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部落問題と平等原則

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(1)

はしがき 憲法からの課題解決への接近日

百民的権利の復権

I

憲法からの課題解決への接近口

ーーー実質的平等の実現

実質的平等の原理 同和対策事業特別措置法 地域改善対策特別措置法 社会の民主化と人権理念の賦活に向けて

語に)(二)(一)

憲法学からの接近

落 問 題 と 平 等 原 則

(2)

いと

思う

本稿は︑憲法理論研究会︵憲理研︶

の草稿をもとに︑必要な補足と注を付加して成ったものである︒憲理研では︑このところ︑﹁平等﹂のテーマで研究

を進めており︑今回はその一環として︑理論と現実の交錯に視点を向けることとし︑女性差別︑部落差別︑障害者

差別の諸問題が取り上げられた︒筆者の報告は不十分なものであったが︑時間の制約もあって意を尽くせないとこ

ろも多くあったことと︑学会報告のために用意したものは︑

しく

また必要なこととも考え︑

を 加 え た こ と を お 断 わ り し て お き た い

︒ と り わ け 国 民 の 人 権

保障とその確立を最も大きな学問的課題としている憲法研究者の取り組みは︑他からの指摘をまつまでもなく︑立

ち遅れた状況にあり︑したがって正面からこれを取り上げる先行の成果が殆んど皆無と見受けられる事情の下で︑

差し当たって手さぐりの未熟な試論を提出するほかはない︒筆者がかつて発表した小論︵﹁現代人権論の一側面 部落差別と人権﹂奈良教育大学同和教育推進協議会・部落問題同和教育研究第一号︑

多少重複を生じたところがあるがーー̲併せて読んでいただければ幸いである︒後日︑

( l

)

例えば︑鈴木二郎・白・黒・黄色︵音羽書房︑

二 九

︶ ︒

は し が き

一九八二年夏季合宿において︑表題の下で︑筆者が報告のために準備した際

なるべく早い時期に公表して批判を受けることが望ま

その後成稿を急いで︑本稿としたものである︒この際︑全般的に必要箇所で補完

ついでに一言すれば︑部落問題に関しては︑法律学︑

一九

七三

年︶

さらに検討の機会を得た

一三八頁、村越末男発言・毎日(「部落解放への道⑥」昭四六•五・

一九

七七

年三

月︶

2‑1‑2 (香法'82)

(3)

部落解放の歩み

l

) 

通称︑全国六︑

00

0

部落︑三

00

万人をもつと言われる日本の被差別部落は﹁我が国中世末期以降における封建

的身分階級制度のもとにおいて︑最下級の身分として︑職業︑住居︑婚姻等あらゆる面において︑きびしい差別を受

けていた同胞の一部の人びとが居住することにより形成されていた集落をいい︑同和対策事業特別措置法にいう対象

解消に乗り出し︑

一八

七一

地域に当たるものである﹂︵徳島簡判昭四七

・ 1

O ・  

︱ 一

︶ ︒

明治維新になって︑当時の政府は殖産典業︑富国強兵と開明政策の一環として︑四民平等を旗じるしに身分差別の

(2 ) 

︵明治四︶年八月二八日︑世にいわゆる解放令を出し︑法制上に身分差別を撤廃した︒し

かし︑この身分制の改革は︑正に︑国家による身分差別︵賤称︶の法的廃止︵いわゆる形式的平等︶にとどまり︑真

の社会的﹁身分﹂の解放︵平等︶とはほど遠いものがあった︒それは︑同じように深刻な社会問題を伴う人種問題に

(3 ) 

ついて︑公的平等の宣言は現実には私的差別の進行と放任をもたらす︑とする指摘が︑部落問題にも等しく妥当する

ものであった︒現に︑身分制の廃止︵解放令︶は︑社会経済的には︑武士に対して公債を給して生活保障を与えなが

ら︑部落民に対しては農地の配分や産業保護など実質的施策による裏付けをしなかったし︑また政治的には差別身分

じんしんが翌明治五年のいわゆる壬申戸籍︵太政官布告一七

O )

に書き残され︑明治一三年に各地方の民間慣行例を調査採録

した司法省発行の﹃全国民事慣例類集﹄には︑﹁第一章身分ノ事﹂と題して︑士︑農工商︑檄多非人の三種族を分かち︑

﹁檄多・非人ハ人民中ノ最賤族ニシテ殆ント禽獣二近キ者ナリ﹂とすら記述されている︒これ以後も︑華士族の特権

者と平民のような自由の権利を持つものの下に︑﹁新平民﹂が再創出されて社会的底辺の再編が図られ︑かくして身分

遺制は依然として人民分断の具に温存され︑拡大再生産されたことが注意せられる︒やがて︑欧米憲法の影響の下に

(4)

見ら

れる

あった わが国にも人権思想が流入するようになり︑官民双方の側から制憲への対応︵元老院の国憲案編纂︑自由民権家の私擬憲法案の起草︶が見られ︑

とりわけ自由民権運動は人民の自由と平等をラディカルに主張して精彩を放ったことで

︵例・植木枝盛︑松山守善らの人権論︶︒しかしながら︑中江兆民が大阪・渡辺村の大円居士の筆名で

﹃東

雲新

聞﹄紙上︵﹁新民世界﹂明治ニ︱年二月一四日︿ニ︱号﹀︑二五日︿三一号﹀︶で批判的に述べているように︑わが国の

あしもと

民権運動の主張も︑総じて平民的立場に立って貴族の支配を攻撃しただけで︑平民の脚下にある部落︵新民︶の存在

(6 ) 

を︑平等や人権の問題として告発するところがなく︑思想的にはやはりブルジョワ的性格の枠内にとどまっていたと

. . .  

かようにして︑近代日本の資本制市民社会の体制は︑部落差別を政治的には人民の不満を逸らすための分断統治の 具として利用し︵江戸時代

1

1徳川幕藩期に農民に向けて言われた﹁上見て暮らすな︑下見て暮らせ﹂式の差別意識固

. . .  

定化政策の継承︶︑また経済的には資本の収奪と搾取強化のため︑言いかえれば労働階級の低質金の鎮石として温存し

. .

. .

. .

. .  

たのであり︑その結果として被差別部落は諸もろの矛盾のふきだまりとして一般地域から孤立し︑劣悪で低位な生活

実態を余儀なくされるに至ったのである︒

. . . .

. .  

こうした社会の賤視差別観念とその結果とも言うべき差別の実態に対決し︑これを克服するために︑部落解放運動 は既に明治の末期以来起っていたが︑散発に終り︑有効な効果を挙げることができなかった︒何よりも︑当時の基本

. . . .  

法である明治憲法は国民の平等権を公務就任の平等(‑九条︶を除いて全く規定していなかったし︑憲法自体︑神権 天皇制の大義を前提に︑これを維持するために皇室の藩屏たる華族の制を敷き︑したがって﹁天皇の血筋﹂が最も貴

く︑﹁天皇からの距離によって貴賤の差がきまる﹂序列の体制を公認していたから︑雨余の政治的・社会的不平等はい

わば当然のこととして無視・放任する態度をとっていた︒この意味で︑明治憲法は未解放部落の解消に手を貸す規範

2‑1‑4 (香法'82)

(5)

張︵

聖蹟

化︶

のた

め︑

であるどころか︑

むしろそれの温存・助長に手を貸していた︒未解放部落という社会的差別の存在こそ明治国家の政

治支配の機構を支えていたと言える︒日露戦争前後に資本主義の発展をみて社会主義の運動が高まるや︑部落解放運

動がこれと結びつくことを怖れた政府は︑融和主義的部落改善対策

1 1

﹁細民・窮民救済事業﹂を実施したのであった︒

それは︑明治政府が帝国主義国家として国際的に進出を遂げるに当たって︑国家の威信なり商業上の信用を回復する

ために湖塗せんとした︑欺職的で︑微温的な社会政策でもあった︒例えば︑橿原神宮︑その後の神武天皇陵の神域拡

一九一七︵大正六︶年︑奈良県高市郡洞部落が強制移転を命ぜられたときも︑内実は神聖至尊

(8 ) 

﹁天皇制﹂による醜悪不浄﹁檄多﹂の駆遂にありながら︑部落改善が表向きの口実に使われたのであった︒

こうした上からの融和政策の非を自覚し︑差別と迫害に団結して対抗する部落解放運動は︑大正デモクラシーの時

期︑とりわけ一九一八︵大正七︶年の米騒動を契機に漸く本格化し︵生活の窮乏と社会的地位の不満が極度に達して

いた被差別部落民が主力となった騒動も多い︶︑大衆運動の中で自律的な前進を遂げるようになった︒かくして︑単な

る愛と同情でなく︑人間を尊敬することによって自主的に自らの解放を期そうとした被差別部落青年の集団は︑

二二︵大正一︱)年三月︑﹁全国水平社﹂を創設した︒全水創設者の一人︑阪本清一郎氏は︑次のように述べている︒

﹁部落の賤視差別を保有する一般国民に観念的優越感の誤りをあらゆる手段を以て悟らせ︑自覚せしめて水平の位置

に直させる︒部落民においては卑下と劣等感を払拭し︑自ら人間であることの認識を与えて︑水平の位置に立上る事

によって︑誤れる両者の伝統的観念は解消し︑所謂水平の社会が実現する意義をもつことから﹃水平社﹄と名づけた

(9 ) 

所以である﹂と︒﹁人の世に熱あれ︑人間に光あれ﹂を終句とする水平社創立大会の﹁宣言﹂︑および﹁綱領﹂は個々

の被差別部落民の人権を痛烈かつ厳粛に要求している︒その切々たる表明の中に︑差別と迫害により社会経済的に低

位置に置かれていた一人ひとりの現実的・具体的個人の権利・自由の主張が読みとられる点で︑わが国の人権宣言史

一 九

(6)

五号

( 1 0 )  

上において画期的な一源流をなすものとして︑注目に値いすると思う︒

水平社の創設は翌大正︱二年末には三府二

0

県にまたがり︑全国合計二四

0

余社を数え︑その活動は益々盛んになっ

た︒それにつれて︑﹁暴力行為等処罰二関スル法律﹂︵大正一五法六

0 )

の適用下に置かれ︑官憲の圧迫は熾烈となり︑

各地の差別事件真相発表会︑部落民大会︑演説会等は注意︑中止の連発による言論の抑圧︑不当な行政検束・拘留が

頻々と行われるに至った︒そして︑準戦時から戦時体制に突入する時点では︑労働者︑農民︑被圧迫部落民の生活状

況は極度に切り詰められてゆき︑ために部落を基礎に︑部落大衆の市民としての日常的・具体的な諸権利の要求を取

り上げた﹁部落委員会活動﹂が運動方針として成果を挙げ︑進展を遂げることになるが︑太平洋戦争の戦局が破局を

( l

) 全国の被差別部落の調査は大正一0年の内務省﹁全国部落統計表﹂を最初に︑昭和一0

年︑三三年︑三八年︑四二年︑四六年︑五

0年に行われている︒総理大臣官房同和対策室・全国同和地区調在結果の概要︵昭和五一年五月︶によれば︑地方別では地区数に

おいて中国︑近畿地方が際立って多く︑世帯︑人口数において近畿地方に集中し︑以下九州︑中国︑四国︑関東︑中部の順となっ

ている︒昭和四0年の同和対策審議会答申によれば︑北陸︑東北︵福島︶にも地区があり︑﹁別途の情報によれば福島においても

さらに多くの地区があり︑また︑山形︑宮城︑岩手にもあることが確認されている﹂︵内閣総理大臣官房審議室・同和対策事党関

係資料︑昭和四八年︱一月一六日︑六五頁︶と指摘している︒

( 2 )

﹁檄多非人ノ称被廃候条自今身分職業共平民同様タルヘキ事﹂太政官布告六一号︑﹁祓多非人等ノ称被廃候条一般民籍二編入シ身分

じよけん職業共都テ同︱二相成候様可取扱尤モ地租其外除蹟ノ仕来モ有之候ハ︑引直シ方見込取調大蔵省へ可伺出候事﹂府県︑同布告二三 迎えるに至って︑途中で頓座してしまうことになる︒

/'¥ 

2‑1‑6 (香法'82)

(7)

頁 ︒ ( 3 )

高柳信一

敗戦は神権天皇制国家と軍事的強圧政治に終止符を打つことになった︒

. . .

. .  

戦後の日本国憲法は明治憲法と異り︑国民の基本的人権の享有︑個人の尊重と生命︑自由︑幸福追求の権利︑平等

人権問題としての側面

( 6 )

日本の名著・中江兆民︵中央公論社︑

一九

六一

年︶

一九

七六

年︶

一 四

0 ﹁近代国家における基本的人権﹂東京大学社会科学研究所編・基本的人権1総論︵東京大学出版会︑

( 4 )

平野一郎﹁壬申戸籍の問題点﹂人権ー差別からの解放︵明治図書︑

( 5 )

全国民事慣例類集︵明治文化全集第八巻法律篇︑日本評論社︑

由民権期の部落解放運動﹂部落問題概説︵部落解放研究所︑

一九

七三

年︶

一九

二九

年︶

一九

七0

年︶

三0九頁以下所収︒﹁新民世界﹂の思想性の分析として︑例えば︑白石正明﹁自

( 7 )

宮沢俊義﹁﹃うまれ﹄による差別﹂憲法を生かすもの︵岩波書店︑

( 8 )

奈良県水平運動史研究会編・奈良県水平運動史︵部落問題研究所︑

一七

四頁

一九七二年︶第一章﹁解放令﹂と改善運動の出発︑七八頁以下︑

奈良県部落解放研究所・歴史文化部会辻本正教﹁天皇︵制︶による洞部落強制移転の実相﹂奈良部落解放研究二号︵一九八0

年 一

0月︶七頁以下︒同対法案を審議した第六一国会においても︑この事件のことが取り上げられていることに注意したい︵参議院内

閣委員会・松本英一議員発言︑同会議録第二二号︑昭和四四年六月一九日︑

︱二

頁︶

︒ ( 9 )

阪本清一郎﹁歴史の中の部落と解放運動のあゆみ﹂奈良県同和対策室編・解放への私の願い(‑九六九年︱一月︶五頁︒

( 1 0 )

既に︑歴史学者の指摘がある︵上田正昭﹁差別行政の克服﹂朝日︑昭四四・七・一︶︒

一八

四頁

以下

一四

一頁

参照

八五頁以下参照︒

八年

(8)

一九四六︵昭和ニ︱)年三月六 権︑市民的自由権および社会権等を宣言・保障し︑被差別部落の解消と部落住民の解放に基本法上の根拠を与えることになった︒それは︑部落問題が憲法の人権規範の土俵にのぽり︑部落問題の解決が国の最高法規である憲法上の要請にまで高められたことを意味する︒しかし︑国家の最高意思による確認が直ちに問題の解決を意味しないことに注意したい︒被差別部落の上に重くのし掛かっていた公的・政治的差別の圧力と脅威から脱出できても︑私的・社会的

差別の厚い壁はそのまま戦後の体制に持ち越されたからである︒そこに規範と現実との懸隔がつきまとうことになる︒

以下︑本節では︑差当たって︑部落問題を﹁部落出身者が︑差別によって︑憲法の保障している基本的人権の享有

を妨げられている人権問題である﹂という前提的理解の下で︑部落問題の人権問題としての意味と︑部落差別の人権

部落問題の人権問題としての意味

•••••

部落問題は︑憲法上︑被差別部落の居住者・出身者という社会的身分を持つものに対する差別の問題であり︑

一項後段列記の﹁社会的身分﹂の意味については学説は分

かれており︑国民の社会的平等をできるかぎり広範に実現していくという立場に立つときは︑これを広く﹁人が社会

におりて一時的ではなしに占めている地位﹂と解することにも意味があるが︑立法趣旨は個人の意思によらず︑生ま

れによって決定される地位または身分を指しており︑そこに身分差別の撤廃を意図する憲法の趣旨を読み取ることが それは憲法一四条一項後段の明示的禁止事由に該当する︒

(1)  (一)

問題としての広がりについて考えてみたいと思う︒

マッカーサー草案以後︑ できる︒文言上︑特に﹁身分﹂と表現されているところは解釈上も軽視しがたいところである︒だとすると︑帰化人

(2 ) 

や被差別部落出身者などがこれに当たる︒因みに︑本項は︑

日の憲法改正草案要綱で盃

o c i a

l s t

a t u s

"

の訳語として﹁社会的地位﹂となっていたのが︑六月二

0

日に帝国議会に提

/¥ 

2 ‑‑1 ‑ 8 (香法'82)

(9)

出された憲法改正草案において﹁社会的身分﹂に修正されたものである︒これは︑当時の西日本のある部落解放協議

会が立案関係機関に対して﹁身分﹂に改めるよう働きかけたという経緯が伝えられている

落問題についてはまったく無理解であったと思われる︶︒この点はのちに︑解放運動の指導者が︑この間の事情につい

︵明四︶年の解放令で法律的にはなくなっている︒しかし事実として部落は

(3 ) 

あるわけであるから︑基本的人権の尊重ということで︑これを条文のなかに入れるように強く要請したのである﹂と

書い

てお

り︑

まず間違いのないところであろう︒ただし︑ここで言う部落民の身分は単に封建遺制的身分としての未

解放身分でなく︑とりわけ明治以降の近代資本主義体制の下で社会的底辺の存在として政治的・経済的に再編の対象

. . . .

.  

とされてきた被差別身分と理解することが︑部落差別の本質に照らして適合的であるように思われる︒なお︑社会的

ファミリイ•オリジン身分を上述のように狭く解すると︑概念上︑﹁門地﹂に近くなるが︑後者はいわゆる家族的起源を意味し︑通常特権的

な身分たる"家柄を指す点で︑社会的身分は門地と区別されるべきである︒

•••••••

②部落差別は部落出身者に対するいわれなき差別である︒部落民は血が汚れているとか︑檄れているとかいう︑

いわゆる偏見に基づくものである︒偏見とは︑非好意的な仕方で︑根拠のない︵荒唐無稽な︶レッテルを貼りつける

(5 ) 

態度を言う︒経験的には︑かかる﹁偏見をもたらす因襲や伝統﹂︵同和対策審議会答申第一部

2 )

を存続させた背景に

. . .  

は︑むしろいわれがあったと言うべきかも知れない︒しかし︑何れにしても︑部落出身者という前近代的な封建遺制

的身分は︑﹁解放令﹂以後︑既に存在しない過去のものとなっている︒このように︑実質的な根拠も︑法制上の根拠も

存しない旧身分を理由に︑現実の社会において誤まった行為が繰返して行われるということは︑いわれのない︑不合

. . .

.  

理な差別にほかならないと言うべきであろう︒

部落差別は前近代的な要因に起因する差別であるが︑決して過去のものではなく︑あるいは偏った固定観念と て︑﹁部落民という身分はすでに一八七

︵当

時の

GHQ

は日本の部

(10)

口部落差別の人権問題としての広がり

有︵憲法︱一条︶を継続的に妨げられている人権の問題である︑ 以上の意味において︑部落問題は社会的身分による︑ で概観している︒

••••••

して︑あるいは客観的な実態として︑今はなお厳然と実在する差別であることが特に注意される︒﹁誤れるかつ偏れる

社会通念によって︑長い間部落と見なされてきたところの︑そして現にそう見なされているところが部落であり︑

わゆる部落に生れ︑部落に育ち︑部落に住む人︑また近い過去に部落に流入してきた人︑あるいは近い過去に部落と

(6 ) 

血縁的紐帯をもつ人々などが︑部落の人とみなされている現状﹂である︒部落差別が︑過去の問題でなく︑近代化と

民王化が進んでいる今日においても実在することは︑一九六五︵昭和四

O )

年八月一日に︑同和対策審議会が内閣総

理大臣に宛てた答申︵以下︑同対審答申と略す︶に照らして︑明らかである︒曰く︒同和問題は﹁市民的権利と自由

を完全に保障されていないという⁝⁝社会問題﹂として︑

在的または顕在的に厳存し﹂︑ その存在は﹁主観をこえた客観的事実に基づくものである﹂

﹁同和問題もまた︑すべての社会事象がそうであるように︑人間社会の歴史的発展の一定の段階において発生し︑成

長し︑消滅する歴史的現象にほかならない︒したがって︑いかなる時代がこようと︑どのように社会が変化しようと︑

同和問題が解決することは永久にありえないと考えるのは妥当でない︒また⁝⁝同和問題はこのまま放置しておけば

社会進化にともないいつとはなく解消すると主張することにも同意できない」「実に部落差別は:…•わが国の社会に潜

その形態も心理的差別︑実態的差別等︑多様な形態で発現する︒﹁部落差別は単なる観

念の亡霊ではなく現実の社会に実在する﹂︵答申第一部

l )

と︒そして︑調査結果に基づく部落の概要を答申第一部2

いわれなき差別によって︑被差別部落住民が基本的人権の享

と言うことができる︒

1 0  

し) 2‑1‑10(香法'82)

(11)

•••••••••••

それでは︑部落差別が惹き起す人権問題としての広がりをどのように捉えるべきであろうか︒差当たって︑同対審

答申が指摘する心理的・実態的差別の態様︵二分法︶にならい︑これに即して人権問題の射程を描いてみよう︒そう

する

と︑

それは憲法思想史の上でいわゆる個人権︵ときに市民権︶に包摂される領域に属し︑部落住民の自由権と平

等権の問題に大別されるであろう︒

田部落差別はまず個々のまたは総体としての部落住民に対する賤視差別観念︑いわゆる^心理的差別>に基づい

て惹起せられる︒そしてこれによって享有が妨げられる人権は日本国憲法で具体的に言えば個人の尊厳︑人格・名誉

. 

︵一三条︶︑婚姻の自由︵二四条︶︑居住・移転・職業選択の自由︵二ニ条︶等のいわゆる自由権である︒これらの市

民的自由は︑憲法史上︑近代市民社会の人権原理として︑人間が人間たる以上当然持つべき権利として宣言されてい

たものであり︑中でもその核心をなすものは︑有名なアメリカの独立宣言の表現では﹁﹃一定の奪うべからざる権利︑

そのうちに生命︑自由および幸福の追求を含む権利﹄についての平等﹂とされ︑これは万人に自明のものとして保障

されていたのである︒もとより︑﹁権利の保障﹂はすべての人々を含むことが意図されていて︑当時万人が実際にこの

••

8

) 

ような平等を享有していたことを意味するわけではないが︑一八世紀末の市民革命期に最低限不可侵・不可譲の人間

の権利として要求されていた最も中核的な市民的人権が二

0

世紀の現代日本社会の特定集団︵部落住民︶に保障され

ず ︑

むしろしばしば抑圧侵害に晒されているがために︑今日なお権利付与︵機会の平等︶の要求を現実に迫られてい

. .

. .

. .

. .

. .

. .

. .

. .  

るところに︑人権問題としての部落問題の重大性が横たわっている︒同対審答申が︑同和問題を﹁日本社会の歴史的

発展の過程において形成された身分階層構造に基づく差別により︑日本国民の一部の集団が経済的・社会的・文化的

に低位の状態におかれ︑現代社会においても︑なおいちじるしく基本的人権を侵害され︑とくに︑近代社会の原理と

して何人にも保障されている市民的権利と自由を完全に保障されていないという︑もっとも深刻にして重大な社会問

(12)

題である﹂︵第一部

l)

と指摘している所以である︒

②しかしながら︑部落差別は︑右に見た心理的差別にとどまらず︑身分遺制に対する特有の社会的意識

1 1差別的

偏見・蔑視によって︑特に近代一

00

年の間に︑部落の人びとが社会から疎外されたために︑居住︑生活環境︑教育︑

産業︑労働の各面で差別の具象化が積み上げられ︑著しく劣悪な生活実態と低位な社会的地位を生み出していること である︒この客観的に差別された実態がいわゆる八実態的差別>と言われるものである︒すなわち︑同対審答申の言 う﹁劣悪な生活環境︑特殊で低位の職業構成︑平均値の数倍にのぼる高率の生活保護率︑きわだって低い教育文化水

準など﹂︵第一部

1 ) がこれである︒部落住民という社会的身分を持つものに対するこうした耐えがたい差別の具象化

に基づく事実上の不平等の存在は︑立法その他国︵行︶政上の不作為ないし不十分な行為に起因するものとして︑個々

. . .  

人の平等権の侵害を構成することになる︒その場合︑日本国憲法の平等原則は︑後述するように単に国家による差別 の禁止という形式的平等でなく︑社会に現存する事実上の不平等の除去・是正の要求︑すなわち実質的平等を含む進 化した現代国家の憲法原理に立脚するものと解される︒結果の平等の確保がこれである︒そして︑不作為による平等

権の侵害は︑平等原則が同時に個人の様々な生活関係とかかわりを持つことから︑具体的には生存権︵二五条︶︑教育

. . .  

を受ける権利︵二六条︶︑労働権︵二七条︶等のいわゆる社会権の侵害と重なり合って現われることになる︒平等権の

社会権的機能と言われるものがこれであるが︑しかしそのために︑

( 1 0 )  

権利主張ができないわけではないと解する︒

このようにして︑心理的と実態的の差別は︑それぞれが部落差別の一翼を担い︑人権にかかわる差別の二重構造を

形づくり︑物心両面に亘る深刻な人権侵害を現出せしめている︒

メカニズム

しかしながら︑部落差別における二重の構造は相互に独立でなく密接に関連し︑互いに他に対して規定的な関係に

一四条の︑個人の平等権保障を根拠とする独自の

2 ‑ 1‑12 (香法'82)

(13)

( 5 ) 我妻洋・米山俊直・偏見の構造

(3)朝田善之助•新版差別と闘いつづけて(朝日新聞社、 は単なる封建遺制の問題ではなく︑この意味で︑部落差別の本質規定的要因は︑基本的には︑ものであることを否定することはできないのである︒

一九七三年︶三0

ダイナミクスあることである︒ここに差別の構造を規定する要因の動態に眼を向ける必要がある︒つまり︑近世封建制の再編以来︑

日本の社会文化の伝統的な枠組みの中で連綿と存続せしめられてきた強固な身分遺制賤視観念

1

差別意識が部落差別1

の独自性を形づくり︑部落差別の構造様式の一面を規定する要因となっていることは確かである︒しかし︑部落差別

とりわけ近代以降の社会経済とそれを支える政治の仕組みの中に対象化され︑固 定化されて組み込まれ︑体制支配のために温存と利用が図られてきたのであり︑かかる過程での役割りは軽視しがた

いものがある︒客観的な差別の実態はその結果であり︑それがまた心理的な賤視観念を培養する土台として機能する︒

わが国の資本制経済社会の階級構造に根ざす奥行きの深い

( l

)

政府見解としての金森国務大臣答弁につき︑清水伸編・逐条日本国憲法審議録二巻二九一頁︒

0頁は﹁﹃身分﹄というところから︑人の出生によって決定される地位と考えるのが適当であるし︑民主制の︱つの核心はこ

の意味での身分制社会の否定であると思われる。」と述べる。典信所結婚調査慰藉料請求事件・大阪地裁判決(昭四八•四・三)

( 4 )

原田伴彦﹁部落の解放と人権の思想﹂世界三二三号(‑九七二年一0

日本人の人種観︵日本放送出版協会︑

( 6 ) 原田伴彦五都市と部落問題﹂現代都市政策

x

( 2 )

宮沢俊義・全訂日本国憲法コンメンタール︵日本評論社︑

0

頁 ︒

一九七八年︶ニ︱ニ︱三頁︒伊藤正巳・憲法︵弘文堂︑

(14)

高裁判決を裁く﹂部落二六巻二号参照︶︒

( 7 )

因みに︑法務省関係機関の取り扱う同和関係事件で件数の多い順に挙げると︑結婚差別事件が一位で︑以下︑職場︑交際︑家庭内︑

識調査では︑大体五

0

パーセントが﹁結婚の時﹂という回答をしていると言われ︑

の人は血が汚れ︑

けがれているという偏見に基づき︑ 一九七三年︑二

0

一頁︶︒﹁部落に関心をもつのはどんな時か﹂という意

それで部落の人と結婚し︑親類になると﹁劣った血が自分達の中へ入ってく

るという意識をもっていることと︑もう︱つは部落が貧乏だから︑

政の課題﹂広島部落解放研究所・解放をめざして︑

ということだけで破棄されたり︑結婚後も家庭内で虐待され︑結婚生活が破壊されるという例は︑少なくない︒次に︑就職はそれ

自体が部落民にとって難事中の難事であり︑先の意識調査では﹁人を一雇う時﹂に部落問題を意識するという回答が次に多いとされ

ている︒それで︑いきおい︑人のいやがる仕事に就くことを余儀なくされる︒そして︑何とか職にありついても︑今度は職場にお

ける固囲の差別感に追いつめられて︑離職を余儀なくされるケースも多い︒この点で︑私人間の関係に憲法の人権規定の適用の可

否いかんが争われた三菱樹脂事件の最高裁判決は︑採用希望者に対して優越的な立場に立っている企業者の契約の自由を︑思想︑

信条の自由や平等権と同列に置いて判旨を展開しているが その理由は︑原田伴彦氏の分析によると︑部落

ということである︑﹂とされている︵原田伴彦﹁部落の現実と行

一四六頁︶︒現に︑婚約や結納まで交わした縁談が﹁部落のもの﹂

︵最大判昭四八・︱ニ・︱二民集二七I︱一ー一五三六︶︑このような

判決の態度は部落民の就職差別に転︵悪︶用されないという保証はないとも言える︵浅井清信﹁恐るべき反動的判決ー三菱樹脂最

( 8 )

リンカーン・リンカーン演説集

1 1高木八尺・斉藤光訳︵岩波書店︑

. . . .

.  

( 9 )

被差別部落地区についての実態調査の諸々の報告結果を参看してみても︑例えば︑居住の立地面で︑河川敷︑堤防︑遊水地︑山の

. . .

.  

中腹︑谷間︑麓︑急傾斜地等に集中し︑生活環境面で︑過密的で道路が狭く︑下水や糞尿の処理場︑ゴミの焼却場︑火葬場に近い

ことが特徴的とされ︑産業面で農村部落ー全国の被差別部落の八割は農林漁村にあるーは零細経営が多く︑都市部落では皮革など 就職︑学校内となっている

一 四

2 ‑ 1‑14 (香法'82)

(15)

前節にあげた心理的差別と実態的差別に現われる部落差別の二つの態様は︑

惹起する︒この点︑同対審答申は︑ それぞれ物心両面に亘る人権の侵害を

その前文において︑同和問題は﹁人類普遍の原理である人間の自由と平等に関す

る問題であり︑日本国憲法によって保障された基本的人権にかかわる課題である﹂と指摘しているが︑このことから

部落問題の解決を憲法上の課題として追求する場合においても︑それはやはり上述の人権問題の広がりに即して設定

されることになろう︒その︱つは︑近代の普遍的な人権原理としての市民的権利の復権であり︑

な人間平等の実現ということになるであろう︒そうだとすれば︑ここでの課題は﹁奪われた人権を取りかえす闘い﹂

︵松本治一郎︶と規定される部落解放運動の課題とも結びついている︒本節では︑憲法からの課題解決への接近の第

••••••••

一として市民的権利の復権を取り上げる︒

憲法からの課題解決への接近日

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︵有

斐閣

ど︑が指摘されている︒

百民的権利の復権—~

一九

七七

年︶

︱ニニ頁は平等権の社会権﹁補完﹂機能を主張する︒

( 1 0 )

この点︑阿部照哉﹁﹃平等原則の適用﹄再論﹂基本的人権の法理︵有斐閣︑

一 五

二つは現代の実質的 一九七六年︶五八頁参照︒中村睦男﹁平等権﹂憲法入 の部落産業と呼ばれる家内工業的な零細企業が多く︑何れも多くは低収入を余儀なくされ︑労働面で中小零細企業の経営か賃金労働者︑そして後者の内実では日傭労働者︑臨時・社外エ︑失業者が多数を占めていること︑教育面で︑親の経済的理由などによって義務教育で長欠児童や中学校でさえまともに卒業できない子供の数が多くを数え︑高校進学率も特に郡部において低いことな

(16)

日 私 人 間 の 関 係 と 人 権 保 障

部落差別の法的核心が部落民の近代的な市民的権利と自由の侵害にあることは否定することはできないが︑そこで

の権利侵害の関係︑被侵害利益の性質いかんを問うことが︑法的課題を追求する前提となる︒

. . . .

. .  

今日︑部落差別そのものは︑一般に︑いわゆる私人間の関係と見られている︒この点︑本採用の拒否と思想の自由

の関係が争点となった三菱樹脂事件最高裁判決は︑いわゆる第三者効力の問題に関する従来の学説︑判例の態度を集

約した形で︑私的自治の領域における人権侵害行為︵差別問題︶には憲法の人権規定や平等原則の直接的適用を排除

している︒しかも︑部落差別は︑私人間の関係の中でも︑その内容ないし形態が︑一般に︑被差別部落地区ないし部

. . .

.  

いわば純然たる事実行為として行われ落民に対する差別的偏見に基づく侮辱的言動という︑

は裁判的救済の事例として後述する︶︑法律的な評価の対象となる行為として行われる場合はむしろ少ないということ

である︒しかも︑これに加えて差別意識︑偏見︑その表現としての侮辱的言動のそれぞれが無限に多様性を持ち︑加

害者︑被害者の特定のむずかしい場合も多く︑権利侵害との因果関係の立証も容易でないなどの事情が付け加わる︒

それだけに部落差別に関する問題に対する人権規定の適用の困難さがあるように思われる︒

しかし︑前記三菱樹脂事件最高裁判決が︑私人間の人権問題を大幅に私的自治に委ねる立場をとりながらも︑﹁一方

の他方に対する侵害の態様︑程度が社会的に許容しうる一定の限界を超える場合﹂には︑立法措置による是正︑ない

し私的自治に対する一般的制限規定である民法一条︑九

0

条や不法行為に関する諸規定等の適切な運用によって平等

権や自由権を間接に適用し得る可能性を肯定している点が注目される︒このことは︑私人間への法適用に関しても︑

人権侵害が問題となる私人間関係のケースや性格によって異なり得る場合のあることを示唆しているものと解され

る︒部落問題の場合︑一般に見られるような私人相互間における人権の主張の対立ではなく︑一または二以上の私人 ︵そのいくつかについて

一 六

2‑1‑16 (香法'82)

(17)

の部落民に対する一方的侵害という態様として現われ︑しかもこの一方の他方に対する人権侵害の態様︑程度は社会 的許容の限界を超えると見られる場合が数多く存在しているからである︒その場合でも︑人権規定の適用が全く考慮

され得ず︑憲法の抑制力が零に等しい状況にとどまっていてよいとは考えられないのであり︑私的関係と人権との適

の尊厳の尊重を否定し︑ 切な調整の途が図られるべきものである︒

. .

. .

. .

. .  

右に関連して︑部落差別には被侵害利益の性質からみて個人の人間としての尊厳性という︑人権の窮極にあるもの

の侵害が伴うことが特に重視せられる︒およそ近代市民国家の憲法観は︑社会的価値の根源を個人の人格価値に求め︑

徹底した個の確立・尊重を第一義的理念として措定していたはずである︒そうだとすると︑部落差別は正にこの個人

およそ人間性を破壊する行為として規定するに値いし︑近代憲法観を継承するこの憲法の下

では一三条に定める﹁個人の尊重﹂とこれを前提とする﹁生命︑自由︑幸福追求への権利﹂の享有を妨げていること

が重大である︒憲法一三条における﹁個人の尊厳﹂の原則と︑これを前提とする﹁幸福追求権﹂の原則は︑直接には

国政ないし公序のあり方を示す規範であるが︑基本権の体系上︑個別的基本権を包括する包括的基本権の地位からし

て︑近時︑私法︵民事︶関係をも支配する原則規範であり︑﹁人格的生存に必要不可欠な利益を内実﹂とする主観的権

利として︑具体的権利性を肯定する有力な見解がある︒またその場合︑包括的権利としての一三条と他の個別的基本

権との関係について︑競合的保障か︑補充的保障かに関し説が分かれている︒これを部落問題にかかわって言えば︑

一三条は︑部落住民にとって︑叙上の趣旨から見て︑単に国政の指針にとどまらず︑それ自体具体的な人格的利益を

内容とする法的権利として構成することの意義は大きく︑必要により婚姻︑居住移転および職業選択の自由などの個

別的自由権とも結びついて︑法的権利として主張され得るものと解される︒

一 七

(18)

被差別救済の制度等

それでは︑差別行為に対するわが国現行の救済手段・措置等はどうであろうか︒

•••••

まず︑司法的救済の実際面について見てみよfつ︒この点ではこれまで民事裁判による救済例がいくつか見られる︒

例えば︑部落出身の内縁の妻が︑同女にかかわる興信所の結婚調査報告書がもとで︑夫およびその雨親の態度が魚変

し︑精神的虎待を受けたすえ︑入籍の希望もなく結婚生活への道を全く絶たれて絶望の余り自殺した事件で︑判例は

民法七

0

九条︑七一

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条の不法行為の規定を適用して内妻の両親からの慰藉料請求を認めている

昭四

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判時

四︱

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一三︒なお︑本件では解放同盟等の調査と抗議により被告は新間に陳謝文を掲載して

いる︶︒類似の事案として︑妻が部落民であることを理由になされた夫の実父母による婚姻破壊に対して不法行為責任

を認めた判例がある

報告がもとで婚約を破棄され︑家の出入りも差止められた原告が直接会社を桐手取り患藉料の請求を求めた事件で︑

最高裁は企業の営業活動といえども無制限でなく︑報告書により原告の結婚についての機会均等を奪い︑社会的且心ハ

による差別的取扱いをしたことになり︑結局︑名誉毀捐による不法行為を構成するとして原告の勝訴を言渡している

これらの事案で︑判例の態度は憲法一三条の具体的権利性を容認するにはほど遠く︑同条の権利が民法その他の法

令の規定の補完を受けて裁判上主張し得る権利であることを是認するにとどまっているように思われるが︑判旨によ

り部落民たる社会的身分を有する妻の人格の毀損を挙げていることは注目されるところである︒今後︑この面での憲

法法理の解釈適用に関して掘り下げた究明を必要とするように思われる︒しかし︑何れにしても︑部落問題にかかわ

る民

事裁

判は

(最小二判昭五0•四・四)。

(二)

︵高知地判昭四七・三・ニ四判時六七九ー︐六

O )

︒また︑部落出身という大阪の興信所の結婚調査

それ自体が永山の一角で︑訴訟にまで上って来ることすらよくよくのことであり︑また断った生命は ︵長野地裁上田支判 1¥ ‑

J  

2‑1‑18(香法'82)

(19)

一 九

戻ってこず︑人間として受けた屈辱は到底金銭で償い得るものではないことなど︑民事裁判の及ばないいろいろな限

•••••••

そこで︑同対審答申は︑人権対策の基本方針として︑﹁差別から保護するための必要な立法措置を講じ司法的に救済

する道を拡大すること﹂︵傍点筆者︶を強調する︒憲法一三条自体︑幸福追求権は﹁公共の福祉に反しない限り︑立法

その他の国政の上で︑最大の尊重を必要とする﹂︵傍点筆者︶と規定して︑立法措置による効果的な保障を予定してい

る︒この場合の立法措置には差別行為に対する規制立法のほか︑被差別者のためにする積極的な助成立法が考えられ

る︒後者については次節に譲り︑前者について見れば︑今日︑差別行為ぱそれがいかに反社会的な犯罪性を帯びるも

. . .

.  

のであっても︑侮辱を処罰する特別の刑罰法規はわが国には現存しない︒このことは︑右の答申にも指摘されている

ように︑差別それ自体が重大な社会悪だということを看過させる結果となることが怖れられる︒ただ対差別一般を法

的規制でどこまで有効に対処し得るかは疑問であり︑場合によってはかえって差別を内攻させかねない点で︑安易な

立法化は慎しむべきであろう︒しかし︑このような一般的な留保を前置きにしたうえでなお︑非道極まる反社会的行

為をいっさい放置してしまうことも背理と言わねばならない︒とりわけ︑先頃︑大企業を含む相当数の企業において︑

﹁人事極秘特殊部落地名総鑑﹂や﹁全国特殊部落リスト﹂など︑差別を売物にする出版文書が購人され︑人事調査に

利用されていた由々しい出版事件が頻発するに及んで︑差別を営利目的に利用するあまりにも悪質な行為に対して︑

総理府を中心に各省関係当局で︑法的規制の検討が始められている︑と伝えられる︒個人の尊厳と生命︑自由︑幸福

追求の権利という優越的人権を守るために︑﹁営業の自由﹂に何らかの法的規制をもって挑ひことは︑立法政策上非難

. . .

.  

をさしはさむ余地はないであろう︒この種の営利的表現行為は思想・情報の自由な伝達・交換の範疇にも属しないか

らで

ある

界が残ることになる︒

(20)

19 68 .)

が制定され︑人種関係委員会

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の監督の下に地域調停委員会

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法の現代的な潮流を看取することができるように思われる︒参考までにその若干例を伺って見よう︒例えば︑川既に︑

インドでは︑人種︑

ちでも﹁不可触賤民制﹂の廃止︑

ては最高裁判所︑高等裁判所への裁判請求を︑私人・団体による違反に対しては差止命令と損害賠償請求の民事訴訟

を提起し得る途をひらくとともに︑﹁不可触賤民制﹂に起因する無能力を強制することは法律によって刑罰を科し得る

犯罪としている︵同条後段︶︒これによって︑一九五五年に不可触民差別処罰法が制定され︑﹁ヒンズー

H i

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u 社会で

慣行されてきた最も恥ずべき社会的不平等を違法﹂とするに至っている︒また︑田西ドイツでは︑既に刑法で︑人種

差別の扇動を文書で領布すること等を処罰の対象としている(‑三一条︶︒何イギリスでは人種的憎悪の扇動を刑事犯

罪︵

禁錮

刑︶

ホテ

ル︑

19 65 , 

とするほか︑皮膚の色︑人種もしくは民族︑国民的起源を理由とする仕事︵雇傭︶︑家屋の売買・賃貸︑

レストラン︑劇場︑乗物その他公共的施設での差別待遇を禁止する﹁人種関係法﹂

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に代って委員会が事件を裁判所に送付し︑検事総長が差止命令によって民事訴訟を提起することによって決するもの

としている︒的フランスでも︑より最近の一九七︱一年に︑﹁人種差別に対する闘いに関する法律﹂

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  が苦情の調査と調停に当たるものとし︑必要に応じて右の禁止条項の履行の強制を被害者 が制定され︑単に従来からの反ユダヤ主義的差別の禁止にとどまらず︑あらゆる人種差別

に対決することとしている︒同法は︑人種差別扇動罪特定地域に所属する少数同国人に対する差別行為も含まれ ているを定め︑表現の場だけでなく︑広く社会経済領域における差別行為を処罰の対象と定め︑被害者の立場を

この

点を

マイノリティ︵少数者︶保護の立法例に限って見ても︑われわれは八反差別>の観点を生かした諸国立

カースト︑出生地等を理由とする差別待遇や無能力の付課を禁止しており︵憲法一五条︶︑

その慣行の禁止を謳い︵同一七条前段︶︑救済手段として国家行為による違反に対し 二

0

そのう

2 ‑ 1‑20 (香法'82)

(21)

からざる意義を持つものとして評価されるところである︒

この

点で

必要に迫られている︒ 強化して結社にも民事当事者として公訴権行使の権能を認めている︒これらの国の法制は︑先進工業国における人種差別主義の複雑な問題の一面を代表する人種的少数派

1

1移民労働者の処遇に総じて大きな政策上のウェートを置いて

いるように思われる︒これに対して︑︵オーストラリアでは過去の政府が進めてきた少数民族である原住民に対する

差別政策を反省するため︑人権および人種差別に関する法律を制定し︑人種問題委員会および人権委員が法制上の独

立機関として設置されている︒

以上︑反差別の観点に立ったいくつかの外国法制を紹介した︒その中でも︑人種差別は︑同じ日本国民である部落

の人々に対する差別とは異なるが︑﹁差別の心理機構は︑全くといっていいほど同じである﹂と言われていることから

も︑わが国の部落問題に関して立法政策上考慮し得るものが少なくない︒ただ︑差別対決の法的枠組みは各国の政治・

社会構造︑文化伝統︑国民心理等の諸条件に規定されるところが大きいし︑法律の制定が直ちに問題の解決に薗結す

るものでもないことに留意する必要がある︒国内法制の整備を図る場合に何よりも重視されることは侵害事件の救済

. . . .

. . .  

手段の拡大強化の観点であろう︒この点︑今日では︑個人の人権侵害を国際的な広がりにおいて解決を見出していく

一九六六︵昭和四一︶年︑第ニ︱回国連総会で採択された﹁国際人権規約﹂は︑人類を構成する﹁人間

個人一般﹂が国際憲法の人権主体として登場することを認知したものとして︑国際社会における人権共存の確立に画

期的な一大意義を有している︒中でも︑

B

規約︵市民的・政治的権利に関する規約︶において︑私生活︵プライバシー︶

に対する恣意的もしくは不法な干渉と︑名誉・信用に対する不法な攻撃を禁止し︵一七条︶︑差別の扇動となる国民的︑

人種的︑宗教的憎悪の唱道が法律で禁止される旨を定めている

︵ 二

0

条︶

こと

は︑

わが国の部落問題の解決にも少な

一七条について言えば︑被差別部落の人びとにとって考え

(22)

られる法的保設利益は︑被差別部落の居住または出身こいう過去の社会的身分の公開を欲しない利益︵いわゆる知ら

れたくないという権利あるいは

Th er i g h t   t o   b e  l e t   a l o n e )  

つまり被差別部落出身者の現在の人間としての尊厳性とそれに基礎を置く人格的価値に直

接かかわるものとみるべきであろう︒部落出身であるとの企業の﹁身元調査報告﹂で婚姻が破棄された事件で︑﹁社会

的身分による差別的取扱をしたものであり︑右の報告行為により原告の名誉を毀損したものと認めるのが相当である﹂

と判示している判例がある(大阪地判昭四八•四・三)。どういう場合が私生活に対する干渉に当たり、あるいは名替

に対する攻撃に当たるかは︑

待たれるところである︒ ということもあり得るにせよ︑むしろ人間としての名誉︑

それぞれの具体的な場合に照らして判断すべきこととなろうが︑何れにしても人権規約

は私生活と名誉に対する干渉または攻撃を禁止し︑被差別者の保護法益を広く二段階的に保護しているところに重要

. . .  

人格権の概念をもって繋ぐことが

これとともに右の諸規定に対応する国内法令の整備が な意義がある︒日本国憲法の場合︑この両者を一三条に基礎を置く︵と解される︶できるであろつ︒そして︑これら一七条や二

0

条の規定から︑差別言動が惹起する人権侵害に対する規制的効果を解

(9 ) 

釈論として引き出すことも可能であるように思われる︒さらに︑

B

規約の履行のためには︑保障措置のうえでの制約

や批准(‑九七九八詔和五四>年六月︶に際してのわが国の留保という重大な障壁が前提にあり︑それを乗り超えて

( 1 0 )  

履行確保の進展を図ってゆくことが期待されることであるが︑

ところで︑人権規約は加盟国に対してその実施状況の審査が義務づけられているが︑

B

規約

の実施状況について日本政府が人権委員会に提出した報告書には市民的・政治的権利の領域は日本では全く問題はな

い旨がリポートされ︑報告書自体︑﹁簡単にすぎ︑しかも法律的枠組みの説明に限定され︑現状に関する情報を欠いて

いる﹂ことに︑委員の中から不満足の意が表明されたことが伝えられている︒そして一九八二 信用に直接かかわる事項︑

︵昭和五七︶年︱一月

一日の総会に提出された人権委員会報告によれば︑人権規約の実施状況審査の中で︑日本の人権状況八差別現況>に

2‑1‑22 (香法'82)

(23)

対して鋭い質問が投げかけられた︑とも伝えられている︒このことは︑部落問題が単にわが国一国の特殊国内問題で

なく︑国際的な人権擁護のうねりの中に位置づき︑国際的関心のレヴェルにおいてその実相と問題解決能力が問われ

ていることを物語っている︒

. . . .

. .  

右に関連して︑行政上の救済について一言しておこう︒

行政機関の措置としては︑尚知のように︑法務省︑法務局︑人権擁渡委員などの人権擁護機関が侵犯事件の情報︑

認知︑事実の調査︑説示等の処理を行っている︒法務省によれば︑本来の意味における人権侵害は︑公権力の行使に

より︑国民の権利を侵す場合を指すが︑実際上︑憲法の趣旨を私人間の行為に及ぱし︑人権尊重の精神を国民の間に

定着させることが必要であるとの考えから︑一般私人の人権侵害も取り扱うこととしており︑同和問題を近隣紛争問

題︑婦人問題などとともに重要な人権問題として位置付けている︒しかし︑被害者申告制度のもつ弱点︑機関自身の

( 1 2 )  

強制権の欠如︑事後処分的説示等︑現行の制度と運用において︑部落問題解決の実効性という点であまり過度な期待

を寄せることはむずかしいように思われる︒﹁同和対策長期計画﹂︵昭四四・七・八閣議了解︶が法務省の計画として

指摘している①人権擁護委員の資質向上②人権侵犯事件の調査強化③人権相談の強化④人権意識︑人権思想の

普及高揚の各項目は︑何れも今後一層の拡充徹底を要する事項であるが︑特に②についての検討を急務としよう︒ま

た①については︑とりわけ信頼度︑﹁その質と活動の良否﹂が問われるであろう︒同時に︑委員の無給制の問題と相侯っ

( 1 3 )  

て︑委員の平均年齢い高齢化も問題のある一面である︒

このように︑差別に対する法的規制の欠落と司法的︑行政的救済に限界がある状況の下で︑自らの人権に目覚めた

. . . .  

被差別者自身による人権保持︵憲法︱二条参照︶の形態として︑差別事象に対する抗議︑糾弾が行われることがある︒

. . .

.  

それとともに個人の尊重と人間平等の憲法の精神を部落の解放に生かす教育が重視されている︒いわゆる同和︵解放︶

(24)

( 8 )

高野雄一・国際社会における人権︵岩波書店︑ (7)我妻洋・米山俊直•前掲書一八八頁。 重要なことである︒人間としての自立的主体性の確立こそ︑の前提をなしていると言えるからである︒

以下︒種谷春洋﹁﹃生命︑自由及び幸福追求几

( 2 )

朝日 およそ教育の基本的目標であり︑

の権利②L法経学会雑誌一五巻一号も参照︒

( 3 )  

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2 9 8 .

 

エリザベス・バーニー﹁人種の悲劇をなくす立法措置﹂英国だより三巻六号(‑九六八年六月︶︒

( 5 )

林瑞枝﹁フランスの反人種差別法﹂法律時報五一巻二号︵一九七九年︱一月︶九一頁以下に詳しい紹介がある︒

(6)第六十二凹列国議会同盟会議・東京会議、昭和四十九年+月八日キーオ氏(オ—ストラリア)発言(議事概要日報第十一号)六頁。

四号(‑九七八年六月︶六五頁︒

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( 4 )

例えば︑参照︑ (昭五一・i•

10

夕刊

︶︒

( 1 )

佐藤幸治﹁幸福追求権﹂油習憲法︵青林内院新社︑ を阻んでいる様々な力︵差別の存在︶

一九

七七

年︶

10

八 ︑

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4

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L ‑

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J  

を除去することに努め︑

. .

教育はこれまでの長い差別迫害の歴史を背にした現在の差別の実態を直視し︑

 

別を

許さ

ず︑

それに打ち克つ人間の形成に資する営なみと見られる︒端的に言ってそれは︑単に保障された人権を維

差別によって権利の保障実現が妨げられている現実から出発して︑自由・権利の再生

造を図ってゆく営なみと規定できよう︒教育において︑

きわめて

憲法における人権実現

三九三頁︑同﹁国際人権規約の歴史的意義﹂部落解放研究一

一九

五頁

以下

同・

憲法

︵青

林内

院新

社︑

/九

八一

年︶

人間相互の権利尊重の精神を貫ぬくことは︑

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『•4

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誤まった偏見や無知を克服・是正し︑正常な社会の進歩発達 持するだけでなく︑

︵復

権︶

・創

その中から教育の課題を引き出し︑

ニ四

h. 

2 ‑‑1 ‑‑21 (香法'82)

参照

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