中学校社会科公民的分野における「地方自治」の学 習 : 判断力の育成をめざした授業づくり
著者 松岡 尚敏, 守 康幸
雑誌名 宮城教育大学紀要
巻 48
ページ 51‑68
発行年 2014‑01‑27
URL http://id.nii.ac.jp/1138/00000253/
はじめに
本稿は、科学研究費基盤研究「持続発展教育のため の小中学校『社会科』の学力に関する研究」の一環と して行っている、中学校社会科の授業開発に関するプ ロジェクト研究の成果の一部をまとめたものである。
このプロジェクト研究では、平成22年度から23年度ま での2年間にわたって、地理的分野および歴史的分野 において、それぞれの授業開発を試みてきた。それら の成果を継承しつつ、今年度は公民的分野における
「地方自治」に関する単元を例にしながら授業開発を 行った。
公民的分野における授業開発の研究テーマとしては、
「中学校社会科公民的分野における判断力の育成―単元
『地方の政治と自治』を例にして―」を設定した。研究
テーマとしては当初、昨年度の地理的分野における身 近な地域の学習において、社会参画力の育成をめざし て授業開発を試みたため、その授業で学んだ 2 年生の 生徒が3年生に進級しているのを受けて、公民的分野の 地方自治の単元において、その地理的分野における身 近な地域の学習を深化・発展させながら、社会参画力 の育成を視野に入れたテーマを設定することも考えた。
しかし、単元全体の時間数が 4 ・ 5 時間程度しか確保 できないという制約の下で、社会参画力の育成をめざ した単元指導計画の作成は難しいという判断をし、地 方自治の単元においては、社会参画力の基礎としての 価値分析力の育成を最終的な目標において単元指導計 画を構想することとした。
なお、この公民的分野における授業開発のプロジェ クト研究を進めていくにあたっては、地理的分野およ
―判断力の育成をめざした授業づくり―
*松岡 尚敏・**守 康幸
Teaching Plan on Learning Local Self-government for Field of Civics in Junior High School MATSUOKA Naotoshi and MORI Yasuyuki
要 旨
本研究は、中学校社会科公民的分野における地方自治に関する単元を例にしながら、政治学習における判断力の育 成をめざした指導計画試案の作成を試みたものである。その際に、社会参画力の基礎としての価値分析力の育成を最 終的な目標におき、その目標を実現していくために、「習得」と「活用」との往還に留意しながら、学習内容の構造 化を図った。
すなわち、政治的事象に関する基礎的・基本的な知識、概念や技能を確実に「習得」させるための学習活動と、習 得した知識、概念や技能を「活用」させながら思考力や判断力を育成するための学習活動とを相互に連動させること によって、政治の役割や意義を生徒に実感的に認識させるための授業づくりを試みた。
Key words: 中学校社会科、公民的分野、価値判断力、地方自治
* 宮城教育大学社会科教育講座
** 宮城教育大学附属中学校
び歴史的分野における授業開発の時と同様に、宮城教 育大学教育学部の社会科教育講座に所属する研究者
(今年度は、政治学を専門とする研究者および社会科教 育学を専門とする研究者の 2 名)と、宮城教育大学附 属中学校の社会科研究部に所属する 3 名の中学校社会 科教師とが協働して取り組んだ。
本稿では、次の三つの事柄について順次まとめてい くこととする。まず、研究テーマの中に掲げている判 断力の育成、特に価値分析力の育成について、先行研 究に基づきながら、公民的資質の構造の視点から考察 を加えた。次に、全5時間扱いの単元指導計画およびそ れぞれの本時の指導過程の概要についてまとめてみた。
さらにその後、構想した指導過程と実際とのズレにも 触れながら、 5 時間分の授業実践の実際について記し た。
1 .政治学習における判断力の育成
( 1 )本共同研究における授業構成の視点
前述したように、公民的分野における授業開発の研 究テーマとしては、「中学校社会科公民的分野における 判断力の育成―単元『地方の政治と自治』を例にして
―」を掲げた。そして、その研究テーマに迫っていく ための研究の視点として、次の 3 点を設定した。
視点①: 「習得」と「活用」との往還による「確かな 理解」の実現
視点②: 学習内容の構造化を意識した単元指導計画 の設計
視点③: 価値認識(価値分析力)の育成を重視した 学習活動の導入
研究の視点①における「確かな理解」については、
「思考や表現の過程なども踏まえて学習内容を十分に分 かりながら身に付けることを意味しており、機械的・
表面的な『記憶』だけを表すものではない」という『中 学校学習指導要領解説 社会編』の中で記されている 文章を念頭においている(文部科学省;2008)。この指 導要領解説での解釈は、独特なものである。すなわち、
従来の教育学的な視点では、「理解」という言葉は、「知 識・理解」とよくいわれるように、認識上は事実的な 知識を獲得すること=「事実認識」に対応した言葉と してとらえられてきた。しかし、「思考や表現の過程な ども踏まえて」とあるように、「事実認識」に止まるこ
となく、「関係認識」や「価値認識」をも含んだ社会認 識全体に対応するものとして「確かな理解」という用 語を使用しているのである。こうした独特な解釈に対 しては、教育学的にはやや違和感を感じながらも、そ の一方で「事実認識」と「関係認識」「価値認識」との 連続性に着目しようとしている点については重要な視 点であると考える。なぜなら、その三者の関係が入れ 子構造になっているといわれる(小原;1991)通り、
「関係認識」や「価値認識」を成立させるためには、必 然的に確かな「事実認識」がその背景として不可欠で あるからである。
したがって、上記したような「確かな理解」を実現 させていくためには、必然的に、研究の視点②が求め られる。すなわち、社会的事象に関する基礎的・基本 的な知識、概念や技能を確実に「習得」させるための 学習活動と、習得した知識、概念や技能を「活用」さ せながら思考力・判断力・表現力等を育成するための 学習活動とを相互に連動させることが重要になってく る。換言すれば、「知る」「分かる」という「事実認識」
のための学習活動と、「思考する」「判断する」という
「関係認識」「価値認識」のための学習活動とを相互に連 動させることが重要になってくるのである。そのため、
本共同研究では、第 1 時から第 5 時までのそれぞれの 本時相互において、学習内容を構造化することを意識 しながら単元指導計画を設計することにした。
( 2 )公民的資質における価値認識
また、研究の視点③における「価値認識(価値分析 力)の育成を重視した学習活動」については、岩田一 彦氏のいう「価値の科学的分析」という視点に注目し
(岩田;1991,p.97)、われわれの価値判断を背後で支 えている価値基準について吟味する学習活動を取り入 れることに留意した。価値認識の育成をめざす社会科 授業論には様々なタイプのものが存在するが、それら の授業論については、価値観形成の論理から、大きく
「価値判断吟味型」の授業と「価値判断決定型」の授業 とに分けられる(吉村;1999)。そのうち、「価値判断 吟味型」の授業とは、価値判断の構造に着目し、価値 判断の分析による吟味を行うことで価値観形成をめざ すタイプの授業論である。それに対して、「価値判断決 定型」の授業とは、価値を選択し、その価値に根拠付 けられた合理的決定を行ったり、個人の主体的な価値
観の変革を通したりして、価値観形成をめざすタイプ の授業論である。換言すれば、論理の整合性と論拠の 科学性に着目しながら価値判断について科学的に分析 する学習活動を行うことを目的にしたタイプの授業論 と、そうではなく価値判断や意思決定といった価値認 識の学習活動を行うこと自体を目的にしたタイプの授 業論との違いといえる。本共同研究では、指導計画を 構想するにあたり、基本的に前者のタイプの授業論に 基づきながら、価値判断を背後で支えている価値基準 について吟味する学習活動を取り入れることに留意し た。なお、その際に、価値判断を背後で支えている価 値基準については、大杉英昭氏が指摘する「社会倫理 を内容とする倫理的価値」の視点に着目した(大杉、
2011)。そして、いくつかの公共政策とそれぞれの公共 政策の正当性を判断する基準=倫理的判断基準との対 応関係を複数用意し、その複数の対応関係について比 較対照させることによって、生徒に自分の拠って立つ 価値基準を明確に意識化させるための教材の開発を図 ろうと試みた(大杉、2004)。
なお、こうした価値認識の公民的資質全体の構造の 中で占める位置については、問いと学習活動の視点か ら、表 1 のようにとらえている(松岡、2013)。すなわ ち、価値認識とは、問いと学習活動の面から言えば、
なぜ善いのか(あるいは悪いのか)と問い、社会的事 象の意味・意義を解釈する学習活動=判断する学習活 動およびその結果獲得された知識のことである。そし て、この価値認識は、「事実認識」や「関係認識」と、
狭義の公民的資質としての「意思決定」や「社会的実 践」とをつなぐ結節点としての位置を占めていると考
えることもできる。
( 3 )価値認識と言語活動
本共同研究において、上述したような研究の視点を 設定した背景には、中学校社会科授業に対する現状認 識が念頭にあった。すなわち、これまでの中学校社会 科授業においては、「ややもすると個別事象の並列的な 提示と記憶に傾いて、ひとかたまりの学習内容の焦点 がつかみにくくなりがちである」(文部科学省;2008)
という傾向がまだまだ強くみられる。「知ること」「分か ること」が最終的な目標となっていて、「知ったこと」
「分かったこと」を活用しながら、思考したり、判断し たりする学習活動が不十分といえる。こうした傾向を 改善しようとして、様々な取り組みが行われているの もまた事実である。そうした取り組みのひとつとして、
思考力や判断力、表現力の育成をめざして、言語活動 を充実させるといった試みがみられる。社会科授業に おいて、今後より一層充実させていくべき言語活動と しては、「読み取る活動」の他に、「説明する活動」「解 釈する活動」「論述する活動」および「議論する活動」
が例示されている(中央教育審議会、2008)。
こうした社会科授業改善の方向性を受ける形で、中 学校現場においては、生徒に自分の意見を文章として 書かせたり、言語でもって発表させたりといった学習 活動が積極的に取り入れられてきている。しかしなが ら、そうした学習活動の中には、生徒は活発に活動し ているけれども、認識の深まりに欠けるのではないか と思われるものも数多くみられる。たとえば、「論述す る活動」といいながら、資料集などの他者の文章を単
表 1 学習活動と学力の類型
社会認識と公民的資質 問いと学習活動 育成される知識・能力
広義の公民的資質 狭義の公民的資質
社会的実践
(参画すること-直接的に社会 参加すること)
Do の問いの追究:何をするかと問い、実際に社会と関わる
学習活動 社会参加力 社会参画力
(参画すること-間接的に社会意思決定 参加すること)
Which の問いの追究:どうすべきかと問い、望ましい社会
的行為を選択・決定する学習活動 意思決定力
社会認識
価値認識
(判断すること) Why の問いの追究:なぜ善いのか(悪いのか)と問い、社
会的事象の意味・意義を解釈する学習活動 価値分析力 関係認識
(思考すること) Why の問いの追究:なぜなのかと問い、社会的事象間の関
係を説明する学習活動 科学的説明力
(わかること)事実認識 How の問いの追究:どのようにと問い、社会的事象の構造
や過程を調べまとめる学習活動 概念的知識
(知ること) What の問いの追究:何がと問い、社会的事象に関する個別
の情報を求める学習活動 記述的知識
に要約している活動となっている生徒が多くみられる。
中には、他者の文章をそのまま丸写ししている生徒が いる場合もある。また、「議論する活動」といいながら、
明確な根拠に乏しい思いつきの発言が多くみられたり、
他者の結論だけを借用してそのまま受け売りして発表 している生徒もみられる。「論述する活動」「議論する活 動」を設定しさえすれば、自ずから生徒に思考力、判 断力、表現力が育成されるととらえることは楽観的過 ぎるのではないだろうか。価値認識に関わる学習活動 においてはさらにそうした傾向が強まる。『中学校学習 指導要領解説 社会編』において、「観察や調査結果を まとめたり発表したりする際には、観察や調査結果だ けではなく、観察や調査結果を基に各自が解釈をする ことを重視する観点から、結果を根拠に合理的な解釈 になるよう意見交換しながら、多面的・多角的に追究 したことが分かるようなまとめ方や表現の方法を工夫 することが大切である。また、発表や論述する場合に おいて、調査結果から読み取れた事実なのか、それに 基づいた自分の解釈なのかが明確に区別できるように 表現する必要がある。」と指摘されている視点は、価値 認識に関わる学習においては、特に重要である(文部 科学省、2008)。
中学校社会科授業をめぐるこうした現状と課題に向 き合い、そうした状況の改善の一助になることをめざ して、本共同研究では、「価値認識(価値分析力)の育 成を重視した学習活動」を研究の視点のひとつに掲げ たのである。そして、前述したように、価値判断の構 造に着目し、価値判断の分析による吟味を行うことで
価値観形成をめざすタイプの授業論を参考にすること にした。その際に、価値判断の構造については、尾原 康光氏がイギリスの分析哲学者スティーブン・トゥー ルミン(Stephen Toulmin)の提唱する「《議論》の構 造」をモデル化した《トゥールミン図式》に依拠しな がら、生徒の「議論する活動」を構想しようと試みて いる(尾原、1991)。図 1 が《トゥールミン図式》の 基本構造であり、 4 つの要素から構成されている。そ して、議論(主張を基礎づけ正当化しようとする論証)
の正当性は、次の 3 つを検討することによって明らか にできるという。
① Dにあたる事実的言明が妥当であるかどうかの 検討
② CとD・Wとが論理的に整合であるかどうかの 検討
③ Wにあたる評価的言明が妥当であるかどうかの 検討
したがって、教師が生徒に「議論する活動」をさせ る際には、上記の 3 つの視点での検討を念頭におきな がら、生徒に意見交換させることが大切となってくる。
その際に、上記①の検討にあたっては、社会的事象 に関する基礎的・基本的な知識、概念や技能を確実に
「習得」させるための学習活動が欠かせない。また、上 記②の検討にあたっては、習得した知識、概念や技能 を「活用」させながら論理を構築させるための学習活 動が重要となってくる。さらに、上記③の検討にあたっ ては、Wをその背後から支えているより高次の普遍性 をもった価値基準としてのBについて具体的にイメー 㧰 㧯
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図 1 トゥールミン図式-《議論》の構造モデル 出典:尾原康光「社会科における価値判断の指導について」72 頁
ジさせるための学習活動が求められる。以上の点に留 意しながら、単元指導計画の設計に取り組んだ。
2 .「地方の政治と自治-仙台市を例にして」試案
( 1 )地方の政治と自治 単元指導計画 試案 単元「地方の政治と自治」は全5時間扱いとして構想 した。その単元指導計画の概要を示したものが<資料 1 >である。 5 時間全体の中は、大きく二つの部分か ら構成されている。すなわち、第 1 時から第 3 時まで の前半部分は、地方自治に関する様々な基礎的・基本 的な知識、概念を習得させるための学習段階である。
そして後半部分が、習得した知識、概念を活用しなが ら地方自治の課題および役割について自分なりに考え させるための学習段階で、第4時および第 5 時がそれに あたる。その内の後半部分については、さらに、第 3 時までの学習内容についてまとめながら、仙台市を例 にして、歳出のあり方と「豊かさ指標」との対応関係 について比較対照させる第4時と、歳出面での増額すべ き費目についてランキングさせるという実際に価値判 断の学習活動をさせる第 5 時とに分かれている。
学習内容の構造化という視点からいえば、「知る」「分 かる」学習活動と「考える」学習活動との連動を重視 しながら、学習内容の選択およびそれに基づいた資料 の作成に取り組んだ。すなわち、第4時の学習課題であ る「望ましい仙台市の歳出とは、どのようなものだろ うか」、および第5時の学習課題である「仙台市は、市 民生活の向上のために、どの費目を増額すべきであろ うか」は、いずれも「考えさせる」ための学習課題で ある。そして、こうした学習課題を考えさせるために は、何が分かっていなければならないか、およびそう した事実を分からせるためには、何を知っていなけれ ばならないか、という視点から、第 1 時から第 3 時ま でで取り扱う学習内容の選択および資料の作成に留意 した。たとえば、第 4 時を例にして、第 3 時までの学 習内容と第 4 時における学習課題との関係について、
教材構造図(問いの構造図)という形でまとめてみた ものが、<資料 2 >である。大まかに言えば、第 3 時 までに、「地方公共団体の仕事」「地方自治のしくみ」「地 方財政」(第 1 時・第 2 時)、「仙台市民の市政に対する 意識」「仙台市政の課題」「仙台市の財政の状況と課題」
(第 3 時)についての学習内容を取り扱うとともに、そ
れらに関する資料を提示し、様々な事実を読みとらせ ることとした。
( 2 )地方の政治と自治 本時の指導過程 試案 前述した5時間分のそれぞれの本時における指導過程 の概要についてまとめたものが、<資料 3 >である。
この指導計画に沿って、11月中旬から12月上旬の時 期にかけて、宮城教育大学附属中学校の第 3 学年の 4 つのクラスで実際に授業実践を行った。授業者は、第
3 学年の社会科授業を本年度担当している守康幸教諭 にお願いした。 3 年 4 組を例にとると、 5 時間の授業 日程は次の通りであった。
第 1 時:11月19日(月) 5 校時 第 2 時:11月20日(火) 1 校時 第 3 時:11月22日(木) 2 校時 第 4 時:11月27日(火) 1 校時 第 5 時:11月29日(木) 3 校時
授業実践は概ね予定されていた指導過程で行うこと ができた。ただし、諸般の事情により、次の点につい ては、指導計画の通りには実施することができなかっ た。
・第 2 時の学習内容については、 3 年 4 組以外の 3 ク ラスにおいては、本来 1 単位時間扱いのところを 2 単位時間かけて扱うように変更した。
・第 4 時において使用する予定であった歳出のあり方 と「豊かさ指標」との対応関係に関する資料につい ては、生徒の理解度の関係から取り扱わなかった。
・第 5 時におけるランキングの学習活動においては、
当初「健康福祉費(民生費)」「土木費」「経済費」「教育 費」「災害復旧費」「公債費」の 6 費目についてのピラ ミッド型ランキングを予定していたが、生徒にとっ ての思考の煩雑性の視点から、実際の授業では「健 康福祉費(民生費)」「土木費」「経済費」「教育費」の 4 費目に絞ってダイヤモンド型ランキングを行った。
<資料 4 >は、変更後の第 5 時で使用したワーク シートである。
3 .授業の実際
( 1 )授業構想にあたって
本項では、2012年11月中旬から12月上旬にかけて宮 城教育大学附属中学校 3 学年において実施した、「地方
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