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Vol.53 , No.1(2004)035吉水 岳彦「禅宗四祖道信の機根観 -善導との比較を通じて-」

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Academic year: 2021

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(1)

印 度 學 佛 教 學 研 究 第 五 十 三 巻 第 一 号 平 成 十 六 年 十 二 月

は じ め に ﹃観 無 量 寿 経 ﹄ 所 説 ﹁是 心 作 仏 是 心 是 仏 ﹂ 釈 の 研 究 が 筆 者 の テ ー マ で あ る 。(1) 別 稿 に お い て 、 中 国 禅 宗 四 祖 道 信 禅 師 ( 五 八 ○ ︱ 六 五 一 、 以 下 敬 称 略 ) と 中 国 浄 土 教 祖 師 で あ る 善 導 大 師 (六一 三︱ 六 八 一 、 以 下 敬 称 略 ) の 釈 義 の 比 較 研 究 を 試 み た が 、 両 者 の 解 釈 に は 、 非 常 に 明 瞭 な 教 学 的 違 い が み ら れ た 。 道 信 の 機 根 観 道 信 の 機 根 を 指 す 用 語 に は 、 凡 夫 、 上 上 人 、 中 上 人 、 中 下 人 、 下 下 人 、 鈍 根 衆 生 、 利 根 人 等 が あ る 。(2) ま ず 、 ﹃ 師 資 記 ﹄ に は ﹁ 故 知 学 者 有 四 種 人 。 有 行 有 解 有 証 上 上 人 。 無 行 有 解 有 証 中 上 人 。 有 行 有 解 無 証 中 下 人 、 有 行 無 解 無 証 下 下 人 也 ( ﹃初 期 の 禅 史 I ﹄ 二 〇 五 頁 ご と 、 行 者 を 四 種 に 分 け 、 行 ・ 解 ・ 証 の 三 者 の 組 み 合 わ せ に よ る 機 根 の 差 別 を 論 じ て い る 。 先 学 に よ る と ﹁ 故 為 学 者 、 取 悟 不 同 、 有 如 此 差 別 。 今 略 出 根 縁 不 同 。 為 人 師 者 、 善 須 識 別 。 (前 掲 書 二 〇 五 頁 ) ﹂ と い う 説 示 の す ぐ あ と に 四 種 学 人 説 が あ り 、 行 者 の 機 根 や 仏 教 に 遇 う 縁 が 不 同 (根 縁 不 同 ) で あ る こ と を 明 確 に し た も の で は な い か と の 指 摘 が あ る 。(3) こ の 指 摘 に 順 う な ら ば 、 根 縁 不 同 な る こ と を 述 べ て い る ﹁如 此 差 別 ﹂ の 中 に 行 ・ 解 ・ 証 の 具 体 的 な 内 容 を 見 る こ と が で き る だ ろ う 。 ﹁如 此 差 別 ﹂ の 前 文 は 次 の よ う で あ る 。 云 何 能 得 悟 解 法 相 、 心 得 明 浄 。 信 日 、 亦 不 念 仏 、 亦 不 捉 心 、 亦 不 看 心 、 亦 不 計 心 、 亦 不 思 惟 、 亦 不 観 行 、 亦 不 散 乱 、 直 任 運 。 亦 不 令 去 、 亦 不 令 住 、 独 一 清 浄 究 竟 処 、 心 自 明 浄 。 或 可 諦 看 、 心 即 得 明 浄 、 心 如 明 鏡 。 或 可 一 年 、 心 更 明 浄 。 或 可 三 五 年 、 心 更 明 浄 。 或 可 因 人 為 説 、 即 得 悟 解 。 或 可 永 不 須 説 得 解 。 経 道 、 衆 生 心 性 、 譬 如 宝 珠 没 水 。 水 濁 珠 隠 、 水 清 珠 顕 。 為 諦 三 宝 、 破 和 合 僧 、 諸 見 煩 悩 所 汚 、 貪 瞋 顛 倒 所 染 、 衆 生 不 悟 心 性 本 来 常 清 浄 。 故 為 学 者 、 取 悟 不 同 、 有 如 此 差 別 。 (前 掲 書 二 〇 五 頁 ) こ こ で 道 信 は 、 ど の よ う に し た ら 法 の 相 を 悟 解 す る こ と が で き 、 心 を 明 浄 に す る こ と が で き る だ ろ う か と 問 い を 出 し 、 続 146

(2)

い て 五 種 の 衆 生 の あ り 方 を も っ て 答 え て い る 。 ﹁如 此 差 別 ﹂ と は 、 こ の 五 種 の あ り 方 と 考 え ら れ る 。 行 ・ 解 ・ 証 と い う 語 を 重 ね 合 わ せ て 考 え れ ば 、 I 、 直 に 任 運 で あ る こ と で 、 心 が 自 ら 明 浄 と な る 者 ︱ 無 行 (任 運 ) 有 証 (心 自 明 浄 ) Ⅱ 、 看 心 し て 年 々 に 心 を 明 浄 と す る 者 ︱ 有 行 (看 心 ) 有 証 (心 即 得 明 浄 ) Ⅲ 、 人 の 説 法 に よ っ て (法 の 相 を ) 悟 解 す る 者 ︱ 有 解 (即 得 悟 解 ) Ⅳ 、 人 の 説 法 に よ ら ず に (法 の 相 を ) 解 す る 者 ︱ 有 解 (得 解 ) V 、 本 来 心 は 常 に 清 浄 で あ る が 、 煩 悩 に 汚 さ れ て 悟 ら ぬ 者 ︱ 無 証 (不 悟 心 性 本 来 常 清 浄 ) と な る だ ろ う 。 こ の よ う に 見 て み る と 、 有 証= ﹁心 得 明 浄 ﹂ 、 有 解= ﹁ 得 悟 解 法 相 ﹂ で あ る と い え よ う 。 有 行 に 関 し て は 、 一 つ の 行 に 確 定 で き な い が 、 I に 念 仏 (仏= 心 ) 、 看 心 等 が 挙 げ ら れ て い る こ と か ら 、 行 と し て 看 心 を 重 視 し て い た と 推 察 で き る 。 以 上 を 整 理 す れ ば 、 四 種 の 行 人 の 目 指 す と こ ろ は 有 証 ( 心 得 明 浄 ) で あ り 、 下 下 人 と 中 下 人 の 違 い は 有 解 (得 悟 解 法 相 ) で あ り 、 中 上 人 と 上 上 人 の 違 い は 有 行 (看 心 等 の 行 ) で あ る こ と が わ か る 。 こ こ で 注 目 さ れ る の は 、 中 上 人 と 上 上 人 の 違 い が 行 に よ っ て お り 、 無 行 よ り も 有 行 の 方 が 上 位 と な っ 禅 宗 四 祖 道 信 の 機 根 観 (吉 水 ) て い る 点 で あ る 。 こ れ に よ り 、 道 信 が 非 常 に 行 を 重 視 し て い た こ と が 考 え ら れ る 。 ま た 、 無 証 の 説 明 に あ た る V か ら 、 衆 生 を 本 来 清 浄 な 心 を 持 っ た 者 と し て い る こ と が う か が え る 。 こ れ ら の こ と よ り 、 道 信 は 衆 生 を 本 来 清 浄 な 心 を 持 つ と い う 点 に お い て 差 異 の な い も の と し な が ら も 、 行 を 修 す る 上 で は 機 根 に 差 別 の あ る こ と を 認 め て い た と 推 察 さ れ る 。 次 に 、 四 種 学 人 以 外 の 機 根 を 指 す 用 語 と し て 、 凡 夫 と い う 言 葉 が 見 ら れ る 。 そ れ は ﹁念 仏 心 是 仏 、 妄 念 是 凡 夫 。 (前 掲 書 一 八 六 頁 ) ﹂ と あ り 、 仏 を 念 ず る 心 が 仏 で あ る と す る の に 対 し て 、 念 の 妄 れ た も の が 凡 夫 で あ る と し て い る 。 こ こ に い う 念 の 妄 れ た も の と は 、 お そ ら く ﹁経 云 、 ,如 来 現 世 説 法 者 、 衆 生 妄 想 故 。 (前 掲 書 一 九 九 頁 ) ﹂ の ﹁妄 想 ﹂ と 同 様 の 内 容 を 示 す も の と 考 え ら れ る 。 両 者 は ど ち ら も 仏 に 対 す る 妄 れ た 念 、 想 で あ り 、 具 体 的 に は 、 相 好 を 持 っ た 如 来 が 現 世 で 説 法 し て い る と い う 衆 生 の 錯 覚 を 指 し 、 こ の 妄 念 、 妄 想 を 持 つ 者 を 凡 夫 と し て い る 。 つ ま り 、 道 信 の い う 凡 夫 と は 、 仏 の 相 好 等 、 対 境 を 実 在 と 捉 え る 者 を 示 す も の と い え よ う 。 ま た 、 鈍 根 衆 生 、 利 根 人 と い う 用 語 が 次 の 文 章 に 見 ら れ る 。 又 日 、 用 向 西 方 不 。 信 日 、 若 知 心 本 来 不 生 不 滅 、 究 竟 清 浄 、 即 是 浄 仏 国 土 、 更 不 須 向 西 方 。 華 厳 経 云 、 無 量 劫 一 念 、 一 念 無 量 劫 。 須 知 一 方 無 量 方 、 無 量 方 一 方 。 仏 為 鈍 根 衆 生 、 令 向 西 方 、 不 為 利 根 人 説 也 。 深 行 菩 薩 入 生 死 、 化 度 衆 生 、而 無 愛 見 。 (前 掲 書 二 一 三 頁 ) 147

(3)

禅 宗 四 祖 道 信 の 機 根 観 (吉 水 ) こ こ で 道 信 は 、 観 行 の 対 境 と し て 西 方 浄 土 に 向 か う 教 え を 否 定 し 、 四 種 学 人 説 同 様 に 、 あ く ま で も 心 が 本 来 清 浄 で あ る と 知 る 修 道 を 勧 め て い る 。 ま た 、 観 行 の 対 境 と し て 西 方 浄 土 を 想 定 す る 行 が 鈍 根 衆 生 の た め で あ る と し た の に 対 し て 、 利 根 人 た る 深 行 の 菩 薩 は 、 対 境 に 執 着 す る 心 (愛 見 ) を 起 こ さ な い も の で あ る こ と を 説 い て い る 。 つ ま り 、 道 信 が 凡 夫 や 鈍 根 衆 生 と い う も の を 、 対 境 を 実 在 と 捉 え 、 そ こ に 執 着 の 心 を 起 こ す 者 と し 、 利 根 人 を 、 そ の よ う に 対 境 に 愛 見 を 起 こ す こ と の な い 者 と 峻 別 し て い る こ と が わ か る 。 善 導 の 機 根 観 善 導 は ﹃ 観 経 疏 ﹄ に お い て 、 衆 生 は す べ て 仏 滅 後 の 五 濁 の 凡 夫 で あ る た め 機 根 に 差 別 は な く 、 九 品 の 差 別 が あ る と い っ て も 、 そ れ は 遇 縁 の 異 な り に 過 ぎ な い Ⅳ と を 述 べ て い る 。 そ し て 、 善 導 に お け る 凡 夫 と は ﹁自 身 現 是 罪 悪 生 死 凡 夫 。 曠 劫 已 來 常 没 常 流 轉 。 無 有 出 離 之 縁 。 ( ﹃ 浄 全 ﹄ 二 巻 五 六 頁 ) ﹂ と 、 罪 深 く 、 常 に 迷 い の 世 界 に 沈 み 、 輪 廻 の 世 界 か ら 出 離 す る 縁 の な い 者 で あ る と し て い る 。 ま た 、 具 体 的 に は ﹁如 來 懸 知 末 代 罪 濁 凡 夫 。 立 相 住 心 尚 不 能 得 。 何 況 離 相 而 求 事 者 。 如 似 無 術 通 人 居 空 立 舎 也 。 (﹃ 浄 全 ﹄ 二 巻 四 七 頁 ) ﹂ と い っ て 、 有 相 の 浄 土 に 心 を と ど め る こ と す ら 難 し く 、 そ の 対 象 が 無 相 の 仏 と も な れ ば 全 く 不 可 能 な も の と し て い る 。 お わ り に 道 信 は 衆 生 を 本 来 清 浄 な 心 を 持 つ と い う 点 に お い て 差 異 の な い も の と し な が ら も 、 行 を 修 す る 上 で は 機 根 に 差 別 の あ る こ と を 認 め て お り 、 対 境 に 執 着 す る 心 (愛 見 ) を 起 こ す か 否 か に よ っ て 利 根 鈍 根 を 峻 別 す る ポ イ ン ト の 二 つ と し て い る 。 そ し て 、 そ の よ う な 機 根 観 に 立 っ た 上 で 、 自 己 の 心 が 本 来 清 浄 で あ る と 知 る 修 道 を 勧 め 、 有 証 ( 心 得 明 浄 ) を 目 指 す べ き で あ る と し て い る 。 こ れ に 対 し て 、 善 導 に お け る 機 根 と は 、 仏 滅 後 す べ て の 衆 生 共 通 の も の で あ り 、 対 境 に 執 着 す る 凡 夫 と さ れ る 。 中 国 初 唐 に お い て 、 同 じ ﹃ 観 経 ﹄ ﹁是 心 作 仏 是 心 是 仏 ﹂ の 文 を 用 い な が ら ま っ た く 異 な っ た 解 釈 を し た 理 由 の 一 端 を 、 機 根 観 の 相 違 に 見 る こ と が で き る 。 1 拙 稿 ﹁道 信 の ﹁是 心 作 仏 是 心 是 仏 ﹂ 釈 ∼ 善 導 と の 比 較 を 通 じ て ∼ ﹂ ﹃佛 教 論 叢 ﹄ 第 四 八 号 所 収 2 先 学 に な ら い 、 ﹃師 資 記 ﹄ を 道 信 禅 の 根 本 資 料 と し た 。 3 田 中 良 昭 氏 ﹁道 信 禅 の 研 究 ﹂ ( ﹃ 駒 澤 大 学 仏 教 学 部 研 究 紀 要 ﹄ 第 二 二 号 ) 一 四 七 ∼ 一 四 八 頁 参 照 。 ︿ キ ー ワ ー ド ﹀ 道 信 、 四 種 学 人 、 機 根 、 善 導 (大 正 大 学 大 学 院 ) 148

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