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「資源」としての地域の可能性 ―コミュニケーションと地域社会の相互作用―

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「資源」としての地域の可能性

―コミュニケーションと地域社会の相互作用―

脇 忠幸

1

・高永 茂

2

・谷口 直隆

3

1

人間文化学科

2

広島大学大学院文学研究科

3

広島修道大学人文学部)

グローバル化が喧伝されるようになって久しいが,地理的な隔たりは今なお大きな意味を持ち続けている。本稿の目的 は,「資源」という観点から「地域」とコミュニケーションの相互作用過程に考察を加え,その一端を明らかにすることに ある。その方法は論者(3 名)によって異なり,複数のアプローチを採ることで多角的な分析を行った。結果として,相互 作用過程に関する多様な論点(「希望」「絶望」の共生/ナラティブによる変容可能性/教育の場における「評価」など)

とそれらが孕む問題点が明らかになった。

【キーワード 地域社会 医療 コミュニケーション教育 国語教育 】

1. はじめに

世界中の人・モノが常時接続可能になった今なお, 人々にとって地理的な隔たりは大きな意味を持ち続けている。

たとえば教育格差に見られるように,地理的な差異はいまだ文化資本としての機能を有している(松岡 2019)。ま た,そうした現状認識や様々な施策,それらに関する言説が,中央からのまなざし=イメージの影響下にあること も注意が必要だろう。阿部( 2018 )は,こうしたまなざし=イメージを「おしつけ地方論」として警鐘を鳴らして いる。考えてみれば,「大都市の人々がつくる地方に関する一方的かつ支配的な表象」(阿部 2018)が生成され押 しつけられるのは,今に始まったことではない。たとえば,河西(2001,2007)は「遅れた東北」というイメージが 近代以降どのようにして形成されたのか,新聞などの資料を丹念に追うことで明らかにしている。一方で,イメー ジとしての〈地方〉を逆手にとって観光資源に用いる(ときには資源として創出する)こともある(橋本 2011, 中 井 2017, 湯川 2017)。

このように, 地理的な隔たりは否定的にも肯定的にも捉えることができるだろう。 いずれの評価を下すにしても,

そこに私たち地方在住者の在るべき姿が見出せるのではないだろうか。中央から遠く離れた場所で,私たちは生活 者/研究者として何をすべきであり,何ができるのだろうか。

本稿の契機となったのは,こうした問題意識のもとで開催されたシンポジウムである。第 22 回日本コミュニケー ション学会中国四国支部大会(於福山大学:2019 年 11 月 23 日)では,「「資源」としての地域の可能性―コミュ ニケーションと地域社会の相互作用―」と題したシンポジウムが実施され,3 名の報告者が登壇した。本稿の執筆 者 3 名はそのときの報告者である。

本稿の目的は,このシンポジウムの趣旨を引き継ぎつつ,次の 2 点に考察をくわえることである。

1)「地域」「地域社会」が,どのような資源として,何のために,どのように用いられているのか。

2)「地域」「地域社会」(マクロレベル)とコミュニケーション(ミクロレベル)がどのような/どのよ うに影響を与えあっているのか。

すなわち本稿では,三者の視点から,「コミュニケーションにおける「地域」「地域社会」」と「「地域」「地域 社会」におけるコミュニケーション」の相互作用に考察を加え,その内実の一端を明らかにする。

2. 方法

まず,シンポジウム時の議論を背景としながら,改めて三者それぞれの視点から論述する。本稿の性質上,共通

の問題意識と目的を持ちながらも,具体的な分析対象や方法は各論において異なる。それら異なるアプローチをト

(2)

ライアンギュレーションのように配置したのち,「総合考察」として各論を整理し総括することで三者の議論に横 糸を通す。

こうした一連の議論と作業は,シンポジウム時と本稿執筆時に継続的に行われたものである。すなわち,本稿は 三者間における相互作用の産物と言うことができるだろう。

3. 各論

3.1. 物語の「資源」としての地域(脇)

3.1.1. 本節における問題意識と目的

ここでは地域医療をめぐる言説に注目することで,コミュニケーションと「地域」「地域社会」の相互作用につ いて考察をくわえる。

近年,医療者教育において,地域包括ケアシステムやそれに基づく多職種連携が重要視されている。しかし,そ こで想定されている「地域医療」とはいかなるものであろうか。地理学や社会学といった領域ですでに指摘されて いるように,「地域」「地域社会」には,“純朴”な成員による“昔ながら”の共同体(地縁),というステレオ タイプがつきまとう(中井 2017, 湯川 2017)。そうした「希望」の語りの場である一方で,「地域」「地域社会」

は“衰退”“限界”“消滅”といった「絶望」が語られる場でもある(増田 2014)。

本節の背景にある問題意識は,こうした語りに対して,支配的な言説がもたらす画一的なイメージ(e.g.地域医療

=前近代的な〈田舎〉での実践)がどのようにして紛れ込んでいるか,というものである。もう少し議論の焦点を 絞り込むならば,「地域医療」に関する言説/語りは,どのような言語的資源を,どのように用いることで構成され ているのか,ということになるだろう。

本節では,個人の語り(narrative)と言説(discourse)という図式(ミクロ‐マクロ)を前提として,新聞記事を 対象とした言説分析を試みる。その際あまり表立って触れられないが, Said (1978)が分析の補助線となっている。

というのも,本節での問題意識と Said の議論に親和性があると考えるからだ。よく知られていることだが, Said は 主にヨーロッパから見た“東洋”=“中近東”(この名称がすでにオリエンタリズムによるものだろう)に関する 言説を取りあげて「オリエンタリズム」を分析している。彼が指摘するように「オリエント」という地域 ..

やそれに 向けられるまなざしが言説の産物なのであれば,同一の社会(=日本)の成員から見た「地域社会」にオリエンタ リズム的なまなざしを見出すことは,決して無理な論理ではないだろう。

今回は,「地域」「地域社会」をめぐる言説としての新聞記事を分析する。より具体的に言えば,新聞記事にお ける「地域医療」言説を分析することで,次の 2 点に考察をくわえる。

1)「地域医療」言説において,「地域」はどのようなイメージ/概念と結びついているのか。すなわち,

どのような資源として消費されうるのか。

2)言説から見てとれる「地域医療」像の通時的な変化とはどのようなものか。

3.1.2. 本節における分析対象と方法

分析対象には,『朝日新聞』(聞蔵Ⅱビジュアル)の記事を用いる。検索機能を利用して,「地域医療」というキ ーワードでピックアップされたものを対象とした。 ただ, すべての記事を対象にすると膨大なデータ量になるため,

10 年間隔で 3 時点(それぞれ 1 年分)の記事データに絞った。3 時点のデータを用意したのは,通時的な変化を確 認するためである。その結果,約 200~650 件の記事データがピックアップされたが,分析するにはなおデータ量と して多い。そこで,この検索結果のうち日付の早いものから 30 件ずつ(計 90 件)を分析対象とした。

利用データベース:『朝日新聞』(聞蔵 Ⅱ ビジュアル)の記事

検索ワード:「地域医療」

(3)

検索期間:1 年間×10 年間隔で 3 時点

・1997 年 1 月~1998 年 1 月・・・233 件 ・2007 年 1 月~2008 年 1 月・・・657 件 ・2017 年 1 月~2018 年 1 月・・・391 件

分析対象:上記検索記事のうち,日付の早いものから 30 件ずつ。計 90 件。

ただし,今回の目的には適さないと判断した記事については分析対象から外した。たとえば,組織名などの固有 名詞やコメントを寄せた人物の肩書きのみにヒットした場合,あるいは新刊紹介やイベントガイドなどの記事は,

分析の対象外とした。

分析対象から除外

・固有名詞(組織名など)・肩書き・問い合わせ先のみヒット

地域医療機能推進機構/兵庫医科大病院地域医療・総合相談センター/県地域医療課/ 地域医療研修 室/福山市民病院地域医療連携室など

・そのほか,分析対象としてふさわしくないと判断したもの

署名/ルビ/新刊紹介/イベントガイド/予算案/海外の地域医療に関する記事/地域医療等振興自 治宝くじ当選番号/県人事など

こうして抽出されたデータ(30 件×3 年分=90 件)を,テキストマイニングによって分析する。すなわち,KH

Coder(ver.3.Alpha.16)を用いて①頻出語(上位 10 語)と②特徴語(文単位)を明らかにしたうえで,考察を加え

る。

3.1.3. 分析と考察

まずは,記事における頻出語について分析と考察を加える。各年の頻出語(上位 10 語)は以下の通りである。

頻出語(上位 10 語)

1997-1998:「医療」「病院」「地域」「診療」「医師」「患者」「保健」「医院」「保健所」「話す」

2007-2008:「医師」「医療」「病院」「地域」「診療」「不足」「県」「研修」「患者」「県内」

2017-2018:「医療」「地域」「病院」「医師」「県」「医学部」「研修」「診療」「必要」「構想」

いずれの年も「医療」「地域」「病院」「医師」といった言葉と,それらに関連する言葉が上位を占めている。

地域医療に関する記事を取りあげれば,このような結果になるのは当然と言えるだろう。この結果だけでは,特段 指摘できることはなさそうである。一方で,「話す」(1997-1998),「不足」(2007-2008),「構想」(2017-2018)

といった,各年に特徴的な言葉(特徴語)の存在が示唆された。10 年間隔・3 時点のデータを対象としたことで,

それらの差異の追究が可能になったということだろう。

では,各年の特徴語とはどのようなものであろうか。3 時点のデータを比較すると以下のような結果となった。

(4)

表 1. 3 時点間の特徴語

朝日 1997-1998 朝日 2007-2008 朝日 2017-2018

病院 .133 医師 .171 医療 .165

診療 .095 病院 .142 地域 .120

患者 .065 診療 .074 医師 .112

医院 .042 不足 .059 医学部 .051

保健 .038 県 .052 県 .051

話す .037 研修 .041 研修 .047

保健所 .034 県内 .038 必要 .046

開業医 .032 制度 .032 構想 .042

高齢 .031 自治体 .030 市長 .041

連携 .030 高齢 .029 昨年 .037

表 1 を見てみると,【1997-1998】では「保健(所)」「連携」が挙がっているが,【2007-2008】【2017-2018】

において「不足」「県(自治体)」「医学部」「構想」が挙がっていることがわかる。これは,この約 20 年間での

「地域医療」の変化を示しているものと考えられる。すなわち,医療機関の「連携」から,自治体を中心とした「構 想」への変化である。もちろん現在でも,医療機関の連携については“多職種連携”という言葉によってその重要 性が喧伝されている。そこに地域包括ケアシステムのような「構想」が厚労省によって示され,それに呼応して自 治体が実施へと歩を進めるといった構図(認識)が見てとれる。こうした言説は,地域医療が国や自治体の主導に よって整備されるという肯定的な認識=像を生み出すのかもしれない。しかし,同時にそれは,医療機関の努力だ けではままならなくなったという否定的な認識=像も孕んでいる。

「地域医療」像の否定的な側面を象徴的に表すのが,【2007-2008】に挙がっている「不足」である。これは多く の場合,医師不足を指しており(看護師不足を伝える記事もある),2007 年前後から“医師不足”言説が顕在化し たことが示唆される。

(略)04 年 4 月,これまで努力義務だった医師資格の取得後 2 年間の臨床研修が必修化された。全国の 病院から研修先を選べるようになると,出身の大学病院で研修を受ける研修医は減っていった。

必修化前は,医局人事で,敬遠されがちなへき地の病院にも医師が派遣されていた。しかし,研修医が 残らなくなり,医局が人手不足になると,大学病院が地域の関連病院から医師を引き揚げる動きが各地で 相次ぐようになった。(略)

「このままでは小児科が続けられなくなる」

飛騨市民病院(飛騨市神岡町)の黒木嘉人院長は頭を抱える。やはり医局が人手不足の富山大学から,

今でも1人しかいない小児科医の派遣が打ち切られそうだからだ。20 年以上,産科医がいなくて市内で お産ができない状況に加えて,小児科医も古川町の開業医 1 人だけになってしまう。

市は医師不足を解消しようと,地元独自で医大生への奨学金制度の新設を検討している。市内の病院で 勤務してくれれば,償還金の一部を免除する。近隣の自治体にも,同様の奨学金の新設を呼びかけるつも りだ。 (2007 年 1 月 1 日,朝刊,岐阜全県・1 地方)

このような“医師不足”言説の顕在化が 2007 年前後に起きたとする仮説を立てるには,なぜそのタイミングだった

のかという問いにも回答を用意しなくてはならない。おそらく,この顕在化には,上記記事にもあるように新しい

研修医制度の施行(2004 年)が影響していると考えられる。こうして 2004 年から 2007 年あたりに“医師不足”言

説がより多く生み出されることで,議題設定効果(agenda setting)がもたらされたことは想像に難くない。マス・メ

(5)

ディア上の言説(=マクロ)によって「地域医療」の認識=像が構築・提示され,それを(無意識的に)受容した コミュニケーション(=ミクロ)が交わされる。それを通して,「地域医療」の認識=像が維持され,さらなる言 説とコミュニケーションへと接続していくのである。

興味深いのは,肯定的な文脈に否定的な意味が内包されている点である。上記記事にも見られるように,地方自 治体などが「医師不足を解消しようと」何らかの手立てを打つ旨がしばしば語られる。しかし,未来に向けた「解 消」が可能になるのは,その時点で「不足」があるがゆえである。つまり,「解消」という未来=希望が語られれ ば語られるほど,“医師不足”という現在=絶望は再帰的に強化されてしまう。

このとき,「地域」は物語の資源として用いられていると言えるだろう。大別するならばそれは希望と絶望の物 語であり,現代の「地域」「地域医療」にはこの矛盾する 2 つの物語が奇妙に共生していると考えられる。

議論が少し勇み足になったかもしれない。改めてデータに目を向けてみよう。

前掲の表 1 には,3 時点で重複する語がいくつかある。本来,特徴語ということであれば各年の結果に重複は見 られないはずである。しかし,3 時点のデータをソフト上で同時に分析したことによって,重複が生まれてしまっ たと考えられる。

そこで,今度は各 2 時点間で比較し各年の特徴をより明確にする。

表 2. 2 時点間の特徴語(97-98/07-08) 表 3. 2 時点間の特徴語(07-08/17-18)

朝日 1997-1998 朝日 2007-2008

医療 .159 医師 .189

診療 .098 病院 .157

患者 .068 地域 .136

医院 .042 不足 .060

保健 .038 県 .054

話す .038 研修 .043

保健所 .034 県内 .039

開業医 .032 必要 .033

高齢 .032 制度 .032

連携 .030 自治体 .030

表 4. 2 時点間の特徴語(97-98/17-18)

これら 3 つの表を見ると,“医師不足”言説はやはり(2004 年から)2007 年頃に顕在化したと推察される。 1997

朝日 2007-2008 朝日 2017-2018

医師 .185 医療 .197

病院 .163 地域 .139

診療 .081 県 .053

不足 .059 医学部 .052

患者 .042 必要 .048

県内 .039 研修 .047

制度 .032 構想 .042

自治体 .030 市長 .041

高齢 .029 住民 .038

団塊 .029 昨年 .038

朝日 1997-1998 朝日 2017-2018

病院 .156 医療 .198

診療 .103 地域 .142

患者 .068 医師 .140

医院 .042 県 .055

保健 .038 医学部 .052

話す .037 研修 .049

保健所 .034 必要 .048

開業医 .032 構想 .042

高齢 .032 市長 .041

連携 .031 昨年 .038

(6)

年頃は「病院」「保健所」などの医療機関が「連携」するという「地域医療」像が形成されていたが,2004 年の新 研修医制度によって(という言説によって),医療機関だけでなく教育機関(「医学部」)や地方自治体も巻き込 んだ「構想」が前景化してきたと考えられる。こうした「連携」から「構想」へという重心のシフトに,厚労省に よる地域包括ケアシステムの推進が決定的な影響を与えていることは言うまでもないだろう。

3.1.4. 本節のまとめ

本節では,3 時点にわたる新聞記事(「地域医療」言説)をテキストマイニングによって分析することで,「地 域」がどのような資源として,どのように用いられているのか,その一端を明らかにした。先述した目的に沿って 以下にまとめる。

1)現代の「地域」「地域医療」は,希望と絶望を物語るための資源となっていると考えられる。この矛盾 した 2 つの物語が「地域」「地域医療」には共生しているのではないか。

2)「地域医療」言説は,全体的に「連携」から「構想」へという変化が見られる。その分水嶺は新研修医 制度(2004 年)に端を発した“医師不足”言説ではないか。

今回の目的に対してテキストマイニングによる分析がどこまで有効であるかについては,多くの課題が残る。よ り詳細な分析を進めるには,談話分析など記述的なアプローチと組み合わせることが必要だろう。くわえて,今回 のような言説分析に個人の語りを対置することで,さらに深い考察が可能になると考える。また言うまでもなく,

新聞記事以外にも分析対象とすべきものはある。再び Said の議論を引き合いに出すならば,研究者による研究(論 文や著作など)も言説として捉えうるだろう。

地域社会が抱える問題について考えるとき, 当然のことながらまずは現状 (何が/なぜ/どのように問題なのか)

を把握する必要がある。しかし,今回のような視点で考えると,われわれが認識する地域社会の“現状”も言説に よる像(の一部)に過ぎず,それを超えることができないのかもしれない。その地域に暮らす“当事者”でない人 間(たとえば研究者)は,その地域を語ることができるのだろうか。

3.2. 医療の場としての「地域」を育むコミュニケーション(高永)

1

3.2.1. ねらい

本節では,コミュニケーションを通じて地域医療が変わること,言葉づかいを変えることが個人の生活経験を変 えるきっかけになることを,事例をまじえながら論じたい。

3.2.2. 研究の概要

(1)問題の背景

「地域医療構想策定ガイドライン」にはさまざまな施策が多岐にわたって記載されている。このガイドラインに

「(5)医療従事者の確保・養成」(p.33)という事項がある。ここに掲げられている目標を達成するためには,医 療者(医師,歯科医師,薬剤師,看護職員など)が地域に定着することが必須の条件となる。医師の偏在が問題視 されている社会においてこれは容易ではない課題であろう。医療者が地域に根を下ろすときにどのような葛藤があ るのか,いかなる経過をたどるのかを知ることは重要なことである。また,急速に進む高齢化に対応するため「地 域包括ケアシステム」も構想されている。これらの施策を実現させるには地域社会に定着する医療者を養成する必

1

本研究は,科学研究費補助金(基盤 C)研究課題名「ナラティブに基づく言語研究の展開と医療分野への応用」

(研究課題番号:17K02731)の調査で得られた資料をもとにその成果の一部を報告するものである。

(7)

要がある。そのためには医学教育の段階から,理念や現状,具体的な事例などを学生に提示することが重要となる。

(2)研究の目標

インタビューで話された語りをナラティブ・アプローチの方法を用いて捉え直し,地域で医療活動を行う過程で 医療者にどのような変化が起きたか, 医療活動を行う際の心構えや工夫, 地域で生活して気づいたことなどを探る。

量的調査では明らかにならない,質的調査ならではの詳細で厚みのある記述を行う。

(3)分析の観点

次の三点に重点を置きながら分析を進める。①インタビューで得られたデータを,細切れの情報の集合としてで はなく一連のナラティブ(経験の語り)と位置づける,②医療者を地域で生活するひとりの人間として捉え,「生 活者としての医療者」の姿を描き出す,③生活者の生の声をもとに,地域医療の現状と課題・問題点を抽出する。

3.2.3. 分析対象

9 月 6 日(金) 13:00~17:30 に岡山県新見市哲西町(てっせいちょう)においてインタビューを実施した。対象者

は,哲西町診療所の佐藤勝医師と NPO きらめき広場事務局担当理事の深井正氏である。このインタビュー調査は 継続中であるので,まだ内容を報告することができない。今回は,すでに公表されている諸資料を対象として考察 を行う。

3.2.4. 調査地の状況

哲西町診療所のホームページ(URL:https://www.tesseishinryo.com/, 2019 年 11 月 20 日閲覧)にある情報を参考に して整理する。哲西町は岡山県西北端にあり,人口 2,550 人,高齢化率 42%である。平成 3 年から 7 年にかけて総 合福祉施設(特別養護老人ホーム,ショートステイ,ケアハウス,高齢者生活福祉センター,在宅介護支援センタ ー,ホームヘルプステイション,デイサービスセンター,老人憩いの家,ビリヤード場,グランドゴルフ場)を新 設し,在宅福祉と施設福祉が一元的に整備された。平成 13 年(2001 年)に,保健医療福祉のほか行政,教育,文 化など各種機関を一箇所に集約した全国でも全く新しいタイプの複合施設「きらめき広場・哲西」〔役場本庁(平 成 17 年 3 月 31 日~合併により新見市役所哲西支局),診療所,歯科診療所,保健福祉センター,生涯学習センタ ー,図書館,文化ホール〕を建設した。

佐藤(2004)によると,「保健,医療,福祉の連携強化を最重点項目にした総合センター構想が立った矢先,町 内の内科医院・歯科医院が閉鎖され,無医町に転落したのですが,町長は健康は財産だと言って,すごい総合施設 をつくったんです。僕は建つ六ヶ月前から設計にかかわり,『CT(X 線透過型コンピュータ断層撮影法)なんかは ペイしないから,やめたほうがいいんじゃないか』と言ったけれども,町長は『道路は何億円もかかるのに,たっ た数千万じゃないか』と言って入れた。そういう町長です。」という経緯もあったようだ。

また,哲西町診療所をはじめ中国地方の 5 つの医療機関が連携して,「地域医療医・総合医養成プログラム」を 実施している。このプログラムは「実践型研修」(見学型研修ではなく)を目指している。「へき地医療のしくみ と地域包括医療(ケア)」に特色がある。

3.2.5. 地域における医療の課題と取り組み

(1)地域と医学教育

哲西町診療所では,「地域医療医・総合医養成プログラム」に参加して研修医を受け入れている

2

。実習後にアン ケートを行うと,地域包括医療は大切だ,将来は地域で働きたいという回答も少なくないという

3

。研修医を受け入 れる側である佐藤医師の思いは,「なるべく早く地域医療に触れさせ,早くロールモデルに会わせ,彼らの思いを

2

哲西町診療所では看護学生の研修も行われていることを付記する。

3

佐藤(2004)の記述による。

(8)

具現化してあげたい。いつでも何でも断らず診るという地域医療マインドのようなものが全ての医者に必要だと思 う」

4

というものである。地域という環境の中で患者やロールモデルとなるような医療者と出会う機会をつくって,

医学生や研修医に意識変革のきっかけを与えようとしていると見ることもできるだろう。

佐藤医師の努力も見逃せない。その日に受診した患者のカルテをすべて診る,研修医が直接診察した患者のカル テは一字一句しっかり確認する,という地道な努力の積み重ねによって研修の質が向上している。適切なフィード バックをタイミングよく返しながら相互のやり取りの循環を形成することは,コミュニケーションの基本であると 言えよう。

(2)行政と医療

本節でまず指摘したいのは, 3.2.4.で述べたように,医療福祉センターや教育行政の機関も同一施設内に隣接して 設置されている点である。この物理的な配置は,コミュニケーションの繋がりにも反映されている。実際に診療所 の運営や医療活動を行うにあたって,行政からの協力が得られやすいようである。佐藤(2004)によると,「町長 と毎日顔を合わせますし,図書館に子どもと一緒に来る親と保健師のかかわりができ,健康意識の低い層へのアプ ローチもしやすくなりました」という状況が生まれた。空間配置がコミュニケーションにとって重要な要素である ことがわかる。

また 3.2.4.で取り上げたエピソードからも分かるように,当初から行政は当時の町長が先頭に立って地域医療に

積極的に取り組む姿勢を見せていた。このことも哲西町診療所の活動にとってプラスに働いている。

(3)地域医療とキャリア

佐藤(2019)では,学会などでもキャリアイコール専門医と考えられている傾向があって地域に行っているとキ ャリアが遅れるといった発言もある,という指摘がなされている。筆者(高永)も同様のコメントを,島根県にお ける調査で聞いている。このような発言に対して,佐藤(2019)は,地域に一人で赴任している間は例えば内科専 門医としては空白期間かもしれないけれども,自分が全ての責任を背負いながらそこの医療をやっているわけで自 己達成感は強くなるし,自己効力感も上がり,自信もつくと述べている。どこで誰と出会うかがコミュニケーショ ンの質に影響を与え,ひいては個人個人の経験が異なるものになっていく。地域で医療者としての経験を積むこと は決して回り道ではない。

3.2.6. コミュニケーションの変化と効果

コミュニケーションには相互作用性という特徴がある。佐藤医師の島根県隠岐郡都万村

つ ま む ら

(現在は隠岐の島町)で の経験はその一つの事例となるだろう。

寝たきりの人数十人と一緒に風呂に入って片方の動く手で前の人の背中を流したら,「ありがとう」と 言われた。「私はいままで家を引っ張ってきた家長だった。ボランティア活動をする地域の長だった」と いう人がお嫁さんに介護され,家のお荷物だったのが, 「ありがとう」と言われ,社会のため,人のため,

世のためになっていると感じたんですね。人間は健康を損なったときに何が大事かというと,よく「生き がい」と言われるんですけど,それはたぶん「役割」だと思うんですよ。「ありがとう」と言われる役割。

5

ここに描かれている患者は区長を務めた経験のある人である。ある時期まで外出を勧められても断っていた。

4

佐藤( 2019 )の記述による。

5

佐藤(2004)の記述による。

(9)

健康を害している姿で外に出て,いたわられるのが嫌だったのではないかと佐藤医師は推測する

6

。この人の意識が,

寝たきりの人の背中を洗ったときにかけられた一言で変化していった。その一言が「ありがとう」という言葉であ る。「ありがとう」の一言によって,あらためて「社会のため,人のため,世のためになっている」と実感できる ようになったのである。相手への行為に対して返ってきた言葉によって,自分の「役割」を再認識して前向きにな ることができたのである。このような経験をしながら,佐藤医師は都万村の診療所において看護師や事務局員を交 えて週一回の勉強会を開くなど,自身の医療にかける思いを共有してもらう機会を増やしていった

7

3.2.7. 本節のまとめ

コミュニケーションを通じた関係性の構築(場合によって再構築)によって地域医療の状況が変化することがあ る。医師がひとりで頑張るのではなく,行政,看護師,保健師さらには住民を巻き込みながら,医療と福祉を中心 にした地域作りを展開していくことが重要なのであろう。「地域包括ケアシステム」の具現化とはそういうことな のかもしれない。

3.3. 学校教育におけるコミュニケーション教育と地域―新学習指導要領を視点に(谷口)

3.3.1. 背景・問題意識

平成 29 年告示小学校・中学校学習指導要領及び平成 30 年告示高等学校学習指導要領は平成 27 年 8 月の論点整 理

8

の段階から,変化を予測することが困難な社会を生き抜くための資質能力を育てることを目的にした「社会に開 かれた教育課程」が重視され,改訂の基本方針として示されている。特に,文部科学省中央教育審議会の答申(平 成 28 年 12 月 21 日)では,「社会に開かれた教育課程」としての重要な点として以下の 3 点が挙げられている。

① 社会や世界の状況を幅広く視野に入れ,よりよい学校教育を通じてよりよい社会を創るという目標を 持ち,教育課程を介してその目標を社会と共有していくこと。

② これからの社会を創り出していく子供たちが,社会や世界に向き合い関わり合い, 自らの人生を切り 拓いていくために求められる資質・能力とは何かを,教育課程において明確化し育んでいくこと。

③ 教育課程の実施に当たって,地域の人的・物的資源を活用したり,放課後や土曜日等を活用した社会 教育との連携を図ったりし,学校教育を学校内に閉じずに,その目指すところを社会と共有・連携しなが ら実現させること。

(文部科学省「幼稚園,小学校,中学校,高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善及び 必要な方策等について(答申)(中教審第 197 号)平成 28 年 12 月 21 日」, p.17: 下線は引用者に よる)

本稿の起点となったシンポジウムは「『資源』としての地域の可能性―コミュニケーションと地域社会の相互作 用―」をテーマとしているが,中央教育審議会の答申の中には,教育において地域を「資源」として活用すること が明確に示されている。

本節では,改定された教育課程において,学校教育はどのように社会,つまり地域とつながり,「社会に開かれ た教育課程」を実現する中でどのようなコミュニケーション教育/学習が実現されるのか,その視点や課題の導出を

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佐藤( 2004 )の記述による。

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立木(2000)の記述による。

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文部科学省教育課程特別部会「論点整理」平成 27 年 8 月 26 日から文部科学省中央教育審議会「次期学習指導要

領等に向けたこれまでの審議のまとめ」平成 28 年 8 月 26 日,文部科学省中央教育審議会「幼稚園,小学校,中学

校,高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善及び必要な方策等について(答申) 」平成 28 年 12 月 21

日,先に示した平成 29 年及び平成 30 年告示の学習指導要領までの行政資料を指している。

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試みる。

3.3.2. 学校と地域社会

平成 29 年告示の小学校特に指導要領解説総則編には教育課程編成の原則の一つとして「児童の人間として調和 のとれた育成を目指し,児童の心身の発達の段階や 特性及び学校や地域の実態を十分考慮すること」が示されてい る。またその中で「(イ)地域の実態」として以下のような説明がなされている。

教育基本法第 13 条は「学校,家庭及び地域住民その他の関係者は,教育におけるそれぞれの役割と責 任を自覚するとともに,相互の連携及び協力に努めるものとする。」と規定している。また,学校教育法 第 43 条は「小学校は,当該小学校に関する保護者及び地域住民その他の関係者の理解を深めるとともに,

これらの者との連携及び協力の推進に資するため,当該 小学校の教育活動その他の学校運営の状況に関 する情報を積極的に提供するものとする」と規定している。

これらの規定が示すとおり,学校は地域社会を離れては存在し得ないものであり,児童は家庭や地域社 会で様々な経験を重ねて成長している。地域には,都市,農村,山村,漁村など生活条件や環境の違いが あり,産業,経済,文化等にそれぞれ特色をもっている。こうした地域社会の実態を十分考慮して教育課 程を編成することが必要である。とりわけ,学校の教育目標や指導内容の選択に当たっては,地域の実態 を考慮することが重要である。そのためには,地域社会の現状はもちろんのこと,歴史的な経緯や将来へ の展望など,広く社会の変化に注目しながら地域社会の実態を十分分析し検討して的確に把握すること が必要である。また,地域の教育資源や学習環境(近隣の学校,社会教育施設,児童の学習に協力するこ とのできる人材等)の実態を考慮し,教育活動を計画することが必要である。

なお,学校における教育活動が学校の教育目標に沿って一層効果的に展開されるためには,家庭や地域 社会と学校との連携を密にすることが必要である。すなわち,学校の教育方針や特色ある教育活動の取組,

児童の状況などを家庭や地域社会に説明し,理解を求め協力を得ること,学校が家庭や地域社会からの要 望に応えることが重要であり,このような観点から,その積極的な連携を図り,相互の意思の疎通を図っ て,それを教育課程の編成,実施に生かしていくことが求められる。保護者や地域住民が学校運営に参画 する学校運営協議会制度(コミュニティ・スクール)や,幅広い地域住民等の参画により地域全体で児童 の成長を支え地域を創生する地域学校協働活動等の推進により,学校と地域の連携及び協働の取組が進 められてきているところであり,これらの取組を更に広げ,教育課程を介して学校と地域がつながること により,地域でどのような子供を育てるのか,何を実現していくのかという目標やビジョンの共有が促進

さ れ , 地 域 と と も に あ る 学 校 づ く り が 一 層 効 果 的 に 進 め ら れ て い く こ と が 期 待 さ れ る 。

(文部科学省.2017a.『小学校学習指導要領解説 総則編』,p.21)

以上のように,新しい教育課程における「地域」のとらえ方は,本稿「はじめに」に指摘された「都市」の対立 項としての「地域」ではなく,「都市」も「都市」という特徴をもった一つの「地域」としてとらえるものであ る。そもそも学校教育において「地域」は「学校」に対置されることの多い概念であり,この点は,言語学やコミ ュニケーション論における「地域」概念と異なっていると言える。

そのような「地域」概念を背景に,学校教育においては社会科の学習や生活科,総合的な学習の時間を通して地 域で学び,地域を学んできた。その意味では,地域を「資源」としてきた実践の蓄積は膨大なものである。これに 加えて,近年では,コミュニティ・スクールをはじめとした,地域住民が学校教育に関わる取り組みが推進されて いる。

3.3.3. 学習活動としてのコミュニケーションと学習目標・学習内容としてのコミュニケーション

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上に示したコミュニティ・スクールなどの取り組みは,地域住民が学校の運営の一端を担い学校の教育課程を承 認したり,評価したりする制度として運用されており,今回の改定の基本方針のうちの一つである「カリキュラム マネジメントの推進」の一つの形である。

本節では,今回の改定の基本方針の中から,さらに「「主体的・対話的で深い学び」の実現に向けた授業改善の 推進」と「育成を目指す資質・能力の明確化」の視点からコミュニケーションの教育/学習について述べたい。

「「主体的・対話的で深い学び」の実現に向けた授業改善の推進」については,いわゆる「アクティブ・ラーニ ング」の視点からの授業改善が求められている。アクティブ・ラーニングは方法論的視点であり,具体的な方法も 多岐にわたる。その中で地域連携とともに語られることの多い方法として PBL(Project Based Learning)が挙げら れる。地域連携型の PBL は地域社会の課題を発見し,解決していく中での学びを企図する学習法であり,「地 域」と「コミュニケーション」について考える上でわかりやすいパッケージであると言える。しかし,PBL によ る教育目標の中心は「問題解決・発見」の能力であり,そこに生起するコミュニケーションが焦点化される報告は 管見の限り見当たらない。地域との「つながり」が学習の成果として報告される場合もあるが,そこに至るコミュ ニケーションの過程やそれによってもたらされた学び(どのような言語コミュニケーションが行われ,コミュケー ション行為の側面においてどのような変容や学びが生起したか)については報告されない。さらに言えば,「地域 課題の発見と解決」という「成果報告」に集中してしまい,学び(Learning)の側面での評価が不十分であること も課題としてあげることができる。

ここで,改定の基本方針の「育成を目指す資質・能力の明確化」を併せて考えることの重要性が指摘される。

「主体的・対話的で深い学び」,すなわちアクティブ・ラーニングを推進し,活動中心の学習が増えていく一方 で,その活動においてどのような「資質・能力」を育成するのかを明確化することが求められている。PBL で は,「育成を目指す資質・能力」は先述したように「問題発見・解決」の能力

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としてとらえられることが多い。

つまり,コミュニケーションの能力は「育成を目指す資質・能力」としてとらえられていないということである。

しかし,前節「医療の場としての「地域」を育むコミュニケーション」でも述べられるように,地域での活動 は,参与者のコミュニケーション観やコミュニケーション行為に影響を与え,さらに地域にも影響を与えるものと 考えられる。すなわち,コミュニケーションに関わる学びが生起するものと考えられる。

学校教育においてアクティブ・ラーニングが推進される中で具体的なコミュニケーションを視点にした学習活動 や学びの評価が課題であるということができる。

3.3.4. 「地域」を資源としたコミュニケーション教育/学習を考えるための視点

ここまで「社会に開かれた教育課程」を理念とする新しい教育課程において,「地域」と「コミュニケーショ ン」について,行政資料に示される「地域」のとらえ方やアクティブ・ラーニングの視点から確認・考察を行っ た。

教育の分野においても「地域」は資源としてとらえられていることが確認できたが,その一方で「コミュニケー ション」については,情緒的・総合的なとらえられ方(例えば「つながり」や問題解決の過程など)がなされてい ることが指摘できる。これは,教育の分野において具体的な「コミュニケーション能力」を示せていないことがそ の大きな理由であると考えられる。今回の学習指導要領の改訂においては,「学習の基盤となる資質・能力」とし て「言語能力」も示されており,「国語科を要」とすることが示されているが,国語科においても「コミュニケー ション」についての説明はなされていない。しかし,国語科における「知識及び技能」の中には「言葉の特徴や使 い方に関する事項」として「言葉の働きに関する事項」が示されており,これまでなかったコミュニケーションの 多様な働きを示唆するような記述も見られる。今後はこのような視点を用いながら,学習者のコミュニケーション 行為やその変容を評価するような視点や枠組みを考察・検討し運用していくことが必要であろう。そうすることに

9

問題発見・解決の力は「総合的な学習の時間」や「特別活動」などの学習において目標とされる能力である。

(12)

よって,コミュニティ・スクールや地域連携型の PBL を学習活動として「地域を資源としたコミュニケーション が教育/学習」がデザインできるようになるのではなかろうか。

4. 総合考察

本節では三者の論に横糸を通すことで「コミュニケーションにおける「地域」「地域社会」」と「「地域」「地 域社会」におけるコミュニケーション」の相互作用について,より深い考察を行う。

その端緒として,脇(3.1.)と高永(3.2)の議論に注目しよう。両者ともに地域医療を分析対象としているが,そ の方法は異なっている。脇がマス・メディア(新聞)の言説分析を試みたのに対して,高永はフィールドワークに 基づくインタビュー調査を実施し,ナラティブ分析によって「生活者としての医療者」を追究している。たしかに 方法は異なるものの,両者を対置することで本稿の目的「「地域」「地域社会」(マクロレベル)とコミュニケー ション(ミクロレベル)がどのような/どのように影響を与えあっているのか」を記述する足がかりが見えてくる。

たとえば,脇が分析対象としたデータ(新聞記事)には次のようなものもあった。

(略)県は昨年、将来へき地の拠点病院や診療所で医療に従事する医学生への奨学金制度を整備した。 (略)

野村病院も拠点病院の一つ。ただ、医師3年目の二宮医師は「技術や経験を吸収できる時に、長期間、1 人きりで過疎地域にとどまれと言われても難しい」と複雑な心境をのぞかせる。

医師の技術習得と地域医療の確保をどう両立するのか。県内のへき地の診療所に勤める医師が技量を伸 ばす研修などを希望する場合、拠点病院などから医師を派遣し、留守を預かる支援体制はある。しかし、二 宮医師は「そこまで望めない」と続けた。(略) (2007 年 1 月 16 日、朝刊、愛媛全県・1 地方)

類似の記事はほかにも存在しており,こうした言説は「地域医療=若手医師」という認識(の生成)の一端ではな いかと考えられる。ここに高永の 3.2.5.(3)を対置すると,マス・メディアでの言説(マクロレベル=脇の議論)と地 域医療の現場での認識・ナラティブ(ミクロレベル=高永の議論)という構図が浮かび上がってくる。そこから,

地域医療に従事すること=回り道という認識をめぐって,対照的な語りが見出されるのである。両者の議論は異な ると同時に補完的であり,「地域」の異なるレベルを示すと同時に,そのあいだでの相互作用を示唆している。

こうした相互作用をとおして形成されるもののひとつに,高永が 3.2.5.(1)で指摘した「地域医療マインド」がある と考えられる。この「地域医療マインド」をより一般化すれば,近年の医療者教育で注目されているプロフェッシ ョナリズムと重ね合わせることができるだろう。地域医療に携わる者は,医療者として身につけるべき価値観・態 度・行動にくわえて, 「地域(性)」とどのように向き合うか,換言すればどのようにして「根を下ろす」(3.2.2.(1))

のか,その価値観・態度・行動を問われることになる。多くの場合,それはソトの存在がウチへと移動し受容され ることを指すだろう。プロフェッショナリズムの形成はもちろんのこと、ソト(あちら)‐ウチ(こちら)の境界 が孕む問題を解決するには,教育が重要なポイントとなる。

谷口の議論は,まさにこうした「地域」との結節点作り=「社会に開かれた教育課程」を省みるものであった。

それは同時に,脇と高永の議論の結節点でもあり,コミュニケーション(ミクロ)と地域社会(マクロ)の相互作 用“過程”として捉えられる。しかし,3.3.3.での「地域との「つながり」が学習の成果として報告される場合もあ るが,そこに至るコミュニケーションの過程やそれによってもたらされた学び(どのような言語コミュニケーショ ンが行われ, コミュケーション行為の側面においてどのような変容や学びが生起したか) については報告されない」

という指摘が象徴するように, コミュニケーションと地域社会の相互作用過程に関する研究は緒に就いたばかりだ。

また,形式的に授業に地域住民を加えることで「成果」としてしまう,という指摘も非常に示唆的である。前述

した「根を下ろす」過程にも同様の状況と問題が存在するのではなかろうか。谷口は「学習者のコミュニケーショ

ン行為やその変容を評価するような視点や枠組みを考察・検討し運用していくこと」が必要だと説くが,その「視

点や枠組み」として,高永が 3.2.6.で指摘した「役割」が挙げられるかもしれない。ここで想起されるのは, Goffman

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の「役割」概念である。すなわち,社会システム(社会的役割)と相互浸透的な相互行為秩序での「役割」が,「地 域」とコミュニケーションの関係を考えるうえで重要な鍵となるのかもしれない。

谷口の指摘でもうひとつ興味深いものがあった。それは 3.3.2.での「そもそも学校教育において「地域」は「学校」

に対置されることの多い概念であり,この点は,言語学やコミュニケーション論における「地域」概念と異なって いると言える」というものである。この指摘が意味するところは「地域」概念の多様性であろう。非常に重要な論 点であるが,本稿においては十分に扱うことができなかった。論点の提示に留めて,今後の課題としたい。

最後に,さらなる大きな課題として,本稿が前提としてきた認識枠組みを挙げておきたい。広く社会科学では“社 会‐(中間集団)‐個人”という構図が採用されてきた。本稿でもこれを一部前提として議論を進めたわけだが,

今一度振り返ってみればこの構図はあくまで便宜上の道具立てだったはずである。エスノメソドロジーなどの議論 を参考にすれば,「社会」は「個人」を包含すると同時に「個人」間のコミュニケーションによって生成される=

包含されるものであるだろう。「社会」と「個人」が互いに包含し合い,互いに部分と全体であるような関係なら ば,“社会‐(中間集団)‐個人”という伝統的な構図はどこかで更新される必要がある。もちろんすぐに代案を 提示できるわけではない。今回も,冒頭で触れたように「コミュニケーションにおける「地域」「地域社会」」「「地 域」「地域社会」におけるコミュニケーション」というごく簡単なイメージの提示しかできなかった。しかし,「地 域」とコミュニケーションの相互作用過程を考えるうえで,どのような「社会」「個人」を想定するのかは大きな 課題であり続けるだろう。

5. おわりに

本稿は,「地域」とコミュニケーションの相互作用過程に関して,「資源」というキーワードをもとに三者が議 論を重ねた結果である。冒頭に掲げた目的について,いくつかの示唆を得ることができた。「地域」という多面的 で多様な対象を分析するための方法論としても有効であろう。

今回取り上げた医療も教育も,常に“誰か”による変革の渦の中にある。「地域」に生活する研究者としてでき ること/すべきことは,少なくとも諦観ではなく対抗言説を生み出し続けることだろう。日常的な皮膚感覚を研究 に落とし込むこと,すなわち「コミュニケーションに関わる社会問題」(いわば「コミュニケーション問題」)を 積極的に扱うことこそ,これからのコミュニケーション研究に必要なのではないだろうか。

参考文献

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河西英通.2001.『東北―つくられた異境』中公新書 河西英通.2007.『続・東北』中公新書

増田寛也.2014.『地方消滅―東京一極集中が招く人口急減』中公新書 松岡亮二.2019.『教育格差 ― 階層・地域・学歴』ちくま新書

中井治郎.2017.「「ふるさと」のまなざし」田中滋(編)『都市の憧れ,山村の戸惑い―京都府美山町という「夢」

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Said, E.W. 1978. Orientalism. New York: Georges Borchardt Inc. (=1993, 板垣雄三・杉田英明監修・今沢紀子訳『オリエ ンタリズム(上)(下) 』平凡社ライブラリー

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佐藤勝.2019.「地域医療の魅力」『月刊 地域医学』Vol.33-No.6, 地域医療振興協会, pp.426-434.

立木寛子.2000.「〈シリーズ「いのちを守る」――ヒポクラテスたちの末裔〉島根県隠岐島都万村の挑戦」『望星』

2000 年 3 月号, pp.66-73.

(14)

湯川宗紀.2017.「「日本の原風景」と文化ナショナリズム」田中滋(編)『都市の憧れ,山村の戸惑い―京都府美山 町という「夢」―』晃洋書房, pp.239-256.

『「哲西町診療所」パンフレット』哲西町診療所作成.

文部科学省.2015.「幼稚園,小学校,中学校,高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善及び必要な方策 等について(答申)(中教審第 197 号)平成 28 年 12 月 21 日」

https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/053/sonota/1361117.htm(閲覧日:2019 年 10 月 18 日)

文部科学省.2017a.『小学校学習指導要領解説 総則編』東洋館出版社 文部科学省.2017b.『小学校学習指導要領解説 国語編』東洋館出版社

KH Coder のダウンロードサイト(樋口耕一氏のサイト) https://khcoder.net/dl3.html(閲覧日:2019 年 10 月 23 日)

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A Possibility of Region/Community as a Resource: Interaction between Community and Communication Tadayuki WAKI, Shigeru TAKANAGA, Naotaka TANIGUCHI

It has been a long time since globalization was promoted. But geographical condition still has significance. This paper examines the interaction process between region/community and communication from the viewpoint of “resource”. Therefore, we tried various analyses by taking multiple approaches. As a result, we showed some issues (e.g. the coexistence with “hope”

and “despair”/transformation of the community through narrative/educational evaluation) concerning the interaction process and the problems that they have.

【Keywords: community, medical care, communication education, Japanese language teaching】

表 1. 3 時点間の特徴語  朝日 1997-1998      朝日 2007-2008      朝日 2017-2018  病院  .133  医師  .171  医療  .165  診療  .095  病院  .142  地域  .120  患者  .065  診療  .074  医師  .112  医院  .042  不足  .059  医学部  .051  保健  .038  県  .052  県  .051  話す  .037  研修  .041  研修  .047  保健所  .034

参照

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