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平成20年度 報告書 「中東諸国の現状と今後」

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平成2 0年度 報告書

「中 東 諸 国 の 現 状 と 今 後」

2 0 0 9年3月

財団法人 中東協力センター

この事業は、競輪の補助金を受けて 実施したものです。

http : //ringring.keirin.go.jp

中東協力センター

! 3 9 5

会員限定

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はじめに

本調査研究は,財団法人中東協力センターが現状分析と予測が困難な現下の中東情勢に関 し,外国の専門家の論文を集め,現状と将来的な展望を分析検討したものです。

平成20年度は,「オバマ政権の中東政策」については戦略・国際研究センター(CSIS−米国)

のジョン・B・アルターマン氏に,「GCC諸国は金融危機を乗り越えられるか」及び「変動の 時代:世界経済危機と原油市場」についてはオックスフォード・エネルギー研究所のバッサ ム・ファトウ氏に,「GCC諸国の環境問題」については環境コンサルタントのローラ・ナス ルッディーン氏に,「リビア 現状と将来 」についてはOnemedit社のパオロ・ベルトラ ミ氏に,「イラク情勢分析 実用の観点から リスクマネジメントに関する日本企業への助 言」についてはアップライド・ソート・コンサルティング合資会社のジャック・D・ムーア 氏に,「イラクの戦後経済におけるビジネス機会」についてはイラク戦略研究所のファーレ フ・アブドルジャバル氏に,「イラクの投資法」についてはイラク副大統領事務所副所長で 弁護士のサダー・ジャウハル・アブドルハカム氏に分析をお願いしました。

中東をめぐる情勢は日々刻々変化しており,本報告書に記載の内容から変化しているもの もあるかと思いますが,本報告書が今後の中東情勢を予測検討する上で,少しでもお役に立 てれば幸いです。

平成21年3月

財団法人 中東協力センター 専務理事 河野 秀樹

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目 次

第1章 オバマ政権の中東政策………1

第2章 GCC諸国は金融危機を乗り越えられるか ………11

第3章 変動の時代:世界経済危機と原油市場………25

第4章 GCC諸国の環境問題 ………39

第5章 リビア 現状と将来 ………53

第6章 イラク情勢分析 実用の観点から

リスク・マネジメントに関する日本企業への助言………71

第7章 イラクの戦後経済におけるビジネス機会………87

第8章 イラクの投資法 ………107

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第 1 章

オバマ政権の中東政策

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執筆者紹介

Jon Alterman is director and senior fellow of the CSIS Middle East Program.Prior to joining CSIS,he served as a member of the Policy Planning Staff at the U.S.Department of State and as a special assistant to the assistant secretary of state for Near Eastern affairs.He served as an expert adviser to the Iraq Study Group(also known as the Baker‐Hamilton Commission)and is a profes- sorial lecturer at the Johns Hopkins School of Advanced International Studies.

Before entering government,he was a scholar at the U.S.Institute of Peace and at the Washington Institute for Near East Policy.From1993to1997,Alterman was an award‐winning teacher at Harvard University,where he received his Ph.D.in history.He also worked as a legislative aide to Senator Daniel P.Moynihan(D‐NY),responsible for foreign policy and defense.Alterman has lectured in more than20countries on subjects related to the Middle East and U.S.policy toward the region.

He is the author or coauthor of three books on the Middle East and the editor of a fourth.In addi- tion to his academic work,he is a frequent commentator in print,on radio,and on television.His opinion pieces have appeared in the Washington Post,Los Angeles Times,Wall Street JournalFinancial Times,Asharq al‐Awsat,and other major publications.He is a member of the editorial boards of the Middle East Journal and Transnational Broadcasting Studies and is a former Inter- national Affairs Fellow at the Council on Foreign Relations.

Mr. Jon B. Alterman

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第1章 オバマ政権の中東政策

バラク・オバマは,前任の誰よりも大きな期待を集めながらホワイトハウス入りした。オ バマ大統領が,長年の間対立を醸成し,国際安全保障を危険にさらしたとの不満を同盟国や 敵対国に募らせたブッシュ政権による傷を癒し,平和と協調をめざす威嚇的ではない米国の 時代をもたらすと多くの人々が考えている。

米国の外交政策の中で最も期待されているのは,中東政策である。ブッシュ政権が示した ものは,アラブ・イスラエル和平問題への慎重さを装った無関心,選択的で不完全なイラク 戦争,増大するイランとの対立などであった。多くの人々がブッシュ政権によって事態は8 年前に比べはるかに悪くなったと感じていることに何の不思議もない。こうした感情は,ラ マラ,リヤド,ラバトのみならず,パリ,ロンドン,ベルリンにおいても広く共有されてい る。

それにもかかわらず,オバマによる和平の機会は儚いものに終わるかもしれない。ガザ地 区の廃墟にまだ煙が立ちこめる中,3人の前任者に比べはるかに悲惨な状況から彼はアラ ブ・イスラエル和平交渉を開始した。さらに,イラクでは安全保障を損なわずに10万以上の 兵員を撤退させ,核兵器保有能力の達成間近と見られるイラン政府を封じ込めなければなら ない。イランはおそらく彼の在任中に核兵器を保有するであろう。そうなれば,湾岸地域を 含む広範な地域の安全保障は大きな影響を受けると思われる。

最悪と考えられる問題は,それだけではない。軍当局者そして戦略立案者の間では,南西 アジア安定の真の支柱はパキスタンとアフガニスタンの国境地帯とのコンセンサスが得られ つつある。この地帯で多国籍軍を武力で釘付けにしている過激派が,核保有国であるパキス タンの安定を脅かしているからである。

つまりオバマは,西はパレスチナから東はパキスタンに至る地域で,いずれも数日で大規 模な危機となって噴出する可能性のある一連の問題と直面しているのだ。就任後4年目なら ばともかく,就任初年度にオバマが直面する偶発性に,世界各国のすべての計画の責任を負 わせることはできない。それにもかかわらず,オバマ政権の中東政策における最大のチェン ジは,大統領の世界観の中で中東地域の重要性が減少する可能性なのである。ブッシュ前大 統領は,彼の遺産のすべてを中東に賭けた。歴史的評価は未だ定まっていないものの,彼の 評価はおそらくそこに埋もれることになるだろう。オバマの最大の課題は,国内問題である。

経済の再建に彼は全力で取り組む必要があり,3世紀以上に亘り米国の歴史に絶えず付きま とってきた人種問題という悪魔とも対処しなければならない。前任者に比べ近来稀な国際的 背景を持つ大統領でありながら,彼は任期中国内問題に注力することを求められているのだ。

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彼が中東地域を回避できるか否か,現時点では不明である。ジョージ・ブッシュは,中東 地域での大々的な行動計画を持って大統領に就任したわけではない。むしろ彼の選挙キャン ペーン中は,「謙虚な」外交政策そして国造りへの深い嫌悪が語られていた。ニューヨークと ワシントンへの9月11日同時多発テロが,彼の政権に中東政策を押し付けたのである。大統 領の関与を深めさせた政策の選択において,中東地域を避けて通ることはほとんど不可能で あった。オバマは外交政策を重視する大統領ではないものの,彼もまた未来を中東政策に賭 けることになるかもしれない。もしそうなれば,米国が各国に救いの手を差し伸べるのでは なく,むしろ各国が米国を援助するような結果となるであろう。

米外交における要職の人選が未定な現在,オバマがどのようなアドバイスを受けることに なるのかは不明である。選挙キャンペーンから判断すると,ヒラリー・クリントン国務長官 の外交への見解は,既に知られている大統領の見解と全般に同じである。彼らはともに,国 際機関,中東地域全般における同盟関係,イスラエルへの強い支持などを提唱している。さ らに,両者ともにイラクからの米軍の撤退とイランへの強い外交姿勢の維持を重視している。

さらに,ニューヨーク州選出上院議員としての経験から,イスラエル支持者が米国からの 支持を堅持するために行う米国政府当局者の行動と変化の注視に,クリントンは敏感になら ざるを得ない。イスラエルは,過去の政権における国務省のイスラエル支持を熱意のない不 十分なものと考えていたため,大統領官邸への直接交渉の機会を追い求めてきた。今回指名 された国務長官は,親イスラエル・コミュニティーにとって大統領自身よりも安心感があり,

彼らの間で知名度が高い人物でもある。彼女は,歴代の国務長官の中でも最も強力なイスラ エルの擁護者になるかもしれない。

とはいえ,彼女の影響力は限定的なものとなるであろう。彼女は8年前に上院議員に選出 されてから,国家安全保障問題を最優先課題に挙げてきた。しかし,ジョー・バイデン副大 統領は上院外交委員会に35年間属し,委員長を務めた経験をもつ。国家安全保障問題担当顧 問のジム・ジョーンズ元中将は,軍人としての40年のキャリアを通じ常に米国の安全保障と 外交を考えてきた。同様に,ロバート・ゲイツ国防長官は実質的に成人期のすべてを国家安 全保障機関で過ごしている。全体的に同意見の者同士で構成するこの「ライバルのチーム」

が,どのような働きをするか現時点では不明だが,いずれかのメンバーが単独で思い通りの 外交政策を進めることはないと思われる。論争は確実に起こるものの,それはブッシュ政権 を悩ませた全体的方向性についての論争というよりも,どの問題を優先し重視するかの論争 となるであろう。

外交政策の最高幹部らには,ワシントン外交主流派の考えが深く染みこんでいる。その基 本姿勢はリアリストであり,軍事力行使に慎重で,同盟国との協議にコミットし,野心的政

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策はあまり好まない。強いて類似した外交政策を挙げれば,1989年〜93年のジョージ・H・

W・ブッシュ政権のそれであろう。しかし,スポークスマンの資質はオバマが上である。

おそらく予想していなかったアラブ・イスラエル問題の展開によって,就任早々大統領の 執務はフル回転となった。ガザ地区の戦闘がこの問題を外交の焦点としたことは明白である。

執務を開始した初日,オバマは急ぎイスラエル,パレスチナ自治政府,ヨルダン,エジプト などの指導者と電話会談を行い,配慮を約した。就任後3日目にして中東特使にジョージ・

ミッチェルを指名したことも関心の表れとなった。ミッチェルは,ワシントンの賢人のひと りである。その控え目な態度は,北アイルランドの和平から野球界のステロイド問題に至る まで,あらゆる問題の「調停役」として有効である。アラブ・イスラエル外交においても,

ミッチェルは物静かで強力な存在となるであろう。しかし彼は,衝突は避けると思われる。

彼の指名は,新たな和平プロセスへの従事を敵対する当事者に促したり,なだめたり,押し 付けたりすることよりも,むしろ怒りを和らげることを意図したものであろう。

アラブ諸国のミッチェルに対する評価は,イスラエルのそれに比べやや好意的であった。

彼の指名は,名誉棄損防止組合(ADL)のエイブ・フォクスマンのような親イスラエル派か らの攻撃を直ちに誘発した。彼らの記憶にあるのは,2000年にアラブ・イスラエル紛争の調 停の際ミッチェルのとった立場が,パレスチナ寄りに過ぎたという印象である。また同年に 起きた「アル・アクサ・インティファーダ」の原因となったアリエル・シャロンの行動を,

ミッチェルが過剰に強く非難したとの印象も彼らはもっている。

将来の動向を示唆する重要なしるしは,オバマ政権がミッチェルの指名と同時に,以前中 東問題調停役であったデニス・ロスを,イランとの交渉に当たらせるいわゆる「スーパー・

エンヴォイ」に任命しなかったことである。もしそうしていれば,イスラエルが信頼する人 物を昇格させイラン問題の対応に当たらせることによって,ミッチェル指名による彼らの失 望をバランスさせることができたはずである。そしてそれはイスラエルとその同盟国に,彼 らの信頼に足る友人を大統領の側近に置くことの安心感を与え得たかもしれない。現時点で は,そうしたスーパー・エンヴォイ指名の可能性は薄く,新政権におけるロスの外交的役割 の定義は明確さに欠けたものとなるであろう。

イスラエル,パレスチナのいずれも和平へ向けた歴史的譲歩への積極姿勢が見られない中 では,ミッチェルのような特使は優れた選択と言えよう。イスラエル人がパレスチナ人との 和平見込みへの希望を失い,敵対的隣国との周期的戦闘の長期化を覚悟するにつれて,イス ラエル政治は右傾化するであろう。同様に,ヘズボラを壊滅することに失敗し,ガザ攻撃か らパレスチナ人を守ることもできなかったファタハへの信頼失墜によって,パレスチナの中 道派は弱体化すると思われる。パレスチナのマームード・アッバス大統領の任期は,公式には

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終了したものの,現下の状況で選挙実施を予想することは現実的ではない。そもそも誰がパレ スチナ人の代表たり得るのか,そして過去にパレスチナ政府が締結した和平合意を誰が実現 し得るのか,その予測はますます困難になりつつある。これら2つの要素が複合し,短期間 で実効性のある外交交渉の公算を損ねているのである。

1990年代後半にミッチェルは北アイルランド和平合意を促進させることができたが,その ときの当事者は現在のパレスチナとイスラエルよりもはるかに合意に積極的であった。彼は,

ジェームス・ベーカー元国務長官のような押しの強い実務的交渉役というよりも,人の話に 耳を傾ける聞き上手と評価されている。ミッチェルは,事態の熱をさまし,さらなる暴力か ら人々の注意を逸らすことは可能かもしれない。彼とは異なるパーソナリティの人物を必要 とする状況になれば,オバマ大統領はいつでもチームの編成を変えればよいのである。

オバマ政権が1年以内に行わなければならない最も困難な決断の一つが,ハマスへの対処 方針の決定である。ブッシュ政権は,3つの条件(イスラエルの生存権容認,テロリズムの 放棄,過去のパレスチナ・イスラエル間の合意事項の全面的受け入れ)をハマスが満たさな い限り,彼らを無視する方針をとった。それだけでなく,同盟国に対してもハマスへの同様 の姿勢を取るよう求めた。しかしハマスはこの米国主導の取り組みに屈することなく,また それにもかかわらず,ガザおよびヨルダン川西岸でむしろ勢力を拡大した。オバマは,米当 局者のハマスへの対処方法のみならず,同盟国の代表そしてパレスチナ人自身を含む他者の ハマスとの関わり方についても決断を迫られることとなろう。2007年2月パレスチナ挙国一 致政府設立合意の仲介をサウジアラビアが試みた際,ブッシュ政権は直ちにこれを妨害した。

アッバス大統領の力が弱体化している今,同様の合意がもしあればオバマ政権はどのような 対応をとるであろうか。オバマは前述の3つの条件を標榜してはいるが,彼の態度が示唆す るものは問題へのより柔軟なアプローチである。とくに,代替アプローチへの主要同盟国の コンセンサスが得られるような場合に,それは顕著となるであろう。その場合,イスラエル の態度も同様に重要であり,右傾化するイスラエル政府はこの問題へのコンセンサス維持を より困難なものとするかもしれない。オバマ(そして拡大解釈すればイスラエル政府)は,

重要かつ象徴的な問題において明確な亀裂を生み出すか,オバマの政治全体に見られる敵対 者との取り組みを模索するアプローチを放棄するか,いずれかの選択を迫られるであろう。

ガザ地区の戦闘は,暴力の減少が続くイラクと際立った対照を示している。1月末に実施 されるイラクの地方選挙の結果は現時点では不明であり,その結果が長期的なイラク政策に 及ぼす影響もまた不明である。その間,政治的和解,宗派間の戦い,そして外部からの干渉 がどのように進展するかは不確実だが,オバマはこれらの要素に影響力を行使し得ても,制 御することは不可能であろう。全体的にみて,イラクにおける米軍の駐留がオバマの大統領

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任期中に終わりを迎えることは確実と思われる。そしてそれは,イラクで生じる事態への米 国の影響力の減少を意味する。

オバマ政権とブッシュ政権の最大の違いは,オバマがイラクの成功には執着しないことで あろう(もちろんイラクが崩壊することになれば中東地域全体に大きな影響を与えると思わ れる)。過去5年間の主要政策担当者のほとんどは米政府を去っており,残っている現大使の ライアン・クロッカーなども数週以内に退任する予定である。

イラクの成功に個人的利害関係のないオバマ政権が取る戦略は,イラク・スタディ・グ ループが2006年12月に発表した報告書の概要に沿ったものとなるであろう。すなわち,イラ クのすべての隣国に対して積極的に手を差し伸べ,イラク国内の米国の役割を減らし,はる かに限られた条件でイラクの行動に関与することなどである。ロバート・ゲイツが国防長官 就任のためにレポート発表約1ヵ月前このグループを辞任したこと,そして中央情報局長官 に指名されているレオン・パネッタが民主党員としてパネルに名を連ねていたことは注目に 値する。

米国がどれほどの資産をイラクに継続的に割り当てるかという点については,現在も不明 なままである。まず,国内での差し迫った必要性による資金の問題がある。一方では,アフ ガニスタンにおける必要性の増大からくる兵力の問題もある。しかし,大部分は基本的に人 材の問題である。これまでイランへの米民間人の関与は,大量の労働者,外交官,請負業者 などを通して行われてきた。このように大規模な関与の維持には,過去5年間ですら,豊富 なキャッシュのみならず,米国家公務員への重要なキャリア・インセンティブを必要とした。

多くの場合,昇進にはイラクでの現地任務経験を必要とし,希望しない退職や退役はイラク 派遣任務によってのみ退けることができた。大統領府からの明確な支持がなければ,イラク における米国のプレゼンスは数ヵ月で消えて行くであろう。兵力縮小の明確な決定のないま までも,現在の作戦遂行速度の維持はかなり困難である。

ブッシュ政権が関与した最大の課題がイラクであるとすれば,オバマ政権が関与する最大 の課題はイランとなるであろう。オバマ大統領の交渉姿勢のタフさを試し,武力に訴える可 能性を評価すべく,イラン政府は決意を固めているかに見える。オバマ大統領は,イランの 影響力を低下させる原油価格の下落,米国や彼個人に集まる好意などの国際環境を巧みに使 い,米国にとって中東地域に残る数少ない真の敵対的政府の1つと,上手に付き合わざるを 得ないであろう。

この夏実施が予定され,マフムード・アフマディネジャド現大統領が再選に向け立候補す る選挙での指導者交替の可能性を認識して,就任直後からのオバマの行動は慎重である。ア フマディネジャドの言動は,近隣諸国やイスラエルにとってあまりにも脅威的に映るため,

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イラン封じ込めへ向けた国際的連立構築の一助となっている。万一イランが,「イスラエルを 歴史のページから抹消する」などと口にせず,かつ国際的監視や保障措置の対象とならない 核濃縮能力強化を密かに追求するような大統領を選んだとしたら,イランの脅威は減少する かに見えて実際には増大するであろう。

当初は報道機関が注目したものの,米国とイランの双方が相手の出方を探り合うことから,

両国の外交関係に急速な展開はないと思われる。イラン側と米外交官の対話解禁などの技術 的ステップの実施は,早い段階から容易に可能となるものの,米・イ閣僚レベルの会合実現 にはかなりの時間を要するであろう。核兵器保有能力の達成に向け,イランは頑なにウラン 濃縮を進めると思われる。オバマに残された時間的余裕は僅かである。

米国のイランへの関与は今後1年以内に実現する可能性が強まりつつある。しかし,その 際には各国の役割を念入りに決めておく必要があるだろう。とくに,P5+1で得たコンセン サスのみならず,湾岸のアラブ諸国,日本などの主要石油消費国,イスラエルの暗黙の支持 などが関与には必要である。テヘランをはじめ,少なくとも12の都市における集中的外交が 行われることになろう。当面イラン外交への米国のアプローチは,複雑な多国間交渉の継続 に適した国務省が主体となって行うと思われる。オバマ自身は,イランとの関係改善の可能 性を試すことに意欲的と考えられているが,未だにそれをこの地域での戦略の要とはしてい ない。

オバマ政権は,密接に関係し合う問題領域のすべてに同時に取り組む「グランド・バーゲ ン(大きな取引)」をイラン政府と行うべきと提唱する人々もいる。しかし両者間には信頼が ほとんどない一方多大な敵意が存在するため,このような合意が得られる可能性は低い。実 際に米・イ関係を「修復」するには,数年を要するであろう。アンチ・アメリカニズムは,

1979年のイラン革命以来存続する数少ない原則の1つであり,この地域全体の姿勢がこの原 則に基礎を置いている。同様に,核兵器保有能力の獲得は自動的にイランを列強エリート集 団の一員に押し上げるとともに,それはイスラム革命の数少ない具体的実績の1つとなる。

おそらくオバマ政権は,今後しばらくイランとの基本的敵対関係をうまく処理して行かざる を得ないであろう。その過程での接触は有用であり,緊張の緩和に資するかもしれない。し かし,接触がこの緊張を完全に取り除くことはできない。関与の過程においても,米国政府 と欧州の同盟各国は,通商と投資をイラン政府への飴と鞭に用いる機会を注視していくこと になろう。結果として米国の同盟国には,米国政府および国連安全保障理事会における制裁 方針をさらに注意深く見守ることが要求されると思われる。

異常なほどの注意が必要となる中東地域固有の3つの主要な紛争(そしてアフガニスタン/

パキスタン問題では多大な労力が費やされている)を背景に,この地域に伝統的に続く強固

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な多国間関係は,二次的な地位に追いやられてしまったかに見受けられる。とくに米国とサ ウジアラビアの関係は,より困難な時期に向かいつつあるようである。オバマが就任演説の 中で述べた「私たちがエネルギーを消費する方法は,敵対者を利し地球に脅威を及ぼす」と の主張は,リヤドに警戒感を抱かせたに相違なく,またイスラエル,パレスチナ自治政府,

エジプト,ヨルダンの順にオバマが電話を掛け,サウジ国王への電話はその2日後であった 事実も,同様にひとつのメッセージを伝えたであろう。湾岸におけるもう一方の主要パート ナーであるアラブ首長国連邦の指導者に電話を入れたかどうかは,未だに報告されていない。

石油を算出する首長国に対するオバマの懐疑的態度は,まったくの予想外とはいえない。

選挙運動期間中のオバマ上院議員が当時示した数少ない具体的外交方針の1つが,エネル ギーの自給へ向けた決意であった。そして,政権発足当初の指名からは石油業界に近い人物 が目立って除外されていた。しかし長期的には,湾岸地域の諸問題に以前から責任ある立場 の人々が要職につき,エネルギーから対テロリズムに至るまでの米国の広範な指導力への湾 岸諸国の協力が不可欠なことが明確となって,この均衡は変化するであろう。

オバマは,現時点ではアラブ民衆からの最大限の支持を得るべく努力しているかに見える。

彼の最初の着席インタビューは,サウジアラビアの出資でドバイを拠点に活動するアルアラ ビア・テレビジョンと行われた。この協力的姿勢は,ブッシュ前大統領のそれとはまったく 対照的であった。同様に,米国がアラブ人にだけ人権を認めたがらないことの象徴となった グアンタナモ収容所の閉鎖決定も,アラブ世界を通じて大きく報道された。今春のいずれか の時日に,イスラム教国の首都へオバマが赴き米国とイスラム教徒の亀裂修復に取り組む姿 勢を示すとの噂(訪れる首都は中東諸国のいずれかと見られる)は根強くある。このことが アラブ世界へ及ぼす長期的影響については不明である。とくに,この地域への政策が大枠で 変わらないのであれば尚のことであろう。しかし,就任後第1週に見せた彼の行動は,大衆 の気分を確実に変化させた。

アラブ諸国政府のオバマに対する評価がどの程度となるかも不明である。彼らがブッシュ 前大統領の交渉スタイルを好んではいなかったにせよ,実のところ彼らにとってブッシュの 行動はそう多くの問題を生じなかった。アラブ諸国の指導者は,サダム・フセインの失脚を 歓迎し,パレスチナ問題に費やす時間はほとんどなく(抽象的概念としてのパレスチナの大 義は依然として輝きを失っていないが),米国にはイランを厳しい監視下に置き続けて欲しい と考えている。ブッシュ政権に対する彼らの基本的な不満は,ブッシュ政権が自認する民主 化の追求にあった。彼らの権力を米国の都合の良いように変える要求が過去のものとなれば,

彼らとブッシュ政権との基本的問題も減少した。彼らにとって自らの敵はブッシュ政権の敵 でもあり,共通の利害関係が成立し得ると考えるに至ったのである。彼らがオバマ政権との

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間合いを計るには,しばらくの時間を必要とするであろう。そして,数十年の間権力の座に ある支配者たちは,数週間しか権力の座にない支配者に対して性急さを露にするであろう。

オバマ政権にとって中東地域における最も重要な課題の1つは,この地域での諸問題をど のように位置づけして見せるかという点である。ブッシュ政権の構成概念である「対テロ世 界戦争」は,多くの人々に不十分な枠組みと映った。この地域の不安定状態の原因はイラン の行動にあるとの新たな構成概念が生まれるとすれば,それは限定的に過ぎると映るであろ う。この地域は少なからず政治的に不安定であり,数年後には立ち直ると広く予測されてい るものの,石油収入は急激に落ち込んでいる。いついかなる時に危機が勃発するかもしれぬ 危険性を考慮すると,オバマ政権は,米国の国益保護を目的とした持続する地域的枠組みの 構築よりも,対症療法的な行動の必要に迫られると思われる。

オバマ政権は,中東地域での消極的関与の道を求めつつも,早い段階で困難な決断を迫ら れるであろう。大統領の関与レベルが低い場合,多大な公約をしたにもかかわらず実績がと もなわないことへの地域の失望増加が結果となって跳ね返ってくる。大統領が高いレベルの 関与を持続できるか否かはまた別の問題である。その答えは,一人ワシントンD.C.に座って いる彼個人の行動ではなく,中東諸国の多くの人々の行動にかかっている。

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第 2 章

GCC 諸国は金融危機を乗り越えられるか

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執筆者紹介

Dr Bassam Fattouh is the Director of the Oil and Middle East Programme at the Oxford Institute for Energy Studies and a University Research Lecturer at the Department of International Develop- ment,Oxford University.He has published a variety of articles on the international oil pricing system,OPEC pricing power,security of Middle Eastern oil supplies,and the dynamics of oil prices and oil price differentials.His current research focuses on the relationship between the inter- national oil companies and national oil companies and its implications for investment behaviour in the Middle East.Bassam Fattouh has also published in non‐energy related areas where his papers have appeared in the Journal of Development Economics,Oxford Review of Economic Policy,

Economic Inquiry,Empirical Economics,Journal of Financial Intermediation,Economics Letters and Macroeconomic Dynamics and other journals and books.

Dr. Bassam A. Fattouh

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第2章 GCC 諸国は金融危機を乗り越えられるか

1.はじめに

湾岸協力会議(GCC)諸国は,本質的な2種類の課題に直面している。ボラティリティお よび原油価格の急変動に関連する短期的な課題と,石油の長期需要に影響し得る要因に関わ る長期的な課題である。中東諸国の経済は石油収入に高度に依存しているため,油価の変動 により,高成長率を伴う短い好況期と,低成長率および1人当たりの所得減少を伴いながら 長引く景気低迷期が交互に到来する。石油収入が減少すると,原油輸出国では主要な開発・

社会事業への支出削減が促されるのだが,このような事業は石油収入によって経済が成長す るための重要なパイプの役割を担い,石油による富が国民に分配されるための主な経路とな っている。原油価格の乱高下や下落はまた投資家が直面する不確実性を増大させ,企業の景 況感を悪化させることによって民間部門のパフォーマンスに悪影響を与える。1980年代およ び1990年代の経験では,原油価格の急落とそれに伴う石油収入の減少が中東地域の石油資源 に恵まれた国々だけではなく域内全体の経済不振につながった。現在の油価の変動が1980年 代のそれと似た,新たな好不況の循環をGCC諸国に誘発するのではないかとの懸念がある。

GCC諸国の巨額の貯蓄により原油価格ショックの悪影響が緩和されるとしても,油価の低迷 が長期化すればこうした貯蓄も取り崩される可能性があり,最終的にはGCC経済の急激な 縮小につながるだろう。

危機が始まった当初,政府高官の多くは,GCC諸国の経済は世界的な景気停滞の影響を受 けないと主張していた。しかし危機が深まるにつれ,こうした主張は時期尚早であることが 明らかになり,GCC諸国が自らを世界の他の国々から切り離せるとの考えは幻想であること が判明した。危機の影響は既に政府資金,民間部門の景況感,個人消費に現れている。この 危機はまた中東の株式市場に打撃を与え,金融,石油化学,アルミニウム,建設等の主要部 門に悪影響を与えている。また,間接的な影響は資金調達コストの上昇や,大規模なプロジ ェクトや企業部門に対する資金を調達するために利用可能な信用や海外投資の減少に及んで いる。

こうした弊害にかかわらず,GCC経済に対する危機の影響を誇張すべきではない。貯蓄水 準が高く債務水準が非常に低いため,中東地域は財政手段による景気刺激策を実施する上で 有利な立場にある。さらに,域内の銀行システムは自己資本が非常に潤沢で,不良資産に対 するエクスポージャーもほとんどないように見受けられる。政府支出を増加するという最近 の発表や,原油価格が下落した直後もメガ・プロジェクトを継続するとの決定は,GCC諸国 がこの危機を乗り越えていくことを各国の人々および世界の他の国々に示すシグナルであ

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る。GCC諸国が成功するか否かは,不況が続く期間やその深刻さにかかっており,また民間 部門が収縮した信用市場の状況および不確実性の増大という新たな現実に,どの程度適応で きるかによって決まるだろう。

本稿では,現在の世界的な金融危機がGCC諸国に与える潜在的な影響を評価する。第2節 では危機の株式市場への影響を検討し,第3節では銀行部門への影響と金融政策による対応 を評価する。第4節では不動産市場の悪化を検討する。第5節では油価の低迷は政府資金に どんな影響を与えるのか,GCC諸国は自分たちのやり方でどの程度まで景気後退を乗り切る ことができるのかについて検討する。第6節では民間部門に対する危機の影響を議論する。

最終節で結論を述べる。

2.危機と株式市場

2008年は,株価および中東株式市場の時価総額が急落した年であった。特に大きな打撃を 受けた市場は,下落幅が72%を超えたドバイ証券取引所であり,またサウジアラビアではタ ダウル全株指数(TASI)の2008年の下落幅が56%を超えた。カタール証券市場は影響が最も 少なかったが,それでも28%以上下落した。2008年,中東株式市場の時価総額は5,150億ドル 以上が失われ,2007年末時点の約半分であるわずか6,000億ドルとなった!。下記の図1から わかるように,現在GCC指数は2006年に記録した高値の3分の1以下である。

こうした株価や時価総額の急落にはいくつかの要因があった。まず,世界の株式市場の急 落と原油価格の低下が投資家,特に中東株式市場で優勢な傾向にある個人投資家の信頼感に 悪影響を与えた。加えて,多くの中東株式市場では銀行株が支配的であることから,各国の 銀行部門の健全性に対する懸念が投資家の不安を煽り,結果として大規模な投げ売りにつな がった。さらに,年末に向けて石油化学企業の成長見通しが大幅に悪化し,時価総額で同部 門のシェアが大きい株式市場に影響が出た。例えばサウジアラビアでは,同国および中東地 域における石油化学部門のリーディング・カンパニーで市場時価総額の約17%を占めるサウ ジアラビア基礎産業公社(SABIC)が,2008年に市場価格のおよそ69%を失った。他の市場で は,不動産・建設部門の指数が大きな打撃を受けた。ドバイでは,不動産・建設部門の株価 指数が2008年第4四半期に70%以上下落した。しかし,図2が示す通り下落はかなり広範囲 に及び,ほぼ全部門に影響が出た。

一部のGCC諸国では,政府が国内株式市場の安定化に向けた努力を行っている。2008年 10月,クウェート投資庁は株式市場の下支えを目的として11億ドルの投資を行った"。同様 に,カタール投資庁は53億ドルを投資して,カタール国内の銀行株の10〜20%を買収した#。 オマーンでは,政府が年金基金および金融部門と共同で,国内株式市場の安定化を目的とす

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る3億8,900万ドルの基金の創設を発表した!。景況感が全般的に落ち込む状況で,これらの イニシアティブが株式市場の下支えに成功するかどうかを判断するのは時期尚早である。

クウェート投資庁(KIA),カタール投資庁(QIA)やアブダビ投資庁(ADIA)といったGCC 諸国のソブリン・ウェルス・ファンド(SWF,政府系ファンド)は深刻なジレンマに直面し ている。従来SWFは外国資産に投資して収入源を多様化するという戦略をとってきたが,外 国株式市場へのエクスポージャーによって最近巨額の損失を被った。いくつかの推計によれ ば,GCC諸国におけるSWFの損失は4,500億ドルに達すると予想されており,これは中東地 域の石油収入1年分に相当する。最も打撃を受けたのはアラブ首長国連邦(UAE)の政府系 ファンドで,2008年の損失額は1,550億ドルを超えたと推定されている。これに次ぐのはKIA で,同年の損失額は1,000億ドルを超えた。カタール投資庁は株式および英国の不動産投資を

図1:GCCの株式市場指数

Source:Shuaa Capital

図2:ドバイ証券取引所における2008年第4四半期の業種別株価指数の変化(%)

Source:Dubai Financial Market

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含む多額のポートフォリオを通じ,ファンドの半分近くを失ったと推定されている!。こうし た損失や国際市場における不確実性の高まりを受け,SWFが国際投資を回避して国内投資に 向かう可能性が非常に高いことを主張する関係者が多い。特にこれらのSWFは過去に国内 市場への投資経験が乏しいので,今後数ヵ月の間に国内資産への投資が加速するならば,そ のような過去を脱することのできる重要な機会がもたらされることになるだろう。

3.銀行部門への影響と金融政策による対応

GCC諸国の銀行は,不良金融資産に対する直接的なエクスポージャーがほとんどないと見 受けられる。国際金融協会(IIF)の最近の報告書は,「これまでのところ,湾岸諸国の株価の 急落が金融機関の健全性に影響を与えているという兆候はない。これは高い支払能力比率に よるものである」と指摘している"。クウェート,バーレーン,アラブ首長国連邦等,比較的 開放的な銀行システムを有するGCC諸国が,最も大きな影響を受けている。エッカート・ヴ ェルツ氏の推定によれば,発表されるGCC諸国の銀行の損失はおよそ27億ドルとなり,世界 各地での償却額に比べ比較的少額である#。クウェートでは,資産額で国内第2位のガルフ・

バンクがデリバティブその他の金融商品の取引が原因となって14億ドルを失い,クウェート 中央銀行は同行株式の取引停止を余儀なくされた。クウェート政府は迅速に対応し,国内銀 行の預金を保証した$。アラブ首長国連邦ではまた,金融当局が止むを得ずイスラム系住宅金 融会社であるアムラック・ファイナンスとタムウィールの救済に乗り出し,両社は政府傘下 のリアル・エステート・バンクに合併された。サブプライム危機に関連してさらなる損失を 銀行が隠蔽しようとしている可能性を排除することはできず,追加的損失が将来表面化する かもしれない。しかし,GCC各国の当局が国内の大手銀行を倒産させる可能性は低い。

不良資産に対するエクスポージャーが小さいとはいえ,やはりGCC諸国の銀行もいくつ かの深刻な問題に直面している。国内預金の伸びが減速しており,銀行はホールセール資金 調達へのアクセスを得ることがますます難しくなっている。このため,銀行はバランスシー トのレバレッジ縮小を余儀なくされるかもしれない。GCC諸国の銀行は国内の不動産市場,

不動産開発業者,建設業者に対するエクスポージャーが大きいため,資産の質の低下,不良 債権の増加,過剰なニーズ提供,貸付業務の減少に起因する多大なリスクに直面する可能性 がある。このような状況の悪化を受けた結果,格付け機関はGCC諸国の特定の金融機関の格 付けを引き下げた。

中東地域の金融当局は,銀行部門の流動性を高め,小売部門および企業部門に対する貸付 活動を高めるために一連の措置を取っている。2008年第4四半期には,サウジアラビア通貨 庁(SAMA)が一連の利下げを実施し,レポ・レートは2009年1月までに300ベーシス・ポイ

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ント引き下げられて2%となった。また,SAMAは商業銀行の預金準備率を13%から10%に,

そして11月には7%に引き下げた。銀行の法人向け融資を増やすため,SAMAは国債の入札 金額に上限を設け,利回りを引き下げて国債の魅力を減らした。

アラブ首長国連邦(UAE)中央銀行は一連の貸出基準金利引き下げを発表し,2009年1月 に発表された最新の引き下げにより基準レポ・レートは1%となった。2008年10月,UAE 政府は全ての国営銀行の預貯金を保証し,全ての銀行間融資(インターバンク)を1年間保 証し,国内銀行の流動性を高めるために190億ドルの連邦政府資金を注入すると発表した。銀 行はまた,中央銀行に預けてある準備金を最大100%まで引き出すことを認められた。また 2008年12月,UAEは銀行間金利の引き下げを図るため,新たなディルハム/ドルのスワップ・

ファシリティを導入した。

クウェート中央銀行(CBK)は2008年第4四半期に一連の利下げを実施したのに加え,既 存の一週物レポ貸付ファシリティに加えて翌日物および1ヵ月物のファシリティを導入し た。法人部門への信用の流れを促進し,銀行が自らの流動性をより柔軟に管理できるように するためである。CBKはまた,外国為替スワップ・ファシリティを導入した。ガルフ・バン クによる外為デリバティブの巨額の損失に関する報道を受けて,CBKは預金の全面保証を提 供した。政府もまた外国資産の流出に対抗して,国内銀行への資金の預け入れという介入措 置を余儀なくされた。

オマーン中央銀行もまた流動性を高める措置を取り,信用市場再生策の一環として銀行の 預金準備率を8%から5%に引き下げ,預貸率を85%から87.5%に引き上げた。また,同中 銀は12月にレポ・レートを89ベーシス・ポイント引き下げて1.53%とした。2008年11月初め からの引き下げ幅は200ベーシス・ポイントを超えている。オマーン中銀は銀行にドル建ての 流動性を注入するため,国内銀行におよそ20億ドルを配分した。バーレーンでは,中央銀行 が10月に全ての主要金利を約175ベーシス・ポイント,12月にさらに75ベーシス・ポイント 引き下げ,中銀の貸出レートは2.75%となった。バーレーン中銀はまた,銀行預金保証の最 高額を現行の1万5,000ディナールから2万ディナールに引き上げることを検討している。

カタールでは,金融当局は米国連邦準備制度理事会と歩調を合わせた利下げを行っていな い。過去数年間の極端な高成長率(GCCで最高)を踏まえ,流動性の増加はそれほど重要視 されていない。当局の関与はこれまでのところ,プロジェクト・ファイナンスの支援を目的 とする資本注入のため,国内上場銀行の株式の10〜20%を買収したことにとどまっている。

4.不動産市場への影響

不動産価格は2008年下半期に急落した。マザヤ指数(Mazaya Index)によれば,GCC諸国

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の不動産価格は2008年6月から10月の間に累計で15.1%下落した。最も打撃を受けた市場は ドバイで,2008年8月から11月の間に累計で約20%の下落となった。住宅ローン金利の上昇,

ローン資産価値比率の低下,国内外の銀行のリスク回避傾向の高まりは,不動産購入のため に融資を受けることがさらに困難なものとなったことを意味している。ナキール社,ダマッ ク・ホールディング社,オムニヤット社といった大手不動産開発業者によるプロジェクトの 縮小や雇用削減がまた,アラブ首長国連邦(UAE)における不動産市場と建設活動の減速を 示している。さらに,エマール・プロパティーズなどの主要な不動産開発業者の一部は,2008 年中に株式時価総額が80%以上下落した。UAE経済における不動産市場の重要性を踏まえれ ば,政府は先手を打って国内不動産への投資と不動産市場における供給規制を実施すること で極度の供給過多を阻止し,2009年に本格的な市場崩壊が起きることを防ぐものと思われ る。しかし,そうした措置がドバイ不動産市場の方向転換に成功するかどうかは不透明であ る。

5.財政手段による景気刺激策

最近の原油価格の上昇が,GCC諸国における政府支出の増加に関連している。GCC諸国の 政府支出増加率(年率)を図3に示す。この図に見られるように,政府支出の伸び率は2003年 にプラスに転じ,過去数年間は非常に高水準を維持している。政府支出の増加にもかかわら ず,GCC諸国は石油収入の急増により,GDP比で見て大幅な経常黒字を計上することが可能 となっている(図4参照)。全てのGCC諸国では原油価格の損益分岐点,すなわち政府予算の 均衡化を実現させるために必要な油価は,市場価格以下に設定されている。これは図5に示 すように,GCC諸国が過去数年間に巨額の財政黒字を蓄積してきたことを意味する。

2009年には石油収入が減少すると予想されるにもかかわらず,GCC諸国の政府支出は来年 も概ね高水準を維持すると考えられる。これはサウジアラビアの2009年度予算から明白であ る。同予算では政府支出が2008年度予算比で16%増加すると見込まれている。増加分のほと んどは資本投資プロジェクトの支出に充てられる。アラブ首長国連邦では2009年度予算の政

サウジアラビア UAE クウェート カタール バーレーン オマーン 8年11月 4. 6. 5. 9. 7. 9. 8年10月 1. 7. 9. 4. 0. 3. 8年9月 0. 3. 6. 6. 0. 7. 8年8月 6. 4. 1. 0. 4. 1.

表1:GCC諸国の住宅価格(2005年=1000)

Source:Mazaya

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図3:GCC諸国の政府支出の変化(%,2002〜08年)

b=budget forecasts

Source:National Bank of Kuwait,GCC Brief,4January29.

図4:GCC諸国の経常収支(対GDP比,%)

Source:Oxford Economics

図5:政府の財政収支(対GDP比,%)

Source:Oxford Economics

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府支出が21%増加し,ドバイでは42%増加すると予想されている。オマーンでは,政府が2009 年に支出を11%増やすと公約している。低油価環境下において,政府支出の増加は財政黒字 を縮小させるか,いくつかの国では赤字転換にまでつながる可能性が高い。例えば,オマー ンは損益分岐点としての油価を2008年の77ドルから2009年の45ドルに下方修正し,GDP比で およそ5%の財政赤字を予想している。サウジアラビアは170億ドル,すなわち対GDP比 3.5%の赤字を予想している。同国は例によって,収入見通しの根拠とする油価を公表しなか った。しかし,2009年の平均生産量を810万バレル/日と仮定すれば,損益分岐点として油価は 48ドル程度になると推定される!。カタールは影響が最も小さいと予想されており,2009年 には平均油価と生産量が低下する見込みであるにもかかわらず,引き続き巨額の黒字を計上 すると思われる。これは,液化天然ガス(LNG)からの収入によって石油収入の減少が相殺 されるという見通しによる。LNGは長期契約に基づいて売却され,売買契約(PSA)には価 格の上限と下限が含まれるため,LNG価格はそれほど大きく変動しない傾向にある。

原油価格が低迷し損益分岐点の油価を下回るとしても,GCC諸国の政府は数年間,深刻な 問題にぶつかることなく赤字を計上する余裕がある。政府債務の対GDP比率は比較的低く,

政府は必要があれば貯蓄を取り崩して財政赤字を補填することができる。従って,GCC諸国 の政府には財政手段による景気刺激策を実施する上で有利な立場にある。しかしながら,景 気循環対策を長期にわたって継続できる可能性については,危機の深刻度合いとそれが油価 に与える影響にかかっている。

GCC諸国では過去数年間,政府支出が経済成長とインフレとに同時に拍車を掛けてきた が,各国政府のインフレ懸念は来年には後退すると思われる。インフレに拍車を掛け続けて いた要因の多くが沈静化したからである。(クウェートを除き)GCC各国の通貨は全て米ドル に連動しているため,他の主要通貨に対する米ドルの相対的上昇によって輸入インフレが縮 小する可能性が高い。さらに,商品価格の下落が機械等の完成品の価格に織り込まれ,これ も結果として輸入インフレの低下につながるだろう。食料価格と賃料の下落は,消費者物価 水準の追加的な下落圧力になる可能性が高い。さらに,融資条件の厳格化による対民間部門 融資伸び率の減速がインフレ圧力を弱めると思われる。実のところ,一部のGCC諸国では既 にインフレ率の若干の低下が記録されており,今後2年間はこのインフレ低下傾向が続くと 予想されている(図6参照)。これは,インフレがGCC諸国にとってそれほど深刻な問題で なくなり,各政府が財政手段による景気刺激策および拡張的な金融政策を実施できるように なることを示唆している。

このことは,GCC諸国が現在の金融危機を無傷で切り抜けられることを意味するものでは 決してない。油価の下落が長引けば,GCC諸国の政府は公共支出についてより慎重なアプ

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ローチを取る可能性が高い。実のところ,支出削減圧力は中東地域で既に表面化しており,

多数の事業が中止または延期されている。例えばサウジアラビアでは,2008年または2009年 に開始する予定であったが中止または延期された公共・民間プロジェクトの合計額は280億 ドルに上っている!。これは様々な開発段階にある全プロジェクトの総額6,000億ドルのごく 一部にすぎないということを認識しておくことが重要である。

6.民間部門

過去数年間,非石油民間部門はGCC諸国の経済成長に極めて重要な役割を果たしてき

"。しかし,原油価格の下落と乱高下は,投資家が直面する不確実性を増大させ,企業の景

況感を悪化させることによって民間部門のパフォーマンスに悪影響を及ぼす可能性が高い。

入手可能な証拠資料を検証すると,これが既に現実のものとなっていることが示される。

HSBCグループの湾岸諸国企業景況感調査では,同地域の企業景況感が2008年第4四半期に 急激に悪化し,最も激しい下落がアラブ首長国連邦で見られたことが判明している。調査対 象となった企業幹部の大多数は,この厳しい状況が1年以上続くと予想している#。サウジア ラビアでは,サウジ英国銀行(SAAB)が発表している景況感指数が年初来9%超下落した。

同調査では景況感悪化の理由として,成長率予想の減速,油価下落の心理的影響,株式市場 における逆資産効果,そして国内銀行システム内の資金調達環境の悪化および信用コストの 上昇を挙げている$

景況感悪化の要因のうち信用コスト上昇は,既に企業部門に影響を与えつつある。このこ とは社債およびクレジット・デフォルト・スワップのスプレッド拡大など,多数の指標に反

図6:消費者物価指数の変化(年率)

Source:Oxford Economics

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映されている。金融緩和にもかかわらず,GCC諸国の社債の対LIBOR(ロンドン銀行間市場 金利)のスプレッドは2008年初頭の約200ベーシス・ポイントから12月には800ベーシス・ポ イント以上に拡大した(2009年1月には若干縮小した)。長期プロジェクトの多くが短期ロー ンにより資金調達されているため,償還期間の不整合も借り換え活動の追加的圧力になるだ ろう。GCC企業にとってのスプレッドの高止まりは,いくつかの要因の組み合わせを反映し たものだ。まず,同地域における企業の成長見通しが悪化している。第2に,外国銀行によ る貸付の削減により,企業の資金需要を満たす上で国内銀行にかかる圧力が増加している。

第3に,預金増加率の低下により,企業部門に資金を提供する銀行の能力が制限されている!。 さらに,認識されるリスク度が上昇している。それは主にドバイのいくつかの企業の業容が 悪化したとの認識によるものである。10月には,ドバイ政府および同国の企業が外国銀行か ら借りたおよそ200億ドルのローンの更新に問題が生じるのではないかとの懸念が生じた。ド バイ・ホールディング社の債務"デフォルト・リスクを保障するクレジット・デフォルト・

スワップ契約について提示されたプレミアムは,3月には245ベーシス・ポイントだったの に対し,10月には1,000ベーシス・ポイントを上回った。11月には,ドバイ・ホールディング の子会社が6億5,300億ドルのユーロ債と銀行ローンを返済し,12月にはドバイ・ワールド 者社#が12億ドルの貸付ファシリティの残高を返済したと発表した。これは,ドバイ政府およ び同国の政府関連企業の債務返済能力を証明することを意図した動きである。市場を安心さ せる試みとして,ドバイ執行会議のメンバーでありエマール・プロパティーズ社の会長でも あるムハンマド・アラバー氏が,ドバイ政府の国家資産が900億米ドルであるのに対し債務は 100億米ドルであり,政府系企業については資産が2,700億米ドルに対し債務は700億米ドルで あると言明した。こうした高水準の債務にもかかわらず,必要があればアブダビが兄弟首長

図7:GCC社債の対LIBORスプレッド

Source:HSBC,DIFX

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国たるドバイを救済するだろうと広く考えられている。

結 論

世界市況の急落,企業景況感の悪化,油価の低迷,信用市場の収縮は,GCC諸国の経済成 長率が今後数年間に減速することを示唆している。それでもなお,他国経済に比べれば,GCC 諸国は経済活動の急激な縮小に対抗する上で有利な立場にある。同地域は十分な貯蓄を有し,

金融システムが相対的に健全であり,政府が財政支出増によって景気減速に対抗する意思を 有しているからである。減速がどれほど深刻なものになるかは,主に2つの要因に左右され るだろう。第1の要因は,世界的景気後退の深刻さと景気後退が油価に与える影響である。

第2の要因は,非石油民間部門の景気悪化に対する耐性および,同部門が信用市場の収縮と 不確実性の増大という新たな現実にどれだけ適応できるかである。

(注)

! Hasan,O.(2008),Gulf Stocks Plummet in Turbulent Year ,Zawya,December31.

" Reuters,Kuwait’s KIA invests$1.1bn in local bourse ,28September2008.

# The Gulf Times,QIA Stake Purchase Move signals Confidence on Banks ,28December 2008.

$ Financial Times,Oman Sets Up Fund for Stock Market,15January2009.

% Khaleej Times,Losses by Gulf Funds may Reach $450b:Deutsche Bank ,23December 2008.

& Khaleej Times Arab Banks’ Profits Seen to Plunge40pc ,8January2009.

' Woretz,E.,Impact of the US Financial Crisis on GCC Countries ,Gulf Research Center,Oc- tober2008.

( AFP,Kuwait’s Gulf Bank announces huge losses ,17November2008.

) JADWA Investment,The Saudi Arabia Budget for2009 ,December2008.

* SAMBA,Economic Monitor,January2009.

+ 例えばサウジアラビアの事例として,Koba Gvenetadze(2007),Non‐Oil Sector Supports Saudi Growth ,IMF Survey Magazine,Novemberを参照。

, Zawya,GCC Business Confidence Falls Sharply ,20January2009.

- SAAB,Confidence Levels Dip Again ,November30,2008.

. Samba,Economic Monitor,2009

/ ドバイ・ホールディング・アラビック社は,ドバイ首長であるムハンマド・ビン=ラー

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シド・アール=マクトゥーム殿下に帰属する持株会社である。同社は20社の企業を管理お よび支配しており,不動産,ホテル,金融,医療,エネルギー,研究,教育,エンターテ インメント,メディア,インターネット,観光およびバイオテクノロジーの各分野で事業 を行っている。

! ドバイ・ワールド社は投資会社で,ドバイ政府のために各種企業および事業からなる ポートフォリオを管理・監督している。同社はムハンマド・ビン=ラーシド・アール=マ クトゥーム殿下が2006年3月2日に承認した法令に基づいて設立された。

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第 3 章

変動の時代:世界経済危機と原油市場

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第3章 変動の時代:世界経済危機と原油市場

1.はじめに

2008年は世界経済全体,そして特に原油市場にとって過酷な一年として記憶されることは 間違いないだろう。2008年,市場は最も劇的な原油価格の乱高下に見舞われた。原油価格は 基準となるウェスト・テキサス・インターミディエイト(WTI)の価格が2008年1月の90ド ル/バレル以下から同7月11日の145ドル/バレルに急騰した後,2009年1月半ばにはおよそ35 ドル/バレル付近まで急落した(図1参照)。こうした極端な値動きは期近物のみにとどまら なかった。期先物の価格も高いボラティリティと極端な値動きを見せた(図2)。こうした期 先物の急な値動きは,原油市場の長期的需給ファンダメンタルズを均衡させるために必要と される価格に関する不確実性の高まりを反映している。

過去数年間の研究の多くは原油価格の高騰が経済成長にもたらす潜在的影響を中心に続け

図1:オクラホマ州クッシング,WTIスポット価格,FOB(ドル/バレル)

Source:Energy Information Administration Website

図2:WTI先物価格曲線の構造

Source:Pinelli,M.(28),Oil Markets Structures ,Presentation At Columbia University,October

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られていたが,今回の世界金融危機により,その焦点は世界的景気後退が原油市場と原油価 格にもたらす潜在的影響に移った。原油価格の急騰は特にOECD諸国における原油需要の伸 びの鈍化に貢献しているものの,信用収縮が世界成長,世界的な原油需要にもたらす影響が,

原油価格高騰の潜在的影響を圧倒している。原油需要に対する直接的影響に加え,金融危機 がまた原油市場の心理に変化を生じさせ,供給不足やピーク・オイル説が懸念されていたの が,長期的な原油需要の将来についての恐怖感へと移行した。さらに,景気後退は世界原油 需要に対する影響を通じて,原油価格の動向に影響する主な原動力の1つ,すなわち生産余 力の役割に変化をもたらす可能性が高い。

最近は動的な世界原油需要に注目が集まりがちである。しかし,世界金融危機が供給と投 資の動学にも影響し得ることを強調しておくことが重要である。長期的な不確実性は新たな 生産能力に投資するインセンティブに影響し,原油価格の低下は探査・開発活動を縮小させ,

既存事業の一部については採算が取れなくなる可能性がある。さらに,資金調達コストの増 加と利用可能な信用量の減少により,一部の石油会社は新規投資ができなくなったり,既存 事業を完成させることさえできなくなったりする。前回の好況期の主な特徴として原油の探 査・開発・生産コストが急上昇したが,これらは現在下落に転じている。投資対象である上 流資産を開発するコストの低下が及ぼす影響は不透明だ。一方では,原油の探査・開発・生 産コストの低下は石油事業の収益性を高める。他方,契約の再検討や再交渉を試みる場合,

当事者が最新の市場条件を反映した合意に至らなければ事業実施の遅延につながってしま う。さらに信用収縮も,タールサンド等の非伝統的な石油資源やエタノール等の代替燃料の 参入のペースや規模に影響を与える可能性がある。最後に,原油価格の低下はしばしばOPEC による生産削減につながる。削減は原油輸出国に容認しがたいとみなされる水準以下に価格 が下落するのを防ごうとするもので,動的な原油供給に影響を及ぼし得る。

世界金融危機が原油市場に影響を与え得る個別の経路を特定することは比較的簡単だが,

各種要因間の相互作用を評価し,原油市場への長期にわたる累積的影響を分析することはず っと難しい。例えば,原油需要が減少すればシステム内の生産余力が増加し,従って各種の ショックに対する原油市場の能力が強化される。これは市場参加者の見通しや,彼らが原油 価格の主な変動要因の分析に用いる枠組みに変化をもたらし得る。景気後退もまた,需給に 対して長期的な影響をもたらすとともに,消費者や政府の行動という点で構造的な変化をも たらす可能性がある。下落中の市況における供給ショックの影響は限定的なものになるかも しれない。しかし,これらのショックが需要増の減速にもかかわらず継続すれば,やがて原 油価格が異なる動学に従うことになる原油市況で,結果として原油市場で長期にわたって逼 迫する可能性がある。従って,金融危機の原油市場に対する影響を分析する際には,こうし

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