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日本国憲法第9条の「救済」を

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日本国憲法第9条の「救済」を

著者 橋本 敏雄

雑誌名 PRIME = プライム

26

ページ 69‑70

発行年 2007‑11

URL http://hdl.handle.net/10723/649

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わが日本では、 現憲法の制定以来、 どういう訳 か政権担当の頂点にある人たちが、 常にその 「改 正」 を口にし、 直接にそれに着手できない状況に あって、 折々に筋の通らない解釈を施しては法律 をつくり、 実質的な 「改憲」 を少しずつ実現して きた。 そして今、 現内閣は、 現行憲法がその 「現 実」 と合致しなくなったとか、 まさに民主憲法体 制そのものである 「戦後レジーム」 からの 「脱却」

とかの理由を挙げて、 改憲を口にするだけでなく、

まさに実行しようと、 その準備を進めている。

「改正」 案は、 追加的な条項を含めて幾つもの 項目が俎上に並べられるであろうが、 焦点はただ ひとつ 「第9条」 である。 というのは、 現行憲法 の下で、 憲法条項に書かれていないからといって できないことはほとんどないと思われるからであ る。 生命の安全や救済、 人間的諸権利の実現、 社 会的正義の実行などに関していえば、 条文的明記 がなくともこれを妨げる根拠は現行憲法のどこに もない。 他方、 条文に書いてあるのでできないこ とは少なからずあるが、 その中で最も明確な規定 が 「第9条」、 つまり 「戦争はしてはならない、

戦力は持ってはならない」 との禁止条項なのであ る。 わが国の政府が、 主権在民の憲法を忠実に履 行してきた、 あるいは実現するよう努力してきた というよりも、 むしろ国権の復活、 強化に努めて きた。 そしてその結果、 現在、 社会のさまざまな 分野で憲法的理念と合わなくなってきている 「現 実」 が多々あるのである。 そうした憲法条項の中

でも、 条文の上で最も鋭く、 あるいは明確に社会 的 「現実」 との不一致をあらわにしているのが9 条であろう。

いわゆる 「自衛隊」 という名の軍隊の存在は、

最高裁判所の判断で 「合憲」 とされている。 9条 が 「自衛のための戦力を持つことまでは否定して いない」 とされ、 「専守防衛」 なる用語をもって 庇護され、 育成されてきた自衛隊は、 今や 「国際 貢献」 や 「テロとの戦い」 を口実に海外に派兵さ れるまでに成長し、 現政権の下では、 さらに現憲 法下での 「集団的自衛権」 (アメリカとの共同軍 事行動) の行使まで検討されている。 「自衛」 の 論理の貫徹は、 軍隊の海外での活動を合理化する だけでなく、 「先制攻撃」 をまで容認するものと ならざるをえない。 その方向に 「現実」 をさらに 推し進めるには、 「条文」 を改定する以外に有効 な方法がないところまで来ているのであろう。

第2次大戦直後、 日本政府に新しい憲法の制定 を指令し、 その作業を主導したのはアメリカだが、

憲法全体の内容の基礎を設定したのも、 9条を創 意したのも、 日本の側である。 当時の世界の民主 主義的世論に背を向けるわけにはいかなかったア メリカは、 先ずは日本の 「民主化」 の先導者とし ての役割を担わざるをえなかったのだが、 やがて 直ぐに、 とりわけ9条の設置が、 日米双方の政府 にとって不都合だったことに気付かされることに なる。 その後、 今日に至るまで、 日本の 「再軍備」

にとって、 9条は大きな足枷となったのである。

― 69 ― 特集:世界の中の憲法9条

日本国憲法第9条の 「救済」 を

(国際平和研究所所員)

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つまり、 今日、 憲法改正の理由としていわれる

「自主憲法の制定」 論や 「時代状況変化」 論ない しは 「アップデート」 論などは、 少なくとも 「9 条」 についていえば、 その論拠は既に破綻してい るのである。

朝鮮戦争休戦後の1953年にもたれた 「池田・ロ バートソン会談」 と呼ばれる日米政府間の秘密会 談で、 日本の軍備増強を要求するアメリカ側に対 し、 日本側からは、 第1に法律的制約として 「憲 法第9条」 を、 第2に政治的社会的制約として、

「平和教育」 により 「 国民よ銃をとるな という 気持ちは日本人によく行き渡っている」 こと、 第 3に経済的制約として、 国民生活への経済的支援 のため軍備への費用負担ができないこと、 第4に 物理的制約として、 兵力の増強を図ろうとしても 第2の制約とも関連して兵員が集まらないことを 挙げて、 逆にアメリカによる軍事的援助を求めて いる。 日米両政府にとって、 9条は、 はじめから、

遵守すべき価値としてではなく、 「制約」 として

あったということだ。 改憲論者のいう 「戦後レジー ム」 とは、 言い換えれば 「9条体制」 のことでも あるといってよい。

私たちの日本のように、 世界のすべての国から の資源供給を必要とする国においてはもとより、

グローバリゼーションの大波にのまれ、 貧困や戦 火の中で命を落としている世界の多くの人々にお いても、 人類史の汚点たる大殺戮 (世界大戦) の 結果生まれた 「日本国憲法第9条」 の歴史的先見 性と価値の普遍性は、 その重要性をますます高め ている。 9条の理念は、 この60年間このかたの

「現実」 によって、 ひどく傷つけられてきたが、

さらには現在進められている改憲論議において、

場合によっては致命的な一層の深手を負わされか ねない状況にある。 私たち自身のためにも、 また 世界の人々のためにも、 少なくとも9条をこれ以 上傷つけないために、 その 「救済」 に向けた可能 な限りの行動が、 今、 求められている。

日本国憲法第9条の 「救済」 を

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