おわりに
本論文においては、筆者は以下のことを主張してきた。①中国の社会保障制度は、経済 体制の転換とともに、制度の仕組み、制度の理念およびその財源調達の方法を変えてきた。
②中国における社会保障制度の変化は経済改革を軸に生じてきたが、国有企業改革および 財政制度改革が社会保障再編、とりわけ財源政策の変換を促した主要な原因であった。そ のことを失業保険・老齢年金・医療保険という 3 つの主要制度の考察を通して明らかにし、
その上で、財源政策に関する一般論を用いて中国の社会保障制度の財源政策に関して検討 を行った。経済移行においては効率性が重視されるようになったものの、そのため、貧富 の格差の拡大が深刻になりつつある。今後は、効率性を重視するとともに公平性にも配慮 すべきであると指摘した。
第 1 章では、まず、資本主義国でいう社会保障制度の概念を検討した。その上で、社会 保障の財源構成および財源政策に関する一般理論、特に財源調達方法およびその基準を検 討した。その上で、計画経済期および市場経済期における中国の社会保障制度の概念と仕 組みを概観した。ここで、計画経済期の社会保障は就業・生活保障であり、市場経済期の 社会保障が資本主義国でいう社会保障の性格をそろえたと主張した。
第 2 章では、まず、重工業優先発展戦略を遂行するために、統収統支の財政制度や戸籍 制度および低賃金・高就業の雇用制度がどのように形成されたかを検討した。その上で、
計画経済期における政府間・政府企業間の関係およびそれぞれが果たしていた機能を明ら かにした。国家による資源配分、国有企業を中心とする公有制の維持、就業に応じる生活 保障というような特徴があったからこそ、計画経済期において就業・生活保障型の社会保 障制度が形成されたと指摘し、計画経済期の社会保障制度の仕組み(特に財源調達と給付 方法)と特徴を明らかにした。
第 3 章では、市場経済体制への移行過程における制度改革がもたらした社会的・経済的 諸変化を検討した。とりわけ、国有企業改革と財政制度改革に対する分析を通して、政府 間および政府企業間の財政関係の変化を検討した。社会主義市場経済体制の特徴(一部の 公有制企業を基礎にした所有制の多様化の経済構造、市場による資源配分、市場任せ・効 率性重視)が形成されたことによって、計画経済期の就業・生活保障の社会保障制度が資 本主義国でいう社会保障制度へと転換されたと分析した。
第 4 章では、改革開放政策が実施されて以降の失業問題を概観し、失業対策としての失
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業保険制度を分析した。1998 年以降、中国は顕在的失業と潜在的失業に対して、失業保険 制度と再就職センターがそれぞれ対応し、互いに強い連帯関係を持っていると指摘した。
顕在的失業対策である失業保険制度において、企業から従業員個人へ、また、国有企業か ら国有・集団企業以外の企業および事業単位へ財源を移転したことと、潜在的失業対策で ある再就職センターによる基本生活保障制度において、政府財政および失業保険基金から 財源を調達していたことを明らかにした上で、中国の失業保険制度改革の過程は、国有企 業下崗職工対策の一部であることを示した。
第 5 章では、中国の年金保険制度の形成および 1980 年代以降の改革を含め、中国の年金 保険制度の特徴と問題点を取り上げ、その背景を分析した。また、基本年金保険制度にお ける今後の課題をも指摘した。年金制度改革の背景に関しては、①財政制度改革による企 業財政制度の変遷、②国有企業の赤字拡大、③所有制構造および労働市場における変化、
④急速な人口高齢化、⑤賦課方式の欠点、⑥限定された被保険者範囲による不公平、⑦担 当省庁の多角化による非効率、などの側面から分析を行った。
第 6 章では、中国の医療保険制度の変化、医療供給体制の転換を考察し、経済改革にと もなう基本医療保険制度の形成過程およびその実態を明らかにした。医療保険制度のほか に、医療供給制度に対する分析をも行った。計画経済期の中国では、医療サービスの供給 がほぼ完全に公的医療供給体制によって確保され、医療サービスの需要の大半も公的医療 保険によって保障されていたという結論を得た。市場経済期になってから、医療供給の市 場化によって公費・労保医療費が急増し、所有制構造と労働市場の変化にたいして対応が 遅れた医療保険制度においてはその普及率が低下した。これらの背景に、二重構造的な医 療保険制度自身の問題を加え、医療保険制度が改革されたと分析した。
第 7 章では、これまで検討してきた内容を踏まえた上で、中国の社会保障再編過程にお ける財源政策の変化を再点検した。最後に、応能原則の重視、企業の社会的責任の追及と 徴収体制の強化などの点から、先進諸国(特に日本)と中国の社会保障再編における今後 の課題を提示した。
本論文の内容を振り返ってみると、筆者の主張を明確に提示したと思うが、分析の過程 においていくつかの問題点もある。まず、第 2、3 章の分析において筆者は中国の経済発展 が社会保障再編に与える影響を重視したが、中国の経済発展を論ずる際に、開発経済学・
経済発展論・中国経済論の知識を援用しながら論ずることができればもっとよかったとい う点である。それは紙幅の制限だけではなく、筆者自身におけるそれらの知識の不足にも
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よるものであると考える。今後、それらの知識をしっかりと把握した上で、それらの理論 を用いながら中国の社会保障再編の裏づけを試みたい。
第 2 としては、失業保険に関しては計画経済体制から市場経済体制への変化と対応させ ながら論じたが、それにひきかえ、年金と医療保険はその対応が少々弱いという点である。
それは筆者の書き方に問題があったかもしれないが、年金・医療に関するデータが整備さ れていないことにも原因がある。失業保険の場合は、各所有制企業や被保険者の所属別の データを入手することができたが、年金・医療に関する公開資料は限られており、各所有 制企業や被保険者の所属別のデータを把握することができなかった。それによって、分析 の過程において計画経済体制から市場経済体制への変化とうまく対応させて論ずることが できなかった。
第 3 としては、本論文では筆者は社会保障と財政の関係を重視しているが、中国の社会 保障にかかわる財政支出についての資料はほとんど公表されていないため、社会保障財政 に対して、財政的な分析はまだ十分とはいえない点である。
第 4 としては、先行研究を調べるときに、データの出典が明確にされていないことや、
データが異なっていることが多いため、データ上の矛盾が若干あったかもしれない点であ る。本論文が取り扱っているデータに関して、できるだけその出典を明確に示しておくこ とに力を注いだが、今後、社会保険制度を含む中国の社会保障制度にかかわる資料の整理 に一層力を注ぎたい。
最後に、本論文の執筆を行いながら、筆者は中国の社会保障制度に関する研究がまだ十 分ではなく、資料の整備もまだ不十分であることに気が付いた。資料とデータの制限があ ったため、本論文では各社会保険の実態分析において、1998 年以前の分析はまだまだ不十 分であった。今後の課題として、ヒアリングなどの手法を用いて補足したい。
上記したような本論文における不十分な点を今後克服して、中国の社会保障制度に関す る研究を深める努力を続けたい。
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