網走湖おける塩淡密度成層の遷移に関する研究
A STUDY OF DENSITY STRAFICATION TRANSITION IN THE LAKE ABASHIRI
土木工学専攻
20
号 小澁 晴信Harunobu Koshibu
1.はじめに
網走湖は河口から約
7km
に位置する下層の塩水層 と上層の淡水層を持つ汽水湖である.無酸素状態であ る下層の塩水層は強風で湧昇現象を起こし青潮が発 生し漁業被害が報告されている.これまでの観測によ り,網走湖では結氷期には塩淡境界層が上昇し,融雪 期に上層の塩水層が排出され二層構造が形成されて いる.塩淡境界は近年上昇傾向にあり,その対策とし て下流側湖内流入部にゲートを設置し,遡上塩水の抑 制実験が行われてきた.この操作は塩水の遡上抑制に 一定の効果を上げている.しかし,ゲート対策だけで は塩淡境界層の上昇を抑えるのに十分ではなく,また,湖と海を行き来する生物への影響や,洪水時の対応な どの問題点が挙げられている.本研究はこれに代わる 対策として網走湖の流入部に形成されている澪筋部 分に構造物を設けることにより遡上塩水の塩水層へ の流入を阻害し塩水の流入を抑制すること,また,上 流端から流量を与え塩水を吸出し塩淡境界を低下さ せることをそれぞれ目的とした数値計算を行い,その 結果を示すものである.
2.網走湖の現況
図-1に網走湖の位置,図-2に
1920
年から1996
年の網走市の年間降水量と網走湖に流入する年間平 均流量及び湖心における塩淡境界の深度と標高の推 移を示している.網走湖は1925
年頃から汽水化(塩 水化)が始まり,1996年時点では上層の6m
が淡水,下層部(10m)が塩水の強固な二層構造を形成している.
この
80
年間の汽水化の進行は網走地方における年平 均降水量の減少が原因であると考えられる.図-3は1987
年から2008
年の網走湖湖心における塩淡境界層 深度・標高の推女満別港
女満別川 網走港
網走港川
流域面積:1380km2 面 積:31.4km2 周 囲 長:42.0km 最大水深:16.1m 平均水深:6.1m 大曲橋(河口から5.0km)
鏡橋(河口から3.8km) 新橋(河口から2.0km)
網走橋(河口から1.0km)
女満別港
女満別川 網走港
網走港川
流域面積:1380km2 面 積:31.4km2 周 囲 長:42.0km 最大水深:16.1m 平均水深:6.1m 大曲橋(河口から5.0km)
鏡橋(河口から3.8km) 新橋(河口から2.0km)
網走橋(河口から1.0km)
図‐3 湖心における塩淡境界層深度・標高の推移
1987‐2009
網走湖における塩淡境界水位(湖心部)
減少傾向
5年間の移動平均
減少傾向
本郷(河口から27.1km)
水面下6mの位置
年 年間降水量(mm)年平均流量(m3/s)塩淡境界水深(m)
網走湖における塩淡境界水位(湖心部)
減少傾向
5年間の移動平均
減少傾向
本郷(河口から27.1km)
水面下6mの位置
年 年間降水量(mm)年平均流量(m3/s)塩淡境界水深(m)
塩淡境界層上昇
大規模な出水によって 塩淡境界層低下
再び塩淡境界層上昇 塩淡境界層上昇
大規模な出水によって 塩淡境界層低下
再び塩淡境界層上昇 塩淡境界層上昇
大規模な出水によって 塩淡境界層低下
再び塩淡境界層上昇 塩淡境界層上昇
大規模な出水によって 塩淡境界層低下
再び塩淡境界層上昇 図 1 網走湖の概要
Z
Z’
図-2
移の図である.1999年以降
2007
年の大規模な出水が 起こるまでの期間,塩淡境界層は上昇し続けている.平成
18
年の出水で一時的に塩淡境界は下がったが,以後も塩淡境界は上昇傾向にあり,このまま出水がな ければ塩淡境界層は上昇を続けると考えられる.そこ で,湖下流端の網走川との接続点付近に塩水の遡上を 抑えるためゲートを設置して塩水遡上抑制の実験が 行われてきた.
図-4 はゲート操作を行った場合,行わなかった場 合の湖心における塩淡境界層の標高を各年度で比較 した図である.この図から,最も塩淡境界上昇する期 間にゲート操作を行ったとき,塩淡境界の上昇が抑え られていることがわかる.しかし,年度別に見ると湖 内塩水境界は上昇を続けている.これまでの研究によ り網走湖では塩淡境界が深度-4m よりも上昇すると 青潮の発生が報告されており,昨年
5
月にも広範囲に 及ぶ青潮が観測されている.3.網走湖仮想プールにおける澪筋内構造物の影響評価 3.1 基本式
図-5は計算に用いた網走湖を想定した擬似湖の概要 の平面図と縦断図である.計算で用いた基礎式は(1),
(2),(3)式である.数値解法には ADI
法を用い,乱流モデルは鉛直方向に
1
次元のk-εモデル,水平方向
には
Smagorinsky
モデルを使用した.浮力による効果としては(5)式,乱流シュミット数は(6)式,局所リチ ャードソン係数は(7)式をそれぞれ用いた.
3.2 計算条件
空 間 差 分 間 隔 ⊿
x=50[m],
⊿y
=50[m],
⊿z=0.5[m]
,Maning
の粗度係数0.03(底面,壁面一定)を与え,初期
条件として初期塩分濃度を水深
5m
地点に塩淡境界層 を設け上層の淡水層に7[psu](淡水層鉛直方向一定),
下層の塩水層に
25[psu](塩水層鉛直方向一定)を湖内
一定で与えた.境界条件は上流端にv=0.03[m/s](断
面一様),Q=30[m3
/s ],塩分濃度 0[psu](断面一様),下
流端には潮位(潮位変動幅1[m]),塩分濃度を淡水と塩
水の二層構造とし塩淡境界を水深2.5m
地点に設け淡水層に
7[psu](淡水層鉛直方向一定),下層の塩水層に
25[psu](塩水層鉛直方向一定)をそれぞれ与えた.
3.3 計算ケース
澪筋がない場合を
Case1
とし,澪筋がある場合をCase2,澪筋があり,且つ澪筋内に構造物を設けその
形状によりCase3~Case6
までの計算を行った.澪筋 は図-1に示すとおりであり,Case2~Case6
には同形 状の澪筋を用いた.Case3
は下流端から1.5[km]地点に
高さ
1.5[m](澪筋の深さと同じ高さ),幅 50m(澪筋と同
ゲート操作実施期間
:ゲート操作が無い期間
:ゲート操作開始初年度
:ゲート操作開始2年目以降
塩淡境界層標高[EL.m]
塩淡境界の上昇が抑えられる
①ゲートが無い場合
②ゲート操作開始
③ゲート操作2年目 0.0
-1.0 -2.0 -3.0
-4.0 -5.0 -6.0
ゲート操作実施期間
:ゲート操作が無い期間
:ゲート操作開始初年度
:ゲート操作開始2年目以降
塩淡境界層標高[EL.m]
塩淡境界の上昇が抑えられる
①ゲートが無い場合
②ゲート操作開始
③ゲート操作2年目 0.0
-1.0 -2.0 -3.0
-4.0 -5.0 -6.0
ゲート操作実施期間
:ゲート操作が無い期間
:ゲート操作開始初年度
:ゲート操作開始2年目以降
塩淡境界層標高[EL.m]
塩淡境界の上昇が抑えられる
①ゲートが無い場合
②ゲート操作開始
③ゲート操作2年目 0.0
-1.0 -2.0 -3.0
-4.0 -5.0 -6.0
ゲート操作実施期間
:ゲート操作が無い期間
:ゲート操作開始初年度
:ゲート操作開始2年目以降
塩淡境界層標高[EL.m]
塩淡境界の上昇が抑えられる
①ゲートが無い場合
②ゲート操作開始
③ゲート操作2年目 0.0
-1.0 -2.0 -3.0
-4.0 -5.0 -6.0 0.0 -1.0 -2.0 -3.0
-4.0 -5.0 -6.0
・連続式
・運動方程式
・移流拡散方程式
x SS u t P
c
jj s
∂ = + ∂
∂
∂
2
1 ρ
SS u x k
u x u g x
x P x
u u t u
i ij j j i i T j i i j
j
i i
+
⎪⎭
⎪ ⎬
⎫
⎪⎩
⎪ ⎨
⎧ ⎟ ⎟ −
⎠
⎞
⎜ ⎜
⎝
⎛
∂ + ∂
∂
∂
∂ + ∂
∂ +
− ∂
∂ = + ∂
∂
∂ ν δ
ρ 3
2 ) 1
(
( ) SS
x D S Su x
x t S
j s j j j
⎟ +
⎟
⎠
⎞
⎜ ⎜
⎝
⎛
∂
∂
∂
= ∂
∂ + ∂
∂
∂
( ) SS
x D T Tu x
x t T
j T j j j
⎟ +
⎟
⎠
⎞
⎜ ⎜
⎝
⎛
∂
∂
∂
= ∂
∂ + ∂
∂
∂
(1)
(3)
(4)
(2)
z v G g
T T
∂
= ∂ ρ
σ ρ
2 / 3 1
10 1
3 1 10
⎪⎪
⎭
⎪⎪
⎬
⎫
⎪⎪
⎩
⎪⎪
⎨
⎧ +
⎟⎠
⎜ ⎞
⎝⎛ +
=
i i
T R
R
σ
2 1
2 −
⎪⎭
⎪ ⎬
⎫
⎪⎩
⎪ ⎨
⎧ ⎟
⎠
⎜ ⎞
⎝
⎛
∂ + ∂
⎟ ⎠
⎜ ⎞
⎝
⎛
∂
∂
∂
− ∂
= z
v z u z R
ig ρ
ρ
(5)
( 7 )
(6)
・浮力による生成
・シュミット数
・局所リチャードソン係数
図‐5 網走湖を想定した仮想プールの概要
図‐
4 ゲート操作の有無による湖心における塩淡境界層標高の概略図
・塩分の移流拡散方程式
1km 5km 1km 2.5km
0.25km 下流側
0.25m 平面図
縦断図(z-z’断面)
1km 1km 3km 1km 1km
0.001km 0.001km
上流側
1km 1km 3km 1km 1km
1.5m Case1(澪筋なし)
Case2
澪筋:深さ1.5m 幅 50m
8m
1.5m 8m
4m 4m
(澪筋あり)
z z´
縦断図(z-z’断面)
じ幅)の構造物を配置したものとし,以後
Case4~
Case6
の構造物幅はCase3
と同様である.Case4 は高さ
1[m]の構造物を下流端から 1[km]の地点に,Case5
は高さ
2.5[m]の構造物を下流端から 1.5[km]の地点に,
Case6
は2つの構造物を下流端から1.5[km]の地点に
高さ
2.5[m]下流端から 1km
の地点に高さ1.0[m]の構造 物をそれぞれ設けたものとする.4.澪筋内構造物が遡上塩水に与える影響
澪筋の有無が遡上塩水に与える影響を比較し,澪筋 内構造物の配置や個数,大きさを変えて遡上塩水の抑 制効果の比較検討を行った.図-6.1 と図-6.2 に計 算結果の一例を表した模式図を示す.図-6.1は潮位 が上がり始めてからの澪筋内に構造物を設けていな い場合の塩分の遡上形態を示す.図-6.2は澪筋内に 構造物を設けた場合の塩分の遡上形態を示している.
この両図より,澪筋に構造物を設けていない場合,遡 上してきた塩水は澪筋に沿って上層の淡水よりも速 く,スムーズに湖内塩水層へ流入していること分かる.
一方,澪筋内に構造物を設けた場合,構造物を設けな かった場合のように低層の塩水層が上層の淡水層よ り速く湖内に流入するという現象は見られず,構造物 によって低層を遡上してきた塩水は巻き上げられ上 層に拡散する.湖内への流入が抑えられるだけではな く,潮位が下がり網走川が順流になったときに湖入口 に拡散していた塩水は湖内上層の淡水層と共に速や かに湖外へ排出されることが分かった.構造物の大き さや位置,数によって,この構造物による塩水の遡上 抑制効果には差があるが,最大で構造物の上流側にお
いて約
3~5[psu]の遡上塩水の抑制効果があることが
わかった.
5.実スケール網走湖モデルでの塩水排出シミュレーション 実際の網走湖の標高データを用いたモデルを用い て平成
18
年に観測された洪水の再現計算を行った.図-7は平成
18
年洪水時に実際に観測された流量と 水位の時系列データである.この洪水によって湖心に おいて塩淡境界が約2[m]低下したことが観測されて
いる.境界条件は,上流端に実測の流量(最大800
㎥/s)を与え,下流端には同時刻の潮位を境界条件と して与えて計算を行った.計算の結果を図-8と図-
9
に示す.図-8は湖心における塩分濃度の分布を示 し.図-9は図-1に示す網走湖のz-z'断面の塩分濃
度の縦断図である.出水後,実測では塩淡境界層が2m
低下しているが,計算結果では塩分濃度の分布形 状のみが変化し,塩淡境界の変動は見られなかっ た.この原因として,数 値計算上の人口拡散の影 響,または拡散係数の与 え方に問題があることが 考えられる.
淡水層
塩水層
澪筋 塩水
淡水
網走川 網走湖
流速分布
淡水層
塩水層
澪筋 塩水
淡水
網走川 網走湖
流速分布
図‐8 出水前後の塩分濃度の縦断分布
図‐6.2 澪筋内に構造物を設けた場合の塩分の遡上形態
図-7 実測の流量及び潮位の時系列データ
図‐9
z-z'断面における出水前後の塩分濃度のコンター図
淡水層
塩水層
澪筋 塩水
淡水
網走川 網走湖
流速分布 構造物
淡水層
塩水層
澪筋 塩水
淡水
網走川 網走湖
流速分布 構造物
0.6
0.0 0.8
0.2 0.4
-0.2
-0.4
上流端境界条件
1.0 1.2
0.6 0.8
0.4 0.2 0.0 1.4 1.6 1.7
流量800m3/s
流速[m/s]
下流端境界条件
水位[m]
時間
時間
0:00 12:00 0:00 12:00 0:00 12:00 0:00 12:00 0:00 12:00 0:00 12:00 0:00 12:00 0:00
0:00 12:00 0:00 12:00 0:00 12:00 0:00 12:00 0:00 12:00 0:00 12:00 0:00 12:00 0:00
z
z
z´
z´
出水前
出水後
z
z
z´
z´
出水前
出水後
0 10 20
:出水前
:出水後
塩分濃度[psu]
水深[m]
0
5
10
15
図‐
6.1
澪筋内に構造物を設けない場合の塩分の遡上形態←塩淡境界層
6.計算スケールと計算条件の検討
数値計算上の人口拡散の影響を調べるために時間 差分間隔⊿tに対する検討を行った.使用した計算条 件は
3
章と同じ網走湖の仮想プールである.境界条件 は5
章で使用した境界条件を幾何形状の比から1/8
ス ケールで上流端と下流端にそれぞれ使用した.図-9 は⊿tを4[s]及び 0.1[s]の計算間隔で計算開始 84
時 間後(1/2週間後)の湖心における塩分濃度縦断分布 を示す図である.この図から,出水後の塩分濃度の縦 断分布は⊿tの与え方によって塩水層の塩水の拡散 に大きな差が見られることがわかる.⊿tを4[s]とし
て計算を行った場合,⊿tを0.1[s]で計算した場合に
比べて塩水層の拡散の度合いが強く,実際に観測で得 られている塩分濃度分布と大きな差が見られた.また,図-10は計算開始
168
時間後(一週間後)の湖心に おける塩分濃度の縦断分布を示す図である.この図よ り,図-9の時点から,出水が逓減し,上流からの流 量がほぼ定常状態になってから,塩水の純水層への拡 散がさらに進行していることがわかる.以上の結果よ り,時間差分間隔の違いが計算結果に大きな影響を及 ぼしていることがわかった.計算時間間隔が小さいほ ど精度よく再現計算が行え,また,時間差分間隔の取 り方によっては計算結果の精度に大きな影響が及ぶ ことがわかった.時間差分間隔を小さく設定すれば それだけ計算に要す時間も長くなる.網走湖のよう な湖を計算を対象とした場合,水深が16m
程度に対 し水面が約30[km
2]と水面と水深の比が非常に大き
い.このことから,塩淡境界層の仔細な挙動が研究対 象であるために⊿z方向の空間差分間隔を小さく取る 必要がある.そのため,実スケールの湖の全領域を計 算する場合,非常に短い時間差分間隔での計算が求め られることになる.5.まとめ
(1)
澪筋内構造物の有無により遡上の形態に違いが 見られた。澪筋の存在によって塩水は湖内に流入し やすくなっている。澪筋内に構造物を設けることに よって遡上塩水の湖内への流入を抑制する効果があ る。(2)本研究で使用した計算条件では実スケール網走
湖モデルでの塩水排出計算では実現象は再現できなかった。その原因として、空間差分間隔及び時間差 分間隔の値及び計算における人工拡散の影響と拡散 係数の与え方の問題が考えられる。
(3)計算結果と実際の塩分濃度の縦断分布を比べる
と、融雪などの出水によって排出される淡水層の塩 分濃度の分布を再現し切れなかった。現在用いられ ているような計算手法や乱流モデルでは表現しきれ ておらず、他の手法による検討が必要であることを 示した。参考文献
1)池永均,向山公人,大島伸介,内島邦秀,山田正,汽水湖成層界面の挙動と吹 送循環流の形成に関する研究,1999.2土木学会論文集No.614/Ⅱ-46,77-96 2)池永均,山田正,向山公人,大島伸介,内島邦秀,網走湖の塩水化の機構と塩 淡二成層の長期変動特性に関する研究,1998.8土木学会論文集No.600/Ⅱ -44,85-104
3)池永均,吉本健太郎,山田正,網走湖における洪水の流入形態と洪水流入に伴 う塩水吐き出し効果に関する研究,2004.11土木学会論文集No.775/Ⅱ-69,29-43
0 10 20
8.5
6.5
4.5
2.5
84時間後
⊿t:0.1[s]
⊿t:4[s]
初期塩分濃度
湖底からの距離[m]
塩分濃度[psu]
0 10 20
8.5
6.5
4.5
2.5
168時間後(一週間後)
⊿t:0.1[s]
⊿t:4[s]
初期塩分濃度
湖底からの距離[m]
塩分濃度[psu]
図‐9 計算開始
84
時間後の湖心における塩分濃度の縦断分布図‐