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王政復古期クエーカーの教会論に関する理論的分析

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王政復古期クエーカーの教会論に関 する理論的分析

  バークレー神学を中心に  

An Analysis of Ecclesiology in Restoration Quakerism:

Mainly Based on Barclay’s Theology

中野 泰治

Yasuharu Nakano

キーワード

クエーカー、教会論、王政復古期、ロバート・バークレー、完全論、理論的分析

KEY WORDS

Quakers, Ecclesiology, the Restoration, Robert Barclay, Perfectionism, Theoretical Analysis

要旨

本稿では、集会組織が成立した王政復古期のクエーカー信仰を体系化したバーク レーの神学を中心に、クエーカーの教会論の神学的妥当性について考察し、またその 独自性を明らかにするために神学的・思想的・政治学的観点から分析する。クエー カー信仰では、「内なる光」という神の働きかけが中核思想となるが、最初期クエー カーには神の導きと称して急進的な行動を取る者も存在しており、また外部からの弾 圧などもあって、運動の崩壊を防ぐために、穏健派のフォックスが中心となって、ク エーカー信仰の急進的側面を切り落とし、主として1660年代に運動を組織化していっ た。その組織化の神学的基礎付けを行ったのがバークレーである。本稿で明らかにさ れることは、バークレーは、教会の一致と教化のために規律と統制の必要性(内部性 の確立)を認めると同時に、キリストの身体の特性を反映させ、教会を「敵への愛」

の実践(聖化)に基礎付けており、その点で、そこには異質な者へ開かれた態度を可 能にさせるシステムが組み込まれていることである。ゆえに、教会は神の普遍的な愛

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と平和を証する場となっており、通常の社会組織とは異なる性質を持つのである。

SUMMARY

The aim of this article is to examine whether the Quaker church system established around the Restoration is theologically valid, and to clarify its nature from theological, philosophical, and political viewpoints. This is done mainly based on the arguments by Robert Barclay, who systematized Quaker faith at that time. The main tenet of Quaker faith is the concept of “inward light” endowed by God, and so in the earlier stages there were some extremely radical Quakers pretending to be guided by the light with the result that Quakers were more severely suppressed by parliament and by other sects. In order to protect the Quaker movement, George Fox, a moderate Quaker, along with other leaders managed to control radical forces and establish the Quaker church system. Foxʼs efforts were theoretically supported by Barclay. What I clarify here is that while Barclay argued for the need to set up discipline and governance for the edification and unification of the church, he also grounded the church system as a body of Christ upon the idea of sanctification, that is, Christʼs supreme command to “love oneʼs enemy”

(at this point, the system was organized to be open toward otherness). Furthermore, he asserted that church is a place where one testifies to Godʼs universal love and peace, distinguishing it from ordinary human organizations.

はじめに

17世紀半ばの共和制期イングランドで始まったクエーカー運動は、創始者とされる ジョージ・フォックス(George Fox, 1624–91)のみならず、ジェームズ・ネイラー やフランシス・ハウギル、ウィリアム・デューズベリーなどといった複数の有能な人 物によって指導されていた。しかし、1656年のネイラー事件1や、第五王国派による 武力蜂起に起因する迫害の激化などを契機に、穏健派のフォックスが中心となって、

神の真理を損傷から防ぐために、また運動を弾圧から守るために急進派クエーカーを 押さえ込み、彼の妻フェル(Margaret A. Fell, 1614–1702)の力強い支援の下2、特に 1660年代に全国レベルで運動をまとめ挙げ、集会組織(月会・四季会など)を確立し ていった3。クエーカーの中心教義は「内なる光(inward light)」という自由な神の導 きであるため、組織化に反対する者も存在したが4、こうした反対に対して組織化の 理論的・神学的基礎付けという重要な役割を担ったのが、ロバート・バークレー

(3)

(Robert Barclay, 1648–90)であった5

17世紀クエーカーの教会論に関しては、その歴史的成り立ちについての紹介は数多 く存在するが、教会論の内容にまで踏み込んだ研究はそれほど多くない。いくつか挙 げれば、フォックスやバークレーの教会論の再考を通して現在の宣教のあり方を問い

直す

Janet Scott

の研究6、当時の時代意識であった切迫した終末観(現在終末論)を

背景に唱えられた最初期クエーカーの思想を霊的・サクラメント的教会論と解釈しつ つ、制度の現実的必要性を再確認するカトリック神学者

Donald S. Nesti

による研 究7、集会制度に関してその目的とあるべき姿について原典を参照しながら提示する

Howard H. Brinton

による研究8などである。しかし、これらの研究はどれも、簡略的

にクエーカーの教会理念・理想を示すに過ぎず、彼らの教会論が現実的でまた理論的 に適正なものかどうかまでは考察されていない。

そこで本稿は、集会組織が成立した王政復古期のクエーカー信仰を体系化したバー クレーの神学を中心に、クエーカーの教会論が神学的に妥当かどうかについて考察 し、またその独自性を明らかにするために神学・思想・政治学的に検討することを目 的とする。第一章では、バークレーの教会論に関して、当時の運動の文脈を考慮に入 れて、その目的と意義について概観し、第二章では、クエーカー信仰の中心核である 内なる光と教会という二つの権威の問題(クエーカー史上で最も議論を呼んだ問題)

を、彼がどう取り扱ったのかについて見ていく。そして第三章では、バークレーの教 会論を神学的・哲学的・政治学的観点から理論的に分析して、その特徴を探る。

王政復古期クエーカーの教会論を分析するに当たって、前提となる知識として、最 初期と王政復古期のクエーカー思想の相違について簡単に確認しておきたい9

(1) 革命期イングランドでは前千年王国説が時代意識として共有されていた。そのた め、最初期クエーカーは、時代が完成へと至る今この瞬間における人間の完成(完 全:perfection)を熱心に説いたが、王政復古期ではこうした時代意識は後退し、結 果として、彼らの完全論も瞬間的なものではなく、「成長」を伴うものと理解される ようになった。(2) 上でも述べたが、指導者の一人であるネイラーの事件以降は特 に、クエーカーは内なる光に基づく信仰の急進的性格とその危険性を認識するように なった。また、王政復古後に議会が制定した一連の非国教徒弾圧法などによる激しい 弾圧の結果、クエーカーは運動を守るために信仰の急進的側面を押さえ込み、個々の 信仰を複数の証によってチェックする機構(corporate discernment)を構築する必要 に迫られた。(3)先の二つの事柄が絡み合って、王政復古期クエーカーでは、最初期 のように「勝利」のモチーフを力強く説くよりも、「忍耐」や「自己否定」が強調さ れるようになり、イエスの再臨までの中間期(meantime)を生きる上で、注意深く 自らの信仰を精査する態度が求められるようになった。

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以上の三点をおさえて、王政復古期クエーカーの教会論について見ていきたい。

1.クエーカーの教会論:その目的と意義

クエーカーの組織形態に関する説明はここでは省略するが(下図参照)10、まず バークレーは、主著

Apology(1676)

11の命題10のなかで、ギリシア語の語源(ekklesia,

ekkaleo)から、「教会」とは、生まれや血、人種に関係なく、内なる光を通して神に

よって同じ信仰と真理に集まるように呼び出された人々と定義する12。また彼は、真 の信仰者が一つの普遍的(Catholic)な教会を構成するとも語る13。キリストの身体 としての教会は世界中にいるイエスに倣う者たちから成り、キリストこそが神の民の 頭である14。そして、「彼らは、心が愛によって一つに結びつけられ、…同じ真理に おいて教えられながら、神を待ち望み、神を礼拝し、…誤りに対して真理の共同の証

(joint testimony)をなす為に、共に集まり、集い、会合を開く」と語る15。この ようにバークレーは、集会組織の確立が必要とされた牧会・宣教上の理由を反映し て、教会の定義とその目的について語る。その目的とは真の信仰の維持と教会の一致 のための教化である16

バークレーの見解では、このキリストの身体においては、すべての人が神の同じ働 きに与る者であるから、聖職者と平信徒という区別は存在しない17。神の働きかけで ある内なる光が、聖職者であろうとなかろうと、学識・言語の知識・学的資格がなく とも、すべての人々に聖書を解釈し、宣教を行う資質を十分に備えさせるのであ る18。「我々が反対するのは、平信徒と聖職者の区別である。それは聖書のなかに見 られず、そうした区別のせいで人々は宣教することが認められないのである。」19「聖

図 17世紀末におけるクエイカー派の教会組織概念図

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霊の働き、…聖霊の力と命と徳、そして聖霊の源である神の純粋な恩恵が、主要で最 も必要とされる資質であり、それなしに人は自らの義務を神に受け入れられる形で、

また人に益をもたらす形で果たすことはできない。」20このように、初期プロテスタン トに倣って、バークレーは反聖職者主義という立場を打ち出し、宣教のための万人の 権能を神の力に帰すのである。この点で、クエーカー信仰は、「個」の発見という近 代的文脈において通常の人々が宗教的主導権を取り戻す運動の一つとして見ることが できるかもしれない21

しかしながら、固定化された教会制度を維持するカトリックや同時代のプロテスタ ントへ向けた激しい批判にもかかわらず22、バークレーは、規律のある教会(いわゆ る「可視的教会(visible church)」)を作るべきではないとは考えなかった。また、

教会を神の導きによってのみ支配された聖徒のバラバラの「一群」と考えたわけでも ない23。バークレーにとって、教会による「秩序(order)」と「統制(government)」

は主なるキリストが命じられたことであり24、神の「霊、つまり混乱ではなく秩序を もたらす霊の働きが我々を導き、霊に従う多くの人が適切で慎みのある秩序へと導か れ、神の教会を形成するのである。」25さらにバークレーは、教会における宣教の役割 について語る。

「宣教を行う者は、キリストの身体のなかで最も卓越した人々と見なされる。…

賜物と身体の各部の多様性は、教会員のなかにおける聖霊の働きの異なる発現の 仕方とその程度によって、教会という身体全体がいかに教化されるかということ を示している。」26

「本質こそが主として求められるべきであり、その力と徳と霊こそが知られ、待 ち望まれるべきものである。そのものは、聖書では様々な名前と役割で語られて いるが、一つである。…それによって神は教会のなかに、第一に使徒、第二に預 言者、教師などの役割を与えられたのである。」27

ここでバークレーが語ることは、すべての教会員がそれぞれの賜物を用いることで 相互に教え、仕えることの重要性である28。また、賜物に応じて、ある人々が会衆全 体を教化するための宣教的責任を担うべきということである。たとえば、バークレー は、長老(

elders

)や牧会者(

overseers

)といった職務について言及しているが、こ うした職務は信仰の浅い若者を指導するためであり、困難に面している信徒に忠告を 与えるためにあるという29。そしてまた、彼はそうした指導に会衆が従う義務につい ても言及している30。つまり、それは「キリストの教会において、平和、愛、一致、

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調和、健全さを保つためである。」31もちろん、聖霊の働きは「神が良しとされた人で あれば、誰にでも与えられる自由な恵みである」32から、職務は特定の人物に固定さ れたものではない33。こうしてバークレーは、同時代の主要な教会に見られるような 固定化された制度ではなく、神の力に招かれたすべての人に開かれた秩序ある制度の 創設を目指すのである。「教会における伝統的な役割の多様性は、特別な地位を作り 出すためではなく、聖霊のさまざまな働きのありようを示すものである。」34

このように、バークレーは聖霊の働きに応じた務めの区分けを認め、教会内での役 割や信仰の程度(measure)の相違についても考慮しているが、ここで逆に示される ことは、集会のなかには若者や子どものように信仰において弱く、成熟していない者 も存在する可能性である。実際、そうした者たちが(意図的にせよ、偶然にせよ35) 集会の内外で対立を生み出すこともあったのである36。たとえば、すでに見たよう に、最初期クエーカー運動には、ネイラーのように急進的な行動をとる者や危険を冒 す者が複数存在していた37。こうした観点からも、バークレーは、キリストの身体と しての集会内部に存在する弱き人々へのロールモデルとなるように、ある人々が教会 内での役割を担う必要性を主張したのである38

教会に規範・規律が必要であるとバークレーが主張する別の理由は、人間の生まれ つきの性質(外的性質)と霊的性質の間の大きな相違である。バークレーにとって、

前者の外的な性質による人間の活動は、自己愛(自己愛に基づく相互愛も含む)とい う、生まれながらの原理に基づくもので、そうした活動には社会生活で日々実践する ように求められる一般的な道徳的義務が含まれる39。後者の霊的な性質による行動と は、いかにして神の御前で信仰深く、敬虔に生きるかという宗教的な問題に関わるも のである40。なお、ここで彼は、生の外的側面と霊的側面の単なる乖離について語っ ているのではない。まず彼の救済論で見たように41、理性や良心といった生まれつき の心の機能は人間の自己志向的な性質(self-directness)により損なわれ、堕落した ものであるが、こうした自然的な機能も神の働きに従って用いられるならば、神に良 きものとして受け入れられ、他の人々にとって有益となるという42。さらに、ここで の議論の注目すべき点は、すべては神の霊の働きによって導かれるべきであるが、霊 の導きがないといって道徳的な判断をしなくても良いという理屈は通らないというこ とである43。こうした彼の主張は、まだ聖霊の働きに与っていないと語ることで倫理 や道徳を疎かにする、内外の人々に対する反論として行われたものである44。また一 方で、バークレーは、聖霊の働きに与ったと偽って、好き勝手に振る舞う人々(ラン ターや急進派クエーカーなどの反律法主義者)から真理を擁護しようと努めてもい る45。下で詳しく検討するが、加えて、イングランドの公共の福祉(commonwealth)

のためには宗教や良心の自由に制限をかける必要もあることや、法一般に従うことが

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重要であるとも、彼は主張している46。こうしたことから考えて、バークレーは少な くとも、道徳的判断の根拠として聖霊の働きの唯一性を主張することはないのであ る。

このように、バークレーが特定の教会制度を作り上げたのは、教会全体の一致と教 会の教化・維持のためであった。それは第一に、クエーカー的視点から見れば、分裂 ではなく、一致こそが人間の共存や共同的生の場としての教会の特徴だったからであ る47。次に、このような組織化において(それは、主に信徒全体の信仰と実践を導 き、彼らを育むためであるが)、当時のクエーカーたちが、以下のような問題に何と かして実践的な答えを求めようと奮闘していたからとも言える。その問題とは、御国 が今ここに(now)おいてすでに到来しており、同時に将来に(not yet)到来すると いうパラドックス的に思える時代意識において48、迫害という厳しい現実といかに向 き合い、イエスの再臨までの中間期をいかに信仰深く、同時に現実的に生きるかとい うものであった49

2.教会の権威と内なる光の権威

組織化に関して次に問題となるのは、信仰をめぐる決定や判断において教会の持つ 権限と権威とは何かということ、そうした教会の権威がクエーカー信仰の中核である 内なる光の権威とどのような関係を持つかということである50。神学的・哲学的に考 えて、クエーカー信仰における教会の権威の問題は、きわめて複雑である(バーク レー自身がその困難さを十分に理解していたかは、彼の著作からは判断できない)。

なぜならば、神からの啓示には、「神の真理」と神の真理として認識された「真理」

との間にある通約不可能性(

incommensurability

)、簡潔に言えば、「ズレ」が存在す るからである51。神の啓示は我々の主観性によって受容され(受肉)、そして同時に それを超えるものであるが(神の超越性)、その意味で、神の真理はイエスのような 特別な人格は別として誰にも決して完全に現前(present)しない52。上で見たよう に、だからといって、人間はこの世界で何もしなくて良いことにはならないし、また 何か最終的な答えが与えられるわけではない。では、ズレが不可避な啓示ではなく、

教会の規律こそが重要ということになるのだろうか。

さらに教会と内なる光の関係を複雑にする理由は、教会は開示された真理、つまり あくまで特定の人物の主観性によって認識され、同時に共同体によって妥当として共 有された真理に基づいて、今ここで実際に生きて行動する決断・決定をなさねばなら ないことである。当然のこととして、そうした判断・決定は暫定的性格を多少ならず 免れ得ないものとなる。こうした理論的な複雑さのために、上でも見たように、教会

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の規律は信仰の硬直を招くものと見なされ、内なる光こそが唯一の正当な宗教的源泉 であるとか、教会制度は自由な信仰を制限する悪徳であるといった、長らく続く議論 を引き起こすことになった(この教会と内なる光の関係性こそが、歴史的に見て、ク エーカー信仰に幾度にもわたる分裂をもたらした大きな要因であった)53

バークレーは、教会の統制と権威に関して、特に1674年の著作

The Anarchy of the

Ranters

のなかで議論を展開している。バークレーによれば、教会全体の教化のため

にキリストが命じられた根本的な事柄が二つ存在するという。一つは、「教会の権限 と権威であり、それは教会へ招き、教会を作り上げ、そして統治するために使徒たち によってキリスト者に与えられたものである。」54もう一つは、「キリストの霊によっ て導かれ、福音のもとにあるすべてのキリスト者に与えられた特権であり、それに よってすべての事柄においてキリスト者は教え導かれる。」55バークレーの視点では、

原始教会や使徒の時代には、教会と霊の二つの権威は会衆全体を教え導くという同じ 目的のためにうまく調和が保たれていた。しかし、すぐに「サタンの働きと人間の堕 落した性質によって、これら二つの権威は相互に衝突し、破壊するようになった」と いう56。そして、歴史的に言って、特定の外的な「任命」や「継承性」だけに結びつ いてきた教会の権威が、カトリックやプロテスタント教会の例に見られるように、権 力のあらゆる濫用を正当化するために、「そして偶像崇拝や迷信を高めるために用い られてきた」とバークレーは語る57

他方で、当時の様々な宗教的グループ(ランターや自由思想家など)は、キリスト 教的な交わりや共同的なあり方、そして良き秩序さえも軽視していた58。バークレー によれば、ランターは、聖霊の導きを主張することで好き勝手に振る舞い、自由思想 家は自然的な光、すなわち人間の理性を強調することで自らの行動を正当化したが、

実際のところ、両者に共通する点は自分自身の思いに従って行動したことである59。 バークレーは、教会の権威を濫用するカトリックやプロテスタント、そして霊(もし くは理性)の導きと称して自由に振る舞うランターや自由思想家という両極に対して 反駁することで、信徒たちに教会の秩序と聖霊の働きの間にある中庸の道を歩むこと を勧め60、彼自身の教会に関する見解を提示するのである。

バークレーにとって、内なる光の働きを通して示される真理こそが宗教の主要な原 理であり、信仰におけるすべての事柄の基盤であることは、最初期クエーカーの立場 と変わりがない61。しかし、第一章で見たように、バークレーは教会統治の必要性、

また教会内での特定の役職の必要性を説く。彼はいかにしてこうした教会の権威と内 なる光の関係という問題に対処したのかが、次に問われるべき疑問となる。バーク レーは、どの著作においても教会統治に関する規定・規律を事細かに述べることはな いが、自らの教会論において一般的な方針を示し、信徒が従うべき行動規範の基本的

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枠組みを提示する。まず具体的には、教会の秩序と役職の宗教的目的は、人々を宗教 的な交わりへ導き入れ、信徒を教会共同体から脱落しないように配慮すること62、福 音や健全な判断に基づく忠告・奨励・譴責をすることで信仰に躓いた者を再び立ち上 がらせること63、もしそうした努力が徒労に終わったときには、神の働きに刃向かう 人々を霊的に破門することである64。外的な実務的なレベルでは、教会の秩序や規律 の意義は、貧困者や未亡人や孤児のような困難な状況にある人々の世話をするこ と65、また、日常の些細な事柄から結婚や財産を巡る争いなどといった外的事柄につ いて調整したり、判断を下すことにある66。なお、教会内部の問題は、Iコリ6:1にあ るように、裁判所に訴えるなどはせずに、教会員自身で解決することが求められてい る67

もちろん、こうした秩序や規律の確立の意味については、王政復古期クエーカーが 置かれていたイングランドの社会的・思想的状況も考慮に入れねばならない。つま り、社会からの外的圧力や、国王派が多数を占めていた議会による一連の非国教徒弾 圧法などに基づく激しい迫害などである68。上述のように、バークレーが論じる秩序 や規律は、その一つ一つが集会内外で潜在的もしくは実際に起きる損害から「真理」

と神の身体たる信仰共同体を守るために定められたものであり69、そしてまた、信徒 の信仰と彼らの永遠の生命に対する愛ある配慮を行うために定められたものであ70

教会規律の一般的方針について見てきたが、バークレーの教会論における最も重要 な争点は、実務的な事柄に関して決定を下す真の権限と権威を教会が持つのかどう か、さらには信徒個人の信仰や良心の問題についても決定を下す権利を持つのかとい うことである71。もし教会がそうした権限や権威を持つとすれば、信徒はその信仰生 活において現前する聖霊の働きに導かれると同時に、特定の役職に就く人々、もしく は集会全体によって指示された事柄に従わなければならないということになる。すで に概観したように、こうした二つの権威の問題がクエーカーの歴史において多くの議 論を呼んだのであるが、バークレーによれば、これら二つの権威には調和・一致する 道が存在するという72。それはキリストの光であり、光の働きは信仰・礼拝・実践な どの点で教会の判断と一致するとの信仰である73。バークレーにとって、教会とは、

イエスが示された道に(聖霊の働きに助けられながら)倣う人々によって実現され、

同時に証される御国である74。「神は無秩序の神ではなく、平和の神」なのだから75、 御国の前味たる教会は分裂ではなく、神による一致が現れる場である76。それゆえ、

神の霊は教会全体の教化のための務めを果たす信徒を導き、様々な事柄に関する決 定・判断を下す力と能力を与え、同時に神の霊は他の信徒達にも働きかけ、霊の絆

(bond)の力によって教会の決定を受け入れるように促すのである77。さらにここで

(10)

バークレーは、教会による判断の全的正当性やそうした判断に従う信徒の義務さえも 主張し、誤りなき神の働きは、会衆の導き手であると語るのである78(だが、教会の 指導や判断が無謬とは語っていない79)。こうしたことから、一度は「心のなかで神 の霊の働きによって真実として受け入れられ、確証をもった」80真理から離れてしま い、信仰に躓き、罪を犯した棄教者を破門することも、バークレーは当然視してい る81。その根拠は、その定義において教会とは、絆として働く同じ信仰原理に呼応す るよう招かれた人々の集まりだからであり、それゆえ、信仰に反対する者は信仰共同 体から切り離されて当然だということである82。なお、こうした破門を巡る議論は、

バークレーによって法律という同一の基盤にもとづく個人と社会の契約関係にたとえ られている。つまり、社会の契約に違反した者は懲罰を受けるか、排除されるのは当 然であると83。しかしながら、譴責や破門に関しては、教会は赦しの心をもってこれ らの事柄を行うべきであり、信仰を捨てた者の魂の回復のために祈るべきであると も、バークレーは論じている84

また、当時の自由教会では通常のことであったが85、世俗の権威や教会があらゆる 事柄において人間の良心と魂の問題に介入することを合法と見なす姿勢について強く 批判しながらも86、それぞれの信徒の信仰と実践が、すでに信仰共同体によって確認 され、告白される教えと一致しているかを教会が判断することは正しいことだと、彼 ははっきり主張する87。ひいき目に見たとしても、このような類いの教会体制は、ク エーカーの共同体を他のものから区分けする境界線を作り出し、後のクエーカーの閉 鎖的、そして排他的な性質を作り出した要因だと思われるかもしれない88。また、上 述のような教会統治に関する議論は、今日の我々の目から見れば、特に良心の問題に 関して、信徒に対してあまりに厳格で権威的な態度を取っているように思われるかも しれない。

3.理論的分析:閉じた共同体と開いた共同体

バークレーは、当時の神学討論の慣例通り、自らの教会論をキリストの命令や約 束89、使徒や原始教会のあり方といった聖書の豊富な例に基礎づけて90、かつ「彼の 時代」と「使徒の時代」の相似性というクエーカー特有の歴史観から展開している が91、実際、教会と光の権威が本当に一致するのかどうかについては、現代的視点か らは、仮説的で信念としか言えない議論を提示するだけのように見える。

神学的に考えれば、バークレーの教会論は、神の永遠の「真理」と今ここで対処す べき「実践的必要」という二つの事柄によってダブル・バインドの状態に置かれてい る。具体的には、キリスト者、もしくは教会は、人間の認識に完全には還元されえな

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い絶対他者(otherness)たる神の働きに常に開かれていなければならないが、同時 に彼らは、内なる光を通して明らかにされた一時的な認識に基づき(さらなる神の働 きかけを待ち望みながら)、この世の問題について暫定的に言葉を語り、行動しなけ ればならない。また、教会は、神の啓示としてのキリストの身体であろうとする限 り、この世界と神の国の間にある隔たりを一時的にでも架橋する努力をしなければな らない。つまり、教会は、キリストの至上の掟である「敵対者への愛」を体現する可 能性の場であらねばならず、そしてまたキリスト教の理想を現実世界において実現 し、この世に模範を示さねばならないのである92。しかし、「啓示」や「愛」の必然 的な性格から93、教会はこのようなダブル・バインドの状態を超え出ることはできな いのである。

さらに問題を複雑にするのは、個人にせよ、共同体にせよ、決定・決断は概念の策 定に関わることであるが、「概念」は他物との差異化によって、そしてその差異の反 復・同定によって可能となる(また同時に不可能となる)ことである94。別の言い方 をすれば、概念の「同一性(identity)」の形成は、当座の問題が関わる領域の一時的 確定にたとえることができる。その点で、教会の同一性・一体性は、現実には多様な 動機や意見があるなかで、特定の人々、もしくは教会全体によって確定された内容の 全体への適応を通してなされるが、当然注意すべき点は、ムフが指摘するように、内 部制度の確立には暴力的要素が必然的に含まれることである。というのは、内部の確 立とは対照的に、他物は外部として措定され、排除されるからである95。したがっ て、たとえ決定が正当で正しいものに見えるとしても、そこには常に暴力とその正当 化がつきまとうのである96。しかし、この種の強制力は、実践的なレベルでの決定・

決断過程において必要不可欠なものであることは確かである97。というのは、ある言 葉や行動の意味・意義は、それを包含する内部に閉じたシステムがあってはじめて生 じるものだからである98

結局のところ、理論的に言えば、すべての決定・判断過程には、上述の隔たりを一 時的にでも埋める意味でも、何らかの力の使用が必然的に伴うのであるから、最終的 に問われるべき問題は、二つの権威に関するバークレーの政治的・教会的見解が強制 力を是認するものかどうか(暴力が不可避かどうか)ではなく、教会制度と内部性に 関して、その内在主義を揺るがし、再検討し、外部の他者(異質な者)に対して常に 開かれたシステムがそこに備わっているかどうかということになる。別の言い方をす れば、バークレーは、決定に伴って排除された他者やその見解に対して再度耳を傾け ることを可能にする理論的構造を、制度のなかに組み込んでいるかということであ る。要するに、いかにしてバークレーは教会規律と「敵対者への愛」(異質なものへ 開かれる態度)というキリスト教の中心的掟を理論的に結び合わせるかということ、

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教義学的には、キリストの身体たる教会に関する議論にどのようにしてキリスト論的 要素(神と人間の関係における一致と相違、内在性と超越性)を組み込むかというこ とである。これらの問題を考察することで、世俗の社会制度とは異なる教会の特性と その務めが明らかになるだろう。

第一章で見たように、バークレーの議論において、教会は「キリストの身体」であ るとされている。彼の見解では、教会の権限と権威は霊的働きによって聖化されたす べての人に与えられるものである99。この神の働きが、「真の教会」を形成するので あり、その教会では聖化された人々が神の導きの下で相互の成長のために仕え合うの である100。そうした教会による決定、また特定の役に就く人々の決定は、過つことが なく、神の御意志に一致するとバークレーは主張するが、彼は決してそうした無謬性 が、カトリックや一般的なプロテスタントのように、特定の固定化された職位や人物 に結びつくものとは語ってはいない101。彼の語る無謬性とは、「聖化と再生の真実で 現実の効果的な働きであり、心のなかで生み出される新しい人」にのみ関連するもの である102。このように、バークレーの議論では、教会は根本的に「聖化」という概念 に基礎づけられている103(この点は、聖化という言葉を単に個人の道徳的概念や倫理 的状態の理想と考えるならば、理解できない)。バークレーにとって、「聖化」とは、

クエーカーの伝統にしたがって、自己否定と自己無化を通して神の恵みの働きによっ て与えられる「義認」と並ぶ概念であり104、全き聖化(完全)は、「他者への愛」、

「敵対者への愛」というキリストの至上の掟の実践を意味する105。こうして、バーク レー神学では、全き聖化こそが教会を根底で構成する概念であり、それが教会を通常 の社会的制度とは異なるものにするのである。つまり、教会とは単なる人間の組織と 同じものではなく、神と人間との関係、そして人間相互の関係に見られる還元可能な あり方と不可能なあり方を良しとして受け入れる態度において実現されるものであ る。この点に、我々はクエーカーの教会権威―その権威は最終的にかつ徹底的に神に 帰される―の決定的かつ未決定的な性質を見いだせるだろう106(もちろん、厳しい現 実のなかで必要とされる業務をこなすために教会の決定的性質を強調する傾向はあ る107)。

さらに興味深いことに、バークレーはキリスト教信仰のすべての事柄(自由や平和 などを含む)を、上述のような他者への寛容な態度(hospitability)や集会における 多様な見解の受容と結びつけている。たとえば、バークレーは真の自由と平和につい て次のように語っている。

「信徒の間で平和があることよりも、神の民の大いなるしるしは存在しない。愛 と平和の絆を破る傾向がある人は誰も、譴責を受けねばならない。…キリストは

(13)

平和の王であり、弟子たちに何よりも愛と一致の実践を命じられたのである。」108

「キリストの教会における真の自由は、人が違う見解に立つ他の人を裁かず、と もに愛のうちに生きるときに生まれる。すべての信徒がキリストの身体における 一致と善を心がけ、それぞれの立場で自らの務めを果たすべきである。」109

バークレーは、忍耐によってキリスト教の愛と自由と平和が実現されると論じてい る。忍耐とは、自己を前面に押し出すことではなく、教会全体のために相違を容認す ることである110。バークレーによれば、愛とは「キリストの弟子の大いなるしるし」

であり111、「神の掟を遵守すること」である112。また、「なによりも神を愛すること、

そして隣人を自分のように愛すること、それが律法の要点であるのみならず、福音の 中心である。」113したがって、教会は、現実的には内部に相違や対立を含むとしても、

この地上において平和にあふれる愛の真理を証するための務めを果たす人々の集まり である114。それゆえ、敵対者(異質な者)への愛を教会の基盤として主張するバーク レーが、教会の基準として語り、そして何が適切で何が不適切であるかを規定する

「一つであること」や「一致」は、単なる特定の人物や集会の主観性の内的価値の拡 大でもなければ、ある特定の政治的意図を持つヘゲモニーの確立でもない115。「一つ であること」や「一致」は、「どこから来て、どこへ行くかを知らない」(ヨハ3:8)

神の霊の働きがもたらす結束力である116。この神の霊が、すべての信徒が共に聖なる 生活を送り、神の到来、また他者の到来を待ち望むように促すのである。「一致をも たらす力について、使徒パウロが語っている。つまり、それは同じの霊、同じの主、

同じの神である。」117バークレー神学では、一致という概念は三位一体の基本的定式で 表現されているが118、それは愛において可能となり同時に不可能になるものであり、

「一つ」へ還元可能でありかつ不可能なものである。この意味で、バークレーの教会 論は、あらゆる決定・決断過程が理論上、決定不可能性もしくは(決定の)延期を内 包する構造を持ち、その点で神と人間の間、自己と他者の間の解消不可能であると同 時に、恵み深い関係性を反映したものとなっているのである。

おわりに

以上見てきたように、バークレーの教会論は、内部性と外部との関係に見られる可 能性と不可能性、つまり内部が外部にある異質な者に対して開かれる可能性と、外部 の除外による内部性の充足という不可能性のバランスをいかに取るかという点に集約 される。そうした両面を反映する教会のあり方が、終末意識が後退したがゆえに、今

(14)

ここで(now)かつ未だ(not yet)という二つの神の時が存在するようになった中間 期において、宣教や他の人々の証や聖書の言葉といったものに支えられて、厳しい迫 害のなかで必要とされる実践に関して即断し、神のさらなる御言を待ち望むことを可 能にさせたのであろう。なお、こうした権力機構は、ある種の信念によって支えられ る部分があるが、そうした機構は当然のことながら現実的な管理の手腕がなければ、

すぐに崩壊してしまうものである。というのは、人間は二極のバランスを取るより も、一方の極端に走り、そこに安住する傾向があるからである119。しかしながら、同 時に考えねばならないのは、今この瞬間に教会の事柄に関して決断し、合意を得るた めに人間が一時的に受容した真理を絶対的な基盤として措定することも重要なことで ある。そういった意味で、バークレーの理論は、単に教会の管理を淡々と進めること が念頭にあるのではなく、宣教や牧会的ケアに従事する人々が日々の仕事のなかで 様々な要素に直面したとき、上述のバランスをいかにうまく取るかということに深く 関わっているのである120。(実践レベルでどのように運用されてきたのかについて は、会議録等の分析が必要なため、稿を改めて論ずるとして)少なくとも言えること は、バークレーの教会論は、そうした可能性と不可能性の境界線上で、教会が共同的 な真理が現れる場であることを求めているのである。そして、共同的な真理を体現す ることで、教会は(時に理念的に運営され、時に現実的手段で運営されることで)こ の世に対する生きた神の証となり121、この世界における神の平和の国のモデルとして の役割を果たすように期待されているのである122

*本研究は

JSPS

科研費 JP16K02188の助成を受けたものである。

1 Barry Reay, The Quakers and the English Revolution (London: Temple Smith, 1985), p. 54.

2 以下を参照。Elsa F. Glines, Undaunted Zeal: The Letters of Margaret Fell (Richmond, IN.: Friends United Press, 2003.

3 John L. Nickalls, ed., The Journal of George Fox, revised ed. (Philadelphia: Religious Society of Friends, 1997), pp. 511–528.

4 たとえば、John Perrotは、光の導きによって礼拝を行うべきであると主張し、集会の時間と場所を 固定化(規則化)することに反対した(Margery Post Abbott, et al. eds., The A to Z of the Friends (Quakers) (Lanham, ML.: The Scarecrow Press, 2006), pp. 219–220)。

5 Reay, op. cit., p. 112. なお、福音派は別として、伝統的にクエーカーは、「教会(church)」という言葉

を用いず、「集会(meeting)」と呼んできた。バークレーの議論では、他宗派の人々との論争上の必 要性からと考えられるが、「教会(church)」が主として用いられている。

6 Janet Scott, “Ecclesiology and Mission: A Quaker Perspective”, International Review of Mission, vol. 90, issue 358, 2001: 317–323.

(15)

7 Donald S. Nesti, “Early Quaker Ecclesiology”, Quaker Religious Thought, vol. 47, 1978: 4–34. 非常に興味 深い論文であるが、注釈がないのが残念である。

8 See chapter 6 and 7 in Howard H. Brinton, Friends for 300 Years (Wallingford, PA.: Pendle Hill Publications, 1994).

9 Yasuharu Nakano, Self and Other of the Theology of Robert Barclay, PhD dissertation submitted to The University of Birmingham, 2011, pp. 130–132.

10 山本通『近代英国実業家たちの世界―資本主義とクエイカー派―』第3版、同文館、2001年、86–87頁 を参照(図は87頁から)。

11 Robert Barclay, An Apology for the True Christian Divinity, stereotype ed. (Philadelphia: Friendʼs Book Store, 1908.)

12 Barclay, Apology, pp. 262–264.

13 Ibid., pp. 262–263; Robert Barclay, “The Anarchy of the Ranters, and Other Libertines” in Truth Triumphant Through Spiritual Warfare (London: Northcott, 1692), pp. 202–203.

14 Barclay, Apology, pp. 262–263, p. 279; Barclay, “Anarchy”, pp. 202–203.

15 Barclay, Apology, p .264. 強調は筆者。

16 Ibid., p. 289 and 311.

17 Ibid., p. 310; Robert Barclay, “Universal Love Considered, and Established upon its Right Foundation,

&c.”, in Truth Triumphant, p. 703.

18 Barclay, Apology, p. 287, pp. 296–301 and 325–328; Barclay, “Universal Love”, p. 703.

19 Barclay, Apology, p. 311.

20 Ibid., p. 287.

21 宗教改革も、信仰をカトリックによる「バビロン捕囚」から取り戻す運動であった。バークレー は、”Babylon” や ”Babylonish” という言葉を、カトリックや同時代のプロテスタント教会を示すもの として用いている(Ibid., p. 265, 285 and 303)。

22 Ibid., pp. 267–268.

23 Barclay, “Anarchy”, pp. 191–192.

24 Ibid., p. 193 and 195.

25 Barclay, Apology, p. 304.

26 Ibid., pp. 288–289.

27 Ibid., pp. 305–306.

28 Robert Barclay, A Catechism and Confession of Faith (Philadelphia: Friendʼs Book Store, 1878), p. 86.

29 Barclay, Apology, pp. 310–311. また、バークレーの署名の入ったロンドン集会からの手紙を参照

(Abraham R. Barclay, ed. Letters and &c., of Early Friends (London: Harvey and Darton, 1841), p. 338)。

30 Barclay, “Anarchy”, pp. 197–199; Barclay, Apology, p. 310. また、ヘブ13:17を参照。

31 Barclay, Apology, p. 311. 強調は筆者。

32 Ibid., p. 306.

33 Idem. 同様の議論が、フェルの手紙にも見られる(Glines, op. cit., p. 470)。

34 Barclay, Apology, p. 307.

35 Barclay, “Anarchy”, p. 207.

36 Ibid., pp. 192–193 and 187–188, p. 191 and 204.

37 ネイラーに対するバークレーの評価については、以下を参照。Robert Barclay, “R. Bʼs Apology for the

(16)

True Christian Divinity Vindicated”, in Truth Triumphant, p. 876.

38 Barclay, Catechism and Confession, p. 86; Barclay, “Anarchy”, p. 192.

39 たとえば、「子どもが両親を敬うことや隣人に対して正しいことを行うこと」など(Barclay, Apology, p. 383)。

40 Ibid., pp. 383–384.

41 拙稿「クエーカーの普遍贖罪論における自由意志の問題―R. バークレーのApology(『弁明』)を中心 に―」、『基督教研究』第67–1号、2005年:11–35頁を参照。

42 Barclay, Apology, p. 384.

43 「聖霊の働きなしに霊的な行為を行うべきでないからといって、…聖霊の働きなしに自然的な行為に 取り掛かるのは良くないということにはならないからである。」(Ibid., p. 384)

44 Barclay, “Anarchy”, pp. 205–206. 最初期クエーカーのなかには、「聖霊の働きに同意しない限り、神に は何も命令する権限はない」と主張する者もいた(Robert Barclay, “A Vindication of the Preceeding Tracts, viz. the Anarchy of the Ranters, &c.”, in Truth Triumphant, p. 234)。Gwynによれば、組織化に 対する反駁を目的とした最初の出版物は、クエーカーであるWilliam Mucklowによるものである。

彼の論点は、天啓によって生まれ変わった者は教会の指導者によって指示された事柄に従うことはで きず、人はそれぞれの啓示を通して物事の正当性を判断しなければならないというものであった

(Douglas Gwyn, Seekers Found: Atonement in Early Quaker Experience (Wallington, PA.: Pendle Hill Publications, 2000), p. 358)。

45 Barclay, “Anarchy”, p. 185 and 200, pp. 192–193. 具体例として、クエーカーであるWilliam Rogersは、

内なる光を通して与えられた真理の絶対性を主張し、使徒パウロの言葉を否定するまでに至った

(Barclay, “A Vindication of the Anarchy”, p. 246)。

46 Barclay, Apology, pp. 460–462.

47 Ibid., p. 304.

48 Nakano, Self and Other, p. 132.

49 Idem.

50 Barclay, “Anarchy”, p. 226.

51 ティリヒは、神との出会いは決して現前しないものと論じている。それは、ギリシア語の ”ekstasis”

という表現からも分かるように、自己の範疇外の出来事だからである(Paul Tillich, Systematic Theology, vol. 3 (Chicago: The University of Chicago Press, 1963), p. 112)。

52 Barclay, Apology, p. 138.

53 内なる光の権威のみを認める同時代のクエーカーの代表例として、Yasuharu Nakano, ” Elizabeth Bathurstʼs Soteriology and a List of Corrections in Several Editions of Her Works”, Quaker Studies, vol.

13–1, 2008: 89–102を参照。また、教会の権威と内なる光の問題をめぐって、19世紀前半にヒックサイ ト と 正 統 派 に 内 部 分 裂 し た が、 こ れ に つ い て は 以 下 を 参 照。Rosemary Mingins, The Beacon Controversy and Challenges to British Quaker Tradition in the Early Nineteenth Century: Some Response to the Evangelical Revival by Friends in Manchester and Kendall (Lewiston, NY.: The Edwin Mellen Press, 2004), p. 43; H. Larry Ingle, Quakers in Conflicts: The Hicksite Reformation (Knoxville, TN.: University of Tennessee Press, 1986), p. 3.

54 Barclay, “Anarchy”, p. 184.

55 Idem.

56 Idem. 自らの賜物に満足せず、それ以上の働きに首を突っ込もうとする高慢さも原因であった(Ibid.,

(17)

p. 191)。

57 ここで「プロテスタント」としてバークレーの念頭にあったのは、当時のルター派やカルヴァン派で ある(Barclay, “Universal Love”, p. 690)。

58 Barclay, “Anarchy”, p. 185 and 212.

59 Ibid., p. 181, 191 and 212.

60 Ibid., p. 184.

61 Nickalls, ed., op. cit., p. 514, 687 and 699.

62 Barclay, “Anarchy”, p. 203 and 212.

63 Ibid., p. 212, pp. 241–251; Barclay, Apology, p. 462.

64 Barclay, “Anarchy”, p. 212. バークレーによれば、破門とは「霊の剣によって信徒の交わりから切り離 すことであり…世俗の剣で彼らをこの世から追い出すことではない。」(Barclay, Apology, p. 462.)

Gwynによれば、集団的な規律の必要性はすでに王政復古以前からクエーカー指導者たちの間で認識 されていた。1653年には、クエーカー宣教者であるWilliam Dewsburyが、各地に手紙を送り、集団 的な規律(特に長老や牧会者の役割や破門)について相談をしている。同じ年に、規律に関する更な る指示を含む第二の手紙が、フォックスの署名入りでクエーカーの指導者たちから各地へ送られた

(Gwyn, op. cit., pp. 307–308)。

65 Barclay, “Anarchy”, p. 206.

66 Ibid., p. 207. 宗教的にしろ、実務的にしろ、こうした決定・判断は、多数決ではなく、クエーカー特 有の合意形式で為される。

67 Ibid., pp. 208–209. 集会内の問題について、時には裁判所で解決することもあった(Glines, op. cit., p.

397)。

68 Reay, op. cit., p. 106; Gwyn, op. cit., p. 305; Rosemary Moore, The Light in their Consciences: The Early Quakers in Britain 1646–1666 (University Park, PA.: The Pennsylvania State University Press, 2000), p.

167 and 215, pp. 222–223.

69 教会の一致は、神の栄光を示すためでもあった(Barclay, “Anarchy”, p. 203)。

70 Ibid., p. 200 and 210.

71 Ibid., p. 207.

72 Ibid., pp. 201–202.

73 Ibid., p. 209 and 217. 同様の議論は、最初期クエーカーの指導者Isaac Peningtonの著作にも見られる

(Isaac Penington, The Works of Isaac Penington, vol. IV (Glenside, PA.: Quaker Heritage Press, 1997), pp. 303–335)。

74 Barclay, Apology, p. 542; Barclay, “Anarchy”, p. 207 and 209; Barclay, Catechism and Confession, p. 29.

75 Barclay, “Anarchy”, p. 206; Iコリ14:33.

76 Barclay, “Universal Love”, p. 697; Barclay, “Anarchy”, p. 217.

77 Ibid., p. 213.

78 Ibid., p. 225.

79 「そうした信仰があるからといっても、神の無謬性は、特定の人物、委任や継承、特定の役職、そし てどのような集団にも帰されるものではない。」(Ibid., p. 232.)

80 Ibid., p. 217.

81 Ibid., p. 235–236.

82 Barclay, “R. Bʼs. Apology Vindicated”, p. 867.

(18)

83 Barclay, “Anarchy”, pp. 213–214. こうした教会制度は、歴史的に見て、クエーカーに特有だったわけ ではない。実際、それは自発的な信仰者の集まりを教会と見なす宗派(メノナイトなどの自由教会)

にも共通するものであり、クエーカーの教会規律は、当時の基準からすればむしろ寛大なものであっ た(Reay, op. cit., p. 116)。

84 Barclay, Apology, p. 462; A. R. Barclay, op. cit., p. 339.

85 具体例として、1632年に作成された『ドルトレヒト信仰告白(The Dordrecht Confession of Faith)』を 参照(Articles IX-XVII in John Christian Wenger, Glimpse of Mennonite History and Doctrine, revised ed.

(Scotdale, PA.: Herald Press, 1959)。なお、これは1618年に制定されたカルヴァン派の『ドルトレヒ ト信仰基準(The Canons of Dort)』とは別のものである。

86 Barclay, Apology, p. 460; Barclay, “Universal Love”, p. 704.

87 Barclay, “Anarchy”, p. 216.

88 一般的なクエーカー史では、18世紀のクエーカー信仰は「静寂主義」と呼ばれる消極的で不活発なも のと見なされている。

89 Ibid., pp. 194–195.

90 Ibid., pp. 194–199.

91 Barclay, Apology, pp. 264–269, p. 303; Barclay, “Anarchy”, pp. 199–202. フォックスによれば、使徒の時 代以降、教会は徐々に堕落し、背教の時代に入ったとされ、今このときこそが、聖霊の導きの下に真 の教会が回復される時であるという(Nickalls, ed., op. cit., p. 109)。

92 Barclay, “Anarchy”, p. 217.

93 他者への愛について言えば、他者は自己の主観の領域に入ることで認識されるが、同時に他者は自己 に完全に還元されるものではない。そういう還元可能性と不可能性の間に成り立つのが愛である。教 義学的には、キリスト論と同様の構造である。以下を参照。Emmanuel Lévinas, Totality and Infinity:

An Essay on Exteriority, Alphonso Lingis trans. (Pittsburgh, PA.: Duquesne University Press, 1969), pp.

85–86.

94 Jacques Derrida, “Différance”, in Margins of Philosophy, trans. Alan Bass (Brighton: The Harvester Press, 1982), p. 24; Jacques Derrida, Position, trans. Alan Bass (Chicago: The University of Chicago Press, 1981), pp. 8–9 and 27–28.

95 「どういう合意でも…力が固定化された結果として現れること、そしてそこにはつねに何らかの排除 が起こることを認めてはじめて、民主政治を別の仕方でみることができるようになる。」(Chandal Mouffe, “Destruction, Pragmatism and Politics of Democracy”, in Chandal Mouffee, ed. Deconstruction and Pragmatism (London: Routledge, 1996), p. 10)訳文は、以下の邦語訳による(以下、同)。シャン タル・ムフ編『脱構築とプラグマティズム―来たるべき民主主義―』青木隆嘉訳、法政大学出版局、

2002年、20頁。

96 正当にもCritchleyが指摘するように、「政治における最大の危険は、…ジャン・リュック・ナンシー

が「内在主義」とよぶものである。全体主義は…特定の政治形態が、それゆえ特定の国家や共同体や 領土が、正義を具体化しており、正義は国家に内在していると主張する。」(Simon Crichley, “Derrida:

Private Ironist or Public Liberal?”, in Mouffee, op. cit., pp. 35–36; 邦語訳、69頁。)

97 「慣習、制度、合意は安定化…である以上、それは何か本質的に不安定で混沌としたものの安定化を 意味しているということにほかなりません。したがって、安定性が自然のものではないからこそ安定 化されることが必要になるのであり、安定化が必要になるのは不安定性があるからなのです。…こう いう混沌や不安定性は根本的であり、根底をなすものであって消去不可能であり、…それは一つの

(19)

チャンス、変革して安定性を揺るがすチャンスでもあります。…安定性が当然のものではなく、本質 的、実質的なものでない場合にはじめて政治が存在し、倫理が可能になるのであります。」(Jacques Derrida, “Remarks on Deconstruction and Pragmatism”, Mouffe, op. cit., pp. 83–84; 邦 語 訳、160–161 頁。)

98 たとえば、野球のリードという行為は、野球のルールという内部システムがない限り、意味をなさな い行為になる。See chapter 5.1.3.a. in Nakano, Self and Other.

99 Barclay, “Anarchy”, pp. 242–243, p. 307.

100 Ibid., p. 227.

101 Ibid., p. 225.

102 Ibid., p. 232.強調は筆者。

103 Ibid., p. 227; Barclay, Apology, p. 173.

104 Ibid., pp. 132–133.

105 Barclay, “Anarchy”, p. 536.

106 Ibid., p. 216; Barclay, Apology, p. 306.

107 Barclay, “Anarchy”, p. 225.

108 Ibid., p. 219.

109 Ibid., p. 222.

110 Ibid., p. 223.

111 Barclay, “Universal Love”, p. 679.

112 Ibid., p. 680.

113 Ibid., p. 679.

114 Barclay, “Anarchy,” p. 222.

115 Ibid., pp. 217–221; Barclay, Apology, p. 463.

116 Barclay, “Anarchy”, p. 213 and 219.

117 Ibid., p. 221. Iコリ12:4–7を参照。

118 Barclay, “Anarchy”, p. 221.

119 Ibid., p. 183.

120 バークレーは、教会で争点となる事案では、様々な意見や判断にも謙虚に耳を傾ける忍耐の必要性を 説いている(Ibid., pp. 223–224)。

121 Barclay, Apology, p. 264.

122 Robert Barclay, “An Epistle of Love and Friendly Advice to the Ambassadors of the Several Princes of Europe”, in Truth Triumphant, p. 714.

(20)

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