平成2 1年度 報告書
「中 東 諸 国 の 現 状 と 今 後」
2 0 1 0年3月
財団法人 中東協力センター
この事業は、競輪の補助金を受けて 実施したものです。
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中東協力センター
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はじめに
本調査研究は,財団法人中東協力センターが現状分析と予測が困難な現下の中東情勢に関 し,外国の専門家の論文を集め,現状と将来的な展望を分析検討したものです。
平成21年度は,「中東諸国の原子力政策」についてはオックスフォード・エネルギー研究所
(英国)のバッサム・ファトウ氏に,「オバマ政権の中東地域への関与」については戦略・国 際研究センター(CSIS−米国)のジョン・B・アルターマン氏に,「直接対話の分析 オバマ 政権誕生1年後の対イラン政策の評価 」についてはカーネギー国際平和財団(米国)のキ ャリーム・サッジャードプール氏に,「アラブ連盟(LAS)加盟国間貿易を通じたアラブ諸国 間関係の考察と展望」及び「国際的文脈における湾岸諸国の航空会社」についてはガルフ・
リサーチ・センター(ドバイ)のサミール・プラダーン氏に,「2003年以降のアラブ諸国の対 イラク外交政策 事例研究:サウジアラビアとヨルダン」についてはアラブ戦略研究所(ヨル ダン)のラーイド・ファウズィ・イフムード氏に,「イラクに関する脅威評価報告」について はコントロール・リスクス社に,「イラクにおける担保の取得について」についてはハーバー ト・スミス外国法事務弁護士事務所に分析をお願いしました。
中東をめぐる情勢は日々刻々変化しており,本報告書に記載の内容から変化しているもの もあるかと思いますが,本報告書が今後の中東情勢を予測検討する上で,少しでもお役に立 てれば幸いです。
平成22年3月
財団法人 中東協力センター 専務理事 河野 秀樹
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目 次
第1章 中東諸国の原子力政策………1
第2章 オバマ政権の中東地域への関与………17
第3章 直接対話の分析
オバマ政権誕生1年後の対イラン政策の評価 ………27
第4章 アラブ連盟(LAS)加盟国間貿易を通じたアラブ諸国間関係の考察と展望 ………37
第5章 国際的文脈における湾岸諸国の航空会社………63
第6章 2003年以降のアラブ諸国の対イラク外交政策
事例研究:サウジアラビアとヨルダン………93
第7章 イラクに関する脅威評価報告 ………109
第8章 イラクにおける担保の取得について ………127
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第 1 章
中東諸国の原子力政策
執筆者紹介
Dr.Bassam Fattouh is the Director of the Oil and Middle East Programme at the Oxford Institute for Energy Studies and a University Research Lecturer at the Department of International Develop- ment,Oxford University.
He has published a variety of articles on the international oil pricing system,OPEC pricing power,
security of Middle Eastern oil supplies,and the dynamics of oil prices and oil price differentials.
His current research focuses on the relationship between the international oil companies and na- tional oil companies and its implications for investment behaviour in the Middle East.
Bassam Fattouh has also published in non‐energy related areas where his papers have appeared in the Journal of Development Economics,Oxford Review of Economic Policy,Economic Inquiry,
Empirical Economics,Journal of Financial Intermediation,Economics Letters and Macro- economic Dynamics and other journals and books.
Dr. Bassam A. Fattouh
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第1章 中東諸国の原子力政策
背 景
湾岸協力会議(GCC)加盟国が位置する地域は,世界で最も炭化水素資源が豊富な地域で あり,世界の石油確認埋蔵量のほぼ60%と天然ガス埋蔵量の40%以上を保有している。この 地域の現在の生産量は,石油が世界の30%以上,天然ガスが同12%を占めている!。これらの 特徴を考慮すると,次のような矛盾した疑問が自然に生じる:炭化水素資源に恵まれた国々 がなぜ原子力に目を向けつつあるのか?
世界のエネルギー需要に占めるこの地域全体の割合は小さい BPの統計"によると,北 アフリカを除く中東地域のエネルギー需要は約7.8% が,この割合は急速に増加しており,
世界の他の主要地域より早いペースで増え続けると予想されている#。2003年から2007年の 中東・北アフリカ(MENA)の平均エネルギー消費量は6.1%増で,アラブ石油輸出国機構
(OAPEC)加盟国$が6.4%増,MENAのその他アラブ諸国が3.6%増であった%。過去数10年間 のエネルギー需要の伸び率はさらに早い勢いで増加していた。2005年,M.A.Iriani氏はGCC 諸国のエネルギー需要の年平均増加率(1971年〜2002年)を約8.4%と見積もっていたが,こ の数値は世界の平均増加率の1.6%をはるかに上回っていた&。
GCC諸国の目覚ましい経済発展とそれに伴う生活水準の急速な改善や所得増,人口増,そ して長年にわたる国のエネルギー補助金制度などにより,GCC地域は世界で最大のエネル ギー消費地域の一つになった。GCC諸国のほとんどが国内のエネルギー価格を,国際市場の 価格をかなり下回る名目上の一定水準に保ってきたため,エネルギー消費者にとって需要を 抑える動機は何もなかった'。1997年,Al‐FarisはGCC諸国の国内石油需要に関する報告書 において,これら諸国の国内石油価格制度がいかに石油需要をゆがめてきたか説明している。
1980年代の石油価格の下落とそれに因るGCC諸国政府の歳入・歳出減の結果,これら諸国 の総エネルギー需要は減少した。しかし,国内の石油需要は石油と石油製品の低価格制度が 主因で,高い増加率で伸び続けた。またAl‐Faris(2002)は,GCC諸国が電力料金を人為的 に低い水準で維持したため,国内の電力需要も1980年代において全般的な経済成長を上回る 速さで拡大を続けたと指摘している(。MENAの数ヵ国では,ピーク時の電力需要が最大発電 能力を超えるため,常に停電が発生していた。需要側に立った政策,最も重要なのは需要の 伸びを抑えるような電力価格の適用であるが,これは今もGCC諸国では人気がない。再生可 能エネルギーはまだGCC域内で地歩を固めていない。その原因は,再生可能エネルギーに付 随する高コストと技術的な困難さだと言われている。
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GCC諸国による原子力の選択
原子力は,エネルギー問題を長期間にわたり解決できるエネルギーとして浮上している:
原子力は信頼度が高く,長期的に安価なエネルギー・電力源であり!,今のところ,GCC諸国 で使用しても十分に安全である"。原子力はまた,発電所や海水淡水化プラント,石油化学工 場などで現在燃焼されている貴重な石油・ガスを海外輸出に振り向けることを可能にするエ ネルギーと見られている#。原子力の使用により,水と電力が自給自足できれば,経済の安全 保障が全体的に強化され,また,高度な技術を要する職業もGCC域内で創出されることにな る$。さらに,二酸化炭素の排出が減少することも一つの利点となるだろう%。
しかし,原子力はコストを伴い,すべての面で利点があるわけではない。GCC諸国は原子 力利用に関し,研究・開発基盤や訓練された熟練スペシャリスト,訓練施設,技術基盤など を有していない。これらすべては,かなりのコストをかけて,長期間にわたり開発しなけれ ばならないだろう&。核廃棄物もまた,主要課題である'。核物質の提供国による核廃棄物引 取り特別条項(何よりも重要な核セキュリティ措置)を含む覚書(MOU)もいくつかあるが,
これは経済的なコストで実行される必要がある。この条項がなければ,核廃棄物の貯蔵問題 は未解決なまま残されることになる。GCC諸国の中でこの問題に関しコメントしている国は 1ヵ国もない。さらに,原子力は現在の再生可能エネルギー技術と比較すると安価であるが,
莫大な初期投資額が必要となる(。また,将来,GCC諸国政府が原子力で得られる電力の価格 に補助金を支給するのか不明確である。仮に補助金が支給されるとすれば,電力の人為的な 低価格問題と,国家予算の継続的な乱費がいつまでたっても解決されないだろう。
核拡散の危険性
GCC諸国が原子力利用を選択する際,大きな問題の一つとなるのが核拡散の危険性であ る。GCC諸国による原子力の民生利用計画は それがGCC共通の原子力インフラ整備とい う形をとるのか,または各国独自のイニシアティブによるものなのかを問わず 相互に関連 して立案されているわけではない。イランはその不透明な核開発計画に関し,国際原子力機 関(IAEA)および国連と長年にわたり対立している。現在,中東専門家が懸念しているのは,
原子力技術の近隣諸国への拡散と,湾岸諸国の間で将来起こり得る核兵器開発レースであ る)。ある1ヵ国が原子力の民生利用技術を獲得すれば,その国は10年以内に核兵器を実際に 製造することができるようになるだろう。中東専門家は,この可能性を完全に排除すること はできないと考えている*。また,専門家は政治的に不安定な湾岸地域では国の意志に関係な く,核拡散の影響を受けやすいと指摘し,1990〜91年の湾岸戦争を例に挙げ,もしクウェー トがイラクの攻撃を受けた時に原子力技術を保有していたならば,戦争の結果はより悲惨な
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ものになっていたに違いないと述べている!。
しかし,原子力技術を提供する可能性が最も高い米国やその他西欧諸国,ロシアはこうし た意見に納得していない。これには様々な要因がある。まず,上述したようにGCC諸国は将 来のエネルギー供給源として原子力を考慮する確たる経済的な理由を有している。つまり,
GCC諸国は,原子力を保有する政治的な理由は,目の前の経済的なニーズと比較すると,あ まり重要ではないと考えているようである。次に,GCC加盟6ヵ国すべてが,イスラエル,
パキスタン,インド,北朝鮮とは対照的に,核拡散防止条約にすでに署名している点である"。 原子力を平和的に,安全に,そして透明に利用するというGCC各国の意思は公表されてお り,アラブ首長国連邦(UAE)#とヨルダンの場合,欧米との協定にもその意思は記載されて いる。例えばUAEは原子力技術の移転および核兵器製造が可能となる高濃縮物質の移転の 禁止を協定で謳っている$。使用済み核燃料の引き取り協定と核拡散防止型のトリウムを基 にした燃料の使用もまた,潜在的な核拡散防止のメカニズムになると欧米諸国はみなすかも 知れない%。
また,多くの欧米諸国政府がGCC加盟国の原子力発電プラントの建設支持を決定する際,
政治的配慮が重要な役割を担うことになるだろう。核兵器を求め,その獲得を決意した国は 何としても技術的な知識を得ようとすることが,北朝鮮やその他の国の例を見ればよくわか
る&。しかし,湾岸アラブ諸国において原子力が平和利用されれば,それは欧米諸国政府と国
際機関にとっては政治的に重要な成功となる。なぜなら,イランがムスリム諸国や発展途上 国は原子力技術を共有していないと主張し,欧米諸国政府と国際機関を非難し続けてきてい るからである'。ジョセフ・バイデン米副大統領の特別顧問で,ロシアと北朝鮮において核施 設の査察業務に従事していたジョン・ウォルフストール(Jon Wolfsthal)は,「UAEはまった く正しい方向で原子力の平和利用を行おうとしている。我々はUAEとの協定を支援しなけ ればならない。その協定は地域のモデルとしても使用できるだろう」と語っている(。ホワイ トハウスの高官によれば,オバマ大統領はこのUAEの原子力計画を「世界のモデル」とみな している)。また,2009年1月に当時のブッシュ大統領が署名した,米国・UAE原子力協力 協定の交渉に携わっていた核不拡散担当の前特使,ジャッキー・ウォルコット(Jackie Wol-
cott)は,「UAE原子力計画はイランの計画とは逆のものであり,我々はこれを積極的に支持
する必要がある」と述べている*。
GCC諸国の原子力計画進展状況
GCC諸国による原子力開発計画は長い間,ほとんどあり得ないシナリオだった。特にここ 数年間においては,イランの原子力計画への対処がGCC各国の計画を討議することよりは
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るかに重要であった。2006年末,サウジアラビアのサウード・アルファイサル外務大臣殿下 はテヘランの原子力計画に関し,「湾岸と中東は核のない地域にすべきである。我々はイラ ンに対し,この我々の立場を追従するよう求める」と述べ,湾岸が核を保有しない地域であ ることを望むと表明した!。しかし,この風向きは2007年に変化した。GCCは同年の首脳会 議において,GCC加盟国が「平和利用目的の原子力を保有する」権利に関し声明を発表し,
閉会した。サウード・アルファイサル外務大臣殿下は,「我々GCC諸国は秘密裏にではなく,
すべてオープンにして,原子力を開発する。我々は核兵器を欲しない。我々の望みは,大量 破壊兵器を持たない中東地域である」と宣言した。GCCは湾岸における原子力利用の可能性 につき助言する正式な報告書の作成をIAEAに要請した"。GCC加盟6ヵ国はIAEAに対 し,GCC全体の電力需要が年間5%〜7%の率で増加するとの予測を伝えた。この急速な需 要増を考慮すれば,原子力の選択は魅力的なものに映るだろう。
しかし,中東専門家の多くがGCCの原子力選択の動機を隣国のイランに政治的なシグナ ルを送ろうとしたショーにすぎないとみなしたため#,彼らの動きはさほど深刻には受けと められなかった。この専門家の見方に基づけば,GCCの原子力に対する関心の高まりは,原 子力開発に野望を抱くイランへの懸念を端緒としているように思われる。イランの核兵器保 有を阻止するため,大量破壊兵器のない地帯を中東に創設しようと試みたGCCの外交努力 が失敗に帰したことを考えると,上述の見方は正しいと言える。こうした見方は多分,GCC それぞれの国が原子力に関心を寄せる真の姿を描いていないかも知れないが,まったく根拠 のないものではなかった。
一方的選択
GCC諸国は,国境を越えて都市間を結ぶ電力網を発展させ,電力の需要規模に対処してい るが,原子力利用について各国が協力するかどうか,非常に疑問である$。政府がわずか一つ の原子炉の建設を決断し,それから建設が完了するまでの期間は少なくとも10年が必要だと 予想されている。この長い期間を考えれば,GCCの広範囲に及ぶ電力網のために今後10年間 に原子力を選択することはありえないと思われる%。GCC各国は自国のための原子力の選択 をそれぞれのペースで考えてきている。サウジアラビア,UAEおよびカタールは,原子力保 有国とすでに覚書に調印している&。中東・北アフリカ諸国の原子力計画を熱烈に支持して いるフランスのニコラ・サルコジ大統領は,2008年から2009年にかけてサウジアラビア,カ タール,アブダビ,クウェート,オマーンを訪問し,各国の原子力分野にフランス企業を進 出させるべく協議を行った。ロシアは2007年に同様のオファーをサウジアラビアとカタール に提示している'。その後,クウェートは,原子力の平和利用を研究するためにIAEAの支援
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を得て,国の原子力委員会を設立すると発表した!。同国のメディアは首長に近い情報筋の話 を引用し,「フランス企業の1社が電力と脱塩水の双方を供給する原子力発電プラントの建設 計画の立案を支援するため,クウェートに招待された」と報じている"。カタールは,2019年 からの発電開始を予定している大規模太陽エネルギー発電プラントまたは小規模原子力発電 プラントのいずれかを選択すると公表しており,その建設場所としてウンム・バブ(Umm
Bab)がすでに選ばれている#。
サウジアラビアは1988年に原子力研究所(Atomic Energy Research Institute)を設立している が,こうした原子力研究施設を保有する国はGCCの中では同国が唯一である。サウジアラビ アの原子力計画は明確ではないが,同国は多くの人口を抱えており,また,大規模原子力発 電プランに適したスケールメリットを備えているため,GCC諸国の中で原子力を利用する可 能性が最も高い国である。サウジアラビアは1988年に署名した核拡散防止条約を含め,原子 力に関する多くの国際条約や協定に調印している。2008年5月に米国と覚書を取り交わした が,その中で米国は,医薬品や産業,発電に利用する原子力技術のサウジアラビアへの提供 に合意している$。また,2009年1月に発効した包括的な核保障措置協定をIAEAと締結し ている%。2009年10月,サウジ政府は,同国のメディアが政府高官の話として引用した,「サ ウジアラビアは今後15年以内に電力需要の25%を原子力発電で賄う」との報道を否定し,サ ウジアラビアは適切な原子力基盤を欠いており,現段階では,非常に遅いペースでの原子力 発電を計画していると強調した&。その1ヵ月後,同国のアブドッラー・アルフサイン水・電 力大臣はドバイの会議において,「我が国はGCC枠内における計画と自国単独の計画の両方 を検討中である」と報道陣に語った'。
UAEの原子力計画
UAEは現在,具体的な原子力発電計画に関しては,GCC諸国の中で先頭を走っている。目 下の主たる論点は,原子力発電プラントの製造の是非ではなく,最初のプラントの製造の時 期である。これにはいろいろな理由がある。第1に,UAEは自国の電力需要の問題を長期間 にわたり解決する方策を絶対的に必要としている。同国の一人当たりの電力消費量は地域で 最大であり,また,消費量の増加率も高い。UAEの電力はすべてガスを燃料として発電され ており,ガスはアブダビとドバイのガス田で豊富に生産されている随伴ガスである。しかし,
今やガスはコストの高い商品になっている。発電に使用されているガスの消費量はUAE全 体のガス消費量のほぼ60%を占めている(。UAE政府は,国の電力需要は2008年から2020年 までの間,年平均8〜9%の率で拡大し*,2020年には現在の約20ギガワットから40ギガワッ トに達すると予測している)。ピーク時の電力供給量不足は現在すでに問題となっており,
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UAE内の小国では停電が定期的に発生している!。
第2に,UAEにとっては潜在的に不利な事実であるが,同国は今日すでに発電量の60%を まかなうガスをカタールからの輸入に依存している。現在,アブダビ1国だけでも,ドルフ ィン・ガスパイプラインを通じ,カタールから日量7億4,000万立法フィートの天然ガスを輸 入しているが,それでもピーク時の電力供給に苦労しているのである"。今後数10年における 国内のガス消費量の増加を予想すると,UAEは今よりさらにカタールへの依存を強めること になるだろう。
第3に,GCC内の小国とは異なり,UAEの原子力利用は技術的に,そしておそらく経済的 にも実現可能である。原子力の利点はそれが持つスケールメリットであり,大規模原子炉よ り小規模原子炉のほうが規模に比例して費用がより高くなるのである。さらに,原子力発電 プラントも総電力網容量の,ある一定の割合の電力しか供給できない。イエメンの前電力・
エネルギー大臣で,イエメン国家原子力委員会(Yemen National Atomic Energy Commission)
の副委員長であるムスタファ・バハラン(Moustafa Bahran)は次のように語っている;「経験 から言って,一つの新規発電プラントが電力網容量の10%を超える電力を供給するとすれば,
あなたはそのプラントを電力網に導入できない。なぜなら,もし,あなたが電力網容量の50%
の電力を供給する発電プラントを保有し,そしてメインテナンスのためそのプラントの操業 を停止することになれば,あなたは国の電力供給量の半分をカットすることになるからです。
サウジアラビアとUAEは原子力発電プラントを保有することができるでしょう。しかし,
我が国とその他の国々は,そのプラントがGCC全体の電力網と接続されているような,地域 をベースとしたものでない限り,あまりにも大規模な電力網は保有しないでしょう」#。
UAEは現在,2020年までに達すると予想される40ギガワットの電力需要を満たす目的で,
発電能力20ギガワットの新規原子力発電プラントの建設を計画している$。一方,「UAEは電 力需要の25%を原子力発電で賄うことを目的としている」との説を引用している人もいる%。 まず,原子炉3基による発電が計画されており,その内2基はアブダビとルワイス間の場所 に,残り1基はインド洋沿岸のフジャイラに建設される予定である&。最初の原子炉は,IAEA の指導の下,2017年までの操業開始が予定されている。アラブ首長国連邦原子力公社(Emir- ates Nuclear Energy Corporation:ENEC)は,UAEの独立規制機関である連邦原子力規則庁
(Federal Authority for Nuclear Regulation)の監督下にあり,原子炉の建設開始時期を2012年初 期と予想している'。ENECは労働者の自国民化戦略を宣言し,国内で訓練・育成した2,300 人の自国民を2020年までに原子力関連スタッフとして雇用すると発表した(。重要な原子力 技術や核物質はUAEには提供されない。米国,英国,フランスとの協定・付属書には,核兵 器製造に利用可能なウラン濃縮・再処理技術は提供されないと規定されている)。メディア
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の報道によれば,今後10年間に要する費用は410億ドルと見積もられている$。初期の建設費 用は政府が融資する予定であり,その後,外国投資が誘致され,追加施設の建設・操業を行 う合弁企業が設立される。合弁事業への出資比率は国が60%,外国パートナーが残りの40%
になる予定である%。
2008年10月,UAEの原子力計画の「経営代理人(managing agent)」として,米国企業のCH 2M Hill社が選ばれた&。これに引き続き,2009年5月にアブダビと米国の間で協定が締結さ れ,これによって民生用の原子力産業を確立するためのUAE・米国の専門技術が確保され た'。この協定において,UAEは核兵器の製造につながる,「国内でのウラン濃縮,再処理を 放棄する」ことに合意した。アブダビは核燃料を「信頼でき,責任能力のある国際的な供給国」
から入手し,すべての放射性廃棄物をその国に返還することになる。アブダビはまた,IAEA による国際燃料バンク(international fuel bank)の設立を援助するため,1,000万ドルを拠出す ることにも同意した。IAEAは,適切な核保障措置の実施を保証する協定をUAEとすでに締 結している(。2008年10月,ハリーファ・ビン・ザーイド・アール・ナハヤーン首長は,原子 力部門を規制するため,連邦原子力規則庁の設立を規定する連邦法を公布した。この庁は独 立した機関であり,UAEの原子力発電プラントの認可,建設,操業,安全基準の実施などの 権限が付与されている。また,上記の連邦法は,ウラン濃縮の禁止,核物質の不正使用や窃 盗に対する厳格な処罰なども規定している)。UAE初の原子炉建設企業として,次の3つの 企業体グループが候補に挙げられた:! 米国のベクテルとフランスのVinciをコントラク ターとするフランスのAreva,GdfそしてTotal," 米国のGEと日本の日立,#Samsung Corp.をコントラクターとし,Westinghouse Electricと日本の東芝が加わる,Korea Electric Power Corp.とHyundai Engineering & Constructionの韓国コンソーシアム。2009年12月,韓国コン ソーシアムはUAEで原子炉4基を建設する,総額204億ドルの歴史的な契約を獲得した*。
その他中東諸国の原子力計画
国内の急増する電力需要と中東・北アフリカ地域における原子力計画の動向に鑑み,北ア フリカの国々は近年,原子力発電の開発計画に着手し始めている。その中で最も計画が進ん でいる国はエジプトであり,原子力発電プラントの具体的な建設計画を有している。それに よると,第1番目の発電プラントは2015年の操業開始を予定しており,それに引き続き,少 なくとも2基のプラントの建設が計画されている+。アレキサンドリアの西方160キロに位置
するEl‐Dabaaが最初のプラント建設予定地としてすでに選択されている,。その他考慮され
た候補地は,シナイ半島,スエズ湾北部,紅海南部沿岸,リビア国境に近いエジプト北西部
のMarsa Matruhである-。ベクテルとの契約交渉が失敗に終わった後,オーストラリアのコ
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ンサルタント企業,Worley Parsonsが原子炉建設に関する10年間のコンサルタント契約をエ ジプトと結んだ!。計画が予定通り進捗すれば,エジプトは原子炉で電力を発電する初のアラ ブ国家になる可能性がある。その他のアラブ国家で計画が進んでいるのはUAEのみである。
エジプト以外の北アフリカ諸国も電力問題の長期にわたる解決策として原子力の選択を考 慮し,その意思と計画を公表したものの,それ以降,具体的な進展は見られない。リビアは 2007年にフランスおよび米国と覚書を締結し",翌2008年にはロシアと原子力協力協定を結 んだと発表したが,その後ロシア政府はこの発表を否定した#。リビアは2003年に核兵器製造 計画を放棄すると宣言したが,その後2007年に,原子力を平和的に利用する原子力発電に関 心があると発表した$。しかし,正式な計画はその後,ほとんど進んでいない。
アルジェリアは,研究目的のみの原子炉をすでに保有している。DrariaとAin Ousseraに在 る2基の原子力研究プラントは,歴史的に大きな論争を引き起こしてきた%。アルジェリアは ウランの埋蔵量を保有していることから,特にウランの自給は可能であり,そのため繰り返 し原子力への関心を表明してきている&。同国は1995年に核拡散防止条約に署名したほか,米 国やロシア,そして最近では2007年にフランスとそれぞれ原子力協力協定を締結した'。アル ジェリアのエネルギー鉱業省内では,「アルジェリア初の原子炉の操業は2020年に開始し,そ の後5年毎に新たな原子炉を建設する」との意見が取り交わされている(。
チュニジアは現在,原子力発電プラント建設の可能性を調査中であり,その結果は2011年 に発表される見通しである。現計画では,発電能力が700〜1,000メガワット,1キロワット 当たりの見積もりコストが2,500ドル,総コストが25億ドルの原子力発電プラントを2023年ま でに操業する予定になっている。同国は,このプラント建設のパートナーとして,カナダ企 業のAtomic Energy CanadaとSNC Lavalinの2社に接触してきたが),同時に他国にもアプ ローチしており,その結果,2009年4月に8,000万ユーロの原子力協力支援パッケージ契約を フランスと締結した。この協定に基づきフランスは,発電能力900メガワットの原子力発電プ ラントの建設に取り組むチュニジアを援助する。同プラントは2020年の操業開始を見込んで おり,チュニジアの電力需要の約20%を満たす予定である*。
モロッコは2007年10月に原子力協力予備協定をフランスと結んだが+,同国が原子炉を建 設するか否かは不確かである。現在,原子力は,砂漠地プログラム(Desertic programme)の 下で開発が進められている太陽エネルギーの代替として議論されているが,原子力はコスト と,モロッコの国際企業への低い依存度の両面で,太陽エネルギーより利点があると見られ ている,。アルジェリアと同様に,モロッコも科学研究目的の原子炉をラバト近郊のMaa- muraに所有している。この原子炉はフランスの財政援助によって建設され,2007年に操業を 開始した-。
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2007年,ヨルダンは包括的な国家原子力戦略(National Nuclear Energy Strategy)を公表した。
この戦略には,ウランによる電力生産,核廃棄物処理,原子力研究・能力開発,原子力プロ ジェクトの資金確保などが含まれている$。原子力利用への方針転換は,過去数年間に電力需 要が年平均5%以上急増していることが主たる要因になっている。また,他の要因としては,
近年の原油価格の上昇も挙げられる。ヨルダンは国内総生産(GDP)のほぼ20%を石油輸入 に消費しているからである%。アブドッラー2世国王が委員長を務める,原子力戦略最高委 員会(Supreme Committee for Nuclear Energy Strategy)は,国内初の原子力発電プラントの操 業を2015年までに開始することを目指している。2030年末には国内の総電力量の30%が同プ ラントによって生産される計画である。ヨルダンは現在までに英国,米国,ロシア,フラン ス,韓国,カナダ,中国と原子力技術協力協定を締結している。同国はまた,国内で原子力 専門技術と知識を強化・促進するため,原子工学の開発にも鋭意,取り組んでいる。一方,
ヨルダンは推定埋蔵量7万トンの酸化ウラン鉱床と,燐酸生産の副産物として抽出される酸 化ウランを保有しているため,これらの活用も期待している。アブドッラー2世国王は,自 国が国際規則に則った原子力平和利用の中東地域におけるモデル国家であると強調してい る。
結 論
多くの中東諸国による原子力開発への取り組みは近年,世界の耳目を集め始めている。イ ランの原子力計画が中東全体に影響を及ぼし,その結果,これらの国がイランに対抗するた めに原子力開発に乗り出したのかもしれないが,彼らを原子力に駆り立てている主因は,拡 大を続ける国内の電力需要とエネルギー源の多様化を図りたい彼らの欲求である。新たな世 紀に入り,中東地域の石油輸出国と輸入国は,他の地域と同様のエネルギー安全保障問題に 現実に直面している。この問題に立ち向かうため,中東諸国の多くが原子力の選択を決めた のである。しかし,ほとんどの中東諸国にとって,原子力利用への道程はいまだに長い。し かし,もし現在の原子力計画と能力開発の野心が実を結ぶとすれば,地域の政治的・経済的 情勢に深刻で重大な影響と変化をもたらすものと思われる。
(注)
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" The number excludes North African energy demand.BPStatistical Review of World Energy, June2009,p.41
# IEA,World Energy Outlook.Middle East and North Africa Insight.2005,p.106;IEA,World
10
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! OAPEC member states are:Algeria,Bahrain,Egypt,Iraq,Kuwait,Libya,Qatar,Saudi Arabia,Syria,Tunisia,and the UAE
" OAPEC2007,p.26
# Iriani,M.A.Energy‐GDP relationship revisited:An example from GCC countries using panel causality ,Energy Policy 34(2006),p.3344
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+ El‐Genk,2627 , El‐Genk,2627 - El‐Genk,2620 . Jackson,1171 / Jackson,1170 0 Jackson,1161
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第 2 章
オバマ政権の中東地域への関与
執筆者紹介
Jon Alterman is director and Senior Fellow of the CSIS Middle East Program.Prior to joining Center for Strategic and International Studies(CSIS),he served as a member of the Policy Plan- ning Staff at the U.S.Department of State and as a special assistant to the assistant secretary of state for Near Eastern affairs.He served as an expert adviser to the Iraq Study Group(also known as the Baker‐Hamilton Commission)and is a professorial lecturer at the Johns Hopkins School of Advanced International Studies.
Before entering government,he was a scholar at the U.S.Institute of Peace and at the Washington Institute for Near East Policy.From1993to1997,Alterman was an award‐winning teacher at Harvard University,where he received his Ph.D.in history.He also worked as a legislative aide to Senator Daniel P.Moynihan(D‐NY),responsible for foreign policy and defense.Alterman has lectured in more than20countries on subjects related to the Middle East and U.S.policy toward the region.
He is the author or coauthor of three books on the Middle East and the editor of a fourth.In addi- tion to his academic work,he is a frequent commentator in print,on radio,and on television.His opinion pieces have appeared in the Washington Post,Los Angeles Times,Wall Street Journal, Financial Times,Asharq al‐Awsat,and other major publications.He is a member of the editorial boards of the Middle East Journal and Transnational Broadcasting Studies and is a former Inter- national Affairs Fellow at the Council on Foreign Relations.
Mr . Jon B . Alterman
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第2章 オバマ政権の中東地域への関与
2001年9月11日の同時多発テロが原因なのか,またはこのテロに対するブッシュ政権の対 応に因るものなのか,どちらにせよ,中東地域はジョージ・W・ブッシュ大統領の外交政策 において前例のないほどの重要性を帯びていた。ブッシュ大統領の指導の下,米国は中東諸 国の政府に圧力をかけ,自国民と直接対話するよう促す,野心的な戦略に取り組んだ。ブッ シュ政権は,中東諸国政府の今までのやり方を否定し,中東の現況は危険であり,耐えられ ないものであると認識し,その状況を変えるべく乗り出したのだった。
オバマ政権が1年前に発足した当時,中東諸国がそうしたブッシュ政権の戦略をほとんど 受け入れていなかったのは明らかだった。各国政府は当初の痛手から素早く立ち直り,治安 とテロ対策に焦点を絞った,息の長い協力関係を米政府と構築した。同時にこれら政府は,
イスラム教原理主義者や世俗主義者の非政府集団に対し,断固たる措置を講じ,その結果,
これら集団の勢力は衰退した。実際のところ,権力の座から追われた政府は一つもなく,各 国政府はさらに安定度を増したようだった。
このように中東諸国政府は以前より安定しているように見えるが,中東は米国の政策上,
今も重大な危険地域であることに変わりはない。米国の中東政策にとって長年にわたり続い ている「3大問題」すなわち,アラブ・イスラエル紛争,イラン問題およびイラク問題はま だ消え去ってはいない。むしろ,これらの問題はオバマ政権が誕生した当時より解決が進ん でおらず,さらに,アフガニスタンとパキスタンの情勢悪化が中東地域に大きく関係し,中 東地域の今後の展開に影響を与える恐れがある。
このように,オバマ政権はブッシュ政権の下で立案された8年に及ぶ政策の「修正」を決 意したものの,今のところ,大きく異なる成果を得ることができないでいる。また,政権内 部では,責任の所在が重複しているため,誰が多くの最重要課題に対する責任を負っている のか不明瞭なのである。同様に重要なことは,政権自体が外交政策分野での優先事項の決定 に困難を極めている点であり,これら優先事項とオバマ大統領の内政課題との競合に苦慮し ているのである。2010年1月,マサチューセッツ州で行われた選挙で民主党は上院の1議席 を失ったが この1議席を確保していたことで,オバマ大統領は上院で安定多数を維持して いた この敗北により,政策の優先順位の決定はオバマと彼のチームにとってより一層の喫 緊の課題になると思われる。しかし,全般的な外交政策と中東問題がどのようにして政策の 優先事項と適合していくのか不明確なままである。
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オバマ政権とブッシュ政権の相違
前政権と異なり,オバマ政権は中東地域に積極的に関与しようと考えていたわけではなか った。しかし,それにもかかわらず今や政権は同地域に深く関わっているのである。ブッシ ュ政権は,将来に新たな形態を生み出すために米国の国力を大胆に行使する機会として中東 に関与していたが,オバマ政権は中東地域を巧みな処理を要する一連の問題が存在している 地域とみなしているようである。オバマ政権は,その願望をはっきりと表に出して対抗勢力 に挑むというよりはむしろ,レトリックを控え,パートナーシップを築き,一方的な結果を 得ようとする米国の力を抑えようとしてきた。たとえそうだとしても,中東地域の「3大問 題」における劇的な政策転換は今のところ目覚しく異なる成果をもたらしてはいないのであ る。
アラブ・イスラエル紛争
オバマ政権は発足当時,パレスチナ側には強硬な姿勢で臨み,イスラエルに対しては理解 を示しつつ紛争の調停を行うというブッシュ時代の巧妙なアプローチは終わった,というシ グナルを送った。大統領就任後の第1週に,オバマは中東地域の主要な指導者と電話会談を 行い,自分がアラブ・イスラエル紛争の解決に関与することを約束し,そしてジョージ・ミ ッチェル元民主党上院院内総務を中東特使に指名した。昨年2月のイスラエル総選挙とそれ に続く1ヵ月に及んだ組閣作業は米国の紛争調停のペースを鈍らせた。あれから1年後の現 在,イスラエル政府はオバマに対し勝利を収めたように思われる。
イスラエルのネタニヤフ首相は,弱体化し,分裂しているパレスチナ自治政府とは目立っ た合意はしないと決意しているようであり,イスラエル国民の幅広い支持を得ている。一方,
オバマに対するイスラエルの評価は急落した。過去1年,特に最近数ヵ月において,ネタニ ヤフ首相は,米国の願望には沿えないことを意図的に強調するような決定や声明を出してい る。しかし,今までのところ彼は,それに対する深刻な反動をなんら受けてはいないようで ある。ネタニヤフは,米国におけるオバマ人気の凋落を保険とみなしている。政治上の首都 を保持しようとしているネタニヤフ政権が明白な解決策なしに,遠い将来の対立に多くを費 やすことはないだろう。また,2006年のレバノン南部と2008年のガザ地区における軍事作戦 は成功だったとの見方がイスラエル国内で徐々に広まっている。これら両紛争でアラブ側に 多くの民間人犠牲者が出たため,ヒズボラとハマスは打撃を受け,イスラエルとの軍事対決 により一層慎重な姿勢を見せている。2000年代の初期に続発した一連の自爆テロの後も,イ スラエルの西岸への入植が進んだため,イスラエル国民の多くは,イスラエルに対する非通 常兵器を使用した脅威と戦うためには自らの断固たる決意と通常兵力の維持が必要である,
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と結論付けている。彼らは,交渉(ましてや和平協定など)は近い将来,必要ではなく,遠 い将来も,少なくとも現パレスチナ自治政府の指導部の下では,実現不可能と信じている。
一方,パレスチナ側であるが,良いニュースはここしばらく,見聞されていない。マフムー ド・アッバス率いる自治政府は,国連のゴールドストーン報告書が公表された際,へまをや ってしまった。自治政府は(米国とイスラエルの要請に対応し)当初,どちらかといえばそ っけない態度で同報告書に対応していた。しかし,報告書がパレスチナの権利を十分に擁護 していないとの理由でパレスチナ住民が自治政府に非難の嵐を浴びせた。自治政府はすべて の住民の激怒を買い,誰一人として満足させることはできなかった。ここ数ヵ月,パレスチ ナ自治政府は,イスラエルの完全な入植凍結が同国との交渉再開の前提条件だと主張してき ているが,これによって同政府は自らを苦しい立場に追い込んでしまった。この主張は,オ バマ政権の紛争解決に向けた決意の妨げになっているばかりではなく,入植凍結という譲歩 に長年抵抗してきたイスラエルに対しても,なんらインセンティブを与えていないのである。
結局のところ,ファタハ首脳陣は自分たちが無能力であることを自ら証明し,一方,ハマス はガザ地区においてますます地歩を固めているのである。この状況は,パレスチナの政治が 崩壊しつつあることを示唆している。マフムード・アッバスが今後何年間にわたりパレスチ ナ自治政府の議長職に留まることができるのか,また,彼の後継者がどのようにして選出さ れるのか,いずれも不透明である。
オバマにはいくつかの選択肢があるが,良いものは一つもない。その内の一つはオバマが 個人的にこの問題にさらに深く関与することであるが,これは現状を考慮すると高いリスク を伴うことになるだろう。また,オバマ自身がこの選択肢には懐疑的であり,本年1月,タ イム誌に,「米国政府はアラブ・イスラエル和平交渉を前進させる困難性を過小評価してい た」と語っている。
より可能性のある選択肢は,米国支持の計画を提示し,アラブとイスラエル双方に強制的 にその計画に対応させることである。本年1月に米国の要人が相次いで中東を歴訪したこと は,この選択肢と関係があるように思われる。理由は不明なものの,ミッチェル特使は最終 地位交渉が2年以内に終了すると分析している。この分析は「オバマ政権は確たる基本方針 を有する野心的な計画を立てている」ことを示唆しているのである。
第3の選択肢は,オバマ大統領の政策課題において,アラブ・イスラエル和平問題を重視 せず,交渉を下級官僚に委ねることである。大統領陣営が中間選挙でつまずけば,オバマは,
時間とエネルギーを要するが成功を生むとは限らない活動への個人的関与を低下させる必要 が生じるかもしれない。しかし同時に,ムスリムの人々とのつながりに強い願望を抱くオバ マを見ていると,彼がこの問題から遠ざかることを想像することもむずかしい。アラブ人の
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多くは,オバマがカイロの演説で約束した事項のほとんどが履行されていないとして,不満 を募らせている。ムスリム民衆がオバマの取り組みに期待し,アラブ人の琴線に触れた約束 の一つがアラブ・イスラエル和平へのオバマの関与だったからである。
オバマ大統領が何をするにせよ,彼の政策は目の前にある現実に焦点が当てられるに違い ない。当面の中心課題は,外交というよりはむしろ内政だろう。アラブ,イスラエル双方の いずれか一方が国民の支持を得て調印できるような協定は今のところ考えられず,また,ど ちらの首脳も敵対する相手と協定を結ぶ気はないだろう。双方のニーズを満たすような理想 的な協定を作成するよりはむしろ,こうした現実を変えることを最優先すべきであろう。
イラク問題
オバマ政権は,イラク問題を優先事項リストの下に置き,アラブ・イスラエル紛争をリス トの上に押し上げるべく,懸命に努力を傾注してきた。ブッシュ大統領は日々,イラクのこ とを思案していたようであるが,オバマ政権の国家安全保障担当の高官の大多数はこのイラ ク問題を協議事項としてほとんど取り上げていない。バイデン副大統領がイラク問題の対処 において顕著な役割を担ってきているが,これは政府上層部がイラク問題に関与していると の印象を与えると同時に,オバマ大統領自身がイラク問題について語る必要性を排除してい るのである。
3月に予定されているイラクの選挙を取り巻く情勢は不透明を極めており,政治状況が混 乱すれば,米国はイラク駐留米軍の撤退を遅らせる可能性もある。しかし,米軍がイラクで の長期間のプレゼンスを意図しているとは考えられない。イラクに対する米国の目標は,ブ ッシュ時代の熱狂から大きく後退している。イラク問題に関わっている米政府職員の多くは,
将来のイラクの状況は現在とさほど変わらないだろうと予測している。すなわち,スンニ派 の要人を政府内に取り込みながら彼らの力を恐れている,弱体化したシーア派現政府,イラ クの将来における役割に関し相反する意見を有するクルド地方,そして自己の利益を追求す るため国内にいる自分たちの代理人を支援している外国勢力,という構図である。
多くの人々はイランの影響がイラクに広まることを恐れていたが,この懸念はいくらか薄 らいでいる。イランは自分の力量以上のことをやろうとした,と考えている専門家もいる。
イランはシーア派の指導者,ムクタダ・アルサドル師と密接に提携した。彼が率いるマフデ ィ軍は一時期,イラクでは最強の勢力を誇っていたが,その後,数多くの戦いで敗北を喫し た。これら敗北の大部分は米軍によってもたらされたものである。現在,アルサドル師はイ ラン国内に居住していると見られる。ジャラール・タラバーニー大統領をはじめ,イラクの 多くの政治家がイランを訪れ,イラン首脳部と接しているが,その一方でイラク国内では,
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テヘランの誰もがまったく制御できないようなイラク固有の政治形態が形成されつつあると の兆候が見受けられる。
バグダッドの米国大使館では外交官のさらなる人事異動が実施される見通しである。クリ ストファー・ヒル大使は2年目の大使職を引き受けない可能性があり,彼の後任のめども立 っていない。国務省は,劣悪な治安状況下にあるこの大規模大使館にスタッフを送り込む責 務を懸命に担い続けている。イラクの米国人外交官の多くは,会話のほとんどを他の米国人 と取り交わしているため,現地人との対話は英語を話せる一握りのイラク人に限られている。
一方,米軍はイラク人と頻繁に接触しているが,現行の規則により,軍隊の大部分は米軍基 地内に駐留している。
米国はイラクに膨大な外国勢力を維持している。イラク外交官が3月の選挙に向けた準備 段階として,列をなしてワシントン詣でを行っていることがこの事実を証明しているだろう。
米国はイラクにおいて要職の人選ができる政界の実力者のような立場には決してないが,幅 広い問題に関する政治的交渉の促進に密接に関与し続けているのである。
イラクの石油産業は拡大すると思われるが,引き続く不透明な政治情勢がこの拡大を今後 数年間にわたり阻害する可能性がある。石油開発にあたり問題となっているのは,石油収入 の配分をどう決めるかであり,特に北部のクルドと南部のシーア派間において収入配分の合 意書を作成することが主要課題となっている。2007年1月,石油法の「合意」案が初めて提 案されたが,国の石油財産の配分方法をめぐり,イラクの様々な関係者間でいまだに合意が 成立していない。米国の石油産業への参画は石油法の可決を条件としているわけではなく,
また,石油開発契約に入札する米国企業が比較的少ないことが参画に悪影響を及ぼしている わけでもない。エネルギー資源の富の配分に関する根本的な合意が得られない状況が続いて おり,この状況がイラクの経済発展を阻害し,政治システムの脆弱性を際立たせている。
イラン
オバマ政権はイラン首脳部を協定などによって包囲するとの試みに成功しているように見 える。国際原子力機関(IAEA)およびヨーロッパ諸国と緊密に協力しながら,オバマ政権は 核問題,とりわけ低濃縮ウランの再処理計画に関する協定をイランと締結しようと積極的に 動いてきた。しかし,米国の戦略転換はイランの戦略転換と合致しなかった。昨年6月のイ ラン大統領選以降,イランで顕著になっている政治的不安と,外国政府の多くがイラン政府 の内情に疎いことを勘案すると,米国とその同盟国がイランの行動を変化させるような戦略 を考案することは困難と思われる。イランの政治的混乱を考えると,米政界関係者の多くは,
イラン政府が米国と進んで協定を結べるような状況が今あるのかどうか,疑問に感じている。
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米国は主として二重戦略を追求している。第1の戦略は,イランが強硬に主張している核 開発に焦点を当て,できる限り広範囲にわたり国際社会を結集し,集団行動を取ることであ る。第2の戦略は,イランの国内政情不安に対し,「害にならない(do no harm)」アプローチ を採用することである。そして両戦略が有効で外部の理解を得られるか判断することになる だろう。
第1の戦略において,最も可能性の高い方策は,! イランの財政面を狙った新たな制裁措
置," ひそかにイランを追い詰めることになる一連の非公式政府間協定,そして # より
一層建設的な関係を構築する機会をイランに提供する米国政府の努力の継続,である。米国 では2010年の中間選挙が近づいていることから,米議会がイランのエネルギー部門への投資 阻止を意図した追加制裁法案を可決する可能性がある。
国際的に行動することは,一方的に行動するより困難を伴うだろう。長年,イランに対し 野望を抱いてきたロシアは西欧諸国との同盟を強化しているようだが,中国は自分自身の目 指す方向にさらに邁進しているように思われる。こうした両国の方針転換の理由は容易に理 解できる。ロシアは,核保有国の数少ないメンバーの一員であり続けたいとの願いから,核 不拡散問題には常に関心を抱いている。ロシアに近い情報筋は,ロシアはイランとの密接な 関係を通じ,イランの内情に特別に通じていると自負していたが,昨年9月,イランがロシ アに隠し続けてきた,ウラン濃縮の秘密施設の存在を暴露したことに激怒した,と伝えてい る。5+1(安保理の常任理事国5ヵ国にドイツを含めた6ヵ国)がイランと会議を開催し た際,ロシアはイランへの批判を強め,討議において世間の注目を浴びるような際立った役 割を演じている,と会議出席者は語っている。
一方,中国はロシアとは逆の方向に向かっているようである。イランと中国のエネルギー 関係は一段と強化されており,これを見ると,中国がイランの核開発に一層の理解を示して いることがうかがい知れる。イランが核兵器の生産に関し,もはや後戻りできない局面に近 づいているとの警戒心が世界の多くの主要国の間で日増しに強まっているなか,中国は「イ ランに対する選択肢が戦争以外にありえないとの状況に突き進むことを望んでいない」と強 調し,イランには忍耐するよう助言し続けている。
ロシアと中国が彼らの現方針を継続するか否かは不明であるが,両国の方針は米国の戦略 にとって潜在的に非常に重要な意味を持っている。多分中国は,イラン問題をしくじれば,
最も多くのものを失うだろう。サウジアラビアはイランを大きく上回る対中国石油供給国で あり,イランの核開発計画に強い危機感を抱いている。中国にとって重要な軍事技術供与国 であるイスラエルもまた,自国存続の脅威をイランから感じ取っている。結局,イランは米 国にとって明らかに高い優先度をもって対処すべき国である。中国は,イランの脅威の排除
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