円柱構造物の渦励振振動に関する数値流体解析
COMPUTATIONAL FLUID DYNAMICS FOR VORTEX INDUCED OSCILLATION OF THE CIRCULAR CYLINDER
土木工学専攻 24 号 佐藤 亮
Akira SATO
1.
はじめに既往の研究において,渦励振現象は円柱からのカル マン渦放出に伴う自励的渦励振1)として説明されてき た.しかし最近の研究では,励振開始時にはカルマン 渦の発生周波数と円柱の固有振動数が一致する
lock-in
現象が認められないことや,風速の増加に伴う振動振 幅が段階的に変化することなどから,この励振の原因 をカルマン渦に伴う自励的渦励振に帰着するとするこ とには無理があると指摘されている.これらに関して は,河井ら2)の研究によると,励振時の振幅の変化から 振動を3
つの風速領域に分類することにより,それぞ れの風速域で発生機構が異なることを論じている.一方,数値流体解析の分野においては,計算機容量 や計算時間等の物理的制約から, 従来より 2次元解析 が中心となっている.円柱まわりの
2
次元解析結果と おおむね共通することは,亜臨界域(約Re=10
2.5〜10
4 付近)で流体力を過大に評価することや,レイノルズ 平均化された乱流モデルを導入して行うことから,流 れの急変現象等の詳細な検討が十分に行えない等が挙 げられる.そのため,3
次元解析を用いた検討は田村ら の研究Gr.
3)などに限られており,必ずしも多くない.特に励振力及び空力減衰などの急変現象の詳細な研究 に関しては,十分に行われていないのが現状である.
以上の様なことから,本論文では
3
次元円柱の渦励 振の特性を数値解析の面から検討をすることを目的と する.具体的には,河井2)らが行った一様流中での3
次元円柱の
lock-in
域を中心とした風洞実験に関して,3
次元数値流体解析とを対応させることを目的とする.
これにより,渦励振時における応答特性の急変現象を 明らかにし,空気力応答、空力減衰力や振動応答を検 討するものである.
2.
基礎方程式流れ場を非圧縮性粘性流れとして扱うと,支配方程 式は非圧縮
Navier-Stokes
方程式で表される.また,物体の振動に合わせたメッシュの変形に対処するために
ALE(Arbitary Lagrangian-Eulerian)
法を用いてメッシュ 速度を支配方程式に取り込む.この時運動方程式は式(1)
で,連続式は式(2)
でそれぞれ表される.in 0 ) , ( - ) ) (
( u u v u u
t p
(1)
in 0
u
(2)
ここで,ρは密度,u
は流速,v
はメッシュ速度,t
は 時間,p は圧力,Ω は解析領域を示す.また,σ(p,u)
は応力テンソルであり,式(3)
となる.) ) ( 2 ( ) 1 ( , ) ( 2 ' ) ,
( p u p I u
u u u
T
(3)
ここで,μ(=ρν)
は粘性係数,ν
は動粘性係数,Iは単 位テンソルである.次に構造モデルの支配方程式は,鉛直たわみ変位
η
およびねじれ変位θ
についての式(4)
の振動方程式で表 される.p x x
x C K
M & & &
(4)
ここで,
f I f mD I
mD
2 0
0 2
0
0
22
C
M
(5)
M p DL x D
f I f
mD
2 2 2 2 2
4 0
0
K 4 (6)
であり,
δ
η ,δ
θは構造減衰率,f
η ,f
θは固有振動数,m
,I
は質量と慣性モーメントを表す.3.
解析手法数値流体解析には丸岡ら4)が提案している
IBTD/FS
有限要素法を,乱流モデルはLES
のSmagorinsky SGS
モデルを用いて,静的解析及び動的解析を行う.ここ での動的解析手法は,構造減衰と空力減衰を分けて算 出するために,風洞実験で広く行われている.バネ支 持振動試験法と同一の手法を取り入れる具体的な解析 方法は, 静的解析において定常状態になった流れを初 期条件とし, ここに加振振幅η0=0.05D
として強制加 振を与える.さらに十分に加振した状態で解析を行った後, これを自由振動法における初期条件とし,自由 減衰状態における空力減衰率を算出する.ここで本手 法での自由振動法は,たわみ及びねじれの
1
自由度振 動方程式に直接時間積分法の線形加速度法を適用し,振動応答を求める.また,スクルートン数は無次元量 として式
(7)
のように定義する.4 2
2 2
D S I
D
S
Cm
C
(7) 4.
解析条件解析領域を図-1に示す.円柱直径を
D
とした場合,円柱前方と側方を
7.0D
,円柱後方を20.5D
,アスペク ト比は2.0
である.境界条件は,Γ
1で一様流速, Γ2
で流体の表面応力
0, Γ 3でslip, Γ4で円柱の移動速度
を与え,円柱上の視点で考えるとnon-slip
としている.
non-slip
としている.Γ
5で周期境界条件を与えている.解析条件を表-1 に示す.一様流入風速
U
∞は円柱直 径D
を用いて次式で無次元化される.D f
U
rU
(8)
また,構造減衰率と質量比は,式
(7)
を満たすように設 定する.メッシュ分割は,断面近傍で節点を集中的に 配置している.また,河井ら2)の円柱の風洞実験と対応 させ,スクルートン数を1.5,Reynolds
数を2.0×10
4と する.なお,本論においては鉛直たわみ変位η
に着目 し,流れ方向の変位およびねじれ変位θ
については拘 束されているものとする.5.
解析結果及び考察 (1)振動応答図-2 に強制加振後の自由振動状態における振動応 答の風洞試験結果及び数値解析結果との比較を
,
図-3 に無次元風速に対応した定常振幅時の円柱後流渦の卓 越振動数特性を, また, 図-4に各無次元風速における 応答のパワースペクトルを示す.ここで図-2の縦軸は 風直角方向の変動変位のrms
値を円柱の直径で除した 無次元振幅η
rms/D
を,図-3の縦軸は振動数比f
w/f
ηを,横軸はそれぞれ無次元風速
U
rηを表す.河井ら2)の風洞実験においては
, U
rη=5.0
付近から励振 が開始され,U
rη=6.5
で最大振幅η
rms/D=0.26
に達し, その後
U
rη=10.0
付近まで励振が持続する. また,lock-in
現象が生じているのは
U
rη=5.7
〜7.0
付近となることが示されている.そして
,
この風洞実験の場合,
励振時の 振幅の変化を手掛かりに, この振動を図-2,3 に示す3
つの風速領域であるⅠ〜Ⅲに分類している.D
7D 20.5D
7D 7D
L
x y z Γ
1Γ
3Γ
3Γ
2Γ
5Γ
4Γ
5図-1 解析領域
図-2 3 次元円柱の振動応答
(河井2)らの風洞実験との比較)
0 0.05 0.1 0.15 0.2 0.25 0.3 0.35 0.4
0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11
Urη
ηrms / D
exp.
cal. 3D
Ⅰ Ⅱ
Ⅲ
図-3 後流渦の卓越振動数特性
0 0.5 1 1.5 2 2.5
0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11
Urη
fw/fη
cal. 3D Ⅰ Ⅱ
Ⅲ 表-1 解析条件
解析ケース 3次元解析
Reynolds数 2.0×10
4総節点数
14190×21
総要素数
14000×20
周方向分割数
160
軸方向長さ L2.0D
軸方向分割数20
最小分割幅
0.0005D
時間増分 ⊿t 0.02D/U
モデル定数 Cs0.1
無次元風速 Urη3.0~9.0
加振振幅 η0
0.05D
構造減衰率 δη1%
スクルートン数 SCy
1.5
質量比 m/ρD275
これ対して解析結果は,
U
rη=4.5
付近から円柱の励振 が発生し,風速が上がるにともない振幅も増加して行 く.U
rη=6.0
で最大振幅η
rms/D=0.26
を示し,ここから風 速が上がるにともない振幅が徐々に減少している.ま た図-3より,U
rη=5.5~7.5
の風速域からf
w/f
η=1.0
を示し ていることから,lock-in
状態となっているのがわかる.(2)
各風速領域での検討領域Ⅰは
,
風洞実験では,励振開始時U
rη=4.8
からU
rη=5.7
までの領域,解析結果では,
励振開始時のU
rη=4.5
からU
rη=5.5
までの領域である. 図-4(a),(b) に示す領域の特徴は,
応答のパワースペクトルに2
つ のピークが存在することである.U
rη=4.5
においては0.18Hz
と0.15Hz, U
rη=5.0
においては0.18Hz
と0.17Hz
である. 前者の鋭いピークは円柱の固有振動数に伴 うピークで,
後者の小さいピークはカルマン渦発生に 伴うピークである. 励振が開始されるまでには, パワ ースペクトルには固有振動数以外のピークはなく, 静 止状態ではカルマン渦の放出に伴う変動揚力は極めて 小さい. 図-4(a),(b)に示すうように, その刺激によ ってカルマン渦の発生が助長され,
円柱には周期的変 動が働くようになるが,
この揚力の周波数は円柱の固 有振動数とは一致せず, 風速の増加とともに徐々に増 大する. よって, この励振はカルマン渦の発生とは 直接的には関係がなく, 別の発生機構によって生じた ものと考えられる. さらに, 風洞実験結果2)において, このような振動現象の特徴は, 奥行きが幅より小さい 角柱の場合と同様であると述べられている.次に, 領域Ⅱは, 実験結果では
U
rη=5.7から 7までの
領域,解析結果ではlock-in
が生じているU
rη=5.5
からU
rη=7.5
までである. 図-4(c)の領域では,
応答のパワ ースペクトルのピークは1
つとなり,
カルマン渦は円 柱の固有振動数と同期して発生するlock-in
が生じる.領域Ⅲは
, U
rη=7
から励振が収まるU
rη=10
までの領域 である. 解析結果では, lock-in
領域からはずれた後,
振 幅が収束するまでである. 応答のパワースペクトルに は固有振動数に伴うピーク以外に,
固有振動数の半分 程度の周波数付近にもう一つのピークが現れる. 図 -4(d)に示すように0.2Hz
とほぼ半分程度である0.12Hz
を見ることができる.また, この領域では円柱の後流中での風速変動や既往の研究から,
lock-in
は生じていないと考えられる. よって, この領域における 励振現象の継続は, 低風速ギャロッピングのような空 力不安定振動と考えられる.
このように, これまで自励的渦励振とされてきた円 柱の励振も, 発生機構によって大きく 3 つに分類する ことができる. さらに解析結果において, 励振の発生 から収束に至るまでの無次元風速の増加に伴う振幅の 変化と, 各無次元風速における応答のパワースペクト ルについても, 風洞実験を再現できている.
(3) 空力減衰
図-5に無次元風速
U
rη=4.5, U
rη=5.0, U
rη=6.0, U
rη=8.0
における振動振幅の時刻歴を, 図-6に自由振動開始か らの振動振幅の減衰率を算出したものを示す. 縦軸に 無次元振幅η
rms/D
及び減衰率を, 横軸にそれぞれ無次 元風速とする. なお, 図-5については, 自由振動状態 開始からのものである. 励振前からlock-in
に至るまで は,
無次元風速の増加に伴い,
減衰率はプラス域であ ることから,
強制振動から自由振動に移ると,
振幅が 緩やかに収束していることがわかる.lock-in
が生じる と, 減衰率は負減衰となり, 振幅は増加する. その後 無次元風速の増加に伴い,
振幅が収束するにつれて,
減衰率も増加している. ここで, U
rη=8.0
において,
図 -4(d)に示すように, 円柱の固有振動数とカルマン渦 の発生周波数の一致はみられないので lock-in から外 れているのがわかる. だが, 減衰率はわずかに負減衰 図-4 各無次元風速における応答のパワースペクトル (a) 無次元風速U
rη=4.5 (Ⅰ)0 0.2 0.4 0.6 0.8 1
0 0.05 0.1 0.15 0.2 0.25 0.3 0.35 0.4 0.45 0.5
Frequency
カルマン渦 に伴う応答
円柱の 固有振動数 に伴う応答
(b) 無次元風速
U
rη=5.0 (Ⅰ)0 0.2 0.4 0.6 0.8 1
0 0.05 0.1 0.15 0.2 0.25 0.3 0.35 0.4 0.45 0.5
Frequency
カルマン渦 に伴う応答
円柱の 固有振動数 に伴う応答
(c) 無次元風速
U
rη=6.0 (Ⅱ)0 0.2 0.4 0.6 0.8 1
0 0.05 0.1 0.15 0.2 0.25 0.3 0.35 0.4 0.45 0.5
Frequency
カルマン渦に伴う応答 と円柱の固有振動数に 伴う応答の一致
(d) 無次元風速
U
rη=8.0 (Ⅲ)0 0.2 0.4 0.6 0.8 1
0 0.05 0.1 0.15 0.2 0.25 0.3 0.35 0.4 0.45 0.5
Frequency
円柱の 固有振動数 に伴う応答
1/2
程度を示しているので,風洞実験において示唆されている
lock-in
後の振動の継続についての,
空力負減衰に伴う低風速ギャロッピングタイプの空力不安定振動という ものを, 数値解析の面からも示すことができた.
6. おわりに
本研究では,
3
次元円柱の渦励振現象について,一 様流中での3
次元数値流体解析を行い, 風洞実験との 比較,
検証を行った.得られた結果を次に示す.① 無次元風速の増加に伴う振動振幅の変化について
,
励振開始から,
最大振幅を示した後振幅の収束に 至るまで,
概ね風洞実験結果を再現できている.② 後流渦の卓越振動数特性から
, lock-in
の発現に関 しても, 風洞実験結果とほぼ一致している. 本解 析では,
各現象の発現風速や振動振幅値において,
実験値との若干の乖離がみられるが,
これは解析 諸条件における解析精度の問題であり, 解析領域, アスペクト比, 分割数などを向上させることでよ り精度は上がるものと考えられる.③ 風洞実験において指摘されている円柱の励振発生 機構の三つの領域関し、解析結果からもこの指摘 を確認することができた.特に励振域での低風速 ギャロッピングのような空力不安定振動を捕らえ ることもできた.
以上のことから
,
円柱の振動問題に関して, 3
次元数値 流体解析を用いることにより,
実現象を概ね再現でき ることがわかった. 今後は, 振動現象の発生機構につ いて, 可視化などによる評価を行い, より詳細な検討 を行う予定である.
<参考文献>
1)
Wootton, L. R. : Aerodynamic stability, Summary of Proceedings of CIRIA Seminar, The modern design of Wind-sensitive Structures, 1970, pp65-81
2) 河井宏允,二井啓,藤波潔:リブ付き円柱の渦励振とギャロ ッピング,第 15 回風工学シンポジウム論文集,
pp461-466, 1998.
3) 小野佳之, 田村哲郎:振動円柱まわりの渦挙動と空気力特性の 関連性 / LESによる物理機構の検討 / ,日本建築学会構造系 論文集, Vol. 534, 2000.
4) 丸岡晃,太田真二,平野廣和,川原睦人:同次補間を用いた 陰的有限要素法による非圧縮粘性流れの解析,構造工学論文 集
Vol.42A, pp383-394, 1997
-0.5 -0.4 -0.3 -0.2 -0.1 0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5
400 900 1400 1900 2400 2900
time
η/D
-0.5 -0.4 -0.3 -0.2 -0.1 0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5
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time
η/D
(a) 無次元風速
U
rη=4.5(b) 無次元風速
U
rη=5.0(c) 無次元風速
U
rη=6.0(d) 無次元風速
U
rη=8.0図-5 各無次元風速における振動振幅の時刻歴
-0.5 -0.3 -0.1 0.1 0.3 0.5
0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10
Urη 減衰率(%)
図-6 自由振動開始からの振動振幅の減衰率