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状況の「を」について
1.はじめに
2.イ可力ぎ「状況」 か
3.移動動詞と状況補語
4.状況の「を」と移動格の「を」
5.その他の問題 6.おわりに
杉 本 武
(日本語学)
1.はじめに
日本語の格助詞「を」について、西洋文典の日本への紹介以来しばしば取り 上げられてきた問題として、(今日的な言い方をすれば)「格助詞「を」は目的 語表示の格なのか」ということがある。と言うのも、日本語の格助詞「を」が、
次のような、移動場所を示す用法を持つためである。
(1) 道を歩く。
このヲ格名詞句「道」(以下、このようなヲ格名詞句を「移動補語」と呼ぶこ とにする)は、ヨーロッパ系言語的な観点からは、目的語とはみなされない。
このような「を」の存在から、日本語においては、「目的語(客語)」という概 念は存在しない、ひいては、「他動詞」という概念は存在しないという議論が
なされることがあった。
しかしながら、杉本(1986)で論じたように、日本語のヲ格名詞句の中にも、
目的語としての性質を示すものがある。また目的語を示す「を」(以下、「対格」
の「を」と呼ぶことにする)と移動場所を示す「を」(以下、「移動格」の「を」
と呼ぶことにする)は、他動性(Transitivity)の点など類似性を持つ(詳し くは、杉本(1986)を参照されたい)。
さらに、格助詞「を」には、このような対格、移動格の用法だけでなく、次 のような用法もある。
(2) 吹雪旦主を山中をさまよった。
ここで「吹雪の中」は、動作が行われる状況を表している。「山中」という移 動補語と共起していることから、移動補語とは別のものであると考えることも できる。このような「を」を「状況」の「を」、また、状況の「を」を伴った 名詞句を「状況補語」と呼ぶことにする。杉本(1986)では、対格、移動格、
状況(1)の「を」を連続性のもとに捉え、状況の「を」と移動格の「を」との異 同を指摘したが(詳しくは、杉本(1986)を参照されたい)、状況の「を」の 性格および位置づけ、移動格の「を」との関係は、まだ十分に明らかになって いるとは言えない。従来の研究においても、このような「を」は、移動格の「を」
に比べ、周辺に押しやられている感がある(2)。
本稿では、移動補語との比較の中から、この状況補語の性質を明らかにし、
状況の「を」と移動格の「を」を区別する必要がないことを示したい(3)。
2.何が「状況」か
まず第一に問題になるのは、どのようなものを状況補語と認めるかである。
状況補語という範鴫の存在を認める限りにおいて、疑いようのない、典型的な例 は、次のようなものであろう。
(3)a.吹雪Ω里を山小屋を探した。
これは、移動動詞とは考えられない動詞(4)と共起している例である。あるいは、
次のように、移動補語と共起している例である。
(4)a.彼らは土砂牽 の雨の中をグラウンドを走った。
状況補語に特徴的なのは、「中」という名詞によって、状況が場所化されると いう点である。上の例では、この「中」という名詞がなければ、状況補語は成 立しない。
(3)b.*吹雪亙山小屋を探した。
(4)b.*彼らは土魎亙をグラウンドを走った。
状況の「を」について 27 また、状況補語は、次のように、補文をとることもある。
(5)a.チームメイトが守る中をゴールインした。
この場合も、「中」を「の」や「こと」で置き換えることはできない。
(5)b.*チームメイトが見守るの/ことをゴールインした。
もちろん、「〜(の)中」という形式をとっていれば、必ず状況補語であるわ けではない。
(6) トンネルの中を歩いた。
それでは、状況補語の場合、「〜(の)中」という形式をとることは必須なので あろうか。
(7)a.暗闇の中をさまよって、ようやく出口にたどり着いた。
この場合、「〜(の)中」という形式でなくても、意味的にほぼ等価な文が成立 する。
(8)a.暗闇をさまよって、ようやく出口にたどり着いた。
これは、「暗闇」という名詞が、状況を表すとともに、場所として解釈するこ ともできるためであると考えられる。それでは、(8a)の「暗闇」は、状況補 語と考えた方がよいのであろうか、それとも移動補語と考えた方がよいのであ
ろうか。(7a)(8a)はほぼ等価であるが、明らかな移動補語を付け加えてや ると、違いが現れてくる。
(7)b.暗闇の中を洞窟をさまよって、ようやく出口にたどり着いた。
(8)b.*暗闇を洞窟をさまよって、ようやく出口にたどり着いた。
次に挙げる「人込み」も同様な現象を示す。
(9)a.人込みの中を歩いて、疲れ果ててしまった。
b.人込みの中を商店街を歩いて、疲れ果ててしまった。
(10)a.人込みを歩いて、疲れ果ててしまった。
b.*人込みを商店街を歩いて、疲れ果ててしまった。
(8b)(10 b)のような現象の解釈としてまず考えられるのは、「〜(の)中」
という形式をとらないと状況補語として成立しないために、移動補語と解釈さ れ、移動補語が二つあることになってしまうというものであろう。ということ
は、(7a)と(8a)、(9a)と(10a)の類似性は、見かけ上のものであること になる。それでは、「暗闇の中」と「暗闇」、「人込みの中」と「人込み」の違 いは何なのであろうか。つまり、「中」の働きは何なのであろうか。
「暗闇の中」「人込みの中」といった状況補語の場合には、「暗闇の中」「人 込みの中」のどこかの場所で(移動)動作が行われるということを表す。これ は、移動場所を取り囲む場所ということで、正に「状況」である。もちろん、
「暗闇」「人込み」といった移動補語の場合でも、「現実的」には、「さまよう」
「歩く」動作の行われる場所は、「暗闇」「人込み」の一部であるが、「暗闇」
「人込み」全体を移動場所として、つまり、「暗闇」「人込み」を「全体的」に 捉えているのである(5)。
このことを確認するために、次のような文で、「あちこち」という副詞との 関わりを見てみたい。
(11) 人込みの中をあちこち歩いた。
(12) 人込みをあちこち歩いた。
(11)の意味するところは、「人込み」と表現される、ある一定の範囲の場所が あり、その内部の複数の部分を「歩く」ということである。これに対して、(12)
の意味するところは、(11)と同じような意味にもとれるかもしれないが6)、む しろ、「人込み」と表現される場所が複数あり、その複数の場所を「歩く」と いうことであろう。このことは、「中」に「動作の最大限の範囲を限定する」
働きがあることを示している。
これらのことから、状況補語の成立には、「中」という名詞の場所化の働き とともに、「範囲限定」の働きも関与していることがわかるが、この働きは、
状況補語の場合だけに限らない。
(13)公園の中をあちこち歩いている。
(14)公園をあちこち歩いている。
この場合の「公園の中」は、意味的に状況補語とは考えられないにもかかわら ず、「あちこち」の解釈は、(11)(12)と同じようになる。これも「中」の働き
によるものである。
状況の「を」について 29 ところで、状況補語は、「〜(の)中」という形式に限られるのであろうか。
次の例で、「炎天下」は、移動補語「その峠」と共起しているので、状況補語 と考えられるが、「〜(の)中」という形式をとっていない(例文は、Haig(1981
:85)による)。
(15) 炎天下をその峠を越える。
また、次のような「〜(の)下」という形式でもよさそうである(7)。
(16) 満天の星の下を海岸を歩いた。
(17) 木々が欝蒼と生い茂る下を地面を這い進んだ。
「下」も「中」と同様の働きをするものと考えられる。
ただし、「〜(の)上」という形式は、使えないようである(8)。
(18)*煙が立ち昇る上を現場上空を旋回した。
(19)*延々と続く樹海の上を低空を飛行した。
なぜ「〜(の)上」が使えないのかは、明らかではない。
次の文では、「〜ところ」という形式であるが、状況を表しているように見
える。
(20)お忙しいところをお越し下さり、どうもありがとうございました。
この文は、次のように、「〜の中」の形式に言い換えることもできる。
(21) お忙しい中をお越し下さり、どうもありがとうございました。
ただし、これは、定型的な言い方で、このような形式がどのような地位を占め るのかは、まだはっきりしていない(9)。
3.移動動詞と状況補語
杉本(1986)で指摘したように、状況補語は、何らかの移動を伴う動作を表 す動詞(純粋な移動動詞とは限らない)としか共起できない。
・ (22)*太郎は友人の制止の中を次郎を殴った。
(23) 太郎は友人の制止の中を次郎に殴りかかった。
「殴る」は、移動を含まない動作を表す動詞であるが、「殴りかかる」は、「か かる」によって、移動性を付与されている(ただし、純粋な移動動詞とは考え
られない)。この移動性の有無によって、(22)と(23)の文法性の違いが生じて いるのである。これは、状況補語と移動補語の類似性を示すものである。
移動補語をとり得るような移動動詞の場合、状況補語と移動補語とが共起す ることがある⑩。また、「〜の中」の形式をとる移動補語(例えば(6)など)が あることもあり、問題のヲ格名詞句が、状況補語であるのか、移動補語である のか、曖昧になる場合もある。例えば、次の文の場合、これだけでは、「桜吹 雪の中」が状況補語であるのか、移動補語であるのか決定できないであろう。
(24)a.桜吹雪の中を歩いた。
次のように、明らかな移動補語と共起していれば、状況補語であると言える。
(24)b.桜吹雪の中を道を歩いた。
ただし、(24a)の「桜吹雪の中」と(24b)の「桜吹雪の中」が同じものである かどうかは、保証の限りではない。
次に、状況補語と移動補語の共起の問題に関して、興味深い現象を見てみた い。移動補語は、経路、経由点、起点の場合があるが11)(詳しくは、杉本(1986)
を参照)、経路の移動補語、経由点の移動補語とは、状況補語は問題なく共起
する。
(25)穏やかな春の陽の中を公園を散策した。 (経路)
(26) 観衆の声援の中を折り返し地点を通過した。(経由点)
ところが、起点の移動補語の場合、問題は単純ではないようである。
(27) 人込みの中を店を出た。
この「人込み」は三つの場合が考えられるであろう。「店」の中が「人込み」
である場合、「店」の外が「人込み」である場合、さらに「店」の中も外も「人 込み」である場合である。このうち、(27)に最も自然な状況は、「店」の中も 外も「人込み」である場合であろう。
つまり、起点に重点を置く動詞であっても、それと共起する状況補語は、起 点的ではないということである(1カ。むしろ、状況補語は、どのような移動動詞
と共起しても、「経路的」である。状況補語は、「公園を散策する」「折り返し 地点を通過する」「店を出る」という、移動を含む動作が行われる場所を示し
状況の「を」について 31 ていると言える。
4.状況の「を」と移動格の「を」
以上で、状況補語の性質を見てきたが、それでは、状況の「を」は移動格の
「を」とどのような関係にあるのであろうか。一つは、状況の「を」と移動格 の「を」は同じものであり、条件によって、状況補語として働いたり、移動補 語として働いたりするという見方である。もう一つは、状況の「を」と移動格 の「を」は別のものであるとする見方である。従来の研究においては、前者の 立場としてHaig(1981)が、後者の立場として奥田(1983)がある。このい ずれの立場が妥当なのであろうか。また、(24a)で示したように、状況補語と 移動補語には曖昧性が生じる場合がある。これは、状況の「を」と移動格の「を」
の連続性を示すものなのであろうか(13。それとも、もともとは一つのものであ ることを示すものなのであろうか。
状況の「を」と移動格の「を」を別のものとする論拠は、基本的には、状況 補語と移動補語が共起し得るという点である。奥田(1983)は、さらに、「状 況のを格はかなりの程度に状況のに格とシノニムをなしているということ
(P.146)」を挙げ、次のような例を挙げている。
(28) きいばんだ稲田のうえをとうがらしトンボが わい日の にとんで いる。
しかし、状況の「を」は、必ずしも「に」で置き換えられるわけでなく、場所 の「で」で置き換えられることもあり、シノニムをなすということにどれだけ の意味があるかは疑問である。
(29)a.吹雪の中圭山中をさまよった。
b.*吹雪の中旦山中をさまよった。
c.吹雪の中エ山中をさまよった。
したがって、強力な論拠は、移動格の「を」との共起性だけであると考えられ
る。
これとは逆に、状況の「を」と移動格の「を」を同じものと扱うことの論拠
としては、状況補語と移動補語の類似性が挙げられる。これは、いくつかの現 象に分けられる。
(30)i)状況補語は、何らかの移動を伴う動作を表す動詞としか共起しな いo
ii)状況補語と移動補語とで曖昧な場合がある。
iii)状況補語は、「中」などによって場所化される必要がある。
i)については、3.で述べたが、状況補語の場合、移動補語と異なり、純粋 な移動動詞でなくても共起することができるという違いはあるが、移動性が関 与している点では共通している。ii)は、状況の「を」と移動格の「を」の連 続性を仮定すれば、状況の「を」と移動格の「を」を別のものとする仮説の反 証とはならないが、同じものであるからこそ、曖昧性が生じるとも考えられる。
iii)は、2.で述べたように、状況補語の成立には、「中」などの名詞が介在し ており、状況を場所化する働きをしている。したがって、状況補語の場合、格 助詞「を」が接続しているのは、移動補語と同じく、場所を示す句なのである。
一方、状況の「を」と移動格の「を」を同一のものと考える場合、解決しな ければならない問題が二つある。一つは、移動補語との共起の問題、もう一つ は、移動補語よりも広い範囲の動詞(純粋な移動動詞でないもの)とも共起す るという問題である。
まず、最初の問題であるが、これは、一種の「一文一格の原理」に基づくも のである。しかし、これがどのような格にも成り立つものであるかどうかは、
検討の余地がある04。例えば、場所の「に」は、一文に二つ共起することがあ
る。
(31) 東京には上野に動物園がある。
この場合、最初の「に」は主題化されなければならないので、かなり特殊なケー スであるとは言えるが、場所の「に」が複数現れることがあることは確かであ る。ただし、これには一つの条件があり、一方が広い範囲を示し、他方が狭い 範囲を示していなければならない。これを、状況補語と移動補語に関して見て みよう。
状況の「を」について 33 (32)a.濃霧の中を峠を越えた。
この場合、「濃霧」が「峠」を覆っているわけであるから、状況補語「濃霧の中」
が広い範囲、移動補語「峠」が狭い範囲を示している。また、次のようにパラ フレーズすることができる。
(32)b.濃霧の中の峠を越えた。
しかし、必ずしもこのような場合ばかりではない。
(33)a.暗闇の中を洞窟をさまよった。
b.?暗闇の中の洞窟をさまよった。
この場合、状況補語「暗闇の中」の範囲は、移動補語「洞窟」の範囲よりも狭 いか同じであろう。しかし、これも、名詞句「洞窟」が指し示す範囲ではなく、
実際の移動経路というように考えると、状況補語「暗闇の中」は、より広い範 囲を示していることになる。
3.で述べたように、状況補語は、移動場所を含む移動動作が行われる場所 を示す働きを持っている。状況補語と移動補語の語順を逆にすると、落ち着き が悪くなる。
(34)?洞窟を暗闇の中をさまよった。
これは、(33a)において、「暗闇の中を」が、意味的に、「洞窟をさまよう」全 体にかかっているためであろう。この意味で、状況補語と移動補語とではレベ ルが異なる。言い換えると、状況の「を」は、移動との結び付きが弱くなった 移動格、弱化した移動格と言うことができる。
次に、移動補語と異なり、状況補語が純粋な移動動詞以外の動詞とも共起す るという点について考えてみよう。これは、見方を変えれば、全く問題になら ないだろう。つまり、移動動詞を含み、何らかの移動を伴う動作を表す動詞と は、「移動/状況補語」が共起すると考えればよいのである。純粋な移動動詞 の場合、移動/状況補語は、移動の対象となる場所(経路、経由点、起点)を 表し、それ以外の動詞の場合、その動作が行われる場所(状況)を表すように なるのである。
以上のように考えると、状況の「を」と移動格の「を」を区別して考える必
要はなくなる。つまり、「状況」というのも、「経路」「経由点」「起点」と同じ く、移動補語のヴァリエーションであることになる。
5.その他の問題
通常、移動補語は直接受動文の主語にすることができない。
(35)a.山田さんが裏道亙歩いている。
b.*裏道は山田さんに歩かれている。
ところが、柴谷(1984)において指摘されているように、文によっては、それ が可能な場合がある(例文は、柴谷(1984:290)による)。
(36)a.多くの人がこの山道を歩いているようだ。
b.この山道は多くの人に歩かれているようだ。
(36b)の文法性には異論もあるであろうが、(35b)よりはるかに文法性が高 いことは確かであろう。これに対して、状況補語の場合、杉本(1986)でも述 べたように、直接受動文の主語になる可能性は全くないようである。
(37)a.たくさんの船が台風の史を避難してきた。
b.*台風の中がたくさんの船に避難してこられた。
これは、状況補語と移動補語の違いを示す現象のように見える。しかし、これ も、4.で述べた、状況補語と移動補語の意味上のレベルの違いによって説明 できるであろう。状況補語は、移動補語と比べ、動詞との結び付きが弱い。こ のため、状況補語への動作の影響度が低く、直接受動文の主語にならないと考 えられる⑮。
次に、次のような文の取り扱いについてふれておきたい。
(38) 泥棒は逃げて行くところを捕まった。
これは、Harada(1973)で取り上げられた文で、このようなヲ格名詞句は、
自動詞と共起しているので、目的語とは考えられず、 akind of circumstantial adverbial phrase(p.122) であると述べられている。 Harada(1973)は、こ のような「を」が、本稿で言うところの状況の「を」と同じものであるとは明 言はしていない(1⑤。しかし、このような「〜ところ」は、目的語でないとする
状況の「を」について 35 と、移動場所を表しているのでもなく(「捕まる」は、純粋な移動動詞ですら ない)、状況補語(あるいは、それ以外の何か)と考えざるを得ない。しかし、
杉本(1991)で指摘したように、「捕まる」のような自動詞は特殊な性格を持っ ており、「〜ところ」が目的語である可能性もある。
また、このような「ところ」は、「中」で置き換えることができない。
(39)*泥棒は逃げて行く中を捕まった。
さらに、この「ところ」は、場所を表すと言うよりも、次のようなアスペクト を表す「ところ」に近い⑰。
(40) 泥棒は逃げて行くところだ。
このような点から、本稿では、このようなヲ格名詞句を状況補語とは考えない ことにする。
6.おわりに
本稿では、状況の「を」を移動格の「を」と区別して考える必要がなく、状 況の「を」は移動格の「を」の一種であることを示した。しかし、このように 考えると、現状では説明できない現象もある。例えば次のような文の非文法性
は、説明できない。
(41)*公園の中を遊歩道を歩いた。
「公園」の中に「遊歩道」があるとすると、「公園の中」は広い範囲を、「遊歩 道」は狭い範囲を示すことになり、このヲ格名詞句の共起は許されるはずであ るが、許されない。考えられる解釈は、状況補語に、「状態」が場所化されな ければならないという制限が存在するというものであろう。これを、移動格の
「を」とどのように調和させるかは問題として残る。今後の課題としたい。
注
(1)杉本(1986)の用語では「状況格」。
(2)状況の「を」の位置づけについて論じているものとして、Haig(1981)、奥村(1983)
がある。
(3)つまり、結論的に、いわゆる「状況の「を」」は、移動格の「を」に含まれる。こ
のため、本稿では、状況の「を」を「状況格」の「を」とは呼ばない。したがって、
厳密には、「状況を示す移動格の「を」」と呼ぶべきであるが、議論の都合上、このよ うな呼び方をすることにする。
また、以下では、「移動補語」に対する用語としての「状況補語」という用語を使 用するが、これも便宜上のものであり、移動補語と対立するところの状況補語が存在 することを意図したものではない。
(4)移動動詞においては、自動詞の場合、ガ格名詞句の指示するものが、他動詞の場合、
ヲ格名詞句の指示するものが移動する(cf.成田(1979))。この点、問題の「探す」は、
ヲ格名詞句「山小屋」が移動するわけではないので、移動動詞とは考えられない。
(5)アスペクトに警えて言うと、「暗闇の中」「人込みの中」は、 imperfective に、「暗 闇」「人込み」は、 perfective に相当するだろう。
(6)筆者の内省では、この意味にはとりにくい。
(7)いずれの例も、「下」を「中」で置き換えることができそうである。
i)?満天の星の中を海岸を歩いた。
n)木々が欝蒼と生い茂る中を地面を這い進んだ。
(8)(18の場合、「上」を「中」で置き換えると、文法的な文になる。
i)煙が立ち昇る中を現場上空を旋回した。
(9)例えば、「お忙しい」の主語と「お越し下さる」の主語が一致するのは、何か意味 があるのであろうか。
なお、これに類似した、次のような文の「〜ところ」を状況補語と認めるかどうか については5.で述べる。
i)泥棒は逃げて行くところを捕まった。
⑩ これは、1.でも述べたように、むしろ、状況補語というものの存在を示すもので、
当然のことである。
⑪ このいずれであるかは、動詞の意味によって決定される。
⑫奥田(1983:146)では、起点的な(奥田(1983)の用語だと、「とおざかり」)状 況補語として次のような例を挙げているが、筆者の内省では、この文は非文である(文 学的表現としては、別である)。
i)しかし、それは、病気の妻がたえがたい…軽井沢ににげていくのを、
もっともだと納得している気もちとは、べつのものであった。
⑬杉本(1986)では、この見方をとっていた。
(凶 むしろ、作業仮説と考えた方がよい。
⑮ この問題に関しては、この方向で解決を図るつもりであるが、日本語の受動文の取 り扱いの問題も関わってくるので、本稿では示唆にとどめたい。
⑯ ただし、このような「を」は、移動格の「を」と同じく、深層構造で導入される格 助詞であるとは述べている(Harada(1973:143))。
⑰ ⑳に関しても、同様のことが言えるだろう。
参考文献
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連語論(資料編)』、pp.21−149、むぎ書房
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