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平城宮 の調査

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(1)

平城宮 の調査

1 1995年

 

平城宮内発掘調査位置図

 

10000

1 1995年度平城宮内発掘調査遺跡一覧 (*印は巻末表■に概要を掲載)

 

 

  発 掘 面積(r) 担当者

250 259 261 262 265 258‑11

造酒司

造酒司・ 宮内道路 第二次朝堂院東第六堂 第一次大極殿 第二次朝堂院南門 内裏北外郭北方

6AAD6ALQ 6AAD6ADE 6ALQ 6AAV 6BBP 6AAV6AAW 6AAN

1995. 4. 7.‑7. 7.

1995。 7. 3.―‑ 9.29.

1995.10. 2.‑1.19.

1995. 9. 1.‑9. 5.

1996.1,9,‑19965.13.

1995. 3.19. ‑ 3.26.

1,800

2,000

2,100 12 2,030 23

臼杵

加藤

 

真二 玉田

 

芳英 内田

 

和伸 渡辺

 

晃宏 平澤

  

地盤調査

溝辺文昭宅

‑3‑

(2)

I‑1  造 酒 司 の調 査   

250・ 259次

は じめ に

今 回 の調 査 は駐 車 場 造 成 に伴 う事 前 調 査 で あ る。 本 調 査 区 は、平 城宮 東 院 の北 西 に位 置 し、

埓 積 官衡 地 区 の東 に隣接 す る。 造酒 司地 区 はすで に第22次 (1964。 1965年)・ 第182次 (1987年)

。第241次 (1998年

)調

査 に よ り北 西部 の様相 が明 らか に され、 出土 木 簡 や酒 甕 据 え付 け穴 を 伴 う建 物 の存 在 か ら「造酒 司」 と推定 されて い る。 この

2回

の調 査 で は、西南部 の様相 と区画 の南 限 を明 らか にす る ことを 目的 と した。

調 査 期 間 は第250次調 査 が 4月

8日

よ り 7月12日 まで、第259次調 査 が 7月

3日

よ り

9月

29日 まで で あ る。調査面 積 は第250次調 査 が約1800r、259次調 査 が約2000だで あ る。

発 掘 調査 の概 要

本調 査 区 にお け る宮 造 営 前 の 旧地 形 は、西側 に谷 が はい りこみ全体 と して は北東 が高 く南西 が低 くな って い る。 さ らに後世 の水 田 によ る肖I平 も受 け、土層 の堆積 は場所 によ り多様である。

北 東 部 で は耕 土・ 床 上 の下 にす ぐ礫 を含 む堅 い黄 白色 の決積層 の地 山が あ らわれ るが、南・ 西 へ行 くに従 い、整地 層 が現 れ、地 山 も粘質・ 砂質土 へ と変 わ る。 第250次調 査 区 西 半 で は、 床 上下 に礫 を含 む黄褐・ 暗灰・ 黒灰土層 が あ り、 そ の下 の整地層 と地 山で遺構 を検 出 した。第250 次調 査 区南 東 部 と第259次調 査 区北東 部 で は地 山上 にの る赤褐 色 系 の整 地 上 と地 山 (洪積 層)

上 で遺 構 を検 出 した。259次調 査 区 の他 の部 分 は削平 が激 しく、 北 側 に比 べ か な り低 くな って お り、遺構検 出 は地 山 (灰褐 色 砂質 土

)上

で行 った。遺構検 出面 の標高 は、 もっとも高 い第250 次調 査 区西北 部 で約68.2m、 もっ と も低 い第259次調 査 区南 端 で約65.6mと な る。

今 回 の調 査 で は造 酒 司地 区 の南端、宮 内道路、 内裏 東方官行地 区 の北 端 を検 出 した。 遺構 は 両 調 査 区 を合 わせ、 掘立 柱建 物15棟、 門2、 築地 塀2、 掘 立 柱 塀9、14、 足 場穴 1、 道路1、

土 坑2、 小 穴 多 数 で あ る。 以 下 、 造 酒 司地 区 とそ の南 の宮 内道路・ 東 院北方地 区 に分 けて、遺 溝 の概 要 を述 べ る。

造 酒 司地 区 (図

2)

奈 良 時代 前 半

 Al期

南 と西 を築地 塀 で 区画 し、南 に棟 門 を開 く。西側 に丼 戸 か らの排水路 を設 ける。南 門 の北 西 に大型建物 を置 き、 その南 に雑舎群 を配 す る。

SB16700 

南 の築地 塀 に開 く棟 門。柱 間 は12尺等 間。

SA16702 

造 酒 司地 区 の南 を区画 す る東 西築地塀。基底部 を地 山削 り出 しに よ り作 る。 基 底 部 の幅 は

6尺

SA16703 

築地 塀 SA16702の 南 雨落 溝。 現状 で幅約50cm。 全 体 で約

20m分

を検 出 した。 削 平 の た め確認 で きな いが、西 でSD16731に 取 り付 くと思 われ る。

‑4‑

(3)

SA16704 

築 地 塀 SA16702の 北 雨 落溝 。 現 状 で幅約80cm。

36m分

を検 出 した。 西 端 をSD16733 に切 られ確認 で きないが、SD16731に 取 り付 くと思 われ る。

SS16705 

築 地 塀 SA16702の 寄柱 と思 わ れ る。

3間

分 確認 した志 柱 間 は10尺

SD16731 

南面 築 地 の下 を走 り、造 酒 司 内 の水 を南 へ排 水 す る南 北清 。 この時期 に はSD16732が

L次

状 に この溝 に取 り付 き、 や や南 でSD16704が 、 築 地 の南 でSD16703が 取 り付 い た と思 わ れ る。築地下 の部分 は木樋 暗渠 とな る。

SD16732 

全 長約

6mの

東 西溝 。 SD3031と SD3035が 取 り付 き、 東 側 のSD16704よ り約

1.5m北

に ず れ た位 置 で、SD16731に 合流 す る。

SX16706 

築地 塀 SA16702の 西端 に取 り付 く庇 状 の施設 。 SA16702西 端 で はSD16730が SA16704よ り北 にず れ るた め、 雨 水 をSD16732に 流 し込 む た め に設 けた もの ら しい。

SD3035 

幅60cm〜

2mの

南 北溝 。 井 戸SE3046か らの水 を排 水 す る。 SD16732に 取 り付 く。

SA15814 

造 酒 司地 区 の西 面 築地 塀 。 基 底 部 は、 地 山上 に砂 質・ 粘 質 土 を積 ん で築 成 して い る が、 明瞭 な版築 で はな い。築地上 の残 りが悪 く、基底部 幅 は確認 で きなか った。

SD3031 

西面 築 地 塀 の東 雨 落溝 。 幅1.5〜

3m。

SD3030 

西面 築 地 の西雨 落 溝。 第250次調 査 区 で は西壁 にそ って東 肩 を検 出 した。 第259次調 査 区 で は幅70om〜

1.5mo sD41に

取 り付 く。

SA16707 

門 の北 側 に位 置 す る東 西掘 立 柱塀 。

3間

分 を検 出 した。 さ らに西 へ 伸 び る可 能 性 が あ る。柱 間 は

8尺

等 間。

SA16709 

門 の北 東 に位 置 す る

3間

の南北掘立柱塀。柱 間 は

8尺

等 間。

SB16726 SA16709の

北 に位 置 す る 6×

2間

の東西建物。柱 間 は10尺等 間。 内部 に酒 甕 据 え付 け 穴 を持 つ。

SB16712 SB16726の

南 に位 置 す る 3×

1間

の東西棟。柱 間 は桁行 が5.5尺等 間、梁 間が

6尺

等間。

SB16714 SB16712の

南 に位 置 す る 2×

2間

の東西棟。柱 間 は桁行 が

7尺

等 間、梁間が

6尺

等 間。

SB16717 SB16712の

西 に位 置 す る 3×

2間

の南北棟。北妻 をSB14の 北 側柱筋 にそ ろえ る。 柱 間 は

6尺

等 間。

SB16723 SB16717の

西 に位 置 す る 2×

2間

の総柱建物。 柱 間 は

6尺

等 間。

SB16716 SB16712の

南 西 に位 置 す る

4× 2間

の東 西棟。柱 間 は

6尺

等 間。

AI期

の後半 に

SB16

714とSB16717を 建 て替 えた もの。

奈 良 時代 前 半

 A‖

門・ 築 地塀・ 主要 建 物 に変 化 は無 いが、 北 側 の井 戸 の増 設 に伴 い、排 水 路 を掘 り足 す。 南 の 雑舎 群 は、 同規 模 の南北 棟

3棟

に建 て替 え る。

SD15818 SD3035の

西 に位 置 す る南北 溝 。 SE3149か ら伸 び る溝 で、 この時期 に22次・244次調 査 区 で あ らた に丼 戸 SE3049と SE2966が 設 け られ たの に伴 い、 この溝 に

3つ

の井戸 の排水 を合流 さ

‑5‑

(4)

Y―

I

Y引

01

SA 1581lsD3031 SD

X‑145,300

X‑145,330

S D 16703 SB 16701

SD 16733    

1671皇

sx 16719

S816722

SA 16711 SB 16712

SB 16725 SB 16726

gB

o8oo ℃

O Ч

O   O(約

OB

SB 1671

SB 16721       SB 16713 SA 16710

SD 16734

SD 16745

250・ 259次調査遺構平面図

(1)1:300

(5)

0

SA 16724

700

0      20m

x‑145,330

X‑145,34σ

X‑145,350

Y吼

OI

Y引

01

Y引

01

Y引

01 Y一

脚刊 Y引

01

Y引

軌 ЫOI

S D 16703            sB 16701

SX 16743      SF l1580 SD 16745

SD 16742

SA 16740    SB 16739 SD 16741

250・ 259次調査遺構平面図

(2)1,300

(6)

せ、SD16931に 直接 つ なげて築地 の外 へ 出 した。 なお、従来 の排水路SD3035も この時 期 まで並 存 して いた ら しい。

SA1671l SA16709を

10尺西 にず ら して付 け替 え た南北 塀 。

4間

分 検 出 した。 柱 間 は

8尺

等 間。

SB16713 SA16711の

西 に位 置 す る 3×

2間

の南北棟。柱 間 は

6尺

等 間。

  │

SB16718 SB16713の

西 に位 置 す る 3×

2間

の南北棟。柱 間 は

6尺

等 間。

SB16722 SB16718の

西 に位 置 す る 3×

2間

の南北棟。柱 間 は

6尺

等 間。

奈 良 時代 後 半

 B期

南 門 を礎 石 建 ち の八 脚 門 に変 え、建 物 を増 築 す る。 門 の北 西 部 に は竪 穴 状 の施 設 を設 け る。

SB16701 SB16700を

建 て替 え、心 をや や西 にず ら し基壇 を増 設 し、 礎 石建 ちの 3×

2間

の八 脚 門 とす る。 柱 間 は桁 行 が8・

1108尺

。 梁 間 が

8尺

等 間 とな る。

SB16727 SB16726を

や や西 にず ら して建 てか え た 6×

3間

の北庇付 き東西棟。柱 間 は10尺等間。

内部 に酒 甕 据 え付 け穴 を持 つ。

SB16725 SB16727の

東 に柱筋 を そ ろえ て位 置 す る東 西 棟 。 西妻 を検 出 した のみ で あ るが 、 北 に 庇 がつ く同規 模 の建 物 と思 われ る。

SB15805 7× 2間

の東西棟。柱 間 は10尺等 間。 調 査 区西 北 端 で南側 柱筋 を検 出 した。 SB16727 と西妻 柱筋 をそ ろえ る。

SD16728 SB15805の

南 雨 落 溝。 幅約50cm。 約22甲分 を検 出 した。

SS16729 SB15805の

南 側 柱筋 に並 ぶ小 柱 穴列 。 SB15805築 造 の 際 の足 場 穴 と考 え られ る。

6間

分 を確認 した。

SB16730 SB16727の

西 に位 置 す る 6×

2間

の南北棟。 南 妻 柱 筋 をSB16727の 南 側 柱 筋 とそ ろえ る。 内部 に酒甕据 え付 け穴 を持 つ。柱 間 は10尺等 間。 若 干方 位 が北 で西 にふ れ る。

SA16708 

門 の北 に位 置 す る

3間

の 目隠 し塀。 柱 間 は6.5尺等 間。

SA16711 

門 の西 に位 置 す る

5間

の南北塀。柱 間 は

6尺

等 間。 SB16727の 東妻 と柱筋 をそろえ る。

SX16715 SB16727の

南 に位 置 す る一 辺 約

3mの

方形 の竪 穴 。一 部 に貼 り床 が残 存 す る。 関 連 す る柱穴 を確認 で きず上屋 の様子 は不 明 だが、半地下 式 の施設 で あ ろ う。

SX16720 SX16727の

西 に位 置 す る同様 の方形 竪 穴 。

1辺

約3.5m。 北 東 部 をSX35に 切 られ る。

SX16719 SX16720の

北 東 部 を切 って設 け られ た

1辺

3.5mの

方 形 竪 穴 。 規 模 が SX34と ほぼ 同 じで あ り、 あ る時期 に建 て替 え た もの と思 われ る。

SB16721 SX16720の

東 に位 置 す る

3Xl間

の南北棟。 柱穴 がSX16720の 埋土 を切 り込 んでお り、

SX16719に 建 て替 え と同時 に建 て られ た もので あ ろ う。

SA16724 SB16730の

南 に位 置 す る

4間

の柵。柱 間 は北 か ら

3間

日で

3尺

、 他 が

5尺

。 そ の他

SD16734 

造 酒 司造 営 以 前 の南北 の斜 行溝。 内部 に小礫 が充填 し、 暗渠様 を呈 す る。SD15814に

‑8‑

(7)

上 部 を切 られ る。 時 期 は不 明 。

SD16733 8D3050の

東 に位 置 し、 部 分 的 にSD3050の東 肩 を切 る南 北 溝 。 時 期 は不 明 だ が 、 木 簡 が

1点

出土 して お り、。 奈 良 末 〜 平 安 初 頭 ころ にSD3050を付 け替 え た もの か。

この他 に、 南 面 築 地 の北 側 で は ま とま りを特 定 で きな い多 数 の小 穴 群 が存 在 し、 雑 舎 。柵 な ど の簡 単 な施 設 が さ らに存 在 して い た と思 わ れ る。

宮 内道 路 。東 院 北 方 地 区 (図

3)

奈 良 時 代

SFl1514 

幅 約

15mの

東 西 道 路 。

SDl1600 SFl1514の

南 側 溝 。 現 状 で 幅 約

5m、

検 出面 か らの深 さ約

lmと

ぃ ぅ大 規 模 な清 で あ る。 北 か らSD16742、 南 か らSD1674とが取 り付 く。 埋 土 よ り木 簡 が 約 2500点 出上 した。

SD16745 SFl1514の

北 側 溝 。 幅 約1.5m。 北 か らSD3030が取 り付 き、SD16742に

L字

状 に取 り付 く。 そ こか ら東 へ は伸 び な い。 そ の先 は造 酒 司 の南 面 築 地 南 側 溝SD16703が北 側 溝 を か ね て い た ら しい。

SD16742 SFl1514を

横 切 る南 北 溝 。 幅 約3.5〜4.5m o sD16731と SD16745が取 り付 く。

SX16743 SD16742に

か か る橋 。 西 岸 に杭

3本

、 東 岸 に杭

2本

を検 出 した。

SA16735 

調 査 区 南 東 に位 置 す る東 西 塀 。

4間

分 検 出 した。 さ らに東 に伸 び る可 能 性 が あ る。

柱 間 は

5尺

等 間 。

SA16736 SA16735の

北 に位 置 す る東 西 塀 。 柱 間 は

5尺

等 間 。

SA16740 

調 査 区 南 端 中央 付 近 に位 置 す る東 西 溝 。

4間

分 を検 出 した。SA16735と 一 連 の塀 の 可 能 サl■が あ る。

SB10739 

東 西 に庇 が 付 く南 北 棟 。 北 妻 を検 出 した。 柱 間 は庇 部 分 が

5尺

、 母 屋 部 分 が7.5尺

SK16744 SFl1580上

に掘 られ た楕 円形 の土 坑 。 長 径 約3.5m。

そ の 他

SD16737 SDl1600の

北 肩 を切 る東 西 溝 。

SK16738 SDl1600の

北 肩 を切 る大 型 の不 整 形 土 坑 。 長 径 約 10m。

造 酒 司 地 区 の規 模 と遺 構 配 置

今 回 の調 査 で は、 門・ 築 地 塀 な どを検 出 し、 造 酒 司地 区 の規 模 を考 え る上 で 新 た な 資 料 を得 た。 ま た、 造 酒 司 地 区 西 半 の遺 構 の状 況 も ほぼ 明 らか とな った。 以 下 、 これ ま で の調 査 成 果 と 合 わ せ 、 概 要 を述 べ る。

造 酒 司 の南 北 長 は、 第 182次 調 査 で検 出 した北 門 と今 回 検 出 した南 門 の心 々距 離 で 約

125mと

な り、 420尺 に復 原 で き る。 これ は、 東 の導 積 官 行 と同規 模 とな る。 ま た、 東 西 長 につ い て は、

西 面 築 地 と南 門 が 参 考 に な る。 東 西 雨 落 溝 か ら推 測 した西 面 築 地 と南 門 の心 々距 離 は奈 良 時 代 前 半 が 約

59m(200尺

)、 奈 良 時 代 後 半 が 約

55m(185尺 )と

な る。 一 方 、 西 面 築 地 と北 門 で は

‑9‑

(8)

SB 2980

SE 15800

AII

S B ︲5803

SB 13180

SB 2976

S B ︲58

SB 13160

□□ □ 1言

遺構変遷図

(1) 

網目は酒甕を伴う建物

51m(170尺 )で

あ る。 た だ し、 宮 内道 路 に面 して い る点 や 、 後 半 に八 脚 門 に建 て 替 え る点 を考 慮 す る と、 南 門 が 主 要 な門 で あ った可 能 性 が高 い。 南 門 を南 面 築 地 の 中心 に想 定 す る と奈 良 時 代 前 半 が 東 西 400尺 、 後 半 が370尺 とな るが 、 築 地 塀 を位 置 を変 え て作 り直 す と は考 え に く い。 当初 の南 門 が築 地 の 中心 で、 作 り替 え に際 して若 干 西 にず ら した か 、 当 初 か ら南 面 370尺 で 南 門 の位 置 が ず れ て い た の を作 り替 え の際 に中心 に直 したか、 こ こで は両 方 の可 能 性 を指 摘 す る に と ど め て お く。 しか しいず れ に して も、 造 酒 司 地 区 が 東 西・ 南 北 と も に

100mを

越 え る 規 模 を持 つ 官 衡 で あ った こ と は確 か で あ ろ う。

造 酒 司 地 区 西 半 の遺 構 変 遷 につ い て は図 4・

5に

示 した。 全 体 と して は、 建 物 の増 加 と建 物 規 模 の拡 大 とい う傾 向 が あ る。 例 え ば、 酒 甕 据 え付 け穴 を持 つ 建 物 面 積 を比 較 す る と、

AI期

が約 350ポ 、

AⅡ

期 が 約 610だ 、

B期

が 約 760だ とな る。

AⅡ

期 の 井 戸 の 増 設 も同 じ傾 向 の 結 果 と考 え られ 、 生 産 体 制 の整 備・ 拡 大 の様 子 が反 映 され て い る といえ よ う。

ま た、 奈 良 時 代 前 半 に は区 画 の北 半 に建 物 が集 中 す る傾 向 が あ るが、 後 半 に は南 へ集 中 が移

‑10‑

(9)

る。 奈 良 時 代 後 半 に南 門 を八 脚 門 に立 て 替 え た の も、 主 要 空 間 を南 へ移 す こ と と関連 す る の か も しれ な い。

この他 に、 南 面 築 地 付 近 で は、 前 半 に は雑 舎 群 を ひ ん ぱ ん に建 て 替 え 、 後 半 に は竪 穴 状 施 設 を置 いて い た こ とが 確 認 され た。 これ らの 周 囲 に も多 数 の小 穴 が存 在 し、 作 業 に関 連 す る簡 単 な施 設 が ひ ん ぱ ん に建 て替 え られ た と思 われ る。

竪 穴 状 施 設 につ い て は、 竪 穴 の保 温・ 保 湿 性 と 醸 造 との 関 連 を考 慮 す る と、 種 麹 の保 存 施 設 な

どが 考 え られ る。

さ らに興 味 深 い の は、 当地 区 の建 物 配 置 が 他 の官 衛 に見 られ る よ うな、 正 殿 を 中心 とす る整 然 と した配 置 を と って い な い点 で あ る。 しい て い え ば、 区 画 の 中心 付 近 に酒 甕 据 え付 け穴 を 持 た な い建 物 が常 に配 置 され て い るが 、 これ ら も 正 殿 とい うよ りは酒・ 酢 の製 造 。管 理 に関 連 す

る機 能 を考 え るべ きで あ ろ う。 ま た、 各 時 期 と も、 建 物 の存 在 しな い空 間 が比 較 的 広 く、 何 ら か の作 業 場 と して 利 用 され て い た可 能 性 が あ る。

遺構変遷図 (2)

  

土 器・ 土 製 品

(臼

 

)

今 回 の調 査 で は、 主 にSDl1600か ら質 、 量 と もに豊 富 な土 器 、 土 製 品 が 出上 した。 こ こで は、

延 暦 年 間 の紀 年 木 簡 を伴 い平 城 宮 土 器

Vの

基 準 資 料 とな る S D l1600出 土 土 器 と、 特 殊 土 製 品 、 墨 書 土 器 につ い て報 告 す る。

a SDl1600出

土 土 器 (図

6)

土 器 は

5層

に分 け て取 り上 げ た が、 最 上 層 の暗灰 粘 質 土 以 外 は、 多 少 の混 入 は あ る もの の型 式 的 に大 きな違 い は な く、 か つ 延 暦 年 間 の紀 年 木 簡 は最 下 層 に近 い部 分 か ら出上 して い るので、

こ こで は一 括 して記 述 す る。

上 師 器

(1〜 20)1〜 3は

A。

AI・ AⅡ

が あ り、 調 整 は

CO手

法 が主 体 で 、

bO手

法 が 一 部 あ る。 外 面 に磨 きを施 す もの は殆 ど認 め られ な い。

1の

削 りは雑 で 、 削 り残 しが 多 くみ ら れ 、

3の

底 部 外 面 に は「 田」 の墨 書 が あ る。

4は

B蓋

で外 面 を磨 く。

5〜 7は

Bo ttB I

‑11‑

(10)

BⅢ

が あ り、 全 て

Cl手

法 で調 整 す る。

6は

底 部 外 面 を硯 と して 使 用 す る。

8は I群

土 器 の 高 杯 。 杯 部 に放 射 暗 文 を持 ち、 平 城 宮 土 器 Ⅲ に属 す る。

9〜

11は皿

Ao ttA I o AⅡ

が あ り、

調 整 は

CO手

法 が主 体 で 、

bO手

法 が少 量 み られ る。12〜 15は椀

Ao ttA I〜 AⅢ

が あ り、 調 整 は全 て

C3手

法 。12の底 部 外 面 に は「 ×」 の線 刻 が あ り、 墨 書 も記 す が判 読 で きな い。14は 灯 火 器 と して使 用 す る。16は

eo手

法 で調 整 す る椀C。 17は

CO手

法 で調 整 す る杯A。 暗 灰 粘 質 土 か ら出上 した もの で 、 平 城 宮 土 器 Ⅶ に属 し、 平 安 時 代 初 頭 ま でS D l16001よ 存 続 して い た こ とを示 す。 灯 火 器 と して使 用 して い る。18は盤

Aで

、 縦 方 向 に 削 る

C3手

法 で 調 整 す る。19 は壺E。 体 部 を全 面 削 り、 磨 きを施 す 。20は甕

Aで

、 外 面 に厚 く煤 が付 着 す る。 他 に は杯C、

竃 が 出土 して い る。

須 恵 器 (21〜

45)21・

22は杯

BI蓋

、23〜 25は杯

BⅢ

蓋 、26・ 27は杯

BⅣ

蓋 。 全 て

I群

土 器 で、

23・ 25は転 用 硯 と して 用 い る。23の頂 部 外 面 に は「 西 」、24の つ ま み に は判 読 不 能 な 墨 書 が あ る。28・ 29は杯

BI、

30は杯

BⅡ

、31〜 33は杯

BⅣ

30031以

外 は全 て

I群

土 器 で あ る。 30は 口縁 端 部 が や や外 反 し、 底 部 を丁 寧 に ロ ク ロ削 りす る。 赤 褐 色 を呈 す るが猿 投 窯 の製 品 で は な く、 産 地 は不 明 。32・ 33は灯 火 器 と して 使 用 す る。34は杯L。 体 部 の稜 以 下 を ロ ク ロ削 り し、

内面 を硯 と して 用 い て い る。 灰 褐 色 を呈 す る緻 密 な胎 上 で 、 日縁 部 の立 ち上 が り も短 く、 播 磨 地 方 の製 品 で あ る可 能 性 が あ る。40は杯

AⅡ

38・ 39は杯

AⅢ

、 35〜 37は 杯

AⅣ

37・ 39は 底 部 外 面 を ロ ク ロ削 り し、40は「 中衛 」 の墨 書 が あ る。41は

I群

土 器 の皿C。 内面 に墨書 が あ る。

42は鉢

Aで

、 内外 面 に黒 色 の物 質 が付 着 す る。 形 態 的 に は古 い特 徴 を持 ち、 混 入 品 で あ ろ う。

43は

I群

土 器 の壺E。 44は壺

Lの

胴 部 で 、 底 部 に糸 切 り痕 が残 る。 外 面 に「 神 」、「 西 殿 子 」 の 墨 書 が あ る。45は壺

Mで

、 頸 部 と体 部 の境 に は明 瞭 な接 合 痕 は認 め られ な い。

以 上 、SDl1600出土 土 器 は、 8。 42が 古 い型 式 の 混 入 品 で あ り、12・ 17・ 33・ 41が 暗 灰 粘 質 土 の 出土 で 、 平 城 宮 土 器 Ⅶ に属 す る もの や そ の可 能 性 が あ る以 外 は、 ほ ぼ平 城 宮 土 器

Vの

範 躊 で 捉 え られ る。 そ の 中 で 、 土 師 器 の調 整 手 法 で

a手

法 が 僅 少 で あ る こ とや 、 杯

Aの

外 面 の磨 き が殆 ど消 失 す る こ とな ど、 よ り後 出的 な様 相 を示 して い る と言 え よ う。

特 殊 土 製 品 (図

7)

1は

SDl1600出上 の鳥 形 硯 。 頭 部 、 尾 部 と脚 部 の両 端 を欠 くが 、 平 城 宮・ 京 出 上 の 形 象 硯 で は最 も残 りの良 い もの の一 つ で あ る。 別 々 に成 形 した頸 部 と胴 部 、 脚 部 を接 合 して ナ デ調 整 を 施 し、 硯 面 の縁 辺 部 と脚 部 を削 りで 整 形 す る。 胴 部 下 面 に は布 目痕 が残 る。 脚 部 側 面 に は一 条 の沈 線 を入 れ、 脚 を折 り曲 げて座 る姿 勢 を示 す。 硯 面 は突 帯 に よ って 陸部 と海 部 を 区分 し、 尾 部 は一 段 や や 高 くな る。 肩 部 上 面 に は蓋 を か み合 わ せ る た め の勿1り 込 み が あ る。 頸 部 に は間 に 列 点 を施 した平 行 沈 線 を持 ち、 そ の周 辺 に墨 で 羽 毛 を描 いて い る。 肩 部 右 側 面 に は「 道 」 の墨 書 が あ り、 筆 な ら しの た め の墨 痕 が 各 所 に認 め られ る。

2は

SDl1600付近 の 包 含 層 出 土 の 亀 形 硯 蓋 。 右 側 縁 前 部 の破 片 で 、 沈 線 で 亀 甲文 と花 弁 状 の毛 を表 現 す る。 内面 は平 滑 に磨 滅 して い る。 形 態 、 文 様 と もに右 京 八 条 一 坊 十 三 坪SK1398出土 品 に酷 似 す る。

3は

SDl1600出 土 の 須 恵

‑12‑

(11)

4

9

0

5

  

0      20cm

‑13‑

(12)

器 蓋 のつ まみ部。 三 層 の宝 塔形 で内部 は中空 とな り、火舎 の蓋 にな る もので あ ろ う。

 4は SDl

1600出上 の刻 印須恵器。底部外面 に「 刀」 を押 すが、 これ は字 の一部 で あ る可能性 もあ る。

墨 書土器

上 記以外 に もSDl1600か らは墨書 土器 が多数 出上 した。主 な もの に、①「御」、 ② 「 酒 」、 ③

「酒 司」、 ④「 西宅」、⑤「益 頭」、⑥「 四 日大風

/□

廿七 」、③ 「 養」 が あ る。

 

この うち、⑥ は、

日記 風 の記 述 で あ り、土器 の墨書 と して は非常 に珍 しい例 で あ る。

      (玉

田芳英)

木製 品 (図

8)

今 回 出土 した木 製 品 の内訳 は表

2の

とお り。以下、保存 状態 の良好 な製 品 につ いて述 べ る。

1・

2は

絵 馬 で あ る。 いず れ もSK16738か ら出土 した。 と もに板 状 の材 の表面 をや りがんな・

刀 子 等 で削 った後 、墨 で馬 を描 いて い る。

1は

右 向 き、縦11,3cm、18.6cm、 厚 さ0,7cm。

 2は

左 向 き、縦12.Ocm、14.5cm、 厚 さ0.4cm。 いず れ も裸馬 で左前脚 を上 げて い る。 彩 色 等 は肉 眼 で は確認 で きな い。 また、穿孔等 もな されて いな い。絵馬 は宮 内で は初 めて の出土。

3は

舟形 。 と も側 を欠 損 す る。底部 に左右対称 に並 ぶ

9つ

の小孔 が穿孔 されて いる。SD3

::Ⅷ L

4

0      15Cm

SDl1600出 土特殊土製品類

 1:3

‑14‑

7

(13)

出土 。 現 存 長9。2cm、7.Ocm。

4・

5は

正 面 全 身 人 形 。

4は

小 さ な三 角 形 の切 取 りで 腕・ 腰 を表 現 す る。 頭 部 の墨 書 は網 の 冠 を示 して い る もの か。 下 半 身 を欠 損 す る。SDl1600出土 。 現 存 長9.2cm、2.4cm、 厚 さ0.2 cm。

5は

比 較 的 大 形 の もの。 下 半 身 は腐 食 が す す む。 手 は切 込 み に よ る表 現 で あ る。SD16742出土 。 現 存 長26.5om、4.Ocm、 厚 さ0.3cm。

6は

斎 串 。 上 下 端 お よ び左 側 縁 を破 損 す る。 両 側 縁 上 部 で斜 め に切 込 みが施 され る。SDl1600 出土 。 現 存 長16.5cm、2.2cm、 厚 さ0.2cm。

7は

刀 子 柄 。 縦 に

2つ

に割 れ た片 側 が 出土 した。 端 部 の一 方 が や や狭 くな る。 狭 い ほ うの端 部 はや や欠 損 し、 金 具 の装 着 痕 ら しい帯 状 の ア タ リが あ る。 両 端 に茎 孔 が 開 く。 茎 孔 内 に は焼

き込 み に よ る変 色 が 見 られ る。SDl1600出土 。 長 さ15,2cm、2.5cm。

8は

木 釘 。 大 形 で使 用 痕 も見 られ な い こ とか ら、 実 用 品 で は な く、 木 型 と考 え られ る。

SD

l1600出 土 。 長 さ16.3cm、2.Ocm。

9は

栓 。 端 部 が や や 腐 食 す る ほか は、 ほ ぼ完 形 で あ る。 段 部 に刀 子 に よ る加 工 痕 が 残 る。

SDl1600出土 。 長 さ9.5cm、3.Ocm。

10は檜 扇 。 上 端 が平 端 の骨

4枚

と尖 端 の骨

2枚

が一 括 して 出土 した。 ま た綴 り孔 の位 置 も骨 に よ って異 な る。 下 端 は破 損 す る。 平 端 の骨 の

1枚

に は短 鶯 の墨 書 が残 る。 木 簡 を再 利 用 して い る ら しい。SDl1600出土 。 最 大 の もの で 幅3.Oom、 厚 さ0.2cm。

11は独 楽 。 芯 持 ち材 を利 用 す る。 上 面 の 中央 が 凹 む。SDl1600出土 。 径2.8cm、 高 さ3.7cm。

12は不 明 木 製 品 。 全 面 を刀 子 で 削 り、 断 面 蒲 鉾 形 で、 先 細 りの形 状 に仕 上 げ た もの。 裏 面 の 平 坦 部 に幅 約 5 mm、 深 さ約 3 mmの溝 を斜 め に刻 む。 比 較 的 丁 寧 な つ く りで あ る。SDl1600出土。

長 さ7.2cm、1.7cm。

13は挽 物 皿 。 破 損 して 出土 した が最 大 径 22.5cn程 度 に復 元 で き る。 全 体 に腐 食 が 進 み 、 表 面 の 凸 凹 が激 しい。SDl1600出土 。

今 回 の調 査 で は造 酒 司 内 か らの木 器 の 出土 は極 め て 少 な か っ た が 、 溝SD3050か ら は舟 形 が 出土 して お り、 造 酒 司 内 の祭 祀 が 確 認 され た。

SDl1600と SD16742か ら比 較 的 多 数 の木 器 が 出土 した が 、 そ の 内 容 は箆 状 品 、 板 状 品 、 曲 物 、 部 材 な ど 日常 雑 具 が 多 数 を 占 め る。 宮 東 大 溝SD2700の よ う に漆 器 や 形 代 な ど多 種 多 様 な 木 製

250・ 259次調査出土木製品集計表

SDI

SD SD SD SK

050 [6733 [1600 [6742 6742

25

1

l l 1

1 1 1

1

1 1

2

3 1 1 1 1 3

1

1 1 2

―‑ 15 ‑一

(14)

6 ∩ 熱 M

脚 V

A 帥

湖 評

Q 耐

鴫 秘

硼 ④ 偽

‰ 鍔 即 じ

V 一 抽

■ = 杵

(15)

品 を 出土 す る地 点 と は、 明 らか に質 的・ 量 的 な差 が あ 組 成 な ど を把 握 す る作 業 を さ らに進 め る こ と に よ り、

る こ とが で き よ う。 今 後 の課 題 と した い。

金 属 器・ 石 製 品 (図

9)

る。 今 後 、 宮 内 の木 製 品 の分 布・ 数 量・

各 地 区 の性 格 を 知 る上 で 多 くの情 報 を得 (加藤 真 二)

1は

餃 具 の板 金 。 刺 金・ 弓金 具 を装 着 す る折 曲 げ部 で 折 れ 、 逆 面 を欠 損 す る。 端 部 に鋲 孔 を 開 け る。 鋲 孔 に は鋲 の 小 片 が 残 る。 幅4.l cm、

厚 さ0.lcmo SDl1600出 土 。

2は

巡 方 裏 金 具 。 隅 を1ケ 所 欠 損 す る。 残 存 す る三 隅 に は脚 鋲 が 残 る。1.8× 2.lcmo SD16742 出 土 。

3・

4は

青銅 製 鋲 。

3は

頭 が潰 れ、扁 平 に な っ て い る。 長 さ2 0cm、 頭 部 径1.l cm。

 4は

長 さ2.2

畷 隠

3

⑥ 剰 ―

259次調査出土金属 。石製品

 1:2

cm、 頭 部 径1.2cm。 いず れ もSDl1600出土 。

4と

同 様 な鋲 頭 は、SD16742で も

1点

出 上 して い る。

5は

、 鉄 釘 。 角 頭 。 断 面 は方 形 。 長 さ9.5cm。 幅1.6cmo SD16742出 土 。

6は

工 具 。 マ イ ナ ス ドラ イバ ー状 を呈 す る。 先 端 が 薄 く、 鋭 利 に な って い る。 基 の 一 種 か 。 長 さ8.2cm、 幅0.4cmo SDl1600出 土 。

7は

石 製 丸 輌 。 装 着 用 の

2孔 1単

位 の 潜 り穴 が3カ所 裏 面 に開 け られ て い る。縦2.5cm、3.4 cm、 厚 さ0.5cmo SD16742出 土 。

8は

ガ ラ ス小 玉 。 緑 色 で約 半 分 を欠 損 して い る。 表 面 に細 か い ひ び が 多 数 入 る。 径1 lcm。

宮 内 道 路 上 の近 世 溝 の埋 土 に混 入 。

こ の ほ か 、SDl1600か ら和 同 開 弥・ 神 功 開 賓 、 これ を覆 うバ ラス層 とそ の直上 か ら隆平永 賓・

富 寿 神 費 が 出土 した。

瓦 博 類

(加藤 真 二)

第 250次 ・ 第 259次 調 査 と もに大 量 の 瓦 螂 類 が 出土 した。 内 訳 は表 3・

4に

示 した。 特 に第259 次 調 査 区 のSD3030と SD16746で は、 築 地 塀 の 落 下 瓦 が ま と ま って 出土 した。

  (臼

 

)

第250次 調査 出土瓦導類集計表

         型式  点 数 型式  点 数

点 数

6314Ca

型 式 不 明

6 6 54 A

6 6 8 8A 6 7 2︲ A

6 7 3 2 A 6 7 5 5 A

    重 量 886 6kg 点 数

点 数   

重 量 2 5kg

点 歎

道 具 。そ の他 軒 丸 瓦計 軒平 瓦計 37

夕 ‖ 零 辛

F彦

│ :

第259次 調査 出上瓦埠 類集計 表

               

型式  点 数 型式  点 数 型 式 点 数 型式  点 数

6 8 ︒ ︲ B 6 3 ︒ 4 B

6 8 ︲ 4 A

6 7 2 ︲ A

6 7 3 2 A

6 7 5 5 A

‑17‑

(16)

E木

簡・ 漆 紙 文 書

250次調 査

南 北溝

SD3031か

1点

、南 北 溝 SD16733か ら

1点

の木 簡 が 出上 した。

SD3031出 土

 

丹 後 国加 佐 郡 太 郷 匠

 

      (174)・

23・

4 039

SD16733出 土

[鹿 力]

 

コ ロ 郡 上 郷 □ □ □ □

       (127)・

17・

7 039

丹 波 国 何 鹿 郡 か。

259次調 査

宮 内道 路 SFl1580の 南 側 溝 SDl1600か ら木 簡約2500点 (う ち削屑約2200点

)と

漆 紙 文 書

1点

、 道 路 を横切 る南北 溝SD16742か ら木簡約50点 (う ち削屑 約30点

)が

出上 した。 詳 細 につ い て は 現 在 整 理 中で あ るが、 これ まで に確認 した主 な もの につ いて釈文 を掲 げ る。

SDl1600出 土 木 簡

①・ 主 膳 監 解

 

申宿 特二 人

 

員 環 祟雰 呂

        

十 一 月 廿二 日秦 一 万

       327・

37・

3011

.コ

雷 旨 畠

]申

宿 侍二 人

 

姦粟 置麻 呂

 

都 都 万 呂

        

十 一 月 廿三 日秦 一 万

       860040・ 4011

 

主 馬 署 解

      (69)・

(17)・

1081

④・ 縫

 

御 服 所 請 鯵 嘗露 遜 埜

 

署 偏 匿 柔 襲 籍 礫 早

 

己上 四人 日料依命婦

・ 宣 所 請如 件

      

五 月廿二 日勝安 麻 呂

別 当史生 阿閑

    326・

32・

3011

⑤・ 綾 所 請 醤 鰯 漆 合人 七 日料 四月十 日別当物部常益

。「行少属三 嶋大調」 (コ ノ他削 り残 リノ墨痕 ア リ

)         219032・ 3011

⑥・ 御 贖 所 請 柏 拾 把

  

五 月十三 日酒部 宅継

・ 「行

 

林 浦 海」

       270・

30・

3011

‑18‑

(17)

為 焼 皮 井 宍 塗 所 請 如 件

",,,,,テ

・ ○ 請 塩 壱 引

,,,

。○ 「判少進安倍

五 月七 日

少属 三 嶋」「大調」

"","  ,,

⑥ 人 給 所 基 督 亀 藻 弐 升官 人 御 料

六 月 四 日

242・32・3 011

235・35。4 011

(144)・28・2 081

③・ 衛 士 四人 給 夕 食 匠

 

・ 判 大進

 

廿 三 日

 

小 □

 

伊 軍 国那 賀郡那珂郷

 

孝筵景甦途成 口

 

調 鹿 堅 魚 拾 壱斤 拾両

=

̲延 専

暦元年十月十 日

当郡司擬領外正七位上膳臣山守

308・32・4 031

[田脱 力]

⑪・ 讃 岐 国 山郡 三 谷 郷 凡 直小 野 □

  

延 暦 三 年 四月十 二 日 (94)・17・3 019

年 紀 の記 載 と して は、 ⑩ の延 暦 元年(782)、 ⑪ の延 暦

3年 (784)が

あ り、長 岡京 遷 都 (延暦

3年

11月

)直

前 の年 紀 を示 す。

文 書 木 簡 は内容 上

2つ

の グル ー プに分 け られ る。 第一 の もの は、春 宮 坊 に対 して被管 官 司 か ら出 され た解 で あ る (①

o②

・ ③)。 ①・ ② はいず れ も主 膳 監 か らの宿 直 報 告 で あ るが 、 複 数 の被 管官 司 の解 が み え るので、 これ らは春宮坊本体 か ら廃 棄 された可能 性 が高 い。 奈良 時代 末 の皇太子 と して は他 戸・ 山部 (後の桓武天皇)・ 早 良 の

3親

王 が い るが 、 比 定 につ いて は な お 検 討 を要 す る。 第 二 の もの と して、「所」 か らの食料 。食 膳 具請求文書 が あ る (④〜⑨)。 日下 に別 当 な どの名 が記 され、裏 に四等 官 な どの判 が加 え られて い る。 そ の所属す る官司 は、判官、

主 典 の表記 が「進 」「属 」 で あ る ことか ら、職 ク ラスで あ る ことがわか る。「林浦海」 は『 続 日 本 紀 』 延 暦

4年 6月

辛 巳条 に皇 后 宮少 属 と して み え、「 少 進 安倍」 は同 日条 に み え る皇 后 宮 少 進 安 倍広津麻 呂 と一致 す る。以上 の ことか ら、 これ らの 「 所 」 は桓 武 天 皇 の皇 后 藤 原 乙牟 漏

(延暦

2年

4月 18日立 后

)の

皇 后 宮 職 の下部 組 織 で あ る可 能 性 が あ る。

‑19‑

(18)

SDl1600出土 漆 紙 文 書

[伍]

□ 拾 参歩

段 栢 甘参 歩

□ 拾 津歩

□ 十 二

得 一 町 一 段 百 八 十 損二

得九段 損二

得二段三百五十二 拾 伍 歩

 

橿三町五段一

損 二

漆 付 着 面 を外 側 に四 ツ折 に して廃 棄 されて い たが、展 開す ると直径約16cmの 円形 に復 原 で き る。 墨痕 は

6行

52文字 確認 で き る。 行 間 は21mm、 字 の大 きさ は本 文 で約10mm〜 8 mm四 方 、 双 行 部 で約 9 mm四方 で あ る。 縦 横 の界 線 が確 認 され るが、界 幅 は現状 で は測定 が困難 で あ る。本 文 は楷 書 体 で大 数字 を、双行 部 は行書体 で小数 字 を用 いる。界線 の存在、字体 (楷書・ 大数字)、

宮 域 内 か ら出土 、 な どの条 件 か ら、諸 国 か らの京進 文書 と考 えて よか ろ う。

内容 は田積 を列 記 し、 それ ぞれ の下 に双 行 で「 損」(損田)「 得」(得田

)の

内訳 を 記 す 。 得 田 は町段 歩 単 位 で 田積 を記 す が、損 田 は「 二」「三 」 のみ しか記載 が な く、損 率 (三分・ 三 分)

の意 味 で あ ろ う。現存 す る帳簿 の中で は、 天平12年遠 江 国浜名 郡輸 租 帳 (正倉 院文 書 正 集16) の損戸 の爽名 部 が類似 した形 態 と内容 を もち、 延 喜主計式租 帳条 の記載 もほぼ同様 で あ る。 以 上 の こ とか ら、本文書 は一応租 帳様文書 と して お くことがで きる。

C.  小 結

259次調 査 で春 宮 坊 関係 の木 簡 が 出土 した こ とで、奈良 時代 末 に は春 宮 坊 が この 調 査 区付 近 に存在 した と推定 で きる。 かつ て第32次調 査 にお いて、 平 城 宮東 南 隅 のSD3410・ 1250・ 4951 か ら今 回 の もの と類似 す る内容 の木 簡 が 出土 し、 また、第104次調 査 で も、 SD4951の 上 流 部 に 当 た る と考 え られ るSD3236か ら同様 の木 簡 が 出上 して い る。 この こ とか ら、 これ らの溝 の上 流地 域 に春 宮 坊 が所 在 す る と推 定 されて い たが (『平 城 宮木 簡

3(解

)』 1981年)、 今 回 の調 査 で そ の可 能 性 が さ らに高 ま った。 しか し、 具 体 的 に春宮坊 に比定 し得 る建物 の遺 構 が検 出 さ れ た わ けで はな く、 その位 置 につ いて は今 後 の調 査 成果 を待 って考 え る必 要 が あ る。

ま た、 藤 原 乙牟 漏 の皇后宮職 関係 の木簡 が 出土 した ことで、皇后宮職 の少 な くと も一 部 の機 関 も今 回調 査 区付 近 にあ った ことが窺 え る。 因 み に、F平城 宮発 掘調 査報 告

XⅢ

』 (1991年

)で

は、 光仁 天 皇 の皇后井上 内親王 や桓武天皇 の皇 后 藤原 乙牟 漏 の宮 は内裏 の内部 に営 ま れ た と推 定 され て お り、奈良 時代末 の皇后宮 のあ り方 につ いて は、春宮坊関係木簡 と皇 后宮職 関係木 簡 が共 伴 した ことの意 味 も含 めて、 なお今後検 討 す べ き課 題 で あ る。 また、 これ らの木 簡 は皇后

―‑ 20 ‑―

(19)

宮職 の下 部 組 織 と して の「 所」 の具体像 を窺 うことので きる資料 で あ り、今後他 の文献 資 料 と の比 較 を踏 まえ た検 討 が必要 で あ る。

       (古

尾 谷 知浩)

ま とめ

今 回 の調 査 に よ り、 ほぼ造 酒 司地 区 の西半 部 の調 査 が終 了 し、遺 構 の状況 が明 らか とな った。

特 に、 南 門・ 南面 築 地 の検 出 に よ り、 当地 区 の南 北 長 が420尺 と確 定 した こ とは重 要 な成 果 で あ る。 これ は隣接 す る簿 積基 壇官行 と一致 す る。 しか し、東西長 につ いて は、不確定 要素 が多 く確 定 す るに い た らず、 課 題 を残 した。 また、 西 半 部 に は整 然 と した建 物配 置 が見 られず 、 正 殿 にあ た る建 物 も存 在 して い な い。 これ は、 宮 内官 衡 で はむ しろ異 例 で あ る といえ よ う。 西 半 部 が醸 造 の作 業 域 で あ った とす る と、東 半 部 に正 殿 を 中心 とす る工 庁域 が存在 したか ど うか も、

今後 の調 査 で 明 らか にす べ き点 で あ る。

宮 内道 路 の南 側 溝 か らは、 奈 良 時代 末 頃 の春 宮 坊・ 皇 后 宮職 に関連 す る木 簡 が 出土 し、 近 辺 に これ らの機 関 が存 在 した可能性 が高 ま った。 これ らの具体 的 な位 置 や様相 も今後 の調査 で 明

らか に さ れ よ う。 (臼杵

 

)

‑21‑

(20)

I‑2  第 二 次 朝 堂 院 東 第 六 堂 の調 査

第 261次

は じめ に

第 二 次 朝 堂 院 地 区 の東 半 分 に つ い て は、 これ ま で に第 一 堂 か ら第 五 堂 ま で の朝 堂(第161・173・

203・213・ 238次)と 、 朝 堂 に は さ まれ た空 閑 地 で あ る朝 庭 部(第163・1690188次 )の 継 続 的 な発 掘 調 査 を行 な って き た。 そ の結 果 、 第 一 堂 〜 第 五 堂 の いず れ につ い て も、 奈 良 時 代 前 半 の掘 立 柱 建 物(下層 建 物)を奈 良 時 代 後 半 に礎 石 建 物 (上 層 建 物)に建 て替 え た こ とを確 認 し、 各 建 物 の規 模 と配 置 関 係 が判 明 す る と と もに、 奈 良 時 代 を通 じて この地 に朝 堂 が存 在 して い た こ とが 明 らか と な って い る。

今 回 の調 査 は、 こ う した成 果 を受 け て 、 未 発 掘 の第 六 堂 を調 査 して これ ま で の 想 定 を確 認 す る と と も に、 第 二 次 朝 堂 院 地 区 の調 査 に一 応 の終 息 を与 え る こ とを 目的 と した もの で あ る。 そ の結 果 、 想 定 通 りの位 置 に第 六 堂 の下 層 、 上 層 建 物 を検 出 し、 朝 堂 院 の 建 物 配 置 が 確 定 した。

特 に下 層 建 物 は、 上 層 基 壇 の削 平 が著 しか った た め に柱 穴 を最 大 限 検 出す る こ とが可 能 で あ り、

建 物 構 造 の詳 細 を 明 らか に し得 た と共 に、 建 設 時 期 と廂 の変 遷 につ い て 新 た な 知 見 を得 る こ と が で きた 。 調 査 面 積 は約 2100ぜ で、 調 査 期 間 は1995年10月 2日 〜 1996年 1月 19日 で あ る。

検 出 した主 な 遺 構

奈 良 時 代 の遺 構 と して は、 前 半 と後 半 の第 六 堂 各

1棟

、 地 覆 石 の据 付 溝 と抜 取 溝 、 足 場 穴 5 条 、 地 割 り溝

1条

、 掘 立 柱 建 物

1棟

、 礫 敷 の舗 装 3ケ所 、 暗渠

2条

、 及 び 数 基 の 上 坑 で あ る。

ま た、 古 墳 時 代 の遺 構 も検 出 し、 掘 立 柱 建 物

1棟

、 掘 立 柱 塀

1条

、 溝

4条

、 土 坑

3基

、 お よ び 第 238次 調 査 で 検 出 した 円墳SX15663の周 溝 の延 長 部 が あ る。

調 査 区 の基 本 的 な層 序 は、 上 か ら整 備 に と もな う置 土 、 耕 上 、 床 上 、 暗 褐 色 の遺 物 包 含 層 で あ り、 地 表 下 約80cmで整 地 上 に達 し、 この 面 が 遺 構 面 とな る。 整 地 土 は

2層

あ り、 上 層 は 暗 黄 褐 色 粘 質 土 、 下 層 が 黄 灰 色 粘 質 上 で 、 そ れ ぞ れ上 層 遺 構 、 下 層 遺 構 に対 応 す る整 地 上 で あ る と 思 わ れ る。 黄 灰 色 粘 質 上 の上 面 に は薄 い灰 色 粘 土 が あ り、 そ の上 面 が 下 層 の遺 構 面 とな る。

奈 良 時 代 前 半 の遺 構

SB16800 

第 六 堂 の下 層 建 物 。 上 層 の整 地 上 と後 述 す る上 層 建 物8B16850の基 壇 に全 面 が 覆 わ れ る。 これ ま で の第 二 堂 〜 第 五 堂 の調 査 で は上 層 基 壇 の保 存 が比 較 的 良 好 で あ った の で、 下 層 建 物 の 柱 穴 は一 部 を検 出 して い た の と ど ま るが 、SB16850の基 壇 は大 き く削 平 を 受 け て お り、

8B

16800の 全 容 を 明 らか にす るた め に、8B16850の基 壇 外 周 を壊 さ な い形 で 5ケ 所 に サ ブ トレ ン チ を設 定 した。SB16800の 柱 位 置 は これ まで の 第 四堂 、 第 五 堂 の調 査 成 果 か ら あ らか じめ想 定 で き た の で 、 東 妻 とそ の

1間

西 の柱 穴 が か か る形 で 南 北 トレ ンチ、8B16850の基 壇 内 で は、 北 側 柱 と入 側 柱 の柱 穴 の全 体 が 出 る形 で 1ケ所 、 南 側 柱 と入 側 柱 の柱 位 置 が壁 にか か る形 で 1ケ所 、 西 妻 柱 の位 置 にSB16800が 四面 廂 の形 式 で あ るか ど うか を確 認 で き る形 で

1ケ

所 の

3本

の 東 西

―‑ 22 ‑一

(21)

鯉 題

撚 購

紛 醸

議 錮

︑ ∞一 〇 〇N

︲ ︲

X‐

‑145′ 690    ‑145,700     ‑145,710 ̲‐ 一 ‐ L‐ ― 十 ,■ ― 半 一 →

│      │

10 261次調

 1:300 ‑145,720 ‑145′ 730

︑ ∞一 〇 ∞硼

O ω硼 ︲ ︲

︲ ︲ ︑ ∞一

〇 〇 ∞

︲ ︲ ︑ ∞一

管 勝銭

一 て 婢 鑢機

重 患    馨   醤 9 機 ▼    ‡専   盤 ◇ 絲 隷 患 ◇ ll l 砂 ヨ ぬ    く

КБ 憫 鑑

‑ 23 ‑一

(22)

トレ ンチ を設 定 し、 そ れ ぞ れ 東・ 北・ 南・ 西 妻 トレ ンチ と呼 ぶ こ と とす る。 ま た、 周 囲 に め ぐ る溝 の状 況 を確 認 す るた め に南 トレ ンチ の西 に短 い南 北 トレ ンチ を入 れ 、 これ を西 トレ ンチ と す る。 そ の結 果 、 ほ ぼ全 て の柱 穴 と外 周 を め ぐ る溝 の一 部 を検 出 した 。SB16800は 桁 行12間 、 梁 間

4間

の掘 立 柱 東 西 棟 建 物 で 、 四 面 廂 で はな く、 南 北 に廂 が付 く。 柱 間 は桁 行 、 梁 間 と もに 10尺 で 、 総 長 はそ れ ぞ れ 120尺 、 40尺 とな る。 第 五 堂 の下 層 建 物SB15700と 規 模 、 構 造 と も に等 しい。 身 舎 部 分 に は低 い基 壇 を 持 ち、 基 壇 高 は最 も残 りの良 い部 分 で 約20cmであ る。 南 ト レ ン チ で は、 廂 部 に礫 敷 の硬 い舗 装 面SX16805が あ り、 こ こが下 層 の遺 構 面 と な る。 北 ト レ ンチ で は、 これ に対 応 す る礫 敷 は見 られ な か った。SB16800の 周 囲 に も、 第 二 堂 、 第 五 堂 で 確 認 して い る細 い溝 が め ぐる。 北 トレ ンチ で は身 舎 と廂 間 にSD16810、 南 ト レ ンチ で はSX16805の 北 に SD16815、 西 トレ ンチ で はSD16815と 南 廂 南 方 の SD16820、 西 妻 西 方 の 南 北 溝SD16825を 検 出 し た 。 北 トレ ンチ 中央 部 で は柱 穴 の検 出面 が深 か った た め にSD168101よ 平 面 で は検 出 で き な か っ た が 、 南 北 畦 の土 層 で 確 認 して お り、 本 来 は東 西 に通 って い る もの で あ る。 これ は東 トレ ンチ で も同 様 で あ る。 ま た、SD16815と SD16825は切 り合 い が あ り、SD16815が 早 く廃 絶 す る。 これ らの溝 の性 格 は、

8D16810016815は

基 壇 外 装 の抜 取 り溝 と も考 え られ る が 、 基 壇 を持 た な い廂 部 分 の外 縁 に もめ ぐるの で 、 雨 落 溝 で あ る可 能 性 が 高 い。SB16800は、 東 西 の妻 をSB15700の東 西 の妻 に、 南 入 側 柱 を第 四堂 の下 層 建 物 S B 15041の 南 妻 柱 に そ れ ぞ れ 揃 え る。SB16800と SB15 700の 間 隔 は110尺 、SB15041と の 間 隔 は20尺 で あ る。

SB16800の 柱 穴 は、 側 柱 と妻 柱 が一 辺 約

1〜

1.5m、 入 側 柱 が 約1.5〜

2mの

隅 丸 方 形 で 、 掘 形 の 深 さ は約50〜100cmで あ る。 これ らの柱 穴 は数 ケ所 の断 ち割 り調 査 の 結 果 、 掘 り込 む 面 が 異 な って い る こ とが 確 認 で きた。 身 舎 部 分 の柱 穴 は基 本 的 に下 層 の整 地 土 を施 す以 前 、 古 墳 時代 の包 含 層 で あ る基 盤 面 に直接 掘 形 を掘 り、 柱 を立 て た後 に整 地 を行 な い、 基 壇 土 を積 む。 そ れ に対 して 廂 の柱 穴 は整 地 上 お よ び礫 敷SX16805を切 って掘 形 を掘 って い る。 こ の こ と とSD1681

5・ 16825の 切 り合 い関係 か ら、 第 二 堂 〜第 六 堂 の廂 の付 加 は建 設 時 の工 程 差 で はな く、 当 初 身 舎 だ けで あ った建 物 に廂 を増 設 した と い う時 期 差 で あ る こ とが 確 定 した。 柱 掘 形 と下 層 整 地 土 か らは平 城 宮 土 器 Iに属 す る須 恵 器 、 下 層 基 壇 土 か ら藤 原 宮 式 軒 平 瓦

6561Aが

出土 し、 従 来 問 題 とな って い た下 層 朝 堂 の建 設 時 期 が平 城 宮 遷 都 時 まで遡 るで あ ろ う こ とが 明確 とな った。 な お 、 第 二 堂 〜 第 五 堂 の調 査 で は、 下 層 の整 地 を行 な って か ら柱 穴 を掘 って 柱 を立 て、 基 壇 土 を

X‑145,710

SD 16851         1

一SD 16865

EI上

層整地上

 

鰹翻sB 16850基壇土

 

麟翻SB 16850地覆石据付溝 11 南北畦西壁層位図

(1)1:100

―‑ 24 ‑―

(23)

積 み上 げ る とい う所 見 が 得 られ て お り、 柱 穴 を掘 り、 柱 を立 て て か ら整 地 を行 な う第 六 堂 と は 建 設 工 程 に差 が 認 め られ る。 ま た、 西 妻 柱 に は

3本

の丸 太 を礎 盤 と して用 いて い た。

南 トレ ンチ南 壁 で は 、断 割 調 査 の 際 に足 場 穴SS16830を検 出 した 。 これ は入 側 柱 か ら南 方 へ 10尺の位 置 に あ り、 柱 間 は10尺。 検 出 した足 場 穴 は この一 列 の み で あ るが 、 未 検 出 の もの と合 わ せ 、SB16800の 柱 穴 の 四方 を 囲 む形 に な る もの で あ ろ う。SS16830は 柱 穴 の 上 を 礫 敷SX16805 が 覆 って お り、 最 初 に身 舎 部 分 を建 設 した際 の足 場 穴 で あ る。

SD16840 SB16800南

側 柱 か ら南15尺の位 置 に あ る東 西 溝 。 上 層 整 地 土 で覆 わ れ る。 幅 約20cm、

深 さ約 10cmを 測 り、 断 割 調 査 等 で一 部 確 認 した。 調 査 区西 端 ま で は続 か な い の で 、8B16800に 付 随 す る排 水 溝 の可 能 性 が あ る。

SD16900 

調 査 区 西 辺 に あ る南 北 溝 。 深 さ約 10cmで 、 約

35mに

わ た って 検 出 した 。 黄 褐 色 の 粘 質 上 で 人 為 的 に埋 め られ た状 況 を呈 す る。 調 査 区 南 壁 の土 層 観 察 の結 果 、 下 層 の整 地 上 の下 に も ぐる た め、 平 城 宮 造 営 時 、SB16800の建 設 時 の もの で あ る と考 え られ る。 こ の 位 置 は ち ょ う ど第 二 次 朝 堂 院 の南 北 中軸 線 上 に あ た り、 これ らの こ とか ら、8D16900は朝 堂 院 建 設 時 の 計 画 線 を示 す 地 割 り溝 と考 え られ る。

第 二 次 朝 堂 院 で こ う した地 割 り溝 を検 出 した の は今 回 が初 め て で あ るが 、 同 様 の性 格 を持 つ 可 能 性 が あ る遺 構SX13320を、 第 188次 調 査 で 朝 堂 院 の 中心 に あ た る位 置 に検 出 して い る。 これ は長 さ約 2m、 幅 約 0.8m、 深 さ約1.4mの長 方 形 の穴 が

4個

、 方 位 に対 して45° 傾 い て 方 形 に 並 ぶ もの で 、 南 に は

2個

の柱 穴SX13321が南 北 に並 び、 北 に も東 西 に並 ぶ 柱 穴SB13322があ る。

SX13320に は柱 を立 て た痕 跡 が な く、 そ の位 置 か ら見 て も、 第 二 次 朝 堂 院 の 中 心 を 示 す 何 らか の施 設 の基 礎 で あ る可 能 性 が あ る。 今 回 検 出 した地 割 り溝SD16900は 、 本 来SX13320に 向 け て 第 二 次 朝 堂 院 地 区 を通 して 掘 った もの で あ ろ うが 、 北 方 は削 平 され て しま った の で あ ろ う。

奈 良 時 代 後 半 の遺 構

SB16850 

第 六 堂 の上 層 建 物 で 、 基 壇 を持 つ 礎 石 建 物 。 今 回 の調 査 地 は、 後 世 の 開 墾 に よ り大 き く削 平 を受 けて お り、 旧地 表 面 に は土 壇 が全 く残 って い な か った。 そ の た め、 基 壇 の遺 存 状 況 が極 め て 悪 く、 最 も厚 い部 分 で約20cm残るだ けで あ るが 、 凝 灰 岩 の切 石 を用 い た地 覆 石 の 抜 取 溝SD16851〜16854と そ の外 側 を め ぐる据 付 溝SD16861〜16864か ら、 第 五 堂 同 様 、 東 西 37.lm、

南 北17.lmの規 模 で あ る こ とが 判 明 した。SD16851に は、 羽 目石 を 立 て る た め の 仕 口 を 持 つ 地 X‑145,715

X‑145,725

匡コ 下層整地上

 

匹目SB 16800基壇土 12 南北畦西壁層位置

̲sx 16805 罐翻SB 16800周囲の溝

―‑ 25 ‑―

(2)1:100

表 5  第261次 調査 出土瓦壕類集計表 軒   丸   瓦 軒 平 瓦 ナ L 瓦 重 量 281,9k貿 形式    種 点 数 形式    種 点 数 点 数 3,150 6133 6225 6282 6296 6303 D? CLBBB 52131111 6561 A 6663 C6664 D6682 A6691 A6694 A6704 A 型 式 不 明 115111111 平 瓦重 量 638.lk質点 数6.669簿重 量6.9k貿点 数凝 灰 岩重 量11.lkg点 数 会仄∪υ道具 。
表 6  第 265次 調査出土瓦痺類集計表 軒   丸   瓦 軒 平 瓦 道   具   瓦 嬉 6133B D M 9 6134A 6225A C L ? 6233B 6275 6284E 1 8251 112138111 6304ABC96307B631l AB? 型式不明 58221 2216534 6641ACE66436663C6664BCDFH?6666A 6668C 1 221 111125262 1411 6681B66826721CDF?6725C6732A96755A6801A 型式

参照

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