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密教文化 Vol. 1963 No. 63 004清野 智海「理趣経系曼荼羅の史的展開について――金剛界曼荼羅研究の (1)―― P42-65」

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密 教 文 化

-金

究の(1)-清

序 密 教 で 通 常 ﹁ 理 趣 経 ﹂ と い う 経 典 は、 不 空 が 訳 し た ﹁ 大 楽 金 剛 不 空 真 実 三 摩 耶 経 ﹂ を 指 す の で あ る が、 こ の 他 同 系 の 経 典 は 漢 訳 だ け 列 挙 し て も 1、 大 般 若 波 羅 蜜 多 理 趣 分 2、 実 相 般 若 波 羅 蜜 経 3、 金 剛 頂 喩 伽 理 趣 般 若 経 4、 仏 説 遍 照 般 若 波 羅 蜜 経 5、 仏 説 最 上 根 本 大 楽 金 剛 不 空 三 昧 大 教 王 経 の 五 種 が あ げ ら れ、 そ の 説 相 も 決 し て 一 様 で は な い。 従 つ て、 同 経 を 依 処 と し て 図 式 化 さ れ る 曼 茶 羅 図 も 実 に 多 様 で あ り、 そ れ ぞ れ が そ う い つ た 経 軌 と ど の よ う に 関 連 す る の か。 あ る い は 日 本 で は ど の よ う に 理 解 さ れ て い た の か、 な ど、 そ し て 最 終 的 に は 九 会 金 剛 界 曼 茶 羅 図 の 成 立 に つ い て 理 趣 会 曼 茶 羅 図 は い か な る 存 在 価 値 を 有 す る の か。 そ れ ら の 有 す る 問 題 は 大 き く、 か っ 多 岐 に わ た る。 ま ず、 本 論 で は 理 趣 経 と そ の 曼 茶 羅 図 の 展 開 に つ い て 概 説 し た い。 1、 理 趣 経 系 の 経 軌 に つ い て 序 分 に 於 い て、 私 は ﹁ 理 趣 経 ﹂ の 類 本 と し て 漢 訳 経 典 よ り 五 種 の 経 典 を 例 示 し た が、 そ の 背 景 に は 梵 本 が 予 測 さ れ る し、 又、 漢 訳 さ れ な か つ た 梵 本 も あ つ た で あ ろ う か ら、 そ の 辺 の 事 情 は 極 め て 複 雑 で あ つ た 事 を ま ず 銘 記 し て お か ね ば な

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ら な い。 そ れ ら イ ン ド 的 な も の は、 理 趣 経 系 曼 茶 羅 を 教 理 史 的 に 取 り 扱 う 時、 省 略 で き な い 資 料 で は あ る が、 本 論 の 目 的 と す る と こ ろ は、 中 国 ・ 日 本 の ﹁ 理 趣 経 ﹂ を 大 局 的 に 把 握 す る と こ ろ に あ る か ら、 梵 本 ・ 西 蔵 語 訳 は 論 外 に し て 漢 訳 経 典 か ら 論 を 進 め る 事 に し ょ う。 大 般 若 理 趣 分 ー 漢 訳 経 典 中 最 も 大 部 な ﹁ 大 般 若 経 ﹂ は 玄 突 が 唐 高 宗 顕 慶 五 年 ( 六 六 〇 ) か ら 龍 朔 三 年 ( 六 六 三 ) に か け て 訳 し た 六 百 巻 の 経 典 で あ り、 開 元 釈 教 録 な ど に も 記 さ れ て い る 如 く、 所 謂 ﹁ 四 処 十 六 会 ﹂ か ら 構 成 さ れ て い る も の で あ る。 四 処 と は 仏 の 説 法 の 場 が、(1) 王 舎 城 鷲 峯 山(2) 舎 衛 城 給 孤 独 園(3) 他 化 自 在 天 王 宮(4) 王 舎 城 竹 林 精 舎 の 四 カ 所 で あ つ た 事 を 意 味 し、 十 六 会 と は 説 法 の た め の 会 合 が 十 六 回 あ つ た 事 を い う。 即 ち、 王 舎 城 鷲 峯 山 と 舎 衛 城 給 孤 独 園 に お い て は 各 七 会、 他 化 自 在 天 王 宮 ・ 王 舎 城 竹 林 精 舎 で そ れ ぞ れ 一 会、 合 わ せ て 説 法 は 十 六 回 な さ れ て い る。 そ れ ら の 十 六 会 の う ち、 第 二 会 ( 四 〇 一 巻 -四 七 八 巻 ) に は 晋 七 年 ( 二 八 六 ) に 竺 法 護 が 訳 し た ﹁ 光 讃 経 ﹂ ( 十 巻 ) あ る い は、 無 羅 叉 の 訳 し た ﹁ 放 光 般 若 経 ﹂ ( 二 + 巻 ー 二 九 一 年 訳 ) が 相 応 し、 第 四 会 に は 支 婁 迦 識 の 訳 出 に か か る ﹁ 道 行 般 若 経 ﹂、 ( 十巻-一七 九 年 訳 ) 支 謙 訳 ﹁ 大 明 度 経 ﹂ ( 六 巻 1 二 二 三 ー 二 五 三 年 訳 ) お よ び 曇 摩 脚 ・ 竺 仏 念 共 訳 の ﹁摩 詞 般 若 紗 経 ﹂ ( 五 巻-三 八 二 年 訳 ) が 共 通 す る 事 実 は 早 く か ら 指 摘 さ れ て い る。 今 こ こ で 大 般 若 経 と 密 接 な 関 係 に あ る 類 例 を 漢 訳 経 典 よ り 摘 出 し て 纒 め る と 左 の 如 く に な る。 理 趣 経 系 曼 茶 羅 の 史 的 展 開 に つ い て

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密 教 文 化 つ ま り、 図 示 さ れ た 如 く 玄 の ﹁大 般 若 経 ﹂ 六 百 巻 中 の 第 二 会 ・ 第 四 会 ・ 第 七 会 ・ 第 八 会 ・ 第 九 会 は 別 種 の 漢 訳 経 典 に 相 応 し、 し か も そ れ ら の 経 典 の 大 部 分 が 玄 装 の 訳 経 が な る 龍 朔 三 年 以 前 に 既 に 流 布 し て い る 事 実 は 興 味 深 い。 こ れ は 玄 の ﹁ 大 般 若 経 ﹂ か ら い え ば 初 会 系 ・ 第 二 会 系 ⋮⋮と い つ た 系 統 が あ つ て、 そ れ ぞ れ グ ル ープ ご と に 思 想 的 発 展 が あ つ た 事 を 語 っ て い る。 更 に 六 百 巻 の 中 の2/3 に 相 当 す る 四 百 巻 が 第 一 会 に、 第 二 会 に は 七 八 巻、 第 三 会 に は 五 十 九 巻、 第 四 会 に 十 八 巻、 第 五 会 に 十 巻、 合 計 し て 五 百 六 十 五 巻 が 十 六 会 中 の 第 五 会 ま で に 数 え ら れ る 事 は 確 か に そ の 推 測 を 許 す も の で あ る。 即 ち、 大 般 若 経 は 第 一 会 系 ・ 第 二 会 系 と い つ た も の の い く っ か が 集 大 成 さ れ た も の で あ る。 そ し て、 同 経 の 如 き 六 百 巻 に も 及 ぶ 般 若 経 典 が 漢 訳 で は 他 に な く、 訳 経 年 時 が 下 つ て も ﹁ 仏 説 仏 母 出 生 三 法 蔵 般 若 波 羅 蜜 多 経 ﹂ の 如 き 類 本 を 指 摘 で き る の は、 般 若 思 想 が 次 第 に 進 展 し て 玄 奨 の 訳 経 の よ う な 大 本 的 な も の に な つ た の で は な く て、 既 に ふ れ た 如 く、 第 一 会 系 ・ 第 二 会 系 と い つ た 範 囲 内 で 発 展 す る 傾 向 が 相 当 強 か つ た 事 を 物 語 る も の で あ ろ う。 従 つ て、 ﹁ 理 趣 経 ﹂ を 論 ぜ ん と す る 場 合、 ﹁ 大 般 若 経 ﹂ に あ つ て は 第 十 会 に 限 つ て 考 え る の が 第 一 義 と さ れ な け れ ば な ら な い。 同 経 の 訳 経 年 時 に つ い て は ﹁ 大 唐 故 三 蔵 玄 奨 法 師 行 状 ﹂ 等 に よ つ て、 顕 慶 五 年 か ら 龍 朔 三 年 ま で の 四 年 間 が 費 さ れ て い る 事 が 史 実 に 明 ら か で あ る。 実 相 般 若 経 ー 次 い で、 理 趣 経 系 経 典 と し て ﹁ 実 相 般 若 経 ﹂ を 考 え て み よ う。 こ れ は 玄 の 訳 経 よ り 三 十 年 の ち の 大 周 長 寿 二 年 (六 九 三 ) に 菩 提 流 支 に よ つ て 訳 さ れ た も の で、 両 者

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の 間 に は 大 き な 相 異 が 認 め ら れ る。 例 え ば、 般 若 理 趣 文 の 後 そ の 間 の 推 移 に 焦 点 を 合 せ る た め に、 栂 尾 氏 の 高 著 ﹁ 理 趣 半 に 添 加 さ れ た 三 種 の 神 呪 が 実 相 般 若 経 に は な く、 相 互 間 に 経 の 研 究 ﹂ の 文 段 に ょ れ ば ﹁ 第 九 ・ 字 輪 の 法 門 ﹂ に 相 当 す る 出 入 す る 説 法 も 極 め て 多 い。 就 中、 実 相 般 若 経 の 十 四 の 短 呪 部 分 を 両 経 か ら 引 用 し 対 比 し て み る 事 に す る。 は 重 視 し な け れ ば な る ま い。 ︹ 第 一 図 ︺ 理 趣 経 系 曼 茶 羅 の 史 的 展 開 に つ い て

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密 教 文 化 例 示 に 及 ん だ 両 経 の 間 の 訳 語 の 相 異 と か 語 句 の 細 か な 出 入 に は ふ れ な い に し て も、 後 者 の 最 後 に 添 加 さ れ て い る ﹁ 阿 ﹂ と い う ﹁ 呪 音 し は 語 句 の 有 無 か ら い え ば 些 細 な 事 か も 知 れ な が、 そ の 意 味 す る 所 は 般 若 理 趣 文 と 実 相 般 若 経 と の 思 想 の 推 移 を 明 確 に 物 語 つ て 重 要 で あ る。 例 示 し た 経 文 に よ つ て も 容 易 に 理 解 さ れ る 如 く、 呪 音 の 位 置 は 任 意 の 所 で は な く、 文 段 の 最 後 で あ り 他 の 十 三 の 呪 音 も 規 則 的 に 諸 文 段 の 末 尾 が 配 慮 さ れ て い る。 こ の 事 を 実 相 般 若 経 全 般 か ら 考 え る な ら ば、 呪 音 は 各 文 段 の 区 切 り を つ け る も の で あ り、 そ れ に よ つ て、 当 然、 文 段 は そ れ ぞ れ の 範 囲 を も つ わ け で あ る。 換 言 す れ ば 文 段 に 主 体 性 が 芽 ば え た と い つ て よ い で あ ろ う。 こ こ に お い て 第 十 会 系 般 若 経 典 が 集 大 成 的 な も の の 一 部 か ら 独 立 し た 事 は 勿 論 の こ と、 そ の 文 段 に 何 ら か の 独 自 性 を も つ て 体 系 づ け ら れ て い る 事 が 推 察 で き よ う。 し か し な が ら、 後 述 の ﹁ 金 剛 頂 喩 伽 般 若 理 趣 経 ﹂ に み ら れ る 如 く 呪 音 は 未 だ 文 段 全 て に 配 慮 さ れ て い な い 事 を 注 意 し て お か な け れ ば な ら ぬ。 と も か く、 開 元 十 八 年 ( 七 三 〇 ) 智 昇 の 録 に な る ﹁ 釈 教 録 ﹂ 巻 十 一 に は ﹁ 般 若 理 趣 分 ﹂ と ﹁ 実 相 般 若 経 ﹂ の 関 連 に 註 を 加 え て ﹁同 本 異 訳 ﹂ と す る が、 両 者 が 同 じ 梵 本 に つ い て い る と は 到 底 考 え ら れ な い 事 は 判 然 と し て い る。 恐 ら く 玄 と 菩 提 流 支 の 思 想 の 隔 た り は、 梵 本 が そ う で あ つ た に も せ よ 二 人 の 生 き た 時 代 の 仏 教 が 大 き く 異 な つ て い る 所 に 起 因 し て い る の で あ ろ う。 金 剛 頂 喩 伽 般 若 理 趣 経 ( 略 し て 般 若 理 趣 経)-同 経 に つ い て ﹁ 貞 元 録 ﹂ 第 二 十 七 巻 に は ﹁ 大 唐 代 宗 朝 大 興 善 寺 三 蔵 沙 門 大 広 智 不 空 訳 ﹂ と 録 さ れ て い る。 従 つ て、 不 空 が 代 宗 の 朝、 即 ち、 七 六 二 年 か ら 七 七 九 年 に い た る 間 に 訳 し た も の で あ る。 更 に 年 代 を 狭 ば め る な ら 不 空 に 附 さ れ た ﹁ 大 広 智 ﹂ な る 称 号 は、 永 泰 元 年 ( 七 六 五 ) に 代 宗 皇 帝 よ り 賜 わ つ た も の で あ る か ら そ こ に 上 限 が お か れ る。 下 限 に つ い て は、 代 宗 の 大 暦 六 年 ( 七 七 一 ) に な つ た 不 空 の 上 表 文 に ﹁金 剛 頂 喩 伽 般 若 理 趣 経 ﹂ の 名 が み ら れ る の で そ こ に 考 え て 差 支 え な い。 即 ち、 同 経 は 実 相 般 若 経 よ り 遅 れ る こ と 凡 そ 七 〇 年、 唐 永 泰 元 年 か ら 大 暦 六 年 ま で の 六 年 間 に 漢 訳 さ れ た と す る の が 定 説 と さ れ て い る。

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実 相 般 若 経 に み ら れ た 文 段 の 主 体 性 へ の 傾 向 は こ の 般 若 理 趣 経 に あ つ て は 一 層 強 く な つ て い る 事 が 知 ら れ る。 一 っ の 呪 音 は そ の 文 段 の 全 内 容 を 包 摂 し た ﹁ 心 真 言 ﹂ と 解 釈 さ れ、 し か も 経 主 た る 如 来 が 説 く の で な く、 そ の 文 段 の 大 要 に 応 じ て 新 ら た に 顕 現 せ ら れ た 菩 薩 が 説 述 し て い る の で あ る か ら、 そ の 思 想 的 背 景 は 前 二 者 と は 極 め て 大 き く 相 異 し て い る と い え よ う。 第 一 図 に 例 示 し た 経 文 に よ つ て 理 解 に 資 し て い た だ き た い。 対 比 に よ つ て、 前 者 で は ﹁ 如 来 ﹂ と し か 表 現 さ れ て い な い も の が、 後 者 に 於 い て は 新 ら た に ﹁ 文 殊 師 利 童 真 ﹂ と 説 か れ て い る 事 が 理 解 で き る。 而 し て、 そ の あ り 方 は、 説 法 の 聴 衆 と し て で は な く、 文 要 の 重 説 者 と し て 登 場 し て い る か ら 文 段 の 主 体 性 は 形 式 的 に も せ よ 独 自 の 尊 格 を も ち 得 る ま で に 発 展 し た と み て よ い。 か か る 事 実 は、 密 教 教 理 の 図 式 化 に 視 点 を お い た 場 合 そ の 構 成 要 素 が 次 第 に 整 え ら れ て ゆ く 一 面 を 物 語 る も の で、 不 空 の 訳 経 に し て よ う や く 基 本 的 な も の が 纒 め ら れ た と い え よ う。 金 剛 頂 喩 伽 理 趣 般 若 経 ( 略 し て 理 趣 般 若 経)-栂 尾 氏 は ﹁ 至 元 録 ﹂ 第 六 に 記 す ﹁ 金 剛 頂 経 喩 伽 般 若 理 趣 一 巻 題 云 大 楽 金 剛 不 空 三 昧 耶 経 般 若 波 羅 蜜 多 理 趣 品 ﹂ と 同 一 経 典 と み な し ﹁ 唐 天 竺 三 蔵 金 剛 智 訳 拾 遺 編 入 ﹂ と か、 明 蔵 の 内 題 に み る ﹁ 唐 南 天 竺 三 蔵 金 剛 智 依 梵 本 於 中 天 訳 ﹂ に つ い て は 全 面 的 に 否 定 し、 訳 経 年 時 は 宋 か 元 時 代 と 想 定 さ れ た。 そ の 上、 訳 出 に 当 つ て は 玄 の 般 若 理 趣 文 と 菩 提 流 支 の 実 相 般 若 経 と が 常 に 参 照 さ れ、 相 応 せ る 訳 語 は そ の ま ま 踏 襲 し て 本 経 が 成 立 し た の で、 も し ﹃ 金 剛 智 訳 と し て こ の 経 が 存 在 し た も の と せ ば ﹁開 元 録 ﹂ か ﹁ 貞 元 録 ﹂ か の 何 れ か に 記 載 せ ら れ ね ば な ら ぬ 筈 で あ る。﹂ と 述 べ る。 般 若 理 趣 分 に 密 教 的 要 素 は み ら れ る が 密 教 教 典 と は い え な い。 実 相 般 若 経 で は 文 段 に 呪 音 が 新 出 し、 般 若 理 趣 分 よ り 密 教 的 色 彩 は 濃 厚 と な り、 下 っ て 般 若 理 趣 経 で は 文 段 は 独 自 の 尊 を 出 だ し、 図 式 化 の た め の 諸 条 件 が 整 備 さ れ た。 即 ち、 菩 提 流 支 訳 ﹁ 実 相 般 若 経 ﹂ を 大 般 若 経 の 訳 出 か ら 善 無 畏 ( 開 元 理 趣 経 系 曼 茶 羅 の 史 納 展 開 に つ い て

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密 教 文 化 四 年、 七 一 六、 長 安 着 ) ・ 金 剛 智 ( 開 元 八 年、 七 二 〇、 洛 陽 着 ) の 中 国 に 於 け る 活 躍 ま で の 間 に お き、 不 空 訳 ﹁ 般 若 理 趣 経 ﹂ を 密 教 盛 行 期 に 位 置 せ し あ る 事 は 仏 教 思 想 の 発 展 と 相 応 し て 異 論 の な い と こ ろ で あ ろ う。 史 実 に 徴 し た 訳 経 年 時 も そ れ を 証 明 し て い る。 さ て、 理 趣 般 若 経 で あ る が、 同 経 の 文 段 末 尾 に ﹁ 密 語 ﹂ と し て 呪 音 は 配 さ れ て い る が、 不 空 の 訳 経 の 如 き 再 説 者 と し て の 菩 薩 は 登 場 し て い な い。 こ れ は 玄 奨 の 経 典 と も 不 空 の 経 典 と も 大 き く 相 異 す る 所 で 概 観 的 に は 菩 提 流 支 の ﹁ 実 相 般 若 経 ﹂ に 近 い 事 を 示 し て い る。 以 上 の 他、 理 趣 経 系 経 典 は 漢 訳 に は 施 護 訳 ﹁ 偏 照 般 若 波 羅 蜜 経 ﹂ ( 一 巻 ) ・ 法 賢 訳 ﹁ 最 大 根 本 大 楽 金 剛 不 空 三 昧 大 教 王 経 ﹂ ( 七 巻 ) の 二 種 が 存 し、 梵 本 ・ 西 蔵 語 訳 も 考 慮 す る な ら 四 種 の 類 本 の あ る 事 が ﹁ 理 趣 経 の 研 究 ﹂ に 述 べ ら れ て い る。 各 々 に つ い て は 本 論 に は 直 接 関 係 な い か ら 省 略 し た い。 次 に 大 般 若 経 ・ 実 相 般 若 経 ・ 般 若 理 趣 経 の 三 経 が 日 本 で は ど の よ う な 展 開 を 見 せ て い る か 簡 単 に 述 べ て お き た い。 大 般 若 経 の 訳 経 は 七 世 紀 中 葉 で あ つ た か ら、 我 が 国 で は 斉 明 ・ 天 智 天 皇 の 頃 に 相 当 す る。 そ の 頃、 日 本 と 大 陸 と の 交 流 の 盛 ん で あ つ た 事 を 思 い 併 せ る な ら ば、 同 経 が 日 本 に も た ら さ れ る の に あ ま り 年 月 を 要 し な か つ た で あ ろ う。 早 く も 文 武 天 皇 大 宝 三 年 ( 七 〇 三 ) に は 同 経 が 読 調 さ れ て い る こ と を 知 る。 更 に 続 日 本 紀 を 調 べ る な ら 同 経 が ど の よ う に 考 え ら れ て い た の か、 あ る 程 度 の こ と は 理 解 で き る。

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な か で も、 大 安 寺 の ﹁ 大 般 若 会 ﹂ は 著 名 で 延 喜 式 玄 蕃 寮 で は ﹁ 大 安 寺 大 般 若 経 会。 毎 年 四 月 六 七 両 日 請 二 僧 一 百 五 十 口 一。 転 二 読 大 般 若 経 一 ﹂ と 記 す。 前 表 に も 記 載 し た が、 続 日 本 紀 に よ れ ば、 天 平 九 年 四 月 八 日 の 条 に ﹁ 律 師 道 慈 言。 道 慈 奉 二 天 勅 一 住 二 此 大 安 寺 一。 修 造 以 来 於 二 此 伽 藍 一 恐 レ 有 二 災 事 一。 私 請 二 浄 行 僧 等 一。 毎 年 令 レ 転 二 大 般 若 経 一 部 六 百 巻 一。 因 レ 此。 錐 レ 有 二 雷 声 一。 無 レ 所 二 災 害 一。 請 自 レ 今 以 後。 撮 二 取 諸 国 進 調 庸 各 三 段 物 一 以 宛 二 布 施 一。 請 二 僧 百 五 十 人 一 冷 レ 転 二 此 経 一 伏 願。 護 寺 鎮 国 平 二 安 聖 朝 一。 以 二 此 功 徳 一 永 為 二 恒 例 一 勅 許 レ 之 ﹂ と 記 述 す る。 更 に、 淡 海 真 人 元 海 は ﹁ 大 安 寺 碑 文 ﹂ の 中 で ﹁ (前 略 ) 愛 有 二 道 慈 律 師 一。 梵 門 之 領 袖 也。 幼 挺 悟 聰。 夙 彰 二 貞 敏 一。 往 二 遊 唐 国 一 十 有 七 年。 学 究 二 五 明 一。 智 洞 二 三 蔵 一 鯉 以 二 天 平 元 年 才 次 己 巳 一。 詔 遣 二 法 師 一 修 二 営 此 寺 一。 法 師 以 為。 不 レ 滅 二 妖 火 一。 功 業 難 レ 成。 於 レ 是 即 上 表。 請 為 二 寺 業 一。 毎 年 四 月 設 二 般 若 会 一。 天 皇 嘉 レ 之。 制 二 詔 有 司 一。 親 施 二 寺 物 一。 官 供 二 其 事 一。 自 レ 爾 以 来。 火 難 絶 ( 後 略 ) ﹂ と 綴 る。 従 つ て 大 安 寺 の ﹁ 大 般 若 会 ﹂ は 天 平 九 年 ( 七 三 七 ) に、 十 七 年 も の 長 期 間 大 陸 に 留 つ た 道 慈 に よ つ て は じ め ら れ た 事 は 疑 い な い 所 で あ る。 し か も、 そ れ は 彼 師 の 独 創 的 な 構 想 に も と つ い て 新 ら た に 厳 修 せ ら れ た の で は な く、 当 時 大 陸 で 行 わ れ て い た 大 般 若 会 を 移 入 し た も の と 私 は 推 察 す る。 具 体 的 に ど の よ う な 形 式 で な さ れ た か は 明 ら か で な い が、 天 平 十 九 年 ( 七 四 七 ) の 大 安 寺 の 一 端 を 記 録 し て 貴 重 な ﹁ 大 安 寺 資 財 帳 ﹂ で は ﹁ 大 般 若 会 調 度 ﹂ と し て ﹁ 仏 懸 緑 綱 ・ 緋 絶 帳 ・ 紺 布 帳 理 趣 経 系 曼 茶 羅 の 史 的 展 開 に つ い て

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密 教 文 化 ・ 仏 懸 横 木 ・ 経 台 ・ 高 座 ρ 礼 盤 坐 ・ 火 炉 机 ・ 簾 ﹂ 等 を 列 挙 し て い る し、 加 え て ﹁ 一 帳 大 般 若 四 処 十 六 会 図 像 一 帳 華 厳 七 処 九 会 図 像 右。 以 三 天 平 十 四 年 才 次 二 壬 午 一。 奉 二 為 十 代 天 皇 一。 前 律 師 道 慈 法 師。 寺 主 僧 教 義 等 奉 レ 造 者。 ﹂ と 述 べ る 所 よ り 考 え る な ら ば、 大 般 若 会 は 大 安 寺 に と つ て 特 に 重 要 な 法 会 で あ つ た と い え る。 当 時 の 大 安 寺 の あ り 方、 就 中、 大 般 若 会 に 関 し て、 道 慈 の 指 導 的 な 役 割 に つ い て は こ こ で 詳 細 に 述 べ る ま で も な い。 つ ま り、 こ の ﹁ 大 般 若 四 処 十 六 会 図 像 一 帳 ﹂ の 製 作 に は 道 慈 的 色 彩 が 極 め て 濃 厚 で あ つ た と 考 え る の は 当 然 で あ る。 道 慈 は 大 安 寺 の 大 般 若 会 を 発 願 し、 そ の 法 会 に 相 応 し い ﹁ 大 般 若 四 処 十 六 会 図 像 ﹂ を 製 作 し た に 相 異 な い。 さ て、 菩 提 流 支 の 実 相 般 若 経 が 古 く よ り よ く 書 写 さ れ て い る 事 は 正 倉 院 文 書 等 に よ つ て も 明 ら か で あ る が、 般 若 系 経 典 と し て は 大 般 若 経 や 金 剛 般 若 経 が 有 名 で あ つ た た め か 写 経 史 料 以 外 と り あ げ る べ き も の は み ら れ な い。 た だ 最 澄 の ﹁ 将 来 目 録 ﹂ に み ら れ る ﹁ 理 趣 品 別 訳 経 一 巻 ﹂ が 実 相 般 若 経 を 指 す の か、 あ る い は 他 の 経 を い う の か に わ か に は 定 め ら れ な い が 一 考 を 要 す る も の と 思 う。 最 澄 と 同 じ 年 に 入 唐 し、 わ ず か 一 年 遅 れ て 帰 朝 し た 空 海 の ﹁ 将 来 録 ﹂ で ﹁ 金 剛 頂 喩 伽 般 若 理 趣 経 一 巻 ﹂ と 記 す 経 典 と 最 澄 の そ れ と が 同 一 か ど う か は 別 問 題 と し て も 最 澄 の 密 教 受 容 態 度 か ら 類 推 す れ ば、 ﹁ 理 趣 品 別 訳 経 ﹂ は 殊 更 に 注 目 す べ き 経 典 で は な か つ た と 思 わ れ る。 し か る に、 空 海 の 場 合 は 密 教 色 彩 の 濃 厚 な 恵 果 に 師 事 し て い る か ら、 不 空 の 訳 し た ﹁ 般 若 理 趣 経 ﹂ を 随 身 す る 事 は 自 然 な 成 り 行 き で あ る。 下 つ て 円 仁 ・ 円 珍 も 不 空 の 訳 経 を 請 来 し、 や が て 天 台 ・ 真 言、 と く に 後 者 に お い て 最 も 需 用 度 の 高 い 経 曲 ハと な る の で あ る。 大 般 若 経 を 依 処 と し た 奈 良 朝 の 顕 教 的 な 大 般 若 会 の 伝 統 に、 不 空 の 訳 経 に よ る 新 ら し い 密 教 的 な ﹁ 理 趣 法 ﹂ の 基 盤 が 形 成 さ れ て ゆ く の で あ る。 2、 ﹁ 般 若 理 趣 経 ﹂ と ﹁ 理 趣 釈 ﹂ 不 空 の ﹁金 剛 頂 経 喩 伽 十 八 会 指 帰 ﹂ は 彼 が イ ン ド で 接 し た 大 本 金 剛 頂 経 の 全 般 に 関 す る 要 点 を 纒 め た も の で、 唐 代 金 剛 頂 経 の 全 般 を 考 え る 時、 よ く 引 用 さ れ る 貴 重 な 資 料 で あ る。

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果 し て、 そ れ に 記 さ れ た 如 き ﹁ 十 万 偶 十 八 会 ﹂ の 大 本 金 剛 頂 経 が 存 在 し て い た か ど う か は 賛 否 両 論 が み ら れ 決 定 的 な 成 果 は な い。 し か し、 そ の 十 八 会 の う ち 初 会 に は ﹁ 金 剛 頂 一 切 如 来 真 実 摂 大 乗 現 証 大 教 王 経 ﹂ が 一 致 し、 第 六 会 に は ﹁ 般 若 理 趣 経 ﹂ 即 ち ﹁ 金 剛 頂 喩 伽 般 若 理 趣 経 ﹂ が 相 当 す る と 考 え ら れ、 い ず れ も 不 空 自 ら 訳 す る も の で あ る。 特 に 後 者 に は 同 三 蔵 の ﹁ 理 趣 釈 ﹂ と い う 註 釈 書 が あ る か ら、 不 空 の 同 経 に 対 す る 考 え を 理 解 し よ う と す る 時、 資 料 的 に は 恵 ま れ て い る と い え よ う。 狭 義 に 解 し て も、 両 経 の 考 察 を 深 め る 事 は 不 空 の 思 想 の 一 端 を 明 ら か に す る 事 に な る。 ﹁ 般 若 理 趣 経 ﹂ の 組 織 的 で 且 つ 純 密 教 的 な 一 端 は 前 に も 述 べ た の で、 本 章 で は ﹁ 理 趣 釈 ﹂ を 参 考 に し な が ら 同 経 の 曼 奈 羅 的 性 格 を 考 え て み る こ と に し た い。 栂 尾 氏 の ﹁ 理 趣 経 の 研 究 ﹂ に よ れ ば、 同 経 は ﹁ 序 ﹂ ﹁ 正 ﹂ ﹁ 流 通 ﹂ の 三 段 か ら な り、 そ れ ら は ﹁ 序 論 ﹂ ﹁ 本 論 ﹂ ﹁ 結 論 ﹂ と で も い う べ き 性 格 を も つ て い る 事 が 述 べ ら れ て い る。 序 分 は、 薄 伽 梵 が 欲 界 他 化 自 在 天 王 宮 中 で 金 剛 手 ・ 観 自 在 . 虚 空 蔵 ・ 金 剛 拳 ・ 文 殊 師 利 ・ 綾 発 心 転 法 輪 ・ 虚 空 庫 ・ 催 一 切 魔 等 の 八 十 倶 砥 菩 薩 衆 に 囲 続 せ ら れ て 説 法 す る 事 を 説 い て い る。 次 い で 本 論 に 入 り、 薄 伽 梵 は 本 経 の 意 趣 を い く つ か に 分 け て 宣 説 す る。 つ ま り 概 観 的 に は 文 段 が 設 け ら れ た わ け で あ る。 第 一 の そ れ は、 ﹁ 一 切 法 清 浄 句 門 ﹂ で ﹁ 一 切 法 ﹂ を 更 に 細 か に み れ ば ﹁妙 適 ﹂ ﹁欲 箭 ﹂ ﹁ 触 ﹂ ﹁ 愛 縛 ﹂ ﹁ 一 切 自 在 主 ﹂ ﹁ 見 ﹂ ﹁ 適 悦 ﹂ ﹁ 愛 ﹂ ﹁ 慢 ﹂ ﹁荘 厳 ﹂ ﹁ 意 滋 沢 ﹂ ﹁ 光 明 ﹂ ﹁ 身 楽 ﹂ ﹁ 色 ﹂ ﹁ 声 ﹂ ﹁ 香 ﹂ ﹁ 味 ﹂ の 十 七 句 に わ け て 句 義 が 解 釈 さ れ る。 而 し て、 経 主 薄 伽 梵 は 再 説 者 と し て 金 剛 薩 唾 を こ の 文 段 に 登 場 さ せ て、 文 意 を 悉 く 摂 め た 呪 音 ﹁件 引 ﹂ を 説 か し め て い る。 そ の 様 相 は 左 手 ﹁ 金 剛 慢 印 ﹂ に し、 右 手 は ﹁ 抽 郷 本 初 大 金 剛 ﹂ の 姿 で あ る。 第 二 段 は ﹁ 一 切 如 来 寂 静 法 性 現 等 覚 出 生 般 若 理 趣 ﹂ の 法 門 で あ る。 再 説 尊 の 名 は な い が ﹁ 智 拳 印 を 持 す ﹂ と あ る か ら 大 日 如 来 で あ ろ う。 第 三 段 は ﹁ 一 切 法 平 等 最 勝 出 生 般 若 理 趣 ﹂ の 門 で、 降 三 世 印 を 持 し、 降 伏 の 立 相 に 住 す る 尊 格 が 文 要 を 説 く。 以 下、 重 説 す る 尊 名 を 列 挙 す れ ば、 観 自 在 ・ 虚 空 蔵 ・ 金 剛 拳 ・ 文 殊 師 利 し 綾 発 心 転 法 輪 ・ 虚 空 庫 ・ 催 一 切 魔 と な る。 第 十 一 段 は そ の 構 成 が 少 し く 異 る。 す な わ ち、 薄 伽 梵 は 二 切 理 趣 経 系 曼 茶 羅 の 史 的 展 開 に つ い て

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密 教 文 化 法 三 摩 耶 最 勝 出 生 般 若 理 趣 ﹂ に ﹁ 平 等 性 ﹂ ﹁ 義 利 性 ﹂ ﹁ 法 性 ﹂ ﹁ 事 業 性 ﹂ の 四 つ の 面 の あ る 事 を 教 え る。 再 説 の 尊 も 金 剛 手 と あ る だ け で 一 般 的 な 尊 名 で あ る。 第 十 二 段 以 下 に お い て は ﹁ 外 金 剛 部 ﹂ ( 十 二 ) ﹁ 七 母 女 天 ﹂ ( 十 三 ) ﹁ 末 度 迦 羅 天 三 兄 弟 等 ﹂ (十 四 ) ﹁ 四 姉 妹 天 ﹂ (十 五 ) の 諸 天 名 が 知 ら れ る。 次 い で 十 六 段 は 各 文 段 の 意 趣 を 究 寛 円 満 と 総 括 せ ん が た め に 設 け ら れ た ﹁ 平 等 金 剛 出 生 般 若 理 趣 ﹂ の 法 門 で あ つ て、 薄 伽 梵 は ﹁ 般 若 波 羅 蜜 ﹂ と﹁一 切 如 来 ﹂ と の 間 に ﹁ 無 量 ﹂ ﹁ 無 辺 ﹂ 二 性 ﹂ ﹁ 究 寛 ﹂ と い う 四 つ の 概 念 を 見 て い る。 こ の よ う な 四 つ の 分 類 法 は 第 十 一 段 で も 指 摘 し た 所 で 注 意 を 要 す る。 第 十 七 段 に つ い て は ﹁ 十 六 大 菩 薩 生 ﹂ と い う 語 句 は あ る が、 図 式 化 の 要 素 は 別 に な い。 最 後 の 流 通 分 つ ま り 結 論 に 相 当 す る 所 は 十 八 段 で 持 金 剛 菩 薩 等 が 集 会 し、 金 剛 手 を 称 讃 し て い る。 以 上 が ﹁ 般 若 理 趣 経 ﹂ の 梗 概 で、 そ の 要 点 を 以 下 に 図 示 し て お こ う。

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前 述 の 如 き 不 空 の 訳 経 に み ら れ る 図 式 化 の た め の 諸 要 素 が あ く ま で 基 本 的 な 段 階 に と ど ま つ て い る 事 は 本 図 に よ つ て も 理 解 さ れ る で あ ろ う。 例 え ば、 正 分 十 一 の 段 で は そ の 説 法 の 意 図 が 概 念 的 な も の に と ど ま つ て、 後 世 の 曼 茶 羅 図 に み ら れ る よ う に 主 尊 を 中 心 に し た 多 数 の 随 伴 者 を 説 く わ け で は な い。 し か る に、 理 趣 釈 で は 一 入 完 備 し た も の と な る。 十 七 段 に つ い て い え ば ﹁ 般 若 波 羅 蜜 ﹂ と ﹁ 一 切 如 来 ﹂ と に 介 在 し、 両 者 の 関 連 を 理 由 づ け た ﹁ 無 量 ﹂ ﹁ 無 辺 ﹂ コ 性 ﹂ ﹁ 究 寛 ﹂ の 四 つ の 語 句 は、 そ れ ぞ れ ﹁ 金 剛 部 ﹂ ﹁ 宝 部 ﹂ ﹁ 蓮 華 部 ﹂ ﹁ 掲 磨 部 ﹂ の 四 つ の ﹁ 部 ﹂ を 象 徴 し、 更 に 各 々 が 五 部 を 具 し た 曼 奈 羅 で あ る 事 を 述 べ る。 こ こ に 形 像 曼 茶 羅 と し て の 大 き な 進 展 を 認 め な け れ ば な ら ぬ。 ﹁ 貞 元 録 ﹂ 巻 二 七 の 録 す る 所 に ょ る と 理 趣 釈 は、 代 宗 朝 に 不 空 に よ つ て 訳 さ れ た 事 を 知 る。 又、 大 歴 六 年 ( 七 七 一 ) に な つ た ﹁表 製 集 ﹂ 巻 三 に は ﹁ 般 若 理 趣 釈 ﹂ を 認 め 得 る か ら、 理 趣 経 系 曼 茶 羅 の 史 的 展 開 に つ い て

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密 教 文 化 般 若 理 趣 経 の 訳 経 と ほ ぼ 同 じ 頃 の 広 徳 元 年 ( 七 六 三 ) か ら 大 歴 六 年 ( 七 七 一 ) ま で の 八 年 間 に 訳 さ れ た と い つ て 差 支 え な い。 註 釈 の 順 序 は 般 若 理 趣 経 に よ つ て い る が、 中 に は 何 ら 言 葉 を 費 や さ な い 部 分 も あ り、 訳 経 に 際 し て 不 空 は 自 分 独 自 の 見 ・ 解 を か な り 加 味 し て い る と 推 測 さ れ る。 例 え ば、 金 剛 薩 垣 お よ び 四 明 妃 の 五 尊 が 同 一 蓮 華 に 坐 す る 形 像 を ﹁ 金 泥 曼 茶 羅 東 南 隅 是 也 ﹂ と 註 し て い た り、 あ る い は 十 七 段 の 五 部 具 会 曼 奈 羅 に つ い て ﹁ 薦 福 大 和 上 金 泥 喩 伽 曼 奈 羅 ﹂ と 附 記 す る 態 度 は そ の 好 例 で あ ろ う。 前 述 の 第 十 七 段 の 例 か ら 類 推 さ れ る 如 く、 各 文 段 の 尊 数 は 増 加 し、 そ れ ら は 般 若 理 趣 経 で 再 説 者 と し て 登 場 し た 尊 を 中 心 に 配 位 さ れ る よ う に な つ て い る。 こ こ に 於 い て、 形 像 曼 茶 羅 の 形 態 は ほ ぼ 完 備 し た。 次 い で、 異 っ た 角 度 か ら 進 展 の 様 相 を 検 討 し て み る と、 般 若 理 趣 経 に お い て は 文 意 と 呪 音 に よ つ て 文 段 は 分 け ら れ て い た が、 理 趣 釈 で は 殆 ん ど の 文 段 の 末 尾 に ﹁ 己 上 観 自 在 菩 薩 般 若 理 趣 会 品 ﹂ と か ﹁ 己 上 金 剛 拳 理 趣 会 品 ﹂ と か い う よ う に そ の 文 段 の 総 括 的 な 言 葉 を 明 確 に 認 め 得 る。 し か も そ れ は 再 説 の た め に 顕 現 せ ら れ た 尊 名 が 依 用 さ れ て い る 事 を 考 え る な ら ば、 文 段 の 主 体 性 は 般 若 理 趣 分. 実 相 般 若 経. 般 若 理 趣 経 と 進 展 し、 理 趣 釈 で は 品 名 を も つ ま で に 強 調 さ れ た と も、 あ る い は 経 典 が よ り 明 確 に 細 分 化 さ れ た と も 解 さ れ る で あ ろ う。 以 下 に 品 名 を 列 挙 す る と 正 分 1 大 楽 不 空 金 剛 薩 垣 初 集 会 品 正 分 2 毘 盧 遮 那 理 趣 会 品 正 分 3 降 三 世 品 正 分 4 観 自 在 菩 薩 般 若 理 趣 会 品 正 分 5 虚 空 蔵 品 正 分 6 金 剛 拳 理 趣 会 品 正 分 7 文 殊 師 利 理 趣 品 正 分 8 綾 発 意 菩 薩 理 趣 品 正 分 9 虚 空 庫 菩 薩 理 趣 品 正 分 10 催 一 切 魔 菩 薩 理 趣 品 正 分 11 降 三 世 教 令 輪 品 正 分 12 外 金 剛 会 品 正 分 13 七 母 天 集 会 品 正 分 14 三 兄 弟 集 会 品

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正 分 15 四 姉 妹 集 会 品 と な る。 品 名 の な い 文 段 も 多 少 あ り、 序 分 ・ 流 通 分 に は 何 の 註 釈 も な い。 序 分 の 曼 茶 羅 は、 毘 盧 遮 那 仏 を 中 央 に、 金 剛 手 は 中 尊 の 前 月 輪 に あ り、 観 自 在 は 後、 虚 空 蔵 は 右、 文 殊 師 利 は 東 南 隅、 綾 発 心 転 法 輪 は 西 南 隅、 虚 空 庫 は 西 北 隅、 催 一 切 魔 は 東 北 隅 の 月 輪 中 に 配 位 さ れ て い る。 そ の 他、 位 置 に つ い て は 述 べ な い が 八 供 養 菩 薩 ・ 四 門 菩 薩 が 説 か れ て い る。 そ の 上、 四 門 の 菩 薩 に は ﹁ 等 ﹂ と い う 語 が 附 せ ら れ て い る か ら、 そ れ と は 別 の 尊 格 を も も ち 得 ら れ る わ け で あ る。 全 段 を 概 説 す る に は 紙 数 の 都 合 や 冗 長 の き ら い が あ る の で 形 像 曼 茶 羅 に 関 す る 要 点 を 図 に よ つ て 示 す こ と に し た い。 理 趣 経 系 曼 茶 羅 の 史 的 展 開 に つ い て

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※ 印 を 附 し た 尊 に つ い て は 尊 容 に つ い て 記 述 の あ る 事 を 示 す 理 趣 釈 か ら 指 摘 さ れ る 形 像 曼 茶 羅 は 序 分 に 一 っ、 正 分 に 十 七、 計 十 八 存 在 す る。 以 下 注 意 す べ き 事 項 を 三 っ 挙 げ て 今 後 の 研 究 課 題 に し た い。 理 趣 経 系 曼 茶 羅 の 史 的 展 開 に つ い て

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密 教 文 化 (1) 序 分 の 曼 祭 羅 は 毘 盧 遮 那 を 中 尊 と し、 金 剛 手 ・ 観 自 在 ・ 虚 空 蔵 ・ 金 剛 拳 ・ 文 殊 師 利 ・ 綾 発 心 転 法 輪 ・ 虚 空 庫 ・ 催 一 切 魔 の 八 菩 薩 が 囲 続 す る も の で あ る が、 そ れ ら は そ れ ぞ れ 正 分 1・4・5・6・7・8・9・10の 再 説 尊 即 ち 曼 茶 羅 の 中 尊 と さ れ る か ら 相 互 間 に 綿 密 な 連 関 性 を 察 知 で き る の で あ る。 (2) 次 に 正 分 3 に 降 三 世 を 中 尊 に し、 葱 怒 形 で は あ る が 薩 埋 ・ 王 ・ 愛 ・ 善 哉 ( 喜 )、 第 4 に は 通 形 の 法 ・ 利 ・ 因 ・ 語、 第 5 で は 宝 ・ 光 ・ 瞳 ・ 笑、 第 6 に は 業 ・ 護 ・ 薬 叉 ( 牙 )、 拳 と 中 尊 は 異 る け れ ど 合 せ れ ば 十 六 の 脇 待 に な る。 こ れ ら は 所 謂 四 部 の 十 六 大 菩 薩 で あ る。 (3) 第 三 に は 四 方 の 門 に 配 さ れ て い る 標 幟 で あ る。 中 に は 九 会 金 剛 界 曼 奈 羅 の 三 昧 耶 会 の よ う に、 事 物 ( 三 昧 耶 形 ) か ら 尊 格 的 な も の を す ぐ 想 起 で き な い も の も あ り、 理 趣 釈 の 成 立 を 考 え る 時、 手 が か り と な る も の で あ ろ う。 そ の 他 詳 細 は ﹁ 理 趣 経 形 像 曼 茶 羅 の 図 像 学 的 展 開 ﹂ を 論 ず る 時 に 考 察 す る 事 に し た い。 3、 理 趣 経 の 現 図 曼 茶 羅 に つ い て ︻ A ︼ 文 献 に み ら れ た 理 趣 経 曼 茶 羅 に つ い て 理 趣 経 系 曼 茶 羅 図 に 関 し て、 文 献 史 料 に み ら れ た 我 が 国 で 最 も 古 い 具 体 例 は、 前 述 に も 及 ん だ 道 慈 の ﹁ 大 般 若 四 処 十 六 会 図 像 ﹂ を あ げ る 事 が で き よ う。 勿 論、 大 安 寺 の 大 般 若 会 の た め に 製 作 さ れ た も の で ﹁ 四 処 十 六 会 ﹂ と 記 す 以 上 ﹁ 大 般 若 ( ) 印 は 各 々 の 将 来 録 に 録 さ れ て い る も の に 附 し た

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経 ﹂ 六 百 巻 の 四 処 十 六 会 が 配 慮 さ れ て い る と 断 じ て 誤 り な い。 詳 細 な 内 容 は 判 然 と し な い が、 そ こ に 奈 良 朝 的 と い う か 顕 教 的 性 格 を 私 は 感 ず る の で あ る が 思 い 過 し で あ ろ う か。 と に か く そ れ は、 金 剛 智 ・ 不 空 訳 経 以 前 の 存 在 で あ る こ と は 否 め な い も の で あ る。 下 つ て、 密 教 的 経 典 と い う 事 に 視 点 を 向 け て 考 え て み た い。 前 表 は 理 趣 経 系 の 儀 軌 を 選 び、 そ れ ら が 八 家 秘 録 で は 誰 の 将 来 と す る か、 更 に そ れ を 現 在 知 ら れ る 入 唐 八 家 各 々 の 将 来 目 録 と 照 合 し て 得 ら れ た も の で あ る。 弘 法 大 師 空 海 と 共 に 入 唐 し た 伝 教 大 師 最 澄 が ﹁ 普 賢 金 剛 薩 垣 念 請 儀 軌 ﹂ の み を 将 来 す る の に 対 し、 空 海 は 現 今 伝 来 す る 理 趣 経 系 儀 軌 の 殆 ん ど を 手 に し て い る こ と が 確 め ら れ よ う。 二 高 僧 の 密 教 に 対 す る あ り 方 は 勿 論 の こ と、 理 趣 経 に 対 す る 態 度 も 充 分 窺 え る も の で あ る。 即 ち、 不 空 系 の 理 趣 経 系 儀 軌 に 注 目 し、 そ の 教 理 を 我 国 に も た ら し た 第 一 人 者 と し て 空 海、 次 い で 円 仁 ・ 円 珍 に 注 目 し な け れ ば な ら な い の で あ る。 空 海 の 在 世 中 の 活 動 の い く つ か が 記 録 さ れ る ﹁ 性 霊 集 ﹂ ( 巻 七 ) に は. ﹁ 為 故 藤 中 納 言 奉 造 十 七 尊 像 願 文 越 有 二 大 楽 不 空 十 七 尊 曼 奈 羅 一。 超 二 両 絶 一 而 建 レ 都。 過 二 三 諦 一 以 構 レ 殿。 無 始 無 終 坐 二 其 極 一。 金 瞳 金 杵 荘 二 其 台 一。 ( 略 ) 謹 以 二 弘 仁 十 二 年 九 月 七 日。 綾 服 為 レ 地 金 銀 為 レ 糸。 奉 レ 図 二 十 七 尊 曼 茶 羅 一 舗 三 幅 一。 井 書 二 写 大 楽 金 剛 不 空 三 昧 耶 理 趣 経 一 巻 一。 兼 設 二 香 華 一 供 レ 仏 演 レ 経。 蘇 羅 多 妙 相 澹 然 色 悦。 吉 利 羅 尊 寛 爾 意 示。 慾 箭 射 二 厭 離 之 意 一。 悲 瞳 吹 二 愛 縛 之 心 一 八 供 侍 女 満 二 法 界 一 而 無 レ 尽。 四 摂 使 天 遍 二 四 生 一 以 饒 益 ﹂ と の 一 文 を み る。 こ れ は 空 海 四 十 八 才 の 弘 仁 十 二 年 ( 八二一 )、 旦 つ て の 入 唐 大 使 で あ つ た 藤 原 賀 能 中 納 言 追 福 の た め の 願 文 で、 そ こ に 記 さ れ た ﹁大 楽 不 空 十 七 尊 曼 茶 羅 ﹂ は、 併 せ て 書 写 さ れ た ﹁ 大 楽 金 剛 不 空 三 昧 耶 理 趣 経 ﹂ あ る い は 蘇 羅 多 ・ 吉 利 羅 ・ 慾 箭 ・ 橦 の 四 尊 を 考 え る ま で も な く 理 趣 経 を 依 処 と し た 曼 茶 羅 で あ る こ と は 肯 首 さ れ る。 旦 ハ体 的 に は ﹁ 綾 服 為 レ 地 金 銀 為 レ 糸 ﹂ し た ﹁ 一 鋪 三 幅 ﹂ の も の で 前 述 の 四 尊 に 八 供 侍 女 ・ 四 摂 使 天 ・ 中 尊 の 加 っ た 十 七 尊 が 図 写 さ れ て い る。 そ の あ り 方 は 彼 師 が 東 密 の 開 祖 で あ る だ け に 重 視 さ れ ね ば な ら ぬ。 少 く と も 東 密 の あ る 系 統 に お い て か か る 態 度 は 連 綿 理 趣 経 系 曼 茶 羅 の 史 的 展 開 に つ い て

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密 教 文 化 と し て 今 日 に 及 ん で い る と 想 像 し て も 誤 り で は な い だ ろ う。 時 代 は 少 し 隔 た る が、 以 下 の 史 料 を 考 え て み よ う。 史 料(1)-﹁廿 四 日 暁 更 御 臓 法、 内 相 府 公 卿 八 人 相 逢、 相 当 五 七 日 也、 錐 然 依 当 公 家 御 衰 日 無 別 事 也、 今 日 内 大 臣 於 香 隆 寺 被 修 仏 事 云 々 一 家 人 々 皆 参 者、 後 聞、 供 養 理 趣 会 曼 陀 羅 金 泥 理 趣 経 一 部、 色 紙 法 華 経 一 部、 講 師 済 遅 律 師 題 名 僧 十 口 本 六 人 請 加 其 後 理 趣 三 昧 一 座 被 行 也﹂-( 中 右記-嘉 承 二 年 八 月 ) 史 料(2)-﹁奨 学 院 弟 子 某 敬 白、 三 乗 五 乗 之 宣 布 也、 不 如 上 乗 之 輪 韓、 半 数 満 数 之 労 羅 也、 河 及 密 教 之 壺 奥、 伏 以、 仁 和 在 納 言、 出 自 天 之 岳、 長 於 帝 子 之 星、 貞 節 過 人、 雪 青 羅 之 梁 竹、 官 品 知 世 ( 略 ) 柳 発 弘 願、 長 修 善 根、 奉 図 絵 金 剛 界 理 趣 会 井 三 千 仏 曼 茶 羅 各 一 鋪、 奉 書 写 理 趣 経 一 巻、 三 千 仏 名 経 三 巻、 妙 法 蓮 花 経 一 部 八 巻、 無 量 義、 観 普 賢、 阿 弥 陀、 般 若 心 経 等 各 一 巻、 但 至 法 華、 今 日 開 紐 又 孟 秋 之 遠 忌、 嘱 六 七 輩 僧、 行 理 趣 三 昧 (略 ) 天 仁 六 年 七 月 日 正 二 位 行 大 納 言 兼 民 部 卿 太 皇 太 后 (俊 明 ) 口 宮 大 夫、 源 朝 臣 敬 白 江 ﹂ ー ( 江 都 督 納 言 願 文 集 ) 史 料(3)-﹁ 廿 一 日 丙 寅、 今 日 降 雨、 己 刻 参 奥 院、 以 行 恵 令 行 誠 論 布 十 段、 施 被 物 一 重、 退 帰 之 次、 参 御 社 奉 幣、 加 膝 築 布、 其 後 帰 蕎 室、 自 今 日 限 三 七 日、 始 行 逆 修 善、 六 口 僧 維 覚、 俊 叡、 俊 覚 禅 信、 玄 信、 覚 賢 也、 各 給 布 装 束 一 具、 酉 刻 始 行 之、 先 以 維 覚 為 導 師、 奉 供 養 理 趣 会 曼 茶 羅 同 経 三 巻、 供 養 法 了 後、 給 布 施 被 物 布 装 束、 畏 物 一扇 六 枚 行 調 調、 布 三 段、 其 後 理 趣 三 昧 之 次 奉 供 養、 阿 弥 陀 像 一 体、 法 花 経 第 一 巻、 理 趣 経 三 巻、 阿 弥 陀 経 三 巻 ( 略 ) ﹂-( 御 室 御 所 高 野 山 御 参 籠 日 記、 又 続 宝 簡集-久 安 六 年 六 月 廿 一 日 ) 史 料(1) は 嘉 承 三 年 八 月、 堀 河 帝 死 後 五 七 日 に 相 当 す る と こ ろ で 香 隆 寺 に お い て は 済 遅 律 師 を 講 師 と し て 理 趣 会 曼 陀 羅 が 供 養 さ れ、 理 趣 三 味 一 座 の 法 会 が 営 ま れ て い る。 史 料(2) は 奨 学 院 創 設 に つ い て の 願 文 で ﹁ 金 剛 界 理 趣 会 井 三 千 仏 曼 奈 羅 各 一 鋪 ﹂ が 図 絵 さ れ て い る。 ﹁ 各 一 鋪 ﹂ と 明 示 さ れ る か ら に は ﹁ 金 剛 界 ( 曼 茶 羅 ) ﹂ ﹁ 理 趣 会 ( 曼 茶 羅 ) ﹂ ﹁ 三 千 仏 曼 奈 羅 ﹂ な の か ﹁ 金 剛 界 理 趣 会 ( 曼 奈 羅 ) ﹂ ﹁ 三 千 仏 曼 茶 羅 ﹂ な の か 究 明 さ れ ね ば な ら ぬ で あ ろ う。 も し 後 者 と す れ ば、 そ の ﹁ 理 趣 会 ﹂ は 金 剛 界 曼 茶 羅 中 の 理

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趣 会 と の 関 連 の も と に 考 察 さ る べ き も の と 思 う。 後 日、 稿 を 新 ら た に し て 論 ず る つ も り で い る が、 金 剛 界 九 会 曼 茶 羅 図 の 各 会 は ﹁ 五 部 心 観 ﹂ を と り あ げ て 傍 証 す る ま で も な く、 そ れ ぞ れ が 独 立 し て 存 在 し て い る も の で あ る。 例 え ば、 性 霊 集 ( 巻 七 ) に よ れ ば 大 日 微 細 会 曼 奈 羅 が 図 写 さ れ て い る し、 同 様 に 巻 八 に は 大 日 一 印 曼 茶 羅 図 も あ る。 い ず れ も 弘 法 大 師 の 製 作 さ れ た も の で あ り 金 剛 界 九 会 中 の 一 会 が 単 独 に 礼 拝 の 対 象 と な つ て い る 例 で あ る。 と す れ ば、 金 剛 界 理 趣 会 そ れ の み が 描 か れ て も 決 し て 不 自 然 で は な く、 加 え て、 弘 法 大 師 の あ り 方 を 考 慮 に 入 れ る な ら ば、 ﹁ 金 剛 界 理 趣 会 ( 曼 奈 羅 ) ﹂ の 可 能 性 は 極 め て 高 い。 更 に、 史 料(2) が 述 べ る 金 剛 界 理 趣 会 は 金 剛 界 系 統 の ﹁ 理 趣 会 ﹂ と い う 漠 然 と し た 意 味 で は な く し て、 九 会 金 剛 界 曼 茶 羅 中 の ﹁ 理 趣 会 ﹂ を 強 く 示 唆 し て い る。 同 じ く、 史 料(3) の ﹁ 理 趣 会 曼 茶 羅 ﹂ を も 併 せ 考 え る な ら ば、 そ れ ら が 記 録 さ れ た 十 二 世 紀 の 前 半 に は、 十 八 会、 正 分 の み と す れ ば 十 七 会 か ら な る 理 趣 経 曼 茶 羅 と は 異 っ た ﹁ 理 趣 会 曼 茶 羅 ﹂ が 確 か に 存 在 し て い た。 以 下 に、 聖 教 類 に 記 述 す る 所 を 列 挙 し て み よ う。 理 趣 経 系 曼 茶 羅 の 史 的 展 開 に つ い て

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密 教 文 化 転 法 輪 法 に 理 趣 経 転 法 輪 曼 茶 羅 を 用 い る 事 が 知 ら れ る。 こ れ は ﹁ 幸 心 砂 ﹂ に 説 明 し て い る よ う に ﹁ 理 趣 経 段 々 曼 茶 羅 ﹂ の 一 つ、 つ ま り 理 趣 釈 で い え ば 正 分 八 纏 発 意 菩 薩 理 趣 品 の 金 剛 輪 を 中 尊 に し た 曼 茶 羅 で あ る。 又、 ﹁ 勝 語 集 ﹂ に お い て ﹁ 理 趣 経 曼 茶 羅 謬 事 ﹂ と し て ﹁ 文 殊 曼 茶 羅 ﹂ と 説 い て い る の は 正 分 七 文 殊 師 利 理 趣 品 の 曼 奈 羅 を 指 す の で あ る。 両 者 と も 理 趣 経 曼 祭 羅 の 一 つ が 単 独 に 用 い ら れ る 例 で あ る。 五 秘 密 法 は さ て お い て も、 理 趣 経 法 を 修 す る 時、 理 趣 会 曼 奈 羅 を 懸 け る 場 合 と 理 趣 経 曼 茶 羅 を 使 う 場 合 の 二 つ の あ り 方 が 知 ら れ る。 前 者 に つ い て は ﹁ 厚 造 紙 ﹂ が ﹁ 金 剛 界 理 趣 会 ﹂ と 記 す の を 考 え れ ば、 す で に 紹 介 し た 中 右 記 ・又 続 宝 簡 集 の 記 す ﹁ 理 趣 会 曼 茶 羅 ﹂ は 九 会 金 剛 界 曼 茶 羅 中 の 理 趣 会 と み て 誤 り な い も の で あ る。 更 に、 そ う い う ﹁ 理 趣 会 曼 茶 羅 ﹂ の 存 在 は、 敢 て 広 義 に 解 さ ね ば な ら ぬ 必 然 性 が み ら れ ぬ 際 に は ﹁ 理 趣 経 曼 奈 羅 ﹂ と 峻 別 し て 理 解 し な け れ ば な る ま い。 後 者 は 十 七 会 も し く は 十 八 会 か ら な り、 前 者 は 金 剛 界 理 趣 会 の 系 類 に お い て み ら れ る も の で あ る。 飜 つ て、 理 趣 経 曼 茶 羅 に つ い て は ﹁ 四 巻 ﹂ に よ れ ば 常 途 本 は 十 七 会 で あ る。 い う ま で も な く 段 々 曼 茶 羅 と か 説 経 之 曼 茶 羅 と か 記 述 さ れ て い る 事 か ら も、 そ れ は 理 趣 経 あ る い は 理 趣 釈 に 基 づ い た 十 七 会 で あ る 事 を 附 言 し て お く。 ︻ 2 ︼ 理 趣 経 系 形 像 曼 茶 羅 に つ い て 曼 茶 羅 と は 円 輪 具 足 ・ 醍 醐 ・ 壇 等 種 々 に 解 釈 さ れ て い る が、 一 言 に し て い え ば ﹁ 本 質 を 有 す る ﹂ と い う 意 味 で あ る。 し か る に 我 国 で は、 当 麻 曼 奈 羅 ・ 智 光 曼 祭 羅 ・ 春 日 曼 茶 羅 と

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か、 主 と し て 具 象 化 さ れ た 図 様 に つ い て 用 い ら れ る 場 合 が 多 い よ う で あ る。 か っ て 栂 尾 氏 は、 曼 奈 羅 を 以 下 の 如 く に 分 類 さ れ た。 自 性 曼 茶 羅 ・ 観 想 曼 茶 羅 ・ 形 像 曼 茶 羅 三 者 の 表 現 形 態 の 相 違 は ﹁ 虚 空 の 如 く に 形 色 を 離 れ て 法 界 に 遍 満 す る 証 悟 の 実 相 ﹂ を 想 念 す る か、 あ る い は 単 な る 観 念 か ら 展 開 し て ﹁ 種 字 三 味 耶 形 ・ 尊 形 ﹂ 等 を 媒 介 と し た 本 尊 観 ・ 道 場 観 に な る か、 更 に ﹁ 心 統 一 を 方 便 と し て、 こ れ を 壇 場 に 図 絵 し も し く は 造 立 す る ﹂ た め に 造 形 的 な も の が 創 造 せ ら れ る か、 に ょ つ て い る。 と く に 形 像 曼 奈 羅 に つ い て 換 言 す れ ば あ る 観 念 が 具 象 化 さ れ た も の で あ っ て、 ご く 一 般 的 に は ﹁ 現 図 曼 茶 羅 ﹂ と 称 さ れ る 事 も あ る。 前 表 に よ れ ば、 こ れ に は 能 説 曼 茶 羅 ( 説 会 曼 茶 羅 ) と 所 説 曼 茶 羅 と の 二 種 に 分 け ら れ る。 遺 品 ・ 文 献 い ず れ に 徴 し て も 所 説 曼 茶 羅 が 圧 倒 的 に 多 く、 能 説 曼 奈 羅 が 明 ら か な の は わ ず か に 理 趣 経 序 分 の 曼 茶 羅 の み で あ る か ら、 そ れ は 形 像 曼 茶 羅 発 達 史 上 特 に 重 要 な 位 置 を 占 め る も の と さ れ よ う。 能 説 ・ 所 説 の 相 異 は、 前 者 は い か な る 教 主 が い か な る 聴 衆 を 前 に し て、 い か よ う に 説 法 を 讃 嘆 し 合 つ て い る か と い う 場 面 を 把 え て、 い わ ば 説 会 の 様 相 と で も い う べ き も の を 描 写 し て い る も の で あ る。 一 方、 後 者 は 教 義 的 内 容 に 基 づ い て 造 形 化 さ れ る も の で あ り、 理 趣 経 で い え ば 正 分 の 十 七 会 が そ れ に 相 当 す る。 従 つ て、 序 分 の 曼 祭 羅 と 正 分 の 曼 茶 羅 と の 間 に は 思 想 上 の 根 本 的 な 相 異 の あ る 事 を ま ず 認 め て お か ね ば な ら ぬ。 今 日 ま で 紹 介 さ れ た 十 八 会 か ら な る 理 趣 経 曼 茶 羅 の 主 な も の を 以 下 に 列 挙 す る。 樹 尊像-醍 醐 寺 本 資 料(1) 理 趣 経 系 曼 茶 羅 の 史 的 展 開 に つ い て

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密 教 文 化 円 通 寺 本 資 料(2) 東 洋 文 庫 本 資 料(3) (B) 種子-観 智 院 本 資 料(4) 曼 茶 羅 集 所 載 資 料(5) 覚 禅 抄 所 載 資 料(6) 金 剛 三 味 院 本 資 料(7) (C) 尊名-石 山 寺 本 資 料(8) 敦 造 紙 所 載 資 料(9) 以 上、 九 種 の 資 料 の う ち 資 料(7)(8)(9) の 三 者 に つ い て は 後 日 を 期 す つ も り で い る が、 尊 像 を 描 い て い る(A) グ ル ー プ の 資 料 (1) に は ﹁ 安 貞 二 季 云 々 ﹂ の 年 記 が あ り 書 写 年 代 が 確 か め ら れ て 貴 重 で あ る。 資 料(3)(3) も そ の 系 統 を ひ く。 そ れ ら の 第 一 会、 即 ち、 理 趣 経 の 序 分 は、 で あ る。 転 じ て、 東 寺 の 学 僧 果 宝 が 貞 和 五 年 ( 一 三 四 九 ) に 書 写 し た 資 料(4) で 序 分 は、 と な つ て い る。 こ こ に 於 い て、 理 趣 経 序 分 の 曼 茶 羅 の 解 釈 に つ い て、(A) グ ル ー プ と 個 グ ル ー プ と の 間 に は、 相 異 な る 思 想 が 存 在 す る こ と を 知 る で あ ろ う。 も っ と も、 栂 尾 氏 の 分 類 に ょ る 形 像 曼 茶 羅 に つ い て み れ ば (A) 系 統 は 尊 像 に よ つ て 表 現 し て い る か ら ﹁ 大 曼 茶 羅 ﹂ で あ り、 個 系 統 は 種 子 に ょ る か ら ﹁ 法 曼 茶 羅 ﹂ と 解 さ れ、 両 者 問 の 造 形 上 の 根 本 的 な 違 い は 極 め て 明 白 で あ る。 資 料(6) ﹁ 覚 禅 抄 ﹂ (巻 二 八. 二 九 ) が 理 趣 経 曼 茶 羅 に っ い て 記 述 す る 内 容 は 頗 る 示 唆 に 富 む。 記 録 さ れ て い る 図 様 も 豊 富 で あ り、 当 時 存 し て い た 図 様 が ほ ぼ 集 録 さ れ て い る と 考 え て 誤 り あ る ま い。 前 述 の 資 料(1)(2)(3) で み た 三 重 廿 一 尊 の 曼 茶 羅 は 尊 名 に よ る も の で 最 初 に 掲 載 さ れ て い る。 次 い で 資 料(9) の 図 を 出 だ し、

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そ の 後 に 中 尊 は 異 る が 資 料(4) と 同 じ 二 重 十 七 尊 の 構 造 を も つ 図 を 種 子 と 尊 名 を 併 記 し て 録 し て い る。 更 に、 三 重 廿 五 尊 よ り な る 図 も み ら れ る。 三 重 廿 五 尊 の 図 は 資 料(4) に お い て は、 経 軌 と 共 通 す る 十 八 種 の 曼 茶 羅 を 図 示 し た の ち に 掲 載 さ れ て い る。 覚 禅 抄 に お い て 三 重 廿 五 尊 図 は 前 述 の 如 く 二 重 十 七 尊 図 ・ 二 重 廿 一 尊 図 に 加 え て 記 録 さ れ て い る か ら 恐 ら く 序 分 の 曼 茶 羅 と は 別 系 統 の 存 在 と み な け れ ば な ら ぬ。 と す れ ば、 そ れ は い か な る 理 由 の も と に 図 化 さ れ た も の で あ ろ う か。 理 趣 釈 に お け る 序 分 の 曼 奈 羅 は、 中 尊 ・ 八 大 菩 薩 ・ 八 供 養 菩 薩 ・ 四 門 菩 薩 の 廿 一 尊 よ り な つ て い た。 従 っ て(A) 系 統 の 曼 茶 羅 が 経 軌 に 相 応 し て い る と 推 察 し た い。 一 方、 三 重 廿 五 尊 図 は、 中 尊 ・ 八 大 菩 薩 ・ 八 供 養 菩 薩 ・ 四 門 菩 薩 の 廿 一 尊 に 魔 醸 首 羅 ・ 摩 詞 迦 羅 ・ 那 羅 延 ・ 都 牟 盧 天 の 四 尊 が 加 つ て い る。 つ ま り、 第 三 重 四 門 に お か れ た 魔 醸 首 羅 等 の 四 尊 以 外 は 廿 一 尊 図 に 一 致 す る か ら、 そ れ を 拠 点 と し て 展 開 し た も の で あ る。 序 分 の 曼 奈 羅 が 正 分 十 七 会 と の 関 連 に 於 い て 理 解 さ れ る 事 は 既 に 述 べ た 所 で あ る。 中 尊 ・八 大 菩 薩 は 正 分 1・2・3・ 4・5・6・7・8・9・10・11・16・17の 曼 茶 羅 の 中 尊 と 同 一 視 さ れ る か ら、 序 分 の 曼 茶 羅 に 中 尊 を 出 さ ない12・13・ ・14・15の 四 種 の 文 段 が 当 然 検 討 さ れ て く る で あ ろ う。 と す れ ば、 そ れ ら の 中 尊 を 三重・廿一 尊 に 補 足 し よ う と す る の は 極 め て 可 能 性 の 強 い 事 で あ る。 正 分12・13・14・15の中 尊 が 魔 醸 首 羅 ・ 摩 詞 迦 羅 ・ 那 羅 延 ・ 都 牟 盧 天 で あ る な ら、 三 重 廿 五 尊 の 成 立 に つ い て 既 述 の 如 き 解 釈 は 肯 首 さ れ な け れ ば な ら ぬ も の と 思 う。 そ し て、 そ れ は 近 年 佐 和 氏 が 紹 介 さ れ た ﹁ 醍 醐 寺 本 理 趣 経 曼 茶 羅 図 ﹂ あ る い は 覚 禅 抄 に お い て み ら れ る も の に よ つ て も 鎌 倉 初 期 に は 誤 り な く 成 立 し て い た。 三 重 廿 一 尊 図 は 釈 経 を 根 拠 と す る も の で あ る し、 資 料(4) の 二 重 十 七 尊 図 は 金 剛 界 理 趣 会 を 背 景 に す る も の で あ る。 以 上、 序 分 の 曼 茶 羅 の み に 限 つ て そ の 発 展 過 程 の 一 面 を 概 説 し た の で あ る が、 別 種 の 十 八 会 あ る い は 十 七 会 か ら な る 理 趣 経 曼 茶 羅 も あ り、 又、 そ れ ら の う ち の 一 っ が 単 独 に 図 式 化 さ れ る 場 合 も あ る。 そ れ ら に つ い て は 改 め て 論 考 す る 予 定 で あ る。 理 趣 経 系 曼 茶 羅 の 史 的 展 開 に つ い て

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