No.1
August 2015
Vol.47
表紙写真
らせん磁性体薄膜中で得られたスキルミオン結晶。
矢印とカラーは面内の磁気モーメントの方向およ び大きさを示す。黒は面直磁気モーメントを表す。
Contents
● ローレンツ電子顕微鏡法を用いた磁気スキルミオンの考察 ...2
● スパイラルイオン軌道を用いた超高分解能MALDI-TOFMSによるポリマーの精密構造解析 ...8
● 超高速Magic Angle Spinning法を用いたタンパク質の固体高分解能NMRの発展 ...15
● 生きたまま濡れたままの試料を高真空下で観察可能にするNanoSuit 法 ...21
● 原子分解能のエネルギー分散型X線分光法の準結晶の構造研究への応用 ...27
● 新型ガスクロマトグラフ/高分解能飛行時間型質量分析計JMS-T200GC AccuTOF GCx ...36
● GRAND ARMにおける超高感度EDS分析システムの開発 ...42
● 分野別にみるEPMA分析手法 〜凹凸試料から微量炭素分析まで〜 ...48
● FIB薄膜試料のイオンスライサ仕上げ法 ...55
● 製品紹介 ...62
100 nm
August 2015 Vol.47 No.1
はじめに
本研究で取り上げたスキルミオン(Skyrmion)は、1960年ご ろ、イギリスの理論研究者Tony Skyrmeが核物理学の分野にお いて提唱したトポロジカル(位相幾何学的)な粒子構造模型である
[1]。その後の1989年、スキルミオンの概念はロシアの物性物理 学者Olexiy Bogdanovにより電子スピン系に導入され、固体中にお けるその存在が理論的に予言されていた[2]。磁気スキルミオンに おいては、Fig. 1(a)に模式的に示すように、外側のスピンと中心 のスピンと上下逆に向き、その間のスピンは徐々に方向を変え、渦の ように回転している[3,4]。渦の回転方向はスキルミオンヘリシティー と呼ばれ、物質の結晶構造(掌性など)に依存する。また、スキ ルミオン中の隣接スピンが相互に傾いて、立体角をなす(Fig. 1(b)
の左図)。この立体角はスピンカイラリティーと定義され、通過した伝 導電子に有効な磁場(創発磁場)を与える(Fig. 1(b)の右図)[5]。
この創発磁場は伝導電子のスピンと強く相互作用し、ローレンツ力を 生じる[5,6]。伝導電子がこのローレンツ力で偏向され、トポロジカ ルホール効果をもたらす。同時に、スキルミオンのホール運動が誘起 される[5]。スキルミオンの運動に伴い、一種の電磁誘導によって 創発電場も生成される[5-7]。また、スキルミオンは整数のトポロジ カル数によって特徴づけられ、一度生成すると準安定な粒子として 振る舞い、物質中の不準物や結晶欠陥などのピン止めを容易に回 避できる[8,9]。さらに、スキルミオンを駆動する臨界電流密度値は 106A/m2 程度で、従来の磁壁を駆動する電流のおよそ10万分の1 である[10]。次々に明らかになった上記のような特性によって、ス キルミオンは物性物理から応用の可能性まで魅力が満ちており、そ の研究が近年になって急速に展開されている。
2009年、非中心対称性のB20型立方晶構造を持つMnSiにおい て、中性子小角散乱実験を基にスキルミオンがつくる結晶格子が発 見された。MnSiはキラル(反転対称をもたない)結晶構造を持つ ため、基底状態の磁気構造がらせん構造である。らせんのヘリシ ティー(スピンのひねり方向)は結晶のキラリティーと1対1の相関を もつ[11,12]。また、らせんの周期は、隣接スピンの強磁性交換作 用係数とジャロシンスキー・守谷相互作用係数の比に比例し、およ そ19 nmである[3]。らせんの伝播ベクトルに対して垂直な磁場を 印加することで、結晶方位に関係なく、六方対称をもつスキルミオン 格子が観察されている。しかし、中性子小角散乱実験では、スキ ルミオン格子は出現する温度範囲が極めて狭く、らせんの磁性転移 温度(TN)直下の僅か数ケルビンの狭い温度領域でしか観察され なかった[3]。一方、モンテカルロ・シミュレーションによって、二次 元的な薄膜試料において、スキルミオン格子が比較的安定に存在し うることが予測された[4]。透過型電子顕微鏡(TEM)のサンプ ルは必然的に薄膜(通常200 nm以下)になるため、透過型電子 顕微鏡による観察が中性子回折法等の他の手法に比べて、スキル ミオンを捉えるのにより有効であると考えられる。また、ローレンツ電 子顕微鏡法(後に詳細を紹介する)[13]と位相計測法(強度輸 送方程式法)[14]を併用することによって、磁化の空間分布をナ ノレベルでマッピングすることも可能である。2010年、我々は、同じ B20型結晶構造をもつらせん磁性体Fe0.5Co0.5Siの薄片(膜厚およそ 20 nm)を作製し、磁場下のローレンツ顕微鏡法でスキルミオン結晶 を電子顕微鏡中に生成し、実空間観察に成功した[4]。本稿では、
磁場下のローレンツ電子顕微鏡法を用いて、磁気スキルミオンを生 成し、更に磁場・電流でスキルミオンを駆動しながらその場観察す る技術を紹介する。
ローレンツ電子顕微鏡法を用いた 磁気スキルミオンの考察
〉〉 〒351-0198 埼玉県和光市広沢2-1 │ E-mail: yu̲[email protected]
于 秀珍
1、十倉 好紀
1,21 理化学研究所 創発物性科学研究センター
2 東京大学 大学院工学系研究科
磁気スキルミオンは渦の形を持つ電子スピンの集合体である。渦の最も外側のスピンと渦の中心のスピンは反平行であり、そ の間のスピンは徐々に方向を変え、渦のように回転している。スキルミオン中のすべてのスピンが並べ替わると球面を一周覆い、
トポロジカル数1を持つ安定な粒子として振る舞う。このトポロジカル性質により、ナノスケールスキルミオンは、情報担体として、
次世代の高密度・低消費電力の磁気メモリ素子への応用が期待されている。しかし、スキルミオンのサイズが非常に小さい(200 nm以下)ため、可視化しにくい。本稿では、ローレンツ電子顕微鏡(LTEM)法を用いて、磁気スキルミオンを生成し、そのダ イナミックスをその場観察する技術を紹介する。
磁場下のローレンツ電子顕微鏡法
Fig. 2(a)に汎用ローレンツ電顕法の模式図を示す。試料の内
部磁化と入射電子線の相互作用により、電子線および試料の面内 磁化と直交する方向にローレンツ力が生じる。このローレンツ力によっ て、電子線が偏向され、不足焦点(アンダーフォーカス)面と過焦 点(オーバーフォーカス)面上に、磁壁に対応する明暗の磁気コン トラトが現れる。このように不足焦点面と過焦点面上に像を形成す る方法はデフォーカス法とも呼ばれる。標準的なローレンツ電顕法は、強磁性体の自発磁化を観察するのが主たる目的である。Fig. 2(b)
-2(d) はそれぞれ、180度磁壁、ストライプ磁壁とらせんストライプ 構造のアンダーフォーカスローレンツ電顕像である。これらの磁区構 造に対応した面内磁化ラインプロファイルがFig. 2(e)-2(g)に示 されている。明暗コントラストは反平行の磁壁を表し、その間のグレー 部分は面内の反平行の磁区(Fig. 2(b))または面直(アップとダ ウン)の磁区(Fig. 2(c))に対応している。一方、Fig. 2(d)
で交互に配列する明暗なストライプ構造は波状(Fig. 2(g))の磁 化分布を表している。磁化分布の周期はおよそ5 nmである。この 結果から分かるように、ローレンツ電顕法は空間分解能が高く
(2 nm以下)、磁区構造を識別するには非常に有効である。しかし、
ローレンツ電顕の専用機では、試料へ印加可能な磁場は100ミリテス ラ以下で、機能が極めて限定的である。一方、スキルミオンを生成 するために、材料によって、数ミリテスラから数百ミリテスラの磁場を
「試料に垂直する方向に」印加する必要がある。従って、従来のロー レンツ電顕の専用機では、らせん型磁性体に垂直な磁場をかけて、
スキルミオンに変化させるのは困難である。それに対して、汎用型 電子顕微鏡では、高い倍率と原子レベル分解能を得るために、レン ズに大量の電流を流す。この大電流によって、試料に強磁場を印加 している。我々はこの点に注目して、汎用型電子顕微鏡(日本電子 製 JEM-2100FとJEM-2800)を用いてスキルミオンの生成を試みた。
しかし、汎用型電子顕微鏡の通常観察モードでは、試料におよそ 2T-3Tの強磁場を印加するため、試料の磁化が一般的に飽和して しまう。よって、スキルミオンはこのような強磁場下では存在できない ことが多い。そこで、レンズ電流を減らして、試料に印加する磁場 を減少させることにした。つまり、レンズ電流をうまく制御して、スキ ルミオンが生成可能な磁場(数十ミリテスラから数百ミリテスラまで)
を作り出した。レンズ電流を減らすことによって、焦点距離、さらにカ メラ長を長くすることもできる。その結果、回折図形の拡大倍率が 大幅に増大し、試料中の自発磁化に対応した電子線の偏向の検出 がより容易になった。即ち、対物レンズ電流を減少させることによって、
スキルミオンを生成させつつ、そのローレンツ観察を可能にした訳で ある。本研究は、装置に備え付けの Free lens control 機能によっ て磁気レンズの電流制御で試料の印加磁場を制御し、スキルミオン の生成条件を見出した。また、このような磁場下ローレンツ電顕法を 用いたその場観察により、スキルミオンを可視化した。
実験
本 稿 で 紹 介 する観 察 用 の 単 結 晶(FeGe) および 多 結 晶
(Fe0.5Co0.5Ge、 Co-Zn-Mn) 試 料を作 製 するために、 気 相 輸 送
Fig. 1
(a)プロッホ型スキルミオンの模式図。カラーと矢印はスピンの分布を示している。(b)スキルミオン中の隣接するスピンが作る立体角(左図)と相互に傾いたスピンのループで創発 磁場(仮想的磁束)が発生する模式図(右図)。(c)トポロジカルホール効果とスキルミオンホール運動の模式図。スピン偏極電子(電流)はスキルミオンを通過するとき、電子がスキル ミオンに付随している創発磁場によるローレンツ力を受け、ホール効果が生じる。ローレンツ力の反作用を受け、スキルミオン自身がホール運動をする。
%ORFKW\SHVN\UPLRQ
(PHUJHQWILOHG
%
HII(OHFWURQ
VSLQ 6ROLGDQJOH
D E
F
HOHFWURQ
VN\UPLRQ
法[10]、高圧合成法[15]およびブリッジマン法[16]を用いた。
電顕観察用薄片試料は、機械研磨法とイオン研磨法(Gatan Inc.
製 PIPS 、model 691)で加工し、厚さを200 nm以下にした。また、
電流印加するためのマイクロデバイスを作製するために、集束イオン ビーム加工装置(日立製 FB2100)を使用した。加工後の試料は 液体ヘリウムで冷却可能な電子顕微鏡用ホルダー(Gatan Inc.製 ULTST)、または通電観察用ホルダー(Gatan Inc.製 HCHST)
に取り付けた。観察用電子顕微鏡として、電界放出型電子顕微鏡(日 本電子製 JEM-2800またはJEM-2100F)を用いた。電顕観察の際、
Free lens control 機能で対物レンズ電流をゼロから徐々に増加 させ、試料面に垂直な磁場を印加しながら磁区構造の観察を行っ た。電顕試料周辺の磁場測定は、ホールプローブを装備したホルダー を利用して行った。スキルミオンの磁化分布を求めるため、位相計 測法(強度輸送方程式法)(計算はQPt(HREM Research Inc.製)
ソフトウェアを使用)[14]を用いて、正焦点から外した2枚(アンダー フォーカスとオーバーフォーカス)のローレンツ電顕像の位相変化を 抽出し、磁化の空間分布をマッピングした。
スキルミオンヘリシティーの測定
前述したように、スキルミオン中の渦巻の方向をスキルミオンヘリシ ティーと呼ぶ。空間反転対称性の破れたB20型結晶構造をもつキラ ル結晶において、スピン−軌道相互作用(ジャロシンスキー・守谷相 互作用[17])により、基底状態はヘリカル磁気構造であることが確 認された[18]。磁場下で誘起されたスキルミオンのへリシティーはジャ
ロシンスキー・守谷相互作用の符号を反映して、キラル結晶のキラリ ティーにより決められている[11,12]。つまり、反時計まわり(時計ま わり)のスキルミオンヘリシティーが結晶格子の左手(右手)キラリ ティーと対応する場合と、その対応関係が逆になる二つパターンが ある。この関係はFig. 3(a)- 3(b)に示されている。また、Fig. 3(c)
の模式図で示すように、反時計まわりのスキルミオンは入射した電子 線がオーバーフォーカス像面上に集光し明るい斑点として、時計まわ りのスキルミオンは電子線が発散し暗い斑点として観察できる。
Fig. 3(d)はそれぞれ左手系と右手系のキラリティーを有する Co-Zn-MnおよびFe0.5Co0.5Ge中に観察された単一スキルミオンのオー バーフォーカスローレンツ電顕像である。Fig. 3(c)に模式的に示 すような明るい斑点または暗い斑点が実空間像として観察された。さ らに、正焦点から外した二枚のデフォーカス(アンダーフォーカスとオー バーフォーカス)ローレンツ電顕像の位相変化を抽出し、磁気モー メントの空間分布をマッピングした結果をFig. 3(e)に示す。カラー と白い矢印は面内磁化の大きさと方向を表している。黒い領域では 磁化は面内成分が極めて弱く、面直磁化になっている。これらのス キルミオンはFig. 3(b)で模式的に示すような構造を有し、そのヘ リシティーがそれぞれ反時計まわりと時計まわりであることが明らかに なった。
弱磁場印加によるスキルミオン結晶の生成
これまで磁場下のローレンツ電顕法と電子線位相計測法[14]を 併用して、単一スキルミオンの実空間観察およびスキルミオンヘリシ
Fig. 2
(a)ローレンツ電顕法を示す模式図。入射電子線が強磁性体を透過する際、電子が磁性体の磁化によるローレンツ力を受けて偏向される。電子顕微鏡の焦点を試料に合わせると偏向 の効果は現れないが、焦点を外した観察面(デフォーカス面)では、偏向による電子密度の疎密が生じる。(b)180°磁壁の部分に明暗線状コントラストが現れ、(e)に示されている面内 磁化分布から、これらの磁壁はブロッホ磁壁であると分かる。(c)と(f)はブロッホ磁壁と反平行交互に並べた面直磁区(ストライプ磁区とも呼ぶ)のローレンツ像(c)およびその面内磁 化分布(f)。(d)と(e)はらせん磁気構造のローレンツ像(d)とその面内磁化分布(e)。
(OHFWURQEHDP
'HIRFXVHGLPDJH
[
\
[
0
\QP
0Q37 . QP
GRPDLQV 6WULSHGRPDLQV +HOLFDOVWULSHV
%DIHUULWH57 /D
[6U
[0Q 2 .
[
0
\[
0
\QP QP
D E F G
H I J
Fig. 3
(a)右手(左図)と左手(右図)キラリティーを持つ結晶構造の模式図。Mは遷移金属を表わす。(b)スキルミオンヘリシティーの異なるスキルミオン中の磁気モーメント配列の模式図 である。(c)ローレンツ電顕で、(b)に示されたスキルミオンを観察する際、オーバーフォーカス像面上において、電子線の偏光により生じる集束像(反時計まわりヘリシティーを持つ スキルミオン)と発散像(時計まわりヘリシティーを持つスキルミオン)を示す模式図。Bは印加磁場である。(d)反時計まわり(左図)または時計まわり(右図)ヘリシティーを持つスキ ルミオンのオーバーフォーカスローレンツ電顕図。(e)位相計測法(強度輸送方程式)から得られた反時計まわり(左図)または時計まわり(右図)ヘリシティーを持つスキルミオンの面 内方向の磁気モーメント分布。矢印とカラーは磁気モーメントの方向および大きさを示す。黒は面直磁気モーメントを表す。
ティーを測定する方法を紹介した。スピントロニックス分野において は、単一スキルミオンは情報ビットとして、大変興味深い。次に、高 密度なスキルミオン結晶がもたらす巨大トポロジカルホール効果[5]
を得るため、我々は物質中にスキルミオン結晶を生成することに挑 んだ。着目した物質は、磁気秩序温度が高く(〜 280 K)、B20型 らせん構造を有する磁性体FeGeである。FeGeの260 Kのローレン ツ電顕像の解析結果をFig. 4(a)と4(b)に示す。無磁場条件 での磁化分布はらせん型のスピン配列で (Fig. 4(a))、らせんスピ ンの繰り返し周期とらせんベクトルの伝播方向は、それぞれ70 nm と<110>である。試料に100ミリテスラの垂直磁場を印加すると、反 時計まわりのヘリシティーをもつスキルミオン三角格子が形成され た。様々な温度、磁場において観察したローレンツ電子顕微鏡像を もとに、厚さが異なる二つのFeGe薄片における磁気構造の相図を それぞれFig. 4(c)と4(d)に描いた。これは、温度−磁場面上 に、ヘリカル磁気構造、複数のらせん伝播ベクトルを有した磁気構造、
スキルミオン結晶または強磁性単ドメインの相境界をスキルミオン密度 の等高線図として表したものである。二つの相図は大きく異なってい ることが分かる。 まず、スキルミオン結晶へ転移するときの磁場の大 きさが異なっている。強磁性転移磁場がより薄いサンプルにおいてよ り強くなっている。これは、薄いサンプル形状によって反磁場が強く なり、強磁性状態を誘起するために大きな印加磁場が必要となるた
めである。 そして、スキルミオン結晶相の温度領域が異なっている。
サンプルの厚さがスキルミオンの直径と同じぐらい厚くなると、スキルミ オン相がらせん転移温度の直下付近の狭い窓領域でしか存在しな い。それに対して、サンプルの厚さがスキルミオンの直径より小さくな ると、スキルミオン結晶相は温度−磁場面上で広がって、より安定な 存在になる。
電流によるスキルミオン結晶の駆動
電流でスキルミオンを駆動するため、集束イオンビーム加工装置で らせん磁性体であるFeGe単結晶を加工して、マイクロデバイスを作 製した[10]。マイクロデバイスは、ローレンツ電子顕微鏡観察を行 うためのFeGe薄片、薄片を支持する厚いFeGeブロックと電極部分 で構成されている。ローレンツ電子顕微鏡の中で、デバイスの薄い 領域(厚さがおよそ100 nm)に100ミリテスラの垂直磁場を印加す ることで、格子間隔がおよそ70 nm、六回対称を持つスキルミオン 結晶(Fig. 5(a))を形成した。Fig. 5(b)-5(f)は、磁気転移 点直下の273 Kでデバイスに電流を印加した時に得られたローレンツ 電顕像である。電流(方向は像の下部から上部)は、ジュール熱 による磁気転移が起きない程度の値まで徐々に上昇させた。ローレ ンツ像より、以下のことが明らかになった。(1)電流密度が4.2 A/
QP QP
H D
E
G
F
% %
2YHUIRFXVHGLPDJHSODQH (OHFWURQEHDP (OHFWURQEHDP
FDVH, FDVH,,
0 *H6L
cm2程度以上になると、スキルミオン結晶は動き出す。(2)電流密 度の増加に伴って、スキルミオン結晶は印加電流方向から傾いた方 向に沿って並進し、電流密度が4.9 A/cm2以上になるとほとんどのス キルミオンが観察視野から消失する(Fig. 5(f))。以上の結果から、
スキルミオンを駆動するのに必要な臨界電流密度は4.2 A/cm2程度 で、従来の磁壁駆動に必要な閾値電流密度に比べ5桁以上小さい と分かった[10]。これは次世代の省エネルギー磁気メモリ素子の
開発に向けて重要な特長とも言える。
終わりに
我々は、ローレンツ電顕法を活用することによって、B20型結晶構 造を持つらせん磁性体の薄片に対して、電子顕微鏡内で対物レン ズ電流を巧みに制御して、単一渦状スキルミオンおよびスキルミオン 格子を生成し、さらにこれらをローレンツ電子顕微鏡像として実空間 観察(可視化)することに世界に先駆けて成功した。また、マイク
ロデバイスを作製し、電流でスキルミオン結晶を駆動しながら、その 場観察によってスキルミオンの動的特性を実空間観察で把握できた。
薄膜試料を前提とする透過型ローレンツ電顕法は、スキルミオンの ようなトポロジカルスピンテクスチャーの解析に極めて有効であり、今 後も大きく貢献するものと期待している。
謝辞
本研究は、理化学研究所、東京大学、物質・材料研究機構
(NIMS)の共同研究である。本稿で紹介した研究成果に関わっ た共同研究者(敬称略)は、永長直人(理研)、金澤直也(東大)、 柴田基洋(東大)、森川大輔(理研)、徳永祐介(東大)、田口 康二郎(理研)、小野瀬佳文(東大)、塩見雄樹(東北大)、石 渡晋太郎(東大)、木本浩司(NIMS)、張偉珠(NIMS)、長井 拓郎(NIMS)、原徹(NIMS)、松井良夫(NIMS)を含む。さ らに有馬孝尚(東大)、川﨑雅司(東大)、石塚和夫(HREM
Fig. 4
(a)-(b)強度輸送方程式法を用いて、得られたらせん磁気構造(a)とスキルミオン結晶(b)。(c)-(d)磁場または温度を変化させ、厚さ15nm(c)と75nm(d)のFeGe薄片において、
ローレンツ電顕観察で得られた磁気相図。この相図はスキルミオン密度によってヘリカル磁気構造(H)、複数のらせん伝播ベクトル混合状態(Hm)、スキルミオン結晶(SkX)および 強磁性的な単磁区(FM)の相境界をスキルミオン密度の等高線図で表したものである。
D
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QP
QP
F
G
%
% P7
Research Inc.)、浅香透(名工大)の各氏からは有益な助言を頂 いた。また、理研・創発センターの石田万里、喜々津各氏からは実 験のサポートを頂いた。
本研究の遂行にあたり、JEM-2800の設置に携わった日本電子
(株)の技術者、特に遠藤徳明、矢田幹雄、中村克紀、安達隆 博の諸氏に心から感謝を表したい。
参考文献
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Nuclear Physics
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Fig. 5
電流が連続的にスキルミオン結晶中を通過する際のローレンツ電顕像の変化。矢印はそれぞれ電流の印加方向(長い矢印)とスキルミオンの動く方向(短い矢印)を示す。
&XUUHQWGLUHFWLRQ
PRYLQJGLUHFWLRQ D
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I -
$FP
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$FP
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はじめに
ポリマーの特性には分子構造が大きく影響しており、ポリマーの詳 細な化学構造解析は、優れたポリマー材料を開発するうえで極め て重要である。ポリマーの分子構造特性の解析項目は多岐にわたり、
NMRやIRなどの分光学的手法、熱分解ガスクロマトグラフィー(Py- GC)、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)、サイズ排除クロマトグラ フィー(SEC)などのクロマトグラフィーと並んで、質量分析法が利 用されている。なかでも、マトリックス支援レーザー脱離イオン化飛 行時間型質量分析法(MALDI-TOFMS)は、ポリマー分子をほ とんど分解することなくイオン化し、その質量情報を得ることができる ため、ポリマー鎖の繰り返し単位や末端基の構造、平均分子量及 び分子量分布、共重合体の組成解析などに活用されている。しかし、
共重合体や様々なポリマーや添加剤が混合された製品をMALDI- TOFMSで測定した場合、わずかに精密質量が異なる成分を分離 して観測することが困難になる。そこで、スパイラルイオン光学系を 備えた超高分解能TOFMS(spiral-TOFMS)を用いれば、これ らのピークを明確に分離して解析することが可能になる。本稿では、
MALDI spiral-TOFMSを用いたポリマーの微細化学構造解析の 例を紹介する。
飛行時間型質量分析装置と分解能
MALDIと組み合わせる質量分析部には、レーザー光のパルス照 射によって間欠的に生じるイオンの質量分析に適したTOFMSが用 いられる。MALDI-TOFMS装置は、紫外レーザー、イオン源、フ ライトチューブ、検出器などから構成されている。レーザー光のパル ス照射によって生じたイオンは、試料プレートと引き出し電極の間に 加えられた電位差によって加速され、フライトチューブへと引き出され る。イオンはフライトチューブ内を等速飛行した後に、検出器に衝突 し、検出される。ここで、イオンが長さ
L
(m)のフライトチューブを速度
v
(m/s)で飛行した時、検出器に到達するまでの時間t
(s)は、次式のようになる。
t = L/v ...
(1)一方、
z
価のイオンが加速電圧V
0(V)により飛行する荷電粒子 に対するエネルギー保存の法則により、式(2)が得られる。1 – ezV
0=
2 muv
2...
(2)すなわち、
v = 2ezV
0/ mu ...
(3)ただし、
m
はイオンの質量(Da)、e
は電気素量(1.60×10-19 C)、u
は原子質量単位 (1.66×10-27 kg)である。式(3)を式(1)へ代入して、
u m — – t = L
2eV
0×
z ...
(4)すなわち、イオンの飛行時間(
t
)は質量電荷比(m/z
)の平方 根に比例する。ここで、分解能を向上させるには、飛行時間t
を長 くすればよい。式(4)において、可変パラメータは飛行長L
と加速 電圧V
0である。しかし、加速電圧を低下させると初期速度の差異 の影響が大きくなり、かつイオンの引き出し効率が低下するため、現 実的には飛行長L
を伸ばすしか方法はない。しかし、フライトチュー ブを直線状に延長しただけでは装置が大型化するうえ、イオン軌道 の拡散による損失が大きくなるため現実的ではない。そこで、コンパ クトな円筒電場内でイオンをらせん状に周回させることにより、約17m もの飛行長を達成するTOFMS装置(SpiralTOF )が日本電子(株)により開発され[1,2]、JMS-S3000として上市された。Fig. 1に、こ のスパイラルイオン光学系の構成を示す。この装置では、1周2.1m の軌道を8周回し、各周回ごとにイオンビームが収束するため、長い 飛行距離の際に問題となるイオン軌道の拡散による感度低下が抑制 されている。その結果、質量が数千の試料に対して、ピーク半値 幅で分解能6万以上が得られ、小数点以下3桁(ミリマス)レベル での精密な質量分析を容易に行うことができるようになった。
MALDI-TOFMSを用いた
ポリマーのキャラクタリゼーション
ポリマーのMALDIマススペクトル上には、一定間隔で現れるピー
スパイラルイオン軌道を用いた 超高分解能MALDI-TOFMS によるポリマーの精密構造解析
〉〉 〒305-8569 つくば市小野川16-1 │ E-mail: [email protected]
佐藤 浩昭
産業技術総合研究所 環境管理研究部門冪苴 冪苴
ク系列が観測される。MALDIマススペクトル上で観測されるピーク の
m/z
値は、次式で求められる。m/z = M
monomer× n + M
end+M
cation...
(5)ここで、
M
monomerは繰り返し単位の質量、n
は重合度、M
endは末端基の質量、
M
cationは付加したカチオン(Na+など)の質量である。これらのうち、
M
monomerは周期的なピークの間隔から求めることができ、
M
cationは用いたカチオン化剤の種類から推測することができる。そして、一般には
M
end <M
monomerとなるように整数n
を代入して末端 基の質量を推測する。構造が単純なホモポリマーであれば、MALDI-TOFMSで比較 的容易に構造を推測することができる。しかしながら、工業的に利 用されているポリマーの多くは、複数のモノマー単位からなる共重合 ポリマーや、複数のポリマーのブレンドであるうえ、難燃剤、酸化防 止剤、安定剤、界面活性剤、顔料など、様々な添加剤が加えられ ている。このような試料をMALDI-TOFMSで測定すると、非常に 多くのピークが観測され、また複数のピークが重複する可能性が高く なり、正確な質量を求めて構造解析を行うことが困難になる。
整数質量(質量数という)が同じであるが同位体組成の違いによっ て精密質量が異なるものを同重体という。複雑な構造をもつポリマー 試料の同重体のピークを分離して観測するためには、高分解能質 量分析が必要になり、超高分解能のフーリエ変換イオンサイクロトロ ン共鳴質量分析装置(FT-ICRMS)が有力な手段であると考えら れる。しかし、FT-ICRMSはきわめて高価な装置であり、高度な測 定技術が要求されるうえ、実はMALDIイオン源との組み合わせが あまり得意ではない。FT-ICRMSは、イオンをトラップしてサイクロトロ ン運動させるためにミリ秒〜数十秒の時間が必要であるが、多くの
場合MALDIで生じたポリマーのイオンの寿命はそれ以下であること が多いため、特異的に安定なポリマーのイオンしか質量分析を行うこ とができない。しかも、マトリックス剤もイオン寿命に大きく影響するた め、用いることができるマトリックス剤が限定される。また、ICRセル の中にトラップできるイオンの数に制限があるため、1成分当たりの相 対存在量が少ない共重合体を質量分析すると感度が不足する。そ のため、MALDI FT-ICRMSを用いた共重合体の測定事例はそれ ほど多くはない。このような試料の解析には、TOFMSの長所を有し ながら超高分解能を達成できるMALDI spiral-TOFMSが有効であ る。ここでは、MALDI spiral-TOFMSを用いた複雑な構造をもつ ポリマーの構造解析を行った事例を紹介する。
MALDI spiral-TOFMSを用いた 共重合ポリマーの構造解析
共重合ポリマーとは、2種類以上のモノマーから構成されるポリ マーである。ポリマー材料の特性や機能を改質するために、工業 材料では共重合ポリマーが多く用いられている。共重合ポリマーを 設計・改良するためには、共重合組成、連鎖長、末端基、分子 量分布などの化学構造特性を把握する必要がある。ここでは、ラジ カル重合により合成したメタクリレート系共重合体の構造解析を行っ た例を紹介する[3]。
ここで用いた試料は、メタクリル酸メチル(MMA)とメタクリル酸
tert
-ブチル(tBMA)のランダム共重合体[p(MMA-co
-tBMA)]である。このポリマーは、あえて多様な末端基が生じるように、重 合溶媒には連鎖移動剤の役割を持つ乳酸エチル(EL)を用い、2、
2-アゾビス(2、4-ジメチルバレロニトリル)(AVN)を開始剤としたラ
Fig.1
Ion gate DET1
TES1
TES3
TES2 orbit plane Y direction
From ion source TES4
スパイラルイオン軌道の模式図。(日本電子より提供)
ジカル重合で合成したモデル化合物である。この条件下では、開始 末端はAVN残基かEL残基のいずれかになる。重合反応は、飽和 及び不飽和末端を生じる不均化反応か、成長ラジカル鎖どうしの再 結合により停止する。そのため、Fig. 2(a)に示す7種類の末端 基の組み合わせが存在し得るうえ、それぞれに共重合組成が異な る成分が存在することになる。
Fig. 2(b)は、仕 込み比MMA/tBMA = 45/55(mol/mol)
のp(MMA-
co
-tBMA)をMALDI spiral-TOFMSで観測した高分 解能マススペクトルである。共重合組成と末端基に様々な組み合わせがあり、かつ同位体も存在するため、このマススペクトルでは極 めて多くのピークが観測されている。しかし、spiral-TOFMSを用 いることによって
m/z
3000まで分解能約6万が達成され、同重体イ オンをピーク分離することができ、観測された精密質量から、各ピー ク成分の共重合組成および末端基を帰属することができた。例えば、m/z
1218付近の拡大図に示すm/z
1218.714のピークは、AVN開 始末端と不均化停止による飽和末端をもつtype IIの末端基の組み 合わせで、共重合組成がMMA 8単位tBMA 2単位からなる成分[II(M8B2)と表記]であり、
m/z
1218.748のピークはEL溶媒開始末Fig. 2
(a)poly(MMA-co -tBMA)の化学構造の候補、(b)
MMA/tBMA = 45/55(mol/mol)のpoly(MMA- co -tBMA)試料の高分解能マススペクトル。ピークの 帰属において、ローマ数字は(a)で示した化学構造の タイプであり、(MmBn)はMMAおよびtBMA単位の数 を示す。(参考文献[3]からの引用)
P]
,0% ,,0% ,,,0% ,90% 90% 9,0%
,0% ,,0% ,0% ,,0% ,0% ,,0%
,,,0% ,90% ,,,0% ,90%9,0%
90%
P]
,,,0%
,VRWRSHRI,0%
&
&+
&1
&+&+
&+
&+
&+ &+
&+
&+
&
&+
&1
00$W%0$Q
AVN 開始鎖どうしの再結合
&
&+
&
2 2
&+
&+ &+ 2+
&+
&+
&
&+
&1
00$W%0$Q
2
+ &
&+
&
2 2
&+
00$W%0$Q &
&+
&
2 2
&+
2+
AVN 開始
&+ &+
&+
&+
&
&+
&1
00$W%0$Q +
7\SH,, 再結合停止
飽和末端
&+&
&+
&
2 2
&+
&+&
&+
&
2 2
&
&+
&+
&+
RU
&+ &+
&+
&+
&
&+
&1
00$W%0$Q
再結合停止 不飽和末端 7\SH, AVN 開始
2
+ &
&+
&
2 2
&+
00$W%0$Q +
7\SH,9 溶媒開始 不均化停止
飽和末端
&+&
&+
&
2 2
&+
&+&
&+
&
2 2
&
&+
&+
&+
RU 00$W%0$Q
2
+ &
&+
&
2 2
&+
7\SH,,, 溶媒開始 不均化停止
不飽和末端
7\SH9
7\SH9, AVN 開始鎖と溶媒開始鎖の再結合
7\SH9,, 溶媒開始鎖どうしの再結合
D
E
端と不飽和末端をもつtype IIIの末端基の組み合わせで、共重合 組成がMMA 4単位tBMA 4単位からなる成分[II(M4B4)]である。
なお、隣接する
m/z
1218.646のピークは、I(M8B2)の同位体ピー クである。Fig. 3は、異なる共重合組成をもつ試料のマススペクトルにつ
いて、m/z
1226-1232を拡 大して比 較したものである。MMA/TBMA=12/88 (mol/mol)で仕込んだ試料[(12/88)と表記]では、
m/z
1226.832とm/z
1228.844に不均化停止で生じたI(M1B7)およ びII(M1B7)が観測されている。しかし、MMAの組成が増えるに つれて、これらの相対ピーク強度は減少し、III(M7B1)が増加する ことがわかる。これらの成分の同位体ピークは約0.08 Daしか差がな いため、超高分解能装置を用いないと、共重合組成の変化に伴う ピーク成分の変化を解析することができない。例えば、Fig. 3(e)は、Fig. 3(b)と同じ試料について通常のリフレクトロン型TOFMSで得 られたマススペクトルであるが、この試料に共存しているI(M1B7)、II
(M1B7)、およびIII(M7B2)を識別することは不可能である。この ように、MALDI spiral-TOFMSを用いることによって、同重体イオ ンのピークを分離・識別して正確なピークの帰属を行うことができる。
そして、各成分の帰属結果と相対ピーク強度から、共重合組成分 布や末端基の組成分布を推測することが可能となる(詳細は参考 文献[3]を参照のこと)。これらの解析結果は他の手法で得ること は困難であり、MALDI spiral-TOFMSは共重合ポリマーの化学構 造および組成解析に強力な手法である。
Kendrick mass defectプロット解析による 組成分布分析
MALDI spiral-TOFMSを用いれば、複雑な組成をもつポリマー
試料のキャラクタリゼーションを行うことは可能であるが、膨大な数で 観測されたすべてのピーク1本1本を解析する必要があり、このまま ではルーチン分析には適さない。このような試料の解析に対して、マ ススペクトルデータを一括処理して必要な化学構造情報を抽出する データ解析法である、Kendrick mass defect(KMD)プロット解 析と呼ばれるデータ処理法が有効である。
KMDプロット解析とは、元素組成の違いによって生じる整数質量 からの精密質量のずれ(mass defect)を用いて有機化合物の構 造解析を行うために考案されたもので、 1963年にKendrick[4]に よって報告された。登場した当初は、磁場型の高分解能質量分析 計を用いて炭化水素類の識別に用いられていた。その後、超高 分解能のFT-ICRMSの登場により、主として石油化学分野や地球 科学における脂質類の分析などに用いられてきた。しかし、上述 のようにMALDI-FT-ICRMSはポリマー分析が不得手であるため に、KMDプロット解析は新しい技術ではないにもかかわらず、ポリ マー分析の分野では用いられてこなかった。一方、MALDI spiral- TOFMSは数ppm以内の誤差で正確に精密質量を決定することが でき、ポリマー試料の測定も得意であるため、KMDプロット解析をポ リマー試料の構造解析に適用することが可能となった。
KMDプロット解析は、繰り返し単位の数のみが異なる同族体のシ リーズを、精密質量の違いによって他のシリーズと識別する方法であ る。有機化合物に含まれる様々な元素の質量数と精密質量の差に ついて考えてみる。水素は、質量数1であり、精密質量は1.007825 であるので、0.007825だけ質量過大である。一方、酸素は質量数 16で、精密質量は15.994915であるので、0.005085だけ質量過小で ある。有機化合物を構成する代表的な元素の中で、水素および窒 素は質量過大であり、酸素、硫黄、リンは質量過小である。大半 の元素のIUPAC質量と整数質量のずれは水素が最大であるため、
Fig. 3
共重合組成が異なるpoly(MMA-co -tBMA)の拡大 マススペクトルの比較。カッコ内の数字は、(MMA/
tBMA)の仕込み(mol%)を示す。最下段のマススペ クトルは、汎用リフレクター型TOFMSで得られたマ ススペクトル。
P]
,,0%
,0% ,,,0%
汎用リフレクター型TOFMSで観測したマススペクトル
Fig. 4
KMDプロットの作成手順。試料 は、市販の洗剤であり、ポリオキシ エチレンラウリルエーテル(C12- PEO)と直鎖アルキルベンゼンス ルホン酸ナトリウム(LAS)の混合 物である。
,83$&質量:
& 定義値EO単位をもつポリマー鎖は水平方向 に分布する
異なる繰り返し単位をもつ成分は、
斜め方向に分布する
.HQGULFN質量:
&+2
整数.HQGULFN質量:
.0'値:
× = .飽和炭化水素に相当するCH2が最大の質量過大を示すことになる。
このように、元素組成の違いによって、質量の小数部が異なること がわかる。さて、質量分析で通常用いる質量は、IUPAC(国際純 正・応用化学連合)により12Cを正確に12と定義された質量との相 対値である。これに対して、注目したい繰り返し単位の質量が整数 になるように質量スケールを定義したものがKendrick質量(
M
K)で ある。すなわち、M
KはIUPAC質量(M
IUPAC)を式(6)により変 換して求める。基準単位の整数質量
M
k= M
IUPAC× — ...
(6)基準単位のIUPAC質量
もともとは脂肪族有機化合物の構造解析を行うために、CH2を基 準とするKendrick質量スケールが用いられてきた。すなわち、基 準単位(CH2)の精密質量は14.01565であるが、Kendrick質量で はこれを14(整数)と定義する。もし有機化合物中にCH2以外の 化学構造(他の元素や不飽和結合)が存在すると、その成分の Kendrick質量は、飽和炭化水素のKendrick質量からずれることに なる(Kendrick mass defect: KMDという)。そこで、x軸に整数 Kendrick質量を、y軸にKMD値をプロットすると、鎖長が異なる飽 和炭化水素類は14間隔でx軸方向に水平分布し、不飽和結合や他 の官能基を有する成分はその水平プロットからy軸方向にずれた位 置にプロットされるため、構造異性体の存在を容易に識別することが できる。KMDプロットを用いれば、含酸素化合物や不飽和炭化水 素成分などの存在を容易に検出できるため、従来は、主に石油化 学分野で原油試料の分析などに用いられてきた。
ここで、Kendrick質量の定義を、ポリマーの繰り返し単位に設 定すれば、主鎖以外の化学構造(末端基などの残基)が同一 のポリマー系列は、KMDプロットにおいて水平方向に分布するた め、末端基などの残基が異なる成分を容易に識別することができ
る。ポリマーのKMDプロットを作成する手順について、簡単な例を 用いて具体的に説明する(Fig. 4)。この例で用いる試料は、市販 の洗剤であり、ポリオキシエチレンラウリルエーテル(C12-PEO)と 直鎖アルキルベンゼンスルホン酸ナトリウム(LAS)の混合物である。
MALDI spiral-TOFMSを用いて得られた洗剤試料のマススペクト ルでは、C12-PEOのエチレングリコール鎖の分布を反映して、
m/z
900以上まで[M+Na]+イオンが観測されている。また、m/z
400付 近には、アルキル鎖の鎖長(C11-C13)が異なるLASのピークが観測 されている。観測された各ピークの精密m/z
値を、式(6)に従っ てKendrick質量(M
K)に変換する。ここでは、エチレンオキシド(EO)単位を基準単位にセットする(すなわち、C2H4O = 44.0261 Daを44とする)。例えば、
m/z
429.3181は、EO単位を基準とする Kendrick質量では429.0634となる。このM
K値は、整数部429(す なわち整数M
K)と小数部(すなわちKMD値)0.0634に分けるこ とができる。それぞれのピークについて、同様に整数MKとKMDを 求め、二次元プロットしてKMDプロットを作成する。ここでは、EO 単位の数が異なるC12-PEO鎖は、水平方向に44間隔でプロットされ、飽和炭化水素鎖の鎖長が異なるLAS成分は、斜め方向にプロットさ れることによって、これらを明確に識別することができる。
次に、市販の洗濯洗剤の成分分析に応用した例を紹介する。こ の試料は、同一の企業から市販されている洗濯洗剤であり、グレー ドが異なるものである。Fig. 5に、各試料のマススペクトルとKMDプ ロットを比較して示す。なお、マススペクトル上で約44 Da間隔でピー ク系列が観測されていたことと、洗剤であるためEO系界面活性剤 が主成分であると予想できることから、ここで はEO単位を基準とす るKendrick質量を設定した。グレードが異なる2種類の洗濯洗剤試 料について得られたKMDプロットを比較すると、大まかにはパターン が一致していた。大まかに3つの水平方向に分布する系列が観測さ
Fig. 5
2種類のグレードが異なる洗濯洗剤のKMDプ ロット及びマススペクトルの比較。ドットの大き さ及び色は、ピーク強度を反映している。y軸の KMD値は、製品の特定を避けるため非表示と した。
QRPLQDO.HQGULFNPDVV
QRPLQDO.HQGULFNPDVV
D洗剤$
E洗剤%
れており、少なくとも3種類のEO系界面活性剤がブレンドされている ことを示唆している。2つのプロットを比較すると、激しい汚れ用の洗 剤Bのほうが、通常用のグレードAよりもEO鎖長が長く、洗浄力を向 上させるために何らかの配合の工夫がなされているものと推測するこ とができる。
整数
M
KとKMD値の組み合わせは化合物に特有であるため、も し様々な化合物に対するM
K-KMD値をデータベース化してプロット 上に重ね書きすれば、プロット上に現れた成分を視覚的に同定する ことができる。また、ポリマー製品に配合されている化合物の組成 分布が二次元的に表現されるため、プロットのパターンから、配合 設計に関する情報を推測することも可能になる。ここまでの解析で は各ピーク成分の解析は全く行っておらず、ソフトウェアを用いて観 測されたm/z
値を包括的にデータ処理しただけである。ピークの帰 属に関する質量分析の専門知識がなくても解析を行うことができるた め、製品の品質管理や異同分析などのルーチン分析にも適している と考えられる。KMDプロット解析を用いた
共重合ポリマーの組成分布の可視化
KMDプロットを用いて、共重合体の組成分布を表現することも可 能である[5]。Fig. 6に、MALDI spiral-TOFMSを用いて観測さ れた非イオン系界面活性剤として様々な用途で利用されているエチ レンオキサイド(EO)とプロピレンオキサイド(PO)からなるブロック
共重合体[P(EO-
b
-PO)]試料のマススペクトルを示す。ここでは、m/z
1900付近を極大とし、概ねm/z
800-3000に渡るピーク分布が 観測された。EOとPOの共重合体では、EOxPOyとEOx+4POy-3の 質量差に相当する約2Da間隔で強弱が入れ替わるピーク群と、その 同位体ピークからマススペクトルが構成される。さらに、EOx+4POy-3 のモノアイソトープピークには、EOxPOyの同位体ピーク(13C2)が 約0.027Daの違いで隣接する。Spiral-TOFMSを用いることによっ て分解能約5万〜 6万で、これらのピークトップを分離することができ た。観測された全てのピークのm/z
値を、PO単位を基準(C3H6O、58.0419 Da→58)とするKendrick質量に変換し、KMDプロットを 作成した(Fig. 7)。
このプロットでは、EO単位の数が同じ共重合体成分は水平方向 に分布し、PO単位が増加するにすれてx軸の整数Kendrick質量 が58ずつ増加することになる。一方、EO単位が増加するにしたがっ て、0.0055だけKMD値が増加する。Fig. 7では、EO/PO組成分 布の補助線を重ねて描いた。この分布を解析することによって、本 試料ではEO単位0から35付近まで、PO単位が13から23付近まで分 布していることが、プロットから視覚的に読み取ることができる。また、
EO = 0の線上にプロットが観測されていることから、この試料中に はポリプロピレンオキシドのホモポリマーが存在することが示唆された。
以上の結果から、この試料はPPOをコアとして両末端からEO鎖を 延長させて合成したPEO-PPO-PEO三元ブロック共重合体であると 推測することができる。
以上のように、MALDI spiral-TOFMSを用いて、ポリマー試料の KMDプロット解析を行うことが可能になった。この方法は、観測され た個々のピークの解析やピークピッキングを行わずに組成分布を解析で
Fig. 6
P(EO-b-PO)試料のマススペクトル。下図はマススペクトルの全体図であり、中段 はm/z 1303-1313 の拡大図、上段はm/z 1307.7-1308.2の拡大図。参考 文献[5]からの引用(オープンアクセス)。
ϲϬϬ ϭϭϬϬ ϭϲϬϬ ϮϭϬϬ ϮϲϬϬ ϯϭϬϬ ϯϲϬϬ
ϭϯϬϯϭϯϬϰϭϯϬϱϭϯϬϲϭϯϬϳϭϯϬϴϭϯϬϵϭϯϭϬϭϯϭϭϭϯϭϮϭϯϭϯ ϭϯϬϳ͘ϳϭϯϬϳ͘ϴϭϯϬϳ͘ϵϭϯϬϴ͘ϬϭϯϬϴ͘ϭϭϯϬϴ͘Ϯ
5HV
(232
(232
(232
(232 (232
&SHDNRI(232
P]
P]
P]
Fig. 7
P(EO-b -PO)のKMDプロット。点線は、同じ組成をもつEOおよびPOの分布の 計算値。各ドットの大きさは、ピーク強度を反映している。参考文献[5]からの引用
(オープンアクセス)。
.0'
1.0 (2
(2 (2 (2
32 32 32
32
きるため、高分解能質量分析を用いて膨大な数のピークが観測され る共重合体などの複雑な試料の構造解析に有効であると考えられる。
おわりに
MALDI-TOFMSは、ポリマーのキャラクタリゼーションの有力な ツールとしての地位を築きつつあるように思われる。しかし、複雑な 組成をもつ工業材料の分析においては、分解能が不足することによ り、解析が不十分である場合が多かった。スパイラルイオン軌道を もつ新しいTOFMS装置(SpiralTOF )は、その高分解能を活用 して工業材料のキャラクタリゼーションにブレイクスルーをもたらすもの として期待される。
本稿で述べた1番目の応用事例は、共重合体の詳細な構造解析 に関するものであった。ここでは、高分解能測定により同重体イオン をピーク分離し、末端基及び共重合組成の組み合わせが異なる成 分のピークをほぼ完全に帰属して、詳細な化学構造を決定すること ができた。しかし、解析現場ではこのような詳細なデータ解析は煩 雑であり、実用分析としては必ずしも適していない。そこで、2番目 の応用事例では、膨大な数のピークから必要な情報を抽出するデー タ処理法としてKMDプロット解析を紹介した。この方法を用いれば、
全くピークの帰属を行わずに、ポリマー混合物や共重合体などの組 成分布を二次元展開して視覚的に表現することが可能となる。この プロットのパターンから、ポリマー材料の品質管理や異同識別、ある いは劣化プロセスなどを評価することができる。このように、高分解 能MALDI spiral-TOFMSによるポリマーのキャラクタリゼーションは、
学術的な分野から工業材料開発の現場へと幅広く展開・発展してい くことが期待される。
参考文献
[ 1 ] Satoh、 T.、 Tsuno、 H.、 Iwanaga、 M.、 Kammei、 Y.: The design and characteristic features of a new time-of-flight mass spectrometer with a spiral ion trajectory.
J. Am.
Soc. Mass Spectrom
. 16、 1969-1975 (2005).[ 2 ] Satoh、 T.、 Sato、 T.、 Tamura、 J.: Development of a high- performance MALDI-TOF mass spectrometer utilizing a spiral ion trajectory.
J. Am. Soc. Mass Spectrom
. 18、1318-1323 (2007).
[ 3 ] Sato、 H.、 Ishii、 Y.、 Momose、 H.、 Sato、 T.、 Teramoto、 K.:
Structural characterization of free radical polymerized methacrylate ester copolymers using high-resolution MALDI-TOFMS with a spiral ion trajectory.
Mass Spectrometry
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Anal. Chem
. 35、 2146-2154 (1963).[ 5 ] Sato、 H.、 Nakamura、 S.、 Teramoto、 K.、 Sato、 T.:
Structural characterization of polymers by MALDI spiral-TOF mass spectrometry combined with Kendrick mass defect analysis.
J. Am. Soc. Mass Spectrom
. 25、1346-1355 (2014). Open access.
はじめに
過去10年間でNMRの分野において最も激しい変化を遂げたのが タンパク質の固体NMR法である。特にここ数年は、アミロイドタンパ ク質や膜タンパク質などの構造生物学の分野で高難度とされている タンパク質に対して、固体NMRを使ったインパクトの高い研究が多く 見られるようになってきた。これを受けて、特に欧米を中心として超 高磁場の固体NMR装置への投資が広く行われて来ている。ここで は近年の固体NMR法の進展の原動力となっている 超高速Magic Angle Spinning(MAS)法を使った固体NMRのアプローチを紹 介する。
現在、タンパク質の固体NMR 法で使われているのは主に2-3次 元の固体高分解能NMR法である。固体高分解能NMR法の中核 をなす手法であるCP-MASは1970年代半ばに高分解能スペクトル を得るためのMAS法と1H核から13C核への磁化移動により感度増加 を行うCross Polarization(CP)法を組み合わせることで生まれた。
CP法により13C信号を準備し、試料を磁場から54.7度傾けて試料を 回転するMAS法を用いることで13Cの高分解能固体NMRスペクトル が得られた[1]。初期の実験では3 kHz程度でMASを行い、ポリマー 等の固体材料の構造解析を行える画期的な手法として導入された。
2000年代には多次元NMRの進展と共に、タンパク質等の生体試料 で広く使われるようになったものの、小型タンパク質でも5-10 mg(1-2 µmol)程度の大量の13C同位体ラベルした試料を必要とするという 制限から、応用の対象は限られたものになっていた。また、溶液
NMRでは比較的早くから1H NMR周波数750-900 MHz等の超高磁 場装置の普及が進んだものの、固体NMRでは高磁場ではMAS回 転によるサイドバンドが出るため、400 MHzなどの一時代前の装置 がごく最近まで最適とされてきた。
この状況が大きく変わったのはここ10年程の間である。要因として はMAS高速化により回転速度が30 kHzから100 kHz程度まで向上 し[2-6]、超高磁場であってもサイドバンド等の問題が解決したこと と、超高速MASを用いて大幅に感度向上を達成する方法が発達し たことが大きい。MASの高速化をするためにはローターの直径を速 度に応じて小さくする必要があり、例えば超高速MASに使われてい る直径が1 mm以下のローター(Fig. 1参照)では、僅か1 mg以 下程度の試料が入るだけである。したがって、材料のNMRではと もかく、タンパク質の固体NMRを得るのに必要なS/Nが得られない のではという意見が大勢であった。他方で、筆者、Meier(ETH)、 Emsley(ENS Lyon)らのグループを中心とした超高速、超高磁 場を用いた測定法の開発により[3,5,7-10]、単位試料当たりの固体 NMRのS/Nは30-100倍程度になり、1 mg以下の生体試料でも3次 元NMR等の先端的な固体NMR法が可能となってきている。特に中 心となる要素技術としては、固体NMRでは観測の難しい核であっ た1H核の直接観測と13C核の間接測定[11-14]、超高磁場の固体 NMR[3,15]、常磁性試料をタンパク質に混ぜて緩和時間を短くす ることで実験の繰り返し速度を上げるPACC法[5]といった方法が ある。この様に超高速MAS下で機能するExoticな感度増加技術を 相乗的に組み合わせることで大幅な感度の増加が可能となった。
超高速Magic Angle Spinning法 を用いたタンパク質の
固体高分解能NMRの発展
〉〉 845 W Taylor St. Chicago IL 60607, USA │ E-mail: [email protected]
Songlin Wang、 石井 佳誉
Department of Chemistry, University of Illinois at ChicagoThis article highlights a couple of drastic changes in the field of protein solid-state NMR (SSNMR)
associated with ultra-fast magic-angle spinning (MAS) at 80 kHz or higher in a high magnetic field (1H NMR freq. 750 MHz). We discuss how a traditional cross-polarization MAS (CP-MAS) scheme has been transformed into an efficient low-power RF scheme suited for high-field applications under ultra-fast MAS
(UFMAS). We also discuss a nano-mole-scale SSNMR analysis of protein side chains by 1H detection.
It is demonstrated that 1H-detected 2D and 3D SSNMR analyses are feasible for 10 nmol of a stereo- selectively 2H- and 13C-labled ubiquitin within 2.5 h and 3 days at a spinning speed of 80 kHz. The data suggest that UFMAS approach is likely applicable to a variety of larger proteins.