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大学生が介護体験から得るもの

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大学生が介護体験から得るもの

-アイデンティティ発達と「老い」のイメージに着目して-

教育学研究科学校教育専攻教育心理学分野 06GP110 福山 香

指導教官 田上恭子

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目次

はじめに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1 第一章 問題と目的・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・2~8 第一節 高齢社会と介護の問題

第二節 ケアとアイデンティティ 第三節 家族としての高齢者との関わり 第四節 本研究全体の目的と研究の位置づけ

第二章 研究1 教員養成課程の大学生が介護等体験実習から得るもの

-アイデンティティと「老い」のイメージに関する質問紙調査-

第一節 問題・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・9~10 第二節 目的・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・10 第三節 予備調査・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・10~18 2-3-1 調査対象者

2-3-2 調査時期 2-3-3 調査内容 2-3-4 予備調査の分類 2-3-5 Kj法の手順

2-3-6 Kj法による分類の解説

第四節 本調査・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・19 2-4-1 方法

2-4-2 質問紙の構成 2-4-3 調査対象者 2-4-4 実施期間 2-4-5 手続き

第五節 結果・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・20~32 2-5-1 大学生の「老い」のイメージの因子分析

2-5-2 介護等体験実習の有無による、関係性のアイデンティティ、個としてのアイデンティティ、

「老い」イメージの比較

2-5-3 高齢者・認知症高齢者との関わりでの比較

2-5-4 老人介護施設に行った学生が介護等体験実習から得たものの検討

2-5-5 老人介護施設に行った学生が介護等体験実習で困難に感じたことの検討 2-5-6 介護等体験実習未履修者が介護等体験実習に期待することの検討 2-5-7 自由記述の結果

第六節 考察・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・33~34 2-6-1 「老い」のイメージについて

2-6-2 介護等体験実習、関係性のアイデンティティ、個としてのアイデンティティ、

「老い」イメージの比較について

2-6-3 高齢者・認知症高齢者との関わりについて

2-6-4 介護等体験実習により得られるもの・困難であったこと・期待することについて 2-6-5 研究1のまとめ

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第三章 研究2 家庭での介護体験から得るもの

-アイデンティティと「老い」のイメージに関する面接調査-

第一節 目的・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・35 第二節 方法・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・35~37 3-2-1 対象

3-2-2 面接協力者 3-2-3 調査手続き 3-2-4 調査期間 3-2-5 面接方法 3-2-6 質問項目 3-2-7 分析方法

第三節 結果・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・39~61 3-3-1 高齢者とのかかわりのない大学生と家庭での

介護体験がある大学生のアイデンティティの比較

3-3-2 介護等体験履修者と家庭での介護体験がある大学生のアイデンティティの比較 3-3-3 高齢者との関わりのない大学生と家庭での介護体験がある大学生の

「老い」のイメージの比較

3-3-4 介護等体験実習履修者と家庭での介護体験がある大学生の「老い」のイメージの比較 3-3-5 M-GTAによって抽出された概念

3-3-6 各概念の関係図 3-3-7 ストーリーライン

第四節 考察・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・62~67 4-1

4-2

第四章 総合考察・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・68~69 第五章 文献・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・70~71 資料・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・[1]~[8]

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はじめに

人は誰しも年をとり、体が衰えていくものである。そして、体が衰えると、他者の支えが必要になる。

他者の支えの一つとしてあげられるのが「介護」である。

介護とは、日常生活を営む上で心身に障害を負い、援助を必要としている対象者に対してなされる援助 全般をさしていう(水上、2000)。

近年、高齢社会が問題となり、介護も私たちの生活に密着した問題となっている。この研究において、

まず、介護等体験実習をとりあげ、実習としての介護が個人に与える効果について検討し、さらに、家 庭での介護に焦点をあて、介護が青年期に与える影響について探っていくことを目的として行っていく。

特に、関係性のアイデンティティと、大学生の「老い」のイメージが、介護を体験することにより、ど のような影響を受けるのか検討していく。

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第二章 問題と目的

第一節 高齢社会と介護の問題

現在、日本の抱える社会問題の一つに「高齢社会」がある。厚生労働省(2006)によると、日本国内に おいて、2000年時点で高齢化率が20%を超えているのは47都道府県中大都市圏以外の23県であり、

高齢化の問題は地方の問題であったが、2030年(平成42年)にはすべての都道府県で25%を超えると見 込まれており、高齢化は全国的な問題になると予想される。また、65歳以上の人口で見ると2000年か 2030年までの間に全国で1,280万人の増加が見込まれているが、南関東では、2000年の480万人か 2030年の920万人とおよそ2倍になると見込まれている。

要介護高齢者の発生率は加齢に伴い上昇する(1996、厚生省)。1995年の時点で、要介護高齢者の発生 率は65~69歳で1.5%であるが、年齢層が高くなるにつれ、その発生率は上昇し、80~84歳で11.5%、

85歳以上で24%と4人に1人が介護を必要とする状態になるものと予想されている。高齢化が進むこ とにより介護を要する高齢者も急増し、寝たきり、認知症(小澤(2005)によると、認知症の定義は、以下 6点に集約される。①認知症の中核は知的機能の障害である。情・意の領域に障害が及ばないという わけではない。しかし、それはあくまで二次的に、あるいは随伴してみられるにすぎない。②後天的な 障害、つまりいったん発達した知能が低下した病態を指す。③脳の器質性障害、つまり脳のかたちに現 れる損傷が基盤であることを求めている。そのことは、CTMRIなどの画像診断で生前から明らかに することができる。④障害が、ある期間持続していることを求めている。その期間を ICD10(国際疾病 分類10版)では「少なくとも6ヶ月以上」としている。⑤暮らしに不都合がでるようになって、はじめ て認知症とよぶ。⑥意識障害であれば、当然、認知機能は低下する。そこで、意識障害がない時に、以 上のような障害があることを求めている。認知症の中核的な症状は、記憶障害、見当識障害(見当識はオ リエンテーションの邦訳で、今がいつか(時間)、ここはどこか(場所)、この人は誰か(人物)に関する認知 を意味する。認知症ではこの順に浸襲が及ぶ。さらに認知症が進むと、人物誤認がみられるようになり、

家族や配偶者にショックを与える)、思考障害、言葉や数のような抽象的能力の障害などである)および 虚弱を合わせた要介護高齢者等の数は、2000年には280万人、2025年には倍近い520万人に達するも のと見込まれている。

要介護者の急増、それに伴い介護者も急増し、施設やホームヘルパーに介護を依頼したり、老親を介 護したりする子どもも増加していくことが予想される。厚生労働省(2006)によると、1995年、2003 の調査において、20歳以上の者に対し、「仮に、介護が必要となった場合に、自宅で介護されるとした ら、どのような形で介護されたいですか」と尋ねたところ、「家族だけに介護されたい」と「家族の介 護を中心として、ホームヘルパーなど外部の者も利用したい」と回答した人が過半数を超え、家族を中 心とした介護を希望する者が多いことが明らかとなった。この回答は、「家族が介護の中心となる」と いう意識が若者の間で定着しているということを示すものであり、家庭における介護の重要性を示唆す るものである。しかしながら若者が実際に介護を行うという場面はほとんどない。実際に家庭において 介護をしている者の状況を厚生省(1996)が調べたところ、約5割は60 歳以上の高齢者であり、高齢者 が高齢者を介護するという状況になっており、39歳以下の者の介護への参加は5.6%とかなり低く、若 者が介護に携わることがほとんどないことが窺える。また、介護を行う者の9割が女性であるというこ とも明らかとなっている(厚生省、1996)。性役割から女性が介護をすることが常識となっているが、介 護者にかかる負担は大きく、問題となることが多い。

厚生省(1996)の調査で、介護者の介護負担のうち、食事や排泄、入浴などの世話そのものに対する身

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体的な負担感は57.5%にものぼっているのをはじめ、ストレスや精神的負担、家を留守にできないなど の拘束感もかなりの割合を示している。このことから高齢者に対する否定的な感情や態度を引き起こす ことになることが予想される。厚生省(1996)の調査によると、「要介護者に対して憎しみを感じたことが ある」と回答した者は、全体の約 3 割を占め、「要介護者に対して虐待をしたことがある」と答えた者 は全体の半数にものぼっている。これらの結果は、要介護者を抱えた家族の負担の重さを示すものであ る。介護は育児と共通する点も多いが、育児とは違い、先が見えない分、負担も大きい。

山田(2000)は、介護負担を、精神的、身体的、経済的という3つの側面から捉えている。精神的負担 とは、例えば嫁姑のように介護をする側-される側の人間関係の善し悪しや、他に頼る人がいないため に自分一人で抱え込んでしまうことによる孤立感や閉塞感、常に相手のペースに合わせて生活しなけれ ばならないという自己のコントロール感の著しい低下などがストレスを生じさせやすいことをいう。ま た、介護規範の薄さ、つまり本当に自分が介護しなければならないのかということも精神的負担に影響 する。このようなストレスは目に見えないものだけに、第3者からの評価も援助も難しい。しかし、介 護負担を考えるうえで重要な問題となっている。身体的負担についてみると、介護者が高齢であるほど 体力の予備力も少なくなりがちで、一層負担が増すことは想像に難くない。そして経済的負担もある。

例えば、介護をするために仕事を辞めなければならない、仕事の内容を検討しなければならない、介護 にかかる物品の購入など、介護を行う上で経済的負担は免れないものである。介護のためにそれまで自 分で行ってきた仕事を辞めなければならないことは、介護者にとって精神的負担でもある。

「介護は重要である」と世間一般には定着しているものの、実際に介護をするとなると、要介護者に 対する否定的感情が浮き上がり、生活を圧迫されるなど、多くの問題を抱えることになると言える。

これまで介護負担について述べてきたが、確かに介護は介護者の時間を制約し、身体的にも精神的に も疲労するものである。しかしながら、近年の心理学分野における研究から、介護は、成長や発達を促 すものでもある、ということが明らかとなってきている。

第二節 ケアとアイデンティティ

他者を世話することは「ケア」(care)ということばで表されるが、岡本(1999)は、ケアとは本来、他 者の苦悩に共苦・共感する関わりを示すものであるとしている。ケアすることでとりわけ問題となるの が、異世代へのケア、つまり子供を産み育てること、そして老親を介護することである(岡本、1999)。

しかしながら、ケアすることは、上述のように長時間労働により心身が疲労したり、欲求不満などの 問題が発生することもある。また、介護は特に、結果も出にくく評価がされにくい、過酷な仕事である ため、個人のアイデンティティを圧倒してしまうことがある(岡本、1999)。

老親の介護の場合、ケアの役割を担うことにより、介護者が肯定的な気持ちをもって介護に当たって いること、要介護者に対してもよく意志の疎通がとれ、受容的な態度で接していること、また要介護者 の人生を尊重して肯定的に受け止めていること、そして介護者自身もしっかりとしたアイデンティティ 意識を持っていることが、自分自身の成長感の体験につながていると、岡本(1999)は述べている。

大野(1995)によると、エリクソンは、アイデンティティの感覚を、「内的な不変性と連続性を維持す る各個人の能力が、他者に対する自己の意味の普遍性と連続性とに合致する経験から生まれた自我」と 定義している。これは「私は他の誰でもない私である」という感覚(不変性)と、「私はこれからもず っと他ならぬ私でありつづけるであろう」という感覚(連続性)を持った人が、社会の中で認められた

「○○としての自分」という感覚に一致しているという安定感・安心感・自身を意味している。アイデ ンティティの形成そのものは一生涯続くものであるが、その基本的な確立は子ども時代の最終段階であ

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る青年期に達成されるべき心理社会的な課題である。その最大の契機となるのが思春期において身体内 部で必然的に生じる第二次性徴による身体的変化と、性衝動への木月であり、それが自己の身体イメー ジを不安定にし、自己の内的な連続性や不変性をも脅かし、自己意識の混乱や動揺を引き起こすことに なる。これが「自分で自分が分からない」というようなアイデンティティ拡散の危機をもたらす。この 危機の中で、自分自身を見つめ自問自答しながら、「自分は何者か」「自分はこれからどうなるのか」

といった問いに対して自分なりの解答を見つけようと模索し、悪戦苦闘する。つまり、真の自分を見出 し、自分の生き方を見つけるという心理社会的な課題に関わるさまざまな葛藤を経験しながらアイデン ティティを確立することになる。また、アイデンティティ形成からすれば、成人期から老人期は青年期 にできあがったアイデンティティの問い直しと再体制化の時期であり、その都度経験する危機に対処し ながらアイデンティティを確認していくことになる(大野、1995)。

このように、これまでアイデンティティは、いわゆる個としての発達の側面から論じられてきた。し かしながら、成人期のアイデンティティは、単なる個としての発達の側面のみならず、関係性、つまり 他者とのかかわりの中で、発達、深化していく側面も重要であると考えられている。岡本(1997a)は、

成人期のアイデンティティ発達におけるこの「関係性」の側面のもつ意味を理論的に検討した。岡本 (1997a)によると、個としてのアイデンティティは、「自分は何者であるか、自分は何になるのか」とい うことが中心テーマとなり、関係性のアイデンティティの中心テーマは「自分は誰のために存在するの か、自分は他者の役に立つのか」が中心テーマになっている。この岡本の二つのアイデンティティが、

山本(1989)が指摘した「分離した自己(SS)」と「関係的自己(CS)」に対応する。成人期のアイデンティ ティ発達の軸として示された「個としてのアイデンティティ(SS)」と「関係性のアイデンティティ(CS)」

である。山本(1989)による二つのアイデンティティの特徴について述べる。個としてのアイデンティテ ィの特徴は、①分離-個体化の発達、②他者の反応や外的統制によらない自律的行動(力の発揮)、③他 者は自己と同等の不可侵の権利をもった存在、の3点である。関係性のアイデンティティは、①愛着と 共感の発達、②他者欲求・願望を感じとり、その満足をめざす反応的行動(世話・思いやり)、③自己と 他者は互いの具体的な関係の中に埋没し、拘束され責任を負う、の3点である。岡本(1997a)によると、

二つのアイデンティティは相互に関連し合い、影響を及ぼし合い、深い関連性を持っているという。他 者の成長や自己実現への援助ができるためには、個としてのアイデンティティが達成されていることが 前提となり、また、他者の成長や自己実現の援助ができるためには、常に個としてのアイデンティティ も成長・発達し続けていることが重要である。これは、親が子供を育てること、教師が生徒を教育する ことなど、様々な領域において言えることである(岡本、1997a)。また、他者の役に立っているという 自信や自己確信ばかりでなく、他者を世話する営みを通して養われる生活や人生の様々な局面に対応で きる力や、自我の柔軟性やしなやかさの獲得などは、関係性のアイデンティティが個としてのアイデン ティティ発達に与えた影響と言える(岡本、1997a)。このことから、一方のアイデンティティだけが発 達するのではなく、個としてのアイデンティティと、関係性のアイデンティティは互いに影響し合いな がら、獲得されていくものであると考えることができる。

以上、関係性のアイデンティティと個としてのアイデンティティの2つのアイデンティティについて 述べてきたが、前述の「ケア」は、「関係性」を支える重要な概念のひとつとされる(岡本、1997a、1999)。

岡本(1997b)の調査で、高齢者介護によって介護者自身の側に成長・発達感が体験され、介護体験によ る成長感は、介護者による要介護者の人生の受けとめ方や介護者自身のアイデンティティと関連性が見 られるということが明らかとなった。この結果から、「介護」という行為と介護における要介護者への 理解はアイデンティティの発達を促す要因があるのではないかと考えられる。

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エリクソン(1973)によれば、青年期は、自我と社会との相互関係の中で生起する心理・社会的危機の 克服次第で、自己を確立していけるか(アイデンティティ達成)、あるいは自らを見失い混乱を招くか(ア イデンティティ拡散・混乱)であるという。青年期は仲間との付き合い、進学、就職、異性との関係、結

婚、さらには人生観・価値観形成に至るまで、人生岐路に立たされた自己判断、自己決定が求められる。

このことから、他者や周囲との関係性に敏感な青年期において、さらに成人への移行期において、他者 との関係性を意識するのは当然のことであると言える。青年期のアイデンティティの形成についても、

自己の在り方・生き方を模索し葛藤する過程で、関係性のアイデンティティと、個としてのアイデンテ ィティが相互に関連しあうのではないだろうか。特に、関係性のアイデンティティの特質から、教職志 望学生にとって、アイデンティティ形成過程で関係性のアイデンティティはより重要な意味をもつので はないかと考えられる。また、他者とのやりとりや、周囲との関わりのなかで生活するにあたり、思い やりや優しさは、青年期においても重要であり、ケアは青年期のアイデンティティになんらかの影響を 与えるのではないかと考えられる。

しかしながら、学生が介護に携わることはほとんどないのが実情である。また、直接介護をすること があまりない要介護者の孫にあたる大学生を対象とした研究もほとんどない。介護では家族のメンバー の支援が必要であるが、これは孫も例外ではないだろう。祖父母も孫も、家族のメンバーであり、高齢 社会を迎えた今日、成人期以降の女性だけではなく、青年期の孫の介護への参加も期待されることにな るかもしれない。実際に、青年期の学生が介護に携わる機会を与えるのが介護等体験特例法である。こ の介護等体験特例法に関しては研究1に記述する。

第三節 家族としての高齢者との関わり

青年期において家族はどのような役割を果たすのだろうか。青年が学校から帰る場所はほとんどが家 であり、家族が帰宅を待っていることが多いだろう。しかし、学校や友人と過ごす時間の長い青年期に とって、家族との関係は児童期以前に比べ著しい変化をみせる。このことは、ブロス(1990)によると、

第二の個体化と関係している。個体化とは子どもが親とは別個の存在であるという意識を確立すること である(ブロス、1990)。第二の個体化は、10歳から20歳でみられ、ちょうど青年期と重なる時期であ る。この時期に親との依存関係を断ち切り、一人の個としての人格を確立し、社会参加(親密な二者関 係から様々な社会集団へのかかわりまでを含む)を果たしていくことになる。青年期に達成すべき重大 な発達的前進は、幼児期依存症を自ら脱ぎ捨てることであり、第二の個体化の過程が完了すると、児童 期が越えられ、成人期が到達する(ブロス、1990)。つまり、子は親から離れようとし、親と子の関係は 密接というよりも、ほどよい距離感の中にあるといえる。これが、青年期における子と親の関係である。

では、家族の中における祖父母の果たす役割とはどのようなものなのであろか。コーンヘイパーら (1984)によると、それは、決して小さいものではないく、むしろ、「祖父母と孫との絆は、その影響力も 大きく、これに勝るものは親子関係しかない」ほどの大きな役割を、孫に対して担う可能性すらあると 言えるという。しかしながら、これまで、祖父母と孫の関係については、欧米を含め今なお研究が少な いのが現状である(大川、2000)。Neugartenら(1964)は、祖父母を対象として面接調査を行い、祖父母 の孫に対するタイプを、①フォーマル:父母と祖父母の役割を区別し、孫に関心は持つ、責任は父母に 任せる、②遊び相手:孫をとても可愛がり、その成長を楽しむ、③親代わり:父母が不在の時に孫の世 話をする、④家長的:家族の中で経済的、地位的にも父母の上の家長的存在となっている、⑤遠い存在:

離れて住んでいて、互いに遠い存在、の5つのタイプに分類している。ここから、孫に対する祖父母の

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様々な役割を窺うことができる。これら以外の祖父母の諸側面として「家族のバックアップ」「家族の 絆を保つ」「両人の代理人」「文化の管理人」「孫の認識の発達に重要な影響を及ぼす」「青年期にある孫 にとっては両親との間の重要な仲介役」があげられる(Albrecht 1954;Baranowsky 1982)。また、コ ーンヘイパーら(1984)は、家族の描画を含めた面接調査を行い、孫からみた祖父母の役割として、「教師」

「世話焼き」「親子の間の折衝者」「同姓の役割モデル」「過去と未来をつなぐつなぎ目」「高齢者観の形 成のモデル」「親の上の親」を指摘している。孫、ひいては家族にとって様々な役割を担っているのが 祖父母という存在なのである。しかしながら、近年、高齢者との関わりの減少がみられるようになって きている。

厚生労働省(2006)が行った「国民生活基礎調査」によると、平均世帯人員は、1953 年(昭和28年)に 5.00人であったが、その後減少し、2005年(平成17年)には2.68人となった。世帯構成別の世帯数は、

単独世帯数及び核家族世帯数は増加傾向にある一方、三世代世帯数は1983年(昭和58年)以降減少傾向 にある。核家族化が進むことで問題となるのが、家族関係の希薄さであろう。近年の日本の家族の価値 観の変化も重なり、家族員の個人価値の尊重や職住分離などさまざまな理由により、家族でともに過ご す時間が減少し、そのような「個人化」した家族においては、家族共通の目的や関心ごとを持つ機会も また、減少している(岡本、2002)。小此木(1983)は、現代の核家族化した各家庭は、一つの家庭に物理 空間的には一緒に暮らしながら、だれもが心は外に向けて暮らしており、ホテルにも似た場所になって いることを指摘し、これを「ホテル家族」と呼んだ。また、足立ら(2000)は、小学生・中学生の「こし ょく」の問題を指摘している。「こしょく」は「個食」とも「孤食」とも言うが、一人で食事をするこ とを指している。「個食」には2つのパターンがあり、1つは、親の長時間労働や子どもの塾通いなどの ため、やむなく一人で食事をする場合であり、もう一つは、家族が在宅しているにもかかわらず、一人 の時間を持ちたいために、家族が別々に食事をとる場合である。いずれにしても、このような食事のあ り方は、家族のコミュニケーションや親子の絆の形成にとって、決して好ましいとは言えない。さらに、

近年では、テレビや電話、パソコンなどのメディアも、家族共通のメディアから、個人専用のメディア へ、つまり「家メディア」から「個メディア」へ(奥野、2000)、変化をとげつつある。

また、総務省統計局「国勢調査」によれば、世帯類型別構成割合が減少し、単身世帯が増加している という(厚生労働省、2006)。核家族世帯や単身世帯が増加する一方で、三世代世帯は減少傾向にあり、

世帯は小さくなっているといえる。樽田・岡本(2000)は、家族以外では同一年齢層との交流が中心とな り、核家族化は家族内の自然な世代間交流の可能性を低下させ、高齢者が他の世代と交流する機会を意 図的に作らない限りは、自然な形での世代間交流は困難であると指摘している。また、60歳以上の者に 子や孫とのつきあい方を問うと、「いつも一緒に生活できるのがよい」とする者が1980年から2005 にかけ一貫して減少し、「ときどき会って食事や会話をするのがよい」とする者は一貫して上昇してい る。2005年(平成17年)には、「ときどき会って食事や会話をするのがよい」(42.9%)とする者が「いつ も一緒に生活できるのがよい」(34.8%)とする者を上回った。高齢者の側からみた子・孫との同居意識 の変化を窺わせる。

核家族・単身世帯の増加や、子・孫との適度な距離を保ったつきあい方は、若者の高齢者への意識に も影響を及ぼしているのではないかと考えられる。樽田・岡本(2000)は、孫と祖父母の交流を通して双 方が満足する関係を構築できるかどうかは、孫と祖父母の年齢差、祖父母の健康状態や経済状態、祖父 母と親の関係、同居かどうかなどによって異なり、若い世代が高齢者に対するイメージを形成する場合、

祖父母世代との関わりに影響がみられるという。高齢者のイメージを規定する要因は多く存在するが、

核家族化が進む中で高齢者と関わることは難しくなってきており、高齢者へのイメージを左右する大き

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な要因となっていると考えられる。

老いるということは決して失うということだけではない(平山ら、1995)。もちろん老いるということ は、いろいろなものを失うことである。しかし、高齢者は若者より、ずっと多くのものを得る機会に恵 まれていると言えるのではないだろうか。老いは決して忌むものでも隠しておくものでもない。若さへ の執着、老いからの逃避、老いの受容の拒否という現象は、現代社会において一般的に見られる傾向で あるが、老いは恥ずかしいものではない。老年期こそまさに新しい価値を収穫することのできる時期で あるという認識をもたなければならない(平山、1995)。しかしながら、若者は老年期や高齢者に対し、

拒絶や抵抗感があることは様々な研究から明らかとなっていることである。

秋山(2000)は、若者が高齢者に対して抱くイメージは、肯定的なもの(ポジティブイメージ)と否定的 なもの(ネガティブイメージ)に分類されるとしている。ポジティブイメージとして表現される言葉とし ては「あたたかい」「優しい」「尊敬できる」「すばらしい人生経験をもっている」「賢い」「役に立つ」「プ ライドが高い」「思いやりがある」「穏やか」「思慮深い」「価値のある」「好意的な」「魅力ある」「しっ かりした」「楽しい」「好き」などがあげられ、これらのイメージは、高齢者のもつ円熟性・有能性・自 尊心の高さなどを表している。一方、ネガティブイメージとしては、「さびしい」「暗い」「悲しい」「か わいそうな」「弱い」「地味な」「頑固」「保守的」「非生産的」「みじめ」「汚い」「生きがいがない」「不 活発」「依存的」「不健康」「孤独」「意欲のない」「自信のない」などの表現が代表的であり、これらの ネガティブイメージは、高齢者を孤立・保守的・非活動的などのイメージで捉えていることを示してい る。

また、秋山(1995)は、大学生に代表される若者の高齢者イメージはどちらかというとやや否定的であ り、高齢者の世話を体験した看護・介護学生の高齢者のイメージは肯定的であると見解し、高齢者との 関わりにより、高齢者へのイメージが肯定的になったと報告している。

高齢者のイメージを規定する要因について、秋山(2000)は、高齢者や高齢者問題への関心、高齢者と の接触の有無、年齢、教育水準、職業、社会階層、マスコミの影響をあげている。

秋山(1995)は、看護・介護学生を対象に、高齢者のイメージをSD法により測定し、高齢者との関わ りにより、高齢者のイメージが肯定的なイメージへと変化するとしているが、教員養成課程の学生が高 齢者と関わった場合、その高齢者に対するイメージはどのような影響を受けるのであろうか。看護・介 護学生にとって、高齢者の世話とは、カリキュラム上多く体験することであるし、看護や介護は他者を 世話することが基本となっているために、高齢者との関わりや介護にも抵抗がなく、スムーズに行える と考えられる。しかしながら、教員養成課程の学生にとって高齢者との関わりや介護は、一見関わりの ないことのように思えるし、子どもの教育と高齢者の世話は異なる部分が多いと思われる。介護を体験 することにより、教員養成課程の学生は何を得ることができるのか。これを探ることは、今後の介護体 験カリキュラムの性質に寄与するだろうし、教員養成課程の学生への新たな気付きとなると思われる。

また、施設などで見知らぬ高齢者を介護するのではなく、家族を介護する場合、若者は高齢者のイメー ジや、老いへのイメージにどのような影響を受けるのだろうか。高齢者介護が「老い」のイメージに与 える影響についても、本研究で検討していく。

家族の中の高齢者、つまり、祖父母が介護を受ける時、青年期の孫はどのような状態なのだろうか。

深江(1998)による認知症の高齢者を介護する家族の危機適応過程においては、孫は、介護者の話し相手 として精神面でのケアをしたり、介護によって不仲となった両親の影響を受け不適応状況に陥るなど、

介護に直接携わることはないが、介護の負の影響を受ける者とされている。このような知見はみられる ものの、これまで介護の研究の視点は介護者に向けられており、介護の分野において、青年期に目を向

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けている研究はほとんどなかった。介護に直接関わることがほとんどないにしろ、家族として、同じ家 にいる者として、なんらかの影響を受けていると思われる。家庭での介護を、青年期を中心に捉えるこ とは、介護における青年期の内的な変化を示し、介護が青年期にどのような影響を与えているのかを明 らかにするものであると考えられる。

第四節 本研究全体の目的と研究の位置づけ

以上のことから、本研究全体の目的は「高齢者介護とアイデンティティ発達・「老い」のイメージの 変化」について探ることであり、介護という分野でこれまであまり取り上げられることのなかった青年 期の高齢者介護を軸に、アイデンティティと「老い」のイメージについて検討し、さらに青年期が高齢 者介護から得るものは何かということについて明らかにすることを目的とする。青年期はアイデンティ ティの確立を目指す時期でもあり、周囲の環境に敏感に反応し、不安定な時期でもある。友人や周囲と の関わりのなかで自己について考えることになるが、成人期への以降期でもあるため、とりわけ他者と の関係性についても考えることになる。そのような時期に、高齢者介護に触れるということは、青年期 にとってどのような影響・効果をもたらすものなのであろうか。

研究の位置づけとして、研究1では、実習としての高齢者介護の効果について取り上げ、関係性のア イデンティティと「老い」のイメージについて検討し、研究2では、家族内に要介護者がいる大学生を 対象とした調査から、家庭での介護体験による個人の変化について探っていく。

二つの研究から、高齢者介護が青年期にどのような影響を与えているのかについて探っていく。実習に よる高齢者施設での介護体験と、家庭での高齢者介護体験は、体験の内容も、体験する期間も全く異な ると考えられる。実習としての高齢者介護が青年期に与える影響、家庭での高齢者介護が青年期に与え る影響、そしてその二つの相違についても検討し、青年期における介護には、どのような効果が見出さ れるのか探っていく。

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第二章 研究1 教員養成課程の大学生が介護等体験実習から得るもの

-アイデンティティと「老い」のイメージに関する質問紙調査-

第一節 問題

「小学校及び中学校の教諭の普通免許状授与に係る教育職員免許法の特例等に関する法律(平成 9 年法 律第90号)」(以下『介護等体験特例法』)が、平成9618日に成立し、翌年の41日に施行さ れ(文部省、1997)、同年の入学者から適用された。

この法律は、田中真紀子議員が父親である田中角栄元総理大臣の介護体験を通して提案したものであ り、教員志願者に対し高齢者や障害者に対する介護等の体験を義務付けることにより、人の心の痛みの わかる人づくり、各人の価値観の相違を認められる心を持った人づくりの実現に資することを目的とし ている。この法律の施行により平成 10 年度以降大学に入学する学生等で小学校または中学校の普通免 許状を取得しようとする者は、社会福祉施設や特殊教育諸学校などにおいて、文部大臣が定める期間(7 日間)、介護等の体験を行い、施設や学校が発行する体験に関する証明書を免許状授与申請の際提出する ことが必要となった。また、採用権者はその採用選考にあたり、この法律の趣旨にのっとり、教員志願 者が行った介護等の体験を勘案するよう努めるものとすることが規定された。

この法律における「介護等の体験」とは、以下のように規定されている。

【1】介護、介助のほか、障害者等の話相手、散歩の付き添いなどの交流等の体験、あるいは掃除や洗 濯といった、施設を利用している人と直接接するわけではないが、受入施設の職員に必要とされる業務 の補助など、介護等の体験を行う者の知識・技能の程度、受入施設の種類、業務の内容・状況等に応じ、

幅広い体験が想定されること。また、特殊教育諸学校での教育実習や、受入施設での他の資格取得に際 しての介護実習等は、介護等の体験の期間に算入し得ること。また、特殊教育諸学校での教育実習や、

受け入れ施設での他の資格取得に際しての介護実習等は、介護等体験の期間に算入し得ること。【2】介 護等の体験は7日間以上行っても差し支えないこと。また、7日間の内訳については、社会福祉施設等 5日間、特殊教育諸学校2日間とすることが望ましいこと。介護等の体験は連続して行う場合の他、数 年間を通じ、長期休業期間や土・日曜日などに数度に渡り2以上の受け入れ施設において1日単位で行 うことなども想定されること。【3】学生の円滑な受け入れの確保については、とりわけ社会福祉協議会、

社会福祉施設、都道府県教育委員会・社会福祉施設担当部局、指定都市教育委員会、特殊教育諸学校の 関係者に格段の協力を願いたいこと。なお、そのための連絡協議の体制整備を文部省において検討中で あるが、当面、必要に応じ、関係者の情報交換の機会の設定等を都道府県教育委員会にお願いしたいこ と。【4】学生の受け入れのための調整窓口に関しては、各都道府県ごとに、社会福祉施設等については 各都道府県社会福祉協議会、都道府県立特殊教育諸学校等については各教育都道府県教育委員会等に協 力を願いたいこと。【5】大学等においては、介護等の体験を希望する学生の円滑な受け入れのため、学 生の名簿の取りまとめ、大学等の所在地の社会福祉協議会や都道府県教育委員会等への一括受け入れ依 頼、また介護等の体験に必要な事前指導の実施等に格段の協力を願いたいこと。なお、文部省において、

事前指導のための参考資料の作成等を予定していること。【6】社会福祉施設における介護等の体験につ いては、必要な経費等の徴収が行われることが予想されており、その他の施設等においても必要な経費 の徴収等が行われる場合があること。これらのことについて大学等は、学生に周知する必要があること。

【7】事故等に対応した保険について、文部省において関係機関と調整中であること」等であった。

この法律は、教員志願者に対し高齢者や障害者に対する介護等の体験を義務付けることにより、人の

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心の痛みのわかる人づくり、各人の価値観の相違を認められる心を持った人づくりの実現に資すること を目的としている。この法律の施行により平成 10 年度以降大学に入学する学生等で小・中学校の普通 免許状を取得しようとする者は、社会福祉施設や特殊教育諸学校などにおいて、文部大臣が定める期間 (7 日間)、介護等の体験を行い、施設や学校が発行する体験に関する証明書を免許状授与申請の際提出 することが必要となった。

三輪(2001)は、介護等体験実習の事後アンケートをもとに、介護等体験実習が教員としての資質形成 に寄与することを明らかにした。さらに小山(2001)も、精神的負担は大きいものの人間関係を学ぶ貴重 な経験となり、高齢者や障害者に対する理解が深まると述べている。

しかしながら、介護等体験実習の意義が充分に理解できないまま、義務のためにやむを得ず従ってい る者も多い(三輪、2001)。小野(2000)は介護等体験実習のある学生と介護等体験実習のない学生を対象 に高齢社会に対する不安と、「介護」「寝たきり」「痴呆」という語に関して SD 法で評定させたが、両 群に差はみられなかった。介護等体験実習が7日間という短い期間であり、介護の他に一般業務体験を 含む幅広い体験を指していることも要因の一つとして考えられている。また、「教員になぜ介護が必要 なのかわからない」(三輪、2001)という声も多く、この法律が施行された理由を学生が理解できてい ないのが実状である。飯尾(2004)は、一定の年代の青少年に平等に体験させるのではなく、教員を目指 す学生に体験させることは。教員養成と介護等体験実習にどのような意味があるか納得のいく説明が必 要であると説いている。そして、「養護学校を5日間、高齢者ホームを2日間にするべき」(山下、2002) というように、教員を目指す上で高齢者の介護体験は軽視されているとも言えるだろう。現代社会にお いて介護は重要であるにもかかわらず、介護等体験特例法では、高齢者を介護することは疑問であると いう指摘が多い。しかし、多くの課題が残るものの、介護に直接携わる機会としては貴重であり、介護 と青年期のアイデンティティとの関連を検討することができるのではないかと考えられる。

介護等体験実習と関連があるものとしてアイデンティティの他に「老い」のイメージが考えられる。

直接高齢者と関わる機会の少ない大学生にとって高齢者はまさに異文化であり、自分自身も将来老いる ことを考えると、介護等体験実習における高齢者との関わりは大学生の「老い」のイメージに影響を与 えるのではないかと考えられる。

第二節 目的

・介護等体験実習を終えた大学生を対象に、教員養成課程の学生にとっての介護について探る。

・介護等体験実習を終えた学生と、まだ終えていない学生のアイデンティティと「老い」のイメージを 比較する。

第三説 予備調査

2-3-1 調査対象者:H大学の学生のうち介護等体験実習を終了した2・3年生40 2-3-2 調査時期 200611

2-3-3 調査内容

「老い」「認知症・アルツハイマー病」「高齢者介護施設での介護等体験実習」についての自由記述と教 職志向性の変化についての6段階評定。

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●老い a老いから連想するもの bあなたにとっての老いとは

●認知症・アルツハイマー病 a認知症・アルツハイマー病から思い浮かぶこと

b認知症・アルツハイマー病の人との関わりの有無(家族内での関わりに 限定して)

●高齢者介護施設での介護等体験実習 a介護施設の種類

b高齢者介護施設での介護等体験実習で得たもの c高齢者介護施設での介護等体験実習で困ったこと

d 高齢者介護施設での介護等体験実習をふまえた高齢者に対する イメージ

e高齢者介護施設での体験前と体験後でのあなた自身の変化

●教職志向性 a現在の教職志向性 (低いを1、高いを6とした6段階評定)

b高齢者介護施設での介護等体験実習の後の教職志向性の変化(低くなったを1、高くな ったを6とした6段階評定と、変化しなかったという回答欄)

2-3-4 予備調査の分類

「高齢者介護施設での介護等体験実習」については、研究者と、大学院生の2名によりKj法によって 分類した。分類に協力した大学院生(22歳、男性)は、この研究の概要を理解しており、介護等体験実習 を履修していたことから、この分類のイメージがつきやすいと思われた。また、Kj法についての知識も あるため、分類の協力を依頼した。Kj法による分類を図1~図3に示す。

「老い」「認知症・アルツハイマー病」に関しては、研究者と修士論文指導教官の 2 名で検討した。

自由記述以外の先行研究も参考に「老い」のイメージ関する項目を作成した。

しかし、「認知症・アルツハイマー病」に関しては、身近に認知症・アルツハイマー病の人がいないこ とや、イメージとしてつかみにくいことなどが考えられたため、本調査では「認知症・アルツハイマー 病」についてフェイスシートで「関わりの有無」のみについて回答を得ることとした。

2-3-5 Kj法の手順

Kj法とは川喜田二郎によって開発された問題解決技法である。Kj法は、身近な問題から社会問題まで、

企業における人間関係から新製品開発まで、広く使われている(川喜田 1970)。

川喜田(1970)の『問題解決学-Kj法ワークブック』より、Kj法の手順を概略する。

①紙きれづくり

見たこと、感じたこと、聞いたこと、思い出したこと、書物、統計、印刷物等のデータから、「この 問題に関係がある」あるいは「関係ありそうだ」と思われるものを網羅して、その内容のひと区切り ごとを簡潔にまとめて紙きれに書く。データの語りかけてくるものを(中略)短く要約する。

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②紙きれ集め

紙きれをながめながら、似ているものだと親近感を感じさせる紙きれを、リクツでなく情念で集める。

1枚が見えるように、相互にずらせて近くにおく。どれともいっしょにならない紙きれがある。そ れを“一匹オオカミ”とか“はなれザル”と呼ぶことにする。一匹オオカミを無理にどれかのグルー プに押しこまず、そのままにする。それはそれなりに意味があるからである。

③表札づくり

このように集まった紙きれのひとたばを手にとり、その集まってきたわけを適切に要約して表現し、

一枚の紙きれに書きつける。これを表札とよぶ。表札は具体的であり、これらの紙きれの使命をいい あてるものでなかればならない。表札は他の紙きれと見わけのつくように、筆記用具の色をかえたり、

ふちどりをしたりするほうがよいであろう。表札ができたら、いつまでも迷うことなく、表札を上に して、クリップか輪ゴムでたばねる。

④グループ編成

最後に、紙きれのたばが数ユニット(多くとも10たば前後)になるまでグループ編成を何段階もつづけ る。各たばを輪ゴムでたばねる。できあがった高次元のグループも表札つきである。たとえば表札の 字の色をかえて、何段階目の表札か見わけがつくようにしたほうが便利である。

⑤索引図解のための空間配置

(1枚の紙シート内に紙きれ全部がはいるならば、“細部図解のための空間配置”の作業に飛ぶ)索引図 解を作るためには、まず最終的に集まったたばを、もっとも自然に納得がゆく、見やすい位置に配置 する。

⑥索引図解描き

索引図解のための空間配置が終わったら、表札の配置どおりの図解を別紙シート(半紙・模造紙)に描 く。描き終わったら、それらの1行見出しの表札のあいだに、適当な記号を用いて関係づけを描く。

⑦細部図解のための空間配置

索引図解で大局的な意味はわかるが、細部の内容まではわからない。そこで、索引図解のある一部分 にあたる紙きれのたばのみを、ふたたび同じように空間的に配置する。今度は1枚ずつの紙きれまで 展開するための図解であるから、全部はりつけなければならない。

⑧細部図解描き

決定した配置にもとづいて、それらの紙きれを、そのままおかれてある位置にはりつける。紙きれの 相互関係を適当な記号を用いて描く。

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2-3-6 Kj法による分類の解説

1 高齢者介護施設での介護等体験実習の体験前と体験後の自分自身の変化

【仕事】【高齢者に対する意識の変化】【関わりの変化】の3つのグループに分類した。

【仕事】は、2つの表札から成り立っている。実習を通し介護の仕事について考え、その仕事をネガテ ィブなものに収めたり、またはポジティブなものとして個人の中に収めていくということから「介護の 仕事への意識」とした。そして大変な仕事ではあるものの、働くことで満足感を得ることもできたとい う「働くことでの満足感」に移行していく。これらを【仕事】というグループでまとめたが、このグル ープに影響を与えているのが、「認知症に対する理解が深まった」である。これまで知らなかったこと を知ったことにより、介護の仕事やその大変さを以前よりも意識するようになったのではないかと思わ れる。認知症への理解が深まることにより、介護という仕事の大変さを知るきっかけとなり、大変なが らも働くことへの満足感を感じたという流れが考え出された。これが【仕事】というグループである。

【高齢者に対する意識の変化】は 3 つの表札から成る。まず、「高齢者との接し方の変化」は、介護等 体験実習後に高齢者に対して好意的になったり、高齢者との関わりを重要視しているものである。実習 が高齢者との接し方をポジティブなものへと変化させたと考えられる。そしてこの「高齢者との接し方 の変化」は、「祖父母への意識の変化」と「高齢者を大切にしようという意識」に影響を与えていると 考えられた。この体験における高齢者との関わりが、自分自身の家族のメンバー(祖父母)に派生し、祖 父母との関係を見直そうという意識へと変化、さらに、家族以外の高齢者に対するポジティブな感情が 生まれたということが考え出された。これが【高齢者に対する意識の変化】というグループである。

【関わりの変化】も3つの表札から成立している。「コミュニケーションの変化」は(高齢者だけに限ら ない)コミュニケーション能力の発達を意味し、この実習が他者とのコミュニケーションを促進させるも のとなったと考えられる。また、「相手の立場になって考える」は、相手のことを意識して行動できる ようになったというものである。この二つのまとまりは、「人のために自分ができることは何か」とい うことと関連していると考えられた。コミュニケーションの変化や相手の立場にたって考えることとい うのは、自分自身が他者にできる最適のことを考えるということではないかと考えられた。「コミュニ ケーションの変化」と「相手の立場になって考える」というまとまりは、その根本、もしくは次の段階 として「人のために自分ができることは何か」へと収束すると考えられた。これが【関わりの変化】と いうグループである。

この3つのグループの他に、「老いへの負の感情」と「将来の親の姿」という表札がある。これらは“一 匹オオカミ”としてどのグループにも属していない。「老いへの負の感情」は、この体験が老いに対し て負の影響を与え、介護されることを拒否するようになったというものである。「将来の親の姿」は、

高齢者介護施設の利用者との関わりの中での失敗についてであり、利用者にタメ口をきき、実習が終了 してから、その人の家庭での役割のことを思い、その利用者を自分自身の親と重ね、後悔したという、

具体的なエピソードから成る。施設利用者は友人ではないし、家庭においての「母親」や「父親」とし ての役割があることに気づき、自分自身の親の将来の姿を意識するとともに、後悔している。この二つ はどのグループにも属していないが、介護による負の感情として興味深い。

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介護の仕事への意識

・介護士にはなりたくない

・体力・気力ともに使うが、介護の仕事も 悪くはない

・ボランティアだから続けられたと思う

・高齢者介護の大変さの認識が変わった

働くことでの満足感

・初めての実習で、働くこ とで得られる満足感を味 わえた

認知症への理解

・認知症に対する理解が少 し深まった

【 仕事 】

高齢者との接し方の変化

・子供に接するのが好きだ けど、お年寄りと接する のも楽しいと思った

・今まで以上に高齢者と接 することが好きになった

・自分の近い年齢の人とだ け話すのではなく、もっ と色々な年齢の人と話す 機会が大切だと思った

・高齢者に対する接し方が 大きく変わった

祖父母への意識の変化

・自分の祖父母をもっと大切にした いと思うようになった

・自分の祖父母にこういうことをし てあげればいいんだと思える用に なった

高齢者を大切にしようという意識

・以前よりも高齢者を大切にしよう という気持ちが強まった

・高齢者への愛情が深まった

・高齢者を大切にしたいと思う

高齢者対する意識の変

コミュニケーションの変化

・コミュニケーション能力がついた

・聞こうとする姿勢ができた

相手の立場になって考える

・みんなに気を配ったり、相手の話 をその人の気持ちや考えを想像し ながら聞くようになった

・他者の立場に立って考えることが 多くなった

人のために自分ができることは何か

・人のために自分ができることは何 か考えるようになった

将来の親の姿

自分の親もこうなるかもしれな いのだと気づいた

老いへの負の感情

老いて家族や他人に介護された

くないのでさっさと死にたい 関わ

図1 予備調査:高齢者介護施設での介護等体験実習前と実習後での自分自 身の変化(Kj法による分類)

表 3  介護等体験実習履修(高齢者施設)群と未履修群のアイデンティティの比較の結果  表 4  介護等体験実習履修(高齢者施設)群・未履修群の「老い」イメージの 4 因子の比較  表 5  介護等体験実習未履修群と履修群との教職志向性における t 検定の結果  ** p <.01 介護等体験実習未履修群の平均値(SD) 介護等体験実習履修群のうち、高齢者施設に行った者の平均値(SD) t値(有意水準) CS (関係性に基づくアイデンティティ)  55.12(6.83) 55.12(7.01) 0.00 C
表 6  高齢者との関わりの有無での CS・SS の平均値の t 検定  高齢者との関わり無し群 の平均値( SD )  高齢者との関わり有り群の平均値(SD)  t 値(有意水準) CS(関係性の自己) 55.06(7.20)  55.76(6.90)  0.67  C1(他者欲求への敏感さとその 充足の優先)  25.66(3.84) 25.33(3.84)  0.58  C2(社会的能動性) 11.23(2.35)  11.87(2.52)  1.79  C3(共感・融合能力) 18.18(2.88)
表 9  認知症高齢者との関わり有り群と無し群の「老い」イメージの 4 因子の t 検定の結果  認知症高齢者無し群 の平均値( SD )  認知症高齢者有り群の平均値(SD) t 値(有意水準)  第Ⅰ因(ポジティブイメージ因子) 0.03(0.90)  -0.26(1.16)  1.30  第Ⅱ因子(拒絶イメージ因子) -0.03(0.91)  0.24(1.05)  1.19  第Ⅲ因子(孤立イメージ因子) -0.03(0.89)  0.24(0.92)  1.25  第Ⅳ因子(死のイメージ因子) -
表 12    介護等体験実習によって得たものの度数分布(%)  項目  A  B  C  D  項目 1 介護の大切さがわかった  2  (2.40)  4  (4.8)  42  (48.8) 34  (44.0) 項目 2 祖父母や父母の老後を真剣に考えさせられた  4  (4.8)  14  (16.7)  34  (40.5) 30  (38.1) 項目 3 年齢の異なる人とのコミュニケーションの重要性を学んだ  4  (4.8)  8  (9.5)  31  (38.1) 39  (47.6)
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