Meiji University
Title ヨーロッパにおける亀裂 ‑移民・難民問題で揺れるヨ
ーロッパ‑
Author(s) 折戸,勇太
Citation 商学研究論集, 53: 175‑194
URL http://hdl.handle.net/10291/21271 Rights
Issue Date 2020‑09‑11 Text version publisher
Type Departmental Bulletin Paper DOI
https://m-repo.lib.meiji.ac.jp/
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研究論集委員会 受付日 2020年4月16日 承認日 2020年5月25日
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商学研究論集 第53号 2020. 9
ヨーロッパにおける亀裂
―移民・難民問題で揺れるヨーロッパ―
Division in Europe
―through Issue of Immigration and Refugees in Europe―
博士前期課程 商学専攻 2019年度入学
折 戸 勇 太
ORITO Yuta
【論文要旨】
リーマンショック以降のヨーロッパでは,ギリシャ危機,長期的な経済停滞,移民・難民問題,
テロ問題,イギリスの欧州連合(EU)離脱など,連続的に問題が生じている。それらはヨーロッ パにおいて経済的,そして政治的,さらには民族的にも亀裂を引き起こしている。本論文では,そ の中でも修正が最も難しいと考えられる民族的な亀裂について説明する。第
2
章では,現在の ヨーロッパの民族的亀裂を引き起こすことになった根本の原因である西欧の多文化主義と,移民・難民問題の関係性について説明する。第
3
章では,多文化主義により生じた東西ヨーロッパの対 立について,移民・難民問題を合わせながら説明を試みるほか,移民・難民問題を通じて躍進した 極右政党と,EUがその極右政党から受けた影響について考察する。第4
章では,極右政党の台頭 について,ポピュリズムの浸透や二大政党制の崩壊に照らし合わせながら解説するとともに,ヨー ロッパに生じた民族的亀裂の正体について説明する。【キーワード】 多文化主義 極右政党 ポピュリズム 移民 難民
第
1
章 はじめに第
2
章 西欧の多文化主義の失敗 第1
節 西欧における多文化主義第
2
節 西欧における多様性と移民・難民問題第
3
章 東欧へ持ち込まれた多文化主義による東西の対立,極右政党の台頭――
1 尾上(2018)はイギリスのEU離脱の際の問題について,移民コントロールを取るか単一市場を取るかの問 題だと説明しているが[尾上 2018 : 280291],これはまさに経済を優先するEUに留まるか,国境管理と 移民という政治的・民族的問題を優先するかの二択だったと言えるだろう。
2 日本経済新聞「EU難民分担,禍根残す多数決 チェコなど4ヶ国が反対」2015年9月23日。
https://www.nikkei.com/article/DGXLASFK23H0T_T20C15A9000000/
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第
1
節 東西ヨーロッパの対立と移民・難民問題 第2
節 東欧諸国の極右政党とEU
第
4
章 極右政党躍進の原因とポピュリズムが明らかにするヨーロッパ内部の亀裂 第1
節 ヨーロッパにおける極右政党台頭の原因とポピュリズム第
2
節 ヨーロッパ内部の亀裂 第5
章 おわりに第章 はじめに
ヨーロッパは,欧州連合(EU)を中心として経済発展,安全保障,自由移動などを奨励する緊 密な関わり合いを持つ地域であり,このような緊密な地域経済統合としては世界最大の存在であ る。各国の持つ性格が比較的似ているため,ヨーロッパではこのような連合が形成可能であるのは 確かであるが,もちろん国ごとに経済的,政治的,また民族的な差異がある。そのため,その差異 を埋めることが必要であったが,遠藤(2014)において,ヨーロッパの統合は経済を中心に進め られてきた[遠藤
2014 : 234]と説明されているように,ヨーロッパは経済中心の統合を進めて
きたため,このなかでも優先されてきたものは経済的な差異であろう。ヨーロッパ並びにEU
の 特色であるシェンゲン協定や単一市場の導入が,国境管理という政治的側面を犠牲にし,また,自 由移動により民族的な側面にも問題が生じることよりも,経済的促進を奨励するものであったこと を考えても,遠藤の述べるように,経済中心の統合であり,経済的差異を埋めることが中心であっ たと言う事ができるであろう。しかし,経済を中心とする政策には限界が生じてきている。イギリスの
EU
離脱問題により政 治的・民族的問題が浮き彫りになっていて1,また民族的問題が中心となるものとしては移民・難 民問題という深刻な問題が生じている。この移民・難民問題の解決は本論文のテーマでもある。こ の移民・難民問題の対象となるのは,中東を含むアジア・アフリカなどからの大量の移民や難民で ある。彼ら移民・難民をめぐって問題となったのは,受け入れについての問題であった。多文化主 義や寛容,過去の植民地主義に対する罪悪感などを抱える西欧と,国民国家としての意識が強く,人口も相対的に少ない東欧とでは,全く意見が異なったのである。移民や難民に対して,西欧は寛 容的姿勢を示したのに対して,東欧は難民の受け入れの分担を拒否する2など,不寛容な態度を示 したのである。
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3 ロイター「イタリア新政権が発足,欧州初の反体制主義政権に」2018年6月2日。
https://jp.reuters.com/article/italy-politics-new-cabinet-idJPKCN1IX5BY
日本経済新聞「極右政党,政権入り,オーストリア,連立合意」2017年12月16日,夕刊,p 3。
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また,この違いは西欧と東欧においてだけなのであろうか。そこで注目する必要があるのが,西 欧と東欧を問わずに極右政党が台頭していることである。彼らが訴えたのは,反イスラーム主義や 反多文化主義であった。もちろん,東欧におけるハンガリーのフィデスやポーランドの法と正義が それを代表するものであるが,この影響力は西欧の内部まで広がった。西欧では,これまで躍進す ることのなかった右翼政党が,政権に影響を与えるほどの影響力を示したのである。イタリアや オーストリアでは極右政党が連立で政権を握るまでに至った3。
これらの極右政党の台頭は,ヨーロッパにおけるポピュリズムに影響されている。ヨーロッパが 移民・難民問題で混沌としているなか,既存政党が問題に対処できないので,国民は第
3
の手段 として右翼政党などのポピュリズム政党に期待したのである。ポピュリストは,実際には国民を煽 ったり抑圧したりすることで彼らの権利や自由を奪っているのであるが,国民は,それに気づけて いないか,または,ポピュリストを最後の望みと期待せざるを得ない状態であるのであろう。これ が,ポピュリズムが蔓延する欧州の現状なのである。既存政党の衰退は,近年の各国の国政選挙や欧州議会選挙の結果を見れば明らかである。これは よく二大政党制の崩壊とも呼ばれる。二大政党の政策が似通ってきていることも原因であるが,多 文化主義の失敗と西欧と東欧との間の深い傷,EUの存続危機をめぐって,二大政党がともに推し 進めてきた“EUを中心とした政策”を継続することが難しくなってきていることも原因だと考え られる。
それはつまり,移民・難民問題により,二大政党ではカバーできない領域に国民の需要が生じて いるということであり,既存の二大政党に対し,極右政党や緑の党が台頭する現状を示している。
西欧内部の国民の間でも,民族的な問題を巡って亀裂が走っていることを意味しているのであろ う。都市のエリートと地方の低賃金労働者との間の亀裂と表されることも多いが,それほど単純な 問題でもないかもしれない。移民や難民の受け入れの問題は,経済的な問題だけでなく,文化や個 人の寛容性の問題にも関わっていることだからである。
このように,現在のヨーロッパには簡単には説明できない深い亀裂があり,ヨーロッパ社会は様 々な問題を抱えている。以下,各章においてこれらの問題についてより深く考察したい。
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表 年のドイツ連邦議会選挙の結果
政党名 日本語名 得票率 前回(2013)の得票率 CDU キリスト教民主同盟 26.8 34.1
SPD 社会民主党 20.5 25.7
AfD ドイツのための選択肢 12.6 4.7
FDP 自由民主党 10.7 4.8
DIE LINKE 左翼党 9.2 8.6
GRUENE 緑の党 8.9 8.4
CSU キリスト教社会党 6.2 7.4
その他 5.0 6.2
出典The Federal Returning O‹cerより筆者作成
https://www.bundeswahlleiter.de/en/info/presse/mitteilungen/bundestagswahl- 2017/34_17_endgueltiges_ergebnis.html
4 カッタルッツァほか(2017)は,オスマン帝国支配の結果,国家の範囲が決められた影響によりボスニア・
ヘルツェゴビナなどでは民族対立が起きている可能性があると示唆している[カッタルッツァほか 2017
87]。
5 岡村(2018)「解説」『EUにおける外国人労働者をめぐる現状と課題』p 1。
6 OECD(2003)では世界における4種類の移民国家として,◯伝統的な移民国家=カナダ,オーストラリア,
ニュージーランド,アメリカ。◯戦後の労働力確保のために受け入れた国=オーストリア,ドイツ,デン マーク,ルクセンブルク,ノルウェー,スウェーデン,スイス。◯植民地の歴史+労働力確保のために受け 入れた国=フランス,オランダ,イギリス,ベルギー。◯新興移民国=アイルランド,イタリア,ギリシ ャ,ポルトガル,スペインに分類している。[OECD 2003 : 1819]。
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第章 西欧における多文化主義の失敗
第節 西欧における多文化主義
様々な民族が共生する多民族国家は,世界各地に存在する。例えば,◯アメリカやカナダ,オー ストラリアのような移民によって成り立っている国々,◯バルカン諸国のように過去のオスマン帝 国などの支配によって国境が決められ多民族国家となった国々4,また◯現在の西欧のように戦後 の労働力不足のため外国人労働力を受け入れ始め国々5など,形態は様々である。ここでは多民族 国家の種類について詳しく解説するのではなく,多民族国家つまりは多文化主義が機能するのかど うかについて考えたい。
アメリカやカナダ,オーストラリアなどの多民族国家は,伝統的な移民国家であるが6,例えば アメリカは,メキシコとの間で“壁”の建設を進めることが世界中から大きな批判を浴びている。
また,オーストラリアは近年の中国人系移民の増加により中国の影響力が高まり,中国に対する疑 心が強まっているが,それは,全体的な移民受け入れの規制の強化に繋がり,多文化主義の危機に
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7 日本経済新聞「豪,多文化主義の危機(中国化進む世界)」2018年3月29日。
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO28500370T20C18A3000000/
8 注6において記載。
9 斉藤(2017)「OECDの調査にみる移民第二世代の学校適応」では,ドイツ,オランダ,ルクセンブルク,
フランスでは移民第二世代の学歴過剰が目立ち,高学歴の人が低技能の職に就くことにより,疎外感を生み 出していると説明している[斉藤 2017 : 4445]。
10 柄谷(2019)「『自分さがし』を進める英国」『包摂・共生の政治か,排除の政治か』では,多文化主義が受 け入れられている英国においてウインドラッシュ事件(約70年前に合法的に英国へ移住してきたジャマイ カなどのカリブ海諸国からの移民が正式な書類がないということで強制退去を命じられた)が起きたのは,
移民により経済的な負担を被った英国が人種差別的な行動を取ってしまったのではないかと推測している
[柄谷 2019 : 187]。
11 日本経済新聞「新型コロナ報告 在米アジア人,募る苦悩,NY現地など現地ルポ」2020年3月28日,朝 刊,p 10。
12 カッタルッツア(2017)は,ユーゴスラビア紛争では,民族が混生する地区がまさにターゲットとなったと 説明している[カッタルッツア 2017 : 96]。
13 例えば,スウェーデンでは,渡辺(2016)「スウェーデンにおける『再国民化』と民主政治のジレンマ」に よると,1970年代半ば以降に移民や民族的マイノリティのアイデンティティを尊重する多文化主義が国の 公式な方針として定着するようになったという[渡辺 2016 : 205]。
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あるという7。伝統的な移民国家においても未だに様々な問題を抱えているのである。それに比 べ,ヨーロッパの多くの移民国家は,戦後や近年になりようやく移民を受け入れ始めた国であ る8。つまり,多民族共生の問題に取り組むに至っては,さらに多くの問題と向き合うことになる であろう。ヨーロッパ移民第二世代の問題を抱え9,2015年からは新たな移民・難民問題も付加さ れることになったヨーロッパにおける多文化主義はどのように進めるべきだろうか。また,移民と の共生に至っては別の問題も挙げられる。“平時”,つまり何も大きな問題が生じていない時期には 共生が成り立っていても,雇用・失業などの経済問題やテロなどの社会問題など,それらの国々に おいて問題が生じた際には,民族,人種,宗教,アイデンティティの違いから対立が起きたり,マ イノリティへの迫害が起きたりするからである10。新型コロナウイルスの蔓延によるアジア人への 差別もその一例である11。そしてそれは,国家内での戦争や分裂を招く。民族対立が戦争へと繋が ったのが旧ユーゴスラビアであるし12,民族対立で政治的に今まさに揺れているのが,EUを中心 とするヨーロッパである。
つまり,多文化主義を推進することは,「いつ民族対立が起きるか分からない」という問題を生 じさせることになる。ヨーロッパにおいて,多民族の共生は「リベラルな価値観を重視すること や,人権保護の観点から必要不可欠である」という理由によりこれまでも推進されてきたが13,こ のような考え方が本当に正しかったのかが今問われているのであろう。
第節 西欧における多様性と移民・難民問題
国連や世界平和を唱える人々は寛容性を訴えるが,それはどのような場合において必要とされる
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14 馬場(2016)「オーストリアの移民政策」によると,経済発展が著しい戦後復興期にオーストリアでは労働 者不足のためにトルコとユーゴスラビアと労働者協定を結んだ[馬場 2016 : 194]。
渡辺(2016)「スウェーデンにおける『再国民化』と民主政治のジレンマ」によると,スウェーデンは,
経済発展に伴い,フィンランド,ポーランド,ギリシャ,ユーゴスラビアなどからの労働者を受け入れたと 説明している[渡辺 2016 : 208]。
15 マレー(2018)は,移民による事件が多発したが,政府はそれを隠そうとしたと説明している[マレー
2018 : 6263]。
16[マレー(2018): 7784]。
17 渥美(2015)は,イスラーム世界の基本として,現在でもイスラーム諸国を治めているのはアッラー(イス ラーム教のおける神)であり[渥美 2015 : 146],イスラーム教により法治国家を作り上げることが掲げら れていると説明している[渥美 2015 : 215]。
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のだろうか。全ての人々が寛容になれるのであれば問題ないが,そう単純には解決できない。なぜ なら,人間が寛容になれるかどうかは,状況と時期に左右されるからである。この寛容性の話は多 様性にも置き換えられるであろう。多様性が認められるには寛容性が不可欠であり,多様性の推進 には寛容性が絶対条件として付加されると考えることができるからである。つまり,寛容性がすべ ての状況において必要であるとは言えないのと同じように,多様性が必要とされる状況も限られる ということである。様々な人種が同じ国に融合して暮らしていくことは必要であろうか。民族対立 を起こす危険を冒してまでも,これからも民族はさらに融合していく必要があるのであろうか。こ こでは先ほど述べたように,移民国家として成立したわけではなかった西欧が,多文化主義を進め た結果生じた問題について,移民や難民の問題も踏まえながら考える。
まずはヨーロッパ系移民と労働の問題について考えたい。戦後復興期など人手が不足している時 代に,トルコやヨーロッパ内部からの移民は西欧諸国における経済発展に大きく貢献した14。その 時代における移民の受け入れと経済発展が,西欧における多様性の受容に少なからず関係していた と言えるだろう。しかし,経済が停滞するようになると問題が生じる。多文化主義の推進により,
寛容性が浸透することとなったヨーロッパでは,人種差別者だと批判されることを恐れて移民に対 して柔軟な姿勢を取ることが多かったが15,それに対して批判が出るようになった。移民がヨーロ ッパの福祉を搾取しているという声や国内の低賃金労働者の職を奪っているとの主張が出るように なったのである16。一方,小川(2018)「多文化主義と福祉排外主義の間」では,福祉国家と移民 とをマイナスで結びつけ証明するデータはないと説明している[小川(2018)162]など,それ に反対する主張もある。しかし,少なくとも言えることは,移民に対して反対感情が強まってきた ことであろう。また,宮島他(2018)では,移民か福祉か選べという今日よく聞かれる言説は,
政治が生み出したジレンマであると説明している[宮島他(2018)165]が,それは移民が政治 的手段として使われるようになってしまっている現状を明らかにしている。
次に,ヨーロッパ以外からの移民・難民,特に中東・アフリカからのイスラーム系移民や難民に ついて考察する。イスラーム教は,政教分離の理念に基づいてないことや17,女性差別など欧米が
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18 マレー(2018)は,イスラーム教徒のなかには,非イスラーム教徒や女性,LGBTに対して,迫害的な態度 を取り続けるものも多く,西洋での女性への暴行・人身売買が大きな問題となっているケースについて具体 例を挙げて説明している[マレー 2018 : 98101]。
19 日本経済新聞「EUでの難民申請,昨年125万人」2016年3月5日によると,EUへの2015年の難民申請 は125万5460人だった。
日本経済新聞「EUでの難民申請,昨年125万人」2016年3月5日,朝刊,p 7。
20 日本経済新聞「EU,難民流入を抑制 国境検問厳格化へ」2016年9月25日。
https://www.nikkei.com/article/DGXLASGM24H43_U6A920C1FF8000/
21 BBC ``Merkel says German multicultural society has failed'' 2010年10月17日。
https://www.bbc.com/news/world-europe-11559451
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求めるリベラルな価値観とは大きな差があることが問題となっているが18,何より問題なのが,彼 らの中には,ヨーロッパに渡ってきた後も自らの文化を優先し,ヨーロッパのリベラル精神を尊重 しない者がいることである。今回のイスラーム系難民危機では,西欧における多様性と寛容性によ り,ドイツやスウェーデンをはじめとする多くの西欧諸国は大量のイスラーム系難民を受け入れた が19,ケルンでのイスラーム系難民による集団暴行事件などを境にして,難民に対する大衆感情は 大きく変化することになった20。残忍なテロ行為もイスラーム教徒により数多く行われた。最終的 に,ドイツのメルケル首相も多文化主義の失敗を認めた21。イスラーム系移民や難民に対する反対 感情はヨーロッパ全体へと広がり,彼らに対する怒りは現在も収まることを知らない。反イスラー ム感情を大きく高めることになってしまったのである。また,もう一つの問題として,イスラーム 系の人々を受け入れることができる人とできない人との間の対立も深めてしまったこともあげられ る。つまり,イスラーム系の人々との間の対立,さらにヨーロッパの人々の中でイスラーム系の人 々の処遇をどうするかにおいての対立,という
2
つの対立が生じることになってしまったのであ る。このように,西欧においては多様性を推し進めたこと,また多様性の受容においての問題が複雑 化している。多様性が成り立たないというわけではないが,課題が多いことは否定できない。金融 危機や難民危機,移民の大量流入が発生すれば両者の対立が起こることは,イギリスの
EU
離脱 やヨーロッパでの右翼政党の台頭を見れば明らかであるし,フランスにおける移民第二世代が関わ ったテロもこういう危機に際して生じたものであった。つまり,多様性といっても行き過ぎた多様 性は危険であると考える。ヨーロッパ本来のリベラルな価値観に基づけば,人道的な理由により,移民や難民の受け入れが必要になるケースはこれからも増えていくと思われる。しかし,国民のこ とをもっとより考えた政策を行わなければ,国民と新規の移入者との間での対立も生んでしまい,
最終的には国民同士の対立へと繋がるであろう。多様性の浸透には,このような危険性が孕んでい ることをより深く認識しておく必要があるであろう。
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図 中東アフリカからヨーロッパへの移民・難民
出典 国連UNHCR協会ホームページ
https://www.japanforunhcr.org/lp/4846
22 クラステフ(2018)はそのことについて,東欧は西欧の世界主義的な価値観に懸念があると説明している。
[クラステフ 2018 : 51]。
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第章 東欧へ持ち込まれた多文化主義による東西の対立,極右政党の台頭
第節 東西ヨーロッパの対立と移民・難民問題
前
2
章の第2
節では,西欧における移民や難民について考察したが,東欧においてはどのよう な影響が生じていて,東欧と西欧においてどのような違いがあるのか。移民・難民問題が明らかにした東西の違いとしては,同一民族を望む国民国家としての主張が強 い東欧と,以前より移民を受け入れてきており,また多様性が受け入れられている西欧とでは,移 民・難民の受け入れにおいて大きな違いが生じているということであった22。そして重要なこと は,この違いが生じていることの何が問題であるのかということでえある。一番問題となることは,
EU
を形成し,超国家を目指していたはずのヨーロッパ世界において,経済的問題以外での大問題 が生じたということである。そしてこれは歴史的な観点からも収拾を付けることが難しい問題であ り,“イスラーム嫌い”,“エリート嫌い”つまり“反EU”を主張するポピュリズム勢力の勢いが,
ヨーロッパ中に拡散してしまっていることを意味する。そして,結果的に超国家的な
EU
を形成 するどころか,ヨーロッパに民族的亀裂が走ることとなってしまった。ここでは,◯EU
と,◯歴 史的問題という二つの観点からこの問題を考える。まずは,この問題を考えるに当たって,そもそも移民や難民を受け入れることがなぜここまでの 議論を呼び起こしているかを考えたい。それにはもちろん,EUの超国家主義が関わっている。つ
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23 クラステフ(2018)は,東欧は,ドイツ,オーストリア=ハンガリー帝国,ロシアの解体とそれによって生 じた,民族的浄化プロセスの過程で生まれたため,ようやく民族主義的な国家が誕生したのに,移民を受け 入れれば,戦間期のような多民族社会に戻ってしまうという危惧があると説明している[クラステフ 2018 : 52],また,人口が減少してきている東欧の小国では移民や難民の受け入れにより民族が消滅する危機もあ るという[クラステフ 2018 : 54]。
24 中西(2018)「EUと構成国の法的権限―EUによる行き過ぎた権限行使と主権の回復」はイギリスのEU 離脱についての原因として,経済と移民どちらを選択するかとなった際に,イギリスは経済を重視する残留 派と移民問題を重視する離脱派に分かれた[中西 2018 : 91]ということからも移民・難民問題の重要性が 窺える。
25 マレー(2018)によると,西欧は過去の戦争だけでなく,人種差別や植民地支配に対して罪悪感を抱えてい ると説明している。[マレー 2018 : 256]。
26[マレー 2018 : 349]。
――
まり,国家に備わっている重要な機能である国境が曖昧となっており,政策においても
EU
の影 響が色濃い現在のヨーロッパにおいては,それぞれの国の主権は,弱くなった。東欧は,これまで も西欧中心のEU
の影響力に不満もあったが,EUからの補助金や経済的・安全保障的利益を享受 してきたため,それを我慢してきたと考えられる。つまり,移民・難民問題における多民族の受け 入れの問題よりも,EUからの恩恵を受けることが優先されてきたのである。これによって明らか になることは,現在東欧が移民・難民の受け入れを拒否していることは,EUからの恩恵を受けら れなくても構わないほど,多民族の流入だけは我慢ならないということであろう23。それほど東欧 にとっては民族主義が重要なのである。西欧においても,イギリスがEU
から離脱した原因が移 民のコントロールにおける問題であったとの主張が根強くあることも,民族問題の重要性を強調し ていると言えるであろう24。次に,多民族受け入れの問題は歴史的側面からも影響を受けている。西欧は植民地主義による反 省により,中東やアフリカからの移民や難民を受け入れているのも事実であるし25,戦後の労働力 不足や多文化主義の主張により移民や難民に対しての慣れがあった。一方で,東欧は植民地として ではないが,何世紀にも渡って西欧側に支配されていた被害者側であり,19世紀末にようやく国 民国家を形成することができた国々であるため民族主義を強く掲げている。ダグラス・マレーは,
西欧と東欧の民族の受け入れの違いに対し,西欧と違い東欧は中東やアフリカに対して罪悪感を抱 いていないと説明しているが26,それは最もだと考えられる。さらに歴史問題を掘り下げるなら ば,東欧において特にバルカン半島はオスマン帝国による影響を強く受けてきた地域である。つま り,オスマン帝国による侵略を受けた国が多い。民族主義を掲げる東欧にとっては,オスマン帝国 と同じイスラーム圏から再び人が押し寄せてくるということは,彼らが移民であれ,難民であれ恐 怖であることには変わりないだろう。西欧側はこの恐怖を理解していないのは間違いないだろう。
このように,歴史的観点から見極めても,西欧と東欧では,移民や難民に対する考え方に大きな 違いがあり,イスラーム圏へ対する見方も正反対であり,多民族の受け入れがいかに東欧の人々に とって重要な問題であるかを理解することができるだろう。そして,この多民族受け入れの問題に
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27 日本経済新聞『ハンガリー議会選,与党が圧勝「移民阻止」に支持』2018年4月9日によると,ハンガリー のオルバーン首相は,移民受け入れで欧州を揺るがしてきたとしてEUを強く非難してきたと説明している。
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO29140670Z00C18A4EAF000/
中田(2018)「東中欧における『デモクラシーの後退』―イリベラル政権とEUの課題」は,EUに加盟 することによって生じた社会・経済によって取り残された人々の受け皿になっているのがフィデスや法と正 義であると説明している[中田 2018 : 105]。
28 中田(2018)「東中欧における『デモクラシーの後退』―イリベラル政権とEUの課題」によると,オルバー ンは憲法を改正し,選挙法改正,憲法裁判所や中央銀行の権限縮小,中央集権化などを次々に実施した[中
田 2018 : 107]他,メディアに対しても報道内容に対して罰則を設けるなどの規制をしている[中田 2018 :
110]。
また,ポーランドでは,大統領が最高裁をコントロールできる権限を握ることが出来るように司法制度を 改革し,メディアにおいても,公共放送会社を改革,民間メディアに対しても規制を強化している[中田 2018 : 115]。
29 ポーランドが法の支配を守らないことにおいてEUが制裁の発動に着手しているが,ハンガリーの反対によ り実現の可能性は低い。そのことについて山本(2018)では,ポーランドはハンガリーの後ろ盾により強気
――
も大きく影響を受けながら,東欧に蔓延することとなったのが極右政党の台頭である。次節では,
この東欧における極右政党の問題とそれが
EU
にどのような影響を及ぼしたのかを考える。第節 東欧諸国の極右政党とEU
東欧と西欧の多民族受け入れに対する見解の違いは,西欧が中心となり動かしている
EU
が媒 介したと述べても過言ではないが,結果的に東欧に出現することとなった極右政党とはどういった 主張をする政党なのであろうか。この節では,◯東欧における極右政党について,そして◯その極 右政党がどのような影響をEU
に与え,◯それがどういった問題を生じさせているのかを論じて いく。まず東欧の極右政党について考える。東欧における極右政党としては,やはりハンガリーのフィ デスとポーランドの法と正義が挙げられるであろう。そして,これらはただの政党ではなく,この 二つの国において“政権を握っている”存在である。彼らが主張するのは,反イスラーム,反エリー ト,反
EU
といったものであり,移民・難民問題やエリート中心のEU
政治を強く批判する27。彼 ら極右政党が行っている異端な政策としては,以下のようなものがある。例えば,最高裁判所の裁 判官の最高年齢引き下げによる大量解雇や憲法改正,さらにはメディア統制といったものであ る28。つまり,司法の権限を弱め,行政権を強化し,さらにはメディアを統制することによって国 民までも洗脳している状態と言うに等しいだろう。これは,EUが掲げる法の支配を著しく否定す るものであり,国民を統制する独裁的な支配は,権威主義的なロシアや中国,トルコなどを思わせ るものであり,EU側にとって大きな脅威となっている。しかし,この問題をEU
は解決できてい ない。なぜなら,これらの国々を抑えるために制裁を加えようとしても,制裁には全EU
加盟国 の承諾が必要なため,ポーランドとハンガリーが庇い合うことによって,EUは大きなアクション を今も起こせていないのである29。――
でEUの介入に反発していると説明していて[山本他 2018 : 155],もはや開き直ったかのような対応は,
両者の間の傷をさらに深める恐れがあるだろう。
30 表1にて詳細を掲載。
31『スウェーデン総選挙,与党が第1党維持 極右が伸長』日本経済新聞 2018年9月10日。
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO35155470Q8A910C1EAF000/
32 中谷(2016)「『再国民化』と『ドイツのための選択肢』」によると,ドイツのAfD内においてもイスラーム に対する戦いが重点テーマとなっている[中谷 2016 : 97]他,畑山(2016)「フランスの『欧州懐疑主義』
と『再国民化』」によると,フランスの右翼政党の国民戦線は,移民への敵意と差別を政治的に利用してい
る[畑山 2016 : 159],また渡辺(2016)「スウェーデンにおける『再国民化』と民主政治のジレンマ」によ
ると,スウェーデン民主党の原点でもある「スウェーデンをスウェーデンのままに」というフレーズは,多 文化主義に抗うものであると説明するなど[渡辺 2016 : 219],東欧の極右政党との類似点がある。
――
続いて,その東欧の極右政党がどのような影響を
EU
に与えているのかを説明する。東欧の極 右政党がEU
の法の支配を遵守しないことが問題となっていることは既に述べたが,彼らの影響 力はそれだけではない。西欧の中でも極右政党の台頭が著しいからである。もちろん,西欧での極 右政党の台頭の原因が東欧からの影響だけによって生じている訳ではないし,極右政党の誕生もナ チスの残党と捉えるならば西欧発祥との説明も可能である。しかし,2010年に誕生したオルバー ン政権,2015年に誕生した法と正義政権の影響は大きいであろう。極右政党が政権を握れること が,東欧で証明されたからである。西欧の極右政党の例としては,イタリアの同盟,オーストリア自由党,ドイツの
AfD
(Alterna-tive fuer Deutschlandドイツのための選択肢),フランスの国民戦線,スウェーデン民主党,オ
ランダ自由党などが挙げられる。“はじめに”で述べたようにイタリアの同盟とオーストリアの自 由党は,連立政権により国政にまで影響を及ぼしているし,他の国でも第2
党,第3
党まで支持 を広げている。ここで注目すべきはもちろん,多くの移民・難民を受け入れたドイツとスウェーデ ンにおいても極右政党の台頭が著しいことであろう。ドイツでは2017
年の連邦議会選挙においてAfD
が第3
党30,スウェーデンでは2018
年の総選挙において民主党は第3
党維持にとどまったが 議席は20
議席増やしている31。これらの国は,西欧の中でも多くの移民や難民を受け入れてきた 多文化主義の国と知られてきただけに衝撃は大きい。西欧の極右政党の主張は,東欧の極右政党政 権の主張との類似点が強く32,東欧の極右政党の影響は今後ますます西欧に及んでいくだろう。最後に,これらの極右政党が結果的に
EU,そしてヨーロッパにおいてどのような問題を生じさ
せているのであろうか。少なくとも,ヨーロッパが一つのまとまった総意を生み出すことが難しく なっていることは言えるだろう。これは,これまで話し合われてきた経済的,政治的または安全保 障の問題とは少し異なるものであるという意味で解決することが難しい。なぜなら,より人の心の 奥深くに潜む民族性,アイデンティティといった問題に関わるものであるからである。簡単な例を 挙げるならば,恋愛において説明できるものと近いだろう。経済的,政治的,軍事的なものは,“お互いが話し合うことによって解決できる可能性がある問題”であるのに対し,多文化主義,多 民族の融合は“生理的に受けつけられない問題”なのである。つまり,本心より嫌っているという
――
33 渡辺(2016)「スウェーデンにおける『再国民化』と民主政治のジレンマ」によると,スウェーデン民主党 は1988年に結党したが,非民主的な勢力と見られ,10年後の1998年においても得票率は1にも満たな かった[渡辺 2016 : 212]他,中谷(2016)「『再国民化』と『ドイツのための選択肢』」によると,極右政 党はネオ・ナチのイメージが強く,ドイツでは反ナチス=反人種差別的な公共規範が存在する[中谷 2016 : 88]。
34 赤川(2019)「ブレグジッド後のヨーロッパ」『世界経済評論』p 15。
35 2014年のEU議会選挙の結果。
https://www.europarl.europa.eu/elections2014-results/en/election-results-2014.html 2019年のEU議会選挙の結果。
https://www.europarl.europa.eu/election-results-2019/en
――
ことである。西欧・東欧また他のすべてのヨーロッパをまとめて超国家的な勢力圏を作ることに は,限界がきているのかもしれない。超国家主義を無理やり推し進めようとすることは問題であ り,妥協点を見つけた上での限定的な超国家を目指していく必要性があるだろう。EUの中心を動 かす国々,そして人々は理想を追求するあまりに全体としての意見の一致を妨げてしまっている。
反対勢力である極右政党の台頭を許すようなことを行っていては,問題は複雑化するだけで事態の 収拾には繋がらない。
以上のように,第
3
章では極右政党が西欧と東欧の両範囲においてEU
を分裂させかねない状 況に至らしめていることを説明してきたが,この対立は現在EU
内だけでなく,各国の国内にも 影響を及ぼしている。第4
章では,ヨーロッパ全土での極右政党躍進の原因を詳しく説明するこ とによって,ヨーロッパ内部の分裂について考察する。第章 極右政党躍進の原因とポピュリズムが明らかにするヨーロッパ内部の亀裂
第節 ヨーロッパにおける極右政党台頭の原因とポピュリズム
東欧だけでなく,西欧においても極右政党が躍進していることを前章では説明したが,そもそも その原因とは何であるのか。極右政党の主張は,本来なら過激である印象から,国民も耳を傾けな いはずなのにも関わらず33,3分の
1
にも及ぶ人々が極右政党に投票したのはなぜなのであろうか。◯二大政党制の崩壊,◯被害者意識,◯移民・難民問題とテロという
3
つのキーワードを用いて その原因を説明するとともに,ヨーロッパに蔓延するポピュリズムについて極右政党の台頭と結び つけながら考察する。まず二大政党制の崩壊についてであるが,これを確認するには,ヨーロッパ各国における国政選 挙の結果や
EU
の議会選挙の結果を参照すれば一目瞭然である。例えばドイツにおける二大政党 制の崩壊は,多文化主義が後退し始めた1980
年代には既に始まっており,9割弱の支持率は現在6
割まで落ちている34。また,EU議会選挙に至っては,2014年には約55あった二大政党の支持
率が2019
年には約44まで下がっており,わずか 5
年で11も支持率が落ちている
35。その原 因としては,二大政党の政策が似通ってきたことがよく挙げられる。赤川(2019)では,ドイツ――
36 赤川(2019)「ブレグジッド後のヨーロッパ」『世界経済評論』p15。
37[クラステフ 2018 : 30]。
38[高橋他 2016 : 175]。
39 図2において2015年のヨーロッパにおけるテロの発生数と逮捕者について詳細を記載。
40 キングズレー(2016)によると,寝る場所や,食料や水が十分に与えられないことに対して不満を抱く移民 や難民は増えていった[キングズレー 2016 : 151]他,登録キャンプにおいて移民や難民に対して動物園の サルに対してのように食料や水を投げ与えられ,映像として流出したことで物議を醸したという[キングズ レー 2016 : 261162]。
41 山本(2017)「ヨーロッパにおける移民第二世代の学校適応への教育人類学的アプローチ」『ヨーロッパにお ける移民第二世代の学校適応』「山本 2017 : 9」
――
における二大政党制の崩壊の原因として,「保守と社民だけでは民意をくみ取れなくなってきた」
と説明する36。つまり,二大政党が民意をくみ取れないので,仕方なく極右政党や左翼政党に投票 しているという見解である。確かにこれは妥当であろう。EU内の人の自由移動を定めたシェンゲ ン協定や金融危機を通して,二大政党の支持率,つまりは
EU
に対する支持率は下がり始め,さ らに移民・難民問題を通して二大政党制の崩壊が加速しているからである。また,クラステフ(2018)は,極右政党に投票する人々について,かつてのフランスのピエ・
ノワールの人々と同じく「裏切られた」という感情を抱いているのではないかと推察する37。ピエ
・ノワールとは,フランスから植民地であったアルジェリアに出稼ぎに行っていたフランス人のこ とを指すが,彼らは国へ戻ると雇用を奪い合う労働者として敵対視された。さらに彼らには,アフ リカを征服しにいった植民地主義者,極右ファシスト,人種主義者というレッテルまで貼られるこ とになる38。つまり,彼らには相当な被害者意識があったであろう。クラステフが裏切られたとい う感情が極右政党への投票へと繋がったと説明する真意は何であろうか。それは,テロや移民・難 民による事件に関係があるのではないだろうか。2015年は,難民問題で揺れた年であった。イス ラーム系の難民による暴行事件が相次ぎ,またフランスやベルギーに住む就職や学業などで不満を 抱える移民第二世代と,難民流入に伴いヨーロッパに忍び込んだイスラーム過激派とが組み合わさ りテロが多発した39。ヨーロッパの人々からすれば,経済状態があまり良好ではなかったにも関わ らず,人道的な観点から多くの難民を受け入れたこともあり,それに対して移民や難民は,暴力事 件やテロでそれに応えたと感じずにはいられなかったであろう。これこそがヨーロッパの人々が抱 く被害者意識である。移民や難民の人々が,想像とは違うヨーロッパの受け入れに対し40,疑念を 抱くのは仕方がないことかもしれないが,受け入れてもらったことへの感謝よりも,自らの不満を 優先させてしまうことになれば,その不満が暴力事件に繋がるにせよ,テロ事件へと繋がるにせ よ,ヨーロッパの人々からすればそれは脅威であることに間違いないであろう。テロ事件に関して は,移民の第二世代によるテロが相次いだことが問題41となったが,現在の移民や難民は将来の移 民第二世代となることも考えなければならないだろう。つまり,移民や難民を受け入れることで ヨーロッパの人々の生命までもが危ぶまれることになるなら,彼らが極右政党を支持するようにな っても疑問は生じないだろう。
――
図 年のEU各国でのテロの発生数と逮捕者
出典 Daily Express ``Terror arrests across Europe revealed as UK TOPS list of most attack attempts'' 2016 年7月27日
https://www.express.co.uk/news/uk/692286/Map-EU-terror-arrests-which-country-suŠered-most-at- tacks
42[ミュラー 2017 : 27]
43[ミュラー 2017 : 44]
――
続いてポピュリズムの影響についてであるが,これはこれまで説明してきた極右政党へと影響し ているものである。そもそもポピュリズムとは何であろうか。ヤン=ヴェルナー・ミュラーはポピ ュリズムを,「ある特定の政治の道徳主義的な想像であり,道徳的に純粋で完全に統一された人民 と,腐敗しているか何らかのかたちで道徳的に劣っているとされたエリートとを対置するように政 治世界を認識する方法42」と定義する。ミュラーはポピュリストをただのエリート批判だけではな く,自らだけが道徳的に正しいことを主張しているリーダーとして捉える。指導者だけが国民と直 接繋がっており,国民に対して訴えかけることができるということだ43。つまり,ヨーロッパにお いては権威主義的な独裁者であるフィデス政権や法と正義政権のリーダーがこれに当たる。彼らが
EU
の法と支配を守らないことが問題となっているということは前述したが,ミュラーの定義によ りポピュリストがこのような行動を取ることの理由が証明される。つまり,ポピュリストがEU
の法の支配を破ってまでも独裁的な政策を取るのは彼らだけが正しいと信じ切っているからだとい うことである。少なくとも民衆にはそう信じ込ませているから,現在も高支持率を維持することが できているのである。ヨーロッパの他の国で蔓延るポピュリズムは,この2
か国とは度合いが少――
44 高橋他(2016)は,スウェーデン民主党は2000年代に入り穏健化が進んだ[高橋他(2016): 212]と説明 しているが,それはスウェーデン民主党が台頭し始める時期と重なっている。
45 中谷(2016)「『再国民化』と『ドイツのための選択肢』」によると,難5の大量流入へ各地の行政が追いつ かず,国内では難民の受け入れ反対や送還を求める運動が盛り上がり,難民施設への衝撃も多発していたと いうことで[中谷 2016 : 83],このような不満が極右支持に繋がると考えられる。
46[中田 2019 : 121]。
47[中田 2019 ; 128]。
48[中田 2019 : 126]。
49[中田 2019 : 128]。
――
し異なるであろうが,反エリート,反イスラーム,反移民という点で共通点が見られる。西欧にお けるポピュリストは政権を完全に掌握している訳ではないので,東欧
2
か国ほどの影響力を示す ことはないだろう。しかし,イギリスのEU
離脱やドイツでのAfD
の躍進を考えると,ポピュリ ズムの影響力は計り知れない。いつ何が起こるか分からないという意味でも,
ポピュリズムの影響 力を看過してはならない。また,ポピュリズムにおいてもう一つの例を示しておきたい。二大政党制が崩壊している原因と して,二大政党が民意を汲めなくなってきていることが問題であることは説明したが,また一方で はポピュリズム政党側が民衆に歩み寄っていることも原因として挙げられるかもしれないからであ る。例えば,ドイツの
AfD
やスウェーデンの民主党もポピュリズム政党と呼ばれるに等しいもの として挙げられるが,彼らはネオ・ナチ路線からの切り替えを図っている44。つまり,過激な発言 を減らすことで,本来極右政党と呼ばれてきた政党の刷新を図っているのである。もちろん過激さ が消えていない面はあるが,イスラーム系の移民・難民の大量流入やそれによる暴行事件やテロに よって,それらの過激な発言は許容されている面もあるであろう45。また,このようなポピュリズ ム政党としてチェコの例も参考にする価値があるものと考えられる。チェコは本来,ヨーロッパに おいては西欧よりの国であったからである。中田(2019)「『難民問題』を争点化する東中欧諸国 の政治」によると,チェコは2010
年代後半において中道右派,中道左派の政権が崩れ始め,新党 が形成され始めるようになったが46,新党のANO
は結成後初の2013
年の議会選挙で第2
党とな ると,2017年の議会選挙では圧倒的な投票数で第1
党に躍り出たのである47。彼らが支持を獲得 できている理由としては,支持が分かれるような政策に対する意見を表明するのは控え,国民が求 める意見だけを強く訴える48ことが最終的に功を奏したと考えられるという49。本来の極右政党と は違い過激な主張は減らし,国民が求める主張だけを強調する,それが新しいポピュリズム政党と 呼ぶに等しいものと言えるのではないだろうか。第節 ヨーロッパ内部の亀裂
前節により極右政党躍進の原因とポピュリズムについて説明したが,最終的に,◯これらの勢力 はヨーロッパの内部にどのような亀裂を生じさせているのだろうか。また,◯どのようなことが明
――
50[ミュラー 2017 : 5]。
51 表2においても中道左派の後退と緑の党の躍進を確認できる。
表 年と年における欧州議会選挙の結果
2014年の得票数 2019年の得票率 増減数
EPP[欧州人民党] 221 179 -42
S$D[社会・民主主義進歩同盟] 191 153 -38
ALDE+R[欧州自由民主同盟+ルネサンス] 67 105 ―
GREENS/EFA[欧州緑の党/欧州自由連盟] 50 69 +19
ECR[欧州保守改革] 70 63 -7
ENF[極右の国家と自由の欧州] ― 58 ―
EFDO[自由と直接民主主義の欧州] 48 54 +6
GUE/NGL[欧州統一左派・北欧緑左派連盟] 52 38 -14
その他 52 32 -20
出典 European parliamentより筆者作成,2014年はALDE,2019年はALDE+R,日本語訳はJETROの 記事参照。現在はRENEW EUROPE, IDという2つの党が結成されて票数が大幅にずれたため URLのグラフとは異なる。
https://www.europarl.europa.eu/election-results-2019/en/european-results/2014-2019/constitutive- session/
https://www.europarl.europa.eu/election-results-2019/en/european-results/2019-2024/
JETRO「欧州議会選挙で二大会派低迷の中,親EU派が大幅躍進」2019年5月27日。
https://www.jetro.go.jp/biznews/2019/05/8cbc8bbd64c78540.html
――
らかになったのだろうか。
ポピュリストは,ヨーロッパの中の保守派とリベラル派の対立を煽り,このような対立を利用し て自らの党を躍進させてきた。ヤン=ヴェルナー・ミュラーも,「ポピュリストは対立を食い物に して,分裂を強める50」と語る。つまり,ポピュリズムにより民衆は分裂させられた。この分裂と は,ポピュリストの主張する反エリート,反イスラーム,反移民・難民を掲げる勢力と,リベラル な主張を掲げる勢力との間の分裂である。以前よりリベラル派と保守派の対立は存在していたので 大きな問題ではないと主張する人がいるかもしれないが,そう単純には解決できない。なぜなら,
この対立は以前のような中道右派と中道左派のような対立ではなく,極右と中道左派または極左の 対立になっているからである。近年の極右政党や緑の党の躍進がそれを証明していると説明でき る51。要するに,両者の間の溝はかなり深いということである。そしてこの両者の間の溝が深まる とどのような影響が出るのだろうか。これからの国内での政治の不安定性の原因ともなり得るし,
最終的には
EU
の存続が危ぶまれるかもしれないだろう。リーマンショックおよびギリシャ危機によって生じたヨーロッパの危機的状況は,その後の長期 停滞の影響で改善することはできず,現在では移民・難民問題が生じ,極右政党の台頭とポピュリ ズムの問題においても苦しんでいる。つまり,経済危機により南北の間に溝ができ,移民・難民問
――
52 神野(2019)は,歴史のターニングポイントには必ずと言って良いほど,民族移動が関係していて,移民は 移動先の文化・社会・国家・民族を破壊してきた[神野 20192526]と説明しているが,このように多民族 の融合には危険が潜む。
53 表2におけるルネサンスや緑の党,ENFの台頭などが挙げられる。
――
題により東西の傷が深まると,しだいに加盟国間の間にも差ができるようになり,最終的には国内 政治の乱れによって国内においても亀裂ができてしまったのである。これ以上問題が継続していく ことは,ヨーロッパ社会にとって重すぎる負担である。この種の移民や難民などの民族の問題に関 わる民衆の分裂は,時間とともに解決できる問題ではなく,時間とともに悪化していく恐れがあ る52。目下,緊急でこれらの問題に対する解決策が必要となっている。
第章 おわりに
これまで説明したように,ヨーロッパには現在大きな亀裂が生じている。ポピュリズムにより亀 裂が深まるヨーロッパには,その亀裂を修復するための早急な解決策が必要である。この章では解 決策については提示しないが,現在の民族的亀裂を解決するに当たって,どのようなことを理解し ておく必要があるのか,説明するとともに,この論文の締めくくりとしたい。
亀裂を修復するためには,この亀裂の一番の要因とも言える移民・難民の受け入れの問題につい て考えていく必要があるが,どのようにすればこの問題を解決できるだろうか。西欧が受け入れた 多文化主義が,EUにより東欧へも強制されたことが亀裂の原因として考えられるが,亀裂が国内 に広がったことや,複雑化したことを考えると,亀裂の修復には西欧と東欧としてだけでなく,
ヨーロッパ各国の国内においての対立として捉えることも必要であろう。それは移民や難民の受け 入れを推進する人々と,反イスラームなどの民族主義を主張する人々との間の対立である。彼らを リベラル派と保守派,また極左と極右と言い表すのでは語弊が生じるかもしれないので,ここでは
“超リベラル派”と“超保守派”という言葉でもって説明する。これらの人々が具体的にどこの立 場であるのか説明すると,二大政党では満たせない需要が,穏健化している極右政党や,緑の党な どのやや左翼に近い党に受け止められている現状を考えると53,両極端と中道の真ん中あたりと考 えられる。
現在生じている問題は,超リベラル派が主張する移民や難民の受け入れに,超保守派の人々が反 対していると言い換えることができるであろう。超リベラル派の主張を超保守派が否定する理由 は,これまでの極右政党の台頭の原因からも明らかであるが,一方で超保守派の主張を超リベラル 派が否定する理由は何であろうか。
超保守派が西欧でも政権を取るようになった場合,EUの主張は移民・難民拒否となるであろう。
EU
内に存在する少数民族,特にイスラーム系の人々との対立が明白となり,再びテロなどの事件 が多発することになる。それは結果的に移民や難民を大量に受け入れた時と同じである。つまり,超保守派は排他的すぎることにより国内で大きな民族対立を起こすことになる。それではリベラル
――
54[マレー(2018): 475]
55 佐藤(2019)「AfD(ドイツのための選択肢)の台頭と新たな政治空間の形成」によると,ドイツではAfD の影響により,難民の年間上限数を20万人とする妥協案が成立している[佐藤 2019 : 158]
日本経済新聞「イタリア,反移民政策を強化 罰金増額や施設閉鎖」2019年8月7日によると,イタリ アでは移民船を救助することに対しての罰金がそれまでの20倍とする法案が可決され,また欧州最大級の 移民収容センサーが閉鎖されるなど,移民に対する制限を強めることで,実質的な移民の制限に成功してい るという。
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO48318950X00C19A8FF8000/
――
政権による多文化主義の推進が東欧との分裂を招く現在のヨーロッパ世界と何も変わりがない。超 リベラル派の人々が超保守派の人々を否定する理由は,ここまでのことを想定しているわけではな いだろうが,リベラルな価値観が浸透しているヨーロッパを突然保守的に変えようとすると大きな 問題が生じる。超リベラル派の人々は,超保守派が政権を握るようになればヨーロッパ世界が崩壊 するということを認識していることは確かなこととして言えるだろう。
ここまでを踏まえ,どちらかの主張だけによるヨーロッパの未来は想像できないことが明らかに なった。両者の意見の間を取りながら,より持続可能性のあるヨーロッパについて考えていく必要 があると言えるだろう。
マレー(2018)では,今生きている世代の寿命が尽きる前に欧州において自分たちは少数派に なってしまうことに対して警鐘を鳴らしているが54,それはこれからイスラーム系人口がどれほど 増えるか分からないことへの危惧であると考えることができる。この不安を解消することで超保守 派の不安は少なくなるのではないだろうか。つまり,超リベラル派が掲げるようなレベルでの移民 や難民の受け入れは止めることがもちろん必要となる。また,超リベラル派の不満も解消しなけれ ばならないので,移民や難民の完全な流入制限もやめるべきである。現在は極右政党の影響もあり ヨーロッパ各国で,移民や難民の数の制限が話し合われていて,制度として成立している国もある が55,この決定に両者が納得していないからこそ現在も対立が続いていると考えられる。
これからの研究においては,現在のヨーロッパの移民・難民問題に対する各国の対応について詳 しく研究することで,何が問題となっているのかを明らかにし,また先ほど述べたような超リベラ ル派と,超保守派の需要をどのようにすれば満たすことができるのかを考えることで,民族的亀裂 の解決策について研究を進めていきたいと考えている。
参考文献
赤川省吾(2019)「ブレグジッド後のヨーロッパ」『世界経済評論』63号,4巻,p 917。
アジェ,ミシェル著 吉田裕訳(2019)『移動する民』藤原書店。
渥美堅持(2015)『イスラーム基礎講座』東京堂出版。
石田徹(2018/3/12)「欧州を揺るがす『福祉ポピュリズム』の波『左翼ポピュリズム』というもう一つの動 き」『龍谷政策学論集』7号,3巻,p 317。
ヴァンダン,カトリーヌ・ヴィトール・ド著 太田佐絵子訳『地図とデータで見る移民の世界ハンドブック』
原書房。