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(1)

ケインズ「一般理論」の思想的萌芽 : 「孫の世代 の経済的可能性」を中心として

その他のタイトル Keynes and his Earlier Thought

著者 有田 稔

雑誌名 關西大學經済論集

巻 6

号 1

ページ 60‑83

発行年 1956‑04‑20

URL http://hdl.handle.net/10112/15727

(2)

Mo ne y,  1 93 6;

J .    

M•

Ke yn es ) 

に至るまでの諸論文・諸著作は﹁一般理論﹂とはかなりの懸隔を持つているといわれて

いる︒サミュエルソン

(P au l

A .  

Sa mu el so n)

の如きは次のようにさえ云つている︒ ﹁私見によれば︑ケインズのそ

( 1 )  

れまでの生活または仕事で本当に﹃一般理論﹄のためにわれわれを準備させるものは︱つもない︒﹂と︒

ながら︑ある経済学者の専門的代表作が︑果たして彼の長年の思想と無縁であり得るであろうか︒

このような問題に対する︱つの理解方法として︑ こ

4

にシュムペーター

(J os ep hA .   S ch um pe te r)

のかの有名な

︑ ︑

﹁社会の経済状態にかんする包括的な理論ならば︑すべて︑補完的ではあるが本質的に峻別さるべ

き二つの要素から成つている︒その一は︑社会状態の基本的特徴についての理論家の見方であって︑

の社会生活を理解するためになにが重要であり︑なにが重要でないかについての見方という要素である︒これを

︵註

その理論家の映像

( Vi s i on )

と 呼

匠 う

言菓がある︒ 周知の如くケインズの「雇傭•利子・及び貨幣の一般理論」

一 ︑ 序

ケ イ ン ズ

,  

ケ イ

ン ズ

﹁ 一

般 理

論 ﹂

の 思

想 的

朋 芽

︵ 有

田 ︶

第 二

は ︑

般 理

論 ﹂

の思想的崩芽

その映像を概念化しまたは具体的な命題 しかし

(T he G   en er al   Th eo ry o f     E mp lo ym en t  I n te r e st   an d 

理論家の技術であり︑ 有

│﹁孫の世代の経済的可能性﹂を中心として

1

一定の時代

(3)

ケインズ﹁一艘理論﹂の思想的萌芽︵有田︶

このシュムペーターの分類に基づき︑ ケインズの﹁説得論集﹂ や理論に作り上げる用具

( ap p a ra t u s)

で あ

る ︒

論的要具をなに一っ見出しえない︒

にその全貌が現われているのである︒

( 2 )

た長い苦闘の最終的結実である︒﹂ そして

ところ の中 ﹃平和の経済的帰結﹄の頁のうちには﹃一般理論﹄に現われた理

しかしこの用具で技術的に補完すべき社会経済事態の映像については︑すで ︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑ は現代的映像を分析的に操作しうるものにしようとし

﹃ 一

般 理

論 ﹄

ヴィジョン( Vision)~ 、先見、洞察力の意と主として理解すべきではなかろうか。何故なら理論的要見に先立つものと

して用いられているからである︒本稿においては︑ヴィジョンを明確な理論以前に属する思想的なものという意味におい

て使用

9 したいと思う︒

(E s ys i n   P er s u as i o n,  

19 31

; 

J.

M•  

Ke yn es ) 

の﹁孫の世代の経済的可能性﹂を中心として︑彼の理論の第一のものすなわち思想を追求しようと思う︒

﹁説得論集﹂をとりあげた理由は次のようなものである︒すなわち﹁説得論集﹂が出版された一九三一年は︑

﹁一般理論﹂的朋芽の芽ばえはじめた頃であったからである︒詳しく云えば﹁貨幣論を書きはじめたときには︑私

はなお貨幣の作用を需要供給の一般理論とはいはゞ別個のものと見る伝統的な考え方に囚われていた︒

が︑それを書き終えたときには既に︑私は貨幣理論を全体としての産物の理論となるころまで押し戻そうという

( 3 )  

方向にいくらか進んでいた︒﹂というケインズ自身の言葉から理解出来るように一九三 0 年の﹃貨幣論﹄

(A Tr e  , .   a t i s e   o n  M on ey , 

19 30

; 

J.

M•  

Ke yn es )

の完成と相前後して﹁一般理論﹂的雨芽を持つに至った頃に︑

つて︑彼自身の過去の諸論文︑諸著作から選らび集められたと考えられるのが﹁説得論集﹂であるからである︒

したがつてその中には﹃一般理論﹄的な基調が存在すると考えられ︑ その観点でも

そこには﹃貨幣論﹄の直後の不明確ながら

(4)

ケインズ﹁一般理論﹂の思想的崩芽︵有田︶

も形を整えはじめた﹃一般理論﹄的なものを明確にせんがために︑彼の過去の思想的︑理論的遍歴を整理する目

しかしながら︑本稿の中に﹁一般理論﹂の理論的成長の具体的過程の追求を予想されてはならない︒何故なら

﹁一般理論﹂の理論的な面に関してはそれ以前の諸著作とは可なりの相違があるというのが通説となっているか

ら で

あ り

︑ こ .

i

に扱われているのは先に述べた如くケインズの理論の背景をなす思想のみであるからである︒し

たがつて次には必然的に理論の理解に思想が重要であるか否かの問題が生ずるであろう︒それについてはまた一

つの論文が作られねばならぬであろうが︑

には思想が存在する︑ こ

4

で云いうることは︑

しかも理論より前に︒ということである︒

( 4 )  

﹁ケインズの輝かしいオ幹を独占していたのは政策問題であった︒﹂と云われ︑

( 5 )  

というようなことはかれの科学的信条に席を持たなかった︒﹂といわれるケインズにあっては︑思想の研究が無

註 (1)

セイモア•E

・ハリス繍、日本銀行調査局訳「新しい経済学」第一分冊二三三頁。

( Ed i t or ;  S ey mo ur E•  

H ar r i s,  

"

Th e  N ew   Ec on om ic s"

, 

19 47 , 

p .  

153) 

(2) 同上、一――――—―二三頁。(^^

Th e  N ew   Economics",

  p .  

80) 

(3) 塩野谷九十九訳

J.M

ケインズ著「雇傭•利子及び貨幣の一般理論」原著者序一九頁。 (I.

M•

Kd yn es   "

Th e  G en er al   th eo ry f     o Em pl oy me nt

̲  I n te r e st   an d  M on ey

"

,  M ac mi ll an

 

C o . , L t   d . 

19 36 , 

P re t a ce   p .   v i )   (4 )

﹁新しい軽済学﹂︱︱二頁︒

( P.

74) 

(5 )

同上︑同頁︒

意味でないと考えても誤りではないであろう︒

そ れ

故 ︑

的があったのではないかと考えられるからである︒

︑︑︑︑︑︑︑︑ ﹁方法のための方法 ﹁方法のための方法﹂でない限りは社会科学

 

(5)

(T he   Ec on om ic   Co

n

qu en ce o f s   t h e   P e a ce ,

 1920)

の 中 中 妬

﹄ ︑

一九二六年の﹁一般理論﹂を去ること一八年︑殆んど専門的著作の初期にさかのぼり得るのである︒こ

4

に﹁平

和の経済的帰結﹂第二章﹁戦前の欧洲﹂

を比較検討することは︑ケインズのヴィジョンの成長を見るとともに一般理論の思想的な朋芽を知ることが出来

るのではなかろうか︑ というのは﹁平和の経済的帰結﹂は次のような重要性を持つているからである︒すなわち

﹁﹃平和の経済的帰結﹄に現われているヴィジョン︑投資の機会は減退し︑

らず根づよいどいうことが今日の経済社会の沈滞の原因であるというヴィジョンが﹃一般理論﹄で理論的に体系

( 1 )  

化された︒﹂といわれる程︑

﹁ 平

和 の

経 済

的 帰

路 ﹂

第 二

章 ﹁

戦 前

の 歌

洲 ﹂

は ﹁

眺 得

論 集

﹂ に

は 掲

載 さ

れ て

な い

さて﹁戦前の欧洲﹂においてケインズは次のように述べている﹁一八七 0 年以前には︑

陸の個々の部分は彼等自身の生産物に限定されていた︒しかし全体として見ればそれは実質的には自給的であっ

一 八

七 0 年以後において︑ そこは大規模に未曽有の状態に発展した︒そして次の五十年間にョーロッパの経済

ケ イ

ン ズ

﹁ 一

般 狸

論 ﹂

の 思

想 的

萌 芽

︵ 有

田 ︶

た︒そしてその人口はこの情態に適合させられていた︒

︵ 註 ︶

いるからである︒ ﹁平和の経済的帰結﹂は学説思想史的観点からは﹃一般理論﹄に密接に結びつ

q

て 序文に引用したシュムペーターの言葉にしたがえば︑ 二︑本

ケインズのヴィジョンはすでに﹃平和の経済的帰結﹄

(C HA PT ER n,   Eur op e  b e fo r e  t h e   W ar )

と﹁孫の世代の経済的可能性﹂と

それにも拘らず貯蓄性向だけが相変

ヨーロッパの小さい大 ﹁その全貌が現われている﹂のである︒

し た

が つ

て ︑

(6)

想郷において︑ 資本財をつくるためにまた遠い根拠地からョーロッパの食糧や原料製産物に近接せんがために必要であるところ の鉄道や船舶をつくるために︑もっと多くの職工がヨーロッ︒ハにおいて利用された︒約一九

00

年迄は産業に使

用されている一単位労佑は食糧の増加量を上廻る購買力を年々産出していた︒凡そ一九

00

年頃にこの過程は逆

転しはじめた︐そして人間の努力に対する逓減的産出高はそれ自身を再び主張しはじめたということはあり得る

こ と で あ る ︒

た。そしてー—

l

多くの新奇なものの一つであるところの—ー↓熱帯アフリカの資源がその時初めて大いに用いられ

るようになった︒そして油種子

( oi l se ed s)

の大きな貿易は人類の本質的食糧品の一っを新しいョリ廉価な形態

でヨーロッパの食卓にもたらしはじめた︒初期の経済学者達が考えたような︑この経済的黄金郷︑

その幸福な時代はわれわれの政治経済学の建設者達をば深く根ざした憂鬱症で充たしたところの世界的観点の

視野を失った︒

なったとこるの幻想を鎮めるためにマルサスは悪魔をあばいた︒半世紀の間すべての経済的農作は明瞭な眺望で

その悪魔をつかまえていた︒次の半世紀の間彼は鎖でつながれ目の届かぬところにおかれていた︒現在ではわれ に ︑

十八世紀以前には人類は偽に非らざる希望を抱いていた︒ われわれの大部分は育てられた︒

ケインズ﹁一般理論﹂の思想的萌芽︵有田︶

ヨーロッパ人口の増加ととも 条件は不安定な特殊なものとなった︒既に均衡のとれていた食糧に対する人口の圧迫は有史以来初めて明確に逆 転した︒数量が増加した故︑食糧は実際上獲得するのに以前より容易になった︒生産物の増加速度のおかげで以

前より大なる比率の収益は産業におけると同様に農業においても真実となった︒

一方では新しい国の土地を耕すためにもっと多くの移民人口を扶養するに必要であるところの工業製産品と

しかし穀物の真実価値

( i nt he   re al  co st ) 

1 ! .   おける騰貴の傾向は他の発展によって均衡がとれてい

この経済的理

その時代の最後期に次第に一般的と

(7)

ズは次のように云つている︒

を正当となす主な理由がここに存

( 2 )

︑ ︑

われは再び彼を自由にしている︒﹂これは資本主義発展に対するケインズの歴史観とも云うべきものであろう︒

したがつて︑これをケインズの歴史観と名づけよう︑後にこれは﹁孫の世代の経済的可能性﹂の中の歴史観と比

較するがそれはさておきこの様な観点を更に押し進めるならばどのような資本主義観を生むであろうか︒ケイン

﹁ヨーロッパは資本の最大限の蓄積を獲得するように社会的にまた経済的に組織

されていた︒ところが一方では人口の集団についての生活の日々の条件における若千の継続的発展が存在した︒

社会はその増加収入の大部分をばそれを少ししか消費しないような階級の支配のもとに投げ込むように編成され

ていた︒十九世紀の新しい富者は大きな支出をなすようには育てられなかった︒そして直接的な消費の喜びより

もむしろ投資が彼らに与えるところの力を採るようにさせられた︒事実︑この時代を他の時代に比して特徴ずけ

るところの不動産︵

f

ed we al th )

と資本的発展とのこれら莫大な蓄積を可能ならしめたところのものは明らかに

富の分配における不公平であった︒実際︑資本家制度

(t he Ca pi ta li st  S ys te mJ  

する︒若し金持が彼等の新しい富をば彼等自身の楽しみに費ったならば︑世界は途方もない耐え難い社会組織を

ずっと以前に見出していたことであろう︒しかし彼等は蜜蜂の如く貯蓄し蓄積した︒彼等は彼等自身見込のある

比較的狭い目的を持つていたのでそうしたのであるが︑それは全共同体に利するところが少くなかった︒

人類の偉大な利益のために︑戦前の半世紀の間に築き上げられたところの固定資本の莫大な蓄積は︑富が公正

に分配されたところの社会では決して起り得なかったであろう︒その時代が後世えの記念物としてつくった世界

の 鉄

道 は

その努力の結果に対する充分な等価を直接の享楽に消費する自由を持たなかったところの労

1 1 1

の製作

(w or ks )

たるエヂ︒フトのビラミッドに劣らなかった︒

ケ イ

ン ズ

﹁ 一

般 理

論 ﹂

の 思

想 的

期 芽

︵ 有

田 ︶

(8)

ケインズ﹁一般理論﹂の思想的萌芽︵有田︶

さればこの注目すべき制度はその生長のために二重の欺暉或いはゴマカシに依存していた︒ 一方では労仇階級

会秩序によって︑彼等と自然と資本家とが共同して作った菓子

( g

k e)

の非常に少量しか彼等自身のものとして要

求することが出来なかったところの状態を受けいれるように強制され︑説得され︑丸め込まれていた︒そして他

方では資本家階級は菓子の大部分を彼等のものとして要求することが出来︑そしてそれを消資することは理論的

には自由であった︒ただし実際には彼等はそれを非常に僅かしか消費しないという暗黙の︑下にかくれた条件に

もとづいてはいたけれども︒

貯蓄

f l

f l

の義務は十中八九美徳となった︒そして菓子の成長は本物の宗教の対象とな

った︒そこでは他の時代にはそれ自身泄界から追払われたところの︑そして享楽の技術と同様に生産の技術も否

定したところのあらゆる清教主義の本能が︑菓子の成長をめぐつて成長した︒そんなわけで菓子は増加した︑し

かしその目的についてははつきりと考慮が払われたのではなかった︒個人は節するというよりもむしろ延期し︑

そして安全と予想

( an t i ci p a ti o

の楽しみを養うように勧められるのが常であった︒貯蓄することは晩年のためか

n )

或は貴方の子供達のためであった。しかしこれは理論的にのみそうであったにすぎない。—すなわち、菓子の長

所 は

それは貴方によってもまた貴方の子供達によっても決して消費されるべきではないということであった︒

このように書いたからといつて私は必ずしもその世代の習慣をけなしたのではない︒その実在社会の奥底は無

意識のうちにそれが活動していることを知つていた︒菓子は本当は消費の欲望に比して非常に小さかった︑そし

て︑若しそれが一般に行きわたるように分けられたならば︑ それを切りきざむことによって以前より裕福になる

人は一人もないであろう︒社会は今の小さい楽しみのためにではなくて将来の安全と民族の発展のために活動し

( th e l   ab ou

r

g

c l a s s )

は無知或は無力を引受けていた︒ あるいは慣習︑因襲︑権威︑そして良く確立された社

(9)

術的発展の著しい欠如と資本蓄積の不足とである︒ ち ︑

︵ 野

on om ic P o s s i b i l i t i e s   F or  O ur  

すなわ

C 3 )  

4

あった︒ー│'本当に﹃前進﹄のために活動していた︒﹂この引用部分はケインズの資本主義観と呼ばるべき

であると思われる︒したがつてこれをケインズの資本主義観と名づけよう︒しかしながら︑云うまでもなくケイ

( 4

>

 

ンズは﹁そのときにはいまだ資本主義社会固有の貯蓄投資機構の不安定な契機に気づいて﹂はいなかった︒

以上の如きケインズ歴史観︑資本主義観は何ら変ることなく後にはむしろ発展され資本主義の持つ上述の如き

苦悩に対処する政策の可能性を暗示し︑ 将来の理想的社会の姿をすら描き得るものとされるに至った︒

﹁説得論集﹂の結論的位置を与えられた﹁孫の時代における経済的可能性﹂

Gr an dc hi ld re n;

 1932)

と題する小論の中に次の如き言葉が述べられている︒

先ず歴史観としては次のような言葉がある﹁われわれが記録を残しているところの最も初期の時代から

1

えばキリスト紀元前二 000 年にさかの匠る時代からーー十九世紀の初頭に至るまで︑地球の文明中心地に住ん

でいる普通人の生活水準には非常に大きな変化はなかった︒確かに栄枯盛衰はあった︑隆盛期もあった︒しかし

進歩的なはげしい変化はなかった︒西歴一七

00

年に︵例へば︶終ったところの四 0

00

年間に或る時期は他の

時期よりも多分五 0

︒ ハ

ー セ

ン ト

ー │

' せ

い ぜ

い で

00

パーセントーよかった︒

このように進歩がゆるやかであったり︑或は無かったりということは二つの理由に依るー'│すなわち重要な技

有史以前の時代と比較的近代との間の重要な技術的発明の欠如は正に注目に価する︒本当に重要であり︑そし

て世界が近代の初めに持つていたところの殆んどすべてのものは︑歴史の黎明期にすでに人間に知られていた︒

言語︑火︑我々が今日持つているのと同じような家畜︑小麦︑大麦︑プドウの樹︑

4

ン ズ

﹁ 一

般 理

論 ﹂

の 思

想 的

崩 芽

︵ 有

田 ︶

オリーヴの樹︑鋤︑車︑椀︑

(10)

つていないといつてよかろう︒

ケインズ﹁一般理論﹂の思想的萌芽︵有田)

帆︑革︑リンネルと布︑煉瓦と壺︑金と銀︑銅︑錫︑鉛ー│←そして鉄は紀元前一 000 年に目録に加えられて

た。'—_銀行業、政治 (statecraft) 、数学、天文学、そして宗教。われわれがそれらのものをはじめて持ったとき

歴史の黎明前の或る時期にーー'多分最後の氷河時代の前の好都合な期間の一つにおいてでもー—'われわれが今

日生活しているところの時代に比すべき進歩と発明の時代が存在しなければならない︒しかし記録されている歴

私が思うに︑近代は十六世紀に始まったところの資本の蓄積とともに始まった︒私は現在の議論を妨げはしな

いという理由で︑以下のことを信じている︒すなわち︑これは初めはスペインが新世界から旧世界へ持ち来った

金銀の財宝から生ずる価格の騰貴とそれが齋らしたところの利益のためであったということである︒その時から

今日迄多くの世代の間眠つていたように思われるところの複利による蓄積の力はその強さを再生し更新した︒⁝

⁝十六世紀から︑ そして十八世紀以後は蓄積的進展とともに︑科学と技術的発明の偉大な時代が始まった︒そし

てそれは十九世紀初頭以来活々たるものとなったー石炭︑蒸気︑電気︑ガソリン︑鋼鉄︑コム︑綿︑化学工'

ニュートン︑ダーウインとアインシュタイン︑そして無数

( 5 )  

の多くの事物及び人物︑余りにも有名で知れわたった目録︒﹂

これは﹁平和の経済的帰結﹂の中の歴史観に比べて近代以前が比較的詳しく述べられ︑近代が十九世紀ではな

くて十六泄紀乃至十八世紀頃から始まったとされ︑全体が充実させられている以外はその内容の性質は殆んど変 業︑自動機械︑そして大量生産の方法︑無線︑印刷︑ 史の大部分を通じてこの種のものは何も存在しなかった︒ の記録はない︒

(11)

な っ

た ︒

を期待する必要はない︒ 次に﹁孫の世代における経済的可能性﹂におけるケインズの資本主義観は次の如くである︒ の莫大な増加︑ それは家屋や機械を備える必要があったが︑それにも拘らず︑

﹁⁝⁝世界の人口

ヨーッパロと合衆国における平均

生活水準はあがった︒私の考えでは約四倍である︒資本の増大はどのような前の時代が知つていたところのもの

に対しても一

00

倍をはるかに超える程であった︒そう●て今からかさねてわれわれは人口の非常に大きな増大

若し資本が増加するならば︑例えば年に二︒ハーセントであれば︑世界の資本設備は二 0 年間に半分だけ増加す

るであろう。物質的なものの表現でこれを考えるならば'~家屋、輸送機関、等である。

同時に製造業と輸送機関における非常な技術的発展は歴史上いかなる以前よりも最近の一 0 年間に大規模に進

んだ︒合衆国における一人当りの工場産出高は一九二五年には一九一九年におけるよりも四 0 バーセント大きく

ヨーロッパにおいてはわれわれは一時的障害によって抑制された︒ しかしそれでも技術的効率は年一︒ハ

ーセントの複利以上で増加していると云つても差支えない︒今迄は主として工業に影響を与えていた革命的技術

変化は間もなく農業を襲うであろうという証拠がある︒われわれは鉱業や製造業や輸送機関においてすでに起つ

ているのと同じように偉大な食糧製造の効率における発展の前夜にあるかも知れない︒全くニ・一

1

一 年

の 中

に I

すなわち私はわれわれ自身の生涯の間にということを意味しているのであるがーー'われわれはわれわれが慣れて

いるところの人間の努力の四分の一で農業︑鉱業及び製造業のすべての操作を完遂出来るかも知れない︒

( 6 )

 

今はこれらの変化はわれわれを傷つけ解決すべき困難な問題を齋らしている︒﹂この引用にあらわれているケ

インズの資本主義観は︑ ﹁平和の経済的帰結﹂にあらわれているものよりもずつと楽観的となっている︒従って

ケ イ

ン ズ

﹁ 一

般 理

論 ﹂

の 思

想 的

期 芽

︵ 有

田 ︶

(12)

一 九

﹁しかしこれは非調 し

一九一九年の﹁平和の経済的帰結﹂の中で︑痛烈に批判した資本主義の矛盾︑すなわち資本蓄積の社会性と︑分配 の不平等の問題は次のように述べられるようになっている︒すなわち﹁もう一

0

0 年われわれはわれわれ自身と

他の人々とを︑公正は邪悪であり︑邪悪は公正であると偽わらねばならない︑何故なれば邪悪は有用であり︑公 正は有用でないからである︒貪欲と高利と用心

( Pr e c au t i on )

と は

まだもう暫くの間われわれの偶像でなければ

( 7 )  

ならない︒何故なれば彼等のみがわれわれを経済的必然性の隧道から陽光の中えと導き得るからである︒﹂

らば︑何故︑ かくの如く重大なものが︑﹁孫の世代の経済的可能性﹂においては軽視され楽観的に扱われるように

なったのであろうか︑それについては次のケインズの言葉がその理由を説明するであろう︒

整の一時的局面にしかすぎない︒これは皆︑結局においては人類はその経済的問題を解決しつ

4

あるということ

を意味してい

5

︒ >

﹂ と

こに︱つの主調︑

信を見てみよう︒ この考えこそは︑個々のそれぞれ異った時に書かれた論文の寄せ集めでありながら︑

すなわち選択の基準があったと思われる﹁説得論集﹂のその基準であると考えられる︒

三 0

年の﹁貨幣論﹂に不満を抱いたケインズは一九三一年に﹁一般理論﹂の未完成な素材を持ちながら︑自己の 過去の諸々の論文から何かをつかみとり︑整理しようとしたのは当然であろう︒その基準が︑彼の主張する工夫

( de v i ce s )

の存在なのであると思われる︒以下﹁説得論集﹂の方々に散見されるケインズの工夫

( de v i ce s )

への確

﹁われわれは現在経済的悲観主義の悪い攻撃を受けている︒人々が次のようなことをいつているのを聞くこと

がある︒すなわち︑十九世紀を特徴づけたところの巨大な経済的前進の時期は過ぎ去った︒生活水準における急

速な発展は今や速度が劣えつ

4

あるー│←少くとも大英帝国においてはそうなりつ

4

ある︒繁栄における衰微はわ

ケ イ

ン ズ

﹁ 一

般 理

論 ﹂

の 思

想 的

期 芽

︵ 有

田 ︶

(13)

れわれ以前の十三年間における発展よりももっともっと可能性が強い︒

これはわれわれに対して起りつ

4

ある事柄に対する野蛮な誤れる解釈であるということを私は信じている︒わ

れわれは古い時代のリューマチから被害を受けているのではなくて過度に急速な変革についての成長の痛みか ら︑すなわち︱つの経済的期間から他の経済的期間えの間の調整にともなう苦痛から被害を受けているのであ

( 9 )  

る︒﹂同じ考えは﹁貯蓄と消費﹂

(S av in g  a nd   Spe nd in g  ( J a n .   1931])

4

で 砕

2

茨国と消孟貿との背反的相関関係を説

き︑若しわれわれがわれわれの事態を上手く取扱い得るなら︑ われわれの国民所得は急速に増加するであろう︒

その方法は所得分配の公平化であるが︑それは遂行されつ

4

ある︒と述べた後の次の如き結論にもあらわれてい

﹁それ故に︑我々は若さの成長的苦痛をうけているのであって︑古い時代のリュマチから苦痛をうけている

( 1 0 )  

のではない︒﹂また﹁一九三 0 年の大不況﹂

(T he G re a t  S lu mp o f  

  1

93 0;

 

の冒頭に次の如き言葉がある﹁︒世間

1930)

は︑われわれが近代史上最大の経済的崩潰のすぐ傍で生活しているということを悟るのが遅かった︒しかし一般

の人々が理由も原因も知らないながら起りつ

4

ある事柄について気付いている現在は︑以前に︑その困難がやっ

て来たときと同じように過度の恐怖を経験するかも知れないということで一ぱいである︒彼は理由のある心配を

もつていたのではなかった︒彼は将来を疑いはじめている︒彼は今や現実の暗黒に直面すべく楽しい夢から醒め

かけているのか︑或はいづれは過ぎ去るであろう悪夢の中に知らぬうちに落ち込みつ

4

あるのであろうか︒

彼は疑う必要はなく︑

以上を要約すれば後期資本主義の矛盾や困難は︑古い時代の疾患から来る苦痛ではなくて︑若さが成長するに

あたつて蒙る苦痛であり︑ る ︒

(11) 

それは夢ではなくてそれは悪夢である︒そしてそれは朝とともに過ぎ去るであろう︒﹂

それは一時的な悪夢に過ぎない︒

ケインズ﹁一殻理論﹂の思想的萌芽︵有田︶

ということになるであろう︒

(14)

経験の中から生れたもののようである︒そして﹁貨幣論﹂の後︑ しからば︑ケインズは何故︑後期資本主義の悩みが一時的のものであると主張するのであろうか︑その根本的

理由としてケインズは言う︒﹁何故なれば造物主の資源と人間の工夫

( de v i ce s )

とはそれが過去においてそうであ

( 1 2 )  

ったと同様に豊かであり生産的であるからである︒﹂と︒

( de v i ce s )

に対する確信を彼が持った理由は彼の専門である貨幣を中心とした諸々の政策的予言の適中と︑

二般理論﹂の構想を持ちつ

4

編集したのであ

るから﹁説得論集﹂が具体的理論の完全さを持たないながら︑確信に充ちており︑楽観的であるのは当然のこと

と考えられる︒

次に︑ケインズが工夫

( de v i ce s )

の存在を確信しながら描いた︑資本主義社会の将来を眺めて見よう︒

﹁現在人間の欲求

(n ee ds )

は貪欲であるように思われるかもしれないということは事実である︒

二つの組に分けられる│ー+すなわち︑ しかしそれは

われわれ人間仲間の状態がどのようであろうともそれに対してわれわれが

感ずる意味で絶対的であるところのこれらの欲求と︑若しそれらがわれわれを高めわれわれの仲間に対してわれ

われに優越を感じさせるならばそれに感ずるに過ぎないという意味で相対的であるところのこれらの欲求とであ

る︒第二の組の欲求︑すなわち優越に対する欲望を満足させるところのこれらのものは実に飽くことなきもので

あろう︒何故なれば一般の水準より高いもの︑尚高いものというのがそれらなのであるから︒しかしこれは絶対

的要求に関しては真実ではないー~われわれが非経済的な目的にわれわれの一層の精力をむしろ捧げるという意

味でこれらの欲求が満足させられるときは︑間もなく︑すなわち多分われわれのすべてが気付いているよりもも 資本主義の将来のための具体的工夫

( de v i ce s )

ケ イ

ソ ズ

﹁ 一

般 理

論 ﹂

の 思

想 的

萌 芽

︵ 有

田 ︶

そ の

で あ る と こ ろ の 一 般 理 論 を 持 つ に 至 る 前 に こ の よ う な 工 夫

(15)

ついて危惧を抱く程であった︒すなわち︑ 戦争や人口の増加は必要でないという主張から︑ っと早く到達されるであろう︒:

. .

.  

えているであろうという結論を私は引出す。これはーー'若しわれわれが将来を眺めるならばー—'経済的問題は人

類の永遠の問題ではないということを意味している︒⁝⁝

これは利益であろうか︒若し人が︑いやしくも人生の真実の価値を信ずるならば︑その予想は少くとも利益の

C13) 

可能性を示すであろう︒﹂

ケインズは将来の可能性について以上のような確信を持つていた︒むしろか

4

る時代が来た後に生ずる問題に

•三 0 年以内に捨てることを要求されるであろうところの、普通人の習慣と本能の再調整について危惧を抱いて

(14) 

い る

︒ ﹂

それは今日﹁英国や合衆国において有産階級の主婦達の間にすでに普通のこととなっているような種類

の神経衰弱

(n er vo us br ea kd ow n)

﹂がその︱つであって︑

われているーすなわち︑経済的必然の刺戟を奪われたとき︑彼女達は料理︑洗濯︑繕いものに対して充分な楽

G15) 

しみを見出し得ないのである︒なおまだもっと楽しい何ものかを見出すことは全く不可能である︒﹂

われわれは今日でも﹁少しは経験を持つているのであるから︑将来の社会にあっては︑

めて彼の現実︑彼の永遠の問題に直面させられるであろうー│'すなわち︑焦眉の経済的苦労から解放された後の

彼の自由を使う方法︑閑暇を費す方法︑しかもそれは科学と複利とが︑賢く︑楽しく︑

(16) 

に獲得させたところのものである︒﹂︐ところが︑

ケ イ

ン ズ

﹁ 一

殷 理

論 ﹂

の 思

想 的

萌 芽

︵ 有

田 ︶

﹁懸念なしに閑暇と豊壌の時代を求めることが出来る国家や人 ﹁だが私は︑無限の世代にあたつて彼の中に育てられたところの︑ニ

﹁彼女達の伝統的な仕事や職務を彼女達の富によって奪

このように

上手に生活するように彼 ﹁彼の創造以来人間は初 ]QO 年以内に解決されるであろう︒少くとも解決が目に見

(16)

ケイソズ﹁一被理論﹂の思想的萌芽︵有田︶

しているではないか︒これを問題とするのは︑彼等が︑

以 上

は ︑

られたものであるが︑次に将来社会の仕事について︑

い わ

ば ︑

﹁来るであろうことをわれわれが予期 民はないと私は思う︒何故なればわれわれは骨折り努力すべきであって楽しむべきではないというように余りに も長い間馴らされてきたからである︒特別の訓練なしに︑彼自身を使用することは普通人にとつては恐るべき問

(17) 

題 で あ る ︒ ﹂ ︒ そ の 証 拠 に ︑ ﹁今日世界中のどの地域の富裕階級の態度や業蹟から判断しても︑外見は非常に沈滞

( 1 8 )  

われわれの前術であるからである︒﹂︒そしてそ

の﹁彼等はその大部分が彼等に課された問題を解くに当つて手ひどく失敗している︒もう少しの経験でもつてわ

れわれは金持が今日使用している方法とは全く別な生活の計画をわれわれ自身のために描き上げるであろうこと

(19) 

は確かであると私は思う︒﹂

ケインズの将来社会において生ずるであろうと予想される自由な時間の増加とその結果について述べ

ケインズは次のように述べている︒ ﹁将来の多くの時代に

わたって原罪

(t he o ld   A da m)

は︑誰でも若し彼が満足させられるべきであるならば︑或る仕事をする必要があろ

うという程強くわれわれの中に残るであるう︒われわれは少ない義務や仕事や日課を持つ事を非常に喜こぷだけ

で︑今日金持が通常得ているよりももっとわれわれのための事柄を為すであろう︑⁝⁝︒三時間交替或は週十五

時間制は非常に長期間問題をそらすであろう︒何故なれば一日三時間制は原罪を満足させるためには我々にとつ

(20) 

て全く充分であるからである︒﹂

以上は将来社会の仕事について述べられているが︑次に道徳面にケインズは言及している︒たゞし︑主として

経済的な面のみに関してではあるが︑さて︑ケインズは次のように云う︒

しなければならないところの他の面における変化が︑また存在する︒富の蓄積がもはや高度の社会的重要事でな

(17)

ケインズ﹁一般罪論﹂の思想的崩芽︵有田︶

き得るからである︒ 偶像

(g od s)

でなければならない︒

くなるとき︑道徳のおきてに大いなる変化があるであろう︒二

00

年の間われわれを悪夢で悩ましたとこの︑そ

れでもつてわれわれが人間性の最も不愉快な或るものをば最高度の美徳の地位に登らせたところの︑多くの似非

道徳原理からわれわれは免れることが出来るであろう︒われわれはその真実の価値において貨幣の力を大胆にも

﹁私は一歩進 算定する余裕を持つことが出来るであろう︒所持形態として

1

すなわち生活の享受や真実のための手段として

の貨幣愛とは異ったものとしてのーー佐益巾愛は︑幾らか嫌な不健全なこと︑人が身震いとともに精神病の専門家

( 6 1 )  

に渡すところのこれらの半ば犯罪的な半ば病的な性向であるということが認められるであろう︒﹂

んで、最も確実で確かな宗教と伝統的美徳の若千へ戻つて見るー~すなわち貪欲は悪であるということ、高利の

強制取立ては非行であり︑貨幣愛は嫌悪すべきものであるということ︑少しでも明日のことについて考えるとこ

ろの人々は︑大部分︑本当に美徳と穏健な考えの道を歩むということである︒われわれはもう一度手段に先立つ

目的を評価し有用であるということよりも︑むしろ善をとるであろう︒われわれは時間や日々を道徳的に良く送

る方法をわれわれに教えることの出来る人々を事物の中に︑すなわち苦労したのでもなければ作ったのでもない

野中の百合のようなものの中に︑素直な楽しみを見出し得る愉快な人々を尊敬するであろう︒

しかし注意しなければいけない︒まだこれらすべてに対する時は来ていない︒何故なればもう一

00

年われわ

れはわれわれ自身と他の人々に公正は邪悪であり︑邪悪は公正であると偽らなければならない︒何故なれば邪悪

は有用であり︑公正は有用でないからである︒貪欲と高利と用心

(p re ca ut io n)

とはまだもう暫くの間われわれの

というのは︑彼等のみがわれわれを経済的必然性の隧道から陽光の中えと導

f f 

(18)

うヽい

し か

し ︑

﹁われわれがわれわれの経済的 従って総体的人間にとつての物質的環境に曽つて起った最も大きな変化をその遠くない時代に私は予想してい

註︵ イ︶

る︒しかし︑勿論︑それは破局的ではなく︑すべて除々に起るであろう︒事実それはすでに始まつている︒その状

態は曽つてよりもずつと大きな階級と経済的必然性の問題が実際上は除かれたところの人々の集団とが存在する

であろうというに過ぎないであろう︒臨界的相違

( c r i t i c a l c l i f f e r n c e )  

る程この状態が一般的となったときに現われるであろう︒何故なれば︑或る人自身に対して合理的であることが

( 2 2 )  

済んだ後に︑他の人に対して経済的目的であることは合理的なものとして残るであろうからである︒﹂

このようなケインズの﹁孫の世代の経済的可能性﹂にあらわれた未来社会は︑

H.G

ウエルズ著﹁ウイリアム・クリソル ドの世界﹂と題する著書の影蓉を受けていると思われる︒︹﹁耽得論集﹂第五篇の一︑クリソルド

( C l i s o l d ,

19 27 )

註︵イ︶この﹁ゆるやかな革命﹂の思想は﹁説得論集﹂第四篇の一︑﹁ロツア管見﹂︵已

e

s ho r t  v ie w  o f   R u s si a ,  1925)にそ

の代表的根幹を見出しうる︒

以上がケインズの資本主義に対する一

00

年後の予想図であるが︑そこには具体的な理論的褒付けは全然な

︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑

重要なことは︑か

4

る思想が﹁一般理論﹂の完成された後に生れたのではないということであろ

次いでケインズはこの未来社会を実現するに要する条件の素描を試みている︒

至福の目的を達し得る速度は四つの事柄によって支配されるであろうーー.すなわち︑人口を制御するわれわれの

能力︑戦争と内戦とを回避するわれわれの決意︑当然科学に関するものの方面は科学にまかせるわれわれの心構

え︒そしてわれわれの生産と消費の間の差額によって固定される蓄積の率である︒

の三つが与えられさええすれば︑簡単に求められるであろう︒﹂

ケインズ﹁一艘浬論﹂の思想的萌芽︵有田︶

そしてこの最後のものは最初 は隣人に対する人間の義務の性質が変化す

(19)

このような政策的な事柄については︑﹁諒得論集﹂第四篇の二︑﹁自由放任の終焉﹂

(T he En d  o f   L a i ss z ' Fa i r e,  

19 26 ) 

1 l   より詳しく述べられている︒︵この﹁自由放任の終焉﹂は政策部分のみの抜率であって︑第一版のパソフレットの四分の

一租度のものである︒︶

(1 )

小泉明著﹁ケインズ﹃一般理論﹄﹂春秋社二八ーニ九頁︒

(2 ) 

J. 

M•

Ke yn es , 

"

Th e  E co no mi c  C on q ue nc es

̀ " 

o f  t he   peace

A  M CM IL LA

N  AND 

C O. , L  IM IT ED   ST .  M AR TI N' S  ST RE ET ,  L ON DO N,  1 92 0,  p .  7  

( 3 )  

Ibid••P•

1618 

(4 )

山田長夫著﹁ケインズ﹃一般理論﹄﹂春秋社二八ーニ九頁︒

( 5 )  

I .   M•

Ke yn es , 

"

Es sa ys n     i P er s u as i o n" ,  1 93 1,  ( PA RT  V , T  he   Fu t u re ,

2•  

Ec on om ic   Po s s i b i l i t i e s   f or   G ra n d ch i l dr e n , 

193 0)` 

p .  

360363 

( 6 )  I b i d . ,   p . 

363364 

(7 )  I b i d . ,   p . 

372 

(8 )

d ., p . 

364 

(9 )  I b i d . ,   p . 

358 

(1 0)  I b i d . ,   p . 

156 

( 1 1 )   I b i d . ,   p .  

135 

(1 2)  I b i d . ,   p . 

135 

( 1 3 )

I b  

i d  , "  

p . 

365366 

(1 4)  I b i d . ,   p . 

367 

(1 5)  I b i d . ,   p .  

367 

( 1 6 )  I b i d . ,   p .  

367 

(1 7)  I b i d . ,   p . 

368 

( 1 8 )  I b i d . ,   p . 

368 

ケインズ﹁一般華論﹂の思想的萌芽︵有田︶

参照

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