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Vol.21 , No.1(1972)077楊 鴻飛「禅史に関する西天諸祖説の一検討」

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Academic year: 2021

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禅 史 に 関 す る 西 天 諸 祖 説 の 一 検 討 ( 楊 )

西

こ の 題 に つ い て 私 の 研 究 に よ り 、 先 ず 次 の 一 つ の 表 を 列 べ て 見 よ う 。 各 史 料 の 西 天 諸 祖 数 及 び そ の 訳 製 年 代 表 史 料 名 諸 祖数訳製年代A・D・ 1 、 達 摩 多 羅 禅 経 序 9 四 一 一 -四 一 三 2 、 付 法 蔵 因 縁 伝 24 四 六 二 3 、 薩 婆 多 部 記 目 録 53 四 九 四 -四 九 七 4 、 仏 大 蹟 陀 羅 師 宗 相 承 略 伝 54 四 九 四 -四 九 七 5 、 摩 詞 止 観 24 五 九 四 6 、 神 会 和 尚 語 録 8 七 三 〇-七 三 二 7 、 壇 経 敦 煙 本 28 七 三 四-七 八 一 8 、 李 華 の 故 左 渓 大 師 碑 29 七 五 四 9 、 歴 代 法 宝 記 29 七 七 四 10 、 清 昼 の 湖 州 仏 川 寺 故 大 師 塔 銘 井 序 24 七 八 ○ 11 、 曹 渓 大 師 別 伝 28 七 八 一 12 、 壇 経 大 乗 寺 本 28 七 八 一 -九 六 七 13 、 李 吉 甫 の 大 覚 禅 師 碑 銘 28 七 九 三 14 、 永 嘉 証 道 歌 28 七 九 五-八 三 四 15 、 宝 林 伝 28 八 〇 三 16 、 白 香 山 の 伝 法 堂 碑 51 八 一 七 17 、 伝 教 の 内 証 仏 法 相 承 血 脈 譜 井 序 28 八 一 九 18 、 圭 峰 の 円 覚 経 大 疏 砂 28 八 二 一二 -八 四 一 19 、 質 錬 の 揚 州 華 林 寺 大 悲 禅 師 霊 坦 碑 銘 井 序 29 八 二 五 20 、 劉 禺 錫 の 牛 頭 山 第 一 祖 融 大 師 新 塔 記 25 八 二 九 21 、 斐 休 の 圭 峰 禅 師 碑 銘 井 序 28 八 四 一 22 、 唐 末 禅 宗 雑 記 付 法 事 28 八 九 九 23 、 祖 堂 集 28 九 五 二 24 、 泉 州 千 仏 新 著 諸 祖 師 頗 28 九 五 二 前 後 25 、 壇 経 恵 所 本 28 九 六 七 26 、 宗 鏡 録 28 九 七 五

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-312-27 、 景 徳 伝 灯 録 28 一 〇 〇 四 銘 、 荷 沢 大 師 顕 宗 記 28 一 〇 〇四年時の加筆 29 、 伝 法 正 宗 記 28 一 〇 六 一 以 上 の 表 に よ つ て 見 る な ら ば 、 西 天 諸 祖 説 の 起 源 は 勿 論 始 め に 付 法 蔵 因 縁 伝 に 在 つ た の で あ る 。 そ れ は 曇 曜 が 北 魏 武 帝 廃 仏 の 時 代 に 当 つ て 触 目 驚 心 の い わ ゆ る 末 法 時 代 が 訪 れ た よ う に な る こ と に 対 し て 、 腐 心 を 以 つ て 西 天 の 諸 祖 伝 を 編 著 し た の で あ る が 、 人 世 に 信 を 取 り 権 威 を 樹 立 さ せ る た め に す な わ ち 翻 訳 と い つ た の で あ る 。 で あ る か ら 天 台 止 観 に は 智 顕 が す な わ ち こ れ を 取 つ て ﹁ 金 口 所 宣 ﹂ の も の と し た の で あ る 。 こ こ ま で は 元 来 禅 宗 と 何 等 関 係 も な か つ た の で あ る が 、 後 神 会 ( 語 録 ) の 西 天 八 祖 の 説 が 出 て か ら 、 始 め て 結 合 し た の で あ る 。 す な わ ち 神 会 が 崇 遠 法 師 の 問 に 禅 経 序 を 引 い て 西 天 の 八 祖 を い つ た の で あ る 。 と こ ろ が 神 会 の こ の 説 は 第 一 に 前 に 出 た 付 法 蔵 因 縁 伝 の 説 と 衝 突 し 、 第 二 に 一 千 余 年 の 長 い 間 に た だ 八 代 の 相 承 は 到 底 足 ら な い 感 じ を 免 れ な い の で あ る 。 あ シ ニ た か も 胡 適 博 士 の ﹁ 但 自 二 如 来 一到 二 達 摩 刊 一 千 余 年 之 中 、 山豆 マ ル ヤ ニ ニ ハ チ ガ 止 二 八 代 殉 故 神 会 的 八 代 説 、 不 レ 久 便 有 ニ 修 正 的 必 要 一 了 。 ﹂ と い う こ と で あ る 。 で あ る か ら 、 後 神 会 或 は 神 会 一 派 の 弟 子 に 造 ら れ た 壇 経 に は す ぐ 二 十 八 祖 の 説 と し た の で あ る 。 こ の 二 十 八 祖 の 説 は 、 す な わ ち 以 上 二 つ の 矛 盾 を 調 和 さ せ よ う と し た 説 で あ る 。 片 方 は 付 法 蔵 因 縁 伝 の 二 十 四 祖 を 取 り 、 片 方 は 神 会 語 録 の 八 代 説 を 取 つ て 、 爾 方 を 一 緒 に 修 飾 を 加 え た の で あ ろ う 。 次 の 李 華 故 左 渓 大 師 碑 に は や は り 二 十 八 祖 の 説 を 取 つ た の で あ る が 、 た だ 達 摩 を 除 い て 二 十 八 祖 と 間 違 つ て 、 達 摩 を 入 れ る な ら ば 、 二 十 九 代 説 に な つ た の で あ ろ う 。 以 後 の 歴 代 法 宝 記 は 、 以 上 の 付 法 蔵 因 縁 伝 と 神 会 語 録 と 李 華 故 左 渓 大 師 碑 等 に よ つ た の で あ ろ う が 、 つ ま り 左 渓 大 師 碑 の 説 を 取 つ て 、 西 国 二 十 九 代 と し た の で あ る 。 清 昼 の 唐 湖 州 仏 川 寺 故 大 師 碑 銘 井 序 に は 、 や は り 付 法 蔵 因 縁 伝 と 摩 詞 止 観 に よ つ て 、 無 理 に 禅 宗 と 合 併 さ せ て 西 天 二 十 四 聖 と し た の で あ る 。 別 伝 は 壇 経 の 流 類 で あ る か ら 、 同 じ く 二 十 八 祖 と い つ た の で あ る 。 李 吉 甫 の 大 覚 禅 師 碑 銘 は 、 已 に 南 宗 に 所 唱 さ れ た い わ ゆ る ﹁ 南 北 二 宗 ﹂ の 影 響 を 受 け て 壇 経 系 の 二 十 八 祖 説 を 取 つ た の で あ る 。 宝 林 伝 は 壇 経 と 歴 代 法 宝 記 等 に よ つ て 、 西 天 諸 祖 説 の 中 に 南 宗 の 二 十 八 祖 に つ い て 、 特 に 惜 し ま ず 色 々 な 荒 誕 の 説 を し て 一 生 懸 命 に 師 子 比 丘 の 後 に 康 僧 会 等 の 偽 証 を 造 り 、 牽 強 附 会 し て 相 承 の 四 人 を 継 続 さ せ て 西 天 二 十 八 祖 と し た の で あ る 。 宝 林 伝 に は こ の よ う な 無 理 な 力 を 十 分 に 入 れ る と 、 そ の 反 擬 の 副 作 用 の 力 も 出 た 次 第 な の で あ る 。 そ れ は 元 和 年 間 ( 八 〇 六-八 二 〇 ) 神 清 北 山 録 の 機 議 篇 は そ の 代 表 と さ れ た も の で あ ろ う 。 同 時 に こ の 時 ( 八 三 七 年 頃 ) 白 香 山 の 伝 法 堂 碑 に は 乃 ち 別 に 祐 録 に 載 せ ら れ た 長 安 城 内 斉 公 寺 薩 婆 多 部 仏 大 蹟 陀 羅 師 宗 相 承 の 略 伝 に よ つ て 西 天 五 十 代 或 は 五 十 一 代 禅 史 に 関 す る 西 天 諸 祖 説 の 一 検 討 (楊 )

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-313-禅 史 に 関 す る 西 天 諸 祖 説 の 一 検 討 ( 楊 ) と い つ た の で あ る 。 こ れ 以 後 の 血 脈 譜 ( 八 一 九 ) ・ 円 覚 経 大 疏 ( 八 二 一二-八 四 三 ) ・ 圭 峰 碑 ( 八 四 三 ) ・ 唐 末 禅 宗 雑 記 付 法 事 ( 別 本 聖 冑 集 ・ 或 は 続 宝 林 伝 。 八 九 九 ) ・ 祖 堂 集 (九 五 二 ) ・ 泉 州 頽 ( 九 五 二 前 後 ) ・ 宗 鏡 録 ( 九 七 五 以 前 ) ・ 具 尽 徳 録 ( 一 〇 〇 四 ) ・ 顕 宗 記 ( 二 十 八 祖 説 の 一 節 は 三 〇 〇 四 年 頃 の 加 筆 ) 等 は 皆 い わ ゆ る 南 宗 系 の 継 承 者 で あ つ て 、 南 宗 の 二 十 八 祖 説 を 取 つ た の で あ る が 、 宝 林 伝 ( 八 〇 一 ) の 出 て か ら の 三 十 年 間 に 、 諸 祖 説 の 論 争 は 最 高 潮 の 頂 点 に 達 し た の で あ ろ う 。 で あ る か ら 、 劉 禺 錫 の 新 塔 記 ( 八 二 九 ) は 達 摩 を 以 つ て 直 接 師 子 比 丘 に 継 承 す る よ う に し て 二 十 五 葉 と し 、 質 鯨 の 霊 坦 碑 ( 八 二 五 ) に は 李 華 の 左 渓 碑 と 歴 代 法 宝 記 の 説 を 取 つ て 、 西 国 二 十 九 代 と し た の で あ る 。 ま た 永 嘉 証 道 歌 と い う も の も そ の 間 ( 七 九 五-八 三 四 ) に 出 て 来 た も の で あ ろ う 。 こ の よ う な 諸 祖 説 の 論 争 は 唐 末 雑 記 の 時 代 ( 八 九 九 ) を 経 て 、 ず つ と 契 嵩 時 代 ( 西 暦 第 十 一 世 紀 ) ま ト シ テ ム レ で も 止 ま る こ と な く 、 契 嵩 は 始 め て い わ ゆ る ﹁ 慨 然 欄 二 禅 門 ヲ ツ テ ニ エ ヲ ツ テ ノ ハ リ ヲ ス 之 陵 遅一 因 大 考 二 経 典一 以 仏 後 摩 詞 迦 葉 、 独 得 二 大 法 眼 蔵 一為 ニ ト シ テ ニ キ リ イ テ ニ シ ト ニ ス 初 祖 殉 推 而 下 之 、 至 レ 干 二 達 磨一 為 ニ 二 十 八 祖一 皆 密 相 付 嘱 。 ⋮ ⋮ ﹂ と い つ て 、 並 び に 自 か ら 七 年 の 苦 心 に よ り ﹁ 正 宗 定 祖 ﹂ ニ と し た の で あ る 。 彼 の 正 宗 定 祖 と し た と こ ろ は 固 よ り ﹁ 既 ク メ ニ ヲ メ テ ス ノ ト ク シ ヲ ノ ハ ズ ニ 無 ニ 教 眼一 才 見 二 禅 学 刊 認 為 二 己 宗 而 厚 謳 二 先 聖一 其 過 非 レ 小 。 ﹂ と い う こ と で あ る が 、 そ れ 以 後 一 般 の 自 ら の 禅 宗 を 命 じ た 人 は 皆 彼 の 説 を 以 つ て 定 説 と し た の で あ る 。 按 ず る に 中 国 仏 教 各 宗 祖 師 の 説 は 固 よ り 中 国 の 宗 族 氏 譜 の 影 響 を 受 け た こ と も あ る の で あ る が 、 け だ し 直 接 初 め に や は り 印 度 の 律 宗 に そ の 端 を 発 し た の で あ ろ う 。 そ れ は 始 め に 仏 陀 蹟 陀 羅 が 晋 義 煕 十 四 年 ( 四 一 八 ) に 摩 詞 僧 舐 律 を 訳 し て 、 律 蔵 相 承 の 二 十 七 祖 説 を 唱 え 、 僧 伽 蹟 陀 羅 、は 南 斉 の 永 明 六 年 ( 四 八 八 ) に 善 見 毘 婆 沙 を 訳 し て 、 南 方 所 伝 の 二 十 一 祖 説 を 明 ら か に し た の で あ る 。 同 南 斉 ・建 武 年 間 ( 四 九 四-四 九 七 ) に 僧 祐 出 三 蔵 記 所 記 の 薩 婆 多 部 記 目 録 の 五 十 三 人 、 並 び に 長 安 城 内 斉 公 寺 薩 婆 多 部 仏 大 蹟 陀 羅 師 宗 相 承 略 伝 の 五 十 四 人 も 皆 律 宗 の 伝 承 者 で あ つ て 、 天 台 宗 子 肪 ( 大 正 四 九-二 四 二 上 ) は い チ ノ ナ リ わ ゆ る ﹁ 乃 小 乗 弘 律 之 人 。 ﹂ と い つ た の で あ る 。 片 方 は 中 国 の 仏 教 に は 魏 晋 南 北 朝 か ら す な わ ち 伝 訳 に よ つ て 各 宗 を 開 い た の で あ る 。 例 え ば 毘 曇 宗 ・ 成 実 宗 ・ 三 論 或 は 四 論 宗 ・ 浬 桀 宗 ・ 法 華 宗 ・ 華 厳 宗 ・ 地 論 宗 と か な ど は 皆 そ れ で あ る O こ の 形 勢 に 順 じ て 階 唐 時 代 ま で 自 然 に 已 に 宗 を 開 い た の で あ る が 、 祖 を 立 た な け れ ば な ら な い の で あ ろ う 。 こ の よ う な 自 然 の 形 勢 を 感 じ た の は 特 に 天 台 智 顕 と 華 厳 賢 首 で あ つ た の で あ る 。 天 台 智 顕 ( 五 三 八-五 九 七 ) は 正 し く 天 台 宗 を 成 立 し 、 東 土 初 祖 の 慧 文 を 上 に 印 度 の 竜 樹 に 相 承 さ せ 、 華 厳 賢 首 ( 六 四 三-七 三 二 ) も 正 し く 華 厳 宗 を 成 立 し 、 同 じ く 東 土 初 祖 の 杜 順 を 西 天 の 竜 樹 に 相 承 さ せ た の で あ る 。 こ の 状 態 の 中 に こ れ よ り 一 寸 ﹁ 後 起 之 秀 ﹂ の 禅 宗 に も 自 然 に こ の 問 題 を 渉 及 し な

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-314-け れ ば な ら な い の で あ ろ う 。 あ た か も 神 会 は 自 ら 中 国 正 統 禅 宗 の 嫡 々 児 孫 と し よ う と し て 、 滑 台 の 南 宗 々 旨 を 定 め た 時 ダ ス ヲ に 、 特 に 二 代 只 許 一二 人 一﹂ と す る に は 、 更 に 西 天 祖 師 の 説 を 欠 く こ と が 出 来 な く な つ た の で あ る 。 そ れ は 崇 遠 の 聞 く こ と を 借 り て 述 べ 出 し た の で あ る が 、 も し 崇 遠 が 聞 く こ と が な か つ た 時 で も や は り 必 ず ま た 誰 れ か の 聞 く こ と を 借 り な け れ ば な ら な い の で あ ろ う 。 西 天 諸 祖 説 の 形 勢 は 已 に こ の よ う に 形 成 さ れ た の で あ る が 、 禅 宗 に は 始 め に 神 会 よ り 西 天 八 祖 か ら 後 に 、 漸 次 的 に 二 十 四 祖 や 、 二 十 五 祖 ・ 二 十 八 祖 ・ 二 十 九 祖 乃 至 五 十 祖 と か 五 十 一 祖 と か ま で 、 乱 れ て 主 張 さ れ た の で あ る 。 こ の 中 に 胡 適 博 士 の い つ た よ う に 、 八 代 は 少 す ぎ る の で あ る が 、 五 十 葉 五 十 一 葉 も 多 す ぎ る の で あ る 。 満 中 の 二 十 四 世 か ら 二 十 九 世 ま で の 幾 説 に は 、 ど う し て 二 十 八 代 の 説 が 独 り 勝 利 を 得 た の で あ ろ う か 。 こ れ は 大 抵 二 十 四 世 の 説 は も し 付 法 蔵 因 縁 伝 に よ る な ら ば 、 そ の 中 に は 已 に 二 十 四 世 が あ つ た こ と と 衝 突 す る の で あ る 。 二 十 五 世 の 説 は 達 摩 を 以 つ て 付 法 蔵 伝 第 二 十 四 世 の 師 子 比 丘 に つ な ぐ こ と も 不 自 然 の 感 が 免 れ ら れ な い の で あ る 。 こ れ ら を 除 い て か ら 残 つ た の は た だ 二 十 八 と 二 十 九 代 説 で あ る 。 こ の 二 十 八 と 二 十 九 の 二 つ の 数 は 必 ず 二 十 八 の 方 が 勝 た な け れ ば な ら な い の で あ る 。 な ぜ な ら ば 、 第 一 に 中 国 の 習 慣 に は 数 に 対 し て 掛 算 の 口 訣 を 以 つ て 使 う こ と は 日 常 茶 飯 事 の こ と で あ る 。 例 え ば 委 細 構 わ ず に は ﹁ 不 管 三 七 二 十 一 ﹂ と い い 、 十 五 六 歳 の 美 女 に は ﹁ 二 八 佳 人 ﹂ と い い 、 列 子 の ハ ニ モ ハ 力 命 篇 に 、 ﹁ 顔 淵 之 才 、 不 レ 出 ニ 衆 人 之 下 而 寿 四 八 ( 三 十 二 歳 ) 。 ﹂ と い い 、 こ の 例 に 沿 つ て 中 国 三 般 禅 宗 叢 林 の 祖 堂 の 前 ニ ガ エ ヲ ニ ガ ス に も ﹁ 西 天 四 七 ( 二 十 八 祖 ) 伝 二 真 乗 輔 東 土 二 三 ( 六 祖 ) 渡 ニ ヲ 迷 津 ( 或 は 迷 情 と な し ) ご と い う 聯 語 が あ つ た の で あ る 。 こ れ は す な わ ち 二 十 八 代 と す る な ら ば 、 そ の 数 は 掛 算 の ﹁ 四 七 ﹂ の 口 訣 が 使 わ れ る の で あ る 。 も し 二 十 九 の 数 と す る な ら ば 、 す な わ ち 何 か の 掛 算 の 口 訣 で も 全 部 使 わ れ な く な ら な け れ ば な ら な い の で あ る 。 第 二 に 中 国 は 古 い 時 代 か ら 二 十 八 宿 の 星 名 が あ り 、 東 漢 光 武 帝 の 時 代 に は 二 十 八 将 が あ り 、 唐 書 礼 楽 志 に は 二 十 八 調 の 名 も あ つ た 等 が あ る の で あ る 。 で あ る か ら こ の 二 十 八 の 数 は 比 較 的 に 二 十 九 の 数 よ り 多 く 使 わ れ や す か つ た の で あ る 。 第 三 に こ の 西 天 諸 祖 説 を 正 し く 立 て よ う と し た 時 に 、 自 然 に 付 法 蔵 因 縁 伝 と 阿 育 王 伝 及 び 阿 育 王 経 の 関 係 は 離 れ る こ と が で き な い の で あ ろ う 。 阿 育 王 経 の 最 後 ( 大 正 五 〇 ・ 一 七 〇 上 ) に 、 従 ニ阿 皇 因 墾 乃 至 優 波 笈 美 ニ浬 薬 外 鼠 凡 三 千 青 偶 、 侮 三 十 二 字 。 ナ リ ハ ナ リ 弟 子 二 十 八 人 。 と い う の が あ る か ら 、 す な わ ち こ の ﹁ 弟 子 二 十 八 人 ﹂ と い う 言 葉 に 影 響 さ れ 、 二 十 八 代 の 説 を 取 つ た の で は な か ろ う か 。 禅 史 に 関 す る 西 天 諸 祖 説 の 一 検 討 ( 楊 )

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