〈論文〉南洋の奇妙な事態--「カーゴカルト」から鏡としての「カーゴカルト」へ
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(2) 25巷第 2号 /2014 3 学 文. 芸術 ・文化/第. ちは、 グ ル グ ル 歩 き 回 っ た り 、 身 を 震 わ せ た り 、 歌 い 踊って、 口 か ら 泡 を 吹 い た り 、 あ る い は 乱 交 し た り す る。 こ う し た こ と は 興 奮 状 態 で な さ れ る の だ が 、 そ れ. 徴をいくつかの要素に整理してみると、以下のように要約で. 。. 込C マhv. ﹂ の到来への期待と、その時が差し迫って ﹁ カ lゴ. いることを告げる預言 。多くの場合、カリスマ的な指. ①. く、想像上でのことではあるが、製造や分配に責がある. 導者が超自然的な方法でメッセージを受け取り、それ. は 、 自 分 た ち の 望 む カ lゴ を 、 商 庖 や 交 易 か ら で は な. とされている、神秘的な源泉から直接に獲得しようとす. を預言として流布させる 。. ③. (トランス状態)になって集団でダンスや歌を続けた. た、﹁カ lゴ ﹂ の 到 来 を 促 進 す る た め に 、 興 奮 状 態. に、はりぼての﹁船﹂や﹁飛行機﹂を設置する 。ま. 上空を通過する船舶や航空機を一おびき寄せる﹂ため. や装飾された特別な建物が建設されたりする 。沖合や. け入れるために、桟橋や滑走路が敷設されたり、倉庫. カlゴカルトのプラクシスとして、﹁ヵ lゴ﹂を受. えられている 。. 祖は白人(白い肌をした存在)として戻ってくると考. (帰還)する 。 その際、多くのカ 1ゴカルトでは、先. 船﹂で(内陸部の山岳地帯では﹁飛行機﹂で)到来. 創造している超自然的存在)や先祖の霊と共に﹁汽. と考えられており、﹁カ lゴ﹂はカ iゴ神(カ lゴを. ﹂ の源泉は超自然的な領域(天国)にある ﹁ ヵ lゴ. る試みなのである 。 ヨーロッパ人たちは、脅迫され、攻 撃さえ受けてきた 。というのも、 ヨーロ ッパ人が 問題と なっている商品の獲得手段やその出所からの横領方法を 知っているのは明白であるにもかかわらず、多くの [ カ lゴ運動への]参加者にしてみれば 、 ヨーロ ッパ人 がその﹁秘密﹂を運のない、黒い肌をした兄弟(ネイ ティブ)に明かそうとはしなかった、と考えられている からである 。また、参加者たちによれば、もともとは、 あらゆる製品はすべての者に分配されるよう意図されて いたのだが、強欲な白人たちは、様々な方法を駆使し て、カ lゴを﹁その途上﹂で奪い取り、自分たちの利益 のためだけにカ lゴを保持しているのだ、とも考えられ 戸、. O(l) 3 Y 、、 ν J Jれ. 二 ・. パリッジの記述に追加して、﹁ヵ lゴカルト﹂ の独自な特. ②. 1EA. 00.
(3) を行う 。. てテーブルについたりと、 ヨーロ ッパ人の行 動の模倣. たとえば集落の広場に整列して行進したり、盛装をし. て放棄され、村落の生活が荒廃してしまう)。 さらに、. ことに専心する(それゆえ、日常のル l ティンがすべ. り、放心状態となって海岸で水平線を見つめたりする. なくない 。 いずれにしても、﹁カ lゴカルト﹂を特徴、づける. になると、 スキャンダラスに取り上げられたりした事例も少. 告されたり、興奮状態が過熱し、不合理な集団的行為が顕著. ヨーロ ッパ的な攻撃性が示されると 、センセーショナルに報. よる報告書では、プランテ l ションでの労働を放棄し、反ー. カ lゴカルト﹂が頻発した当時の植民地の行政役人に る。 ﹁. 不合理な﹁信仰内容﹂や﹁儀礼的行為﹂は、ヨーロ ッパの合. 理主義的な理性からすれば、それを﹁奇妙で不可思議な﹂と. 白人(ヨーロ ッパ人) がカ lゴ を 独 占 し て い る の. は、﹁カ 1ゴ﹂の獲得方法(ネイティブにしてみれば、. ﹁ カ lゴカルト﹂は、人類学や宗教研究の分野では、﹁呪. 形容せざるを得ない事象であった 。. 人がネイティブに明かさないからか、もしくはもとも. 術﹂、﹁マナ﹂、﹁ト l テミズム﹂、﹁シャーマニズム﹂などと並. んで重要な研究項目の一つであり、こうした分野の概説書で. は必ず言及されているし、実際に膨大な量の研究が蓄積され. ている 。 にもかかわらず、今日でさえ、﹁カ lゴカルト﹂に. たヨーロッパ人にしてみれば、理解不能な、あるいは奇妙な. いるという状態)についての説明にしろ、現地に駐在してい. わゆる﹁植民地状況﹂で、ヨーロッパ人がカ lゴを独占して. 民地主義批判といった具合に、﹁ヵ lゴカルト﹂が取り上げ. 民地主義についての批判的な分析、象徴論的解釈、ポスト植. 被りつつ、植民地主義的な分析、文化変容(文化接触)、植. もちろん、とりわけ人類学では、時代の思潮からの影響を. ついての 一般的な理解は、南洋の島々で生じた﹁奇妙で不可. ものであった 。実利的な物資の獲得という合理的な目的のた. られるコンテキストは変化してきた 。 その都度、﹁カ lゴカ. ﹂ の所出や到来の仕方についての解釈にしろ、それ ﹁ カ lゴ. めに、不合理な神話│儀礼的な手段が用いられるからであ. 思議な現象﹂ のままであり続けている 。. ゴの分配についての不等な現状が説明される 。. な手段を講じて横領してしまったからであると、. とネイティブ向けに送られた﹁カ lゴ﹂を白人が不正. それは超自然的な呪術的方法ということになる)を白. ④ を待ち望む儀礼的プラクシスの様相にしろ、そして現状(い. カ. 磯. 南洋の奇妙な事態. 可Ei. QJ.
(4) 学 文. ルト﹂の﹁奇妙さ﹂や﹁不思議さ﹂について説明がなされて. らが﹁カ lゴカルテイスト﹂であることに驚博することにな. 本稿は、﹁カ lゴカルト研究の流行﹂とその背景を追いな. カ 1ゴカルト﹂は、その対象すらぼやけてきて、ます る。 ﹁. をめぐる議論はむしろ錯綜していくことになる 。 たとえば、. がら)﹁カ lゴカルト﹂という事象が﹁生成する事態﹂の複. きた 。 しかし、その説明自体が﹁カ lゴカルト﹂という事態. メラネシア一帯では、すべての地域ではないにしても、政治. 雑さを明らかにし、この事象へのアプローチの仕方を批判的. ます謎めいてきたのである 。. ー社会的にはナショナリズムの展開を経て近代化された政治. に再考しようとするものである 。. の複雑性や複合性を浮き上がらせてしまい、﹁ヵ lゴカルト﹂. │国家体制が樹立されたし、経済│文化的には開発や観光化 とともにグロ lパリゼ l ションに位置を占めるようにもなっ た。 しかしながら、 メラネシアの近代的な合理化と﹁カ lゴ カルト﹂との関係は、現在でも議論が継続されていて、明確. 一九一九年、パプア・ニュ 1ギニアのガルフ湾地区に駐在. ガ. とから、﹁カ lゴカルト﹂についてディスクールを主題にす. 日の議論では、﹁カ lゴカルト﹂という現象を主題にするこ. は異なった様相で議論に登場してくる 。端的には言えば、今. る。しかも、その﹁流行﹂が訪れる度に、﹁ヵ lゴカルト﹂. とには、この事象自体が生じることとは別に、﹁流行﹂があ. さらに興味深いことに、﹁ヵ lゴカルト﹂が議論されるこ. ならないと告げている 。村人たちの多くが興奮状態にあり、. 人たちに歓迎儀礼の準備を命じ、白人と雇用契約を結んでは. うのである 。 このメッセージに従って、村落の指導者は、村. 戻ってくるので、その受け入れ準備をするように告げたとい. れ、亡くなった親族の霊たちがカ lゴを満載した大きな船で. という内容であった 。 それによれば、村落に先祖の霊が現. ルフ湾沿岸地域の村々で、ネイティブたちが興奮状態にある. (3)O. ることへと移行している。 つまり、研究対象としての﹁カ l. なかにはヒステリー状態のような発作を引き起こし、服を脱. していた行政官マ l レ イ の も と に 奇 妙 な 報 告 が 届 く. ゴカルト﹂が研究する側を浸食し始めてきたのである 。 カー. ぎ捨てて、倒れてしまっている者もいるというものであっ. (2)O. ゴカルト研究は、さしずめ ﹃閣の奥﹂ のマ l ロウのよ冶つに、. た。. な説明に至っているわけではない. 2. 自らが﹁カ 1ゴカルト﹂を生成してきた状況を覗き込み、自. ‘ 二 宇ι. 、. . ミ. ,一. .. ゐ ,. .. 、, "今 ..一 , . 、 γ .. 25巻第 2号 /2014 3 文化/第 芸術. ハU. つω.
(5) へ向かう 。村々は、報告の通り、きわめて異様な光景に一変 フ していた 。 装 飾 の 施 さ れ た フ ラ ッグポ l ルが設置され、 。. 後に﹁ヴァイララ狂信﹂として、名称の通りにスキャンダラ. 発表している. ガルフ地区におけ 事象を実際に調査し、その詳細な記録を ﹃. ラットホ l ム付きの家屋の前では、村人たちの集団が興奮し. スな意味合いも込めて、広く知られることになった 。 ﹁ヴア. マ1 レイは視察を行うべく、すぐさまガルフ湾沿岸の村々. た状態でダンスや歌を続けていた 。また、広場には長テーブ イララ狂信﹂. (4)O. いていた 。 村 々 の ネ イ テ ィブ た ち は 、 先 祖 の 霊 が カ lゴを. の興奮状態が顕著に激しかった事例として、しばしば言及さ. ﹁ ヵ lゴカルト﹂ の一つとみなされていて、ネイティブたち. カ l ゴカルト研究において、 典 型 的 な. そのこともあって、この﹁興奮状態﹂は、. るヴァイララ狂信と土着儀礼の破壊﹂ (一九 二三 年)として. ルが配置されていて、盛装した男たちが沈黙したまま席に着. 伴って帰還するという考えに取り濃かれていて、こうしたこ. れている 。. ﹁ヴァイララ狂信﹂は、近年のカ l ゴカルト研究でも頻繁. に取り上げられているが、その論点は﹁ヴァイララ狂信﹂を. あった 。. l Z l向。-. ゴ l ・ラウンド 発作状態は、﹁ヘ ッド・ヒ l ・. 及ぴ、 その聞は日常生活のル l ティンが放棄されてしまい、. 返答するだけであった 。興奮した状態は数週間から数ヶ月に. ア ム ズ た だ 一 人 だ け で あ っ た 。従って、﹁ヴァイララ狂信﹂. ﹁ヴァイララ狂信﹂が現存した時期に研究したのは、ウィリ. う こ と で あ る 。 実のところ、. 成され、選択されていたことにある. (5)0. 換言すれば、﹁ヴア. は、ウィリアムズの提示する情報が彼の主義信条によ って形. を論じるには、ウィリアムズの著作に依拠せざるをえないの. マl レイの報告を除けば、. 村人たちの暮らしは荒廃してしまっていた 。 マl レイによる. 人類学者F ・E ・ウィリアムズは、沈静化以降の単発的な. 以降も単発的に繰り返されることになった 。. だが、たとえばタマラ・コ l ンも主張するように、問題なの. イララ狂信﹂についての叙述や説明が主題化されているとい. ることに移行している 。 つまり、 ウィリアムズによる﹁ヴア. 分析することではなく、﹁ヴァイララ狂信の分析﹂を分析す. FO 包. とはすべて、先祖の霊を歓迎するための準備だということで. l ま. 55巳﹂(頭がグルグル回る)と称されており、それを経験 した者に尋問すると、うつろな目つきで﹁わからない. ド~. g︿︿引)﹂と. ロ 。. 年間報告では、一九二 O年五月一一 日付けで、興奮状態の沈 一 一 静化が記録されている 。 しかし、こうした興奮状態は、これ. 包︿︿可・)﹂と言い、﹁神が知っているお。 P 問 。. / ー¥. 磯. 南洋の奇妙な事態. 11. 臼 つ.
(6) 25巻第 2号 /2014 3 文. 円 子. 芸術・文化/第. ということであり、近年のカ lゴカルト研究が﹁ヴァイララ. の表現では﹁イキ・ハヴェヴエ﹂と称され、ピジン英語で. ゴ 1 ・ラウンド﹂状態とは、ネイテ ィブ ﹁ ヘ ッド・ヒ l ・. ド﹂状態についての描 写 である 。. 狂信﹂において主題 化しようと しているのは、それが事象と ﹁腹は知らない. イララ狂信﹂のついての記録は、特定のコンテキストにある. して何なのかということではなくて、それがいかに語られて. な感覚が腹部に感じられ、それによって正気を失ってしまう. しての信条であるが、その彼が﹁ヴァイララ狂信﹂に関して. らない﹂とい、つのは、 ウィリアムズの﹁お抱え﹂人類学者と. で、適切なのかに関して、最良の裁量の審判者でなくてはな. 場にあ った。 ﹁人類 学者は、研究対象の当該文化に何が必要. 現在の視点からすれば、人 類学者 としてはきわめて微妙な立. ウィリアムズは﹁植民地政府お抱えの人類学者﹂ であり、. 伴う場合もあって、﹁何か﹂が頭を打 ったのだと述べる者も. るらしく 、腹部か ら話し声がした と語る者もいれば、幻覚を. ゴ l ・ラウンド﹂状態は酒に酔った状態と似てい ド・ヒ l ・. 任百}内・)﹂と表現される 。ネイティブの説明によると、﹁ヘッ. れることもあり、 そ の 場 合 は ﹁ 腹 は 知 っ て い る. ている 。 その際に、腹部から超自然的なメ ッセージが伝えら. が、その聞に何が起きているのか本人には分からないとされ. a o -可含ロバ}目。当・)﹂とも表現される 。異様. いるのか、そのコンテキストなのである 。. 導き 出した結論は、それが病理的な徴候であり、ネイティブ. いる 。. a o -可宮. の精神的な不安定性の顕現であるというものであった 。. である 。たとえば、 アアヴァイア(亡くな った親族の霊、も. い った表現で形容できる様相が顕著に取り上げられているの. 妙な﹂とか﹁不思議な﹂とか、あるいは﹁不合理な﹂とかと. この結論を裏付けるための描写に満ちている 。 つまり、﹁奇. ゴ l ・ラウン 担 っている 。指導者としての﹁ヘ ッド・ヒ l ・. ド・マン﹂と称され、ヴァイララ狂信の指導者的な役割を. ゴ 1 ・ラウン 者もいて、 そ う し た 人 物 は ﹁ ヘ ッド・ヒ l ・. ゴ l ・ラウンド﹂状態になることができる ﹁ ヘ ッド・ヒ l ・. 状態は、. ゴ l ・ラウンド﹂ ウィリアムズによれば、﹁ヘ ッド・ヒ l ・. しくは魂の 音山)がカ lゴを満載した汽船で﹁天国﹂から帰還. ド・マン﹂は、信仰の流布、カ lゴを伴った親族の 霊の帰還. 事実、ウィリアムズによる﹁ヴァイララ狂信﹂の記録は、. するという預言的な信仰で興奮すること、そしてその興奮の. を待ち受ける儀礼の準備、そしてその時期などについての. 一般的には不随意に生じるが、なかには意識的に. ゴ 1 ・ラウン 顕 著 な 身 体 的 徴 候 と し て の ﹁ ヘ ッド・ヒ l ・. -22-.
(7) ウンド・マン﹂は、 アヘア・ウヴイ (﹁熱い家﹂ の意)と称. ゴ I ・ラ たとえば、 アリハバ村の場合、﹁ヘッド・ヒ l ・. の収容所へ送られることになってしまった 。 ウィリアムズが. ちは極端な栄誉失調などを引き起こして、結果的には治療用. らには蓄えも儀礼で一挙に消費をされてしまうため、村人た. ラウンド・マン体制﹂ へと移行しているとさえ述べているほ. される特別な建物に入り、食物を供える儀礼を行っていた 。. ﹁ ヴ ァイララ狂信﹂に 批判的な態度で病理性を指摘し、治療の. メッセージの媒介など、信仰の重要な役割に関わっていて、. この建物は、外見は一般の家屋と大差はないが、内部には供. 必要性を強調するのは、そうした理由からであるが、ここで. どである 。実際には、そうなると、村落の生活は荒廃し、さ. 物を配置するテーブルやベンチが設置されていて、立ち入り. 問題なのは、﹁植民地政府お抱えの人類学者であるウィリアム. それゆえに村人からは神聖な人物とみなされている 。. ゴ 1 ・ラウンド・マン﹂ のみに制限され は﹁ヘッド・ヒ l ・. ズ﹂が、そう判断し、結論づけたことにある. いた)に食物を供えると同時に、カ lゴの帰還に関わる超自. なった親族の魂や精霊(アリハバ村では﹁ハエ﹂と称されて. 際、そのメッセージを公表していたのである 。 これは、亡く. 受け取るとされていて、後に供え物を村人たちに分配する. ア・ウヴィの内部で、 ハエからのメッセージを自分の腹部で. その行為主体のネイティブを﹁病理を呈している患者﹂に仕. を﹁ヴァイララ狂信﹂というカテゴリーに囲い込むことで、. にとって不都合であり、説明不能でもあるネイティブの事象. うことになる 。 つまり、ウィリアムズの研究は、植民地行政. た論述こそが、植民地支配を可能にし、正当化したのだとい. 近年のカ lゴカルト研究によれば、ウィリアムズのこうし. (6)O. ゴ 1 ・ラウンド・マン﹂は、 アヘ ていた 。 ﹁ ヘ ッド・ヒ l ・. 然的な存在からのメッセージを媒介するという、﹁ヴァイラ. の説明を通してこそ、それが治療であれ、荒廃防止であれ、. 立て上げたということである 。植民地行政は、ウィリアムズ. いずれにしても、 ウィリアムズによる﹁ヴァイララ狂信﹂. 抑圧であれ、ネイティブをコントロールするための﹁権威の. ラ狂信﹂ の中心的な儀礼行為の一つであった 。. ゴ l ・ラウンド﹂状態に関連付け の描写は、﹁ヘッド・ヒ l ・. ある﹂根拠を得たことになるわけだ 。 、 々C つまり﹁ヘッド・ヒ. ゴ l ・ラウンド﹂状態を強調さ l・. ﹁ヴァイララ狂信﹂は、 その特異性である興奮状態の異様. られている 。﹁ヴァイララ狂信﹂が発生した村落では、村落の 組織的な構成が、以前のビッグ・マン (名誉 的な共同体の指 ゴ1・ 導体制)を中心としたシステムから、﹁ヘッド・ヒ l ・. -23-. 磯. 南洋の奇妙な事態.
(8) 学 文. てみれば、まさしく﹁お抱え人類学者﹂による秀逸な描写内. 会的混乱﹂になる 。 ウィリアムズの研究は、植民地主義 にし. れるべき病理﹂に 、植民地行政にすれば﹁抑制されるべき社. れればされるほど、 ウィリアムズの言い方 であれば﹁治療さ. ヵ lゴカル ﹁ヴアイララ狂信﹂ の事例が用いられている 。 ﹁. ﹁ヴァイララ狂信﹂が並置され、その内容を説明するために. れている. されたノリス ・メルヴェリン・バードによる寄稿であるとさ. ク・アイランズ・マンスリ l﹂ の一九四五年十一月号 に掲載. 刻化させていたのである 。 カlゴカルト研究が混迷を極める. らなかったのであり、その戦略は事態をさらに複雑化し、深. という﹁権力﹂の結びつきは、客体を対象化するだけに止ま. れほど単純ではなかった 。人類 学という﹁知﹂と植民地行政. 研究をこのように批判してしまうことは簡単だが、事態はそ. 植民地主義批判を標梼するだけであれば、ウィリアムズの. 枠組みであり、ネイティブの不合理性の徴であったのであっ. 管理すべき、あるいは治療すべき対象として配置するための. いう用語が登場した当初、それはネイティブを抑圧すべき、. 実のところ、この雑誌の性格からして、﹁ヵ lゴカルト﹂と. らを包括する﹁枠組み﹂として提示されているに過ぎない 。. アで生じた類似の事象に﹁カ lゴ﹂が分母であるため 、それ. ト﹂という用語は、﹁ヴァイララ狂信﹂も含めて、メラネシ. (7 )O. その論考では、﹁カ lゴカルト﹂という表現と. 容であり 、好都合な結論なのである 。. のは、まさしくそこに原因があるのだ 。. て、ウィリアムズが﹁ヴァイララ狂信﹂と呼称したことと、. ところ﹁カ lゴカルト﹂という用語は登場しない 。 ﹁ヴァイ. ウィリアムズによる﹁ヴァイララ狂信﹂の研究には、実の. う用語が人類学に定着するのは、おそらくピ lタl ・ワ 1 ス. シl ・メアーであるとされているが、﹁ヵ lゴカルト﹂とい. 人 類 学 の 文 献 で 最 初 に ﹁ カ lゴ カ ル ト ﹂ を 用 い た の は ル. それほど大きな意義の相違はなかった 。. ララ狂信﹂が﹁カ lゴカルト﹂の典型とされているのは事実. レイが ﹃トランペットは鳴りわたらん│メラネシアの﹁カ l. 降のことだと考えられる 。 それは同時に、 カ1ゴカルト研究. だが、そのように位置づけられたのは、﹁ヵ lゴカルト﹂と. ﹁ ヵ lゴカルト﹂は、人類学がいわば﹁育てた﹂用語 であ. の本格的な幕開けでもあった 。 さらに言えば、 ワI スレイが. ゴカルト﹂についての研究 l ﹄(一九五七年)を発表して以. るが、その最初の使用は植民地のニュース雑誌﹃パシフイ ツ. いう名称や概念が成立して以後のことである 。. 3. 25巻第 2号 /2014 3 文化/第 芸術. A 斗ム. つω.
(9) 南洋の奇妙な事態 磯. 第 二版の序文(一九六七年)で﹁カ 1ゴカルトに関する研究 る. 発達な形態の階級闘争という意味を纏うことになったのであ. ﹁ ヵ lゴカルト﹂がこうした 意味を担う人類学的用語とし. (8)O. は、今や膨大な量になった﹂と述べているように、この書物 の発表以降のおよそ十年間で、人類学・民族誌学にカ lゴカ. イルストトンたり得るのは、それがメラネシアにおいて生じ. ﹃トランペ ットは鳴りわたらん﹄がカ lゴカルト研究のマ. 動を土着主義的運動や再生運動として論じた傾向に連接して. らが、植民地状況で生じた世界各地の千年王国論的な宗教運. が、後にはレイモンド・ファ l スやアンソニ l ・ウォ lレス. 一九四0年代以降にラフリ・リントン. た数々の事象を﹁カ lゴカルト﹂という概念で包括した最初 いる. て確立したことは、. の研究であるからではなくて、地域を越えてクロノロジカル. 論的な宗教運動という類型を付与しているが、そうすること. ルト研究の最初の﹁流行﹂の波が押し寄せたのである 。. に描写して配列することで、﹁カ 1ゴカルト﹂がメラネシア. で、他地域の類似した事象との比較研究から、﹁カ lゴカル. ワ1 スレイにしても、﹁ヵ lゴカルト﹂に千年王国. における﹁植民地状況﹂から生じた社会運動であることを明. ト﹂が 生じる杜会的状況、つまり植 民地状況の性質が明確化. され、同時に﹁カ lゴカルト﹂の特異性とされていた﹁不合. (9)0. 確化したことにある 。 ウィリアムズの場合なら、﹁ヴァイララ狂信﹂は、植民地. れている 。すなわち、﹁カ lゴカルト﹂は、不合理で非理性. を経て国家形成へと至る歴史的プロセスの初期段階に配置さ. 狂信﹂ にしても、植民地状況から 土着主義やナショナリズム. る社会運動の先駆けとして論じ直されていて、﹁ヴァイララ. ワ1 スレイの場合、﹁ヵ lゴカルト﹂は植民地主義に対抗す. す る 非 言 説を正当化するために用意した言説であったが、. 学者の I ・C-ジャ 1ヴ ィーや宗教社会 学者のブライアン・. 望という共通した救世観を備えていたとされている 。科学哲. ンによれば、現状の否定と﹁黄金楽園(神の国)﹂の到来願. れるものである 。その形態は多様であるが、ノ l マン ・コー. 基づいた宗教運動で、中世ヨーロッパで数多く出現したとさ. 示録﹂にあるキリスト再臨後のメシア王国の実現への信仰に. 千年王国論的な宗教運動とは、直接的には、﹁ヨハネの黙. 理さ﹂に説明を与えることが可能になった 。. 的な事象などではなくて、ワ l スレイの表現でなら、植民地. ウィルソンの指摘によれば、変化の少ない安定した伝統的社. の﹁知﹂(人類学)が植民地の﹁権力﹂(植民地行政)の行使. 主義的な経済的、政治的抑圧に対する、ネイティブによる未. ﹁ ひ. 臼 っ.
(10) 25巷第 2号 /2014. 3 文化/第. 文. 学. 芸術. いる 。 ﹁ カ lゴカルト﹂で言えば、植民地状況の解体とカ 1. 運動として形態化すると、必ず宗教的な熱狂を伴、つとされて. 想が蔓延することになる 。 しかも、その待望が臨界に達し、. 覆や破壊と新しい秩序の再創造を強調した千年王国論的な思. 搾取・抑圧されるため、きわめて具合の悪い社会的現状の転. とりわけ技術や知識の差異が大きい場合は、伝統的な社会が. 会が生活様式をまったく異にする文化様式と接触した場合、. 発露ということになるわけである 。. 状態は社会的緊張が生み出す情緒的なエネルギーの宗教的な. ゴ 1 ・ラウンド﹂ 想であ って、それに伴う ﹁ヘッド・ヒ l ・. を貫くのは﹁カ lゴの到来﹂に変奏された千年王国論的な思. する状況から生じた﹁社会変革を求める運動﹂であり、それ. の理性では不合理的な事象に見えるが、白人がカ lゴを独占. いうことになる 。﹁ヴァイララ狂 信﹂ならば、ヨーロ ッパ人. ルト﹂がネイティブに固有の﹁非理性﹂を刻印するためのス. ﹁ ヵ lゴカルト﹂が﹁植民地状況﹂から生まれた千年王国. ワl スレイも、多くの﹁カ lゴカルト﹂でみられる集団窓. ティグマとしての表象か ら、反ー植民地主義的な﹁虐げ られ. ゴ l ・ラウンド﹂状態の ゴの到来 であり、﹁ヘッド ・ ヒl ・. 依、失神、幻視、発作のようなヒステリー的・偏執病的現象. た者の宗教﹂であり、﹁抑圧された階級や民族による反抗の. 論的な社会運動であるという性格付けは、﹁カ lゴカルト﹂. ( カ lゴ・ヒステリー ) は、社会的緊張状態が作り出した情. 意思表示﹂というラベルになるということでもある 。 ﹃トラ. ような、非理性的なと言及される興奮状態が﹁千年王国論的. 緒的緊張状態なのであり、以前の習慣、伝統、風習、価値観. ンペットは鳴りわたらん﹄ では、 そのことを裏付けるべく、. と植民地状況を密接に結び付ける 。 このことは、﹁カ lゴカ. を自覚的に放棄しなければならないことを求める運動にはし. ﹁メラネシアの 諸カ lゴカルト﹂が未発達な初期形態から政. な熱狂﹂の様相に相当することになる 。. ば し ば 見 出 さ れ る こ と だ と 論 じ て い る80 む し ろ 、 ネ イ. 治組織の先駆けに至るまで、 クロノロジカルに配列されてい. こ、っして、 ワl スレイは、﹁カ l ゴカルト﹂を、ネイテイ. ティブ(伝統社会 )に してみれば、西欧の市場 経済こそが不. を自らの伝統と共に解体し、新しい秩序を創出することが. ブがメラネシアの島々で展開した﹁異文化接触の合理的理解. るのである 。. ﹁ カ lゴカルト﹂の狙いであって、﹁ヵ lゴカルトを特異化す. の運動﹂として、植民地主義に対抗する概念に仕立て上げ. 合理で理解不能なものなのであって、それに席巻された現状. る不合理な興奮状態﹂はそれに伴う情緒的緊張状態の顕現と. phU. つ 'U.
(11) 磯. 南洋の奇妙な事態. た。折しも、. 明不能な﹂事象に戻ってしまったのである 。. 究が詳細化すると、﹁カ l ゴカルト﹂は再び﹁不合理で、説. 一九五0年代後半から、南太平洋では、独立国. 家樹立に至る世俗的な政治運動が本格的に始動し、一九六0 日 )O人類 年代にはその成果が実現される事例も生じてきた ( 学は、ワ l スレイら研究のおかげで、植民地主義が脱色され. カルト﹂についての包括的な研究、だとすると、その後に発表. トラン ペットは鳴りわたらん﹄が ﹁ ワl スレイの ﹃ カ lゴ. そうした動向も踏まえつつ、膨大な量のカ lゴカルト研究の. されたカ lゴカルト研究の古典となっている二つの研究は、. 成果を生み出していった 。 このことが、 ゴカルト研究が流行した背景であろう 。. とになる 。 ー タ ー-ローレンスの ﹃ロlド・ピロ ング・ ヒ 。 カ l ゴ﹄(一九六四年) と 先 述 し た パ リ ッ ジ の ﹁マンブ﹄. しかし、そうした研究の成果のいくつかは、 カlゴカルト 研究に新たな難題を生み出すことになった 。 ﹁ ヵ lゴカルト﹂. (一九六O年)がそれである 。. ルト﹂に先鋭的な反│植民地主義やヨーロッパ人に対する攻. 未発達な形態﹂と想定していたほどに、すべての﹁カ lゴカ. さらに厄介なことに、ワ l スレイが﹁抑圧された階級闘争の. 的な連接を持つ事例はそれほど多く存在するわけではない 。. 立つ 。ところが、実際に﹁カ lゴカルト﹂が政治組織と直接. 地的運動に統 一することを可能にしたのだとする仮説は成り. 動こ へと進展するプロセスを詳細に追っているし、パリッ. 当該地域の事象を段階的に分析し、﹁カ lゴカルト(ヤリ運. で生じた﹁マンブ運動﹂が論じられている 。 ローレンスは、. リッジの場合は、同じくニュ lギニアの隣接したボギア地区. ﹁ カ lゴ カ ル ト ﹂ に あ た る ) に 分 け て 詳 述 さ れ て お り 、 パ. のヤリが指導者として起こした﹁ヤリ運動﹂として知られる. で生じたカ lゴカルトが五段階(五段階目が後にネイティブ. ローレンスの場合、 ニュ lギニア北東部の南部マダン地区. 撃性が見出されるわけでもないということがわかってきたの. の背景となっていた﹁神話﹂を丹念に一記録している 。両者で. ジは、指導者マンブと彼が起こした運動についての言説やそ. 確立された﹁カ lゴカルト﹂概念を押し進めて、実際の研. である 。. うに、地域的な距離や部族的な対立を乗り越えて、反 l 植民. に見出される千年王国論的な様相は、ワ 1 スレイが述べるよ. 特定の﹁カ lゴカルト﹂を詳細に追求した個別研究というこ. 一九六0年代にカ l. た﹁カ lゴカルト﹂概念を用いることが可能になったため、. 4. ウi. 臼 つ.
(12) ヨーロッパ人との関係が 一方的な﹁反│植民地主義﹂(白人. ﹁ ヵ lゴカルト﹂は、そのすべてでというわけではないが、. はこのように論述のスタイルが異なるが、両者が描き出した めの運動が開始されるのである 。. その実現のために自らが﹁新しい人間﹂存在へと変容するた. イティブに不在な﹁カ lゴ﹂を獲得することが目的とされ、. 創造される 。 その神話では、﹁マンブ﹂はヨーロッパ人とネ. その場合、対等な関係性の対応者であるヨーロッパ人が. この点はパリッジの論考に顕著なことなのであるが、﹁マ. イティブの両方を含み込んだ (あるいは超越した) ﹁新しい. Uヨーロッパ人の排斥)ではなく、むしろヨーロッパ人との. ンブ運動﹂場合、カ lゴの到来(獲得)は政治的、経済的に. 人間﹂ の祖型とされている。﹁マンブ運動﹂とは、﹁新しい人. ﹁新しい人間﹂の範型となる 。その ヨーロ ッパ人の ﹁対等者﹂. 不等な関係を修復するための徴とされていて、関係の修復に. 間﹂としての﹁マンブ﹂を生み出す神話と儀礼を実践する運. 関係を植民地状況においていかに再構築するかが目的とされ. Hヨーロッパ人﹂が不. としての、 いわば﹁聖痕﹂を与えられる﹁マンブ﹂ の神話が. は同等関係となる相当項である﹁白人. 動なのである 。. ている 。. 可欠の存在とされている 。もう少し詳細に言及すれば、こう. カ 1ゴ独占に象徴されるような不等なものであり、ネイティ. ヨーロッパ人とネイティブとの関係性はヨーロッパ人の. 念頭に置いた研究が目立ち始めるようになる 。 グレイン・コ. の﹁カ 1ゴカルト﹂と伝統的な宗教儀礼や世界観との関連を. 包括的な研究よりも、 ローレンスやバリ ッジのように、特定. 実のところ、この時期(一九六0年代)には、比較研究や. ブはこうした不等な関係を彼らの交換システムに準拠して解. クレインは、そうした観点から、﹁ヴァイララ狂信﹂とそれ. いうことである 。. 釈していた。﹁同等性﹂を原理とした﹁互酬性の交換システ. が発生したエレマ族の伝統的な宗教儀礼の比較を行い、両者. もちろん、 コクレインは﹁ヴ ァイララ狂信﹂を直接に参与. ム﹂はネイティブのあらゆる領野を支配しているのだが、現 に関する存在論的な問題を生起させてしまう 。 ヨーロ ッパ人. 観察したわけではなく、﹁ヴァイララ狂信﹂自体に関しては、. ロ )O がきわめて類似した構造を持つことを明らかにした (. と等質な関係を保てないネイティブは﹁人間﹂ではない、あ. ウィリアムズの記録に基づいている 。 ウィリアムズの著作の. 状の不均等な関係は、道徳的な意味合いも含めて、﹁人間﹂. るいは道徳的な欠陥を持つ存在となってしまう。そこで、ネ. 28-. 一. 25巻第 2号 /2014 3 文化/第 芸術 文学.
(13) には知られていなかった秘密が公にされてしまったりするな. な儀礼の道具が破壊されたり、イニシエ l ション経験者以外. の伝統を放棄しよう﹂という指導者の命令で、実際に伝統的. 儀礼は、﹁ヴァイララ狂信﹂の直接的な影響(﹁一一ュ lギニア. タイトルに﹁伝統儀礼の破壊﹂とあるように、伝統的な宗教. 再演からなる葬送儀礼的な内容の段階で終えられる 。. パ・ヘヴェへの象徴的殺害と死者の国についての創造神話の. 階で、共同体では日常的な作業が停止される)を経て、ア. 面が完成して後に村落を踊り歩く祝祭的儀礼の段階(この段. 死者の霊や精霊との儀礼的交換で収集する段階に始まり、仮. われなくなってしまった 。 ウ ィ リ ア ム ズ は 、 放 棄 さ れ た 儀 礼. や、植民地開発のもとで人口が減少してしまったことで、行. よる宇宙開閥神話がモチーフになっていることから、儀礼中. その起源を説明づけているのだが、神話的なビッグ・マンに. の誕生から死を通じて(創造神話の再演)、世界を更新し、. コクレインに従えば、アバ・ヘヴェヘ儀礼は、超越的存在. の内容を記録しているが、そもそもが﹁ヴ ァイララ狂信﹂と. のアパ・ヘヴェヘ自体はピ ッグ・マンを象徴していると考え. ど し て 、 ネ イ テ ィ ブ た ち は 伝 統 儀 礼 を 放 棄 し て し ま った ). の関連を念頭に置いていないため、描写はあまり詳細ではな. ら れ る 。 つまり、 この儀礼は、 アパ・ヘヴェヘを通じて、. を明確化する、 エレマ族の共同体にとっては中心的な儀礼な. ビ ッグ・マンの存在自体を更新し、その役割と存在の重要性. く、聞き書き程度で、その全貌は明らかにされていなかっ た。 コクレインは、 エレマ族に限定してのことであるが、伝統. されている 。 そのサイクルは二十年にも及ぶ長大な儀礼でも. セスを描くもので、成長の各段階の儀礼の連続によ って構成. エラボ(男の家、男性の集会者)で誕生し、死ぬまでのプロ. 源神話に登場する超越的な存在者としてのアパ・ヘヴェヘが. 細 に 描 写 し て い る 。 そ の 概 要 は こ う で あ る 。 この儀礼は、起. し、そうしたネ ットワークから外れると、村落の成員とは認. 仕 と い っ た 交 換 関 係 の ネ ット ワ ー ク で 結 ぼ れ て い る 。 しか. されている 。ビ ッグ・マンと村人は、食物の配分や義務│奉. 度などはなく、指導者のビ ッグ・マンと通常の村人から構成. していることだが、きわめて平等な社会で、固定した身分制. エレマ族の村落共同体は、メラネシアの多くの社会に共通. のである 。. ある 。具体的には、仮面(衣装)として表象されるアパ・ヘ. められず、ラピッシユ・マンとして、人間としての扱いを受. 的に行われていたアパ・ヘヴェヘ儀礼を調査して、それを詳. ヴェヘを作成するために、その材料を神話の再現を通じて、. 29-. 磯. 南洋の奇妙な事態.
(14) 25巻第 2号 /2014 3 文化/第 芸術 文学. けられないことになる (村落内には居住できず、ブッシュで 暮らし、ブッシュにいる動物と同等祝される)。 ビッグ・マンとは、首長のような世襲的な地位でも、政治 的指導者のような任命による役職でもなく、個人の能力と努 力の結果に得られる名声であり、村人たちの信望を集めたこ. うになる 。. ﹁ヴァイララ狂信﹂. ゴ 1 ・ラウンド・マン﹂ の役割 -﹁ヘッド・ヒ l ・. アヘア・ウヴイ (儀礼用の特 別な建物) への出入. 係を中心とした儀礼的交換のネットワークにおいて大きな資. 亡くなった親族の霊やカ lゴ神との交渉. ﹁食物供犠﹂後の食物の分配. とによる支配権力とされている 。ビッグ・マンには、親族関. 源を動員すること、そうした交換の機会を作り、巧に分配を. 超自然的なメッセージの媒介. -聖なる場所としてアヘア・ウヴイ (亡くなった親族. 行うこと、儀礼や共同作業に貢献し、成功を収めることなど が求められている 。また、超自 然的な存在を宥めたり、祈願. の霊やカ lゴ神が降臨する場所) .耕作地の放棄. したりして、知識や技術などに関するメッセージを授かるこ となども求められている 。まさしく、村落の存在は、政治的. ・﹁白人の追放﹂という霊からの掲示(ただし、亡く. エラボ(仮面が作成される小屋) への出入り. ・ ピ ッグ・マンの役割. ﹁アパ・ヘヴェヘ儀礼﹂. なった親族の霊は﹁白人﹂の姿で帰還する). にも、経済的にも、宗教的にも、ビッグ・マン (の能力)に 依存しているのである 。 アパ・ヘヴェヘがこ、つしたビッグ マンの更新を象徴しているとするならば、アパ・ヘヴェヘ儀 礼が村落共同体にとってきわめて重要なのは、当然のことで あろ、っ。. 交換儀礼の主催と食物の分配 死者の霊や精霊との交換儀礼、供物. そこで、先に叙述した﹁ヴァイララ狂信﹂の実践や﹁ヘツ ゴ l ・ラウンド・マン﹂ の役割と、 アパ・ヘヴエ ド・ヒ I ・. 超自然的存在のコントロール. ・アパ・ヘヴェヘが誕生する子宮としてのエラボ. ヘ儀礼やビッグ・マンの役割を比較してみると、両者がきわ. 2. めて類似していることがわかる 。要点を列挙すれば以下のよ. 、. ﹁ 月. . ‘. -30-. り.
(15) 磯. 南洋の奇妙な事態. 止. 中. 0. ちは、 フランテ l シ ョ ン や 道 路 敷 設 な の で 労 働 を 奉 仕 し て い. る に も か か わ ら ず 、 カl ゴ を 分 配 し て も ら え な い の で あ. パ・ヘヴェヘ儀礼では、完成した仮面をパレードする際の祝. ちが興奮状態になって広場で歌唱やダンスを続けるのは、ア. さらに付け加えれば、﹁ヴァイララ狂信﹂に参与した村人た. グ ・マンを更新し て 、 ﹁新 し い 人 間 ) と し て の 新 し い ビ ッ. ビッグ・マンがこの関係を修正できないのであれば、ピッ. た 、 人 聞 か ら 墜 ち て し ま っ て い る と い う こ と で あ る 。 従来の. ビッグ・マンさえもが、 ラ ビ ッ シ ユ ・ マ ン に な っ て し ま っ. る)。 こ の 状 況 が 示 し て い る の は 、 通 常 の 村 人 の み な ら ず 、. ヴ ァイララ狂信 ﹂ の ﹁ 不 合 理 性 ﹂ が 祭的状況に相当する 。 ﹁. ビ ッ グ ・ マ ン で あ る ﹁ ヘ ッ ド ・ ヒ l ・ゴ l ・ラウンド・マ. グ ・ マ ン を 確 立 し な け れ ば な ら な い 。 この意味で、﹁ヴァイ. こうした類似性から推測できることは、﹁ヴァイララ狂信﹂. ン ﹂ を 確 立 し よ う と し た 儀 礼 な の で あ り 、 カ lゴ の 到 来 ( 獲. 顕著に現れる発作状態は、伝統的な宗教儀礼に見出されるエ. は、アパ・ヘヴェヘ儀礼の構造を用いて、ビッグ・マンとし. 得)が新しいピッグ・マンとヨーロッパ人との関係の対等化. ララ狂信﹂は、 ア パ ・ ヘ ヴ ェ ヘ 儀 礼 の 構 造 を 借 り て 、 新 し い. ゴ l ・ラウンド・マン﹂を確立し、更 ての﹁ヘッド・ヒ l ・. が実現することの徴となるのである 。. ﹁ヴァイララ狂信﹂でもそうだが、多くの﹁カ lゴカルト﹂. ことになる 。 しかも、 ヨーロ ッパ人はカ 1ゴ を 独 占 し て い る. がヨーロ ッパ 人 と の 交 換 関 係 か ら 外 れ て い る こ と を 意 味 す る. いた 。植 民 地 状 況 と い う カ lゴ 分 配 の 不 均 等 は 、 ネ イ テ ィ ブ. いることは、ラピッシュ・マンであるということを意味して. ネイティブにとって、交換関係のネットワークから外れて. 実 践 も 、 す べ て は ヨ ー ロ ッ パ 人 が カIゴ を 獲 得 す る た め に 行. ロ ッパ人(行政府役人)の業務行動も、キ リスト教の教義や. 釈(カ lゴ が 死 者 の 国 か ら 送 ら れ て く る ) に 従 え ば 、 ヨ ー. し て い る と さ れ て い た が 、 そう で は な く て 、 彼 ら の カ lゴ 解. したことは﹁奇妙であり﹂、ネイティブの﹁無理解さ﹂を示. り 、 信 仰 内 容 に は キ リ ス ト 教 的 な 要 素 が 含 ま れ て い る 。 こう. では、 ヨーロ ッ パ 人 の 行 動 や 習 慣 を 模 倣 し た 実 践 行 為 が あ. ば か り か 、 そ の 獲 得 方 法 さ え 教 え て く れ な い (ネイティブた. ねてみると、このことはさらに明確になる 。. ジによる﹁マンブ運動﹂の分析を、﹁ヴァイララ狂信﹂に重. 新するための儀礼なのではないかということである 。 パリ ッ. クスタシー状態や窓依状態ということになるわけである 。. アパ・ヘヴェへの象徴的殺害. 耕 作 の. ti 可. qtu.
(16) 25巷第 2号 /2014 3 学 文. 芸術・文化/第. アップ﹂されて行われるようになった 。 それが﹁カ lゴカル. を更新する儀礼は、こうした方法が組み込まれ、﹁バ lジョ. い以上、同様の方法を用いるしか仕方がない。ビッグ・マン. ためには、ヨーロッパ人がその方法の秘密を開示してくれな. た。 それゆえ、ネイティブは、自分たちがカ lゴを獲得する. 使している呪術的で、神秘的な方法であると理解されてい. 様相をヨーロッパ的な﹁合理性﹂で説明しようとした。. 民地主義を消去しようとするあまり、﹁不合理で﹂﹁奇妙な﹂. 発明し、そこへ様々な事象を投げ込んだ。そして、自らの植. に、ステレオタイプ化された﹁カ 1ゴカルト﹂という概念を. カlゴカルト研究は、その対象である事象を確定するため. 関係を取り結び直すためのヨーロッパ人が必要なのである 。. の宗教﹂とも称されたりしたが、カ 1ゴカルト研究は、その. ﹁ カ lゴ カ ル ト ﹂ は 、 反 ー 植 民 地 主 義 運 動 、 土 着 主 義 運 動 、. そうであるなら、ネイティブは、彼らにとって﹁不合理. 実体をさらに個別化して、詳細に覗き込もうとして、そこに. ト﹂、あ るいは ﹁ヴァイララ狂信﹂と呼称されていたの であ. な﹂市場経済や高度な文明技術が何なのかをヨーロッパ的に. ﹁ カ lゴ カ ル ト ﹂ を 見 失 う こ と に な っ た 。見 出 し た の は 、 伝. 千年王国論的な宗教運動などに範醇化され、﹁虐げられた者. 理解する必要はないし、植民地状況下で抑圧され、搾取され. 統的な儀礼のバリエーションに過ぎず、反ー植民地主義も、. る。. ているという認識から、反│植民地主義に目覚めて、ヨー. ローレンスやパリ ッジの ような、メラネシアの伝統的文化. 抵 抗 運 動 も な か っ た の で あ る 。 むしろ、カ lゴ カ ル ト 研 究. に不在であるがゆえに、生じている道徳的かつ存在論的な不. と﹁カ lゴカルト﹂との関連を研究する傾向は、それがさら. ロ ッパ人を排斥する土着主義運動を起こす 必要もない 。 さら. 具合を解決することにあるのだ 。 そのために用いられたの. に深化されて、﹁ヵ Iゴ カ ル ト ﹂ が 伝 統 的 な 宗 教 儀 礼 の バ リ. は、自らが確定した概念の有効性を疑問視せざる得ないこと. は、実質的には、自分たちの世界を更新する伝統的な技法で. エ ー シ ョ ン に 過 ぎ な い と い う 結 論 を 導 き 出 し た 。 今度は、. には、カ lゴを望むのはその実利的な利便性に惹かれたから. あったのだ 。 そして、そこにはヨーロッパ人が存在している. ﹁ カ lゴ カ ル ト ﹂ と い う 事 象 自 体 が 消 失 し 始 め た の である。. になってしまった。. 必要がある 。 つまり、植民地主義者には搾取し、抑圧するた. そのことがカ lゴカルト研究の存在自体を揺るがし、﹁ヵ i. でもないということになる 。問題なのは、カ lゴが自分たち. めのネイティブが必要なように、ネイティブには、喪失した. -32-.
(17) 磯. 南洋の奇妙な事態. なったのである 。. 念が障害となりかねないという、奇妙な事態を招くことに. ゴカルト﹂を研究するにあたって﹁カ iゴカルト﹂という概. ラー文化にまで拡大していた 。今 日では、メラネシアの人々. きを始めていて、人類学以外の学術分野、報道分野やポピュ. 降、﹁カ lゴカルト﹂はそのトピックス性、だけがすでに一人歩. れ、﹁カ lゴカルト﹂との差異を強調しなければならなくなっ. は、何か行動を起こせば、それがどのような種類のものであ. ているさ o トロンプが指摘するように、﹁ヵ lゴカルト﹂と. 究の流行の波は、この厄介な二つの問題と一緒に押し寄せる. せることになった 。人類学における二回目のカ lゴカルト研. て、カ 1ゴカルト研究にきわめて厄介な 二 つの問題を提起さ. の脱構築という問題である 。 ナンシ!・マクダウェルやマ I. いかという疑問である。 つまり、﹁カ lゴ カ ル ト 概 念 ﹂ 自 体. の変奏であるなら、﹁カ lゴ カ ル ト ﹂ は 存 在 し な い の で は な. もう一つの問題は、﹁カ l ゴ カ ル ト ﹂ が 伝 統 的 な 宗 教 儀 礼. )O. ﹁ ヵ lゴカルト﹂が伝統的な宗教儀礼の変奏に過、ぎないと. ことになったのである 。 エドワード・サイ lドの ﹃オリエン. サ・カ フランらが主張するところによれば、人類学は、ネイ. メラネシアはシノニムになってしまったのである立. タリズム ﹄ を契機として、人類学にポストモダン的思潮が蔓. ティブが彼らを取り巻く世界やその変化を概念化し、認識す. 0. 延し、ポスト植民主義批判が人類学自体の存立を脅し始めた. る方法を、﹁カ lゴ カ ル ト ﹂ と 呼 ん で 、 あ た か も 特 別 な 概 念. 化がすべて﹁カ lゴカルト﹂だとみなされるようになってし. 的な文化とが連接されてしまったことで、逆にメラネシア文. ごとく構成されたものであって、﹁ヵ lゴ カ ル ト ﹂ な ど は 存. ンテキストから持ち出され、再分類されて、客観的な制度の. ﹁ カ 1ゴカルト﹂とは、若干の特徴がメラネシアの特定のコ. 打 ノ 、 つ土品 、. まったことである 。 つまり、﹁カ lゴカルト﹂がメラネシア文. 在しなかったのであり、﹁ヵ lゴカルト﹂は虚構の概念とい. 0 で あ る か の よ う に 仕 立 て 上 げ た に 過 ぎ な い5. 化に土着化されてしまい、メラネシアで生じることはなんで. カ 1ゴカルト研究は、﹁カ lゴ カ ル ト と は 何 か ﹂ を 問 い な. うことになるわけだ 。. まったのである 。 カlゴカルト研究が最初の流行を迎えて以. もかんでも﹁カ!ゴカルト﹂に範醇化されるようになってし. 厄介な問題の一つは、﹁カ lゴカルト﹂とメラネシアの伝統. 時期と同じであった 。. い う 見 解 は 、 一 九 九 O年 前 後 に な る と 、 さ ら に 先 鋭 化 さ れ. 5. 円 くu. δ 円.
(18) 25巻第 2号 /2014 3 文化/第 芸術 文学. のである 。. ﹁ ヵ lゴ カ ル ト ﹂ と い う 事 象 を 見 失 う こ と に な ってし ま った. た。 い ず れ に し て も 、 結 局 の と こ ろ 、 カ lゴカルト研究は、. て、カ lゴ カ ル ト 研 究 自 体 を 否 定 す る 事 態 に 陥 っ て し ま っ. で、﹁カ lゴ カ ル ト ﹂ は 人 類 学 が 作 り 上 げ た 幻 想 で あ る と し. ト ﹂ と い う 色 眼 鏡 を か け る こ と に な っ て し ま った。その一方. ため、 メ ラ ネ シ ア の 研 究 を す る に は 、 絶 え ず ﹁ カ l ゴカル. がら、 メラネシアすべてを﹁カ lゴ カ ル ト ﹂ 化 し て し ま っ た. るネイティブのアイデンティティの根拠を供給してもいるか. ﹁ヴァイララ狂信﹂を通して、 ヨーロ ッパ人 と の 関 係 に お け. 綜していて、そうしたヨーロッパ人のアイデンティティが、. 根拠ともなっているからである 。と こ ろが、 さ らに事 態 は錯. ロ ッパ人 ﹂)が ﹁理性的﹂であるというアイデンテ ィティの. で固い込むだけではなく、それは同時に﹁われわれ﹂(﹁ヨl. いるように、﹁ヴァイララ狂信﹂はネイティブを﹁不合理性﹂. ている 。 とい、つのも、 アンドリュ l ・ラタスが明らかにして. 定ではなくて、﹁カ l ゴ カ ル ト ﹂ 概 念 や そ れ に つ い て 語 る. ゴカルトとは何か﹂という、ネイティブを対象とする問題設. ンテ l シ ョ ン や イ ン フ ラ 整 備 の 労 働 、 衛 生 管 理 上 の 訓 育 や 人. 民 、 従 順 な キ リ ス ト 教 徒 に 仕 立 て 上 げ る こ と に あ っ た 。プラ. そもそも、植民地の権力の狙いは、ネイティブを勤勉な市. 国 )0 らである (. ディスクール、 つまり﹁カ lゴ カ ル ト ﹂ を 作 り 上 げ た カ lゴ. 口動勢の視察、宣教師の説教などは、ネイティブに﹁知│権. そうなると、 カlゴカルト研究にとっての問題は、﹁ヵ l. カ ル ト 研 究 の 側 に あ る と い う こ と に な る 。今日、カ lゴカル. 力﹂を受肉させ、ヨーロッパ的な﹁主体﹂を経験させる植民. た戦略から逸脱したネイティブを対象化するためであった. ト 研 究 の 第 二 の 流 行 が ﹁ カ lゴ カ ル ト ﹂ と い う 事 象 で は な. ﹁ カ lゴカルト﹂に対するこうした研究アプローチは、 た. が、同時にそのラベルに不合理性や病理性という意味を纏わ. 地 の 戦 略 で あ っ た 。植民地主義がその﹁知(人類学)﹂を用. とえば﹁ヴァイララ狂信﹂についてのウィリアムズの論述. せることで、﹁ヵ l ゴ カ ル ト ﹂ に 従 事 す る 傾 向 の あ る ネ イ. く、﹁カ 1ゴ カ ル ト ﹂ に つ い て の デ ィ ス ク ー ル を 対 象 と し つ. を、それがどのようなコンテキストで生成されたのかについ. ティブに不合理や病理(狂気)というアイデンティティを刻. いて﹁カ lゴ カ ル ト ﹂ と い う ラ ベ ル を 用 意 し た の は 、 そ う し. て、系譜学的に問うという作業になるのだが、今日では、そ. 印 す る こ と が 可 能 に な る か ら で も あ っ た 。 ﹁不合理で、病理. つあるのは、こうした理由があるからである 。. こに表層的な植民地主義批判を加えるだけでは済まなくなっ. -34.
(19) 磯. 南洋の奇妙な事態. 的な﹂ネイティブという対象化は、植民地の権力がその戦略. て、受肉化させられようとした﹁主体﹂を解釈し直し、新た. の権力にとって危険なのは、 ヨーロ ッ パ 人 が ネ イ テ ィブ. な様態に創出しようとしている 。 ﹁ カ 1ゴカルト﹂が植民地. 植民地の﹁知﹂が﹁カ lゴカルト﹂というラベルを通じて. ( ﹁ カ lゴカルト﹂ )を経由して逆説的に確証した自らの﹁合. を行使することを正当化する根拠になっていたのである 。. ネイティブを﹁不合理﹂な存在として﹁客体化﹂すること うからなのである 。. を、ネイティブが不合理的存在であることによってしか確証. ないよ、つに、 ヨーロ ッパ人は 、自 らが合理的存在であること. あることを自分が﹁狂人でない﹂という形式でしか確証でき. 逆説的な根拠ともなっている 。 つまり、自らが理性的存在で. ヨーロ ッパ人が合理的存在であるというアイデン ティテ ィの. ろ、それをヨーロッパ人が自らのアイデンティティの逆説的. 奏を用いないと 、現状の解釈も、 その解決もできない 。むし. あったとしても、ネイティブは自らの伝統的な宗教儀礼の変. 力がそれを﹁カ lゴカルト﹂として特異化したカテゴリーで. する根拠が屈折した様式であるのは同様である 。植民地の権. そして、ネイティブにとっても 、 アイデンティティを構成. 理的存在﹂というアイデンティティの根拠を危うくしてしま. は、ミシェル・フ l コーが狂気は﹁理性が自分を自覚する逆 立と指摘したのと 同様で 、 説 的な形式の 一つを構成する﹂ (. できないのである 。 ﹁ カ lゴカルト﹂ や ﹁ヴァイララ狂信﹂. ティブを﹁不合理な他者﹂にすればするほど、その裏返しの. な根拠とすればするほど、 つまり植民地の権力の戦略がネイ. それゆえ、植民地の権力にとって問題なのは、﹁ヵ lゴカ. 戦略としての﹁カ lゴカルト﹂が創造する﹁新しい人間﹂は. は、そのためのラベルであり、 カテゴリーなのである 。. ルト﹂が反│植民地主義的であるとか、攻撃的であるとかと. ネイティブにとって問題なのは、自分たちが﹁新しい人. ヨーロ ッパ人のア イデンテ ィティに近づき、それを 凌駕する. 訓練﹂という戦略を、ネイティブがその戦略の外部で自律的. 間﹂(新しいビッグ・マン)を創造することであり、 その契. いう事態ではなくて、﹁ヵ lゴカルト﹂が植民地の﹁知﹂に. に用いる事態となっていることなのである 。﹁狂人﹂は沈 黙. 機である﹁現状でのネイティブの主体化﹂の認識である 。そ. ことさえできるよ、つになるのだ 。. の中へ追いやったが、ネイティブは追いやったはずのカテゴ. のためには、﹁新しい人間﹂の規範としてのヨーロッパ人の. よる﹁客体化﹂から外れ、植民地の権力が行使する﹁規律│. リーを自律的に駆使して、植民地の権力を逆説的な根拠とし. 戸. hd. q︿d.
(20) 文化/第 25巷第 2号 /2014 3 芸術 文学. ﹁理性的﹂ であればあるほど、自分たちはそれを規範として、. ブにしてみれば、 ヨーロ ッパ人が ヨーロ ッパ人の望む ように. ネイティブに刷り込んだ存在なのである 。 つまり、ネイテイ. その戦略によって、﹁カ lゴカルト﹂というラベルを通じて、. ティブが同等関係に入れない存在なのだと、植民地の権力が. ろうと望んでいるところのヨーロッパ人は、現状ではネイ. 存在が不可欠であり、しかも﹁新しい人間﹂が同等関係にな. あると思われていたもの(植民地の権力が行使する戦略). 研究 ) の内部にあり、﹁われわれ﹂(植民地の権力)の内部に. カルト﹂と思われていたものが﹁われわれ﹂(カ 1ゴカルト. らないであろう。 つまり、﹁他者﹂(ネイティブ) の﹁カ lゴ. 自体が﹁カ lゴカルテイスト﹂ であることを認めなければな. ﹁ ヵ lゴカルト﹂を覗き込まねばならず、 カlゴカルト研究. 究がネイティブを経由して覗き込んでいる、自己についての. ﹁ ヵ lゴカルト﹂を覗き込むだけではなく、カ 1ゴカルト研. が、﹁他者﹂(ネイティブ)の側にある(植民地の権力の戦略. より優れた人間になることができるのである 。 結局のところ、ネイティブも、 ヨーロ ッパ人も、お互いに. ﹁ カ lゴカルト﹂は、それ自体の現象を離れて、それを語. の裏返しとして﹁カ lゴカルト﹂)という事態を問題にすべ. ある 。 ﹁ ヵ lゴカルトが何であるのか﹂、﹁カ lゴカルトは存. るディスクールとして、われわれの側にも、ネイティブの側. ﹁ ヵ lゴカルト﹂を介して、 おのれのアイデンティティを相. 在しなかった﹂などということはもはや問題ではなくて、. にも、他者を介して自己を見るための不可欠な﹁両面の鏡﹂. きなのだ。. ﹁ ヵ lゴカルト﹂が﹁不合理で病理的なもの﹂ のラベルであ. となっているのである 。 カlゴカルト研究が片側しか見ない. 手のアイデンテ ィティを経 由して確立しようとしているので. れ、反│植民地主義運動であれ、あるいはそれが虚構の幻想. ミミS23MNミミSミミき. としたら、そこには虚構の﹁カ lゴカルト﹂が立ち位置を変. 芝 ・ ﹂ 一hhNS. であれ、両者は、﹁カ 1ゴカルト﹂を介してしか、自己を確. 問自己B. えて、様々に現れ続けるだけであろう 。. 回口吋一 江 門 日mmy. 立 で き な く な っ て い る の で あ る80ネイティブとヨ l ロッ. ︻註}. パ人(植民地の﹁知 l 権力﹂) は、片方がもう 一方の尺度と なり、﹁カ lゴカルト﹂という鏡にお互いを映し合うことで、. (1). 山 入. -M. ζ2F5ロ俸の。円、昨(﹁円、。ロ色。P58・ 三 ・ ロ 円. 相関関係に絡め取られているということになるわけだ 。 そうであるなら、 カ l ゴ カ ル ト 研 究 は 、 ネ イ テ ィ ブ の. qtu. p o.
(21) 磯. 南洋の奇妙な事態. (2) ﹁ ヵ lゴカルト﹂と近代化との関係について言及する研究は. 測していた 。. ( 4 ) 阿山(同問時二. 同JM 町内. 叫. h N E ﹄山h 内 N g h h M M N h N S m N hW で内丸山. 02. 時、日以. H N・司可昨日戸. S 尽のどん¥匂守な3 w. bg N h q及。ミミ. 膨大な蓄積があるが、 フィジーなどのように、そもそもが伝統. F白 者E -PEn 日ω ω -. 的に首長制の政治体制を持っていた地域と、 ニュ!ギニアのよ. 冨2 BSHF-E2・5Nω・ウィリアムズが﹁ヴァイ 2 σ 戸。。︿qロ. ︿ミ守町内向、mssR 句3. うにきわめて平等な社会組織を持っていた地域では、当然のこ. ララ狂信﹂を扱った論考としては、巧巳E B ω ・同開・¥斗F O ︿m-zz ) い 円(凶 何︿山口 ωEH江 4 わ }HmH一. 豆長ロo 品 Hω ・同ah E U m山円山 σ dω ︿E r (ω q旬 、 足 足 誌 な 凡 さ ・(} ・. 旬。. があるかどうかよりも、﹁ヵ lゴカルト﹂なるものが存在した. 巳︿句ωEgH) 一円g 仇丘町shg-zomgd 当gGo--H 句、吋C 。 ・. 、 町. とながら﹁カ lゴカルト﹂の様態も異なっている 。本稿の結論 富山己完ω ω5HNEHOω. 23・5. 部で述べるように、﹁カ lゴカルト﹂と近代化に直接的な連接. ことが間接的に影響を及ぼしているとする議論もある 。近年で. ・ 。. はポスト植民地主義批判の立場から、﹁ヵ lゴカルト﹂と近代. 司 戸 司 法 任 。 ︹ 日 ESω )・があるが 、この回想論では、﹁ヴァイララ ・ 品 狂信﹂の具体的な描写は多くない 。本稿が﹁ヴァイララ狂信﹂. (O. ユm-s-守. h .. 化の関係を論じる傾向が主流を占めているが、その場合、 メラ. について、その具体的な描写を記述する場合は、 ウィリアムズ. 円. ネシアにおける植民地状況以降の政治│経済的コンテキストが. の描写にすべて基づいている 。. リ. 重要視されるあまりに、﹁ヵ lゴカルト﹂の宗教的側面が議論 から抜け落ちる傾向もある 。. (5) 同oyp 寸日 E 円 ・¥﹀寸宗門 5 5 のoロ仲良件一月間当口-55ω 山口門日 w m FOJ1巳-包伊豆包5ωωJZVNhミ ミ ミ.HFぬ与ミマ。、。円高札口比. や勤労の習慣を身につければ、﹁ヴァイララ狂信﹂は消滅する. の接触の結果として生じた現象であり、 ヨーロッパ的な道徳観. れている 。 マl レイは、﹁ヴァイララ狂信﹂がヨーロッパ人と. マIレイによる続報も含ま. の接触で生じた強烈な緊張感が行動にその捌け口を必要とする. の実行がヨーロッパ人により抑制されたため、 ヨーロ ッパ人と. 社会に特有の感情表現の主要な手段であるとみなし、その儀礼. ブの精神的不安定性に求めていた 。彼は、伝統的な儀礼が原始. (6) ウィリアムズは﹁ヴァイララ狂信﹂の発生原因を、ネイテイ. 。 ∞ ∞ -U-NU・ 旬。のは守ミ.0A号、門戸︿。M H u p z o w目. ゴ l ・ラウンド﹂状態 と 考 え て い た 。 また﹁ヘッド・ヒ l ・. とき、﹁ヴアイララ狂信﹂として顕現したと考え、﹁固有の捌け. も・)に 同も。ミミ NUMblN. (3) マl レイによる報告は、彼の日誌からの抜粋という形で、. ( h s s. ﹃年間報告 一九一九│二 O年 ﹄. も、刺激物の過度の摂取、あるいは食糧不足が原因であると推. 記載されている 。 なお、同巻には. 出. 円 i. qJ.
(22) ヨロ呂田 ω ・. (J. 明 ・. 開・・. 口を否定されたエネルギーが突然に束縛を脱し、抑圧が異常性 を導くというのは、心理学の常套句である﹂. 三二二. i 三一五頁。. 目 。h h H N m w︿肝片山口N 、 九hhshミ宮、。b。 M凶江Oロ 冨O︿σEOロZ J 5 h s町. 5印。・ ︿ 。 ・ω ∞ -Z0・N・ (叩) 当日. ω a H Y・問。、・ 3F訳書、. 同 J FぬでSEEミむら柏町句旬S 九円訟ぬむな町、N h h足。ミミ﹂︿ミ守町内町之さSS. ( 日). 礼的戸. ゴ l ・ラ 出を抑止できないため、個人的には﹁ヘッド・ヒ l ・. べている 。ネイティブの先天的な精神的不安定性が、感情の噴. アの各地域が独立国家を形成するには、それぞれに好余曲折を. に原住民の発言力が増し始めることになる 。 しかし、 メラネシ. 機関が置かれ、会議が聞かれたのは一九五O年で、これを契機. spC (南太平洋委員会)に被植民地の代表が参加する協議. 3NFぬCNhqU333wN-uu 8 0可・)と、当時の心理学的な見解を述 ・. ウンド﹂状態として、不随意の身体運動を取らせたのであり、. 経ることになった 。独立が実際に実現するのは. 同. 5ロ 1 d H ) 自問。 HO mH)02'者向目白・0. ω・ヨm m H n m y ﹀ロ任。ロ可 ]{宇品. 司・. 一九七五年に独立すること. 石川栄吉編﹁オセアニア世界の伝統と変貌﹄山 一九八七年 。 J. ( V o n F Eロタ。qロ 。 ロ S N h N W N h出向。、h。 ( ROロ品 リミな・。ロ 切符﹄h. o h九円仇円s 、 、 b ¥ h内仇言s. bg守町、。遠足ぬNgasghN 同ミミ門戸 dE︿22M1 。同国内ミ阿佐. (日) nmF百 円-25B-FhHECE--nG 認 。. 写はすべてコクレインの著作に基づいている 。. ・本稿でのアパ・ヘヴェヘ儀礼に関する描 同 ) 円 め ・C Mo 円円 E 58 ・ ω. ( ロ ). になった 。久. 織し、段階的な独立を獲得を経て、. の第三回総選挙では、 二四議席を獲得したパング党が内閣を組. リア政府代表や特別区の白人議員も含まれていた 。 一九七二年. されたが、議会の構成者には委任統治を行っていたオ l ストラ. 年に第一期住民議会が実施されることになり、議員選挙が実施. 一九六四. 一九七0年代. これが集団的な様相となったのは、先祖の帰還についての告知. 以降である。たとえば、パプア・ニュ lギニアでは、. 叶5. 一般的な群衆心理の現象であると結論づけてい. によって興奮し、自制心を失ったネイティブの被暗示性による ものであって、 る。. (7) ロ-HFZ・冨 --Jω 時. ﹂h ︿の巳ロgzmwt︿21. 宮 、R N h﹀BgmZσd S . n h h N G Mh ss?広. C K 5・ ( 戸ZO︿)唱H. 品 一 山. 出 版. ・. 一九八. N h Nミ2 3・ F。町内出回。。}内 ω・Z σ 当ペ。円F H C m v h v・ ∞ ︹U h。、、内ミ凡な§﹄山P. ︿ 。 -. )1 1. ミ﹄ hseミ (8) n h 君。円ω 3 M)224吋ど己、ど SEHMENNMg 会︹し. 、 刷 h -. 吉 田 正 紀 訳 ﹁ 千 年 王 国 と 未 聞 社 会 ﹄ 紀 伊 国屋書庖、. UZ 年。円215ロ 伊 丹242hR向。 (己 J 日吋宮町抽出向ほともミS ミ . 2・. ・ ︿ 。 ] ・ ω-zmwnBEmwpS∞汁七・寸。同込町33. i. ( 9 ) hhFEgロ・同色H ) } H w E Z m H汁守町立の冨。︿mwBgZ3Ek山き町、民h b w N h w N N V。 司 、 。 、 。 目 。hな円. r コ. 25巷第 2号 /2014 3 文化/第 芸術. 文学. δ. 司、u. 口.
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