 の徹 底 と,地 方 に与 え た損 害 の賠 償,さ らに 地 方 政 府 や 機 関,人 民 との 関係 修 復 が 図 られ た とされ て い る。 これ に参 加 した解 放 軍

(8)

幹 部 は 最 終 的 に は,の べ398000人 に 達 し た と言 わ れ る。 こ の 間,軍 が 占有 し て い た1700万 平 方 メー トル に お よ ぶ 地 方 の 学 校 ・寺 ・個 人 住 宅 ・地 方 政 府 機 関 の 建 物 の 内93%,1580万 平 方 メ ー トル を返 還 し,残 余 分 も買 い 取 っ た り租 借 した り し て 問 題 は 基 本 的 に 解 決 さ れ た と さ れ て い る。(9)「三 支 両 軍 」 か ら

の 撤 退 と清 算 が 本 格 的 に 始 め ら れ た の で あ る。

社 会 管 理機 能 」 の解 体

最 初 の解 体 の 対 象 と され た の は,エ ネ ル̲̀産 業 ・鉄 鋼 な ど国 家 の 基 幹 産 業,鉄 道 な どの 運 輸 部 門 の建 設 と維 持 を担 って きた基 幹建 設 工 兵 や 鉄 道 兵 部 隊 で あ っ た。 これ らの部 隊 は,例 えば大 慶 ・勝 利 油 田 な どの探 査 ・開発,パ

イプ ラ イ ンz設 な どに携 わ って きた石 油工 程 第 一師 団が52年 に創 設,基 幹 建 設 工 兵 石 炭 部 隊 ・水 力発 電 部 隊 が66年,武 漢 製鉄 公 司,上 海 製 鉄 公 司 な ど各 地 の製 鉄 所 の建 設 に参 加 して き た基 幹x設 工 兵 冶 金 部 隊 が や は り66年,黄 金 ・ウ ラ ン部 隊 は71年 創 設,そ の他 各 支 隊 が化 学 工 業 ・紡 績 工 業 ・水 利事 業 な どに50年 代 よ り派 遣 され て 中 国工 業 の 発 展,社 会 的 イ ン フ ラ ス トラ クチ ャ ー の建 設 ・整 備 に重 要 な役 割 を果 た して きた。 こ れ らの 道 路や 橋,空 港,港 湾,ダ ム あ る い は国 防上 重 要 な工 場 な どの建 設 に あ た って きた基 幹建 設 工 程 兵 部 隊 が,最 初 の 整 理 の対 象 とな って 都小 平 の 「軍 隊 を整 頓 しなけ れ ば な ら な い」 との指 示 に従 い,79年 か ら83年 にか け て関 連 建 設公 司(国 務 院 あ るい は地 方 政 府 の 基建 工程 局,基 建 工 程 公 司 な ど)に 移 管 され,建 設事 業 を任 務

とす る基 幹 建 設 工 程 兵 は廃 止 され た。(10)

さ らに 朝鮮 戦 争 休 戦 後創 設 され 中 国全 土 の50路 線 以上 の 鉄 道 の建 設 に参 加 して きた鉄 道 兵 が,82年12月 の 国務 院 と中央 軍 事 委 員会 の 「鉄 道 兵 を鉄 道 部 に併 合 す る決 定 につ い て 」 に 基づ い て,84年1月 を もっ て指令 機 関 ・部 隊 と

もに国 務 院 鉄 道 部 に移 管 され た。(11)また12月 に は 北 京 に 中 国航 空 運 輸 服 務 公 司 が成 立 し,軍 の施 設 ・機 材 ・人 材 を移 管 ・転 用 して民 間航 空会 社 が 設 立

され る よ うに な った。(12,13)

さ らに,83年4月,北 京衛 戊 区 ・天 津 ・上 海 警備 区,地 方2級 軍 区 に所 属 す る32個 の 警 備 区 の 内務 担 当部 隊(内 衛 執 勤 部 隊)を 国務 院 公 安 部 に移 管, 公 安 部 の 武装 警 察 ・国境 防衛警 察 ・消 防 警 察 を統 合 して,① 党 ・政 府 機 関 ・ 各 国大 使 館 な どの警 護,治 安 維 持 な ど を行 な う内衛 任 務 ② 国境 警 備,出

(9)

国 管理 な ど を行 う辺 境 防衛 任 務 ③ 防 火 ・消 防 を担 当 す る消 防任 務 を有 す る 人 民 武装 警 察 部 隊 が 組 織 され る。 これ に よ って,従 来 か な りの部 分 軍 が 担 当 して きた 治安 維 持 ・警 護 な どの機 能 が 軍 か ら分 離 さ れ,国 務 院 に移 管 され る こ と とな っ た。(14)

鉄 道兵 部 隊,基 幹 建 設 工 兵 隊,内 務 担 当部 隊 の 政 府 関連 部 門へ の移 管 に よ って,「 三 支 両 軍 」 か らの撤 退 は,数 字 の上 か ら も相 当程 度 進 展 した と思 わ れ る。 こ の撤 退 に よ っ て解 放 軍 は,「 確 実 な兵 員 数 は分 か らな いが,鉄 道 兵 は約50万 人,基 本 建 設 工 兵 は約60万 人 と推 定 され て い た。1986年 の 建 軍 節 に 2つ の 兵 種 を あ わせ て50万 人 が 削減 さ れ た」 「公 安 関 係 部 隊 の兵 員 数 は 不 明 で は あ るが,50万 人 を下 らな い と見 られ て い た」(15)兵員 を 削 減 し た わ け で あ る。 「三 支 両 軍 か らの撤 退 」 は,推 定 で ほ ぼ100万 人 前 後 の規 模 縮 小 を可 能 と したが,同 時 に 軍 は 「対 社 会 管 理 機 能 」 をほ ぼ 完 全 に喪 失 した。 改 革 は, 単 な る文 革 支 援 ・左 派支 援 活 動 に対 す る反省 の範 囲 をこ え て 拡 大 した。 軍 事 管 制 を行 って 軍 を積 極 的 に社 会 に関 与 させ た結 果 解 放 軍 と中 国社 会 全 体 双 方 に生 まれ た悪 影 響 全 般 に 対 す る深 刻 な反 省 か ら始 め られ た もの で あ り,そ の ため 結 果 と して,軍 内部 の 思 惑 を こ え る大 規 模 な改 革 とな っ た こ とは明 らか で あ り,そ れ だけ に軍 内部 か らの 抵 抗 も小 さ くなか った。

〈註 〉

(1)登 β小 平 「軍 隊 要 整 頓 」(1975.1.25)『 登阿 ・平 文 選 』p.1

(2)「 軍 隊 に お け る 整 頓 の 任 務 」1975.7.14『 登阿 ・平 文 選 』 中 共 中 央 文 献 編 集 委 員 会 編

(3)同 上 訳 文 は 竹 内 実 ・吉 田 富 夫 監 訳 『登β小 平 は 語 る 』(上)風 媒 社1983年 11月pp.166‑176を 参 照

(4)・ 「三 支 両 軍 」 に つ い て は,拙 著 「中 国 に お け る 軍 の 役 割 」 『創 価 大 学 大 学 院 紀 要 』 第 六 号 を 参 照

(5)国 防 大 学 党 史 建 政 教 研 室 編 『中 国 人 民 解 放 軍 政 治 工 作 史(社 会 主 義 時 期)』

国 防 大 学 出 版1985年5月p.284 (6)同 上p.290

(7)同 上p.298

(8)〈 当 代 中 国 〉 叢 書 編 纂 委 員 会 『当 代 中 国 軍 隊 群 衆 工 作 』 中 国 社 会 科 学 出 版 社1988年p.2

(9)前 掲 書 『中 国 人 民 解 放 軍 政 治 工 作 史(社 会 主 義 時 期)』pp.39‑40,p.577

(10)

(10)『 中 国 人 民解 放 軍歴 史 辞典 』 軍事 科 学 出版 社1990年5月p.31,実 際 に こ れ らの 活動 が 基 幹 工 兵 隊 と して 組 織 化 され たの は,文 化 大 革 命 初期 で あ る。

(11)前 掲 書 『中 国 人 民解 放 軍 歴 史 辞典 』p.478

(12)正 式 に は,86年12月 の 国務 院 と中央 軍 事 委 貝 会 に よ る 中国 連 合 航 空公 司 設 立 と,空 軍 飛 行 場 ・パ イ ロ ッ ト ・地 上 設 備 を利 用 して の航 空 運 輸 業 務 開始 に つ い て の 取 り決 め が 批 准 され て か らで あ る。

(13)〈 当代 中 国 〉 叢 書 編 纂 委 員 会 『当代 中 国 軍 隊群 衆 工 作 』 中 国社 会 科 学 出版 社1988年PP.172‑217「 第5章,工 業 建 設 へ の 参 加 」 「 第6章,交 通 建 設 へ の 参 加 」,〈当 代 中 国 〉 叢 書 編 纂 委 員 会 『当代 中 国 空 軍 』 中 国 社 会 科 学 出 版 社

1988年P.623を 参 照

(14)平 松 茂 雄 『中国 の 国防 と現 代 化 』 勤 草書 房1984年11月pp.199‑200

(15)平 松 茂 雄 『登阿 ・ 平 の 軍 事 改 革 』 勤 草 書 房1989年10月p.28。 川 島 氏 は 工 程 兵 関 係 で40万 人,鉄 道 兵 が10万,内 務 担 当部 隊 が30万 と見 て い る。 川 島 弘 三

『中 国党 軍 関係 の 研 究 中巻一 国 防現 代 化 過 程 と党 軍 関係 一 』 慶 応通 信1988年 p.1‑58参 照

3.軍 主 導 の 「現 代 化 」 支 援 運 動

(1)「 現代 化 」 支 援 運 動 現 代 化 進 む 解 放 軍

78年11月 の 中央 工 作 会 議 とこ れ に 続 く11期3中 全 会 に お い て,「4つ の 現 代 化 」 が提 唱 され,解 放 軍 も 「国 防 の現 代 化 」 を受 け て軍 隊 内 の 大 改 革 を断 行 した。 軍 は 「大 衆 工 作 」部 門 を大 幅 に解 体 しなが ら,80年 の 登β小 平 の 指 示 を実 現 す る 階 級 制 度 復 活 に よ る正 規 軍 化 と,歩 兵 中 心 の 前 近 代 的 陸 軍 部 隊(1)を 現 代 戦 に適 応 で き る統 合 集 団 軍(2)と して 編 成 す る改 編 作 業 を進 め て いた わ け で あ る。

これ らの 改 革 は,81年 夏 の 河 北 軍 事 演 習 に お い て,は じめ て 統 合 集 団軍 に よ る共 同作 戦 訓 練 と して 昇 華 し,人 民 戦 争 の 経 験 と知 識 しか な い古 参 幹 部 に, 現 代 戦 争 の 実 体 を理 解 させ る こ とに な った。 さ らに83年 の建 軍 節 で は,北

に装 甲歩 兵 部 隊 ・戦 車部 隊 ・砲 兵 部 隊 ・ミサ イル 部 隊 ・通 信 部 隊 で構 成 され る機 械 化 合 成 部 隊(第38軍)が 発 足 し,戦 闘 力近 代 化 の先 駆 け とな っ た。

この よ うな軍 本 来 の任 務 で あ る戦 闘 力 強化 を 目的 と した組 織 改 革 が 進 展 す

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る 中 で,新 た な 「4つ の現代 化 」 路 線 を支 持 しこれ に参 加 す る とい う名 目の 下 に,軍 が 人 民 大 衆 に直 接働 きか け る 「現 代 化 」 啓 蒙 運 動 を開 始 した。 これ は 一 方 で 党 内保 守 派 と改 革 派 の 闘争 に お い て,解 放 軍 が 改 革 派側 に あ る こ と を示 す もの では あ っ た。 しか し現 実 に軍 が実 行 を計 画 した実 際 の 活 動 は,軍 主体 の党 ・政 府 の思 想 宣伝 工 作 で あ り 「三 支 両 軍 」 を 自己批 判 す る中 で 整 理 され た 「大 衆 工 作 」 その もの で あ っ た。 改 革 全 体 の 流 れか ら見 れ ば 「本 来 の 任 務 」(戦 闘)以 外 に 軍 が 関 与 す る こ と を否 定 す る 「解 放 軍 の 国 防 軍 化 」 に 反 して い る こ とは間 違 い な い。 この運 動 が,現 代 化 建 設 推 進 を ス ロー ガ ン と す る新 た な軍 の 「大 衆工 作 」 の始 ま りを示 して い る の か,「 大 衆 工 作 」 活 動 か らす で に撤 退 して い る もの の,軍 が 「現 代 化 」 を支 持 して い る こ と を軍 内 外 に示 す 必要 が あ っ て推 進 され た の か,ま た他 に理 由 が あ るのか 確 か め る必 要 が あ る。

威 信 失 う解 放 軍

人 民解 放 軍 は,毛 沢 東,周 恩 来 な どの指 導 者 達 と と もに 「三 大 規 律 八 項 注 意 」 な どの 厳格 な軍 紀 の下 で,長 期 に わ た っ て 国 民 党や 日本 軍 との 革 命 戦 争 を戦 い続 け て きた。 建 国後 の毛 沢 東 へ の個 人 崇 拝 の 高 ま りと と もに,解 放 軍 の権i威 も高 ま り,無 謬 の 人民 解 放 軍 とい うイ メー ジが 中国 民 衆 の 中 に次 第 に 形 成 され て い っ た と して も不 思 議 で は な い。 第 二 次 天安 門事 件 に お い て も,

「ど うして あ の 解 放 軍 が 人 民 に銃 ロ を 向 け るの か信 じ られ な い」 とい っ た 非 難 が 中国 民 衆 の 問か ら繰 り返 され た が,こ の こ とは逆 に 現 代 化 が相 当程 度 進 展 して民 衆 の 軍 に対 す る権 威 が か な り低 下 して い た と見 られ る89年 当 時 に あ って もなお解 放 軍 へ の 民衆 へ の信 頼 が厚 か っ た事 実 の裏 返 しで あ っ た ろ う と 思 われ る。 しか し常 に正 し く,民 衆 の側 に 立 っ て い た解 放 軍 も,文 化 大 革命 へ の参 加,就 中 「三 支 両 軍」 に よ る左 派支 援 に よっ て その権滅 を大 き く傷 つ

け られ る こ とに な る。

80年11月 の 「建 国 以 来 の 党 の若 干 の歴 史 問題 につ い て の 決 議i」は,「 当 時 の 混 乱 した状 況 で は必 要 で あ っ たが,情 勢 を安 定 させ る ため に は積 極 的 に 作 用 したが,結 果 的 に は い くぶ ん消 極 的 な成 果 を もた ら した 」(3)と文 革 中 の 軍 の 左 派 支援 を部 分 的 に評 価 した。 この 中 では解 放 軍 の 混 乱 収 拾 の ため の介 入 自体 は間 違 って い なか った とす る残 存 す る軍 内左 派,あ るい は 軍全 体 の権滅

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を保 護 しよ う とす る人 々 に 配慮 した表現 を用 い て い た。 しか し,84年 に な る と 「軍 隊 で は左 の影 響 が非 常 に深 刻 で あ り,派 閥性 が 依 然 存在 して い る。 少 な くな い同 志 が 『三 支 両 軍 』 の誤 りを完 全 に 認 識 して い な い。11期6中 全 会 の 決議 に よ っ て思 想 を正 さ なけ れ ば な らな い」(4)と言 っ た左 派 支 持 に対 す る 曖 昧 な 態度 を批 判 す る主 張 が 『解 放 軍報 』,『人 民 日報 』 な どに掲 載 され る よ うに な り,「 文 革 中の 左 派 支 援 で大 きな誤 りを犯 した解 放 軍 」 「左 派 支援 の 影 響 か ら脱 し きっ て い な い 軍」 とい っ た負 の イ メー ジが,民 衆 問 に 次 第 に浸 透

して い った と推 測 で き る。

また,や は り郡 小 平 の指 示 で78年 か ら実 施 さ れ た 「三 支 両 軍 」 の与 え た悪 影 響 を調 査 し,地 方 に与 え た損 害 に 対 して は賠 償 す る ため の工 作 グルー プ の 派遣,あ る い は海 軍 の海 上 試験 海域 の 設 定,軍 用 地 な どをめ ぐる争 議 が 軍 の 積 極 的 な イニ シ ア テ ィブ に よ って解 決 され た こ と も,軍 民 ・軍 と地 方 政 府 間 の 緊 張緩 和 を 目的 と して い た もの の,見 方 を変 えれ ば これ まで は最 優 先 で 軍 に 与 え られ て い た特 権 の剥 奪 で あ り,や は り軍 の権 威低 下 は免 れ なか った と 思 わ れ る。

さ らに,83年10月 開催 され た12期2中 全 会 に お いて は 「中共 中央 の整 党 に つ い て の 決 定 」 が 行 わ れ,四 人 組 人 脈 の徹 底 的 排 除 が 決 定 され て い る。 この 結 果2年 後 の85年5月 軍事 委 員会 拡 大 会 議iでは,李 徳 生 な ど文 革 中 に幹 部 と な り利 益 を受 け た文 革 幹 部 が解 任 され る こ とに な っ た。従 来 の10大 軍 区 も7 大 軍 区へ 再 編 成 され,左 派 あ る い は現 代 化 に批 判 的 な幹部 が 多数 解 任 され た。

これ に よ っ て登阿 ・平 体 制 が 軍 を完 全 に掌 握 す る よ うに な っ たか も しれ ない が, これ らの 軍 内部 の改 革 派 と保 守 派 の覇 権 闘争 と,大 幅 な人 事 異 動 これ に と も な う組 織 の 混 乱 が,や は り軍 の権 威 と信 頼 性 を失 わせ る一 つ の 原 因 とな っ た こ と も否 定 で きな い。

解 放 軍 の 現 代 化 支 援 運 動

解 放 軍 の 近 代 化 を 目指 して の 「解 体 ・再 編 」 過 程 の 中 で,も う一 つ の 状 況 が進 行 して い た。 解 放 軍 が 「現 代 化 」 を支 援 す る 「大 衆 工 作 」 活動 を始 め た の で あ る。1984年 元 旦 出 版 され た 『中 国的 特 色 を持 つ社 会 主i義を建 設 す る』

は,解 放 軍 が 国家 建 設 を全 面 的 に 支 援 し,こ れ に参 加 しなけ れ ば な ら ない こ と。 海 軍 は 港 湾 を,空 軍 は 空港 や 装 備 の 一 部 を,国 防工 業 は設備 や 技 術 者 を

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民 間 に譲 渡 した り共 用 して,民 需 用 生 産 を発 展 させ な け れ ば な らな い と主 張 して い る。(5)この指 示 を うけ て 国 防工 業,軍 用 飛行 場,軍 港 の 民 間転 用e共 同使 用 な どの実 績 作 りが 各 軍 区 で実 行 され た。(6)

88年 出版 の 『当代 中 国 軍 隊 群 衆 工 作 』 に,解 放 軍 の 現 代 化 支 援 の た め の

「大 衆工 作 」 活 動 につ い て具 体 的 に 述 べ られ て い るの で以 下 に簡 単 に 紹 介 し よ う。 こ こ で は現代 中 国 の軍 隊 大 衆 工 作 の具 体 的事 例 とそ の 歴 史 につ い て, 社 会 主 義 物 質 文 明建 設 へ の支 援 と社 会 主 義 精 神 文 明建 設 へ の支 援 に二 分 して

説 明 して い る。

社 会 主義 物 質 文 明 建 設 へ の支 援 として,① 農 業 ・畜 産 業 ・漁 業 建 設 へ の 参 加 と支 援 ② 工 業 建 設 へ の参 加(工 業 重 点 工 程 建 設 へ の参 加,地 下 資源 の 探 索 と採 掘,エ ネ ル ギー 建 設へ の 支 援 と参 加)③ 交 通 建 設 へ の 参 加(鉄 道 ・ 道 路 の復 旧,鉄 道 新 線 建 設,道 路 建 設,港 湾 ・波 止場 ・航 路 標 識 建 設,民 航 空 事 業 発 展 へ の 支 援)④ 水 利工 程 事 業 へ の 参 加(河 川 治 水,ダ ム ・灌 概 施 設 建 設,水 利 事 業,地 下 水 探 査)⑤ 植 樹 造 林 と祖 国 緑 化 ⑥ 社 会 公 益 事 業 へ の支 援(市 政 工 程 建 設 事 業,園 林 と風 景 区建 設,旧 革 命 根 拠 地 観 光 施 設 建 設 へ の支 援,社 会 福 祉 事 業 賛 助)⑦ 対 外 開 放 区建 設 へ の参 加(対 外 開 放

の支 持,対 外 開 放 地 域 工 程 建 設 ・観 光 事 業 開 発 へ の参 加)。

社 会 主 義物 質 文 明建 設 に は入 らな い が,大 衆 工 作 活動 と して,① 緊 急 災 害 救 援(洪 水,地 震,台 風 な どの 災 害 救 助 と支 援)② 規 律 を遵 守 し法 律 を守 る規 範 とな る ③ 三 大 規 律 八 項 注 意 を遵 守 す る ④ 模 範 とな っ て政 策 執 行 し 法 律 を遵 守 す る(政 策 と法 律 の宣 伝,政 策 執 行 の規 範 とな る,憲 法 と法 律 を 厳 格 に遵 守 す る)⑤ 民族 政 策 の 遵 守 ・執 行(民 族 平 等 の維 持,民 族 団 結 の 促 進,少 数 民族 地 域 の経 済 建 設 と文 化 建 設事 業 の支 援)を あ げ て い る。

っつ い て社 会 主 義 精 神 文 明建 設 と して,① 新 思 想,新 道徳,新 風 習 の 伝 播 (謙 虚 で 慎 み 深 く驕 らず苛 立 た な い,刻 苦 奮 闘 し悪 習 に染 ま らな い,文 明 を 伝 播 し,風 俗 を改 め る)② 雷鋒 精 神 の 発 揚 ③ 地 方 の教 育 ・科 学 と衛 生 事 業 発 展 の支 援(地 方 の文 化 教 育 事 業 発 展 の援 助,地 方 の科 学 技 術 発 展 の 援 助, 地 方 の 医 療 衛 生 事 業 発 展 の援 助)④ 軍 民 共 同 の社 会 主 義 精 神 文 明 建 設(軍

民共 同 の文 明村 ・文 明町 ・文 明校 建 設,そ の他 の 軍 民共 同建 設 活 動)を あ げ て い る。

さ らに これ に属 さ な い 「大 衆 工 作 」 と して,① 「軍 は 人 民 を愛 し,人 民 を

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軍 を擁 護 」 す る活動(軍 人 家族 を擁穫 し,人 民 は政 府 を擁i護し政 府 は 人 民 を 愛 す る優 れ た伝 統 を拡 大 す る 〈「二 つ の擁 護 」 拡 大 月 間 ・会 議 等 〉 を実 行 す

る)② 「政 府 を擁 護 し,人 民 を愛 す る」(政 府 を尊 重 し人 民 を愛 す る ・人 民 を愛 し軍 民 関係 を密 接 に す る ・人 民 大 衆 か ら学 習 す る)③ 「人 民 は頼 み の 綱 で あ る」(党 と国家 の 軍 人優 遇 政 策 を安 定 させ,軍 人 を後 顧 の 憂 い か ら解 き放 つ ・兵 士 を愛 す る ・軍 人家 族 の 愛 国心 を高 め る)な ど を示 して い る。(7)

大 衆 工 作 」 か らの撤 退 に お い て 軍 の 「対 社 会 管 理 機 能 」 を,① 経 済 建 設 へ の参 加 ② 大 衆 へ の 宣 伝 活動 ③ 災 害援 助 ・復 旧,治 安 維 持 と分 類 したが, こ こ で取 り上 げ られ て い る社 会 主義 文 明建 設へ の支 援 は,② の経 済建 設 へ の 参加 に含 まれ る。 建 設事 業,製 鉄 所,発 電所 な どの建 設 工 事 を従 来通 り支 援 し,党 と政 府 が 国 家 の 最 優 先 課 題 と して い る現代 化 建 設 に軍 が 協 力 して い る こ と を強調 して い る。 しか し三 中全 会 で の決 定 が 本 格 化 す る80年 代 は じめ の 期 間 にお い て,農 業 ・畜 産 ・漁 業 へ の 支援 活 動 で華 々 し く報 じられ る実 績 は,

農 村 で養 鶏 技術 者 を養i成 した とか,家 畜 の疫 病 を防 除 した とか,漁 船 に航 海 技 術 を教 え た とい っ た 活動 を除 いて あ ま り見 あ た らな い。 また 交通 運 輸 へ の 支i援は84年 の鉄 道 兵 の 国務 院 へ の移 管 を境 に,84年 か ら86年 の 末 ま で に軍 用 専 用 機300路 線 以上 を現 代 化 の ため に 開 放 した とい っ た記 載 が 目に付 く程 度 で あ る。(8)

しか し現 代 化 計 画 の重 点 項 目で あ る対 外 開放 地 域 の建 設 に つ い て は,解 放 軍 は 国家 の 郊 外 開 放 政 策 に 呼 応 して,経 済特 区 と対 外 開放 地 域 のz設 に積 極 的 に参 加 す る と大 き く報 じ られ て い る。(9)しか し実 際 に は 深f/コ1経済 特 区 で の 建 設 活 動 は83年 に 基 幹 工 程 兵2万 人 の 退役 ・転 業 で終 結 して お り,そ の後 の 重 要 な活 動 と して取 り上 げ られ て い るの は経 済 開発 の た め の 軍 用 港 湾 ・埠 頭, 軍 用 飛 行 場 の提 供,軍 用 地 の転 用,通 信 や 航 法 で の支 援 とい っ た軍 の 資産 を 現代 化 の た め に 転 用 す る とい っ た実 績 が 中心 で あ る。 他 の 国 土 緑 化 事 業 や, 環 境 保 護,名 所 旧跡 の整 備,福 祉 事 業 とい っ た活 動 が,多 少 目につ くが これ は本 質 的 な 問題 か らは は ず れ て い る。 軍 は 現代 化 建 設 に 直 接 参加 し よ う とす る姿 勢 を見 せ るが,た ぶ ん に 軍 が 郵小 平路 線 を支 持 して い る こ と を表 明 す る ため の 政 治 的 ゼ ス チ ャー で あ って,基 幹 建 設工 兵,鉄 道 兵,内 務 担 当部 隊 を 欠 い た軍 は文 革 当時 の 経 済 活動 全 般 に 介 入 す る よ うな 力 は す で に残 され て い なか っ た と考 え る方 が 自然 で あ る。

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(2)社 会 主 義 精神 文 明建 設

しか し社 会 主 義 精 神 文 明建 設へ の支 援 に つ い て は,十 分 な検 討 が 必 要 で あ る。 軍 内部 は もち ろ ん党 ・政 府 内部 で の 「現 代 化 」 をめ ぐる路 線 闘 争 に複 雑 に結 びつ いて い るか らで あ る。 こ こで まず 登阿 ・平 の 「現 代 化J協 力 要 請 に対 し解 放 軍 が どの よ うに対 応 して い た の か,86年12月 中 央 軍事 委 員 会 拡 大 会 議 の決 議 を取 り上 げ て考 察 して み た い。 この会qで は,余 秋 里総 政 治 部 主任 の 提 起 した 草稿 に基づ い て新 た な時 代 の解 放 軍 の 政 治 工 作 に つ い て論 議 し,翌

1月 新 た な時 期 の軍 隊 政 治 工 作 につ い て の 決 定 』 を行 っ た。 この決 定 の 中 で,軍 は①11期3中 全 会 以 来 の方 針 に 基づ い て,政 治 工 作 を指 導 す る思 想, 主要 任 務,政 策,基 本 的方 法 が 明確 に 記 述 し規 定 され る こ と。 ② 政 治工 作 が 軍 の 生命 線 で あ り,強 力 な政 治 工 作 を通 じて,は じめ て進 歩 的 な政 治 的 精 神 を軍 隊 の 中 に貫 徹 で き る こ と。 ③ 平 和 な時期 に現 代 化 建 設 を進 め,国 防 力 を いか に 増 強 す るか につ い て指 摘 され た こ と。 ④ 林 彪 ・4人 組 の影 響 を全 面 的 に排 除 しつ つ,国 家 の社 会 主 義 現 代 化 建 設 と現 代 化 され正 規 化 され た 革 命 的 軍 隊 に服 務二し,党 の絶 対 的指 導 と人 民 の 軍 隊 とい う特 質 を守 りな が ら,軍 隊 の社 会 主義 文 明 建 設 と,軍 内部 ・軍 と政 府 ・軍 と民衆 の そ れ ぞ れ の 団 結 を保 証 し,さ らに軍 の戦 闘 力 を高 度 に た もって任 務 の完 遂 を はか らね ば な らな い こ と。⑤ 科 学 文 化 教 育 を重 視 し,軍 の 両 用 人 材 を育 成 し,軍 民 共 同 の社 会 主 義 精 神 文 明 建 設 を展 開 しな け れ ば な らな い こ とな どが指 摘 され,解 放 軍 内部 にお いて 「4つ の現 代 化 」 に全 面 的 に協 力 す る体 制 づ く りに 向 け て,軍 内部 へ の政 治工 作 が 実 施 さ れ る こ とが 表 明 され て い る。(10)しか し,こ の よ うに 軍 隊 内部 の 政 治 工 作 に よ って 「現 代 化 建 設 」 に解 放 軍 が 協 力 す る体 制 が 簡 単 に作 られ た わ け で は な い こ とが,「 社 会 主 義 精 神 文 明 建 設 」 の 内容 を検 討 す るこ とに よ っ て 明 らか に な る。

文 明 村 運 動 の実 態

「社 会 主i義精 神 文 明」 とは,1979年9月29日 建 国30周 年 記 念 集 会 で,葉 英 副 主 席 に よっ て提 起 され た 言葉 で あ る。 これ が さ らに81年 の党 中 央 の 「軍 隊 は偉 大 な る祖 国 を防衛 す る鋼 鉄 の 長城 に な らな け れ ば な らな い。 社 会 主 義 精 神 文 明 を建 設 す る栄 光 あ る尖 兵 とな らなけ れ ば な ら な い」 に呼 応 す る形 で,

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軍 主 導 の 「軍 民 共 同 の社 会 主 義 文 明建 設」 運 動 が 始 め られ た。 「軍 民 共 同 の 文 明村 」 建 設 か ら始 ま る運 動 は,や が て文 明街,文 明 学校,文 明 商 店,文 工 場,文 明 駅 舎,文 明 医 院 と対 象 を拡 大,地 域 的 に も辺 境 の寒 村 か ら,経 済 特 区 ま で拡 げ られ て行 く。具 体 的 な運 動 の 開始 は,同 年 開催 され た 華 北 軍事 演 習 か らで あ り,翌 年 の82年 に は総 政 治 部 が 認 定,83年1月 に は 北 京 軍 区,

中共 河 北 省 委 員 会,河 北 省 人 民 政 府 が 共 同 で この運 動 の モ デ ル地 区 で あ っ た 保 定 市 で現 状 視 察 会 を開催,や が て全 国 的 な運 動 と して広 が った 。86年 末 の 統 計 で全 国 で4万 以上 の 軍 民 共 同建 設 事 業 の拠 点 が 作 られ,2万 件 を越 え る 地 方 の 党 委 員 会 や 政 府 か らの 表 彰 が あ った とされ て い る。(11)

「軍 民 共 同 の 社 会 主 義 精 神 文 明 建 設」 を理 解 す るた め に,少 々 そ の 具 体 的 活動 事 例 を取 り上 げ て み た い 。 「軍 民 共 同 の文 明 村 」 作 りの モ デ ル とな っ た の は,81年 秋,内 蒙 古 地 区張 家 口に お い て 北 京 軍 区 と空 軍 が合 同 で参 加 して 行 われ た華 北 軍事 演 習 で あ る とい わ れ て い る。具 体 的 に実 施 され た運 動 は, 歩 兵 師 団 と砲 兵 連 帯 が 共 同 で文 明 村 指 導 小 組 を結 成 し,「 環 境 衛 生,言 動, 風俗 を改 め,規 律 と法律 を遵 守 す る。 さ らに労働 に よ って 豊 か に な るこ とは

良 い。 政 治思 想 が 良 い」 との標 語 を作 成 して,井 戸 回 りの修 理,飲 料 水 の 改 善,演 習地 の村 を援 助 して 映 画 の 上 映,体 育 の 試 合 の実 施 な ど農 村 の文 化 的 生 活 を支 援 し た こ とな ど で あ り,演 習 参 加 部 隊 は244の 村 で こ の よ うな活 動

を展 開 した と され て い る。(12)さらに 運 動 は都 市 部 駐 屯 部 隊 に 拡 大 さ れ,武 漢 ・天 津 ・溜 陽 ・徐 州 な ど で,「 軍 民 共 同 の 文 明街 」 を建 設 す る活 動 が 開 始

され た。 実 際 に軍 隊 が 行 っ た活 動 は,混 雑 す る駅 頭,埠 頭,街 頭 で老 人 を助 け た り,交 通 整 理,駐 輪 場 の 整備,商 店 や 工 場,医 院 での 社 会 主 義 文 明 の 啓 蒙 な どで あ っ た と され て い るが,85年 末 に は全 国17の 大都 市,中 都 市 で お よ そ1万 カ所 の 文 明 街 が 出現 した とい う。(13)さら に全 国 の 学 校 で進 め られ た

文 明校 建 設 」 や 「文 明 工 場 」 建 設 が展 開 され た

「軍 民 共 同 の社 会 主 義 文 明活 動 」 の 基本 原 則 に つ い て,「 社 会 主義 現 代 化 建 設 の 要 請 に 応 え て,理 想 ・文 化 ・規律 を有 す る社 会 主義 公 民 を育 成 し,中 華 民 族 の思 想 と道 徳 的 資質 そ して科 学 文 化 的 素 質 を高 め,改 革 と対 外 開放 を全 面 的 に促 進 し,社 会 主 義 現 代 化 建 設 を推 進 して,平 等 ・団 結 ・友愛 ・相 互 扶 助 の 社 会 主 義 型 の 新 しい 軍 民 関 係 を建 設 し発 展 させ る」 と して,現 代 化x設

と良 好 な軍 民 関係 の 構 築 を強 調 して い る。 さ らに 基本 方 針 に① 地 方 主 導 の 原

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則(地 方 の 党 委 員 会 ・政 府 の統 一 的 な指 導 の下 に実 行 され る)② 大 衆 の 自 主性 を発 揮 す る こ と を原 則 とす る ③ 思 想 工 作 を主 とす る との3つ の 原 則 を 加 えて い る。(14)

これ ら実 際 に 実施 され て い る活 動 それ 自体 は,軍 隊 の住 民 サ ー ビス と も言 い切 って も問題 の な い きわめ て 限定 的 な活 動 で あ る。 そ れ は ご く常 識 的 な道 徳 的 思 想工 作 で あ り,活 動 の範 囲 も部 隊 の駐 屯 地 とそ の 周辺 に 限 られ,ま 特 に地 方政 府 ・党 の イニ シア テ ィブ を強 調 して こ と さ ら軍 の役 割 を強調 して い な い。 従 来 の 軍 の指 導 した政 治 運 動 とは全 く異 な り地 域 社 会 に た い して小 規模 で 限定 的効 果 しか 持 って い なか った は ず で あ る。 しか し この運 動 が 始 め られ た華 北 軍事 演 習 は 中越 戦 争 の戦 訓 を取 り入 れ,北 京 陸 軍 部 隊 約20万 人, 自動 車化 師 団,砲 兵,装 甲兵,ミ サ イル部 隊,空 軍 航 空 隊,空 挺 部 隊 な どが 参 加 した解 放 軍 に とっ て は初 め て の 「諸 軍種 共 同作 戦 」 訓練 で あ り,登 β小 平 軍事 改 革 の 眼 目で あ る 「統 合 集 団 軍」 の威 力 を検 証,あ る意 味 で は改 革 の行 方 を 占 う重 要 な 演 習 で あ っ た。(15)過去 の 人 民 戦 争 型 の 戦 略 を革 命 的 に 変 化 させ る可 能 性 の あ る華 北 軍 事 演 習 に お い て,一 方 で 「愛 民 公 約 」 「駐 訓 文 明 守 則 」 を制 定 して文 明 村 建 設 運 動 を実 行 した事 実 は,「 軍 民 共 同 の 社 会 主 義 文 明建 設 」 が 軍 改 革 の 中 で,非 常 に 重 要 な意 味 を も って い る こ と を示 して い

る。

(3)「 対 社 会 管理 機 能 」 温 存 をね ら う軍

軍 近代 化 に反 対 す る動 きは,郵 小 平 の再 度 の復 活 の 後 も繰 り返 し表 面 化 し て い る。80年4月 に は華 国鋒 を軍事 委 員会 主 席 として 開催 され た全 軍 思 想 工 作 会 議 にお い て,章 国清 政 治部 主任 が4つ の 現 代 化 に 反 対 す る 「興 無 減 資 」 (プ ロ レ タ リア 思 想 を興 し,ブ ル ジ ョア思 想 を滅 ぼ す)の ス ロー ガ ン を掲 げ 正 面 か ら反 対 した。 また解 放 軍所 属 の作 家 白樺 の小 説 『苦 恋 』 が 軍 総 政 治 部 か ら批 判 され,自 己批 判 に追 い 込 まれ た 「白樺 事 件 」 と続 い て い る。82年 の

社 会 主 義 精 神 文 明建 設 」 は,改 革 反 対 派 い わ ゆ る軍 内 左 派 が 解 放 軍 の 近 代 化 進 展 の牽 制 を ね らっ て提 起 され た もの で あ る。 『解 放 軍 報 』 顧 問 の趙 易 亜 は,「 我 々 の 党 が 提 唱 した の は社 会 主 義 精 神 文 明 で あ る。 … … こ れ を真 っ先 に提 起 した の は,革 命 精 神 を発 揚 し,社 会 主 義 の道 を堅 持 しな け れ ば な らな い こ と を強 調 す るに あ った。 しか る に あ る 同志 は,こ れ を理 解 した り宣 伝 し

(18)

た りす る と きに,『 文 明 』 だ け を強 調 して,『 精 神 』 を軽 視 し,『 社 会 主 義 』 の こ とを こ と さ らに軽 視 した。 … … も し,共 産 主 義 の遠 大 な理 想 を打 ち立 て ず,… … つ ま りは共 産 主義 か ら離 脱 す れ ば,真 の社 会 主 義 の 高 度 の文 明 を建 設 す る こ と な ど根 本 か ら不 可 能 に な る」 と強 調 す る。(16)また,第12回 全 国 代 表大 会 で の分 科 会 報告 に お い て,解 放 軍代 表 が 「共 産 主 義 思 想 は我 々 の精 神 的 支 柱 で あ っ て,現 代 化 ・正 規 化 され た 革 命 的 軍 隊 建 設 を強 化 す る原 動 力 」 で あ っ て,現 代 化 の任 務 を完 遂す るに は 「社 会 主義 精 神 文 明建 設 を深 く 持 久 的 に実 行 す る」 こ とが 必要 で あ る と述 べ て い る。(17)

戦 闘力 強化 の ため の 改 革 に は抵 抗 無 く応 じる一 方 で,革 命 軍 化 へ の逆 行 と も思 え る 「社 会 主 義 精 神 文 明建 設 」 を強 調 す る。 「三 支 両 軍」 か らの撤 退 の 文 脈 の 中 で考 え れ ば,「 現 代 化 」 の名 目の下 に,軍 の 物 的 ・人 的 あ る い は 技 術 ・信 頼 ・威 信 とい っ た 目に見 え な い 資産 を含 め解 放 軍 の財 産 を国 家近 代 化 の ため に提 供 す る過 程 に す ぎな い 「社 会 主義 物 質 文 明z設 」 支 援 に は 同 意 し

なが ら も,建 軍 以 来 培 っ て きた 「大 衆 工 作 」機 能,就 中文 化 大 革 命 の支 援 の 中 で 「対 社 会 管 理 機 能 」 に まで 高 ま った解 放 軍 の 中国社 会 全 体 へ の 影響 力 を, そ う簡 単 に捨 て きれ な い勢 力 が 存在 した こ とは間 違 い な い。 この よ うな勢 力 が,あ るい は この よ うな勢 力 を無 視 で きな い故 に,華 北 軍事 演 習 の さ なか に

「社 会 主義 精 神 文 明 」 建 設 が こ とさ らに 提 起 され た の だ と考 え て も不 自然 で は あ る まい。

しか し間違 い な く解 放 軍 の大 勢 は,1,小 平 の 「4つ の現 代 化 」 路 線 と くに 軍 隊 の近 代 化 支 持 で 固 まっ て い た で あ ろ う。 中 ソ国境 紛 争 での 大 きな犠 牲,

中越 戦 争 で の惨 敗 の教 訓 な ど 「人 民戦 争 」 型 の 建 軍 思 想 が,文 化 大 革 命 の混 乱 を収 拾 し近 代 国 家 と して の発 展 を志 向 す る中 国 に もはや 適 合 しな くな って い る こ とは す で に 明 白で あ った。 さ らに 「三 支 両 軍 」 か らの 撤 退 を手 始 め と して推 進 され て きた 「対 社 会 管 理 機 能 」 の解 体 が 着 実 に 進行 す る中 で,新 な時代 の 「大 衆工 作 」 で あ る 「社 会 主義 物 質 文 明」 と 「社 会 主 義 精 神 文 明」

の 建 設 とい う二 つ の ス ロー ガ ンは,実 体 上 の 活 動 と影 響 力 が 伴 わ な い ま ま空 回 り して い っ た。

文 革 中 の左 派 支 援 を 自己批 判 す る一 方 で,y小 平 の 「現代 化 」 路 線 の逆 手 に 取 る形 で,軍 の 「現代 化 支 援 」 活 動 路 線 を打 ち 出す こ とで,逆 に 中 国社 会 に解 放 軍 が 直 接 影 響 力 を行 使 す る機 能 の 温 存 を図 る。 「社 会 主 義 物 質 文 明」

(19)

支 援 で は現 代 化 推 進 派 に ゆ ず る一 方 で,「 社 会 主 義 精 神 文 明 」 運 動 を展 開 す る こ とで 「大 衆 工 作 」 の部 分 的温 存 を図 る と同時 に統 合 軍 の 編 成,階 級 制 度 の整 備 に よ る正 規化 とい っ た軍 組 織 の近 代 化 を牽 制 す る。 現代 化 路 線 に 抵 抗 す る左 派 と,国 防 軍 化 に も正 規 化 に も反 対 は しな い が伝 統 の 「大 衆 工 作 」 を 遂 行 す る部 隊 を 中心 に軍 組 織 が次 々 と解 体 され て い く状 況 に不 安 と戸 惑 い を 感 じ 「軍 民 共 同 の社 会 主 義 精 神 文 明建 設 」 に 同調 した人 々 の 抵 抗 は 頑 強 で あ

っ た。

〈 註 〉

(1)82年 当時 で,総 兵 員数 約423万 人,こ れ に しめ る陸 軍 の 比率,米 国36,5%, ソ連52.1%に 対 し中国79.3%。 陸 軍 編 成 を見 れ ば,歩 兵 師 団119個 に た い し, 砲 兵 師 団17,装 甲 師 団12,対 戦 車 師 団4,防 空 師 団6個 。 さ らに 装 備 の 多 く

は朝 鮮 戦 争 当時 の ソ連 軍 の もの な い しは そ の 改 良 版 で あ り,装 備 ・編 成 と も に実 際 の 国 家 間紛 争 にお い て,戦 闘 力 自体 が 疑 問視 され る状 況 に あ っ た とい え る。 平 松 茂 雄 前 掲 『 郡 小 平 の 軍事 改革 』p.31参 照

(2)統 合 集 団 軍 へ の 改 編 は,中 越 戦 争,中 ソ国 境 紛 争 な どの 戦 訓 を取 り入 れ た 新 た な戦 略 的 環 境 に解 放 軍 を対 応 させ る ため に計 画 され た。 統 合 集 団 軍 は普 通 兵 員約4万3500人,歩 兵 師 団3個,戦 車 旅 団1個,砲 兵 師 団1個,防 空旅 団1個 で 編 成 され る西 側 の軍 団 の概 念 に相 当す る編成 で あ る。 防衛 庁 防 衛 局 調査 第2課 監 訳 『ミ リタ リー ・バ ラ ン ス1990‑1991』 メ イナ ー ド出 版1991年

6月p.274参 照

(3)1981年6月27日 第11期6中 全 会 議i決 「関 干 建 国 以 来 党 的 若 干 歴 史 問 題 的決 議 」 三 連 書 店1981年7月p.25

(4)全 軍整 党 弁 公 室 「軍 隊 整 党 要 堅 持 高 標 準 高 質 量 」 『人 民 日報 』1984年8月 21日 付 。

(5)郁 小 平 「軍 隊 要 服 従 整 個 国 家 建 設 対 局 」 『 建 設 有 中 国特 色 的社 会 主 義 』 人 民 出版 社1984年,p.88

(6)平 松 茂 雄 『 郵小 平 の 軍 事 改 革 』p.117

(7)〈 当代 中 国〉 叢 書 編 纂 委 員 会 『当代 中国 軍 隊群 衆 工 作 』 中 国社 会 科 学 出版 社1988年 第4章 か ら第12章 までの 内容 を要 約

(g) (9) (10) (11)

前 掲 書 『当 代 中 国 軍 隊 群 衆 工 作 』p.203 同 上p.276

前 掲 書 『中 国 人 民 解 放 軍 政 治 工 作 史(社 会 主 義 時 期)』pp.492‑494

同 上pp,445〜446

参照

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