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九州大学学術情報リポジトリ

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Academic year: 2021

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九州大学学術情報リポジトリ

Kyushu University Institutional Repository

感情を通しての自己実現 : ジョージ・エリオットの ヒロイン達のアイデンティティ

谷, 綾子

九州大学大学院人文科学府言語文化専攻

https://doi.org/10.15017/26403

出版情報:Kyushu University, 2012, 博士(文学), 課程博士 バージョン:

権利関係:

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論 文 内 容 の 要 旨

本論文は、George Eliot の登場人物における自己実現と感情の関係について考察した論 文である。Eliotは社会の共同体を有機体と考えており、個人はその有機体を構成する部分 の一部と捉えていた。現在、多くの批評家が、この有機体論に基づいて、自我と社会が相 互依存的な関係にあることを指摘しているが、この自我と社会の相互関係を感情の観点か ら論じている研究は今までのところない。多くの批評家の意見に共通しているのは、社会 を自己実現の手段として捉えているのではなく、社会を個人が背負うべき足枷として捉え ている点である。本論文では逆にEliotにおいて個人の自我が社会に依存するのは、自己実 現が感情の解放にかかっており、そしてその感情が他者との関係(つまり社会)や思い出(つ まり歴史)の中でこそ生まれるものだからだと考える。本論の目的は、Eliotの登場人物達が、

社会との関連を通して自己実現していく様子を感情の観点から迫っていくことである。

第一章では

Adam Bede

のヒロインDinahにおける自我の確立を、彼女が肉体の現前の 必要性を発見し、有機体である社会の一員に組み込まれる過程から考察していく。Dinah は説教師として各地を放浪する生活を送っており、有機体である社会から浮遊した存在と して描かれている。しかし確固とした自我を確立させ、自己実現に至るには、個人は有機 体の一部として機能することが必要不可欠である。DinahはHettyやAdamとの関係を通 して肉体の現前の必要性を発見し、その同情心によって真に道徳的効果を発揮させるため には肉体的にもその人の側にいる必要があることに気づいていく。肉体の現前の必要性に 気づいた Dinahは最終的に、説教師としての道をあきらめ、Adamと結婚しHayslopeに 定住する。この結末は、彼女が放浪の人生を放棄し、一つの場所に定住することで、つま り有機体である社会の一部に取り込まれることで、Dinah の精神的な影響力を小規模では あるが半永久的に周囲にもたらすことを意味している。ここに、社会という有機体に基づ

いたDinahの確かな自我と社会との関係性を通して人間の力とも言える感情の力を発揮す

るDinahの真の自己実現の形を見ることができる。

第二章では、

The Mill on the Floss

のヒロインMaggieを通して、有機体である社会とそ れを構成する部分としての個人の間に軋轢がありながら、それを受け入れることが感情の 力を通した自己実現につながることを論じていく。Maggieは自身の内部の欲望と外部の社 会や伝統の間で葛藤するが、最終的に「許す」という概念に到達し、彼女は外界である社 会や伝統をその欠点も含めて受け入れる。そして、社会に根差した確かな自我を確立させ

たMaggieは過去や外界を象徴する兄Tomの彼女への反感をその強い感情の力によって覆

し、二人は最後和解する。兄との和解の中に冷たい外界を象徴する兄をも覆す感情の力の 強さと社会と最終的に調和したMaggieの確かな自我とを見ることができる。

第三章では、Eliot の作品における感情と外部の有機体との関係を考察する。

Romola

で は、社会と個人を結ぶ絆を社会の他のメンバーに対する「義務」の中に見出し、個人が社 会における役割を果たす、つまり義務を果たすことで、その人間関係の中に感情の力が発 揮されていくことが描かれている。Romola はフィレンツェの同胞や夫 Tito に対する義務

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を果たしていくことで、「感情」の力を発揮していく。Romola は最終的にその愛情や憐れ みの力を持って、疫病村を再建し、また夫の愛人 Tessa やその子供たちを救うことで、壊 れかけた共同体を再建する。この疫病村の再建という行為の中にRomolaの感情の力による 自己実現を見ることができる。

第四章ではヒロインDorotheaに感情の土台といえる過去や義務がないことに注目し、彼 女が父親的存在 Casaubon との結婚生活を通して感情の源泉たる過去や義務を相続し、確 かな自我を築いていく過程を論じる。Eliotにおいて個人の自我は社会や過去との関連性の 中に確立されるものである。社会と個人の関連は個人における社会の他のメンバーである 他者に対する義務の中に見出される。そして自己実現の鍵となる感情はこの社会や過去と の関係性の中で生み出されるものなのである。しかし、Dorotheaは感情の基盤ともいえる 過去を持たない孤児である上に、有閑階級の婦人であるために社会の義務をも免除された 存在である。Dorotheaの自我の不確かさは彼女の自我がsensuous selfとspiritual selfの 分離という形で見ることができる。父親的存在の Casaubon との結婚によって「義務」と

「過去」を与えられた Dorothea は、恋のライバルであるRosamond を尚も救おうとする 作品のクライマックスにおいて分裂した自我を統一させる。そして統一した強い自我を以 て、Dorotheaは社会の一員としての義務でもある「他者のために貢献する」という理想を 果たし、自己実現を達成し、有機体における確かな自我を築いたのだった。

第五章では、ヒロインGwendolenが社会の負の側面を乗り越え、社会を構成する他のメ ンバーである他者との関係における利他的な感情の力に目覚め、確かな自我を形成してい く過程を論じていく。

Daniel Deronda

で描かれている世界は貨幣価値が浸透した堕落した 社会として描かれている。個が自我を確立するためには有機体である社会に基づかなくて はならないことはすでに述べたが、

Daniel Deronda

ではこの社会の腐敗面が問題となる。

GwendolenはGrandcourtとの結婚後、社会の腐敗を体現する存在の夫の抑圧に苦しむが、

Deronda は彼女が苦しんでいるのは自分のエネルギーをエゴという殻の中だけで消費して

いるからだと指摘する。GwendolenはDerondaとの交流を通して、利他的な感情の力に目 覚めていく。彼女の利他的な感情の力は最後夫への殺意を乗り越えGrandcourtの支配から 解放されるところにも表れている。最後、Gwendolen は貨幣価値を越えた広い視点を持つ ようになり、その広い道徳的視点から Offendeneに自分の故郷を再発見している。貨幣価 値の枠組みを乗り越えた広い道徳的視野から有機体(共同体)における自分の位置を確認し

たGwendolenは、有機体である社会に基づいた自我を見出すことができたのである。社会

の腐敗を体現した Grandcourt の支配を乗り越え、故郷を再発見したGwendolen の姿に、

社会の腐敗した側面を乗り越え、健全な有機体であるよりよき社会の一員としての確かな 自我の確立を見ることができる。

本論で考察してきたように、George Eliot の作品において個人は有機体である社会と結 びつくことで人間の力である感情の力を発揮し、感情の力を発揮することで個人の自己実 現を達成することができるのである。社会は個に課された足かせではなく、感情の力を発

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揮し自我を確立させるための媒介である。Eliotは社会が個人に課した義務という個人の限 界を嘆く悲観主義的な作家ではなく、人間の力である「感情」の力の重要性を力強く主張 した作家なのである。

参照

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