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[書評] 豊原治郎著『アメリカ商品流通史論』

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[書評] 豊原治郎著『アメリカ商品流通史論』

その他のタイトル [Review] Jira Toyohara, History of American Commerce

著者 加勢田 博

雑誌名 關西大學經済論集

巻 22

号 1

ページ 111‑119

発行年 1972‑05‑20

URL http://hdl.handle.net/10112/15017

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111 

書 評

豊 原 治 郎 著 『 ア メ リ カ 商 品 流 通 史 論 』

加 勢 田 博

わが国におけるアメリカ経済史研究は,第2次大戦後著しい発展を遂げてきたのである が,端的に言って,それはもっぱら西洋経済史研究.とりわけイギリス経済史研究の極め て強い影響を受けながら,従ってその分野の論争点をそのまま反映する形で展開されてき たといえよう。つまり,アメリカにおける工業組織の二類型すなわち「ロード・アイラン ド型」と「ウォルサム型」の歴史的評価がもっぱら中心的な論点となっていたのである。

しかし,近年わが国の経済史研究は,一方ではかの地における「経営史学」の着実な発展 とその成果を吸収しながら,他方ではわが国における経営史研究の発展によって.内部か ら大いに刺激されつつ発展する過程でわが国のアメリカ経済史研究を1つの確固とした研 究領域として確立させるまでに発展したといえよう。このことは,わが国のアメリカ経済 史研究者の最近10年間の諸々の研究業績が明確に物語っているところである。

ところで,本書の著者である豊原治郎教授は,いまさら言うまでもないが,わが国のア メリカ経済史の代表的研究者であり,すでに数多くの優れた業績を通じて学界の発展にき わめて大きな貢献をなされている。本書は,すでに公刊されている著者の2つの労作すな わち『アメリカ産業革命史序説」⑥ミ来社, 1962年)及び『アメリカ海運通商史研究」

(未来社, 1967年)の「妹妹篇」をなすものとして,1968 1969年に亘るハーバード大 学留学中に執筆された論稿を帰国後整理されて公刊されたものである。

もとより著者の基本的立場は,アメリカ産業革命の発祥の地たるニュー・イングランド 地方の綿工業の成立過程と末開拓の分野であった南部の綿工業の成立過程とを経済史・経 営史の視角からそれらの史的特質を実証的に解明した優れた研究,すなわち教授の最初の 労作である上掲「アメリカ産業革命史序説』において明示されている。それは,アメリカ 産業資本の形成過程を商業資本の範疇的転化の軌道と土着資本の自主的な自己展開による 軌道との 2つの軌道がからみ合いながら展開していく過程として把握していることからも 111 

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圃西大學『純清論集』第22巻第1

明らかである。 (上掲「序説』,第1章「序説」参照。)

さて,アメリカ産業資本成立の契機としてのアメリカ産業革命は, 19世紀初頭,ニュー

• イングランド綿工業を基軸にして展開されたのであった。アメリカに最初の近代的工業 組織をもたらしたこの基軸産業たる綿工業の主体的担い手がほかならない東部大都市の商 人層であったわけである。したがって著者は第2の労作である上掲「アメリカ海運通商史 研究」においては,これら商人層の具体的なしかも最も基軸的な企業家活動としての海運 通商企業についてその経済史的・経営史的特質を分析したのであった。それゆえ第 3の労 作たる本書においては,上述の 2つの労作で取扱われた近代綿工業経営から生産された綿 製品及び海運通商活動による諸商品類の流通活動について, 「商人企業家活動にも焦点を あわせながら分析・考察」 (2ページ) しょうとしたものである。以下本書の概要を,そ の核心的部分をなしていると考えられる第3章及び第4章を中心に紹介して筆者の若干の 感想を述べたい。

II 

本書は上述したように,著者がハーバード大学留学中にハーバード大学所属の 5図書館 をはじめボストンその他の図書館・諸研究機関に保管されている資料のうち資料的価値の きわめて高いと考えられる幾つかの主として一次資料を駆使して執筆されたものである。

それゆえ本書の内容は重要資料の精緻な分析によってきわめて高度なものとなっている。

とわいえ,その内容は著者独特の明解な論理の展開によって非常に整然と論述されてい

ところで,本書はその構成からみれば8章と補論から成っているが,第5章,第6章及 び補論を除いて他の各章はすべて著者がこれまで最も強い関心を示してきた19世紀前葉の ボストン及びニューヨークの商品流通活動及び商人企業家活動に関する研究である。

さて, 第1章及び第2章はいずれも商品流通活動そのものを分析の対象にしている のであるが, そのうち第1章「ニューヨーク港における商品流通活動」では,著者は 'NEW YORK PRICE‑CURRENT'(地方商業週間新聞)とUnitedStates, Bureau of  the Collector  of  Customs at  New York,  Certain  Records of Vessels  Arriving  from and Clearing for Foreign Ports, P,rtof New York, 18041811, 4 Vols., に基

づいて,ニューヨーク港がナポレオン戦争から第2次米英戦争に至る時期の一連の政治的

・経済的・軍事的インパクトを受けつつ国内的・国際的にいかに発展していったのかを分 析・考察している。それによればニューヨーク港はナポレオン戦争のインパクトを種々の

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豊原治郎著「アメリカ商品流通史論』 (加勢田) 13 

形で受けながらも「基本姿勢としては,ボストン及びフィラデルフィアを次第に圧しなが ら,アメリカ商品流通経済界における『帝王」として君臨していく第1歩をこの1800年〜

1810年に大きく踏み出した」 (17 18ページ)という。このニューヨーク港商品流通活動 繁栄の主軸はいうまでもなく対ョーロッパ交易であったが.このニューヨーク港一ーヨー ロッパコースの大動脈を底辺としてカリプ海或いは極東・アフリカを頂点とする「三角形 商品流通活動」が「再輸出」方式を中心に行なわれたということである。

そこで明らかな事実は,工業先進国イギリスと後進国アメリカとの関係であり,それと 同時に,「ニューヨーク商人層が単に商品商業的にではなく, 貨幣商業的にも, 南部プラ ンター層を自己企業圏内に吸収し,、CottonTriangle Trade'をニューヨーク流通資本軌 道の上で大々的に展開せしめるに至った」 (36ページ)ことである。

次に著者は第 2章「ボストン商品流通経済の史的特質」において,アメリカ工業化の初 期において極めて重要な役割をはたし,ニューヨークと激しく競い合ったボストンの場合 を,上述のニューヨークの場合と比較しながら, 'Boston Board of Trade'の「年次報 告書」をもとに1850年代から1870年代までの時期について分析している。その際,ポスト

ン経済成長の主要 3品目すなわち原棉・羊毛・鉄の流通過程とボストン商品市場を中心と する諸商品の流通過程のうち「ボストン一ー中西部ーー南部の地域間相互関係」について 考察している。このうち「原棉の買入れと綿製品の輸出」については, 50年代及び60年代 にはニュー・オーリンズ (NewOrleans)を主要チャンネルとして南部原棉が, ポスト ンを中心に興隆したニュー・イングランド近代綿工業に供給されていたこと。しかし, 60 年代後半以降次第にこの分野でもニューヨークの圧力が強まってきたことが明らかにされ ている。また綿製品輸出については,「当時のポストンの正に地球的な規模での海運通商 活動」 (48ページ)を印象付けられるのであるが, とりわけボストン綿製品輸出活動が圧 倒的に「極東」通商にウエイトを置いていたことが注目される。

それでは,国内商品流通市場としてみたボストンは如何なる特質を有していたかと言え ば,いうまでもなくボストン商人層は綿工業及び毛織物工業を中心とする工業経営を支配 していたのであり,その上,ボストン商品市場が原棉及び羊毛を中核として支えられてい たことを考え合わせるとき,ボストン商人層の「工業経営と商品流通経営との併行支配」

の一面を確認できる,と言えるのである。以上要するに,全体的な商品流通状況が示すと ころは, 1860年代においてはボストン一ー中西部,ポストン—南部という「三角形商品 流通体制」が成立しており,これを通じて,ニューヨークには遠く及ばないとしても,ニ ュー•イングランド最大の国内商品流通市場たる地位を確保していたと言うことである。

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14  闊西大學『鰹漕論集」第22巻第1

III 

それではアメリカ産業革命の出発点(近代的工業組織の起源)と考えられるボストンエ 業組織の主役たるボストン商人層は如何なる史的特質を有していたのであろうか。この問 題も著者が以前から追い続けていた問題であるが,本書では第3章「ボストン商人層の史 的特質」において詳細に論じている。本章及び次章第4章は本書の最も核心的部分である と考えられるので多少詳しく紹介することにしたい。

ここでの著者のアプローチの特徴は「マクロ的」視角と「ミクロ的」視角(大量観察方 法)の両面から,これを「公的資料」(ここでは25ドル以上の納税者名薄:List of Persons, 

Copartnerships,  and  Corporations,  Who  Were  Taxed  Twenty  Five  Dollars and  Upwards, in the  City of Boston, in  the  Year 1836.)と「私的文献資料」(私人が私 家版として公刊した「伝記的色彩の強い興信録」のこと)とによって分析・考察している ことである。具体的に言えば,「公的資料」による分析結果を「私的文献資料」によって 裏付けていく形で分析・考察が行なわれている。つまり「マクロ的」分析から得られたボ

ストン商人層の「史的座標」をさらに大量観察方法によって分析しているのである。

このような周到な分析を通じて明らかにされた点の1つは, 「1836 61年において,

ボストン経済成長の主導権は, 1848 49年を転換点として,その前半が『商人」によっ て,後半が『商人兼工業家」によってそれぞれ掌握されていた」 (81ページ) ということ である。(ここで言う「商人兼工業家」とは, 元来商人であった企業家が「商人流通資本 をそのまま工業生産資本へ転化し,自らも商人企業家でありながら,同時に工業企業家と しての企業家機能を展開するタイプの企業家類型」 (81ページ)を意味している。)別言す れば,「このような主導権の転換が,結局, ボストン経済成長が主として海運通商企業活 動を基底としていた時代から,やがて,その上部に綿工業を軸とする織物工業企業活動を 裳立させ,確立させていく,あの産業革命進展過程を象徴的に表現している」 (81ページ)

ということである。いずれにせよ著者のいわゆる 'TraderType'を主軸とする海運通商 企業家層(ボストン商人層の中核をなす)は,その活動を通じて蓄積した資本の投資をボス トン近郊から次第に内陸地域へ,さらには交通機関へと拡大していき,最後に工業部門へと 大規模に展開していった。 この過程で彼等は投資家レベルからGeneralEntrepreneur  へと発展した。

かくて19世紀前半におけるボストン経済構造は「三重構造」(海運通商企業活動を礎石 にして,その上に近代工業企業活動を,さらに最上層に鉄道企業を軸とする中西部経済開

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豊原治郎著『アメリカ商品流通史論」 (加勢田) I I 

発活動が登立する)の特色を確立するに至ったのである。そしてこれが担い手たるポスト ン商人層はその出生地追跡の結果が明示しているところによれば,著者のいういわゆる

「土着型」(数世代前からニュー・イングランドに定住していた人々)であったといわれ,

この「土着型」の商人層の経済支配が, 結局, ボストン経済界を保守的, 閉鎖的たらし め,ひいてはボストン経済成長の停滞性と限界性との原因の1つとなったことを著者は主 張しているのである。

ところで,上述のようなボストン商人層の史的特質に比較して,年来の宿敵であり,結 局,アメリカ流通経済界の「王者」の座を獲得したニューヨーク商人層の史的特質たるや 如何なる点に存するのであろうか。著者は前述のポストン商人層の史的特質との対比を念 頭におきながら,ここでも「大量観察方法」によって,2種の「私的文献資料」 (MosesY.  Beach,  Wealth and Biography of the  Wealthy  Citizens of New York  City,  New  York, 1845; William Armstrong, The Aristocracy of New York: Who They Are  And What They Were; Being A Social and Business History of the City for Many  Years, Part 1,  New York, 1848.)を基礎資料にして,これに掲載されているニューヨ ーク市の 'WealthyCitizens'7つの職業別区分に分類し,さらに財産所有別リストを

も作成して, これらをもとにアメリカ産業革命の真只中の1845 1848年のニューヨーク 経済成長過程の史的特質を分析している。これによって明らかにされている点は,ニュー ヨーク経済界においても「商人層」が君臨していたことであり,ニューヨーク 'Wealthy Citizens'の「上層」は海運通商企業家が,「中層」は国内商品流通過程にタッチする商人 企業家が多数を占め,さらに「下層」においても商品流通企業家が過半数を占めていたこ

. . . . . . . . . . . . . . . .  

とである。このことは「当時のアメリカ国内商品流通市場センターとしてのニューヨーク の史的役割の大きさを如実に物語っている」 (124ページ)のである。別言すれば, この 時代 (1840年代後半)のニューヨーク経済の史的特質を「商業中心地」 ('emporiumof  commerce')  として把握できるということである。そこで前章で分析・考察されたボス

トンと比較分析したとこるによれば, 「海運通商都市としての本来的特質を強く反映させ ているボストン」に対して,ニューヨークの特質は「国の内外に亘る商品流通活動に殆ん どバランスのとれた形態で積極的な展開」を示していることである。(127ページ)このよう な相違の因って来たる原因は,著者によれば,まず第1に両海港間の自然的条件の相違。

第 2 に植民地以来の両都市の経済的・政治的•宗教的発展過程の根本的ギャップの存在。

3にニューヨークの内陸部開発による中西部市場の独占。第4にこれら外的理由のほか に内的存在としての人的要因.すなわちボストン商人層とニューヨーク商人層との史的特 115 

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闊西大學『鰹清論集』第22巻第1

質の相違があげられている。これらの相違が.結局,ニューヨークを19世紀の40年代に至 って,「王者」として君臨させる原因ともなったわけである。

それではニューヨーク商人層の史的特質はボストン商人層のそれに比較してどう異な るのであろうか。著者はこれを BusinessBackgroundBusinessCareerの両面か ら分析・考察している。(この分析方法は前章のボストン商人層の史的特質の分析にも採 られている。)具体的に言えば,商人層の「私的環境」を探ることと具体的な企業経営活 動についての史的追跡を行うことである。まず, BirthPlaceから明らかにされているよ うに, ボストン商人層にみられた「土着型」特性に対してニューヨーク商人層はむしろ

「移民型」の特性を強く有しているのであって,この特質がボストンの静的・保守的・封 鎖的性格に対してニューヨークの動的•国際的・開放的性格に具現されている,と主張し ているのである。また, Business  Kinshipに関する分析からも同様のことが言えると いう。つまり,ニューヨークの場合, Boston Associatesにみられるような「特殊人間 関係」を有するものが少なく.したがって,この種の関係を母体とするような社会集団の 影響が弱かったというのである。著者はニューヨークの場合BusinessKinshipに代っ てむしろ宗教(宗派)の重要性すなわち宗教的団結(宗教的同志意識)の重要性,それを 踏まえた組織的な企業経営活動の重要性に注目している。しかし, ニューヨーク商人層 とりわけその中核を構成する海運通商企業家層の中で多数を占めた Presbyterian派と Quaker派にみられる宗教的共同体意識がそのまま BostonAssociatesにみられたよう な「社会的・政治的共同体に発展成長することはなかった」 (148ページ)点を強張してい

次に BusinessCareerの分析によって海運通商企業家層の具体的な企業経営活動の史 的追跡が試みられている。著者のいわゆる NavigationTypeTraderTypeとの比 較分析によれば,ポストンの場合に比較してニューヨークの場合は両類型の比率が非常に 接近しており,これは「'PrivateCarrier'から 'CommonCarrier'への海運近代化過程 が,ボストンに比較して順調に展開された」ことを示すものであり, 「ニューヨークによ って,アメリカ海運業の近代化の先鞭がつけられた所以である」と述べている。 (138ペー ジ)さらに,ボストン,ニューヨーク両海運通商活動海城の比較からもニューヨークの場 合がボストンの場合より地球的規模で比較的バランスがとれていることが明らかにされて いる。また,ボストン.ニューヨーク両海運通商企業家層の企業経営活動を拡大発展させ た諸分野についての比較分析によっても,両都市とも「多角的産業企業家層」が最も大き な比率を占めているが.その意味するところは特質上の根本的相違を含んでおり, これは

116 

(8)

豊原治郎著『アメリカ商品流通史論』 (加勢田)

先に述べた「土着型」風土と「移民型」風土との相違に由来するものである, といえよ

以上要するに,ニューヨーク経済成長が.アメリカ経済史上, 「王者」として覇権を把 り君臨するに至る過程を分析・考察し,その理由を幾つか指摘しているのであるが,これ を端的に言えば, 「両都市をそれぞれ内包する社会経済的・政治的風土の根本的相違がそ の最も著しいものである」 (153ページ)ということになるであろう。

IV 

さて.第 5章以下の各章は,ボストン及びニューヨーク港の商品流通及び商人層の史的 特質の分析。考案の過程で若干言及された問題を個別に論述したものである。特に第7 及第8章では.ニューヨークとボストンのそれぞれの経済成長の人的要因としての商人層 のケース・スタディーとしてイラストウス・コーニングとネイサン・アップルトンの企業 家活動が取扱われている。紙巾の制限上第5章以下は極く簡潔に紹介したい。

まず「アメリカ国内商品流通の発展と商人活動」と題する第5章においては, 19世紀前 半におけるアメリカ国内商品流通活動の担い手たる商人層及び小経営業者群について,そ の経営機能の具体的展開をこの時代の国民経済全体との関連において考察している。

別言すれば本章はこれらの経営活動を商品流通過程に関説し,これらの経営現象に背後 からインパクトを与えていたこの時代の国民経済構造の近代化過程にも関説しながらそれ との関連において論説しているのである。

次に,再び18世紀末葉から19世紀中葉の海運通商企業活動に議論を戻せば,その具体的 展開の場は北大西洋をはじめ西インド・南アメリカとアメリカ沿岸水城及び極東であっ た。就中.「最もユニークな性格」を有していたのが中国を中心とする極東海城諸国との 極東海運通商活動であったと著者は述べている。それは技術史的見地からも,経営史的見 地からも,通商史的見地からも,さらには政策史的見地及び国際経済史的見地からみても そういえるというのであって,この極東海運通商活動ほど通商相手国の経済成長に重要且 つ本質的なインパクトを与えたものはない.と述べている。第6章「米中通商史考」は,

このアメリカ極東海運通商活動の中心をなす「中国通商」の史的特質を.これが1870年代 に急速な衰退を示すに至るまでの時期について経済史的•経営史的視角から論述したもの である。

最後に著者は第7章及び第8章において,上述の諸論とは異なりケース・スタディーと して,ニューヨーク及びボストンの代表的企業家と考えられる 2人の「商人」について著 117 

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闊西大學『継滑論集』第22巻第1  

者の「伝記的分析方法」に基づいて,彼等の「多角的産業企業家」への成長過程つまり彼 等の企業家としての生涯を幾つかの活動分野について社会的経済的背景を踏まえながら.,. かの地でのきわめて豊富な資料をもとにして詳細に考察している。(著者は,この分析方 法を経済史的研究と経営史的研究との「接点」(前掲「アメリカ海運通商史研究」 19 20 ページ参照)となると考えている。)それが第7章「ニューヨーク商人イラストウス・コ ーニングの企業家活動」と第8章「ボストン商人ネイサン・アップルトンの企業家活動」

とである。

なお,本書には「補論」として「経営史学研究の意義ーProf.R.W. Hidyの立場一」

が加えられている。ハイディ教授は昨年来日され「経営史学会」等で我々も直接御講話を 拝聴する機会を得たが,本論文は教授の所論を紹介する形式をとっており,教授の基本的 立場とかの地の「経営史学」界の動向を理解する上で有益である。

以上,この労作を筆者なりの仕方で第3章及び第4章を中心にして,その概要を紹介し た。次に筆者の若干の感想を記して筆を措きたい。

ハイディ教授の学問的影響を受けている著者は.しばしば「経済史的。経営史的」とい う言葉に象徴的に示されているように,ハーバード・ビジネス・スクールを中心とするア メリカ経営史学の分析手法を,わが国の従来の経済史研究の中に積極的に導入し.これを 槙粁にして「歴史的特質の研究」という両者の共通の問題をョリ多元的,ヨリ立体的に解 明しょうとしてきたのであった。その努力は本書においても,みごとに結実しているとい えよう。もとより,著者は「経済史学」と「経営史学」との関係を, J.G.B. Hutchins  教授も述べている ('Business  History,  Entrepreneurial  History,  and  Business  Administration', The Journal of Economic History, Vol.  XVIII, no. 4, 1958.)よう に,「親子の関係」すなわち「経営史学」は「経済史学」の子供である, という考え方に 立っており,言わば「経済史学」が大きな「外枠」を意味するとすれば「経営史学」はそ の中に存在する1つの重要な構成部分であると考えておられるように思える。著者のこれ までの研究においてもまた本書においても主要な研究対象をなしている「商人層」の史的 特質の分析は,まさにこの「親子」の対話の場にほかならないのであって,経済史研究と 経営史研究の「接点」の1つをここに見出しているからにほかならない。

このように,本書はわが国の、アメリカ経済史研究に新しい「窓」を開くことに成功して いるといえるであろう。もっとも,今後に残された問題もないわけではない。その1つは

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豊原治郎著『アメリカ商品流通史論」 (加勢田)

次のような点にも指摘されよう。すなわち,本書において明らかにされたボストン商人層 とニューヨーク商人層との両者の史的特質の相違が.したがってそれに結果したニューヨ ークの君臨が, 19世紀アメリカ経済発展にきわめて重要な役割を果したミシシッヒ゜河以東 の西部(中西部)地域の経済発展にどのようなインパクトを与えたのであろうか。逆説的 に言えば,ボストン,ニューヨークのみならず.フィラデルフィア,ボルチモアの商人層 も含めていわゆるビッグ・フォアのシビアな競争の舞台となり,勝者としてのニューヨー ク商人層の地位を決定的ならしめた中西部が,ボストンやニューヨークの商人層の史的特 質に如何なる影響を与えたのであろうか。近い将来.中西部地域・ミシシッヒ゜河流域・ニ ュー・オーリンズ地域を含む内陸地方の商品流通史と商人活動とを「アメリカ流通経済成 立史論」として一本化する計画のあることを著者自身から洩れ聞いているが.筆者自身に とっても.上述のような視角から大きな関心と期待とを抱かざるを得ない著書出版計画で はある。

(未来社, 1971年lO月刊, A 5判,本文350ページ,文献目録26ページ,2,800

119 

参照

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