マイクロファイナンスのコンセプトの 奨学金制度への応用と金融教育
林 康史
*歌代哲也
**篠本沙希
***木下直俊
****【要旨】
近年,奨学金の返還が困難になり債務に苦しむ元奨学生を報じる記事も目にす る.しかし,返さない・返せないことを安易に認めては公平・正義が保てないば かりでなく,奨学金制度そのものの維持・運営が困難になる.
奨学金返還に遅滞や返還の不履行が生じる問題の背景には,大きくは高等教育 の費用負担のあり方や所得環境に直結する景気の好不調などがある.それらの問 題への対処も必要であるが,制度としての未然防止策も必要である.直接的には 返還の厳格化や強制等も考えられるが,むしろ間接の未然防止策が重要であろう.
* 立正大学経済学部教授
** 立正大学非常勤講師
*** 千葉興業銀行
**** 公益財団法人国際金融情報センター中南米部研究員,東海大学国際教育センター非常
勤講師
本稿執筆にあたり,多くの方々に貴重なご意見を賜った.心から感謝とお礼を申し上 げたい.なお,本稿に関する誤り等はすべて執筆者に帰するものであり,文中の意見に わたる部分は個人的見解である.
なお,そうした対策を立てる際には,奨学金制度は融資返済を組み込んだ金融事 業ではあるものの,営利を目的とした一般の金融事業ではなく,憲法で定められ た教育を受ける権利を担保するための特殊な金融であることを踏まえて議論がな されなければならない.
マイクロファイナンスは1980年代以降に使われ始めた言葉であるが,コンセ プト自体は新しいものではなく,実は奨学金制度と類似点は多い.本稿では,マ イクロファイナンスの一例として,グラミン銀行の制度を取り上げ比較すること で,奨学金制度の強化となる施策を探りたい.
いくつかの施策案のなかでも奨学生のみならず社会における制度理解を深める ためには,制度についての教育及び金融リテラシー教育が重要である.また,ファ イナンシャル・プランニング普及の点でもそうした教育は有効である.
【キーワード】 マイクロクレジット,グラミン銀行,審査,コミットメント,金 融教育,広報キャンペーン
目次 はじめに
1. 奨学金制度の設立趣旨 2. ソーシャル・ビジネス概観
3. グラミン銀行(マイクロファイナンス)との制度比較 3–1 マイクロファイナンスの定義
3–2 グラミン銀行 (1) 理念とコンセプト (2) 組織と特徴,仕組み 4. 現行制度の手続き上の問題点
4–1 奨学金の返還者に関する属性調査結果 4–2 借り手の性格の確認事務の問題点 5. 奨学金の制度強化
5–1 奨学金制度のファイナンス(資金調達)
5–2 グラミン銀行システムから考える日本学生支援機構制度の改変 5–3 集合教育・試験制度の導入―奨学生への意識づけ・コミットメント 6. 奨学金制度の広報キャンペーンと金融教育
6–1 奨学生に対する金融教育
6–2 奨学生に対する金融教育と狭義の金融教育の共同推進 おわりに
参考文献
付録1 奨学金申請時ガイダンスと試験導入について(案)
付録2 奨学金試験問題(案)
付録3 金融知力論〈FP基礎講座〉受講生向けアンケート
はじめに
教育水準の上昇は,経済成長率の高さよりも,成長や所得分配の変化の就学へ の影響のほうがはるかに重要である1.そうであるなら,高等教育の水準は,その コスト負担の問題とともに,奨学金制度が重要ということになる.
わが国には国以外にも,都道府県や市区町村で実施している地方公共団体の奨 学金や民間育英団体の奨学金など,さまざまな種類の奨学金が存在する.本稿で は,それらのうち独立行政法人日本学生支援機構(以下,「支援機構」という)の 奨学金制度を取り上げる(特に断わりのない限り,奨学金は支援機構のもの,な かでも貸与型のものをいう).また,公的な給付型奨学金制度については,高等教 育の費用負担のあり方とは切り離しての議論はあまり意味がないことから,本稿 では,貸与型の奨学金制度のみを取り上げる.給付型奨学金については稿を改め たい2.
1 ラヴァリオン[2018]下p. 646
2 高等教育の無償化や給付型奨学金の方向性や規模が将来的にどのようになるのかを見定 める必要がある.私見だが,それらの問題は,貸与型奨学金のあり方と同時に議論され るべきである.というのも,中途半端な給付型奨学金の導入は,奨学金制度全体のリス トラクチャリングに繋がる可能性があるためである.給付型奨学金は貸借ではなく,
貸与型奨学金は,特殊な金融3である.貸与型奨学金の制度は,信用金庫等の 共同組織金融機関に近く,奨学金の借り手は,共同組織金融機関の会員や組合員 と似ている.
奨学金返還4に遅滞や返還の不履行が生じる問題の背景には,奨学金制度外の 問題も存在するが,間接ながらも制度としての未然防止策(返還の不履行の直接 的な原因は存在していたとしても,不履行に至らないで済むかもしれない方策)
の改善,また,強化が必要であろう.
奨学金制度のミクロ面での効果は,個別の「無理する家計」を助け5,「経済的 支援の必要度が高い学生」が高等教育を受けられるようになり,「奨学金が親孝 行」となっている6.さらに言えば,必要があるなら,そうした支援は将来にわた るものでなければならない7.理念でいえば,教育的な配慮を行う金融という認識
お金の流れは一方的で,いわゆるチャリティー(施し)と考えられる.特殊な金融でな いことはもちろん,通常の金融でさえない.
3 菅は,米国では「市場に基づく金融」と「社会に必要な金融」とを区分けして理解する という考え方があり,社会に必要な金融は,環境や地域社会,貧富の格差の克服,高齢 化・少子化等の非営利の事業分野には,市場任せでは必要な資金が十分に流れないとい う経験に基づいていると述べている.菅[2007]p. 13, p. 181
4 通常の金銭貸借の場合には返済の語を使うが,奨学金を返すことは返還という.返還の 語は,本来あるべき者のところに戻すという意味である.国の資金や下賜金等をベース とした奨学金を学生に一時的に預け,卒業後,収入を得てこれをあるべきところに戻 し,循環運用することから,大日本育英会の設立当初より奨学金制度では返還の語を用 いてきた.支援機構[2014]p. 191. 本稿では,以下,支援機構の奨学金に関しては「返 還」の語を用いることとする.
5 子弟に高等教育を受けさせるために,家計が相当無理をしながら学生生活費を負担する 現状がある.小林[2005]pp. 10–21,小林[2008]p. 23ほか.2004年度は,高等教育 費を負担するのに,健全な家計を維持するなら,何らかの経済的支援を必要とする家庭
(「家庭からの給付なし」「家庭からの給付後の年間家計総所得が250万円以下」「奨学 金を家計が負担すると仮定すると,総所得が250万円以下となる」)は全体の約2割存 在する.岩田弘三(小林編[2012])pp. 383–384
6 藤森宏明(小林編[2012])pp. 393–401
7 小林は,わが国では所得の差に関わらず,親が子の教育費を負担するという考え方が極
も妥当かもしれないが,そのレベルにとどまるものではなく,高等教育を希望す る者が経済的な制約から進学・就学を断念しないで済むように設けられたセーフ ティネット8であり,いわば,人権を守るための社会福祉政策の一環とみなすこ とができる9.
マクロとしては,一般論でいえば,高等教育を受けることによって生産能力が 高まること,産業の高度化に寄与すること,また個人が高賃金を得られること10 から国民所得が増大するという効果がある.
すなわち,奨学金制度によって,国全体がメリットを受けており,総体として の国家が受益者である.社会全体としてみた場合,奨学金制度は社会の“自己”金 融ともいうべきものである.
以上のように考えると,奨学金制度はマイクロファイナンスとコンセプト(概 念)が似ていることがわかる.奨学金制度は金融事業ではあるものの,通常の金 融事業ではなく,非常に特殊な金融である.例えば,通常の与信業務はほぼ行わ れていない.また,そうした特殊性は第二次世界大戦中に奨学金制度が設立され たときから変わっておらず,基本的な理念やコンセプトは当時のままである.そ のことを改めて確認するのに,紙幅の関係から,奨学金制度の意義等を設立時の 立法意思等を見ることとする11.
めて強いが,親が考えていることは,実際には非現実的ではないかと述べている.小林
[2008] pp. 77–78,p. 85
8 橘木は貧困克服における教育の役割について以下のように述べている.「現代の日本社 会では,良い教育を受けられるか,受けられないかは,かなりの部分,親の階層,職 業,所得によって影響されている……(略)……低い階層の親の子どもが,貧しい教育 を受けて,低所得労働者になる.こうした悪循環,すなわち階層の固定化を是正するた めにも,教育の問題は重要」橘木[2006]p. 178
9 通常の融資では,貸し手の返済能力や担保等を審査して貸付を決定するが,奨学金はむ しろ家計の収入が少ないことが条件の一つになっている.金融の観点から審査を厳格化 するというのは,教育の機会均等という趣旨に反する.
10 労働稼得額の対数値が就学年数の一次関数であるという.ラヴァリオン[2018]下p. 467
11 本稿の第1節は現在執筆中の「日本の奨学金制度の変遷・史的展開」(仮)の一部をま とめたものである.
奨学金には返還する必要のない給付型奨学金と,一定期間内に返還しなければ ならない貸与型奨学金の2つがある12.わが国でも「給付型」が導入されたが,し かしなお現在も,多くの奨学金制度は貸与型であるため,海外の給付型奨学金制 度13もさることながら,マイクロファイナンスから学ぶことは多い.
本稿の目的は,ソーシャル・ビジネスやマイクロファイナンス,なかでもグラ ミン銀行14との制度比較を行い,グラミン銀行システムを奨学金制度へ応用する ことで,奨学金制度の強化となる施策を提言することである.例えば,奨学生と して採用する前に,制度理解の教育及び金融教育を行い,それらを理解している か否かを問う試験に合格しない者は奨学生として採用されない制度の導入等,具 体的な提言を行う.
12 貸与と給付については制度創設から議論があった.「文部省での原案作成上,まず問題 になったのは,①育英と社会政策的な機会均等と,どちらに重点をおくかということ と,②貸費制か給費制かということであった」日本育英会[1964]p. 11. ①と②は,戦 中と現在では社会的な価値観が異なるものの,表裏一体の問題である.①については,
資金面の制約から少数の者を対象とするか,より多くの者を対象とするか,ということ に関係する.当然ではあるが,一般に少数を対象と英才育成では総資金は少なくて済む が,より多くの学生を対象とするほど総資金は多くなる.創設時,機会均等を重視する 議員連盟は,英才教育に重点を置こうとする文部省に対し,より多くの採用枠を計画に 盛り込むように働きかけ続けた.貸与型は,予算という制約条件の下で機会均等を実現 するために採用された.日本育英会[1964]p. 184
13 小林は,北欧諸国の場合,親が子の教育費を負担しないという考え方が一般的であるも のの,制度を理解するためには,奨学金や学資ローンについて,受給するのも返還する のも親ではなく本人だという個人主義が貫かれていることに留意しなければならないと 述べている.小林[2008]p. 99
14 マイクロファイナンスは,2006年にバングラデシュのグラミン銀行と創設者のムハマ ド・ユヌスがノーベル平和賞を受賞して以来,一般にも知られるようになった.なお,
その授賞理由は「底辺からの経済的および社会的発展の創造に対する努力」である.
1. 奨学金制度の設立趣旨
奨学金制度は,教育の機会均等の担保等,社会に有用な人材を育成するため15 のものであり,公的奨学金制度は憲法を根拠としている.日本国憲法第二十六条 は教育を受ける権利および義務教育について規定している.第1項は「すべて国 民は,法律の定めるところにより,その能力に応じて,ひとしく教育を受ける権 利を有する」とある.いわゆる教育を受ける自由権について保障するものである とともに,国家に対しては合理的な教育制度と適正な教育を受ける機会を提供さ せるという社会権を保障している.
独立行政法人日本学生支援機構法(平成15年)第三条には,「独立行政法人日 本学生支援機構(以下「機構」という.)は,教育の機会均等に寄与するために学 資の貸与その他学生等(大学及び高等専門学校の学生並びに専修学校の専門課程 の生徒をいう.以下同じ.)の修学の援助を行い,大学等(大学,高等専門学校及 び専門課程を置く専修学校をいう.以下同じ.)が学生等に対して行う修学,進路 選択その他の事項に関する相談及び指導について支援を行うとともに,留学生交 流(外国人留学生の受入れ及び外国への留学生の派遣をいう.以下同じ.)の推進 を図るための事業を行うことにより,我が国の大学等において学ぶ学生等に対す る適切な修学の環境を整備し,もって次代の社会を担う豊かな人間性を備えた創 造的な人材の育成に資するとともに,国際相互理解の増進に寄与することを目的 とする」とある.
これらは現行の憲法によって立つ法規であるが,一方,中等・高等教育への進 学に際して,学費の工面は戦前にも問題となっていた.日本の近代の公的奨学金
15 「もし個人が教育の費用をすべて負担するのならば,個人は教育の社会的意義について まったく考慮する必要はないということになる.公的負担がないのだから,個人は自己 の利益のみを追求すればよく,公共心を持ったり,社会に貢献することは求められない ことになる.公的な貸与奨学金に利子補給などの形で公的負担が含まれているのは,単 なるローンではなく,こうした教育を受けた者に対する社会的貢献を期待しているため と言っていい」小林[2008]pp. 167–168
制度は大日本育英会に設立に始まる.それ以前は,例えば,旧藩主が元の家臣に 対して給付したりしていたもの16があったようだが,公私の別ばかりでなく,規 模と範囲の点で,大日本育英会が嚆矢であったといえよう17.昭和16年,教育の 機会均等を実現するために衆議院の有志が国家的育英制度の創設に向けて議員連 盟を発足させた.大日本育英会は財団法人として昭和18年に設立され,翌年す ぐに法律の制定とともに特殊法人に衣替えしており,制度設立を急いだという印 象がある.設立趣旨は,優秀な学生のうち経済的理由により修学が困難な者に学 資を貸与することで国家にとって有用な人材を育成することだった.昭和19年 に成立した大日本育英会法第一条は,「大日本育英會ハ優秀ナル學徒ニシテ經濟的 理由ニ因リ修學困難ナルモノニ対シ學資ノ貸與其ノ他之ガ育英上必要ナル業務ヲ 行ヒ以テ國家有用ノ人材ヲ育成スルコトヲ目的トス」とある.
奨学金制度は,現行憲法で定められた教育を受ける権利を部分的にでも先取り した制度であるとみることもできる.敗戦を経て現在に至るまで,教育の機会均 等,社会に有用な人材を育成するという理念・制度が貫かれている.
奨学金制度の設立趣旨には明確に表れていないが,高等教育の効果の一つは社 会の格差是正であり,教育格差の縮小が貧困の問題の解消に繋がることが知られ ている.
福澤諭吉『学問のすゝめ』初編(1872年)には,「『天は人の上に人を造らず人 の下に人を造らず』と言えり」の後に,「生まれながら貴賤上下の差別なく」,「た だ学問を勤めて物事をよく知る者は貴人となり富人となり,無学なる者は貧人と なり下人となるなり」とあるが,福澤は専ら平等を主張するのではなく,貧富の
16 昭和18年の調査では,私設の育英団体は約650であったが,貸給費生の総数は約7400 名(一団体平均で約11名)であり,貸与でも給付でも金額は少額であったという.日 本育英会[1953]p. 1
17 ただし,明治3年,大学規則で「その中の『貢法』の規定によって貢進生の制度」で,
各藩から「有為な青少年を選んで大学南校に貢進生として入学させ,各藩の負担におい て一か月一〇両以上の学資を支給したのであるが,翌四年廃藩置県にともない廃止」さ れている.日本育英会[1964]p. 3
差,能力の差を認め,それを埋めるために学問が必要なのだと述べたのである.
奨学金制度の創設は,明治以降,わが国の近代教育が高等教育のレベルに達し,
そのサポートにまでようやく至ったことを示すものでもある.
2. ソーシャル・ビジネス概観
奨学金制度をグラミン銀行システムと比較する前に,いわゆるソーシャル・ビ ジネスを概観しておきたい.
ソーシャル・ファイナンスやソーシャル・ビジネスは,この四半世紀に使われ るようになった言葉であるが,一般には確立した定義はなく,用いる人によって さまざまな意味をもつことから,それらを正確に分類することは難しい.これら の分類と定義は,①資金の出どころ(官,民,その混合・中間型),②社会的事業 の執行者(資金提供者,それ以外),③究極の最終目的(収益性か,社会的な貢献 か),等の切り口が考えられる.ただし,それら境界は曖昧であり,必ずしも明確 な区分は可能ではない.例えば③は,収益がないなら社会的な貢献を諦めるのか,
社会的に貢献するためには収益を諦めるのか,という究極の問にどう答えるのか という非現実的な仮想の区分である.商業化の進んだマイクロファイナンスは,
③の後者(社会貢献)から③の前者(収益)への移行を示すものだと考えられる.
マイクロクレジットの業務範囲が拡張し,マイクロファイナンスと呼ばれるよ うになったが,やがて,SRI(社会的責任投資)等を含めてソーシャル・ファイナ ンスと総称するようになったこと,また,ファイナンスという単語には資金調達 や企業金融のイメージが強いことから,マイクロクレジット関係者は,ソーシャ ル・ファイナンスとは言わず,社会事業の面を強調する意味でソーシャル・ビジ ネスの語を用いるようである.
菅[2009]は,ソーシャル・ビジネスはソーシャル・アントレプレナーシップ に含まれる18とし,図表1のように,社会貢献を貧困削減と貧困削減以外の社会 的課題に,業態の分野を金融と非金融に分けて提示している.
18 菅[2008]p. 242
最近,ESG投資という言葉を目にすることが多い.ESGは,環境(Environ- ment),社会(Society),企業統治(Governance)の頭文字をとった略称で,環 境,社会,ガバナンスの3つの観点から,社会を,世界をいかにして持続可能に していくかを考える世界的な取組みである.「責任投資原則」(The Principles for Responsible Investment)は機関投資家の投資の意思決定プロセスや株式の保有 方針の決定に,ESG課題に関する視点を反映させるための考え方を示す6つの原 則19のことで,2006年に国連事務総長コフィー・アナンが金融業界向けに提唱し
19 ①私たちは投資分析と意思決定のプロセスにESG課題を組み込む,②私たちは活動的 な株式所有者になり,株式の所有方針と株式の所有慣習にESG課題を組み入れる,③ 私たちは投資対象の主体に対してESG課題について適切な開示を求める,④私たちは 資産運用業界において本原則が受け入れられ,実行に移されるように働きかける,⑤私 たちは本原則を実行する際の効果を高めるために協働する,⑥私たちは本原則の実行に 関する活動状況や進捗状況に関して報告開示する,というものである.
図表 1:マイクロファイナンス,ソーシャル・ビジネス,ソーシャル・
アントレプレナーシップ,ソーシャル・ファイナンスの関係
マイクロ ファイナンス(MF)
ソーシャル ファイナンス(SF) ソーシャル・アントレ プレナーシップ(SE)
【営利+ 非営利】
ソーシャル・ ビジネス(SB)
【非 営 利】
金融分野 非金融分野
貧困削減以外の社会的課題
(環境保護、福祉、医療、地域再生など)
への取り組み 貧困削減への取り組み
出所:菅[2009]p. 183
た.これに従った投資がESG投資である.同原則を受け入れる旨を表明した機 関は国連責任投資原則の遵守状況に関する開示と報告が求められる20.
こうした運用スタイルを歴史的に辿ると,17世紀ごろ,企業活動にも倫理性・
社会性を持ち込んだあたりまで遡る.やがて20世紀には,ある倫理観に基づき,
ギャンブルやアルコール,タバコといった産業には投資しないというネガティブ・
スクリーニングを行うSRI(社会的責任投資)が始まり,今世紀には,社会的イ ンパクト投資等が行われるようになった21.ESG投資にはいくつかのタイプがあ
20 投信資料館https://www.toushin.com/faq/invest-faq/esginvestment/ なお,アナンら の意図は,社会的な問題の解決のために市場の力を利用することにあったと思われる.
21 木村[2018]ほか
投資手法 定義
1 ネガティブ・スクリーニング 特定のESG基準に基づき,一定の業種や企 業をファンドやポートフォリオから除外する.
2 ポジティブ・スクリーニング 業界の他の企業に比べてESG評価が高い業 種,企業,プロジェクトに投資する.
3 規範に基づくスクリーニング 国際規範に違反した企業を投資先から除外す る.
4 ESGインテグレーション 投資マネージャーが財務分析に環境,社会,
ガバナンスの要素を体系的かつ明示的に組み 込む.
5 サステナビリティに関するテーマ投資 サステナビリティに関連するテーマや資産に 投資する(例,クリーンエネルギー,グリー ン技術,持続可能な農業).
6 インパクト投資・コミュニティ投資 社会的,環境的問題を解決することを目的と した投資.
7 企業エンゲージメントと株主行動 企業行動に影響を与えるために,株主として の力を活用して,企業に働きかける.
出所: GSIA [2018]p. 7(https://www.toushin.com/faq/invest-faq/esginvestment/を参 照)
図表 2:ESG 投資のタイプ(GSIA による分類)
り,持続可能な投資を普及するための国際組織であるGSIA(Global Sustainable Investment Alliance)は,ESG投資の手法を7つに分類・定義している.
これらもソーシャル・ファイナンスと呼ぶことがあるが,すべて投資であるこ とは留意しておかねばならない.
さまざまなソーシャル・ファイナンスを収益性と社会貢献で図示すると,図表 3のようになろう.
奨学金事業は「非営利目的の組織が実施する営利のソーシャル・ビジネス」と して捉えることもでき,資金の出どころ等の相違はあっても,SIB(社会的インパ クト債券)との類似がある.
総じていえば,ソーシャル・ビジネスは「外部資金に依存しないで,社会問題 の解決を目的としたビジネス」といえよう.ソーシャル・ビジネスは,寄付やフィ
出所:筆者作成 図表 3:寄付,フィランソロピー,ソーシャル・ファイナンス,
ソーシャル・ビジネスの区分・領域
社会貢献(環境,文化,
貧困対策への関心度)
益
損
SRI
社会的インパクト 投資,SIB
寄付
(金銭)
フィラン ソロピー 収益性
0 高
SRI
低
グラミン銀行 商業化したマイクロ
ファイナンス機関
( こ こ で は 寄 付を除く.組 織的活動)
(ネガティブ スクリーニ ング)
( ポ ジ テ ィ ブ スクリーニン グ,規範に基 づくスクリー ニング)
ランソロピー(企業による慈善活動・社会貢献活動)22とは異なる.グラミン銀行 の創設者ムハマド・ユヌスは,善意は間違ってはいないし必要だとしながらも,
むしろチャリティーやフィランソロピーは「人々からイニシアチブと責任とを取
22 現在の億万長者のフィランソロピーは,大変古いやり方を衣替えしたもので,すでに ゴール・ローマ時代に寺院,共同浴場,劇場は,しばしば「国家功労善行称号」を授け られた金持ちの寄付だった.モロー[1996]pp. 24–25.本稿では,厳密に使い分けてい るわけではないが,金銭のみの寄贈を寄付・チャリティー,何らかの事業を伴うものを フィランソロピーと呼んでいる.
慈善事業 ソーシャル・ビ
ジネス 日本学生
支援機構 一般的な 私企業 モチベーション 善意 善意と私的利益
の両方 社会貢献 私的利益 手法 使命感・社会
還元 使命感と市場原
理による 使命感と国の教
育政策による 市場原理先行 目標 社会的価値 社会的価値・経
済的価値の両方 社会的価値 経済的価値
主なステークホルダー
受益者
無償 割安価格または 市場価格を払う 人とまったく払 わない人の混在
返還義務(一部,
無償) 市場価格
資本
寄付と補助金 市場価格よりは 安い資本調達ま たは寄付と市場 原理に基づいた 資本の混在
国の一般会計借 入金,財政投融 資,財投機関債
市場原理に基づ いた資本
職員・従業員
ボランティア 市場価格よりは 安い賃金または ボランティアと 市場原理に基づ いた賃金を受け 取る人の混在
市場原理に基づ いた賃金(国民 への説明責任あ り)
市場原理に基づ いた賃金
出所:菅[2009],Dees[1998],日本学生支援機構ホームページ(https://www.jasso.go.jp/
about/organization/rinen.html)をもとに筆者が修正・追記.
図表 4:日本学生支援機構,慈善事業,ソーシャル・ビジネス,私企業の比較
り去るから」マイクロファイナンスの健全な維持・発展の妨げとなると言う23. ユヌスは,一元的な人間像に基づいて社会や組織を考えるということに修正が 必要24であり,市場の失敗が喜ばしくない結果を生んだのではなく,“コンセプト 化の失敗”だと指摘する.ユヌスによれば,ソーシャル・ビジネスは「社会的意 義を意識した事業において,持続可能な価格で財やサービスを提供することによっ て事業コスト・投資資金を回収するものの,利潤は配当として分配せずに再投資 する非営利事業」25であり,金融排除問題を解決できるのはソーシャル・ビジネス だという.また,ソーシャル・ビジネスには2つあると述べる26.社会問題の解 決に専念する「損失なし,配当なし」の会社で,利潤は配当せず再投資する.も う一つは,貧しい人々が,または貧しい人々のための特別なトラストが所有する 営利会社である.
奨学金は,要件を満たせば原則として希望者は誰でも借り入れできる.奨学金 制度は,現実問題として定職・担保のない学生に金銭を貸すのである.
次節では,奨学金制度をマイクロファイナンス機関であるグラミン銀行と比較 する.
3. グラミン銀行(マイクロファイナンス)との制度比較
わが国では,マイクロファイナンスが外国ほどは普及しておらず,比較して考 察されることも少ないが,諸外国では奨学金はマイクロファイナンスの一形態で あると認識されている.
マイクロファイナンスはマイクロクレジット27が発展したものであり,普通銀
23 ユヌス[1998]pp. 52–54ほか.ユヌスは,当初は明確ではなかったものの,後に,マ イクロクレジットをソーシャル・ビジネスというコンセプトに発展させていく.
24 本質的に多次元な存在である人間を,利益最大化という行動原理に基づくとした前提が 間違っていると述べる.ユヌス[2008]pp. 46–53
25 菅[2008]p. 241
26 ユヌス[2010]p. 32
27 マイクロクレジットという言葉を用い始めたのはグラミン銀行である.ユヌス[1998] p. 252
行とは審査や担保についての考え方・運用が大きく異なっている.現在の返済能 力を審査せず,担保を取らずに融資を行う.
奨学金の制度強化のために,グラミン銀行が採用した,いわゆるグループロー ンや連帯責任制等を,また,それらの仕組みの背景にあるコミットメントの効果 や心理学の活用,金融教育の意義を考察することは,奨学金制度の変更・強化に 繋がるであろう.筆者らはグラミン銀行のコンセプトを奨学金制度に応用できる のではないかと考え,2015年に「グラミン銀行とマイクロファイナンスのコンセ プト―奨学金制度のビジョン再検討のために」を執筆した.本節は,その論考 を加除修正し,さらに圧縮したものである.ユヌスの指摘するように,最初に理 解しなければならないのはコンセプト28だということを認識すべきで,また,コ ンセプトは細部に現れる29から,細部も見ておく必要がある.詳細は前著を参照 していただきたい.
3‒1 マイクロファイナンスの定義
前述したように,マイクロファイナンス関連の用語は統一して用いられておら ず,注意が必要である.マイクロファイナンスは,「一般の金融サービスから排除 された貧困層や低所得者層を対象に行われ,彼らが貧困から脱却して自立するこ とを目指す,小規模の無担保融資やその他の金融サービス」30である.貧困削減・
撲滅を最終目標に据えながら,その事業の持続可能性を維持するために利益を追 求する,つまり,私的利益と社会的利益の二元的利益の両立31を目指す金融ビジ ネスである.
マイクロファイナンスは融資業務からスタートしたため,マイクロクレジット と呼ばれていたが,融資のみならず貯蓄・保険・送金などを含む幅広い金融サー
28 ユヌス[1998]p. 81
29 ユヌスは,建築家ミース・ファン・デル・ローエの言葉「神は細部に宿る」を一度なら ず引用する.ユヌス[2008]p. 224ほか
30 菅[2008]p. 16を参考に再定義した.
31 組織として満たすべき目標(金融事業としての収益性と社会的課題)をダブルボトム・
ラインと呼ぶことがある.ただし,社会的利益の達成度を評価することは難しい.
ビスを対象とするものとして,また,金融包摂の観点からも,近時は,クレジッ トではなく,ファイナンスという言葉が使われるようになっている32.
マイクロファイナンスを実施する機関の形態はさまざまである33.組織の形態
(株式会社か会員組織34か等々)35,資金調達の方法,資金の出し方(間接か直接 か),営利・非営利の別36,収支相償を目指すのか否か(また,その目指し方),政 府との関係性といった要素で分類ができる.
マイクロファイナンスが対象とするのは貧困37層であるが,奨学金制度も実際 には類似している38.
3‒2 グラミン銀行
グラミン銀行の基本的な構想は,1976年にユヌスがバングラデシュのジョブラ 村で,竹の腰掛けを作る女性ら42世帯に合計27ドルのポケットマネーを貸した ことに始まる39.1983年,グラミン銀行40は政令により,特殊銀行として正式に
32 菅[2008]pp. 16–17,CGAP[2003]
33 グラミン銀行と同様に私的利益と社会的利益両立を追求した例として,オランダのトリ オドス銀行,ドイツのGLS銀行,米国のショアバンクがある.菅[2007]p. 213
34 社会的経済は協同組合,共済組織,事業管理NPO等からなり,加入の自由な自主的組 織である.モロー[1996]pp. 57–62.簡潔にいえば“自助”(自己のため)であり,利 他であるユヌスのコンセプトとは異なる.
35 近時,商業化するマイクロファイナンスも出現し,ユヌスは反対している.
36 慈善団体,NGO等の非営利組織であっても,利益を期待しないということはないと述 べる.ユヌス[2010]pp. 174–177ほか
37 貧困の定義は国や地域,また,時代や時期によって異なる.貧困には,相対的貧困(平 均の所得をベンチマークとした貧困)と絶対的貧困(生存するのに最低限必要なものを 得られない貧困)がある.
38 奨学金制度発足当初から,修学困難な経済的理由については,「いわゆる『貧困』とい う意味とはやや異なり,相当収入のある家庭でも,家族数が多かったり,他に修学する 子弟があったりして,学資の支出を困難とする場合はこの範囲に入る」と説明されてい た.日本育英会[1953]p. 20
39 ユヌス[1998]pp. 27–39
40 グラミン銀行のGrameenは,ベンガル語で“村”“田舎”を意味するGramの形容詞形
発足した41.以下,グラミン銀行について簡単に述べておく.
(1) 理念とコンセプト
「利益の最大化ではなく社会的貢献を目的にするビジネスは,ひいては世界の人 権問題の解決,民主主義の確立,平和の達成に大きく役立つ」42とユヌスは考え る43.
グラミン銀行の与信の前提は,貧困層44という借り手への信頼であるが,ユヌ スはまた,「マイクロクレジットは人権の一つ」と主張45し,貧困はあらゆる人権 の否定である46と述べている.つまり,貧困層への与信の背景は人権だというこ とである.
グラミン銀行の貸付方法についてのコンセプトは通常の金融とはかなり異なっ たものである47.
である.農民に限定せず,むしろもっと貧しい人々を対象とするという意味からグラミ ンと名付けたという.ユヌス[1998]p. 176
41 グラミン銀行はグラミン銀行条例(Grameen Bank Ordinance)により設立された.
2013年11月10日,グラミン銀行法(Grameen Bank Act)が制定された.最初は,
政府が60%,すべてのメンバー(一人一株)が40%の株式をもっていたが,その後,
株主構成は変化している.
42 2007年4月20日付日本経済新聞夕刊
43 グラミン銀行の研究によって,マイクロファイナンスは「保護」(Protection)と「押
上」(Promotion)の両方に資することが示されている.保護は消費の平準化を可能に
することを通じて,押上は貧困層が物と能力の形での資産を形成するのを助けることを 通じて効果がある.ラヴァリオン[2018] p. 32
44 「貧しい人々の間で就学率は低く,貧困家庭の子供の学校での学習能力は低い.これは,
貧困を永続させる重要な要因である……(略)……10カ国を対象とする研究を総合し て,子供の認知能力と自身および両親の教育達成度の間には正の相関があることが示さ れている」ラヴァリオン[2018]pp. 465–466
45 1997年のマイクロクレジットサミットでの発言.
46 ユヌスのノーベル賞受賞記念講演.ユヌス[2008]p. 364
47 ユヌス「一般の銀行のやり方をよく見て,あらゆることを逆にしてみた」ユヌス[1998] p. 166
なお,イスラム法では利子は禁止されている48が,グラミン銀行の借り手たち は株主でもあることから,グラミン銀行が利子を取ることは合法であるという49.
(2) 組織と特徴,仕組み
グラミン銀行によるマイクロクレジットの融資制度の特徴は5人1組のグルー プにある.このグループが組織としての最小単位であり,最大8つのグループで センターが組織される.その上位に,支店,地域事務所,広域事務所,本店があ り,意思決定機関は取締役会である.
融資制度の特徴は以下の6つである50.
① 貧しい人しか融資を受けられないこと
② メンバーになるためには自分たちで5人1組のグループをつくること
③ 担保は不要だが5人で連帯して返済に責任をもつこと
④ 毎週,集会所で開かれる集会に参加すること
⑤ 支店の職員が集会所に来ること
⑥ 自分たちで考えて経済活動に融資を活用すること
事業として持続させるためにグラミン銀行が重視するのが「意識」である.借 りた金はきちんと返すという誓約・約束を徹底し,返済への意識を高めさせる.
借りる前の段階から返済の意欲を高める仕組みが施されているといえよう51. グラミン銀行の仕組み52の詳細は省くが,審査については以下である.
48 コーランはリバー(正当な事由なく得られた利益)を禁じており(交換は同種同量でな ければならず),利子の授受は禁じられているが,投資による収益は不労所得ではなく,
その分配は認められる.
49 ユヌス[1998]p. 205
50 坪井[2006]p. 54ほか
51 ユヌスも指摘しているが,制度維持には,心理も活用しなければならない.具体的に は,制度に参画しているという意識を高めることで,コミットメントの効果を期待する のである.ユヌス[1998]pp. 143
52 Yunus[2008],菅[2008]pp. 20–24,菅[2009]pp. 36–44ほか
借り手の人物および事業計画(現在の収入・資産の有無ではなく,将来の返済 能力)が重視される53.一般に,マイクロクレジットは何ら審査をしないという誤 解もあるが,通常の金融で行われる審査基準すべてがチェックされるわけではな いものの,通常の金融以上に厳しく審査する項目もある.グラミン銀行は,担保 こそ不要なものの,借り手の性格・返済資質(Character)を最も重要な項目とし,
次いで将来の返済能力(Capacity)を重んじる.つまり,借りる前の段階で返済 の意思が強いかどうか,また,返済のための計画がしっかりとできているかを徹 底的に問う.5人1組のグループローンの仕組み54は与信の代替となっている55と もいえる.グループを組織する段階で,通常の金融機関の場合は排除が難しい隠 された情報(情報の非対称)から起こる逆選択(具体的には,返済の意志が脆弱で あるにもかかわらず借りたいというケース)の予防が期待できる.また,隠され た行動(情報の非対称)から起こるモラルハザード(具体的には,返済が困難に なったときにすぐに諦めて不履行に陥るというケース)の予防も期待できる.
通常の普通銀行とグラミン銀行,支援機構の奨学金制度の比較を表にまとめて おく(図表5).
53 通常,金融機関は融資に際し,いわゆる「3C」という審査基準を用いる.借り手の性 格・返済資質(Character 返す気があるかどうか)・返済能力(Capacity資力.年収 等)・返済担保(Collateral 担保.Capital資産とするものもある)である.
54 借り手は自分たちで探したメンバー5人で1組のグループを組織し,“個人”ローンを 組む.新たなローンの設定には他のメンバーの許可が必要で,グループのメンバーの返 済が滞ると,他のメンバーが融資を受けられなくなる.ユヌス[1998]pp. 148–150
55 返済は,法規やルールに従って行われるばかりではない.ローンが組めるかという手続 きの問題ばかりでなく,グループの他のメンバーに対するインティグリティ(誠実さ),
また,メンバーから受けるピアプレッシャー(同調圧力)といった心理的な側面もある.
通常の銀行 グラミン銀行 日本学生支援機構 の奨学金制度
理念・目的
利益最大化を追求.営
利目的. 私的利益と社会的利益 の両立を追求.ただ し,貧困削減という社 会的課題への取組みが 一義的目的.
非営利目的.
教育の機会均等に寄与 すること.
資本
株式資本. 借り手(75%)と政府
(24%)等が出資.当初 は,援助金などの外部 資金にも依存.
一般会計および財政融 資資金の借り入れ,日 本学生支援債券の発 行,民間資金の借入.
機構における運営経 費,在学中の利子補給 は国費.
融 資
融資先
担保や返済能力を有す る者.最低限度の生活 を維持するのに必要な 所得程度しか収入のな い者は対象とならない.
人口の下層25%,特に 最も貧しい女性に焦 点.
意欲と能力があるにも かかわらず,経済的理 由により高等教育機関 への進学が困難な者.
借り手との関係
通常,書面による契 約,専ら契約上のビジ ネスライクな関係.
信頼関係を構築.融資 と併せて生活や事業の 指導,相談などをサ ポート.
奨学生は,支援機構か ら学資金を借用し,将 来,返還することを誓 約した関係(第二種は 貸与した額と利子).
融資額
担保と返済能力に応じ
て決定. 小規模融資.返済実績 によって融資額は増 加.
本人の希望によって決 定(月額限度あり.第 一 種45,000〜64,000 円,第二種120,000円).
典型的な貸付 巨額の長期ローンの貸
付.定型ローン. 少額の短期ローンを多
数の人々に貸付. 毎月数万円程度を在学 中に貸与.
融資形態
個人ローン. 主に5人を1組とした 個人ローン(この連帯 責任は連帯保証を意味 するものではなく,代 わって弁済する義務は ない).
個人貸与.
貸付金利
市場金利(利益最大化
を目標に金利設定). 割引金利( 市場金利).
銀行の持続可能性と社 会的責任の遂行の両立 を念頭に金利設定.
第一種は無金利.第二 種は,年0.2〜0.5%(利 率固定方式,2018年 度)程度.
図表 5:通常の普通銀行,グラミン銀行,日本学生支援機構奨学金制度の比較
審 査
審査基準
借り手が定期的な収入 源を持っているかどう か,担保があるかどう かを審査.現在の収 入・資産の有無などを 重視(いわゆる3Cのう ちCharacterはもちろ んであるが,Capacity 及 び リスクに 見 合う Collateralを求める).
収入を生み出す活動・
事業を開始・発展でき るかどうかなど借り手 の人物及び事業を審 査.将来の返済能力の 有無を重視(いわゆる 3CのうちCharacter と将来のCapacityに 繋がる計画性を重視).
学力基準(高校の成績 または高校卒業後進学 先の成績)と家計基準
(家計の年間所得また は収入).
手続き審査
借り手の来店による借
り入れ申請・審査. 融資計画段階から,職 員が借り手のところへ 出向いて直接接触.
申請者が各学校を通じ て申請・審査.
担保 通常,担保が必要. 無担保・無保証. 無担保,保証制度(人 的保証または機関保 証)あり.
返 済
債権管理
返済がなされない場
合,訴訟,強制執行. 法的に契約を縛ること はせず,司法や警察に は頼まない.
返還がなされない場 合,督促を経て法的処 理.
返済期間
短期・中期・長期.通
常,期間満期で返済. 短期(1年以内).定期 的な返済.週ごと,月ご となど小分けで返済.
最長20年(所得連動返 還 方 式 は 期 限 な し).
貸与終了後7か月目か ら,月賦又は月賦・半 年賦併用で返還(口座 振替).
返済率
都市銀行の貸倒率[(貸 倒引当金繰入額+貸倒 償却)÷貸出金合計]は 1.32%(1996–2000年 度平均).
貸倒率は0.97%(2019
年2月). 延滞率(総貸付金残高 に占める3月以上延滞 債権額の割合)は2.6%
(2016年度).
出所:菅[2009]p. 43 を一部,筆者が修正・更新.支援機構に関しては日本学生支援機構ホー ムページ(https://www.jasso.go.jp/about/organization/index.html)等に依った.
4. 現行制度の手続き上の問題点
グラミン銀行システムの応用を検討する前に,奨学生へのアンケート調査の結 果,現行の審査方法を見ておきたい.
4‒1 奨学金の返還者に関する属性調査結果
支援機構の奨学生が,返還に支障をきたしたケースを見ておく.ここでは,大 局的に見てみる必要から,個別の事例は取り上げない.データの関係から,3か 月以上の延滞に陥る者(自己破産等で返還がなされなくなるかなり前の段階)の傾 向について見てみる56.支援機構では,毎年,奨学金返還者を延滞している者(延 滞者)と延滞していない者(無延滞者)へのアンケート調査を行っている.経年変 化をみると,それぞれの質問項目において多少の増減はあるものの,基本的には 全体としての傾向は変わっていない.
まず,延滞が始まった理由(複数回答)に関しては,「家計の収入減少」が 67.8%,「家計の支出の増加」が40.2%,「入院,事故,災害等」が19.9%,「忙 しかった」が13.9%である.延滞に陥る原因の除去は,制度としての対策を行う ことは困難であろう.
56 調査対象は,平成29年11月末時点で,奨学金返還を3か月以上延滞している者を延 滞年数および性別で層化し,無作為抽出した19,628人と,奨学金返還を延滞していな い者を学種および性別で層化し,無作為抽出した9,621人.調査時期は2019(平成30) 年1月.日本学生支援機構「平成29年度奨学金の返還者に関する属性調査結果」https://
www.jasso.go.jp/about/statistics/zokusei_chosa/h29.html 図表 6‒1:延滞が始まった理由(きっかけ)(複数回答)
出所:支援機構「平成29年度奨学金の返還者に関する属性調査結果」p. 24より
67.8%
40.2%
19.9%
13.9%
9.9%
3.8% 27.5% ■家計の収入が減った
■家計の支出が増えた
■入院、事故、災害等にあった ため
■忙しかった(金融機関に行くこ とができなかったなど)
■返還を忘れていた、口座残高 をまちがえていたなどのミス
■奨学金は返還するものだとは 思っていなかった
■その他
その他の質問事項を見ておく.
「返還義務を知った時期」についてであるが,「申込手続きを行う前」に返還義 務を知った者は,無延滞者では9割近いのに対し,延滞者では約半数となってい る.延滞者のうち,貸与終了後に返還義務を知った者の合計は19.1%で,その半 数の10.7%は「延滞督促を受けてから」知ったという.驚くというより,呆れる としか言いようがないが,これが本当かどうかはわからない.延滞になったとき に苦し紛れに回答していることも考えられる.
延滞者の半数が,申込手続き後に返還義務を知ったことが問題だと思われるか もしれない.それは間違いではないが,無延滞者の1割以上が申込手続き後に返 還義務を知ったと答えていることも驚きである.基本的な制度に関する知識の周 知徹底がなされていないということである.たとえ奨学金の申込を奨学生本人が 行っていないとしても,奨学金の受給が始まるときには「返還誓約書」にサイン をしなければならないし,毎年,大学で説明を受けているはずである57ので,に
図表 6‒2:返還義務を知った時期(択一)
出所:支援機構「平成29年度奨学金の返還者に関する属性調査結果」p. 8より
延滞者 無延滞者
50.9%
13.9%
6.8%
3.3%
3.9%
4.5%
10.7%
1.1%
4.9%
89.0%
5.6%
2.8%
0.6%
0.8% 0.3% 0.1%
0.7%
■申込手続きを行う前
■申込手続中
■貸与中
■貸与終了時
■貸与終了後~返還開始前
■返還開始~督促前
■延滞督促を受けてから
■その他
■わからない
57 実際には,大学等の事務の対応は,大学ごとに大きな差がある.奨学生への補導・教育 的指導もできないようなら,真摯に学生と向き合っていない大学だといってよかろう.
わかには信じられないアンケート結果と言える.
前述の「返還義務を知った時期」は,「奨学金の申請時の書類作成者」とも関連 が高そうである.無延滞者では,書類作成を奨学生本人が行っているケースが半 数以上である(「奨学生本人」「本人と親等」を合わせると4分の3以上が書類作 成に奨学生本人が関わっている)のに対し,奨学金申請時の書類作成者は,延滞 者では,「奨学生本人」35.5%,「本人と親等」21.0%の合計56.5%しかおらず,
「親(または祖父母等の家族,親戚)」が36.2%,「書類作成者がわからない」6.7%,
「その他」0.6%という者もいる.一方,無延滞者にも自分一人で書類を作成した 者が54.8%しかいないことも問題であろう.奨学生が自ら書類を作成するほう が,意識が高まるのは当然である.
「奨学金申請を決めた時期」については,大学,短期大学,専修学校(専門課程)
で奨学金の貸与を受けた者に質問している.延滞者,無延滞者ともに「高校3年 生の時点」の比率が最も高く,次に「高校卒業後」である.無延滞者では3分の 2が「高校3年生の時点」までに決めており,「高校卒業後」27.8%であるのに対 し,延滞者では「高校卒業後」36.8%で,わからないという回答も12.3%ある58.
図表 6‒3:奨学金申請時の書類作成者(択一)
出所:支援機構「平成29年度奨学金の返還者に関する属性調査結果」p. 6より
延滞者 無延滞者
35.5%
36.2%
21.0%
0.6%
6.7%
54.8%
21.4%
22.1%
0.1%
1.6%
■奨学生本人
■親(または祖父母等の家族、
親戚)
■本人と親等
■その他
■わからない
58 延滞者と無延滞者で,最も多かったのは,平成28年度は,それぞれ「高校卒業後」
41.2%,「高校3年生の時点」53.7%であり,平成29年度とは異なっている.経年変
「日本学生支援機構からの情報提供」についてであるが,「十分だと思う」(「と てもそう思う」と「そう思う」の合計)が,無延滞者では4割,延滞者では2割 強であり,「十分だと思わない」(「そう思わない」と「まったくそう思わない」の 合計)は,無延滞者では14.8%,延滞者では28.9%である.この結果は想定され るものではあるものの,延滞者に「支援機構からの情報提供は十分ではない」と 言わせないことが肝腎である.無延滞者も,「自分にとって」情報提供は十分であ ると答えているのであり,「延滞者に対しての」情報提供は十分ではないと考えて いる可能性はある.
化が大きかったのは,この質問に対してであったが,ちなみに,「高校3年生の時点」
から「高校卒業後」を差し引くと,平成27年度,平成28年度,平成29年度の順で,
延滞者が,8%,マイナス2%,5%であるのに対し,無延滞者では,14%,21%,25% となっており,延滞者は無延滞者との比較でいえば,総じて「高校卒業後」に意思決定 を行っている傾向がうかがわれる.日本学生支援機構「平成27年度奨学金の返還者に 関する属性調査結果」https://www.jasso.go.jp/sp/about/statistics/zokusei_chosa/
h27.html,日本学生支援機構「平成28年度奨学金の返還者に関する属性調査結果」
https://www.jasso.go.jp/sp/about/statistics/zokusei_chosa/h28.html 図表 6‒4:奨学金申請を決めた時期(択一)
出所:支援機構「平成29年度奨学金の返還者に関する属性調査結果」p. 7より
延滞者 無延滞者
4.0%
2.2%
2.7%
42.0%
36.8%
12.3%
5.6%
1.5%
6.8%
53.2%
27.8%
5.2% ■高校入学より前
■高校 1 年生の時点
■高校 2 年生の時点
■高校 3 年生の時点
■高校卒業後
■わからない
4‒2 借り手の性格の確認事務の問題点
次に,現状の借り手の性格の確認方法を見ておきたい.
ある大学では,奨学生採用のための選考に際しては,学内外の奨学金制度を担 当する委員会の委員(教員)が個別に面談することになっている.質問は10項目 あり,選考票にある最初の質問は,シンプルに奨学金(日本学生支援機構)の名称 を確認するものである.何を今更と思われようが,ときに名称を正しく答えられ ない者もいるという.続いて使用目的,奨学金の返還59にあたっての責任感を問 うこと等になっているが,支援機構の情報が正しく伝わっていないことが危惧さ れる.
59 第一種奨学金の場合,定額返還と所得連動返還を選択することができる.所得連動は,
低所得のときに返還を一部猶予するという制度と,高所得のときにどう支払うかという 制度を同一にする必要もない.前倒しで返還する者に対する褒賞(報奨)制度も推進す べきだろう.高所得のときも誘因に結びつく仕組みでなければ,選択されることはない.
本稿でも,こうした議論は推測の域を出ず,行動反応についての追跡調査が臨まれる.
なお,所得連動返還には,貸与した額と返還する額が一致しない方式のものもある.
例えば,厳密には奨学金ではないが,米国,メキシコ,チリ,コロンビア,ペルー等で 活動しているルムニ(Lumni)は,アイビーリーグのような有名な私立大学の奨学金の 受給者に奨学金では足りない分を出資し,受給者は卒業後の所得の一定比率の額を一定
図表 6‒5:日本学生支援機構からの情報提供について(択一)
(日本学生支援機構からの情報提供について,「十分だと感じている」)
出所:支援機構「平成29年度奨学金の返還者に関する属性調査結果」p. 50より
延滞者 無延滞者
2.6%
19.6%
48.9%
18.8%
10.1%
3.8%
37.3%
44.1%
11.5%
3.3%
■とてもそう思う
■そう思う
■どちらともいえない
■そう思わない
■まったくそう思わない
支援機構のスカラネット60上の「重要事項確認」は必須となっている.事項は,
例えば,以下である(紙幅の関係から補足説明等を割愛している)61.
(1)日本学生支援機構の貸与奨学金には第一種奨学金(無利子)と第二種奨学 金(有利子)があり,これらは奨学生本人(自分自身)に返還の義務がありま す.また,給付奨学金も成績等の状況により返還が必要になることがありま す.これらの返還の義務を果たしていない場合等は,新たに奨学金を利用で きないことがあります.
(2)借りる金額が大きいと返す時の負担も大きくなります.貸与奨学金の貸与 月額は,月々必要となる金額をよく考えて選ぶ必要があります.
(3)貸与奨学金を借りる際は,「機関保証制度」か「人的保証制度」のいずれ かを選ぶ必要があります.ただし,所得連動返還方式を希望する場合は,「機 関保証制度」を選ぶ必要があります.また,海外留学奨学金は,「機関保証制 度」と「人的保証制度」の両方を選ぶ必要があります.「機関保証制度」の場 合は,一定の保証料を支払う必要があります.「人的保証制度」の場合は,要 件を満たす連帯保証人と保証人を選ぶことが必要です.
(6)奨学生になった後は,毎年1回,奨学金継続の意思を確認するために「奨 学金継続願」を提出する必要があります.「奨学金継続願」を提出しないと奨 学生としての身分が廃止されます.また,例えば,学業不振が継続したり卒 業延期の恐れがある場合,停学等の処分を受けた場合は,奨学生としての身 分が廃止されたり,一定期間,奨学金の振込が停止されることがあります.
(10)貸与奨学金は,所定の返還期限を過ぎると,延滞している割賦金の額に
期間ルムニに支払う(所得が低い場合には免除される).ルムニは,他の奨学金制度の 結果を利用するので,採用のためのスクリーニングのコスト(情報取得コスト)は廉価 で済む.Lumni https://lumni.net/homeen/
60 日本学生支援機構スカラネットhttps://www.sas.jasso.go.jp/scholarnet/
61 補足説明等を割愛しても読みやすい文章とは言えない.必要事項をすべて正しく盛り込 もうとするあまり,冗長になっていると思われる.もちろん,必要事項を盛り込まなく てよいということを言っているのではない.