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雪村筆《瀟湘八景図屏風》 : 幽大なる老境の「気 」

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(1)

雪村筆《瀟湘八景図屏風》 : 幽大なる老境の「気

著者 吉田 智美

雑誌名 文化學年報

号 62

ページ 564‑581

発行年 2013‑03‑15

権利 同志社大学文化学会

URL http://doi.org/10.14988/00027758

(2)

雪村筆《瀟湘八景図屏風》 : 幽大なる老境の「気

著者 吉田,智美

雑誌名 文化學年報

号 62

ページ 564‑581

発行年 2013‑03‑15

権利 同志社大学文化学会

URL http://doi.org/10.14988/00027758

(3)

雪 村 筆 ︽ 瀟 湘 八 景 図 屏 風 ︾

│ 幽 大な る 老 境の

﹁ 気

﹂│

吉 田 智 美

は じ め に 雪村

周継

︵一 六世 紀︶ が晩 年に 描い た大 作に

︽瀟 湘八 景図 屏風

︾︵ 六 曲一 隻 紙本 墨画

152.0

×

349.5 cm

︶︵ 図1

︶が あ る︒ 画面 左端 には

﹁継 雪村 老時 八十 六歳 図之

﹂と の落 款が あり

︑雪 村の 制作 年齢 がわ かる 数少 ない 作例 であ るの みな ら ず︑ 現時 点で はこ れよ り遅 い年 記を もつ 作品 が見 つか って いな いこ とか ら︑ 彼が 最晩 年に 描い た作 品と して も重 視さ れ てい る︒ 大観 的な 視点 から 山や 湖を 描い た本 作品 は︑ 見る 者に 雄大 であ りな がら 静か な印 象を 与え る︒ 一方 で︑ 画面 の左 半分 を 占め る大 きな 雪山 の奇 妙な 描写 が目 を引 く︒ 淡墨 で波 打つ よう に描 かれ た稜 線は 柔ら かで 捉え どこ ろが なく

︑そ の形 態 は︑ 山と いう より もむ しろ

︑湧 き上 がる 雲︑ ある いは 巻き 返す 波の よう な流 動性 を感 じさ せる ので ある

︒ 先行 研究 にお いて もこ うし た雪 山の 描写 が注 目 さ れ︑

﹁特 異 な 変容 を 見 せ なが ら 躍 動﹂ する 雪 山 が︑ 浦上 玉 堂 が 描い た

﹁化 物山 水の 先駆 的表 現﹂ とす る見 解が ある ほか

︑朝 鮮絵 画か らの 影 響 も指 摘 さ れて き た!

︒ し かし

︑作 品 全 体 につ い て論 じた もの はな い︒

― 564 ―

(4)

本 稿は

︑︽ 瀟 湘 八景 図 屏 風︾ に描 か れ て いる モ チ ーフ や そ の描 写 を 詳 細に 検討 し︑ また

︑他 の雪 村作 品と の比 較を 行う とと もに

︑時 代的 な思 想背 景を 探る こと によ って

︑本 作品 にど のよ うな 特質 があ るの かを 読み 解こ うと する もの であ る︒ そ の た めに 第 一 章で は

︑ま ず︑

︽ 瀟 湘八 景 図 屏風

︾を

︑主 と し て 筆 法

︑モ チー フの 点か ら分 析す る︒ また

︑他 の雪 村作 品を 時代 を追 って 検討 する こと によ って その

﹁動

﹂表 現の 変遷 と︑ 本作 品に おけ る﹁ 動﹂ 表現 の特 質を 明ら かに する

︒第 二章 では

︑同 時代 の思 想背 景を 探り

︑雪 村が 関わ りを もっ た禅 林に おい て朱 子学 が盛 んで あっ たこ と︑ また

︑彼 が道 教的 モチ ーフ を多 く描 いて いる こと から

︑道 教に 強い 関心 を持 って いた と考 えら れる こと を指 摘す る︒ 第 三章 で は︑

︽ 瀟湘 八 景 図屏 風

︾の 画 面 が︑ 単に 動 的 な表 現 を 含む の み なら ず︑ 動・ 静︑ 明・ 暗︑ とい った 対立 する 性質 をも つモ チー フに よっ て構 成さ れて いる こと に着 目し

︑そ れら の根 底に

︑中 国思 想の 世界 観が ある 可能 性 を 指 摘 す る︒ ま た

︑終 章 で

︑江 戸 時 代 の 雪 村 評 価 と も い え る﹃ 説 門 弟 資 云﹄ が︑ やは り雪 村の 作品 に中 国特 有の 概念 であ る﹁ 気﹂ を見 出し てい たこ とに 言及 し︑ その 可能 性を 確認 する

1 《瀟湘八景図屏風》

― 565 ― 雪村筆《瀟湘八景図屏風》

(5)

第一 章

︽瀟 湘 八 景図 屏 風

︾に お け るダ イ ナ ミズ ム 第

一節

︽瀟 湘八 景図 屏風

︾に つい て 瀟湘 八景 図と は︑ 中国

・湖 南省 に位 置す る洞 庭湖 に注 ぐ湘 江︑ 瀟水 とい う二 つの 川が 合流 する 地点 を舞 台に 設定 され た

︑季 節・ 時間 帯の 異な る八 つの 主題 を描 くも ので ある

︒鎌 倉時 代︑ 中国 から 入っ て来 たこ の画 題は

︑室 町時 代に 入っ て 大流 行し

︑雪 村も また 瀟湘 八景 を好 んで

︑繰 り返 し描 いて いる

︒ 本作 品は

︑一 双屏 風の 左隻 のみ が残 った もの で︑ 画面 には 向か って 右か ら︑

﹁ 瀟湘 夜雨

﹂﹁ 平沙 落雁

﹂﹁ 洞 庭秋 月﹂

﹁江 天 暮雪

﹂の 四景 が描 かれ てい る︒ 失わ れた 右隻 には

﹁山 市晴 嵐﹂

﹁ 遠浦 帰帆

﹂﹁ 煙寺 晩鐘

﹂﹁ 漁 村夕 照﹂

︵順 不同

︶の 四景 が 描か れて いた と考 えら れる

︒大 正元 年に 刊 行 され た

﹃美 術 聚英

﹄︵ 第 一 九 冊︶ には 侯 爵 黒田 長 成 蔵と あ り︑ 本 作 品が も と福 岡の 黒田 家に 伝来 した こと が知 れる が︑ 売立 当時 すで に左 隻の みと なっ てお り︑ 残念 なが ら右 隻の 様子 は明 らか で はな い!

︒ 画面 左端 には

﹁継 雪村 老時 八十 六歳 図之

﹂と の落 款と

︑朱 文

!

印﹁ 雪村

﹂︑ 白 文楕 円印

﹁雪

﹂︑ 朱文 長壺 印﹁ 周継

﹂と い う三 つの 印が 押さ れて いる こと から

︑雪 村最 晩年 の作 品と 考え られ る"

︒ 画面 は漁 村や 山々 を大 観的 な視 点か ら捉 えて 描い たも ので ある

︒雪 村特 有の 墨色 のコ ント ラス トの 強さ はな く︑ 中墨

・ 淡墨 を中 心と した 淡い 墨遣 いと 無駄 をそ ぎ落 とし たか のよ うな シン プル な画 面構 成は

︑雄 大で あり なが ら︑ かつ てな い 静け さを 感じ させ る作 品と なっ てい る︒ 筆法 は玉 澗様 とい うに は具 象的 であ るが

︑牧 谿ほ どモ チー フの 形態 を明 確に 描 かず

︑両 者の 中間 のよ うな

︑雪 村独 特の

#

墨 法を 用い る︒ 以 下︑ モチ ー フ を詳 細 に 見て み よ う︒ 第 一扇

︑雨 の 漁 村の 情 景 を 描い て い る こ と か ら

﹁瀟 湘 夜 雨

﹂で あ る

︒上 部 に

雪村筆《瀟湘八景図屏風》 ― 566 ―

(6)

︑墨 を垂 らし て雨 を表 現し

︑そ の下 方に

︑や や濃 く水 気の 多い 墨で 木立 を描 いて いる

︒木 々の 枝は 下に 向か って しな っ てお り︑ いか にも 水を 含ん で重 そう であ る︒ その 手前 には

︑蓑 笠を つけ た人 物た ちが 漁を 終え て陸 に上 がる 様子 を描 い てい る︒ 二扇 目︑ 漁村 の背 後に は︑ お椀 を伏 せた よう な丸 みの ある 形態 の山 を描 く︒ 輪郭 はす っき りと して おり

︑淡 墨 を均 一に 施す るこ とに よっ て︑ 平面 的か つ影 のよ うに 描い てい る︒ 二扇 から 三扇 にか けて は︑ 淡墨 で州 浜と

︑そ こに 向 かっ て舞 い降 りる 雁の 群れ を描 き︑

﹁ 平沙 落雁

﹂を 表わ す︒ 四扇 目上 部に は︑ 外隈 で小 さく 月を 描い てい るこ とか ら︑

﹁洞 庭秋 月﹂ の景 であ る︒ その 下部

︑画 面手 前か ら六 扇 目に か け ては

︑大 き く 山 を描 い て いる

︒山 の 輪 郭線 と 皴 に は淡 墨 を用 いる が︑ 全体 は白 く抜 いて いる こと から

︑こ れが

︑雪 を頂 いた 山の 夕暮 れの 情景 を描 く﹁ 江天 暮雪

﹂で ある こと が わか る︒ 山の 頂上 には 集落 があ り︑ そこ に向 かっ て急 な山 道を 登っ てい く五 人の 人物 と︑ 荷を 積ん だ二 頭の 馬の 姿が あ る︒ 山の 周囲 は淡 墨が 刷か れて おり

︑夕 刻の 湿っ た大 気を 感じ させ る一 方︑ 雪山 の立 体感 を際 立た せる とい う効 果も 生 んで いる

︒こ の山 は︑ 奇妙 な形 態を して おり

︑山 は右 下部 から 左上 部に 向け て伸 びあ がっ た後

︑再 び右 方︑ 画面 中央 に 向け て巻 き返 し︑ 山と いう より も打 ち寄 せる 波の よう な形 であ る︒ この 山の 形態 が︑ 静か な画 面に 動感 を生 んで いる よ うに 思わ れる

︒ 第

二節

雪 村作 品に おけ る﹁ 動﹂ 表現 の変 遷 雪 村は

︑山 水

・人 物・ 花 鳥︑ いず れ の 画題 に お い ても 好 ん で画 面 に﹁ 動 的﹂ な 表現 を 取 り 入 れ た こ と で 知 ら れ て い る

︒そ うし た傾 向は

︑画 業初 期の 段階 から すで に指 摘さ れる と こ ろで あ る!

︒ し かし

︑個 々 の 作品 に お け る﹁ 動﹂ 表現 の 質は

︑か なら ずし も一 様で はな い︒ ここ では 他の 雪村 作品 にお いて

﹁動 的﹂ であ ると され てい る表 現を

︑制 作時 期を 追 って 確認 する こと によ り︑

︽ 瀟湘 八景 図屏 風︾ にお ける

﹁動

﹂表 現の 特質 を明 らか にし たい

― 567 ― 雪村筆《瀟湘八景図屏風》

(7)

ま ず

︑初 期 の 作 例 と し て

︽瀟 湘 八 景 図 帖

︾八 図︵ 一帖

紙 本墨 画淡 彩 各

30.3

×

46.9 cm

︶よ り

︿煙 寺 晩 鐘 図﹀

︵図 2︶ を 取 り 上げ る︒ 煙寺 晩鐘 図と は︑ 夕暮 れ時

︑遠 く の寺 に鐘 の鳴 る情 景を 表現 する もの であ る

︒こ の作 品で は︑ 画面 左上 部︑ 中景 の切 り 立っ た山 に寺 院の 塔を 描き

︑テ ーマ の煙 寺 晩鐘 を示 して いる

︒山 の手 前に は︑ 崖を 削 っ た よ う な 道 が あ り

︑二 人 の 人 物 が い る

︒人 物が 眺め る方 向に は遠 山が うっ すら と 描か れる

︒筆 法は 夏珪 風の 真体 を用 いて お り︑ 輪郭 線が 明確 にモ チー フを 形作 って い る︒

﹁ 動﹂ 表現 とい う観 点か らい えば

︑中 景の 山の 湾曲 した 形態 が特 徴的 で︑ 画面 に不 安定 さを 持ち こん でお り︑

﹁動 的 な構 成﹂ の要 因に なっ てい ると 思わ れる が︑

︽ 瀟湘 八 景図 屏 風︾ の 山と 比 べ る なら

︑堅 く 明 確な 輪 郭 線に よ っ て 括ら れ たこ の作 品の 山は

︑動 きと いう より も︑ 形態 の歪 みに 留ま って いる とい える

!

︒ 中期 の 作 品 とし て は︑

︽ 風濤 図

︾︵ 重 文 一幅

紙 本 墨 画 淡彩

22.1

×

31.8 cm

野 村 記 念美 術 館︶

︵ 図3

︶を 取 り 上げ る

︒︽ 風 濤図

︾は

︑筆 法︑ 構図 とも に夏 珪に 倣っ てお り︑ 雪村 が 院体 画 を 学習 し て い た比 較 的 早い 時 期 に描 か れ た もの で ある とさ れて いる

"

︒近 い位 置か ら見 た景 色が 俯瞰 的な 構図 で描 かれ てお り︑ 画 面 向か っ て 右方 中 ほ どの と こ ろ に一 艘 の帆 船が

︑左 に向 かっ て進 んで 行く

︒手 前に は波 が大 きく 砕け てお り︑ その 左方

︑画 面全 体の 三分 の一 ほど の部 分を

2 〈煙寺晩鐘〉(《瀟湘八景図屏風》八図より)

3 《風濤図》

雪村筆《瀟湘八景図屏風》 ― 568 ―

(8)

斜め に区 切る よう に陸 地が 描か れて いる

︒背 景は 水面 なの か空 なの か判 然と せず

︑奥 行き はあ まり 感じ られ ない

︒ 船

︑樹 木︑ 土坡 など は︑ 強い 輪郭 線で 明確 に形 が描 かれ てい る︒ 波の 長く 伸び た幾 重に も重 なる 線か らは

︑水 面が 右上 から 左下 に向 かっ て傾 き︑ 波が 大き く流 動す る様 子が 感じ られ る︒ さら に︑ 画面 を右 端上 部か ら左 端下 部に 向か って 横断 する よう に淡 墨が さっ と刷 かれ てい るこ とで

︑画 面全 体に 吹き 渡る 風雨 が感 じら れる

︒ モ チー フの 動き に注 目し てみ よう

︒波 と風 が画 面の 右上 部か ら左 下部 に向 かっ て︑ 同一 の方 向に 運動 して おり

︑画 面の 全て がこ の右 上部 から 左下 部に 向か う運 動の 中に まと めら れて いる こと がわ かる

︒風 に吹 かれ て進 む帆 船の みな らず

︑岸 に生 えて いる 枯れ 木も 風の 方向 にし なっ てい る︒ 茅屋 の屋 根も やは り強 風に たわ み︑ 屋根 の線 も風 の方 向に 沿っ て描 かれ てい る︒ 周囲 の竹 林も また

︑一 斉に 風の 方向 へ葉 をな びか せ︑ さら には それ らが 立つ 岩の 皴ま で もが 風 や 波の 動 き に同 調 す る よ う に︑ 同 じ 方 向 へ と 勢 い よ く 刷 か れ て い る︒ この よう に︽ 風濤 図︾ では

︑前 景に 押し 出す よう に描 かれ てい るモ チー フ全 てが 連動 し︑ その 結果

︑画 面全 体の 中に

︑一 方向 へ向 かう 大き な流 れが 生じ てい るの であ る︒ 後 期 は︽ 花 鳥図 屏 風︾

︵ 重文

六 曲 一 双 紙 本墨 画

151.8

×

332.3 cm

大和 文華 館︶ 右隻

︵図 4︶ を取 り上 げる

︒筆 法は 牧谿 風の 行体 を用 い︑ 早春

4 《花鳥図屏風》右隻

― 569 ― 雪村筆《瀟湘八景図屏風》

(9)

の 草木 と流 水︑ 鳴き 騒ぐ 鳥を 描い てい る︒ ほぼ 水平 に︑ 近接 して 画面 をと らえ てい る︒ 右方 には

︑岩 と樹 木と 土坡 が渾 然 とな った かた まり があ る︒ そこ から 雪解 け水 が左 方に 向か って 弧を 描き

︑勢 いよ く流 れ出 す︒ その 流れ の運 動に 同調 す るか のよ うに

︑椿 が枝 を伸 ばす

︒中 央に は流 れに 乗っ て左 に向 かっ て泳 ぐ二 羽の 鴨が いる

︒そ の左 方に は唐 突に 突き 出 した 岩が あり

︑流 れは この 岩に あた って 右方 向へ 跳ね 返る

︒跳 ね返 った 水の 上に は︑ 右方 向に 向か う一 羽の 雁が 飛ん で いる

︒そ の形 態と 運動 の方 向性 は︑ あた かも 跳ね 返る 水の 動き に同 調す るか のよ うで ある

︒一 方水 があ たっ て砕 けた 岩 の上 には 雁と 鴛鴦 が一 羽ず つと まっ てい る︒ 鴛鴦 は岩 から 流れ を見 下ろ す格 好で

︑雁 は振 り返 った 姿態 で︑ いず れも 頭 を右 に向 けて いる

︒振 り返 って いる 雁の 視線 をた どる と︑ そこ には 二羽 の叭 々鳥 が︑ 一羽 は正 面向 きに

︑も う一 羽は 振 り返 った 形で

︑岩 の上 の雁 と視 線を 交わ して いる

︒ この 作品 にお いて

︑や はり

︑全 体の 動き が一 方向 に向 かう とい う特 徴が みら れ︑ 画面 に﹁ 大き な円 環﹂ があ るこ とが 指 摘さ れて いる

︒単 一モ チー フが 運動 する のみ なら ず︑ 風や 水︑ 船や 鳥と いっ た﹁ 動く

﹂モ チー フと 岩や 樹木 とい った

﹁動 かな い﹂ モチ ーフ を組 み合 わせ

︑そ こに 一つ の方 向性 を 与え る の は︑ 生涯 を 通 し て動 性 表 現に こ だ わり 続 け た 雪村 が

︑画 面に より 大き な動 感を 与え るた めに 生み 出し た工 夫で あっ たと いえ よう

︒ もう

一度

︑﹁ 動

﹂表 現と いう 点に 着目 して

︽瀟 湘八 景図 屏風

︾︵ 図1

︶を 見て みた い︒ 本作 でも っと も大 きな 動感 を生 み 出し てい るの は︑ 本来 動か ない はず の︑ 山で ある

︒そ のた めに 重要 な役 割を 果た して いる のが 牧谿 様と も玉 澗様 とも つ かな い︑ 独特 の筆 法で ある

︒ 山の 稜線 を水 気の 多い 淡墨 をこ すり つけ るよ うに 描い てお り︑ その 線に 沿う よう に俊 が施 され てい る︒ 先の 割れ た筆 を 用い てい るた め線 は幾 重に も重 なり

︑と ころ どこ ろ震 えを 帯び てい る︒ 墨は 無造 作に 途中 で途 切れ たり

︑塗 り重 ねら れ たり

︑う ねう ねと 波打 った りし なが ら山 の輪 郭を 形成 する もの の︑ 周囲 に刷 かれ た淡 墨︑ すな わち 大気 の色 と溶 け合

雪村筆《瀟湘八景図屏風》 ― 570 ―

(10)

っ て境 界は 不明 瞭で ある

︒う ねる よう な形 態に

︑こ うし た要 素が 加わ るこ とで こそ 山は 流動 的に 見え るの であ り︑ それ は

︑︽ 瀟 湘八 景図 帖︾

︿煙 寺晩 鐘図

﹀で 見た よう な︑ 夏珪 様の 堅い 筆法 では 表現 し得 なか った もの であ る︒ 一方 で︑

︽ 風濤 図︾ や︽ 花鳥 図 屏風

︾に み ら れた よ う な 激し さ は︑ 本 作品 に は ない

︒し か し︑ 木︑ 人︑ 集 落 は︑ 山の う ねり の中 に取 り込 まれ てお り︑ 山の 形態

︑舞 い降 りる 雁︑ 滴る 雨は やは り一 つの 方向 に向 かっ てい るよ うで ある

︒単 に 山 が 巻き 返 す よう な 形 態 であ る と いう だ け でな く

︑柔 ら か く大 気 と 溶け 合 う かの よ う な 描写 に よ る流 動 性

︑山 や 人 物

︑鳥 や雨 とい った すべ ての モチ ーフ の連 動︑ そう した 要素 が画 面に ゆる やか な統 一を 生ん でい る︒ 力み 無く

︑そ れで い てい っそ うの 雄大 さを 感じ させ る﹁ 動﹂ 表現 が獲 得さ れて いる

︒ 第二 章 思想 背 景 を探 る 本章

では

︑こ こま で見 てき た雪 村作 品を 貫く 動性 表現 の特 質を 思想 背景 から 読み 解く こと を試 みる

︒そ のた めの 手掛 か りと した いの が︽ 花鳥 図屏 風︾ の左 右各 隻に

﹁昼 夜︑ 動静 とい った 大自 然の 対称 的要 因が 表現

﹂さ れて いる との 衛藤 駿 氏 の 指 摘 と

︑そ れ を 受 け て︑

﹃易 経

﹄で い う と こ ろ の 陰 と 陽

︑す な わ ち 右 隻 に は

﹁動

﹂﹁ 明

﹂﹁ 剛﹂

︑ 左 隻 に は﹁ 静﹂

﹁暗

﹂﹁ 柔﹂ を象 徴す るモ チー フが 描か れて いる のだ とす る林 進 氏 の指 摘 で ある

!

上 述 し た︽ 花鳥 図 屏 風︾ の 左隻

︵図 5

︶を 見て みる と︑ 月が 描か れ︑ 夜の 景と なっ てお り︑ 激し い流 水と 活動 する 鳥た ちに よる 円環 運動 が指 摘さ れた 右隻 に 対し

︑や わら かな そよ 風と

︑眠 る雁 の姿 が描 かれ る左 隻の 画面 は対 比的 であ る︒ では

︑実 際に 雪村 がそ うし た思 想に 触れ る機 会は あっ たの だろ うか

︒室 町時 代の 禅林 にお いて は﹃ 易経

﹄や 朱子 学が さ か ん に学 ば れ てい た"

︒室 町 時 代の 禅 林 にお い て 読ま れ て い た書 物 に つ い て は︑ 芳 賀 幸 四 郎 氏 の 一 連 の 研 究 に 詳 し い#

︒芳 賀氏 によ れば

︑当 時の 禅林 では 仏教 に関 連す る内 典の みな らず

︑儒 教 や 道教 な ど︑ 仏 教以 外 の 思想 を 記 し た外

― 571 ― 雪村筆《瀟湘八景図屏風》

(11)

典 の 研 究も 盛 ん に行 わ れ て おり

︑特 に

︑﹃ 易 経﹄ 朱子 学 は︑ 時 に批 判 の 対 象 と なり なが らも 熱心 に読 まれ てい たと いう

︒ 禅僧 であ った 雪村 も︑ そう した 思想 にふ れる 機会 は十 分に あっ たは ずで あ る

︒一 五世 紀末

︑常 陸太 田で 生ま れた 雪村 は︑ 後に 出家 して 禅僧 とな り︑ 関 東

・東 北各 地を 遍歴 しな がら 画を 描い た︒ とり わけ 彼の 文化 的基 盤が 形成 さ れ るに あた り重 要で あっ たと 思わ れる のが

︑画 業に おい ては 中期 に位 置付 け ら れる

︑小 田原

・鎌 倉遊 学時 代で ある

︒ こ の地 で 雪 村は 北 条 氏康

︵一 五 一 五│ 七 一︶

︑ 氏 政︵ 一 五 三 八│ 九

〇︶ 親 子 の知 遇を 得て おり

︑ま た箱 根湯 本・ 早雲 寺の 以天 宗清 や︑ 鎌倉

・円 覚寺 第 一 五一 世︑ 景初 周随

︵弘 治三 年﹇ 一五 五七

﹈没

︶な ど︑ 高僧 とも 交流 のあ っ た こと が知 られ てい る!

︒ そう した 交 流 の 中で

︑彼 が 中 国思 想 に 親し ん で い た 可能 性を 示唆 する 作品 とし て︑

︽ 叭々 鳥図

︾︵ 天文 二四 年﹇ 一五 五五

﹈重 文 一 幅 紙 本 墨 画

26.0

×

48.0 cm

常 盤 山 文 庫

︶︵ 図 6︶ を 取 り 上 げ た い

︒ 粗 い紙 に︑ 牧谿 風の

︑輪 郭線 を用 いな い筆 法で

︑一 羽の 叭々 鳥と 棘を 描い た 小 さな 作品 であ る︒ この 作品 には

︑景 初周 随が 次の よう な賛 を寄 せて いる

画 師所 一掃 有八 々鳥 聖 人之 周易 其卦 六十 四 卦 也鳥 之類 雖多 以八 々

5 《花鳥図屏風》左隻

雪村筆《瀟湘八景図屏風》 ― 572 ―

(12)

為 名奇 哉此 鳥 天文 乙卯 秋九 月 四印 道人 記之

!

︵絵 師が 筆を さっ と一 掃き した とこ ろ︑ 八々 鳥が 生じ た︒ 聖 人が する とい う周 易の その 卦は 六十 四卦 であ る︒ 鳥 の種 類は 多し とい えど

︑八 々を 以て 名と する は 珍 しい こと だ︑ この 鳥は

︒ 天文 乙卯

︵二 四年

﹇一 五五 五﹈

︶ 秋九 月 四印 道人 之を 記す

︶ 卜の

陰陽 八卦 を

︑画 題 であ る 叭 々鳥 の 名 に 掛け て 詠 んだ 賛 で︑ ま さに 景 初 が﹃ 易 経﹄ の 知識 を持 って いた こと を示 して いる

︒雪 村も

︑こ のよ うな 高僧 たち との 交流 を通 して

︑こ うし た中 国思 想に 接し てい た 蓋然 性は 高い

︒ もう 一つ

︑雪 村の 中国 思想 への 関心 を示 すも のと して

︑彼 が繰 り返 し描 いて いる

︑道 教に つな がる 仙人 のモ チー フが あ げら れる

︒︽ 列 子図

︾︽ 蝦蟇 鉄誘 拐 図︾

︽ 琴高 群 仙 人図

︾な ど

︑種 類︑ 作 品 数︑ とも に

︑他 の 画家 よ り も圧 倒 的 に 多く の 仙人 図を 残し てい る︒ 当時 は︑ 現在 ほど 画題 の選 択に 画家 の自 由が なか った とは いえ

︑雪 村自 身︑ 仙人 に対 する 強い 思 い入 れが あっ たこ とを 感じ させ る︒ ここ では 例と して

︽呂 洞賓 図︾

︵ 重文

一 幅 紙本 墨画

118.3

×

59.5 cm

大 和文 華 館︶

︵ 図7

︶を 見て みた い︒

6 《叭々鳥図》

― 573 ― 雪村筆《瀟湘八景図屏風》

(13)

画 面下 半分 に︑ こち らに 背を 向け

︑肩 をい から せて 首を 思い 切り 上に 向け

︑両 手を 広げ た人 物を 大き く描 いて いる

︒人 物は

︑に らみ を利 かせ た大 きな 竜の 頭部 に乗 って いる

︒足 元に は波 が激 しく 巻き 返し

︑衣 のす そや 袖も 大き く風 にな びい て︑ 今ま さに 波の 中か ら登 場し たか のよ うな

︑ド ラマ チッ クな 印象 を受 ける

︒人 物が 左手 に持 って いる 瓶か らは

︑小 さな 竜が 煙の よう に立 ち昇 り︑ 人物 の飛 び出 した 丸い 目が 見据 えて いる 先

︑画 面右 上部 の上 空に は︑ もう 一匹

︑竜 を描 く︒ 筆を ゆっ くり 運ん で肥 痩の ある 太い 線を 描く こと によ って

︑人 物の 衣や 波は

︑ゴ ムの よう な弾 力と 力強 さを 感じ させ る

︒具 引き 地と 濃墨 を効 果的 に用 いる こと によ って

︑コ ント ラス トが 強ま り︑ 画面 を一 層引 き立 てて いる

︒人 物や 竜の 周 辺に は中 墨を 刷き

︑ま とわ りつ くよ うな 空気 感と

︑画 面に 充満 する 気迫 を表 現し てい る︒ また

︑衣 は下 から 突き 上げ る風 に膨 らむ よう に描 く一 方︑ 髭︑ 衣の 紐︑ 袖︑ 裾︑ 波な どは

︑人 物の 腰の あた りを 中心 と して 放射 状に 広が って いる

︒強 い風 を感 じさ せな がら も︑ それ がど こか ら吹 いて いる のか 分か らな い︑ 一見 不合 理な 描 写は

︑﹁ 絵 そら ごと で神 仙を あら わす ため の配 慮﹂ であ り︑ 仙人 の特 異な 力を 表現 して いる とい う"

︒ ここ では 深く 言及 しな いが

︑︽ 蝦 蟇鉄 拐図

︾︵ 対幅

紙 本 墨画

淡 彩

151.5

×

205.9

!

東 京 国 立博 物 館︶ の 左 右の 幅 が︑ 陰陽

︑あ るい は男 女和 合を 象徴 する もの であ る︑ とす る内 山か おる 氏の 興味 深い 指摘 があ るこ とに も触 れて おき た い#

7 《呂洞賓図》

雪村筆《瀟湘八景図屏風》 ― 574 ―

(14)

第三 章

﹁気

﹂ を 描く 雪村

作品 にお ける

﹁動

﹂表 現に は︑ こう した 易経 や朱 子学

︑道 教の よう な中 国思 想か らの 影響 があ るの では ない かと 論 者は 考え てい る︒ とい うの も︑ 陰陽 思想 の根 底に あっ て中 国古 来の 世界 観を あら わす

﹁気

﹂の 概念 に︑ いく つか 注目 す べき 特質 があ るた めで ある

︒ 中国 にお いて

︑気 とい う概 念が いつ 頃か ら現 れた のか

︑正 確な こと は明 らか にな って いな い︒ ただ 有史 以前 から

︑宇 宙 を 構 成す る も のと し て 存 在し て い たの で あ り︑ 後に 発 生 し た多 く の 思想 も

︑そ う した 気 の 伝 統の 上 に 築か れ て い っ た

︒﹃ 易 経﹄ や朱 子学 にお いて も︑ 気は

︑重 要な 意味 を持 つ!

︒ 世界 が形 成さ れる 以前

︑す べて に先 んじ て気 が混 沌 の 状態 で 存 在し

︑や が て 清 軽の 気 と 重濁 の 気 に分 か れ て︑

﹁ 清軽 者 上 為 天

︑重 濁 者 下 為 地﹂

︑す な わ ち 清 ん だ 軽 い 気 は 浮 上 し て 天 と な り

︑重 く 濁 っ た 気 は 沈 下 し て 地 と な っ た と い う"

︒ま た︑ 人や 生き 物の 生命 も︑ 気に よっ てい る︒ 人は 気が 凝集 すれ ば 生 き︑ 散じ れ ば 死ぬ と い い︑ 気は 万 物 の 根源 と いう べき エネ ルギ ー物 質な ので ある

#

︒し かし

︑形 を成 して いる もの だけ が気 なの では ない

︒ 気

之聚 散於 太虚

︑猶 氷凝 釈於 水︒ 知太 虚即 気︑ 即無 無$

︒ 気

が太 虚に 集散 する のは 氷が 水の 中で 凍っ たり 溶け たり する よう なも のだ

︒太 虚は すな わち 気で あっ て︑ 気が 存在 し ない こと など ない と分 かる

― 575 ― 雪村筆《瀟湘八景図屏風》

(15)

太虚 とい うの は無 形の 宇宙 空間 のこ とで ある

︒こ れに よれ ば︑ すべ ての 空間 には 気が 充満 して おり

︑気 の存 在し ない 空 間は 存在 しな い︒ また

︑気 は決 して 留ま るこ との 無い 運動 をそ の属 性と して 存在 する とさ れ︑ 天・ 地・ 人を 貫い て常 に 流動 して おり

︑﹁ 一 斉な 方向 へ運 動﹂ する とい う性 質が ある とい う!

︒ さら に︑ 気の 性質 にお いて もう ひと つ重 要な 特徴

︑そ れは 一気 の中 に相 反す る二 つの 性質 をも つと いう 点︑ すな わち

︽花 鳥図 屏風

︾に 指摘 され ると ころ の﹁ 陰﹂ と﹁ 陽﹂ であ る"

︒ その 性質 の一 部は

︑次 のよ うに 大別 され てい る︒ 陰

│ 柔

・冷

・暗

・重

・濁

・静

・屈

・収 斂 陽

│ 剛

・熱

・明

・軽

・清

・動

・伸

・発 散#

とは いえ 固定 的に 陰な るも の・ 陽な るも のが 存在 する の で はな い

︒﹁ つ ねに あ る も のに 対 し て陰 で あ り陽 で あ る ので あ って

︑だ から

︑同 一物 が陽 であ った り陰 であ った りす る︒ 陽な るも のの なか に︑ さら に陰 なる もの と陽 なる もの があ る

﹂と いう よう に︑ 陰と 陽は 相対 的な もの であ り︑ また

︑ど ちら か一 方だ けで 存在 する こと はあ り得 ない

$

︒ これ

らの こと を踏 まえ て︑ もう 一度

︽瀟 湘八 景図 屏風

︾を 見て みた い︒ する と︑ これ まで 注目 して きた 動的 な雪 山の 右 方に

︑対 照的 な山 が描 かれ てい るこ とに 気づ く︒ 白く 描か れた 雪山 に対 し︑ この 山は 黒く

︑皴 や陰 影に よっ て立 体的 に 見え る雪 山に 対し

︑皴 も陰 影も なく

︑平 面的 で影 のよ うで ある

︒そ して 雪山 がう ねる よう な形 態で ある のに 対し

︑こ ち らは お椀 を伏 せた よう な︑ 極め て﹁ 静的 な﹂ 姿で 描か れて いる ので ある

︒ また

︑こ れま で指 摘し てき た本 作品 の画 面に 見ら れる 様々 な特 質︑ 山︑ 雁︑ 雨と いっ たモ チー フが 連動 し︑ 緩や かな 円 環を なす とい う点 は︑ 一方 向へ 向か って 運動 する とい う﹁ 気﹂ の性 質に

︑ま た︑ 人や 集落 が山 に飲 み込 まれ

︑そ の山

雪村筆《瀟湘八景図屏風》 ― 576 ―

(16)

は 大 気 に溶 け 合 うと い っ た 描写 は

︑天

・地

・人 を 貫い て 流 動す る と い う﹁ 気﹂ の性 質 に 通 じ る よ う に 思 わ れ る

︒さ ら に

︑朱 子の 言葉 には

︑次 のよ うな もの があ る︒ 天地

始初 混沌 未分 時︑ 想只 有水 火二 者︑ 水之 滓脚 便成 地︒ 今登 高而 望群 山︑ 皆為 波浪 之状

︑便 是水 泛如 此︒ 只不 知 因甚 麼時 凝了

︒初 間 極 軟︑ 後來 方 凝 得硬

︒問

︑想 得 如 潮 水湧 起 沙 相似

︒曰

︑然

︒水 之 極 濁︑ 便成 地

︑火 之 極 清︑ 便 成風 霆雷 電日 星之 屬︒

︵ 語類

︑巻 一︒ 沈

!

録︶ 天

地の 初め

︑混 沌未 分の とき は︑ 水と 火の 二つ だけ しか なく

︑水 のお りが 地に 成っ たの であ ろう

︒い ま︑ 高い とこ ろ に登 って みわ たす 群山 がみ な波 の形 をな して いる のは

︑水 がそ のよ うに ただ よっ てい たの だ︒ ただ

︑ど うい うと き に凝 固し たの だろ うか

︒は じめ はご く軟 らか だっ たの か︑ 後に なっ て凝 結し て硬 くな った のだ ろう

"

朱子 は︑ 山が もと もと 水で あっ たと 考え てお り︑ そう して 出来 た群 山が 波の よう な形 をし てい ると 述べ てい る︒ 本作 品 の雪 山が 巻き 返す 波の よう な形 態で 描か れて いる のは

︑偶 然で はな い︒ 終

章 雪村

が弟 子に 向け て書 いた とさ れて きた 画論 に﹃ 説門 弟資 云﹄ があ る︒ この 資料 は福 井利 吉郎 氏が

﹃雪 村新 論﹄ にお い て取 り上 げて 以来

︑日 本で 最初 の本 格的 な画 論と され てき たが

︑近 年こ れが 江戸 時代

︑谷 文晁 周辺 で作 られ た偽 書で あ る可 能性 が指 摘さ れ︑ その 見方 が強 まっ てい る#

― 577 ― 雪村筆《瀟湘八景図屏風》

(17)

そう した 事実 を踏 まえ たう えで なお

︑こ の文 献を 取り 上げ るの は︑ たと え偽 書で あっ ても

︑こ れが 雪村 作品 を解 釈す る ため の重 要な 手掛 かり を提 示し てく れて いる と考 える ため であ る︒ 以下 に引 用す る︒ 夫画

は諒 に仙 術に て︑ 書と 同事 なる 中少 し の 異あ り

︑書 は 形な き の 形︑ 画 は萬 象 あ りて

︑筆 に 受 け心 に 点 し て︑ 画 き 成 す処 な れ は︑ 山海 行 脚 の 経路 に も︑ 心 を留 め 筆 を落 と す へ し︑ 豈一 点 よ り万 点 を 転 化 す る は

︑竜 の 雲 を 起 す

︑虎 の風 を促 す如 く︑ 自在 に其 気を 顕す へし

︑其 法は 筆の 遅速 を運 筆と 云へ きや

︑骨 法肉 法の 二つ 心に 止め

︑浮 沈 清濁 は則 影日 向に て︑ 筆の 命毛 を毛 頭よ り打 こん て︑ 毛頭 より 我か 手を 知ら すに 拔処 也︑ 是を 自在 の筆 力と 云へ し

︑過 ても 筆の 腹を 用る 事な かれ

︑い かな る形 を画 くに も︑ 濃墨 を前 にし て︑ 淡墨 を後 にす へし

︑十 画の 中︑ 濃墨 七 墨︑ 淡墨 三墨 を定 りと 思ふ へし

︑隈 取の 事は

︑画 面の 遠近 曲直 を分 つの 所な れは

︑濃 淡卒 忽あ るへ から す︑ 唯々 天 地の 形勢

︑自 然の 幽玄 を見 て画 成す こそ

︑道 の妙 至と 云へ きな り︑ 亦古 人の 図画 を尋 問す るは 是筆 跡省 略を 見る ま てに て︑ 自己 の筆 意に 益と すへ から す︑ 設へ は我 師た る雪 舟の 画に ても

︑予 か筆 力に あら す︑ 故に 画は 則ち 形は 万 象を 倣ひ

︑筆 跡の 省略 は師 によ り︑ 筆力 は自 己の 心意 に止 めて

︑筆 を振 ふへ き事 なり

︑然 らさ る時 は予 か画 筆と 云 へか らす

︑予 は多 年雪 舟に 学ふ とい へと も︑ 画風 の懸 隔せ るを 見よ

︑如 何︑ 画の 事は

︑山 水人 物を 生涯 の骨 目と し て修 行す へき 事也

︑ 天 文十 一壬 寅年 如月

常 州辺 垂寓 住 雪村 誌之 この

内容 は︑ 雪村 作品 の特 質を よく 捉え たも のと して

︑偽 書説 が主 流と なっ た現 在も なお

︑評 価さ れて いる

︒こ のな か で注 目し たい のが

︑﹁ 自 在に 其気 を顕 はす べし

﹂と の一 文で ある

︒こ れに よれ ば︑

﹃説 門弟 資云

﹄の 著者 は︑ 雪村 が画 を 描く 際に

︑対 象の

﹁気

﹂を 表現 しよ うと して いた と考 えて いる ので ある

︒こ れが 江戸 時代 の偽 書で あっ たと して

︑当

雪村筆《瀟湘八景図屏風》 ― 578 ―

(18)

時 にお いて もこ のよ うな 見方 があ った こと は興 味深 いも ので ある

︒ ここ でつ け加 えて おき たい のは

︑上 述し た︽ 呂洞 賓図

︾は 従来 の呂 洞賓 像か らは 大き く逸 脱す るも ので ある とい う点 で ある

︒多 くの

﹁呂 洞賓 図﹂ は背 中に 剣を 背負 う姿 で︑ 師に 教え を請 う場 面が 描か れる のに 対し

︑雪 村は 顔輝 款︽ 白描 羅 漢図

︾か ら構 図を 借り てこ のよ うな 画面 を作 り上 げた こと を︑ 林進 氏 が 指摘 し て いる

$

こ の よ うな 構 図 や︑ 先 に述 べ た衣 の表 現に 見ら れる よう な工 夫は

︑雪 村自 身が

︑仙 人と その 見え ない 力を 描出 する こと に強 いに 関心 を持 って いた こ とを 物語 って いる

︒﹃ 説 門弟 資云

﹄が 冒頭 で画 を仙 術に 例え

︑﹁ 気﹂ とい う言 葉を 用い るの も︑ まさ にこ のよ うな 作品 か ら雪 村の そう した 意識 を感 じ取 って いた ため であ ろう

︒ 本稿

では

︑雪 村が 生涯 を通 して 追求 し た﹁ 動﹂ 表 現と

︑そ の 変 遷に 着 目 し て︑

︽瀟 湘 八 景図 屏 風︾ の 作品 分 析 を 試み て きた

︒以 上の 考察 は推 論の 域を 出な いも ので ある

︒し かし

︑雪 村作 品の 根底 に︑ そう した 陰陽 に結 びつ いた 中国 思想 に おけ る世 界観 があ った こと は充 分考 えら れる だろ う︒ 雪村 がた どり 着い たの は︑

﹁ 静﹂ と﹁ 動﹂ が混 在す る穏 やか で︑ す べて のも のが 一体 とな るか のよ うな 雄大 な 画 面で あ っ た︒

︽瀟 湘 八 景 図屏 風

︾は

︑ま さ に最 晩 年 にふ さ わ し い︑ 老境 の 気と もい うべ き静 けさ と枯 淡な 趣を たた えて いる

! 註 衛 藤 駿 編

﹃ 雪 村 周 継 全 画 集

﹄ 講 談 社

︑ 一 九 八 二 年

︑ 一 八 二 頁 橋 本 慎 司

﹁ 関 東 水 墨 画 と 朝 鮮 王 朝 の 絵 画

﹂﹃ ア ジ ア 遊 学

﹄ 第 一 二

〇 号

︑ 勉 誠 出 版

︑ 二

〇 九 年

"

審 美 書 院 編

﹃ 美 術 聚 英

﹄ 第 一 九 冊

︑ 一 九 一 二 年

# こ れ を

﹁ 八 十 二

﹂ と 読 む 説 も あ り

︑ 論 者 は 以 前 そ の 説 を 取 っ て い た が

︑ 筆 の 打 ち 込 み の 特 徴 か ら 六 と 読 む べ き で あ る と の ご 教 示 を 賜 り

︑ 見 解 を 改 め る に い た っ た

― 579 ― 雪村筆《瀟湘八景図屏風》

(19)

"

赤 沢 英 二 氏 が

︑ 初 期 作 で あ る

︽ 瀟 湘 八 景 図 帖

︾ に つ い て

﹁ 強 い 筆 法

︑ 湾 曲 す る 形 態

︑ 動 的 な 構 成 等

︑ 独 自 な 特 徴 が あ ら わ れ

﹂ と 指 摘 し て い る

︒︵

﹃ 雪 村 研 究

﹄ 中 央 公 論 美 術 出 版

︑ 二

〇 三 年

︑ 二 一 頁

#

﹁ 動 的 な 構 成

﹂ は 注"

に 同 じ

$ 赤 澤 氏 に よ る 印 章 に 基 づ い た 編 年 で は! 群

︑ 第 2 期 の 会 津 時 代 に 位 置 づ け ら れ て い る

% 衛 藤 駿

﹁ 雪 村 画 の 意 想

﹂﹃ 大 和 文 化

﹄ 第 四 六 号

︑ 一 九 六 七 年 林 進

﹁ 雪 村 筆 花 鳥 図 屏 風

﹂﹃ 国 華

﹄ 一

〇 四

︑ 国 華 社

︑ 一 九 九 九 年

&

﹃ 易 経

﹄ と は

︑ 儒 教 の 聖 典

﹁ 五 経

﹂ の 一 つ で

︑ 占 い の 書 物 で あ る と 同 時 に

︑ 宇 宙 論

・ 処 世 哲 学 の 書 で も あ る

︒ 一 方

︑ 朱 子 学 は

︑ 南 宋 の 朱 子

︵ 一 一 三

│ 一 二

︶ に よ っ て 提 唱 さ れ た 新 し い 儒 学 で あ る

︒ 北 宋 の 周 濂 渓

・ 張 横 渠

・ 程 明 道

・ 伊 川 の 説 を 集 大 成 し

︑ 孔 孟 の 儒 学 に 組 織 と 体 系 を 与 え

︑ 老 荘 仏 教 を 越 え る 理 気 心 性 の 学 を 樹 立 し た

︒ 道 学

・ 性 理 学

・ 理 学

・ 程 朱 学

・ 宋 学 と も よ ば れ る

︒︵ 日 原 利 国 編

﹃ 中 国 思 想 辞 典

﹄ 研 文 出 版

︑ 一 九 八 四 年

︶ ' こ こ で は 主 に 以 下 の 三 冊 を 参 照 し た

﹃ 中 世 禅 林 の 学 問 及 び 文 学 に 関 す る 研 究

﹄ 日 本 学 術 振 興 会

︑ 一 九 五 六 年

﹃ 東 山 文 化 の 研 究

﹄︵ 上

︶︑ 思 文 閣 出 版

︑ 一 九 八 一 年

﹃ 中 世 文 化 と そ の 基 盤

﹄︑ 思 文 閣 出 版

︑ 一 九 八 一 年 な お

︑ こ れ ら は 主 に 京 都 五 山 を 扱 っ た 研 究 で あ る が

︑ 鎌 倉 五 山 と 京 都 五 山 と で は 頻 繁 に 行 き 来 が あ っ た こ と

︑ 小 田 原 の 北 条 氏 が 京 都 文 化 の 摂 取 に 積 極 的 で あ っ た こ と か ら

︑ 芳 賀 氏 の 研 究 を 参 照 し て い る

︒ ( 真 偽 は 定 か で は な い も の の

︑﹃ 扶 桑 名 公 画 譜

﹄︵ 浅 井 不 旧 著

︑ 元 禄 一 三 年

﹇ 一 七

﹈ 刊

︶ 雪 村 の 項 に

︑﹁ 蓋 聞 北 條 氏 政 之 歸 依 僧 也

﹂ と の 記 述 が あ る

︒ ま た

︑ 高 僧 と の 交 流 は

︑ 雪 村 作 品 に 付 さ れ た 賛 か ら 明 ら か に な る も の で あ る

︒ )

﹁ 四 印 道 人

﹂ は 景 初 周 随 の 号

* 田 中 一 松

︑ 中 村 溪 男

﹃ 水 墨 美 術 大 系 第 七 巻 雪 舟

・ 雪 村

﹄ 講 談 社

︑ 一 九 七 三 年

︑ 一 一 七 頁 + 内 山 か お る

﹁ 雪 村 を 中 心 と す る 中

・ 近 世 東 北 地 方 に お け る 水 墨 画 の 研 究

﹂﹃ 鹿 島 美 術 研 究

﹄ 年 報 第 一 二 号 別 冊

︑ 鹿 島 美 術 財 団

︑ 一 九 九 五 年 ,

﹁ 気

﹂ に 関 し て は

︑ 一 つ の 定 ま っ た 定 義 が あ る わ け で は な く

︑ 時 代 や 思 想 家 に よ っ て も 解 釈 が 変 化 し

︑ 異 な る 部 分 が 出 て く る

︒ 本 稿 で は

︑ 雪 村 の 時 代 に よ く 読 ま れ て い た 朱 子 学 の 場 合 を 参 照 す る

雪村筆《瀟湘八景図屏風》 ― 580 ―

(20)

! 山 田 慶 児

﹃ 朱 子 の 自 然 学

﹄︑ 四 二

〇 頁

︑ 一 五 頁

"

三 浦 國 雄

﹃ 気 の 中 国 文 化 気 功

・ 養 生

・ 風 水

・ 易

﹄ 創 元 社

︑ 一 九 九 四 年

︑ 一 一 頁

# 横 渠

︑ 正 蒙

︑ 太 和 篇

︵﹃ 朱 子 の 自 然 学

﹄︑ 四 二

〇 頁

︑ 三 七 頁

$ 山 田 慶 児

﹃ 朱 子 の 自 然 学

﹄︑ 四 二

〇 頁

︑ 三 八 頁 三 浦 國 雄

﹃ 気 の 中 国 文 化 気 功

・ 養 生

・ 風 水

・ 易

﹄ 創 元 社

︑ 一 九 九 四 年

︑ 四 頁 吉 川 幸 次 郎

︑ 三 浦 國 雄

﹃ 中 国 文 明 選 第 三 巻 朱 子 集

﹄︑ 二 頁

% 前 掲

﹃ 気 の 中 国 文 化 気 功

・ 養 生

・ 風 水

・ 易

﹄︑ 三 五 頁

&

三 浦 國 雄

﹃ 鑑 賞 中 国 の 古 典 第 一 巻 易 経

﹄ 角 川 書 店

︑ 一 九 八 八 年

︑ 四

〇 頁 ' 前 掲

︑ 山 田 慶 児

﹃ 朱 子 の 自 然 学

﹄︑ 五 九 頁 ( 同 前

︑ 七 七 頁 ) 偽 書 説 に つ い て は 最 初 に 林 進 氏 が 指 摘 さ れ た も の で

︑ 主 要 な 論 考 に は 以 下 の も の が あ る

︒ 成 瀬 不 二 雄

﹁ 雪 村 周 継 の 画 論

﹃ 説 門 弟 資 云

﹄ に つ い て の 疑 い

﹂﹃ 美 術 史 論 集

﹄ 神 戸 大 学 美 術 史 研 究 会

︑ 二

〇 一 年 小 川 知 二

﹁ 雪 村 の 画 論

﹃ 説 門 弟 資 云

﹄ に つ い て

﹂﹃ 東 京 学 芸 大 学 紀 要

﹄ 東 京 学 芸 大 学

︑ 二

〇 四 年

* 林 進

﹁ 遍 歴 す る 戦 国 画 人 雪 村

﹂﹃ 雪 村

│ 三 春 へ の 道

﹄︑ 三 春 町 歴 史 民 俗 資 料 館

︑ 一 九 八 三 年

︑ 一 五 頁

― 581 ― 雪村筆《瀟湘八景図屏風》

(21)

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