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『デカメロン』における domandare の用法を巡っ て

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『デカメロン』における domandare の用法を巡っ

著者 青木 洋一郎

雑誌名 明治学院大学教養教育センター紀要 : カルチュー

ル = The MGU journal of liberal arts studies : Karuchuru

巻 4

号 1

ページ 249‑261

発行年 2010‑03

その他のタイトル Sugli usi del verbo  domandare  nel Decameron

URL http://hdl.handle.net/10723/87

(2)

デカメロン における domandare の用法を巡って

青 木 洋一郎

は じ め に

イ タ リ ア 古 典 文 学 の 傑 作 , ボ ッ カ ッ チ ョ Boccaccio (13131375) の デ カ メ ロ ン

Decameronは, イタリア語学的にも重要な存在

である。 同テクストの中で, 経験的に言って問題 が多いことが知られているもののひとつとして,

domandareという動詞の用法が挙げられる。 本

稿では, 自筆写本に基づいたブランカBranca 1992年のテクストを用いて, デカメロン にお

けるdomandareの用法を整理してみることにす

る。

以下で, 先ず デカメロン と言うテクストが 言語学的にどのような意味を持つのか説明するた めに, 第1章でイタリア語史と言語生活の関わり について, 第2章でイタリア語史における辞書の 重要性について, 第3章でイタリア語史における ボッカッチョと デカメロン の位置付けについ て述べる。 その後, 第4章で デカメロン にお けるdomandareの用法について述べる。

1. イタリア語とイタリア語史

国語の歴史としてのイタリア語史は, 制度的に 20世紀に始まる比較的新しい学問分野だとさ れている。 タリアヴィーニTagliaviniによると

「イタリア語史」 と言う講座が出来たのは1937 以降である。 また, 1939年には雑誌 国語 Lin- gua nostraが発刊されている(1)。 比較言語学, ロ マンス語学, そして方言学におけるイタリア語と イタリア半島における言語の研究が, この新しい 学問分野の前史を成している。 イタリア語史研究 の実体は, これらの先行する研究分野においてあ らかじめ形成されていた。

また, その一方で, 現代的なイタリア語史にお ける, イタリア人の自己認識としての側面を見逃 すわけにはいかない。 似たような役割を果たして いたのは, いわゆるイタリア文学史であったが, それは19世紀のデ・サンクティスDe Sanctis を引き合いに出すまでもないだろう。 イタリア語 史とは, ミリオリーニMiglioriniが集大成した 歴史観(2)に基づいてイタリアを見るということも 意味していると言って過言ではない。

1.1. イタリア語とイタリア語史

1.1.1. ロマンス語学とイタリア語史

ロマンス語学の枠内におけるイタリア語の研究 は, 古イタリア語の研究であった。 モナチMona- ci, ライナP. Rajna, ドヴィディオD’Ovidio の名前を挙げることが出来る。 ムッサフィア Mussafia等の重大な成果もこの時期である(3) 近代ロマンス語学の始祖はレヌアールRaynou- ardやディーツDiezと考えることが出来る(4)が,

(3)

イタリア国内を考えると, ムラトーリMuratori やティラボスキTiraboschiを既にその先駆と考 えることが出来なくもない。 だが, そもそもロマ ンス語学は比較言語学の一部であった。 そして, その後の構造主義の形成と発展という歴史を言語 学全体と共有しており, 現代的なイタリア語史研 究の成立と発展もこの道を辿って行く。 ロマンス 語学におけるイタリア語研究は, このような形で, イタリア語史の前段階として語ることが出来る。

1.1.2. 方言学とイタリア語史

また, イタリア語史の源泉のひとつとして, ア

スコリAscoliから始まる初期の近代的イタリア

方言学の伝統も挙げられる。 一般的に, 近代初期 のイタリア語研究は方言学の発達という観点から も語ることが出来ると言っても良い。 サルヴィオー Salvioni, メ ル ロMerlo や バ ッ テ ィ ス テ ィ

Battistiの名を挙げても良いだろう。 デヴォート

Devoto等はこちらに名前を連ねるべき人かも知

れない。 そして, この分野においては, 何よりも ロールフスRohlfsの名前を忘れてはならない。

なお, 文化史的にこの系譜を辿ってみると, 古く はダンテの 俗語詩論 にまで遡ることが出来る。

1.2. イタリア文学とイタリア語史

1.2.1. 文学イタリア語の研究としてのイタリア 語史

い わ ゆ る イ タ リ ア 語 史 は , ダ ン テ や ベ ン ボ

Bemboが既にそうだったように, もっぱら文学

イタリア語の研究がその中心となると言っても良 い。 イタリア語の歴史は単なるトスカナ方言の歴 史ではなく, いわゆる 「イタリアのトスカナ語化」

と 「トスカナ語のイタリア語化」 の2つの段階を 経て進んだと考えることが出来る。 これらは, 文 章語とその規範の採択と普及, そしてその変質の

過程であり, またもっぱら芸術言語がその実践の 場の最たるものだったと言うことが出来る。 そし て, そればかりではなく, イタリア文学において も言語は常に主要な関心事のひとつであった。

1.2.2. イタリア文学史の中のイタリア語論 イタリア文学の中では, 「イタリア語論」 が頻 繁に繰り返されていると言って良いだろう。 そも そもダンテが, 既に 俗語詩論 においてイタリ ア語論を繰り広げている。 チンクエチェントのル ネサンス期には, 「言語問題」 が文学の主要なテー マのひとつになっていたことは有名であり, そこ ではベンボの純正主義が勝利を収めた。 クルスカ 学会を経て, アルカディア会の時期には, 文学史 家を通じてダンテ擁護の言説が見られ, 「アルノ 川に衣服を再びすすぎに」 行ったマンゾーニも, イタリア語論的な言説において多大な貢献を成し ている。 そして, オットチェントにおいて, イタ リア語に関する言説は, 徐々に科学としての言語 学の管轄になって行く。

イタリア文学におけるイタリア語論は, 単に活 発であっただけではなく, 言語論ではあっても, もはやイタリア語史の一部を成している。 また同 時にそれら自身が, 多かれ少なかれ何らかの形で イタリア語史であった。 そして, あからさまなイ タリア語論の形態を取らなくても, その文体, 韻 律や引用の仕方等を通して, イタリア語での書き 手は, そのイタリア語に対する愛と理想を何らか の形で語り続ける。 ミリオリーニを代表とするイ タリア語史の記述にも, 観察者としての科学的な 態度と同時に, 言語に対する同じような愛情を感 じることが出来る。

(4)

2. イタリア語史における辞書

イタリア語の文化は辞書の文化と言っても過言 ではない。 もちろん, 少し史料を繙けば, イタリ ア語における文法論争の伝統は実に活発であるこ とがすぐ分かる(5)。 しかし, それらは, 我々が規 範的あるいは記述的文法書に求めるような形態を 取っていないこともしばしばである。 また, 辞書 の編纂グループとは対照的に, 文法家は専ら単身 で活動していたという印象も有る。 やはり, イタ リア語には, スペイン語におけるネブリーハ

Nebrijaのような文法家は確かに居なかったと言

えるのかも知れない。

一方, 良く知られている通り, 辞書の編纂に注 がれた労力たるや膨大なものである。 実際の所,

クルスカ辞書 Vocabolario degli Accademici della CruscaとコルティチェッリCorticelliの文 典との (互いに気兼ねしあっているという) 関係 が, イタリア語における辞書と文法書の関係を象 徴しているのかも知れない(6)。 また, 統一期の19 世紀に, 言語論者の主な主張の道具が辞書であっ たという事情も働いていよう。 こうした一連の事 柄が, イタリア語の歴史における, 辞書優位の印 象をさらに強めることになっていると思われる。

2.1. クルスカ辞書

クルスカ学会, クルスカ辞書 が作られた経 緯は, もう今更ここで改めて述べるまでもないだ ろう(7)。 クルスカ学会の歴史は, 言語論争の歴史 でもある。 多くの論敵と味方とが居たが, それら 論敵の初期の代表はタッソTassoである。 それ ら論争の中には高踏的だと考えられているものも 有るが, 現実にイタリア語の歴史の一部となって いる。 クルスカ辞書 も, ヴァルキやサルヴィ

アーティSalviatiの意見を取り入れながら, ベ

ンボ主義に従って編纂されていると言える。 つま り, 3大作家からの用例の重要さには変わりが無 いということが確認出来るわけである。 クルス カ辞書 の初版は1612年だが, 同世紀の間に 1623年と1691年の2回改訂される。 その後, 172938年に第4版が, 1863年に第5版の第1 が出版される(8)。 なお, クルスカ辞書 以前も, リブルニオLiburnio, ミネルビMinerbi, アカ

リジオAcarisio等といった人々の辞書が知られ

ている。

2.2. トンマゼーオとその辞書

現代イタリア語を形成する際に決定的だったマ ンゾーニの思想と合致する辞書として, トンマゼー Tommaseoによる1830年の イタリア語新 同義語辞典 Nuovo dizionario de’ sinonimi della lingua italianaや, 彼とベッリーニBelliniによ 186579年の イタリア語辞典 Dizionario della lingua italianaが挙げられる。 彼の言語思 想も, 当初モンティMonti V.等の文学的な 「新 古典派」 と同じく非純正主義的であった。 トンマ ゼーオの辞書は, クルスカ辞書 等と同じく, いわゆる歴史的辞書であり, イタリア語の一部を 成し, また, その時代の言語状況の証言者とされ る物のひとつである。 だが, トンマゼーオの辞書 はそれにとどまらず, 特にイタリア統一後の通称 トンマゼーオベッリーニ は, 時として今だに 現役である。 ちなみに, アスコリとマンゾーニの 論争もこの頃であった。 また, クルスカ辞書 の後からトンマゼーオに至るまでの間にも, ベル ガンティーニBergantini, ダルベルティ・ディ・

ヴィッラヌオーヴァD’Alberti di Villanuova, チェーザリCesariやマヌッツィManuzzi, そし てカレーナCarenaやゲラルディーニGherar-

(5)

dini等といった人々が居た(9)

3. イタリア語史におけるボッカッチョと デカメロン

3.1. イタリア語史におけるボッカッチョ

3.1.1. 文献学的価値

ボッカッチョの デカメロン は, 自筆が残っ た俗語作品として知られている。 つまり, 文献学 の模範的な教材として一般に認知されている。 作 品の伝承の起点となる自筆本が残っている作品は あまり無く, むしろ, そこに有るはずの理想の原 典を再建するのが文献学本来の目的だが, その作 業過程をより良く理解するためにこの種の作品が 役に立つということである。 ペトラルカの カン ツォニエーレ もヴァチカン写本Latino3195 に一部自筆が残っているが, ボッカッチョの自筆 本は, 或る意味でそれよりも更に状態が良いこと になる。 このHamilton 90写本については, ブ ランカは1976年, 1980年, 1992年に校訂版を出 版している(10)

3.1.2. 初期の俗語文献学者として

彼自身が文献学の対象であっただけではなくて, 彼もまた文献学者としての活動を残した。 彼はペ トラルカと交友していたことで知られ, 異教の 神々の系譜 De genealogiis deorum gentilium 名婦伝 De mulieribus claris等のラテン語 による論考も残し, 自らギリシア語を学んでもい る。 また, そればかりではなく, ダンテ研究者と しても知られていて, この時代のフィレンツェで 晩年に 神曲 の講義を行っている。 また, ダン テ伝やペトラルカ伝をも残している。 つまり, 単 なる文献学者ではなく, いわゆる俗語人文主義の さきがけであった点が重要である。 そしてまた,

ダンテとペトラルカという, 同じトスカーナ出身 でありながら, 文学的にはほぼ正反対の存在が, ボッカッチョという1人の読者の中で結びついた のであった。

3.1.3. 散文の代表として

ボッカッチョが, イタリア語の歴史の上で果た した最大の役割は, 散文の典型としてのそれであっ た。 いわゆる3大作家の中では, ボッカッチョが 最大の俗語散文家である。 ペトラルカについては, ラテン語はともかく, 俗語での散文作品は現在ま で残っていない。 ダンテも俗語散文での完成作は,

新生 Vita novaのみである。

なお, 同時代は偉大な散文家に事欠かなかった。

サッケッティSacchettiは言うまでもないが, ヴィッ ラーニVillani G.も, 彼と同時代に属する人で ある。 また, マルコ・ポーロMarco Poloの旅行 記や ノヴェッリーノ Il Novellino, しかも

黄金伝説 Legenda Aureaもその少し前のもの

である。 ボッカッチョの文学的光景の中には, こ れらも含まれていたと考えて良いだろう。

ボッカッチョはこうしたトレチェント散文の頂 点に輝き, その光はその後のイタリア文学を照ら し続けた。 後述する通り, ベンボのイタリア語論 において, ペトラルカが韻文の規範であったのに 対し, ボッカッチョは散文の規範であった。 また, ボッカッチョの作品の中でも, とりわけ デカメ ロン であった。

3.2. イタリア語史における デカメロン

3.2.1. ベンボ的な散文の模範

ベンボ的な散文の模範となるのは, 複数あるボッ カッチョの作品の中でも, とりわけ デカメロン であった。 実際, Proseにおける引用頻度を見る と, 他の作品よりも デカメロン が遥かに多い。

(6)

ひとつには デカメロン はそれなりに長さのあ る作品なので, 引用しやすかったのであろう(11) 実際のところ, デカメロン は多くの登場人物 の性格描写等に力が注がれ, 言語的ヴァリエーショ ンも豊富なのであり, また, 事実上, ボッカッチョ の言語の完成形態でもある。 そのような作品が言 語規範に採用されたのは, イタリア語の歴史にとっ ておそらく幸運なことだったのだろう。

3.2.2. 物語の模範

枠構造を始めとする, その後のイタリア語にお ける語り物の基本構造は デカメロン において 確立された。 また, デカメロン は世俗物語の 基本的なテーマを尽くしてもいる。 また, 幾つか の話は中世文学の中にその原話を求めることが出 来, これ自体がナラトロジーの大きなテーマで有 る。 もちろん, これらは本来の文学研究の課題で あり, 本論の範囲を越える。 しかし, 或る言説の 形式を確立したということは, 或る種の言語構造 の範型を作り出したということであり, 興味深い ことには変わりが無い。

4. デカメロン におけるdomandare の用例

デカメロン の言語は, 以上の説明から分か る通り, イタリア語の語法研究で特別な位置を占 めている。 本章では, その中でも, domandare という動詞の用法について少し述べてみたい。

4.1. 先行研究と研究の意義

本小論の先行研究としては, イタリア語の動詞 の研究と, 古イタリア語の語法の研究との2系統 が挙げられる。 前者に関しては, 近年, 生成文法 等に刺激されて大変に大きな成果が上がってき

(12)。 後者に関しても, 前述した通り長い伝統が 有るが, 最近は電子化コーパスの恩恵も受けてか, 実証的あるいは定量的な研究も増えている(13)。 こ れら2系統の交点に在るものとして, ブランビッ ラ・アジェーノBrambilla-Ageno1964等が挙げ られる。 本稿はこれらの研究に多くを負うのは無 論のことだが, domandareという単語をテーマ に選んだのは, むしろ経験的な理由である。 つま り, デカメロン というテクストの素朴な読解 の経験の中から生まれてきたものである。

だが, 無論, domandareを研究する意義は, そのような素朴な疑問に留まらない。 doman- dareは, 言説動詞や, その下位類である命令・

祈願・依頼の動詞の性質を併せ持っている。

domandareの研究は, こうした動詞群の記述的

かつ理論的な理解の発展につながる。 そして, 筆 者としては, これを命令の動詞をさらに研究する ための, 予備研究のひとつとしたい。 また,

domandareと言う動詞はボッカッチョの デカ

メロン において2重目的語構文を示すというこ とが知られている。 これは, イタリア語において 珍しい用法であり, ただそれだけでも興味深い。

以下, 本稿では, デカメロン における用例を 検討した後に, 理論的に可能な構文の中での2 目的語構文の位置づけを探る。

なお, そこにはひとつ問題がある。 デカメロ ン のテクストはクルスカ学会を始めとする人々 の手によって, 内容面にまで至る改訂が施されて いたのである。 そこで, 本稿では, 1992年のブ ランカ版に依拠して, ボッカッチョ自身の言語体 系におけるこの動詞のあり方に関心を絞っていく ことにしよう。 ただ, 原典のみに頼ると, 現代人 の我々の目にこびりついた偏見が正しい理解を妨 げることにもなりかねない。 そこで, ベストな選 択肢ではないと承知しながらも, イタリア語話者

(7)

の言語意識に関する歴史的な資料として, 幾つか の歴史的辞書の記述を参考にして見ることにした い。 クルスカ辞書 を始めとする歴史的辞書も 時代の影響を逃れ得なかったのは当然のことだが, むしろそれゆえに現代の我々が知り得ない言語意 識の様態を見せてくれるはずだからである。 とり あえず本小論では クルスカ辞書 の初版と ト ンマゼーオベッリーニ を見てみることにしよ う。

4.2. domandareの語義

domandareには大きく分けて2つの意味があ

る。 「尋ねる」 と 「求める」 である。 前者の同義 語としてはchiedere, interrogare等が有り, 後 者のそれとしてはvolere, chiedere等が有る。

言い換えればdomandarechiedereの同義語 という面も有る。

現に, 1612年の クルスカ辞書 においても interrogareの語義にかなりの例文が割かれ, 最 後にpetere, postulareの例文が添えられている。

ただし, それは 「求める」 の語義が軽視されてい ることにはならない。 例えば, richiedereの項を

見ると, domandareが語義の筆頭に挙げられて

いる。

4.3. domandareの用法

デ カ メ ロ ン に お い て domandare (=

dimandare) は, 次のように用いられている。

以下, 各語義ごとに述べる。

「尋ねる」 (そして 「尋問する」) と言う意 味では, 間接疑問文を伴うことが多い。 尋ね る相手は直接目的語(14)で表され, 間接疑問 文はneで受けなおすことが出来る。 また, 節要素は直接話法で置かれることも有る。 そ して, 同じ位置にdi+名詞句 「〜について」

が現れることも出来る。 同じことは1865 トンマゼーオベッリーニ も指摘して いる。

「求める」 と言う意味では普通の他動詞と して用いられている。 間接目的語を伴うこと も有る。

トンマゼーオベッリーニ は, 同辞書に おける他の多くの記述と同様に, この動詞の 用法を統語論的な基準によっても分類してい るが, それらの中に, 尋ねたい要素に対して 対格・di句 (属格) を用いる用法, 2重対格 用法, 尋ねる相手に対して与格を用いる用法, 尋ねたい要素と尋ねたい相手に対してそれぞ れ対格・属格を用いる用法等が挙げられてい る。

また 「求める」 の語義に関しては, 直接目 的語にヒト要素が来る用例に注意を喚起して いる。

尚, トンマゼーオベッリーニ において以上 の用例はもっぱらボッカッチョから採取されてい たが, その後の, 現代イタリア語最大の辞典通称 バッタリア Battagliaでは, 同様のことを説 明するためにダンテやブルネット・ラティーニ Brunetto Latiniから始まり現代にまで至るボッ カッチョ以外のイタリア作家からも例を取るよう に努めている。 その上で, 「尋ねる」 の語義に関 するこれまでに述べたような用法 (本節①) につ いては, それらは廃語法 (Disus.) だとしている。

バッタリア の語感によると 「尋ねる」 という 意での基本的語法は間接目的語+節要素と言う用 法であり, またこの用法は古イタリア語でも存在 していたことになる。

以下, デカメロン における実際の用法を, もう少し詳しく各語義別に見てみよう(15)

(8)

4.4. 「求める」

デカメロン においてdomandareと言う動 詞が 「求める」 という語義で用いられているのは 94例である(16)

要求の用例には直接目的語のみのものと, 間接 目的語も伴うものが有る。 有生性の分布を見ると, 直接目的語=有生要素であるものと, 直接目的語=

無生要素であるものに分けられる。 また, 間接目 的語は有生要素である。 なお, 有生要素を直接目 的語にしている例とは, 誰かを呼び寄せる場合や, 誰かに求婚する場合等である(17)

a’ piedi di lei si gitto piagnendo e domandoperdonanza, (II, ix,71) 「彼女の 足元に泣きながら身を投げ許しを求めた」

ladomandoper moglie (V, iii,6) 「彼女 を妻に乞うた」

al re domando commiato (X, i, 6) 「王 に暇乞いを申し出た」

時には節要素を伴うものが有る。 接続法の節 (che節) を伴うものが3例, 不定詞を伴うもの 2例の計5例である。

tornato da Amalfi,domandoche la sua acqua gli fosse recata, (IV, x, 31) 「(医師 は) アマルフィから戻ると, 自分の水薬が自 分の所に持ってこられるよう求めた」(18) mostro di domandargli mangiare per

l’amor di Dio . . . (III, i,13) 「彼 (管理人) に神の愛によって食事を求めていることを (仕草で) 示した」(19)

4.5. 「尋ねる」

デカメロン においてdomandareと言う動 詞が 「尋ねる」 という語義で用いられているのは 225回である(20)

この語義では, 質問する相手を直接目的語とし 質問する内容をdi格で表すのが基本的な構文で ある(21)

e piu volte con pietosi prieghi il domandavano della cagionedel suo male, (II, viii,43) 「そして, 何度も気の毒なほど 頼み込んでその病気の原因を彼 (息子) に尋 ねていたが,」

この語義においては, 多くの用例が疑問文要素 を伴って現れる。

その中には直接話法のものも含まれる。

E io allora domandai: “Chi siete voi?”

(IV, ii,19) 「そこで私は尋ねた。 貴方はど なたですか? 」(22)

だが大半は間接話法であり, また接続法が用い られている。

Il quale lo ‘nquisitor domando se egli avessela messauditaquella mattina.(I, vi, 12) 「彼に審問官はその朝ミサに与ったかど うか尋ねた。」

ただし, 間接話法の用例のうちには直説法が用 いられているものも有る。

. . . ildomandodoveegliandava. (VIII, ii,

(9)

13) 「彼 (マッツォ) にどこに行くところな のか尋ねた。」(23)

これらはそれなりに合理的な解釈が可能である。

先ず, 少し砕けた雰囲気を出すと言う文体論的効 果が期待出来よう。 つまり, 厳密な間接話法を少 し崩した語法ということになるが, 自由間接話法 的なものではなく, 例えばdireの構文を流用し ているようなものと言えるだろう。 また, 構造的 には, メッセージの内容に比べて質問という行為 自体の意味が比較的薄れている場合と言えるだろ う。 そして, 現代語でもそうだが, 或る特定の環 境で, 直接法にすることは要求・譲歩等の語法, あるいは条件節等と混同されるのを防ぐという効 用がある。 実際, このテクスト中のに類する用 例の中には, se, quanto, comeの後に有るも のや, chiの後に3人称単数の動詞が出現してい るもの等も見受けられた。

4.6. 2重対格構文の用例

デカメロン におけるdomandareの用例の うちには, いわゆる2重対格構文と呼ばれるもの が存在している。 以下にその例文を示す(24)

Giannotto il domando quello che del santo Padre e de’ cardinali e degli altri cortigiani gli parea. (I, ii,23) 「ジャンノッ トは彼に, 法王や枢機卿たちや廷臣たちが彼 にどう思えたか尋ねました。」

domando la bella donna quello che far volesse, (II, vii, 87) 「その美しい女に, 彼 女はどうしたいか尋ねた。」

edomandollacio che ella faceva. (III, iv, 24) 「彼女に何をしているのかと尋ねました。」

la domando quello che ella andasse

cercando. (III, x,6) 「彼女に何を探してい るのか尋ねた。」

domandola moglie cio che ella avesse al prete detto la mattina che confessata s’era. (VII, v, 46) 「(その嫉妬深い男は) 妻 に, 告解した朝, 司祭に彼女が何を言ったの か尋ねた。」

e domandollo quello che egli andasse faccendo. (VII, vi,12) 「彼に, 何をしよう としているのか, 尋ねた。」

edomandaronloquello che egli a quella ora e cossolo andasse cercando.(VII, viii, 24) 「(アッリグッチョ) にこんな時間にこの ように一人で, 何を探しているのか尋ねた。」

aveva in costume didomandarechi con lui era chi fosse qualunque uomo veduto avesse per via passare; (VIII, ix, 6) 「一緒 にいる人に, 道を通る人を見ると, それは誰 かと聞く癖がありました。」

domandando il Saladino un de’ suoi famigliari quanto ancora avesse di quivi a Pavia e se a ora giugner potesse d’ent- rarvi, (X, ix, 8) 「サラジンは, トレッロの 従者の一人に, ここからパヴィアまでは, ま だどの程度あるか, また, その町に入城出来 る時間に到着出来るかどうか, 尋ねた。」

これらの2重対格構文の例文を見てすぐに理解 出来ることが幾つか有る。 先ず, これらの例文に おいては, domandare本体が複合時制では用い られていない。 また, これらの例文においては2 重対格構文として必要な要素は離散せずに文中で 連接する傾向が有る。 そして, 名詞要素間の先行 関係は, 有生→無生の順で固定されている(25)

これらはラテン語法として理解されている。 ラ

(10)

テン語では2重対格構文がイタリア語よりも多く 採用されており, 基本語彙だけを見ても意味的に 近いpeto, rogo等に2重対格構文が有る(26)。 こ うしたラテン語法が可能だったのは, それなりに 構造的な理由があったからかも知れないが, それ はあくまでも現代人の目から見た仮説である。

4.7.

デカメロン の言語において, domandare の用法のうち, 「求める」 の語義の方は間接目的 語+直接目的語という構文を取り, 「尋ねる」 の 方は直接目的語+di格要素という構文を取る。

またこの体系は安定している。 「求める」 と 「尋 ねる」 は意味的に似ているが, 無意識的に混同さ れていることは無かった。 前者においては, 直接 目的語に有生・無生両要素が出現するが, 無生が 有勢であった。 ここに有生要素が出現する場合は, もっぱら 「求婚する」, そして 「呼び寄せる」 と いう意味になるが, 後者の用例はこのテクストに おいて非常に少なかった。 また2重対格の用例は 完全に定型句化していて, 生産性の低い語法だと 思われた。 本稿で検討した資料からは, 以上のこ とが分かる。

実際の用例を見ると, domandareという動詞 の デカメロン における用法は, 現在のそれと は違っていることが確認出来る。 デカメロン における用法と, 現代語の用法との間には, 何ら かの変化 (あるいは選択) が有ったと考えること が出来る。 ここで有り得た変化は動詞の 「項構造」

の変化と言うべきものであるし, また項構造の変 化が多くの動詞にまたがり, ひとつのトレンドに 従って起こっている場合には, 動詞の項構造の正 規化と呼ぶことも出来るだろう。 この時代に見ら れた言語変化は他にもあるが(27), これもまたその ひとつであると言えよう。 2重対格構文も, また

このような言語変化によって生じた言語体系上の 構造的な空所の存在が可能にしたことだと思われ る。

イタリア語において, 間接目的語は受動態の主 語になり得ないのだが, それを直接目的語化して 受動態に出来る時が有る (その際, 余った要素は di格になることが多い)。 デカメロン におけ domandareの場合, この2つの構文が確かに 両方とも存在してはいるのだが, それらはとりあ えず異なった語義に割り振られている(28)。 もしか したら, その上で越境的な構文の変換は可能だっ たのかも知れない。 しかし, 同じことが, 現代の 我々が図らずも適切でない体系をボッカッチョの 文に適用してしまう原因になるかも知れない(29) こう考えてみるのも, 逆向きではあるが或る種の

「誤用の文法」 であろうと思う。

2重対格構文は, 拡張する語法と縮小する語法 が一時的に拮抗する空間の中で可能だった。 それ は, 或る語順を可能にするとともに, その固定を 妨げる構造によって支えられていた。 この語法が イタリア語の統語変化のトレンドに反するもので あったという観察は, 実際のイタリア語史的事実 と矛盾しない。

結びに代えて

イタリア語において デカメロン の語法は, また格別な意味を持つ。 そして, domandare 用法は, その中でも, とりわけ問題の多いもので あった。 基礎的な用法が複雑であるのはもちろん だが, 2重対格の用例の存在が, その理由のひと つである。 これらの用例を以て, イタリア語にも 2重対格の用法が存在すると言われているが, 実 際には, ご覧の通り, さほど生産的な用法ではな いように思われる。 それでも, 人々の印象に残っ

(11)

ているのは, いわゆる頻度効果の副作用として少 ない要素ほど目立つという傾向が有るためだろう か。 人々の記憶には脱頻度化して残る場合が有る ため, その傾向はますます強められることにもな るだろう。

自筆写本を基にした原典に即して検討して見る と, ボッカッチョにおけるこの動詞の用法は一般 に思われているよりも, 合理的で矛盾が無いこと が分かった。 本稿において, domandareの用例 の分析を通じて行ったようなことは, ボッカッチョ 像の再構築に貢献するだろうと信ずる。 そして, それがイタリア文学の全体像に対してどのような 影響を与え得るかは, もはや言うまでもない。 筆 者としては, 言語研究を通じてそのような貢献が 出来たのなら, 本当に光栄なことである。

本稿はイタリア学会第53回大会 (200510月) における筆者の口頭発表を加筆修正の上で, まとめた ものである。

(1) Tagliavini1982, p.63参照。 またStussi 1993 や 「イタリアの言語学」 言語学大辞典 第6巻, 三省堂, 1990, pp.4044等, 参照。

(2) Migliorini1994[1960].

(3) トブラーToblerの古仏語に関する研究と軌を 一にしているものである。

(4) 彼らの研究はロマン派の民衆文化・中世文化趣 味と合致している。

(5) Trabalza1963を見れば分かる通り, 考え方に よってはむしろ多すぎたぐらいである。

(6) Patota1993, pp.120121参照。 また, トスカ ナ語 (フィレンツェ語) の広がりが限定的だった ことを物語っているのだろう。

(7) Della Valle1993; Trabalzaop. cit.; Vitale1978; Miglioriniop. cit.; Marazzini1993等参照。

(8) クルスカ辞書 は, 現在,OVIと言うインター ネット上のプロジェクトに移行している。

(9) Della Valleop. cit.

(10) ブランカ自身の著作の他に, Manni2003等参 照。 また, マラスキオMarashioが言う通り, 自

筆写本のつづり字から, 当時のトスカナ語の書記 慣行の実際を伺い知ることが出来る。Maraschio 1993, pp.167169参照。

(11) また, 刊本の流通の問題等も有ったのかも知れ ない。

(12) Renzi L., Salvi G. & Cardinaletti A.,Grande grammatica italiana di consultazione,3voll., Bo- logna: Il Mulino,2001[19881995] はそれらの 成果を一旦集大成したものと言える。 生成文法の 諸業績については今更言うまでもない。 また項構 造に関する諸議論を整理したものとしては, Schwarze C., Grammatik der italianischen Sprache, 2. verb. Aufl., Tubingen: Niemeyer, 1995が挙げられる。

(13) 近年では, Frenguelli G., L’espressione della causalita in italiano, Roma: Aracne, 2002; Consales I.,La concessivita nella ligua italiana (secoli XIVXVIII), Roma: Aracne,2005, ある いはFesenmeier L.,L’ordine dei cositituenti in toscano antico, Padova: Unipress, 2003等が有 る。 ただ本小論の参考になったものとしては, Dardano M., Lingua e tecnica narrativa nel Duecento, Roma: Bulzoni,1969や, 少し時代は 広 い がD’Achille P., Sintassi del parlato e tradizione scritta della lingua italiana, Roma:

Bonacci,1990等が有る。

(14) なお, 直接目的語の概念は最近の言語学におい て大きな試練にあっていたが, それについて論じ るのは本稿の目的から外れる。

(15) なお, これらの語義は混同されること無く用い られており, 構文の分布は2極に分かれる。 とぼ けた質問をしながら求愛しているような場面が1 箇所有り, その場合は掛詞かも知れない ( デカ メロン 第1日第5話第1節。 なお, 以下におい て, 同作品中の参照箇所についてはI, v,1のよ うに略記する)。 しかし, そこに登場する王様の 名誉のためにも言葉の表面上の意味を尊重してお くべきである。

(16) 既述のように, テクストはBranca1992を用 いる。 なお, domandare自体は319回用いられ ているので, 約30%。

(17) 頻度的には, 直接目的語 (無生) と間接目的語 (有生) が共起している例と, 直接目的語 (無生) 単独のものが, どちらとも約30例で, 直接目的 語が無生要素である例は, 計約60例であった。

また直接目的語が有生要素である例が10例強で あった。

(18) 他にII, x,21IV, x,31等。

(12)

(19) 他にI, ii,14が有る。 なおこの2例においては 不定詞の前の前置詞が要求されていない。

(20) つまり, 用例の総数に対して約70%を占める。

(21) なお, この節要素を欠いた構文は頻度的には 40例程である。

(22) これも含め, 直接話法の用例は全部で12例有 る。

(23) 直説法の用例は, 全部で22例有る。 また, 疑 問文要素が出現する用例全体の件数に疑問詞単独 の用例も含めたのだが, それらを除くと接続法が 用いられている間接疑問文の用例は116例となる。

このうち, 直接目的語を欠いているのは33例程 だった。

(24) 2重対格の用例は, 一部を除きBranca1992 注解に従ったもの。 III, x,6VII, viii,24は例 外であり, 筆者の判断で入れたものである。

(25) 2重対格構文とは, VNNのように表現出来る 構造であると理解できる。 Vは動詞本体, N 前置詞の無い名詞句である。

この構造に更に区切りを入れることが出来る位 置は, 次のように2通り有る。 VN+N, V

+NN。 構造は, ひとつの動詞とひとつの名詞 句からなる大きな動詞に更にひとつ目的語がくっ ついたという構造になっている。 いわゆるvP 析に準じた構造である。 構造においてNN 文に準ずる要素であるとみなせる。 たとえば N1=N2等という場合である。 いわゆる小節を成 している場合だと言える (なお, 今回の例はこれ に当たらない)。

(26) むしろ2重対格構文はドイツ語や古英語 (また 現代英語におけるその名残) 等で有名であろう。

古イタリア語におけるdomandareの場合, Lex Salicaに お け る “tres homines tres causas demandare debet.” (Niermeyer) のような定型 句の影響等も考えることが出来るかも知れない。

2重対格構文が用いられているのは (時には諧謔 的では有るだろうが) ものものしい調子がふさわ しい場面が多いような気がするからである。 なお, この構文でないと 「尋問する」 あるいは 「問い質 す」 と言う語義にならないと言う意味ではない。

なお, 4.3.の①のような用法自体がラテン語法 だったのではないかという可能性については, ま た別の機会に譲ることにする。

(27) 例えば接語の問題等が有る。 直接目的語+節要 /di句/直 接 目 的 語の よ う な 構 文 の 存 在 が 確認出来たわけだが, ここでひとつ問題となるの は代名詞化である。 これらの構文において, 節要 素はneで置き換えられる。 その際, mi/ti/ci/

vi+neの 複 合 形 の 場 合 は 問 題 な い が , lo/la/

li/le+neのそれの場合は若干問題が生ずる。 ‘la’

‘ne’の組み合わせを例にとって考えてみよう。

デカメロン の中にはla neと言うタイプと,

ne laと言うタイプと2つ有る。 ロールフスによ

ると, デカメロン の時点において, la ne 方が古風で,ne laの方が新しい (Rohlfs1968, p.

178参照)。 なお, 筆者が簡単に数えてみたとこ ろ, デカメロン 中において, la ne4 (内 前 3, 後置1)/ne la13 (内 前置16, 後置7)。

また古フィレンツェ方言におけるgliele(gliene) の問題も有る (ivi,p.167, p.178参照)。 直接目 的語+節要素/di句/直接目的語(つまり間接目 的語ではない要素) と言う構文が徐々に古びてい くのは, こうしたことも原因として考えられるか も知れない。

(28) なお, 本稿では大きく取り上げなかったが, こ

の種のdomandareにまつわる紛らわしさは,

デカメロン の言語においてaddomandare

raddomandare等といった派生語を用いること

によって解決されている時があるのは, テクスト を直に手に取って頂ければ確認出来るだろう。

(29) ここでは有生性の分布に注目する必要が有る。

その上で, 両語義の構文をもう一度整理して見る と, 次のようなことも言える。 「尋ねる」 という 意味では, (A) 直接目的語(+)+節要素 のよう な構文を取る。 (+) は有生要素であることを示 す。 これはpregareの構文と似ている (例えば, 拙稿 「動詞pregareの用法の変遷 不定詞・

接続法・補文構造をめぐって イタリア語 イタリア文学 第2号, 東京大学大学院人文社会 系研究科南欧語南欧文学研究室紀要,2002参照)。

なおこの場合, 節要素はもっぱら間接疑問文であ り接続法である。 なお, 節要素は, di句として 出現することも有る。 ((A) 直接目的語 (+)+

節要素/di句) 「求める」 という意味では (B) 間 接目的語(+)+直接目的語 (±) のような構文を 取る。 (±) は有生・無生どちらでも有り得るこ とを示す。 「尋ねる」 の場合にせよ 「求める」 の 場合にせよ, それぞれの第1要素と第2要素は単 独で出現することも有り得る。 (A) の直接目的 語と (B) の間接目的語は有生要素であるが, (B) の直接目的語は無生でも有生でも有り得る。

節要素は出来事要素なので当然ながら有生ではな い。

両方の語義の構文が故意に混同された場合, 直 接目的語 (有生)+節要素, 間接目的語 (有生)+

直接目的語 (無生) といった2つの構文の合成も

(13)

起きるかも知れない。 両語義の機能は似ているか ら起こり得ないことではない。 VN1 (有性)+

VN2 (無生) →V{N1(有生)+N2(無生)} とで も表現出来よう。 こうした操作が何らかの段階で 許されるなら, 2重対格構文はdomandareと言 う動詞に有った2つの構文の圧縮という見方も出 来る。 また, その内的な圧縮は一種の等位化の過 程でもあろう (複合時制のような複雑な構造とと もに出現していないことをその傍証とするのは行 き 過 ぎ だ ろ う か ) 。 ク ロ フ トCroftに 習 う と (Croft2003, pp.152154参照), 「2重目的語動詞」

(ditransitive) における間接目的語と他動詞に おける直接目的語を1次目的語primary object,

「2重目的語動詞」 (ditransitive) における直接 目的語を2次目的語secondary objectと呼ぶこ とが出来る (なおBantu語学におけるprimary/

secondary objectの概念に従っているわけでは ない)。 1次目的語は以上で検討した構文群にお ける有生要素に, 2次目的語はそれらのうち無生 要素に, それぞれ対応すると考えることが出来る。

本来は格の違いと言う統語的な差異によって表現 されるべきものが, 有生性の非対称性に吸収され てしまったという言い方が可能ならば, ここで検 討している2重対格構文も1次目的語+2次目的 語の1つの形だと言うことが可能だろう。 更に, ここで見られている文の要素の先行関係が, いわ ゆる基本的な有生性の階層animacy hierarchy に適ったものであるということも見逃すことは出 来ないだろう (ivi, pp.128132参照)。 また, 定 性との間との相互作用が現れていると見ることも 出来, 上で見られる諸例文の場合は, 有生要素が, 代名詞, もしくは代名詞的な役割を果たしている 語句によって現れると言う結果になっている。 そ して, このような構造はラテン語法と矛盾せず, またラテン語法を可能にしたものであると考える ことが出来る。

参考文献

※ブラケット ([ ]) 内に初版年を記した。

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