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ヨーロッパから移住 してきた科学者と かれらの新 しい環境
ヴォルフガング・ケーラー 高木正道・厨子光政訳
原 典
:Wolfgang]Kё
hler,"The Scicntists from EuЮpe and Thett New Environment",in:Franz L.Neumann, Henri Peyre,Erwin PanoRky,Wolfgang(5hler,and Paul Tillich,磁 attκ
J zigκttκr助
動rap̀観
■ 肋 滋r 加 ス ιricα,htroduction by W.Rex Crawford(1953,Philadelphia),pp.112‐
137.私は、 ヨーロッパか ら移住 して きた科学者全 般 についてお話するよう依頼 されています。あ いにくこれは私 には荷が重す ぎますので、20年 前、卓越 した自然科学者たちが移住 した後に起 こった発展 について若干の所見 を述べ、その次 に、それ とはまった く異なる移住 に話題 を移 し たいと思います。それは、 心理学の分野で起 こっ た移住で、 もっとずっと前 に始 まっていたもの です。
自然科学の分野 における移住の影響は、直接 的で、明 らかにすべてが良い影響で した。 ヨー ロッパ とアメリカの科学者のいずれにおいても、
実験 と推論の水準はきわめて高 く、両者のあい だで深刻な論争が起 こったことはこれまであ り ません。実際、新参者のなかの多 くは、移住 し て くる前か らこの国で よく知 られていました。
それで も、 より親密な人間関係のおかげで新発 見がなされる速度が間 もな く速 まったことを、
アメリカの科学者たちは認めるで しょう。
ヨーロッパの科学者がこの地に来てまだ数年 しか経 っていない頃、そのうちの何人かが、非 常 に恐ろしい物理学の国策への応用 という形で、
その知力を示すことので きる状況が生 じました。
1939年 の秋 に書かれた手紙で、その頃いろいろ な国の研究者によつてなされていた原子核物理 学での発見 に、ローズベル ト大統領の注意 を向
けたの は、 ドイツの数理物理学者で した。その 物理学者 に よる と、 これ らの発見 を基 に非常 に 強力 な兵器が製造 されるか もしれず、そ うなる とこれ まで に軍需工場で造 られていた最 も強力 な爆発物 もその兵器 と比較す る と時代遅 れ に見 えるだろう、 ということで した。アメリカ合衆 国は、当時人間の発明のオが造ることので きる いかなる兵器においても、潜在的な敵 に遅れを とるまいとしました。こうしてマ ンハ ッタン計 画が着々と現実化 してい きました。数人の ヨー ロッパの科学者が、現在原子爆弾 と呼ばれてい る物の実際の製造において、主導的役割 を果た しました。 この とてつ もない爆弾が 日本の都市 の大部分 を破壊 した とき、 トゥルーマ ン氏 と チャーチル氏は、何が起 こったかを、またそれ が起 こらなければならない となぜ 自分たちは信 じたかを、世界 に説明する必要があると考えま した。それ以来、私たちは政治的・軍事的に新 しい考 え方 をする時代 に生 きています一― この 人間の途方 もない破壊能力が実証 されたあとで、
諸国民は共に平和 に生 きることを必ずや学ぶに 違いない とい う希望 と、このような教訓でさえ 十分ではなかったか もしれない という疑念のあ いだで、身を引 き裂かれなが ら。
これは私の印象ですが、概 して、この仕事 に
加わったアメリカ人 もヨーロッパ人 も、 自分た
ヨーロッパか ら移住 してきた科学者 とかれ らの新 しい環境 124
ちが創造 したものをひどく嫌悪 しています。か れ らはおそ らく、三度 とそれが人間への攻撃に、
とりわけ民間人への攻撃に使用 されるのを見た くない と思 っているで しょう。科学がこれまで 人類 に与えた衝撃のうちで、外国か ら来た物理 学者 とアメ リカ人 との協力で造 りだされたこの 不吉な産物による衝撃に勝るものはあ りません。
残念なことですが、原子爆弾 を可能にした自然 界の性質に関する偉大な発見は、私たちを寒々 とさせ ました。物理学 と呼ばれる人間精神のあ の魅惑的な業績は、この国では少数のグループ だけにしか十分に理解 されていません。しか し、
もし今度は私たちが攻撃 を受ける番 になったと した ら、そのために起 こるであろう恐 ろしい結 果を考えます と、身体が震えます。
そのあいだに、 ヨーロッパ出身の物理学者 と アメ リカの物理学者の協力 は大変親密 にな り、
一緒 に働いているときは文化的出自の違いが半 ば忘れ られました。で も、時々お互いをか らか い合 うことはあ りました。例えば、これまでに な く大 きく優れたサイクロ トロンを製造すると きなど、 ヨーロッパ人は、いわゆるノウハウを 強調するアメリカの傾向について親 しみを込め て冗談 を言 うで しょう。他方アメリカ人は、ヨー ロッパ人が数年ごとに頭の中だけで新 しい宇宙 を造ることが どうしてで きるのか と尋ねて応戦 するで しょう。 もちろん、かれ らの新 しい宇宙 のモデルに関する論文は、現代詩 を読むのと同 じように理解 しがたい、 とか らかうことを忘れ てはいません。
優秀な生物学者 も移住 して きました。そのな かの何人かの仕事は、以前からアメリカでよく 知 られていた方法に、生物系 を研究する新 しい 方法 を付 け加 えました。 しか しなが ら、生物学 における最 も重要な進歩のひとつは物理学者 に よってもたらされました。正確 にいえば、原子 爆弾 を製造 した人たちの仕事 によって もたらさ れました。 この目的のために使用 される「原子 炉」は、原子爆弾のなかで爆発する物質をつ く
りだすだけでな く、それほど有害ではない物質 をも生みだ します。これ らの物質の原子は、炭 素や燐 などの普通の原子 と化学的には同 じもの ですが、放射能があるという点でそれらの同族 物 とは異な ります。これが意味するのは、放射 性物質は周 りの物質に電気的変調 を引 き起 こす ことによつてみずからの存在 を知 らせますので、
これを追跡することが容易である、 ということ です。 さて、つい最近 まで生理学者は、有機体 のなかで種々の化学物質が辿るコースを追跡す るのにかな り苦労 して きました。現在では、 こ の ような困難 は次第 に克服 されて きています。
なぜ なら、新 しい放射性原子がこれまで普通 に 使われていた物質にとって代 わると、放射性原 子 はこれまで と同 じような化合物 を形成 し、そ の化合物 に含 まれてこれまで と同 じ所 に運ばれ ていきます。有機体のなかでの正常な進行過程 にたいする重大な干渉は存在せず、 しか も、 こ の過程 における重要な化学物質の分布 を高感度 の電気装置で追跡することがで きます。そうい うわけで、 この新 しい元素は「追跡子」 と呼ば れます。 もっぱら人体中の放射性原子の進路 に 関連 した生物学 と医学の分野では、文献全体が 急速 に増えつつあ ります。正常 な有機体の過程 の生理学だけでな く、ある種の病気の研究 も、こ の優れた方法か ら大いに利益 を得 るのは、理の 当然です。長い 日で見れば、同 じ原子炉でつ く られた爆弾でこれまでに奪われたよりもはるか に多 くの人命 を、このようにして救 うことがで きるか もしれないことが分かれば、外国か ら移 住 して きた物理学者 もアメリカの同僚 たち も、
かな り気持ちが安 らぐで しょう。
この例では、物理学者の生物学にたいする貢
献は、 もともとは別の目的をもっていた仕事の
副産物 にす ぎませんで した。しか し最近では、か
な り意図的に生物学的研究に方向転換 した物理
学者がいます。これは少 し前にヨーロッパで始
まった新 しい展開ですが、現在 アメリカでは、た
いていは海外か ら移住 して きた物理学者の影響
下で広が りつつあ ります。ひとつの方向だけで
ヴ ォル フガ ング・ケー ラー
はあ りませんが、物理学は今ではずいぶん遠 く まで発展 しましたので、 物理学の境界内では、同 じ方向での進歩はほとんど不可能です。しか し、
優秀な物理学者をやめることはで きないようで す。境界 に達 したとき、その向こうを見 るのは 自然なことです。 もし目に入った ものが面白そ うであれば、やがて境界 を越えて向こう側で仕 事 を始めます。今や、物理学の向こうには生物 学が広がっています。その結果、最 も優秀な物 理学者 と化学者のなかには、生物学の基本的な 問題 を研究 している人たちがいます。例 えばこ の人たちは、ウイルスの研究で長足の進歩 を遂 げつつあ ります。 この奇妙 な病原体の行動 より も魅惑的なものはあ りうるで しょうか。その行 動は、ある点では生物の行動 と比較 されること
もあ りますが、別の点では巨大な分子の行動 と 比較 されることもあ ります。多分、そのような 研究は医学 にも重要な影響 を及ぼす ことが判明 するで しょう。なぜ なら、私たちが皆知ってい るように、い くつかの危険な病気が発症するの は、細菌 よりもむ しろウイルスが有機体 に侵入
したときだか らです。
ヨーロッパから移住 して きた物理学者 と化学 者が研究 しているもうひとつの生物学における 基本的問題 は、光合成の問題です。たいていの 植物は、 日光の助 けを借 りて単純な化学物質を 組み合わせて有機化合物 をつ くるという天賦の 才 をもっています。光合成がなければ、人間は 存在 しないで しょう。食物がなければ私たちは 生 きることがで きません。その食物は、植物あ るいは動物のなかにつ くられる有機物質か らで きています。前者の場合、その有機物質は、光 合成のおかげで存在 しているより単純な有機化 合物か らつ くられます。 しか も光合成は、後者 の場合において も、私たちの食物の究極の源泉 です。なぜ なら、突 き詰めて考えれば、多 くの 動物が植物 を食べ、 こうして光合成によつてつ くりだされた化合物 を消化吸収するか らこそ、
動物の生命は可能になるわけだか らです。明 ら かに、私たちが肉食動物の部位 を食べるときも、
私たちの食物の源泉はやは り同 じです。 このよ うに、光合成は一般生物学のなかでキー・ポジ ションを占めています。ですか ら、 もし精密科 学が この過程 を完全 に明 らかにすることがで き た ら、よリー般的な原理か ら見た生命の理解は、
大いに前進するで しょう。
さて、私 自身の専門分野である心理学の話 に 移 りましょう。 しか し、まず区別をさせて くだ さい。多 くの心理学的な智恵は、セルバ ンテス、
シェークスピア、19世紀の偉大な小説家たちに 見いだされるか もしれませ ん。この意味での心 理学は、いま私が携わっている心理学、つ まり 科学であることを主張する心理学において重要 な役割 を果た してはきませんで した、 と残念で すが言わざるをえません。 したがって、前者は 私のお話か ら除外 しなければな りません。 また 別の理由で、精神分析 と社会心理学の混合物が 幅をきかせているある分野 を論 じることはで き ません。この分野における 2つ の発見 についての み言及 させて ください。 日本の少年の教育は非 常 に厳 しい。だから大人になった日本人は攻撃 的で、戦争 を始める。あるいは、ロシア人の赤 ん坊は極端 に窮屈なオムッを身に付 けさせ られ る。それゆえ成人 したロシア人は他国民 に親切 ではない。 このような因呆関連 を発見 した成人 たちが、 自分たちの主張の正 しいこと証明する 必要をまった く感 じなかったのは、 とっ くの昔 に捨てて しまったオムッの どのような付 け方が 原因となっているというので しょうか。 この証 明の必要性 は、私たちが科学 と呼ぶ ものにおい ては非常 に強 く感 じられていますので、発見そ の ものはここでは無視 しなければな りませ ん。
以下では、心理学のうちで も、知識の確固たる 中核が次第 に確立 されつつある部分 について、
主にお話 しします。
アメリカの心理学はただヨーロッパか らの移 住の影響 を受けて きただけだった と言 うと、そ れは誤解 を招 くことになるで しょう。この点で、
心理学の発展はその他の自然科学の発展 とまっ
ヨーロッパか ら移住 してきた科学者 とかれ らの新 しい環境
た く異なっています。 というの もた しかに、総 じてアメリカの心理学は、60年 あるいは70年 前 に、 ヨーロッパか ら人間と考えが移って きたこ とによってつ くりだされた といえるか らです。
しか も、その後次か ら次へ とヨーロッパの心理 学者が この国にやって来て、ム ッソリーニや ヒ トラーが政権 を握 るずっと前か ら、なんらかの 形でアメリカの心理学の研究方法 に影響 を与え ました。30年 代 に移住 して きたヨーロッパの心 理学者は、 さらなる発展 にもはや決定的な影響 を及ぼすことはあ りませんで した。こういう事 情のために、私は話 をヒ トラー以後の時代 に限 定することはで きません。 もっと前の時代 を顧 みなければな りません。そ して、科学 としての 心理学が最初 どのように輸入 されたか、そのと きアメリカが どのように反応 したか、そ して多 くの心理学者が次々と外国からやって来たとき、
アメリカが今度はどのように反応 したか、こう いったことを説明 しなければな りません。専門 的事柄 をここで説明することは勿論できません。
むしろ、私が言わねばならないことは、多 くの 人が関心 をもちそ うな問題 に関することで しょ う。なぜ なら、私の主たるテーマは、アメリカ 心理学の歴史 に特徴 的な傾 向が、 アメ リカ と ヨーロッパ両方の個人やグループが抱いていた もっと一般的な信念か ら、 どのようにして生 ま れたか とい うことだか らです。
19世 紀末か ら20世 紀初頭 にかけて、アメリカ の学生人口が異常 に増えは じめ、若者たちが初 めて科学の業績 を耳 にしたとき、陶酔的 ともい える影響 を受けた者たちがいたに違いあ りませ ん。 しか し、 自然科学がこのような感銘 を与え ることがで きたとすれば、ほんの少 し前 に ドイ ツ人が精神 についても厳密な科学の確立に成功 したというニュースは、 どんなに魅惑的に思わ れたことで しょう。新 しい学問はその発祥の地 で学ぶのが最善であることは明 らかです。 とい うわけで、アメリカの心理学が誕生 したのは、多 数の若者が まず ドイッに行 ってライプツイヒの ヴン トの もとで実験心理学 を学び、それか らア
メリカに戻 り、す ぐさま ドイツ式の心理学実験 室 を設立 した ときです。その結果、初期のアメ リカの心理学はまぎれ もな くヨーロッパの香 り が しました。また、このようなことが起 こりま した。ほどな く少数の ヨーロッパ人がやって来 ました。彼 らはみな同様 にこの新 しい科学に熱 狂的で、アメリカ人 よりずつとよく知 っていま したが、少な くともそのなかのひとりであるイ ギ リス人テイチェナーは、ヴン ト心理学の権威 であっただけでな く、実力のある人で もあ りま した。当時 ドイツ人は 2つ の研究手法 を用いて いました。ひとつは実験 と測定で、これは感覚 と記憶の分野で好 まれました。 もうひとつの研 究手法では、単純な人間の経験が熟練 した観察 者のなかで確認 され、 次いで批判的に精査 され、
ついにはもはやいかなる不純物によつても変色 されていない経験の本質が最終的に示 されまし た。テイチェナーやその他の人々がアメリカの 学生に奨励 したのは、これ らの研究手法で した。
いずれの方法 もハ ーバ ー ドの ウイリアム・
ジェームズには魅力のない もので した。彼 は、人 間の精神 に去来するいかなるものへ も目を開き、
そこで見出 した ものを大論文 にまとめあげたと ころで した。彼が新 しい心理学 に向けた軽蔑 を 単 にアメリカ的な反発 として片づけることはで きません。む しろそれは、たいていの人々より も生命 を強 く感 じ、哲学的問題 に強い関心 をも ち、そ して絶えず均整の とれた感覚 をもってい た人の反応で した。新 しい試みは、科学的装飾 を信 じがたいほど身にまとい、哀れなほど視野 狭小で、ほとん ど耐えられないほど退屈だ、 と 彼 には思えました。新 しい心理学者たちが測定 した ものが とるに足 りない感覚の微妙 な違いの ようなものだとしたら、かれ らはそ もそ もなぜ 測定するのだろうか。測定のために測定 を始め、
そのため測定対象 とな りうる些細なことだけを
論 じ始めるようになると、 より重要なものの存
在が結局は無視 されて しまう、 と彼 は強 く感 じ
ていました。間違いが 自然科学の どこか片隅で
なされているなら、このような形で害が及ぶ よ
ヴ ォル フガ ング・ケー ラー
うなことはほ とん どないで しょうが、問題 と なっているテーマが最 も重要な人間自身の性質 であれば、結果がひどい ものになることは必至 で した。世界のこの部分は、 どんなことがあっ て も、たとえ科学の名 においてであろうと、歪 め られてはならない、 とジェームズは感 じまし た。ある種の科学者たちの偏狭 な態度に憤激 し て、
Fiα′
scjι4励
,′ι ″α′ ″ れ 励 S(科 学は行 われ よ、
たとえ世界は滅びようとも )と い うスローガン はかれ らにこそふ さわ しい、 とウィリアム・
ジェームズは考えたことを思い出 します。この スローガンを大 まかに訳す と、 こうな ります。
"Science comes frst.If meanwhile the world goes to pieces,we do not care."
一 方 、新 しい心 理 学 者 た ち は、 ウ ィ リアム ・ ジ ェー ムズ には とん ど注意 を払 い ませ んで した。
なぜなら、 より広い視野を必要 としたジェーム ズは、多 くの日々を実験室で過 ごすことをしな かったか らです。つ まり、測定 されているもの に興味がなかったので、彼は測定することを拒 否 しました。彼 にとっては、個々の項 目で科学 に似たことが′ い理学で可能になって きたという 事実 よりも、精神生活の ドラマ全体のほうが比 較にならないほど重要であ り続けました。明 ら かに彼 は決 して科学者ではあ りませんで した。
ジェームズの見解 と実験最優先の心理学者の見 解のコン トラス トは、今なおある程度は存在 し ています。そ してそれは、科学的心理学がその 大 きな任務 に十分ふ さわ しくなるまで、完全 に な くな りはしないで しょう。
私は、 この新 しい科学 において最初 に奨励 さ れた 2つ の研究手法 について述べ ました。種々の 実験方法 と、ある種の心理的データその ものを 辛抱強 く観察する方法の 2つ です。後者の研究手 法はアメリカでは長いあいだ受け入れ られませ んで した。忍耐力のない若いアメリカの研究者 たちはす ぐ次の ような疑間を呈 した ものです。
「人間経験の最後の変動 しない要素が十分に精査 されるまで、心理学的事象の研究 を先送 りする のですか。実際に起 こっていること、つまり精
神 の機能の研究 をなぜす ぐに始め ないのです か。 」かれ らが こう述べ るやいなや、さらに大 き な声が上が り、心理的データ自体の精査 という 第 2の 研究手法 は完全 に放棄すべ きだ と主張 し ました。 この声は初期のアメリカの行動主義者 の もので した。かれ らはこう言 った ものです。
「これは何ですか。科学ですか、それ とも古めか しい哲学的思索の別バージヨンですか。私たち は、心のなかで起 こっていることを調べ るよう 求め られているのです。科学者 として、私たち はこのような意見 には強 く反対 します。いわゆ る心理的事実 というものは、真の科学が 自信 を もって論 じることのできる題材ではあ りません。
科学では、誰 にで も利用で きるものだけを観察 します。それ以外のどんな観察 も客観的 と呼ぶ ことはで きません。 しか し、心理的データの精 査 といわれているものにおいては、その人以外 の誰 も利用で きない純粋 に主観的な現象が、間 題 になっているのです。さらに悪いことには、あ る人において本 当になん らかの心理的事実が あったということに、次の人はまった く確信 を もつ ことがで きません。ですか ら、心理学者は、
物理的な音 としての被験者の声、顔の動 き、あ るいは体の別の部分の動 きだけを研究すべ きで す。言い換 えれば、心理学の研究手法が科学的 であると主張するか ぎりは、研究手法は行動 に 限定 されなければな りません。 」
行動主義者が書いた以上に「科学」 という言
葉が大 きな頭文字で書かかれたことはないだろ
う、と私 は思います。もちろん認識論的には、か
れ らの議論はかな り素朴なもので した。かれ ら
の議論は、次のようなことを根拠 に簡単 にひっ
くり返すことがで きます。それは、いかなる物
理学者 も、そ していかなる行動主義者 も、行動
主義者がたいへん好んだ客観的事実 を直接 に観
察することはで きない、 とい うことです。その
ような事実は、知覚によって しか知ることがで
きません。つまり、 行動主義者が扱いた くなかっ
た主観的現象のひとつによって しか知ることが
で きないのです。現時点では、もはや私たちは、
ヨーロッパか ら移住 してきた科学者 とかれらの新 しい環境
このような間違いに興奮するようなことはあ り ません。若気の至 りということで しょう。成熟 するには時間がかか ります し、経過の速度 を大 幅に速めるような処置 も、歴史には存在 しない ようです。 また、公平 を期すために付け加えま すが、過去40年 のあいだに行動主義はかな り変 わ りました。現在の態度 には、初期の発言に見 られたよりもはるかに洗練 されたところがあ り ます。 しか しなが ら、実際に大いなる成功 を収 めたのは、まさにこれ ら初期の発言で した。こ の輸入科学のなかの心理的データの精査 を扱 う 部分は、驚 くほど短期 間に衰退 しました。以前 のテイチェナーの教 え子たちさえも、次第に新 しい宗教 に改宗 しました。そ して私がこの国に 初めてやって来たとき、ある若い心理学者は、ま だ完全には納得 しているわけではあ りませんと、
ため らいがちに告 白しました。彼が どちらの道 を選ぼうとも、彼の周 りにいる心理学徒は、今 やことごとく行動主義の言語を話 していました。
これ ら全てが結局 どうなったか というと、当 然のことなが ら、かな り狭い分野の新研究 とし て ドイツか らやって来た実験心理学は、 しばら くするとこの国でさらに狭 くなっていきました。
いつ まで も心理的事実 を疑問視する行動主義者 は、そのような事実 をある人か ら別の人に伝 え るための手段である言語 さえも、恐れているよ うで した。 ともか く、 この新 しい学派の多 くの メンバーは、話ので きる人間か らそっぽを向 き、
日の利けない動物 と仕事 をすることを選好 しま した。 しか しこのようにして、心理学の視野が 一方向にひどく狭め られようとも、この若い科 学はその新 しい方向に急速 に拡張 してい きまし た。動物心理学者は次か ら次へ と研究方法 を発 明 して、 日下かれ らの方法はわれわれの有する 最善の方法です。同 じくらい幸運なもうひとつ の発展が、間もな く起 こりました。動物 を自然 界のなかで生 きている状態のままで扱 っていた ので、行動主義者のなかには、心理学的実験 と 生理学的手法 を組み合わせることを学んだ人た ちもいました。その結果が、いま私たちが生理
心理学 と呼ぶ もので した。まさにその当初か ら、
生理心理学は主 としてアメリカ特有の新 しい研 究で した。ラシュレイ教授 と彼の学生たちの業 績 に比肩で きるものは、世界の どこにもほとん どあ りません。知的文化の歴史においては、奇 妙なことが起 こるものです。ある時期、実質上 みんながある過ちを犯す とき、まさにこの過ち が時には幸運な結果をもたらすのです。
しか しなが ら、その反対のこともまた起 こる、
ということを否定で きません。ある時代のまさ に手柄が、 しば しばちょっとした付随的過失 を 生み出 します。現在、行動主義者が科学 を讃え たことに誰が異論 を唱えるで しょうか。しか し、
不幸なことに、この賞賛があまりにも度 を超 し ていたので、人間の道具 となるはずだった自然 科学の概念 と方法が、やがて心理学者の支配者 となる脅威が生 じてきました。それまでの科学 によって敷かれたレールをもはや走ることがで きな くなると、新 しい科学者たちは非常 に混乱 するで しょう。 事実 を扱 うよう求め られて も、そ のようなものは自然界のなかには決 して見つか りそうにもないので、かれ らは恐れると同時に 憤慨するで しょう。いま述べたことを具体的な 実例 によつて説明することが、私の次の任務で す。
しばらくすると、 ヨーロッパの心理学者のな かには、実験科学への過剰 な情熱か ら回復 した 人たちもいました。科学的心理学の初期 にはほ とんど熱病のようになっていたに違いないあの 情熱か らです。そのなかのひとりであるウイリ アム・マク ドゥーガルは、行動主義者が ヨーロッ パでは見たこともないような高熱を出 している とき、オックスフォー ドか ら移住 してきました。
渡米するとす ぐに彼は行動主義の前 に立ちはだ か り、おお よそ以下のようなことを述べ ました。
もちろん自然科学の掟は守 らなければな りま
せん。 しか し行動主義者は、このような掟のひ
とつで、実は第 1位 にランクされるべ き掟に言及
するのを忘れています。私たちがある分野であ
ヴ ォル フガ ング・ ケー ラー
るものを観察 し、特 にいつで も観察するのであ れば、このような観察は、 どのような状況下で も、他の ところで何が起 ころうとも、受け入れ られねばな りません。 さもなければ、この分野 での活動が、 どうして経験科学 という名で尊敬 されるべ きで しょうか。 しか しなが ら、行動主 義者は、この掟に言及 しそこなっただけではな く、これに絶えず違反 してきました。 この奇妙 な行動の理由は何で しょうか。理由はひとつ し かあ りえません。つ まり、こうすることでかれ らは、自分たちの特定の哲学に適合するような 事実 を選ぶことがで き、適合 しない ものをすべ て無視することがで きたのです。 ところで、明 らかに適合 しないものがあ ります。迷路のなか のネズ ミを注意 して見てみなさい。ネズ ミの行 動の最 も顕著 な特徴は努力
(srriνJg)で す。常 にこの生 き物は何かを追っているか、何かか ら 逃げようとしています。 もちろん人間の場合 も 同 じです。 このなかには、なん らかの目的であ る経験的データを選び、他のデータを認めよう としない行動主義者 も含 まれます。努力は精神 生活のまさに本質です。実際、行動主義者は、自 分たちの未熟なの科学 を宣伝する前 に、生命の
もっと基本的事実 を学ぶべ きです。
このイギリスか ら来た移住者の言わんとする ことの精神 は、文字通 りではないにしても、以 上のようなものです。残念なことですが、マク ドゥーガルは、彼の後年の仕事で、行動主義者 がちゃんと遵守 したその他の科学の掟 に必ず し
も従いませんで した。 このことほど、彼のアメ リカの心理学 にたいする影響 を弱めたものはあ りませ ん。 しか し、彼が稀 にみる勇敢 な人だつ たことに疑間の余地はあ りません。科学者のす べてが、多 くの同僚が従っている流れに逆 らっ て、あえて反対方向泳ごうとするわけではあ り ません。 しか も、彼の主要な命題は、ウイリア ム 。ジェームズのそれ とまった く同様 に、疑い な く正 しかったのです。
マ ク ドウーガルが以上のように述べたあ とに
起 こった大騒 ぎは、 ものすごい もので した。厳 密 に科学的な心理学の旗 を高 く掲げ、直ちに行 動主義者 は次 の ように反論 しま した。「 マ ク ドゥーガルは、明 らかに肘掛け椅子 に座 った心 理学者であるだけではな く、いっそう悪いこと には、中世的思索 に逆戻 りして しまった哲学者 である。 自然には目標や目的があるという考え を捨てたとき、科学はその近代的発展 を開始 し たのではないだろうか。 もしこのような中世的 な観念が
̀ふ理学において容認 されていたとすれ ば、この新 しい科学が繁栄 を望むことなどで き なかったであろう。 」これに対 してマク ドゥーガ ルは平然 としてこう答えました。 「考 えた り観察 した りするさいの補助用具 として、肘掛け椅子 は、実験主義者が使 う多 くの機械装置 よりたぶ ん優れた道具です。行動主義者の皆 さんも、肘 掛け椅子 に座 って思索 に集中 してみてはいかが で しょうか。おそらく、これこそがあなた方の 必要 としている治療薬です。 」
行動主義者はこの ような発言 を好みませんで
した。そ して、マク ドウーガルの観察は、いか
なる実験 によって も裏付けられてはいないけれ
ども、心理学において真剣 に考慮 されるべ きだ
とい う提案 を、かれ らは憤然 として拒絶 しまし
た。この新 しい科学では、観察の方法や事実の
基本的特徴 を含めて、すべてが 自然科学におけ
るの とまった く同 じでなければな りませんで し
た。愛は人を盲 目にするといいますが、科学ヘ
のある種の愛 もまたそのようです。私が この国
に初めて来て間 もない 1925年 に、私は奇妙 な経
験 をしました。心理学を学んでいる大学院生 と
話 をしたときのことです。彼はもちろん行動主
義者で した。私 はこう言いました。マク ドウー
ガルの努力の心理学は、私 には受け入れ難いあ
る種の哲学的命題 と結びついているように思え
ます。 しか し、それにもかかわらず、単純な観
察の問題 として、人間はある目標 に達するため
にあれをした りこれをした りすると主張 した点
で、彼は正 しかったで しょう。そ してその学生
に、 「あなた自身、切手を買 うために時々郵便局
ヨーロッパから移住 して きた科学者 とかれ らの新 しい環境
に行 きませんか。今はちょうど来週の木曜 日に 行われる試験 にそなえて準備 をしているのでは ありませんか」と尋ねました :即 座 に答えが返っ て きました。「私 はそんなことを決 して しませ ん」 と彼は言ったのです。堅固な科学的信念 に 比肩で きるものは何 もあ りません。
私たちはもう一度、 ヨーロッパの心理学がア メリカの心理学の発展 にインパ ク トを与えた状 況は、ヨーロッパの物理学者が30年代 に移住 し てきたときの状況 とはまった く違 っていたこと に気づ きます。これ らの物理学者がやって来た ときには、基本的な事実は何か、主たる研究手 法はどのようなものか、物理学者の基本的な任 務は何かについて、なんの疑問 もあ りませんで した。 したがって、個々の物理学者が どこで生 まれたかに関係な く、かれ らは十分 に確立 した 体系のなかの同 じ場 について新 しい発見 をしよ うとしました。他方、マク ドゥーガルのような ヨーロッパ人がアメリカで耳を傾けて もらお う としていた当時は、心理学は幼児同然で した。ま だ若い科学 においては、個々人の出白や出身国 の違いが科学的な研究手法に強い影響 を及ぼす のは必至です。 もちろん物理学者たちも、厳密 にいえば科学的な証拠だけか らは導かれない信 念 を背景 にもって研究 しています。 しか し物理 学においてはそのような信念は、少な くとも、す べての物理学者が共有する厖大な知識の制御下 にあるため、かれ らの信念 にはかな りの均一性 が見 られます。マク ドゥーガルが批半 Jを 展開 し ていた当時は、心理学者たちにはそのような共 通の背景はあ りませんで した。今 日で も、この 若い学問においては、首尾一貫 した知識の体系 化はゆっ くりとしか進んでいませんので、背景 となる信念はひとりひとりの心理学者 によって 甚だ しく違 うことがあ ります。 もちろん特定の 科学 を好む心理学者たちもまた、決 して科学の 結果ではない信念の影響 を受けます。ジェーム ズやマク ドゥーガルに精神生活のある局面を強 く認識 させたのは、通常の意味での特殊 な科学 的発見ではなかったか もしれません。しか し、行
動主義者 にこれ らの事実 を論 じることを拒否 さ せ たの も、経験 的 な証拠 でなかった ことは確 か です。かれ らは、精神 の分野 を含 めて、 この世 界 で何 が起 こるか を知 っていただけか、知 って い る と思 ってい ま した。そ してかれ らは、 この 世界で何 が起 こ りえないか をさらによ く知 って いると思 っていました。こうした対立に関 して は、異なった背景 をもつ多 くの人の研究の結果 として、実際の知識が私たちすべてに共通の信 念 を抱かせ るようになるまで、心理学の状況は 変わらないで しょう。
科学的心理学は人間の創造物であるだけでな く、それはまた主 として人間を論 じるものです。
したが つて、中立的な事実の研究 と考えられて いる自然科学では、一般的な信念は穏やかなも のですみますが、心理学では しば しば強力な信 念が幅をきかせるという傾向が見 られます。多 くの場合、これ らの信念はまさに人間の本質に かかわっています。人間について何 をすること が許 され、何 をすることが許 されないかにかか わっています。そのような人々は、他の心理学 者たちが狭い科学の概念で精神生活 を戯画化 し て描いていると感 じたとき、心穏やかではい ら れないで しょう。他方で、そのように批判 され た心理学者たちは、自分たちの盲 目を責めたこ の批判 によって不快 にさせ られるだけでな く、
反対者たちが経験科学 をすべての事柄の最終的 決定者 とみなすのを拒否するときは、憤慨 もす るで しょっ。
臨床心理学 で大 い に利用 されてい る もの に、
いわゆる投影 テス トがあ ります。患者 はインク の染みやある場面 を描 いた絵 を見せ られ、その 解釈 を求め られ ます。患者の解釈 は、その患者 のパ ー ソナ リテ イや精神 的 トラブル に関す る多 くの情報 を含 んでいる と考 え られてい ます。 さ まざまな心理学者が どのような種類の人々であ り、かれ らが何 を信 じているかを知 りたい とき、
私 たちはその ようなテス トを必要 としません。
心理学者は、かれ らの論文や著書で一一それほ
ど詳 しくはない とレても、少な くとも暗示的に
ヴ ォル フガ ング・ケー ラー
一―必要な情報を私たちに与えたがっています。
聡明な読者であれば、心理学者の研究の背後 に どのような背景 としての信念があるかをす ぐに 知るで しょう。なぜ なら、ある場合 に特定の主 題が強調 され、特定の説明が一貫 して他の説明 より選好 されているだけでな く、 まった く言及 されていない主題があつた り、可能であるにも かかわらず無視 された説明があるか らです。こ の種の証言は、インクの染みの解釈 に劣 らず雄 弁です。 しか し、心理学者によつて信念が大い に違 うのはなぜで しょうか。そうした違いの一 部は、個人のパーソナリテイ形成における先天 的な相違 に由来す る ものなのか もしれません。
しか し、もっとずっと明 らかなものがあ ります。
それは、 さまざまな心理学者がそのなかで育っ た文化的風土の影響です。マク ドゥーガルは精 神生活の性質 に関するある信念 をもってアメリ
カにやって きました。その信念は、彼 自身の国 の文化的伝統だけでな く、 ヨーロッパ全般の文 化的伝統 によつて も育 まれた もので した。アリ ス トテレス、聖アウグステイヌス、パスカル、ス ピノザは、 ヒュームやスチュアー ト・ ミルと同 じように、この信念 に関係があ りました。行動 主義者たちもまた、 ヨーロッパか らもちこまれ ていた信念 をもっていましたが、この信念の源 泉 となった人々に傑 出 した人物はいませんで し た。
ここで私は、文化的伝統 を異 にする人々の接 触 について、 もっと一般的な所見 を述べたい と 思います。多 くの人は、文化的伝統は例外な く 主観的な事実だ―― ここで主観的 といわれてい るものが、たとえ歴史を通 じてすべての人々の なかに確立 した思想 と感情の傾向であるとして も一一 と当然のように考えています。 これが正 しい とすれば、そのような伝統 について議論す るのはもちろん無益 なことで しよう。実際、善 意か らで しょうが、次の ように確言す る人が 時々います。 さまざまな国の文化史 に由来する 人々の相違 を決 して話題 にしないことにしさえ すれば、この世界はもっとずっと平和 な ところ
になるで しょう、 と。これは危険なア ドバイス だ と思います。なぜ なら、 もし平和が、正当化 で きない文化的懐疑主義 に基づいているとすれ ば、それはどれほど長 く安全で しょうか。確か に必ず しも文化的伝統のすべての効果が理性的 な議論の背後に潜んでいるわけではあ りません。
なぜ なら、特定の争点の重要性が、あるところ では明確 に認識 されていて、他のところではほ とんど認識 されていないなら、それはやは りそ のような伝統 によるものだか らです。ある伝統 の結果 として、ある国にはた くさんの良い学校 があるけれ ども、 他の国にはわずか しかない、と 仮定 しましょう。この場合、 2つ の異なる国民の 偏見の作用だけによつてこうした結果になった、
と主張することは可能で しようか。確かに、世 界のあちこちで見 られるさまざまな信心や態度 は、歴史的発展の結果です。 しか し、このこと は数学的知識 にも当てはまります。数学の知識 は歴史の産物で、それは周知のようにある国々 では他の国々よりも早 く発展 しましたが、数学 は国民的偏愛の表現であると結論づける人はい ません。ですか ら、 どうして特定の文化の他の 産物はすべてこの意味で主観的であると断言す るので しょうか。文化的伝統のい くつかの側面 は、 もちろん、個人が一定の個人的な好みにつ いてとやか く言 うのを慎 むの と同 じように、真 剣な討論の題材 にはな りえません。例 を示す ま で もないで しょうが、政治的信念 を実行 しよう とする際、その実際の結果 を考慮 に入れて慎重 に行動するようしつけられたイギリス人を仮定 してみましょう。そのようなイギリス人が、フ ランスの伝統的形態の議会運営は早晩 フランス を破壊す ることになるだろ うとフランス人 に 語 った とすれば、彼の意見はイギリス的偏見の 表明にす ぎないので しようか。 もうひとつ例 を 挙 げれば、アメリカ合衆国の生活 を研究 したフ ランス人が、多 くのアメリカ人は自分 自身のた めに働 きす ぎると言つたとすれば、彼の判断は もちろん自国のある伝統 に適っているで しょう
――批判 されたアメリカ人の行動がアメリカの
ヨーロッパか ら移住 してきた科学者 とかれ らの新 しい環境
伝統、おそ らくピュー リタニズムの伝統 に合致 しているの とまった く同様 に。 しか し、このフ ランス人は誤 つている とい うことになるので しょうか。たいていの場合、国民的伝統は、害 のないローカルな主観や短所だけでな く、国民 的美徳 をも含んだ混合物です。ほとんどすべて の国の文化の型には、他の国々では同程度 には 発展 していない徳性が しば しば存在 します。だ とすれば、ある国はすすんで他の国の教師にも 生徒 にもなるべ きです。明 らかに私はここで、あ る状況でたまたま教師である者は、最大限機転 をきか して事 に当た り、次回には生徒の役 にま わるよう常 に準備 している、 ということを想定 しています。
このことは、 もっと一般的な問題 に当てはま るの とまった く同様 に、 ヨーロッパか ら来た心 理学者 とかれ らのアメリカの同僚 との接触 にも 当てはまります。私の知るか ぎり、アメリカの 心理学者 とヨーロッパの心理学者 との論争が、
いわゆる国粋主義的な敵対関係 に至ったことは あ りません。 しか し、このことを承認するとし ても、次のことは繰 り返 し言わなければな りま せん。異なった文化的伝統 に由来する心理学上 の意見の相違すべてが、その起源のゆえに、あつ さりと無視 されてはな りません。む しろ、その ようない くつかの相違は議論の明 らかに適切な 主題です。あるローカルな伝統 に主に見 られる 精神生活にたいするさまざまな見方は、異なっ た伝統 をもつ心理学者か ら大いに注 目される価 値があ ります。同 じことは、科学的研究手法に 関するローカルな相違 によりいっそう当てはま ります。簡単な例 として、次のことを申しあげ たいと思います。この国にやつて来た多分すべ ての心理学者は、実験 による証明について以前 よりもずっと厳密 になるべ きであることをアメ リカの同僚か ら学びました。この点ではアメリ カの伝統のほうが優れていました。 しか し、ア メリカ人たちも、 ヨーロッパか ら来た者たちか らすすんで学ぼうとしました。科学的心理学は 努力や 目的 といった ものにかかわるべ きかどう
か という大問題は、出身地の違いと関連づけら れていましたが、それ も長 くは続 きませんで し た。実の ところ、目的が心理学の諸概念のなか で中心的な位置 を占めねばならないことを最初 に認めたのは、行動主義者であるカリフォルニ アの トルマ ン教授で した。彼はまた、目的の精 密な実験が可能であることを示すことによつて、
他の行動主義者たちを納得 させ ました。
思いおこせば、しばらくのあいだ、目的は、自 然科学でそれに対応するものがなかったために、
心理学で受け入れ られるようには見えませんで した。 しか し、私たちは別の困難があることに 気づ きました。若い心理学の師 として、伝統的 な科学の精神 は、ある種のテーマに異議 を唱え たばか りでな く、特定の研究に観察を制限 しま した。何 を根拠 にしてマク ドゥーガルは、 目的 の研究は心理学の主要な課題であると主張 した ので しょうか。彼 は、 どんな実験結果 も、 どん な統計数値 も提出 しませんで した。こうい う事 情では、心理学者が彼 に耳 を傾 けな くて も当然 です。
日下の ところ、この議論 は幸運にも広 まって いませんが、それは大いにわれわれの注 目に値 します。なぜ なら、それはなお ときどき新 しい 事実 にたいする心理学者の態度 を規定するから です。実験心理学で今 日一般 に用い られる研究 手法のほかならぬ優秀 さが、その研究の範囲を 制限 しがちです。 というのは、あまり印象的で な くある意味ではあま り精密でないけれ ども、
絶対 に欠かす ことので きない よ り簡単な形態の 観察が、徐 々にまった く人気のない ものになっ て しまったか らです。 こうした観察を弁護する ために、少 し述べ させて ください。
まず第 1に 、 実験 は定量的な研究手法である必 要はあ りませ ん。新 しい分野で解明をめざす最 初の試みは、研究者が さまざまな条件の もとで 起 こることを定性的な仕方で観察するなら、そ れによって しばしば大いに促進 されるで しょう。
この種の傑出 した仕事は、 ときどき現代物理学
においてす らなされています。第 2に 、きわめて
ヴ ォル フガ ング・ケー ラー
重要な意義 をもつ観察が、いかなる意味での実 験 もな しに行われることもあ ります。当然にも、
ヨーロッパか ら来た心理学者は、アメリカの同 僚以上に、これが正 しいことを認めるのに躊躇 しないで しょう。なぜなら、非常 に簡単な心理 学的観察は、心理学が実験的方法 を用いるよう になるずっと以前か ら、 ヨーロッパの文化的伝 統の一部 をな していたか らです。アリス トテレ スは観念連合について知っていました。アリス トテレス とアラブ人は、月が中点にあるときよ りも地平線近 くにあるときのほうが大 きく見え ることをよく知っていました。レオナル ドは、さ まざまな色によって形成 される珍 しい体系 を研 究 しました。 コン トラス ト、残像、暗闇への適 応 は、1800年 頃にかな リー般的な関心 を惹いた 事柄で した。マク ドウーガルが精神生活におけ る目的の事実上の遍在 を指摘 したとき、彼は自 分 にとって平明な事実 と思われるものを単に報 告 しただけなのです。その ような事実 として、そ の後それは実験の問題 とな りました。心理学に おいて現在は実験的に研究 されている他のテー マ も、同 じようにささやかな出発点か ら始まっ て私たちに伝わっていることを、忘れないよう にしましょう。エ ビングハウスが、ある形態の 記憶 を非常に精確 に研究することを可能にした 方法 を考案 したとき、この分野での彼の最初の 問題 は、明 らかに、いかなる実験の助けもな く 獲得 された記憶 についての知識か ら導 きだされ た もので した。誰で も似たような知識 を、心理 学のあれこれの分野で得ることがで きます。こ の目的のために必要なのは、事実に関心 をもち 眺めることだけです。過去 においてはこうした や り方で心理学のために多 くのことが得 られま したので、現在および未来において同 じ直接的 な観察を軽蔑するとすれば、それは明 らかに危 険な態度で しょう。 よりいっそうの証拠は、そ れが特殊な科学の道具で もってすでに磨かれて いる場合にか ぎり、受け入れられるべ きで しょ うか。私 としては、このような方針 をまじめに 推奨する人がいるだろうと考えることはで きま
せん。それは、私たちの研究 をその現在の範囲 を超えて広げる最高のチャンスを、私たちか ら 奪 うことになるで しょう。
こういった点を心に留めて、今度は、別の心 理学の概念が ヨーロッパか ら輸入 された とき、
何が起 こったかを見てみましょう。その概念は
洞察
(れ sなあ ′ )で す。それはゲシュタル ト心理学
者たちによつて もた らされました。誤解の雲が なおその意味 を隠 しているように思われますの で、簡単 に説明 しておいたほうが よいで しょう。
所与の体系が一定の条件 にたい して どのように 反応するかを物理学者が発見 しようとするとき、
彼は 2つ の事実 を観察 します。すなわち、体系 が置かれている条件 と、体系それ自身の行動で す。次いで条件が変えられ、それに対応する変 化が体系 に生 じれば、新 しい条件 と新 しい体系 の状態の両者が記録 されます。最後 に、結果が 集め られ、 2列 の表がつ くられます。ひとつの列 には、適用 されたさまざまな条件カラ J挙 されま す。 もうひとつの列には、それに対応する体系 の状態が示 されます。十分慎重に、なんらかの 付加的なテス トで確認 されたあ とでは、再び同 じ条件が与えられれば、体系はもう一度同 じ反 応 を示 しますか ら、 2列 のデータの関係 は因果 法則 を表 しています。物理学者は、そのような 因果関連 を観察で きるとは主張 しません。反対 に物理学者は、自分の分野ではそのような観察 は不可能であると主張 します。それでは、 2列 の データの関係は実際の因果関連によつて生みだ されたものではな く、偶然の所産ではないのか という可能性か ら、物理学者はどのようにして 身 を守 るので しょうか。彼 には直接 の観察 に よって決定する手段 はあ りませんので、ある間 接的な判断基準 に頼 ります。 この状況での彼の 研究手法全体は帰納 と呼ばれます。それは誰 も が満足のい く推論です。実に奇妙なことに、な ぜ帰納法を強い自信 もって使用で きるかを、正 確に私たちに説明で きた科学哲学者はこれまで の ところいません。
最初のゲシュタル ト心理学者たちが この国に
ヨーロッパか ら移住 してきた科学者 とかれ らの新 しい環境
やって来たとき、かれ らがアメリカの友人たち に納得 して もらお うとしたのは、 この点で心理 学 における観察は しば しば自然科学 における観 察 よりも優れているということです。心的事実 は常 に決 して分離 した出来事 として経験 される のではない、とかれらは言いました。む しろ、あ る心的事実に気づ くとき、私たちは同時にこれ らの事実の因果関係 にも気づ くのです。実際に、
この種 の事例 は精神生活のあ らゆる時点で起 こつてお り、最 もあ りふれた経験のひとつであ る、 と移住者たちは主張 しました。例 えば、誰 かが万年筆 とインク瓶 を続けて持ち上げて、 「 イ ンク瓶のほうが重い」 と言 うとしましょう。こ の発話は、分離 されたもうひとつの出来事 とし て、彼の先の行為 に続 くもので しょうか。 もし 尋ね られれば、 きっと彼は、これは単なる時間 的な連続の問題ではない、と答えるで しょう。彼 は多分 こう言 うで しょう。 「私は話す ときはわけ の分かることを話 しています。例 えば、この場 合では、私は、自分が知覚 したばか りの関係 に ついて語っていること、そ して私の話の方向は 2つ の対象 を比較 した ときに気づいた ことに よって明 らかに規定 されていることを、知って います。 さらに、インク瓶のほうが重い という ことは、私が これ らの対象 について もった印 象の性質か ら生 じました。 」
例 をもうひとつ挙げます。若い男が美 しい顔 のすて きな女性の姿 を見て、その完璧な美 しさ の方向に心が動 くとき、このすばらしい条件 と 体系 としての彼 自身の感情転移が因果関係 にあ ることを発見するために、彼は帰納 という間接 的な方法 を必要 とするで しょうか。必要だと言 う人はほとんどいないで しょう。心理的な因果 関係 はもちろん反対方向にも作用するように感 じられることもあ ります。毎年 3月 15日 以前に、
なにかが広げられている書 き物机 を迂回 し、ほ かのことに気 をとられていたことの口実 をあれ これ探す人たちがいます。 これは回避反応 と呼 ばれます。 この種のたいていの反応では、回避 する人たちは自分が何 を避けているかを完全 に
知っています。また、われわれのこの例では、回 避 される対象の性質は、かれ らが避ける最 も自 然な原因の ようにかれ らには思われます。彼 を 恐れさせた ものは机の上のある本の形ではな く 書式 1 0で あることを、帰納 によって発見 しな ければならない人を想像 してみて ください。
これ らすべては、ゲシュタル ト心理学者が「洞 察」 と呼ぶ ものの例です。かれ らよりも少 し前 に、哲 学 者 の ヴ イルヘ ル ム・ デ ィル タイが verstandliche Zusalllmenhange(理 解で きる関連
)一一―英評
;て,は "connections which are understood"
―― に言及 したとき、彼は同 じ事実 を考 えてい ました。物理学における要素的な結びつ きが理 解で きないのは、私たちがたつたいま見たよう に、物理学者はそのような結びつ きをそ もそ も 観察することがで きないとい う単純な理由によ ります。物理学者は連続的な随伴現象 という事 実を観察するだけで、因果関連が実際にどのよ うなものであるかを私たちに語ることはで きま せん。 しか し心理学では両方の関連が問題 にな ります。す なわち、私たちが経験 し理解する関 連 と、物理学者が 自分の分野での関連 について 知 っている程度 にしか、心理学者 も知っていな い他の関連です。 「洞察」という用語が多 くの心 理 的状況 の紛 れ もない特徴 を指 している とゲ シュタル ト心理学者たちに確信 させたのは、ま さしくこのコン トラス トなので した。しか し、洞 察がいわゆる人間経験の内容 を数えあげるとき に、列挙 しなければならない もうひとつの項 目 にす ぎない、 とかれらは言お うとしたのではあ りません。む しろ、かれ らが提案 したのは、心 理的事実のあいだの因果関係 に気づ くことは、
精神的活動が辿るコースを大 きく左右する、 と いうことです。例 えば、そ もそ も「考える」 と い うことは、かれらの観点か らすれば、洞察な
しには不可能です。
これまでの ところ、この国の心理学者たちは、
私がい ま述べたような観察にあまり関心 を示 し
て きませんで した。 しか も、これにはほかなら
ぬ精神的世界の構造がかかわっています。心理
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