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時計遺伝子の機能と疾患研究の最前線

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回昭和大学学士会例会特別講演

時計遺伝子の機能と疾患研究の最前線

埼玉医科大学医学部生理学

池 田  正 明

○代田 それでは早速,特別講演で「時計遺伝子の 機能と疾患研究の最前線」と題しまして,埼玉医科 大学医学部生理学講座の池田正明教授にご講演をお 願いしたいと思います.

 まず,簡単に池田先生のご略歴をご紹介いたしま すが,1983 年に岡山大学医学部をご卒業されてお ります.医学部卒業後ただちに大学院に進まれまし て,そこでは脳研精神科の方に進まれています.大 学院を終了後,またすぐにアリゾナ大学医学部の薬 理学に留学されておられます.1989 年からは,国 立精神神経センターに研究員として移られまして,

1993 年に埼玉医科大学第一生理学の方に移られま した.その後,講師を経られまして,それから助教 授と進まれまして,2009 年より埼玉医科大学医学 部の生理学教授に就任されて現在に至っておられま す.また,先生のご専門は生理学になっておられま すが,精神科の医師としても活動をされていると 伺っております.

 それでは池田先生,よろしくお願いいたします.

○池田 本日はこのような機会をいただきまして,

代田先生はじめ,昭和大学歯学部の学士会のオーガ ナイザーのみなさまに大変感謝申し上げます.私は,

今ご紹介いただきましたように,大学院の時から精 神科で研究を始めたのですが,現在は体内時計を制 御しています時計遺伝子の仕事をしております.

 少し,実際の研究のお話をする前に,なぜこのよ うな研究を始めたかということを,少しご紹介した いと思います.みなさんご存じのように,うつ病は 精神科の疾患の中でも非常にメジャーで,今,実際 に会社でうつ病の人が職員の方におられると,非常 に全体的なアクティビティが会社としても下がって しまうという,ご本人が苦しまれるということばか りでなく,そういったことでも非常に問題になって いる訳です.

 私が研究始めた当時というのは,そういううつ病 の症状というのはよく分かっていた訳ですが,実際 に何が原因で,どうすればいいのかということが,抗 うつ剤を飲めばいいと分かっていたとしても,実際 に体の中で何が起こっているのかということは,ほ とんど分かっていませんでした.当時分かっていた こととすれば,睡眠と覚醒のリズムが少しずれて,

正常な方より位相がズレてしまっているとか,それ から体温のリズムがデプレッション(うつ病)の方,

この図では赤ですが,このグラフのようにリズムに メリハリがなくなって,それで 1 日中同じぐらいの 体温になっています.正常な人は非常に昼間高くて 夜,夜中の 3 時か 4 時に最低ラインになるという,

非常に大きなメリハリのある体温リズムがあるので すが,正常の方に比べて,うつ病の方はフラットに 近くなってしまうという特徴があります.

 こういう違いに加えて,コルチゾール(副腎皮質 ホルモン)を測定してみますと,やはりこの体温と 同じように,正常な方は朝方に非常に強いコルチ ゾールのピークがあるのですが,うつ病の方は 1 日 のリズムのピーク値と底の値の差が少なくなって,

やはりフラットになるような傾向があります.それ から,松果体から分泌されますメラトニンにいたっ ては,メラトニンは,寝ている間の夜中の 3 時とか 4 時ぐらいに分泌のピークがあるのですが,うつ病 の方は夜中に本来だったら高く上がるはずのメラト ニンが,ほぼフラットになってしまいます.うつ病 には,このような生物学的な変化があるということ が,当時から知られていました.

 それからもう 1 つは,ほとんどの精神科医が経験 することですが,患者さんが気持ちの変動とか体の 具合の不調に関して訴えることとして,朝方が非常 に辛いと.しかし,夕方になるとちょっと良くなっ て,これだったら明日会社に出られるかもしれない

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という,そのような体の不調や気分の不調が,朝方 悪いけども夕方良くなるというような,気分の日内 変動があるというようなことも,精神科の臨床医か らすれば,よく知られた事実だったのです.

 当時,私が大学院に入りまして,研究を指導して くださった先生がおられたのですが,盛政忠臣先生 という当時講師の先生がおられました.先生は,う つ病の研究をするとしたら,原因を最終的には見つ けなければいけないと.だから,もしそういうこと を生物学的に研究するのだったら,体内時計の研究 をすることが,たぶん一番近道じゃないかとおっ しゃった.うつ病の原因を見つけるためには,それ が一番近道じゃないかと.そういう提案を受けて,

それで,体内時計の研究を講師の先生とすることに なりました.

 その時は,体内時計の仕事と,当時考えられてい たそう病の治療薬に使えそうな薬の研究をして,学 位は取ったのですが,ただ,その当時の体内時計の 研究というのは,ほとんど動物実験が中心で,例え ばラットの行動リズムを測定したり,あるいはカテ コーラミンとその代謝物を測るというような,非常 にオーソドックスな仕事しかできなかったのですね.

 当時は,まだ今みたいに遺伝子の話はほとんど無 くて,やっとその数年後の,私が大学院を卒業する 頃に,京大の沼正作先生の研究室が,いろいろなレ セプターの遺伝子をクローニングし,その成果を

『Nature』や『Science』に発表するという時代に なってきていました.

 そこで,やはり,ちゃんとした生物学的な研究を するためには,遺伝子のことをしっかりやらなくて はいけないということで,先ほど代田先生からご紹 介がありましたように,87 年にアリゾナ大学で,レ セプターの分子生物学的な研究を一緒にさせてもら えるというアメリカ留学の機会をいただきました.

 今日は,最初に私が今やっている,体内時計の遺 伝子を見つけることになった,その経緯を少しお話 して,2 番目は,元々うつ病の原因の解明をしたい と考え,中枢の研究をしたいと思っておりました が,視交叉上核というのが体内時計の中枢がありま すが,そこでカルシウムのリズムが神経活動と同じ ようにリズムがあることが知られており,このリズ ムが体内時計の遺伝子によって制御されているかど うかということを,富山大学の先生と一緒に解明す

る機会がありました.そのお仕事を紹介したいと思 います.

 それから 3 番目は,歯学部の臨床の先生が今日聴 講されているということですが,時計遺伝子と病 気,あるいは治療という視点からの研究が非常に進 んできておりますので,私たちが現在トライしてい る,抗がん剤と体内時計の関係について,プレリミ ナリーなデータを少しご紹介したいと思います.

 体内時計というのは,体の中にリズムがあるとい いうことです.元々は地球が 24 時間で自転するこ とによって,24 時間のリズムができている訳です.

生物が生存している地球の上というのは,24 時間 の昼夜のリズムとか,気温の変動のリズムとか,さ まざまなリズムがある訳です.

 それを体がいちいち,今は陽が昇ったから朝だと 感じて,それで朝の環境に適応した体に合わせてい るという訳ではなく,体内時計が,予め朝の 6 時に 太陽が昇るから,それに合わせて体の方もプログラ ムを作って,朝に合わせて,例えばコルチゾールを たくさん分泌しましょうとか,そのようなタイマー のようなものを体の中に作ったのが,体内時計だと 言われています.

 地球上に存在する生物のほとんどは,体内時計を 持っています.今のところ例外が無いですね.必 ず,どんな,例えばショウジョウバエにしても,哺 乳動物にしても,魚にしても,地球上に存在してい る動物はほとんど全て,体内時計を持っていて,し かも,最近の研究では,全ての生物が体内時計の遺 伝子,時計遺伝子と言いますが,時計遺伝子を持っ ていて,それが,どの細胞にもあって,24 時間のリ ズムを刻んでいるということが分かってきています.

 つまり,地球上に存在する生物は,地球の歴史の 中で,40 何億年の歴史の中で,太陽と地球が作って いる 24 時間のリズムを自分の体の中に取り込んだ のです.これはほんとうに基本的なシステムという ことになると思うのですね.とにかく例外が無い,

非常に確固としたシステムであるということです.

 概日リズムの仕組みとしては,この図にあります ように 3 つのシステムがあると考えられます.一番 大事なのは,この真ん中に示してある,約 24 時間 のリズムを発振するオシレーターの部分です.これ は体内時計の中枢で,視床下部の視交叉上核とい う,ちょうど視交叉の直上に視交叉上核という約 1

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万個のニューロンの集まりがあるのですが,これは SCN と略されますけども,そこに体内時計の中枢 があると言われています.

 これは,1960 年代に,視交叉上核を壊した時に 行動リズムが無くなるということで,この核が同定 されています.実際には動物の体内時計の周期は 24 時間ピッタリではなくて,24 時間より長い場合 や,人の場合は 24 時間より長いのですが,マウス の場合はちょっと短くて 23. 何時間という,少し 24 時間より短い周期を示します.

 このような 24 時間より少しズレたリズム周期を 地球上の 24 時間のリズムに合わせるために,光シ グナルを使って,朝に光に当たることによって,微 妙な周期のズレ,体内時計の位相のズレを,光に よって修正できるという,そういうインプットのシ ステムがあります.光以外では,食事を朝すること によって体内時計を合わせるなど,食事や運動でリ ズムを合わせるようなこともある程度できます.し かし,リズム位相合わせで一番強いのは光のシグナ ルだと考えられます.

 それから図の右ですが,これは出力機構を示して います.これはどういうことかというと,肝臓では さまざまの酵素にリズムがありますが,例えば夜中 に高くなるような酵素があるとすると,それをリズ ムの発振システムが 24 時間で,例えば夜中に発現が 高くなるように調整しているというのがアウトプッ トのシステムです.

 これら,発振,インプット,アウトプットからな る 3 つのシステムが合わさって,初めて体内時計が 機能するということになります.

 先ほどお話しましたように,太陽の光が,朝,当 たりますと,桿体とか錐体とよばれる,視覚に関係 するロドプシンという光受容体のある細胞がありま すが,それとは別に,ガングリオン細胞という,網 膜にそういった視物質のある網膜細胞とは別の細胞 がありまして,その細胞にメラノプシンという全く 別の,ロドプシンとは別の,光を受容するレセプ ターがあります.その細胞は光が当たることによっ て活性化され,網膜から直接,視交叉上核という,

先ほどご説明いたしました体内時計の中枢に神経を 直接送って,それを活性化する,そういうルートが ございます.

 このシナプス部分が,最終的にこの視交叉上核の

ニューロンにインプットする場所にあたり,グルタ ミン酸を放出して,光のシグナルが最終的には神経 伝達物質の刺激に変換されて,視交叉上核のニュー ロンをグルタミン酸のレセプターを介して活性化す るという仕組みになっています.

 ですから,ただ単に,みなさんが朝光を浴びてい るというのは,気分的に,ああ,朝が来た,明るく なったという,そのように気分を盛り上げるという 意味合いだけではなくて,実際に,化学物質の変化 として,グルタミン酸の放出という化学物質の放出 という形で,光刺激が頭の中に直接伝わっていると いうことになります.光刺激は,頭(視交叉上核)

をダイレクトに刺激をするという意味で,非常に直 接的なシステムだということになります.

 これは,ちょっと複雑な図で申し訳ないですが,

この黒い箇所が睡眠時間帯を表しています.人の場 合は,真っ暗な部屋で過ごし,睡眠をとりますと,

24 時間より周期が長いので,毎日睡眠の記録を付 けていきますと,だんだん,1 時間弱ぐらい睡眠開 始時刻がズレていきます.

 それで,例えば,朝方,この図の黒い所の右の方 に矢印が付いていますが,これは朝方に光刺激を与 えたことを示しています.朝方光刺激をするとどう なるかというと,この位相が左側にズレます.つま り,位相が前進します.人は 25 時間近くの周期で 睡眠位相がズレていきますが,朝方そのような光刺 激を与えると,位相が前にズレることになります.

つまり,人の 24 時間より長い周期は,朝方に光が 当たることによって,ちゃんと 24 時間ピッタリと 戻るということです.ピッタリと位相を合わせられ るという,そういうシステムです.

 朝方光を浴びるというのは,実際に体の中で何が おこっているかというと,体内時計の,本来だった ら後ろにズレていってしまうような位相を,前にズ ラすことによって,24 時間ピッタリの周期に合わ せているというシステムだということです.このシ ステムで位相が前進をするということです.

 それに対して,夜中の寝たばかりに光を浴びてし まうと,この図ではこのポイントですが,そうする と,位相が後退してしまいます.この図では,位相 が右の方にズレてしまうわけです.これはどういう ことかというと,例えば,みなさんが明日の講義資 料を作るために夜中の 2 時ぐらいに起きて,パソコ

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ンを開けて,それで急遽資料を作るというようなこ とをしますと,本来だったら寝たばかりの時間帯で すので,そのような時間帯に光を浴びてしまうと,

位相が後退してしまうということになります.だか ら,あまりそういう行動をやり過ぎると,リズムが 乱れてしまう傾向になる可能性が出てくる訳ですね.

 光によって体内時計の位相というのは,前進した り後退したりします.それも光を浴びる時間帯依存 的に,前進するか後退するかということが決まって います.ですから,若い人はあまり夜中に,例えば,

12 時過ぎてからスマホとか見ない方がいいのでは ないかという,そのようなことを最近言われていま すが,背景にはこういう理由があるからなのです.

 特に,PC とかスマホのディスプレイには青い光 が含まれていて,先ほどお話したメラノプシンとい う光の受容体は,特に青い光に一番感受性が高いの です.だいたい 460,70,80 ナノメーターの波長の 青い光に非常に強い感受性をもっています.そのた め,青い光の多いディスプレイを夜中に見ると,位 相の後退を起こしやすいと言われています.

 それから,アウトプットについて少し補足をいた しますと,体内時計の中枢というのは視交叉上核で すが,体内時計の中枢が全身にどういう形で位相シ グナルを送っているかという課題が,ずっと研究さ れてきました.

 1 つ重要な点は,体内時計というのは,最初の頃 は視交叉上核が体内時計の中枢として,24 時間の リズムの発振をしていると考えられていました.と ころが,今から 20 年ほど前に,肝臓とか骨格筋と か肺とか,各臓器にも体内時計を発振するシステム がちゃんとあって,それが独自のリズムを持ってい るということが分かってきました.

 それで,このシステムについて見直されて,今考 えられているのは,体内時計の中枢である視交叉上 核から,交感神経の神経性のネットワークを使って,

あるいは下垂体から出る ACTH,それから副腎皮 質からのコルチゾール分泌,これらのホルモン系を 使って,視交叉上核からのシグナルが末梢に位相の タイミングの情報を伝えているという,このように 書き直されました.システムとして.ですから,例 えて言うならば,各臓器である支店も体内時計の 24 時間のリズムを発振する力をちゃんと持っていて,

本店である視交叉上核はそれを管理しているよう

な,そういうシステムだということになります.

 それで,ここから,私がこの 20 年と少し取り組 んで参りました,体内時計の遺伝子を見つけようと いうプロジェクトについて,どういう経緯で時計遺 伝子が見つかってきたかということについて,簡単 にお話したいと思います.

 時計遺伝子という概念は,わりと早くからありま した.1970 年代にベンザーとコノプカが,彼らは Caltech の研究者だったのですが,ショウジョウバ エを使ってリズムの研究を始めました.

 彼らが何を考えたかというと,まず,ショウジョ ウバエに遺伝子変異を起こさせるような薬物を食べ させて,遺伝子変異を起こさせます.そうしました ら,遺伝子変異を起こしたら何か行動異常が起こる のではないかということで,彼らがやったことは,

ショウジョウバエの行動リズムを測定し,変異原物 質を食べさせたショウジョウバエで,リズム変異を 示すものがあるかどうかを検討してみたんですね.

このスライドで示してあるのは 1971 年の彼らが発 表した研究になります.

 正常の場合は,このようなスライド上段のように,

これは3日間の行動リズムの記録を示していますが,

正常の場合は,このように約 24 時間ごとのピーク が出ます.ところが,変異原物質を食べさせたショ ウジョウバエの中には,リズムが全く無くなってし まったり,24 時間より短かったり,あるいは長かっ たりという,リズム変異を起こすショウジョウバエ が,見つかってきました.遺伝子の変異を起こさせ たら,行動リズムが変わるという先駆的な仕事です.

 このショウジョウバエを使って,どの遺伝子に変 異が入っているのかという研究を,2 つのグループ*1 が同時に行い,1984 年にそれぞれのグループより,

それは PER という遺伝子に変異が入っていて,そ れで行動リズム異常が起こるという報告が出て来ま した.

 ただ,この後はこの報告に続くような研究が進ま なく,この研究以降は,体内時計の遺伝子の仕事は 全くと言っていいほどありませんでした.

 1991 年に私はたまたま,先ほど代田先生にご紹 介いただいた国立精神神経センターにある神経研究 所の疾病研究三部という,ここは精神疾患を生物学 的に研究するという当時,厚労省唯一の研究部門 だったのですが,そこに入ることになりました.

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 その当時の部長は,この写真向かって左側の高橋 清久先生です.高橋先生は,睡眠リズムの分野では,

大変ご高名な先生で,その分野の研究や臨床の仕事 をされている先生でした.実は後からうかがったの ですが,私がこの研究部門に入った時,高橋先生は 私が大学院の時にリズムの仕事をやっていることを 知らなかったということです.この部門には,部長 の他に,室長が 2 人おられましたが,一人の室長の 研究グループに所属することになっていたため,入 所するまで高橋先生はそのことをご存知なかったよ うです.

 その後私が体内時計の研究を大学院でやっていた ということで,高橋部長から,「私の研究グループ の若い人に体内時計の参考になるような話をして下 さい」,そういう話になったんです.そのお話が,

体内時計について考えてみようとする機会になりま した.

 ちょうどその年の,この部門に入ったのが 4 月で すが,1991 年 6 月に,この図に掲載された論文が 出ました.これは,先ほどご説明した 1984 年に見 つかったショウジョウバエの PER という遺伝子の タンパクの構造です.これは ARNT という遺伝子 と SIM っていう遺伝子ですが,91 年に ARNT と いう遺伝子が見つかりましたが,SIM もほとんど 同じ時期に見つかっていました.この 3 つのタンパ クを並べてみると,PAS ドメインというドメイン 構造が,どうもあるのではないかということになり ました.蛋白の構造を並べてみると,非常に似た構 造が,この 3 つの遺伝子産物にあると.確かに,こ この部分が似ています.

 それで,彼らはこの 3 つの遺伝子の頭文字をとっ て,PAS ドメインと,PER と ARNT と SIM と,そ の頭文字をとって PAS ドメインという名前を付けま した.ちょうど,高橋先生からリズムの仕事をちょっ と手伝ってくれと言われていた時に,この論文が出 て,これはなにかヒントになるのではないかと,そ う思ったのが時計遺伝子の研究を始める最初だった のです.

 その当時分かっていたのは,jun と fos というが ん遺伝子です.これらは,プロトオンコジンと呼ば れるがんの遺伝子で,1980 年代の後半に見つかっ てきていました.FOS と JUN がロイシンジッパー で二量体を作っているのです.転写因子として二量

体を作って,それでターゲットの遺伝子に結合し て,転写を調整しているということが,1980 年代 の後半に分かってきました.ロイシンジッパーを介 して二量体になるということが分かってきていたの です.

 そこで,当時私が考えたのは,FOS と JUN はこ のような形で転写因子として 2 つの分子が一緒に なって,DNA に結合するとしたら,先ほどご説明 したように,PAS ドメインを持った遺伝子が見つ かった訳ですが,その遺伝子 SIM と ARNT という 2 つの新しい遺伝子は,FOS,JUN と同じように,

ベーシックループヘリックス構造を持っていて,明 らかに DNA に結合できるような構造を持っていま した.

 それで,FOS,JUN はロイシンジッパーで結合 していますが,ひょっとしたら,先ほどの SIM と か ARNT は PAS ドメインという構造があるから,

この PAS ドメインを介して,2 つの転写因子が二 量体を作って,FOS,JUN と同じように転写因子 として働いているのではないかというように考えま した.その当時,そういったことは全く言われてい なかったのですが,このように考えました.

 もう 1 つのヒントになったのは,PER は PAS ド メインを持っていますが,DNA に結合するための ベーシックドメインが PER には無いことです.で すから,もしこの PER が転写因子系に働くとすれ ば,DNA に結合できないような二量体を作って,お そらく抑制因子として働いているのではないかと考 えました.すなわち,この PER が時計遺伝子とし て働いているとすれば,抑制因子として働いている と考えたわけです.

 しかも,こういう PAS ドメインとベーシックド メインを持ったような転写因子が,ベーシンクドメ インのない PER が抑制だったら,ベーシンクドメ インのある因子は促進として,だからプラスの因子 とマイナスの因子があることによって,促進と抑制 が両方あるような,そういうようなコンプレックス を作っているのではないかと考えたのです.

 ですから,このスライド(図 1)に書いています が,このベーシックヘリックスループヘリック PAS 型の転写因子の中に,時計遺伝子が含まれて,転写 促進因子として働いているのではないかと考えたわ けです.もし,そういう因子を見つけて,体内時計

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の中枢である視交叉上核に発現していれば,これが 体内時計の遺伝子と言えるのではないかと,当時,

91 年の段階で考えました.

 ですから,片端から bHLH-PAS ドメインの持っ た遺伝子を見つけて,当時まだ 2 つしか見つかって いなかった訳ですが,おそらくたくさんあるだろう と考えました.そういう因子を片端から見つけて,

視交叉上核で発現していて,このようなプラスとマ イナスの関係の結合が見つかれば,体内時計の遺伝 子を見つけられるのではないかと考えたのです.

 それで片端から ARNT と同じような遺伝子を見 つけようということで,いろいろな方法で新しい遺 伝子をクローニングする実験を始めました.最初に 取れてきたのが,BMAL1 という遺伝子です.なぜ BMAL1 と名付けたかというと,ARNT にまずよく 似ているのですね.アミノ酸の配列が ARNT に非常 によく似ている.それで,ARNT-Like という名前を

付けました.それだけでは,遺伝子の特徴を表せて いないと思って,ノーザンブロットをやりましたら,

脳と,骨格筋,それから心筋に非常に強く発現をし ていたんですね.それで,脳と筋肉にある,ARNT に似た遺伝子ということで,Brain and Muscle Arnt- like 1 とし,その頭文字を取って,BMAL1 という 名前を付けて,97 年に発表しました.

 ただ,これはとにかく第 1 発目というか,1 つめ の遺伝子だったので,これが時計遺伝子という可能 性はすぐには分からなかったので,このような形で 発表しました.

 これだけでは時計遺伝子かどうか分からないの で,これが体内時計の遺伝子であることを証明しよ うと考えました.当時,札幌の北海道大学に本間先 生ご夫妻がおられ,生理学の教授と准教授として活 躍されておられました.本間先生の研究室では,既 にペプチドの遺伝子の視交叉上核の発現を非常にた

図 1 時計遺伝子クローニングを開始した時の仮説

1)bHLH-PAS 型転写因子の中に時計遺伝子があり,転写促進因子として働く.

2)PER は bHLH がないため転写抑制因子として働く.

3)転写の促進と抑制が概日リズムを生み出す.

新規の bHLH-PAS 因子を見つけ,体内時計の中枢である視交叉上核でリズム発現することを確認で きれば,それが時計遺伝子である可能性が高いと考えた.

a:FOS:JUN はロイシンジッパーを介してヘテロ二量体を形成して DNA に結合する.

b: bHLH-PAS 因子である AhR,ARNT は,PAS ドメインを介してヘテロ二量体を形成し DNA に 結合する.

c: bHLH-PAS 因子に PER が PAS ドメインを介して結合した場合,この二量体には DNA へ結合可 能な basic domain が片方しかなく,DNA と結合できないため,PER は転写抑制因子として働く.

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くさん解析された実績があり,一緒に Bmal1 が視 交叉上核に発現するかどうかを,共同研究として やっていただければ,早く時計遺伝子かどうか分か るのではないかということで,ちょうど 97 年の 3 月に生理学会があり,一緒にシンポジウムで発表さ せていただく機会があったので,この学会がきっか けで,共同研究をしましょうという話になりまし て,北海道大学と一緒に研究を始めました.

 最初に Bmal1 のプローブを設計して,視交叉上 核で in situ ハイブリダイゼーションをやってみた ところ,見事に視交叉上核で発現することが分かり ました.他に海馬にも非常に強い発現があるのです が,視交叉上核でちゃんと発現しているということ が分かりました.

 次に,12 時間ごとの明暗周期でラットを飼って,

視交叉上核で実際にリズムが Bmal1 にあるのかどう かということを解析してみました.スライド(図2)

では,Bmal1 の発現はこの黒丸で示してあります.

そうしましたら,夜に非常に高くなるというリズム 発現のあることが見つかってきました.これだけで は,ただ昼間は光で抑制されていて,夜には抑制が

取れて上がるということになります.実際,このよ うな発現パターンを示す遺伝子はたくさんありま す.光の有る無しによってただ調整されているだけ とも見えるわけです.

 それで,追加として,真っ暗闇の部屋で飼った ラットの Bmal1 の発現も確認しました.そうしま したら,やはり,夜の時間帯に発現が高くなるので す.光と関係なく,自律的にオシレーションしてい るということが,この実験で見つかりました.

 これらの結果から,Bmal1 は体内時計の遺伝子 であることが確実だということで,ちょうど 1998 年 の 5 月に体内時計の国際学会がアメリカ・フロリダ であって,体内時計の遺伝子を 1 つ見つけたという ことで,発表しようということになり,勇んで,本 間先生とフロリダに出掛けて行きました.

 学会が始まる前の日,ウエルカムパーティが学会 会場のホテルのプールサイドで行われました.その プールサイドで,ジョセフ・タカハシという Clock という時計遺伝子をその学会の前の年に発表してい たノースウエスタン大学の研究者と,84 年にショウ ジョウバエの Per 遺伝子を見つけたマイケル・ロ

時計遺伝子 Bmal1 の発現は視交叉上核(SCN)で暗期に高い概日リズムを示す.図 2

A: 12 時間毎の明暗周期でラットを飼育し 4 時間毎に SCN の Bmal1 の発現(●)を in situ hybridization により解析.

B:恒暗条件における SCN の Bmal1 の発現(●).

   (Honma S, Ikeda M, et al. Biochem Biophys Res Commun. 1998;250:83︲87. より改変)

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シュバッシュ*2という研究者と話をする機会があ りました.

 そうしましたら,タカハシが,明日午前の最初の シンポジウムで,CLOCK が BMAL1 と結合して,

Per の転写を調整しているという発表をするという のです.さらに,ロシュバッシュはショウジョウバ エも全く同じ遺伝子,すなわち BMAL1 のショウ ジョウバエ版を見つけたので,明日発表するという のです.

 この学会で,今までバラバラだった 3 つの時計遺 伝子が共同作業をしてリズムを作っているというこ とが初めて報告されました.つまり,Per 遺伝子とい う遺伝子があるとすると,そこに BMAL1 と CLOCK が二量体を形成して,まさに最初に予測した通り PAS ドメイン同士が結合して二量体を形成し,Per 遺伝子の転写を活性化するという,私が当初考えた 通りのコンプレックスを作って,それが Per という 遺伝子の転写促進を行うということが,タカハシの グループから発表されました.

 これからさらに,PER タンパクを作って,これが 今度はこちら側の BMAL1,CLOCK の方に戻って 来て,今度は,この PER が BMAL1 と CLOCK の 転写活性化を抑制するというモデルです.私が最初 考えていたように,PER は,BMAL1 の転写促進と いう bHLH-PAS ドメインを持った転写促進因子の転 写活性化を抑制するという,まさに私が予測した通

りの作用をするということも,この学会でタカハシ らのグループが発表しました(図 3).

 私たちは,Bmal1 が視交叉上核でリズムがある という発表を同じシンポジウムでしたのですが,タ カハシのグループは,Bmal1 が視交叉上核でオシ レーションするというデータは出してきませんでし た.そのため,私たちの報告は補完的なデータにな りました.この学会で,時計遺伝子 Bmal1, Clock, Per が作る転写・翻訳のフィードバックループに よって,24 時間のリズムが生まれているというこ とが明らかになりました.

 このシンポジウムが終わった後は,参加者のみな さんは,ほとんど学会会場から,お昼なのに全然立 ち去ろうとしないで,ずっと会場や廊下にいて,話 をしていたのを今でも覚えています.とにかく,こ のフィードバックループのモデルを,この学会シン ポジウムで初めて聞いたという人が,ほとんど全員 だった訳です.そういう意味で,普通は論文でこの ような新規の研究は聞く訳ですが,概日リズムの発 振モデルは,この学会でほぼ全員が初めて聞いたと いうことになりました.

 タカハシは,97 年の 5 月に CLOCK という遺伝子を 見つけて発表していたのですが,予測通り,CLOCK は,BMAL1 と同じ bHLH-PAS 型の因子だったとい うことです.タカハシは,これを,ショウジョウバ エの遺伝子 Per をベンザーが見つけた時と同じよう

図 3 哺乳類概日リズムの分子機構モデル(1998 年)

CLOCK と BMAL1 はヘテロ二量体を形成して Per1 遺伝子の転写調節領域に ある E-box (CACGTG)に結合,Per1 の転写を活性化させる.Per1 の転写を 活性化によって産生された PER1タンパクは,核内に移行して CLOCK:BMAL1 の転写活性化を抑制する.

時計遺伝子の転写と翻訳によって形成されるネガティブフィードバックルー プが約 24 時間の概日リズムを生み出している.

後に CRY1,CRY2 が発見され,PER1,PER2 と結合して CLOCK:BMAL1 の 転写活性化を抑制することが明らかにされた.

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に,遺伝子の変異原をマウスに食べさせて,さらに 行動リズムをスクリーニングして,Clock にたどり 着いたのです.

 以前,私がタカハシに直接お会いした時に,な ぜ,私みたいに bHLH-PAS 型遺伝子が Clock 遺伝 子である可能性が高かったのに,そんな面倒臭い実 験をやったのかという質問をしたら,何も答えてく れませんでした.しかし,この研究は,非常にオー ソドックスな地道な研究で,最終的に Clock にたど り着いたという,非常にしっかりとした研究です.

 Bmal1 のノックアウトマウスは,タカハシらのグ ループが 2000 年に発表しました.このデータは正常 なマウスですが,マウスの行動は,24 時間より短い ので,このように斜めになりますが,Bmal1 をノッ クアウトしてしまうと,この図のように全くリズム が無くなってしまいます.Bmal1 は,壊してしまっ たらリズムが無くなる,完全にリズムが壊れるとい う,そういう遺伝子です.

 今まで,時計遺伝子がいろいろ見つかってきてい ますが,ほとんどの時計遺伝子は,ノックアウトし てもリズムが短くなるか,長くなるか,そういう現 象しか起こりませんが,唯一 Bmal1 だけが,リズ ムが完全になくなるという遺伝子です.ですから,

取って代わることができない遺伝子ということにな ります.

 あと,この同じ学会で,スイスのウリー・シブ ラーらのグループが,培養細胞にも,このような普 通に培養している細胞でも,24 時間のリズムがあ るという,今まで誰も考えてもいなかったデータが 発表されました.普通に考えると,細胞周期がある にしても,このようなリズムが細胞にあるなんてい うことは,誰も考えていなかったのです.それがき れいに,例えば Per2 という時計遺伝子もきれいに 24 時間リズムが細胞であるということです.

 その後,私たちはBmal1のプロモーターをクロー ニングして,そこにルシフェレース遺伝子を付けた コンストラクトをトランスジーンとして入れたマウ スを作りまして,それでいろいろな臓器でどのよう に発現するのかということを検討してみました.そ うしましたら,解析したすべての臓器で,きれいに 24 時間弱のリズムのあることが見つかりました.ど んな臓器でも,Bmal1 の 24 時間のオシレーション があるということです.例外がありません.

 もう 1 つ,私たちがやったことは,クロックジー ンにはいくつかある訳ですが,抑制系の Per1 と Per2 遺伝子は,その産物は抑制系の転写因子です が,先ほどご説明したように,PAS ドメインはあり ますが,ベーシックリージョンが無いので,転写の 促進因子として DNA に結合して転写を促進できま せん.つまり,抑制因子として働いているのです.

BMAL1 は逆に,転写を促進できる訳ですね.直接 DNA に結合して,転写を促進できる訳です.

 この 2 つの位相関係はどうなっているのかという と,シーソーみたいに全く反対になっているのです ね.Per2 が高い時間帯というのは,Bmal1 は低い のですね.つまり,こっちが高ければこっちが低い という,そういうシーソー関係みたいになっている のですね.

 これをうまく動物で証明できないかということで,

このように 2 つの色が違うルシフェレースをそれぞ れの遺伝子プロモーターに繋いで,それぞれのトラ ンスジェニックマウスを作りました.これを掛け合 わせて,いろいろな臓器でリズムを測定してみます と,視交叉上核はもちろんですが,肺とか肝臓とか の臓器で,Bmal1 と Per2 がシーソーみたいな感じ で,片方が高ければ片方が低いというように,非常 にきれいな 180 度の位相関係にあるということを,

マウスのレベルでも証明することができました.こ れは産総研の中島芳浩先生らとの共同研究です.

 人のどこの臓器にも,リズムがちゃんとあるのか ということですが,これは,スイスのグループが人 のサンプルで行ったデータを,まとめた図になりま す.いろいろな臓器で,例えば,骨格筋とか皮膚と かで Bmal1 にリズムがあることが証明されました.

 私たちは,国立精神神経センターの三島和夫先生 のグループと共同研究で,人の皮膚をバイオプシー して,それを培養し,時計遺伝子のプロモーターレ ポーターを入れて,細胞のリズムを測定できるシス テムを作りました.夜型,朝型という,朝が苦手な 人とか,夜ずっと起きているのが得意な人とか,そ ういう人が世の中にはいると思いますが,そういう 人たちにボランティアでサンプリングをお願いし て,リズムがどうなっているか調べてみました.

 そうしましたら,青い方が夜型の人ですが,夜型 の人は周期が長く,右の方に行くにしたがって周期 が長くなるのですが,夜型の人はより周期が長いと

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いうことが分かりました.ですから,どちらかとい うと,生活習慣のように見えている夜型とか朝型と いうのは,実は,細胞のレベルでかなり規定されて いるのではないかということです.つまり,細胞自 身は時計遺伝子によってリズムが刻まれていますが,

時計遺伝子のレベルで,夜型と朝方の人で,周期が 違うのではないかというようなことを示唆するデー タが出て来ました.こういう実験からでも,人の体 の中にリズムがあるということが分かるのですね.

 あまり時間が無くなりましたので,この後の仕事 は簡単にご説明します.

 視交叉上核にはこのように電気活動があって,そ れは24時間リズムです.これが,例えばBmal1は,

マウスの視交叉上核の個々の細胞でリズムをトレー スすると,このようにきれいにリズムになるのです.

電気活動とかカルシウムとか,それから,CRE です ね,CREB が結合する CRE プロモーター,それか ら Per2,こういったものは全て視交叉上核におい てリズムがあって,その位相はかなり近いことが分 かっています.

 こういったリズムが,なぜ生まれてくるのか,時 計遺伝子がこういったものをちゃんと調整している のかどうか,というのが分かりませんでした.そこ で,私たちは,カルシウムを測定できるイエローカ メレオンという,理研の宮脇敦史先生が開発したプ ローブを視交叉上核に入れて,さらに Bmal1 の RNAi を作って,それも同時に入れまして,このよ うな培養細胞系で Bmal1 のリズムを測定しました.

作成した Bmal1 の RNAi,これを何も入れていない 細胞では Bmal1 のリズムがきれいに出るのですが,

RNAi を入れるとリズムが無くなるのです.

 それで,RNAi に効果があることを確認した後,

今度は,視交叉上核の器官培養系に,カメレオンと 一緒に,この RNAi を入れてみました.正常だと,

このようにカルシウムのオシレーションが 24 時間 見られますが,Bmal1 の RNAi を入れますと,カル シウムのリズムが消失します.つまり,カルシウム のオシレーション自体が,Bmal1 によって,レギュ レートされていることが分かりました.つまり時計 遺伝子の下流にカルシウムのオシレーションがある ということになるのです.

 次に,BMAL1 のドミナントネガティブ体を使っ て,同じような実験をやりました.ドミナントネガ

ティブ体の BMAL1 を導入しても,同様にカルシウ ムのリズムが無くなります.

 最後のテーマになりますが,いろいろな疾患に高 発症時間帯があるということが知られています.例 えば心臓突然死というのは朝方多いとか,このよう に,病気には,発症しやすい時間帯,高発症時間帯 があると考えられています.

 シフトワークをしている人は,このスライドにあ るように,BMIが高くなったり,冠動脈疾患によっ て死亡する割合が高いというように,体内時計は病 気と関係があるということが言われてきています.

 抗がん剤の効き方にも,何時ごろが一番効いて,

何時ごろが一番副作用が高いとか,そういったこと もマウスの実験から出てきています.例えば,イリ ノテカンであれば,マウスの昼間の時間帯,お昼か らちょっと過ぎたぐらいの午後の時間帯に一番効果 が高いという研究結果が出てきています.

 私たちは,イリノテカンのターゲットであるトポ イソメラーゼ I にリズムがあり,体内時計によって 制御されているのではないかと考えました.イリノ テカンの標的自体が,体内時計によって制御されて いるのではないかという仮説です.トポイソメラーゼ I のプロモーターをクローニングして,リズムがある かどうかを調べてみました.そうしましたらきれいな リズムのあることが分かりました.これは,BMAL1 と CLOCK によって,トポイソメラーゼ I,すなわち イリノテカンのターゲット自体が,時計遺伝子によっ て制御を受けているということになります.

 イリノテカンに関係したいろいろなファクター が,リズム制御を受けていて,最終的には,イリノ テカンの一番の効果が出る時間帯というのは,この ようないろいろな因子の総和によって決まってくる というように考えられています.

 それからこれは最後のテーマになります.これは プレリミナリーなデータですが,昭和大学の腫瘍内 科の佐々木康綱先生,藤田健一先生と共同で始めて いる研究のまだ初期のデータなのですが,それを少 しご紹介したいと思います.

 他のグループも,体内時計の遺伝子とがん,ある いはがんの治療薬との関係があるのではないかとい うことを,データとして少しずつ,報告してきてい ますが,私たちは,Bmal1 の遺伝子を潰した細胞を 作りまして,それを使って,抗がん剤の効果につい

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て検討してみました.

 実際に,Bmal1 のノックダウンをしますと,これ がクリスパーキャスで作った細胞ですが,そうしま すと,この赤いトレースで示しておりますが,きれ いなリズムが正常な細胞であるわけですが,Bmal1 をノックダウンしますと,リズムがほとんど消失し ます.こういう細胞を使って,いろいろなキナーゼ の阻害剤を使って,Bmal1 の遺伝子があるかないか で,抗がん剤の効果に違いがあるかどうかについて 見てみました.

 まず 1 つ目は,EGFR のインヒビターであるゲ フィチニブ使って,効果に違いがあるかどうかを細 胞の生存率を指標に見てみたところ,これは,変化 はありませんでした.Bmal1 が無くても効果には 関係ありません.それに対して,レゴラフェニブを 使って,同じような実験をやりましたところ,Bmal1 をノックダウンした細胞では効果が高くなるという 結果です.どうも,抗がん剤によっては,リズムの あるなしによって,効果に違いがあるということで す.Bmal1 が無くなった,つまり時計の機能が無い ような細胞は,レゴラフェニブに対して非常に感受 性が高くなるという結果です.

 それからもう 1 つは,デキサメサゾンという副腎 皮質ホルモン作用のある薬物ですが,これを添加す ると,細胞は 24 時間のリズムで同調するようにな ります.普通に培養しておくと,個々の細胞はバラ バラのリズムですが,デキサメサゾンを加えます と,細胞のリズムは同調する性質があります.同調 させた細胞に対して,あるいはデキサメサゾンを使 わないで同調していない細胞に対して,こういった 抗がん剤の効果の違いがあるのかについて調べてみ ました.

 ゲフィチニブを使って,デキサメサゾンで同調さ せた細胞で検討してみますと,非常にという程では ないのですが,ある程度効果に違いが出て来ました.

この図で,デキサメサゾンプラスというのは,同調 した細胞です.左側はリズムがバラバラな細胞の結 果になります.右側はリズムの揃った細胞です.こ れらの細胞にゲフィチニブ(イレッサ)を入れた 所,明らかにデキサメサゾンを入れた細胞で,感受 性が高くなるような傾向がありました.すなわち,

リズムが同調しているほど,ゲフィチニブに対して 感受性が高くなる可能性があります.

 それに対して,レゴラフェニブに関しては,デキ サメサゾンで同調した細胞でもほとんど差が無いと いうことですね.あるいは,ちょっと逆に効果が薄 れているような傾向があるということです.同調し ているかどうかということも,抗がん剤の,特にチ ロシンキナーゼ系のインヒビターのタイプによって,

違いがあるのではないかという結果です.

 ですから,これからがんの治療を考えていく場合 に,同調している細胞がより効果がある抗がん剤と,

かえってリズムがバラバラの方が,効果のあると思 われるような抗がん剤があるのではないかというこ とです.予めそれを考えた上で,すなわち,どうい うがん細胞にリズムがあるのか,そういったことも 考慮して,どちらがより感受性が高いのかというこ とを考えて治療に使っていくということが,今後の 選択肢になっていくのではないかと考えています.

 これは最後のスライドです.

 私が 30 年以上前ですが,精神科の医局に入って,

研究を始めた時に,「うつ病を生物学的に研究する ためには体内時計をちゃんとやらないと分からな い」というのが,その時に講師から言われたことで した.

 最近,これは 2013 年にカリフォルニアのグループ の出してきたデータです.

 これは,うつ病の人の死後脳の研究データです.

死後脳の場合,何時に亡くなったか,そういう死亡時 刻のデータがある訳ですが,いろいろな時間帯に亡く なった方の死後脳のサンプルを集めて,時計遺伝子 の発現量を,うつ病の人と対照群で調べています.

 この赤いマスになっているのは,Bmal1 や Per1 などの時計遺伝子に非常に高いピークの,ピークが 認められた領域を示しています.うつ病に関係ある ような脳領域からサンプリングして,そういった領 域の時計遺伝子にリズムが認められた場合は赤で表 示されています.つまりリズムがより強い場合が赤 です.ところが,黄色とか緑になると,ほとんどリ ズムが無くフラットというようなことになるわけで す.うつ病からのサンプルでは,いろいろなうつ病 に関連があると言われる脳部位で,時計遺伝子のリ ズムがフラットになってしまっているというデータ です.

 つまり,脳の中の時計遺伝子のリズムが,健康な 人は非常にきれいなリズムがあることに対して.う

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つ病の人はリズムが無くなっているということが,

死後脳の研究から見えてきました.研究を始めた頃,

当時の指導教員であった講師の先生がうつ病を解明 するためには体内時計からアプローチしろとおっ しゃっていましたが,30 年を経て,うつ病の人は体 内時計の不全があるということが,時計遺伝子のレ ベルで分かってきたということになります.

 私は,精神科のこういう研究には,貢献していま せんが,Bmal1 遺伝子を見つけたことが,こうい う形でうつ病と関連するデータとして次に出て来た ということは,最初に研究をやり始めた取っ掛かり が,間違いではなかったという気持ちにさせてくれ ます.そういう意味で,時計遺伝子の研究に携わっ てこれたことを,非常にうれしく思っています.

 今回お話させていただいたデータは,非常に多く の共同研究者と一緒にやってきた仕事からえられた ものです.最初の Bmal1 の視交叉上核での発現の 解析は,北海道大学の本間先生のラボと一緒に行っ たものです.Bmal1 とルシフェレースを使ったレ ポーターの実験は,産総研の中島先生との共同研究 です.カルシウムの仕事は富山大学の池田真行先生 と一緒に行ったものです.それから,最後にご紹介 させていただいた,抗がん剤の研究は,今,ここに おられますけども,佐々木先生,藤田先生と今共同 で始めている実験です.また,多くの大学院生が データを出すのに貢献してくれています.

 ご清聴ありがとうございました.以上です.

○代田 池田先生,どうもありがとうございまし た.お時間が迫っておりますが,お 1 人か,もしく は,じゃあ,どうぞ.・・・先生.

○質問 すいません,貴重なご講演ありがとうござ いました.小児歯科の・・・と申します.小児歯科 だと,やはり,生活時間を整えていくことが大切な ので,早寝早起きを推奨しているんですけれども,

今お話をお聞きしたら,夜型の人は元々周期が長い のではないかということだったんですけれども,こ れは,小さい頃からの習慣が体内リズムを狂わせ

て,夜型の人に周期が変わったのか,元々,生まれ 持って周期が違っているのか,その辺の所を教えて いただけないでしょうか.

○池田 はい.ご質問ありがとうございます.ま だ,人のレベルでは子どもさんのこのような実験は できていなくて,実際にお子さんでどのような周期 になっているのかは,実際のデータは持ち合わせて いません.一般的に,お子さんの方がより夜型とい いますか,朝が苦手な人のパーセントが多いのでは ないかというのが,こういう生物学的なデータでは なくて,生活のリズムを検討した場合の報告であり ます.

 学校もできれば早い始業時間を設定しないで,9 時とか 9 時半と,遅めに授業を始める方がいいので はないかということを,研究者の中で言っている人 がいるくらいです.

 どちらかというと,夜型のお子さんの方が多い.

これは将来,お子さんでこのようなサンプリングを させてもらうことができれば,測定を実際に行っ て,生物学的なデータをとって証明しないといけな いと思います.

○質問 はい.

○代田 どうもありがとうございました.まだご質 問のある方もおられると思いますが,池田先生は,

この後しばらく昭和大学の中におられますから,も しご質問があれば,私の部屋の方に来ていただけれ ば,お話しできると思いますので,是非,何かお話 しされたい方は,是非いらしてください.池田先 生,ありがとうございました.

 演者追記:校正の段階でノーベル賞受賞者が発表 されましたので記載しました.

* 1(ブランダイス大学のマイケル・ロシュバッシュ 博士とロックフェラー大学のマイケル・W・

ヤング博士)

* 2(マイケル・ロシュバッシュ博士は 2017 年ノー ベル生理学・医学賞を受賞することになった.)

参照

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