東京外国語大学
留学生日本語教育センター論集 33:129~137,2007
日本語学習者はどのように語を把握しているか
〜語彙の結びつけ練習の解答の傾向からわかること〜
鈴木 美加
(2006.10.31 受)
【キーワード】 語彙の知識、読解、リンク(関連づけ)、処理
1 はじめに:本報告の目的と背景
読解技能を養成する授業で使用するために、筆者は語彙練習教材を作成した。そ の目的は、学習者が教材の使用により、1)言語要素としての語の処理を円滑に行え るように自動化すること、2)語の持つ意味を確実に理解し、語の知識を深くするこ とである。中級後半の言語要素 338 題を作成し、本センターにて 2001 年度からこれ まで読解強化プログラムの授業の一環として使用されている(鈴木 2002)。
教材の効果については、2001〜2003 年度に本教材を使用した、読解力に問題があ る学習者クラスの授業後の読解試験得点が伸びたと認められたこと(鈴木 2006)、 教材に関するアンケートで学習者から優れた評価を得たことによって、一定の効果 があると見なしてよさそうである。
読解強化プログラムの授業(以下「読解の授業」)では、国費学部留学生予備教育 課程の学生 70 名余が毎年約8クラスに分かれ、読解レベルに応じた練習を行ってい る。本教材は「処理時間短縮教材(略称:処理短)」として、各クラスの学習者に使 用される。年度とクラスのレベル、教師の判断と時間的な余裕の有無により、全使 用か一部使用かが決められる。本教材以外にも、教科書準拠問題、談話構造練習問 題、多読・速読用教材などが週1コマ 90 分の授業で選択的に使用され、各クラスと もに大変密度の濃い授業となっている。
読解の授業では、時間的な余裕がないこともあり、これまで、学習者の本教材の 解答傾向について調べることはできていなかった。2006 年度、教材利用を行った各 クラスの担当教師より学習者の解答の傾向について、情報を得ることができたため、
本稿でそれをまとめ、学習者の語の理解について検討する。
2 教材の内容と方法
ここでは簡単に教材の紹介をしておく。
A.対象語の範囲
『中級日本語』(13〜20 課)の新出語から、よく使用される語 338 語を選び出 した。テキスト本文の語のほかに、『中級日本語漢字練習帳 I』の同範囲に挙げら れている漢字熟語の中から、特によく使用され、技能面で役に立つ熟語も含めた。
B.対象語の練習内容
対象語の練習について、以下の4つの例で示す。1〜2文より成る練習問題を 8〜10 題毎にまとめ、解答標準時間を各クラスの教師の判断で1分あるいは2分 と決めて実施した。クラスごとに①一斉に練習→②正答提示と説明、疑問や質問 に答える、という流れを各回の授業で6回ほど繰り返した。各回の対象語数はだ いたい 50〜60 語である。
学習者のレベルによっては、練習問題の実施前に、まずクラス全体で下線部だ けを学習者に読ませ、語の読みと意味の確認をする活動を組み込んだ。
a)意味的関連要素同時活性化(Meaning association)
例 (海 土地 山)の底の調査は、大変な費用と時間がかかる。
対象語と、意味的に強く関連する語(リンク語)をペアにして処理する練習であ る。対象語を見た時に、意味的に深くつながる語がイメージできることを意図して いる。例えば、上の「底」の問題では、ある気体または液体で満たされた所が終わ る下の部分をイメージするように考えて作成した。学習者は「底」を“the bottom” として覚えることが多いが、両者の示す意味にはずれがあるため、日本語の「底」
の核となる概念をそのまま捉えられるよう、対象語と意味的に強く関連する関連語 のリンクが、対象語の意味(概念)ネットワークの一部として処理に役立つよう、
心がけた。
b)名詞—動詞ペア同時活性化(Noun-Verb pair)
例 富士山で撮影した(絵 写真 おみやげ)はとてもいい思い出だ。
主語あるいは目的語と動詞が1つのフレーズのようによく使用されるものについ て、セットで処理できるようにする練習である。このセットが記憶されれば、リン ク語が変わっても、意味を推測・理解するのに役に立つように作成している。対象 語は名詞、動詞のいずれの場合もある。
c)助詞句と述部ペア同時活性化(Particle-Verb pair)
例 勉強(に を で)集中していたので、ご飯の時間を忘れていた。
動詞によくつく助詞をセットにして処理するための練習である。
d)文法知識活性化(Grammatical association)
例 「早く勉強しろ。いつまでも遊んで(いてね いろ いるな)」と子供の時、
父に言われた。
テキスト精読の前に新出文型として学習したパターンを文脈の中で再生、利用す る練習である。上の例では、主教材の同じ課に、命令形の肯定・否定の文型が導入 されており、その練習として、肯定と否定の表現を文脈の中でセットで処理するよ うにした。
3 情報の収集
A.授業担当教師による学習者の解答傾向メモ
学習者の解答の傾向についての情報を得る際、筆者は 1) 学習者の活動を優先す ることと、2) 教師の負担があまり増えないようにすることを重視し、データ収集に ついて検討した。今回、各クラスの担当教師に依頼し、各クラスの学習者の解答の 傾向を簡単にメモしてもらい、そのメモを授業後に回収し、分析の資料とした。
各クラス担当教師には、各問題の選択肢に、クラスの学習者の半数以上が選んだ 選択肢に○、1名〜クラスの学習者数の半数未満の学習者が選んだ選択肢に△、だ れも選ばなかった選択肢に×を書き、忘れたものについては印をつけないことを依 頼した。
4 情報の集計と結果
これまでに述べた方法により、学習者の練習問題に対する解答の傾向についての
記録を回収し、データとして集計した。クラスサイズは、読解試験で9割以上の得 点を得た学習者のクラスは 12〜13 名、読解試験で9割未満の得点を取った学習者の クラスは 5〜7 名のクラスであった1。
表1に第1回授業使用教材の結果、表2に第2回授業使用教材の結果を載せる。
読解試験で平均またはそれ以上の学習者は上位群、平均より低い得点を取った学習 者は下位群とし、表にそれぞれの解答を示す。
集計にあたって、教師が○、つまりクラスの学習者の半数以上がその選択肢を選 んだことを示す記号をつけた場合、その選択肢には、該当クラスについて「クラス の半分の人数〜クラスの全学習者数」を割り当て、例えば 12 名のクラスでは「6〜
12」として、各群でその数が合計される。△がつけられていた場合には、「1〜クラ スの学習者数の半数−1」を割り当て、12 名のクラスでは「1〜5」とした。無記入 の場合には、集計の対象にしなかった。クラスサイズが小さく、教師が、選択肢ご とにそれを選んだ人数を記入した際は、その人数をそのクラスのデータとした。
5 結果の検討
A. 授業使用教材の解答の傾向
各練習問題に対する学習者の解答の傾向は表1及び表2の通りである。誤答 を選んだ者の数が5前後か、それ以上の問題を以下に示す。下線部が対象語で あり、[ ]で示した語が関連語(リンク語)である。その右に数の多かった誤 答の選択肢を※で示す。
第1回(『中級日本語』13〜14 課)
[大変な]状態 ※怖い、※悪い [日本]固有 ※諸国、※世界 木材は[水]を含む ※金属
[責任]を果たす ※仕事
想像が[つかない] ※行かない、※わからない 共同[で]V ※に、※と
1 全学習者 71 名の中で上級の上のレベルの学習者も 4 名おり、その学習者は履修授業、レベ ルの違いから、別時間に本教材を使用した授業を実施した。
表1 第1回授業使用教材の結果(『中級日本語』13〜14 課)
表2 第2回授業使用教材の結果
第2回(『中級日本語』15〜16 課)
戒めて[一生懸命]努力する ※平気で
[決められた]時刻 ※決めさせられた 昨夜の[月] ※夕焼け
私には友達が[いる]。その存在は、・・ ※できない 体の力は・・精神的な[力]も大切だ。 ※心 構造が[どうなっているか]について調べた。 ※どうか 厳然とした[事実] ※真実
テレビが普及[した] ※させた、※された
家計を圧迫[している] ※させている、※されている A や B などの施設が[そろって]いる。 ※置かれて、※並んで [スピーチ]の構成を考えた ※船
迫力が[あって]、・・ ※強くて
(楽しみにしていたことに)[心]を踊らせて・・ ※体 [花びら]が浮かんでいる ※お金
能力を[伸ばす] ※良くする 刻々と[近づいてくる] ※近くなる
B.上位群と下位群の誤答の傾向
表1と表2の結果から、上位群と下位群の誤答の傾向を見てみると、以下の2 点が言える。
・上位群の方が全般的に誤答数及び誤答の散らばりが少ない。
・上位群で誤答が多い箇所は下位群も誤答の数が多い傾向がある。
C.リンクの種類別の誤答の傾向
リンクの種類ごとに誤答を見てみると、以下のことがわかる。
a) 意味的関連要素同時活性化
既習語・字や、学習者自身の概念に引き寄せて語の結びつけをしているように 思われる。例えば、「昨夜の〜」は下位群の学習者で「夕焼け」を選んでいる者が 6〜7人いる。筆者の解釈だが、「夕焼け」は既習であるが、「夕べ」も初級です でに学習しており、「昨夜」から「夕べ」をイメージし、同じ漢字「夕」を含む「夕
焼け」を選んでしまった、あるいは「昨夜」の意味が明確に学習者に把握されて いなかった可能性もある。また、「戒めて〜努力する」で、「平気で」を選んでい る者が下位群で4〜5名いる。「落ち着いて」「冷静に」などの意味と取り違えて いる可能性が考えられる。
b)名詞—動詞ペア同時活性化(Noun-Verb pair)
このグループについては、する動詞の形式の選択の誤答がずいぶん見られる。
する動詞の形式、例えば「する」動詞の示す意味、その受身形、使役形などの使 い分けにとまどう学習者の姿が推測される。
c)助詞句と述部ペア同時活性化(Particle-Verb pair)
このグループでも、a)と同じように、すでに既習の語の性質の知識をそのまま 利用したための誤答が見られる。例えば、「共同[で]」を、「いっしょに」の意味 の想起から、「で」の代わりに「に」や「と」を選んでいる例や、「話[に]納得す る」の「に」ではなく、引用の「と」を選ぶ例が見られた。
d)文法知識活性化(Grammatical association)
このグループの誤答はあまり見られなかった。これは、問題数も少ないが、文 型の導入時に授業で多くの例文を理解したり、短文を作成したりする活動をして いることが、適切な処理がなされた理由だろうと思われる。数は少ないものの、
上級学習者の中に「珍しくならない」や「気がついたのだと言えまい」などの誤 答があった。これは、超上級者が中級の文型を明確なパターンとして学習しなかっ たことを示すものかもしれない。
6 授業への示唆と今後の課題
本稿においては、大変大まかではあるが、学習対象語とリンク語について、学習 者の把握の一端を示すことができた。新出語を関連する語と結びつけて確実な知識 とし、処理を円滑にするために、今回得られた結果は多くの示唆を与えてくれると 思われる。語の持つ概念とリンクされる語の概念が明確に結びついていけば、それ が一つのチャンク、意味(概念)ネットワークの一部を構成し、文章を理解する際 に有効に活用できる。それは即ち、語の知識の深さ(Read 2000)にもつながると言 える。
今後、学習者の反応に関するデータ収集方法を変え、研究のための収集データの 質を高めることが課題である。
参考文献
Read, J.(2000) Assessing vocabulary, Cambridge: Cambridge University Press.
鈴木美加(2002)「読解における語彙の知識の自動化に向けた教材の作成—読解に利 用できる知識を早く処理するために—」東京外国語大学留学生日本語教育セン ター論集 28, pp.133-138.
鈴木美加(2006)「言語要素をまとまりで処理する読解の基礎練習—語の核となる意 味の理解と読解における自動化に向けてー」東京外国語大学留学生日本語教育 センター論集 32, pp.109-122.
東京外国語大学留学生日本語教育センター(1994)『中級日本語』凡人社
東京外国語大学留学生日本語教育センター(1994)『中級日本語漢字練習帳 I』凡人 社
本研究は、科学研究費基盤研究 C(課題番号 16520317; 課題名「日本語学習での 文章読解時の意味処理過程の分析及び処理の自動化を促進する教材の開発」)の助成 を得て、行ったものである。
A Report on the Associations of Learners with Words in Japanese as a Second Language
SUZUKI, Mika
The purpose of this paper is to clarify the association that learners have with Japanese vocabulary, based upon the analysis of their answers in vocabulary practice exercises. The vocabulary exercises were designed to automatize the process of gaining lexical knowledge and enhance the association between meaningfully or formally related words.
In these materials, 338 target words were selected and exercises created in which each of the target words was linked to an associated word in a meaningful context. The associations were categorized as 1) Meaning association, 2) Noun-Verb pair, 3) Particle-Verb pair, or 4) Grammatical association.
Observation data collected from the teachers in all of the reading practice classes was used for the analysis, which revealed the inclinations of learners in terms of association. As a result of this analysis, the following points were revealed:
1) In errors of meaning association, learners often had target words linked in meaning to irrelevant learned words or characters that are indirectly related to learned components. This finding was observed in Particle-Verb pairs.
2) In Noun-Verb pairs, the learners often answered incorrectly due to lack of understanding of the precise meaning of the target words or linked words.
3) Learners mostly answered correctly in grammatical association questions, which showed learners could process the words properly.
4) Skilled learners linked targeted words more appropriately than less skilled learners.
In conclusion, learners sometimes misunderstand a passage because their word associations differ from the passage writers’. Based on these findings, teachers can be more aware of misguided associations among learners and help them link associated words successfully, to be able to utilize them more effectively in comprehension.