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学習者は何を調べるためにリソースを用いているか

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研究論文

研究論文

学習者は何を調べるためにリソース を用いているか

―「書く」活動の広がりに注目して―

相川 弓映

要 旨

本稿はメディアの影響を受け、変わりつつある「書く」活動を対象として、学習 者が文章を作成する際、何を調べるためにリソースを用いているかを明らかにする ことを目的とする。調査の結果、文例の確認、語彙や表現の翻訳を調べるためにリ ソースを用いていることがわかった。リソースを用いる際、学習者は読み手である 日本語母語話者に伝わるように、慎重に検討を行い、入手した語彙や表現を学習者 自身のことばとして文章に落としこんでいた。リソース使用の過程は、語彙や表現 をただ借用する言語活動ではなく、入手した語彙や表現を自身のことばとして文章 に落としこむ言語活動であり、「書く」活動はリソースを用いることで広がりを見 せることが示唆された。このことから、リソース使用は「書く」活動の内に位置づ けた上で、リソース使用に関する支援を含めた「書く」ための日本語教育を検討す る必要性を述べた。

キーワード

「書く」活動 メディア リソース 検索 辞書

1.はじめに

新たなメディアの登場は、人の言語活動に新たな広がりをもたらしてきた。インターネッ トの登場は、これまで時間をかけて行うものであった文字言語によるコミュニケーション を瞬時に行うことを可能にした。スマートフォンが広く普及した現代では、これまで以上 に新しい広がりを見せている。例えば、文字言語で表すことのできない表情や韻律を表す ために、顔文字、スタンプ等、新たな言語活動が生まれている。このような言語活動の広 がりは、4技能のうち特に「書く」活動に大きな影響を与えている。音声言語のように瞬 時のやり取りが可能となった文字言語は、「書きことば」でありながら「話しことば」的要 素をそなえたことばとして、「打ちことば」という用語も生まれてきている(田中2014)。

論文の種類(研究論文・展望論文・研究ノート)は入力してくだ

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ている。新しいメディアの登場は、単に新たな道具がもたらされたことを意味するのではな く、人の機能の拡張により人そのものを変化させ、その結果社会そのものを変化させる。

マクルーハンが指摘した通り新たなメディアの登場は、社会に変化をもたらしている。

「21世紀型スキルの学びと評価プロジェクト(Assessment and Teaching of Twenty-First Century Skills Project (ATC21S))」が提案した「21世紀型スキル」1は、現代の社会変化 を鑑み、21世紀を生きる人材の育成を目標とし、4つのカテゴリーに分類される10のス キルを定義している。4つのカテゴリーの1つ「働くためのツール」には「情報リテラシー」

「ICTリテラシー」の2つのスキルが定義されている。「ICTリテラシー」とは「効果的に 社会に参加するために、情報にアクセスし、評価・管理し、新たに理解を深め、他者とコ ミュニケーションするために、一人ひとりが適切にICTを使う能力」(グリフィン,P他

2014 : 65)である。このように、メディアと対峙するスキルは現代社会で生きるには必要

不可欠である。

上述のように、現代における「書く」活動は新しいメディアの影響を受け、変化しつつ ある。しかし、その変化による現状は把握されていない。そこで、本稿では、現代社会に 生きる学習者が「書く」活動を行う際、何を調べるためにメディア、つまりリソースを用 いているかを明らかにする。その上で、リソースを用いることにより「書く」活動がどの ような広がりを見せるか考察する。

2.研究の背景

本章では、研究の背景を述べる。2.1でリソースに関する先行研究を概観する。2.2で「書 く」活動におけるリソース使用の位置づけについて問題を提起する。そして、2.3 で本稿 におけるリソースを定義し、研究の立場を述べる。

2.1 先行研究

調べるためのリソースに関する研究は、これまで紙の辞書が主たる対象であったが、徐々 に電子辞書、ウェブサイトといったリソースの広がりを見せている。このような状況にお いて、学習者が何のリソースを用いているかを把握する必要がある。鈴木(2012)は117 名の学習者に、使用している辞書についてアンケート調査を行った。その結果、電子辞書 を「非常によく使う」と回答した者が最も多かった。一方、オンライン辞書は「非常によ

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く使う」と回答した者は電子辞書より少なかった。しかし、「全く使わない」と回答した者 はオンライン辞書のほうが少なく、オンライン辞書が学習者に広く行き渡りつつあること が示唆された。

一方、野田(2011)は学習者用辞書のためには、「コミュニケーション活動で、何のた めに辞書を使い、どんな情報を知りたいかという実際の状況」(p. 6)を考える必要がある と述べている。学習者がリソースをどのように用いているか、その使用実態を明らかにす る必要性が指摘されている。副田・平塚(2009)は、非漢字圏の初級学習者が未知の漢字 語に遭遇した際、電子辞書をどのように使用しているかを調査した。また、副田・平塚

(2011)では翻訳サイトなどの翻訳ツールの使用実態を報告している。その結果、半数の 学習者がパソコン上に提示されたものを読む際、自動翻訳サイトを中心に使用していたと 報告している。そして、学習者が適切にリソースを活用できていないという結果を受け、

リソースの有効な使用法を明確にし、指導していく重要性を述べている。鈴木(2016)は 学習者が書く活動を行う際、どのようにリソースを使うか、「検索プロセス・メモ」の作成 とインタビューによる調査を行い、学習者がリソースを用いる過程を詳細に報告している。

田中(2015)は中国人学習者を対象に電子辞書の使用実態を分析した。その結果、辞書を 使用して書いた箇所の正用率(61.2%)と自力で書いた箇所の正用率(54.1%)に大差が ないことを指摘している。この結果を受け、田中は「辞書使用と『正確さ』に注目してき たが、辞書には表現力などの『豊かさ』を高める役割もある」とし、「ただ『正確さ』だけ にとらわれることなく、文章産出過程において辞書はどのような役割を果たせるのかを調 査していかなければならない」(p. 126)と述べている。

このように、学習者が何かを調べるために用いるリソースは、何のリソースを、どのよ うに用いているかについて研究がなされつつある。しかし、学習者が何を調べるためにリ ソースを用いているか、リソース使用の様子を詳細に観察した研究は行われていない。そ こで、本稿では学習者がリソースを使用する様子を詳細に記述し、学習者が何を調べるた めにリソースを用いているかを明らかにする。その際、リソース使用の「正確さ」ではな く、リソースを用いることにより「書く」活動がどのような広がりを見せるかに焦点をあ て考察する。これにより、リソースを使用することによる新たな可能性が示されるだろう。

2.2 問題提起

Flower & Hayes(1981)による文章作成モデルでは、「書く」活動は「課題状況の認識」、

「長期記憶」、「文章産出過程」の 3 つから構成されており、相互に行き来しながら関連し 合ってダイナミックに進行するとされている。「課題状況の認識」は、テーマや読み手、文 章のジャンルなどの修辞的問題と、それまでに書かれた文章のことである。「長期記憶」に は、書く話題、読み手や文章構想の立て方に関する知識が含まれる。「文章産出過程」は、

何をどのように書いていくかの「構想」、構想を言語表現化する「変換」、読み返し修正す る「推敲」がある。この「文章産出過程」には、文章作成が目標通り進行しているかモニ ターする活動も含まれる。

このモデルにはリソース使用は位置づけられていない。つまり、リソース使用は、「書く」

活動から切り離されて考えられてきた。これに対し、衣川(2000)は「外在的状況としては、

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であり、学習のリソースとはすなわち学習の素材」(p. 45)と定義している。そして、リ ソースを「人的リソース」「物的リソース」「社会的リソース」の3つに分類している。こ のうち、本稿では「物的リソース」について述べる。

学習のリソースは、単に道具であることを意味しない。例えば、教室にはってある交流 会のお知らせの裏にメモを書いた場合、単なる道具として用いている。交流会のお知らせ を、いつ、どこであるのか、つまり情報に関するコンテンツを知るために用いた場合、情 報を入手するためのリソースとして用いている。他方、例えば交流会のお知らせを作成す ることになり、お知らせにはどのような表現や語彙が用いられているのか、つまり学習に 関するコンテンツを知るために用いた場合、学習のリソースとして用いている。学習のリ ソースは、単に道具として用いるのではなく、また情報入手のために用いるのではなく、

学習に関するコンテンツの入手を目的として用いられる道具を指す。

本稿では学習のリソースのうち、学習者が文章を「書く」際、語彙や表現を検索するた めに用いるリソースに着目する。

3.調査

本章では調査について述べる。調査協力者の概要を示し、調査の手順、分析に使用した データの概観を示す。

3名の調査協力者(T1、T2、H)のプロフィールは、以下の通りである。T1、T2の調 査は2012年9月に台湾で行った。T1、T2は台湾出身で、中国語を母語とする。T1は20 代後半の男性で、日系企業に勤めている。台湾の語学スクールで約4年日本語学習をして おり、N1を取得している。T2は30代前半の女性で、台湾の語学スクールで約3年日本 語学習をしており、N2を取得している。また、2か月程東京にある日本語学校で学習経験 がある。Hの調査は2015年4月にハンガリーで行った。Hはハンガリー出身で、ハンガ リー語を母語とする20代前半の男性で、大学の日本語学科に所属している。N1を取得し ており、1年間の日本留学経験がある。3名とも、普段から仕事やプライベートで、PCを 用い日本語の文章を「書く」機会がある。

調査は以下の手順で行った。調査協力者には事前に、(1)PC を用い文章を作成する課 題をしてもらうこと、(2)調査中はインターネット接続されたPCがあること、(3)普段 から使っている辞書などのリソースがあれば持参するよう伝えた。調査当日、調査協力者

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には以下の文章作成を依頼した。調査協力者3名はSNSの1つである『Facebook』を普 段から用いており、日本語母語話者の友人と繋がりがある。そこで、『Facebook』のウォー ルに投稿すると仮定した文章の作成を依頼した。SNSの公開範囲は普段用いている公開範 囲を想定することとした。作成する文章は何かを紹介する文章とし、何を紹介するかは調 査協力者の決定に委ねた。文章は、日本語及び調査協力者の母語が入力可能なPCを用い、

Word 上に作成した。文章作成中は、どのようなリソースを用いても良いとした。調査協 力者が文章を作成している様子は、ビデオで撮影した。文章作成後、調査協力者がリソー スを用いた箇所について、フォローアップインタビューを行った。

分析に使用したデータは、以下の2つである。1つ目は、調査協力者が文章を作成して いる様子を撮影した動画をもとに、リソースを使用した手順を文字化したデータ、及び使 用したウェブサイトのキャプチャである。キャプチャは調査実施後すぐに取得したため、

2017年現在はウェブサイトの内容が変更されている場合がある。データの2つ目は文字 化したフォローアップインタビューのデータである。フォローアップインタビューは、

T1:約7分、T2:約9分、H:約8分行った。

4.分析

本章では3名の調査協力者が、何を調べるためにリソースを用いたか分析を行う。表1 に3名の調査協力者が文章作成に要した時間、完成した文章の文字数、テーマを示す。ま た、以下(1)~(5)は調査協力者がリソースを用いながら作成した文章である。

【検索1】「見逃しやすい」

T1 は台湾で放送している健康に関するテレビ番組を紹介する文章を書いた。(1)は番 組で扱っている内容の紹介である。

(1)台湾人でよく見られる病気の分析と予防。高血圧、肝臓病の検査、生活で見逃しやす い症状。

(1)を「書く」際、「見逃しやすい」を以下の手順でリソースを用いて調べた。

① 検索サイト『Google』で、検索ワード「見逃しやすい」を検索。

② 検索結果(図1)を確認。

③ 作成中の文章に「見逃しやすい」と書いた。

表1 完成した文章の概要

調査協力者 文章作成時間 文字数 作成した文章のテーマ

T1 43.10 327 健康に関するテレビ番組の紹介

T2 23.55分 197 士林夜市の紹介

H 13.30 456 論文コンクールの紹介とコンクールで優勝した話

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図1 「見逃しやすい」:『Google』検索結果

T1 は自身で産出した表現「見逃しやすい」を『Google』で調べた。検索結果を確認し、

「見逃しやすい」を自身の文章に採用した。検索結果(図1)には、「見逃しやすい」が含ま れる文例が複数ある。このことから、T1がリソースを用いて調べたのは、自身で産出した 表現が含まれる文例であり、文例があることで文章への採用を決定していると考えられる。

【検索2】「健康観念」

(2)は番組で扱っている主な内容の紹介後、その他の活動を紹介するために書かれた文 章である。

(2)これら以外、かつて持てる健康観念の研究も行われます。例えばヨーグルトはほんと にミルクより良いですか?

この文章を「書く」際、「健康観念」を以下の手順でリソースを用いて調べた。

① 検索サイト『Google』で、検索ワード「健康観念」を検索。

② 検索結果(図2)を確認。

③ 検索ワードを「観念」に変更し、検索。

④ 検索結果(図3)を確認し、作成中の文章に「ステレオ」と書いた。

⑤ 次の一文の途中まで書いたところで、②の検索結果(図2)を再度確認。

⑥ ④で作成中の文章に書いた「ステレオ」を消し、「健康観念」と書いた。

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A:健康観念って検索してなかった?

T1:はい。最初はステレオって書いたんですけど、合ってるかどうか、自分で把握 できないので、把握できる漢字に…。

A:ステレオって、なんでステレオなんですか。

T1:ステレオタイプのステレオをそのまま使って…。

(中略)

A:で、T1 さんは、ステレオって使おうと思ったけど、合ってるかどうかわからな いから、健康観念にしたの?

T1:うん、まあ、そうですね。

A:(図2を確認しながら)「健康観念」って使い方ありました?

T1:ありました。

図2 「健康観念」:『Google』検索結果

まず、T1 は検索サイト『Google』で自身が産出した「健康観念」を検索した。検索結 果(図2)では「健康観念」が含まれる文例は最上位にある1例だけであった。この検索 結果を確認したT1は、検索ワードを「観念」に変更し、再度検索を行った。その検索結 果(図3)を確認し、作成中の文章に「ステレオ」と書いた。その後、次の一文を書き始 めるが途中まで書いたところで先ほどの「健康観念」の検索結果(図2)を再度開き、内 容を確認した。そして、先ほど書いた「ステレオ」を消し、「健康観念」に書き換えた。こ の過程についてT1はフォローアップインタビューで以下のように話している。

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図3 「観念」:『Google』検索結果

T1は「ステレオ」は「ステレオタイプ」のことだと話している。そして、「ステレオ」

は「合ってるかどうか、自分で把握できない」ので「把握できる漢字」の表現である「健 康観念」に書き換えたと話している。筆者は「健康観念」が含まれる文例を見つけられず、

文例があったかどうかT1に尋ねている。T1が「ありました」と答えていることから、す でに「健康観念」が含まれる文例を確認していたことがわかる。「健康観念」が含まれる文 例は1例であった。そのため、「健康観念」の採用を躊躇ったと考えられる。

T1はリソースを用いて自身で産出した表現が含まれる文例を調べている。文例があるか どうかが文章への採用基準となり、文例が複数あるほうが検討を重ねず採用されやすい。

【検索3】「食用油」

(3)は番組で扱っている内容を紹介した一文である。

(3)食の健康。例えば、朝食どう選ぶ?和食か洋食か? 食用油の種類と選択など。

この文章を「書く」際、「食用油」を以下の手順でリソースを用いて調べた。

① 辞書サイト『Yahoo! 辞書』で、検索ワード「食油」を検索。

② ①の検索結果(図4)から「食用油」をコピー。

③ 検索ツールバー『JWord』で、検索バーに②でコピーした「食用油」をペースト。

(9)

A:食用油は?最初、何だっけ?

T1:食油。本当にこう…こう使ってますか?こういう書き方とか…だから『Google』 で…、検索して…やっぱり、良いかなという感じで…。まずは、正しい言い方と か、言い換えるとどんな違う言い方があるかとか、その2つで検索してみました。

A:最初の食油?だとダメだと思った?

T1:まあ…ちょっと…書きことば…あるかどうか、そこも検索したい…。

④ ③の検索結果(図5)を確認。

⑤ ①で利用した辞書サイト『Yahoo!辞書』に戻り、検索ワード「食用油」を検索。

⑥ 検索結果「食用油に一致する情報はみつかりませんでした」を確認。

⑦ 辞書サイト『weblio辞書』を開き、検索ワード「食用油」を検索。

⑧ ⑦の検索結果(図6、図7)を確認し、「『食用油』を解説文に含む用語の一覧」のペー ジを開く。

⑨『「食用油」を解説文に含む見出し語の検索結果』(図8)を確認。

⑩ 作成中の文章に「食用油」と書いた。

まず、T1は『Yahoo!辞書』で自身が産出した「食油」を検索した。検索の結果(図4) は「食用の油。食用油。」であった。次に『JWord』で「食用油」を検索した。その結果(図 5)は「お歳暮 食用油バラエティギフト」が含まれるショッピングサイトであった。次

にT1は『weblio辞書』で「食用油」を再度検索した。検索結果から「『食用油』を解説文

に含む用語の一覧」へのリンクを選択し、『「食用油」を解説文に含む見出し語の検索結果』

を開いた(図8)。「食用油」を含んだ文例を確認し、自身の文章に「食用油」を採用した。

T1は「食用油」の採用を決めるために、3つの辞書サイトを経た後、文例を確認した。

複数のウェブサイトを参照したことについて、T1はフォローアップインタビューで以下の ように述べている。

T1はフォローアップインタビューで「本当に使っていますか」と尋ねている。また、「正 しい言い方」「言い換えるとどんな違う言い方」があるかどうかを検索したと話している。

また、「書きことばあるかどうか」も検索したかったと述べている。このことから、【本当 に使う】表現、【正しい言い方】、文字言語に適した【書きことば】がT1の関心事である ことがわかる。

T1は日本語で文章を「書く」前に、母語である中国語で文章を完成させており、日本語 で文章を作成する際、中国語の文章を確認しながら書いていた。T1が書いた(3)に対応 する中国語の箇所を以下に示す。

(3 ’)食的健康、 例如早餐該怎麼選 中式好還是西式好 或是如何選擇食用油

(筆者訳:食の健康、例えば朝食はどのように選ぶべきか 中華が良いか洋食が良い か或いはどのように食用油を選ぶか)

(3)と(3 ’)では、異なる表現が用いられている箇所がある。日本語の文章における「和食

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図4 「食油」:『Yahoo!辞書』検索結果

図5 「食用油」:『JWord』検索結果

図6 「食用油」:『weblio辞書』検索結果の画面上方

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図7 「食用油」:『weblio辞書』検索結果の画面下方

図8 「食用油」を解説文に含む見出し語の検索結果

か洋食か?」は、中国語の文章では「中華か洋食か」であった。T1は「食用油」を繰り返 し調べたことからわかるように、慎重に表現を選択する。それにも関わらず、「中華」は「和 食」に置き替えられている。「和食」は日本語母語話者の読み手を想定した日本語の文章に 書かれている。日本語母語話者が想起する朝食を考え、T1は「中華」ではなく、「和食」

を日本語文章に採用したと考えられる。要するに、T1は読み手が理解しやすいよう、日本 語の文章を作成している。

T1は自身が産出した「食油」の日本語を調べた際、T1の関心は【本当に使う】【正しい 言い方】【書きことば】であり、日本語母語話者である読み手が理解しやすい表現であるか どうかである。T1が表現を調べ、文例を確認する際、根底にあるのは読み手意識であり、

リソースから入手した表現を自身の文章に落としこんでいる。

【検索4】「オリエンタリズム」

Hは論文コンクールの紹介と、そのコンクールで優勝した話を書いた。Hは自身の研究 テーマ「鎌倉時代の武家法」について論文を書き、コンクールで優勝した。優勝者は発表 する機会があり、Hは発表の概要について以下のように書いた。

(4)僕がこのテーマについてオリエンタリズムという部門で発表しました。

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A :ウィキペディアってよく使ってる?

H : うん。例えば「オリエンタリズム」。ハンガリー語バージョンを見て、他のことば のバージョンを見る。内容が同じかどうか確認してから判断する。

A : 内容確認って、読んで…

H : ちょっとだけ読んで、ここで「美術世界」と書いてあるから、ハンガリー語のバー ジョンと同じじゃないかなと思って…。

⑤ 再度『Google』を開き、検索ワード「オリエンタリズムとは」で検索、検索結果を

眺める。

⑥ 日本語版『Wikipedia』に戻り、他言語リンクから英語を選択。

⑦ 英語版『Wikipedia』を開き内容を確認。

⑧ 再度、日本語版『Wikipedia』に戻り内容を確認。

⑨ 作成中の文章に「オリエンタリズム」と書き、すぐに消す。

⑩ 再度『Google』を開き、検索ワード「東アジア論」を検索、検索結果(図11)を確認。

⑪ 検索ワードを「東アジア論とは」に変更し、検索結果(図12)を確認。

⑫ 作成中の文章に「オリエンタリズム」と書いた。

まず、H は『Wikipedia』の他言語リンクを利用し、ハンガリー語版と日本語版の内容

を見比べた。Hはフォローアップインタビューで以下のように話している。

H は『Wikipedia』のハンガリー語版と日本語版に書かれている内容が同じかどうか確

認する際、「ちょっとだけ読んで」いると言っている。H が「ちょっとだけ読んだ」と思 われる箇所には「オリエンタリズム(英:Orientalism、仏:Orientalisme)とは、元来、

特に美術の世界において、西ヨーロッパにはない異文明の物事・風俗(それらは“東洋”

としてひとまとめにされた)に対して抱かれた憧れや好奇心などの事を意味する。」と書か れている。一方、ハンガリー語版には「Az orientalisztika mint tudomány az ázsiai nyelvek, történelem és kultúra kutatásával foglalkozik, az orientalista művészek pedig előszeretettel fordulnak keleti témákhoz.(筆者訳:オリエンタリズムは科学分野の一つ で、研究の中心になるのはアジアの言語や歴史や文化などとなっているが、オリエンタリ ズムを代表する芸術家は東アジアのテーマを優先する傾向がある。)」と書かれている。こ の時Hは自身の研究テーマ「鎌倉時代の武家法」がどの部門に属するかを書こうとしてい

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図9 ハンガリー語版『Wikipedia』「Orientalisztika」のページ

図10 日本語版『Wikipedia』「オリエンタリズム」のページ

た。日本語版に書かれていた「美術の世界」はHの研究テーマが属する部門ではない。そ のため、Hは「同じじゃないかな」と判断している。

次にHは検索サイト『Google』で検索ワード「オリエンタリズムとは」を検索した。検 索結果の最上位は先ほど H が確認した『Wikipedia』「オリエンタリズム」のページであ る。H は検索結果を一瞥した後、日本語版『Wikipedia』に戻り、他言語リンクから英語 版を開いた。英語版の内容を確認し、再度日本語版の内容を確認した。フォローアップイ ンタビューでは、「英語のバージョンも見て、思った意味があった」と話している。更に「そ して、日本語のバージョンも確認して、『歴史学』と書いてあるから、たぶんいいかなと思 いました。」とも話している。日本語版『Wikipedia』で H が確認したと思われる箇所に は、「『オリエント』(「東洋」、「東洋的」、「東洋性」)とは西ヨーロッパによって作られたイ メージであり、文学、歴史学、人類学など、広範な文化活動の中に見られる。」と書かれて いる。先ほどHが確認した「美術世界」の内容が書いてある箇所はページの上部にあたる が、この箇所はページをスクロールすると現れる箇所である。「美術の世界」の内容を確認 した際、Hは「ちょっとだけ読んで」と話している。そのため、ページの上部だけから「ちょっ

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H : そういう言葉もあるかなと思って、調べてみたけど、思ったことが出なくて、やっ ぱりこれ(オリエンタリズム)を使おうと思った。

A :(1年前に書いた文章を指して)そのころは、辞書で調べたことばをそのまま使っ てたの?

H : 以前は文脈とか例文を見なくて、ハンガリー語のことばを調べて、そのまま使っ て、全然ちがうこともあった。

A : じゃ、いつから?

H : 日本に留学した時、自分であんまり日本語っぽくないって知って、一番良いこと ばを見つけるために、インターネットでいろいろ探して、やるようになりました。

「思ったこと」とは「思った意味」と同じこと、つまり「歴史学」に関係することと考え られる。「思ったこと」がなかったため、H は「東アジア論」ではなく「オリエンタリズ ム」を自身の文章に採用することを決めた。

Hは母語であるハンガリー語で考える「Orientalisztika(筆者訳:オリエンタリズム)」 を表す表現を入手するために、検索を繰り返している。検索を繰り返していることについ て、フォローアップインタビューで以下のように話している。尚、このインタビュー箇所 は、調査を開始する前、雑談中にHが見せてくれた1年前に書いた文章を見ながら話して いる。この文章はHが日本留学前に書いたもので、「辞書を使っていたのに今見るとおか しいところがたくさんある」と見せてくれたものである。

H は辞書で調べたことばをそのまま使った際、「あんまり日本語っぽくない」と知った と話している。そして、「一番良いことば」を入手するために「いろいろ探して、やるよう にな」ったと話しており、「日本語っぽくない」ことばに否定的であることがわかる。つま り、Hは【日本語っぽい】ことばを得るためにリソースを用いている。

【検索5】「行ってください」

T2は台湾にある夜市「士林夜市」を紹介する文章を作成した。士林夜市で有名な食べ物 の紹介や士林夜市でできることを書いた後、最後の一文として以下を書いた。

(5)是非士林夜市に行ってください。

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図11 「東アジア論」:『Google』検索結果

図12 「東アジア論とは」:『Google』検索結果

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A:これ(「ぜひ行ってください」のこと)「ぜひ来てください」だった?

T2:はい。(検索結果の「ぜひ来てください」を指差しながら)これ。

A:うん、でも、これ「ぜひ来てください」じゃない?

T2:はい、「ぜひ来てください」。(作成した「ぜひ行ってください」を指差しながら)

え?!そうですよね。「ぜひ来てください」!そうそうそうそう!

A:間違えた?

T2:はい、間違えた。

図13 「請一定要來 日文」:『Google』検索結果

いた。その後、『Google』を開き、中国語で検索を行った。検索結果(図13)から「ぜひ 来てください」を見つけ、確認をした。T2は検索結果を見る際、ポインターを合わせたり、

指でさしたり、読み上げたりしながら確認をする。ここでも検索結果を詳細に確認してい た。そして、作成中の文章の「行ってきます」を「行ってください」に変更した。フォロー アップインタビューで、T2は以下のように言っている。

T2 は検索結果「ぜひ来てください」を「是非行ってください」と書いたことに気づいて いなかった。筆者から指摘を受け気づき「間違えた」と話している。T2 は検索結果を確認

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する際、指やポインターで該当箇所を指しながら慎重に確認していた。しかし、文章には 検索結果と異なる表現を書いた。

T2が行った検索は、中国語で書かれたセンテンスの日本語訳を調べる方法である。検索 結果には「ぜひ来てください」と日本語で書かれており、これをコピーして文章に貼り付 けることができた。T2が文章作成過程でコピーと貼り付け機能を利用していたことを考え ると、この機能を知らないわけではない。しかし、ここではこの機能を利用しなかった。

また、「行ってきます」を「行ってください」に変更する際、内容を確認しながらゆっくり と入力を行っている。このことから、T2は検索結果を無批判に取り入れてはおらず、自身 で検討を行いながら文章に反映させていると考えられる。

T2は中国語のセンテンスを日本語に翻訳するために検索を行った。検索結果は無批判に 受け入れず、自身の文章に落としこんでいる。したがって、T2は単に翻訳をするためにリ ソースを用いておらず、自身の文章に適した表現を入手するためにリソースを用いている。

5.考察

本章では、学習者が何を調べるためにリソースを用いているかまとめ、リソースを用い ることで「書く」活動がどのような広がりを見せるかを考察する。

学習者はリソースが自由に使える環境で文章を作成する際、検索サイト、辞書サイト等、

さまざまなウェブサイトを用いている。1つの検索結果を入手するために用いるウェブサ イトは1つとは限らず、複数のウェブサイトを参照することもある。

本調査において、学習者が行ったリソースを用いた言語活動は以下の2つに大別できる。

1つ目は、自身で産出した表現が含まれる文例を調べるための言語活動である。その際、

文例が複数ある場合は採用されやすいが、文例が少ない場合は採用するかどうか慎重に検 討された。2 つ目は、自身の母語で思い浮かべている語彙や表現を表す日本語を入手する ための言語活動である。その際、自身が思い浮かべている語彙や表現に最も近い日本語を 入手するため、慎重に検討を繰り返した。

本調査では学習者がリソースを用いる際、慎重に検討を重ねる様子が観察された。学習 者は読み手である日本語母語話者に伝わるように、【日本語っぽい】【本当に使う】【正しい 言い方】で且つ、文字言語に適した【書きことば】を入手するため、リソースを用いてい ることがわかる。そして、リソースで入手した語彙や表現は無批判に受け入れるのではな く、慎重に検討を行い、学習者自身のことばとして文章に落としこんでいた。観察された リソース使用の過程は、語彙や表現をただ借用する言語活動ではなく、入手した語彙や表 現を自身のことばとして文章に落としこむ言語活動であった。リソースの使用は、学習者 自身では表現しきれない語彙や表現をもたらし、より豊かで広がりのある「書く」活動を 可能にする。

「書く」活動の広がりには、既有知識の有無とリソースが自由に使える環境であるかどう かが大きく影響する。既有知識がある又はない場合において、リソースが自由に使える、

又は使えない環境では、言語活動にどのような広がり又は制限があるか表 2 にまとめる。

既有知識があり、リソースが自由に使える環境では、既有知識及びリソースを駆使し、学

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指す。リソース使用によって学習者は自身の能力を超えた文章が書ける可能性があるが、

リソースを用いたからといって正確に書けるとは限らない。【検索2】「健康観念」、【検索 5】

「行ってください」の事例は正確さに欠けているといえる。本調査における協力者3名は、

リソースに関する支援を受けたことはなく「自己流」でリソースを用いている。リソース を適切に用いるための支援を受けた学習者であれば、正確さが向上する可能性は十分にあ る。つまり、リソースを用いることで、自身の能力を超えた言語活動の広がりが示唆され ている。

一方、既有知識があり、リソースが自由に使えない環境では、既有知識で表現できる範 囲に留まり、言語活動の広がりは期待できない。

既有知識がない場合とは、既有知識の範囲を超えた文章の作成を試みる場合のことを指 す。例えば、初級学習者が上級レベルの表現が必要な論文を書こうとする場合が考えられ る。既有知識がない場合、リソースが自由に使える環境であれば、リソースを用いること で、書ける可能性がある。しかし、リソースを用いることができる環境であったとしても、

リソース使用に関するスキルがない場合、「書く」ことは不可能となる。既有知識がなく、

リソースが自由に使えない環境では、「書く」ことは不可能である。

以上、「書く」活動が既有知識の有無だけではなく、リソースが使える環境であるかどう かによって、「書く」活動の広がりが異なることを示した。2章で述べたように、これまで、

「書く」活動からリソース使用は切り離されて考えられてきた。しかし、リソースが自由に 使える環境であるかどうかは、「書く」活動の広がりに大きく影響する。したがって、リソー ス使用は「書く」活動から切り離さず、その総体の内に位置づけた上で、「書く」ための教 育を考えなければならない。

「書く」活動の目的は文章を作成することであり、文章を作成するための知識を習得する ことが目的ではない。したがって、リソースを用い入手した語彙や表現は、必ずしも習得 する必要はない。文章作成に必要なのは、書き手の表現したい内容が反映された文章を「書 く」ことである。リソースを用いた言語活動において中心となるのは、リソースを用い自 身の表現したい内容に適した語彙や表現を入手すること、そして入手した語彙や表現を自 身のことばとして文章に落としこむことである。これらの活動が十全に行われるためには、

リソース使用に関する支援を含めた「書く」ための日本語教育を検討していく必要がある。

学習者がリソースを適切に用いることができるようになることは、より豊かで広がりのあ る「書く」活動につながる。

(19)

6.おわりに

本稿では、学習者が何を調べるためにリソースを用いているかを明らかにした。学習者 は読み手である日本語母語話者に伝わるように、自身が表したい表現を自身のことばとし て用いながら、リソースによって語彙や表現を入手していた。リソースを用いることで、

「書く」活動は広がりを見せる。リソース使用に関する支援を行うことで、より正確で、豊 かな言語活動が行える可能性が示唆されている。したがって、リソース使用は「書く」活 動の内に位置づけた上で、リソース使用に関する支援を含めた「書く」ための日本語教育 を検討する必要性がある。

1 21世紀型スキル」はデジタル情報時代によりふさわしいスキル・態度・価値観を身につける必 要性を考え、提案された教育モデルである。

2 Wikipedia』はインターネット上の百科事典である。ウェブサイトにアクセス可能な誰もが、無

料で自由に編集できる。

3 Wikipedia』の各ページには他言語版へのリンクがある。該当ページのテーマと同じテーマで書

かれている他言語ページがある場合、他言語版リンクが表示される。尚、Wikipedia』の各ペー ジは個別言語におけるページの利用者の判断でページが作成されるため、同じテーマの記事で あっても言語によって内容が全く異なる場合がある。

調査で使用されたウェブサイト

Googlehttps://www.google.co.jp/2017123日最終閲覧)

JWordhttps://www.jword.jp/2017123日最終閲覧)

Yahoo! 辞書』https://dic.yahoo.co.jp/2017123日最終閲覧)

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Wikipedia(ハンガリー語版)』「Orientalisztikahttps://hu.wikipedia.org/wiki/Orientalisztika

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参考文献

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グリフィン,P・マクゴー,B・ケア,E(編)(2014)『21 世紀型スキル―学びと評価の新たなかた ち―』三宅なほみ監訳、益川弘如・望月俊男編訳、北大路書房

鈴木智美(2012「留学生の辞書使用についての実態調査―東京外国語大学で学ぶ留学生へのアンケー ト調査の結果と分析―」『東京外国語大学留学生日本語教育センター論集』38号、pp. 1-21 鈴木智美(2016)「日本語学習者は辞書からどのように言葉を探すのか ―中級・中上級日本語学習者

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Flower, L. & Hayes, J.R. (1981) A cognitive process theory of writing. College Composition and Communication,32(4), pp. 365-387

(あいかわ ゆみえ 早稲田大学大学院日本語教育研究科・博士後期課程)

参照

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