商標分野における審判制度と訴訟とのこれから ~共同体商標との比較より~ 弁理士 松 井 宏 記 目 次 1.はじめに 2.共同体商標との比較における審判と訴訟との関係 2.1 共同体商標における無効請求・取消請求 2.2 無効請求・取消請求ができる者 2.3 無効理由 2.4 取消理由 2.5 無効・取消の効果 2.6 OHIM における無効・取消請求と裁判所に対する反訴との関 係 3.検討 3.1 無効を争う場合 3.1.1 104 条の 3 抗弁と無効審判との関係 3.1.2 除斥期間の問題 3.2 取消を争う場合 3.3 提言 4.おわりに 1.はじめに 商標法 39 条により特許法 104 条の 3(特許権者等の権利行使の制限)が 準用されており、特許権侵害訴訟のみならず、商標権侵害訴訟においても権 利無効の抗弁(以下、「104 条の 3 抗弁」という)を行うことができる。その 一方で、特許庁において商標登録に対する無効審判を請求することもできる。 104 条の 3 抗弁と無効審判とは、判断主体や効力(相対効であるか(104 条 の3 抗弁)、絶対効及び遡及効であるか(無効審判))の違いはあるが、商標 権の有効無効を判断する点では共通している。 しかし、裁判所における104 条の 3 抗弁と特許庁における無効審判請求と が同時に係属する可能性があり、また、両者には、条文上、一事不再理の適 用がないように見えるため、同一証拠及び同一理由に基づいて別ルートで無 効請求される可能性もある1。すなわち、商標登録の有効無効を判断するため 1 104 条の 3 抗弁に、特許法 167 条の一事不再理が適用されるか否かについては、学説
の「侵害訴訟ルート」と「無効審判ルート」のダブルトラックが存在し、迅 速かつ効率的な紛争解決の観点および当事者の対応負担の観点からすれば、 制度上妥当とは言い難い。また、裁判所と特許庁とで判断の齟齬が生じる可 能性がある。商標分野においても、紛争の一回的解決、判断の齟齬防止、そ して、国家組織の労力重複防止を考えると、現状の制度のままでよいかどう かは疑問が残る。 特許事件では技術専門性が求められ、技術の専門家ではない裁判官が専門 技術事項の判断を行うことに懸念する声に留意すべきとの報告がある。2しか し、商標事件の場合、技術専門性はなく、商標法に特有の識別性や類否の判 断となるため、むしろ、事実認定や対世的判断を行うことに長けている裁判 官が判断を行うことにもメリットがあると言える。よって、商標事件におい ては、特許庁とは別に、裁判官が商標権の有効無効を判断することについて の否定的な意見は、特許の場合と比較してそれほど多くはないであろう。紛 争の一回的解決、判断齟齬防止の観点から制度をうまく作ればいいことにな る。 そこで、本稿では、商標分野における審判と訴訟との関係について、筆者 が参考にすべきと考えている共同体商標3における審判と訴訟との関係を紹 介し、日本の商標の審判のあり方について考察する。 2.共同体商標との比較における審判と訴訟との関係 日本商標における審判制度と訴訟とのこれからの関係を考えるにあたり、 まずは、本稿において比較の対象とする共同体商標における無効請求及び取 消請求と商標権侵害訴訟との関係について概説する。 2.1 共同体商標における無効請求・取消請求 共同体商標における商標権侵害訴訟で特徴的なことは、被告は、共同体商 標が無効理由や取消理由を有していると考える場合には、OHIM に無効又は 取消請求する以外に、共同体商標裁判所4に対して、共同体商標の無効又は取 は意見が分かれている。小山靖「特許法104 条の 3 の抗弁に対する一事不再理効の適用 の可否に関する検討」別冊パテント日本弁理士会中央知的財産研究所研究報告第26 号 に詳しい。 2 特許制度研究会「特許制度に関する論点整理について」2009 年 12 月 3 「共同体商標」とは、多様な言語及び制度を有する欧州連合において、一出願を一言 語で一官庁(OHIM) に提出することにより、欧州連合全域に効力を有する商標権を 獲得することができる制度。Community Trademark(CTM)。
消を求める反訴(counterclaims)を請求できる点である。5通常時(商標権 侵害訴訟以外の時)は、共同体商標の無効又は取消は、OHIM に請求するが 6、侵害訴訟においては、OHIM に対する無効請求又は取消請求か、侵害訴 訟における反訴として共同体商標裁判所に無効請求や取消請求を申し立てる ことができる。よって、共同体商標の商標権侵害訴訟時において無効又は取 消を請求する場合には、OHIM 及び/又は共同体商標裁判所に、無効又は取 消を請求することになる。両者に対して無効又は取消が請求された場合には、 後に述べるように一方の手続にするための調整規定が存在する。 共同体商標の商標権侵害訴訟において、共同体商標の無効又は取消に関す る反訴が共同体商標裁判所に請求された場合には、反訴が提起された日が OHIM の登録簿に登録される。7また、無効又は取消の反訴が認容されて判 決が確定した場合には、その判決写がOHIM に送られ、共同体商標の無効又 は取消は OHIM の登録簿に登録される。8この登録により、当該共同体商標 の無効又は取消は絶対的かつ遡及的なものとなる。9ここに、日本商標におけ る104 条の 3 抗弁との決定的な違いがある。 日本では、104 条の 3 抗弁が認められた場合であっても、その効果は当該 事件限りの相対的無効であって、特許庁において無効が登録簿に登録される わけではない。絶対的かつ遡及的無効にするためには特許庁への無効審判請 求が必要である。また、日本には、権利無効の抗弁しかなく、権利取消の抗 弁は認められない。これらの点において、共同体商標侵害訴訟における反訴 とは大きく相違する。さらに、共同体商標においては、後に述べるように、 審判と訴訟間の一事不再理や手続の中止について明確な規定があり、判断の 齟齬や紛争の一回的解決等への対策が施されている点も注目される。 2.2 無効請求・取消請求ができる者 OHIM に対する無効請求において、無効理由の中でも絶対的無効理由(主 に識別力)及びOHIM に対する取消請求については、何人も請求することが できる。10無効理由の中で相対的無効理由(主に先行商標との類否)につい 害訴訟を取り扱う裁判所であって、欧州連合各構成国において、第一審及び第二審裁判 所としての共同体商標裁判所が指定されています。 5 反訴以外にも、不使用により取消されるべき旨の抗弁、又は、被告の先行権利のため に無効にされるべき旨の抗弁は認められる(共同体商標規則99 条(3)) 6 共同体商標規則 52 条 7 共同体商標規則 100 条(4) 8 共同体商標規則 100 条(6) 9 共同体商標規則 100 条(5),同 56 条(5)(6) 10 共同体商標規則 56 条(1)(a)
ては、先行商標や先行する権利の所有者がOHIM に無効請求を行うことがで きる。11日本では無効理由全てについて利害関係人しか無効審判請求するこ とができないのに対して、OHIM に対する無効請求においては、その理由に よって無効請求することができる者が異なる。共同体商標の商標権侵害訴訟 において共同体商標裁判所に無効の反訴を請求することができるのは、被告 である。 2.3 無効理由12 (1) 絶対的無効理由13 識別力が欠如しているもの、公序良俗に反するもの、品質誤認を招くもの 等が絶対的理由である。 但し、共同体商標に識別力が無かったにも関わらず登録されている場合で あっても、商標が使用された結果、その登録に係る商品若しくはサービスに ついて登録後に識別力を獲得している場合には、無効にならない。登録時の 判断が誤っていたとしても、その後の営業活動により識別力を獲得している 場合には、登録を取り消すことは妥当ではないと考えられている。この点は、 日本商標と大きく異なる。登録時に識別力が無かったとしてもその後に実質 的に識別力を有するに至っていれば、その事実状態を尊重して登録の継続を 認める点が、除斥期間の形式的経過で登録の継続を認める日本商標制度と異 なる。 (2) 悪意による出願 悪意を持って出願しているかどうかは審査過程での拒絶はせず、無効で争 うことになる。共同体商標の商標権者が、出願時に悪意を持っていたかどう かが判断される。悪意については、法律上の定義規定はないが、OHIM にお いては、悪意とは、「商業上の行為として容認することができない不正」とさ れており、単に「不正の意図」と理解すればよいとされている。 (3) 相対的無効理由14 先行商標との混同を生じさせるおそれがある共同体商標等が相対的無効理 由に該当する。 登録後5 年以上経過している先行商標の存在を理由とする相対的無効理由 により無効請求を起こされた場合、共同体商標の商標権者は、無効請求人に 11 共同体商標規則 56 条(1)(b)(c) 12 共同体商標規則 52 条及び 53 条 13 共同体商標規則 7 条 14 共同体商標規則 8 条
対して、先行商標が過去5 年間に使用されていることの証明を求めることが できる15。不使用商標に基づく権利行使が取消請求により認められないのに 加えて、不使用商標に基づく無効請求も認められないことになっている。但 し、無効手続内での使用証明要求に対して使用を証明できなかったとしても 共同体商標が取消になるわけではない。使用証明できなかった商品役務につ いては、当該無効手続内において先行商標とは認められないだけである。日 本商標と大きく異なる点である。 (4) 国内法で使用が禁止されている権利 他の先行の権利、特に、次に掲げる権利の保護を規定する国内法に従いそ の使用が禁止される場合は、無効理由に該当する。 ・氏名に対する権利 ・個人の肖像権 ・著作権 ・産業財産権(登録共同体意匠など) 【黙認による制限16】 (1) 共同体商標又は国内商標の所有者は、継続して5年間、共同体又は 構成国内において、後願共同体商標が使用されていることを知りながら、黙 認していた場合は、先行商標を基礎として後願共同体商標の無効を請求し、 又は、後願共同体商標の使用に対抗することができない。但し、後願共同体 商標が悪意出願であった場合は除く。 (2) 後願共同体商標の所有者は、先行の権利が後願共同体商標に対して 主張されないとしても、先行登録商標の使用に異を唱えることはできない。 (3) 後発商標が構成国の国内商標である場合については、商標指令に規 定されており、前記の共同体規則と同様の規定となっている。17 2.4 取消理由 (1) 不使用に基づく取消 共同体商標が指定商品又は指定役務について、共同体内において、正当な 理由なしに、継続して5年間誠実に使用されていない場合には、共同体商標 の商標登録は取り消される。 15 共同体商標規則 57 条 但し、先行商標が登録後 5 年以上経過している場合に限られ る。 16 共同体商標規則 54 条 17 欧州商標指令 9 条
(2) 普通名称化による取消 所有者の作為又は不作為の結果、共同体商標が指定商品又は指定役務の普 通名称になっている場合には、共同体商標の商標登録は取り消される。登録 商標の普通名称化による取消が認められている点は日本商標にはない特徴で ある。普通名称化した登録商標の権利行使に対しては、日本商標では、商標 法26 条に基づく抗弁、又は、商標的使用でないことの抗弁が考えられるが、 共同体商標では取消請求による。なお、被疑侵害者が自己の氏名や記述的表 示を使用しているに過ぎない場合には、共同体商標の商標権の効力が及ばな い範囲として規定されている。18 (3) 品質誤認による取消 共同体商標が、指定商品又は指定役務について、所有者により又はその同 意を得て使用された結果、商品又は役務の性質(内容、特質)、品質、又は原 産地について公衆を誤認させるおそれがある場合には、共同体商標の商標登 録は取り消される。日本商標では品質・質の誤認の他、他人との混同使用ま で取消事由とされているが(商標法51 条)、共同体商標では品質・質の誤認 のみとなっている。 2.5 無効・取消の効果 共同体商標は、OHIM 又は共同体商標裁判所において無効を宣言された範 囲については、欧州連合全域においてはじめから効力を有していなかったも のとみなされる。19共同体商標は、OHIM 又は共同体商標裁判所において取 消を宣言された範囲については、欧州連合全域において取消請求の申請日又 は反訴が請求された日から効力を有していなかったものとみなされる。20 【遡及効の制限21】 原則として、商標の取消又は無効の遡及効は,次に掲げる事項には及ばな い。 (1) 取消又は無効の決定前になされた侵害に関する確定した最終決定 (2) 取消又は無効の決定前に結ばれた契約であって,その決定前に実施 されている範囲のもの。ただし,当該契約に基づき支払われた金額について は,事情により正当とされる範囲で,公平な理由に基づき、その払い戻しを 18 共同体商標規則 12 条 19 共同体商標規則 55 条(2)(但し、55 条(3)に一部例外あり) 20 共同体商標規則 55 条(1) 21 共同体商標規則 55 条(3)
請求することができる。 上記(1)においては、侵害に関する裁判所の判決がなされた後に、共同 体商標の取消又は無効が判断されたとしても、その取消又は無効の結論は侵 害に関する既に行われた結論に影響を及ぼさないとされている。日本におい ては、このような事案は再審事由となり22、紛争の蒸し返しという弊害を生 んでいる。この点において、共同体商標では紛争の蒸し返し防止が規則にお いて規定されているといえよう。 2.6 OHIM における無効・取消請求と裁判所に対する反訴との関係 商標権侵害訴訟において、被告は、OHIM 及び/又は共同体商標裁判所に共 同体商標の無効を請求することができる。この場合の両ルートの調整につい て以下説明する。 (1) 先にOHIM や他裁判所に無効取消請求が出ている場合に反訴請求し た場合 共同体商標の無効について、反訴により他の共同体商標裁判所において係 争中である場合、又は、無効の宣言を求める請求が既にOHIM に提出されて いる場合には、共同体商標裁判所は、職権により、又は、当事者の請求によ り、当事者の意見を聞いた後、特別な理由がない限り、反訴手続を中止する23。 (2) 先に反訴が共同体商標裁判所に係属している場合にOHIM に無効請 求又は取消請求した場合 共同体商標の無効に関する反訴が共同体商標裁判所に係属している場合に は、OHIM は、職権により又は一方当事者の請求により、当事者の意見を聞 いた後に、OHIM における無効請求または取消請求を中止する。 但し、共同体商標裁判所における一方当事者が請求する場合は、裁判所は、 相手方の意見を聞いた後、反訴手続を中止させて、OHIM に係属中の無効請 求又は取消請求を続行させることができる24。後にOHIM に無効請求又は取 消請求がされた場合には、先の反訴を中止してOHIM における手続が優先さ れる場合があることが特徴的である。 22 民事訴訟法 338 条 1 項 8 号、知財高裁平成 20 年 7 月 14 日判決(平成 18 年(ム) 10002 号、平成 19 年(ム)10003 号) 23 共同体商標規則 104 条(1) 24 共同体商標規則 104 条(2)
(3) 反訴請求を受けた共同体商標裁判所は、共同体商標の所有者による 申請に基づき、相手方の意見を聞いた後に手続を中止することができ、かつ、 被告に対して、裁判所が指定する期間内に、OHIM に無効請求をするよう要 求することができる。共同体商標裁判所が指定した期間内に無効請求が OHIM にされない場合は、反訴は取り下げたものとみなされる25。ここでも OHIM における無効請求又は取消請求が優先されており、反訴を中止して、 OHIM に無効請求又は取消請求を求めることができるとされている。 まとめると、共同体商標の商標権侵害訴訟においては、共同体商標の無効 又は取消について、①OHIM への請求、及び/又は、②裁判所への反訴を行 うことができる。そして、既に同一の共同体商標の無効又は取消に関する手 続きがどちらか一方で係属している場合には、後発の無効又は取消に関する 手続きは中止される。結果として、無効又は取消は、①OHIM への請求か、 ②裁判所への反訴の二者択一である。既に同一の共同体商標の無効又は取消 に関する手続がOHIM 又は裁判所に係属している場合には、後発の無効又は 取消は中止される。但し、後発がOHIM への無効又は取消請求である場合に は先の共同体商標裁判所での反訴を中止して OHIM での手続を進行させる ことができる。また、共同体商標裁判所への無効又は取消請求があった場合 にはそれを中止して OHIM に無効又は取消請求するよう共同体商標裁判所 が求めることができるということになっている。 25 共同体商標規則 100 条(7)
【一事不再理】 共同体商標裁判所は、同一の事項及び訴因に関して、同一当事者に対する OHIM の決定が確定している場合は、無効宣言を求める反訴を棄却する26。 また、同一の事項及び訴因に関して、同一当事者に対する共同体商標裁判所 の決定が確定している場合は、OHIM に対する無効請求は、認められない27。 このように、裁判所とOHIM との間における一事不再理が、共同体商標規則 には規定されている。日本商標法(及び日本特許法)には、裁判所と特許庁 間における一事不再理を規定する条項はなく、これが、特許法104 条の 3 を 運用するに際して判断の齟齬および一回的解決に関する問題を制度上孕んで いる原因となっている。 26 共同体商標規則 100 条(2) 27 共同体商標規則 56 条(3)
3.検討 3.1 無効を争う場合 3.1.1 104 条の 3 抗弁と無効審判との関係 特許法104 条の 3 について、規定および制度の再検討が求められているの は、前述の通り、判断の齟齬回避、紛争の一回的解決、当事者の手続負担減 が主な理由である。商標権侵害訴訟において商標権に無効理由がある場合に、 特許庁に無効審判を請求するまでもなく、そのような瑕疵ある商標権の行使 は認めるべきではないという権利濫用を阻止する考え方に立てば、裁判所に おいて有効無効を判断する制度は、本来保護されるべき被告にとって紛争の 一回的解決、手続負担減を達成することができて有利である。また、商標事 件には、技術専門的側面が少なく、特許に比べれば裁判官が権利の有効無効 を判断することに実害も少ない。その一方で、永年に渡り商標権の有効無効 を判断し、永年の商標実務のうねりを作ってきた特許庁における無効審判を 廃止して裁判所における判断に一本化するのも不安が残る。産業財産権の設 定登録、その他権利の無効等消滅事由の有無を判断する権限・経験・専門能 力を有する特許庁に無効判断を行う権限を残すことは妥当であり、職権探知 主義を活用した審理を行える点で無効審判は有効である。 そこで、前述したような、判断の齟齬回避、紛争の一回的解決、当事者の 手続負担減、国家組織の重複労力防止を達成しつつ、裁判所ルートおよび特 許庁ルートを共に残すためには、両者に権利の有効無効の判断が同時に継続 する事態を避ける制度作りが必要である。既に紹介したように、共同体商標 においては、裁判所における無効を求める反訴とOHIM における無効請求は 同時に係属することはなく、どちらか一方でのみ共同体商標の有効無効が判 断される。そして、裁判所において無効が宣言された場合には、当該無効が OHIM の登録簿に記録されて絶対的及び遡及的無効となる。すなわち、裁判 所ルートでもOHIM での無効と同様の効果が得られるのである。これにより、 共同体商標を絶対的かつ遡及的に無効にしたい被告とすれば、裁判所ルート だけを選択するメリットが出てくるのである。そして、裁判所ルートか OHIM ルートかで確定した判断については、同一訴因及び同一当事者につき 一事不再理が適用されるため、一のルートで争われた案件に関して、その後 他のルートで再チャレンジするなど、紛争の蒸し返しにはつながらない。ま た、侵害に関する判決確定後は、後に共同体商標が無効になったとしても、 既に行われた侵害に関する判決に影響を及ぼすことがないため、再審事由に よる紛争の蒸し返しにも結びつかない。
例えば、日本商標制度を共同体商標のシステムと同様にすれば、当事者と すれば、裁判所かどちらか一方のルートに当事者は全力を注げることになる ので、手続負担も一回であり応答手続が二重になることはない。特許庁と裁 判所両ルートの二者択一、両ルートにおける絶対的遡及的無効、裁判所及び 特許庁での一事不再理、及び、無効判断の既判決への不遡及により、日本商 標制度が求める「判断の齟齬回避」、「紛争の一回的解決」、「当事者の手続負 担減」を達成しているのではなかろうか。 【審判と訴訟との関係】 審判と訴訟との関係については、日本特許法に下記規定がある。 日本特許法(審判と訴訟との関係) 第百六十八条 審判において必要があると認めるときは、他の審判の審決が確定し、 又は訴訟手続が完結するまでその手続を中止することができる。 2 訴えの提起又は仮差押命令若しくは仮処分命令の申立てがあつた場合において、 必要があると認めるときは、裁判所は、審決が確定するまでその訴訟手続を中止する ことができる。 (略) 5 裁判所は、前項の規定によりその特許権についての審判の請求があつた旨の通知 を受けた場合において、当該訴訟において第百四条の三第一項の規定による攻撃又は 防御の方法を記載した書面がその通知前に既に提出され、又はその通知後に最初に提 出されたときは、その旨を特許庁長官に通知するものとする。 6 特許庁長官は、前項に規定する通知を受けたときは、裁判所に対し、当該訴訟の 訴訟記録のうちその審判において審判官が必要と認める書面の写しの送付を求めるこ とができる。 上記5 項及び 6 項において、特許法はダブルトラックを予定しており、裁 判所と特許庁との間で無効請求が同時係属した場合には、お互いに通知を出 し合って連絡を取る旨の規定しかない。また、1 項又は 2 項で一方手続の中 止について規定されているが、中止を強制するものではない。この点が制度 上の問題である。制度上、同時的ダブルトラックを許し、両者間の優先関係 は運用に委ねているのである。 しかし、共同体商標では、結果としてOHIM か裁判所かのいずれかのルー トによる無効判断に絞られるのであり、判断の齟齬を生じることはない。裁 判所かOHIM かの選択は、第1次的には被告の選択となるが、裁判所が選ば れた場合には原告の請求により OHIM での無効審理に変更できる点も当事 者間の手続的公平に貢献することになる。 【一事不再理】
一事不再理については、日本特許法に下記規定がある。 日本特許法 (審決の効力) 第百六十七条 何人も、特許無効審判又は延長登録無効審判の確定審決の登録があ つたときは、同一の事実及び同一の証拠に基づいてその審判を請求することができな い。 前記規定は、無効審判についての一事不再理のみであり、無効審判と 104 条の3 抗弁との間の一事不再理を規定するものではない。これにより、制度 上は、104 条の 3 抗弁で争われたものと同一理由および同一引例でもって無 効審判で争えることとなり、判断の齟齬を招く一因となっており、審判と訴 訟との関係を是正しなければならない事態を招いているといえる。しかし、 共同体商標においては、前述の通り、規則において、一事不再理が同一人間 においてOHIM と裁判所との間にも及ぶことが規定されているので、手続が 重複することはない。 特許庁又は裁判所のどちらか一方において無効でないとの判断がされた場 合に、一事不再理により、他のルートで無効請求できないとしても、審決取 消訴訟又は控訴審において他の合議体により判断される機会は保障されてい るのであるから、特許庁及び裁判所間に一事不再理が適用されたとしても特 段一方当事者に不利はない。紛争の一回的解決が優先されるべきである。 そして、一事不再理を同一人間のみに適用を限定することにより、他人が 無効請求できる機会を保障できる(商標の場合、無効審判請求できるのは利 害関係人に限られるので、ダミー請求による弊害は無い)。 【行政庁優先】 日本商標制度では、裁判所における無効請求は権利無効の抗弁であり、共 同体商標のように反訴ではない。日本商標制度においても抗弁を反訴にする ことにより、裁判所の有効無効判断に行政処分的性格を持たせて絶対的かつ 遡及的無効を得ることができれば、効果の点から、裁判所ルートと特許庁ル ートの二者を均等に選択することができる。今の制度では裁判所ルートで無 効と判断されても、その後特許庁に無効審判を請求しないと商標権は消滅し ないため、商標権を絶対的かつ遡及的に消滅させたい被告は特許庁に無効審 判を請求することになるが、これが制度上、判断の齟齬を生んだり、手続の 負担を強いることになる。実際、被告とすれば、権利を無効にできるチャン スが増えるため、無効の抗弁と無効審判の両方を使うことが多く、権利を無 効にする確率をあげるため両方の制度を使うことは特異ではないとの報告・
意見もある。28しかし、手続負担増は、特に中小企業にとって望ましくない。 29中小企業支援を国が訴えるならば、権利行使の場面においても中小企業が 瑕疵ある商標権に手続上の過度な負担なく対抗できるだけの制度を作る必要 がある。 共同体商標制度において注目すべき他の点は、裁判所に反訴が係属してい る場合であっても、裁判所は、共同体商標の所有者の申請により、反訴を中 止して、被告にOHIM に無効請求することを求めることができ、この場合、 OHIM に無効請求されない場合には、反訴は取り下げたものと見なされる点 である。この制度により、欧州理事会とすれば、共同体商標の無効判断は、 本来 OHIM において行われるべきと考えていることが伺える。専門行政機 関・職権審理を行う機関としてのOHIM の判断を尊重すべきとしている。同 様の規定が日本商標法(及び日本特許法)にも設けられていいのではないか と考える。やはり、商標登録の有効無効の判断は、本来的には、専門行政機 関である特許庁が、経験上ふさわしいと言えるのではなかろうか。商標分野 は、特許分野のように技術的専門性が無いから、裁判官も十分に適正な判断 はできると考えられるが、裁判所ルートと特許庁ルートを並存させるのであ れば、専門行政機関としての特許庁の判断を推奨するような制度作りがあっ てもいいと考える。特に、原告としては、自身の商標権の有効性を争うルー トについて、裁判所か特許庁かを決めることはできず(被告が無効を請求す るものであるため)、裁判所において104 条の 3 抗弁を提出された場合に、 原告が望む場合には、ルート選択の公平性を少しでも担保するため、専門行 政機関である特許庁に無効審判を委ねることを選択するための制度があって もよいと考える。現状の日本商標制度では商標権の有効無効を判断するのを 裁判所ルートにするか特許庁ルートにするか商標権者に選択権はなく、不公 平を生んでいるように考えられる。 3.1.2 除斥期間の問題 日本の無効審判を考える際に大きな問題として取り上げたいのが、除斥期 間である。 28 佐藤智康「審判制度の概要と最近の傾向」パテント 2010 Vol.3 No.3 29 山本晃司「特許制度の見直しに対する意見書等の公表について」パテント 2010 Vol.63 No.7 において同旨
日本商標法 第四十七条 商標登録が第三条、第四条第一項第八号若しくは第十一号から第十四号まで 若しくは第八条第一項、第二項若しくは第五項の規定に違反してされたとき、商標登録 が第四条第一項第十号若しくは第十七号の規定に違反してされたとき(不正競争の目的 で商標登録を受けた場合を除く。)、商標登録が第四条第一項第十五号の規定に違反して されたとき(不正の目的で商標登録を受けた場合を除く。)又は商標登録が第四十六条第 一項第三号に該当するときは、その商標登録についての同項の審判は、商標権の設定の 登録の日から五年を経過した後は、請求することができない。 2 (略) 日本商標法における上記除斥期間の規定によれば、原則として、登録から 5 年間が形式的に経過すれば、無効審判を請求することができないとされて いる(4 条 1 項 10 号及び 17 号の不正競争目的の登録、同 15 号の不正目的 の登録を除く)。そして、104 条の 3 抗弁においても、この除斥期間の適用が あるとするのが多数説である。30 除斥期間が定められたのは、既存の法律状態の尊重31、権利の安定化32のた めである。既存の法律状態の尊重といっても、それは本来無効になるべき権 利の上に成り立った法律状態であり、また、形式的に登録から 5 年間が経過 しただけで権利の安定化が重視されて、権利を無効にできないのは衡平の観 点から考えて妥当でない。このようにその存在理由の根拠が妥当でない現状 の除斥期間が無効審判や 104 条の 3 抗弁においてそのまま適用されているこ とには問題がある。 筆者は、除斥期間を経過した商標権に対しては、現に瑕疵が治癒しており、 権利を行使することが善意の被告との関係で衡平に反しない場合には、104 の 3 抗弁が認められないが、その一方で、未だ瑕疵が治癒しておらず、実質 的にその権利行使が衡平に反する場合(正に権利濫用と捉えられる事案)に は、104 の 3 抗弁は認められるべきと考える。33また、無効審判においても現 に瑕疵が治癒しているかどうかを実質的に判断して除斥期間を適用すべきと 考える。 しかし、無効審判又は 104 条の 3 抗弁において、実質的に無効にされるべ 30 小野昌延編「注解商標法下巻」青林書院 2006 年 978 頁(松村)、茶園「無効理由を 有する商標権の行使」L&T NO.43 2009 年 4 月、森義之「権利行使の制限の抗弁(商標 法39 条、特許法 104 条の 3)と権利濫用の抗弁(キルビー抗弁)」別冊ジュリスト No.188 67 頁 31 特許庁編「工業所有権法(産業財産権法)逐条解説 第 17 版」1344 頁、最判平成 17 年 7 月 11 日「RUDOLPH VALENTINO」事件 32 特許庁編・前掲〈注 31〉1346 頁 33 拙稿「特許法 104 条の 3 の商標法における意義」別冊パテント 2010 第 2 号
き商標権について瑕疵が治癒しているかどうかの判断は困難であると考えら れる。そこで、既述の共同体商標規則を見れば、黙認による制限の条項があ る。すなわち、「共同体商標又は国内商標の所有者は、継続して5年間、共同 体又は構成国内において、後願共同体商標が使用されていることを知りなが ら、黙認していた場合は、先行商標を基礎として後願共同体商標の無効を請 求し、又は、後願共同体商標の使用に対抗することができない。但し、後願 共同体商標が悪意出願であった場合は除く。」とされている。先行商標権者が 既に後発商標権者の存在を知っていて5 年間何もアクションを取らなかった 場合には無効を請求することができないとなっており、瑕疵の治癒というよ りも、先行商標権者の不作為を問題視して、先行商標権者が一定期間異議を 唱えない場合には無効請求を認めないという考え方である。このような考え 方を日本商標の除斥期間にも取り入れて、無効審判や104 条の 3 抗弁の制限 について実質的な理由付けがされてもいいのではないかと考える。 共同体商標規則には識別力欠如の場合の除斥期間についての規定はないが、 登録後に識別力を有している場合には無効にできないという規定があるので、 その規定により、無効請求を認めるか認めないかの線引きがされている。実 質的な除斥の制度であると考える。 3.2 取消を争う場合 日本商標法においては、無効審判以外にも、商標権を失効させる手続とし て取消審判がある。取消審判には、不使用に基づく取消審判(商標法50 条)、 誤認混同使用に基づく取消審判(商標法51 条、52 条の 2 及び 53 条)、代理 人による不当登録に基づく取消審判(商標法53 条の 2)がある。これらはい ずれも特許庁に対して取消の請求を行う手続であり、商標権侵害訴訟におい て各取消理由に基づいて権利行使制限の抗弁を行うことはできない。 しかし、特許庁において取消審判が請求されない限り、取消理由が存在す る商標権に基づく権利行使が、裁判所において認められることが妥当である のかどうか、また、取消審判は必ず特許庁に請求しなければならないとする 今の制度には当事者の手続負担の点で問題がないのか。 不使用を理由とする取消の場合には、それを権利行使制限の抗弁として認 めることには反対である。104 条の 3 抗弁及びいわゆるキルビー抗弁34など 34 最高裁平成 12 年 4 月 11 日第三小法廷判決(平成 10 年(オ)第 364 号) 当該特許 に無効理由が存在することが明らかであるときは、その特許権に基づく差止め、損害賠 償等の請求は、特段の事情がない限り、権利の濫用に当たり許されないと解するのが相 当であるとされた。
権利行使制限の抗弁は、その根拠を本来登録されるべきでない権利に基づく 権利行使を認めないという「衡平の理念」又は「権利濫用の法理」に基づい ており、不使用商標という有効ではあるが保護すべき実体(需要者の信用) が無いという商標権は本来登録されるべきでない権利ではなく、将来的に使 用することにより保護すべき実体が伴う可能性のある権利である。また、使 用により権利を発生させるとする使用主義を商標制度の骨幹として採用して いない日本商標法においては、このような不使用商標の商標権についてまで、 権利濫用の抗弁により権利行使を制限することは筋違いであろう。35(但し、 明らかに当該商標を商標権者が使用することができないことが明らかな場合 には、商標法3 条 1 項柱書違反による無効理由を有するとして 104 条の 3 抗 弁は可能であろう) しかし、不使用取消を絶対的かつ遡及的な効果をもって裁判所における反 訴で判断することは、衡平の観点から相対的効力しかない権利濫用の抗弁と は異なり、紛争の一回的解決、当事者の負担減が重視される制度となるので、 このような観点からは、絶対的かつ遡及的効果を有する不使用取消を請求す るための反訴は導入されるべきである。この点、共同体商標においては、不 使用取消に基づく場合にも、無効の場合と同様に、裁判所における共同体商 標取消の反訴請求を認めている。権利濫用の抗弁としての性格を有する不使 用取消の抗弁は認められるべきではないが、紛争の一回的解決及び当事者の 負担減の観点からすれば、不使用取消の反訴が、侵害訴訟内で認められるべ きであろう。 誤認混同使用に基づく取消審判及び代理人による不当登録に基づく取消審 判についても、権利濫用の抗弁に基づく権利取消の抗弁でなく、紛争の一回 的解決及び当事者の負担減の観点より、反訴としてその裁判所での判断を認 められるべきであろう。 3.3 提言 特許庁と裁判所両ルートの二者択一、両ルートにおける絶対的かつ遡及的 無効、裁判所及び特許庁間や同一人間での一事不再理、及び、無効判断の既 判決への不遡及を日本商標制度にも導入すべきである。取消についても同様 である。これらにより、現在日本商標法がかかえる審判制度と訴訟との問題 が解決するものと考える。 4.おわりに 35 拙稿「特許法 104 条の 3 の商標法における意義」別冊パテント 2010 年別冊第 2 号同 旨
特許庁ルート及び裁判所ルートのいずれかのルートで有効無効を判断する 制度という大筋は、日本弁理士会の公式意見としても示されている。36本稿 では商標制度に絞って、共同体商標におけるOHIM と裁判所との関係を概観 することにより、これに倣って日本商標法も改正されるべきと述べた。共同 体商標制度には、日本商標が審判と訴訟との関係として現状抱えている問題 を解決するヒントがあると考えたからである。 しかし、共同体商標のような制度をそっくりそのまま導入することが可能 かどうかについて本稿は言及していない。また、特許庁と裁判所両ルートの 二者択一、両ルートにおける絶対的かつ遡及的無効、裁判所及び特許庁かつ 同一人間での一事不再理、及び、無効判断の既判決への不遡及を日本商標制 度に導入することについての制度上の問題点までは検討できなかった。これ らの点については引き続き検討を要する。 以上 36 山本晃司「特許制度の見直しに対する意見書等の公表について」パテント 2010 Vol.63 No.7, 日本弁理士会「意見書」平成 22 年 2 月 17 日 この意見書においては、被告が裁 判所ルートで有効無効を判断することを選択した際には、原告が特許庁に対して「再評 価」という拘束力ない特許庁見解を求める制度を設けている。裁判所ルートのいずれで あっても、行政庁の判断を参考にするためのものである。なお、前記意見書は特許をタ ーゲットにしていると思われる。