多
言語 国家
スイ ス の初等
学校
における言語教育
の動 向一 第二言 語
教
育か英
語教 育か ‑′ J、 林 和 子 *
( 平 成1 0年5 月1 5日受理)
要 旨
ヨ
ー ロッ
パ大 陸の ほぼ 中央に位 置し, 周 囲を ドイツ語, フラン ス
語, イ タ リア語の 三 つの大 言語 文 化 圏に囲ま れ たス
イス
は2 6 の州か ら成る連 邦 制の多 言 語 国家
である。 1 3世紀 末の 3 州の同盟に始ま る 建 国 以 来, 連 邦の機 能はあくまでも強 大 な 近 隣 大 国の支配 を排 除 する た めの政 治 的結 束であっ た。 強い
自 治 権 をもつ州 や, こ の下の小さ な地域 共 同体が 文化 的 同 一 性の基盤となり そ れ ぞ れの歴 史 ・ 伝 統 を形 成してきた。 こ のよう な国家
の形 成 原理に加 え, 高い山々
, 河川 ・ 氷河 ・ 湖 などの自 然 地理的 障 壁が言 語 を含む各 地 方の独 自の文 化の保 存 を 促し た。 四 つの言 語 圏に分かれ, 三 つの公用 語を制 定し,し かも 主 要 言語 内
の
方 言格 差が大 きく必ずしも 相互 理解が容 易でない
, といっ た複 雑 な 多言 語状 況に 加 え, 近 年の産 業 構 造の変化, 経 済のグロ ーバ
ル化 など に伴 う他の諸 言 語の使 用 拡 大 とい
っ た社会 言 語 的 変 化 も 見逃せない
。 本 稿では, 今日の多 言 語 国家 スイス
の言 語 状 況を分析 する と ともに, 学校 教
育に おける言語 教 育の課 題 と動 向 を 考察 する。 考察の焦 点は特に初 等 学 校 段 階で必修とされてい
る第
二
言 語 教 育と近 年早期 導入の実 施 や検 討がな されてい
る英 語 教育にあてら れ る。キ
ー ワ ード
ス
イス
, 多 言語 国家
, 公用 語, 民族 語, 第二
言 語教 育, 英 語 教育,二
言 語使 用, 三言 語使 用1
.は じめ に
ヨ
ー ロッ
パ大 陸
のほぼ中央
に位置
し, 周囲
を ドイツ語, フランス
語, イ タ リア語の 三つ
の大
言
語 文 化 圏 に囲
ま れ たスイス* 1は, 日本
の 九 州 とほぼ 同じ国 土 面積
に約7 百万人の人口 を もつ 連邦 制の多
言 語 国家
であ る。 連 邦制
の
始
ま り は1 2 9 1年
のウ リ, ウンタ ‑ バ ルデン,
シ ュ ピ ー ツの 3 州 に よ る
神
聖ロ ー マ帝
国 に お け るハプスブル グ家
の拡
張に対す
る 共 同の防
衛 を 目的
とした 同 盟であった。連
邦は次第
に その加 盟 州 を ふ や し, 164 8年
に神 聖 ロ ー マ帝
国から正式に独 立 した。 ナ ポレオン
戦争 後
のヨ
ー ロッ
パ の新
た な秩序
を定
め た1 8 1 5年
のウ
ィ ー ン会 議
において, スイス の 「永 世中
立」と その
国
土の不 可侵 性
が 承 認 さ れ た。 1 8 4 8年
には
憲 法
が制 定
さ れ,連 邦 政府
が設 置
さ れ るに 至 った。
強大
な 近隣
大国
の支
配 を排 除す
る た めの政 治 的結 束
であっ た という
建国
の歴史
がいま もスイスとい
う 国
のか た ちの基本
を なして いる。連邦
を 構成 す
る 州(
Ca n
to n s ) の数
は現在
2 6
(
厳 密に言 え ば, 2 3 の州があ り, う ち3 州が
準 州に 2 分 さ れて いる) であ るが, 州 はき
わ
*総 合 基 礎 グ
ル
ー プ1 2 2 小 林 和 子
めて
強
い自 治権
を有
し,州
の下の小 さな地 域
共同体 (
Co m m u n e s ) と とも
にスイス社 会
の
文化 的 同
一 性
の基 盤
とな
り そ れ ぞ れの歴 史
・・
伝 統
を形成
してき
た。 このよう な 国
家の形成 原
理 に加
え, 国 土
の7 0%
を占
め るアルプス,
ジュ ラの
両山脈
,河川
・氷河
・湖 な
どの自 然 地
理的障壁 も 言語
を含
む各地 方
の独 自
の文 化
の
保 存 を促
した。四
つ
の言語 圏
に分
か れ, 三つ
の公用 語
を制 定
し, し かも
主要言語 内
の方 言 格差
が大
きく
必ず
しも相
互 理解
が容 易
では ない スイス本 来
の
複 雑 な 多言 語状 況
に加
え, スイス社 会
の産 業構 造
の変化
,近 年
の ヨ ‑ ロ■ッ
パ統 合
の促進
,経 済
のグ
ロ ー バ ル化 な
ど に伴 う他
の諸 言
語,特
に英語
の使 用 拡大
とい った社 会 言語 的 変化 も 見逃
せな
い。 以 下の章
に おいては,多言 語 国家
スイス の今
日の言 語状況
を分析
し,学校 教 育
に お け る言 語教 育
が直 面す
る課題
を考察 す
る。■.考 察
の焦 点
は特
に初 等学 校段 階
で必修
と さ れている第
二首
藤教 育
のあ
り か た, 及 び社 会
に お け る英
語使 用
の拡 大
に対応
して早期 導
入の実施 や 検 討
が なさ
れて いる英
語教 育
にあ
て られ る。2
. スイスの
多言語 状 況の
特色本 章
ではスイス の多
言 語状況
につ
いて,社 会
に お け る実際
の使 用
レベ
ルに おいて確 認す
る と と
も
に, その スイス的特色
を分析 す
る。公
用
語 あ るいは 民族 語
と言
っ た表
面的な 分類
に はあ
ら わ れ ない複 雑 な状 況
と近 年
の新
た な傾 向
が みてと れ る。2 .1 公 用
語
.
連 邦
の公用 語
は ドイツ語, フラン ス語
及 び イ タ リア語
であ
る。連 邦議 会
の記 録
,行 政
な ど につ
いてはこれ ら三公 用 語の使 用
が義 務
づ け ら れている。 ま た,州
レベ
ルに おいても 公 用 語 が定
め られてお り, ドイツ語 とす
る 州 が 1 9州 と最
も多
いが, 三 言 語 を 公 用 語 と定
めている
州 ( グ
ラウ
ビュ ンデ
ン州)
, 二言
語 を 公用
語 と定
めて い.る
州 ( ヴ
ァ レ 「州
, フリ プ ー ル州) も あ
る。教 育
,出版
, ‑I
スメデ
ィ アの言 語 も
これ に応
じて いる。 三つ
の公用語
に法 的 な序 列
は ないが,現 実
に は扱
い の違
いが み ら れ る* 2。2 .2 民
族 語
ドイツ
語
, フ ラン ス語
, イ タ リア語
及 びロマ
ン シ ュ 語* 3 の四つ
の言
語 が民族 語(
la n
gu e s
n a
tio n a
le s ) と定
め ら れて いる。 ロ マ ン シ ュ 語
は193 8年
の憲法 改
正 に よ り第
四 の民 族語
とし
て
東 課
さ れ たも
の のその使 用者
の数
は5 万 人 弱,総
人口 の0.6%
に過 ぎな
い。 ロマ
ン シ ュ語
はグ
ラウ
ビュ ンデ
ン州
で ドイツ語, イ タ リア語
と とも
に 同州
の公用 語
と さ れてはいる が,・州
人口 の約
二割
, 3 万数 千
人の使 用
人口し かなく
,州 外
の話 者
とあ
わ せても
5 ・万 人 に満
たな
い。地 図
上の分布
では同州
の約 半 分
を占
め る が, 母語
と して残 され
ているのは 主 に山 間 部
の離村
であ る。初 等 学校
か らの ドイツ語教 育
,職 業
生活
, マ スメデ
ィアの影 響
で, ロマ
ン シ ュ
語
の話者
のほと ん ど は二言 語併 用 者
と なっ て いる。 こ の言
語の再 生のた めの政 府
の さ まざ
ま な支援
にも
か か わ らず
, ロ マ ンシi語
は次 第
に その勢力
を失
いつ つ ある。 その最 大
の理由
は, この言語
が極
めて細
かな
五 つ
の
方言群
に分
か れ, 共通
の文化
共同体
を形 成
で
きな
かっ た か らであ
る と言
わ れている。
2.3 言
語地 図
・使
用言 語 別
人口憲法
に よ りスイス の国 家
の言語
とし て政 治 的
, 文化 的東
認 を与
え ら れている 公用
語 あ るいは
民 族
語の地
理的分 布
は図
1 に草す
と お りであ る1 )。
太
い破線
が 言 語圏
の卓 界
を,細
い実
線
が州
の境 界
であ
る。州
の境 界
と言 語 圏
の黄
界
は かな
らず
し も重
なっ てお らず
, 二つ
の言 語 圏 あ るいは三つ
の言帝
圏に分 断 さ れている 州 も あ る。 ま た規模
の違
いは あ るに せよ, どの 州 に も 言 語的
マイノリテ ィが存在
し,彼
らに図1
ス
イス
の言 語 分布 図対
す
る 配慮
を 必 要 とす
る 州 も 少 な く ないが,言 語 人 口が 大 き く
二
分, 三分 さ れて いる 州の 言 語政 策
・ マネ
ジメ ント は と り わ け 重 要 な政 治
課 題であ る。 州の分裂
を引
き起
こす
こと も あ るからであ る* 4。表1
ス
イス
の言 語別 人口 の推 移ド
イ ツ
語フラ ンス
語 イタリア
語ロ マンシ
ュ語 その
他1
9507
2 .1
%2
0.3 %5
.9 %1
.0 % 0.7
%1
97
06 4
,9
%1
8.1
%l l
.9
% 0 .8 %4
.3 %1
980 65.0 %1
8.4
% 9.8 % 0.8 % 6.0 %1
990 63.6 %1
9.2 %7
.6 % 0.6 % 8 .9 % ( 出 所) : 引 用 文 献1
)p
.2 6
表
1 はス
イス の言 語 別 人口規 模
と その推
移を み た ものであ る1 )。1 9 5 0
年
から1 9 9 0年
までの 4 0年
間 に起
こ った変
化のう
ち最
大のも
のは「阜の
他 (
の諸
言 語)
」使用
人口 の比 率の上昇
であ る。 これは特に外
国 人 居住者
の増
加によ る ところ が 大 きい* 5。1 9 9 0
年
で は公 用 語のイ タ リア語 人口を
抜
いて いる。多
言 語社会
の スイスに おいては好
む と好
まざ
る と にか かわ らず
,自
分の言 語 以外
の言 語 を併 用
して社 会
生 活 を送
表2
ス
イス
居 住者の日常 使 用 言 語 ( 複 数 回 答)1 9 90年ドイ
ツ
語フ
ラン ス
語 イタリア
語 英 語 E] マンシ
ュ雷 その
他7 2
.0 % 33.0 %1 4
.5 %1
0.9 % 0.9 %l l
.2
% ( 出所) : 引用 文 献1
)p
.2 6
ること が 必 要 と なっ てく る。
表
2 はスイス居 住者
が 日常 的
に使 用 す
るす べての言
語 を調 査
した結果
であ
る1 )。 この調
査では英
語 と その他
の
諸
言 語 を 区 分し ているが,合
わせ て2 0%
以 上,つ
ま り5 人に 1 人 が伝
統的
なスイス の言 語 以外
の言 語 を日常 的
に使
用し ていること が 分かる。特
に英
語使
用者
の増
加 が顕 著
であ る。英
語使
用者
の比率
は就 業
人口に限 る と さ らに高
く な る。連 邦 統計
局の調 査2 )によ る と,就 業
者
の1 5%
が職業
上英
語 を使
用 し ている。 ま た,124 小 林 和 子
サ ー ビス
業
,商業
,金 融
,観 光
, メデ
ィア ・出版
及 び学 術
の分
野 に おいては30%
が英
語 を使用 す
る と 回答
して いる。英 語使 用
は, スイス の
産業構 造
* 6が第
一次産業
か ら第
三次 産業
‑大 き
く変化 す
る につ
れて拡 大
してき
たも
の と推測
さ れ る。 スイス の第
三次産 業
の中
心 は金 融
と観 光
にあ
る か らであ
る。2 .4 スイス
的特 色
一 口に
多言 語 国
家とい っても
その実 懸
は さ まざ
まであ
る。 スイス的多 言語 状況
の特色
の第
一 は,単
一 の共通 語
の欠 如
であ
る。 歴史的
に みて人々
の生活 圏
は 小規模
で閉鎖 的な
共同 体
であっ た。極 端 な言
い方
をす
れば
,違 う谷 間
の人間
は皆外 国
人であ
り,隣
の谷 間
の人間
で
さ
えも外 国
人であ
っ た。 スイス の人々
のナシ ョナルアイ
デ
ンティティ に は四つ
の レベ
ル があ
る という3)
i最 も重 要
なのが共 同体
,次
いで
州
, そし て言 語 圏
,最後
が連 邦 で
あ る。 三つ
の主要言
語の文 化
の中
心 はいず
れも国
の外 側
にあ
る。「スイス
国 民
」 という意 識
が な かな
か育
ち にくく
, した がってスイス人の共通
語 の必要性 も う
ま れ な かったのである
。スイス
的多言語状況
の特 色
の第
二は, 主要 言
語内部
の多様 性
であ
る。 ロ マ ンシ ュ語
は五つ
の小 さな方 言群
に分
か れ, イ タ リア語 圏
の 山村
ではロ ン パ ルデ
イア方言
が話
されて いる。フラン ス
語 圏
に おいては古
いプロヴ
ァ ン ス語 はヴ
ァ レ ‑州
, ジ ュ ラ州
, フリ プ ー ル州
の高 齢者
の間
に残
っている だ けで ほぼ姿 を消
した と言
わ れ る が, スイス固有 の語尭
が相当 数 あ
り* 7, フラン ス人 との コミ ュ ニ ケー ショ ンに おいて
問
題 と な りう
る。‑t はいえ
最大
の方 言 格 差
は ドイツ語圏
に み られ る。 スイス の ス タンダ
ー ドな ドイツ語
は語尭
,発 音
, 文法
の面で スイス特 有
の慣 用
が 見 ら れ る が標 準
ドイツ語 と大 き
く異
な る ところ は ない。 これ はスイス社 会
に おいて,出版
,教 育
, 公式
の場
面 に おいて用いら れ る。 スイス の ドイツ語の
特 異
性 は, スイス ・ ドイツ語* 8と よば
れ る話
し言 葉
にあ
る。 ま たスイス ・ ドイツ語 はき
わ めて多様
で
数 多く
の方 言
に分
か れてお り, その数
は州
の
数
よ り は る か に多
く,都 市
,柿
,谷 間
ご と に違 う
と言
わ れている。国 外
のドイツ語話 者
との間
のみな
らず
,国内
の他
の地方
の スイス ・ ドイツ語話者
との間
にも
コ ミュ ニ ケ ー シ ョ ン上の
問題 も
おこりう
る。 スイスに お け る ドイツ
語 社 会
は, 公式
の場
面や 書き 言 葉
と してはスタン
ダ
ー ドな ドイツ語 を使用
し, 日常
の コ ミ ュ ニ ケー ショ
ンはも
っば
ら方 言
を使 用す
る典 型 的な
diglo s s
ia (二変種 使
い分
け)
の社会
で
あ
る。3
. 初等学校に
お ける第二言語教育本 章
ではスイス の学 校教 育
に おけ
る言 語教 育
の現 状
と動 向
を考察 す
る。特
に,初 等 学校 段 階
か ら実 施 さ
れている第
二言語 教 育を 中
心に その
実施 状況
を みてみ たい。3 .1
教育制 度
教 育
に関
しては憲法
に定
め る特 定
の事 項
を除き
,各州
が責 任
を有
している4 )。州
は そ れ ぞ れの教育 法
を制 定
し,学校 種 類
,教 育年
限,教 育 内容
の基 準
,教点
線与 な
ど を決 定す
る。連 邦
レ ベ ル の教育 担当 省
は な く,代
わっ て州
の
教 育長 会意
が設 置 さ
れてお り,州 間
の調整
を行
っ ている。義 務教 育
は1 9 7 0年
の同会蔑
の協 定
に よ り,現在
は どの州
でも満
6歳
か らの9
年 間
と定
め られて いる。初 等 教 育
の年 限
は州
に よ り異 な
り, 6年
の州
が最も 多
い(
2 1州)
が, 5
年 (
4州)
, 4年 (
1州)
の州 もあ
る。前期 中 等教 育
の年
限 は 州 に よ り, 3年
, 4年
あ るいは5年
でいず
れの場合
も初 等教 育
と あ わ せて 9年
とな
って いる。3.2
初 等学 校
にお ける第
二言語教育
スイスに おいては どの州で