イ ギ リ ス の 新 最 高 裁 と 下 院 の 現 在 ・ 管 見
原 田 一 明
Ⅰ 新最 高裁 の開 設
Ⅱ イギ リス 下院 の現 在 本稿
では
、二
〇〇 九年 一〇 月一 日に その 活動 を始 めた イギ リス の新 最高 裁
( )
判所 とイ ギリ ス下 院の 近年 の若 干の 改 革動 向に つい て、 その 概要 を素 描す るこ とを 目的 と
( )
する
。
Ⅰ 新最 高裁 の開 設 二〇
〇九 年七 月三
〇日
、貴 族院 判決 の中 で、 フィ リッ プ長 官が
、﹁ ここ に我 々の 最後 の判 決を 下
( )
した
﹂と 語っ た こと はマ スメ ディ アを 通じ て広 く報 道さ れた
。も ちろ ん、 新最 高裁 の設 置に よっ て、 イギ リス にお ける 最終 的な 上 訴裁 判所 とし ての 上院
︵貴 族院
︶の 司法 的機 能は 実質 的に 廃止 され
、そ の機 能の 多く は、 新た に設 立さ れた 最高 裁 判所 に委 譲さ れる こと にな った
。そ こで
、以 下で は、 まず
、新 設さ れた 最高 裁判 所制 度が いか なる もの であ るの か、 ごく 簡単 にそ の概 要を 述べ てみ るこ とに した い。
ઃ 最高 裁判 所の 管轄 権 前内 務大 臣の デイ ビッ ト・ ブラ ンケ ット は、
﹁我 々は 最高 裁判 所の 出現 に用 心深 くな る必 要が ある
。議 会に よっ てな され た判 断を 裁判 官が 覆す こと がで きる 権限 の範 囲に 争い が生 じ続 ける こと には 疑い がな いか らで ある
。す な わち
、最 高裁 判所 によ って 議会 が間 違っ てい ると いう こと がど のよ うな 場合 か、 今も って
、必 ずし も明 確で はな い から で
( )
ある
﹂と の興 味深 い発 言を 行っ てい る。 新最 高裁 の権 限に つい ての この よう な理 解が 提示 され た背 景に は、 最高 裁の 創設 にあ たっ て、 必ず しも 十分 な議 論が なさ れて こな かっ たと いう こと が影 を落 とし てい るよ うに も思 われ る。 ただ
、こ こで
、急 いで 確認 して おき た いの は、 後述 する
、ほ とん ど唯 一の 実質 的な 変更 以外
、か つて の上 院の 管轄 権と 対比 した 場合 に、 新最 高裁 の管 轄 権が 根本 的に 変更 され たと いう こと はで きな いと する 見解 が衆 目の 一致 する とこ ろで ある とい うこ とで ある
。す な わち
、新 最高 裁の 創設 に当 たっ ても
、最 高裁 には
、第 一次 的立 法を 違憲 とす る新 たな 権限 が付 与さ れた わけ でも な いし
、一 九九 八年 の人 権法 に基 づく
﹁不 適合 宣言
﹂を 行う 権限 が変 更さ れた わけ でも ない から であ る。 加え て、 最高 裁判 所の 根拠 規定 であ る、 憲法 改革 法 Co ns ti tu ti on al Re fo rm Ac t上 の特 別管 轄規 定そ れ自 体も そ れほ ど目 新し い規 定で ある とい うこ とは でき
( )
ない
。同 法四
〇条 二項 では
、民 事事 件に つい ての 高等 法院 Co ur to f Ap pe al から 最高 裁へ の上 訴権 が規 定さ れ、 四〇 条六 項に おい ては
、あ らゆ る事 案に おけ る上 訴要 件が 定め られ た。 跳躍 上訴 Le ap fr og ap pe al sに 関す る特 別規 定も 従来 の規 定が 維持 され てい る。 また
、刑 事事 件に つい ても
、そ の 位置 づけ は以 前と 同様 なも のと され た。 一九 六八 年の 刑事 上訴 法 Cr im in al Ap pe al Ac tは
、現 在で も現 行法 であ り、 そこ では
、最 高裁 がイ ング ラン ド・ ウェ ール ズか らの 刑事 事件 の最 終的 な上 訴裁 判所 であ るこ とが
、改 めて 確 認さ れて いる
。 した がっ て、 最高 裁判 所の 新設 に伴 う実 質的 な変 更点 とし ては
、地 域に 関す る管 轄権 de vo lu ti on ju ri sd ic ti on の
変更 を指 摘で きる に過 ぎな い。 つま り、 二〇
〇九 年一
〇月 一日 から
、最 高裁 は、 スコ ット ラン ド、 ウェ ール ズ、 北 アイ ルラ ンド に関 連す る最 終上 訴裁 判所 とさ れた ので あり
、従 来の 枢密 院司 法委 員会 に代 わっ てこ れを 行使 する 役 割を 請け 負う こと にな って いる
︵憲 法改 革法 四〇 条四 項及 び附 則九
︶。 ただ し、 枢密 院司 法委 員会 には
、な お教 会裁 判所 から の上 訴事 件や 若干 のコ モン ウェ ルス 諸国 から の上 訴に 関す る管 轄権 が維 持さ れて
( )
いる
。な お、 最高 裁判 所 規則 四一 条に は、
﹁最 高裁 判所 の地 域に 関す る管 轄権 に基 づく 上告 は、 一般 的に は、 本規 則に 従っ て処 理さ れる こ とに なる が、 最高 裁は
、必 要に 応じ て、 特別 な規 則を 定め るこ とが でき る﹂ とし て、 この 点に つい ての 規則 制定 権 を認 めて いる
。 参考
条項
:憲 法改 革法 Co ns ti tu ti on al Re fo rm Ac t
(! )
20 05 第四
〇条
管轄 権
⑴ 最高 裁は
、最 上級 の記 録裁 判所 as up er io rc ou rt of re co rd であ る。
⑵ イン グラ ンド
・ウ ェー ルズ の上 訴裁 判所 の命 令あ るい は判 決に 対す る民 事事 件に 係る 上訴 は、 この 裁判 所に 提起 さ れる
。
⑶ 省略
⑷ 附則 九に は a その 他の 管轄 権を 上院 から 最高 裁判 所に 委譲 する こと
。 b 各地 域に 関す る管 轄権 を枢 密院 司法 委員 会か ら最 高裁 判所 に委 譲す るこ と。 c 及び 管轄 権に 関す るそ の他 の修 正が 定め られ てい る。
⑸ 最高 裁判 所に は、 制定 法に 基づ いて 上訴 され
、司 法権 を行 使す るた めに 決定 する こと が必 要な あら ゆる 争点 を決 定 する ため の権 限が 付与 され る。
⑹ 本条 第二 項に 基づ く上 訴は
、控 訴裁 判所 ある いは 最高 裁判 所の 許可 に基 づく 場合 にの みな すこ とが でき る。 但し
、 この こと は、 上告 に関 する その 他の 規定 に基 づく 定め に服 する もの とす る。 第一 三七 条 議員 資格 の剝 脱P ar li am en ta ry di sq ua li fi ca ti on
⑶ 上院 議員 は、 その 司法 職を 不適 格と され るま での 間は
、 a 上院 b 上院 の委 員会 c 両議 院の 合同 委員 会 に議 席を 有し
、表 決す る資 格を 失う
。 附則 九 最高 裁判 所の 管轄 権に 関す る修 正 第一 部 上院 から の管 轄権 の移 譲 ここ では
、各 個別 法に 関し て、
﹁上 院﹂ と定 めら れた 部分 を﹁ 最高 裁﹂ と読 み替 える こと が規 定さ れて いる
。 第二 部 地域 に関 する 管轄 権
最高 裁の 判事 につ いて
⑴ 最高 裁判 事に 関す る考 え方 まず
、司 法権 限の 制限 論者 とし て知 られ
、裁 判︵ 所︶ 研究 の第 一人 者で ある ロバ ート
・ス チー ブン ス Ro be rt St ev en sが
、新 たな 最高 裁の 創設 につ いて
、か つて 次の よう な危 惧の 念を 表明 して いた こと を確 認し てお きた い。
﹁最 高裁 が、 前貴 族院 判事 たち にと って の場 とな りう るの は明 らか であ る。 この よう な観 点か ら、 すべ ての スタ ッフ が そろ えら れれ ば、 危険 なこ とで ある
。ア メリ カ憲 法学 の著 名な 教授 が近 年の 最高 裁判 所に つい て次 のよ うに 述べ てい るこ とは 正に 示唆 的で ある
。我 々は 決し てよ り多 くの 司法 的経 験を 有す る者
︵九 人の 裁判 官の うち 八名 は前 職が 裁判 官で あ る︶ で裁 判所 が構 成さ れる とい う最 悪の 最高 裁を もつ こと を望 まな いか らで
(0 )
ある
。﹂ 最高
裁判 所の 判事 職に とっ て、 ある 程度
、各 国に 共通 して 言え るこ とは
、そ の憲 法上 の役 割を 果た すた めに
、従 来の イギ リス 貴族 院の 裁判 官が 有し てい た以 上に
、広 範で 専門 的な バッ クグ ラウ ンド や経 験が 必要 であ ると 考え ら れて いる こと であ る。 これ らの 裁判 官に は、 確か に下 級裁 判所 の出 身者 が中 心を 占め るこ とに なる ので ある が、 そ のキ ャリ アに は、 控訴 院長 や検 察庁 の幹 部職 員あ るい はそ の他 の官 公庁 の幹 部職 員、 大学 教授 など が含 まれ てい る。 最高 裁判 所の 裁判 官は
、ロ バー ト・ スチ ーブ ンス がす でに 論争 的に 指摘 して いた よう に、 法律 職で ある とい う より は、 むし ろ政 治職 であ ると さえ 言い うる 側面 を有 して いる
。そ れ故 に、 イギ リス にお いて も、 最高 裁の 設置 に 際し て、 裁判 官に どの よう な人 物を 任命 する かと いう こと が、 一つ の重 大な 争点 とさ れた ので ある
。 さら に、 この こと から
、裁 判官 の構 成こ そが 最高 裁の 役割 を考 える 上で 重要 な意 味を もつ こと にな ると の指 摘も なさ れて いる
。し たが って
、裁 判所 の構 成が 上述 のよ うな 形で 拡張 され るな らば
、そ れに 応じ て、 審理 や判 決の ス タイ ルも 変化 せざ るを 得な いと いう こと にな る。 この よう な議 論が 展開 され てき た背 景に は、 従来 のイ ギリ スで の 上告 審レ ベル での 判決 が、 しば しば 過去 の判 例か らの 広範 な引 用で 占め られ
、非 常に わか りに くい 議論 が展 開さ れ がち であ ると の指 摘が なさ れて きた こと に留 意が 必要 であ る。 そし て、 新設 され た最 高裁 判所 が、 従来 と変 わら な い範 囲の 者の 中か ら選 出さ れる とい うこ とに なる なら ば、 上記 の問 題を 回避 する こと は決 して 容易 では ない し、 判 決の わか りに くさ は、 一般 市民 を、 最高 裁判 所か ら遠 ざけ る結 果を 招来 しか ねな い。 さら に言 えば
、あ まり に技 術
的に 過ぎ る判 決が 常態 とい うこ とに なれ ば、 得て して
、そ の判 決の レイ シオ
・デ シデ ンダ イの 部分 を見 落し てし ま うこ とに もな りか ねな い。 これ に対 して
、世 間的 に有 名で
、し かも 教養 豊か な非 法律 家か ら選 出さ れ、 構成 され て いる と称 され る、 ヨー ロッ パ人 権裁 判所 によ って 下さ れた 判決 は、 イギ リス の貴 族院 判決 と比 べた 場合
、遥 かに 読 みや すく
、理 解し やす いも ので ある と言 われ てい る。 同じ こと は、 コモ ンロ ー世 界の それ ぞれ の最 高裁 判決 にも 同 様に 妥当 する ので ある が、 とり わけ イギ リス の判 決に つい ては
、イ ギリ ス人 にと って さえ も読 むの が難 しい と感 じ られ てい るよ うで ある
。以 上の 観点 から
、新 設さ れた 最高 裁に つい て、 次の よう な悲 観的 な感 想が 述べ られ てい た こと をこ こで も引 用し てお きた い。
﹁イ ギリ スの 最高 裁判 所が 困難 な役 割、 より 明確 に言 えば
、憲 法判 断を 行い
、場 合に よっ ては
、経 験の 異な る裁 判官 か ら構 成さ れる こと にな って
、通 常の 市民 がそ の判 決を 読み
、理 解し
、評 価す る時 が訪 れ、 その 意味 で、 最高 裁が 国民 に開 かれ
、責 任を 負う 時が 訪れ るこ とに なる のか もし れな いが
、現 在の われ われ にそ れを 想像 する こと がで きる であ ろ
(1 )
うか
。﹂ これ
は、 従来 の貴 族院 とは 聊か 異な るイ メー ジを 新し く開 設さ れる こと にな る最 高裁 判所 に期 待し ての 言明 であ るこ とは 明ら かで あろ う。 そこ で、 以下 では
、発 足後 間も ない 最高 裁判 所制 度の 概要 につ いて
、簡 単に では ある が、 スケ ッチ して みる こと にし よう
。
⑵ 現 行 制 度 二〇
〇五 年の 憲法 改革 法で は、 最高 裁は 一二 名の 判事 から 構成 され るこ とに なっ てい る︵ 憲法 改革 法二 三条 二 項︶ が、 現在 では
、一 名欠 員の 一一 名の 判事 が任 命さ れて いる
。す なわ ち、 現在 は、 長官
︵L or dP hi ll ip s︶ と副 長