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英語教育における 「日本語文型・発想シラバス」開発に向けて

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英語教育における

「日本語文型・発想シラバス」開発に向けて

鈴木 卓

要旨

 本稿では「日本語文型・発想シラバス」の開発と使用を提案し、従来の文法シ ラバスに比較した場合の長所を論じる。まず文法シラバスの主要な特徴を概観し た後、英語における発信力、つまり話す・書くという技能における伝達能力の向 上を目的として文法シラバスを利用する場合の問題点を指摘する。そしてその問 題点を解決するものとして、学習者の母語である日本語の文型や文法構造を基に したシラバスを提案する。このシラバスでは、「現在完了」「関係代名詞」のよう な対象言語つまり英語の文法項目を構成要素として用いない。その代わりに「~

ている」「~に~をもらった/あげた/やった」のような日本語の文型等を学習 項目として扱う。本稿ではこのようなシラバスに含むべき具体的学習項目のリス トを例示し、また各学習項目の提示順序を検討し提案する。最後に、「日本語文型・

発想シラバス」が、コミュニケーションを重視した言語教育(コミュニカティブ・

ランゲージ・ティーチング)においてどのように位置づけられるかを述べる。

‘Japanese-Structure-Based Syllabus’ for ELT : suggestions for development and use

Suzuki Takashi Abstract

This paper proposes the development and use of 'L1-structure-based syllabi for English study' and discusses their advantages over traditional grammar-based syllabi.

After surveying some core features of grammar-based syllabi, the paper examines their shortcomings particularly when used to develop the learners' production skills in English. It then discusses how such shortcomings could be overcome by proposing a syllabus based on sentence structures and grammatical systems that exist in the learners' L1 Japanese. Instead of gramatical forms in English such as 'present-perfect' or 'relative pronouns' for example, the syllabus consists of those in Japanese such as '… te-iru' or '… ni … wo moratta/ageta/yatta'. A sample list of items to be included in such a syllabus, and how such items could be presented, are then suggested. The paper concludes by placing such an 'L1-structure-based syllabus' in the context of communicative language teaching (CLT).

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1.

はじめに

 現代の日本における英語教育では一般に、広い意味でのコミュニカティブ・ランゲージ・

ティーチング(以下「CLT」)(J. C. Richards & Rogers, 2001; Savignon, 2002)を標榜したり、

少なくともコミュニケーション重視の姿勢をうたったりする傾向が共有されている。本学 を始めとする大学の英語科目にはコミュニケーション能力の養成を主目的とするものが少 なくないし、社会人向けの英語学校でも文法や文章読解よりも「英会話」を教えるクラス のほうがより一般的であろう。中等教育における訳読や文法規則・語彙の暗記に重点をお くいわゆる「受験英語」はその例外であるが、1990年代から文部(科学)省の学習指導 要領においても聞く・話すといった伝達能力の向上が目指されるようになり、その結果高 等学校において「オーラル・コミュニケーション」の授業が実施されている。

 英語教育における主要な目的がコミュニケーション能力の向上であるとすれば、CLT 旧来のいわゆる文法訳読法を補完する教授法・考え方として有効なアプローチであるこ とは言うまでもない。しかし同時にまた、円滑で正確な意思疎通のために文法知識の獲 得が不可欠であることは、CLTにおいても決して否定されているわけではない(Savignon,

2002, p. 7)。かつてはKrashenに代表されるように「言語を意識的に学習しても、その習

得にはつながらない」というような見方もあったが、このような極端な主張は実証的にお おむね退けられ、文法を明示的に教授することに一定の効果があることが広く認められ ている(Ellis, 2006, 2010; Norris & Ortega, 2001, p. 195)。このような背景のもとで、CLT 文法等の言語形式の教授を組み込むフォーカス・オン・フォーム(以下「FonF」)(Long, 1991; Long & Robinson, 1998)や、逆に文法を中心とした学習にコミュニケーション活動 を取り入れるGrammar Based Teaching(以下「GBT」)(Azar, 2007)等の考え方と方法論が 提唱されている。

 このようにCLTと文法教授の相互補完の必要性が認識されその統合が実践されていく 現状を鑑みて、本稿では、一般的な文法・構造シラバスをコミュニケーション能力向上の ために利用するにあたっての問題点を検討する。特に英語で「発信する」能力の向上のた めに文法・構造シラバスを利用する際の難しさを指摘し、その克服への試みとして「日本 語文型・発想シラバス」の開発を提案する。従来の文法・構造シラバスと比較しながらこ のシラバスの構成について考察・提案し、文法の教授・学習とコミュニケーションを重視 した英語教育・学習がいかに両立しうるかを検討したい。

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2.文法シラバス

 言語教育やその調査・研究において「シラバス」という場合、大学における一般の講義 科目のシラバスよりやや狭い意味で用い、「授業で何を教え、それをどのような順序で教 えるかを記述したもの」(J. Richards, Platt, & Weber, 1988 (原著1985))を指すことが多い。

言語教育におけるシラバスの種類には、まず本稿で妥当性を検討する、文法構造や文型を 学習項目として配列する「文法・構造シラバス」がある(両者を区別する立場もあるが本 稿では以下まとめて「文法シラバス」とする)。これ以外の主なシラバスとしては、「依頼 する」「許可を求める」といった発話機能に基づく「機能シラバス」(Nunan, 1988)、「買 い物」「税関で」といった状況や場所に基づく「場面シラバス」(同上)、「計画を立てる」

のようなタスクに基づく「タスクシラバス」(Long & Crookes, 1992)、さらには学習者と「交 渉」しながら学習内容を定める「プロセスシラバス(また交渉シラバス)」(Breen, 1987;

Clarke, 1991)等がある。実際の言語教育の授業や教材においては複数のシラバスを組み 合わせることも多い。その場合は、例えば「買い物」という「場面」における会話を提示 しながら、その中で値段に関して「情報を求める」という「機能」や、「可算・不可算名 詞の区別」という「文法」項目も学ばせる、といった方法をとる。

 このうち文法シラバスは、伝統的には国内外を問わずもっとも広く用いられるシラバス であったが、次のような短所が指摘され、現在ではかつてほど支持されているとは言えな くなってきている。まず文法構造上の複雑さを基準にして、構造が単純なものから学習項 目を配列するため、その項目の使用頻度や使用場面等は相対的に軽視されること。その一 方で文法構造上の複雑さは習得の難易度と必ずしも一致しないことが明らかにされてきた こと(Nunan, 1988)。また日本語母語話者が英語を話す際、著しく発話速度の遅い学習者 が多く見られるが(ソレイシィ・鈴木, 2008)、それは上述した伝達機能の軽視に加えて、

文法シラバスが流暢さ(fluency)より正確さ(accuracy)を重んじる学習態度を導きやす いこととおそらく関連づけられるだろう。  

 とは言え、かつてほど支配的ではなくなってきているものの、現在でも文法シラバスは 日本の中等教育の現場をはじめとして広く用いられており、これは次のような長所や特性 によるものだと考えられる。まず先述したように、文法シラバスでは原則として構造が単 純な学習項目から複雑なものへと配列されるため、直感的なあるいは「見た目上の」難 易度の順に配列が可能なこと。これに関連して、項目を系統的かつ網羅的に提示しやす いこと。さらに文法シラバスは「組織的な教育」に適しているという指摘があり(市川, 1995)、日本の中等教育のようなコンテクストではこれが大きな利点であるように思われ る。つまり日本の多くの英語教育機関ではクラスが比較的多人数であることに加え、学習 者の学習意欲・習熟度や教員自身の英語によるコミュニケーション能力も様々である。こ のようなコンテクストにおいては、学習者との交渉や口頭による英語コミュニケーション

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が不可欠なタイプのシラバスの一斉採用には、困難が伴う。従ってこの点で授業運営がし やすい文法シラバスが、教育行政側からも現場からも支持されてきたのではないだろうか。

またシラバス自体の長所ではないが、大学等の入試問題の多くが文法知識や文章理解の能 力を問うものであるということも、波及効果(washback)(Alderson & Wall, 1993)として、

中等教育機関での文法シラバスの採用を促していると言えるだろう。

3.文法シラバスと英語による自己表現

 文法シラバスは、このようにコミュニケーション能力向上の観点からは短所が指摘され ながらも、文法項目を明示的・系統的に配列・教授しやすく、日本の多くの英語教育機関 のコンテクストに適してもいるため、現在でも広く使われている。さて正確で円滑なコミュ ニケーションのために文法知識が必要なことには先に触れたが、そうであれば文法シラバ スを用いた文法教授・学習はコミュニケーション能力の向上に多いに寄与するはずである。

しかし日本人の多くが経験的に感じ、また例証もされているように(ソレイシィ・鈴木, 2008)、文法シラバスを中心に用いて長期間学習を続けても英語の「発信力」つまり英語 を話す・書くという言語産出面での伝達能力は一般に大きく向上するとは言い難い。世界 でもっとも普及している英語能力試験の一つであるTOEFLテストにおいても、受験者の スピーキングセクションのスコアを母語別にして統計をとると、日本語を母語とする受験 者(そのほとんどが日本の「受験英語」を学んできたと考えられる)の平均点は、さまざ まな言語を母語とする受験者の中でも非常に低い(ETS, 2013)1。このような現実に対し ては、学習活動の種類や指導手順を工夫しさえすれば、従来の文法シラバスもコミュニケー ション能力向上のために効果的に利用できるという主張があり(Azar, 2007; 萩野, 2000)、

この主張自体はまったく妥当なものだと筆者も考える。しかし特に「発信力」の向上を目 的として英語を教授・学習する際には、文法シラバスには以下に述べる根本的な問題があ り、その効果にも一定の限界があると考えられる。

 ここであげる問題は大きく二種類あるがいずれも、先述したように文法シラバスで学習 項目として選択・配列されるのが、目標言語である英語の文法項目や文型であるというこ とに起因する。まず最初の問題は、従来の文法シラバスを用いた授業や学習においては、「意 味から形式へ」という流れに沿った学習活動を行うことが難しいという点である。例えば 文法シラバスにおいて「現在完了」という学習項目を扱う際には、言語形式が「have + 過 去分詞」であり、その意味として「~したことがある<経験>」「~してしまった<完了>」

「~している<継続>」等がある、というように教材や授業で提示するのが一般的であろ う。同様に「関係代名詞」であれば、形式は「who/which/that/省略」等であり、その機能 は「~する・・・」のように名詞を修飾する節を導く、等と説明する2

 このことから発生する学習上の問題は、用いるべき英語の形式がすでに与えられてし

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まっているため、意味から形式へという流れに沿った学習活動が行いにくくなることであ る。上の例のように「関係代名詞」が学習項目である授業において、学習者が英語で何か を表現するような学習活動をするとしよう。学習者はその授業や単元等で関係代名詞の意 味や形式について教わっているわけだから、そこでは関係代名詞を含んだ(あるいは省略 した)英文を作ればよいことが自明である。従って学習者の注意は「who/which/that/省略」

等の関係代名詞の間の使い分けや用法(先行詞と関係節の動詞の一致等)に専ら向けられ ることになる。一方教室外で実際に英語を用いたコミュニケーション場面を想定すると、

当然ながら学習者は最初から「関係代名詞を用いたい」という表現上の欲求を持っている わけではない。そうではなく、伝達したい意味内容がまず存在し、そこに「~する・・・」

というように、名詞を節で(動詞を用いて)説明する必要性がある場合に、関係代名詞を 使用する可能性が生まれるわけである。その場面でまず学習者は、動詞を用いて名詞を説 明するために英語にはどのような形式上の選択肢(関係詞、分詞、不定詞等)があるのか を知っており、そのうちどれが自分の意図した内容の表現に適切かという点を含めて判断 する必要がある。しかし先述したように「関係代名詞」を用いることが決まっている学習 活動においては、このように表現したい意味から適切な形式を選択することを含めて練習 することは難しい。

 英語の発信力向上を目的として文法シラバスを用いる場合の二つ目の問題点は、日本語 において相互に関連の薄い意味を一括または連続して扱う場合が少なくないことである。

たとえば「不定詞」という学習項目では、一般的に「to do」という形式が「~すること(名 詞用法)」、「~する(べき)(形容詞用法)」、「~するために(副詞用法)」の各意味を持つ、

というように学習者に提示される。しかしこれら三つの意味は日本語母語話者にとって、

母語の中で相互に関連のある類似した意味ではない。試みにこれら三つの意味のうちの一 つ「~すること」を含む、「~することが好きだ」という文を作って、意味的に類似した 日本語の表現を考えてみると次のようになるだろう。

「料理をすることが好きだ」

「料理をするのが好きだ」(「~すること」と「~するの」は意味を大きく変えずに交 換可能)

「料理が好きだ」((「~すること」と「~(名詞)」も同様に交換可能)

これらの表現(「~すること」「~するの」「~(名詞)」は、日本語母語話者にとって意味 が近く、同様の文型において使えるという意味で用法も類似しているから、相互に関連性 が高い。しかし、英語の不定詞が持つ「~すること」、「~する(べき)」、「~するために」

という意味は、日本語母語話者にとって上のような相互の関連性はない。同様に先述した

「現在完了」の場合でも、「~したことがある<経験>」「~してしまった<完了>」「~し

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ている<継続>」の各意味は、日本語母語話者にとって強いつながりはないだろう3。こ のように、英語の一形式で表される複数の意味は、日本語母語話者にとっては意味上相互 に関連がない場合が少なくない。言語学習におけるscaffolding(足場作り)、つまり学習 を容易にするための教師による工夫や介入においては、学習項目同士の関連付けが重要だ とされる。しかし文法シラバスにおいては英語の形式が学習項目となるため、日本語母語 話者にとって関連の高い各意味をまとめて学習することが困難である。

 もちろん英語における表現能力の高い上級学習者であれば、このように母語である日本 語を用いることなく、直接英語で思考して表現することも可能かもしれない。しかし初中 級までの学習者においては、決まり文句や基本的感情表現等を除いては、日本語を全く介 在させずに自己表現を行うことは非常に困難であろう。理論的には、言語をソシュールが 言うような差異と関係性に基づく記号体系、あるいはハリディが言うような選択肢の体系 網ととらえれば、これは当然のことと考えられる。初中級学習者は英語で差異を表現する に十分なだけの選択肢を学習していないか、仮に学習はしていても、発信の際に即座に利 用できる形で定着できていない。したがってそもそも選択の必要が少ない慣用的表現等を 除いては、直接英語で思考することは難しい。このことを実証的に示す例として、米国の 大学におけるフランス語学習者を扱った研究がある。フランス語を使って複雑な思考をす ることは、中級学習者にとってもやはり困難であり、英語を用いざるを得なかったことが 報告されている(Swain, Lapkin, Knouzi, Suzuki, & Brooks, 2009, p. 7)。

 以上述べた二種類の問題、つまり文法シラバスを用いた学習では「意味から形式へ」と いう流れの学習活動が難しいということと、英語において同一の文法形式が持つ複数の意 味は日本語を母語とする学習者にとって必ずしも相互の結びつきが強くない、ということ は、英語で自己表現をする際に次のような誤りを生む要因となる。

1. 「3年前から東京に住んでいる」>“I’m living in Tokyo for three years.”

2. 「姉はコンタクトを(いつも)使っている」>“My sister is wearing contacts.”

大学生にもよく見られるこのような誤りは、「住んでいる」「使っている」における「~て いる」という表現を一律に英語の現在進行形を用いて表現してしまったことに原因がある。

念のため「正解」例を示すとそれぞれ次のようになる。

1’.“I’ve been living in Tokyo for three years.”(現在進行形ではなく現在完了進行形)4 2’.“My sister wears contacts.”(現在進行形ではなく単純な現在形)

大学生であれば当然高校卒業時までに、現在進行形、現在完了進行形、単純な現在形のい ずれの形式もすでに学習しており、各々が表す意味に応じて適切に使い分けができること

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が期待される。しかし、これらの文法項目は構造上の複雑さが異なるため、文法シラバス においては学習の時期が大きく異なる。また「進行形」であれば<進行中>と<近未来>

の意味があり、「現在完了形」であれば<経験><完了><継続>という意味があるとい うように、「英語の形式>意味」という方向で学習を行う。そのためそれぞれの英語の形 式を通じて存在する「日本語母語話者にとって」類似した意味の違いについて詳しく学 習する機会は多くない。その結果、学習者はたとえば上の例のように「~している」と いう事態を英語で表現するにはどの形式が適切か、という点で混乱するのだと考えられ る。筆者の教員としての経験から、同様に誤用が多い例として、「~たら・・・する」(if/

whenの使い分け、直説法/仮定法の使い分け)や、「~(他人)に・・・させる」(make/

let/have/ask/tell等の使い分け)等があげられる。

 上の例は、日本語で同一の形式(つまり日本語母語話者にとって極めて近接した意味)

が英語では複数の形式に対応するため、その使い分けの習得が難しいというものであった。

従来の文法シラバスで習得が難しい事柄にはもう一種類あり、それは日本語では一つの選 択体系(Halliday & Matthiessen, 2004, p. 22)をなす文法形式を英語でどう表現するか、とい うことである。代表的な例として「やりもらい」(授受表現)がある。「私は~に~をもらっ た/あげた/やった」とか「~が~をくれた」というような事態を日本語母語話者が表現 するとき、get/give/receive等の誤用が頻繁に見られる。これは日本語と英語それぞれの選 択体系における使い分け基準の一部が共通していてもその他が異なることが、従来の文法 シラバスでは詳しく扱われないことに起因すると考えられる。「やりもらい」の例で言え ば、形式の使い分けの基準として、動作主(主語)が行為者(与え手)か受益者(受け手)

か、という基準は英語でも日本語でも共通して存在する。しかし日本語ではこれに加えて、

それらが話者または話者に近い立場の人間か否か、与え手と受け手との親疎・上下関係、

受け手が人間か動植物か、等も使い分けの基準となる。同種の例として、「コソアド言葉」

の「これ」「それ」「あれ」と、使い分け基準の異なるthis/that/these/those/it/theyの用法が あげられる。買い物の場面で何か品物を指し示しながら「これはいくらですか」と売り手 に尋ねる際に、その商品を初めて話題にするにも関わらず「How much is it?」と表現して しまう誤りは、大学レベルの学習者にもよく見られる。これは英語の「it」を日本語の「そ れ」に対応させて覚えてしまったことが原因であろう。英語の形式を中心に据えて学習を 進める限り、これら日本語における使い分け基準を英語で表現する際どのように処理する べきか、という問題はおろそかにされがちであり、その理解・習得が難しい。

 以上見たように、従来の文法シラバスは、目標言語である英語の文法形式を学習項目と するため、学習者は必然的に意味よりも形式に意識が向きがちである。このような学習で 得た文法知識は英語を理解する際には非常に有用だが、英語を書いたり話したりする、つ まり英語で自己表現する際には、必ずしもそうとは言えない。特に、日本語で一つの形式 で表される意味が英語では複数の形式に対応している場合や、日本語の選択体系と英語の

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選択体系における選択基準が一致していない場合などに、上で見たように文法シラバスの 限界が顕著となる。

4.日本語文型・発想シラバス

 上で見たような、英語の発信力向上のために用いる場合の従来の文法シラバスの問題点 を鑑みて、本稿では「日本語文型・発想」シラバスの開発を提案する。

 「日本語文型・発想」シラバスは、その名が示すとおり日本語における文型や概念をそ の構成要素(学習項目)とするシラバスである。たとえば先に例1・例2でとりあげた「~

ている」がここでいう文型にあたる。またこれも先述した、「~する・・・」のような日 本語で表現される、動詞を用いた名詞の修飾も学習項目となりうる。さらには授受動詞や、

「コソアド言葉」も多くの学習者にとって重要度の高い項目であろう。後者の場合、一定 の同一性を備え選択体系をなす概念の使い分けという意味では「文型」と共通性があるが、

一般に動詞や述部を中心とする「文型」とは構造上の特性が異なる。ここでは学習者にも 理解しやすいことを考慮し、それらをまとまりのある「発想」と呼ぶ。そして「文型」と

「発想」を合わせて学習項目とし、全体を「日本語文型・発想シラバス」と呼ぶことにする。

 上にあげたものに加え、学習段階にもよるが、例えば次のような文型や概念を学習項目 として含めることが検討できるだろう。各項目の下に示すのは英語で表現する際に注意す べき使い分け基準と英語で用いる表現形式の概略である。

1. 「~する」

反復・習慣的行為=現在形

未来=will 2. 「~(に/く)なる」

徐々に変化=become, come to

一時に変化=turn 3. 「~したことがある」

過去の出来事=過去形

経験の有無=現在完了形 4. 「~させる」

行為の強制と行為者の欲求の有無によりmake/have/get/let 5. 「~れる・られる」

直接的受け身=受動態

「子どもに泣かれる」等の「迷惑の受け身」=原則として能動態で表現し、特別 な形式は用いない

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「財布を盗まれる」のような持ち物・身体の一部についての受け身=havedone

敬語(尊敬語の一種)=特別な形式は用いない 6. 「~たら・・・する」

確実に起きること=when

可能性の高低の予測=ifを用いた直説法または仮定法 7. 「行く/来る」

主に聞き手を基準とした移動の方向によりcome/go 8. 「~して来る」

本動詞=come/go(「取って来る」go and get)

補助動詞=start等(「雨が降ってくる」=start to rain)

 次に「~ている」を例にとって、より具体的な学習内容を概観してみよう。先述したよ うに、日本語で「~ている」で表される内容は、アスペクトの観点から何種類かに分類で きる。

A) 「妹はハローキティの指輪をしている。」(一時的な状態)

B)「兄は結婚指輪をしている。」(習慣・事実)

C)「姉はメークをしている。」(「今日はノーメークではない」というような一時的な状態、

または「鏡の前で化粧中」というように現在進行中の動作)

D) 「私は東京に三年住んでいる」(過去から現在も継続中の行為)

 まず最初に学習者は、日本語の同一形式にも厳密には上のような意味の違いがあること を明確に理解する必要がある。「日本語文型・発想シラバス」を授業や教材に用いる場合 には、たとえば上のA)~D)のような例文を相当数提示した上で「~ている」の意味が 類似したものを選ばせる等の学習活動を通じて、学習者自身の「気づき」を援助するよう 工夫することが可能だろう。次にそれぞれの日本語の意味を表現するにはどのような英語 の形式が適切かを提示し、あるいは学習者から引き出す。「~ている」の場合であれば、「一 時的な状態」には進行形を用いる場合が多いが、「習慣・事実」であれば単純な現在形を用い、

「過去から現在も継続中の行為」であれば現在完了(進行)形を用いる、という原則をま ず提示する。その後、今度は通常の文法シラバスでそうするように、英語の側の使い分け について理解を促すため、英語の場合状態動詞であれば「一時的な状態」であっても進行 形の代わりに単純な現在形を用いる、というような原則を提示する。それぞれの学習項目 について、このようにまず日本語の文型等の形式が持つ意味を分析・提示し、その後それ ぞれの意味に適切な英語の表現形式を提示する。そして最後に英語の側の使い分け規則と の対応を確認する、という順序でそれぞれの学習項目を構成することが妥当だと考えられ

(10)

る。

 さて、では上の1から8に例示したような「日本語・文型シラバス」に含める学習項目 は、何を基準として選定すべきだろうか。本稿では主として筆者の大学レベルでの英語教 員としての経験に基づき、学習者にとって英語での自己表現が難しかったり誤用が多いと 思われる項目を選んでみた。しかし初学者を対象とする場合のように、学習項目をより網 羅的に配列することを重視するのであれば、日本語のコーパスを分析して項目を選定する 方法もとれるだろう。つまり日本語のコーパスにおいて使用頻度の高い文型や(選択体系 をなす)概念をまず同定しそれを学習項目とすれば、日本語母語話者が自己表現をする際 に多用される項目を優先してシラバスを構成することができる。そのような方法で構築し た「日本語文型・発想シラバス」は、これまで以上に日本語母語話者の考え方を尊重した シラバスと言うことができる。ただし当然それだけでは、日本語では多用しないが英語で は一般的である、つまり英語に特徴的な形式や概念を軽視することになる。したがってこ のシラバスは従来の文法シラバス等にとって代わるものではなく、それを補完すべきもの として意図している。

5.おわりに

 CLTが重視する指導上の方針の一つとして、目標言語を教室内でもできるだけ使用する ことがあげられる。英語教育の場合には、これはつまり教室内でも日本語になるべく頼ら ずに英語で指示や説明をおこなう、ということを意味する。実際に最新の文部科学省の高 等学校学習指導要領にもこの考え方は取り入れられ、特に高校の英語の授業は英語でおこ なうことが基本となっている。

 本稿で提案した「日本語文型・発想シラバス」は、一見このCLTの方向性に逆行して いるように見えるかもしれない。しかしCLTにおいては同時に、学習者のバックグラウ ンドや学習のコンテクストに配慮することも重視される。日本の英語教育のコンテクスト においては、ほぼすべての学習者が日本語母語話者であるのだから、それを教育・学習の リソースとして活用し、効率的に学習を進めるという考えがこのシラバスの提案の基礎に ある。この意味において本シラバスは、文法シラバスのようにいわゆる「ネイティブスピー カー」の考え方を中心において、専ら学習者にそれを模倣・習得させようとするシラバス とは対極にあるものと言える。英語が国際語化していく現代社会において「ネイティブス ピーカー」の発想を絶対的な規範とすることの不合理さ・不公平さは広く指摘されてきた (Kachru, 1997; Pennycook, 2001; Phillipson, 1992)。このように、「日本語文型・発想シラバ ス」は学習効果・効率という面からも、また英語の国際化という社会・政治的な面からも、

CLTの考え方と親和性の高いものだと考えられる。

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1 日本語と英語との言語的距離が大きいことや、日本の場合はTOEFLテストの受験者層が広い(海 外留学希望者に限らない)という事情も考慮すべきではあるが、日本で一般的な学校において 英語教育を受けてきた学習者のスピーキング能力が相対的に高くないことは事実である。

2 最初の提示の際の順序を逆にして、「このような意味を表現するためには次のような英語の形式 を用いる」というように意味から提示を始めることは可能であり、実際におこなわれてもいる。

しかし以下に述べるように、ここではその後の学習活動を問題としている。

3 ここではヴィゴツキーやウォーフの主張に倣い、言語はコミュニケーションだけではなく思考 をも司る(あるいは思考に一定の影響を与える)ものと考える。

4 もしくはI’ve lived in Tokyo for three years.

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参照

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