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南アジア研究 第23号 013学会近況・石上 悦朗, 佐藤 隆広「企画セッション1 インド経済のグローバリゼーションと産業発展」

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Academic year: 2021

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(1)

学・会・近・況

企画セッション1

インド経済のグローバリゼー

ションと産業発展

代表者

石上悦朗、佐藤隆広

企画の趣旨 本セッションはインドの個別産業の実証的・理論的研究を進めようと しているグループによる研究報告である。報告者はいずれも工業だけで なくサービスも視野に入れた産業発展の視角から個別産業の研究を積 み重ね、そしてそれらを統合してインドの産業発展の全体像を把握する 作業の重要性を十分に認識している。また各報告者はこれまで「年次工 業調査」(Annual Survey of Industries)および「全国標本調査」(National

Sample Survey)の個票データ等を活用して研究を進めてきたが、これら の既存統計資料では得られない「現場」での知見を積極的に求め、理論 的・実証的に突き合わせることを企図している。このような研究方法は 先学・先行研究においても採られた研究の常道であるが、若い研究者に あってはともすれば軽視される傾向にある。本グループは、現代インド 研究東京大学拠点(水島司代表)と連携して研究を進めており、産業の 実証研究ができる若い世代の研究者の育成に少しでも貢献できること を願っている。なお、報告者の研究成果の一部は他の執筆者ともに石 上・佐藤(2011)に収められている。 石上悦朗 インドの産業発展 ─インド化、インフォーマル化、グローバル化─ インド化、インフォーマル化およびグローバル化というタームをキー ワードにして報告者が共有する問題意識を述べよう。 インドは独立以来の輸入代替工業化(インド化)により発展途上国の 中では重工業・機械工業の基盤を構築した数少ない事例に属する。長期 にわたる国家主導の輸入代替工業化において、機械・金属・化学などの 重化学工業部門と製薬、重電機などの知識集約・技術者集約的工業に

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おいて標準的近代技術を獲得してきたことは特筆に値する。インドが獲 得した技術は最先端ではなく標準的で中間的技術であるが、これなくし て先端には進めないという基礎づくりという意味で重要である。インド の産業政策は、このような重工業化戦略とともにライセンス制度に代表 される工業企業規制政策および小規模工業保護政策という、政策として は互いに整合的ではない特徴をもつものが同時に遂行されたという点 で独特である。1991年以降本格的な経済自由化政策を導入するが、工 業部門においてはJ・ネルーとインディラ・ガンディーが1950年代~ 70 年代にとった産業政策(主に工業政策)の下で醸成された産業構造や企 業活動の特徴がいまだつよく残っていると考えられる。インドの産業発 展を概観すると、東アジア諸国の経験と大きく異なり、サービス(第3 次産業)のより急速な発展と工業・製造業の比較的緩慢な発展という特 徴をもつ。産業構成に占める工業のシェアは1970年代・1980年代初め に24 ~ 25%程度まで高まって以降、現在に至るまでほとんど停滞して いる。製造業のシェアは15 ~ 16%程度である(製造業の中ではもちろ ん新旧産業の興亡は確認できる)。工業・製造業の裾野は構成比でみる 限り30年間も拡大していない。また、製造業における組織部門雇用の伸 びは絶対数でみても最近に至るまで停滞的であった。 近代的な工業部門の裾野が拡大しないことと並んで、インドにおける 企業活動、労働市場の在り方に注目すると、インドの産業発展にはイン フォーマル化(事業所の小規模化、雇用の非正規化、労働者の低学歴・ 低技能、脆弱な生活基盤など)という一見すると退行的な傾向を看取で きる。 他方において、1990年代以降、IT

-

BPOサービス(ソフトウェア などの情報技術とバックオフィス業務などのビジネス・プロセス・アウ トソーシングを指す)のように輸出指向で急速な成長を遂げる経済のグ ローバル化の申し子のようなサービス産業が出現する。製薬産業の発展 と高度な医療技術を背景とした医療ツーリズムやヘルスケア産業の発 展も急速である。かくして、雇用形態に着目すると、インドの産業発展 は一方では膨大な人口を構成し脆弱な生活基盤にあるインフォーマル な経済従事者と、他方ではグローバル化にリンクしたエリート労働者や 正規雇用者から成る経済従事者という経済境遇が大いに異なる二つの グループを随伴した。[

Krishna and Pieterse 2008

]にならっていえば、

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前者の生活圏はルピー経済であり、後者はドル経済ということになる。ル ピー経済はグローバル経済に統合されていないというのではない。い や、むしろインド第1の輸出産業である小粒ダイヤモンド研磨業に代表 される小規模工業は大量の低賃金労働力を投入することにより国際競 争力を持ち、特定の限られた地域・クラスターが輸出拠点として成長し てきたのである。他方、IT

-

BPOサービス産業は大量の、しかし高 学歴の労働力をこの産業に吸収して、米欧のサービスアウトソーシング に応えて急激に成長してきた。この産業に従事する労働者はインドでは 破格の高賃金、プレミアム付きの賃金を得ている。しかし、彼らはイン ドでは「ルピー経済」の子守り、運転手、警備人などの使用人をきわめ て低廉に雇うことができ、彼ら自身を労働者ではなくある種のエリート と思わせるような生活が可能となる。つまり、ここではドル経済を頭に してルピー経済が階層的に統合されているといえよう。 最後に、報告者がパンジャーブ州ルディアーナーとマンディゴビンド ガルにおいて2010年9月に実施した地方における中小規模の鉄鋼業に 関する予備調査の知見について触れる。鉄鋼業の輸入代替化(インド 化)の過程では、小規模工業保護政策の影響もあり、中小零細企業が大 規模メーカーとは異なる方式で生産活動を展開してきた。今日、インド の粗鋼生産を見ると日本では馴染みのない誘導炉による製鋼が約3分 の1を占める。誘導炉メーカーは中小の企業群から成り、鉄源に直接還 元鉄(DRI)の一種である海綿鉄(

Sponge Iron

)とスクラップを用い る。誘導炉メーカーの下流には中小の単圧のリローラー企業群が連な り、建設用の棒鋼を中心に条鋼類の生産に従事している。マンディゴビ ンドガルは「鉄の町」と呼ばれる中小鉄鋼メーカーの一大集積地であり、 大企業につながり、近代的技術を用いる中規模企業(労働者数400 ~ 500人程度)から、良質ではない鋼塊(ペンシルインゴット)および建 設用棒鋼の生産に従事する零細な家内工業まで数百の企業が存在して いるといわれる。生産工程のうちの3K的で単純な作業はビハール州や ウッタル・プラデーシュ州からの出稼ぎ労働者によって担われることが 多い。また、経営の特徴としては多様な小口注文に応え、比較的短納期 で納めることが競争力の源泉であり、商人が重要な役割を演じる。ここ では組織部門と非組織部門(インフォーマル・セクター)が混在しつつ 地方の鋼材市場を支えている。今後の経済発展の中でどのように変貌を

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遂げてゆくのか注目したい。

参照文献

石上悦朗・佐藤隆広(編)、2011、『現代インド・南アジア経済論』、ミネルヴァ書房。

石上悦朗、2011、「インド鉄鋼業の発展と多様な生産主体の存在」、『ふぇらむ』、16-2、14-19 頁。

A. Krishna and J. N. Pieterse, 2008, “Hierarchical Integration: The Dollar Economy and the Rupee Economyʼʼ, Development and Change, 39 -2, pp. 219-237.

次に、繊維・アパレル産業(藤森梓)、ヘルスケア産業(上池あつ子) および金融・不動産産業(佐藤隆広)の報告の要点を述べる。 藤森梓 インドの繊維・アパレル産業 近年、インドは急速な経済成長を遂げているが、とりわけ注目を集め ているのはIT産業や自動車産業などである。しかしながら、現代イン ド経済を見る上で、インド経済の発展を下支えしている繊維産業を無視 することはできない。実際、繊維産業はGDPの4%、輸出総額の20

%

弱を占めており、約3700万人もの雇用を生み出している。このように、 繊維産業は、インド経済の中でも最も重要な産業の一つである。 インド政府は、独立後から1980年代に至るまで、大規模な工場部門 の成長を規制する産業政策をとり続けてきた。このような政策は、イン ド繊維産業の構造を小規模事業所中心のものにした一方で、大規模繊維 工場の近代化を遅らせることとなった。また、多くの大規模繊維工場が 「シック・ミル」と呼ばれ、経営不振状態に陥る状況に至った。大規模 繊維工場部門の近代化が遅れたことが、インド繊維産業の国際競争力低 下の原因の一つであると考えることができる。実際、報告者が行った 「年次工業調査」データを用いた定量的な分析結果によれば、1985年の 繊維産業政策および1991年以降の経済自由化期においても、インド繊維 産業組織部門の総要素生産性(

Total Factor Productivity: TFP

)は停滞 している。特に、自由化期における綿繊維産業のTFPや技術的効率性 が相対的に低い。

さらに、世界の繊維産業を取り巻く環境が大きく変化しつつあること にも注目したい。2005年に、世界の繊維貿易を規制していた多国間繊維 協定(

Multi-Fiber Agreement: MFA

)が撤廃されたことにより、世界の 繊維貿易が自由化された。これによって、これまでは輸入数量規制など

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が課されていた途上国からの繊維製品の輸出が自由化されることと なった。このことは、インドの繊維産業にとって大きく二つの意味を持っ ている。ひとつは、欧米市場へのさらなる輸出拡大の機会という側面、 もうひとつは、途上国間の輸出競争の激化という側面である。アパレル 輸出大国としてバングラデシュが台頭してきているが、近年、インド政 府も、小規模企業中心の産業政策を転換し、大規模工場の育成や経済 特区の設置などを通した海外企業との連携による繊維産業の近代化・輸 出振興を進めている。 参照文献 藤森梓、2009『グローバル市場経済における途上国繊維産業の国際経済学的研究─インドの、 事例を通して─』、大阪市立大学博士論文。 藤森梓、2011、「繊維産業」、石上悦朗・佐藤隆広(編)『現代インド・南アジア経済論』、ミネルヴァ 書房。 上池あつ子 インドのヘルスケア産業 インドのヘルスケア産業は、2000年代に入って急速に成長を遂げてき ている。同産業は、年率23%で成長し、2012年までに770億ドルの経済 規模に達する。その成長の要因として、⑴人口規模の大きさ、⑵所得水 準の上昇、⑶インドにおける疾病・疾患の多様化、⑷政府によるイニシ アティブを指摘できる。インドにおいて、ヘルスケア産業に該当する業 種は、⑴製薬産業(バイオ医薬品産業も含む)、⑵民間健康保険、⑶医 療ツーリズムビジネスと株式会社病院、⑷診断学サービス、⑸臨床試験 受託サービス、⑹医療機器・器具産業、そして⑺栄養補助食品産業、の 7業種である。本報告では、特に、民間健康保険と医療ツーリズムビジ ネスと株式会社病院の現況と動向について考察した。 本報告の分析から、以下の2点が明らかになった。第一は、インドに おける医療格差(

medical divide

)問題である。インドは急成長を遂げ、 富裕層の人口も増大傾向にあるが、人口の大部分がヘルスケアにアクセ スしていないのである。また、ヘルスケア関連支出のほとんどが「本人 負担」であり、健康保険の普及率は人口の10

%

程度に過ぎない。ヘルス ケア部門のインフラを構築することで、ヘルスケア産業への投資を可能 にし、インドにおけるヘルスケアのアクセスを高めるためのモデルをい かに構築するのかが、今後の課題である。第二は、ヘルスケア産業はア

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ウトソーシングビジネスとしての成長機会を持っていることである。医 療費が高額な先進国のニーズに応える医療ツーリズムの成長は、病院、 医療機器産業、製薬産業、健康(医療)保険産業などヘルスケア産業全 体の成長も促すと考えられる。 参照文献 上池あつ子、2007、「インド医薬品産業のアウトソーシングビジネスと知的財産権保護」、久保 研介(編)『日本のジェネリック医薬品市場とインド・中国の製薬産業』、アジア経済研究所。

Kamiike, A., 2009, “Pharmaceutical Industry”, in H. Esho and T. Sato(eds.), India’s Globalising Political Economy, Sasakawa Peace Foundation.

上池あつ子、2011「製薬産業」、石上悦朗・佐藤隆広(編)、 『現代インド・南アジア経済論』、ミネル ヴァ書房。 佐藤隆広 インドの金融・不動産産業 近年のインドの高度経済成長は、図で示しているように、サービス部 門と投資の急成長と同時期に生じている。不動産市場がサービス部門の 一部であり、かつ、投資の構成項目である建設を含んでいることに注目 し、本報告は、不動産市場を事例に取り上げることによってインドの高 度成長の特徴を解明した。金融部門そのものは本報告では分析対象には しないが、「金融・不動産産業」をタイトルにしたのは、不動産市場は 0 10 20 30 40 50 60 70 19 50 19 54 19 58 19 62 19 66 19 70 19 74 19 78 19 82 19 86 19 90 19 94 19 98 20 02 20 06 サ サ サ サ サ サ サ サ サ サ サ サ サ 図 サービス部門とグロス資本形成(対GDP比、単位:%)

資料 Reserve Bank of India, Handbook of Statistics on the Indian Economy 2009-10. 注 ここで用いたデータは、2003 年以前の旧系列を 2004 年以降の新系列に 2004 年の新旧系列比 率を用いて変換したものである。

サービス部門 グロス資本形成

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住宅ローンなどの銀行融資やREITsに代表される不動産の証券化 ビジネスに直結するからである。分析結果から、第一に、土地市場規制 や土地制度が未発達な状態のなかで、内外からの旺盛な資金が不動産 市場に流入し、不動産価格が急上昇していること、第二に、[

Abel,

Mankiw, Summers, and Zeckhauser 1989

]にしたがって、不動産価格 急上昇に象徴される資産価格バブルの問題を「動学的効率性」(

Dynamic

Efficiency

)の観点から再検証すると、近年のインド経済が資産価格バ

ブルの状態に陥っていることが明らかになった。

参照文献

佐藤隆広、2011「インドの不動産市場と資産価格バブル」、INDAS Working Paper、、 4。

Abel, A., G. Mankiw, L. Summers, and R. Zeckhauser, 1989, “Assessing Dynamic Efficiency: Theory and Evidence”, Review of Economic Studies , 56, pp. 1-20.

上記の4報告に対して、東京国際大学の清川雪彦教授から下記のコメ ントを頂いた。 石上報告:第一は、グループ全体としての方法論が未成熟で見えてこ ない。第二は、インフォーマル化というのは市場経済・資本主義経済が 発展するまでの過渡的な現象であり、構造的なものと考えるのは問題が あるのではないか。 藤森報告:雇用確保を目指したインドの産業政策の評価を、生産性や 効率性などの尺度で測ることにどの程度意義があるのか。雇用確保とい う評価基準でみるべきではないか。 上池報告:所得の上昇がヘルスケア産業の成長の要因としているが、 これは同産業に限られたことではない。ヘルスケア産業固有の成長要因 を考えるべきではないだろうか。 佐藤報告:インドにおいて、収穫一定の新古典派生産関数を利用する のは妥当であろうか。また、ラムゼーモデルがインド経済を記述するう えで相応しいモデルであろうか。 また、清川教授は、「グループ全体としての方法論が未成熟で見えて こない」というコメントに関連して、インドの産業発展を研究していく うえで、市場経済の発達をわれわれがどのように考えているのかをより 明確にすべきである、と繰り返し強調された。清川教授が指摘した個々

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の論点、さらには「インド産業発展における市場経済の役割」という方 法論に関わる重要な論点については、ここで応答するよりもむしろ各自 の研究と共同の議論をより一層深めることで今後真摯に取り組んでゆ きたい。末尾ではあるが、セッションの討論者になっていただいた清川 教授に、感謝の意を表したい。 いしがみ えつろう ●福岡大学商学部教授 さとう たかひろ ●神戸大学経済経営研究所准教授

参照

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