(要約)
未来に生きる子どもたちに日本の文化を伝えることは非常に大切である。しかし、伝え られずに埋もれ、だんだん忘れ去られている。日本人がつくりあげてきた伝統文化、神聖 な「しめ縄」や命の架け橋である「箸」、漆と訳される「ジャパン」などについてその意 味を深く考察する。そして、造形的視点から日本の伝統文化の中に和の精神を見つけ出し、
未来の人間の生き方や地球環境再生の道を考察、新しい子どもの文化と創造に発展させる。
造形の視点から子どもに伝えたい日本の生活文化
斎 藤 久 六 *
― 「子どもの文化と創造」の授業より ―
Kyuroku Saito
The Culture and Creation of Children − The Japanese life culture which we want to teach
children from a viewpoint of formative arts −
キーワード 縄、箸、漆、伝統文化
Ⅰ.はじめに
保育科の学生や子どもにジャパンの意味は何かと問うと、日本と答える。別の意味を問うと 多くの学生や子どもたちは答えられない。我が国を日本と云っているのは日本人だけで、日本 以外の人々は日本と云わずにジャパンと云う。
大学生も含めて子どもにジャパンの意味「漆」についてしっかり認識できるように教育する べきである。一般にこのごろの日本人は、日常生活において、もの事の意味を考えずに暮らし ている事が多い。神社の鳥居もその一つである。身の回りに1つや2つは必ず神社があり、鳥 居が建っている。初詣に行って、幣束が取り付けてある鳥居の下をくぐるのはなぜくぐるのか。
また、正月、玄関にしめ縄や輪通しを飾り、門松を置き、床の間に目出度い掛け軸や三方に 載せた鏡餅を置くのはなぜか、その意味を考えずに習慣で行っている事が多い。
我が国ではお目出度い晴れの日に両口箸を使い、人が死ぬと枕元にてんこ盛りのご飯に割り 箸を立てた陰膳を据える。それら日本文化の意味について親から子に、そして、孫に伝えなく なってしまった。教えられなければ意味について考えられないのは当然である。
日本の伝統的な生活の営みの中に大切な教えや教育的配慮がなされているのに、ある時から 生きる知恵や命の大切さを子孫に伝えられなくなり、伝えるべき日本の多くの伝統文化が忘れ 去られ、埋もれかけている。
命が軽視され、地球環境が荒廃し、生態系が破壊されている今、我々は先人が営みから生み
* 女子短期大学部 保育科出した生活の知恵や道具の深い意味を再認識して、素晴らしい日本文化を人間の生き方や地球 環境の再生に役立てる事が急務である。
家庭における親や教育に携わる教師は、遥か昔から伝承されてきた日本の生活文化の意義や 心を理解し、実際に制作実践して子どもに伝える大切な役目がある。
これからの造形美術教育も技術を超えて形の意味や思いを理解し、豊かな感性で命を感受で きるようにしなければならない。身近にあるものに関心を持ち、見直し、再発見して、実際に 表現を試みる事で、子どもの文化と創造の意義を考え、新しい人間の生き方、未来の生活と文 化のあり方を探究することが必要である。
それでは先人たちが正月や節句、冠婚葬祭などの生活の営みの中で培ってきた子孫繁栄や子 どもへの願いなどを、遊びや玩具、縁起物やお飾りなどの根底にあるものを再認識し、凧や独 楽、折紙など日本の生活の中で育まれてきた子ども文化を造形的な領域から授業内で表現し、
昔の文化を蘇らせ、新しい子ども文化の創造へとつないでみる。
Ⅱ.縄の文化
我が国は縄文時代から縄に非常にこだわってきた。縄を綯う事で藁が何十倍にも強くなる。
糸やこよりも綱も縒って綯う事で強くなる。実際に実験してみてどれくらい強くなるかと云う と、ティッシュペーパーをテープ状に裂いて縒って、綯ったものは両手で強く引っ張っても切 れないが綯わないものは引っ張ると簡単に直ぐ切れる。同じものでも綯う事で何倍も強くなる ことに驚き、不思議に感じ、何かが宿ったと考えても不思議ではない。
昔の日本人は綯った縄に何を感じ、思い、祈ってきたか考察してみよう。
(1)縄は不正を直す標
縄を辞書で引くと、藁を綯ったもの意外に正しくするとか、不正、過失、歪みを正し、正し い法にするなどの意味も記されてある。
神社に行くと必ず鳥居があり、左右の柱から柱に引き渡された縄は「しめ縄」といい、注連 縄とか七五三縄、標縄とも書く。
御幣を取り付けたしめ縄を張った鳥居の向こうは神の聖域であり、神殿に行くのに鳥居をく ぐらなければならない。しめ縄の下をくぐる事で心身に潜む汚れや魔物・邪気を祓うという意 味があるからだ。また、お正月、玄関などに飾るしめ飾りや輪通も家に禍をもたらす魔物が入っ てこないようにと願う標なのである。
私たちは昔から伝えられてきた大切な生活文化の意味や精神を忘れ、単なる習慣として行っ ている事が多いのではないだろうか。
(2)縄は神聖なものの標
日本では古から、建築や土木工事をする前に必ず地鎮祭を行ってきた。敷地の四方に青竹を 立て、縄を張り巡らし、敷地の中から禍の魔物をしめだし浄化する標の儀式である。作業をす るにあたり、土地の汚れを清め祓い、土地に宿る心霊を鎮め、家内安全と作業にとりかかる前 の安全祈願である。
国技の相撲は、土俵の俵が縄でできている。土俵の内側は神聖な場所であり、不正を正し、正々
堂々と格闘をするという誓いの標である。
密教の護摩供養の時も香の周りに縄を張り巡らし、供養の儀式をする。
罪をおかした人間には、お縄をかけるといいますが、罪人が逃げないようにするだけではな く、歪んだ心を正すという意味もあるのだ。
まだまだある。大きな樹や珍しい石に縄を張るのは神聖なものを敬う標。米俵に縄をかける のは持ちやすくするだけでなく、米の中に邪気が入らないようにと祈る標なのだ。このように 日本人は太古の昔から神聖なものを敬い、祈りの標として縄を用いたのである。
(3)縄と綱は同じもの
縄は複数の藁を綯ってつくる。複数の藁に縒りをかけて綯い、束ねる事で非常に丈夫な縄が できるが、綯う事で強くなった縄に昔の人々は神聖なものを感じたのだろう。弱い人間と強い 神と恵みの自然を束ねて神聖なものにしたのである。
綱は藁以外の物を縄と同じようにして束ねてつくったもので、共通の意味がある。辞書を引 くと、守るべき人の道とか全ての物をまとめる根本のきまりとでています。綱紀粛正という熟 語があるが、物事の根本を支える規律に基づいて、政治家や役人の態度の乱れを厳しく正すと いう事で、最近の我が国などは特に綱紀粛正が必要と思われる。
横綱の綱はやはりよこしまな心を正し、神聖な土俵で正々堂々と戦うという誓いの標なのだ。
(4)縄文は日本文化の原点
縄文時代、1万年間も土器に縄模様を付けてきた。なぜ縄文人は、あきもせず縄にこだわっ たのか。縄文時代はおそらく現在のように医学が発達していなかっただろうし、病気で亡くな る縄文人も沢山いたであろう。命をなんとか守る為、邪気が口から入らないように、食料を保 存したり、煮炊きに使った土器に神への祈りの標として縄目の紋様を付けたのではないだろう か。弥生時代になって、大陸文化が入り、土器から縄文は消えたが、縄への願いや祈りは様々 な形で現在も残っている。
太古の昔から伝わってきた縄の精神を私たちは、今こそ問い直し、日本文化の原点として生 活の中に生かして行く事が、本来の日本文化につながるものと考えられる。
Ⅲ.計算された和の世界
日本の伝統的な衣・食・住は人間の身体の長さから割り出されてつくられているのである。
合理的で無駄のない美しい生活をつくり出し、和の精神がつらぬかれている。無駄の多い大量 生産・大量消費の時代にこそ和の伝統文化を我々が子どもに伝え、未来の社会をつくっていか なければならない。以下合理的に計算された和の文化を述べてみよう。
(1)和服
絹や綿の反物で和服をつくる。反物の幅は着尺幅と云って 36 センチ幅で織られている。着 尺幅は機織りするのに非常に織りやすく、腰と同じ幅で扱いやすい。
着尺幅を4枚合わせると背中と前合わせがきちっととれるようにできている。袖も着尺幅で
ある。仕立てられた着物は平面的につくられているので、畳みやすく、収納も場所をとらない。
和箪笥にきちっと収まりしわにならない。布地の素材を換えれば、着こなし方で、夏は涼しく、
冬は暖かい。そして何と云っても、人間の身体の線を魅力的に生かせるのである。
(2)和食器
和食は 36 センチ角のお盆やお膳の上に丁度収まるように食器の大きさができている。上段 は左から直径 15 センチの皿、12 センチの小皿、9センチの小鉢、中段に 12 センチの茶碗とお 椀と小皿を、一番手前に9センチの小皿と箸置きに箸をのせて配膳する。茶碗とお椀は手にもっ て食べるので、持ちやすい大きさで 12 センチにできている。12 センチの長さは両手の親指と 中指で輪をつくったときの直径で持ちやすいのである。
廊下の幅は 90 センチ。人間の肩幅は平均 45 センチで、36 センチのお盆を持った手の幅も含 めてすれ違えるよう丁度いい長さなのである。このように伝統的な日用品や日本家屋は人間の 形の長さから割り出されてつくられている。
腰の幅が 36 センチ、お盆を前において正座すると、腰とお盆が平行して一直線になりとて も無駄がない美しい形となる。
この後、詳しく考察する箸も親指と小指を一杯に開いた長さで、使い易くつくられている。
大人の男子は 23 〜4センチ、女子は少し短く、子どもの箸はかなり短い。次に日本人が非常 にこだわる箸の文化について、子どもの教育的視点から考察してみよう。
Ⅳ.はしの文化
(1)優しい箸
日本の食文化は「はしの文化」です。箸は和食の時になくてはならないものである。例えば 焼き魚を食べるのに、フォークやナイフでは小骨を取り除くことができない。フォークで刺し たりナイフで切ったりでは、いくら焼き魚であっても残酷である。その点、箸は、よそったり、
つまんだり、仕分けたり、混ぜたり様々な使い方ができる。そして、食べ物に優しく、日本人 の心を育んできた道具である。箸の使用マナーを通して自然に対する感謝の心や畏敬の念、そ して命の大切さを子どもに教えたのである。
(2)命の架け橋
箸で食べるものは全て生きていた野菜であり動物たちである。私たちは箸で命を取り込み、
命を永らえているのだ。全ての命への感謝と神への祈りを箸に托したのだ。
箸には延命箸、福箸、厄除け箸、夫婦箸など多くの種類があり、また、目的によって柳や桑、
萩、竹、杉など素材にこだわり、様々な願いが込められた。
(3)神と人間をつなぐ架け橋
日本人は昔から箸にこだわり、特別の意味を持たせて生活して来た。
晴れの祝い事に使われた両口箸は、神と人が共に食する事で神を体内に呼び込み、厄よけと したのである。ちなみに、両口箸は、木肌が白く清浄で古くから邪気を払う霊木とされ、家内 喜と語呂合わせをして、柳の白木で作られた。
子どもが生まれて初めて箸に接するのは箸初めである。地方によって、生後7日目とか 100
日目とかにお赤飯と尾頭付きの鯛、そして、両方が細くつくられた、一方は人間がもう一方は 神が食し無病息災を願う白木の両口箸を添えて祝膳に饗したのである。正月や節句など晴れの 日には子どもの健康や子孫繁栄などを神に祈って、両口箸を必ず添えたものである。
(3)あの世とこの世の架け橋
人が亡くなると陰膳にはあの世にいくときの腹ごしらいとあの世でも食事に困らないように と願い、てんこ盛りされた白米に箸を立てたのである。そして火葬された骨を橋渡しして骨壷 に入れ、橋の架かった三途の川を渡って、あの世に無事行けるようにと祈願したのである。
日本人の一生は箸に始り箸で終わると言ってもいい。日本人は、なぜこんなに箸にこだわっ たのだろうか。箸は私たちにとって、神と人間、あの世とこの世をつなぐ架け橋であり、命の 架け橋だったからである。
(4)箸の作法
箸使いには以下のようにしてはいけない作法がある。
寄せ箸(小鉢などを箸で引き寄せる)
差し箸(箸で人やものを指し示す)
移り箸(取りかけたおかずを止めて他のものを取る)
揃え箸(箸先を膳や皿の上でトントン叩いて揃える)
渡し箸(食事の途中で食器の上に橋渡しする)
刺し箸(料理に箸を突き刺して食べる)
押し込み箸(口にほおばった食べ物を箸で押し込む)
拾い箸(箸から箸へ食べ物を隣の人と受け渡しする)
探り箸(食べ物を中からほじくりだして食べる)
立て箸(御飯に箸を突き立てる)
混み箸(一皿に2膳や3膳の箸をおく)
迷い箸(何れにしようかと箸が料理の上で迷う)
舐め箸(箸についたものを取ろうとして箸を舐める)
睨み箸(箸でつまんだ食べ物を睨む)
叩き箸(茶碗などを箸でたたく)
せせり箸(食事中に食べ物をつつきまわす)
以上の他に、まだまだ忌み嫌らわれる箸使いがあり、箸を通して自然に敬意を払い、命に感 謝し、子どもに生きる知恵を教えたのである。
晴れの日意外の日常は、紫檀、黒檀、南天、竹、桧、杉、塗箸などが使われ、特に竹や桧、
杉は強い殺菌作用があり、日本人の知恵が生かされている。
箸は、日本の食文化が生んだ優れた道具で、日本人の精神文化や宗教観、教育などと深く関
わり、手先の器用さや勤勉性を育み、日本の生活文化や創造の大切な伝統を引継いてきたので
ある。
Ⅳ.漆(JAPAN)
(1)漆工芸
日本の漆の歴史は古く、縄文時代の前期まで遡る事ができる。きわめて良質の漆が塗られた 土器や盆などが福井県鳥浜貝塚から発掘されている。時代を重ねる事に漆工芸の技術は高まり、
広まっていった。日本のどこの家庭にも漆塗りの椀や盆、家具など2〜3個はあり、日常生活 であたりまえに使われている。そして、浄法寺塗や輪島塗、津軽塗など地域によって独自の漆 塗りがある。
1867 年に開催されたパリ万国博覧会などでも、ヨーロッパに漆が大量に紹介され、世界に 誇れる工芸として認められるようになり、日本趣味をジャポニスムと、そして、日本がジャパ ンと云われるようになった。日本の文化を誇りと自信をもって子どもたちに伝えるべく、ジャ ポニスムをもっと詳しく記述してみよう。
(2)ジャポニスム
日本は鎖国で、外国との交渉を長く断ってきたが、1853 年ペリーが率いるアメリカ艦隊は 浦賀に現れ、日本を長い間鎖国から解き放した。翌年、日米和親条約を不本意な内容で締結し、
一挙に外国との国交が再開された。
日本の版画や漆器、竹製品、陶器、扇子などが西欧と米国の市場に溢れ、1867 年のパリ万 国博覧会で漆をはじめ伝統工芸品や仏教や書道、茶道・華道などが展示紹介され大変な反響を 呼んだ。
19 世紀の西欧は帝国主義、覇権主義、植民地主義など侵略戦争が絶えなかったこれまでの 西欧文化に限界と危機感を感じた文化人たちはこれまでの西欧になかった芸術、宗教、生活、
価値観、思想などを求めていた。300 年の鎖国をしていた日本の文化に触れた西欧人は東洋的 な神秘性を深く感じ、鮮烈なカルチャーショックを受けた。そして、北斎や広重などの浮世絵 は 19 世紀後半の写実派、印象派、後期印象派などの画家に大きな影響を与えた。
1876 年米国のフィラデルフィアで開催された万国博覧会に日本政府は厖大な日本の美術工 芸品を持ち込み、禅の思想や茶道など大規模に日本文化を紹介し、米国の芸術家や文化人に大 きな影響を与えた。特に日本の禅僧の書道はアブストラクトアートに取り入れられ、新しい美 術を生み出す原動力になった。
世界のアートに大きく影響した日本芸術の素晴らしさを子どもに具体的に示し、表現につな いでいきたい。
Ⅴ.まとめ
今回は日本伝統文化の意味と和の精神を子どもに伝えていく事がいかに大切かを述べてき た。日常、何気なく使っている生活用具や特別の日に使ったり飾ったりするものを取り上げ、
縄や箸が日本文化といかに深く関連し合っているかを検証してきた。そして、日本の漆などの
工芸や日本画、書道が世界のアートに影響し、日本の文化が世界に誇れるものである事を確認
した。しかし、検証した事や確認した事を子どもの文化と創造につなぐ表現にまで至らなかっ
た。次回は検証し確認した事にもとづいて、実際に大学で学生に授業展開し、表現された作品
を点検評価して、日本文化を幅広く、深く掘り下げ、子どもの文化と創造につないでいきたい。
( 参考文献 ) 1)秋山光一 他「新潮世界美術辞典」新潮社
2)「世界北条明直 ビディオ「日本の美⑧用と美」日経映像 3)「大百科事典 24 巻」平凡社
4)「日本民俗辞典」公文堂
5)飯倉武治監修「日本人 礼儀作法のしきたり」青春新書 6)遠藤ケイ「日本の知恵」
7)山辺知行 他「原色日本の美術 第 24 巻 染色・漆工・金工」小学館 8)長沢規矩也「漢和辞典」三省堂
9)中山公男 ビディオ「美術の見方⑥ジャポニズムの時代」日経映像