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自閉症児の治療教育にかかわる親の態度変容
著者 柳川 光章
雑誌名 奈良教育大学教育研究所紀要
巻 19
ページ 131‑138
発行年 1983‑03‑23
その他のタイトル Modification of Parental Atitude on
Orthopedagogy for Autistic Children
URL http://hdl.handle.net/10105/6557
自閉症児の治療教育にかかわる親の態度変容*
柳 川 光 章榊
(障害児学教室)
自閉症の成因を心因によるもの、ととらえる立場の人びとは、当然のことなが ら、その病因論的被告ともいうべき親への心理学的アプローチ(カウンセリング を中心とする)を試みてきている。自閉症を器質性障害と見る立場の筆者は、そ のような病因論とそれにもとづく心理学的対応を否定しながら、なおかつ、親子 関係一格別にも母子関係一の重要さを認め、親の態度変容を実現するための心理 学的関与に関心を抱く。本論はその根拠と方法について若干の考察を加えようと するものである。
自閉症病因論における心因説の否定
Bettelheim,B.{2〕は、自閉症は乳幼児期の親の拒否的態度や親子の隔離からつくられると説 く。このような親子関係一親の情緒的・身体的接触の欠除一に原因を求める考え方は、過去にお いて広く採用され、特に精神分析学派はその力動的精神医学(Dynamic Psychiatry)の立場か
らこれを強調する。Kanner,L.もまたWing,L98)その他の人びとによれば心因論者であった。
最近では脳中枢機能の障害によるとする仮説にもとづくさまざまな実験や既往の詳細な調査など によって、心因説は諸仮説の中から消去されつ、あるといえよう。治療的実際においても、心因 (1O.19)
性の問題であればその環境の調整改善によって回復が原則として期待されるべきものであるにも か、わらず、その効果には見るべきものがない。
191
Kanner は早期幼児自閉症(Early Infantile Autism)の最初の報告において、確かに症児 の親の高学歴・専門職階層・強迫的性格像・人間的な温かさの欠如などを共通に見られる特徴と
して挙げているが、同時に、明確に、r生来的な障害をもって(with imate disability)生ま れてきた」r生まれながらの(inbom)自閉的障害の純粋培養例(pure culture examples)」と 述べ、かつ、「人生当初からの孤立(the al㎝eness from the be釦ing of life)は・その 全体像が初期の親と子のありように起因すると見ることには困難さがある.1としている。Kamer が心因論者であるとの誤解は、家庭環境の特徴に言及していることにあわせて、背景に彼が力動 的精神医学の立場にあることを見とるためであろうと考えられる52D
親の性格が病因論的意味をもたないことは、DeMyer,M.K、一5〕のMMP Iによる健常児・
、胚)
精神薄弱児・自閉症児の親の比較や、Cox A り の研究でも明らかにされた。また、出生直後 (7自.14.i5)
から発症に至る間の既往についての調査でも、早期幼児期の親子関係の欠除や稀薄といった育児
* Modification of Parental Atitude on Orthopedagogy for Autistic Children
**Mitsuaki Yanagawa(Department of Defectology,Nara University of Education,Nara)
の態度と方法の特徴を指摘することはできないのである。
現在、自閉症の病因に関しては、生化学的側面,遺伝学的側面,電気生理学的側面など多様な アプローチが試みられている。これらの詳細にふれることは避けなくてはならないが、これらは いずれも仮説的段階またはその前段階であって、その意味では心因説も仮説的生命を持ちっ㌻け ているとは言えるが、それは治療教育的方向を根本的に変えさせるものゆえに、あえて否定して おかなくてはならない。
自閉症の病因が脳器質の障害であるといっても、その概念は極めて包括的で、それだけでは病 ω
因の説明として不十分であり、治療の手がかりとはなし得ない。精神薄弱一AAMDの精神遅滞
(Mental retardation)は包括概念であり、混乱を招くのでここでは採らない一も自閉症も共に 器質の障害であれば、両者の症候論的な明瞭な相違は、器質の「どこが」rどのように」違うか が特定されなくてはならないだろう。今後の神経生理学的追求をまたねばならぬところである。
治療努力の基本的問題点
自閉症の病因論の不明確さは、したがって治療方法論をもいっそう不確かなものにしている。
Omitz,E.M.41のの言うように、自閉症児の治療や教育の従来からの真剣な努力の積み重ねは 無視できないものであるが、何がよいかの特定は出来るものではないし、少くとも現段階ではわ 一 (11)
れわれはそのように言わざるを得ない。Kanner によれば、r精神分析学的方法,オペラント 条件づけに基本をおく方法,精神薬理学,教育.親の心理療法を経ての治療,そしてそれらの組 合せのすべては、意味のある、長期の追跡評価を行なうには十分に時間が経過しておらず、改善 のためのこれらの方法のどの効果も、一時的断片的なものであって、それ以上の理論的に信頼で きる考えを与えるものは全くない」のである。
このような状況にありながら、なおわれわれはより確かな治療方法を模索しっ、けなければな らない。オペラント条件づけは問題点を含みながらξO与の有効性のある側面は否定されるもので (12.13)
はないし、健常児との混合教育は、短絡的に全面肯定できるものではないが、その必要性は原則 的には変わらない。音楽療法的な,体育療法的な,あるいは絵画療法的なといった治療法も、肯 定的側面を認めることができる。ただ一つ、特定の一方法によって自閉症のすべてのばあいに対 応できるという一元論的発想は、厳重に戒められなくてはならない。
過去の、自閉症が親(格別にも母親)と子どもの情緒的・身体的接触の欠除に起因するとされ た時代には、当然のことながら、母親へのカウンセリングと子どもへの心理療法が重要な意味を もっていた。 r原発者」である母親のカウンセリングによる態度の変容は、子どもへの好ましい 対応と、症状の改善が期待できるし、母親によって自閉症児に「育てられた」子どもは、心理療 法によってr本来の姿」をとりもどす、と考えられていたのである。中枢神経機能の障害をその (1の
根底にもっていると予想される自閉症はOmit2らによれば感覚と運動との統合の障宝であり、
葡
先述のように極めて神経生理学的基礎をもっものであって、単に受容したり共感したりだけでは、
時に. 放牧 の批判をもまぬがれない。
自閉症が示す多くの特徴のうち、対人接触の障害はもっとも重要視されてよい問題であり、わ
れわれの治療教育的アプローチも、この対人関係障害の克服を基本的な目標とする。それは、対 人接触障害の改善が他の多くの障害の改善に結びつく、と考えるからである。
〔C390 1〕
N T (女児)がわれわれの治療教育室に通いはじめたのは3歳6か月(ユ980年9月)
で、全くことばをもたず、砂遊びのみに熱中し、独りで2時間をすごす状態の重度児である。
治療目標を対人認知の発現におき、治療者(学生2人、1年間継続的に担当)は砂遊びも一 緒にしながら話しかけたり手伝ったりしながら、他方ではトランポリンに連れていって跳ば してみたり、治療者が膝にかかえて、ピアノや太鼓にあわせて他の子どもと歌を歌ったり(
彼女は歌えず、治療者にとられた手をリズムに合わせて叩くだけであるが)といった、動作 を加えた治療者の身体接触と治療者の参加のもとでの激しいリズム運動を継続した。また、
治療者と共に水に浮いて遊ぶことも繰りかえした。これらは、筆者のいうr人と共に在るこ と(共在感)の触発」を期待するためのものである。
入室後1年余の1981年11月、彼女はトランポリンの上で、他の子ども(自閉症ではない)
に押されたら、押しかえす、というわれわれにとってきわめて劇的な反応をみせた。そのご ろからトランポリンに治療者の手をとって誘うようになり、おとなに向かってrオーイ、オ ーイ」と発声し(それは呼びかけのことばで、治療者がしばしば使っていたものだが、彼女 は呼びかけの意味では発声していない)、これを繰りかえすようになり、視線も短かい間な がら合わせるし、1982年1月では、他の子どもと一緒に順次名前を呼ばれると、自分の番 で手を挙げ(返事はしない)、他の子どもがハイと答えたり手を挙げたりすると、他の子ど もと共に手をパチパチと叩くようになった。
治衰教育室における談話責の機能
既に述べてきたように、筆者は心因説に基づく遊戯療法や母親カウンセリングは行わない。遊 戯治療的方法を採用しているのは、それが新しくr機能を目覚めさせる」と考えるからであり、
カウンセリングを行うのは、以下に述べる親への働きかけの意味(談話室の機能)に伴うものと して考えるからである。
治療教育室の考え方の基本 われわれの治療教育室の対象児は、
1.幼児を中心とする 早期発見と早期治療の重要性を第一に考えるゆえに。
2.個別指導を必要とする重度の自閉症児 症状が軽く、健常児との接触が一応可能と 思われるものは除外し、一対一指導または集団内指導に併せて一対一指導を必要と する子ども。
3.所属する保育園・幼稚園などとの連絡 通園している機関があれば、そことの連絡 を可能な限り密にし、相互に治療方法の不統一無系統をできるだけなくする。
治療教育室で引きうけるか否かは2か月ほどの観察期間を経て決定し、1人の子どもに2人の
学生を治療者として当て、1年間担当させる。毎週1回約2時間で、場所は遊戯室を含む3室と
屋外。屋外ではしばしば奈良公園を利用する。
談話室(親の控え室)は通称名の相談室をこれに当て、子どもとは可能な限り離れて、親はこ こで休息し懇談し学習し、時に集団的なカウンセリングを受ける。個別のカウンセリングは研究 室で行われる。
このような考え方にもとづく談話室周辺の運営の目的は、次の2点に集約される。
1.自閉症の二次的強化(深化)の防止のために親の理解を深める。
親子関係が発症理由でなくとも、誤った親の子への対応が更に自閉症状を深化させ ていく可能性があり、これは厳重に警戒されなくてはならない。そのための、親の 自閉症への理解と子どもへの対応姿勢の改善が求められる。
21治療組織への参加が可能な段階まで親が変わることを期待する。
Kannerω)が既に述べているように、親は被告席に立たされ自責の念に苦しむこと を捨てて、積極的に役割りを果たす共同治療者として治療努力の中に参加しなけれ ばならない。時間的空間的に子どもと常に接触し、今後の長い道程を子どもと共に 歩む重い責任のある親を、たくましい治療者の一人として育てかえることは、困難 さは大きくとも重要なことと考える。
期待される親の態度変容 治療過程における親の態度変容は、筆者においては次の段階を経
る。
1.親の不安・心情の吐露の段階 2.情報交換・知識吸収の段階
3.子どもへの理解・親の立場の理解を深める段階 4.治療組織への参加の段階
この態度変容は型どおり順を追って進むものではなく、低迷したり回帰したりをくりかえして いくもののようであるが、親の自発的で自然な変化を期待し、すべての段階で行なわれるカウン セリングは援助する姿勢でなされることが必要と考えられる。また、談話室の働きの最終目標は 治療組織に参加できる(その意味では一本立ちした)一 たくましい親 にかわることであり、そ のためにも、既にそのレベルにある親を外部から招いて談話に加わってもらうこと一も試みられた。
1.親の不安・心情を吐露する段階 自閉症児の母親は、まだことの重大さに気づいていなか ったり、談話室に来て改めて一時期脳んだり、焦りや不安感を抱きつづけていたり、家族や地域 の無理解や偏見に苦しんだり、その姿はさまざまである。
〔Ca8e 2〕
M.T.(小4男児)の母親は国立大学の卒業者で大学教師の経験があり、父親は大学卒の
会社員。}変わった子 が生まれたのは、乳幼児期の母親の愛情不足・接触不足によると親
戚縁者から責められ、みずからも育児に配慮が欠けていたと反省している内向的な性格の女
性で、そのためにいっそう沈んだ状態に追いやられていた。しかし、出生後の状態について
の陳述や詳細な記録(母親の日記・8ミリ映画・写真)などによってみても、そのような痕
跡は全くなく、むしろ愛情豊かで思慮深い型の育児姿勢が推定される程であった。談話室で
の 同類 たちの励ましや新しい知識によって、その後彼女は次第に明るさをとりもどして
いったようである(第ユ表Nα3)。
談話室は、初期の段階では何よりもrなかまの部屋」、きびしい心理的緊張と肉体的疲労から r解放される」場所でなくてはならないと考える。次の一文は、談話室でのリーダー的雰囲気を っくっていった母親(第1表N皿2)の感想文(ユ980年ユ1月,要旨)である。
r研究室へ行かせてもらって早くも2か月になろうとしている。親として反省すべきこと がいろいろ出てきて恥ずかしい。一それに、研究室に居る問は、肉体的にも楽で他のお母 さん運といろいろお話ができてとっても楽しい。先生は親子の気持ちがよくわかって下さる し、何でも言える。一一緒になって喜んで下さることがもっとうれしい。研究室の考え方 と幼稚園の指導方針が基本的に同じであるので、親としても少しも迷うことがない。それに 学生さんの若さは、何にもましてこの子に必要だと思う。」
2.情報交換・知識吸収の段階 わが子にかかわることであるので、この段階の親の「学習」
は活発であるが、後述するように、情報や知識は必ずしも直ちに理解へとはっながっていかない。
〔C3se 3〕
O.M.(男児)の父親は小児科医、母親は大学卒で、在学中の専攻は心理学、自閉症の心 図説を学習してきている専業主婦である。親は本児が2才ぐらいからことばの退行をみせ(
現在は全くことはがない)、対人接触は親子問でも成りたたないなどの状態を一時的なもの (いずれは回復すべきもの)と考え、特に母親は、父親の開業と転宅の時期が本児ユー2歳 の頃で、その繁忙のために育児に専念できなかったことが発症の原因とし、それは開業時期 を誤ったためとして父親を責めている。両親の育児の最終目標は、国立大学の医学部を卒業 させ医業に就かせることにある。そのために、地元の保育園をす、められたが断って、遠く 東京近辺のH著名な 幼稚園に入園させ、母子と父親は別居生活にはいった(本児4歳6か 月)。 半年ナこっても 効果が全く現れず、次に関西のこれも卓効があるときかされた場所に 移り、ここでも}失望 し、近づく小学校入学にあせり、「これだけ努力しても、なぜ変わ らないのか」と嘆くありさまであった。このケースは、2度相談に来室した後、連絡を絶っ た。
このような無知ともいえる子どもへの無理解と不当な期待は、初期の段階でどの親にも多少と も見られることであるが、経験的にいえば、知的レベルの高い階層に多く、これらの親は専門家 から専門家へ、幼稚園から幼稚園へと、もっとも警戒すべき「渡り鳥」の姿を見せる。Kanner⑨ は、父親が化学者で母親が臨床心理学者であったケースで、ユか月から3か月の短期間に専門家 を替えていったことや、子どもの3歳半からの5年半の問に11の学校を変えたことを報告してい る。このような親に正しく自閉症を理解させ、もっと生産的な方向で親の努力を傾けさせること は容易ではないが、これも談話室とカウンセリングの役割りの中に含まれなくてはならない。
3.子を理解し親の立場を理解する段階 子どもと至近距離にある親は、格別にも親の願望や
期待(それは多く幻想におわるのだが)が働き、情報交換・知識吸収の段階で得た諸知識も、子
どもとおのれの立場の理解に容易に結びつかない。Case1の女児の母親(第1表N皿1)は、外部
から談話室に加わった母親(自閉症の20歳の子をもつ)の体験談を聴いて大きな衝撃を与えられ
た。子どもが幼いゆえに、いずれは何とかなると考えていたことの甘さを打ち砕かれたのである が、やがて}底辺 から立ちあがろうと努力しはじめ、積極的に必要なことを求めるようになっ た。情報(知識)をもつことと子どもや親の実態をみずから認識することとの間には懸隔があり、
親の態度変容においてもっとも困難なのは、この理解段階への移行であるように思える。
4.治療組織への参加の段階 不安・心情の吐露の段階から治療組織への参加が可能になる段 階に至る道すじは、多くのばあい曲折をくりかえす。既述した手記を寄せた母親は、その後に深 刻な悩みを3〜4か月持続させ、その問に宗教団体の修養も経験したが、結局は治療者の一員と して信頼できる程に変わった。この段階に至った親の特徴は、①子どもとの距離を保てる ②子 どもの行動の変化を客観的にとらえる ③子どもへの対応で自分をどのようにしたらよいか考え られる ④新たに工夫した方法を提 第1表 MAS retestの結果(母親6例)
示してくる⑤こちらの方法に建設
No 来室開始時 1982年3月 通室期間 的な批判を加えることができる そ
1 28 24 1年6月 して、⑥居なおりとも見られる落ち
2 26 18 1年5月 つき(たくましさ)が目につくよう
3 30 24 1年5月
になる、などがあげられる。
4 22 21 8月 治療教育室(開設1980年9月)に
5 24 26 6月 来室当時と1982年3月に実施した
6 19 19 6月 MA Sの結果(母親)の比較は右表
の如くである。 成人女子全国平均 17・80
この例で見る限り、自閉症児の母親の不安傾向は一般よりも高いといえそうであり、通室後多 くが不安傾向を減少させていることには談話室の機能があずかっている、といえるかもしれない。
桔 ぴ
自閉症という病因も不確実な、したがって治療法も不明確な、そして予後はけっして楽観でき ない「難病」児をか、えている親に、情緒的安定やたくましさを求めることは容易なことではな
く、また、一面では酷であるとさえ思える。しかし、今後の長い経過を余儀なくされるr難病」
ゆえに、親を「たくましく」変えることは必須の条件である。われわれが談話室を通じて親の態 度変容を期待する意味は、心因論的原発者の親一子どもの治療の前に治療されるべき親一を考え るのではなく、治療者としてもっとも長い期間責任を負うべき親の再構成をめざすところにある。
短かく浅いわれわれの経験ではあるが、心因説を否定する病因論と治療論の立場からは、この方 向の重要さを指摘したいのである。
引 用 文 献
ω AAM D 1973 Manual on terminology and classification in mental retarda−
tion,Garam./Pridemark Press.
12〕
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(6〕
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