法経論集第75・76骨 研究ノート
賃金交渉制度と労働生産性シェアリング
一1970年代以降の分析を中心に一※
遠 山 弘 徳
本研究ノートの目的は、レギュラシオン派の理論的・歴史的分析を踏ま え、日本経済における団体交渉制度と賃金形成の関連、とりわけ1970年代、
80年代の展開を分析し、労働生塵性上昇分が如何にして賃金に分配された かをあきらかにすることにある。
70年代初頭以降、賃金の分散は拡大している。制度的には賃金をめぐる 交渉レベルはミクロレベルにある。それにもかかわらず、賃金決定が企業 内化され、労働生産性がミクWレベルの回路をつうじて賃金へとリンクさ れたとみることはできない。第1に、ミクロデー一タを利用した分析により、
賃金決定にあたえる企業内要因が有意であるものの、それ以外の要因も無 視できないことが指摘される。第2に、賃金の分散を産業別に分解した場 合、産業要困が全体の賃金分散のかなりの部分を説明することが示される。
第3に、従来の75年春闘にかんするケーススタディにより、企業側の産業 レペルでの協調(もしくはコンフリクト)が賃金形成にとって決定的な意 味をもっていたことが示される。以上の分析にもとづき、労働生産性を賃 金へと回路づける制度形態が産業レベルでの企業側の協調であることを指
摘する。
※ 本研究ノー一一 5の骨子は、95年12月22・23臼、富山大学経済学部で行われた日本資本 主義研究プUジェクト研究会で報告された。佐藤良一氏(富山大学経済学部)はじめ、研 究会参加者、研究会メンバーより有益なコメントをいただいた。記して感謝するしだいで ある。なお、本ノートは、文部省科学研究費補助金・総合研究くA)「国際経済環境と産業構 造が変化する中でのEil本型資本主義の調整様式の変容に関する研究一社会制度的・計量 的分析」(代表考 山田鋭夫・課題番号07303015)の研究成果の一一部である。
賃金交渉制度と労働生藤性シェアリング
1 はじめに
Aglietta(1982)、 Boyer(1877)は、戦後のアメリカおよびフランス経済の歴 史分析をつうじて、フォーディズムに固有の労働生産性シェアリングをあき
らかにした。それは、賃金の団体交渉をつうじた、将来の労働生産性を先取 りする形での賃金変化のプログラム化であった。かれらのいうように、労働 生産性上昇分の分配を理解するにあたっては、賃金交渉制度の検討が一つの 焦点となろう。本研究ノートの目的は、レギュラシオン派の理論的・歴史的 分析を踏まえ、日本経済における団体交渉制度と賃金形成の関連、とりわけ 1970年代と80年代の展開を分析し、労働生産性上昇分が如何にして賃金に 分配されたかをあきらかにすることにある。そしてそれによって1970年代以 降に特有なマクロの労働生産性シェアリングを特徴づけることにある。
llマクロ経済変数の動向
ここでは、労働生産性シェアリングのマクロの動向を確認しておきたい。
最初に、労働分配率(ここでは製造業全体の労働分配率)の長期的動向を概 観しよう。労働分配率は、1970年代前半に大きく上方にシフトする。それ以 降は、1970年代前半と比較すると、相対的に安定化し、ほぼ50%台の水準で 推移していることが確認される(図1)注1。
60
56.6G7 53.333
船
46.桶7
43、3:構4{}
図1 労働分配率69−92
70
?580 85 go
注1 労働分配率の長期的動向については、吉川(1994)も参照されたい。Taira&Levine (1985)は1974・−75年以降の労働分配率の相対的安定性を指摘したうえで、それを輸出 セクターにおける労働組合、使用者および政府のあいだの「インプリシットな契約」の 成立を表現するものと解釈している。
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一一一一一 108 一法経論集第75・76号
研究ノー・ト
70年代前半に観察された労働分配率の上方へのシフトは、労働生産性上昇 率と賃金上昇率の動きからも説明される。1970年までは、労働生産性上昇率 が賃金上昇率を上回っていたが、1970年に近づいていくにつれて、両者の上 昇率は接近し、71〜74年には賃金上昇率が労働生産性上昇率を大幅に上回 る。この時期、一方で労働生産性上昇率が低下したにもかかわらず、賃金が それに対応して直ちに低下せず、以前の趨勢を保っていたことが観察される。
70年代前半の労働分配率の上方へのシフトはこれによって説明されるであ ろう。75年以降は、賃金上昇率は労働生産性上昇率とほぼ同一の水準に収れ んし、しかも同一の動きをみせる(図2控2)。
図2 労働生産性と賃金56−93
o.盆2 0.192琢
,165 0,137露 o.匙1
0,08蕗
G.o轟轟
o.02?弱
二鑑蛾
60 65 7⑪ 75 80 85 9{}
こうした動きに注目すれば、70年代初頭以降、労働側に有利な労働生産性 シェアリングに移行したと見ることもできるであろう。しかし、労働生産性 と賃金の動向を国際比較の中に位置づけてみると、労働生産性上昇率の範囲 内への賃金上昇の抑制の点で日本経済のきわだった速さが確認される注3。国 際比較の視点からみると、日本経済の賃金上昇は抑制的な動きを示している。
そのかぎりでは、労働側の協調的な行動が浮かび上がってくるであろう。
以上のマクロ経済変数の動きを要約すれば、つぎのようにいえる。(1)70年 代初頭において労働生産性上昇率は低下したが、他方、賃金上昇率は以前の 趨勢を維持している。(2)70年代前半において労働分配率が上方にシフトして いる。(3)70年代半ば以降、労働生産性上昇率と賃金上昇率はほぼ伺一水準に
注2 労働生産性:国民総生産/就業者数、賃金は現金給与総額(製造業)である。賃金デー タは労働省「毎月勤労統計調査」、国民総生産は「国民経済計算」、就業者数は総務庁「労 働力調査」よりえた。
注3 遠山(1992)を参照されたい。
賃金交渉制度と労働生塵性シェアリング
収れんする傾向をみせる。(4)74−5年以降、労働分配率も、70年代前半と比 較すると、相対的に安定化する。(5)国際比較の視点からみたばあい、70年代 半ば以降の賃金上昇は抑制的である。
こうしたマクロ経済変数からは、74−5年に、労働生産性シェアリングに 構造変化が発生したことがうかがわれるtk 4。
われわれの課題は、こうしたマクロ経済変数の変化にあらわれた、労働生 産性上昇分の賃金への分配メカニズムと、賃金交渉制度の関連を追求するこ
とにある。
1 分権的交渉制度と賃金形成
1970年代以降、日本経済の交渉制度は賃金形成に対して如何なる影響をあ たえたのか。これは2つの問いを意味する。第1に、賃金をめぐる労使間の 交渉が如何なるものであったのか。そして、第2に、そうした交渉制度が賃 金形成に如何なる影響を与えたのか。
すでに1970年代以降の賃金交渉制度を特徴づけるにあたっては、一っの有 力な仮説が提示されている。それはまた、労働生産性上昇分を賃金へとつな ぐ回路を説明する仮説と理解することもできる。すなわち、日本経済の賃金 交渉制度を特徴づけるにあたって、ミクロレペルでの賃金交渉を強調する Calmfors&Driffil1の仮説である。
Calmfors&Driffi11(1988)は賃金抑制に対する交渉制度の影響をとりあげ た注蟹すべき論文である。かれらは、先進資本主義諸国の賃金交渉制度を分 権的なものから集権的なものにランクづけ、集権化の程度と実質賃金のあい だのラクダコブ型の関係を示した。それによれば、分権的システムと集権的 システムの両者は抑制的な賃金上昇と結びつけられ、他方、両者の中間的シ ステムは硬直的な賃金と結びつけられる。
注4 清水(ユ993)は1965年〜74年までを「日本的なフォード主義的レギュラシオン」と した上で、1975〜89年を「労使協調的レギュラシオン」と「競争的レギュラシオンの 部分的復帰」とする時期区分を示し、賃金のレギュラシオンの変容を摺摘している。ま たわれわれも簡単な賃金決定式を構成し、逐次チョウテストとCointegratien Test ig 利用した構造変化テストをおこない、74年に構造変化を確認した(遠山(1994)、T◎・
hyama (1995>>。
(ユ45)
一一
撃撃n一法経論集第75・76好 研究ノート
そのさい、日本経済は、賃金交渉が個々の企業レベルもしくはプラントレ ベルで行われる分権的システムの中に分類されている。したがって、70年代 半ば以降、日本経済の賃金上昇は控えめなものであったが、それは分権的な 賃金交渉制度に帰されることになる注5。
ミクUレベルの労使関係に注目するという点で、レギュラシオン派の中に も類似した仮説が見いだされる。Boyer(1995)のミクロ・コーポラティズム仮 説である。Boyerは、フrt・一ディズム以降の先進資本主義諸国の4つの軌道
を示したうえで、日本経済をミクロ・コーポラティズムに分類する。そこで も制度的特徴として企業内部での労使間妥協があげられ、ミクロレベルの労 使関係が強調されている。
じっさい、日本の労働組合は企業別である。また使用者組織も同様に非集 権的である。そうした組織形態に制約され、賃金をめぐる労使間交渉は企業 劉に実施される。こうした制度に注目すれば、分権的システムへの日本経済 の分類は適切なものといえよう。また、そうした交渉制度から、賃金決定の 内部化いいかえれば賃金決定が企業固有の事情を反映すると推測することも できるであろう。花田は的確にこの点をつぎのように述べている。
欧米における賃金決定が個別企業を外から規制する部門別ないし職種別 の団体協約に大きく規定されているのに対し、臼本においてはそのような 部門別ないし職種別協定は不在であり、その意味で、企業を越えて明示化 された賃金決定に関わる協約化されたレファレンスは存在しない。…日本 にあるのは企業の支払い能力を決定基準の一一要素とする法定最低賃金のみ である。したがって、El本においては、企業内における賃金決定において は、制度上の外部的制約は極めて小さいものである。
こうした賃金交渉、および賃金への労働生産性上昇分の分配は以下の特徴 を有するであろう。(1)賃金交渉は企業別におこなわれ、分権的性格を有する。
注5 労働組合が自己の構成員を代表して独占的に貨幣賃金を設定し、企業が雇用者数を 決定するとしよう。その場合、組合は、貨幣賃金の引き上げによって、実質賃金を引き 上げることができる。だが他面で、貨幣賃金の引き上げが所属企業の生産物価格を引き 上げ、その企業の生産物に対する需要を低下させる。その結果、企業は雇用を削減する であろう。このため労働組合は穏健的な賃金設定行動にむかうと考えられている。
貨金交渉制度と労働生産性シェアリング
このため、(2)マクu的にみれば、各企業間の賃金格差が拡大する傾向にある。
賃金交渉が企業内に閉じられているため、(3贋金決定は企業内化される、い いかえれば、賃金への労働生産性上昇分のリンクはミクロ回路をつうじて行 われる。したがって、(4)賃金形成は企業固有の要因に強い影響をうける。そ のさい、Calmfors&Driffillの理論仮説にしたがえば、(5>企業別労働組合の 賃上げ要求は抑制的となる。
本研究ノートでは、日本経済の賃金形成を特徴づけるにあたって、以上の 特徴を有する仮説を分権化仮説と呼ぶことにしよう。
IV 賃金分散と企業レベルの賃金決定
本節では分権化仮説が検証される。第1に、賃金の企業間格差の動向を確 認する。第2に、ミクロ企業固有の事情を反映した賃金決定式を構成し、7◎
年代以降の賃金形成を計量的に検証する。
lV−1 賃金分散の動向
デー....タは製造業の企業別データである。期間は1970年の会計年度から90 年の会計年度までである。賃金は従業員ユ人あたりの人件費によって代理さ れている。経済全体にしめる企業規模が小さいにもかかわらず、平均から大 きくはずれた賃金を有する企業が存在する可能性がある。そこで賃金分散の 計算にあたっては、そうした企業が賃金分散の計算に偏りをあたえることを 考慮し、従業員数によるウェイトづけをおこなった注6。図3は、従業員数に
よって調整された賃金の分散(変動係数)をプロットしたものである。
図3をからはつぎの2点が観察される。第1に、賃金分散は70年代半ばか ら上昇しはじめ、80年に一一つのピークに迎える。第2に、80年代に入り、依 然として70年代よりも高い水準にあるものの、賃金の分散は停滞し、いくぶ
ん低下する。そして第3に、80年代後半からふたたび上昇し始める。
こうした観察結果からすると、70年代から賃金決定の分権化がすすんだと 考えられる。とすれば労働生産性上昇分の賃金への分配はミクロ回路をつう
注6 i企業のウエイ゜トづけられた賃金詞企業の賃金×(i企業の従業員数/£i企業の従 業員数)。Rowthorn(1992)を参照されたい。
(143)
一U2一
法経論集第75・76弩
イVl ylxノート
変動係数
24e
23e
220 2102窃0
1go l80 170 16
刀B
図3 賃金分散70・一一90
?5 8◎ 85 ge
じて行われ、賃金は企業内の要因によって決定されている可能性が高い。
IV 一一 2 企業レベルの賃金決定
分権化仮説の提示する賃金決定が妥当するとすれば、ミクロレベルにおい ては、(1)賃金は企業内の要因によって決定される。②賃金は各企業の支払い 能力(労働生産性)に依存する。したが6て労働生産性は賃金に正の効果を あたえると期待される。(3>雇用は安定的となる。そのため、労働コストはフ レキシブルな1人当たり賃金によって調整される。したがって雇用は賃金に 負の効果をあたえると期待されるであろう。
以上の仮説を検証するため、上述の企業の中から、1975年から90年まで追 跡可能であった製造業中231社をとりあげ、パネルデータを構築し以下の賃 金決定式を推定した断。
ln (wageざt)=偽十aユln (Pritノ十a21n (e吻iti十eit
evageは、 t期のi企業の従業員1人当たり人件費、 P rはt期のi企業の粗 付加価値労働生産性、empは≠期のi企業の従業員数である。eは誤差項であ る。上述の仮説にしたがえば、労働生産性の係数α1には正の符号が、雇用の
係IS( a,には負の符号が期待される。
注7 推計にあたっては、random effects mode1を利用した。なお、データの出所等つい ては、付録Data Aを参照されたい。
鍛金交渉制度と労働生産性シェアリング
推定結果は、表1に示されている。推定値はいずれも有意であり、また期 待どおりの符号をえた。それぞれの係数は賃金に対する各要因の弾性値と理 解される。推定結果によれば、労働生産性の1%の変化は賃金の0.94%の変 化をもたらすし、雇用の1%の変化は賃金の0.03%の低下をもたらすといえ よう。いいかれば、労働生産性(すなわち企業の支払い能力)が上昇した場 合、その範囲内で賃金も上昇する。他方、雇用の上昇は賃金に負の効果をあ たえ、雇用者数が上昇する場合、1人当たり賃金は低下する。労使関係の視 点からみれば、ミクロレベルにおいて、労働者は雇用保障との引き換えにフ
レキシブルな賃金を受け入れていたと見ることができる。
表1 ミクロレペルの賃金決定
ごoアzs ργ 召吻
ωの漉刎
@ .槻1粥
ソ畝R2
5.6116 0.94111 −0.029488 W4.1746 50。9849 −7.89915
O.416995
上述の推定結果はたしかに分権化仮説を支持する。しかし、われわれは企 業レベルの賃金決定を推定するにあたって、ミクロレベル以外の要因をコン
トロールしていない。推定結果をみると、定数項がかなり大きく、モデルの 中にとり込まれた要因以外の効果が大きいでのはないかと推測される。
いまt値を各変数の説明力とみれば、労働生産性要因の効果も大きいが、定 数項に含まれる潜在的要因がもっとも大きな影響力を有している。モデルの 中に明示的に現われていない潜在的要因を無視することはできないであろ う。上記のモデルが企業内要因をとり入れたものである以上、潜在的要因は 企業外の要因である可能性が高い。すなわち、企業の賃金決定にあたっては、
ミクロ企業要因の他に産業もしくは経済全体レベルの要因が影響力を及ぼし ていた可能性がある、ということである。
したがって、賃金分散の上昇は賃金決定の分権化が進行した結果だとする、
われわれの上述の推論は再検討を要するであろう。1970年代に、賃金の分散 が上昇していることは確かである。しかしこれにもとついて賃金決定が分権 化した、もしくは労働生産性がミクロレベルの回路をつうじて賃金に結びっ
けられる、と結論づけることは再考を要する。
(141)
一 ll4 一・法経論集第75・76弩・
研究ノi…一・ト
V 「制度」再考
わが国の労働組合は企業別であり、各企業別労組に所属する労働者と産別 やナショナル・センターとの関係はコントロール・被コントロ・一ルの関係に
はない。前者から後者への影響力は制度化されてはいない。他方、労働側に 相対峙する使用者側にも同様の制度的特徴が観察される。周知のように、労 働問題および労使関係について企業側を代表する中央組織は日本経営者団体 連盟(日経連)である。日経連は加盟企業の労使関係における政策や諸決定 に対して、強制力や統制力をもたない。また傘下の個別企業を代表して、労 働側と交渉にあたるわけでもない。わが国の使用者側の権力構造も、労働組 合側と同様、きわめて分権的である。
このように、日本経済の賃金交渉制度は分権的である。そうした制度から は、賃金決定の分権化が期待される。しかし上述のパネルデ・・・・…タを利用した 分析にもとづけば、賃金決定が分権的だと結論づけること、すなわち賃金決 定がミクロ企業固有の事情によってのみ決定されるとみることには慎重でな
ければならない。
したがって賃金交渉制度から期待される結果がじっさいの賃金決定に対応 しない可能性がある。そこで、ここでは上述の分析を踏まえ、「制度」によっ て意図される内容を確定しておきたい。
Hancock&Shimada(1993)は、賃金をめぐる団体交渉が主として企業内 で行われることを認めつつも、1975年春闘以降、r機能的」にはマクロ・コー ポラティズム的賃金交渉システムと等価であった、という機能主義的コーポ ラティズム論を展開している注8。
注8 逢見(1994)は、76− 7年の宇佐見忠信ゼンセン同盟会長、宮田義二鉄鋼労連委員長 の発言を踏まえ、この時期にわが国における「社会契約」が登場したと見ている。また、
森(1992)は、74駕8月の鉄鋼労連定期大会での宮田委員長の発言一国際競争下では 労働組合も賃上げを抑制して、インフレを克服すべきだ一をとらえ、日本型所得政策の 成立を見ている。Garon&M◎chizuki(1993)も1974年に社会契約が成立したとみてい る。その場合、労働側は、賃金上昇抑制との上き換えに、政策形成への参加と「世界で もっとも強力な雇用維持プログラム」を得たといわれる。以上の諸説に共通の認識は、
70年代半ばに、賃金形成についてマクロ・コーポラティズム型の調整が成立したとい・
うものであろう。
質金交渉制度と労働生朧性シェアリング
コーポラテdズム型調整が情報交換および共有の観点から検討されるな らば、コー一ポラティズム型傾向の強さにかんして、日本型ケースを先進経 済諸国の中でもきわめて高度なものとランクづけることが可能である。
(鐵ancock& Shimada:231>
Soskice(1990)も、日本経済においてはフォーマルな賃金交渉が企業レベ ルでおこなわれていることを指摘したうえで、それにもかかわらず経済全体 規模の賃金調整が存在するという。しかもSoskiceは、その調整の中心的役
割を担うのが、労働組合ではなく、強力な使用者組織の協調関係とネットワ・・・…一
クであることを強調している。日本経済では、賃金決定をめぐる企業間の協 調は主要産業における「非公式な賃金カルテル」をつうじておこなわれ、そ れがミクロ企業の賃金を設定するという齢。
日本経済の使用者組織については、白井(1986)が、組織形態の上では非 集権的であるにもかかわらず、かならずしも使用者の統一的行動、協調行動 が難しいものではないこと指摘している。
これらの諸説に共通する認識は、明示的な、もしくはフォーマルな制度と
e の の t 9 e e
現実の経済的成果との関連が一意的ではない、というものであろう蜘。いい かえれば、フォーマルな制度から推測される経済的成果と異なった経済的結 果が見いだされる可能性があるということである。
日本経済のように、全国的な中央組織からミクロの組織への影響力が制度 化されていない場合であっても、組織間に、情報の交換・共有(Hancock&
Shimada)、協調関係、ネットワーク(S◎skice)が存在すれば、統一的な行 動や政策を生み出し、中央集権的な交渉制度が存在する場合と同様のマクw
注9 賃金形成にあたっての使用者側の協調・調整の役割については、Pontuson (1995),
Rie! (1995)を参照されたい。
注10Rowthom(1992)も、工973年以降のヨーロッパ諸国の観察にもとづき〉類似した指摘 をおこなっている。1973年以降、集権的な北欧諸国とそれほど集権的ではない交渉構 造を有するヨーロッパの中核諸国のあいだに、経済パフ」t・一マンスの変化がみられる ようになった。だが、両グルー・…プの交渉構造にはきわだった変化がみられない。した がって1973年以降、賃金交渉制度と経済パフォーマンスのあいだの以前の対応関係が 失われた可能性がある、と。Rowthomは、 Calmfors&Driffillの枠組みによっては、
そうした経験的に観察された事実を説明することが困難になったと述べている。
(139)
一116−一法経論集第75・76号
研究ノー・ト
経済的成果を生む可能性がある。しかもSoskiceによれば、中央集権的な賃 金交渉制度と同様の経済的成果がもたらされるか否かは、労働側以上に使用 者側の協調(もしくはコンフリクト)が決定的な意味をもつ。
上述のCalmfors&Driffii1をはじめ、コーポラティズム論者の中には、日本 経済を「分権的」カテゴリーのもとに分類する説が有力である。しかし、そ
の・一・一・−F方で、注8で触れたように、日本経済をマクロ・コーポラティズム型に 分類する見方もある。
「制度」を重視するレギュラシオン派においては、「制度形態」の概念は、
一定の歴史時期において経済的再生産を回路づけている規則性の源泉を解明 することを目的としたものであり、「マクロ経済的調節をもたらす社会的妥協 が結ばれる場所」(アグリエッタ)と定義づけられている。したがって明示的 な「協約」やフォーマルな「制度」の形で存在しない場合であっても、「協調j や「ネットワーク」が、一定の歴史時期の経済的再生産を回路づけ、マクロ 経済的調節をもたらすものであれば、制度形態と呼ぶことができるであろう。
こうした制度形態の概念によって、上で指摘されたコーポラティズム論にみ られる対立も解消される。
日本経済に観察されるフォーマルな賃金交渉制度は分権的である。しかし 制度形態はフォーマルな制度から推測されるほど硬直的なものではない。変 化の可能性をもつものである。賃金形成に限定すれば、フォーマルな制度に 一致して賃金決定の分権化へといたる場合もあれば、フォーマルな制度と異 なって集権的な(もしくは中間的な〉賃金交渉制度と同一の経済的成果を生 み出す場合もある。したがってあきらかにされるべきは、そうした制度形態 である。いいかえれば賃金形成にあたって、中央組織からミクロ企業への影 響力が如何にして行使されているのか、そして組織間の協調が如何にして実 現されているのか、ということであろう。
Vl産業間の賃金調整と制度形態
本節では、70年代以降の賃金形成いいかえれば労働生産性の賃金への分配 を回路づける制度形態が検討される。上述のように、賃金形成の理解にあたっ ては、フォーマルな賃金交渉制度だけではなく、賃金形成をめぐって中央組 織からミクU企業への影響力が如何なる形で行使されているのか、組織間の 協調が如何にして実現されているのかを追求しなければならない。
賃金交渉制度と労働生塵性シェアワング
Vl−1 産業聞の賃金調整
ここでは第1に、産業間の賃金分散を検討する。そして第2に、産業レベ ルの賃金、労働生産性の動向を観察する。
Vl−1−1 産業間の賃金分散
IV−2の分析によって、各企業の賃金決定の説明にあたっては、モデルに 明示化されなかった潜在的要因が無視できない、もしくは企業内要因以外の 要因が大きな影響力を有していた可能性があることがあきらかになった。賃 金分散の上昇を直ちに賃金決定の分権化とみる見方に修正を迫るものであ
る。
賃金分散の上昇は事実である。だが、賃金のバラツキは企業間だけではな く、産業聞のバラツキが拡大した場合も上昇すると考えられる。
われわれは各企業の賃金を7つの産業に分類し、1970年度から1987年度 象での産業別データを作成した齪。
最初に、図4において、産業要因を考慮せずに、7産業に属する企業全体 の賃金の変動係数を各年ごとにプロットした。そこでも、上述のデータと同 様に、1970年代半ばから賃金分散が上昇していることが観察される。しかし すでに指摘したように、産業内では企業間の賃金のバラツキが変化しなかっ たにもかかわらず、産業間の賃金格差が拡大したため、全体の賃金分散を上 昇させた可能性も否定できない。
図4 賃金分散70−一・87
変動係数
230
222,1
2路
2◎7.5 2 o l92,s
I85,
と?7、蕊
注U データについては、付録Data Bを参照されたい。
(137)
一一一 118 一一法経論集第75・76弩
研究ノー一ト
そこで賃金データ全体のバラツキを7産業闘のバラツキに分解した。ここ では分散分析を利用し、各年度のF値が計算されている。簡単にいえば、こ の場合、F値は、産業内の賃金のバラツキの大きさに対する産業聞の賃金の バラツキの大きさの比である。したがってF値が高くなればなるほど、産業 別の効果が存在すると解釈できる。その結果は、図5に示されている。
図5 産業間の賃金格差70−87
,盤 7,ぐ
6蕊
F 5龍
値 4繍 、鴛
70 71 ?2 73 74 ?5 76 77 78 79 80 81 82 83 84 85 86 t37
図5によれば、F値は70年代に上昇し続けるが、80年代には低下する。し たがって全体の賃金分散のうち産業別要因によって説明される部分が相対的 に70年代には大きく、80年代には小さくなったといえよう。だが、分析対象 期間全体にわたり、「各産業の平均に差は認められない」という帰無仮説は
1%水準で棄却され、産業間賃金格差が有意であることが確認されている。
したがって全体の賃金分散のうち産業間の賃金分散によって説明される部 分を無視することはできない。言いかえれば、産業内では比較的賃金が平準 化されており、他方、産業間では賃金格差が大きい、ということを示唆する ものであろうM12。しかも興味深いことに、図4に示された企業間賃金格差の
油12大瀧(1995)はこれまでの先行研究をi整理した上で、主要なミクロショックが産業 レベルにあることを指摘している。 ,
「主要なミクロ・ショックは産業単位で存在し、同一一産業内の企業はほぼ同一のミク ロ・ショックに直面しているということである。この結論は、企業内組合の存在が労使 間の円滑な意志陳通の場として働き各企業の業績を反映して賃金が決定されるために 雇用が安定化するという『通説』に大きな疑問を投げかける。/…いくつかの賃金変動 をめぐる分析の結果からみて、ミクm的ショックは主としてより集計度の高い規模 別・産業別で起きており、企業単位でのショックはそれほど重要ではない。したがって 企業単位での経済変動が重要で、『企業内組合』が経嘗にも関心を持ちこのショックの 緩衝となっているために雇用が安定化するという。『通調は支持できないe」
賃金交渉制度と労働生魔性シェアリング
上昇と並行的に産業閲賃金格差が拡大していることが理解される。
こうした結果からすると、(1>企業の賃金決定には産業レベルの要因が影響 している。したがって、IV−2の分析において、モデルに明示化されなかった 潜在的要因は産業レベルの要因である可能性が高い。②マクロ的には労働生 産性上昇分は一賃金交渉制度が企業別であっても〜産業レベルで賃金へと結 びつけられる。したがって(3)労働生産性上昇分を賃金へとつなぐ回路は、産 業レベルの賃金調整に存在すると考えられる。
Vl−1−2 各産業の賃金e労働生産性
っぎに産業レベルの賃金、労働生産性の動きを観察してみたい。
われわれは最初に産業聞の賃金格差をみるために、繊維産業の賃金を100 とした各産業の賃金を計算し、それを対象期閥にわたりプロットした(図6)。
図6 産業別賃金70−87 繊維 ・100
匙go
絡6。23
し33.?ff
猫2,5 鷲i.25
化#
その結果をみると、α)産業別の賃金は、対象期間全体にわたって、鉄鋼がもっ とも高い水準を示している。春闘相場のパタン・セッターの移り変わりをみ ると、昭和30年代前半には私鉄等であったが、30年代後半以降は、鉄鋼がパ タン・セッターとなり、50年代には鉄鋼に造船、電機、自動車など金属産業 が加わり、いわゆる「金属4産業」によるパタン・セッティングが確立して いる。こうした春闘のパタン・セッターの推移を考慮すると、鉄鋼産業が産 業全体の上限を画する役割を担っていたとみることもできよう。(2)産業間の 賃金格差は、70〜75年の問は拡大し、以後は徐々に全産業が同一水準に収敏
していく傾向がみられる(ただし、鉄鋼と他の産業のあいだには依然開きが ある)。 こうした動向をみるかぎり、産業問の賃金の平準化にむけた調整は 70年代初頭には弱く、70年代半ば以降にその効果を示しはじめた。そして80
(135) −12◎一
法績…論1集i第75翰76号
研究ノー一ト
年代にはいり、ようやくその効果が発揮されてきたと推測される。前掲の図 5のF値をみても、70年代には産業間格差が高く、それが低下し始めたのは 80年代に入ってからであった。したがって、賃金形成における産業間の関係 が協調的と形容できるのは、少なくとも70年代半ば以降である。
図7賃金と労働生産性 70年:100
鉄鋼
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賃金
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賃金交渉制度と労働生塵性シェアリング
化学
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◇ 劣働蜘墜性
つぎに各産業の支払い能力(労働生産性)と賃金の動向をみておこう。図 7は、1970年度の水準を100とし、各産業の労働生産性と賃金の趨勢を示し たものであるが、そこではつぎの点が注目される。
鉄鋼産業では、80年代半ばまで労働生産性と賃金がほぼ同一の趨勢を示し ているが、他の産業では、賃金の趨勢が労働生産性の趨勢を上團っている。
他産業と比較すると、鉄鋼産業ではその労働生産性(すなわち支払い能力)
に比べ、賃金上昇が抑制されていたと見ることができるであろう。一方、他
(133)
一122−一法経論集第75・76号 研究ノート
の産業では、相対的に賃金の趨勢が労働生産性の趨勢から乖離し、前者が後 者を上回り、その労働生産性(支払い能力)に比較して高めの賃金上昇が実 現されていたいえよう。
以上の観察結果を要約しよう。
(1)産業間の賃金格差は75年以降縮小する傾向にある。
②産業別賃金の上限に位置する産業は鉄鋼である。
③産業別に、労働生産性と賃金の動向をプロットすると、鉄鋼産業では両者 の趨勢がもっとも接近している。その意味では、支払い能力を有していたに もかかわらず、賃金上昇を抑制していた産業といえるであろう。したがって 鉄鋼産業の労働分配率は7産業中もっとも低い水準を示している。一方、他 産業では、賃金の趨勢が労働生産性の趨勢を上回り、賃金と労働生産性の動
向は乖離iする。
V節のおわりで、賃金形成をめぐる制度形態を理解するにあたって、中央 組織からミクw企業への影響力が如何にして実現されているのか、そして組 織間の協調が如何にして実現されているのか一一こうした点をあきらかにす る必要があることを指摘した。上の3点にわたる観察結果からすると、中央 組織から各企業への影響力の強さは産業レベルの調整に依存しているようで
ある。そして組織間の協調は鉄鋼産業を軸に展開されていた可能性がある。
Vl−2 産業レベルの資本間協調
70年代以降、労働生産性上昇分を賃金へと回路づけ、マクロ的に労働生産 性シェアリングを決定した制度形態は如何なるものであったのか。上述の観 察によれば、(1)70年代半ば以降の賃金分散の上昇は企業間の賃金のばらつき 以上に産業間の賃金のばらつきによって説明される。したがって、賃金形成 をめぐっては産業間の調整が如何にして実現されるかが焦点となろう。そう した産業間の調整如何がマクロレベルの労働生産性シェアリングの帰趨を決 定すると考えられる。(2>産業レベルの賃金形成の特徴を観察すると、鉄鋼産 業が他の産業の天井の役割を担っていた可能性がある。そして鉄鋼産業はそ の支払い能力(労働生産性)にもかかわらず、抑制的な賃金水準にあった。
したがって労働生産性を賃金へと回路づける制度形態をあきらかにするため には、鉄鋼産業を軸にした産業間の調整をみる必要があろう。
産業別賃金の動向(図6)および産業間賃金格差(図5)の分析から、賃
賃金交渉鋼度と労働生産性シェアリング
金形成における産業間の関係が協調的と形容できるのは、少なくとも70年代 半ば以降であることを指摘した。また、簡単な賃金決定式を形成し、1974年
に構造変化が発生したことを確認している。
この時期の労使関係にかんするケーススタディをみると、75年春闘が戦後 労使関係の一一つの転換点であったことが多くの研究によって認められてい
る。注目すべきことに、75年春闘においては、依然、フォーマルな中央集権 的な賃金交渉制度が存在しなかったにもかかわらず、マクロの賃金上昇の抑 制が実現され、しかも使用者組織側が決定的な役割を果たし、さらに、賃金形 成にあたっての産業間の調整の焦点が鉄鋼産業にあったことが確認されている。
すでに述べたように、使用者組織も分権的である。したがって日経連が加 盟企業に対して何らかの拘束力を有することはない。日経連から個別企業へ の影響力は制度化されていない。この両者をつなぐのが、資本側の「協調」
や「ネットワーク」であろう。先にわれわれは、明示的な「協約」やフォー マルな「制度」の形で存在しない場合であっても、「協調」やrネットワーク」
が、一定の歴史時期の経済的再生産を回路づけ、マクロ経済的調節をもたら すものであれば、それを制度形態と呼ぶことができるであろうと述べた。75 年春闘は、そうした制度形態が労働生産性を賃金へと回路づけたことを示し たケースとみることができるであろう。
75年春闘にかんする研究によれば、その帰趨を決定した主要な労使間の要 因としては、以下の4点が注目される醐。
(1)労働側の分裂
労働側は、「社会契約派」とギ生活実感派」の対立が解消されないまま75年 春闘を迎えたく「分裂春闘」)。こうした分裂によって労働側は、「15%ベアも 困難」という使用者側の方針に対して有効な対案を提示できなかった曲。
もっとも春闘の形成期にすでに企業内では経営権が確立され、それ以降企業
注13以下の75年春闘の叙述は、薪川(19 84>、Hancock&Shimada(1993)、蓬見(1994)、
森(1992)、高木(1976)にもとついている。
注14 日経連は、「大幅賃上げの行方研究委員会」報告の15%ガイドラインにもとづき、75 年の賃金交渉を前年の半分以下の15%以下にすべきだとし、各企業に賃上げ抑制を呼 びかけた。一方、労働側は、「春闘共闘会議」が30%以上、同盟が27%以上を要求基準 に決定していた。
(131)
一一一
P24−一一
法経論集第75・76号 研究ノート
成長を阻害するような労働組合機能は排除されつづけてきだ益15。そのかぎり では労働側の交渉力にはもともと限界が課されていたといえよう。
(2)経団連の意志統一
経済団体連合会(経団連)と関西経済連合会(関経連)は正副会長懇談会 を持ち、75年春闘において大幅賃上げが繰り返されることに強い懸念を表明 し、そのような事態を回避するため75年春闘までは政府の総需要抑制政策に 協力していくことで合意に達した。
(3>日経連の個別企業に対する統制
日経連は、日経連の闘争方針を個別企業に徹底化するとの決意を示し、方 針に反する「抜けがけ企業」の監視を強化した。すでに指摘したように、日 経連には傘下の個別企業に対してフォーマルな影響力を有するものではな い。しかし、「抜けがけ企業」の監視という形で事実上影響力を行使していた
といえよう。
(4)鉄鋼産業への圧力
関経連と経団連の「15%ベアも困難」という表明をうけ、日経連は、不況 の中で中小企業が苦境に立っていることを考慮し、支払い能力に余裕のある 大企業も賃上げを自粛するように呼びかけた注16。こうした牽制は、春闘相場
をリードしてきた鉄鋼産業を念頭においたものであった。
また、日経連主催による大手10社の 「特別社長会」において、自動車、造 船といった不況産業(鉄鋼の需要産業)は鉄鋼産業に賃上げ自粛を強く求め た。その結果、鉄鋼は賃上げを15%以下にとどめると確約するにいたった。
こうしたケーススタディからは次の点が注臼される。第1に、労働側の分
im 15粟田(1994)を参照されたい。
注161974年9月、日経連の永田副会長は、「来年の春闘で、経営者が消費者物価の上昇率 程度の賃上げを認める、というような甘い態度では、インフレはおさまらない。支払能 力がある企業も大幅な賃上げを自粛し、減税や社会福祉政策も考慮にいれた国民全体 の実質(可処分)所得の確保という観点から賃金決定をすべきである」と述べ、支払い 能力のある企業も賃上げを自粛すべきだとの発言をおこなっている。
賃金交渉制度と労働生薩性シ;f.アリング
裂という背景もあるが、賃金形成にとって労働側以上に資本側の行動が璽要 な意味をもっていたことが確認される。第2に、日経運は傘下の企業に対し て直接的な統制力を有していないにもかかわらず、ガイドラインに反するぬ けがけ企業の「監視」という形で、個別企業に対して事実上影響力を行使す ることができた。第3に、使用者組織は分権的であるにもかかわらず、高生 産性産業(すなわち鉄鋼産業)への圧力という形で産業レベルにおける資本 側の協調行動が実現されていた。
こうして、産業間の支払い能力の格差にもかかわらず、産業レベルにおけ る資本側の協調は鉄鋼を上限とした賃金上昇の抑制を実現するにいたった。
この春闘の歴史的展開は、前節の観察結果に一致する。鉄鋼産業の賃金は他 産業の上限にあり、また、鉄鋼産業はその支払い能力に比して賃金の上昇を 抑えている。繰り返していえば、労働生産性シェアリングにおいて決定的な 役割を果たしたのは一一75年春闘の経過をみると一一産業レベルにおける 資本側の協調であったといえよう。いいかえれば労働生産性を賃金に回路づ
ける制度形態は、産業レベルにおける資本側の協調であったといえる。
Vll労働生産性シェアリングと制度形態
戦後日本経済において、フォーマルな賃金交渉制度は分権的である。しか し労働生産性を賃金へと回路づける制度形態がもたらす経済的効果は、その フォーマルな制度から推測されるほど硬直的なものではない。それは、集権 的(および中間的な)賃金交渉制度と同等の経済的成果をもたらす場合あれ ば、現実の交渉制度(分権的交渉制度)から期待される経済的成果に一致し た結果をもたらす場合もある。
上述のように、労働生産性を賃金へと回路づける制度形態は、産業レベル での資本間の協調(またはコンフリクト)であった。そしてそれに応じて労 働生産性シェアリングのあり方も一定の幅を有することになる。
最後に、こうした制度形態と、マクロの労働生産性シェアリングの関連を 示しておきたい。すでに指摘したように、全体の賃金分散のうち産業別要因 によって説明される部分は70年代には上昇を続けるものの、80年代にはい り大幅に低下してくる(図5)。そして全体の賃金分散も同様の傾向をみせ、
80年代にはいり上昇傾向は停滞する(図6)。産業間の賃金格差に限定すれ ば、それが縮小傾向を示し始めるのは70年代半ば以降であった(図7)。
(129)
一一
P26−一法経論集第75・76号 研究ノート
こうした観察結果、および前節のケーススタディにもとづけば、麗業レベ ルにおいて資本間の協調が成立し、そしてそれが労働生産性シェアリングの 帰趨を決定するようになったのは、少なくとも75年春闘以降と理解すること ができる。したがって75年春闘以前には、産業レベルの資本間協調はそれほ
ど強くなく、むしろ、コンフリクト傾向が強かった蒔期とみることができる であろう。そうした産業レベルの資本間コンフリクトは、75年春闘期にみら れたような、ミクロ企業に対する企業側の中央組織の統制を困難にしたと推 測される。その結果、高生産性産業(すなわち鉄鋼産業)への牽制をつうじ た、賃上げ抑制も困難となり、70年代初頭に観察された労働分配率の上方へ のシフトを引き起こしたと解釈できるであろうt£ 17。
75年以降、産業レベルでの資本間の協調行動によって、7オーマルな賃金 交渉制度(分権的賃金交渉〉から期待される賃金形成と異なって、集権的交 渉制度に近い賃金形成を可能にした。その結果、集権的賃金交渉システム下 と同様の賃金上昇の抑制が達成されたとみることができる。したがって 1974−75年以降の労働分配率の相対的安定性は産業レベルでの資本間協調の 表現と解釈することができるであろう。
Vlllおわりに
70年代に賃金の分散が拡大したことが観察された。しかも制度的には賃金 をめぐる交渉レベルはミクロレベルにある。それにもかかわらず、賃金決定 が企業内化され、労働生産性がミクロレベルの回路をつうじて賃金へとリン クされたとみることはできない。第1に、ミクロデータを利用した分析によ
り、賃金決定にあたえる企業内要因が有意であるものの、それ以外の要因も 無視できなかった。第2に、分散分析を利用して賃金の分散を産業別に分解
注ユ7産業レベルの資本間コンフリクトが強く、調整が効果を発揮しない場合、賃金交渉 は産業聞で分散化する。Calmfors&DriffMの理論仮説にしたがえば、賃金交渉制度 が産業レベルにある場合、労働組合の賃上げは抑制的とはならない。産業レベルの労働 組合が貨幣賃金を引き上げたとしても、産業レベルでは、生産物価格に対する生産物需 要の弾力性が企業レベルほど大きくないため、企業レベルほど大規模な雇用削減へと いたることはない。したがって賃上げにかんしては、企業レベルの労働組合ほど産業レ ペルの労働組舎は穏健的ではない。その結果、マクロ的にも賃金が上昇する。
賃金交渉制鷹と労働生麓性シxアリング
した場合、産業別の効果が全体の賃金分散のかなりの部分を説明する。第3 に、従来の75年春闘にかんするケーススタディをみると、企業側の産業レベ ルでの協調(もしくはコンフリクト)が賃金形成にとって決定的な意昧をもっ ていたことが理解される。以上の分析を踏まえると、75年の半ば以降、労働 生産性を賃金へと回路づけた制度形態は、産業レベルでの資本側の協調で
あったと解釈される。
【データの出所等】
Data A
製造業のミクロデータ
企業ごとの従業員1人当たり人件費、粗付加価値労働生産性、従業員数は通 商産業省政策局編『わが国企業の経営分析(企業別統計編)』1970年度版
〜1990年度版からのものである(本資料は「有価証券報告書」を基礎とし、
掲載企業は当該業種を代表すると認められる資本金10億円以上の企業であ
る)。
製造業のマクロデータ
労働分配率、粗付加価値、ユ人当たり人件費および従業員数は、通商産業省 政策局編『わが国企業の経営分析(業種別統計編)』1969年度版〜1990年度
よりえた。
Data B 産業別データ
業種分類は通商産業省政策局編『わが国企業の経営分析(業種別統計編)』の 分類にしたがった。ここでとりあげた7産業は以下の業種である。鉄鋼、一 般機械、電気機械、輸送用機械、化学、窯業・建材および繊維である。デー タは通商産業省政策局編『わが国企業の経営分析(企業別統計編)』1970年度 版〜ユ987年度版からえた。
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賃金交渉制度と労働生麓性シェアリング
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