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伝 聞 法 則 の 系 譜 ( 覚 書 )

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   同志社法学 六七巻二号二四五五九九

           

一  刑事訴訟法第三二〇条第一項は、英米法の伝聞法則を採用したものといわれている。しかしながら、刑事訴訟法制定当初、小野清一郎博士は、この規定について直接審理主義を採用したものとし、伝聞法則は直接審理主義の一つの場合として考えるべきだとされ 1

、判例もまた、この規定を直接主義を明らかにしたものとする理解を示したこともあった 2

。そしてまた、その後も、横井大三検事は、第三二〇条は、﹁通常、伝聞証拠の証拠能力を制限する規定であるといわれている﹂が、﹁正確ではない﹂とし、第三二〇条が﹁被告人自身の公判期日外における供述をそのまま証拠とすることをも禁じている﹂ことを理由に、﹁むしろ、公判期日外の供述の証拠能力の否定、より正確にいえば直接証拠主義の原則を規定したものというべきである﹂とされ、この直接証拠主義の原則は、﹁英米法に由来する伝聞証拠禁止の原則をその最も大きな要素としてふくんでいる﹂とし 3

、﹁公判期日における供述に代えて﹂という文言を、﹁直接証拠主義又は被告人の証人審問権を充分に保障するためには本来公判期日における供述自体を証拠とするのが最も適当である場

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   同志社法学 六七巻二号二四六六〇〇

合に、それに代えてそれ以外の供述又は供述を記載した書面を証拠とすることを禁じようとするのが本来の趣旨であることを示そうとするもの﹂とする 4

。小西秀宣判事もまた、小野博士と同様の理解のもと、﹁本件メモのような書証は、それ自体が原証拠であって、これに代えて作成者を尋問するという性質のものではなく⋮元来三二〇条一項の適用のない証拠と考えることもできるのではないか﹂という 5

。このように、第三二〇条第一項を直接主義的な観点から見直そうという傾向は、裁判官を中心に見受けられるところであ

)6

)7

、最近でも、東京高裁平成二〇年三月二七日判決

)8

がいわゆる犯行計画メモの証拠能力に関して、直接主義的な理解を前提とするように思われる判示、すなわち、過激派アジトから発見押収されたいわゆる﹁犯行計画メモ﹂の証拠能力に関して、﹁メモの作成者 444444(あるいは作成者と称する者 444444444444)に対す 444

る証人尋問 44444(反対尋問 4444)によってその作成過程を吟味することには 4444444444444444444、さしたる意義は存しない 44444444444のである。してみると、このような本件各メモの記載内容は、﹁作成者の公判期日における供述に代えて 444444444444444444﹂これを証拠とするという性質のもの 4444444444444444

ではない 4444のであって、その真実性の立証に用いる(供述証拠として使用する)ことも、刑訴法三二〇条一項によって禁じられるものではない、すなわち、本件各メモは、その記載内容を含めて、同項の制限を受けない非伝聞証拠である、と解するのが相当である﹂(傍点は筆者。また、筆者において、判決書の条文番号をアラビア数字から漢数字に変更した)とし、さらに、﹁同項には﹃三二一条ないし三二八条に規定する場合を除いて﹄と規定されているが、例えば、同項が、被告人の身上関係を立証するためには、本籍地の市長等の証人尋問によるのを原則とし、三二三条一号により、これに代えて書面である戸籍謄本を証拠とすることも例外として許容しているなどと解するのは、極めて不合理であろう。三二一条ないし三二八条に規定される場合のすべてに、原則的には三二〇条の制限が及ぶと解するのは相当でなく、また、同項の文言からして、その制限を及ぼすのが不合理と考えられる書面や伝聞的供述については、もともとこれが及んでいないと解すべきであろう。﹂(筆者において、判決書の条文番号をアラビア数字から漢数字に変更した)としているの

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   同志社法学 六七巻二号二四七六〇一 である。

  このように、第三二〇条第一項について、直接審理主義的理解を前提にして(直接審理主義を徹底した陪審法においても、当該事件の手続とは無関係に作成された書面のような書面の意義が証拠となる証拠物については、証拠能力が認められていた。)、﹁公判期日における供述に代えて﹂とは、公判期日における供述を証拠とするのがもっとも適当な場合に限るとの解釈は、ひとり小野博士のみならず、実務家を中心になお命脈を保っているのである。そこで、本稿においては、我が刑事訴訟法における伝聞法則の系譜を検討することによって、この問題に対する解決の糸口を探ることとしたい。二  我が国の近代的刑事訴訟に関する法律は、フランス法を範とする治罪法(明治一三年太政官布告第三十七号)、ドイツ法の影響を受けた旧々刑事訴訟法(明治二三年法律第九六号)、旧刑事訴訟法(大正一一年法律第七五号)を経て、アメリカ法の影響を強く受けた現行刑事訴訟法(昭和二三年法律第一三一号)が制定され、爾来六五年を経ている。

  旧刑事訴訟法と現行刑事訴訟法の内容を仔細に比較すれば、﹁革命﹂と称しても過言ではないほどのパラダイム転換がなされていることを容易に看取することができる。現行刑事訴訟法(以下﹁新刑事訴訟法﹂ともいう。)の立案者のひとりである横井大三検事は、﹁法律全体を通ずる基本観念がかなり変わって来ている﹂﹁従来のような強い職権主義の刑事手続を捨てて、当事者主義の刑事手続に向い大きく一歩踏み出し、大陸式の刑事手続から英米式の刑事手続へ転換の一つの過程を示している。﹂と総括する 9

。新刑事訴訟法は、基本的構造に変革を加えられ、職権主義(糾問主義)から当事者主義(弾劾主義)へと舵を切ったのである。

  このパラダイム転換は、連合国総司令部の指導により制定される新憲法(草案)の刑事訴訟に関する諸規定と旧刑事訴訟法の諸規定との不整合に由来する。旧刑事訴訟法の採用していた職権主義についてみると、それは、徳川幕藩体制

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   同志社法学 六七巻二号二四八六〇二

というアンシャン・レジームを破壊した明治維新の後に来るべき欧米列強の資本主義と追いつき、勝ち抜くために、いきおい国家が主導する資本主義こそが最も手っ取り早い形態であったし、刑事司法制度もまた、このような政治体制を反映して、﹁より官権主義的色彩の強い大陸法制のほうが当時の政治的要求に合致していた﹂ ₁₀

のであっ ₁₁

₁₂

、当初はフランス法を継受した治罪法が、その後はドイツ法も加味した明治刑事訴訟法、そして大正期の旧刑事訴訟法が、﹁官権主義的法制﹂をいっそう強化することとなったのは、歴史の必然であった。ところが、昭和二〇年の我が国有史以来の未曽有の敗戦、連合国による占領により、経済、社会のアメリカナイズ化に伴い、刑事司法法制もまた、これまでの官権主義的な法制度を放擲せざるを得なくなり、連合国総司令部の強力な指導の下に、当事者主義を基調とする刑事司法法制が採用されることとなったわけである。研究者の立場において新刑事訴訟法の制定過程に関与した団藤重光博士は、新刑事訴訟法は、﹁新憲法の要求に応じるためには、英米法系を重要な部分においてとり入れることがほとんど必然的であった﹂ ₁₃

のであって、﹁直接に英米法︱ことにアメリカの法制︱から母乳を吸った﹂ ₁₄

と評している。

  しかしながら、刑事訴訟法制の当事者主義化は、我が国の刑事司法に関与する者、とりわけ旧刑事訴訟法下の刑事訴訟を経験した裁判官や検事の内なる要求によるものではなかったし、刑事訴訟のファイティング・ゲーム化をもたらす虞があることを危惧されたためであろう、新刑事訴訟法は、同時に、例外的、補充的ではあるものの、職権主義の要素を取り入れているのである(第二九八条第二項、第三〇四条第一項、第二項、第三〇五条第二項、第三〇六条第二項など)。

  新刑事訴訟法は、英米法的要素を根幹においては採り入れながらも、職権主義的要素もなお残存させている点において、﹁大陸法系と英米法系の混血法(

hy br id la w

)﹂ ₁₅

﹁混血児的性格﹂ ₁₆

を有するものであったが、これを﹁過渡的現象として﹂、職権主義は、﹁当事者の新法に対する理解の足りないところを補い、当事者の法廷技術の未熟に対し、時には厳

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   同志社法学 六七巻二号二四九六〇三 格に、時には寛容に出で、新法の正しい軌道に乗れるように、場合によっては抑制、矯正し、場合によっては育成、助長するようにすべきである﹂との主張もなされていた ₁₇

三  このような連合国総司令部の強い影響の下に行われた刑事司法改革のうちで、最も重要な改革の一つが証拠法の分野におけるそれである。それまでの証拠法は、いうまでもなく大陸法系であって、英米法系の証拠法とは無縁の存在であった。それでも、明治一〇年代から二〇年代にかけては、英米法の研究はかなり盛んに行われ、イギリスの証拠法に関する文献も公刊されていたが ₁₈

、次第にドイツ法研究が優勢となり、英米法に関する研究には、比較的少数にとどまったのである ₁₉

。ところが、敗戦によりにわかに降ってわいた英米法系証拠法は、当時の研究者にとっても法律実務家にとっても、文字通り﹁革命﹂であったことは想像に難くない。新憲法が基本的人権としてアメリカ法に倣って ₂₀

定めることとした第三七条及び第三八条に対応して、証拠法に関する最も重要な改革というべき、伝聞法則(第三二〇条以下)及び自白に関する法則(第三一九条第一項の自白法則、第三一九条第二項の補強法則)が新設されるに至ったのである。

  後者については別稿に譲ることとし、ここでは、前者の伝聞法則の系譜についてみることとしたい。四  旧々刑事訴訟法は、大陸法の職権主義の伝統に倣って、証拠能力の制限を知らず、区裁判所はもとより地方裁判所であっても、法令により作成した訊問調書でない供述録取書(例えば検事や司法警察官の聴取書)を、犯罪事実の認定の資料とすることができることとしていた ₂₁

。これらの証拠については、証拠能力を制限せず、自由心証主義のもと、その証明力は裁判官の自由な判断にゆだねられていたのである。旧刑事訴訟法においても、これを原則として引き継ぎ、証拠書類、証人の証言中の伝聞事項のいずれについても、特段の制限はなく証拠能力を有するものとしていた。

  ただ、旧刑事訴訟法は、唯一の例外として、証拠能力の制限規定を設けた。それが第三四三条の定めである。旧刑事訴訟法下においては、供述録取書としては、同法の定めにより作成される﹁訊問調書﹂と、法の定めのないいわゆる﹁聴

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   同志社法学 六七巻二号二五〇六〇四

取書﹂の二種があったが、第三四三条は、第三百四十三條  被告人其ノ他ノ者ノ供述ヲ録取シタル書類ニシテ法令ニ依リ作成シタル訊問調書ニ非サルモノハ左ノ場合ニ限リ之ヲ証拠ト為スコトヲ得   一  供述者死亡シタルトキ   二  疾病其ノ他ノ事由ニ因リ供述者ヲ訊問スルコト能ハサルトキ   三  訴訟関係人異議ナキトキ     区裁判所ノ事件ニ付テハ前項ニ規定スル制限ニ依ルコトヲ要セス ₂₂

と定め、司法警察官や検事の作成するいわゆる﹁聴取書﹂は、﹁被告人其ノ他ノ者ノ供述ヲ録取シタル書類﹂ではあっても、﹁法令ニ依リ作成シタル訊問調書﹂に該当しない ₂₃

ことから、区裁判所においては格別、地方裁判所においては、第三四三条第一項各号の定める例外(供述人が供述不能の場合や訴訟関係人に異議がない場合)に当たらない限り、証拠能力を有しないこととされたのである。これは、もとより伝聞法則を採用するものではなく、大陸法の伝統である直接審理主義を厳格に適用する ₂₄

とともに実体的真実主義の要請によるものであった ₂₅

。第三四三条(ただし、帝国議会に提出した法案では第三四五条)の提案理由書の当該個所は、次のとおりである。﹁本条ハ証拠ノ能力ニ関スル現行法ノ主義ニ重要ナル改正ヲ加ヘタルモノナリ現行法ニ於テハ区裁判所タルト地方裁判所タルトヲ問ハス被告人、被害者其ノ他ノ者ノ供述ヲ録取シタル書類ハ法令ニ依リ作成シタル訊問調書ニ非サルモノナリ(所謂聴取書、盗難口頭届書ノ類)ト雖証拠能力アリト為シ之ヲ以テ事案ヲ断スルノ資料ト為シタリト雖斯ノ如キハ直接審理主義ト相容レサルコト遠ク妥当ヲ缺クヲ以テ本按ニ於テハ証拠能力ニ制限ヲ加ヘ地方裁判所ニ於テハ原則トシテ斯ノ如キ書類ヲ証拠ト為スコトヲ得サルモノトセリ抑モ直接審理主義ヲ貫徹セントセ

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   同志社法学 六七巻二号二五一六〇五 ハ人証ハ裁判所ノ直接ニ取調ヘタルモノ即チ裁判所ノ自ラ聴取リタリモノニ限ラサルヘカラス然レトモ斯ノ如キハ実際ニ適セサルヲ以テ本按ニ於テハ法令ニ依リ作成シタル訊問調書ハ証拠書類トシテ証拠能力ヲ有スルモノトシ唯法令ニ依ラスシテ人ノ供述ヲ録取シタルモノノミヲ排斥スルコトトセリ﹂

  このように、第三四三条の提案理由は、﹁法令ニ依リ作成シタル訊問調書ニ非サルモノ﹂に証拠能力を認めることは、直接審理主義と相容れないとしているのであるから、そうだとすれば、﹁法令ニ依リ作成シタル訊問調書﹂についても同じく直接審理主義と相容れないので証拠能力を否定するのが筋であるはずなのに、提案理由では、直接審理主義を貫徹すると、﹁実際ニ適﹂しないとして、﹁法令ニ依リ作成シタル訊問調書﹂については、その証拠能力を認めることとしているのである。このことからも明らかなように、この規定は、捜査機関の作成する供述録取書としての﹁聴取書﹂ ₂₆

の証拠能力を否定するために設けられたものというべきであろう ₂₇

。このように直接審理主義は貫徹されてはいないのであって、第三四三条は、直接審理主義の理念に基づくというのは建前に過ぎず、旧刑事訴訟法案の帝国議会における審理でも質疑応答がなされているように、司法警察官の作成した聴取書が刑事裁判で問題とされていたほか、﹁京都豚箱﹂事件 ₂₈

に代表される﹁検察による人権蹂躙﹂が世上問題とされ、検事の聴取書の証拠能力が問題とされたことが、このような立案がなされた最大の理由であろう ₂₉

。このように、旧刑事訴訟法において捜査機関の聴取書等についてのみ採用された直接審理主義は、実は、﹁自白の任意性﹂の問題と密接に結びついていたといってよかろう。旧憲法及び旧刑事訴訟法の下においては、自白の任意性に関する明文規定は存在せず、学説、判例とも、自白に任意性がない場合であっても証明力を問題にするにすぎないと解していたのであ ₃₀

₃₁

。五  これに対して、旧刑事訴訟法と同じ第四五回帝国議会に提出され、審議・成立した陪審法(大正一二年法律第五〇号)では、証拠書類について直接審理主義の徹底が図られている。陪審法は、旧刑事訴訟法が無制限に証拠能力を認め

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   同志社法学 六七巻二号二五二六〇六

る﹁法令ニ依リ作成シタル訊問調書﹂についてさえも、原則として証拠能力を否定し、供述不能など例外的な場合に限って証拠能力を認めることとしているのである ₃₂

。陪審法中証拠法に関する規定は、第七十一条  証拠ハ別段ノ定アル場合ヲ除クノ外裁判所ノ直接ニ取調ヘタルモノニ限ル第七十二条  左ニ掲クル書類図画ハ之ヲ証拠ト為スコトヲ得   一  公判準備手続ニ於テ取調ヘタル証人ノ訊問調書   二  検証、押収又ハ捜索ノ調書及之ヲ補充スル書類図画   三  公務員ノ職務ヲ以テ証明スルコトヲ得ヘキ事実ニ付公務員ノ作リタル書類   四  前号ノ事実ニ付外国ノ公務員ノ作リタル書類ニシテ其ノ真正ナルコトノ証明アルモノ   五  鑑定書又ハ鑑定調書及之ヲ補充スル書類図画第七十三条  裁判所、予審判事、受命判事、受託判事其ノ他法令ニ依リ特別ニ裁判権ヲ有スル官署、検事、司法警察官又ハ訴訟上ノ共助ヲ為ス外国ノ官署ノ作リタル訊問調書及之ヲ補充スル書類図画ハ左ノ場合ニ限リ之ヲ証拠ト為スコトヲ得

  一  共同被告人若ハ証人死亡シタルトキ又ハ疾病其ノ他ノ事由ニ因リ之ヲ召喚シ難キトキ   二  被告人又ハ証人公判外ノ訊問ニ対シテ為シタル供述ノ重要ナル部分ヲ公判ニ於テ変更シタルトキ   三  被告人又ハ証人公判廷ニ於テ供述ヲ為ササルトキ第七十四条  前二条ノ場合ノ外裁判外ニ於テ被告人其ノ他ノ者ノ供述ヲ録取シタル書類又ハ裁判外ニ於テ作成シタル書類図画ハ供述者若ハ作成者死亡シタルトキ又ハ疾病其ノ他ノ事由ニ因リ召喚シ難キトキニ限リ之ヲ証拠ト為スコトヲ得

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   同志社法学 六七巻二号二五三六〇七 第七十五条  証拠ト為スコトニ付訴訟関係人ノ異議ナキ書類図画ハ前三条ノ規定ニ拘ラス之ヲ証拠ト為スコトヲ得の五箇条である。

  陪審法は、第七一条において、裁判所が直接に取り調べた証拠のほかは原則として証拠能力を認めないこと、すなわち直接審理主義の採用を高らかに宣言する ₃₃

。同じく司法委員会において審議された旧刑事訴訟法において無制限の証拠能力が認められていた﹁法令ニ依リ作成シタル訊問調書﹂についてさえ、供述不能の場合(第七三条第一号、第三号)や、重要な事項についての供述の変更の場合(同条第二号)に限って証拠能力を認めることとし ₃₄

、さらに、旧刑事訴訟法第三四五条の証拠能力の制限の例外に相当する規定として第七四条を設けたが、旧刑事訴訟法に比べれば、証拠書類の証拠能力を大きく制限しているということができる ₃₅

  かくして、陪審法は、直接審理主義を大幅に採り入れ、旧刑事訴訟法の証拠能力規定を厳格な方向に改めたのである。 六  ところが、戦争の激化が事情を一変させる。昭和一七年の戦時刑事特別法(昭和一七年法律第六四号)が制定され、その第二五条においては、﹁地方裁判所ノ事件ト雖モ刑事訴訟法第三百四十三条第一項ニ規定スル制限ニ依ルコトヲ要セズ﹂とされたのである。ここにおいて、検事あるいは司法警察官の作成したいわゆる﹁聴取書﹂は、証拠能力の制限を脱し、証拠能力に関してはフリーパスとなり、証拠能力を獲得するに至ったのである。

  戦時刑事特別法において、いわゆる﹁聴取書﹂の証拠能力の制限が撤廃された理由として、松尾浩也教授は、国防保安法(昭和一六年法律第四九号)が採用した検察官の強化(強制権限の付与)が戦時刑事特別法では見送られたことの﹁代替物﹂であったという ₃₆

。検察権強化を見送る代わりに、聴取書に証拠能力を認めたというのである。立法が、さまざまな﹁駆け引き﹂によって、いびつな形で生まれることは、いつの時代も変わらない。

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   同志社法学 六七巻二号二五四六〇八

  そしてまた、翌一八年には、直接審理主義を徹底したはずの陪審法も、その施行を停止したのである(昭和一八年法律第八八号)。ここに至って、証拠書類についての証拠能力の制限はなくなり、旧々刑事訴訟法の証拠能力無規制の状況に逆戻りしたのである。

七  新刑事訴訟法案においては、どうであったろうか ₃₇

。昭和二一年四月、五月当時において、司法省刑事局は、新刑事訴訟法に﹁証拠法﹂に関する規定を設けるべきかどうか、検討すべきではあるが ₃₈

、基本的には最高裁判所の規則にゆだねればよいといった程度の認識しかなかったように窺われ ₃₉

₄₀

。そして、同年七月九日の﹁刑事訴訟法改正に付考慮すべき問題﹂には、﹁証拠法﹂に関する問題は全く含まれていないのである ₄₁

。ところが、昭和二一年七月二七日の﹁刑事訴訟法改正方針﹂(司法省刑事局作成)においては、その第四一において証拠能力に関する規定を設けることとしている。その内容は、次のとおりである ₄₂

。第四十一  証拠能力に関する規定を次の様な趣旨に改める。   一、(略)   二、証人その他の者の供述又はその供述を録取した書類は、被告人にその訊問の機会が与へられた場合でなければ、これを証拠とすることができないものとすること(憲法草案三四条二項)。

  三、証拠は、公判期日において直接取調べたものに限るものとすること。但し、公判期日において直接に取調べることができないもの又は著しく困難なものについては、訊問調書その他の証拠書類を用ひることができるものとすること。

  四、証拠とすることについて訴訟関係人に異議がないときは、二及び三の制限によることを要しないものとすること。

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   同志社法学 六七巻二号二五五六〇九   新刑事訴訟法に証拠に関する規定を設けることとした経緯は、必ずしも明らかでないが、﹁改正方針﹂第四一の第二項は憲法草案第三四条第二項の要請を充たすために必要と考えられたのであろう。これに対して、第三項は、陪審法の直接審理主義を引き継ぐものである。旧刑事訴訟法第三四三条の規定とは違って、陪審法と同じく、直接審理主義を徹底し、訊問調書(第三四三条では証拠能力が認められていた。)を含むすべての証拠書類の証拠能力を原則的に否定し、供述不能等の場合に限って、これを認めようとする、洵に画期的な証拠能力制限といってよかろう。

  旧刑事訴訟法における聴取書など非公式の捜査書類に限っての証拠能力制限ではなく、陪審法の直接審理主義に依ることとしたのは何故であろうか。これよりさき昭和二一年三月のマニスカルコ案においては、第三四三条について﹁本条は削除せらるべきである。﹂との意見が表明されており ₄₃

、旧刑事訴訟法第三四三条の線で証拠書類の証拠能力制限を立案することが困難であることは示唆されていたといえようが ₄₄

、それ以上に、証拠能力に関する定めをどのようにするかについて、いかなる検討がなされたのか、残された資料からは明らかでない。したがって、あくまで推測の域を出ないが、いずれ陪審制が採用されることになるのではないかとの予測 ₄₅

のもとに、陪審法の証拠能力制限を基本とすることとしたのではないだろうか ₄₆

  そして、昭和二一年八月二日の﹁刑事訴訟法改正方針(証拠能力に関する規定)﹂は、次のとおりとされている ₄₇

。第四十一  証拠能力に関する規定をほぼ次のやうな趣旨に改めること。

  一、証拠は左に掲げる場合を除く外原則として公判期日において直接取調べたものに限るものとすること。    ㈠  公判期日において証拠を直接に取調べることができない場合又は著しく困難な場合において、これに代わる検証調書、訊問調書、鑑定調書、鑑定書又は任意の聴取書、その他の証拠書類。

   ㈡  公務員が職権で証明することのできる事実について公務員が作つた書類。

(12)

   同志社法学 六七巻二号二五六六一〇

   ㈢  前項の事実について外国の公務員が作つた書類であつて、その真正なことの証明があるもの。   二、証人その他の者の供述は、その供述に際して被告人にその訊問の機会が与へられた場合でなければ、これを証拠とすることができないものとすること。但しその機会を与へることができなかつたもの又は困難であつたものについては、その供述者を公判期日で取調べることができない場合又は著しく困難な場合に限つて、これを証拠とすることができるものとすること(憲法草案三四条二項参照)。

  三、証拠とすることについて、訴訟関係人に異議がないときは、一及び二の制限によることを要しないものとすること。

  四、(略)   この第四一の第一項は、七月二七日の﹁刑事訴訟法改正方針﹂の第三項のただし書を独立させて、㈠としたうえ、その内容を具体化したものであるが(﹁任意の聴取書﹂を追加している。)、陪審法との関係でいえば、陪審法第七二条第一号(公判準備手続ニ於テ取調ヘタル証人ノ訊問調書)、第二号(﹁検証、押収又ハ捜索ノ調書及之ヲ補充スル書類図画﹂)が無条件で証拠能力制限の例外としていたのに対して、ここでは、﹁公判期日において証拠を直接に取調べることができない場合又は著しく困難な場合﹂との条件が付加されているのである。新たに㈡として公務員作成文書、㈢として外国公務員作成文書をその例外としたものである。公務員作成文書及び外国公務員作成文書については、陪審法第七二条第三号、第四号の規定を参考にしたものであろう。現行刑事訴訟法第三二三条第一号に同種の伝聞例外規定(﹁戸籍謄本、公正証書謄本その他公務員(外国の公務員を含む。)がその職務上証明することができる事実についてその公務員が作成した書面﹂)が存するが、﹁刑事訴訟法改正方針﹂のこの案は、もとより直接審理主義の例外であって ₄₈

、伝聞法則の例外として捉えていたものではない。団藤助教授(当時)のメモ ₄₉

によれば、司法法制審議会第三小委員会において、宮城

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   同志社法学 六七巻二号二五七六一一 実委員(当時東京地裁判事)が﹁審理手続が英米式になつても、証拠は英米式では困る。しかし、三四三よりも、もつと制限すべきだ。少くとも陪審法程度になるべきだらう。﹂と発言したとのことであり、司法省の立法当局も、多かれ少なかれ同様の理解に立っていたのではなかろうか。

  その後、司法法制審議会第三小委員会の審議 ₅₀

に付され可決された﹁刑事訴訟法改正要綱試案﹂(昭和二一年八月五日) ₅₁

、司法法制審議会第二回総会 ₅₂

に提出された﹁刑事訴訟法改正要綱試案﹂(昭和二一年八月八日) ₅₃

を経て、第三回臨時法制調査会総会で可決された﹁刑事訴訟法改正要綱案﹂(昭和二一年一〇月二三日) ₅₄

も、基本的な点において変更はなかった。

  なお、伝聞法則の採用に関しては、当時から意識はされていたものの、団藤助教授(当時)のメモには﹁(伝聞証拠等はルールによる)﹂と記載されており、また第三小委員会第九回会議(昭和二一年八月七日) ₅₅

において、山口貞昌幹事から﹁第三十二に伝聞証拠は証拠とならぬ旨の規定をおきたい﹂との意見が出されたのに対して、団藤幹事は、﹁伝聞証拠を証拠としないといふ規定を設けるといふ御提案は尤もですが、かゝる問題は証拠能力の制限一般に関係あるもので、訴訟法の一々入れていては窮屈でありますから、そのごく重要なもののみをこゝにあげ、他はルールにゆづりたい。証拠能力の制限は被告人に有利なものであるからルールにゆづることは差し支えないと考えます﹂と述べている。司法省としては、伝聞法則は最高裁判所規則で制定することを意図していたことがうかがえるのである。しかし、直接審理主義による証拠能力の制限と伝聞法則によるそれとの関係をどのように解していたのか、資料からは必ずしも明らかではない。

  八月五日の要綱試案は、同月六日、総司令部に提出され、これをもとに改正刑事訴訟法第一次案が策定された ₅₆

八  改正刑事訴訟法第一次案(昭和二一年八月二八日付け)は、

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   同志社法学 六七巻二号二五八六一二

(公)第二十三条(新)証拠は、別段の定ある場合を除く外、公判期日において直接取調べたものに限る。(公)第二十四条(新)左に掲げる証拠書類は、これを証拠とすることができる。

    一  公判期日において、証拠を直接に取調べることができない場合又は著しく困難な場合において、これに代わる検証調書、訊問調書、鑑定調書、鑑定書その他の証拠書類     二  公務員が職務上証明することができる事実について、公務員が作つた書類     三  前号の事実について、外国の公務員が作つた書類であつて、その真正なことの証明があるもの    (

別案があるが省略)(公)第二十五条(新)証人その他の者の供述は、その供述に際して、被告人に、訊問の機会を与へられた場合でなければ、これを証拠とすることができない。但し、その機会を与へることができず又は著しく困難であつた場合はこの限りでない。

     証人その他の者の供述を録取した書類で、公訴提起前に作成されたもの以外のものは、(公)第二十四条第一号の規定に拘らずその供述に際して、被告人に訊問の機会が与えられた場合でなければこれを証拠とすることはできない。但し、その機会を与へることができず又は著しく困難であつた場合はこの限りでない。というものであり、八月八日の改正要綱試案をベースにしたものであることは明らかである。昭和二一年九月の﹁改正刑事訴訟法第二次案﹂ ₅₇

も、その基本ベースは八月八日要綱試案であるが、公判調書、尋問調書、検証調書などの書類については、第一次案においては存在したところの﹁公判期日において、証拠を直接に取調べることができない場合又は著しく困難な場合において﹂との条件に代わって、被告人の請求があるときは、公判期日において被告人にその公務員又は鑑定人を証人又は鑑定人として訊問する機会を与えなければ、書類図画を証拠とすることができないこととし、そ

(15)

   同志社法学 六七巻二号二五九六一三 の機会を与えることができないか、著しく困難であった場合に限って、訊問の機会を与えなくても証拠とすることができることとしている。これは、折しも帝国議会で審議中の新憲法案第三四条第二項に適合するよう配慮したのであろう。    改正刑事訴訟法第二次案(公)第十七条  証拠は特別の定のある場合を除いては、公判期日において直接に取り調べたものに限る。(公)第十八条(新)左に掲げる書類図画は、これを証拠とすることができる。

     一  公判調書      二  検証、押収又は捜索の調書及びこれを補充する書類図画      三  公務員が職務上証明することができる事実についてその公務員が作つた書類      四  前号の事実について、外国の公務員が作つた書類であって、その真正なことの証明があるもの      五  証人訊問調書      六  鑑定書又は鑑定人訊問調書及びこれを補充する書類図画       前項第三号乃至第六号に掲げる書類図画は、被告人の請求があつたときは、前項の規定にかゝはらず、これらの書類図画に関し公判期日において被告人にその公務員又は鑑定人を証人又は鑑定人として訊問する機会を与へた場合でなければ、これを証拠とすることができない。但し、その機会を与へることができず又は著しく困難であった場合はこの限りでない。(公)第十九条(新)前条に掲げるもの以外の書類図画は左に掲げるものに限りこれを証拠とすることができる。

     一  供述を録取した書類であつて供述者を公判期日において取り調べることができないもの又は著しく困難なもの

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   同志社法学 六七巻二号二六〇六一四

     二  前号に掲げるもの以外の書類図画であつて作成者を公判期日において取り調べることができないもの又は著しく困難なもの(公)第二十条(新)供述を録取した書類であつて、公訴提起後作成されたものは、前二条の規定にかゝはらず、その供述に際して、被告人に訊問の機会が与へられた場合でなければ、これを証拠とすることができない。但し、その機会を与へることができず又は著しく困難であつた場合はこの限りでない。

     証人訊問調書並びに鑑定人訊問調書及びこれを補充する書類については、前項の規定を適用しない。(公)第二十一条(新)証人その他の者の供述は、その供述に際して被告人に訊問の機会が与へられた場合でなければ、これを証拠とすることができない。但し、その機会を与へることができず、又は著しく困難であつた場合はこの限りでない。(公)第二十二条(新)証拠とすることについて訴訟関係人に異議がない書類図画は、(公)第十六条乃至前条の規定にかかはらず、これを証拠とすることができる。

  改正刑事訴訟法第三次案(昭和二一年一一月) ₅₈

、第四次案(昭和二一年一二月) ₅₉

、第五次案(昭和二二年二月) ₆₀

(該当条文は、第三六五条から第三六九条までの五箇条である)にも基本的な変更はない。

  そして、政府が帝国議会に提出するために準備したのが第六次案(昭和二二年三月) ₆₁

であった。

  改正刑事訴訟法第六次案(昭和二二年二月)第三百六十四条  証拠は、特別の定のある場合を除いては、公判期日において直接に取り調べたものに限る。第三百六十五条  左の書類図画は、これを証拠とすることができる。

  一  公判調書

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   同志社法学 六七巻二号二六一六一五   二  検証、押収又は捜索についての調書及びこれを補充する書類図画   三  証人尋問調書   四  鑑定書又は鑑定人尋問調書及びこれらを補充する書類図画    前項第三号及び第四号に掲げる書類図画は、被告人が証人又は鑑定人の尋問に際し、これに立ち会い、且つ当該証人又は鑑定人を尋問する機会を与えられた場合を除いては、同項の規定にかかわらず、これらの書類図画に関し、公判期日において、被告人にその証人又は鑑定人を尋問する機会を与えなければ、これを証拠とすることができない。但し、その機会を与えることができず、又は著しく困難な場合は、この限りでない。第三百六十六条  前条に掲げるもの以外の書類図画は、左のものに限り、これを証拠とすることができる。

  一  供述を録取した書類で供述者を公判期日において取り調べることができないもの又は著しく困難なもの   二  前号に掲げるもの以外の書類図画で作成者を公判期日において取り調べることができないもの又は著しく困難なもの第三百六十七条  証拠とすることについて訴訟関係人に異議のない書類図画は、前二条の規定にかかわらず、これを証拠とすることができる。第三百六十八条  証人その他の者の供述は、その供述に際し被告人にその証人その他の者を尋問する機会を与えなければ、これを証拠とすることができない。但し、その機会を与えることができず、又は著しく困難な場合は、この限りでない。

  第一次案においても、陪審法の証拠能力の制限規定との関連は見出せるが、ここでは、便宜、第六次案によって、陪審法の規定との関係をみておくこととする。第六次案第三六四条は陪審法第七一条と、第三六五条第一項第二号は陪審

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   同志社法学 六七巻二号二六二六一六

法第七二条第二号と、第三六五条第一項第四号は陪審法第七二条第五号と、酷似する。また、第三六五条第一項第三号は陪審法第七二条第一号に対応するものであろう。第三六五条第二項は、その前年一一月三日に公布された新憲法第三七条第二項を意識した規定であろう。第三六六条第一号(供述録取書)、第二号(供述録取書以外の証拠書類)は、陪審法第七四条に対応し、併せて陪審法第七三条第一号、第三号をも含むものであろう。なお、陪審法では、第七三条第二号において、公判において、供述の重要な部分において、訊問調書の供述と異なる供述をしたときは、訊問調書が証拠能力を有することとされていたが、この点については、第六次案では採用されていない。その理由は定かでないが、第六次案第三六六条が法令により作成する証拠書類のみならず各種の証拠書類を含むこととした点が考慮されたのであろうか。また、第六次案第三六七条は陪審法第七五条に対応する規定であることは自明であろう。立案者自身も、これらの証拠能力制限規定について、﹁陪審法を参酌し書類の証拠能力を厳重に制限した﹂と述べているのである ₆₂

  陪審法の規定が参考にされたのは何故であろうか。それは、陪審手続が﹁公判廷に顕れた証拠のみを以て判断の資料とすることを本則とする﹂ ₆₃

からにほかならない。司法省立案当局は、ある時点からは、証拠法に関する規定を設けることとしたものの、旧刑事訴訟法(第三四三条)のように証拠能力の制限を一定の場合に限定することでは、総司令部を説得することが困難であると考えたのであろう。第六次案では、第三六四条、第三六六条第一号により、いわゆる供述録取書について、陪審法の採用していた比較的厳格な﹁直接審理主義﹂の観点から、その証拠能力が原則として否定されていることが看取できるのである。

九  日本側は、改正刑事訴訟法第六次案をもって政府最終案としようとしたのであるが、﹁総司令部側における審査の遅延と、第九二回帝国議会の会期切迫によって、実現不能に陥った﹂ ₆₄

のである。

  そこで、昭和二二年五月三日の新憲法の施行に間に合わせるべく、急遽その方針を変更し、取り急ぎ立案されたのが、

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   同志社法学 六七巻二号二六三六一七 ﹁日本国憲法の施行に伴う刑事訴訟法の応急的措置に関する法律案﹂(なお、当初は﹁日本国憲法の施行に伴う刑事訴訟法の臨時特例に関する法律案﹂との題名であった。)である。この法案では、証拠法に関する規定は第一〇条(供述強要禁止、自白法則及び補強法則)、第一一条(当事者の被告人・証人等に対する訊問権)及び第一二条(供述録取書の証拠能力)の三箇条であった。司法省の第一二条案については、司法省と総司令部の折衝の結果設けられた﹁特別法案改正委員会﹂の第八回会議(昭和二二年三月一三日開催)において、総司令部側から、次の修正案 ₆₅

が提示され、そのまま帝国議会において可決成立した。第十二条  証人その他の者(被告人を除く。)の供述を録取した書類又はこれに代わるべき書類は、被告人の請求があるときは、その供述者又は作成者を公判期日において訊問する機会を被告人に与えるか、又は、被告人に対してこれらの者の訊問に立会い、且つ加わる相当な機会を与えたものでなくては、これを証拠とすることができない。但し、その機会を与えることができず、又は著しく困難な場合は、裁判所はこれらの書類についての制限及び被告人の憲法上の権利を適当に考慮して、これを証拠とすることができる。

  応急措置法第一二条の規定は、おそらくは米国の一九四二年の模範証拠法典(

M od el C od e o f E vid en ce

)第五〇四条の影響を受けたものであろう。これは、たとえ事後であっても反対尋問がなされれば(いわゆる

be la te d cr os s- ex am in at io n

)、証人の知覚した事項を録取した陳述書を伝聞証拠から排除し、実質証拠として許容するものである ₆₆

。その意味においては、この時点においてすでに、英米法の伝聞法則の一部が顧慮されたことになるのではなかろうか。

一〇  応急措置法によって、新憲法と旧刑訴法との不整合について一応の解決を図られたことから、司法省では、第六次案をベースにして、刑事訴訟法の改正作業を再開したが、証拠書類の証拠能力についてみれば、再開当初は、第六次案の引き写しであったものが ₆₇

、第七次案以降 ₆₈

は、第六次案までの直接審理主義的規定は姿を消し、応急措置法第一二条

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   同志社法学 六七巻二号二六四六一八

の規定を手直しする形で進められたのである。これは、昭和二二年七月から八月にかけて開催された﹁刑訴改正準備懇談会﹂ ₆₉

における懇談の結果、応急措置法の線で改正案を策定することとされたようである ₇₀

。その理由は、定かでない。このようにして策定され、総司令部との協議に付された改正刑事訴訟法案(第九次案)も、応急措置法の規定をモディファイしたものにすぎなかった。そこには、直接審理主義の宣明すらなく、むしろ陪審法の証拠能力の制限から大幅に後退したものであったのである。

  政府が総司令部に提出した改正刑事訴訟法第九次案(昭和二二年一〇月)中、証拠書類に関する規定は、次のとおりである。第二百五十七条  証人その他の者(被告人を除く。以下同じ。)の供述(裁判官の面前における供述を除く。)を録取した書類で公訴の提起後に作成されたものは、これを証拠とすることができない。但し、公判期日において尋問することができず、又は著しく困難な者の供述を録取した書類は、この限りでない。第二百五十八条  証人その他の者の供述を録取した書類(前条の規定により証拠とすることができないものを除く。)又はこれに代わるべき書類は、その供述者又は作成者を公判期日において当該事件について判決する裁判官の面前で尋問する機会を被告人に与えなければ、これを証拠とすることができない。但し、その機会を与えることができず、又は著しく困難な場合には、これらの書類についての制限及び被告人の憲法上の権利を適当に考慮して、これを証拠とすることができる。

   前項の規定は、左の書類については、これを適用しない。   一  公務員の職務上証明することができる事実について公務員が作つた書類   二  前項の事実について外国の公務員が作つた書類でその真正なことの証明があるもの

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   同志社法学 六七巻二号二六五六一九 第二百五十九条  証拠とすることについて被告人に異議がない書類は、前二条の規定にかかわらず、これを証拠とすることができる。公判手続の更新前に被告人に異議がなかったものについても、同様である。

  このように、第九次案においては、公訴提起前 4に作成された供述録取書等については、公判裁判所の面前で当該供述者等に対する尋問の機会を被告人に与えなければ、原則として証拠能力を認めないこととし(第二五八条第一項)、公訴提起後 4に作成された供述録取書(裁判官によるものを除く。)は、原則として証拠能力がないものとしている(第二五七条)。公訴提起前の供述録取書に関する第二五八条第一項は、応急措置法第一二条をベースにしたものであるが、応急措置法第一二条が供述者又は作成者に対する訊問について、﹁被告人の請求があるとき﹂に限っているのに対して、第九次案は、被告人の請求の有無を問わないこととしている。また、応急処置法第一二条本文後段部分が削られており、証拠能力の要件を厳しくしている。第二五八条は、公訴提起前の供述録録取書の証拠能力を、証人尋問の機会を付与する条件付きで肯定するものであって、前に述べたように米国の模範証拠法典(

M od el C od e o f E vid en ce

)を範としたものであれば、既に伝聞法則に片足を踏み入れたとも評し得るが、立案担当者にそこまでの認識があったかどうかは定かでない ₇₁

。実質的に見れば、直接審理主義からすら一歩後退したものとなっているのである。

一一  これに対して、総司令部民政局(

G ov er nm en t S ec tio n

。以下﹁GS﹂という。)は、昭和二三年三月まで第九次案に関する﹁準備的研究﹂を行い、同年三月下旬から四月上旬までの間、GSの求めにより、司法省側からGSに対するレクチャーが行われた。その後、日本側とGS側の協議の場としての刑事訴訟法改正協議会 ₇₂

が設けられ、総司令部内において、同年四月一三日の第一回から五月五日の第一六回まで、精力的な議論がなされたようである ₇₃

  刑事訴訟法改正協議会では、GS側から示されたいわゆるプロブレム・シートを中心に協議された。司法省担当官は、会議の一、二日前に日本側に届いたプロブレム・シートをとり急ぎ翻訳して、日本側委員に配布し、刑事訴訟法改正協

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   同志社法学 六七巻二号二六六六二〇

議会においては、GS側がプロブレム・シートについて説明し、日本側委員に意見を求めるという形で進行したようである ₇₄

  GSは、プロブレム・シートにより、証拠書類等の証拠能力に関して、次のような問題を提起した(原文は英語により提出されたものであり、以下の日本語訳は、横井大三検事の手になる﹁新刑事訴訟法制定資料㈠﹂による。)。

      第五問  法廷外の供述を証拠として使用する場合の基準参照  二五七、二五八、第二問及び第一〇問(理由三)問題  公判前になされた証言或は陳述を録取した書類を刑事の公判に於て使用することについては、如何なる基準を設くべきであるか。理由  公判において口頭でなされる証言は、大多数の場合公判廷外においてなされた証言を録取した書類による証言よりもより完全な形式の証拠(英文は、

m or e sa tis fa ct or y fo rm o f e vid en ce

)である。而して口頭の証言は証拠の価値即ち信憑力を検討するのに書面による証言よりもより十分の機会があるから、証拠提出の方法として優先権を与えらるべきである。故に証言録取書類は、その供述者を証人として使用し得る限り公判において使用さるべきではない。勧告  前掲参照条文及びこれに関連する改正案中の他の条文は、左に基本原則に従つて訂正さるべきであることを勧告する。

  一  公判前に保全された証言を録取した書類或は人の供述を録取した書類(検察官又は司法警察職員の訊問の記録を含む。)は、刑事裁判においては、証言又は陳述を記録された者が公判期日において死亡又は国外に居る時又は身体の故障、心神喪失により証人として裁判官に訊問され得ない時でなければ証拠として使用する

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   同志社法学 六七巻二号二六七六二一 ことができない。

  二  この一般原則は、公判手続中に受命又は受託裁判官の面前で訊問された証人の証言の記録には適用しない。蓋し、かかる証人は(第二問の特則により)公判廷において訊問し得ないものであったからである。又戸籍謄本の如く一定の公務員の作った記録又は外国領事により証明された書類等事実の存在を記録し、かかる事実の存在を公証する書類を作る任務を有する公務員によって適法に認証された書類についても、この原則は適用されない。(第二五八条第二項参照)

  三  右の一般原則にかかわらず、被告人において証拠とすることに異議のない書類は証拠とすることができる。(第二五九条による)

  日本側は、総司令部の承認した応急措置法第一二条の規定に準じて改正第九次案第二五八条を立案したものと思われるが、GSは、ここにおいて、捜査機関の供述録取書に関して、被告人に対して公判廷で当該供述者を尋問する機会を与えたと否とにかかわらず、原則として証拠能力を認めないこととし、その例外を供述不能の場合に限定する基本方針を示したことになる ₇₅

。おそらくは米国の伝聞法則をベースとする勧告であったろうが、この勧告の文言だけからは、いまだ直接審理主義による規制を厳格に行ったとの見方もできなくはない(勧告第二項、第三項は、第九次案の第二五八条第二項、第二五九条を是認しているのである。)。さらに、プロブレム・シート第一〇問は、次のようにいう。

      第一〇問  司法警察職員の尋問、取調及びその作成書類の証拠能力問題  司法警察職員が行う訊問及び取調については、如何なる規定を設くるのが正しいか。又彼等の手続において作成された書類は公判において如何なる条件の下に証拠としての使用を認むべきであるか。理由  ガヴアーメント・セクシヨンは長い研究の結果、左に掲げる基本原則が検察官及び司法警察職員の行う訊

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   同志社法学 六七巻二号二六八六二二

問及び取調並に彼等が録取した証言を公判において使用することに関して設けられねばならぬと提案する。

  一、二   (略)   三  検察官、司法警察職員の作成した訊問調書は如何なるものであつても証人 99の供述 99を録取した証拠として法廷に提出し得ない。又これを起訴状と共に又起訴状に関連して提出することもできない ₇₆

。但し、その証言をなした証人が出頭し得ない場合にのみ 99、これを証拠の目的に提出することができる。(茲に出頭し得ない場合とは、証人が裁判所、受命又は受託裁判官の前に出頭し得ない場合を含む。)

  四、五、六

。るれわ思   第施す。第二五七条、条二五八正の変更が必要とを修に右刑事訴訟法の本文中なの勧原則を実行するに必要告   ()略   このプロブレム・シート第一〇問の第三項は、第五問と同様の問題提起であろう。   右のプロブレム・シートは、供述録取書については、検察官の作成によるものであれ、司法警察職員の作成によるものであれ、原則として証拠能力を否定し、供述不能の場合に限り例外を認めるものであった。

  しかし、その後、このプロブレム・シートは修正され、検察官の作成した供述録取書については、供述不能の場合だけではなく、前に行った供述と相反する供述と特信情況の存在という比較的緩い要件を充たせばその証拠能力を肯定することとされたのに対し(第五問及び第一〇問の修正(一)四、B、2)、司法警察職員の作成したそれは、供述不能の要件に加えて新たに不可欠性、特信情況という厳しい要件を追加する修正がなされることとなったのである(第五問及び第一〇問の修正(二)D、1、⑵)。

      第五問及び第一〇問の修正(一)

(25)

   同志社法学 六七巻二号二六九六二三 参照  以下に述べる理論は第五問及び第一〇問に代わるものである。理由  我々GSは次の如く提案する。即ち検察官及び警察官の取調、裁判官の前における公判前の証言、起訴及び公判前に為された諸資料(記録並びに供述)を公判において証拠として使用することについては、左の諸原則が適用されねばならない。

   之等の原則と矛盾せざる限り、刑事訴訟法改正案の規定はその適用を存続するものである。    一ないし三

  (略)    四  公判前に為された証拠資料(供述並びに調書の類)を公判廷において使用すること。     A  裁判官の前で録取された供述の使用。      1  被告人(又はその弁護人)及び検事が同意する場合には裁判所は裁判官が公判前にとつた供述の記録を、公判のとき証人の出頭がなくとも、事実認定の基礎として使用することができる ₇₇

       裁判所は裁判官が公判前にとつた供述の記録を次の場合には常に事実認定の基礎として使用することができる。

      a  証人がその供述を公判の時に再び述べることができない場合(即ち、証人が死亡し、又は日本国外に在り、又は肉体的、精神的に無能のため証言し得ないとき又は証人の所在が不明のとき)。

      b  証人が公判の時、以前に述べた供述と異つた供述をしたとき。     B  警察官及び検察官の訊問調書の使用。      1  被告人が同意する場合には、検察官は公判において、検察官又は司法警察職員が作成した起訴前の訊問調書を証拠として提出できる ₇₈

。裁判所はかかる証拠を事実認定の基礎として使用することができる。

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