海上保険における Pirates および Piracy の解釈について
平 澤 敦
■アブストラクト
海賊は,有史以来存在する海上危険である。しかし,時代の趨勢と共に海 賊および海賊行為は変容し,今日の海賊は単なる武装強盗集団ではなく,ソ マリア沖の海賊のようなハイテク武装集団も多く存在し,その目的も乗組員 や旅客への襲撃や殺害,船舶や積荷の強奪といった往時の海賊の姿とは異な り,旅客等を人質に多額の身代金を要求する頭脳犯的な側面を持つものまで 登場している。海賊の問題は,海上保険における海賊危険の取り扱いにも多 大な影響を及ぼしているが,海賊および海賊行為に関する確固たる統一的な 定義はなく,その扱いについては,国際法や海上保険法においてそれぞれ異 なっているのが現状である。本稿では,主に国際法や海上保険法における海 賊および海賊行為の定義について検討し,海賊類似の危険と線引きが困難な 問題や国際法上の定義が海上保険の領域では妥当性を欠くことを考察した。
■キーワード
海賊(pirates),海賊行為(piracy),暴力的窃盗(violent theft)
1.はじめに
海賊(pirates)は,古くから存在し,海上保険生成の一因になったとも
321
*平成23年10月23日の日本保険学会大会(神戸学院大学)報告による。
/平成24年10月23日原稿受領。
上 付 き 文字 が あ るた め 次 頁 へ 送り ま す
いわれている。 PIRATES :Terror on the High Seas といった海賊に 関するスペクタクルロマン的な著作から,The Law of Piracy のような 学術的大作に至るまで,実に幅広いジャンルで扱われ,さらに海賊を題材に した国内大ヒットアニメ ONE PIECE や世界的大ヒット映画 Pirates of Caribbean のジャックスパロウは,ある種ヒーロー的な面を持ち合わ
せており,海賊に憧れを抱く者もいるであろう。
しかし,現代社会において実在する海賊とは,ヒーローとは真逆で,私的 目的で襲撃や略奪行為を繰り返し行う凶悪者で,船主,荷主,保険者等にと ってみればまさに危険極まりない存在である。特に,近時の東アフリカのソ マリア(Somalia)近海のアデン湾(port of Aden)を中心とした海賊問 題は,国際問題であると同時に,海上保険においても大きな問題を招いてお り,国際商業会議所(International Chambers of Commerce:ICC)の下 部組織である国際海事局(International Maritime Bureau :IMB)は,ク アラルンプールに海賊通報センターを設けて海賊に関する情報を24時間体制 で公表している。
本稿は,海上保険法における海賊ならびに海賊行為の概念について,国際 法との対比を通じて考察し,合わせて今日の解釈に至るまでの判例,イギリ スの海上保険法(Marine Insurance Act1906:MIA)および2009年貨物保 険約款(Institute Cargo Clauses:ICC,以下2009年ICC)に基づく解釈お よび取扱いにつき検討する。
海上保険におけるPiratesおよびPiracyの解釈について
1) Cordingly, D.(ed.) (1996)PIRATES : Terror on the High Seas, Turner Publishing Inc.(増田義郎監修,増田義郎・竹内和世監訳(2000)
図説 海賊大全 東洋書林。なお,Lady Firstではないであろうが,本作の 前 年 にStanley, J.(ed) (1995)BOLD IN HER BREECHES : Women Pirates Across the Ages, Rivers Oram Publishers Ltd. (竹 内 和 世 訳
(2003) 女海賊大全 東洋書林)が出版されている。
2) Rubin, A. P.(1998)The Law of Piracy,2nd. ed., Transnational Pub- lishers.
2.海賊の定義に関する問題
海賊を題材にした論考は枚挙に暇がない。しかし,学術的にみれば,実際 の海賊は 海の無法者 (outlaw)であって,hositis humanis generis,す なわち 人類の共通の敵 と昔から表現されている。そのため,国際法上は,
あらゆる国家も海賊,海賊船に対して普遍的管轄権の行使が古くから認容さ れており,この点について異を唱える者は少ないであろう。
それとは対照的に,海賊それ自体の定義を巡っては,特定のコンテクスト において相応の定義がなされているが,これを法律的専門用語として利用す る場合,海賊ならびに海賊行為という用語の統一的定義は存在していない 。 特に海上保険の分野においては,海賊危険が複雑な性格を有する危険である ためこれらの用語を正確に定義することは極めて困難であるものと思われる。
本稿ではまず,国際法上の海賊の定義を概観する。
⑴ 1982年 海 洋 法 に 関 す る 国 際 連 合 条 約(国 連 海 洋 法 条 約)(United Nations Convention on the Law of the Sea :UNCLOS)の定義
UNCLOSは,第1次国連海洋法会議で条文化された1958年の公海に関す
る ジ ュ ネ ー ブ 条 約(The1958Geneva Convention on the High Seas)
保険学雑誌 第 620号
3) Thomas, R.(2004)“Insuring the risk of maritime piracy”,Journal of International Maritime Law Vol.4, at 356に よ れ ば,海 賊 行 為
(piracy)および海賊(pirates)は正確に定義しなければならず,海賊類似の
(piracy-like)危険とは区別しなければならない。しかし,Thomasの述べる ような状況にはないのが実状である。
4) これについては,奥脇直也(2009) 海上テロリズムと海賊 国際問題 583号,20‑33頁;島田征夫・林司宣編(2010) 国際海洋法 有信堂;中谷和 弘(2003) 海賊に関する法律問題 ,落合誠一・江頭憲治郎編 海法大系 商 事法務,779‑806頁,山本草二(1994) 国際法〔新版〕 有斐閣など,参照。
5) 本条約(1982年採択,1994年発効。日本は1996年に批准)は,国際法委員会
(International Law Commission :ILC)が起草作業にあたり,海賊行為の定 義に関する草案第39条のCommentaryにおいて,海賊行為の本質的特徴を巡 る争点を検討した結果,以下の結論に至った。すなわち, 略奪の意思(ani-
mus furandi)は要しない。海賊行為は単なる利益目的のみならず,復讐の念
の規定をほぼそのまま踏襲し,101条で海賊行為を以下のように規定す る。
⒜私有の船舶または航空機の乗組員または旅客が,私的目的のために行う すべての不法な暴力行為,抑留または略奪行為であって,次のものに対し て行われるものいう。 公海上の他の船舶もしくは航空機またはこれらの 内にある人もしくは財産。 いずれの国の管轄権にも服さない場所にある 船舶,航空機,人または財産,⒝その船舶または航空機を海賊船舶または 海賊航空機である事実を知りながら船舶または航空機の運航に自発的に参 加するすべての行為,⒞⒜または⒝に規定する行為を扇動または故意に助 長するすべての行為。
この定義によれば,海賊行為とは,①私有の船舶の乗組員または旅客によ る 私的目的 のために犯す行為,②自船内での暴力・略奪行為を含まな い 一 方 の 船 舶 か ら 他 方 の 船 舶 に 対 す る 行 為(2 船 要 件=two-boat situation),③ 公海上 いずれの国の管轄権にも服さない場所における
行為 である。
海賊の定義については,各方面で頻繁に利用される反面,批判も多い 。
によっても扇動される。 海賊行為は私的目的で犯されたものでなければなら ない。 海賊行為は軍艦や政府公用船等を除く私有の船舶によってのみ犯され うる。 海賊行為は公海またはいずれかの国の領域管轄圏外で犯されうる。
海賊行為は公海上の船舶によってのみならず,それが公海上の船舶に向けられ た行為であれば,航空機によっても犯されうる。 船舶の乗組員または旅客に よって,当該船舶の人または財産に対して行われる行為は海賊行為とはみなさ れ な い。ILC(1956)Yearbook of the International Law Commission, Vol.Ⅱ, United Nations, at282参照。
6) 私的目的について,飯田忠雄(1961) 海賊の罪 法律のひろば 14巻12号,
21頁によれば, 私の目的のためとは,必ずしも 私の利益の目的 を意味せ ず,うらみ,でき心,その他何らの利益を伴わない場合でも,私の目的 であ る。なお,私的目的は政治的かつ私的な目的を合わせ持つ目的もあり得るであ ろうし,また多岐にわたるため,実際に明確な範囲を指定することは難しいで あろう。
7) 本定義に対する批判については,たとえば以下を参照されたい。Murphy, 海上保険におけるPiratesおよびPiracyの解釈について
この定義によると,海賊行為は公海上の行為という場所的限定があるため,
特定国の領海 たとえば,マラッカ・シンガポール海峡 において暴力 行為や略奪行為は,本条約に掲げる海賊行為には該当しない。
さらに,海賊行為は 不法な (unlawful)暴力行為・略奪行為であると 規定されているが,これがいずれの法に照らして 不法 なのかは判然とし ない。つまり,国際法一般における 不法 であるのか,UNCLOSか,取 締実施国における国内法なのかは明記されておらず,解釈上も未確定である。
以上の点から考えれば,後述する海上保険法上の海賊(行為)の概念とは 一致しない部分が多く,海上保険法においてUNCLOSの定義を適用するこ とは妥当性を欠く。
参考までに,2009年に制定されたわが国の 海賊行為の処罰及び海賊行為 への対処に関する法律 (海賊対処法)の2条は,海賊の行為を,船舶(軍 艦等を除く)に乗船した者が,私的目的で公海または日本国領海等で行う行 為と規定し,7項目にわたる具体的行為 を掲げているが,海賊行為を公海 および排他的経済水域のみならず,わが国の領海および内水においても発生 M., “Piracy and UNCLOS: does international law help regional states combat piracy?”, in P. Lehr,(2007)Violence at sea. Piracy in the age of global terrorism, Routledge;Lennox-Gentle, T. (2010)“Piracy, sea robbery, and terrorism :enforcing laws to deter ransom payment and hijacking”,Transportation Law Journal, Vol.37 , at 203;Treves, T.
(2009)“Piracy, law of the sea, and use of force:developments off the coast of Somalia”,The European Journal of International Law , Vol.20,
at402.
8) 具体的には︑①.暴行若しくは脅迫を用いる,またはその他の方法により人を 抵抗不能の状態に陥らせることによる航行中の他の船舶の強取または運航支配,
②.船内の財物の強取,③.航行中の他の船舶内にある者の略取,④.人質をと った上での第三者への強要,⑤.①〜④のいずれかに係る海賊行為をする目的 で,航行中の他の船舶に侵入し,またはこれを損壊する行為,⑥.①〜④まで のいずれかに係る海賊行為をする目的で,船舶を航行させて,航行中の他の船 舶に著しく接近し,またはつきまとい,またはその進行を妨げる行為,⑦.①
〜④までのいずれかに係る海賊行為をする目的で,凶器を準備して船舶を航行 させる行為,をいう。
保険学雑誌 第 620号
するものとしている点や航空機の関与するものを除外し て い る 点 で ,
UNCLOSの定義とは異なる。
⑵ IMB による定義
IMBは当初,統計上の目的から海賊行為および武装強盗(armed rob- bery)を 窃盗またはその他の犯罪に及ぶ明らかな意図を有し,かつそれ らの行為を犯すために暴力を使用する明らかな意図または可能性をもって,
船舶に乗り込むまたは乗り込む企てをする行為 と定義していた。しかし,
2011年のレポートをみると,IMBはこの定義ではなく,海賊行為について
はUNCLOS101条の定義を採用しており,船舶に対する武装強盗について
は,ロンドンで開催された2009年の国際海事機関(International Maritime Organization :IMO)第26回総会の決議A. 1025(26) 海賊犯罪および船舶
に対する武装強盗犯罪の調査のための実務コード (Code of Practice for the Investigation of the Crimes of Piracy and Armed Robbery against Ships)において,1. ある国の内水,群島水域および領海内にお
いて,海賊行為を除く,私的目的のために犯される,かつ船舶またはその船 舶にある人もしくは財産に対して行われるすべての不法な暴力行為,抑留,
略奪行為,またはそれらの脅迫 ,2. 上記行為を扇動もしくは意図的に助 長するすべての行為 を意味するものとしている。
海賊および海上武装強盗の呼称が問題となるのは,排他的主権等などの権 限に関する場合にのみであって,被保険者からみれば公海であろうと領海で あろうと,船舶等が襲撃された場合に両者を区別することには意味がない。
海上で暴力行為,襲撃行為,略奪行為を行う者は,海賊とも海上武装強盗と もいえるため,海上保険法上,両者をあえて区別する必要はない。
9) ICC International M aritime Bureau(2011)PIRACY AND ARM ED ROBBERY AGAINST SHIPS:REPORT FOR THE PERIOD 1Jan.―30 Sept,2011.
iracyの解釈について atesお
海上保険におけるPir よびP
に送ります 脚注が入らないため強制的
3.海上保険法上の定義
海上保険における海賊危険は,MIA第3条が 海上危険とは,航海に起 因または付随する危険,すなわち海固有の危険,火災,戦争危険,海賊,漂 盗,強盗,捕獲,拿捕,王侯および人民の抑止および拘留,投荷,船員の悪 行並びに上記の諸危険と同種のまたは保険証券に記載されるその他の危険 と規定するとお りmaritime perilsに 含 ま れ て い る。し か し,他 方MIA
(第1付則)の保険証券の解釈規則8条が, 海賊 は 暴動を起す旅客およ び海岸から船舶を襲う暴徒を含む (傍点は筆者)と規定するにとどまるよ う に,必 ず し も 本 質 的 か つ 明 確 な 定 義 に な っ て お ら ず,保 険 約 款 上 も piratesおよびpiracyとはいかなる危険であるか定義されていない。
海上保険法上の 海賊 という文言は,商業上の意味において解釈しなけ ればならず,これは刑法上および国際法上の意味とは同一ではなく,非合法 的であると犯罪的であるとを問わず,略奪者が自身の利益のための無差別な 略奪行為に因って生じる損害を指す。
10) 主に以下の文献を参照。今泉敬忠=大谷孝一(2010) 海上保険法概論 損 害保険事業総合研究所;木村栄一・大谷孝一・落合誠一編(2011) 海上保険 の理論と実務 弘文堂;木村栄一(1978) 海上保険 千倉書房;Benett, H.
(2006)The Law of Marine Insurance, 2nd ed, Oxford University Press;Dunt, J.(2009)Marine Cargo Insurance, Informa ;Gilman, J.and Merkin, R., etc.(2008)Arnouldʼs Law of Marine Insurance and Aver- age,17th ed., Sweet and Maxell;Hodges, S (1999)Cases and Materials on Marine Insurance Law, Cavendish Publishing Ltd.;Lambeth, R. J.
(1986)Templeman on Marine Insurance : Its Principles and Practice,6 th ed., Pitman Publishing Ltd.(木村栄一・大谷孝一訳 テンプルマン海上 保険―その理論と実際―(第六版) 損害保険事業総合研究所);Michel, K.
(2004)War Terror and Carriage by Sea, LLP ;M iller, M .D.(2005)
Marine War risks,3rd ed., LLP ;Rose, F. D.(2004)M arine Insurance Law and Practice, LLP ;Todd, P.(2010)M aritime Fraud and Piracy, 2nd ed., Lloydʼs List.
雑誌 第 620号 保険学
送ります に ため強制的 脚注が入らない
⑴ Nesbitt v. Lushington事件
海上保険における海賊行為についての初期の判例で,本件によれば,石炭 および穀物を積載した船舶Industry号がアイルランド南のYoughall から
北のSligoに向けて航行中,アイルランドの海岸 Ellyの沖合に停泊中,深
刻な穀物不足に陥っていた同地の暴民が乗り込み,同船を占拠したあげく岩 礁に乗揚げさせ,船長に低廉な価格(インボイス価格の3/4)で積載貨物を 売却させた。その後,10トン分の穀物が乗揚げの結果として滅失したが,同 船は石炭を積載してSligoに到達した。貨物はロイズS.G保険証券様式に基 づき付保され, ……海賊,漂盗,強盗……海上における占有奪取,いかな る国籍・状況または性質であるとを問わずすべての国王・王侯および人民の 拘束・抑止および抑留…… による損害が担保されていたが, ……穀物,
魚類,塩,果実,穀粉……の海損は担保しない。ただし,共同海損の場合ま たは船舶が座礁した場合はこの限りでない というMemorandum(免責歩 合約款)が挿入されていた。
首席判事Lord Kenyonは,本件損害が海賊による捕獲(海賊行為)であ
ると判決した。しかし,本件保険証券は共同海損担保,単独海損不担保とい う条件であり,もし単独海損担保という条件であれば,原告は海賊行為によ って生じた損害として回収できたかもしれないとした上で,本件は穀物の海 損に関する保険であって,全航海が危険にさらされたわけではないとの理由 で,共同海損にはあたらないとし,原告の保険金請求を却下した。
なお,本判決に基づき上記MIA解釈規則8条に 海岸から船舶を襲う暴 徒 を海賊とみなすことが明文化されている。
11) (1792)4TR783.本件はしばしば,拿捕(seizure)との関連でも引用さ れ,ス ペ イ ン 戦 争 下 のSociete Belge des Betons S.A. v. London & Lan- cashire Insurance Co Ltd事件に多大な影響を及ぼしたとされる。(1938)60 Ll L Rep225.;〔1938〕2All ER 305.
12) 現在の呼称はYoughalである。
ratesおよびPiracyの解釈 海上保険におけるPi について
脚注が入らないため強制的に送ります
⑵ Naylor v. Palmer事件
本件によれば,Victory号でCumsingmoon(広東)からペルーのCallao まで輸送する360名の中国人苦力(coolie)に対する前払金や給食料が付保 されていた。本件保険証券は ……海賊,漂盗,強盗等 の危険を担保する ものであったが, 捕獲拿捕不担保約款 (Free of Capture and Seizure Clause:FC & S Clause)は挿入されていなかった 。航海中に,この労
働者が,船長ならびに一部の海員を殺害し,陸地に最も近い場所に乗揚げさ せて逃亡する目的で船舶を占有し,その後同船を解放して逃亡した。
原告は中国人苦 力 に よ る 船 長 な ら び に 一 部 の 海 員 の 海 賊 的 な 殺 害
(piratical murdering)および暴力をふるったうえでの船舶の奪取 の結果 生じた費用の全損につき保険金を請求した。
船長および船員の一部の殺害,中国人苦力による船舶の拿捕(seizure) は,窃 盗 の 意 思(animas furandi)で な さ れ た 行 為 お よ び 海 賊 的 行 為
(piratical act)ではなくても,私的目的 脱走する目的 の達成のた めに企図した海賊行為による損害は,海賊と 同種類の (ejusdem gener- is)危険による損害であるとの理由で,総括的文言(general words)によ り担保されるとし,本件損害は海賊行為によるものと判決された。なお,本 件では,旅客または船員が海賊とみなされうることにつき明確な理由づけを 行っていないが,上記の問題を踏まえて,MIA保険証券解釈規則8条は海
13) (1853)8Exch.739.な お,本 件 は し ば し ば 誤 っ てPalmer v. Naylor
(1854)10Ex382と し て 引 用 さ れ る が 本 件 訴 訟 手 続 は 誤 審 令 状(writ of error)に基づくものであった。
14) 同様の事件に,Kleinwort v. Shepard(1859)1El.&El.447 がある。本件 によれば,350名の中国人苦力のマカオからキューバの首都Havanaへの輸送 中,一部の苦力が船長および船員の一部に対して海賊的襲撃をし,船舶を奪取 して逃亡した。本件がNaylor v. Palmer事件と異なるのは, 捕獲,拿捕お よびこれらの一切の意図の結果を担保しない 旨のFC & S Clauseが挿入さ れていたことである。したがって,本件の保険金請求は棄却された。 捕獲拿 捕免責約款 が挿入されていなければ,本件においても保険者は 海賊 とい う担保危険により有責となったはずである。
保険学雑誌 第 620号
賊の定義に 旅客 (passengers)を含むものと規定している。
なお,本件に関連してSoyer(2009)は,アメリカ特殊部隊による数人の ソマリア海賊の殺害を機に,ソマリアのEylを拠点とする海賊グループの 首領が報復を宣言し,アメリカ船籍のMV Liberty Sun号を襲撃した2009 年の一連の出来事ことを引き合いに出して,報復を動機とする船舶への襲撃 も海賊行為と捉えうると説く 。すなわち,そのような行為の背後にある主 たる動機は海賊の私的な復讐の念を満たすことにある。しかし,報復が報復 を呼ぶような報復合戦の様相を呈する場合,これを海賊危険という範疇に含 めることができるかについては議論の余地が残る。
⑶ Republic of Bolivia v. Indemnity Mutual Marine Insurance Co Ltd 事件
本件によれば,ボリビア政府が,アマゾン河上流の奥地に駐屯するボリビ ア軍支援のために必要な物資を汽船Labrea号で輸送するにあたって,同船 の貨物がアマゾン河の河口Paraから同河の支流に注いでいるAcre河の
Puerto Alonzo およびその他の地までの航行につき付保されていた。本
件の保険証券は, 捕獲,拿捕および拘束……を担保しないが,海賊行為は 除く と い う 条 件 で あ っ た。Paraか ら 相 当 離 れ た 奥 地 付 近 を 航 行 中,
Labrea号は,ボリビア政府を転覆させ,自己政府であるEl Acre自由共和
国の樹立を企てて組織されていた反体制派団体 大部分がブラジル人であ
った の船舶Solimoesによって拿捕されたため,原告(ボリビア政府)
は,この損害が海賊行為の結果であるとして保険金を請求した。
Pickford判事は,国際法上ならびに刑法上の海賊であるものが,保険契
15) Soyer, B.(2009)“Coverage against unlawful acts in contemporary marine policies”, at149‑176, in, D.T.Thomas (ed.)The Law of Marine Insurance, Vol.3, Informa参照。
16) 〔1909〕1KB785.
17) 当時,ボリビアとブラジルの間では植民地の割譲に関する条約が締結されて いたが,同地の領有を巡っては未解決であった。1867年当時,ボリビアとブラ ジルの間にあるColoniasの領有権を主張していた。
海上保険におけるPiratesおよびPiracyの解釈について
約の文言の意味における海賊と同義であるかは必ずしも断言できないとし,
国際法上の意味ではなく, 何が,商業上の目的で商業人によって使用され る文書における海賊という文言の自然かつ明白な意味であるかを考察しなけ ればならない と述べた。さらに,判決にあたってHallʼs International Law,5th ed., p.259の …海賊の本質は,政治的目的ではなく,私的目的
の追求にある。主に海賊とは国家の管轄外の場所で略奪または殺害によって 私利私欲または私的な復讐の念を満たす者をいう という記述を参考に,私 的目的の海賊と私利私欲のためではない見せかけの海賊的行為とを区別した。
控訴院はPickford判事の見解を支持し,海賊行為は私利私欲のための略奪
行為であって,反体制派の行為は,公のかつ政治的な目的に基づくものであ るから海賊行為には該当しないと判決した。つまり,海上保険法においては,
海賊とは私的目的のために無差別に略奪する者を意味し,たとえ違法的ま たは犯罪的行為であっても,特定の国家の財産に対し,公の政治的目的のた めに行動するに過ぎない者を意味しない と認識が導かれた。
さらに,本件では海賊行為の場所的限定についても議論されている 。 Vaughan Williams控訴院 判 事 は,海 賊 行 為 が 本 質 的 に は 海 上 犯 罪 (maritime offence)であって,船舶が奪われた場所は,ブラジルとボリビ アを流れる奥地の河川で,海洋とは関係ないといえるような場所での行為で あるため,その行為は海賊行為にはあたらないという見解を主張した。ただ し,他方において,同判事は,船舶がアマゾン河の河口で襲撃されたとすれ ば,海賊行為であると容認できるとも述べている。これに対し,Kennedy 控訴院判事は,当該保険証券の解釈に基づき,契約当事者は,海賊行為が特 殊な航海 海洋から遠く離れたところで遂行されるような航海 に適用 されないであろうという理由で,海賊行為は公海に制限されることを意図す
18) Supra note16)at790. 19) Supra note16)at791.
20) 公海以外で海賊行為が行われうるかどうかについては,控訴院において意見 の一致をみなかった。
保険学雑誌 第 620号
ることはできないであろうと主張した。
海洋から離れていない可航水域にある船舶に対する海賊行為と捉えること ができることが可能でも,無潮河川や湖における船舶に対する襲撃は海賊に あたるかどうかについては議論の余地があろう。また,ラグーンにあって,
狭い海峡を航行しなければ到達できないような港に係留された船舶が襲撃さ れた場合についても同様である。この点につき,Kennedy判事の捉え方は,
プラグマティックであるばかりでなく,商業的常識(commercial common sense)と軌を一にしている。
⑷ Banque Monetaca and Carystuiaki v. Motor Union Insurance Co Ltd 事件
本件によれば, 捕獲,拿捕または抑留および宣戦布告の前後を問わず,
それらのまたは軍事的行為の時果 を担保する条件で付保されていた(ただ し,海賊行為は除く)ギリシャの発動機付小型スクーナー船Filia号が,
ConstantinopleからアジャリアのBatumへの航行中,発動機故障により最 初はSamsunに,その後再び黒海のトルコ沿岸に面したKerassoundeに 1920年6月に寄港した。当時,トルコは第一次大戦後から政治的不安定に陥 っており,ギリシャとは戦争状態にあった。オスマン中央政府は弱体制で,
ケマル主義者たち(Kemalists)はオスマンを支配下に置く手筈を整え,
Anatoliaに侵攻を目論むギリシャ軍に反抗していた。
同船は,国家主義の先導者と盗賊団の首領という2つの顔をもつOsman Aghaの支配下の武装集団に襲撃され,船長をはじめとする乗組員は殺害さ
れた。被保険者は船舶の損害が担保危険に因る全損として保険金請求したが,
保険者は 海賊行為 の結果としての滅失としてこれを拒絶した。
Roche判事は,Filia号の損害が 海賊行為 ではなく, 拿捕 に因る ものであったという理由で保険者側の主張を退けた。Osman Aghaがトル コ側の人物で,アジアのケマル主義者たちと親密な同盟を結んでおり,本件 におけるギリシャ船の捕獲および拿捕は,主に政治的な動機をもっての行動,
21) (1923)14Ll L Rep48.
海上保険におけるPiratesおよびPiracyの解釈について
すなわちOsman Aghaはギリシャに打撃を与えようとしていた。そして,
本件における行為は,私的目的と政治的目的を合わせもった行為とも考えら れようが,同判事の見解によれば,この行為はもっぱら政治的および軍事的 行為であった 。
本件において,政治的な動機による被保険船舶の拿捕は,私的目的による 海賊行為には該当しないため,海賊危険から除外されるが,被保険船舶が上 述の地域に影響を及ぼす政情不安とは何ら関係の無い他国籍の船籍であった 場合には,損害の原因は海賊行為によるものと判断する余地も残る。
この点に関連して,ソマリアの海賊の例を挙げて考えてみよう。たとえば,
アル・シャバブ(Al Shebbab)に代表される幾つかのグループは,ソマリ ア暫定政府(Transitional Federal Government)に対する反抗勢力であ る。アル・シャバブはスンニ派(Sunni)原理主義者とみなされていて,ア ルカイダ(Al-Qaida)と繫がっている。ソマリアを拠点とする海賊は,ア ル・シャバブと通じていて, 身代金の一部を横流ししているとことが憶測 されているが,現時点では両者の関係を立証する証拠は存在しないので , 船舶を襲撃する行為は私的目的による海賊行為となろう。しかし,両者の関 係が立証されることになれば,海賊(行為)の目的=政治的動機≠私的目的 という構図が成り立ち,海賊危険に該当しなくなる恐れもある。
⑸ Athens Maritime Enterprises Corporation v. Hellenic Mutual War Risks Association (Bermuda)Ltd(Andreas Lemos)事件
本件はAndrea Lemos号の船主によって締結された戦争保険に関する事
件である。本件によれば,Andreas Lemos号が陸から約2.8マイル離れた バングラディシュ領海12カイリ内のChittagongに停泊中,夜間にナイフを
22) Ibid.,at50.
23) 2009年11月25日付のThe International Herald Tribuneによれば,アフリ カ駐留米軍中枢部はソマリア海賊がアルカイダと通じている痕跡はない。
24) 〔1982〕2Lloydʼs Rep483.なお,The Mutual War Risk Associationsは 1970年から1980年代にかけて頻発した特にマラッカ海峡やナイジェリア沖の暴 力的窃盗の多くに関わっている。
雑
保険学 誌 第620号
← す イレジュラ ー処理をして いま
もった武装集団が同船舶に乗り込み,密かな窃盗(clandestine theft)を企 て,6〜7人が船首楼(foʼcʼsle)から係留索(mooring lines)を海に投げ 入れていたところを,甲板にいた見張り番に発見され,船長や船員が駆け寄 ったため,窃盗団はナイフを振りかざしたものの,船長らの装備した武器を 目にして逃亡した。原告は装備品の損害につき保険金を請求したが,被告は これを拒絶した。裁判所は,本件損害が,すでに窃盗損害が生じた後に逃亡 を図る目的にのみ暴力を利用したにすぎないと判断し,この行為は海賊行為 によるものではないと判決した。
Staughton判事は,海賊行為を領海外の行為に限定する理由はないとし,
船舶が通常の言葉の意味で 海上にいる (at sea)のであれば,またはそ の襲撃を 海上犯罪 (maritime offence)ということができるのであれば,
保険取引の目的からして,船舶は領海内にいたとしても,海賊行為が犯され うる場所にいるとし,船舶が領海外にいる場合に,海岸からの暴徒によって 船舶が襲撃されたことを認識するのは容易ではないが,船舶が 海上にい る 場合は起こりうるという見解を示した。
すなわち,国際法における海賊行為とは,いずれの国の管轄権にも服さな い公海上の略奪行為や暴力行為をいうが,海上保険法における海賊行為は領 海外の行為に限定されないものとされ,国際法上の定義より広く捉えられる。
さらに,同判事は,暴力を伴わない窃盗または暴力の脅威を伴わない窃盗 が海上保険における海賊行為にはあたらないと判決した。 海賊が海賊たる には,必ずしも海賊旗を掲げ,威嚇射撃をする必要はないが,海賊行為は密 かに(by stealth)犯される行為ではない と述べた。つまり,本件のよ うに,追手を逃れるために暴力を行使する威嚇をしたにすぎないような行為 による損害は,海賊行為による損害ではない。
Andrea Lemos号から装備品が盗まれ,窃盗団が暴力を行使しようとし たことは事実である。しかし,問題はどの時点で窃盗行為が完了したかであ る。換言すれば,装備品が被保険船舶から窃盗団によって海中へ投下された
25) 〔1983〕QB647at661.
海上保険におけるPiratesおよびPiracyの解釈について
時点なのか,それとも窃盗団が盗んだ装備品と共に同船から離れた(逃亡し た)時点で窃盗行為が完了したと判断するのかである。前者の場合には,窃 盗が密かな手段で行われたため,担保されない。なぜならば,暴力または暴 力の脅威が,逃亡するためにのみ使用されたからである。後者の場合には,
窃盗は,窃盗団が盗取した装備品と共に被保険船舶を離れる時まで完了しな い。この場合,窃盗を完了させるために暴力の行使または暴力の脅威があれ ば,損害は担保されることになる。
ところで,海賊行為と暴力的窃盗とはかなりの点で重複しているが,両者 の相違は以下のように集約される。海上保険における海賊行為とは,船舶が 海上にいる ときにのみ行われる行為であるのに対し, 暴力的窃盗 はそ のような地理的制限に影響を受けない。また,担保危険としての 暴力的窃 盗 は船舶の外からの者による窃盗をいうが,海賊行為は乗組員または旅客 のように,乗船している者によっても犯される行為でありうる。さらに,他 の者に対する暴力の行使または脅威が海賊行為の本質的要素であると考えら れるのに対し,暴力が財貨のみを対象として使用される場合には,暴力的窃 盗は破壊行為にまで及ぶものと考えられる。最後に,海上保険のおける海賊 行為の要件は,政治的または公の目的ではなく,私的目的でなければならい のに対し,暴力的窃盗は必ずしもそのような制限を受けない 。
3.イギリス海上保険約款上の海賊危険の取り扱い
⑴ 海賊危険の取り扱いに関する変遷
古くから,保険業界は海賊行為に対処すべく海賊危険を保険でカバーして きたが,歴史的にみると,marine risksに含まれたり,war risksに含ま れたりして,その扱いは必ずしも一様ではない 。17世紀以降,海賊危険は
26) Gilman and Merkin,supra note10)at1010‑1011.
27) 木村・大谷・落合編(2011),前掲書注10),168‑169頁;Benett,supra note 10)at236‑244;Hodges, S.(1996)Law of Marine Insurance, Cavendish Publishing Ltd., at212など参照。
保険学雑誌 第 620号
イギリスの海上保険法において,海固有の危険(perils of the seas)の中 に含められ,ロイズSG保険証券では列挙危険(named perils)として掲げ られており,19世紀に入って海上危険から戦争危険を除外するために設けら れた 捕獲拿捕不担保約款 においても海賊危険は免責対象外であった 。 し か し,1930年 末 に 入 る と,特 に1936年 に 勃 発 し た ス ペ イ ン 戦 争
(Spanish Civil War)に端を発した様々な問題 国籍不明の潜水艦等に よる商船の撃沈の頻発,海賊行為が私的目的なのか政治的動機,さらには報 復等によるものなのか等 で,海賊危険と捕獲拿捕不担保約款中の免責危 険との区別が不明確になった。当初,捕獲拿捕不担保約款に海賊行為を含め ることでこの問題は解決できると思われたが,結果的には1937年以降,一切 の海賊危険は戦争危険の範囲に包含されるに至った。
戦争保険証券に海賊危険を織り込むことによって,海賊危険とその他の戦 争危険との区分の問題は避けられたが,たとえば,海賊行為と伝統的な海上 危険である窃盗(theft)とをいかに区分するのかという問題が露呈され,
両危険とも同一の保険証券で担保されれば問題は克服できるという認識が広 まった 。このような経緯から,伝統的かつ難解なロイズS.G.保険証券様 式を刷新する形で,1982年1月1日にNew Marine Policy Form(MAR 様 式)が 誕 生 し,そ れ に 添 付 さ れ る1982年ICCお よ び1983年Institute Time Clauses(ITC)‑Hullsが作成されると,海賊危険は再び海上危険に
含まれることになった。
なお,昨今の海賊危険の多発および保険金支払いの急増に鑑み,ロンドン マ ー ケ ッ ト で は,2008年 に 貨 物 に 対 す る 海 賊 行 為 の 解 約 通 知 条 項 (Cargo Piracy Notice of Cancellation Clause)が導入され,保険者は本 条項を挿入することで,保険が開始する前に解約することを認容され,復活
28) 1898年6月15日ロイズの定時総会で海上危険と戦争危険を別個に付保するこ とが合意された。
29) OʼM ay, D.(Jullian, H., ed.)(1993)Marine Insurance:Law and Policy, Sweet & Maxwell, at124。
海上保険におけるPiratesおよびPiracyの解釈について
担保のためには,割増保険料を請求することができるようになっている。
今日,海上危険としての海賊行為の位置づけは,海賊事件の頻発およびソ マリア沖のような明らかなhigh risk海域が存在することによる支払保険金 の急増などを理由として,ITCでは2009年以降,戦争危険として取り扱わ れるようになっている。すでに,2005年10月17日に合同船舶委員会(Joint Hull Committee;JHC)が 強盗,海賊行為および船員の悪行免責条項
(Violent Theft, Piracy and Barratry Exclusion Clause)を 公 表 し て い たが,2010年以降は,ITCの担保危険から 海賊行為 を除外し,協会戦 争 お よ び ス ト ラ イ キ 約 款(船 舶)― 期 間(Institute War and Strikes Clauses Hulls-Time:IWSC)で追加的に引き受けることになっている。実
際 に,ITCの 担 保 危 険 か ら 海 賊 行 為 を 除 外 す る 場 合, Violent Theft, Piracy and Barratry Exclusion-for use with The Institute Time Clauses Hulls 1/10/83 を 貼 付 し,そ の 際 IWSCに は Violent Theft,
Piracy and Barratry Exclusion-for use with The Institute W ar 6 Strikes Clauses Hulls1/10/83 が貼付されるようになっている 。
⑵ 現行2009年 ICC における海賊危険の取扱い
現行の 2009年ICC(A)条件は包括責任主義を採用し, 一切の危険 (all risks)という包括的文言に基づき担保危険を規定し,同6.2条で 拿捕,拿
捕,拘束,……抑留(海賊行為を除く)… として,海賊行為は免責危険か ら除外されるので,海賊危険も同1条のオール・リスクスに含まれる。他方,
は列挙責任主義により担保危険を個別的かつ具体的に規定し,海賊危険 は除外されている 。しかし, 条件共に特に除外された事由(4〜7 条)を除く一切の事由(any cause)による損害を避けるための共同海損は
30) 木村・大谷・落合,前掲書注10),356‑357頁参照。
31) 条件共に,6.2条で, 海賊行為を除く という括弧書の文言が削除され ているが,この理由は両条件が担保危険につき列挙方式を採り,海賊行為がそ もそも1条の担保危険に含まれないから,免責条項にいても除外の必要がない ことによる。横尾登米雄=松田和也改訂(1994) 貨物海上保険〔改訂第7 版〕 損害保険事業総合研究所,154頁参照。
保険学雑誌 第 620号
てん補される旨規定している。したがって,海賊行為の内容次第では共同海 損として担保される。たとえば,2つの梱包貨物が小型スクーナー船で輸送 中,強風の煽りを受け,予定の航路から逸れて海賊による略奪行為が頻発す る海域に入ったとする。この場合,海賊から逃れるため船脚を軽くする目的 で2つの梱包貨物のうち容量の重い方を投荷すれば,これは共同海損犠牲と みなされるから, 条件でも担保されることになろう 。しかし, 条 件共に6.2条に海賊行為を除くという括弧書の文言はないため,たとえば海 賊行為による拿捕は免責となる。
⑶ 海賊危険の取扱い上の課題
ところで,2009年ICC は,上述のとおり,オール・リスクス条件とな っているが,戦争,ストライキ,テロ行為などの免責事由を4〜7条で規定 している。たとえば,テロ行為または政治的動機から活動する者の行為によ って生ずる損害は,それが海賊行為にあたるか否かを問わず担保されない
(7.3お よ び7.4条)。他 方, 悪 意 的 に 行 動 す る 者 (persons acting mali- ciously)やハイジャック(hijacking)については免責となっていない。し たがって,いかなる行為が海賊行為とみなされるかを判断することが重要と なるが,海賊行為と他の行為を的確に区別することは必ずしも容易ではない。
たとえば,海賊行為は海上危険に含まれるが,騒擾および暴動(riots and civil commotions)は海賊行為に因るものであっても,免責事由とな
っている 。上記MIA保険証券解釈規則8条は 暴徒 (rioters)は海賊 であることを規定しているが,ICC では 騒擾 (riot)は免責されてい る。騒擾は,イギリスでは1986年の 公共秩序法 (Public Order Act)に より制定法上の免責となっており, 同法1条では,共通の目的のために12 人またはそれ以上の人が暴力を使用または暴力をもって威嚇することが騒擾
32) Hudson, N. G. and M adge, T.(2005)Marine Insurance Clauses,4th ed., LLP, at40参照。
33) これらの危険は,協会ストライキ約款(貨物)を挿入することにより復活担 保される。
海上保険におけるPiratesおよびPiracyの解釈について
の構成要件となっている。また,同10条⑵は,MIA保険証券解釈規則8条 のriotersおよび10条のriotは,公共秩序法に従いこれを解釈すべきである と規定する。そのため12人またはそれ以上の海賊が共通の目的(たとえば,
私利私欲のため)で,かつ暴力を使用して被保険船舶を襲撃した場合に,海 上保険証券上これを騒擾とみなすことも可能と思われる。現行の標準海上保 険約款には,海上危険から騒擾を除外することは,海賊行為には適用されな い旨の規定は存在しないため,海賊が12名もしくはそれ以上からなる場合,
当該海賊行為はおそらく海上危険から除外され,これを担保するためにはス トライキ約款を挿入する必要が生じる。しかし,このように区別することは 理論的には起こりえても,実務上これを適用することには異論があろう。
4.おわりに
本稿では,国際法上の定義やMIAならびにイギリスの判例を中心に海上 保険における海賊(行為)の解釈について考察した結果,国際法上の定義は 海上保険法における海賊(行為)の定義とは多くの点でそぐわないことが,
判明した。海上保険契約における海賊(行為)は,商業的意味でこれを理解 しなければならず,国際法上の海賊行為の意味と比較すれば,海上保険法上 の海賊(行為)は,きわめて広い意味に解されている。
すなわち,海上保険法上の海賊行為の特徴として,暴動を起す旅客および 海岸から船舶を襲う暴徒によっても行われる行為であること,暴力を伴うま たは暴力の脅威を伴う行為 逃亡を成功させるためのみの暴力の使用は海 賊行為とはならない であること,強盗のような単に財産に対する暴力を 使用することのみならず,船長または海員に対する暴力を使用する行為であ ること,政治的目的ではなく私的目的による行為であること,領海内または 公海上のいずれを問わず行われる行為 at sea または on the sea の行為 で あること,などが挙げられる。
他方,海上保険法においては,海賊類似の危険が存在し,その区分は必ず しもはっきりとしていない。たとえば,本稿では海賊行為と騒擾につき比較
保険学雑誌 第 620号
検討したが,釈然としない部分も残る。また,最近では,ソマリアの海賊と テロ組織との繫がりを指摘する声もあるが,仮にそういった事実が判明した 場合に,ソマリア海賊による海賊行為が,海上保険法にいう海賊行為ではな く,即テロ行為にシフトするのかは,熟慮しなければならない問題となろう。
海賊行為による損害は,船舶に対する損害,船舶不稼働損失,船長や乗組 員の傷害および死亡,貨物に対する物理的損害,遅延による貨物に対する関 接損害(商機の逸失など),専門交渉人依頼費用身代金支払いのための手配 費用,汚染賠償責任,船用金(燃料費,入港税など)の損失,など実に多岐 にわたる。船舶の構造・装備や貨物の梱包などは昔に比べれば飛躍的に向上 しているが,海賊行為による損害を完全に防止することは不可能である。
最後に,本稿では,ソマリアの海賊行為に伴う身代金の支払い等の処理に つきイギリス法上の取扱が明示されたMasefield AG v. Amlin Corporate
Member Ltd事件 における種々の課題,船舶保険約款における海賊危険
の扱いの詳細,さらにはP&I保険における海賊危険につき言及することが できなかった。これは別の機会に論ずることとしたい。
海賊(行為)の危険は古くて新しい問題である。
(筆者は中央大学商学部准教授)
34) 本件については,星誠(2010) ソマリア海賊事件処理の英国法上の取扱い M asefield AG v Amlin Corporate M ember Ltd〔 2010〕EW HC 280(Comm)Date:18/02/2010 海 事 法 研 究 会 誌 207号,18‑29頁;同
(2011) ソマリア海賊事件処理の英国法上の取扱い(続)Masefield AG v Amlin Corporate Member Ltd The “Bunga Melati Dua” 〔2011〕EWCA Civ24Court of Appeal(Civil Division )Date:26/01/2011 海 事 法 研 究 会誌 211号,17‑32頁が詳しい。
海上保険におけるPiratesおよびPiracyの解釈について