研究出張報告
岩崎 豊太郎
〔研 究 テーマ
〕:
「ウイ リアム ・ワ‑ズ ワス と石 川啄木の比較文学的考察」i.石州 啄木 と函館、札幌
国民的歌人 とされる石川啄木 は、明治19年 に岩 手県の 日戸村 に生 まれ、渋民村 で育 った。啄木 は、
明治45年4月、東京で、27歳 の短い薄幸 の生涯 を 閉 じる間、三度北海道 に渡 った。第‑ 回 目の明治 37年 には小棒 を、第二 回 目の翌 々年 明治39年 には 函館 を訪 れ、 また、第三 回 目の明治40年5月か ら 41年4月 にか けては、函館 、札幌、小棒 、釧路で 生活 した。彼 の北海道漂泊 の足跡 は、岩見沢、旭 川等 に も辿 ることが 出来 る。今 回は函館 (8月29
日‑30日) ・札幌 (8月31日)にて、啄木の研究 資料 を探索 した。
1.函館
啄木 は、函館 に明治40年5月5日か ら9月13日 まで住 んでいた。
市立函館 図書館 には、 日本 における啄木資料 の 宝庫 として有名 な 「啄木文庫」がある。啄木が死 んだ翌年 の忌 日に啄木文庫 が創 設 された。節子夫 人の死後、啄木の 日記 な どの 自筆関係資料が寄託 された。昭和31年 には、 その他 の 自筆 もの146点 が啄木文庫へ永久寄贈 された。 自筆資料 の もつ説 得力 は計 り知 れない。彼 の草稿 か ら、薄命 な生涯 の軌跡 をよ く辿 ることがで きる。〔「函館市石川資 料館」 (末広 町21番 7号℡0138‑22‑4128)が、平 成元年11月3日にオープ ンされ、研究上の便宜が 一層整 え られた。館 内には啄木直筆の小説原稿や 歌稿、書簡、 日記等が カラーコ ピー (複写 )で展 示 されて い る。 なお、「啄木文庫」 は現在 もその
まま図書館 内に置かれている
。 〕
2.札幌
啄木 は札 幌 に明治49年9月14日〜24日の2週 間 住 み、北 門新報社 に勤 めた。その時、札 幌区北 7 条西4丁 目田中サ ト方 に下宿 した。現在 、跡地 は 北7条郵便 局 となって い る (札 幌市 北 区北7西 4)。今、局 の片側 の土地が工事 中なので、啄木 の碑が建 て られるのか もしれない。
札幌市資料館 内には財 団法人北海道文学館設営 の北海道文学展示室がある。そ こには石川啄木の 展示 コーナーが常設 されてい る。北海道文学 は 日 本文学のなかで独 自性 と豊穣 さを誇 りと している が、 ここで はその歩 み を通観す ることがで きる。
啄木 は北海道文学 を開拓 した来道作家の一人 とし て、広 い視野か ら位置づ け られてい る。
Ⅱ.函館市内 と札 幌市 内の啄木歌碑 ・文学碑 1.函館市 内の啄木歌碑
○東海の小 島の磯 の白砂 にわれ泣 きぬれて蟹 とた わむる 所在 地 函館市住吉町立待 岬共 同墓地内
(大正15. 8. 1建立 )
○函館 の青柳 町 こそかな しけれ友の恋歌矢 ぐるま の花 所在地 函館市青柳 町17函館公 園内 (昭和 28.4.13建立 )
○潮か をる北 の浜辺の砂 山のかの浜蓄蔵 よ今年 も 咲 けるや 所在地 函館市 日の出町25啄木公 園内
(昭和33.10.18建立 )
○ こころざ し得 ぬ人々のあつ ま りて酒のむ場所が 我が家 な りしかな 所在地 函館市青柳 町15‑ 2 啄木居住跡露地入 口 (昭和61. 2.20建立 )
2.札幌市 内の啄木文学碑 ・歌碑
○札 幌 は まこ とに美 しき北 の都 な り。…
(
「秋風 記」 よ り) 所在 地 札 幌市大 通 り西3大通公 園 内 (昭和56. 9.14建立 )○石狩の都 の外 の君が家林檎 の花 の散 りてやあ ら む (札 幌平岸林林檎 園記念歌碑 ) 所在地 札 幌 市豊平 区平岸天神 山 (昭和41.10建立 )
Ⅲ.啄木 と北海道 に関す る主 な文献
1・
「啄木 と小播 、札幌」 (小棒啄木会 ) 2,中野北涙 「啄木 と札 幌」3・宮崎郁雨 ・阿部 たつ を ・田畑幸三郎共編 「釧 路 と啄木‑ 76日間の足路」 (啄木来釧80 年記念の会 )
4・宮 の内‑平 「啄木 ・釧路 の七十六 日」 (旭川 出版社 )
Ⅳ・ ウイリアム ・ワ‑ズ ワス と石川啄木 の類似性 一例 を挙 げてみたい。金 田一京助氏 によれば、
(4)
「啄木の 『東海の』の歌 は、函館の大森浜 を思 い浮べて作 った作」とい う。「北海道その もの(い や 日本その もの)が、東海の小 島なのである
。 」
ワ‑ズ ワスの表現法に も、 ことばに重層的な意 味が託 されていることが よ く見 られ、詩情 を豊 かに、暗示性のある ものに しているが、 ここに も両者の類似性があろ う。このようなところに、
啄木が 自然派の小説家 にな りきれなかった要因 が見出せ ないだろうか。 ワ‑ズワスはフランス
革命 に一時熱狂的に共鳴 した。後 に、彼 のフラ ンス革命 に対す る期待 は裏切 られることになっ たが、彼の詩 にはフランス革命 の理念である、
自由 ・平等 ・博愛の精神が底流 していると私 は 考 えたい。啄木 は理想主義者であ った。彼 の理 想が歌 にどの ように表 わされているのか、また、
ワ‑ズ ワスの影響 を どの よ うに受 けてい るの か、今後考察 してい きたい。
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