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著者 石坂 尚武

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ドメニコ・カヴァルカ説教例話選集(2) : 一四世紀 黒死病前のドミニコ会士説教例話集

著者 石坂 尚武

雑誌名 人文學

号 178

ページ 113‑122

発行年 2005‑12‑20

権利 同志社大学人文学会

URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000007640

(2)

翻訳

ド メ ニ コ ・ カ ヴ ァ ル カ 説 教 例 話 選 集

│ │ 一 四 世 紀 黒 死 病 前 の ド ミ ニ コ 会 士 説 教 例 話 集 │ │

石 坂 尚 武 訳

翻訳

﹃ こ こ ろ の 薬 ﹄

第 一 二 話 神 の 裁 き と 人 間 の 裁 き

良き人生を歩んだ先に悪しき死が待っているなどとは思ってはならない︒邪悪な人びとがしばしば人並みの死に方

をする一方で︑信心深い人びとが無残な死に方をするのが見受けられるのも確かなことである︒しかし神はその理由

をご存じでおられるのだ︒神は︑義しい人びとにあたかもその報いのように辛い死を与え︑その一方で邪悪な者に対

して︑彼らがおこなったちっぽけな善行のためにまるでその褒美を与えるかのようにいとも容易に幸運な人生を与え

るが︑神はその理由をご存じでおられるのだ︒

― 113 ―

ドメニコ・カヴァルカ説教例話選集

(3)

それだから﹃聖教父の生涯﹄にもこう書いてあるのである︒

隠者に仕えるひとりの善良な男がいた︒この男が隠者の用足しで町に行った時のことであった︒その町に入ったと

きに︑かつて非常に悪辣であった金持ちの男が聖職者に付き添われて墓に運ばれるのが見えた︒そこにはまるで盛大

な宴会のように明かりが灯り︑歌が歌われ︑儀式がおこなわれていたのである︒

彼は町に出掛けた用事をさっさと済ませた後で︑荒野に戻った︒そして彼は独房の裏側の茂みにあの敬虔な隠者が

殺されているのを見つけた︒隠者は狼にほとんどすっかり食いちぎられていた︒それから彼は︑先の悪辣な男が葬儀

で受けた栄誉と︑一方隠者が受けた不名誉で無残な死にざまを思い返しながら︑神に対して憤慨した︒彼は涙を流

し︑心を乱しながら︑こう言った││︒

﹁神よ︑あなたが裁きの理由を見せてくれるまでは私はこの場を離れますまい︒﹂

そして涙を流しながら必死になって祈っていると︑彼の前に天使が現れてこう言った︒

﹁あの金持ちは︑自分がおこなったちっぽけないくつかの善行の褒美として葬儀であのような名誉を与えられ

たが︑しかし彼のおこなった数多くの悪行のために彼は地獄に堕ちたのです︒またあの隠者はいくつかのささい

な過ちで︑あのように報いを受けるかのように無残な死に方をしたが︑しかし︑彼が生前おこなった多くの善行

からすぐに天国に迎えられたのです︒﹂

だから我々は︑いついかなるときでも︑またいかなるやり方でも神が我々や我々のこの人生という家を損なおうと

も︑すでに述べたように︑この混乱といらだちは不当でまちがいで大きな災いであると思って︑神に対して憤慨して

はならないのです︒ ドメニコ・カヴァルカ説教例話選集

― 114 ―

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第 一 三 話 霊 魂 の 力 の 例 話

ダヴィデは非難されても称賛されてもいずれも気にかけなかった︒ダヴィデは︑この完全さゆえにある賢明な女性

からほめられたことがあった︒その女性はダヴィデに向かって﹁あなたは︑不運によっても幸運によっても動かされ

ないのだから︑まるで天使のようです﹂と言った︒

人間のこころが︑あれこれ色々と言われながらも動じずに断固としているならば︑このことは驚くべきことであ

る︒

ある敬虔な隠者がアレクサンドリアに来たときのことであった︒幾人もの異教徒や犯罪者が彼を取り囲んで彼を言

葉やしぐさでからかったり︑侮辱した︒

﹁おい︑お前のキリストはどんな奇跡をおこしたのかい?﹂

すると隠者は落ち着いてこう答えた︒

﹁キリストがおこした奇跡は今の私のこころの平静さです︒あなたたちが私をこのように侮辱しようとして

も︑またもっとひどく侮辱しようとも︑私は決して落ち着きを失わないでしょう︒これこそがキリストがおこな

った奇跡です︒﹂

確かに︑どんなに志を立派に抱いていようとも︑このようなこころの平静さはひとつの大きな奇跡であり︑非常に

希有なことなのである︒なぜなら︑完全と思われる者たちでさえも︑つまらないことばでこころが動揺してしまうか

― 115 ―

ドメニコ・カヴァルカ説教例話選集

(5)

らである︒

第 一 四 話 忍 耐 の 女 性

聖教父の伝記集にはアレクサンドリアの心優しい寡婦の女性のことが書かれている︒

この優しい女性は忍耐の完全さについて考えたのであった︒人から侮辱され苦しみを受けなければ忍耐の完全さを

得ることはできないと理解した︒そしてこの女性は心優しくまた毅然とした女性だったので︑次に述べるようにして

完全さを獲得したのであった︒

女性は︑その町の大司教で非常に敬虔なテオフィロスを訪ねて﹁どうか大司教様が教会の費用で養っている寡婦を

ひとり私のところへ送ってください﹂と懇願した︒女性は手伝いをしてくれる下女をそばにほしかったのであった︒

そして女性は︑自分が辛抱強くなるためには嫌なことを甘んじるつもりでいた︒テオフィロスには︑彼女がいってい

ることの意味が理解できなかった︒そして彼は︑この女性のやさしさと信心深さから︑単に下女をひとりほしがって

いるにすぎないと思った︒そして最もおとなしくて最もすぐれた下女を選ばせた︒

優しい女性はその下女を得て家に連れて帰った︒そして下女は立派な献身的な下女として優しい女性に仕えた︒下

女は女性にあらゆる敬意を払った︒ところが︑女性はこれでは辛抱強い人間にはなれないと思って︑再び大司教のと

ころへやって来てこういった││︒

﹁大司教様︑私は世話をしてくれる女性をお与えくださるようにお願いしたはずです︒﹂ ドメニコ・カヴァルカ説教例話選集

― 116 ―

(6)

それを聞いた大司教は︑女性が求めたような女を与えられていないことに驚いた︒大司教は︑可能な限り最高の下

女を見つけたと思っていたのであった︒そして大司教は彼女に﹁もっとはっきりと意向をいいなさい︒﹂といった︒

すると女性はこういった︒

﹁あなた様が私に送ってくれたこの女性では私には煩わしくてとても支障があります︒私をとても敬うので

す︒どうか私に役に立つ下女を送ってください︒﹂

そこで大司教は女性のいうことを理解し︑その気概のある願いに大いに驚いたのであった︒そこで大司教は女性に

とても我慢のならない︑口汚い女を選ばせた︒

女性は下女を連れて家に帰ってから下女に非常に恭しく仕え始めた︒しかし下女はあらゆることに不平を言って︑

侮辱し︑時々殴ったのであった︒この敬虔な女性はこのあらゆる侮辱に深い愛情をもって受け入れ︑立派に下女に仕

えようと努め︑まるで女主人に仕えるかのように卑下して下女に従った︒

しかし下女はますますひどくふるまうようになり︑何度も女主人を侮辱し粗暴な言動をした︒このようなことが長

く行われて︑同じように耐え抜いたあとで︑優しい女性は大司教のところへ戻ってこういった︒

﹁大司教様は私の願いをよくわかってくれました︒とても感謝しています︒私に忍耐力をつける立派な師をお

与えになってくれたのですから︒﹂

したがって忍耐を愛する者はそれから逃げてはいけない︒むしろ侮辱を追求するように努めるべきである︒人間は

あまり完全ではないにして︑それを求めるべきである︒少なくとも神が命じたならばそれには耐えねばならないので

ある︒

― 117 ―

ドメニコ・カヴァルカ説教例話選集

(7)

第 一 五 話 度 を 越 し た 叱 責

たとえ隣人に至らぬ点を認めようとも︑そのことで自分が決して高慢にならないように心すべきである︒神の導き

がなければ︑我々は隣人よりもなおいっそう罪深いふるまいをしてしまうかもしれないのだということ││このこと

を肝に銘じるべきである︒だから聖パウロもこれに関して我々を教え諭してこういっている︒

﹁あなたがたは肉体的なものでなく︑霊的なものに心を注いでいるのだから︑もし誰かが罪にまみれているの

を見たならば︑彼らにやさしく助言してやって︑哀れみをもつべきである︒﹂

人は誰しも皆︑罪に誘惑されないように自ら気をつけなければいけない︒これは︑すなわち︑罪人と同じように罪

に陥ってしまうかもしれないことを知るべきである︑ということである︒それだからまたこうもいわれるのである︒

﹁義しい者は︑罪を犯さないように行動する者である﹂と︒

聖教父は︑このような自覚をもっていたので︑ある修道士が罪に陥ってしまったという話を聞くと︑涙を流してこ

う言った││﹁彼は今日罪を犯したが︑あすは私自身が罪を犯しかもしれない︒﹂と︒これはすなわち︽神が私を守

ってくれなければ︑私もまた同じように罪に陥ってしまうだろう︾という意味である︒

しかし一人のある老いた隠者にはこのことは念頭にはなかった︒この隠者のもとに罪の誘惑に導かれやすい一人の

若者が助言を求めてやって来たのであった︒この時に隠者は﹁お前はどうしてそんなに弱いのか﹂と叱咤して︑﹁お

前には修道士の資格がないぞ﹂と怒鳴りつけた︒このため若者は落胆して俗界に戻ろうと決めた︒ ドメニコ・カヴァルカ説教例話選集

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それから︑若者は俗世間に戻る途中︑偶然にアポッロ修道院長に会った︒この修道院長は︑非常に思慮分別のある

聖徳な人であった︒若者は︑この修道院長にどこに行くのかと聞かれて︑事の次第をすべて話してから︑これから俗

世間に帰るのだと話した︒

すると修道院長は彼を慰めて︑どうか是非とも修道院に戻るようにと嘆願したのであった︒こうして若者はその隠

者の独房に戻ったが︑これに隠者は非常にびっくりした︒

その時︑アポッロ修道院長は︑隠者の独房の外から︑祈りながらこう言った︒

﹁おお︑神よ︒神は我々人間が︑実に様々な数多くの誘惑との戦いに弱いことをご存じです︒この若者を絶望

の淵にまで陥れた︑ここにいる老いた愚か者にどうかそのことを教えてやってください︒﹂

祈りが終わると︑たちまち悪魔が︑老いた隠者の独房の屋根の上に姿を見せた︒それはエチオピア人││つまりサ

ラセン人のことである││にそっくりの真っ黒な姿であった︒悪魔は手に赤く燃えた矢を数本持っていて︑それを今

にも中に向かって投げつけようとしているように見えた︒

アッポロ修道院長はこれを見て︑これは隠者がむらむらとした欲情の念に駆られていることだとすぐに理解した︒

そして事の結末を見ようとそこで少しの間待って見ていた︒すると︑隠者はすっかり心を取り乱して出て来て︑色情

の誘惑に抗えない男のように︑若者が罪を犯すために町に向かったのと同じ道を進んで行った︒

そこで修道院長は︑隠者の前に立ちはだかり︑あざ笑ってこう言った││

﹁ご老人︑いったいどこへ行くのかね︒﹂

この言葉に隠者は狼狽のあまり答えることができなかった︒そして赤面のあまり︑穴があったら入りたい思いであ

― 119 ―

ドメニコ・カヴァルカ説教例話選集

(9)

った︒そこで修道院長アポッロは隠者にこう言った︒

﹁さあ︑独房に戻って︑せめて老いのなかに罪に陥りやすい自分の弱さを認めて︑恥辱を感じるがよい︒こん

なことになったのも︑お前が若者に与えた間違った助言のせいだということをよく考えよ︒悪魔は︑若者がその

性癖に負けまいと神の勇敢な騎士になろうとしたのを見て︑その若さゆえに彼の邪魔をしようと試したのだ︒だ

が︑お前はすでに悪にまみれているので︑誘惑するに値しなかったのだ︒﹂

修道院長アポッロは︑このように隠者を辱めて︑それから隠者を独房に帰して︑隠者ために祈った︒そして老人か

ら誘惑は消えた︒

それから若者は良心に力づけられて︑聖徳な修道士になった︒祈りによってそうした誘惑から解放されるようにな

ったのであった︒

第 一 六 話 我 慢 の 例 話

生来から怒りっぽく人をむやみにののしる者にとって︑忍耐は︑いっそう優れた徳であり︑またいっそう完全な徳

であり︑称賛に値するものである︒だからほかの徳よりもこの徳について語ろう︒この徳については﹃聖教父の生

涯﹄にも多くの例話がある︒そこでは多くの人が︑誘惑を乗り越えることによって︑かえってその人格が清められ︑

高められたのである︒

これについては特に聖ヒエロニムスがみずから語っている︒それによると︑彼はまる三年もの間︑砂漠のなかで獣 ドメニコ・カヴァルカ説教例話選集

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のような生活をしたのであった︒草だけを食べ︑水を飲み︑地べたに寝て生活をしたのであった︒それにもかかわら

ず︑彼はみずからの心身のうちに非常に熱く燃えるみだらな誘惑と肉欲を感じたので︑まるで踊っている若い女たち

の中でひとりで取り囲まれているかのようであったという︒この誘惑のためにヒエロニムスは一日中涙を流して祈

り︑ようやく神から心の平安を与えられるまでずっと罪深い自分に胸を痛めたという︒このような祈りによって︑

度々誘惑から解放されて︑天使に取り囲まれているような深い安らぎを感じることがあったという︒

エジプトの聖マリアについて書いてあるものによると︑彼女は一八年間︑毎日激しい戦いをしたのですっかり身体

を損なってしまったという︒このような戦いなかで︑彼女は祈り︑泣いた︒神はそうした彼女を助けてやった︒

女子修道院長サラについてはそうした誘惑は八年も続いたと書いてある︒しかし彼女は︑毅然として気高い心の持

ち主の女性であったので︑神に向かって﹁どうか誘惑を取り除いて下さい﹂とは懇願せずに︑﹁神よ︑どうか私に力

を与えてください﹂と懇願したのである︒

さて︑﹃聖教父の生涯﹄やその他の本のなかには︑このような話題の例話が数限りないほどある︒そうした本によ

って示されていることは︑誘惑を乗り越えることで人が大いなる完全さへと引き上げられるということである︒そう

した人は︑努めて祈り︑そして泣きながら︑神から偉大な贈り物と安らぎを受け取ったのであった︒

︵完︶

注盧

ドメニコ・カヴァルカ﹃こころの薬﹄MedicinadelCuore第二巻第一六章

― 121 ―

ドメニコ・カヴァルカ説教例話選集

(11)

同第二巻第一六章

同第二巻第一六章

同第二巻第二〇章

同第二巻第二〇章 ドメニコ・カヴァルカ説教例話選集

― 122 ―

参照

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