97 本論文は,今日の国際会計基準として各国が採用しつつあるIFRSを日本において導入するこ とがいかなる影響を与えるかについて研究したものである。それに関して,大きく以下の3つの 観点から考察している。
1.IFRSの日本企業への影響
2.IFRSの経営戦略への活用
3.株主価値重視への転換
さらにそれぞれの内容に関して目次に従って示すならば以下のとおりである。
〈1.IFRSの日本企業への影響〉
1 百貨店業界への影響 2 商社への影響 3 自動車業界への影響 4 電機業界への影響 5 銀行への影響 6 証券会社への影響
〈2.IFRSの経営戦略への活用〉
1 時価会計と企業経営
(1)時価会計の導入における背景
(2)原価主義における問題点
(3)時価会計の2つの大きな役割
(4)IFRSにおける財務諸表の目的および公正価値の概念
(5)公正価値の導入で企業経営に与える影響 2 連結会計とグループ経営の強化
(1)IFRSの導入以前の日本における連結会計とグループ経営の現状
(2)IFRSの導入によりグループ経営へ与える影響
(3)IFRSでグローバル・マネジメントにおける変化 3 キャッシュ・フローと企業経営
(1)キャッシュ・フロー会計の歴史と意義
(2)キャッシュ・フローを重視した経営転換 4 包括利益と企業経営
(1)包括利益について
(2)包括利益の登場が企業経営に与える影響
〈3.株主価値重視への転換〉
1 株主価値重視の背景 2 日本企業の課題
IFRS から見た企業経営戦略
劉 瀟 晴 修士論文 アブストラクト
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3 企業価値向上への対応
(1)資本コストに対する意識の向上
(2)費用・収益アプローチから資産・負債アプローチへの転換 4 今後の展望
日本では,最近に至るまでIFRS導入に対して非常に積極的であったが,東日本大震災以降,
その導入に対しては消極的となった。しかしながら,将来的にはIFRSの導入は国際的にみても 不可避な状況にあり,すでに日本の多くの国際企業はその導入に向けて本格的に着手,始動して いる。そうした中にあって,本研究では伝統的な会計基準を採用してきた日本企業の財務報告が IFRS導入によってどのような影響を受けるのかについて研究したものであるが,特に基準の内 容についてのみならず,業種別に大きな影響について考察している。ここに本研究の特徴がある。
すなわち,IFRSの導入は,日本企業を揺るがし始めており,日常の経理業務や財務諸表の作成 業務はもとより,企業の投資政策や経営者の意思決定まで広い範囲でその影響を受けることが予 想される。IFRSは原則主義会計と呼ばれ,原則的な考え方を中心に据えて,具体的な適用につ いては個々の企業が自ら実質的に判断しなければならない。このことは将来の日本企業の経営者 にとっても重大なチャレンジであると考えられる。また,日本企業の経営に対し,売上を出すよ り企業価値の向上に着目すべきである点にも留意すべきである。本論文で述べているように企業 価値を向上させるために,株主価値を重視する意識変革は極めて重要である。ここにおいて株主 価値重視に直接関連してくるのが包括利益である。一方で,IFRSにおいて,利益は資産・負債 アプローチにより計算されることにより,業績である利益の測定は当期純利益ではなく包括利益 となって現れる。したがって,日本企業の経営はIFRS会計の考え方(計算構造)と密接に関係 している。すなわちIFRSの計算目的と経営者の経営目的は,株主価値重視という点で一致して いるのである。そのため,企業の経営者はIFRSを単なる制度的な規則上の導入として捉まえる のではなく,むしろ積極的に活用していくことが,今後の企業の成長にも重要であると考える。
劉 瀟晴:IFRS から見た企業経営戦略